300 社会科学

『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』|誰かが喜ぶお金の使い方

『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』挿絵イラスト

こんにちは。お金が貯まらない あさよるです。なのですが『デキな人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』では、貯金思考がお金を遠ざけていると紹介されていて「ああ、じゃあお金が貯まらないのは悪いことじゃなかったのか!」なんて元気になりました(多分そういう意味じゃない)。

お金を自分のために寝かしておくよりも、誰かが喜ぶことに使いましょう、というのが本書の趣旨。そして、それが「投資をする」ということであると紹介されています。

「交換する」から価値がある

本書はまず「お金とは」という話から始まります。お金とは、価値と価値を交換するために存在します。お金のなかった時代は物々交換をしただろうし、物がない時は「あとで渡す」と約束をしたでしょう。その時の信頼の形が「お金」と言えます。

だから、お金は交換するからお金であって、交換しなければ価値がない! ……と言ったら言い過ぎでしょうか。ただ、稼いだお金をただ貯金しているだけでは、交換をしませんから、お金の価値が生まれません。働いても働いても、一所懸命お金を貯めても、「満たされない」理由の一つは、お金の価値のある使い方ができていないからかもしれませんね。

また、ただ「お金が欲しい」と思うのではなく、「お金をどう使いたいのか」を自分で考えないといけません。他人の価値基準で、他人が喜ぶこと、他人が羨むことにお金を使っても、結局自分が満足できないとお金がいくらあっても不満はなくならないでしょうからね。ちなみに著者の柴田博人さんは、子育てをするために仕事をセミリタイアされたそうです。自分のやりたいこと、価値を置いていることのために行動しているいい例ですね。お子さんが大きくなって、つきっきりの子育ては不要になったことで、現職に復帰なさっています。

誰もが、自分にとって価値のあることにお金を使って、自分にとって意味のある時間が過ごせると(・∀・)イイネ!

消費体質から投資志向へ

本書『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』では、「投資」という言葉にページが割かれています。浪費じゃなく、投資をしましょう、という当たり前の話なんですが、あまり誰もやらないことですね。ここでいう「投資」とは何も株を買ったり土地を買うことだけじゃなく、子育てにお金や時間を使ったり、勉強に時間を使うことも投資になりえます。

投資について、とってもわかりやすい表現がなされていました。

 投資とは、「だれかを喜ばせるという活動にリスクをとってお金を投じた結果、リターンを得ること」(p.100)

すごくいい表現ですよね。投資して「リターンがある」状況とは、それをお金を払ってでも欲しいと思う人がいうるということ。そして、なぜお金を払ってでも欲しいかというと、それがその人にとってなにか「イイコト」だからです。反対に、誰も喜ばない物や事は誰もお金を払いません。例えばボロボロの物件は誰も欲しがらないけれども、みんなが住みたがる物件にはお金を出す人がたくさんいます。

投資というのは、あなたの周りにものすごく当たり前にありふれているのです。あなたが賃貸マンションに住んでいるなら、それはだれかがリスクをとって建設してくれたからです。高いお金を出して買わなくてもそこに住めるのは、だれかが貸してくれるからなのです。つまり、不動産投資の一部にあなたも参加しているのです。

そして「どうせ参加するなら提供側になろう」と考えるのは、不動産投資家になることです。どういう場所で、どういうマンションだったら自分が住みやすいだろう、と考えてみれば、それまでと違った世界が見えてきます。

p.101-102

「投資」ってアコギな商売なイメージがありますがw、こうやって「誰かが喜ぶことをする」と「誰かがお金を出してくれる」と考えるととてもシンプルでわかりやすいですね。そして、投資も悪いもんじゃないなあとも思えます。

今自分が便利に使っているものや、気に入ってること、利用してありがたいことは、誰かがリスクをとって準備してくれたことであると考えると、これまでにも増して有難みを感じますねぇ。そんで、自分は誰かのために何か、誰かが喜んでくれることをやってるのかなあ? 特に思い当たらないから、そりゃお金が集まらないわなぁと妙に納得(苦笑)。

『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』挿絵イラスト

お金を使うのがうまい人

本書を読むと、「お金持ち」というより「お金を使うのがうまい人」と「そうでない人」がいるって感じがしますね。お金の量は限られていても、自分が満たされていればそれで満足だろうし、いくらお金があっても不満を持て余すなら、つらいんでしょうね。

お金の量を目指すだけじゃなく「どう使うか」を考えておくのが大事ですね。あさよるならどうしようかなぁ~と考えると、自立して一人でご飯食べていけるだけあれば十分かなぁ~なんて思ってしまって、それ以上先の欲求に行き当たらない! こりゃお金が集まらないわけだわ……(;´д`)トホホ

そういえば、地元にとっても可愛くて素敵な雑貨屋さんがありまして、ショッピングに行くだけでなくSNSでも在庫や新商品情報をチェックしています。そのお店はまさに「誰かが喜ぶ仕事」をなさっているお店です。もちろん商売だからお金儲けでなさってるんだけども、そこで買い物をする客としても、そのお店が町にあることがとてもありがたいし嬉しいです。流行ってくれたらいいのになぁと思うし、ずっと続けて欲しいなぁと思います。それが、客である あさよる の生活が華やぐことに繋がりますからね。「誰かに喜ばれる」っていい表現ですね。

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『ザ・古墳群』|大阪が世界に誇る観光地!なのに謎すぎ!

『ザ・古墳群 百舌鳥と古市 全89基』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。快晴の日、いつも天を見上げては「今日、堺市役所の展望台に上ると見晴らしがいいかも」と思案します。まあ、思うだけで行かないんですけどね。あべのハルカスの展望台も登ったことないので、天気のいい日に行ってみたいけど。

大阪平野というのは意外と狭いですから、ちょっと高い所へ行けばグルリと大阪一望……どころか、関西一望できる感じですね。ええ、意外と地元民はそんな観光しないんですけど。

で、意外と観光しないものベスト3に入るであろうのが、古墳群。大阪には中百舌鳥古墳群と、古市古墳群という世界有数の古墳群があります。が、パッと見はただの丘や山にしか見えないし、わざわざ見に行ったりしないから、実は全然知らない世界だったりします……。

今回紹介する『ザ・古墳群~百舌鳥と古市 全89基』は、ちょい渋サブカル本です。中百舌鳥古墳群・古市古墳群の古墳のまとめ! ただそれだけの本!

中百舌鳥・古市古墳群まとめ!

本書『ザ・古墳群』はその名に恥じぬ、古墳群をただ紹介するだけのなんとも素晴らしいムック本であります。ここで紹介されるのは大阪の中百舌鳥古墳群(堺市)、古市古墳群(藤井寺市、羽曳野市)の古墳たち。ただただ写真を愛でてもいいし、本書片手にサイクリングに繰り出してもいいし、飛行機やヘリコプターから中百舌鳥・古市古墳群を見下ろすこともできるらしい。

ほんと、ただただ古墳の写真と簡単な解説だけのサブカル系ムック本なんですが、なんだかホンワカした雰囲気と、春の柔らかな風が頬を撫でるような感覚はなんなんだろう(つまり真夏には、古墳群巡りをする気合は湧き起らないということでもあります/苦笑)。

マジで、一部飲食店の紹介やお土産ささん情報もあるけれど、マジで古墳の写真と説明だけだかんな! しかし、案内役の先生方のお人柄もとても良いのだ(*´ω`*)

誰得? 俺得ならとりま手元に置とこ

噂では、古墳というのは度々知る人ぞ知るブームを繰り返しているらしい。なんかこの前もSNSで古墳のクッションが紹介されていたぞ。「歴女」ならぬ「古墳ガール」という言葉もあるらしい。「歴女」は「女の子なのに歴史が好きなの?」ってニュアンスと、ゲームやアニメで美化された戦国武将が好きな女性ってイメージで、限定的な使われ方をしていた印象があり、あさよる自身は「歴女」という言葉は使わない。しかし、「古墳ガール」はもうさっぱりわからない。女性だから「女の子なのに古墳が好きなの?」って、たとえ相手が男性であっても「男の子なのに古墳が好きなの?」としか思えないから、「古墳ボーイ」もあっていいんじゃないのだろうか。「モボ」「モガ」みたいに「古墳ボーイ」「古墳ガール」でええんちゃうやろか。

なんか変なところでジェンダー問題を取り上げてしまったが「古墳が好き」というのはそういう、性差なんか超越したところにあるように思えるのであります。

中百舌鳥古墳群・古市古墳群を毎日眺めていた頃

あさよるは別に古墳が特別好きなわけでもないけれど、ときどき古墳を扱う本は読む。それはあさよるの青春時代に理由があるのです。あさよるは学生時代、毎日朝夕、中百舌鳥と古市古墳群を電車の車窓から眺めて通学していたのでした。といっても、通学はじめた頃は自分が世界的な古墳群の中を抜けて登下校しているのを知らなかったのです。電車の窓からポツポツと住宅街の中にこんもり小さな緑の塊があって、それをぼんやり眺めているだけでした。

そしてある日「ああ、あれは古墳なのか」と認識した次の瞬間、気づきが驚愕に変わった。「あれが古墳なら、古墳だらけじゃないか!」。そう、古墳だらけなのである。本書でも、古市古墳群を、「街の中に古墳がある」ではなく「古墳の中に街がある」と紹介されている。それから、地図を持って、電車の車窓を観察する日々が始まるのであった。

地図で古墳の場所を調べていて、もう一つどえらく驚いたことがあった。それが大仙古墳(仁徳天皇陵)だ。大仙古墳のすぐ横をJR阪和線が走っていて、あさよるは毎朝阪和線から大仙古墳を眺めていたのだ。しかし! あまりに巨大すぎて山としか認識していなかった!

昔、遠足で大仙古墳に隣接する大仙公園へ来たことがあったが、「ここが仁徳天皇陵です」って言われても、地上からじゃ全然わからないので、位置関係やスケール感を全く理解していなかったのでした。そう、仁徳天皇陵は、でかすぎて、地上から近寄ってもさっぱりわかりません。

ちなみに、本書でも紹介されていましたが、大仙古墳(仁徳天皇陵)を見に来られた方は、堺市役所の展望台がおすすめです。

『ザ・古墳群 百舌鳥と古市 全89基』挿絵イラスト

オダサクが推し文豪らしい

全然関係ない話すぎるけれども、堺市ゆかりの文豪・織田作之助が、推し文豪になっているらしい。どういうことかというと、『文豪ストレイドッグス』というマンガ作品を原作にアニメ化され、人気らしいんです。なんでも、文豪たちがキャラクター化されていて、戦闘をするらしい……。電車に乗るとオダサク関連の展示の案内とともに、なにやらちょっとワイルドな感じの麗しいイラストが添えられていてずっと気になっていたのです。

「堺市の話題」というと、今のあさよる的には古墳モードよりも、これの方がきになっていたのでここに記載しておく。

大阪の観光地はこっちっしょ!?

大阪で生まれ育った あさよるは、時々、大阪の観光案内を頼まれることがあるのですが、毎回そのオーダーに戸惑ってしまうのです。正直、今の難波や心斎橋、道頓堀の街は、あさよるの知っているミナミの街からガラリと印象が変わっているし、新世界のB級グルメを要望されても、「これが大阪の名物になってるの……?」と、知らないことだらけ。同じように戸惑いを感じている大阪人は少なからずいるのではないでしょうか。

あさよるが思い浮かべる「大阪」という街と、観光に来てくれた方が考えている「大阪」像が大きく食い違っている気がします。この件に関しては当エントリーでは脱線の話題なのであまり言及しませんが、大阪は「水の都」であって川沿いの景色や、高級食材が手ごろな値段でたらふく食べられるのが「大阪の安くてうまいもん」であって、子どものオヤツのようなB級グルメの話ではないのではないかと、思ったり。

と、そんでこの、大阪が世界に誇る古墳群も、ほんとは大阪の大事な観光資源であるはずです。なのに、わたしたちはあまりに無知すぎる。エジプトのピラミッドのように世界的観光地を目指してもいいんじゃないのか?

んで、大阪の中百舌鳥・古市古墳群から生駒山を超えて奈良の古墳群から斑鳩(法隆寺のあるところ)・平城宮史跡と空の上から遊覧できるルートがあれば! とずっと所望しておりましたが、八尾空港から遊覧飛行できるツアーがあるらしい。これ、一回乗ってみたいな。

この飛行ルートは大阪の古墳群を見て回れるものみたいですね。

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わかりやすい!『知識ゼロからのビットコイン・仮想通貨入門』

こんにちは。あさよるです。仮想通貨の話題はすっかり珍しい話題じゃなくなりましたね。普段の会話に上ったり、ネットニュースやSNSでもよく目にする話題です。なのに、実は細かいところは全然わかってない……! これまでも仮想通貨に関する書籍を紹介しましたが、初歩の初歩としては本書が読みやすくわかりやすく感じました。押さえるべきポイントが最小限にまとめられてます(`・ω・´)b

わかりやすい!ビットコイン

これまで、仮想通貨・ビットコインに関する本を2冊紹介しましたが、3冊目に読んだこの『知識ゼロからのビットコイン・仮想通貨入門』が一番コンパクトで読みやすく、分かりやすかったです。構成も、ビットマンと仮想通貨女子ちゃんの二人の会話形式で、易しい話し言葉で進みます。紙面の多くは図解に充てられていて、分かりやすい解説に努められています。

ビットコインの始まり、安全性、概念、これから

『知識ゼロからのビットコイン・仮想通貨入門』は全4章からなっており、ビットコインの始まりとビットコインの考え方、ビットコインのしくみや安全性・信頼性、ビットコインの入手法・保管の仕方、仮想通貨のこれから、と、技術的な話や、貨幣のしくみなど、ややこしい話をスッキリとかなり簡略化して解説されています。

ビットコインのはじまり

ビットコインはご存知の通り「サトシ・ナカモト」という謎の人物が仮想通貨の理論を発表し、彼の論文をもとに発行された最初の仮想通貨です。当初は仲間内のゲーム通貨のように使われていましたが、2010年5月22日、ビットコインと宅配ピザの交換が成立し、初めて仮想通貨と実社会の財やサービスとの交換が成立しました。現在では普通の飲食店等でも、ビットコインで決算できるお店もあるそうです(ちなみに5月22日は「ビットコインピザデー」と呼ばれているらしい)。

分散型、ブロックチェーン

円やドルなどの通貨は、中央銀行があり仲介や管理者として銀行や金融機関が存在する中央集権型システムです。しかしビットコインには発行者も管理者もおらず、分散型の民主的なシステムを作っています。ビットコインの取引の記録はすべて公開され、銀行でいう「台帳」はすべてのコンピューターでバックアップが取られます。

ビットコインの取引は個人と個人がダイレクトにつながるので、銀行支払いではなく、現金での直接やりとりと同じですね。その取引データをブロックに格納し、時系列順に1本のチェーンのようにつなげてゆきます。これを「ブロックチェーン」と呼び、ブロックチェーンのデータをすべてのコンピュータで保存するのです。この、ブロックをつないでゆくために、膨大な計算が必要で、この計算を先にした人にビットコインが与えられます。

改ざんできない

また、このブロックチェーンは取引データを時系列順に並べ、すべてのユーザーで同じデータを保存するので、過去のデータを改ざんできません。情報管理に必要なコストが少ないのもビットコインの特徴です。

手数料が安い

円やドルなどの通貨を人に送る場合、銀行の手数料が発生します。相手が外国にいる場合、手数料がもっと増えるし、時間もかかります。しかし、ビットコインで支払えば、手数料がとても少なくて済みます。現在、インターネットの普及でワールドワイドに人々が繋がっていますから、従来の通貨よりもビットコインの方が便利です。

仮想通貨のこれから

仮想通貨のこれからとして、まず既にビットコイン以外の仮想通貨が複数存在しています。今後も新たに登場する仮想通貨や、考え方の違いなどで分散してゆく通貨もあるでしょう(ビットコインも、ビットコインとビットコインキャッシュに分かれています)。世界的にも国が仮想通貨を導入し始めるでしょう。日本国内でも、地域通貨として自治体や、商業施設が仮想通貨を実験的に導入する例もあります(飛騨市・高山市「さるぼぼコイン」、会津大学「白虎」、近鉄グループ「近鉄ハルカスコイン」が紹介されていました)。

あと、法整備や、税制の対策も必要です。いまのところ仮想通貨の利用による責任はすべて自己責任です。今後、リスク解消が期待されます。

新しい技術、考え方として紹介されている

本書では仮想通貨、ビットコインを新しい技術、これまでにない考え方として捉え、ポジティブな未来を描いています。あさよるも個人的に、これから受注する仕事はビットコインで支払ってもらってもいいかな~なんて考えていました。円のやりとりだと、銀行の手数料がかかりますしね。

ただし、リスクとして、仮想通貨は自分のウォレット(お財布)に入れて保存しておくのですが、何かのはずみにウォレットが飛んでしまえば、はいそれでさよなら。銀行のキャッシュカードやクレジットカードをなくしたなら、新たに作り直してもらえばいいだけだけど、仮想通貨の場合はすべて自己責任ですから、リスキー!

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『1日500円の小さな習慣』|財布に空いた穴、教えます

『1日500円の小さな習慣』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。昨年末からなぜか出費が増えてて、特にムダ遣いもしてないハズなのに……と戸惑っております。今月こそは財布のひもを締めなおそうと、実際に財布に必要以上のお金を入れずにしました。すると、財布にお金が入ってないもんだから、財布を持たずに買い物に出かけてしまうという……(;’∀’)> いやはや……電車の電子マネーカードはあったので、自販機でジュースでも飲もうとするも、自販機がICカード対応じゃなくなってる!? と、結局ジュースも飲めず、家にションボリ帰ってきました。

ポジティブに考えると、今日、浪費してしまう予定だった数百円~数千円を節約できたのかな~。

で、帰宅後『1日500円の小さな習慣』を読んで、こんな「毎日の小さな出費」に名前がついていることを知ったのでした。それは……

小銭積もれば大金となる

『1日500円の小さな習慣』は、一日たった数百円--出勤前にコーヒーを買って飲むような--そんな些細な習慣が、大きなお金を逃してる~との啓蒙から始まります。自販機で缶コーヒー一杯のようなついつい繰り返してしまう小さな出費のことを「ラテ・マネー」と俗に呼ばれているそうです。

「節約しているのに貯金ができない」理由は、ラテ・マネーのような〈小さな穴〉が財布に空いているせいかもしれません。本書『1日500円の小さな習慣』は、そのよくある〈小さな穴〉の事例を挙げ、自分に該当するものはないかチェックすることができる内容です。

いい夫・いい妻、いい親が仇になる!?

本書『1日500円の小さな習慣』で紹介される「貯金ができない浪費体質の人の人物」は、真面目で家族思いな人物なようで意外でした。

いい妻や夫であるがために、自分は家計を切り詰めて、相手は貯金もせずに浪費していても言い出せなかったり、パートナーにいい生活をしてもらいたいがためにどんどん出費を許してしまって、貯金ができない事例が紹介されています。また、子に家庭の家計事情を話さない親も多くいます。子どもに余計な気遣いをさせたくないとの親心からですが、子どもも家族の一員ですから、事情はある程度伝えてもいいのかもしれません。

家族に気を遣わせたくない、相手に干渉しないように、と、お互いの配慮が裏目に出てしまっていることもあるんですね。

また、退職金と年金で生活水準が上がったまま、孫に生前贈与したものの、後々計算すると将来の生活費が足りない、という話も紹介されています。いいおじいちゃん・おばあちゃんも大変だ。

『1日500円の小さな習慣』挿絵イラスト

節約してるつもりなのに……出費あるある集

本書『1日500円の小さな習慣』は、お金が貯まらない原因の事例がたくさん紹介されています。どれも「ありえそう」な感じです。

まず、家の中が片づいていないと小さな出費がかさみます。ボールペン一本、ガムテープ、乾電池などなど、欲しい時にどこにあるか分からず新たに購入するアイテムってありますよね。一つ一つの単価は大したことないけど、積もり積もってまとまった金額になります。片づいてないせいで、同じものをいくつも買ってしまうあるあるですね。同じように、高級品は買ってないのに、100円均一ショップやセール品を、ちょこちょこと買ってしまう人もいます。小物や雑貨を買っちゃう人も要注意ですね。

「リボ払い」地獄も紹介されています。リボ払いの利息は15%前後で、利息が高いんです。月々少額に分けて支払って、残りをコツコツ貯金する人の例が紹介されていました。リボ払いでわざわざ利息を払って、毎月一定額の貯金をしてるそうなのですが……なんとなく「貯金してる感」がありますが、高い利息を払って貯金するのは変な話です。

カード払いの落とし穴は、ボーナス払いをしてたのにボーナスが出なかったり、目に見える現金でないため予算オーバーして買い物してしまったり、ネットショッピングでついつい「まとめ買い」や「送料無料」に乗せられて余分な買い物をしてしまうなどなど。クレジットカートは上手に使うと便利ですが、あくまで「上手に使ったら」の話なんだと改めて肝に銘じます(;゚д゚)

人生の高い買い物の代表「持ち家」と「保険」も気をつけないといつの間にか火の車に。特に保険は、まさかマイホームに次ぐ大きな買い物だと気づかずに保険に入り続けている人もいます。今の自分や家族の状況に合わせて、保険のプランも変更してゆくよう促されていました。

自分にウソをつかない……出費、浪費、投資

本書では収入を、消費70%、浪費5%、投資25%の割合で割り振るのを理想と紹介されています(あくまで目安。収入によって数値は変わる)。

消費とは生活費や医療費、交通費、お小遣いなど、生活に必要なお金。浪費は「必要」ではなく「欲しい」から買ったムダ遣いのこと。嗜好品やギャンブルを含みます。投資は、貯金や資産運用、資格取得などのスキルアップに使うお金です。

浪費は「ムダ遣い」と書きましたが、別に一切ムダ遣いをしてはいけないわけじゃありません。息抜きに楽しむのは構わないとしながらも、収入の5%を超えてくると多すぎるってことですね。

また、これは自分で気をつけないといけないのは、自分で自分を騙すことです。つまり、本当は浪費してるのに「これは消費」「これは投資だから」と自分に言い訳しちゃうことです。自分では「これは浪費だ」と認識しておくことが大事ですね。

「清貧」とはなんぞや

本書でも「清貧」という言葉が登場します。わたしたちはなんとなく「お金はけがらわしいモノ」という印象があって、きたないお金と遠いところにあるものが潔白な感じがします。もちろん、少ない物資で慎ましく生きている人も中にはいらっしゃるのかもしれませんが、上記のような「自分では頑張って節約してるつもりなのに浪費しちゃってる人」もたくさんいるでしょう。はい、もちろん、あさよるもそのうちの一人ですが……。こまこまと、小さなムダ遣いや、すごくちょっとの贅沢をやめられなくて、浪費していることも気づかずにいるのは「清貧」とは言い難いんじゃないかなあと思いマシタ。(;´д`)トホホ

もっと身軽に、スマートに生きたいですね。

ノートに書きだすべきね…φ(..)

本書では例として、夫40歳、妻38歳、子ども2歳、0歳の家族の、ライフプランシートが掲載されていました。1年後2年後3年後……と、24年先まで表があり、家族の年齢が書きこまれています。そこへ収入や生活費、車両費、教育費など出費予定が記載され……。

24年先なんて未来のその先の未来過ぎてなにも考えられないのですが、具体的に表を見ていると冷や汗が……。もちろん、予定通りにコトが進むとは限りませんから、あくまでも「何事もなかったときの未来予算」でしかありません。

しかし、こうやって具体的に収入の見込みや、必要なお金を書き出していくと、形がなくて目に見えない「何か」が具体的に自分のもとへ降りてくるような感じですね。

あさよるは今「引っ越しをしようかなあ」と考え始めていて、具体的に必要な費用を書き出しているところでした。ただ漠然と「引っ越そうかなあ」「お金がかかるかなあ」と考えてるときは、形もなくてとても恐ろしい考えのようにも感じられるんですが、書き出していくと、具体的に「今すべきこと」がわかります。で、具体的なことがわかる方が意外と安心できたりします。

といことで、なんでも具体的にノートに書きだすべきだなというのが今日の収穫です(o_ _)o))

「タメ期」があるらしい

で、人生には「モテ期」ならぬ、貯金が貯まりやすい「タメ期」があるらしい。しかも人生に3度あるらしい。それは、1回目は結婚して子どもが生まれるまでの間。夫婦二人で働いて収入を得る時期です。2回目は子どもがまだ小学生の時。塾や仕送りなど、教育費が低く抑えられる時期。3回目は子どもが巣立った時。

もちろん、家計の状況は家庭によって様々ですから、タメ期が3回来るかはわかりません。一番近いタメ期を逃しちゃいかんってことですな。

具体的な指導はプロに相談すべきなのかも

本書『1日500円の小さな習慣』は、財布に空いた穴のバリエーションが紹介されるものです。本書の事例に思い当たる節がある方もいらっしゃるでしょう。ただ、本書はあくまで財布の穴、ラテ・マネーがどこにあるのか、よくある事例を挙げているだけで、具体的には千差万別。100家族あれば100家族とも事情は違うでしょう。

やっぱり、より具体的にどすればいいのか知りたいなら、プロに相談すべきことだよなあと思い知りました。確かに、こんな薄い本一冊でお金の悩みが解決するんじゃ、誰もお金に悩まないや!

あとそれと、お金のことって誰も大っぴらに語りません。家族間でさえ全てを知らないこともあります。だけど、お金は生きていくために絶対必要なものだし、またお金は自分の周囲の人のために使うこともできるものです。お金について、なにも学ばず、なにも知らないというのは、変な話だなあと今更になって思いました。あさよるも、もっとお金に興味を持って勉強すべきかも!? と考えるなど。

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『その情報、本当ですか?』|デマ拡散のネットとテレビ、どっち?

こんにちは。あさよるです。毎日ブログを更新する程度には日々ネット漬けで、新聞もあまり読まないし、テレビは全く見なくなって久しいです。しかし災害時や緊急時は、ネットニュースの速報性はとても高いですが「まとまった情報を俯瞰する」ことには向いていないようにも思います。また、SNSを使って情報がシェアされますが、なんとなく有益そうな情報に感じるけれども、出どころ不明の情報だったり、どこかから転載してきたと思しき情報も散見されます。出展元がわからないと、その情報をどこまで信頼していいのか悩みます。また、「以前はこうだった」と過去の経験を語る人も多くいます。もちろん、他人の経験は重要ですが、緊急時にそれぞれの人が直面する問題は全く違っているだろうし、平和で安全な場所でいる人が、過去の思い出話を拡散することが、どれくらい今困っている人の役に立つのかなあと感じます。

ネットの情報は趣味や余暇の楽しみには最適です。が、人の命がかかっているような状況では、やはり新聞社やテレビ局の情報に耳を傾けてしまいます。災害時でも、NHKや政府のTwitterアカウントが拡散されていますね。

デマや誤認などの玉石混交……というか、石ばっかりの情報の中から、有益な「何か」を読み取れるリテラシーの高い人にとってネットはとても使い勝手の良いものでしょうが、圧倒的多数の人にとっては、ネット情報を扱うのは難しすぎるのではないか……と、今回『その情報、本当ですか?』を読んで改めて思いました。

テレビや新聞は「誰かがフィルタリングした情報」であることが大事で、意味のあることなのかもしれません。

テレビニュースのつくり方

『その情報、本当ですか?』の著者・塚田祐之さんは1975年にNHKに入社し、報道番組の企画・取材・制作に携わり、専務理事まで務められた方です。1985年の日航ジャンボ機墜落事故や、1995年の阪神大震災、2004年の新潟中越地震、2011年の東日本大震災と、日本の大災害や大事故もテレビマンとして経験されました。

2011年の東日本大震災では、TwitterをはじめSNSで安否情報や被害情報が拡散され、SNSが注目されました。現代ではアメリカのトランプ大統領も、Twitterを使って直接全世界に向けて生のメッセージを拡散しています。ネット情報は迅速でかつ誰もが発信できることが良い点でもあり、悪い点でもあります。ネットニュースには、フェイクニュースが少なくない量混じっています。「フェイクニュース」とは本書では「事実でない、にせのニュース」全般を指して呼ばれており、発信者の意図は問わず、勘違いや間違いも含みます。

1995年にMicrosoftのWindows95がリリースされた頃から、日本国内の一般家庭にも徐々にインターネットが普及してゆきます。1996年にはYahoo!JAPANが登場し、ヤフーニュースが始まりました。当時は、通信社や新聞社から安い価格で記事を買って配信されていたそうです。そして2003年、ライブドアは新聞社の書いた記事と、ブロガーが書いた記事を同じように並べ、ランキング形式にして表示しました。ブロガーの中にも専門家はいますが、裏付けの薄い記事も閲覧数が多ければランキング入りします。数多くの「ニュースサイト」が登場しました。このころから、テレビや新聞の報道と、ネットの情報のパワーバランスが変わり始めたのかもしれません。

著者の塚田祐之さんは、テレビ報道の現場でどのようにニュースが作られるのかを紹介しながら、ネットニュースとの違いを強調されています。粘り強く取材を重ねたり、実際に現場に赴いたり、時間と手間をかけてニュースが作られているのがわかります。また、冷戦時代、「鉄のカーテン」で仕切られたソ連で大やけどを負った少年を北海道の病院が受け入れた様子を取材したり、北方領土問題をめぐり当時のロシアのエリツィン大統領と中継で結び、元北方領土島民がインタビューをする企画を実現しました。こんな企画はテレビならではで、ネットのニュースサイトでは難しそうな企画です。

視聴率主義とページビュー主義

テレビは放送内容よりも視聴率重視の傾向があるなんて言われます。それは民法だけでなく、NHKも視聴率を気にしているようです。ちなみにNHKで2017年一番視聴率が良かった番組は、朝の連ドラ『わろてんか』だったそうです。

じゃあ、テレビは視聴率主義だから、テレビ番組も視聴率を取れる内容に偏っていて、見る価値ないのか? というと、なんとも言えません。それは、ネットの情報もまた、ページビュー数稼ぎのために書かれた記事が大量にあるからです。ネットの場合、記事に添付された広告の表示回数によって収益が発生したり、または記事に張られたハイパーリンクを辿ってショッピングサイトで買い物されると、売り上げの数パーセントを仲介手数料として受け取れる仕組みなどが存在します。ページビュー数を稼ぐためのネット記事が溢れかえっており、正直、なかなか裏付けのある情報にたどり着けなかったりもします。このページビュー数稼ぎは、テレビの視聴率主義とは比べものにならないくらいでしょう。

テレビの方がより〈マシ〉?

本書『その情報、本当ですか?』を読む限り、ネットの出どころ不明、執筆者不明の記事や情報に比べれば、テレビの情報の方が「マシ」といったところでしょうか。今現在、テレビニュースでもSNSで拡散された情報や写真・映像が報道されることが普通になりました。ネット発の情報ですが、「テレビ局が選んだ情報である」という点で、フィルタリングが一度は成されています。ネット上で拡散される情報から、取捨選択して必要な情報だけを抜き出すには「ネットリテラシー」が必要です。テレビが視聴者の代わりに情報を選んでくれていると考えると、テレビでネット発の情報が取り上げられる意味はあるのかもしれません(あさよる個人的には、報道が素人のスクープをそのまま放送してどうするんだと思ったりもする)。

あさよる家では新聞を取っているので、一応毎日、新聞の一面はザッと読んで、紙面の見出しくらいも目を通します。前日の早朝のニュースなんかだと、すでにネット上でひとしきり話題になった後なので、なんだか遠い昔のことのようで「ああ、このニュース昨日だったのかあ」と驚くこともあります。あさよる的には「速報はネット」「まとまった記事は新聞」って感じなので、テレビを情報源として使うことがほぼなくなりました(;’∀’)>

まあ、「ネットの情報より、テレビの方がまだマシ」というのは、納得します。緊急時、SNSではデマの拡散が毎回取り沙汰されますし、「拡散すべきことと、拡散すべきでないこと」の判断を個人が完璧にし続けるのは難しいから、多くの人にとってテレビ報道は必要なのかもしれません。

“TVer”ってサイトを知った

今回『その情報、本当ですか?』を読んで初めて知ったのは、「TVer」というサイトの存在です。「TVer(ティーバー)」は民放各局のテレビ番組が見れるポータルサイトです。直近一週間分のテレビ放送が見れるそうなので、radikoのテレビ版みたいに考えても良いのでしょうか。さっそく「情熱大陸」を見てみました。

部屋のテレビがもう古くて寿命みたいなので、捨てようか悩んでいましたが、ネットでテレビ番組が見れるならテレビ本体は手放してもよさそうだなあ。あさよるは基本ラジオっ子なので、ラジオがあれば十分だし。

今のテレビを買った経緯も、2011年の東日本大震災の時、単身世帯でテレビを持っておらず、ネットニュースはわけがわからないし、SNSではデマが飛び交い、ラジオだけでは状況が把握できなかったので、「映像の情報は最低限必要かも」と思って、テレビを買いました。しかし、今では緊急時もネットでライブ配信されてるし、マテリアルとしてのテレビはなくてもいいかも。

こんなことを言うと、すごく皮肉を言っているような感じですが、報道が、新聞、ラジオ、テレビ、誌面など、媒体によって区切られていた時代から、現代はみんな同じインターネットという媒体に集約され、テレビ局や新聞社の取材や企画、編集、スクープなど、情報の質や内容によって、他のものと分けられ始めていんじゃないでしょうか。

あさよるも好きなユーチューバーさんの動画を見るのは好きですが、テレビを見るとやっぱりテレビ番組のクオリティはすごいと思うし、ネットニュースよりも新聞記事の方がソースとして良いと感じます。今はメディアが再編成される過渡期なのかなあなんて思いました。

「テレビだから信じる」から「テレビ局が取材して裏取りをした情報だから、ネットニュースより信頼できる」へと、利用者の意識が上がってゆくことが、本書『その情報、本当ですか?』で著者が読者へ求めていることだと思います。

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『生き物はどのように土にかえるのか』|死から命へ続いてく

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こんにちは。あさよるです。あさよるは子ども時代、ザリガニやカブトムシ、カナブン、カエルなんかの「虫」を飼っていました。時が来ると死んでしまって、お墓を作って埋めた経験もあります。子どもの頃から「生き物は死ぬと土になる」と知識として知ってはいましたが、実際にどのように土にかえってゆくのかを知りませんでした。……というか、正確には「見たことはある」けれども、あまり直視したくないものですので(色んな意味で)、薄っすらと遠目でしか見たことがないというのがホントのところ。

『生き物はどのように土にかえるのか』は、子どもの頃に知識として頭には入っていた事柄を、誰にでも分かるように易しく解説された良書です。本書が想定する読者は中学生以上。大人もぜひ読んで欲しいです。

生き物が食べられ分解され消えてゆくまで

本書では、生き物の「死後の世界」を紹介するものです。「生き物は死ぬと土にかえる」と言いますが、どうやって土へかえってゆくのか、どれくらいの時間をかけて土にかえるのか、知っている人は少ないでしょう。「死」は縁起の悪い話として、遠ざけて語られない節があります。しかし、生きるというのは死に向かうことですから、死と正面から向き合うことは生と向き合うことと同義でしょう。

本書は大きく3つの章からなっています。一つ目は動物が死んだあと、どのように分解され、土にかえってゆくのか。ゾウとクジラの死体が分化されてゆく過程が取り上げられます。二つ目は落ち葉が分解され土にかえってゆくまでの課程です。3つめは、「分解」に注目します。

動物の死体が腐って食べられ、分解されてゆく過程を扱っているので、「むごい」とか「グロい」と感じる人や案じる時もあるでしょうから、そのときのコンディションに合わせてどうぞ。だけど、動物は死んでも、その死体が次の命を産み繋ぎ、次々と命が数珠つなぎのように連なっている様子は、目の当たりにするととても感動します。日本では残念ながら(?)人は火葬されますが、それでも大気に熱となって放出され、それは他の生命に影響を及ぼすでしょう。自分もその大きな循環の一部なんだと知ると、なんだか安心できて、本書『生き物はどのように土にかえるのか』を読んでよかったと思いました。

壊れ、食べられ、腐り、なくなってゆく

生き物が死ぬと、まず細部が自ら酵素を出して壊れてゆくそうです。そうこうしている間に「分解者」がやってきます。地上で哺乳類が死ぬと、他の哺乳類や鳥類が肉を食べ、虫たちが集まります。この虫たちの仕事が重要で、虫が来ないようにネットの中に死体を入れておいても、なかなか分解が進まないそうです。身体はバラバラに持ち去られ、体液は地面へ染み込みます。氷に覆われた地域では、動物の亡骸を栄養に植物が生えます。

クジラの死後もダイナミックです。クジラの死体は一度体内で発生するガスにより浮上しますが、そのあとは海の底に沈みます。光も届かないような深海では、クジラの死体がコロニーのように、その周りに分解者が集まります。海底に栄養を届けるんですね。

植物は意外にも、腐るまで時間がかかるそうです。樹齢1000年の木材は、1000年使えるなんて言われることもあるそうです。

落ち葉が降り積もって「腐葉土」を作りますが、葉っぱが分解されるまでの期間は条件によって異なりますが、何十年とかかると紹介されています。

あらゆる生き物は壊れ、食べられ、分解され、いずれなくなってゆきます。その過程で他の生き物の栄養となり、次の命から命へとバトンタッチは見事です。

生き物の〈死〉には、すごく馴染みがある

『生き物はどのように土にかえるのか』挿絵イラスト

生き物の〈死〉は、とても身近に存在しています。哲学的なことを言っているのではなくて、食べ物はみんな動物の死体ですし、衣類も、家具・調度品にも生き物の死体が使われます。例えば「発酵食品」は、大豆や小麦粉を発酵させて(腐らせて)加工します。

「死」という言葉には暗く重たい印象がありますが、我々は日ごろから生き物の死をカラッと明るく、屈託なく扱っています。

自分が死ぬことを考えるととても恐ろしいことだと思いますが、すべての生き物は別の生き物を活かすための糧になるんだと知ると、自分の身体も、他の生き物の〈何か〉になればいいなあと、のほほんと考えられるようになりました。

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『注文をまちがえる料理店』|認知症介護とテレビマンが出会ったら

『注文をまちがえる料理店』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。『注文をまちがえる料理店』というタイトルを見たときから本書がずっと気になっていました。どうやら、注文をまちがえてしまう……認知症の人の支援施設がレストランをやっているらしい……というあやふやな情報だけで本書を手に取りました。

まず、「注文をまちがえる料理店」を実際にオープンした感想を、スタッフやお客さんが寄せています。認知症の患者さんたちは、料理店のことは忘れてしまっているらしいけれども、「働いてお金を稼いだ」という経験を嬉しがって、一人でお買い物に繰り出す人の話にとても感動しました。また、ピアノの先生だった奥様が認知症を患い、介護をしているご主人と二人でコンサートを開催した話も胸がいっぱいになりました。間違えながらも、最後まで演奏しきった様子に、多くの方も感動されたそうです。

著者であり「注文をまちがえる料理店」の仕掛け人の小国士朗さんはテレビ局で務めておられる方で、協賛やスポンサーを募り、企画を実現してゆく人の大切さも知りました。

認知症だけど働けるレストラン

「注文をまちがえる料理店」は、2017年6月3日、4日の2日間限定で都内にオープンしたレストランです。認知症患者がスタッフとして働き、接客をして料理を出します。だから、メニューを間違えることもあるし、間違った料理が出されることもありますが、それも「ご愛嬌」というコンセプトで、試験的に実施なされました。

本書『注文をまちがえる料理店』は、注文をまちがえる料理店がプレオープンに至った経緯と、オープンに関わったスタッフやお客の感想からなっています。

著者の小国士朗さんはテレビ局のディレクターの方です。テレビ番組の取材で、認知症患者のグループホームを取材した際、昼食をごちそうになった時、献立はハンバーグだと聞いていたのに餃子が出てきたときの〈違和感〉から話が始まります。最初は予定と違うメニューに戸惑ったけれども、「別に餃子でもいいじゃん」と思い至った経験からスタートします。思えば、別に違ったメニューが出てきても誰も何も困らないんです。

小国さんご自身が病気をし、働き方に変化があったことをきっかけに、「注文をまちがえる料理店」の構想を実現に至りました。実際にお店として出店するためには、いくつか問題があります。まず、グループホームの患者さんたちが、無理せず働けること。そして、お金を取って料理を提供する以上、おいしい料理であること。また、間違ったメニューでも食べてもらえるように、アレルギー食品にも気を遣います。食品会社の協力で実現しました。

本書の中盤は、注文をまちがえる料理店に関わった人たちの感想が寄せられています。もう注文をまちがえる料理店で働いたことも忘れちゃっている人も多いみたいですが、「働いて稼いだお金」で、買い物に繰り出す様子が紹介されていたりして、胸がいっぱいになりました。

そういえば「別に間違ってもいいじゃん」

『注文をまちがえる料理店』挿絵イラスト

本書『注文をまちがえる料理店』を読んで大きな気づきは「別にメニュー間違ってもいいじゃん」ってことでしょう。むしろ、我々は普段、なんでこんなにピリピリと神経質になってるんだろう? と疑問にさえ思いました。別にそれは相手が認知症患者じゃなくても、誰でも間違うことはあるし「そういうこともあるよね」ってだけの話なのかもしれません。

しかし、あさよるが以前コンビニのバイトを始めたとき、一番最初に教えられたのは「お腹が空いているときみんなイライラしているから、食べ物を間違えないように」というものでした。普段は温和な人も、お腹が空いてコンビニにお弁当を買いに来たのに、そこで不手際があるとブチギレられる、というもの。うん、わかるw 難しいですね。冷静に考えると「そんなに怒ることじゃない」と思うのに、いざ自分がお腹が減って食事を摂ろうとしたとき、それが阻害されると、めっちゃ腹が立つと思います(苦笑)。

その点、「注文をまちがえる料理店」は最初からコンセプトが提示されているから、そんなトラブルは少ないでしょう。だけど、忘れちゃいけないのは、認知症患者の方も「間違えるのはツライ」ということです。間違えちゃうんだけど、間違うのは誰だってツライ。

大勢を「巻き込める人」が介護の現場に来たら……

介護の現場に、テレビ局が持っている繋がりが入ってきたとき、実現したのが「注文をまちがえる料理店」です。本書のキモは、たくさんの人や企業を「巻き込める力のある人」が現場にやってきたことで、「注文をまちがえる料理店」というアイデアが実際に形になったことです。外国のマスコミでも取り上げられ、大変話題にもなりました。

著者の小国士朗さんはご自身のミッションを「テレビ局の持っている価値をしゃぶりつくして、社会に還元する」としているそうです。テレビだからすごいのではなく、テレビ局はいろんな分野の企業や人と繋がりを持っていて、その繋がりこそ必要なんですね。

企画を立てて人を動かす人が必要

アイデアやヤル気があっても、大勢を巻き込めないと大きなアクションを起こせません。介護の現場には、介護のエキスパートが配置されているのはもちろんですが、企画を立て、協力者・協賛者を募り、人やお金、知識や技術を提供してもらえる人が必要です。それは介護に求められるスキルとは、また違ったスキルを持った人でしょう。

あさよるも昔、ちょこっとイベント企画の仕事をやってたのですが、当時は自分のやっていることがよくわかっていませんでした。今回、『注文をまちがえる料理店』を読んで、自分がすべきだったのは、このようなマッチングだったんだなあと、今頃知りました。

おもしろいアイデアが浮かんだら、それだけじゃ足りない。必要な人と人を結びつける役割の人の重要さを『注文をまちがえる料理店』で知りました。

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『老いる勇気』|「嫌われる勇気」・さいごまで他者貢献できる

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こんにちは。あさよるです。『嫌われる勇気』を読んで「アドラー心理学」というものを知って以来、アドラー心理学の考え方が気に入って自分にも当てはめるようにしています。アドラー心理学では、過去や未来ではなく〈今、この瞬間〉にのみ光を当てます。もし仮に、過去にとても悲しいことがあったとしても、過去を引きずるのをやめ、〈今、この瞬間〉に注目することで、今「幸せ」を感じることができるのです。

もし過去に上手くいかなかったことや、つらい経験、悲しい経験があっても大丈夫。今、わたしたちは幸せになれる。そのメッセージは前向きでいいなあと思いました。

ということで、今回、『嫌われる勇気』の著者・岸見一郎さんの新刊『老いる勇気』が出版されたので、早速手に取ってみた次第(^^♪

歳をとった分だけ賢くなった

本書『老いる勇気』は、ベストセラー『嫌われる勇気』の著者・岸見一郎さんによる著作です。岸見一郎さんは哲学者であり、心理学の研究もなさっています。『嫌われる勇気』のヒットにより、アドラー心理学が注目されました。『老いる勇気』は、哲学や心理学的なアプローチと、岸見一郎さんご自身のご経験を交えながら「老い」という、全ての人が直面する「問題」を真正面から扱っています。

岸見一郎さんさんは1956年生まれの方で現在(2018年)62歳になられます。お母様を亡くされ、認知症のお父様を介護中の50歳の時、ご自身も心筋梗塞で倒れられたご経験が紹介されていました。とても大変な経験ですが、そこで学んだり、感じたりなさったことがとても大切だったのがわかります。お母様は、病床で意識がもうろうとする中でも、「ドイツ語を学びたい」「『カラマーゾフの兄弟』を読んで欲しい」と最期まで意欲をなくされなかったそうです。お父様は認知症でしたが、岸見さんが心筋梗塞で倒れてからしばらく、しっかりと息子を支えようとしてくださったそうです。どんなにギリギリの状態でも、その瞬間その瞬間を力強く生きることができるのです。

また、年齢を重ねるということは、一人の人間としてより成熟してゆくことです。若い頃は他人の目を気にしたり、他人からの評価にばかり気を取られてしまいがちです。しかし、大人になるとは「価値を自分で決める」ようになることです。他人と自分を比べて生きるのか、自分で自分の人生を決めて生きるのか、それ自体を自分で決めているのです。

年齢を重ねることはネガティブに表現されることが多いですが、長生きするとは「生きた分だけ賢くなる」ことです。若いころ、右も左も分からずがむしゃらにやるしかなかったことも、歳を取れば知識が増え、より本質をとらえながら着手することができます。本書では例として、楽器の演奏が挙げられていました。若い頃の方が楽器の覚えは良かったかもしれないけれど、歳をとった今の方がよりたくさんの音楽を聴いているし、知識も増えているし、今の方がずっとそれを深く探究できます。

もう一度10代からやり直したい?

「若い頃に戻りたい」と思いますか? 若い肉体を手に入れ、これまでの記憶を失い、今と同じ知識・技術を身につけるためには、もう一度過去の努力を繰り返さなければなりません。今持っているスキルを、再び努力で身につけるのを考えると、うんざりする人も多いのではないでしょうか。

確かに、若い身体を持っている人が羨ましく思うことはたくさんあります。だけど、歳を取ったからこそ持っている物にも注目しましょう。「あれができなくなった、これもできなくなった」と〈ひき算〉で考えるのではなく、「これができるようになった、あれをより深く知ることができた」と〈足し算〉で人生を考えることが「老いる勇気」を生み出します。

「助けてもらう」という他者貢献

本書では「他人から助けてもらうことも他者貢献である」という考えが示されています。自分が病気や怪我で何もできなくなって周りの人に世話をされることは、周りの人にとっては「自分を必要とする人がいる」という状況が新たに生まれることだと紹介されているのです。

わたしたちは、誰からも必要とされずに生きるのもまた、とても苦しいものです。もし自分にできないことが増えてしまっても、それでも生きていることで誰かを支えているのかもしれません。また、誰かが何もできなくなってしまっても、それでも「生きている」だけで誰かを支えているのです。

そういう風に考えられると「生きている価値」を考える必要すらなくなる気がします。みんなが誰かを必ず支えているのですから。

「だからできない」からできない

本書で紹介されるエピソードで印象的なのは、著者のお母様が病床で「ドイツ語を勉強したい」と話していたことです。もう自分の命が長くない状況でも「あれがしたい」と思えるんだなあと知ると、なにやらパワーが沸くようです。岸見一郎さんご自身も、入院中にたくさん本を読みたいだけ読んだり、退院後マラソンにチャレンジしていいかと医師に願い出たところ、意外にも「OK」が出て、拍子抜けしている様子も印象的です。

わたしたちはあらかじめ「きっとこんなことできないだろう」を、予定を立てるよりも先に「できない」と自分で自分に規制をかけているのかもしれません。「できない」と思うから本当に「できなくなってしまう」と考えるといいのかも。

さいごまで何をしましょうか

『老いる勇気』挿絵イラスト

本書『老いる勇気』は、意外と若い人の方が、安心できたり、来るべき未来を考える役に立つのではないでしょうか。特に病気や怪我もしたことがなく、まだ介護や老いが遠いところにある人ほど、「発見」があるでしょう。それは「他者貢献」という視点が顕著だと思います。

もし、自分が元気いっぱいでなにも欠けていない状態ならば、もしそれを失った時、何か、自分の持っている「価値」まで失ってしまうような気がするのではいでしょうか。少なくとも、あさよるは若いころそんな感覚がありました。挫折したり、健康を損ねて、誰かに迷惑をかけて生きることに、意味がないように感じていました。だけど、生きていると怪我もするし、病気もするし、誰かに世話になりながら生きるのが当たり前です。若いころの感覚は完全に思い上がりだったなあと思います。

そして、今は「自分はさいごまで何をし続けるのだろうか」と考えることがふとあります。いつその時が来るのか知らないけれども、誰かに助けてもらいながら、それでもさいごまで何かをしていたいなあ。

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『ジョン・C・マクスウェル式 感情で人を動かす』|誰でもカリスマリーダーになれる

『ジョン・C・マクスウェル式 感情で人を動かす』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。あさよるは他人との距離感を測るのが苦手で、必要以上に距離を取ってしまうことがあります。「近づきすぎてしまうのではないか」という恐れが先立って、踏み込めないのです。その結果、良い関係を結べないこともあります。

本書『感情で人を動かす』は、リーダーシップを身につけるための方法が紹介されています。「リーダーシップ」も「カリスマ」も、後天的に身につけることができる要素だそうです。そして、「誰もが自分の人生のリーダーだ」という言葉が気に入りました。

リーダーシップは、全ての人が持っていても良い能力なのです。

リーダーとはどうあるべきか

本書『感情で人を動かす』はアメリカのリーダーシップ論の権威ジョン・C・マクスウェルから著者の豊福公平さんが直接学んだことが紹介されています。「リーダーシップなんて自分に関係ない」と考える人ほど、本書を読んでみてください。それは、誰もが自分が、自分の人生のリーダーだから。リーダーシップは誰もが持っていても良い能力です。

リーダーは「感情」を操る

リーダーとは、社員を道具扱いせず、感情のある人間として扱います。感情によって人を動かします。

著者の豊福公平さんは外資系大手保険会社に入社前、消防士でした。消防士は命がけの仕事ですから、チームリーダーの指示は絶対です。些細なことまで注意され、厳しい指導を受けますが、家族のような信頼関係で結びつけられていました。しかし外資系に入社すると「成果を出せなかったら去らなければならない」やり方に戸惑ったといいます。リーダーシップやマネジメントにはさまざまな形があると学びながらも、「レスキュー隊型のリーダーシップを目指したい」と意思をはっきりと持ちます。

 成果、数字のみに着目するのではなく、人の「感情」を重視したリーダーシップ。それがマクスウェル式リーダーシップなのです(p.37)

まず、マクスウェルのいう原則に従い、

「相手を動かしたいなら、まず自分から動く」(p.39)

ことから始めました。

リーダーに必要な3つのC

『ジョン・C・マクスウェル式 感情で人を動かす』挿絵イラスト

 マクスウェルは、リーダーには「3つのC」が必要だといいます。
・competence(能力)
・connection(人脈)
・character(人格)
この3つの要素によって、リーダーはチームメンバーから信頼される、というのです。

(p.42)

みなさんにも既に持っている要素、まだ持っていない要素があるでしょう。

また、「ほめることは大事」と言われますが、マクスウェルによるとほめるよりも「激励」する、励ましてくれるリーダーに人はついて行くといいます。

「ほめる」とは、相手の良い点を指摘すること。そう、これも大切です。
それに対して「激励」は、いってみれば「相手の将来に希望を持たせる」ということです。(p.48)

「成長してもらいたい」という要素を伝えましょう。

よい質問をする

また、リーダーは積極的に相手の話を聞きます。人の話を聞くとは、人の頭の中を覗くことです。メンバーの気持ちを覗きましょう。メンバーの話を聞く面談を持ち、彼らのアイデンティティを知ります。それそがメンバーにとって最も大事な価値であるからです。

カリスマはつくれる

マクスウェルによると「カリスマ」と呼ばれる「人を引きつける力」は開発可能だといいます。まずは自分の人生を愛すこと。そして他人の人生も愛します。

「人の上に立つ人間は、自分の智慧や資源、機会を分かち合う」
このマクスウィルの教えにより、社内で頻繁に研修をおこなっています。
私が読んだ本、受講したセミナー、出会った人から受けた影響を、週1回の勉強会でメンバーにフィードバックするのです。
「自分を分かち合う」

(p.80)

自分の持っている知識や資源、機会はメンバーのものとし、メンバーに期待しましょう。

またリーダーには品性が必要です。「こんなリーダーは嫌だな」と思われるようなダサイのはやめましょう。衣服や持ち物まで気を配るのです。「人は見た目じゃない」と考える人は、こう考えを変えてみると分かります。「リーダーは相手=メンバーのもの」なのです。だから、メンバーのために、恥ずかしくない品性を身につけましょう。

カリスマの阻害要因

同時にカリスマを阻害するものも紹介されています。

①「プライド」
②「不安」
③「不機嫌さ」
④「完璧主義」
⑤「嘆き」

p.101

「プライド」とは優越感です。自分は他の人よりも上だと優越感に浸っている人に誰もついていきません。「不安」を持つリーダーは周囲をも不安にします。「不機嫌」なリーダーはとっつきにくい人になります。「完璧主義」は自他ともに認められないため、全体のモチベーションを下げます。「嘆き」はマイナス思考で、マイナス思考の人には近づきたくないと思われます。

自分が「カリスマ」でいることも、メンバーの「チームの目標達成のため」であることを忘れてはなりません。

「影響力」を身につける

カリスマのリーダーには影響力が備わっています。影響力とは「自信」と「ビジョン」です。また、マイナス要素を持ち込む人間はチームから遠ざけないといけません。愚痴をこぼすメンバーがいた場合、呼び出しをし個人面談を行うそうです。その際「改善案を持ってくること」が条件です。

そして小さな成功体験を積み上げてゆきます。

ときにリーダーは批判にさらされます。

 マクスウェルは、批判に対して次の10の視点を持つことを提言しています。
①「いい批判」と「中傷」を見分ける
② 深刻に受け止め過ぎない
③ 尊敬する人の批判にはじっくり耳を傾ける
④ 感情的にならない
⑤ 志を確認
⑥「休む時間」を取る
⑦「一人の批判」を「全体の意見」と勘違いしない
⑧ 時が解決してくれることを待つ
⑨ 同じ土俵で戦わない
⑩ 批判や失敗から学ぶ

(p.141-142)

いい批判と中傷を見分け、感情的にならず批判に耳を傾けましょう。マクスウェルはこれを、

「善を成そうとする人々は必ず批判にさらされる。逆に何の批判もないようなら、問題があると思った方がいい」(p.143)

と明言しています。批判を必要以上に怖れなくても良いんですね。

リーダーシップは誰もが身につけられる

本書『感情で人を動かす』では、リーダシップやカリスマ性は、生まれ持った素質ではなく、誰もが後天的に見に着くものだという前提で語られています。はてさて、しかしチームから支持され、感情によってチームを動かしてゆくリーダーに、自分はなれるのか? と考えると、途方もなくも思えますね(;’∀’)

ただし、一つ一つの要素をじっくりと見てゆくと「人の話を聞く」「人を励ます」「人を信じる」「自分の人生を愛す」「人の人生を愛す」など、素朴で実直な人物像であることがわかります。すべてを一度に行うのは難しいだろうけれど、一つずつなら「できるかも」と思えます。

あさよる的には「優越感に浸らない」「批判を恐れない」という二つの点を、自分にまずは取り入れたいと思いました。すぐに調子に乗っちゃうし、なのに人の目を気にしてビビってるからね(;’∀’)(;’∀’)

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『それをお金で買いますか』|私の〈心〉も見積もられてるの?

『それをお金で買いますか』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。以前、マンガ家の蛭子能収さんの『笑われる勇気』にて「人の心はお金じゃ買えないが、オレの心はお金で買えます!」と断言されており、逆にカッコイイとすっかり気に入ってしまいました。

しかしホントのトコロ、人の心はお金で買えるのか? あるいは「人の心をお金で買ってもいいのか」? 難問だと思いませんか? この問いは、「YES」と答える人と「NO」と答える人がパッカリ二つに分かれる問いだと思うのですが、いかがでしょう。

今回は、白熱授業でおなじみのサンデル先生の市場倫理のお話です。

「公平」「常識」「正しい」ってなんだろう?

本書『それをお金で買いますか』は、「白熱授業」でおなじみのマイケル・サンデル先生の「市場主義」について言及された書籍です。数多くの事例が次々と提示され、「これをお金で買うのはアリ?」と語りかけられます。

例えば「お金を払うと行列に並ばなくていい権利」が買えることが、日本でも大っぴらに周知されるようになりました。ユニバーサルスタジオジャパンでは、「ロイヤル・スタジオ・パス」というアトラクションの待ち時間が短縮されるチケットが販売されています。お金で行列に割り込むのはアリ? では別の例として、アメリカでは、お金を払うと医師の携帯電話の番号を教えてもらえるサービスが増えてるそうです。お金を払うと、医師と直通電話がつながり、通院の待ち時間も短縮できます。お金で順番に割り込むのはアリ?

育児放棄を減らすプロジェクトとして、薬物中毒者の女性が避妊手術や長期の避妊を行うと、現金を支払らう慈善団体があるそうです。薬物中毒者の子どもは生まれたときから薬物中毒で、その多くは虐待や育児放棄に遭います。だからあらかじめ、薬物中毒の女性を不妊にしておくことで、社会問題を解決しようとしています。このやり方はアリ? 中国の一人っ子政策では、都市部で二人目の子どもを産むと罰金になりました。それは「罰金を払えば二人目を産める」とも解釈できます。社会が、お金のあるなしで産める子どもの数を制限するのはあり? 別の例では、成績のよい子どもにお金をあげたり、資産家の子息はお金を払うと有名大学へ入学できるのはアリ? など、命の価値や、教育や環境のお金の話が取り上げられます。

ホントに「なんでも買える」のだろうか?

本書で度々「罰金」と「料金」の関係が登場します。ある託児所では子どもの迎えの時間に遅れて来る保護者がいることから、遅刻すると「罰金」を導入しました。それで遅刻は減ると考えたからでした。しかし実際には逆でした。罰金を導入後、遅刻をする親が増えたのです。それは、罰金導入前の保護者達は、迎えの時間が遅くなると保育士たちに対して「申し訳ない」と恐縮していたのですが、罰金導入後は「料金を払えば延滞できる」と考えるようになり、堂々と時間をオーバーするようになったのです。

「お金」を徴収することにより、「何か」が失われ、新たな「何か」が表れる良い例でしょう。

しかし、同じような例で、受け取り方の違う事例もあります。それはレンタルショップの延滞料金。かつて、映画のビデオテープをレンタルし、返却が遅れると客側が「申し訳ない」気持ちになっていたし、店側は「遅れやがって」という態度丸出しだったと本書では書かれています。日本の昔のレンタルビデオ屋も、なんとなく同じような雰囲気はあった気がします(みなさんはどうですか?)。しかし、考えるまでもなく我々は「客」であり、一日延滞するごとに料金もきっちり支払っているのですから、申し訳なく思う必要はありません。

託児所の例と、レンタルビデオ屋の例は、同じような話なのですが、なんとなく違う気がするのはなぜでしょう。

「タダ働き」させる方がヤル気が出るなら

『それをお金で買いますか』挿絵イラスト

本書の興味深い例は、ボランティアの話です。学生を3つのグループに分け、Aグループにはこの活動の素晴らしさだけを解きます。BとCには理念と、出来高制で報酬を支払いますが、BよりCの方が受け取れる割合を高く設定します。この3つのグループのうち、一番多くの成果を出したのは、Aでした。次いでCグループでしたが、Aの成果にははるか及びません。

わたしたちは、「お金を貰って働く」よりも「無償で働く」方が、よりヤル気が出てたくさん働いく場合があるようです。考えてみれば、「ボランティア」はなにか自分の良心を試されているような感覚も無きにしも非ずで、「手を抜くことは人間性に関わるような気持ち」があるような気がします。しかし「時給950円」と言われると、「950円分の仕事しかしなくていい」と感じます。そしてもっと多くの働きを求めらえると「じゃあ時給を増やせ」と思うだけで、期待に応えようとは思えません。

「タダほど高いものはない」と言いますが、実際に、報酬を与えるよりも、タダ働きさせる方が成果が上がるなら……。

この話は、自分が「働く側」なのか「働かせる側」なのかによって捉え方が180度変わります。

私たちは「やりがい搾取」を求めている?

本書の例では、核廃棄物の処分場になった町民に手当てを支給すると、それを拒否した住民が多数いました。それは、自分たちは社会のために意義のある働きをしているのに、お金を受け取ることで「賄賂で動いたことになってしまうから」と考える人が多かったようです。

ときにわたしたちは、お金を差し出されても、受け取るのを拒否することがあります。お金を受け取ることで、自分の矜持や信念が汚れてしまうと考える場合です。それは美しい話なのか、はたまた労働者のプライドすらも利用して、労働力を刈り取られているのか、どう考えればよいのでしょう。

立場によって志向が変わる

あさよる個人的には、本書を読んで「もらえるお金はもらっておこう」と思いました(苦笑)。それはつまり、自分の信念やプライド、美意識などとと、お金は別の話ではないかと思ったからです。詳しく言うと、市場では、消費者のそのような「プライド」さえも予め見積もられていて「足元を見られている」のだというのが、透けて見えた気がしたからです。

「みんなのため」に働くのは大切なことですが、それと「タダ働きをする」のは別の話です。消費を煽り、労働者を雇う側の人たちは、事前に彼らの「お金に換算できないこと」も織り込み済みなんだなあと知ったのでした。それなりの報酬を求めることは悪いことじゃないんだなあというのが、あさよるの本書『それをお金で買いますか』を読んだ感想でした。

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『AIとBIはいかに人間を変えるのか』|人類の新ステージ?

『AIとBIはいかに人間を変えるのか』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。連休中に西洋音楽史の本を読みまして、「音楽」って普遍的で大昔から変わらないものだとばかり感じていましたが、今私たちが馴染んでいる「音楽」は意外と新しいものなんだと知りました。西洋ではかつて音楽は神様の世界のもので、禁欲的。今の私たちにとっては「全然楽しくない」感じです。ポピュラー音楽に至っては、20世紀、第一次大戦が終わってからのもの。もっと言えば、我々が慣れ親しんでいるのは「録音音楽」です。レコードとプレイヤーで楽しむことを「音楽」と呼ぶのは、歴史の中ではかなり特殊な環境です。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)

今当たり前すぎて疑うこともない価値も、意外と新しいもので、歴史が浅いものってあるんですね。「不変」だと「信じていた」というのは、もう信仰です。「ああ、私は近代を信仰しているのか」と気づき愕然としました(;’∀’)

今回紹介するのは『AIとBIはいかに人間を変えるのか』という、これから訪れる「人類の新しいステージ」を考える内容の本です。現在、先進国は軒並み伸び悩み、成長できずにもがいています。景気対策を打っても国内の格差は広がるばかりで、国の中が貧しくなっています。現状を打破するためには、今の社会の形を根本から変える必要があるのではないか? そこで注目されているのがBI(ベーシックインカム)です。

また、AI・人工知能の技術的な進歩により、人間の働き方の変化が期待されています。また、男女同権により女性の社会進出も進んでいます。後進国だった国々は経済発展しています。インターネット網は地球を包み込み、インフラのない土地にも等しく知識や教育が行き渡っています。世界は変わっています。さて「人類の次のステージ」はどのようなものなのでしょうか。

AI、BIとは

AI・人工知能もBI(ベーシックインカム)も、どちらも近年よく見聞きする言葉です。AIとBIについて触れつつ、このAIとBIが合わさって、もたらされる「未来」を考えます。

AI・人工知能とは

まずAI・人工知能とは。1930年代コンピュータの登場した当時からAIの登場が構想されていました。しかし二度ののAIブームは合ったものの、AIの冬の時代も長く、順風満帆とは言えませんでした。2012年にGoogleが「ネコを判断できるAI」を開発し、一躍有名となりました。その頃から「ディープラーニング」によるAIの進歩が注目され、現在は第三次AIブームといったところでしょうか。

近年、AIが飛躍的に進歩したのは、ビッグデータが扱えるようになったことと、インターネットの普及により膨大な数の写真や映像、データがインターネットにアップロードされるようになったことが影響しています。

今後、AIの進歩により、人間の仕事がAIに取って代わられると話題です。一方で、AIの進歩によって新たに生まれる仕事もあるでしょう。今の子どもたちの半分以上は将来、今は存在していない職業に就くと考えられており、感覚的にもなっとくできます。

コンピュータが人間の仕事の多くを引き受けるなら、人間はより「人間らしい」活動に集中することができます。

BI(ベーシックインカム)とは

BI(ベーシックインカム)は、経済成長が軒並み頭打ちしている先進国の、現状打破策として注目されています。先進国では、かつてのような経済成長が起こらず、経済対策を打っても国内の貧富の差が拡大してしまうジレンマに陥ってます。

BIは「健康で文化的な最低限の生活を営む」ために国民全員に現金で与えられる基礎的(Basic)給付(Income)で、政治学では“生存権所得”とも言われている。このBIは、様々な社会保障制度を一元化できる上に、給付漏れが起こらず、受給者にも理解しやすいシンプルな制度であることが評価されている。

p.104

BI(ベーシックインカム)は実験的に導入される例も登場し、貧しい人たちが前向きに人生設計を考え、豊かに生きようとし始めるなど良い結果があり、期待されています。

BI(ベーシックインカム)の良いところは「シンプル」。本書では、全ての国民に月8万円を現金で給付することが想定されています。すると、年金制度や健康保険、生活保護などの社会保障が一元化され、ムダなコストも削減できます。なにより、ややこしい手続きが不要になることで、役人の数を減らすことができます。

財源として、まず国の社会保障をシンプル化することで浮いたお金を財源に回します。また税率を引き上げ、国の収益を増やします。本書では消費税を18%に引き上げても、毎月8万円ベーシックインカムを受け取る額の方が多く、貧しい世帯にもダメージはないと計算されています。

BI(ベーシックインカム)の導入を阻んでいるのは官僚たちです。ベーシックインカムが導入されると、社会保障に関わる官僚たちの仕事がなくなってしまいますから、「ベーシックインカム的」な制度は遠ざけられています。

より「人間らしい」活動を

AIの到来により、コンピュータが人間の代わりに働く未来では、人間は「より人間らしい」仕事に集中することができます。

またBI(ベーシックインカム)導入後の未来では、「死なないために働く」という労働から解放され、人々は「豊かに生きるために働く」ようになります。今、嫌々やりたくない仕事をしている人も、ベーシックインカムが導入されれば今の仕事にこだわる必要はなくなり、豊かに生きるための人生設計を考え始めるでしょう。それはつまり「より人間らしい」人生を生きようとすることです。

AIとBIの未来は「より人間らしい」世界がやってくると想定されます。これは、かつて農業革命や産業革命によって人類が「進化」したように、AIとBIが人類を「新たなステージ」へと導くものではないか?と考えられます。

『AIとBIはいかに人間を変えるのか』挿絵イラスト

「豊かに生きる」ことができますか?

はてさて、AIとBIの未来は明るい!みたいな感じがしますが、問題は命が保証され、お金も保証されたとき、ハッと気が付くのです。「豊かに生きる」ことってどんなこと? もしAIが面倒な仕事を引き受け、BIで最低限の生活の保障がなされているとして、あなたはどう生きますか?

今、「楽しむ」という言葉が乱用されているように感じます。スポーツ選手も、「試合を楽しみます」ってインタビューで答えていますし、学校の勉強も「楽しんで学ぶことが良いこと」のように語られます。プライベートな時間はまるで「楽しくないと生きている意味がない」くらいの勢いで、ライブやレジャーや、食事やショッピングなどの予定を詰め込んでいる人がたくさんいます。

みんな身づくろいも小奇麗で、清潔感のある爽やかな人ばかりになりましたね。

もしかしてすでに私たちの社会は「死なないように生きる」時代は終わり、「楽しく生きなければならない」という価値が到来しているのではないでしょうか。しかもそれは強迫観念的に執着して。AIとBIによって人類が新しいステージへ進んだなら、私たちは今以上に「豊かに生きる」ことこそが「人間らしさ」であり、「お金の価値ではない豊かさを生きなければならない」時代が到来するとも考えられます。

BIは単に「働かなくていい」「怠け者が増える」政策ではなくて、もしかして「結構キツい」時代が来るのかもしれません。今はほら、連休に海外旅行へ行ったInstagramドーン! 彼氏にプレゼント貰ったドヤァ。ママにバーキン買ってもらったFacebook投稿いいね! なんかをしてるだけで満足できるけど、「新しい時代」はそれじゃ豊かじゃない。「お金の豊かさじゃない豊かさ」をアピールできないといけない。

新しい時代は。「センス」とか「才能」とか「オシャレ」とか「ステキ」とか「可愛い」「美形」とか、そういう価値が重要になるんじゃないのかな? 「ダサイ奴」は生きにくい時代になってしまうのだ。はてさて、「ステキ」に生きられるように、生涯邁進し続けなければならない人生、〈楽勝〉な人と〈ムリゲー〉な人に、パッカリ分かれるんじゃないかしら。

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『高速回転仕事術』|「とりあえず最後までやってみよう」ガパワーになる

こんにちは。あさよるです。真面目に頑張っているつもりでも、自分の手には負えないような難題が目の前に現れると「もう嫌、できない!」と投げ出したい気持ちになります。実際に投げ出すこともあります(苦笑)。そういう時っていつも、「どこから手を付けていいのか分からない」「なにがわからないのかわかなない」気がします。

本書『高速回転仕事術』は、ピタッと手が止まってしまう人に向けて書かれた本です。「わからない」「できない」と思い詰めてしまうより先に、「ま、いっかい最後までやってみよう」と前進するためのパワーが詰め込まれています。といっても、別に難しいことじゃないし、しんどいことでもありません。「ま、とりまやってみるわ」でOK。停止せずに肩の力を抜いて動き続けましょう。

「とりあえずやってみる」仕事術

本書『高速回転仕事術』の内容を超ザックリ言っちゃうと〈「とりあえず最後までやってみる」仕事術〉と言ってもいいかもしれません。例えば読書をしていて、難しい内容でなにを書いてあるのか理解できないとき、まあとりあえずそのことは置いといて、「一度最後まで通して読んでみる」。人の話を聞くときは、相手の話にいちいちツッコむ前に「一度最後まで話を聞いてみる」。最初の一回は細部まで目が届かなくても、疑問があっても、「とりあえず最後までやってみる」こと。細部に気を配るのは二回目以降に回しちゃいましょう。それが「高速回転仕事術」です。

委縮して「どうしていいかわからない」人に

本書『高速回転仕事術』は、なんでも器用にこなしちゃえる人を読者として想定していません。本書では、細かなディテールやクオリティーが気になって「なかなか上手くいかないことが多い」と感じている人に向いています。最初から完璧に、細かいところまで気になる人は、仕事がどうしても「低速回転」になってしまいます。上手くいかないたびに手が止まってしまい、それが続けばモチベーションも維持しにくいためです。

もし「上手くやらなきゃ」って頑張っているのに、上手く成果につながらず、原因も不明ならば『高速回転仕事術』に一度目を通してみても良いでしょう。初回から上手くやる必要はないし、躓いたり疑問を抱えながら、少しずつ精度を上げてゆけばいいのです。そう思うと肩の荷が下りるようです。

大きくとらえて、俯瞰する

本書『高速回転仕事術』では、大雑把に全体図を捉えて、そこから細部を作り込んでゆくような思考を身につけることが指南されます。

アイデアを出すときは、最初から「それらしい」ものを提示しようとせず、荒唐無稽でも、つまらなくても、とりあえずどんどん案を出しまくります。アイデアは質より量です。アイデアマンはとんでもない数のアイデアを出す人です。量の中に、質の高いものが混じっているのですね。委縮せず、カッコつけず、まずは思いついたアイデアを出し切りましょう。

「他人の話を聞く」というのは、簡単なようでいてとても難しい。ほとんどの人は他人の話に十分に耳を傾けられません。部下や仲間の話を聞くとき、いちいち細かなツッコミを入れるよりも前に、「まず一通り最後まで花牛を聞いてみる」ことが推奨されています。相槌は「それでどうした?」「それはなぜ?」と、相手の話を次へ進めるものにします。小さな疑問があっても、まずは最後まで聞いて、話の全体像を捉えましょう。

本を読むのが苦手な人は、わからないことがあると、そこでお手上げ。読書が前へ進めなくなってしまいます。読書をどんどんする人ほど、多少わからないことがあっても、とりあえず最後まで読み切ります。そしてその本の全体像を捉えてから、細かな部分を読み込んでゆくのです。

小さな部分にこだわらず「大きくとらえる」「全体を俯瞰する」という視点を持つことが、仕事を高速回転させるコツなのです。

とりあえず身体を動かそう

本書『高速回転仕事術』を超大雑把に「とりあえずやってみる」と紹介しましたが、それはつまり「とりあえず体を動かしてみる」とも言い換えられます。頭で考えて、なにもできずに委縮するのではなく、とりあえずやってみるという〈行動〉を起こすことで、次のステップが見えてくるのです。反対に仕事が低速にしか回転しないのは、上手く行動に結びついていない状態とも言えるでしょう。

部下と円滑なコミュニケーションを持つために、部下一人ひとりのノートを用意して、各人のプロフィールでノートを埋め尽くしましょう。「良い関係を築きたい」を頭で考えていても、実際に行動に移すこと……ここでは「部下の人数分のノートを用意して、部下の情報を書き留めてゆく」という〈具体的な行動〉が伴わない限り、進展は難しいでしょう。

どんなに思い悩み続けるても、〈具体的に行動してみる〉には叶いません。また、最初の一発大成功することなんて滅多にありません。何度も失敗しながらトライアンドエラーをくり返し、精度が上がってゆくことを忘れてはならないでしょう。つまり、最初の一回は「高速回転」でやってしまい、次の行動に移るからこそ、次の結果につながります。

『高速回転仕事術』は、小さな失敗を恐れず、一回で完璧にやりとげようと思わず、まずは一回やってみることの重要性が説かれています。

苦手なことが多いなら

『太らない間食』挿絵イラスト

きっと本書『高速回転仕事術』は大きな励ましになるはずです。仕事が速い人も、別に最初っからなにもかも上手にやっているわけではありません。むしろ、最初は大雑把に、わからないことや疑問を抱えたまま、「とりあえず」やってみて、二回三回と繰り返しチャレンジすることで精度を上げているのです。「最初から上手にやらなくていい」と思ったら、気楽になりませんか?

「要領よく仕事ができる人が羨ましい」「頭を柔らかくしてアイデアを出したい」「質の高い仕事ができる人になりたい」と思いながら、具体的にどんな行動をして良いのか迷っている方がいたら、本書『高速回転仕事術』はオススメです。

あさよる的「とりあえず最後までやってみる」やり方

最後にめっちゃ個人的な「とりまやっておく」方法についてw あさよるは分からない本、難しい本は、最後のページから逆順に読むことがあります。「逆に読むんだから内容がわからなくて当然」ですから、「わからない」「難しい」「私ってバカなんじゃないか……」と落ち込みません。内容がわからないので、見出しと、図解やイラスト、ページの構成、本の構成に注目するしかありません。これが意外と、後々、その本の全体像を把握するときに役立ちます。

参考書や教科書も、わからなくてもとりあえず全てのページをめくり、すべての文字列に「目を通す」というところから始まります。最初の一回から理解しようという気はなく「まず全てに目を通す」ことが目的です。

理解は、三回四回と読み込んでゆく過程で理解度を上げてゆきます。「最初の一回からすべて理解しようとしない」ということは、「何度も同じことを繰り返すこと」です。逆に言うと「一回ですべて上手くやりたい」と考えていると、緊張し、委縮してしまい、「できない」「わからない」の沼にハマってしまうんだと思います。

「一回しかしない」から「何回もチャレンジする」に考え方が変われば、失敗が怖くなくなります。『高速回転仕事術』とは、失敗を恐れず、小さくまとまらず、大きな視点で、のびのびと仕事をする術のように思いました。

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『人間は9タイプ』|みんなの長所・弱みがわかったら

こんにちは。あさよるです。人と仲良くやるのは苦手なので、こうやって毎日ブログをコソコソと交信するのは楽しくやってるのが性に合っており、一人楽しんでいます。だけど、違う人から見れば、「群れから外れて孤独にブログを更新している」と解釈されて「かわいそうに」と憐れまれてるのかもしれません(苦笑)。現に、「みんなと仲良くしたいのにできない人」「本当は目立ちたいのに目立てない人」と解釈され、苦心した経験があります(;’∀’)

今回手に取った『人間は9タイプ』では、人とのすれ違いや、人間関係のコジれの原因になってそうな項目が見つかる読書でした。たぶん自分の価値観や、自分の好き嫌いを他人にも当てはめて考えちゃうせいで齟齬が出て、そこからどんどん関係性が綻んでゆくのかなあなんて。

9タイプの取扱説明書

本書『人間は9タイプ』の著者は「ビリギャル」がヒットした坪井信貴さんです。坪井さんは「坪井塾」という塾を主催されており、起業家としての顔も持っておられます。

学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話[文庫特別版] (角川文庫)

今回紹介する「人間は9タイプ」は仕事編。仕事での得意不得意や、人間関係をスムーズにするコツが紹介されています。企業家サイド本ですね。同じタイトルの子育て編もあります。

人間は9タイプ 子どもとあなたの伸ばし方説明書

こちらは塾の先生として、子どもたちと関わるからこその本ですね。

まずは〈9タイプ診断テスト〉でタイプ分け

本書は人間を「完璧主義者」「献身家」「達成者」「芸術家」「研究者」「堅実家」「楽天家」「統率者」「調停者」の9つのタイプ分けをし、各タイプごとの特徴、向き不向き、好きな仕事、接し方などが紹介されています。ということで、とにもかくにもまずは「タイプ分け」をしないと始まりません。本書の巻頭に診断テストが添付されているのですが、ネットで簡単にテストができるので、そっちをオススメします。

子育て編とあわせた特設サイトはこちら↓。

自分自身がテストを受けるのはもちろんですが、周りの人にも診断を受けてもらいましょう。診断を受けるのを嫌がる人は、とりあえず「芸術家タイプ」にしておくように書かれていました。

人間関係を円滑に

本書『人間は9タイプ』では、自分のタイプを判明することで自分自身の特性に気づくだけでなく、周りの人との関係性を円滑にするために使われます。「完璧主義者」「献身家」「達成者」「芸術家」「研究者」「堅実家」「楽天家」「統率者」「調停者」の各タイプを、以下の13項目を見てゆきます。

  • プラス面と弱点
  • これをすごく嫌う!
  • 向かない・したがらない行動
  • リーダーになったら……
  • 部下になったら……
  • このタイプの上司から信頼されるためには……
  • このタイプの部下から信頼されるためには……
  • このタイプの会社の仲間(同性)と親密になる法
  • このタイプの会社の仲間(異性)と親密になる法
  • このタイプの取引先から信頼を得るには……
  • このタイプと仕事をする際に気をつけると良い点
  • “自分の取扱説明書”
  • 恋愛体質になる自分の変え方

職場の特定のタイプさんとの付き合い方や、取引先とのやりとり、そして自分自身の取扱説明書と大きく3つの要素に分かれています。

あさよるの場合……

ちなみに診断の結果、あさよるは「研究者タイプ」でした。

研究者タイプは合理的に仕事を進め、データ分析する能力などが高い。冷静で、他人の失敗を責めません。一方で、進行中の作業を他人の都合で中断させられるのを嫌います。自分の趣味をバカにされるのも嫌です。他のメンバーと歩調を合わせて動くのを面倒がり、「みんな」の前で上手くやれません。研究者タイプがリーダーになったら、感情や情緒よりもデータをもとにして合理的に動きます。部下に仕事を任せることができます。

研究者が部下なると、得意なことに集中し、不得意なことをは諦めが早いです。チームプレーが苦手。研究者タイプの部下から信頼されるには、彼の「強み」を活かしましょう。チームではなく個人で働ける仕事を割り振り、説明は論理的に行いましょう。一つの仕事に専念できる環境を提供しましょう。

研究者タイプの上司に信頼されるには、ホウレンソウは一度にまとめて行う。電話よりメールやメモを使う。スピーチをお願いしない。大げさにほめず、たまに信頼していることを伝えましょう。

研究者タイプと親密になるには、同性の場合、パーソナルスペースに入るには時間をかけて、プライベートな詮索はしません。相手が異性の場合は、距離を置かれていても他の人と同じように接し、相手が面倒くさそうにしていても、週に1、2度程度は仲間として行動するように伝えましょう。

研究者タイプの取引先から信頼を得るには、適度な距離を取り、話しは完結に。下世話な話はしない。

研究者タイプと仕事をするときは、得意な分野を認めて、認めていることをさりげなく伝えます。仕事を指示するときは、いくつかの選択肢を与えておくと勝手にやります。研究者タイプの部下はおべっかを使わないので、上司の自尊心を傷つけてくることがあります。研究者タイプは本人の興味さえ向けば、勝手にどんどんやってくれて楽です。「感情に左右されて動けない」という面倒なことも起こりません。人間関係のトラブルは大概、感情のぶつかり合いですが、研究者タイプではそのような衝突が起こりません。

研究者タイプの自分の取扱説明書としては、「みんなですること」よりも「一人で好きなことをする」方が喜びを感じます。ストレスになるのは「対人関係」。一度にたくさんの人と付き合ったり、カリキュラムがみっちり詰まっているとしんどくなるので、きちんと「ノー」と伝えましょう。職場では自分のスケジュールや「作業中」であることを周囲に知らせておく工夫を。孤立しがちの研究者タイプは、上司に「統率者タイプ」を持つと案外うまくいったりします。ズケズケと要求をしてきて、押しの強い上司や先輩は意外と「ハマる」でしょう。

研究者タイプは恋愛にあまり興味がありません。ですから、研究者タイプは自分の人生のスケジュールを逆算して考え、行動してゆくのが良いでしょう。定年の頃に5歳の孫がいる、そのためには自分が何歳の時、子どもを持つんだろう、という具合に。将来設計を逆算して「かなり前倒しに考えなくちゃ」と気づくと、アクションが早いのも研究者タイプの特徴です。

自分の長所・弱みを知る

あさよるの場合「研究者タイプ」の特徴を見ますに、肯定的に書いてくださっていますが、自分の弱点も見えてきます。「感情を優先しない」というのは、ポジティブに働くこともあるでしょうが、人間関係の中では欠点になる方が多いのではないかと思います(;’∀’)> また、一つのことに集中できる、得意なことにはのめり込めるというのも、逆に言えば、仕事が増えるとダメ、不得手なことができないわけですから、一長一短ですね。人間関係でも、本人は周囲と集団行動が嫌いで距離を置いていても、周りの人からすれば面倒くさい仲間になってしまうでしょうw

本書では各タイプを概ねポジティブな表現で書いてらっしゃいますが、逆に考えればそこが短所にもなるので、自分を客観視するには必要な目線でしょう。

人生は楽しいものだ!

本書は人間を9タイプにタイプわけをしますが、メッセージはみんなに共通しています。それは、人生は楽しく、ワクワクするものだ、ということ。

みなさんはこれまで、人生の先輩たちに「人生は甘くない」「社会に出ると苦しいことばかりだ」なんて脅されたことありませんか? その人にとって、社会は厳しく苦しいものだったのでしょう。だけど、世界にはいろんな生き方をしている人がたくさんいます。今の自分の生き方のみが存在するわけではありません。

著者の坪田さんが学習塾での経験で、「東大に行こうかな」と嘯く我が子に「東大なんか行けるわけないじゃないの」とツッコむ親御さんがいらっしゃるそうです。そこで坪井さんは「お母様は東大のご出身なんですか、東大の試験問題を解いたことがありますか」とマジレスをなさるそうです。そう、親も、やってもないのに「できない」と決めつけており、「親の自分ができないいから、この子もできないに決まっている」と思い込んでいます。

しかし、きちんと対策をして、その子に会った勉強法を指導すると、成績は伸びます。現に件の生徒さんは東大へ進学し、お母様も「あの子が東大に行けると思ってた」とスッカリご自身の言葉を忘れておられるほどだとか。

9タイプで向き不向きを知る

誰だって、自分に不向きなことを無理やりやらされていたら苦しいし、嫌だし、長続きもできないでしょう。本書『人気は9タイプ』では、自分の特性を知って、そして自分にぴったり合ったやり方を探す方が良いと言われているようです。また、人生の悩みのほとんどは「人間関係」の問題でしょう。周囲の人のタイプのことを知って、摩擦が減らされたら、ずいぶん生きやすくなりますよね。

自分の向き不向き、周りの人の性格を知れるだけでも、人生の「楽しい」「面白い」度数はグンと上がるでしょう~。

「できない」「どうせ無理」はナシ!

本書『人間は9タイプ』を読むと、人間には得意不得意、好き嫌いがあるだけであって最初っから「ムリ!」「できない!」ってのは考えなくてもいいんだと思いました。苦手なことや嫌いなことは、他の人に任せてもいいしね。一方で、得意なことは自分から引き受けるのも大事かもしれません。

あさよるは診断の結果「研究者タイプ」でしたが、一部納得しつつ、一部は「当てはまらないかも」と思いましたw 特に「感情よりも論理を優先する」というのは、あさよるとは程遠い気が……(苦笑)。あさよるは気性が激しく、いつも感情的にならないように細心の注意を払っていますが、それでも感情に任せて行動してしまいます。時間が経って、冷静になれば落ち着て判断できるんですけどね……ということで、なるべく決断は「先延ばし」にして、心を落ち着かせる時間が必要です。

しかし、頭の中では感情よりも理屈を優先してしまうのは、納得。そのせいで自分自信嫌な思いをすることもあるので、長所でもあり短所でもあるといった感じです。

得意なこと、傾向に特化せよ

学習塾の指導のお話で、試験対策は試験の出題傾向を知り、それに特化した勉強をせよと指南されていました。漫然と学校で習うすべての範囲を勉強するのではなく、目標設定して、それを達成するための戦略を立てるのです。あとは、各生徒のタイプを見極め、モチベーションを上げ、結果が出るように導くのが先生の役割です。

生まれながらの性質ではなく、戦略とモチベーションで得られる結果が変わるというのは、大人にとっても胸にとどめておくべき事柄でしょう。

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『図解でわかる!ファシリテーション』|新人君も!会議の交通整理

『図解でわかる!ファシリテーション』挿絵イラスト

こんにちは。「ファシリテーション」の意味がよくわかってなかった あさよるです。知人でも「ファシリテーター」という肩書を持っている人がいたり、言葉は知っていましたが、意味を理解していなかった! 簡単に言えば、話し合いの交通整理役って感じの認識で良いだろうか……。

あさよるは話し合いの場でも自分の話を通そうとしてしまうことがあり、後から思い出して恥ずかしくなるから「ファシリテーション」の能力が身につけたいなあと思った。

充実した会議を自分がつくる!

本書『図解でわかる!ファシリテーション』は、会議をより充実したものにすべく、個人が取り組める改善点を教えるものです。それが「ファシリテーション」能力。

ファシリテーションとは、

会議、ミーティング等の場で、発言や参加を促したり、話の流れを整理したり、参加者の認識の一致を確認したりする行為で介入し、合意形成や相互理解をサポートすることにより、組織や参加者の活性化、協働を促進させるリーダーの持つ能力の1つ。

ファシリテーション – Wikipedia

会議の交通整理係みたいな感じでしょうか。みんなが活発に発言したり、面白いアイデアを引き出したり、会議の目的を見失わず、充実した時間を作るために努めます。

本書のポイントは、大概の会議室に設置されているホワイトボードを用いて、誰もがファシリテーション役を買って出られると紹介していることでしょう。本書では、新人の「田中くん」が目的のハッキリしない会議をなんとかしようと、意を決して「ホワイトボードに書き出してもいいですか?」と申し出る様子が紹介されます。

ファシリテーション役は、場の仕切り役でもないし、司会ともちょっと違う。自分の意見を押し通すワケでもないから、新人でも買って出られるんですね。

会議の交通整理役が登場したことで、会議が盛り上がり、楽しくアイデアを出し合い、その記録がホワイトボードに残されていきます。会議が終わったらホワイトボードを写メって、それぞれの部署へ会議の結果を持ち帰ります。会議は終わった後「報告することがある」と充実感を得られます。

退屈な会議から、楽しくて生産性のある会議に変身させられる「ファシリテーション」の技術を身につけましょう。

ホワイトボードを駆使する!

本書『図解でわかる!ファシリテーション』ではホワイトボードを駆使したファシリテーションの方法が紹介されています。ホワイトボードは大体の会議室に設置されているでしょうし、有効に使わないワケはありません。

本書は「図解でわかる!」とある通り、具体的にホワイトボードにどのように書き込んでくのかも図で紹介されています。まず、会議が始まる直前にホワイトボードに会議のテーマと、その日の会議の流れを書いておきましょう。例えば「お客様クレーム→理想の対応→今後の課題」なんて風に。

あくまで会議を充実させるためのホワイトボードですから、助手を頼んだり、みんなで立ち上がってどんどんホワイトボードに書き込んでゆく形式も良いでしょう。より活発に会議が進むよう、机やいすの配置まで工夫することもできます。退屈で形式だけの会議ではなく、楽しくて良いアイデアがどんどん飛び出す雰囲気づくりに努めましょう。

会議のタイムスケジュールを用意したり、違う意見の人や部署が歩み寄れる「余地」を用意するのもファシリテーターの役割です。ホワイトボードの右と左に違う意見を書き、真ん中に空白を残しておきます。この空白が歩み寄りの余地なのです。「お互いに歩み寄る」という抽象的な事柄が、ホワイトボード上で「見える」のはとても良いですね。

『図解でわかる!ファシリテーション』挿絵イラスト

読書とノートをつける習慣のない人へ

本書では、見開き左のページに文章、右のページが図解で、図解やイラスト満載の本です。パッと直感的に見て理解できる内容です。読書習慣がない人や、ノートをつける習慣のない人にオススメです。

特に、人の話を構造的に文章に書き起こしていくのには、訓練が必要です。本書のホワイトボードを使うワザも、慣れが必要でしょうが、具体的に図解されているので、真似をしながら進めるのが良いでしょう。

周りの人への気配りも忘れずに

本書『図解でわかる!ファシリテーション』では、会議での「振る舞い」についても触れられています。まず、本書では新人の「田中くん」がファシリテーターに名乗り出るところから始まるので、先輩や上司の顔を立てなが

「すみません。会議を見えやすくするために、ちょっとホワイトボードを使ってもいいでしょうか?」(p.9)

と発言するところから始まります。

声の大きい人の発言だけが採用されたり、最後にウヤムヤに結論付ける人の意見に偏ってはいけません。みんなの意見を引き出せるように「あなたの意見を聞いていますよ」というアピールも大事です。また、「アイツ何様?」「しゃしゃり出やがって」「仕切りたがりめ」と疎まれてもいけませんから、謙虚な姿勢が大事です。

会議の盛り上がりのための「演出」も大切です。採用された事柄に○、不採用に×とつけたり、文字の大きさや、声の抑揚をつけて、メリハリをつけましょう。クイズ形式にするのも盛り上がるかもしれません。

また、何気に大事なのが「ホワイトボードに字を書く役は、字が上手い人に任せる」というコツもw あとでスマホで写真を撮って保存するので、字が見やすい方がいいですね。会議の最後は参加者全員で集合写真を撮っておけば、会議のメンバーも一目瞭然です。

結構楽しそう!

ファシリテーション、使える

あさよるは「ファシリテーション」という言葉はよく見聞きしていたものの、どんな役割なのかわかっていませんでした。「ポストイット貼るやつでしょ?」程度の認識しかなかったデス(;’∀’)>

ファシリテーターの仕事について知ると、これは仕事や会議だけじゃなく、プライベートでも使える技術ですよね。家族での話を交通整理したり、仲間とレジャーの計画を練ったりと、役に立つスキルだと思います。

あと、反省することも多々。ファシリテーターは公平にみんなの意見をくみ上げるのが仕事ですが、同じような場面で自分の意志を曲げずに突っ張ってきたことがたくさんあったなあ……(遠い目)。ずっと「あいつが悪い!」と思っていましたが、本書を読んで「自分が人の話を聞いてなかった」と考えを改めました。フラットに、みんなの考えをくみ上げるって、難しいですね。あさよるも訓練が必要です。

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図解するシリーズ

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『失敗の科学』|失敗の数だけ、可能性のバリエーションを知る

『失敗の科学』挿絵イラスト

こんにちは。失敗の多い あさよるです。今まさに、荷物の発送の手違いをしでかしてしまってヘコんでいます。完全に当方の確認不足で、先方の方にはご迷惑をおかけしておりますm(__)m

(´・ω:;.:…

そう、あさよるはこういう、ケアレスミスを連発する人なんですよね~。だからいつもずっと緊張しっぱなしなんですが、ときどきフッと気が抜けたときにやらかします。しかも、やるときは信じられないようなミスです。裸足でかけてくサザエさん的なね。今日はホントは別の本のレビューを用意してたのですが、今の自分にタイムリーすぎるので、本書『失敗の科学』に急遽差し替えてお送りいたします(苦笑)

効率の良い学習法「失敗」

本書『失敗の科学』は、一見損害があり良いことなんてなさそうな「失敗」からこそ、多くの学びが得られることを紹介する内容です。仕事は、質にこだわることよりも、量にこだわる方がよい成果が出るそうです。質の良いものを目指すと自ずと「失敗しないように」気をつけて仕事をしてしまいます。しかし量を目指すと、「失敗を恐れず」どんどん失敗し、失敗からフィードバックを得ながら仕事をするので、全体のクオリティが上がります。

失敗から学ぶのは、とても効率のよい改善方法なのです。もちろん、その失敗に巻き込まれ損益や命を失った人の存在を忘れてはなりません。だからこそ、同じ失敗をしないためにその「失敗から学ぶ」必要があるのです。

「失敗」の良い手本、悪い手本

本書では、航空会社が取り組んでいる、エラーの扱い方が良い手本として紹介されます。旅客機は小さなミスから大事故につながり、乗員乗客の命を危険にさらす恐れと背中あわせです。そこで、小さなエラーでもどんどん報告し、それらをまとめ、常に改善に取り組み続ける体質があるようです。

一方で、悪い例として、病院での医療事故が紹介されていました。事故と言いますが、その実は医師の単純なミスで人の命が失われていることが紹介されているのです。例として、簡単な手術で麻酔を使用したところ、麻酔によって呼吸が止まり、看護師が気管切開の準備が完了したと呼び掛けているのに、医師はそれに応えず、結局患者を死なせてしまいました。医師は自分たちのミスに気付いてすらおらず、「避けようのない事故だった」と患者家族に説明しました。病院では、航空業界のような「失敗をフィードバックする仕組み」がないのです。

ウソ・失敗の隠ぺいを防げ!

わたしたちは「失敗」を犯したとき、意図的に「嘘をついて責任逃れ」しているとは限りません。むしろ、無意識のうちに「他に原因があった」「あのとき○○だったんじゃないか」と、別の事実を作り上げてしまうのです。

間違いないと「信じて」しまう

本書では、殺人犯を捕まえる警察官や、検察官の執拗な「思い込み」が紹介されています。エリートたちでさえも、一旦「これが事実だ」と信じてしまうと、突拍子もないような発言をアレコレ繰り出します。例えば、強姦事件の現場に残された体液が、容疑者のDNAが一致しないことを「容疑者はキメラだ」と決めつけたり(キメラとは、双子の胎児の片方が死んでしまい、もう片方の体の一部として残ることが、とても稀にあるそうです)、性交渉をした他の男性の体液が付着し、容疑者は避妊をして犯行に及んだ、など。あらゆる「常識では滅多に起こらない奇跡ような可能性」に執着するのですが、「真犯人は別にいる」という可能性には言及しません。

また、かつて「瀉血」と呼ばれる、今となればトンデモな治療法がありました。血液を人為的に外部に出すことで、体内の悪いものを排出させると信じられており、西洋で盛んに行われていました。現在では科学的根拠ないとされています。なのに当時は「効果がある」と信じられていました。現に「瀉血をしたら体調が良くなった」という人さえたくさんいました。

人は「効果がある」と思い込んでいる限り、それを肯定するデータばかり集めてしまします。また、アンケートを取っても、回答者は質問者の意図を組み、質問者の欲しい答えを答えてしまうことがあります。先の警察や検察の例も、彼らは被害者やその家族らを知っていて、彼らに一刻も早く事件の解決を提供したいと考えており、その結果として冤罪を作り上げてしまうこともあります。

エラーを報告できる環境が必要

航空業界が失敗をどんどん報告できる背景として、「ミスをした人を責めない」という業界全体の徹底があるからです。ミスがあったとき、個人を責めず、とことん失敗が起こった原因を探り、同じ失敗が起こらないよう改善がなされます。飛行機にはフライトデータレコーダー とコックピットボイスレコーダーが搭載されているのは周知の通り。パイロットたちは常に、ガラス張りで丸見えの状態で仕事をしていると言えます。それにより、重大事故の原因究明がなされています。

失敗すると処罰を受けるなら、誰も失敗を報告しなくなります。エラーを気軽に報告でき、それにより個人が責任を問われない体制でない限り、「失敗から学ぶ」ことは難しいでしょう。

「合理的にあきらめる」

失敗からフィードバックを得て成長する人々は、あきらめるときも「これ以上はできない」と合理的に判断するそうです。感情的に行動せず、謙虚に成長し続けたからこそ、冷静に「やめ時」を理解するのかもしれません。

為末大さんの『諦める力』でも、一流のアスリートが生涯かけて取り組んだスポーツを「やめる」ときの潔さが紹介されていました。全身全霊で向き合った事柄だからこそ、やめるときも理性的で合理的なんですね。それは第三者の目から見ると「あっけない」と映るほどに。

諦める力 〈勝てないのは努力が足りないからじゃない〉

「失敗は成功のもと」

大事なのは「失敗に気づくこと」「失敗から学ぶこと」そして、「失敗を恐れないこと」です。

本書『失敗の科学』では、「失敗」をとても前向きにとらえています。デビッド・ベッカムは、天才サッカー少年ではなく、凡庸な少年だったといいます。しかし、ベッカムの母親は、息子の活躍を不思議がりません。なぜなら、彼が途方もなく失敗をくり返しながらサッカーの練習をし続けた事実を、実際に見て知っているからです。

失敗の数だけ別のバリエーションを知る

『失敗の科学』挿絵イラスト

あさよるは子どもの頃、水彩絵の具で「ベージュ」を作りたくて、あれこれと混色をして色を作りまくった経験があります。あるとき「茶色に白を混ぜるとベージュになる」と発見したのですが、今も絵を描き続けている理由は「混色に失敗し続けた」経験があるからだと断言できます(苦笑)。

なぜなら「混色に失敗した回数だけ、混色のバリエーションを知った」からです。絵が描くのが好きな人の中にも、絵の具を混ぜ合わせて色を作るのを面倒くさがる人がいます。慣れると、どんな色でも一発でバッチリ狙った色を作れるようになるんですよ。

失敗とは「失敗の数だけ別の可能性を見る」ことではなかろうかと思いました(`・ω・´)b

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