人間国宝が語る、文楽の未来|『人間、やっぱり情でんなぁ』

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これぞ「芸人」。

季刊誌『上方芸能』終刊に思う

季刊誌『上方芸能』が、2016年6月号を持って終刊になりました。あさよるも毎号読んでいた雑誌ですので、なくなってしまい残念です。

『上方芸能』の創刊者・木津川計先生の講演や書籍を通して、「芸能」あるいは「芸事」について、見聞が広がる“キッカケ”になりました。中でも、「語りもの文化」の面白さに触れられたことは、人生の楽しみが何倍にも増えました(大げさでなく!)。

感慨に浸る…つもりはありませんでしたが、知らず知らず、「竹本住大夫」さんの本に手が伸びていました。

文楽、人形浄瑠璃ってなに?

浄瑠璃とは

浄瑠璃とは、三味線にあわせて大夫がお話を語ります。

その語り方は独特の節回し(義太夫節)で、歌っているようにも、唸っているようにも聞こえ、印象的です。大阪で発展した芸能なので、古い大阪の芸人の言葉が使われます。

古い言葉ですので、近年では聞き取れない人がほとんどです。「文楽劇場」では、現代語訳された字幕を表示するなど工夫がされています。

人形+浄瑠璃=「人形浄瑠璃」

浄瑠璃にあわせて、人形を操り物語を演じるのが「人形浄瑠璃」です。

人間が2、3人係で、一人の人形を動かします。人形の動きはとてもリアルで、はじめて見た人は驚きますよ。

三味線と太夫の「浄瑠璃」と、人形の芸が合わさって、ダブルで楽しい芸が「人形浄瑠璃」です。

人形浄瑠璃は日本中で人気になり、各地で上演されました。今は数が減ってしまいましたが、地域の人たちが人形浄瑠璃を守っている土地も有ります。

世界遺産・大阪の「文楽(ぶんらく)」

大阪の人形浄瑠璃を指して「文楽」と呼ばれています。

江戸時代、人形浄瑠璃はとても人気で、大阪の街にもたくさんの文楽劇場が立ち並びました。その中でも、人気を集めていたのが「植村文楽軒」という劇場でした。

次第に、人形浄瑠璃のことを「文楽」と呼ぶようになり、今日に至ります。

「文楽」はユネスコ無形文化遺産(世界遺産)にも指定されています。

太夫と大夫

浄瑠璃を語る人のことを「大夫」あるいは「太夫」と言います(どちらも「たゆう」)。

古くは「太夫」と呼ばれていましたが、昭和28、29年頃から「大夫」を改めました。歌舞伎の太夫と区別する意図があったようです。しかし、2016年4月から、正式に「太夫」と表記されることになりました。

「太夫」は、人物につける継承です。芸能に携わる人にも多く使います。

ツミづくり!?名人芸のジレンマ(T_T)

竹本住大夫さんは、人形浄瑠璃の大夫で、重要無形文化財保持者、通称・人間国宝です。

2014年春、惜しまれながら引退するまでなんと68年もの間、太夫を務めました。

あさよるも、はじめて文楽鑑賞したとき、何も知らずに「あそこで喋ってたオッチャンめっちゃスゴかったなぁ~」なんて言って、「あの人が人間国宝なのよっ!」と教わりました(笑)

初鑑賞で、右も左もわからないあさよるも、他の太夫とは違う「スゴさ」は圧倒的でした。

大夫は60過ぎてから?

『人間、やっぱり情でんなぁ』では、「伝統芸能の世界では、還暦なんてまだまだ中堅若手」と紹介されていてビックリ(゚д゚)!

「さあやっと“老後”だぞ」って時にも、まだ中堅という……。気の遠くなるような世界です。

「死んでからも稽古や」「修行は一生では足らん、二生きる欲しい」なんて言葉も紹介されていました。

越路兄さんは生前、「修行は一生では足らん、二生欲しい」と言うてはりました。「二生あったら、もう一生欲しいと言うやろなあ」とも。芸の道に終わりはない。手元だけ見んと、成も成らぬも、もっと先見て今日の稽古せい、ということです。

―竹本住大夫『人間、やっぱり情でんなぁ』

セカセカと時間に追われる現代人から見ると、なんと気の長い話でしょう。反対に、伝統芸能の世界から我々を見れば、せっせと生き急いでいるのかもしれません。

時間の流れの違いは、公演の長さにも現れています。現在、文楽の公演は、間に休憩を挟んで4時間あまり!2時間の映画鑑賞も、時間がなくてなかなか…なんて人もザラですね。いかに、現代人が時間がないかという……。

名人芸?若手の芸?

タイトルにもある「情」というものは、なんでしょうか。目に見えるものではありませんが、あさよるが感じた圧倒的なスゴさが、「情」の部分なのかぁと感じました。

「リアル」とか「上手い」とかそんなんじゃない。「色が違う」ような。とつぜん、極彩色で強烈な色彩が飛び込んでくるような、そんな感じ。

あれは、20代30代には出せないものだと言われれば、そうだろうなぁと思います。「凄み」は、人間の中に宿るのかも?

葛藤(・・;)

我々観客は、名人芸が、見たい!

すなわち、アラ還以上、60歳オーバー、中堅若手以上の芸が見たいってなもんです。

しかし、これって罪づくりだなぁ(T_T) やっぱね、伝統芸能を背負って立つのは、若手の人なんです。だから、応援すべきは、往年の名人ではなくって、若手なんじゃないの?なんて。

だけど、やっぱ、どうせなら名人芸も拝みたい……という葛藤……(・・;)>

「船場ことば」は読みにくい?

『人間、やっぱり情でんなぁ』は、竹本住大夫さんの聞き書き形式の書籍です。

ですから、関西の方言そのままが文字になっています。ここに、読みにくさを感じる人もいるかも?

住さんがお話されているのは「船場ことば」という、大阪の古い言葉です。

大阪の芸人さんたちが使った言葉で、もう「船場ことば」ネイティブの人は残っていないと言います。

竹本住大夫の話す言葉自体が貴重なものになってしまったんですね(T_T)

芸人として舞台を降りる

2014年、竹本住大夫さんは68年もの芸人生活を引退されました。

『人間、やっぱり情でんなぁ』では、舞台上で倒れ、そのまま舞台復帰ならなかった方のお話をされていました。

住さんも一度、脳梗塞で倒れ、後に舞台復帰されています。しかし「舞台をどう降りるか」ということを、考えていらしたんじゃないかなぁと感じました。

芸人として、最後までどう振る舞うのか。一人の人間がどうやって引退するのかを、一般の我々にとっても注目すべきことだったのではないでしょうか。

一つの道を極め、常に第一線で活躍し続けた人物。彼が、どう現役を退くか。それって、多くの人の「生き方」にも影響を与えます。

軽いノリで「ちょっと文楽でも♪」

最後の章では「もっと気楽に文楽を」という節が印象的です。

「文楽は敷居が高い」「文楽は難しそう」そう感じる人も多くいます。しかし、文楽の芸人さんたちは「もっと気楽に文楽を」と考えているんですね。

一度、足を運ぶと分かりますが、別にジーンズとTシャツで構わないし、途中の休憩時間にはお弁当を食べたり、結構ワイワイガヤガヤと楽しめるんですよ。

「幕見」という、一公演中の、部分だけを見ることもできます。もちろん、その分チケットもリーズナブルですし、幕見で上手に通う人もいます。

もちろん、ドレスアップして「特別な日」を演出してもいいし、フラッと映画やカラオケに行くノリでもOK。自由度の高さが、伝統芸能の魅力じゃないかなぁと、あさよるは思います(^^♪

竹本住大夫さんの浄瑠璃はもう聞けませんが(T_T)、だけど、住さんからのメッセージを知って、文楽行きたいなぁと思いました。

人間、やっぱり情でんなぁ

人間、やっぱり情でんなぁ

人間、やっぱり情でんなぁ

  • 作者:竹本 住大夫,樋渡 優子
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2014-10-14

目次情報

第一章 春の名残に ~引退まで

明日も舞台があるような……
引退を決めたとき
劇場はてんやわんや
桜丸との三度の縁
舞台で桜丸と抱き合う
それぞれに引き際
陛下に「いまのお気持ちは」と
「上手くやれ」とは言うてない
太夫最後の日
最後まで出たとこ勝負で

第二章 師匠、先輩、弟子 ~修行とリハビリの日々

太夫と大夫
ランドセルはお茶屋に預けて
三業は言わず語らず
「ええ口してるなぁ」
先輩方の夢を見る
浄瑠璃を語る身体
五回目からはアホバカ
もう一度、舞台に立ちたい
いつか先輩方に会った……

第三章 貧乏には勝たなあかん ~三和会の長い旅

なつかしの三越劇場
「生きて帰って大夫になる」
文楽はピンクや
独立劇場「三和会」の船出
日本じゅう、旅から旅へ
「前の海に入んなはれ」
嵐の中の結婚
師匠に破門されかかる
紋十郎師匠の左遣いや足遣い
苦闘はつづく
二人の「師」との別れ
親父さんの息子でなかったら

第四章 デンデンに行こう ~私が育った戦前の大阪

北新地の欽ぼん
三味線の音をまくらに
年増ごのみ?
芝居ざんまい、映画ざんまい
堂島ビルの捨て子
戦地の演芸会
寅太郎さんと乳母車

第五章 文楽劇場に生きる ~教えること・教わること

入門したとたん、急に厳しく……
文楽の襲名
十八番のない世界
「ことば」を語る
文楽は実力社会
山のてっぺん目指して
「逆櫓」の別れ
録音テープは叱ってくれない
「一人前になる」と信じて

第六章 そして文楽はつづく

浄瑠璃はどこからきたか
近松ぎらいなのに……
「シコメさん、チャーミング」
もっと気軽に文楽を
日本人は「間」で語る
文楽が生き延びるために
本当に文楽がやりたいのか
日本の美のなかで

ええ星の下に生まれましたなぁ ~あとがきにかえて

聞き書きを終えて 樋渡優子
七世竹本住大夫 略年譜

竹本 住大夫(たけもと・すみだゆう)

大正十三年、大阪市生まれ。
人形浄瑠璃「文楽」大夫(昭和二十一年~平成二十六)。
重要無形文化財保持者(人間国宝)、文化功労者・日本芸術院会員。
平成二十六年五月、文楽大夫の史上最高齢となる八十九歳で引退、惜しまれつつ六十八年の大夫人生に幕を引いた。

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