演劇、映画、大衆芸能

『創られた「日本の心」神話』|演歌とJ-POPは同級生?

『創られた「日本の心」神話』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。さて、西洋音楽史の歴史を扱う本を読んでいて、今わたしたちが「音楽」と呼んで親しんでいる形式は、意外にもとてもとても新しいことを知り驚いたのでした。そこで、もうちょい音楽について知りたいなーとリサーチしていたところ『創られた「日本の心」神話』を見つけました。本書は日本人の心のふるさとである「演歌」が、一つのジャンルとして定着したのは90年代であるという、衝撃的な内容のものです。

もちろん、演歌が人々に愛され、歌い継がれてきた系譜はもっと前から存在しますが、今の要は「演歌」という確固たるジャンルとして群を成し、また演歌を歌う歌手は、正統派で実力派揃いの演歌歌手である、という共通認識が登場したのは最近である、ということ。往年の演歌歌手の方々も、昔は流行歌を歌う、当時人気の歌手だったのです。

また、演歌について明らかにするために、本書では明治以降の日本の大衆芸能を幅広く取り扱います。とても情報量も多く、読み応えのある本です。

「日本の心」と「J-POP」

本書『創られた「日本の心」神話』は―「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史―と副題があり、今われわれが「演歌」というものがいつごろ登場したのかを探りながら、近代日本の大衆音楽史を紐解いてゆく内容です。「え、演歌って昔からの伝統的なモノじゃないの?」と思う方こそ、どうぞ本書をお手に取ってみてください。演歌は戦後、しかも結構つい最近に創られた、新しいジャンルだというのです。だけど、「なんとなく伝統的な」「なんとなく日本人の心を打つ」感じはどこから来るのでしょうか。

まず「演歌」という言葉は、明治期に「演説の歌」という意味で用いられていました。歌に言論を乗せていたのです。しかし、この「演歌」と、今わたしたちが「演歌」と呼んでいるものは、全くの連続がなされているわけではありません。むしろ、戦後のある時期に「演歌」という言葉が思い出され、新しい意味付けがなされたと考えた方が分かり良いでしょう。

明治時代、文明開化し、西洋の音楽が日本にも輸入され、西洋音楽の音階やリズムを日本人は身につけようとします。西洋のクラシック的なものが高尚で良いものと考えられ、日本の世俗的なものは低く考えられました。戦後アメリカ音楽が流行しますが、大衆にとって「正当な音楽」「高尚な音楽」はインテリのエリート的音楽と感じられるようになり、それに対してアウトロー的な歌が登場します。股旅物やヤクザものの、エリート的ではない=大衆的な歌として、現在「演歌」と呼ばれるものが流行します。しかしこの頃はまだ「演歌」とは呼ばれず、当時の流行歌です。

その後、テレビの時代がやってきて、テレビ主導のヒット曲の数々が登場します。それらは、テレビ番組でこぞって宣伝されて「売れた」ものもあれば、「あえてテレビ番組には出演しない」ことで〈芸術性〉を演出しながらも、テレビCMのタイアップで「売れた」ものもあります。テレビ番組に出演するのも、番組には出演しないけどCMタイアップをつけるのも、いずれも「テレビを使って売れた」ことでは同じです。

(あさよるは「昔テレビCMで売れた曲」というと『君のひとみは10000ボルト』を思い浮かべました。資生堂の化粧品のCMを見たことがあります)

テレビが流行を作る時代になると、後に「演歌」と呼ばれる歌は「古臭い」ものとなりながら、ナツメロとして残ります。ここで「どこか懐かしい」「昔からある」「伝統的な」というイメージが付与されます。そして、若手歌手(当時の)が、ナツメロをカバーすることで、ある種の権威付けとなってゆきます。本書では、森進一が当時のナツメロ集であり大ヒットした『影を慕いて』に寄せられた解説では、森進一が(後の)演歌的なメロディを歌うのは奇妙だであるという、今となれば奇妙な文が寄せられています。

こうして演歌は「伝統的な感じ」と「正統な感じ」を帯びてゆくのです。

そして、1990年代「J-POP」という言葉が用いられるようになったとき、「J-POP以外の歌」が「演歌・歌謡曲」と呼ばれ、ジャンルとなりました。現在われわれが慣れ親しみ、日本の伝統と正統性を感じる「演歌」は意外にも、一つのジャンルとして歩み出したのはつい最近なのですね。

『創られた「日本の心」神話』挿絵イラスト

近代大衆文化を一挙におさらい

以上が演歌が演歌になるまでの経緯をものすごくテキトーに書き並べたものなので、ぜひ興味のある方は本書をご参照ください。というのも、本書は「演歌」をテーマにしていますが、演歌について掘り下げるために、明治以降の近代日本の大衆音楽全般を一挙に扱っているのです。それらは「大衆の」ものであって、いわゆる「伝統手な」「高尚な」日本の文化ではなく、時代時代でオゲレツでアングラだった大衆文化が扱われているのです。

また、「昔の歌」というと、レコードとして普及し残っている曲が紹介されることがほとんどです(あさよるは深夜にラジオで昔の聞くのを好んでいた時期がありました)。しかし、レコードが普及する以前のものは残りにくいうえに、「大衆文化」はなかなか記録に残っていないものです。これだけ幅広く固有名詞や出典が挙げられているのは圧倒でした。情報量が多すぎ~。

軍歌童謡から、ピンクレディーに藤圭子に、北島三郎、美空ひばりに椎名林檎や小島麻由美、そして最後には半田健人まで飛び出す幅広すぎる一冊です。ブログ記事では紹介しきれるはずがないので、ぜひお手にどうぞ。

個人的には、あさよるの出身である大阪で親しまれている「河内音頭」について知りたいなあと文献を探していたのですが、見つからない。大学の先生にも相談してみたりしていたのですが、本書を読んで見つからないワケがわかりました。つまり、「そんなもの存在しない」ということなのね。本書では日本の近代の大衆文化について扱われていますが、「大衆文化」が今やっと研究対象になり始めているというのが現状っぽい。……ということは、河内音頭も自分で調べなければならないということ!?(;’∀’)>

「日本ローカル」は前時代?

さて、本書を読むとよくわかるのが、いかに近代日本人は「西洋クラシック」こそが本流とし続けてきたのかということです。現代でさえも、日本の文化を指し示すとき、西洋的な尺度を用いて語ってしまいます。西洋音楽を正解としつつ、だけど日本の俗な節回しも忘れられないようです。エリート的な西洋音楽と、「庶民の歌」という対比がイデオロギーとして解釈されているのも、現代の「反知性主義」や「ヤンキー文化」を連想させ、グルグルと考えが止まりません。

また地方から人が街へ集まり、都市化されてゆくなかで、都会と田舎という対比も生まれ、またそれらが混ざり合います。しかし、それらでさえも、現代のグローバリゼーションの前では「近代日本」という〈局地的〉な現象とも思えます。

あさよるは個人的に、2016年下半期に起こった世界的ブーム、ピコ太郎の「PPAP」を日本のテレビがきちんと扱えなかったことが、とてもとても腹立たしかったことを思い出しました。それはピコ太郎の扱いがぞんざいであったことも多少ありますが……余談として、あさよるはブロガーですから、ピコ太郎さんはマジ尊敬していて、いつもは「ピコ太郎先生」と呼ぶ程度にはリスペクトしていて、YouTubeライブの新曲発表を見ていて感動して目頭が熱くなるという、自分でもよくわからない感じになっていたりするw……ゲフゲフ。えっと、なもんで、テレビがピコ太郎先生をぞんざいに扱うことも多少気に入らなかったのですが、それ以上に「テレビはネット発のブームを扱えないんだ」という現実をまざまざと見せつけられてショックだったんだろうと、今になって思います。

あさよるも、なんだかんだと言いながら1980年代生まれのテレビっ子世代です。テレビは見なくなってしばらく経ちますが、それでも「テレビはスゴイもの」だった。いえ、テレビはスゴイものであってほしかった。なのに、もはやテレビはブームを作れないどころか、「世界のムーブメントすらろくに扱うことができない」という事実がショッキングでした。

「テレビはオワコン」だと思っていましたが、本当は「テレビの時代はもう過ぎていた」のかもしれません。

なにが言いたいかというと、もう次の時代が始まっちゃってるんじゃないの?ということです。「PPAP」はもう、これまでの尺度じゃ測れない。もうすでに、わたしたちは新しい次の世界から、「前時代」としての明治大正昭和そして平成の「J-POP」を俯瞰し始めているのではないか? 少なくとも本書『創られた「日本の心」神話』では、すでに平成初期は「歴史」になっています。

YouTubeはスゴイ!

本書『創られた「日本の心」神話』を読み解くにあたって、必要不可欠なのはYouTubeです。YouTubeはスゴイ。マジですごい。もしYouTubeがなかったら、本書で取り上げられている曲や演芸を実際に見聞きするためには、古書店を探しまくったり、演芸場に通い詰めたり、人づてで資料を持っている人を頭を下げて探し回るしかないんじゃないかと思います。しかし、世にはマニア・愛好家というスゴイ人がおりまして、彼らがネット上に情報を公開しているのです。ネット、YouTubeあってこそ過去に存在した歌・演芸に触れるチャンスがあるのです。

本書『創られた「日本の心」神話』があまりに面白かったので、同じ著者の『踊る昭和歌謡』もさっそく読みました。こちらでは、「踊らない音楽」が高尚で「踊る音楽」は低いものだと考えられていたことを踏まえ、庶民に愛される踊る音楽の変遷が紹介されます。ゴールデンボンバーや気志團まで。

踊る昭和歌謡 リズムからみる大衆音楽 (NHK出版新書)

こっちもおすすめです。

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『カラオケ秘史』|誰も特許を取らなかった!4人のイノベーター

『カラオケ秘史』挿絵イラスト

こんにちは。人見知りで緊張しぃの あさよるです。興味本位で各方面に首を突っ込むのはいいのですが、人前で話すのは苦手だし、話し下手だし、「ああ、こんなことしなきゃよかった」と落ち込んでも後の祭り。引っ込み思案な自分を変えようと、度胸をつけるためボイトレやカラオケ必勝法を勉強したこともありましたw

『歌上手になる奇跡のボイストレーニングBOOK』でしばらく毎日練習して「体の中で声を響かせる」感覚を少しだけ感じ(た気がし)ました。だけど、やっぱ全然ダメですね~。

『カラオケ上達100の裏ワザ』は、カラオケというレジャーをより楽しむ本ですね。あさよるはカラオケにあまり行かないので、上達しようがないと後から気づいたのですが……(苦笑)。

さて、「カラオケ」ってすごく身近にある娯楽で、誰もが一度は行ってマイクを握ったことはあるでしょう。しかし昭和生まれの人はご存知のように、カラオケって今のように普及したのは90年代のことで、結構最近。それ以降、子どもたちが歌を歌うのが上手になったなんて言われてもいるそうです。余暇活動として音楽鑑賞をする人より、カラオケに行く人のほうが多いという調査もあるそうで、面白い話です。

カラオケは、近年の日本人……といわず世界での音楽受容の形を変えてしまったといってもいいでしょう。日本国内でも、ヒット曲が「カラオケで歌える曲」になってから久しいですね。なのに、カラオケについて研究はまだ始まったばかり?

カラオケ発明者列伝

『カラオケ秘史』は、今や世界中に広がり「音楽のあり方を変えてしまった」と言っても過言ではない「カラオケ」についてまとめられたものです。これだけ多くの人に愛され、親しまれているにも関わらず、カラオケは日本の文化の中でも低いもの、あるいは研究対象として扱われてこなかったため、これまでカラオケについてまとめられることもなかったそうです。

本書では、カラオケの発明の父として4名の男性が紹介されます。カラオケの装置をほぼ同時期に作った神戸で流しをやっていた井上大佑さんと、東京で電気組み立て工場を経営していた根岸重一さん。岡山市郊外で「カラオケボックス」を発明した佐藤洋一さん。そしてミシン会社・ブラザーから「配信カラオケ」を構想し形にした安友雄一さんです。さらにMIDIを作った梯郁太郎さん。そして今、カラオケ音源のデータを作っているミュージシャンで耳コピ職人の直井未明さんのお仕事も紹介されています。

カラオケを最初に発明した人……ヒットならず

まず、カラオケ業界では「カラオケを最初に発明した人は、20人はいる」と言われているそうです。それは「カラオケ」という定義がバラバラだからです。「カラオケ」という言葉は放送業界で「空オーケストラテープ」の略で使われていました。スタジオに歌手を呼んで、カラオケに合わせて歌を歌わせるためのものです。この、歌の入っていない「カラオケ」を放送するラジオ番組「歌のない歌謡曲」は今も放送中の人気番組です。

この「歌のない歌謡曲」の音源に合わせて、マイクを使って歌える装置「カラオケ」を作ったのが、根岸重一さん。根岸さんは東京のエンジニアで、日本人で初めて「カラオケ」を作った男です。NHKから借りた音源に合わせてマイクで歌える装置を作り「カラオケ」と名づけリースで貸出を始めましたが、「流し」の人たちから商売の邪魔をするなと苦情が入り、お店から撤収することとなりました。また、歌が抜かれただけの音源に合わせて素人が歌うのは難易度が高く、受け入れられにくかったようです。

同時期、カラオケを考案した人……大ヒット!

同時期、神戸で流しをしていた井上大佑さんは、お客さんの歌に合わせてキーやテンポを自在に変え、お客さんに愛されていました。伴奏だけ録音しておけば自分がいなくてもお客が歌えるため、自分の演奏を再生する装置の製作をを工務店に依頼しました。井上さんの流しでのレパートリーは、お客さんが歌いやすいようキーやテンポが編曲されており、さらにマイクにエコーをかけて気持ちよく歌えるようアレンジされています。これら、キーとテンポの変更、エコーの機能は、今のカラオケにも引き継がれています。この「素人が気持ちよく歌えるアレンジ」が井上さんのカラオケが受け入れられた一つの要因です。

また、東京での根岸さんと同様に、「流し」の仲間からのクレームが入りますが、井上さんご自身が流しであり「こんな作り物の音に負けるのか」と同業者に発破をかけ、難を逃れます。流行歌は大体一曲3分くらいであることを熟知している井上さんは、5分100円と時間制で再生ができるよう工夫もしました。5分だと中途半端な時間ですから、まとまった金額を最初に投入されます。これが大ヒット。のちのカラオケブームへと続きます。

この井上さんと根岸さんはほぼ同時期、同じ着想でカラオケを製作していますが、二人は面識もないそうです。歴史の中で、大発見や発明は同時期に同じようなことを構想する人はいるものですが、カラオケもまさにその通りですね。

カラオケボックスを発明した人

カラオケは飲み屋街で広まり、好景気だった時代の接待文化と相まって大ヒットしました。が、あくまで飲み屋での話。オジサンの間のブームといったところでしょうか。それが大転機を迎えるのが1992年、岡山市の郊外で飲食店を経営していた佐藤洋一さんが「カラオケボックス」という施設を発明します。佐藤さんは元トラック運転手で、岡山市郊外の産業道路に飲食店がないことに目をつけ、トラック運転手向けのうどん屋とカラオケ喫茶をオープンします。

ある日、奥様が入院し、一人で店を切り盛りするため、うどん屋にカラオケ機材を持ち込んだことが、カラオケボックスのアイデアに繋がります。うどん屋にカラオケを設置すると客からうるさいと言われ、カラオケ機材を引越そうとトラックのコンテナに積み込んだところ、「このまま営業すればいいじゃないか」とイノベーションが起こったのです。古いトラックコンテナを下取りし、ドアと窓を開け、断熱材を張り、リビングのような内装を施し、カラオケを設置したところ、これが大ヒットとなりました。先の飲み屋街のカラオケとは違い、主婦層や家族連れ、若者たちもカラオケに長蛇の列を作ったのです。

カラオケボックスは都市の郊外にたくさん作られました。当時好景気で土地の利用を考えていた地主たちにとって、コンテナを置くだけのカラオケは設置も撤去も簡単で、低リスクでハイリターンを期待できる良い投資でした。さらに郊外型カラオケボックスが、都心部へも進出します。都市部ではビルのワンフロアぶち抜きで、少人数から大人数まで対応できるカラオケ店が出現しました。しかし未だに「カラオケ〈ボックス〉」と呼ばれ続けていますから、コンテナの箱の中から始まった名残が残っています。

たった一人の研究者が作り上げた通信カラオケ

カラオケボックスの大ヒットで全国、老若男女にカラオケブームが起こりますが、「通信カラオケ」なくして現代のカラオケ文化を語れません。通信カラオケは、カラオケとは何の関係もないミシン会社のブラザーの研究員だった安友雄一さんが、たった一人で構想から実装まで成し遂げたというから驚きです。安友さんは「好きな研究をしてもいい」との約束で経営悪化を打破するためブラザーに招かれました。安友さんはパソコンソフトを通信で送って販売する「TAKERU」を開発しますが、後発のためシェア拡大は難しいと考えられました。ある時、音大の教授から授業で学生に作らせたたくさんのMIDIのデータを託され、このMIDIのデータをカラオケに転用できるとひらめきました。そして、そのMIDIのカラオケデータをTAKERUで全国のカラオケに通信で送信すれば、新しい曲をすぐにカラオケで歌えるようになります。

通信カラオケの搭乗前はレーザーディスクのカラオケが一般的でした。物理的に大きなレーザーディスクを補完するため場所が必要で、かつ新曲がリリースされても、それがレーザーディスク化され、カラオケ店に入荷されるまでのタイムラグがあります。現在、通信カラオケは新曲のリリースと同時にカラオケレパートリーにも加えられます。

通信カラオケは残念ながら「タイトー」に一足先を越されてしまい、当初はシェアも奪われていました。しかしタイトーのリリースした「X-二〇〇〇」は通信費がバカ高く、またたくさんの人が一斉に曲をリクエストすると曲をダウンロードし再生されるまで数時間かかる欠点がありました。しかし、安友さんが発表した「ジョイサウンド」はTAKERUのシステムに深夜のうちに電話のアナログ回線で接続し、新曲のMIDIデータをダウンロードします。一回の通信費は10円です。カラオケ営業中はすでにダウンロードしたデータを再生するだけなので時間もかかりません。口コミでジョイサウンドが広まり、通信カラオケの普及により、現在のカラオケ文化を形作りました。

世界に広まったワケ・特許を取らなかった

カラオケ文化の功労者4名についてザっと紹介しましたが、カラオケが日本と言わず世界に広まった理由は、4人のうち誰もカラオケの特許を取らなかったことにあります。そのおかげで、後発での多くの企業がカラオケ業界に参入し大きな産業になりました。

カラオケ装置とカラオケボックスを発明した3名は経営者で、商売の筋も良かったのに(カラオケという大ヒットを出している)、それ以上の儲けは考えていなかったよう。ただ多くの人に楽しんでもらえることを考えていたそうです。最後の通信カラオケを一人で作った安友さんは会社員の立場ですから、そもそも特許を取ってもその利益は自分に入らないと考え、それより自由に研究できる環境があればいいと考えておられるようでした。

あさよるのような浅ましい人間からすると、「なんと無欲な!もったいない!!」とポカーンとするのみ。

ちなみに世界的には、元流しの、神戸からカラオケを流行らせた井上大佑さんが「カラオケの発明者」として知られ、アメリカの「タイム」誌にて「アジアを変えた20人」に選ばれ、国内で一躍注目を集めました。どうやら「最初にカラオケを商業的に成功させた人」と世界に紹介されたのが、日本に逆輸入された際「カラオケの発明者」と解釈されたようです。

先に紹介した通り「カラオケ」と一口に言っても、「カラオケとはなにか」という定義によって発明者は変わります。しかし、現在のカラオケの広まりは、それを独り占めせず開かれていたからこそのカラオケ文化なんです。

大衆文化は残りにくいの?

90年代「〈新しい伝統〉としての演歌」が登場した経緯についてまとめられた『創られた「日本の心」神話』にて、大衆文化はメインカルチャーに比べ「低いもの」とみなされ、未だに記録や研究対象になっていないことについて知りました。この「カラオケ」という文化もまた、素人文化であり、大衆文化です。

カラオケ史についても同様で、まとめられた書物はまだ少ないようです。

素人文化悲喜こもごも

『カラオケ秘史』挿絵イラスト

カラオケって、現代版「寝床」ですよね。「寝床」は落語の演目で、人を集めては下手の横好きで「素人浄瑠璃」を語る大棚の旦那と、それにつき合わされる人々の災難がおかしいはなし。カラオケは長くても5分くらいで終わるので、浄瑠璃にくらべれば「ずっとマシ」に思えますがw ただ、延々と一晩中つき合わされたりするとうんざりですねw

あさよるが個人的に面白く感じるのは、「〇〇さん歌上手くてすごい!」とか「〇〇ちゃんの彼氏カラオケ上手くていいね」とか、カラオケで歌を上手に歌えることがその人物の評価軸になっていることです。とくに「〇〇ちゃんの彼、カラオケ上手いからいいね」というのは、よくよく考えるまでもなく、よくわからない話ですw 歌うこと以外に、こういう評価ってなかなかないですよね。「絵がうまい」とか「ダンスがうまい」とか人から評価されるポイントはそれぞれあるでしょうが、「カラオケで歌が上手い」というなんとも言えない〈インスタント感〉が面白く感じます。

大衆文化とは、普及すればするほど、空気のように「そこにあることに気が付かない」存在になって人々の間に溶け込んでゆくのかも。だから研究対処や記録の対象にならないのかもしれません。だけど、誰かが枝葉の話でもこうやって書き残しておくのは大事なことですね。

あさよるの自己紹介も「音楽はあまり聞きません」「カラオケはたまに行きます」ですから、他人事ではありません。

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『人は見た目が9割』|言葉は7%しか伝わらない

こんにちは。あさよるです。長年ヘアカラーをしていたんですが、数年前にカラーをやめて黒い髪にしたところ、しばらくやたらと人に絡まれる機会が増えて困っていた。明るい色に染めていた頃はそんなことなかったのに、「髪色が変わると世界が変わるのか」となかなかショックだった。

それから時間が経ち、着る服や持ち物も一通り新しく入れ替わったら、また元のように知らない人に絡まれることはなくなった。明るい髪色から黒髪への切り替え途中、服装と髪形がちぐはぐだった頃に起こっていた現象ではないかと思っている。以前と変わったのは、小まめに美容室へ行くことと、襟のある服か、ハリのある服を着るようにしたことか。

「見た目で判断されるのね」と実感した経験だった。

人を見た目で判断するんがいいのか悪いのかわからないけど、パッと一目見た印象は確かにある。話しかけやすそうな人や、木難しそうな人。「第一印象を悪く持たれた」なぁと伝わってくることもある。いいのか悪いのかわからないけど、見た目が人間関係を左右しているのは、みんなが実感していることだろう。

言語7%、非言語93%

「人は見た目が9割と言いますし」と、よく引用されていたり、そういう言い回しが使われれているのを見聞きする。その元ネタ(?)になった新書『人は見た目が9割』は、読んでみると、想像していた内容と違っていた。

『人は見た目が9割』の著者は演劇の演出家で、演技でその役柄をそれらしく見せる「人の見た目」について精通している。本書でも、演劇で使われる「その人らしさ」のつくり方をもとに、「見た目」によって印象が変わり、台詞の意味が変わってくる様子が伝わる。

わたしたちは日々、人々とコミュニケーションを取り続けているが、「言葉」が伝える情報量はたった7パーセントしかない。残りの93パーセントは言葉以外の、非言語コミュニケーションによって情報が伝わっている。

本書では、顔の特徴(髭など)、アクション、仕草、目を見て話すこと、色やにおい、間・タイミング、距離感、マナー・行儀作法、顔色などなど、それらを「見た目」としてまとめられている。確かに、「見た目」が9割あると言われると納得できる。

役柄の説得力を増す「見た目」

『人は見た目が9割』って、もっとビジネス書や自己啓発本っぽくて、辛辣なことを書いてあるのかと思っていたのに、全然想像と中身が違った。芝居を長くやっているからこそ、人は人をどう見るか、どう見られているかについて研究がなされている。

お芝居はまさに「人の見た目」を最大限に利用しながら、現実には存在しない人物に肉付けし、立体的に作り上げる。そのためのノウハウとしての「非言語コミュニケーション」についての言及は、切り口が面白かった。

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人は見た目が9割

竹内一郎/新潮社/2005年

目次情報

はじめに

第1話 人は見た目で判断する

アクションは口よりも 言葉は七%しか伝えない 信頼できる行動 顔の形と性格の関係 髭はコンプレックスの表れ ソファーの隙間はなぜ気持ちいいか第2話 仕草の法則

自分の席から離れない上司 早口で声が高い人 なぜか百姓は東北弁 似たもの夫婦の心理学 頷き過ぎにご用心 オーバーアクションは薄っぺらい 足を大きく開く男 緊張のサイン サクラは三人以上必要

第3章 女の嘘が見破れない理由

「目を見て話す」のは何秒か 女の嘘はばれにくい 勘が鋭い女性とは 潤んだ瞳に注意 髪型の意図 可愛い女の子になる方法

第4章 マンガの伝達力

マンガの技法に学ぶ 構図のインパクト 内面を背景で表現する 読者に語りかける 絵で音を表現する コマのマジック タチキリ、見せゴマ

第5章 日本人は無口なおしゃべり

国境を越えるノンバーバル行動 二種類のノンバーバル・コミュニケーション 「語らぬ」文化 「わからせぬ」文化 「いたわる」文化 「ひかえる」文化 「修める」文化 「ささやかな」文化 「流れる」文化

第6章 色と匂いに出でにけり

色の力 マンガはなぜモノクロか 色のメッセージ 騒色公害 目立つ色、目立たない色 赤い公衆電話が消えた理由 荷物を軽くする色 色のイメージ 化粧が生む自信 日本のメイクは美を追求しない 匂いの力 匂いのない恋

第7章 良い間、悪い間、抜けてる間

タイミングは伝える 間の伝達力 相手に想像させる 観客は交流したい 「読み聞かせ」のコツ マンガにおける間 沈黙に耐える

第8章 トイレの距離、恋愛の距離

心理的距離は八種類 敵は真正面に座る 男子トイレの法則 リーダーの座席の 遠距離恋愛の法則

第9話 舞台は人生だ

外見は人格さえも変える 没個人になるということ 恐怖の表現する 相性のつくり方 暑いとき、人は興奮する

第10章 行儀作法もメッセージ

マナーというノンバーバル行動 応接室への案内 車の座席

第11章 顔色をうかがおう

表情の研究 笑いの伝えるもの 微笑みの持つ重層構造 男女の顔の違い 加齢の特徴 ポーズが伝える感情

あとがき 主要な参考文献

竹内 一郎(たけうち・いちろう)

一九五六(昭和三十一)年福岡県・久留米市生まれ。横浜国大卒。博士(比較社会学文化、九大)。九州大谷短大助教授などを経て著述業。『戯曲 星に願いを』で、文化庁舞台芸術創作奨励賞佳作、『哲也 雀聖と呼ばれた男』で講談社漫画賞を受賞(筆名/さい ふうめい)。

『カラオケ上達100の裏ワザ』を読んだよ

2005年に公開された映画『さよならみどりちゃん』が好きです。星野真里さん演じる“ゆうこ”が思いを寄せる西島秀俊さん演じる“ユタカ”は、女たらしで、だらしなくて、クズで、だけどセクシーで可愛くて、主人公が虜になってしまう気持ちがわかります。

映画の主題歌は、奥村愛子さんが、松任谷由実さんの『14番目の月』をカバーしたものが使われています。奥村さんのキュートな声とpopなアレンジが、ユーミンの曲とはまた違った雰囲気で素敵です。

劇中でも、星野真里さんが『14番目の月』を歌います。ゆうこがバイトをしているスナックで、苦手だといつも断っていたカラオケのマイクを握りしめ、なんだか晴れやかに投げやりに歌います。その姿がとても愛しく、『14番目の月』も以前よりも好きな歌になりました。

カラオケって、素人が集まって、大して音響も良くない環境で、大抵は空気の悪い密室で、隣の部屋の歌声がガンガン響いているような場所で、決して“良い空間”とは言えない場所です。大概は、みんな歌も上手でないですし、自分も下手なことを分かっています。
しかしなにか、やめられない、そこでしかないコミュニケーションや、そこでしか得られない体験があるように思います。
「歌を歌う」ということは、人間にとって共感をわかちあう効果があるようです。

「ヒトカラ」も、みんなで楽しむカラオケも

私も、昼間に一人でプラっとカラオケボックスに行くことも珍しくありません。一人でカラオケに行く「ヒトカラ」は結構多く、平日の日中のお客さんの殆どは一人客です。カラオケ店員さんにとっても珍しくなく、ヒトカラは決して孤独で恥ずかしいものではないのです。
また、友人や仲間と行くカラオケと違った楽しさがあります。

『カラオケ上達100の裏ワザ』を試すためには、必ずヒトカラが必要です。なぜなら、いつか来る日のための練習が必要だからです。歌が上手い下手というよりも、カラオケが上手い/下手があるような気がします。
私は、歌謡曲を聞くのも好きですし、歌をうたうのも好きですし、人と楽しく過ごすのも好きなので、カラオケも嫌いではありません。人前で歌うのは得意ではありませんが、その日のために日夜、新しい曲を覚えたりしています。

カラオケのコツ

本書で参考になったのは、選曲方法です。ただヒット曲を選べばいいというものではなく、難しい曲を避け、自分の歌いやすい曲を選ぶべきだと書かれています。そして、歌のキーも、自分にあったものに変えること。こちらは、実際に歌ってみて事前に練習と調整が必要です。
そして、男性は女性曲を、女性は男性の歌を選ぶテクニック(?)が参考になりました。異性が歌う曲を選べば、キーも大幅に変更しなければなりません。すると、曲のイメージも大きく変わります。ですから、自分なりの曲の解釈が必要になるのです。
カラオケも、なかなか奥が深いものです。
一人の楽しみとしても、人との関わりの中でも、良い時間を持ちたいです。

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