心理学

『はじめての嘘の心理学』|嘘を見抜けば誰もが〈正直者〉

『はじめての嘘の心理学』挿絵イラスト

こんにちは。嘘をつくのが下手な あさよるです。より正確にいうと、嘘をついても途中で嘘の設定を守り続けるのが面倒くさくなって、投げ出しちゃうというのが正しいw 嘘はバレるというよりも、「嘘をバラしてしまう」という感じでしょうか。なので、なるべく嘘は言わないように気を付けています。まあ、正直にズケズケモノを言いすぎるのは、嘘つきよりも嫌われる気がしますが(苦笑)。

今回手に取ったのはゆうきゆうさんの『はじめての嘘の心理学』です。ゆうきゆうさんって、ネットでマンガを読んだことがありましたが、本で読むのは初めて。本書ではマンガは すぎやまえみこさんが担当なさっています。

3つの嘘ツキがいる

本書『はじめての嘘の心理学』では、人の「嘘」をテーマに心理学的なアプローチで、人の本音を探る内容です。言葉のみならず、ジェスチャーや姿勢などの非言語の情報も使って、心理学的に「嘘」を見抜いてやろうという試みなのです。嘘をついているとき、外見や仕草に焦りや後ろめたさが表れるそうです。手足の動きや視線、表情、姿勢、話し方をチェックしましょう。

ます「嘘」とは「だますことによって、ある目的を果たそうとする意識的な虚偽(真実ではないこと)の発言」と定義されています。嘘には3つの特徴があります。

1 虚偽の意識がある

虚偽とは「偽り(本当ではないこと)と意識的に真実(本当)のように見せかけること」をいいます。つまり、嘘つきは自分の話していることや書いていることが真実ではないと知っているのです。

2 だまそうとしている

本当ではないこと、事実とは違うこと、間違っていることを相手にしんじこませようとします。つまり、嘘つきは意図的・計画的に相手をだまそうとしている人のことです。

3 嘘の目的が明確である

自分が利益を得たり、悪口や避難から逃れたり、あるいは自分を守るためだったりなど、嘘をつく目的がはっきりしています。ただし、必ずしも自分の利益のためだけではなく、他人やグループ、集団のために嘘をつく場合もあります。

p.3

よって、勘違いや記憶違いなど、本人が真実だと思って言う嘘は、ここでは「嘘」には含まれません。本書では、意図的に「嘘」をつき、自分や自分の属する集団が利益を得るための嘘を見破るためのテクニックが紹介されています。

マンガと解説を、他人事のように笑って読もう

本書は一つの嘘のシチュエーションごと、見開き2ページで構成されています。見開きの3/2の面積はマンガと図解です。このマンガもコミカルで楽しいのが本書の良いところ。「ほうほう、こんな人いるな~」「ああ、この発言聞いたことあるー」と、自分のことを棚に上げて読むと楽しいものです。

反対に、自分の言動に当てはめた途端、冷や汗が……あさよるは、嘘をつき通すのが面倒なので、嘘はつかないように気を付けているのですが、自分でもなんだかよくわらない見栄を張ったり、意味のない嘘を言ってしまうことがあります。何かを「隠したい」という本音が無意識に働いているのでしょうか……。

また同時に、顔色一つ変えずに嘘をつく人や、完全に自分の都合の良いように記憶を改ざんしているとしか思えない人がたまにいますが、本書を読むと想像以上に「ヤバイ人」なのかも……と不安になってきました。嘘をつくと、なんらかの「後ろめたさ」が隠せないのが普通なのに、平然と嘘を吐き通せるって……。

嘘で本音がわかる

本書の面白いところは、「嘘」を扱っているのですが、その嘘が見破ることができれば、人は饒舌に「真実を語っている」ということになります。嘘は「騙されるから嘘」なのであり、騙されさえしなければ、相手は饒舌に真実を語る者のように見えるかも?

また、騙されやすい人も紹介されています。

  • すぐにその気になりやすい(話を真に受けやすい)
  • はっきり断れない
  • 「お得」に弱い
  • おだてられると嬉しい
  • 自分は騙されないと思ってる
  • 権威に弱い、ブランド物に弱い
  • 深く考えるのが苦手
  • お人好し、人を信じてる方が楽だと思ってる
  • 自信がない
  • 不安感が高い

自分が騙されやすい人に当てはまっているなら、自分に言い寄ってくる人は「騙そう」としているのかも? という警戒の仕方もアリでしょうか。

嘘はバレている

『はじめての嘘の心理学』挿絵イラスト

本書『はじめての嘘の心理学』を読んでわかったのは、「嘘はバレる」ということw ご自身に「絶対バレない」という自身がおありなら別ですが、そうでないなら、嘘は必ずバレていると考えておく方が無難そうです。なぜなら、嘘の事例がたくさん挙げられているんですが、どれも「見たことある」し「多分同じ状況なら気づくだろう」と思うものばかりだから。

また、相手を騙して自分の利益を得るための「嘘」には、「見栄」やコンプレックスを隠す嘘も含まれます。思わず見栄を張ったり、虚勢を張っても、やっぱり不自然だし、いつかそのうち相手に伝わっちゃうんじゃないかと思いました。なので、見栄やコンプレックスも、「相手にバレている」と考えておいた方が無難かも。

それを踏まえた上でも、嘘をついたり見栄や虚勢を張っちゃうのが「人情」ってもんですから、相手の嘘も多めに見るようにしようと思います。なぜなら、自分もまた誰かに多めに見てもらってるだろうから。

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『賢く「言い返す」技術』|感情OFF、作業として攻撃をかわす

こんんちは。お子ちゃまタイプな あさよるです。今日読んだ『賢く「言い返す」技術』は、他人を攻撃する人のタイプを8つにわけ、それぞれのタイプ別対処法が指南される本です。その中の「お子ちゃまタイプ」がおまおれ状態で冷や汗をかきました(;’∀’)

本書では「攻撃的な人のタイプ」「攻撃されたときの対処法」が紹介されています。ここでは大まかな概要を述べるだけですが、本書では具体的なケーススタディを挙げ紹介されています。職場、家族、友人関係別の場合がまとめられています。

人から攻撃されたとき、同じように反撃しても争いが泥沼化するだけです。だけど、だからと言って「我慢していればいい」わけでもありません。攻撃する人……つまり加害者には毅然とした対応や、自分が傷つかないよう、心を守る対策が必要です。

また、攻撃する人の特徴を自分に当てはめてみたら、自分が他人に対してやっちゃいがちな言動を知れます。これは本書の〈裏テーマ〉ではないかと勝手に解釈しましたw 自分がトラブルの種を撒いていることもあるでしょうから、自分が他人を攻撃しているポイントを自覚するだけでも、何か多少は変わるのかも。

嫌な人の避け方

『賢く「言い返す」技術』では、人から嫌なことを言われたときの切り抜け方が紹介されています。ほとんどはその場でスパッと相手の負の感情を切り離す「言い返し」です。一言だけで、距離を置ける魔法のワード集です。

攻撃的な人の8タイプ

『賢く「言い返す」技術』では、攻撃的なことを言う人を8つのタイプに分けられています。

攻撃的な人は理由もなく人を攻撃するのではなく「攻撃を受けている側よりも、ずっと弱い面を持った人たち」だと紹介されています。恐怖や不安を抱き、弱い面があるからこそ、攻撃せずにはいられない。だから、彼らを対処するなら、その「弱い面」を良く知って上手いことあしらえばいいのです。

「我慢してればいつか解決する」と考えず適切な対処が求められています。

1.王様タイプ

他人を支配し、思い通りにさせたい人。高圧的で王様のように振舞いたいタイプ。

やたら上から目線で物を言うヤツ。そういうヤツこそ、自分のポジションに自信がなくて吠えているそう。本当にその立場で周囲から信頼されている人は、わざわざ上から目線発言をする必要はないのです。

役職が上がったばかりの役員とか、上司によくいるタイプ。本心では「人からみくびられてしまうのでは」と怯え、自分のポジションが脅かされていると感じ、その恐怖を打ち消すために他人を支配しようとします。

2.裸の王様タイプ

自分を認めて欲しい! 裸の王様タイプは自分の自慢話を延々としたり、自己中な言動をする「自己愛」や「承認欲求」が強いタイプ。自分の優位性を誇示したい!

例として、新しく来た管理職の人が「前任者よりも自分の方が優れていると知らしめたい」という欲求から、これまでのやり方を踏襲せず、自分のやり方を下に押し付けようとする例が紹介されています。

だけど、本当にすごい人は自他ともに実力が既に認められています。「認められたい」と思っている時点で、その程度の人だということ。だからこそ「自分を認めて欲しい」をアピールをやめられません。その自信のなさを、周囲の人はわかっているけれども、本人だけが気づいていない……「裸のぷ王様」状態です。

3.羨望タイプ

うらやましい!負けたくない! 嫉妬心からじわじわと他人を攻撃するタイプ。「マウンティング女子」もこのタイプ。他人と比べることで自分の優位性・立ち位置を確認したい欲求がある人は多いのです。序列をつけ、自分より下の人を作りたい、そして自分より上位の人が羨ましい。

「羨望というのは、他人の幸福が我慢できない怒りだ」とラ・ロスフコーの名言が引用されています。

4.お子ちゃまタイプ

思い通りにならなきゃイヤ! わがままで、自分の欲求が受け入れられて当然だと思っている幼稚な人。「自分は特別扱いが当たり前」と思っているから、周囲からの注意や助言も聞き入れられず、逆に「あいつが悪い/自分は悪くない」と攻撃し始めます。

5.悲劇のヒロインタイプ

私はかわいそうな人なの、大事にしてよ。弱い私なら、人を攻撃してもいいでしょ? 「弱い人」を被害者だと思い込む傾向が世間にはあって、そこにつけ込むのが悲劇のヒロインタイプ。か弱そうすることで人から守られ、気に入らない相手には攻撃し放題。

少し何か指摘しただけで泣き出して、まるで注意した人が悪いように演出します。「周囲の同情を集めることに快感を覚えている」とのことで、彼らの策に乗らないのが得策です。

厄介なのは、自分が「被害者ヅラ」をしているのをいいことに、「か弱い自分は他人を攻撃しても良い」と思っているところです。

6.置き換えタイプ

誰かに八つ当たりしたい! 日頃から溜め込んだうっぷんを、別の場所で無関係な人相手にぶちまけるタイプ。生きにくい時代ですから、ストレスが溜まるのはわかりますが、だからと言って他人でうっぷん晴らしをしてよいわけではありません。

駅員やコンビニ店員、お客様窓口などがターゲットにされやすい。大したクレームでもないのに、何時間にも渡ってキレ続ける人というのが実在するそうです。

7.トラウマタイプ

自分と同じ恐怖を人に与えたい。過去に自分がされたことを、自分よりも弱い人に同じことをして、過去のトラウマを乗り越えようとするタイプ。虐待を受けた人が、自分よりも弱い人に同じ虐待を繰り返してしまうことを、精神分析の世界では「攻撃社との同一化」と呼ぶそうです。

いじめっ子はいじめられっ子だったりするのと同じ。気の毒ではあるけれども、だからと言って他人を攻撃していい理由にはならなりません。

8.サディストタイプ

傷つけるのが快感なのがサディスティックタイプ。傷ついたり恐怖、苦しむ顔を見るのが気持ちいんだそう。猟奇的な事件のような極端な行動に出ずとも、怒りで物に当たるのもこのタイプだそう。怒って机を叩いたり、物に当たる姿を相手に見せつけ、動揺している様子を見てスカッとする。

対応策・7つの武器

以上のような8タイプの攻撃的な人への対応7つが紹介されています。どんな攻撃にも対応の仕方があるそうです。あさよるは、人から攻撃されたときいちいち動揺せず、「ここにある指示通りに対応すればいい」と思うだけでも、ちょっと心配が減った気がします。

1.相手の裏の心理を見抜く

皮肉やいやみや自慢話は、こちらへの恐怖、嫉妬、優位に立ちたい心理があります。だから「あなたの真意はわかってるわ」という態度をとればいい。

必殺「オウム返し」! 「バカ」と言われたら「バカってどういう意味ですか?」と聞き返す。

必殺「さすがですね!」 他人を支配したい仕切りたがり屋なんかは、過剰に褒めちぎってやろう。つまり、からかってやるのだ。

必殺「先回り」! 自慢話が鬱陶しい人には、相手よりも先に「○○だったんですよね!」と先にオチを言ってしまおう。「もうその話は何度も聞いた」と意思表示になる。

必殺「おっしゃる通り。それで何?」! 面倒くさい説教を垂れてくる人には、早々に「おしゃる通り!」と相手に賛同した顔をして、すかさず「それで何ですか?」と聞き返そう。相手はひがんで説教垂れてるだけだから「だから何?」と聞かれると言葉がない。

2.別の話をする

カチンとくる侮辱の一言、挑発的な言葉、不毛な悪口……こうしたイヤな会話から逃れる最善の方法は、まともに取り合うのではなく、「別の話題」に誘導してしまうこと。

しても仕方のない話は切り上げてしまいましょう。

脈絡もなく「そういえば今日のニュースで」「そういえば、あの映画…」とネガティブな会話をこっちのタイミングで終わらせましょう。相手の負の感情に乗る必要はないのです。

3.矛先をそらす

「置き換えタイプ」「トラウマタイプ」からの理不尽な攻撃、「羨望タイプ」「悲劇のヒロインタイプ」のくだらない悪口やグチは、「そんなこと私に言われても困る」とスパッと言っちゃいます。盾をつくるのです。目上の人の場合は「その洋服素敵ですね」なんて、褒めておけば相手は悪い気はしない。

4.一段上に立つ

他人を攻撃する人は不幸な人なので、「かわいそうな人だ」と一段上から冷静に見下ろすのも手。自分の方が高い位置にいるので、正面からぶつかることはない。激昂している相手へは「落ち着いて」「ゆっくり話して」と促したり、話を煙に巻くのもいい。

5.周囲を味方につける

攻撃する様子を誰も見ていないとなると、攻撃がエスカレートしてゆく。だからわざと大きな声で「失礼ですね」「ひどいですね」と周囲に聞こえるようにアピールしたり、「○○さんにも報告します」と相手の怖れる人の存在を持ち出しましょう。

6.あえて無防備になる

攻撃されたからといって、自分もそれに応戦してしまうと戦争が泥沼化します。「私はあなたを攻撃しません」とアピールする方法もあります。それは「私は傷ついた」「あなたを嫌いになりたくないから、そんなこと言わないで」と、こちらに戦闘の意思がないことを示して、相手がどう出るか試してみます。

7.筋違いの期待を裏切る

攻撃してくる人は、相手が傷ついたり、不幸になればいいと思っています。だから「そんなこと私は気になりません」と示します。相手の期待を裏切るのです。いやみを言われても笑顔で「へぇ」と涼しい顔でスルーしたり、「今度一緒に出かけない?」なんて大胆な発言も紹介されていました。

攻撃を真に受けなくていい

本書『賢く「言い返す」技術』の良いところは、もし今後他人から攻撃されたとき、それをまともに受け止めて「なんてこと言うんだ!」と怒ったり悩んだり傷ついたりしなくても良いところです。相手の攻撃を本書の8タイプに当てはめてみて、それに合った応戦をすればいいだけ。

「感情」を使わず、「作業」として処理できるようになるんですよね。これはかなり楽になりそうです。

あさよるはとても感情的になりやすいタイプなので(;^ω^)、ものすごくイラつくし、同時にすごく傷ついて、傷つくと反撃もしたくなります。そして、反撃したらしたで後から「あの時ああすれば良かった……」と考えても仕方のないことに悩んだり、とてつもなく疲弊します。

いつまでも平らかな気持ちでいたい……(;^ω^)(;^ω^)

自分はどのタイプだろうか…

本書は他人からの攻撃をかわすため、加害者を8つにタイプ分けされていますが、こうなると「自分はどのタイプなんだろう」という視点も生まれるわけです。うまいことできています(苦笑)。自分のタイプを冷静に判断できないなら、相手から「どう対応されると困るのか」を考えてみても良いでしょう。自分の攻撃を無効化させる武器から逆算して考えるんです。

あさよるの場合は……圧倒的「お子ちゃまタイプ」(苦笑)。「自分が尊重されて当然だ!」と疑いもなく思っているフシがあります。承認欲求ではないんですよね。承認欲求って「認めて欲しい」って欲求ですが、あさよるの場合は「認められて当然だ!」だから、タチが悪いw。

あさよる自身は、他人にマウンティングしたい欲求(序列づけしたい欲求)は感じません。その理由もよく分かりました。お子ちゃまタイプは「自分の欲求は無条件に受け入れてもらって当然」と思っているそうです。「特別扱いが当たり前」と信じ込んでいるから、そもそも自分と比較する他人が見えていない……ワロエナイ!ww

自分で書いていて情けないですな~(;^ω^)(;^ω^)

みなさんも、迷惑な人を8タイプにわけるついでに、ご自身がどのタイプに当てはまるのかを考えてもよろしいかと。苦笑いするしかなくなりますw

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『一億総ガキ社会』|諦めないで、お客様

諦められない大人たち

『一億総ガキ社会』は、モンスターペアレントやモンスターペイシェント(患者)、引きこもりや「草食系」なんかの話を、心理学的なアプローチを交えつつ、社会問題を語ります。これらの社会的な「現象」は、元をたどれば同じ心理状態から発していると言います。それは「挫折ができない」ことです。

我が子を特別扱いするよう学校や教諭に求める親は、自分の子どもが「特別ではないこと」を受け入れられません。それを受け入れることは「自分が特別ではないこと」を認めるのと同意だからです。我が子の問題をなにもかも学校のせいにする親も、「自分の子育てに問題があった」ことを受け入れられません。

「草食系」という言葉が使われ始めて久しいですが、恋に消極的だと、恋に破れるリスクを回避できます。

学業や仕事で問題にぶち当たったとき、その責任を他者や社会に求める人もいます。「新型うつ」の傾向として、本人が何かを「挫折した」ものの、それをなかなか認められず、現実と理想のギャップに苦しんでいる場合があるそうです。その挫折は、左遷されたり、仕事が上手くいかなかったり、自分の頑張りを周囲が思うように認めてくれなかったり、問題は様々です。

諦めて大人になってゆく

「大人になる」とは、挫折を知り、諦めることが増えてゆくことです。反対に、子どもは無限の可能性と、全能感を持っています。若者は夢を追いかけて、努力をするものだし、何も始める前から諦めてしまうのもおかしな話です。

だけど、全員の夢が100%叶うわけではなく、多くの人たちは一つ一つと壁にぶつかり、諦め、身の丈を知り、自分のできること、できないことを受け入れてゆく過程に大人になってゆくと言えるのではないでしょうか。

ということは、「諦められない」現代人は、ずっと子どものままということ。子どものように諦めないことを推奨されているのに、現実には諦めざる現状に直面し、そのギャップが社会現象として浮上しているというお話。

「諦めないで」の苦しみ

「諦められない」理由は、「自分らしく」生きることが推奨されている時代だからでもあるし、また消費社会はお客様に対して「諦めないで」と発し続けます。

「諦めないで、英会話を始めましょう」「諦めないで、美容にサプリを飲みましょう」。自己実現のために仕事終わりに買い物や外食にお金を使い、帰宅後も自分磨きに時間を費やし、「自分へのごほうび」や、「自分の楽しみ」が必要です。時間もお金もいくらあっても足りません。サービスを提供する側は、そうやって消費を促しています。

「選択」と「決定」し続けること

自分らしく自由に生きてゆくとは、自分で「選択」し続け、「決定」し続け、その結果の「責任」を負い続けることです。自由に生きる、自分らしく生きることは、自分の責任のもと選択・決定をし続けることが大きな負荷となる人もたくさんいます。

自由に生きられる世界は、素晴らしい世界です。今の日本社会は、ほぼ人類の夢を叶えた世界なのかもしれません。自由に自分の生き方を選ぶことができ、医療が行き届き長寿になって、死はなるべく遠ざけられ、すごい世界に生きています。

先日、ジブリ映画の『かぐや姫の物語』の小説版を読みまして、かぐや姫が月の世界で罪を犯し、地球に落とされる理由を知りました。(以下、軽くネタバレ?します) 月の世界は悲しみのない幸福な世界です。だけど、かぐや姫は地上の人々が活き活きと生きる姿を見て「何か」を思うのです。その「何か」が彼女の犯した罪です。月の世界は悲しみがない……つまり死もなく飢えもない幸福の世界です。それは同時に、生もなくお腹が空かず、喜びのない世界でもあります。その幸福な世界で生きるかぐや姫が、地上の喜びを持って生きる人々…つまり悲しみを持って生きる人々を見て「何か」を思ったのですね。

ジブリの教科書19 かぐや姫の物語 (文春ジブリ文庫)

幸せになるとは、退屈に生きることなんでしょう。あさよるも、自分の大切な人は絶対に、一瞬でも長く平たんで穏やかな気持ちでいることを願っています。波風はなるべくなく、いつまでも平穏でいて欲しいんです。それは「ずっと退屈でいて欲しい」という願いなのかも。

だけど実際には、理想と現実の間にはギャップがあり、「諦める」という手は封じられている以上、他人のせいにするか、他の何かに依存して気を紛らすしかなくなってしまいます。

「運がいい」「運が悪い」

ふと、『一億総ガキ社会』を読んでいると、現在のわたしたちは「運がいい/悪い」ということを、どのように受け止めているんだろうと感じました。

確かに、自由に生きるとは自己責任を負って生きる生き方なんだけども、どんな結果が待っているかは運要素も大きく関わっています。

『一億総ガキ社会』では、司法試験を何度も受験している男性が、想いを寄せていた女性が他の医者と結婚してしまい、その現実を受け入れられず「彼女はもうすぐ離婚して自分のところにやってくる。それまでに司法試験に合格しないと」と考えている話が登場します。これは恋が破れた場合の話です。だけど、恋が実ることもありますよね。自由に自分らしく生きる世界では、実った恋も自己責任(自分の成果)ということになるんでしょうか。

こと恋路に関しては、縁のものだし、タイミングもあるし、パートナーとして一緒にいられる期間が長いのか短いのかもあるし、それらは複合的に要素が入り組んでいて、大雑把に言うと「運」だと思うんですw

良いことも悪いことも、意図せずともそうなることが多々あります。「運」としか言えない、神頼みするしかないこともたくさんあります。それらをどう処理してるんだろう。たぶん「諦める」ことを認めるとき、「運」を受け入れることなのかな、なんて思いました。

「有難い」の反対は「当たり前」という話がありますが、恋が実るかどうかが自己責任の世界では、「恋が実って当たり前」という解釈になるのかな。

ちなみに あさよるも、初めて「カオス」という存在に触れたとき、理解の範疇を超えていて、ものすごく動揺しました。実際にカオスの実験も目にしましたが、心のどこにそれを持っていけばよいのか分からず、長い間そのまま棚上げしていました。やっと最近になって、なんとなく「カオス」ってこういうことなのかと扱えるような心持になってきました。

カオスから見た時間の矢―時間を逆にたどる自然現象はなぜ見られないか (ブルーバックス)

こう解釈できる

『一億総ガキ社会』も、具体的な解決策が出ないまま終わってしまいます。それは著者自身も現代を生きる人であり、子どもっぽく諦められない性質だと吐露されています。しかし、「自分はこういう状態にある」と認識できるだけでも、少し状況は変わります。実際に精神科医の著者のもとに訪れる患者さんは、自分の状況を理解するだけで、少しずつ好転してゆくそうです。

何もわからない状態は不安で、不安がかき立てられると自分を守るため攻撃的にもなってしまいます。何も解決していなくても、「知る」という行為だけで、「わからないという不安」は減るでしょう。

「諦められない」「失敗できない」現状はさながら、赤ちゃんが転びそうになれば大人が助けてやって、一度も転んだことのないまま子どもが育ってゆくような感じ。実際には、見るのは辛いですが、赤ちゃんは何度も転んで転んで、転んで起き上がる練習をしないといけません。ただ転べばいいってもんじゃなく、本書では

一)他人のせいにばなりしない
二)敗因を分析する
三)自分で起き上がる

p.247

と三つの練習が紹介されています。

あさよるにとって、本書で知れた一番の収穫は「あなたらしく」「諦めないで」というメッセージは「儲かる」ということ。そんな言葉で語りかけてくる人がいたら、その真意を探ってみるのは有効かも(苦笑)。

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『「対人不安」って何だろう?』|誰だって自分のことが気になっている

こんにちは。あさよるです。ブログをもっと充実させようと、本の感想とは別に記事を書きたいなぁと思っておりまして、それに伴ってまずは自分の記録として「ブログと私」みたいなものが書きたいなぁなんて考えていた。わたしは「ブログ」が登場する前からWEBでホームページ作って遊んでたので、元々こういうちまちまとした作業が好きなんですね。一人遊びが好きなのは、集中して遊べるから。人と一緒だと、相手の集中力にあわせないといけないから、イーっとなってしまうw

人と一緒に何かをするのは、なにかと気を使うし、それなりにストレスにもなる。人間はナワバリ意識が強い生きものだなぁなんて思う。どんなに親しい間柄でも、適度な距離感ってのがある。

人間関係に悩むのは、この「適度な距離感」がなんらかの理由で上手く取れないときだろう。距離が近すぎても苦しいし、遠すぎても寂しい。もっと一緒にいたい人が、自分のことを親しく思ってなければこんなに悲しいことはないし、特に親しくもない人が自分を特別だと思っていたりすると、こんなに鬱陶しいものはない。これは難しい話だ。

いくつになっても、人との距離感に悩むんだろう。

人間関係には悩むものだ

10代というのは無駄に悩むものだし、悩むのが本業のようでもある。と、30代になった今なら思う。その当時は、そんな無責任なことを言う大人世代に苛立ったけれども。

だけれども、たぶん悩みの解決策や対処法を教えられたところで、当時の自分はそんなもの受け入れなかっただろう。だって、「諦める」とか「許す」とか「愛す」とか、まさかそんな当たり前で使い古されたような言い回しをされたって、そんなものに納得する10代がいたら、それはそれで嫌なもんじゃないか。

こと人間関係においては、子どもは不自由だ。そもそも自分の意志で決定できない学校社会に放り込まれ、そこには人を傷つけても平気な未熟な人間ばかりが待ち構えている。もちろん、自分もその中の一人で、デリカシーのない言動で自分も人を傷つける。成長過程で「こういうことは言ってはいけないものなんだ」と学んでゆくのだけれども、その過渡期はむちゃくちゃだ。

で、10代は悩む。仲良しの友だちと一緒にいるはずなのに、なぜだかとんでもなく疲れてしまう。楽しいおしゃべりのハズなのに、自分が仲間から浮いてるんじゃないかとか、言動がおかしいんじゃないのかとか、目線が泳いでることを変だと思われてるんじゃないのかとか、あれこれと考えていると苦しくて苦しくて……という渦に呑み込まれてしまう。誰だって、多少なりとも経験することだろう。

『「対人不安」って何だろう?』では、人の目が気になる人の特徴として、「自己モニタリング」機能というものが紹介されている。「自己モニタリング」とは、

他者の反応をみながら自分の言動が適切かどうか判断する能力と、適切な言動をとるために自分の言動を場にふさわしい方向へと調節する能力の二つの側面がある。(p.99-100)

とされており、人の目が過度に気になる人は「相手の反応をみる能力はあるのに、自分の言動を修正する能力が低い」とき「対人不安」になってしまう。つまり、いわゆる「空気」は読めるんだけど、うまく「乗れない」って感じだろうか。若い人が人間関係に悩みがちなのも、自己モニタリング機能が未成熟だからなのかもしれない。

こたえはなくてもいいのだ

『「対人不安」って何だろう?』では、人の目が気になる対人不安の特徴や、なぜそんな気持ちになるのか、どうして人の目が気になるのかと理由は解説されるんだけれども、肝心の解決策は載っていない。いや、正確に言えば、ズバッと解決策は載ってるんだけれども、悩みの渦中にいる人が、こんな答えでは満足できないだろう「解決策」なのだ。

というのはつまり、正論であり、当たり前の答え。「誰だって対人不安を抱えている」。人の目が過度に気になるのは、「自分にしか興味がない」ことであり、人のことを気にしている風でいながら、「他人に無関心な状態」だ。だからお互いに対人不安を抱えているんだから、お互いに「自分にしか興味がない」のであり、それは「他人は自分のことに興味がない」ということだ。だから、あまり気にしすぎても仕方がない。

年齢を重ねると、この説明はとても納得できる。他人は、逆に腹が立つほど、わたしには興味がないものだ。

「誰にも嫌われないようにしよう」と決めた頃

しかし、読者が気に入るような結論になっていないというのは、さすが10代向けの新書だけある。答えを教えるのは簡単だけれども、自分で悩むのも大事なことだ。

もちろん、あまりに対人不安が強すぎて日常に支障をきたすようなら、新書を読むよりも専門家に直接相談すべきだ。

わたしは10代の頃、とくに高校生くらいの頃は、「人に好かれたいと思うから苦しいんだ」と思い「好かれなくてもいいから、嫌われないようにすればいい」と考えた。当時はそれはすばらしい発想だと思ったし、今ではとても愚かな考えだと思うw 思い出すと恥ずかしい思い出の一つだ。

誰にも嫌われないとは、誰ともかかわらないことだ。まぁ、わたしの性格的にも人とベタベタ一緒にいるのは嫌いだし、なんかダラダラと用もないのに駄弁ったり、そういうの嫌だから、結果的に「ちょうどいい距離感」を取れてしまったから、悩ましいんだけれどもw

まぁ、嫌われないよに程々にやるのはいいけれども、やっぱり「誰にも好かれない」というのは、考えものだ。お互いに気が合って、心置けない間柄になれる人をもうちょっと積極的に探しても良かったんじゃないかと思う。

心が平和な「忙しい」

今は、「忙しい」というのは、なんて平和なもんかと思う。わたしの周囲にいる人たちは、みんな忙しい人たちばかりだ。仕事に打ち込んだり、趣味に励んだり、勉強に打ち込んでいたり、スポーツや音楽をやっていたり、週末休む間もなく、充実した時間を過ごしている人たち。彼らは余計な時間はないので、だいたい連絡も箇条書き程度で済ませたいし、約束も時間通りスタートして、用が済んだら早く解散したい。だって、ほかにもやりたいことが詰まっているから。

類は友を呼ぶというように、自分がそんな風に生きていると、周りもそういう人ばかりになる。というか、そういう人とじゃないと、お互いに一緒にいられない。

あと、わたしが居心地が良い関係性は、顔見知りで、たぶんお互いに存在は認識しあっているけれども、別に言葉も交わさない間柄。わたしは社会人学生もやっているので、たまに試験や授業に出席すると、そういう人に出くわす。「あ、あの人まだ頑張ってるんだな」と思うと、それだけですごく励まされてしまう。別に挨拶も特別しないけど、ものすごく影響を受けている。これが、わたしが見つけた答えの一つ。

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『かかわると面倒くさい人』|いるよね、自信がなくて強がる人

こんにちは。あさよるです。人間づきあいというのは難しいものです。自分のワガママを通すのもいけないし、だからといって相手に言われるがままでもいけません。「対等に」てのが理想なんだろうけれども、なかなかそう上手くもいかない。二者間の人間関係も難しいのに、複数人でチームワークをするって、大変なことだ。

こう考えると、本人のいない間にみんなでその人について愚痴って、ハハハと笑ってお開きにするのが、ちょうどいいのかもしれない。ただ、わたしは変に潔癖なところがあって、そういう場に耐えられないんだけど。ということで、わたしもまた、チームにいると「面倒な人」の一人だ。

面倒な人はどこにでもいる

『かかわると面倒な人』は、どこにでもいる面倒な人の特徴が紹介される。本書では面倒な人が10タイプに振り分けられている。

  1. 過敏で傷つきやすい人――約束を断られると「嫌われたんじゃないか」と思ってしまう
  2. 強烈な比較意識をもつ人――勝手にマウンティングされたと思う
  3. 自己中心的で相手の心に関心がない――空気を読まず場を凍らせる
  4. 自己防衛意識が異常に強い――不必要な言い訳や「すみません」が多い
  5. 劣等感を隠しもつヒーロー――自分は正義の味方ぶって自己陶酔してる
  6. 自分の判断力に自信がない――どうでもいい手続きに異様にこだわる、自分で判断できない
  7. 自信がなく、甘えが強い――すねる、恨む、褒めて欲しい、察してほしい
  8. 「謙虚な自分」を売り物にする――「私なんか」と遠慮しつつ、内心は忖度を期待している
  9. 取捨選択ができない――話が長い、何が言いたいのかわからない
  10. 過去の肩書だけが自分の支え――対等に付き合えない、定年後もマウンティングおじさんに

どれも「いるよね~」と目に浮かぶ。

⑧の「〈謙虚な自分〉を売り物にする」人には、イジワルな気分になってしまう。彼らはわざと自分を卑下することを言って、「そんなことないよ~」を期待している。だからあえて「そうなんだ~」と言いたくなってしまう。

一方で、わたしの場合は③の空気を読まない「自己中心的で相手の心に関心がない」や、⑨の「取捨選択ができない」は、あんまり気にならないかも。こういうのは相性というか、自分がスルー出来る人と、ひっかかってしまう人がいるようだ。

相手から見ると自分も面倒な人

わたしは「強烈な比較意識をもつ人」「〈謙虚な自分〉を売り物にする」人や対しては、わざとイジワルな応対をしてしまうようだ(;^ω^) ……ということは、彼らから見ると、わたしは「かかわると面倒くさい人」ということになる。謙遜してるだけなのにマジレスしてくる「空気が読めない人」や「マウンティングしてくる人」ってことだ(;’∀’)

本書では10タイプもの「かかわると面倒くさい人」が登場するから、読者自身もどれかにあてはまるだろう。みんな、自分のことを棚に上げて「あいつは面倒くさいヤツだ」とやってるのだ。

面倒くさい人の性格や考え方を外部から変えるのはとても難しい。「あなたの○○が迷惑だ」と指摘しても、それが図星であればあるほど、相手の心は頑なになるだろう。それよりも、人の面倒くさいところを刺激しないようにそっとしておくのが、お互いに平穏に過ごせるだろう。

自分が自分にできることと言えば、自分の持っている劣等感を隠そうとしたり、強がって見せたり、自分を守ろうと先回りして面倒くさいことにならないように。劣等感は劣等感で、それを受け入れられるよう、気持ちを向けたほうがいみたい。難しいことだけどね。

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