数学

『数に強くなる本』|数字が苦手なら!人間らしい営みに触れよう

こんにちは。自習を再開した あさよるです。ものすごーくスローペースですが、英語と数学の復習をのろのろとやっていました。最近停滞気味だったので、本書『数に強くなる本』を読んだことをきっかけに、意識的に自習の頻度&時間を増やそうと思いました。

なんで英語と数学かというと……あさよるがむっちゃ苦手で大嫌いな英語をするのが嫌すぎるので、好きで何も考えずに作業としてできる数学との抱き合わせにしていますw あと、論理的に考え、論述する訓練として数学をグリグリとやる習慣は持っておきたいと粘っております(いつまで続くやらだけど(;’∀’)

「苦手」が数字を遠ざける><

『数に強くなる本』は、数字を見るだけで無意識に読み飛ばしてしまう人、数字を突きつけられると「イヤぁ~!」と逃げ出してしまいたい人へ向けられた「数字に強くなるための本」です。

ああっ! 逃げ出す前に聞いてください。この本は数学の本ではありません! もちろん、算数の問題も扱っていますが、本書の趣旨は「数って面白いんだよ」「数で表せるって便利なんだよ!」って語りかける内容です。

もし数字を「無味乾燥で味気ないもの」「人の温もりのない冷たいもの」と感じておられるなら、本書『数に強くなる本』がおすすめです。なぜなら、数は人の営みに直結しており、数の歴史を知ることは文明の歴史を知ることだからです。数を通して人間は宇宙を想像します。とても人間味あるものなんですね。

現金割引とポイント還元とどっちが得なの? とか、GDP、偏差値、少子化など、身近な問題も、数字に表すことで手に取れて考えやすくなります。身近な物事をより理解するために、『数に強くなる本』はおすすめです。

あさよる、数学は好きなんだけど……

実はあさよる、10代の頃一番得意で好きな科目が数学でした。だから数字に苦手意識がないので、こんな『数に強くなる本』なんて本も心理的抵抗なく読めます(得意と言っても、予め用意された問題を解くのが好きなだけで、独創性があるわけではない)。

だけど、苦手な科目はもう、ダメ。あさよるの苦手&嫌いなのは科学・化学と英語でした。あさよるにとっては、どちらも意味のわからない文字列をただ丸暗記しなければならないのが苦痛で、苦手&嫌いです。苦手&嫌いというのはエライもんで、化学式も英文も、書かれていても目に留まらないんですよね~。そもそも読む気がない……というか、意味のある記号として認識すらしてない感(;^ω^)

「数学が苦手」って人も、これと同じで、そもそも数字が目に入ってこないんじゃないでしょうか。だけど、数字のない世界はないし、数字は上手に扱えた方が便利だし、なにより面白い。この「面白い」を最大限伝えようとしている本って『数に強くなる本』以外にもたくさんあります。

映画もヒットした『博士の愛した数式』なんかで、数学、数って面白いなぁと思われた方も多いでしょう。

博士の愛した数式 (新潮文庫)

あるいは『フェルマーの最終定理』とかね。難しいことはさておき、文明が始まって以来の数学者たちの列伝になっていて、普通に読み物として面白い本です。あと、豆知識的な話題も豊富。

別に数学の勉強をしなくても、数字や数学を扱った本はたくさんあって、面白いんです。だから、苦手意識持たずにぜひ読んでみて欲しいです。

あさよる的に過去に読んで面白かったのは『数の歴史』とかね。これは1、2、3、4…と数がどのように生まれたのかの歴史が紹介されたもの。

数の歴史 (「知の再発見」双書)

数学の本じゃないけど、数を扱うってので『「無」の科学』も、幅広い分野の「無」について書かれている本で、浅く広い知識に触れられて面白かった。

ここまで書いて、数学嫌いさんのための、数学の面白さ、身近さを説く本ってたくさんあるけど、英語嫌いのための英語の面白さ、身近さを説いた本ってないわね……。というか、やっぱ苦手&嫌いだから、そもそも英語学習を扱った本をチェックしてないのか……。

じゃ、じゃあ、『数に強くなる本』も結局、数学は苦手じゃない人しか読まないのかしら……

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『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』

こんにちは。いつも“真反対の読書”をしようと心がけている あさよるです。

“間反対の読書”とは、なにかハマっていることや、調べ物をしないといけないときって、同じジャンルの本ばっかり続けて読まないといけないことがあります。そんな時はあえて、自分が思いつく限り、全然違う、まったく接点もなにもない本を手に取る、という遊び(?)です。

大学生の頃は、芸術系の学校に通っていたこともあり、数学や幾何学、歴史の本など、芸術やデザインと何の関係もなさそうな本を選んで読んでいました。

ご察しの通り、“全然関係のない事柄”というものは存在しないので、どんな本を読んでも自分の勉強している分野にリンクしていて驚くばかりでした。

本書『フェルマーの最終定理』もその頃、“真反対の読書”で読んだ本です。約十年ぶりに読み返しました。

数学嫌いもバッチコイ!

まず、最初に宣言しておきます。数学が嫌いな人でも大丈夫です!

ちょっと分厚めの本なので、読むのは時間がかかる部類だとは思いますが、数式を理解する必要はないのでご安心を。

とある数式をめぐる数百年間の物語、ヒストリーとして楽しめます。

「フェルマーの最終定理」とは

「フェルマーの最終定理」という、長年解けない数学の難問がありました。

フェルマーとは、17世紀に生きた数学者です。彼が、「この問題の答えが分かったけど、紙が足りないからここには書かない(意訳)」と残し、死にました。

その問題とは……ジャーン!

xn + yn = zn

nが3以上の自然数のときに、x、y、zが成り立つ組み合わせはあるか?というもの。

nが2のときは、我々はよーく知っています。

x2 + y2 = z2

ピタゴラスの定理ですね。

…あ、数学ムリって思わないでください!ね。なんか、パズルゲームに熱中している人たちの話だと思いましょう……(-_-;)

この式が、2以外の数字で成り立つのか?という問いは、ピタゴラスの時代からあったそうで、フェルマーが思わせぶりな言葉を残して死んだことでブームになりました。

そして……「この問題の答えがわかった!」と発表されたのは、1995年。つい最近!

めっちゃ壮大な話ではありませんか。

深い話ではなく、エッセンスを

フェルマーの最終定理が、360年の月日をかけ、数学者をどう突き動かし、そして照明に至ったのか。

その人間模様や物語を知るために『フェルマーの最終定理』は最適です。

しかし、実際にどんな証明がなされたのか知りたい方には、物足りないものでしょう。あくまで、照明に至る経緯を知れるものです。

普段、数学や数式のことを考えずに生活をしている人がほとんどだと思うのですが(あさよるもですw)、そんな人にとっては、初めて触れる知識や考え方などたくさんあると思います。

もし、数学が無味無臭の人間味のない学問だと感じておられる方がいれば、そうではないということが分かりますし、想像以上にパズルゲームのように感じる人もいるかもしれません。

あさよるは、学校の数学の授業は、言われたことを言われた通りパチパチ当てはめてやってただけでした。テストで出題される問題は、必ず何かしらかの答えがある前提です。ですから、答えがわからない問題に挑むということがあるのか…!という、発見と面白さを感じました。

散りばめられた知識のかけら

フェルマーの最終定理が証明されるまでを追うドキュメンタリーのような内容なのですが、そこに散りばめられた知識のかけらを拾ってゆくだけでも、ちっと賢くなった気がしますw

フェルマーはルネサンスの時代の数学者です。フェルマーという人物を知るには、当時の時代背景にも触れる必要があります。

「答えはわかったけどここには書かない」なんて思わせぶりなメッセージを残したフェルマーは、生前からあまり好感をもたれる人物ではなかったようです。あたり前のことなのですが、いつの時代のどんな職業の人同士でも、今と同じような人間関係があるんだなぁと思いました。

また、フェルマーの最終定理は、ピタゴラスの時代から話を始めねばなりません。ピタゴラスの秘密結社や、秘密を守るために弟子が暗殺されたり、血なまぐさい話まで。数学の歴史って結構ハード!

数学の決闘や、第二次大戦時に活躍したドイツの暗号機“エニグマ”と、イギリスの“ウルトラ”の戦いなど、ハラハラドキドキ。

数学っておもしろいなぁ

『フェルマーの最終定理』を読んでいると、登場する逸話の多くは非常に人間臭い人間の物語です。

嫌われ者のフェルマーも、自分の定理を守るためなら弟子も殺めるピタゴラス。解けない難問に挑み、道半ばで倒れてゆくものたち。

フェルマーの最終定理が証明される足掛かりを作ったのは日本人です。彼らの運命もなんともドラマチック。

数列に人間味を感じないのは、あくまで自分自身がそこに人間味を見出さなかったからだと気づきます。

もし、数学苦手!大嫌い!という方がおりましたら、ぜひこれを。

苦手であることと、嫌うことは別の話だなぁと感じました。

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