20 歴史、世界史、文化史

藤ノ木古墳の呪い? 二人の埋葬者は誰?

「藤ノ木古墳」をご存じだろうか。

奈良県は斑鳩にある古墳で、あの法隆寺のすぐお隣だ。

といっても、造られた時代は法隆寺よりも古い。

法隆寺が、藤ノ木古墳の隣に建立された、と言った方が正確でしょう。

石棺は、盗掘されていない完全な状態

藤ノ木古墳は、古くからそこに古墳があることは知られていました。

1985年、藤ノ木古墳の調査が始まりました。

発掘を始めると、石室の中に蓋の開いていない石棺が見つかります。

石棺は朱塗り。

保存のため、石棺内の調査も始まります。

この調査の記録がとても面白い!

前園実知雄先生の『斑鳩に眠る二人の貴公子』をおすすめします!

石棺を開けると中には水が溜まっていて、その中に埋葬者の骨や布、そしておびただしい数の銅でできた副葬品が出てきます。

それを一つ一つ記録しながら取り出していくのは、大変な作業です。

そして、埋葬者の骨は、なんと二人分だったのです。

一つの石棺に二人埋葬されていたというのは、謎が謎を呼ぶ展開です。

続きを読む

[書評]批判?トンデモ?話題『土偶を読む』

久しぶりにめっちゃ面白い本を読んだ^^

その名も『土偶を読む』。

人類学者が土偶の謎に挑む!

縄文時代の土偶は、女性の形を模している、というのが定説です。

更に、妊娠した女性の形をしている、とも言われています。

ええ、わたしがこれまでに読んできた土偶の本でもそう書かれていました。

だけど……ちょっと待て!

マジでこれ、女性に見えるの?

全然違うじゃん!

とマジツッコミしちゃったのが本書。

わたしたち、「土偶は人の形をしている」と思い込んでいるからそう見えていたけれども……。

確かに言われてみたら……人間とは似ても似つかない姿をしています。

有名な遮光器土偶だって、ヒトはあんな目はしてないしね。

んじゃあ、土偶ってなんなの?

縄文人たちが食べていた植物や貝などの形を模している!

結論から言うと、土偶は、「縄文人たちが食べていた植物の実や、貝類の形をしている!」というのが本書の主張です。

著者が実際にフィールドワークをして、地面の実を拾って比べたり、貝塚へ赴き、貝殻を比べたりして結論してゆきます。

最初はまあ、「確かに似てることはないけど……うーん」って感じですが、事例を次から次に見せられているうちに、もうそういう風にしか見えなくなってくる不思議。

特に、現代のゆるキャラと、同じモチーフだと思われる土偶を比べてみると……瓜二つ。

似すぎていて、もうそうとしか思えない。

著者は人類学者ということで、土偶の専門家とは違った視点でスタートしているのが面白いですね。

みうらじゅん賞受賞!土偶は「ゆるキャラ」の元祖?

『土偶を読む』は2021年のみうらじゅん賞も受賞しています。

というのも、土偶は「ゆるキャラ」の元祖だということだから。

みうらじゅんさんのYouTubeチャンネルでは、受賞の経緯と、そして竹倉史人さんの受賞のコメントも配信されているので、見てみてください。

一応、『土偶を読む』の反論も置いておく

新たな土偶の解釈なので、議論を読んでいます。

ということで、反論を掲載されている方もいらっしゃったのでリンクを張っておきます。

土偶は植物そのものという新解釈をめぐって(PDF)

『土偶を読む』を読んだけど(1)

どちらも素人のわたしでも読める内容だし、丁寧に書かれているのでよかったです。

土偶を読む 130年間解かれなかった縄文神話の謎

  • 竹倉史人
  • 2021/4/25
  • 晶文社

目次情報

はじめに
序章 人類学の冒険

第1章 土偶プロファイリング① ハート形土偶

第2章 土偶プロファイリング② 合掌土偶・中空土偶

第3章 土偶プロファイリング③ 椎塚土偶(山形土偶)

第4章 土偶プロファイリング④ みみずく土偶

第5章 土偶プロファイリング⑤ 星形土偶

第6章 土偶プロファイリング⑥ 縄文のビーナス

第7章 土偶プロファイリング⑦ 結髪土偶

第8章 土偶プロファイリング⑧ 刺突土偶

第9章 土偶プロファイリング⑨ 遮光器土偶

第10章 土偶の解読を終えて

掲載土偶一覧

おわりに

竹倉 史人(たけくら・ふみと)

人類学者。
独立研究者として大学講師の他、講演や執筆活動などを行う。
武蔵野美術大学映像学科を中退後、東京大学文学部宗教学・宗教史学科卒業。
2019年、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程満期退学。
人類の普遍的心性を探求すべく世界各地の神話や儀礼を渉猟する過程で、縄文土偶の研究に着手することになった。
著書に『輪廻転生――〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語』(講談社現代新書、2015)など。

『花森安治の青春』|「暮しの手帖」と戦争

2016年4月に始まったNHK『朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」』も終わってしまいました。あさよるも張り切って、ドラマ開始時に主人公のモデルになった大橋鎭子さんの随筆を読んだりしました。

ドラマは終わってしまいましたが、次に手にとったのは『花森安治の青春』。花森を主人公とした物語仕立てで、間に著者の馬場マコトさんのルポが挟まる構成です。

花森安治は思想家であり、広告マンであり、ジャーナリストやグラフィックデザイナー、編集者の顔を持ちます。

花森安治は10代の頃フェミニズムと出会います。母を思い、フェミニストとして生きようと思います。旧制高校時代には、校友会雑誌の編集を一人で手がけ、東京帝国大学へ進学後も、東京帝国大学新聞部に所属しました。

「ペンは剣よりも強し」を信じた花森青年も、大学卒業後召集され、中国とロシアの国境近くに出兵します。が、肺病のため帰国。帰国後は大政翼賛会の宣伝部に所属しました。

「贅沢は敵だ」「進め 一億火の玉だ!」「欲しがりません勝つまでは」など、あの有名な標語の採用に、花森安治も関わったそうです。敗戦後、大橋鎭子と出会い、「暮しの手帖」を創刊します。

ペンが剣になる「戦争」

雑誌「暮しの手帖」は戦後、皆が“暮らし”を大切にしなかったから戦争が始まったのだとし、暮らしを見つめ直すことがコンセプトです。ですので、反体制の思想のある雑誌です。

ですが、花森安治さんの半生を知り、とても意外というかなんというか……読み始めには大きな戸惑いも感じました。

「ペンは剣よりも強し」を地で行くはずの優秀な青年が、こうもあっけなく体制に呑みこまれ、戦地で銃を構え、人を撃つ。病気により本土へ帰ってきてからも、先輩に誘われ翼賛会で活躍をする。ペンが持っている大きな力を、戦争を躍動し、国を鼓舞する力に使うのです。

戦争というのは、一人の力では抗えない大きな蠢きなのだろうか。花森安治ほどの人でも、「流れ」から離れることはできないのか……ゾッとする読書体験でした。

大橋鎭子さんと出会い、『暮しの手帖』の創刊に際してのエネルギッシュさや、戦後の花森安治さんの活躍が爽快であればあるほど、戦時中の彼の様子が浮き彫りになるようでした。

広告とは、デザインが持っている力とは

『花森安治の青春』を、あさよるは文庫版で読みました。まぁまぁぶ厚めな文庫です。

どんなボリュームもある内容かとビビっていましたがw、思いの外読みやすい文体で、物語っぽく時系列に話が進んでゆくので、一気に読み切りました。

しかし先に上げたように、ショッキングというか、胸にズシンと重いものが残る読書でした。広告とは、編集とは、デザインとは何だろうと、答えのない問が降り掛かってきたようです。

広告やデザイン関連の仕事をしている人、目指している人は、花森安治の思想、生き方に触れてみることをすすめたい。あさよるも広告・デザイン系出身で、他人事と思えない内容だったからです。

サクッと読める上に、読み応えもある内容で、よい読書でした( ´∀`)bグッ!

続きを読む

キツネにだまされなくなった僕たちは…今は何に騙される?

わたしの祖母は二人とも、キツネにだまされたことがあるらしい。
一人の祖母は、夜の田んぼ道を歩いていると、歩けど歩けど前へ進めなくなってしまった。おかしいなあと歩いていると、突然知らない人に肩を叩かれてハッと気が付いた。どうやら、同じ場所をぐるぐると回っていたようで、不審に思って声をかけてくれたらしい…。
もう一人の祖母は、家へ帰ろうと峠を越えた途端、真夏なのにスーッと空気が冷たくなり、ゾッとしていると、目の前に狐火を見たんだとか。

昭和40年ごろまで人はキツネにだまされていた……らしい

「キツネにだまされる/化かされる」というのは、ある年代の人までは、日常の中にあった経験だったようだ。
(ちなみにわたしの祖母は、大正生まれと、昭和一桁台生まれだ)

内山節さんの『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』によると、1965(昭和40)年くらいを境に、「キツネにだまされた」という証言がなくなるらしい。
反対に言えば、それ以前の日本人はキツネにだまされていたということだ。

それは、その頃にわたしたちの生活、思想が変わったことも原因だろうし、キツネと人間が生きていた里山や雑木林の様子が変わったのもその頃だ。
わたしたちの生きる世界を取り巻く環境(それは外的にも内的にも)様変わりしてゆくのが、ちょうどその頃だったのだろう。

ちなみにわたしの祖母は、キツネにだまされただけではなく、葬式の日に火の玉も見たことがあるらしい。
その世界では、山ではキツネの他にもタヌキやムジナが人をだまし、川では河童がいたんだろう。そういう世界で、少し前までの日本人は生きていたのだ。

外国人はキツネにだまされない

先に挙げた『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』の中で、面白い話があった。
明治維新後、農業を教えるため、農村に西洋人がやってきた。
もちろん日本人と同じように農作業をして、一緒に生活をするのだけれど、なんと彼らはキツネにだまされないのだ。
「そんなことってある?」
と、当時日本人の間で話題になったそうである。
それだけ、「キツネにだまされる」というのは生活の中で当たり前のことで、その当たり前の経験をしない外国人が当時は珍しかったのだった。

わたしたちはキツネにだまされなくなった。それは、わたしたちが西洋化したということなのかもしれない。
ここでいう私たちは、「庶民」とか、そういうニュアンスだ。

落語「七度狐」

上方落語で「七度狐」という噺がある。ポピュラーな噺なので知っている人も多いかもしれない。
旅の途中の二人組が、あるとき七度狐を怒らせてしまう。
これはしつこいキツネで、一度悪いことをすると、七度は仕返しをしてくるというキツネだ。
まんまと七度狐にだまされ続ける二人組がおかしい噺だ。

この噺、今となればバカな噺なんだけれども、その、1965年以前の、人々が日常的にキツネにだまされれていた時代には、どんな風に聞かれていたんだろうか。
キツネにだまされる、ということが現実味があるとすると、今とは感じ方が違うだろう。

キツネにはだまされなくなったけど、代わりに何にだまされるようになったんだろうか

結論を言えば、テレビとか、広告とか、そういうようなものにわたしたちはだまされるようになったんだろうか。
テレビで一時期話題になり、テレビを見ながら一緒に怒ったり批判したり心揺さぶられたことも、時間が経てばすっかり忘れてしまっている。
そして、そのことを振り返ったとき「なんでそんなに怒っていたのだろう」とキョトンとすることも多々ある。
こういうのを「キツネにつままれた」というのではないだろうか。

現在のコロナ禍でも、日々さまざまな情報が飛び交い、報道され、そしてわたしたちの心は揺さぶられている。
その中には本当のこともあれば、無暗に不安にさせるだけのものもあるだろう。
時間が経ち、落ち着いて今を振り返ることができる日が来れば、「○○にだまされていた」と思うこともあるんだろうか。

キツネのせいにするのではなく、きちんと事象を見極めていきたいものですな(`・ω・´)フンス!

大阪大空襲の夜、地下鉄が人々を救った……という都市伝説は本当か!?

1945年3月の大阪大空襲の夜、炎から逃れ地下鉄のホームに逃げ込んだ人たちがいた。

当時、空襲にあっても地下へ逃げてはいけないとされていた。関東大震災の際、地下に逃れた人たちが、火災の熱によりたくさん亡くなった経験があったからだ。

しかし、ほかに逃げ場はない。

これからどうなるのか……と皆が不安になっているところへ、地下鉄がホームに入ってきた。
そして、人々を乗せ、空襲に合わなかった地域へと運んだのだ。

……という噂・都市伝説が大阪にはあったそうだ。

この噂・都市伝説は本当か!? ということろに迫ったのが坂 夏樹さんの『命の救援電車』だ。

まず、当時の資料は焼却処分されているようで、客観的資料はない。つまり真相は闇の中なのだ。

『命の救援電車』では、代わりに証言をたくさん集めていくことで、確からしさをあげてゆく。

実際に地下鉄に乗ったという証言を集めていくと、心斎橋駅に逃げ込み、梅田駅まで運ばれ助かったという人が多数派。(この日の空襲では、梅田は被害にあっていなかった)その区間を地下鉄が走ったのはどうやら本当らしい。

本書はその証言を積み上げて、当時の様子を推測してゆく過程が興味深く、読みごたえがあるので、ぜひ本書を手に取ってみてほしい。聞き書きなどの宿題をする生徒さんなんかにも役立つ本だと思う。

戦時中、人員が不足していて、子どもたちが電車を運転していたなど、当時のことを知れるのもいい。

命の救援電車 大阪大空襲の奇跡

  • 坂 夏樹
  • さくら舎
  • 2021/1/8

目次

序章 大空襲の夜、地下鉄が走った

第1章 歴史に埋もれた「謎の救援電車」

第2章 あの日、何があったのか――証言が語る大空襲下の希望の光

第3章 命を運んだ電車は3本あった――見えてきた救援電車の全貌

第4章 戦時地下鉄、ベールの向こう側

第5章 戦争に翻弄された少年少女たち

あとがき