00 総記

『スマホ断食』|落ち着け!人とつながりすぎネット時代

『スマホ断食』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。あさよる家には中学生の頃Windows95がやってきて、高校生の頃から24時間ブロードバンドで常時ネット接続されるようになりました。10代の頃、朝まで友だちとチャットしてそのまま合流して遊びに繰り出したりね。ということで、あさよるは「ネット依存症」だと言われたらNOとは言えないでしょう。けど、ピークは越えていて、近場に出かけるときはモバイル端末を一切持っていないことの方が多いです。

スマホの登場によって、文字通り24時間ネットにつながりっぱなし、人とつながりっぱなしになった人も多いでしょう。寝る直前までLINEして、お布団の中でYouTubeを見て、朝一SNSチェックして。今日読んだ『スマホ断食』は、もはや当たり前になった習慣から、たまには脱却してみようとの誘いです。一人の時間、自分の思考に浸って、物思いにふける時間を取り戻しましょう。

「物思いにふける時間」を

本書『スマホ断食』は、スマホやパソコンから離れ〈ネット断ち〉の必要性を説く内容です。著者の藤原智美さんご自身が正月の三が日、パソコン、ケータイ、テレビ、ラジオもシャットアウトし、活字情報のみに触れる時間を作ったことで、「情報漬け」生活から距離を置きます。そこから、情報断ちを月に1回2回と増やしてゆき、とめどもないネット依存状態から脱した経験から始まります。

藤原智美さんは作家ですから、もちろんパソコンもネットも必需品です。しかし、そのパソコンやネットによって集中力が阻害されることにも触れられています。本書も決してスマホやネットを否定しているものではありませんが、「道具に使われている」状態を自覚し、脱出する重要性が紹介されています。

枕元にスマホを置いて眠るわたしたちは、24時間人とつながりっぱなしで「一人の時間」を失ってしまいました。現代の若い人は、スマホと一人部屋のいずれが欲しいか尋ねると、スマホを選ぶそうです。今の大人世代は、かつて「一人の時間」を過ごした経験を思い出してみてください。その時間は、自分の物思いにふけったり、ボーっとしたり、何かに集中したり、自分の思いを吐き出したり、なにかしらかの時間だったはずです。

時々思い出しては「一人の時間」を持つことは、意味がある活動ではないでしょうか。本書では、ネット依存によって起こっている弊害が紹介されています。

人とつながりすぎ時代

スマホを手にしたわたしたちは、24時間ネットにつながっています。スマホを操作する時間はケータイ時代の2倍になっているそうです。そして、その時間の多くはTwitterやFacebookのSNS、LINEなどに費やされます。それらは、単に暇つぶしではなく「向こう側に人がいる」のです。そう、現代は「人とつながりっぱなし時代」なのです。

そして、単に個人と個人がつながっているだけじゃない。情報に翻弄され、なにがなんだかわからなく、自我を失っていると言っても言い過ぎじゃないかも。

祭り・炎上に翻弄される

今やネット発の祭り・炎上がテレビや新聞等メディアをにぎわします。もうマスコミもネットを無視できないし、抑え込むこともできません。

今(2018年5月)アイドルタレントのわいせつ事件から派生して、セクハラ・パワハラの話題でタイムラインは持ちきりです。先月の4月には相撲の土俵の上で倒れた舞鶴市長に救命処置をした女性を、土俵から降りるようアナウンスしたことが炎上していました。その前にはFacebookの個人情報の取り扱いや、なにより今年は冬季オリンピックの年でした。遥か昔の話のようで忘れていた……。

あまりにも目まぐるしくトレンドが移り変わり、その都度なにがあったのかよくわからないまま、なんとなくの雰囲気に自分の気分も動かされています。その炎上や祭りの勢いを誰もコントロールできていませんし、「結局のところなんだったの?」ってことが多すぎます。

例えば「STAP細胞」の話題は、正直、多くの一般人は専門知識なんて持っていないし「結局あれはなんだったのか」分かってないんじゃないでしょうか。STAP細胞の騒動も、件の論文について指摘したのは専門のネットニュースサイトだったそうです。そこから、あれよあれよと一挙に大事件となり、亡くなった方もいましたが、多くの人には「結局あれはなんだったのか」わらかないまま。

また、2020年の東京オリンピックのロゴの盗作疑惑で賑わったこともありました。で、「あれは結局なんだったのか」って感じの人も多いんじゃないでしょうか。芋づる式に他の盗作を指摘する画像もネットで持て囃され、テレビでも放送されていました。

「自分の考え」を持つ時間がない

各話題の良し悪しの話は本題ではありません。ここで重要なのはトレンドに翻弄されることによる弊害です。結局なんなのかよくわからないニュースが多く、理解しないまま次々とトレンドが移ろってゆき、「自分の考え」を持つ時間なんてありません。「本当はなにがあったのか」を知る時間も、考える時間もありませんから、反射的に「快不快」や「好き嫌い」しか持てません。

いじめ自殺があると、いじめた生徒やその家族の名前、担任教諭の名前などが探り出され公開されます。そのとき「同姓同名の別人」がとばっちりでバッシングに遭うこともあります。少し考えれば「別人かも」という可能性が多いにあると分かりますが、もはや「祭り」になっている状態を誰もコントロールできません。

「いいね!」のために行動してしまう

SNSにどっぷり浸っていると、TwitterやFacebookで「いいね」されるための行動をとり始めます。「インスタ映え」はもはや伝統芸のようになり、加工された写真映えするかしないかで消費の動向が変わります。

市民マラソンがブームになってしばらく経ちますが、かつて「孤独」だったマラソンも、今や「SNSに投稿するため」にコスプレランナーも目立ちます。コスプレといえば、ハロウィンもいつの間にか定番のお祭りになっています。

出会った景色や出来事は「いいね」されるか否かで判断し、写真を撮って投稿して終わり。そのため、一瞬一瞬の風景や心模様に焦点を合わし「感じる」「考える」機会が減っているのかもしれません。

ネットネイティブ時代

すでにインターネットが普及したあとに生まれた「ネットネイティブ世代」は社会人になり始めています。彼らに見えている世界は、ネット以前の世代とは全く違うでしょう。そして、ネット以前に生まれた世代ですら、ネットの情報、SNSの人とのつながりにより翻弄され、かつて「ネットがなかった時代」とは全く違う時間を過ごしています。

新しい感覚と、従来の教育

ネットネイティブ世代にレポートを書かせると、平然とコピペでパッチワークされた文章を提出するそうです。それが彼らの「普通」なんですね。「著作権」という概念を持っていないかのようで、ネット上にある情報は無料で勝手に使っていいと考えているようにさえ見えます。

学校教育でもタブレットが導入されたり、黒板の代わりにタッチパネルのスクリーンが導入されている学校もあるそうです。事前に用意されたデータを映し出して授業は進みます。「黒板に注目」という決まり文句もそのうちなくなるのかもしれません。そんな教育では、そもそも「学校」自体が不要になるのかもしれません。実際に「MOOC」と呼ばれる、インターネットを使った教育も世界に普及しています。

一方で、アナログな授業を頑張っている先生もいるようです。小学生に辞書をひかせ、漢字をたくさん覚え、アナログの本で調べることを徹底して教え込んでいるのです。その教育を受けた子どもたちは、中学生になっても机の上にアナログの資料を並べ、自分で調べながら勉強することに抵抗がないようです。

人格がビックデータに集約されて……いいの?

ショッピングしてポイントカードを提示すれば、ポイントがどんどん溜まってラッキー! ……だと思っていますか? 企業はポイントカードで個人と買い物の傾向をひも付けし、よりピンポイントにセールスを行うために情報を集めています。ネットで買い物すればその買い物の傾向から、表示される広告が変わります。

自分という人格ではなく、自分が情報化されているようです。

著者の藤原智美さんは「智美」という名前の男性です。通っているフィットネスクラブで会員カードを提示すると、女性用のロッカーキーを渡されることが二回や三回じゃないそうです。目の前の男性からカードを受け取ったのに、パソコン画面に映される「智美」という名前だけで女性だと判断されているようです。

すでに、生身の肉体や人格よりも、情報・データの方が大きな意味を持つ時代は来ているのかも。

『スマホ断食』挿絵イラスト

みんな、おちつけ!

芸能人の不倫とかLINE流出とかセクハラとかブログ炎上とか、もう、とりあえず落ち着け! 実際に、当事者間で何があったのかなんて到底わたしたちにはわからないんです。芸能人のスキャンダルや下世話な話がオモシロイのはよーくわかりますが、冷静に考えてみると、これってとても恐ろしいことかもしれません。

そりゃ、芸能人のスキャンダルは「見世物見物」かもしれませんが、日々炎上している話題の中には、わたしたちと同じ〈一般人〉も多くいます。別に有名人でもタレント志望でもない人が、あるとき、ある瞬間に「見世物」にされるって、恐ろしくないっすか? 当人に過失もなく、事実とは違う言説が拡散されちゃうこともあります。そして、誤報は一気に拡散されるのに、訂正はあまり拡散されないというジレンマもあります。

まあ、とりあえず落ち着け! ちょっと深呼吸して、スマホとパソコンの電源を落として、まずは「落ち着く時間」を。そして「ゆっくり、自分の頭で考える時間」を。時にはアナログの紙の情報を集める習慣も。『スマホ断食』は、誰もがネット依存症の時代だから、意識的に取り入れてもよい習慣です。

ネットネイティブ世代が知ってること

あさよるの個人的な考えでは、ともあれ「ネットネイティブ世代」の言動は、これからの新しい時代の常識なんだろうと思います。ネット上にある情報をまるで著作権フリーであるかのような振る舞いも、昭和世代の あさよるには理解しがたい一方で、インターネットの世界は今後そんな世界を目指すのかもしれません。

また、教育のあり方が変わり、学校が不要になるんじゃないかというのも、半分はそうだろうと思い、半分はそんなことはないと思います。確かに、学習はインターネットを使って遠隔で可能だし、ニーズもあるし、今後も増えるだろうと思います。しかし「教育」とは、別に読み書きそろばんを教えるだけじゃなく、「○○らしい行動」や「こんなときどうする」といった、思想や立ち振る舞いを教える場でもあります。それが良いのか悪いのかわかりませんが、「学校教育がなくなる」というのは、ホントにあるのかな? と訝しむ。

あさよるも若い頃は、もっと的確にリアルな「今」を感じていましたが、もう年を取ってしまって「常識」が邪魔をして今が見えません。インターネットは、かつてなら接点のなかったような若い人の話を知ることができるのが、最大の利点だろうと思います。

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スマホ断食

目次情報

プロローグ いまこそスマホ断食を

まず三日間の情報断食を始めた
個人が消滅した社会がやってくるのか
一匹のアリのように群れの一部になる
スマホ歩きは非人類的
スマホ利用時間はガラケーの二倍
人間の権利としての散歩
個人の時間を失いつつある
この本を読みながらスマホ断食を

第一章 私の思い出はスマホには収まらない

大量消費に背を向ける「シンプルライフ」
スティーブ・ジョブズもミニマリスト?
シンプルライフにならざるをえない理由
暮らしがデジタル情報に還元される
モノを捨ててスマホ中心の生活

第二章 データに分解された私を誰かが見ている

私が消えてデータだけ残る
私が誰かによって保管されている
ポイントカードの落とし穴
私の情報が統合されている
ネット空間で見られつづける私

第三章 ネット社会の匿名性

著作権などいらないという新しい世代
無神経で軽率さがあふれたネット世界
元少年Aという匿名のモンスター
匿名性が大手をふるうネット時代
ネット言葉で公共性は守られる?

第四章 ネットでは「盗み」は知的作業なのか

ネットが書いた「STAP劇場」
ネットは二十一世紀のモンスターメディア
なぜ捏造が蔓延するのか
ネットのデジタル技術がモラルハザードを生む
不正の起源は二〇〇五年にある
デジタルな虚構が現実になる

第五章 自己愛が「祭り化」で加速する

仮装の若者に占拠された
ハロウィーンはコミュニティ喪失から生まれる
ネットが新しい祭りをつくる
仮装は自分を隠す小道具
現実の祭りもネットの素材にすぎない
見られたがりやの人々
ネットの仮想と現実が直結
人づきあいが嫌で祭りに出る?

第六章 「見られたい」という欲求

マラソンは孤独で哲学的なスポーツ
ネットで祭り化した市民マラソン
ネットで祭り化する日々
ただの歩行者が観光の目玉になる
広告トラックも祭り化を促進する
見物人が見物される祭り
盆踊りは仏教行事だった
渋谷スクランブル交差点の祭り化もはかなく終わる?

第七章 ネット動画とのつきあい方

ネット動画だからこそ残酷になる
ネットは世界の距離をなくす
動画が受け手の感情を翻弄する
エスカレートする動画表現
対抗できるのは書き言葉

第八章 ネットが人を委縮させる

肉声より強力なLINEの言葉
SNSは「私」を裸にする
冷めゆくネットユーザーの熱狂
スマホがあなたを覗いている

第九章 紙の本が思考を鍛える

黒板がなくなると学校もなくなる?
教育の効率化はデジタル化ではない
小学二年生で常用漢字をすべて覚える子供たち
ネットが言語能力を奪う?
紙の本が教えてくれる知性への謙虚さ

第十章 スマホから逃れて自分を取り戻す

ネットが集中力を奪う
ネット離脱で文章が噴きだしてくる
ネットに合わせえて思考が変わる
使っているつもりが「使われている」
「私」ではなく「皆」がネットのセオリー

あとがき 「物思いにふける」ということ

藤原 智美(ふじわら・ともみ)

一九五五年、福岡県生まれ。九二年、『運転士』で第一〇七回芥川賞受賞。
ノンフィクション作品にはベストセラー『「家をつくる」ということ』『暴走老人!』のほか、ネット社会の問題点を明らかにした『検索バカ』『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』がある。
http://tm-fujiwara.cocolog-nifty.com

『京都・大阪・神戸 マニアック博物館』|関西の近場で遊ぼう

わたしの住んでいる大阪では現在、緊急事態宣言発令中で、どこへも行けないゴールデンウイークを過ごしました。どこへもいけないとなると、もーれつにどこかへ行きたくなる/んですね。

しかしまあ、緊急事態宣言が解除されても、遠出するのは気が引けますので、近場で遊べるところはないかなあと、『京都・大阪・神戸 マニアック博物館』を手に取ったのでした。

ちなみにわたしは関西版のを読んでますが、『東京 マニアック博物館』ってのもあります。現在(2021/05)どちらもKindle Unlimitedでも読めます。

近場でちょっと小旅行

それにしてもローカルなミュージアムってあるもんなんですね。わたしも長いこと関西人をやってるので、知ってる施設もちらほらありましたが、大半は知らなかった! 公がやってる博物館もあれば、個人がやっている小さな博物館まで盛りだくさん。

わたし的に気になったのは「日本の鬼の交流博物館」だろうか。鬼の面や鬼瓦なんかの写真が掲載されている。

以前から行きたいと思っているのは、堺市の「堺刃物ミュージアム」と、岸和田市の「きしわだ自然資料館」だ。

実際に行ったことあるスポットで、おすすめなのは「大阪くらしの今昔館」。昔の大阪の街並みが実物大で再現されていて、自分もその街の中に入れるのだ。コロナ前は外国人観光客も多く、大阪の隠れた観光スポットだった。また行きたいと思っている。

パラパラページをめくりながら、小さな小旅行気分に浸ってみよう。

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『ユニクロ潜入一年』|ブラックバイトへカリスマ社長の招待状

こんにちは。突然春めいて着る服がない あさよるです。ブログではいつも着る服がないと書いている気がします。ないんです。みんな大好きユニクロですが、あさよるの行動範囲にユニクロ店舗がなくて、実はあまり利用する機会が少ないんです。アクセスしやすいのは超大型店で、あまりにも売り場面積が広すぎて、店の前でうんざりして帰ってきてしまうんですよね。「店員さんも大変だなあ」と思っていましたが「やっぱり店員は大変だった」と本書『ユニクロ潜入一年』を読んで知りました。

本書『ユニクロ潜入一年』は著者の横田増生さんが、実際にユニクロ店舗の面接を受け、アルバイトとして働いた1年間の記録です。ユニクロの過酷な業務内容と共に、著者が接客業に喜びを見い出している様子や、真面目に業務をこなす様子など記録されているルポルタージュです。

ユニクロ帝国の光と影・柳井正社長からの招待

本書は、2011年3月に著者の横田増生さんが出版した『ユニクロ帝国の光と影』が発端となって始まります。ユニクロの国内店舗と中国の委託工場での労働環境について言及したことが、同社の「名誉棄損」に当たると、ユニクロが出版元の文藝春秋宛に通告書が送られてきたのです。横田増生さんは何度もユニクロに取材を申し込み、柳井正社長との対談もやっと一度だけかないましたが、それ以外は広報への取材もかないませんでした。にもかかわらず、取材もせずに誤った記事を掲載しているというのが、ユニクロ側の言い分でした。

結果的に2014年、最高裁がユニクロ側の上告を却下し、文藝春秋側が裁判に勝ちました。「事実誤認はあったか」という著者の問いに、ユニクロの広報部長は「それはなかった」と答えました。事実誤認はなかったのに、訴えられた。結果、文春側が勝ったが、今後ユニクロについて言及する記事を書けば「面倒くさいことになる」と知らしめるには十分だったでしょう。

さらに著者は、ファーストリテイリング社の中間決算会見に締め出しを食らっっており、裁判に勝ったのにそれでも出席しないで欲しいと連絡がなされます。理由は、

「柳井から、横田さんの決算会見への参加をお断りするようにと伝言をあずかっています」p.6

というもの。

相手がその気ならばと、横田増生さんは、合法的に名前を変え、実際にユニクロ店舗でアルバイトとして1年間務めた記録と、そして中国やカンボジアでの委託業者への取材をまとめたものが、本書『ユニクロ潜入一年』です。

ユニクロで一年働いてみた

ユニクロ店舗でアルバイトを始めた経緯は、ほかにない柳井正社長直々に「招待」があったからです。2015年3月号の雑誌「プレジデント」にて、柳井正社長のインタビューを記事を読んだことから始まります。

 世間ではユニクロに対してブラック企業だとの批判があるという質問に対して、柳井社長は、「我々は『ブック企業』ではないと思っています(中略)」『限りなくホワイトに近いグレー企業』ではないでしょうか」と答えたのち、「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。会社見学をしてもらって、あるいは社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」と語っているのを見つけた。
この箇所を読んだとき感じたのは、「この言葉は、私への招待状なのか」というものだった。つまり、私にユニクロに潜入取材してみろという、柳井社長からのお誘いなのだろうか、と思った。

p.46

横田増生さんは一旦、奥様と離婚し、奥様の姓で再婚し、合法的に姓を変え、ユニクロ店舗のアルバイトに応募します。日本ではこのような記者が企業内部に潜入取材すること珍しいですが、海外ではよくあるそうです。また、香港の人権NGO団体のSACOM(サコム)が、ユニクロ下請け工場の潜入レポートを行い、違法な長期労働を指摘しました。彼らの働きも、横田増生さんを刺激したと言います。

ということで、ユニクロのイオンモール幕張新都心店、ららぽーと豊洲店、ビックロ新宿東口店の3店舗で実際に足かけ1年強アルバイトが始まります。まず心配なのは年齢です。1965年生まれの横田さんはユニクロ潜入時の2015年には50歳です。この年齢でアパレルのアルバイトに採用されるのか?と気になりますが、3店舗とも即採用で即勤務が始まりました。ユニクロ店舗では深刻な人材不足に陥っているようです。

人材不足が顕著なのは、アルバイトの中にかなり多くの外国人が採用されていることからもわかります。当初は、外国人のお客様へ対応するためのスタッフかと思われましたが、実際にユニクロに訪れるお客様のうち、外国人は1割にも満たないそうで、外国人スタッフの数が多すぎます。ユニクロ店舗は常に人手不足でてんてこ舞いな上に、日本語が堪能ではないスタッフが多数いることで余計に業務が増えています。それでも、なんの改善もなされておらず、慢性的な人手不足であることがわかります。また、横田さんは英語が堪能で、外国人客の接客に当たることが多かったそうです。ユニクロではかつて、社内では英語が公用語だと発表されていましたが、いつの間にか雲散霧消してしまっており、正社員も英語を使えない人が多いそうです。外国人客が増えているのに英語を話せるスタッフが不足しており、かつ、社内では外国人を雇用しコミュニケーションが取れていないという、「やりにくい」感じがよく伝わってきます。

ユニクロ店内の労働環境は、その店舗と、店長の手腕によってかなり違っている雰囲気です。最初に働き始めたイオンモール幕張新都心店では、店長も人格者で、働きやすそうです。しかし、最後にバイトをしていたビックロ新宿東口店は、雇用状態も店内もむちゃくちゃで、ユニクロバイト経験アリの横田さんも疲弊しきっています。

また、ユニクロのカリスマ柳井正社長のワンマンぶりに、末端のアルバイトまでが振り回されている様子が伝わります。バックヤードには「部長会議ニュース」が貼り出され、従業員の全員が目を通します。そこでは柳井社長の言葉が掲載されており、コロコロと話が変わったり、一貫性のない指示が出されているのですが、「誰もツッコめない」、まさに「ユニクロ帝国」なのです。

中国・カンボジアからのレポート

本書は、ユニクロでのアルバイト勤務の間に、中国やカンボジアのユニクロ委託業者の労働環境の取材もなされています。先に紹介した香港の人権NGO団体SACOMは、工場の問題点を4つにまとめています。

一・違法な長期労働と安すぎる基本給
二・漏電による死亡などのリスクがある危険な労働環境
三・労働者に対する厳しい管理方法と違法な罰金システム
四・労働組合がなく、労働社の意見が反映されない職場
こうした労働環境の劣悪な工場を、欧米では“sweatshop(搾取工場)”と呼ぶ。

p.179

もし火災が起これば逃げられない環境にいることを自覚し、恐怖を感じながら働いている労働者や、ストライキに工場が応じず警察が強制的に労働者を排除した問題にも触れられています。ミスがあると罰が与えられたり、過労で倒れ病院へ担ぎ込まれた男性には1日だけ休暇が与えられ、それ以降はまったくの無給になった話や、シフト交代はなく、朝から夕方まで休憩なしで低賃金で働き続けるなど、労働環境が語られます。

体当たりの取材記

ユニクロに足かけ1年間実際にアルバイトとして勤務をし、その間に外国の委託工場の取材を試みた記録である本書。あさよるの感想としてはまず、「イオンモール幕張新都心店ならバイトしたいなあ」というものだった。ユニクロの劣悪な労働環境について暴く内容ではあるけれども、同時に柳井正社長がカリスマ経営者であることもよくわかる構成です。ただ、社長がカリスマであるがゆえに、巨大に成長した会社の末端が見えなくなっており、柳井社長自身が、ユニクロ店舗スタッフがどんな環境で働いているのか、本当に見えなくなっているのではないでしょうか。

そこで本書の結びでも、著者・横田増生さんは柳井社長に対し「素性を隠し、ユニクロ店舗でバイトをしてみる」経験を勧めておられます。

あんなに大きな会社なのに、新人バイトまで社長の会議での発言を知っているというのは「すげーな」というのが本音でした。あさよるもこれまでアルバイト経験をいくつかしましたが、正直社長の名前も知らなかったり、役員の会議の内容も、これからの展望も、バイト風情が知ることはありませんでした。感覚的には、地方の中小企業の社長のまま、日本を代表するようなアパレル企業に成長したのかなぁと感じる。

あと、ユニクロの製品を買わない「不買運動」をしている人が あさよるの周囲にもいます。彼らが言う「外国での劣悪な工場労働」の実態の一部に触れると、確かに「ユニクロの服あんまり欲しくなくなったなあ」と思います。幸か不幸か、あさよるの行動圏内に手ごろなユニクロ店舗がないので(巨大店しかなく商品を探すのが大変)、あまりユニクロで買い物しないのですが、これから志向が変わるかも。

働き方の本

横田増生さんの本

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ハッカーにあなたは利用されている?『サイバー犯罪入門』

『サイバー犯罪入門』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。あさよるは自宅のネットワークを構築したいのですが、よくわからなくて頭を悩ませております。接続が不安定なのも困っていますし、セキュリティが弱いので、なんとかしたいのですが、なにがなんやらなのです。ちゃんと勉強しなきゃなあということで、とりあえず簡単に読めそうな『サイバー犯罪入門』を手に取りました。

本書はサイバー犯罪について啓蒙する内容で、読了後、あさよるもしっかり啓蒙されて「ネットワークのセキュリティちゃんと設定しなきゃ!」と焦り始めています(苦笑)。内容も、多くの人に理解できる文章で書かれており、「すでにもう被害に遭ってるかもしれない」サイバー犯罪につて意識を高める良書でした。

まず、本書ではサイバー犯罪を行う人々を「ブラックハッカー」とし、「ハッカー」と呼ぶとき、この「ブラックハッカー」を指しています。ここでも本書に倣ってサイバー犯罪を行う「ハッカー」と呼ぶことにします。

まずはサイバー犯罪への意識を

本書『サイバー犯罪入門』は、サイバー犯罪への対策を講じるものではありません。なぜなら、そんなことをしてもあっという間に情報は古くなり、「使えない情報」になるからです。そこで、本書は「サイバー犯罪への意識を高める」ことが目的とされています。

まず知っておくべきは、誰もがサイバー犯罪の標的になりえること。そして、残念ながら今の日本はサイバー犯罪の対策はとても万全とは言えません。2020年の東京オリンピックに向けて、東京の街では公衆Wi-Fiの設置が急がれているようですが、それはサイバー犯罪を企てる人々にとっても都合のよい整備になるかもしれません。

わからないまま報道するマスコミ

サイバー犯罪がテレビや新聞のニュースになることもありますが、マスコミもサイバー犯罪について熟知しているとはいいがたく、よくわからないまま報道しているのが現状です。

 多くの報道内容を確認していくなかで、プレスリリースをインターネット翻訳しただけのような、どの角度から読んでも全く理解できない文章を多々見かけることとなった。用語が混同されていたり、製品名とプロトコルの名称が混同されていたり……というのが主な要因だと思われるが、残念なことに、大手報道機関の文章にも、そういった誤りが散見されたのである。
だが、これも仕方ないと言えなくもない。というのも、もはや、単に「ITに詳しいだけ」ではサイバー犯罪やセキュリティについて読み解き、説明をしていくことは難しい、というのが実情だからだ。

p.27

例として、自動車のハッキングについて理解するためには、

自動車に関する基礎的な知識、自動車のIT化に関する知識に加え、ハッキングに関する知識やネットワークに関する知識なども総合的に必要となる。そのため、いずれかの領域の専門家であったとしても、全体像を正確に理解することは容易ではない。(p.27-28)

その事件について理解すること自体に時間がかかり、またそれを一般に向けてわかりやすく説明することは難題です。報道がサイバー犯罪について正しく扱いきれていないのも納得です。

盗まれていも気づかない!?

本書では紹介されているサイバー犯罪の例が紹介されているのですが、印象的なのは被害者たちは「サイバー犯罪に巻き込まれていることに気づかない」とうことです。

預金残高が1億円以上ある銀行口座から、3%を上限にこっそり抜き取る手口が紹介されていました。

日本円換算でおよそ1億円以上の預金残高がある銀行口座から、最大で3%(1億円の預金残高がある場合、300万円)ずつを上限に、こっそりと抜き取ってしまうという方法を取った。しかも被害者のブラウザには「抜き取られる前の残高」が表示されるようにハッカーが細工した偽画面が表示されるため、すぐには被害に遭ったことに気付けない。

p.46

「3%だけ」というのが巧妙で、何かの拍子に少しだけ残高が減っていることに気付いたとしても、「何かの手数料を差し引かれたのか」程度にしか考えず、発覚に時間がかかります。

また、「マルウェア」と呼ばれる、不正にコンピュータやシステムをハッキングするためのソフトウエアが、自分のパソコンに侵入していたとしても、なかなかそれに気付かないそうです。また、ハッキングの対象はパソコンやスマホのみならず、冷蔵庫や自動車、街中の監視カメラがハッキングされているかもしれません。

サイバー犯罪において日本はとても魅力的

サイバー犯罪はもはやSF映画の世界のではなく、スパイ映画さながらのハッキングが日常で起こっています。ある人にとってはそれは寝耳に水のような話であり、別の人にとってはもはや常識かもしれません。サイバー犯罪に対してのリテラシーには人によってかなりの差があります。

残念ながら、日本は国も大企業もとてもサイバー犯罪への対策ができているとは言えません。ハッカーたちは強固なシステムを狙いません。彼らは、どこか〈弱い〉ところを探し当て、弱点を突いてシステムに侵入します。日本はサイバー犯罪への対策が広まっていないため、弱点だらけということです。

たとえ大企業が、自分たちの持っている情報を守ろうと強固なセキュリティを作っても、その企業へ出入りする下請け企業のどこかに弱点があれば、そこからハッカーがシステムに侵入することも十分考えられます。

映画のような、建物を爆破したり、自動車をハッキングし遠隔操作することも、フィクションではなくなります。

「わたしは狙われない」はない。その理由

『サイバー犯罪入門』挿絵イラスト

「ハッカーにとって日本は魅力的な市場である」と聞いても、「わたしのスマホorパソコンは大丈夫、だって大したデータが入ってないし」と考える人がいれば、それは間違いです。ハッカーは、あなたに興味がなくても、あなたの知り合いに興味があるかもしれません。あるいは、あなたの知り合いの知り合いの知り合いの……と、あなたを踏み台にして、他の人の情報を欲しがっていることがあります。

誰もが狙われる理由として「六次の隔たり(six Degrees Separation)」というものが紹介されていました。

「人は自分の知り合いを6人以上介すと、世界中の人々と間接的な知り合いになることができる」という仮説のことであり、知り合いの知り合いを6回たどれば世界中の人とつながることができるという。(中略)
試しに計算してみよう。
あなたの知り合い44人から、さらにそれぞれの知り合いの44人と言う具合にたどっていくことを数式に表すと「44人の6乗」となる。44人の6乗は、7,256,313,856人。すなわち世界の人口(国連による2013年の統計で約72億人)と同じくらいの人数がそこには存在することが分かる(ただしこの場合、理論上では、最初の44人と次の44人、そしてその先に繰り返している44人ずつはそれぞれが互いに重複してはならない)。
つまり、あなた自身が重要な情報を持っていなかったとしても、あなたの友人やそのまた友人を何人かたどってゆくことができれば、重要な情報を持った人物にたどり着ける可能性が極めて高いということだ。
もしあなたに情報的な「価値」がなかったとしても、あなたには「利用価値」があるのだ。

p.39-40

ハッカーはシステムの弱い部分から狙います。もしあなたが、サイバー犯罪へのリテラシーが極めて低いなら、ハッカーにとって「利用価値」があると判断されかねません。

正直、どうしていいかわからない……

本書『サイバー犯罪入門』を読んで、サイバー犯罪は他人事ではなく、自分も狙われるかもしれない……というか、すでに被害に遭っているのかもしれないと知り、冷や汗をかきました。何が恐ろしいって、「それを知ったところで、どう対策していいかわからない」というのが正直な感想だからです。

本書は先に述べたように、具体的な対策を指南するものではく、サイバー犯罪について啓蒙することが目的の本です。とても平易な表現を使い、多くの人が理解できる言葉や例を挙げながら、今、われわれが晒されているサイバー犯罪について紹介されています。セキュリティ、ハッキングについて右も左もわからない、全くの素人にとって、本書は良書でした。

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『東大教授が教える独学勉強法』|学び直さなきゃヤバイ!

『東大教授が教える独学勉強法』挿絵イラスト

こんにちは。英語の勉強を再開した あさよるです。二日目でもう停滞してるんですけどね……。あさよるは語学がとても苦手で、苦痛でしかないのですが、それにしてもやはり言葉がわからないのは不便です。勉強しなきゃなあと気がかりな状況が続くくらいなら、勉強した方が楽かもしれません(と自分に言い聞かせている)。

今日読んだのは柳川範之さんの『独学勉強法』です。以前、同著者の『独学という道もある』を読み、とてもよい本だったので、同じテーマの本を探しました。結果、独学しようとしている あさよるにとって励ましと、ちょっとだけパワーが出るものでした。勉強って「時間がない」「難しい」「才能がない」とかそいういうんじゃなくって、ただただ「やる」か「やらない」かなんだなあと、苦笑い。

今、「生涯学習」や「リメディアル教育」に国も乗り出しています。いつまでも学ぶ意欲があることは良いことに思えますが、今後「学び続ける人」と「10代で勉強をやめる人」の間で格差が広がってゆくのかもしれません。独学は「物好きがする」ことではなく、結構「やらなきゃヤバイ」案件なのかもしれません。

変化が大きな時代は〈独学〉が必要

本書『東大教授が教える独学勉強法』は、大きな変化が続く時代だからこそ、常に学び続けなければならない現代人に向けて書かれた書物です。「勉強」は子どもだけがするものではありませんし、変化に対応するためあらゆる人たちが「独学」をしなければ、変化についていけない。切実です。

著者の柳川範之さんは、ご両親の仕事の都合で、シンガポールやブラジルで子ども時代を過ごしました。高校へは進学せず、独学で大検を取り、慶応義塾大学の通信課程へ進学、卒業します。その後、東京大学大学院へ進み、現在は東京大学経済学部の教授という〈風変わりな〉経歴をお持ちです。ご自身の独学の苦労や工夫を紹介しながら、「独学」の可能性を紹介されています。

もしこれまで思うように進学や勉強ができなかったなら「これから独学できる」というのは励みですし、なにより誰もが学び続けなければ、あっという間に変化に呑まれてしまうでしょう。

自分で疑って、考える

独学に限らず、勉強とは「自分の頭で考える」ことが重要です。日本の学校では小中高と、事前に答えの用意された問題が与えられ、「正解」を見つけるのが勉強でした。しかし、それはかなり特殊な例で、研究現場でも、仕事でも、答えなんか存在しない問いを立てたり、正解がないものごとに取り組み続けることがほとんどです。

東大の講義でも、教授の授業に学生たちは素直に聞き、疑問も異論もなくそのまま「納得」しちゃう人が多いそうです。そこで、柳川範之さんも、授業の中で学生に質問させたり、質問に答えさせる訓練をしているそう。読書をするとき、著者の話をそのまま信じるのではなく「疑いながら読む」ことや、「著者とケンカしながら読む」など、ただ丸暗記する勉強ではない独学が提唱されています。

また、「予め答えの用意された問題」を解くことに慣れ切っているため、課題本を一冊事前に読ませ「この本のおかしいところ、疑問に思うところを指摘せよ」と問題を出すと、後になって「正解を教えてください」と聞きに来る学生もいるそうです。「回答がある」ことに慣れていると「答えがない問題」が気持ち悪いんですね。

独学は、自分で問いを立て、自分で答えを探さないといけません。

神経質にならずマイペースで

さて、独学にあたって、一気に肩の力が抜けたのは「神経質にならなくていい」という助言でした。本を読んでも、「2、3割理解できたらいいや」と思えばいいし、根を詰め過ぎないのがコツだそうです。なので、完璧主義の人ほど独学は難しいのかも。反対に、テキトーにとりあえずやっちゃえる人の方が独学に向いています。これは、以前に紹介した『高速回転仕事術』でも紹介されていたことですね。細部まで完璧に理解することよりも、「まずは大雑把に全体を把握するため、とりあえず最後までやってみる(読んでみる)」ことが大切です。

また、「独学」でも、カルチャーセンターや、大学の講義などに参加して理解を深めることも推奨されています。今、「生涯学習」や「リメディアル教育」に国も乗り出していますし、独学しやすい環境は整いつつあると考えられますね。

「ノートづくり」をさせられるのも、小中高の学校での授業の特徴です。しかし、独学では先生からの「ノート点」を獲得する必要はないので、ノートも不要です。もちろん、アイデアをメモしたりノートは使いますが、「きれいにノートをとることで勉強した気になる」罠には気をつけましょう。

独学はいつでもできる!

先に読んだ柳川範之さんの『独学という道もある』では、10代20代の若い世代へ向けて「もし道を外れても、別の道を行けばいい」というメッセージが込められているように感じました。もちろん、それ以上の世代にも当てはめて読めなくはありませんが、今回紹介した『独学勉強法』の方が、より多くの人に当てはまるものだと感じました。

なんといっても、とんでもない速さで価値や考えがどんどん変化してゆく時代です。年齢に関係なく「勉強」し続けないとヤバイ。そして、あさよるは世代的に中学高校を卒業してそろそろ20年になります。さすがに「過去に学んだことを忘れている」という事態が頻発しています。あさよるは個人的に、これまでに勉強したことは定期的に復習をした方がいいと思っています。せっかく勉強したんだから、忘却してしまうのはもったいない。一から新しく勉強をするよりも、復習する方がずっと簡単です。これは「一般常識の点検」といったところでしょうか。

それと同時に、今の自分の課題に集中して「独学」する力が必要なのだろうなあと思います。独学の良いとことは、いつでもできるし、テストもないし、先生の顔色を伺う必要もないし、のびのびマイペースにやれることだろうと思います。「嫌々勉強する」青年時代を卒業して、自分にふさわしい課題を自分に用意できるといいですね。

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