仕事に役立つ本

『人は見た目が9割』|言葉は7%しか伝わらない

こんにちは。あさよるです。長年ヘアカラーをしていたんですが、数年前にカラーをやめて黒い髪にしたところ、しばらくやたらと人に絡まれる機会が増えて困っていた。明るい色に染めていた頃はそんなことなかったのに、「髪色が変わると世界が変わるのか」となかなかショックだった。

それから時間が経ち、着る服や持ち物も一通り新しく入れ替わったら、また元のように知らない人に絡まれることはなくなった。明るい髪色から黒髪への切り替え途中、服装と髪形がちぐはぐだった頃に起こっていた現象ではないかと思っている。以前と変わったのは、小まめに美容室へ行くことと、襟のある服か、ハリのある服を着るようにしたことか。

「見た目で判断されるのね」と実感した経験だった。

人を見た目で判断するんがいいのか悪いのかわからないけど、パッと一目見た印象は確かにある。話しかけやすそうな人や、木難しそうな人。「第一印象を悪く持たれた」なぁと伝わってくることもある。いいのか悪いのかわからないけど、見た目が人間関係を左右しているのは、みんなが実感していることだろう。

言語7%、非言語93%

「人は見た目が9割と言いますし」と、よく引用されていたり、そういう言い回しが使われれているのを見聞きする。その元ネタ(?)になった新書『人は見た目が9割』は、読んでみると、想像していた内容と違っていた。

『人は見た目が9割』の著者は演劇の演出家で、演技でその役柄をそれらしく見せる「人の見た目」について精通している。本書でも、演劇で使われる「その人らしさ」のつくり方をもとに、「見た目」によって印象が変わり、台詞の意味が変わってくる様子が伝わる。

わたしたちは日々、人々とコミュニケーションを取り続けているが、「言葉」が伝える情報量はたった7パーセントしかない。残りの93パーセントは言葉以外の、非言語コミュニケーションによって情報が伝わっている。

本書では、顔の特徴(髭など)、アクション、仕草、目を見て話すこと、色やにおい、間・タイミング、距離感、マナー・行儀作法、顔色などなど、それらを「見た目」としてまとめられている。確かに、「見た目」が9割あると言われると納得できる。

役柄の説得力を増す「見た目」

『人は見た目が9割』って、もっとビジネス書や自己啓発本っぽくて、辛辣なことを書いてあるのかと思っていたのに、全然想像と中身が違った。芝居を長くやっているからこそ、人は人をどう見るか、どう見られているかについて研究がなされている。

お芝居はまさに「人の見た目」を最大限に利用しながら、現実には存在しない人物に肉付けし、立体的に作り上げる。そのためのノウハウとしての「非言語コミュニケーション」についての言及は、切り口が面白かった。

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人は見た目が9割

竹内一郎/新潮社/2005年

目次情報

はじめに

第1話 人は見た目で判断する

アクションは口よりも 言葉は七%しか伝えない 信頼できる行動 顔の形と性格の関係 髭はコンプレックスの表れ ソファーの隙間はなぜ気持ちいいか第2話 仕草の法則

自分の席から離れない上司 早口で声が高い人 なぜか百姓は東北弁 似たもの夫婦の心理学 頷き過ぎにご用心 オーバーアクションは薄っぺらい 足を大きく開く男 緊張のサイン サクラは三人以上必要

第3章 女の嘘が見破れない理由

「目を見て話す」のは何秒か 女の嘘はばれにくい 勘が鋭い女性とは 潤んだ瞳に注意 髪型の意図 可愛い女の子になる方法

第4章 マンガの伝達力

マンガの技法に学ぶ 構図のインパクト 内面を背景で表現する 読者に語りかける 絵で音を表現する コマのマジック タチキリ、見せゴマ

第5章 日本人は無口なおしゃべり

国境を越えるノンバーバル行動 二種類のノンバーバル・コミュニケーション 「語らぬ」文化 「わからせぬ」文化 「いたわる」文化 「ひかえる」文化 「修める」文化 「ささやかな」文化 「流れる」文化

第6章 色と匂いに出でにけり

色の力 マンガはなぜモノクロか 色のメッセージ 騒色公害 目立つ色、目立たない色 赤い公衆電話が消えた理由 荷物を軽くする色 色のイメージ 化粧が生む自信 日本のメイクは美を追求しない 匂いの力 匂いのない恋

第7章 良い間、悪い間、抜けてる間

タイミングは伝える 間の伝達力 相手に想像させる 観客は交流したい 「読み聞かせ」のコツ マンガにおける間 沈黙に耐える

第8章 トイレの距離、恋愛の距離

心理的距離は八種類 敵は真正面に座る 男子トイレの法則 リーダーの座席の 遠距離恋愛の法則

第9話 舞台は人生だ

外見は人格さえも変える 没個人になるということ 恐怖の表現する 相性のつくり方 暑いとき、人は興奮する

第10章 行儀作法もメッセージ

マナーというノンバーバル行動 応接室への案内 車の座席

第11章 顔色をうかがおう

表情の研究 笑いの伝えるもの 微笑みの持つ重層構造 男女の顔の違い 加齢の特徴 ポーズが伝える感情

あとがき 主要な参考文献

竹内 一郎(たけうち・いちろう)

一九五六(昭和三十一)年福岡県・久留米市生まれ。横浜国大卒。博士(比較社会学文化、九大)。九州大谷短大助教授などを経て著述業。『戯曲 星に願いを』で、文化庁舞台芸術創作奨励賞佳作、『哲也 雀聖と呼ばれた男』で講談社漫画賞を受賞(筆名/さい ふうめい)。

『「嫉妬する女はブスになる」問題』|NG!嫉妬する/される

こんにちは。あさよるです。インターネットは人の嫉妬心を拡大する装置じゃないかという話を耳にして、ちょっとモヤモヤしていた。ネットの到来によって、これまでなら触れることのなかった人の幸せな話や成功譚により、嫉妬が作られているというのだ。

だけどわたしは、嫉妬はネット以前からもちろんあるし、世間が狭かったからこそ、嫉妬もより複雑だったんじゃなだろうかなんて思うと、今と昔で人の嫉妬心は違っているのだろうか……なんて考えていた。

だけど、嫉妬が自分にとって良からぬものであり、人間関係においても面倒なものであることは同じだろう。もちろん、嫉妬をモチベーションとする有効活用法もあるんだろうけど、上手にコントロールできている人は希だろう。

『「嫉妬する女はブスになる」問題』は、嫉妬が生まれる仕掛けや、そのいなし方、そして、人に嫉妬されない方法が紹介される。軽く読める内容だけど、気づきも多く読んでよかった。

嫉妬は自分への苛立ち

「嫉妬」は誰にでもある感情だけれど、自分の嫉妬心に振り回される人を「嫉妬ブス」と本書では名付けられている。嫉妬は上手に使えば、モチベーションにもなる。だけど、嫉妬の炎にやかれ、人の幸福を見て落ち込み、人の足を引っ張ることに時間を費やすようになると、自分の幸福からどんどん離れていってしまう。そんな生活を「嫉妬ブス」としている。

友人や恋人へLINEの返信や電話の催促で睡眠時間を削って……となると本当に美容にもよくはない。「嫉妬」してしまうこと自体は誰でもすることだだけど、自分で「嫉妬している」と自覚しないと、自分で自分の足を引っ張ってしまうのだ。

本書でハッとしたのは、嫉妬している人は、本当は「変化することのできない自分」に対して苛立っているというものだった。似たような境遇にいたのに、自分より先に良い思いをする人や、幸福を手に入れた人は、環境にうまく適応した人だ。自分が気にいらないのは、「環境に適応できない自分」なのだ。変わらなければならないのは自分なのに、他人の言動や考えを変えようと攻撃や依存をしかけるから、嫉妬は厄介だ。

嫉妬ブスから抜け出すには、嫉妬心を抱いたら、まずは「今自分は嫉妬している」と自覚する、そして「自分が変化しよう」と、この二つの思考へと自分を導くといいみたい。

嫉妬されない方法

「嫉妬の対象にならない」ことも、人間関係では大事だ。負の感情に晒されるだけでエネルギー消耗しちゃうよね。

嫉妬をかわすには「抜け感」が大事だと紹介されている。例えば、FacebookやInstagramに投稿するときは、リア充アピールしたなら、そのあとの〈オチ〉をつける。つまり、失敗エピソードを添えておく。良いところばかり切り取って見せていると、「見せびらかしている」ように受け取る人もいるからだ。

「別に自慢したいわけじゃないし」「向こうが勝手に嫉妬してるんだろう」と思うかもしれないけれども、それはお互い様だ。自分も、他人の言動に勝手に嫉妬心を掻き立てられて、嫉妬ブスに陥っていることもあるだろう。「無暗に嫉妬を誘わない」のも、これもまたスマートなやり方だろう。

嫉妬に火をつけないように

本書はつい嫉妬してしまう嫉妬心を解説したものだけど、それを応用して「嫉妬されない方法」まで話が及んでいるのが良い。嫉妬しないように気を付けている人は多いだろうけど、「嫉妬されること」に無自覚な人は多いように思う。わたしは個人的に、人に嫉妬されることも、これはこれで良くないことだと思っている。

「嫉妬心」は誰もが持っている気持ちだ。そして嫉妬は自らを焼き尽くし、身を破滅させてしまう程の力を持っている。これはすべての人に備わっている危うさだから、心が弱いとか、性格が悪いとか、そういう話ではない。そして、人の嫉妬を掻き立てるのは、破滅という爆弾の導火線に火をつけて回っていることと同じじゃないかと思う。物騒な話だ。

自覚的に嫉妬を煽るのはもちろんだけど、無自覚に人の嫉妬心を刺激していないか、常に確認していたいと思う。

こう感じるのは、わたし自身も嫉妬深いからかもしれない(;^ω^) 「負けず嫌い」で、嫉妬心がプラスに働いてモチベーションを上げることもあるけれども、とめどもなく時間と労力を消費するだけで終わることも多い。

嫉妬心をコントロールすることも、自慢話でマウンティングしたい気持ちを抑えるのも、どちらも「試されている」瞬間なのかも。

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『鬼速PDCA』|自信がつく・やる気が出る・趣味もはかどる

こんにちは。あさよるです。『鬼速PDCA』は書店でめっちゃ平積みされてますね。 『鬼速PDCA』は書店でめっちゃ平積みされてますね。 話題本は追いかけるっきゃない精神でやっております<(_ _)>

PDCAサイクルを猛スピードで回すという、それだけの本だけど、話がシンプルだから話題になってるんじゃなかろうか。新人や学生にも向いているし、チームを動かす側の人にも使える。かなり幅広い層に役立つ内容だ。

問題を抱え込まない

PDCAサイクルはご存知のように、PLAN(計画)、DO(実行)、CHECK(検証)、ACTION(改善)の頭文字で、 P→D→C→A→P→D→C→A→P…と、グルグルと四つの手順を回してゆきながら、プロジェクトを進めてゆく。『鬼速PDCA』では、AはACTIONではなく、ADJUST(調整)が割り振られている。

「鬼速」というのは、PDCAサイクルをとても早く回してゆくことだ。著者の会社では、会議が週に1回ではなく、週に2回あるそうだ。そうすれば、社員が問題と出会っても、翌週まで持ち越さずに早く対応できる。これは、社員が問題を抱え込んだまま困り果ててしまう予防になる。だから、会議で問題を発表することがネガティブな評価に繋がってはいけない。むしろ、たくさん問題を見つけられることを評価するような環境づくりも大切だ。

『鬼速PDCA』は新人が読むことも前提とされており、初級者編から話は始まる。学生にも役立つだろう。多くの人が読んで、自分の業務や学習に当てはめられる。

自信・やる気に

PDCAのうち、PとDはやっても、C(検証)をしない人が多い。振り返りをせずに、やりっ放しで放置してしまうのだ。

検証するとき、できなかったこと、ダメだったことばかり挙げる人もいる。もちろん、マイナス点も冷静に受け止めなければならないけれども、うまくできたことや、よかったことも、同じように検証しないといけない。それは自分の自信になり、やる気につながる。

鬼速でPDCAは、問題を抱え込まず、どんどん計画→実行→検証→調整→計画…と回してゆくから、やればやるほど自信になり、やる気がでる。だから鬼速でやるのだ。

長い目で考える

PDCAサイクルが身につくと、大きなPDCA、小さなPDCAと、複数のPDCAサイクルを持てるようになる。それは中長期的な目標を持つことに繋がる。どうしても日々の業務に忙殺されていると、目の前の仕事でいっぱいになってしまって、中長期的な目標を考えられない。長い目で見ると役立つことであっても、それすら考えられなくなるのだ。例として、ブラインドタッチで高速タイプできるようになれば、一生能率が上がるのに、その訓練をする人は意外に少ないらしい。

大人も子どももPDCA

PDCAサイクルを鬼速で回したい人は、仕事人間だけではなく、趣味の多い人も同じだろう。むしろ、多趣味な人は多忙だから、タスクはさっさと終わらせて、次から次にやりたいことをやってゆく方がいい。

そう、PDCAサイクルは「仕事に使うもの」「管理職が使うもの」ではないのだ。プライベートを最大限充実させたい人にも鬼速PDCAはあてはまる。子どもも大人も関係ない。つまり、すべての人が持っていてもソンしない習慣だ。

みんなが知ってるようなことだからこそ、実直にやるかやらないかで、差が出ちゃうところなのかなぁなんて。わたしも趣味の計画を立てようかしら。

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『シャーデンフロイデ』|ざまあみろ!人の不幸が嬉しい気持ち

こんにちは。えらそうばってる人を見ると、いじわるしたくなる あさよるです。自分のことを大きく見せようとしたり、上から目線な応対をする人を見ると、なんかこっちもトゲトゲした気持ちになっちゃう。ただ、相手の挑発に乗るのは、相手の思うつぼだったりする。本当は、スルーするのが大人の対応なんだろう。

他人の失敗や、他人の不幸を期待してしまう、喜んでしまう気持ちのことを「シャーデンフロイデ」と言うそうだ。今回読んだ本では「他人を引きずり下ろす快感」とも書かれている。

ドキッとする言い回しだけれども、多少なりとも誰もが持っている感情じゃないかと思う。

愛が人の不幸を喜ばす

「シャーデンフロイデ」とは、

誰かが失敗したときに、思わず沸き起こってしまう喜びの感情(p.14)

だそうだ。ネットスラングでいうところの「メシウマ状態」。他人の不幸は蜜の味。えこ贔屓されているあの子の化けの皮を剥がしてやりたい。いつも出しゃばる気にくわないアイツがポカをして穴を開けてしまう様子を見て「いい気味だ」とほほ笑む。

それは誰もが持っている感情で、本書『シャーデンフロイデ』では、脳科学的にその現象を分析してゆく。

シャーデンフロイデには、通称「幸せホルモン」「愛情ホルモン」とも呼ばれている、オキシトシンという脳内物質が関係しているらしい。オキシトシンは、人々が愛し合ったり、仲間を大切にしたい気持ちを起こさせるホルモンだ。男性よりも女性の方がオキシトシンが分泌されやすく、授乳中の母親が我が子を大切にするのにも、オキシトシンは重要な役割を果たす。

「愛情」と言えばポジティブな印象だけど、言い方を変えれば「執着」とも言える。母親は我が子に執着するからこそ、身を削ってでも子育てができる。仲間や恋人は、その人でなければならず、他の人じゃダメなのだ。

だからオキシトシンが分泌されると、子どもや仲間、パートナーを守るために、攻撃的になったり、保守的になるそうだ。素敵な恋人ができたら「その恋人を失わなうんじゃないか」と嫉妬する。あるいは、同僚に非の打ち所がないような素敵な恋人ができたら、あの人はどうやってそんな人と付き合ったのか、なぜわたしじゃなかったのか、と「妬む」。

ちなみに「嫉妬」と「妬み」は心理学的には別のものだそう。「嫉妬」は自分が持っている物を奪いにくるかもしれない人を排除したい感情。「妬み」は自分よりも良い物を持っている人に対して、その差を解消したい感情だ。「妬み」は、相手があまりに格上で足元にも及ばないとき、「憧れ」にも変わる。

シャーデンフロイデは、執着や嫉妬や僻みの発露だけれども、それは愛着や愛情、絆の裏返しだ。必ずしも悪いものではなく、人間社会には必要な存在でもある。

いじわるな自分に無自覚な人は厄介

シャーデンフロイデを感じない人はいないだろう。他人の不幸を楽しむのは品がいいとは言えないけれども、厄介なのはシャーデンフロイデに無自覚で、「自分はそんなものを持っていない」と否定する人じゃないだろうか。たぶん、本人は本当に、自分にはそんな邪悪な心はないと信じ切っているんだろう。だからこそ厄介だ。まだ「他人の不幸は蜜の味」と自覚的で露悪的な人の方が、話が早いだけにマシな気がする。

状況把握できるだけで

「最高の復讐は幸福になること」という言い回しがある。誰かのせいで自分が不幸になって破滅してしまうと、他人を喜ばせてしまうだけだ。自分が幸せになることが、一番人を悔しがらせることだから。それって、まさに「シャーデンフロイデ」。

自分の幸福になるために必要なのは、他人の悪口の輪に参加したり、イヤなヤツのことを思い出してイライラする時間ではないだろう。それは自分の時間=人生を他人に乗っ取られているのと同じだ。自分の時間は、自分の判断と決断によって、自分が采配することが、自分の幸せにつながっている。「させられる」のではなく、自分はどうするのかを考えるところから始まるのかもしれない。

あと、いじわるな気持ちになったとき「オキシトシン仕事してるなぁ」と思ってもいいだろうし、いじわるされたときも「ああ、シャーデンフロイデ」と心の中でツッコむのも、いいかも。よくわからない思いにとらわれるよりは、きちんと今の状況を言葉で認識すれば、理解が変わるだろう。

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『「お金に強い女」になれる本』|自分の価値は自分で決める

『「お金に強い女」になれる本』

こんにちは。あさよるです。年末はなにかと出費がかさむ時期で、「大丈夫かなぁ」とちょっぴり不安にもなる(;^ω^)

わたしはお金と縁のない人生を送ってきた。これからもずっと縁がなのかもしれない……。ずっとお金がないのは同じだけれども、面白いことに、その時々で「自分は幸せだ」「わたしは豊かだ」と思っていた頃もあったし、「わたしは貧しい」「みじめだ」と思っていた頃もあった。生活水準も、貯蓄額も、収入も大して変わらなくても、豊かにも貧しくもあった。

お金に振り回される人生…

みじめに感じていた時は、自分以外の「何か」に振り回されているときだった。それは「欲しいものが手に入らない」ことでもあったし、まともな食事を用意できる時間と余裕がなくてジャンクフードに偏っているときもそうだった。毎日、炭水化物を脂質でコーティングして化学調味料で味付けされた「やめられない食べ物」は、本当にやめられなくて泣ける。そういうときは決まって「みんなと同じようにしたいのに、できない」と思いつめてしまって、つらい。

「自分以外の価値観で、自分の価値を決める」というのは、これは本当に擦り減ってゆく。精神面や肉体的にももちろんだけれども、お金がいくらあっても足りない。Facebookに写真をアップロードするために旅行をしたり、いつもお土産をもらうお礼を買うためにテーマパークへ行くのは大変だ。誘われるがままに外食を繰り返したり、みんなが持っている流行のアイテムを手に入れたり、最新のiPhoneを買っても、本当はわたしは、持て余してしまっているのだ。自分が良いと思うものだけを選んで、自分の価値基準で生きられたら、どんな気分なんだろう。

「お金万能」に注意

「お金スゴイ」「お金万能」と信仰していると、お金に振り回される人生を送るそうだ。それは「自分よりもお金の方が価値がある」と信じることだ。お金が自分よりも価値が高いと妄信すると、お金をもらうために働かされることになる。

お金はとても大事だけれども、生きるための便利な道具だ。あくまで価値基準を決めるのは自分だし、お金よりも自分の方が価値がある。「自分が豊かに生きるために」そのために、お金が必要だ。間違っても「お金があると豊か」ではない。これは状態としては似ているけれども、因果が逆だ。

お金がなくても、好きなことをする

『「お金に強い女」になれる本』は、女性向けの自己啓発本だ。自分の価値基準を持っておらず、貯金ができない人がターゲットになっている。お金を貯められない人は、自分よりもお金の方が価値が高いと信じ、お金に振り回されている人だそうだ。

そういう人は「お金があれば好きなことができる」「お金があれば欲しいものが買える」「お金があれば幸せになれる」と信じている。だけど、そう考えている限りは、いくらお金があっても充足できない。だから、お金を全部使い切って、貯金が0でも、「まだ足りない」と感じてしまう。

お金がなくても、好きなことはできる。小さなことかもしれないけれども、自分の生活中でも、幸せな充実した時間を増やすことができる。そのためには、小さな自分の気持ちの変化を見つけて、少しでも良い時間を増やすことだ。

もっと突っ込んだ話では、「お金のために仕事をさせられている」よりも「好きな仕事をしてお金を稼ぐ」方が良い。「気の持ちよう」と言ってしまうとそれまでだけれども、正論なんだろう。

「させられる」はつらい

『「お金に強い女」になれる本』

どんなことでも「させられている」状況は退屈だ。わたしは多少苦しくても、つらくても、退屈からだけは逃れたい。といっても、別に劇的な「なにか」を必要をしているわけでもなくて、熱中できる仕事とか、自分の興味のあることを深く追求するようなことでいい。

退屈を紛らす手段は、お金を使って出かけたり、買い物をしたり、消費すること以外にもやりようがある。「お金万能」思考にハマってしまうのは、お金を使って「消費すること」が退屈を紛らすことだと信じているからなんだろう。

本書『「お金に強い女」になれる本』は、貯金がない女性向けのお金の本だけれども、書かれている内容は生き方を考えることであり、健康な状態を保つためのことだった。なにかに依存するのではなくて、自分の価値基準をもって、自分の意思で生きられると、きっといいんだろう。

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『かかわると面倒くさい人』|いるよね、自信がなくて強がる人

こんにちは。あさよるです。人間づきあいというのは難しいものです。自分のワガママを通すのもいけないし、だからといって相手に言われるがままでもいけません。「対等に」てのが理想なんだろうけれども、なかなかそう上手くもいかない。二者間の人間関係も難しいのに、複数人でチームワークをするって、大変なことだ。

こう考えると、本人のいない間にみんなでその人について愚痴って、ハハハと笑ってお開きにするのが、ちょうどいいのかもしれない。ただ、わたしは変に潔癖なところがあって、そういう場に耐えられないんだけど。ということで、わたしもまた、チームにいると「面倒な人」の一人だ。

面倒な人はどこにでもいる

『かかわると面倒な人』は、どこにでもいる面倒な人の特徴が紹介される。本書では面倒な人が10タイプに振り分けられている。

  1. 過敏で傷つきやすい人――約束を断られると「嫌われたんじゃないか」と思ってしまう
  2. 強烈な比較意識をもつ人――勝手にマウンティングされたと思う
  3. 自己中心的で相手の心に関心がない――空気を読まず場を凍らせる
  4. 自己防衛意識が異常に強い――不必要な言い訳や「すみません」が多い
  5. 劣等感を隠しもつヒーロー――自分は正義の味方ぶって自己陶酔してる
  6. 自分の判断力に自信がない――どうでもいい手続きに異様にこだわる、自分で判断できない
  7. 自信がなく、甘えが強い――すねる、恨む、褒めて欲しい、察してほしい
  8. 「謙虚な自分」を売り物にする――「私なんか」と遠慮しつつ、内心は忖度を期待している
  9. 取捨選択ができない――話が長い、何が言いたいのかわからない
  10. 過去の肩書だけが自分の支え――対等に付き合えない、定年後もマウンティングおじさんに

どれも「いるよね~」と目に浮かぶ。

⑧の「〈謙虚な自分〉を売り物にする」人には、イジワルな気分になってしまう。彼らはわざと自分を卑下することを言って、「そんなことないよ~」を期待している。だからあえて「そうなんだ~」と言いたくなってしまう。

一方で、わたしの場合は③の空気を読まない「自己中心的で相手の心に関心がない」や、⑨の「取捨選択ができない」は、あんまり気にならないかも。こういうのは相性というか、自分がスルー出来る人と、ひっかかってしまう人がいるようだ。

相手から見ると自分も面倒な人

わたしは「強烈な比較意識をもつ人」「〈謙虚な自分〉を売り物にする」人や対しては、わざとイジワルな応対をしてしまうようだ(;^ω^) ……ということは、彼らから見ると、わたしは「かかわると面倒くさい人」ということになる。謙遜してるだけなのにマジレスしてくる「空気が読めない人」や「マウンティングしてくる人」ってことだ(;’∀’)

本書では10タイプもの「かかわると面倒くさい人」が登場するから、読者自身もどれかにあてはまるだろう。みんな、自分のことを棚に上げて「あいつは面倒くさいヤツだ」とやってるのだ。

面倒くさい人の性格や考え方を外部から変えるのはとても難しい。「あなたの○○が迷惑だ」と指摘しても、それが図星であればあるほど、相手の心は頑なになるだろう。それよりも、人の面倒くさいところを刺激しないようにそっとしておくのが、お互いに平穏に過ごせるだろう。

自分が自分にできることと言えば、自分の持っている劣等感を隠そうとしたり、強がって見せたり、自分を守ろうと先回りして面倒くさいことにならないように。劣等感は劣等感で、それを受け入れられるよう、気持ちを向けたほうがいみたい。難しいことだけどね。

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『電話応対はこわくない! 』|なんで電話応対するのか

こんにちは。電話を使わない あさよるです。一応、携帯電話を持っていますが、あまりにも使わなさすぎて、存在を忘れている(;^ω^) 充電するときにしか触ることもないし……ということで、今わたしは仕事ではパソコンで、文字でのやりとりしかしていなかったりする><

わたしは電話が苦手だ。自宅の電話も個人の携帯電話も、基本は取らない。用事がある人は留守電に録音してくれるだろうから、留守電を聞いてからかけ直す。とくに、電話帳にデータが登録されていない電話番号から電話がかかってきたときは、ネットで番号を検索してみる。検索すると、たいがい何の用件の電話がかかってきたか、他の人たちが書いてくれている。

なぜ電話に出るのか

社会人になった頃、「メールを送ったら、“今メールしました”と相手に電話しなさい」と教えられ、非常に混乱した。「今から電話していいか、メールで尋ねるんじゃなくて?」と確認を取り直していた。昭和生まれのわたしでも、電話の扱いには混乱していて、困っていたから、若い世代の人にとって「電話」はどのようなものなのだろうか。

本書内で「3コール以内に出る」とか「終話してから受話器を置く」とか書いてあって「そういえばそういうルールがあったなぁ」なんて思い出したけれども、今でも電話応対はそういうものなのだな。

本書『電話応対はこわくない!』では、「なぜ電話応対をするのか」とい話題から始まる。理由は3つ。

  • 新人が今すぐからできる仕事であること
  • 電話応対をすると会社内のことがわかること
  • ビジネスマナーが身につくこと

1つ目の「新人が今すぐできる仕事」というのは納得できるけれども、社外の人と直接接する業務だから、なんらかのガイダンスはあっても良いんじゃないかと思う。そして、『電話応対はこわくない!』はちょうどいいテキストになるだろう。

電話……やっぱり苦手だなぁ

これは超個人的な話なんだけども、わたしはFAXの使い方が未だによくわかっていなかったりする。うちにはFAXはなかったし、業務で使う機会もなかった。で、今回『電話応対はこわくない!』を読んでいて、「内線を回す」というのも、なんかよくわからないまま使っていたことに気がついた。

それに、本書は電話の本だから、電話の受け答に特化しているけれども、仕事場のLINEグループに入らないといけない職場もあるようだし、悩ましいのは電話だけじゃないだろう。そういえば、わたしもmixiで仕事をしていた頃もあった。SNSも重要な連絡ツールになっている。

それにしても、やはり「電話」というのは、他とは違う苦手意識がある。事前に電話する予定があるなら大丈夫だけど、突然かかってくるのが苦手なんだろう。ほかの音声通話ができるサービスでは、事前にメッセージでやり取りするもんね。

ということで、わたしはサッパリもう、電話とは縁がなくなってしまっていることを痛感しつつ、これから電話を扱う人、しばらく電話から遠のいていた人も、電話応対について知りたいなら『電話応対はこわくない!』は、良いんじゃないでしょうか。

ケース別で、実際に使える用例がたくさん収録されていてありがたい><

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『みんなひとみしり』|人の話に耳を傾け、違うことを受け入れる

こんにちは。ひとみしり気味なあさよるです。わたし自身はひとみしりしている自覚はないけれども、無駄な世間話とか、駄弁りとか、愚痴の言い合いとか、そういう会話を誰とでもするわけではないから、「心を閉ざしている」と称されることがある。挨拶はする。だけど、用もないのに話をしたい相手って、かなり限定されている。

それは「用もないのに人と話したくない」と思っているからなんだけど、同時に「どうせ人に話をしてもわかってくれるわけがない」という捻くれと諦めを持っているせいだと、一応は自覚している。だからなるべく自分から情報開示するよう心掛けてはいるけれども、なんだかしっくりこない。それに、人から「ひとみしり」だと思われているということは、人から見るとなにか、やりにくさとか、よろしくない感じがしているんだろうとも思う。

自分にとって「ひとみしり」はこんがらがっていて、悩ましい問題だ。

「黙ってれば察してくれる」から脱却

いつも周囲を和ませたり、明るく振る舞ってくれる人は、偉い人だなぁと常々尊敬と感謝をしている。人間なんだから、いじわるな気持ちになったり、イライラしたり、捻くれることもあるだろうに、だけど私の前ではそんな素振りは見せないように気づかってくれているからだ。わたしも、なるべく穏やかに振舞いたいと思ってはいるんだけれども、かなりダイレクトに感情を爆発させている気が……ご迷惑をおかけしております<(_ _)>

自分と違う考えや気に入らない主張だって、最後まで話に耳を傾けてくれたり、まじめに根気よく反論を展開したり(感情的にならず)、なかなかできることじゃない。嫌な顔一つせず、ただ真面目に、素直に、受け答えしてくれる人はすごい人だ。

「ひとみしり」というのは、この反対にあるんじゃないかと思っている。わたしも結構ひとみしりをするし、たぶん多くの人もひとみしりをするんじゃないかと思う。ひとみしりって「何も言わなくても相手が察してくれる」っという前提のもと、自分がムッと黙ってその場の雰囲気を険悪にしても構わない心境のとき起こる……キツい言い方だけれども。人が自分に配慮して、自分の気持ちを推し量って欲しいのに、それをしてくれないから、居心地が悪くなってその場を立ち去ることもある。

「自分の気持ちを察してほしい」という子どもっぽい欲求を、わたしもビシビシ持っているし、誰もがそういう側面を持っていて当然だとも思っている。だからこそ、ひとみしりせず、周囲への気遣いを忘れず接してくれる人のことを尊敬と感謝している。

自分なりに気を付けていることは、自分がひとみしりをするからって、いつも明るく柔和な人のことを悪く言ったり、嫉妬したりするのだけはやめようと、それだけは自分に課している。

相手の立場に立って「聞く」練習

『みんなひとみしり』は、今ひとみしりしてしまう人が、どんな風に人と関わればいいのかを優しく指南する本だ。大事なのは「人の話を聞く」ということ。

「聞く」とは、相手の話に耳を傾け、「私はあなたの話を聞いていますよ」という合図を送ること(相槌を打つ)と、質問をする(尋ねる)ことの2つ。「自分の言いたいことを言う」訓練じゃないのが、ひとみしり克服ポイントなんだろう。

相手を思い、話題を提供することも大事だ。何を話していいのかわからないなら、相手の良いところを褒めるのも良い。でもこれは「おべんちゃら」をしているわけではなくて、あくまで本当に素敵な、すごい、良いと思うところを口にすればいい。だから、普段から物事のポジティブな側面に注目するクセを身につけておくと良いそう。

あと、「自分なんか…」と自虐するクセがあるなら、それはやめた方が良い。なぜなら、自虐する人とは関わらなくて良いから。自分も自虐し続けている限り、周囲の人から距離を置かれてしまっている。類は友を呼ぶとも言うし、自分とよく似た人ばかりが集まってしまうものだから。

ハッキリ断ったり、自分の意志や意見を言葉で表現することが、人への気遣いになることも多い。例えば食事の予定なんかで「なんでもいい」「どこでもいい」と言うのは、相手への負担になってしまう。それよりも「○○な気分だ」とか「△△は苦手なんだ」ときちんと伝えた方が、相手も楽だ。それに自分が「言いたいことを言えない」と不貞腐れて、不本意な展開にムスッとしているよりは、積極的に楽しんだ方が周囲の人にとっても嬉しいものだ。

ひとみしり克服とは、「相手の立場に立って考える」というのに尽きるみたい。

考えの違う人を受け入れる

ひとみしり克服には「多様性」を受けれることも重要なんだろう。自分と違う考えを持っている人、自分と対立する発言をした人を、敵視したり、遠ざけたり、自分を否定し傷つけた人だと思うのではなく、違っていることを認めるしかない。

人間関係において自分の思うようにいかないとき、自分が否定されたと感じるのは、自分とは違う考えや価値観があることを受け入れられず、それを拒絶している状態なんだろう。

誰にでも譲れないこともあって、それを曲げる必要はない。だけど譲れるものは譲ればいいし、相手を否定したり拒絶する必要もない。結局、頑なになっていたのは自分なんだろう。

人に配慮する大人になる

わたしも結構ひとみしりだ。もうちょっと正確に言うと、ある人から見るとわたしは、はにかみ屋のひとみしりに見えるようだ。だから便宜上「わたしはひとみしりです」と名乗る時もある。だけどその実は、すごく頑固で自分勝手だから、「そもそも他人の話を聞く気がない」というのが正しかったりするw

だからこそ、周りの人への配慮を忘れない人を見ると、ほんとうに尊敬と感謝しかないし、本音を言えば「そういう姿を見せられるとツライ」w 自分の子どもっぽいワガママが恥ずかしいから(;^ω^)

『みんなひとみしり』というタイトルは、その通り、誰もがひとみしりな部分を持っているんだと思う。だから自分だけがひとみしりをして苦しんでいると思わなくてもいい。だけどそれは同時に、みんなひとみしりだけど、人へ配慮できる大人として振る舞っているとも言える。だから、自分だけが子どもっぽく甘えているのは、やっぱそれは違うよね、とも思う。

なにより、ひとみしりし続けるのは、自分がいちばん居心地が悪い。

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堀江貴文『逆転の仕事論』|「成功者はと自分は同じ」は安心?

こんにちは。あさよるです。堀江貴文さんの本を読んだ。ホリエモンといえば、堀江さんが逮捕されたころだったか、裁判中だったかに、堀江さんの本を数冊読んだことがあった。そのとき、「堀江さんみたいな特別な人だからそう言えるんだ」「普通の人はそんなこととできない」と反発した記憶がある。確かあの時読んだのは、『君がオヤジになる前に』だったかな。当時わたしも学生だったから世間知らずだったし、なんだかよくわからない無力感でいっぱいだった。というか、まだ子ども時代の全能感みたいのを持っていながら、だけど社会はそれを受け入れないギャップに苛立ち続けていた頃だったかもしれない。

だから、堀江さんのいう「行動せよ」という言葉に、素直にノレなかった。「行動したくてもできない人だっているんだ」と怒りながら、今思えば、その実は「なにも行動してなかった」というのが正確なように思う。言われたくないことを言われたから、「そりゃそうだな」と思えるまで少し時間がかかった。

君がオヤジになる前に

それ以来、堀江さんん本はときどき読んでいる。最近は、書いてあることが素直に読めるようになった。以前は、もっと穿った読み方をしていたように思う。というか、書いていないことを勝手に読み取っていた気がする。それはヤバイ。今日、久々に堀江さんの本を読んで、自分の心境ん変化にも驚いた。

成功者に共通点があるならば…

社会の中で成功した人が「自分とは違う」と思って安心する人と、「自分と同じだ」と思って安心する人がいるんじゃないかと思う。それは「どうせやってもムダだろう」と諦めを肯定したい人と、「いつか上手くいくかもしれない」という期待を肯定したい人の違いかも。

そもそも、どういう状態を「成功例」とするのか、その定義によっても話が違ってくる。使い切れないほどのお金が預金口座に入ってることなのか、大アタリもないけれども大ハズレもない堅実な道を選ぶのか。生きてられたそれだけでいいのか、好きな人と一緒に入れたら幸せなのか。などなど、バリエーションはくらでもある。

ただ、どんな道を選ぶにしても、自分の意志で選択して決断し続けて生きることには変わらない。目先のことだけ考えるなら、他人に意思決定を任せることは責任逃れになりうるのかもしれないけれども、何十年と遠い未来まで自分の身の振り方を保証してくれるものはない。だからやっぱり、自分で決断し続けるしかないよね、という。そのための感度とか、反射神経みたいなものを、鈍らせずに維持し続ける心がけも必要だ。

んで『逆転の仕事論』は、自分で決断し続けた人の中で、今のところ成功している人の記録だ。著者の堀江貴文さんと親交のある方の聞き書きが中心だ。「今のところ成功している人」というのは、別にいじわるな言い方をしてるんじゃない。ここで取り上げられている人たちの経歴はてんでバラバラなんだけれども、共通点があるとすれば「失敗もしている」ということと「みんな普通の人だった」ということくらいじゃないかな。

それって「わたしと同じ」なのね。

自分のやりたいようにやるなら

この本に登場する人、武田双雲さん、佐渡島庸平さん、増田セバスチャンさん、ロンブー田村淳さん、HIKAKINさん、小田吉男さん、小橋賢児さん、岡田斗司夫さんの8人は「自分でやりたいようにやっている人」だ。だから「成功する」ということはきっと、やりたいようにやっている最中、それが社会的に認められたり、お金がもうかったり、多くの人が「ステキね」なんて思う状態のときに、使われる言葉なんだろう。

今は成功していてもこれから失敗するかもしれないし、今失敗してもこれから成功するかもしれないし、それはその時々で変化し続けるものなんだろうと思う。

そして『逆転の仕事論』で取り上げられている8人の方々は、それに自覚的で、失敗の体験も、成功の体験も、どちらの経験も語っている。ひきこもり経験をした人もおれば、一つのことに熱中するあまりそれ以外で大ミスばかり繰り返す人もいるし、社会の中で生きることに違和感を持っている人もいる。みんな何かしら「上手くいかない」ことを自覚しているのが印象的。

「やりにくい」に注目したら

で、「自分でやりたいようにやっている人」って、反対に言えば「みんなと同じことをしない」あるいは「みんなと同じことができない」とも言える。みんなと同じ道を行けないから、消極的に自分の道を行かざるを得なかった。不遇の時代があって、その中で「自分のワクワクすること」をやっているうちに、芽が出て成功につながった。

社会の中で「居心地が悪いなぁ」「うまくいかないなぁ」と感じるなら、その部分が自分が社会と折り合いのついていない部分……言い方を変えると、それが個性や特性なんだろう。

もし、自分が大アタリを狙うならば、型にはまり切らない部分を特化させてゆくことなんじゃないだろうか。それは、大失敗の可能性もある。ひょっとすると、それを実行すると法に触れてしまう人もいるんだろう。『逆転の仕事術』で紹介されている8名は、そういう意味で、失敗はしても法に触れるようなものではなかった「運」を持っていた人だ。

逆に言えば「運がいい」というのは、その程度のことなのかもしれない。

成功術はみんなちがう

『逆転の仕事術』でもうひとつ印象的なのが、成功を収めるまでのサクセスストーリーが8人が8人とも違っていることだ。諦めずに粘り強く頑張ったから成功につながった人もいれば、見切りをつけて新たなチャレンジが成功した人もいるし、そもそも人と同じことをする気がない人もおれば、社会になじめず引きこもりを経験した人もいる。

共通していることは、「失敗もしている」ことを「自分のやりたいようにやった」ということくらい。

成功者が、自分の成功までの軌跡を語る本は数多あるけれど、成功への「道筋」そのものをマネしてもしかたがない。それよりも「失敗もする」ということと、「それでもやり切った」ことに注目すべきなのかも。

どうせやるなら、どうするか

手堅く行くのも悪くないけれども、ただ何十年もの先まで誰も保証してくれるわけではないから、やっぱり自分で選択と決断はし続けなくちゃならない。それは、自分の道を行くのも同じ。

社会との折り合いのつかなさをいなしながら行くのか、かわりに自分のやりたいことをやりながら行くのか、それだけの違いと言えばそうなのかも。

ただ、成功者たちとわたしは、そんなに大きくは変わらないみたい。「成功者は特別じゃない」ということは、自分にとって良い話なんだろうか、それとも嫌な話なんだろうか。

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堀江貴文さんの本

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『医師が教える幸せな人がやめている36の習慣』|やっぱり「当たり前」が一番大事

こんにちは。気分が落ち込みがちな あさよるです。今の時期、気づいたら外が暗くって「ああ、なにもしないまま一日が終わってしまう」と思いがちです。朝も、なかなか体を起こせなくて困っています。布団と体が一体化しているんですね(;’∀’)

生活習慣を見直さなきゃ、このままズルズルッと冬を迎えるのは嫌だなぁと、真面目な内容で、モチベーションが上がるような本を探していました。『幸せな人がやめている36の習慣』は精神科医の先生による本で、内容はまじめて、奇をてらったような突飛なものでもなく、誰にでも当てはまるものです。襟を正します…。

精神科医が考える「幸福」とは

『幸せな人がやめている36の習慣』は、精神科医が教える「幸福になる習慣」です。医学的なデータや、患者さんと接した経験がまとめられています。なもんで、ここに書かれている内容は「いたってまっとう」、別の言い方をすれば「いたって普通」とも言えます。

不健康な生活は、肉体への負担だけではなく、精神的にも自分自身の負担になります。暴飲暴食、夜更かし、SNSがやめられない。承認欲求を満たしたい。買い物でストレス発散したい。どれも、その一瞬は快感があるのかもしれないけれども、次の瞬間にはドッと疲れやうしろめたさ、後悔が押し寄せてくるものです。賢明ではありません。

極端なことはせず、真面目にコツコツと健康習慣を続けることが、結局のところ精神的にも満足を生み、幸福につながるというお話。

「言われなくてもわかってるよ!」とお思いの方も、「だけどそれ、ホントにできてるの?」ってのが本書の問いかけでしょう。もちろん、日ごろから健やかな生活習慣を維持してらっしゃる方は、本書『幸せな人がやめている36の習慣』は不要。あさよるなんかが読むと「ああああ~」ともういたたまれない。

表情、気分は伝染する

わたしたちは感覚的に、何かうれしいとか悲しいとか感情があって、その感情から涙が出たり微笑んだりしていると感じていますが、医学的にはどうやら逆らしいのですね。肉体の反応が先にあって、涙が出るから悲しい、微笑んでいるから嬉しいと感じているらしい。で、脳にとっては話の前後関係なんかも関係なくって、「微笑むための筋肉が動いている」「心拍数が上がって涙が出ている!」と、体の情報から判断するらしい。だから、嘘でも笑顔を作れば脳は笑顔だと認識するし、本心でなくても嫌な顔をしていると、気分までそうなっちゃうってこと。

本書とは関係ない話ですが、人間には「ミラーニューロン」という脳細胞があって、対面する相手がある表情をすると、それを見ている自分も、同じ表情を作っているかのように脳細胞が刺激されるそうです。なもんで、YouTubeなんかでも、美人の動画をなるべく見ようとw 怒ったりスネた顔をしている人よりも、ニコやかに話す人の動画の方が、自分にとっていいですよね。

で、表情から感情まで変わるのであれば、相手の表情がミラーニューロンによって自分にも伝わり、その表情から自分の感情が揺さぶられているってこと。

これはリアル人間関係でも、一緒にいてしんどい人――つまり笑顔になれない人よりも、一緒にいて同じ表情を作りたいと思える人と一緒にいたいと思うようになりました。感情が豊かなのは良いことだと思うけれども、ずっと険しい顔しっぱなしとか、背中を丸めてヒソヒソをしなきゃいけない話ばかりなのは、もういいかな~。

「コントロールする」とは大げさだけど

幸福を感じやすい人は、自分で自分の感情や時間をコントロールできる幅が大きい人みたいです。もちろん、なにからなにまで自分の思いのままには生きれませんから、あくまで「コントロールできる要素が〈多い〉」ということです。

「コントロール」というものなんだか大げさですが、「旅行の計画を立てる」とか「腹八分目にする」とか、そういうこと。

「勝手気まま」にやるためには、スケジュール管理が大事です。なぜなら、予定を立てないと結局なにもできないから。「自由な人」と「行き当たりばったりな人」は違うってことですね(;^ω^)

よく寝て、腹八分目に食べて、よく歩いて、ネットは程々に。

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『一流の気くばり力』|尊敬しあえる人間関係の中で仕事をする

『できる人は必ず持っている一流の気くばり力』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。若いころは素直で真面目でニコッとしてるだけで済んでいましたが、年齢を家朝寝ると人から求められるものも変わるし、より高い能力を持っていて当然になってくるから大変です。「今までのままじゃいかんのだ」と思っているのですが、具体的に何をしていいのかわからない最中なのです。今回は『一流の気くばり力』という本を手に取ってみました。

あさよるは若い頃は引きが強いというか、なんかよくわかならい自信があったんですが、最近はめっきり弱気になっています(苦笑)。自信がないから、できることもできなくなっている気がして、こりゃヤバイなぁとも思っています。

『入り中の気くばり力』では、コミュニケーションを通じて人に認められ、信頼され、尊重されるために必要な力が紹介されています。どれも一朝一夕で見につくことではありませんが、「大人というのはこいういうことか……(゚A゚;)ゴクリ」と息をのんでおります。

気くばり力は、尊重される力

『一流の気くばり力』では仕事でも私生活でも役立つコミュニケーション術を指南する内容です。自分の意思を上手く伝えられなかったり、なにかと誤解されがちな人にぴったりです。一流の気くばり力とは、「相手から尊重される力」でもあります。人間関係の中で、自分という人が存在感を持ち、人格ある人間として尊重されるための方法です。

本書で語られる「気くばり力」は、独りよがりで自己満足な「気くばり」ではなく、相手に自分の好意や配慮が伝わり、双方向なコミュニケーションとしての気くばりです。コツコツとひたむきな心掛けや、地味な仕事に取り組んでいる様子だって、見ている人は見ているもので、意外と目立たないことまで気が利いていることが他人から評価されたりします。

気くばりって相手をもてなすためにするものですから、伝わってこそなんですよね。どんなに心の中で「我慢してやってるのに」「気を利かせてやったのに」と思っていても、相手が「大事にされてるな」「配慮してくれたんだな」と伝わっていないと、コミュニケーションとして成立しません。

本書では気くばりの要素を5つに分けて紹介されています。

「俯瞰する」
「共感する」
「論理を通す」
「サービス精神を持つ」
「尊重する」

p.7

俯瞰する

「俯瞰する」とは、一歩先のことまで考えて行動することです。「報連相」をするときに「○○さんに連絡しました」とあったことだけ伝えても、相手は「で?」って話です。もう一歩踏みこんで、実際にあったことプラス、どんな感じだったのか、これからどうするのかをあわせて伝えます。相手はそれが聞きたいんですから。報連相の要素として①現状、②見通し、③対処と3要素が大事です。俯瞰とは、一段高い位置から見下ろして、相手の聞きたいこと・知りたいことを把握して、それを伝えることです。

共感する

『できる人は必ず持っている一流の気くばり力』挿絵イラスト

「共感する」とは、相手の主張を「受け止めましたよ」と伝えることで安心させ、信頼してもらえる力です。「礼儀正しい人」「気が利く人」「マメな人」と思われることも、共感して信頼してもらえるからこそです。人を良く観察し、相手の気持ちを汲み取る能力とでも言いましょうか。物腰の柔らかさや、話しやすさなんかも重要です。タイミングってのも大事です。ミスして落ち込んでいる人を励ましたり、次の提案をする時も、言葉やタイミングに配慮すべきです。

論理を通す

「論理を通す」とは感情に流されず冷静に物事に対応できる力です。仕事では、相手にわかりやすく説明する力や、冷静に周囲を俯瞰できると、安心して仕事を任してもらえ、信頼されます。感情にふりまわされないのは、すごい能力ですね。

サービス精神を持つ

「サービス精神を持つ」とは、その人がいるだけで場が華やぐムードメーカー的な人。誰からも好かれ、可愛がれ、どんな人とでも打ち解けられます。営業先、取引先でも気に入られる人は強いですね。話し上手で、誰に対しても(目上の人にも後輩にも)積極的に声を掛けられる人。

尊重する

「尊重する」とは、協調性が高く、相手の意思を尊重する人です。といっても、くれぐれも「我慢して合わせてやる」のではなく、自然と相手を尊重して、我慢強く聞く力があります。「あなたを大切に思っていますよ」という意思を相手に伝える力がある人。また謙虚な人です。

総合して「気くばり力」=尊重される人

これら5つの「俯瞰する」「共感する」「論理を通す」「サービス精神を持つ」「尊重する」の力の総合力が「気くばり力」です。気くばりができる人は、周囲の人から信頼され、可愛がられ、一目置かれ、結果的に「自分自身が尊重される」力とも言えますね。

気くばりの自身が持てる

正直「言うのは簡単やけどな」って感じですけどねw 本当に「気くばり」ができる人がいたら、その人は優秀で誰からも評価されていて当然だと思います。それがなかなかできないから困ったもんでして(;^ω^)

ただこうして、要素を抜き出して言語化してもらえると、多少は意識できるようになるのかもしれません。また「これは苦手だけど、これはできるかも」と得意と苦手もあるでしょう。

あさよるの場合はどうだろう……人から可愛がられることは多かったから「サービス精神を持つ」は多少あるのかもしれません。だけど「論理を通す」「尊重する」は全くないw

こう気くばりの要素で語られると、自分にも当てはめやすいから、反省もできるし、自信を持てる部分もあって良いですね。

一人よがりな気くばりは……

本書『一流の気くばり力』を読むと、独りよがりで自己満足な気配りはないということもわかります。「気が引けて言いたいことを言えないこと」や、「ただ我慢すること」は気くばりではありません。むしろそれって、逆に相手に気を使わせるタイプっすね……。

窮屈そうにしていたり、取ってつけたような行儀やマナーも、パッと見て相手に伝わると思うし、結局「普段からの心がけ」ということになるんでしょうか。ベタですけど。

あさよるはなぜか、「家でも股を閉じて座らねば」「一人で貧乏ゆすりしないように気を付けよう」と思いましたw いや、たぶんいつもの行動って、人前でも自分が思ってる以上にやっちゃってるんだろうなぁと。言葉遣いと金。ネットやLINEなんかで言葉遣い悪いと、ポロっと素が出てしまってるかもしれない……。気を付けよう><

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『フリーランス、40歳の壁』|仕事が激減!健康、マンネリ、やっかみ…

こんにちは。あさよるです。年齢と共にぶち当たる壁ってどんどん変化してゆきます。あさよるの10代は苦しかったけれどもイケイケどんどんで怖いものなしでしたが、20代が迷ったり悩んだりもがいていたと思います。当時は無我夢中なのでそんな風に思いませんでしたが、今振り返るとそう思います。

今は30代真っただ中なので、今を客観視できませんが、のほほんとのんびりやってるつもりです。そして来るべき40代。どうやら40代って、社会的に試される年代っぽいですね。若い頃は一発逆転を狙ったり、自分の生き方を「選ぶ」時期ですが、40代はある方向を向いて進み続ける時期……といったところでしょうか。楽しみでもあり、おっかなびっくりでもあります。

今回読んだ『フリーランス、40代の壁』は、10代20代と、自分の得意分野で生計を立てていた人が40代でぶつかる問題を扱っています。特に、クリエイティブ系の人が直面する壁とは。

クリエイティブ系フリーランスの生き方

『フリーランス、40歳の壁』は、〈著述作家業を中心とした「表現業者」〉が自由業者として仕事をする時、40代ごろにぶつかる「壁」について書かれています。これから作家やライター業などでフリーランスを目指している人、転職を考えている人におすすめです。

本書によれば40歳を境にして仕事が減ってしまう人が多いそうです。健康面・体力的な問題、仕事の発注者が年下になってゆく問題(目上に発注しにくい)、仕事のマンネリ化、周囲からのやっかみから仕事が上手くいかないと感じることもあるようです。

著者の竹熊健太郎さんは40歳を境に仕事が減り始めた理由を〈①「マンガ評論家」の仕事に嫌気が差して、断り続けたこと〉〈②依頼元(出版社)の担当編集者が、年下になっていたこと〉と二つの理由を挙げてらっしゃいます。②は、若い編集者からすると年上の作家・ライターに仕事を頼みにくいようです。そのせいで、なんとなく仕事が回ってきにくくなる。①の理由は自分の都合ですが、自由業の良さは自分で仕事を選べることだけど、それを実行しすぎると仕事が減ってしまうというジレンマですね。

また竹熊さんはご自身が発達障害と診断されたことに触れつつ、自由業者の中にも発達障害を持っている人が少なからず含まれていると指摘されています。会社員として勤めることが難しく、自分の得意を活かして自由業者になっている場合です。竹熊さんは40代に仕事が減ったことをきっかけに大学の非常勤講師を始めるのですが、困ったことに大学に「就職」したものの、雇用された働き方があわず、適応障害を発症してしまったそうです。

健康面でも竹熊さんの場合は脳梗塞で倒れ、幸い後遺症もなかったのですが、40代は年齢と共に体力的な不安を感じ始める頃かもしれません。

また社会そのものも変化しています。出版界隈の仕事も、インターネットの普及、ブログやSNS、電子書籍の登場と、かつての業界や業務とは違っています。竹熊さんも、ご自身のブログを立ち上げたり、SNSで炎上したり、オンラインコミックが読める「電脳マヴォ」を運営なさっています。

「40代は若者」と「先生」の間、どちらでもない年代だから、他の世代からやりにくい年代なのかな、なんて思いました。自由業者がこの魔の40代を突破するには、それ以前からの人脈に助けられることも多いそうで、お互い様ですから、仲間は多い方がいいですね。

変化の世代

本書『フリーランス、40の壁』では、プロとして専業で食べている人が直面する「40代の壁」が主題ですが、各世代ごとに「壁」はあるでしょう。本書では、50代、60代の話題も登場します。

10代には10代の悩ましい悩みがあることは自明のことで、20代の挫折もあれば、30代の葛藤もあります。本書では、著述執筆系の、作家業、ライター業で生計を立ててこられた人向けですから、ある意味で「若い頃に成功した」人の話ってことでもあります。そんな道を進んでも、それなりに「壁」があるってことでしょうか。

たぶん、会社員を続けておられる方でも40代の「壁」ってあるんじゃないかと思います。「ローン組むなら」とか健康面のことだったり、家族のことだったり、それまでとは違う変化に直面するのかもしれませんね。あさよるも、これまで若さに物を言わせてなんとかなっていたものが、30代も半ばになるとこれまで通りにいかなくなっている気が……(;^ω^)

社会の変化に乗り遅れないように

今は変化の速い時代ですから、20代の頃に身に着けた知識やスキルもいつまで通用するのかわかりません。本書で紹介される方たちは時代の変化に対応しながら、新しいメディアへと仕事の幅を広げてらっしゃいます。

だけど実際には、そういう人ばかりでもないんでしょう。インターネットの普及で仕事がなくなった人や、時代の雰囲気、空気感が読めなくなる人もいるでしょうから、本書で取り上げられている人たちは特別な人かもしれません。

竹熊さんも、大学教授という仕事を通じて、現在の大学の実情を目の当たりにされておられるし、仕事を通じて若い世代と接点を持つのは大事なことかもしれませんね。特に表現者にとって、その時代の感覚を敏感に感じ取れるかって大事なことじゃないかと思うので、若い人の声をどうやって聞くのかって、真面目に考えてもいいのかも。

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『受かる勉強33のルール』|「やればできる!」は強い!

こんにちは。あさよるです。つい「頭の良い人はいいよね」「自分は才能ないからね」なんて思うだけではなく、口に出しちゃうことも少なくありません。その心理は「どうせやってもムダだよね」と自分を納得させたいのかも。「そんなに熱くなるタイプじゃないのよ」なんて斜に構えてなんかみたりして。

それと真逆のことを言うのが『受かる勉強33のルール』です。耳が痛い人もいるだろうし、「だから頑張ろう」と励まされる人もいるでしょう。こと勉強……とくにペーパーテストで測れる事柄に関しては、時間さえたっぷりかければ、誰だってある一定の水準に達せられます。大事なのは「やればできる」ということ。

やればできる!

本書によれば、親の学歴や年収に子どもの学力が比例するそうですが、それは学力が遺伝しているのではなく、〈教育環境〉や〈生活習慣〉が親から子へ伝播しているそう。確かに遺伝するといわれる要素もあるそうですが、例えば遺伝的に音楽の才能があったとしても、本人がその才能を使う分野へ「進みたいかどうか」はまた別の話。数学の才能があっても、うまいことそれにぴったりハマる職業に就けるかどうかもわかりません。

そもそも、誰も親の言う通りの人生を歩まないし、子どもは子どもの別の人生を自分で選びます。また、兄弟の場合も、長子は下の弟や妹の手本となろうとする傾向があり、弟や妹たちは、兄や姉とは違う道へ進もうとする傾向があるそうです。同じ環境で育っても、違う選択をするのです。

だから、生まれ持った才能について云々してもしかたがない。生まれ持った遺伝的要素と、育った環境的要素は、半々くらいで働いているそうです。それは「自分の半分は遺伝で決定されてしまっている」こともでもありますが、同時に「自分の半分の要素は環境でつくられたものだ」ということであり、それは「これからの環境を変えていける」ことでもあります。

また、生まれながらの才能……つまり本能的な〈動物としての〉何か素質を持っていたとしても、わたしたちは社会の中で生きていますから、社会の中でその素質がどのような芽を出すのか/出さないのかはまた別の話。

ワンチャン狙うなら勉強しかない?

『受かる勉強33のルール』の著者の山田浩司さんは、貧しい子ども時代を過ごされたそうで、働きながら高校を卒業し、大学進学するなら国立大にしか行けない。その状況から脱したい一心で勉強に取り組んでこられたそうです。

今と昔と社会も変わっていて、今の中学や高校で評価されるのは難しいそうですが(テストの点数がいいだけでは評価してもらえないそう)、それでも「もし、人生にワンチャンスあるなら、勉強に」という賭けはまだ有効……であって欲しいと思っています。

社会人になってから、資格試験にチャレンジする方もいらっしゃるでしょう。そのときも「やればできる」と思えないと、なにも始まりません。本書『受かる勉強33のルール』は、大丈夫、やればできると、励ましを送り続ける内容です。

勉強のコツ

本書『受かる勉強33のルール』は、読むだけでモチベーションが上がるような話がたくさん収録されています。今、目的があって勉強に取り組んでる人は、「よし、がんばろう」と励まされるのではないでしょうか。

勉強のテクニックとして33のコツが収録されています。これはどなたにでも当てはまるような、「勉強全般」に当てはまるものです。だから中高生の学校の勉強にも、大人の資格取得の勉強にも当てはまります。

「学習ツール選び」編では、テキストは薄く、カラーの紙の本を選びます。あさよるは白黒の本の方が読みやすくて好きなのですが、記憶に残りやすさはカラーの方がいいそうです。線を引くなら赤、自作ノートは紙とペンで。

「環境整理・生活習慣」編では、無音よりも適度な雑音がある方が集中力は高まるそう(あまりうるさいのもダメ。図書館よりカフェの方がいい)。ただし、難易度の高い勉強をする時は無音がいい。勉強する時間帯は、朝がいいか夜がいいのかは、その人によって違うそう。

「メンタル強化」編では、試験合格を周囲に宣言し、目標達成したらどんな〈いいこと〉があるのかイメージします。間違えることをおそれず、「間違いから学ぶ」発想を持ちましょう。そして、大丈夫、自分はできる、と信じます。

「インプット」編では、効率の良いインプットの方法を。ついやっちゃいがちな一夜漬けは、やっぱり非効率。日頃からの積み重ねを。同じ問題ばかり解いていると脳が飽きてくるので、いくつかのブロックにわけて、それらを順番に回しながらやるのがよいそう。テキストに書き込みをする時は、書き込むことで「やった気分」になっていないかご注意を。

「問題演習」編では、自分で要約したり、自分でテストを作ってみるのも有効だと説かれています。

とにかく努力! やれば必ずできる!

『受かる勉強33のルール』では、33番目のルールが「とにかく努力! やれば必ずできる!」と締められています。

あさよるの周囲でも、仕事で資格を取らないといけなくて悩んでいる友人がいました。本人曰く「勉強ができない」とそうで、文字をみるだけで吐きそうとこぼしていました。一緒に試験を受ける人たちは、有名大学を卒業している人ばかりで、勉強を一緒にしていても、友人だけが理解が遅く、バカにされていたそうです。しかし受験を終え、ふたを開けてみるとみんな唖然。友人一人が合格し、他は全員不合格だったそう。友人は「仕事で勉強させてもらって、試験を受けさせてもらうんだから、一発で合格しないといけない」と、一発合格を目指してました。だけど、他の人たちは「何回か受けていずれ通ればいい」と考えていたようなのです。本書によれば、こういうことはよくあるそうです。

あさよるは、友人が「やればできる」のを知っていたから、「一発で合格した」と聞いても驚きませんでした。だって、それだけの量、勉強してたもん。そして、「やっぱり、やればできるんだなぁ」としみじみ思ったし、そして「自分はやらないからできないんだなぁ」と苦笑いw

あさよるも、面倒くさがって一時棚上げにしていることがあります。「一時」が長引きすぎて、やってたことすら忘れてた。

「ちょっとしんどいかも」と挫けそうなとき、モチベーションを上げるために『受かる勉強33のルール』をおすすめします(`・ω・´)b

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『賢く「言い返す」技術』|感情OFF、作業として攻撃をかわす

こんんちは。お子ちゃまタイプな あさよるです。今日読んだ『賢く「言い返す」技術』は、他人を攻撃する人のタイプを8つにわけ、それぞれのタイプ別対処法が指南される本です。その中の「お子ちゃまタイプ」がおまおれ状態で冷や汗をかきました(;’∀’)

本書では「攻撃的な人のタイプ」「攻撃されたときの対処法」が紹介されています。ここでは大まかな概要を述べるだけですが、本書では具体的なケーススタディを挙げ紹介されています。職場、家族、友人関係別の場合がまとめられています。

人から攻撃されたとき、同じように反撃しても争いが泥沼化するだけです。だけど、だからと言って「我慢していればいい」わけでもありません。攻撃する人……つまり加害者には毅然とした対応や、自分が傷つかないよう、心を守る対策が必要です。

また、攻撃する人の特徴を自分に当てはめてみたら、自分が他人に対してやっちゃいがちな言動を知れます。これは本書の〈裏テーマ〉ではないかと勝手に解釈しましたw 自分がトラブルの種を撒いていることもあるでしょうから、自分が他人を攻撃しているポイントを自覚するだけでも、何か多少は変わるのかも。

嫌な人の避け方

『賢く「言い返す」技術』では、人から嫌なことを言われたときの切り抜け方が紹介されています。ほとんどはその場でスパッと相手の負の感情を切り離す「言い返し」です。一言だけで、距離を置ける魔法のワード集です。

攻撃的な人の8タイプ

『賢く「言い返す」技術』では、攻撃的なことを言う人を8つのタイプに分けられています。

攻撃的な人は理由もなく人を攻撃するのではなく「攻撃を受けている側よりも、ずっと弱い面を持った人たち」だと紹介されています。恐怖や不安を抱き、弱い面があるからこそ、攻撃せずにはいられない。だから、彼らを対処するなら、その「弱い面」を良く知って上手いことあしらえばいいのです。

「我慢してればいつか解決する」と考えず適切な対処が求められています。

1.王様タイプ

他人を支配し、思い通りにさせたい人。高圧的で王様のように振舞いたいタイプ。

やたら上から目線で物を言うヤツ。そういうヤツこそ、自分のポジションに自信がなくて吠えているそう。本当にその立場で周囲から信頼されている人は、わざわざ上から目線発言をする必要はないのです。

役職が上がったばかりの役員とか、上司によくいるタイプ。本心では「人からみくびられてしまうのでは」と怯え、自分のポジションが脅かされていると感じ、その恐怖を打ち消すために他人を支配しようとします。

2.裸の王様タイプ

自分を認めて欲しい! 裸の王様タイプは自分の自慢話を延々としたり、自己中な言動をする「自己愛」や「承認欲求」が強いタイプ。自分の優位性を誇示したい!

例として、新しく来た管理職の人が「前任者よりも自分の方が優れていると知らしめたい」という欲求から、これまでのやり方を踏襲せず、自分のやり方を下に押し付けようとする例が紹介されています。

だけど、本当にすごい人は自他ともに実力が既に認められています。「認められたい」と思っている時点で、その程度の人だということ。だからこそ「自分を認めて欲しい」をアピールをやめられません。その自信のなさを、周囲の人はわかっているけれども、本人だけが気づいていない……「裸のぷ王様」状態です。

3.羨望タイプ

うらやましい!負けたくない! 嫉妬心からじわじわと他人を攻撃するタイプ。「マウンティング女子」もこのタイプ。他人と比べることで自分の優位性・立ち位置を確認したい欲求がある人は多いのです。序列をつけ、自分より下の人を作りたい、そして自分より上位の人が羨ましい。

「羨望というのは、他人の幸福が我慢できない怒りだ」とラ・ロスフコーの名言が引用されています。

4.お子ちゃまタイプ

思い通りにならなきゃイヤ! わがままで、自分の欲求が受け入れられて当然だと思っている幼稚な人。「自分は特別扱いが当たり前」と思っているから、周囲からの注意や助言も聞き入れられず、逆に「あいつが悪い/自分は悪くない」と攻撃し始めます。

5.悲劇のヒロインタイプ

私はかわいそうな人なの、大事にしてよ。弱い私なら、人を攻撃してもいいでしょ? 「弱い人」を被害者だと思い込む傾向が世間にはあって、そこにつけ込むのが悲劇のヒロインタイプ。か弱そうすることで人から守られ、気に入らない相手には攻撃し放題。

少し何か指摘しただけで泣き出して、まるで注意した人が悪いように演出します。「周囲の同情を集めることに快感を覚えている」とのことで、彼らの策に乗らないのが得策です。

厄介なのは、自分が「被害者ヅラ」をしているのをいいことに、「か弱い自分は他人を攻撃しても良い」と思っているところです。

6.置き換えタイプ

誰かに八つ当たりしたい! 日頃から溜め込んだうっぷんを、別の場所で無関係な人相手にぶちまけるタイプ。生きにくい時代ですから、ストレスが溜まるのはわかりますが、だからと言って他人でうっぷん晴らしをしてよいわけではありません。

駅員やコンビニ店員、お客様窓口などがターゲットにされやすい。大したクレームでもないのに、何時間にも渡ってキレ続ける人というのが実在するそうです。

7.トラウマタイプ

自分と同じ恐怖を人に与えたい。過去に自分がされたことを、自分よりも弱い人に同じことをして、過去のトラウマを乗り越えようとするタイプ。虐待を受けた人が、自分よりも弱い人に同じ虐待を繰り返してしまうことを、精神分析の世界では「攻撃社との同一化」と呼ぶそうです。

いじめっ子はいじめられっ子だったりするのと同じ。気の毒ではあるけれども、だからと言って他人を攻撃していい理由にはならなりません。

8.サディストタイプ

傷つけるのが快感なのがサディスティックタイプ。傷ついたり恐怖、苦しむ顔を見るのが気持ちいんだそう。猟奇的な事件のような極端な行動に出ずとも、怒りで物に当たるのもこのタイプだそう。怒って机を叩いたり、物に当たる姿を相手に見せつけ、動揺している様子を見てスカッとする。

対応策・7つの武器

以上のような8タイプの攻撃的な人への対応7つが紹介されています。どんな攻撃にも対応の仕方があるそうです。あさよるは、人から攻撃されたときいちいち動揺せず、「ここにある指示通りに対応すればいい」と思うだけでも、ちょっと心配が減った気がします。

1.相手の裏の心理を見抜く

皮肉やいやみや自慢話は、こちらへの恐怖、嫉妬、優位に立ちたい心理があります。だから「あなたの真意はわかってるわ」という態度をとればいい。

必殺「オウム返し」! 「バカ」と言われたら「バカってどういう意味ですか?」と聞き返す。

必殺「さすがですね!」 他人を支配したい仕切りたがり屋なんかは、過剰に褒めちぎってやろう。つまり、からかってやるのだ。

必殺「先回り」! 自慢話が鬱陶しい人には、相手よりも先に「○○だったんですよね!」と先にオチを言ってしまおう。「もうその話は何度も聞いた」と意思表示になる。

必殺「おっしゃる通り。それで何?」! 面倒くさい説教を垂れてくる人には、早々に「おしゃる通り!」と相手に賛同した顔をして、すかさず「それで何ですか?」と聞き返そう。相手はひがんで説教垂れてるだけだから「だから何?」と聞かれると言葉がない。

2.別の話をする

カチンとくる侮辱の一言、挑発的な言葉、不毛な悪口……こうしたイヤな会話から逃れる最善の方法は、まともに取り合うのではなく、「別の話題」に誘導してしまうこと。

しても仕方のない話は切り上げてしまいましょう。

脈絡もなく「そういえば今日のニュースで」「そういえば、あの映画…」とネガティブな会話をこっちのタイミングで終わらせましょう。相手の負の感情に乗る必要はないのです。

3.矛先をそらす

「置き換えタイプ」「トラウマタイプ」からの理不尽な攻撃、「羨望タイプ」「悲劇のヒロインタイプ」のくだらない悪口やグチは、「そんなこと私に言われても困る」とスパッと言っちゃいます。盾をつくるのです。目上の人の場合は「その洋服素敵ですね」なんて、褒めておけば相手は悪い気はしない。

4.一段上に立つ

他人を攻撃する人は不幸な人なので、「かわいそうな人だ」と一段上から冷静に見下ろすのも手。自分の方が高い位置にいるので、正面からぶつかることはない。激昂している相手へは「落ち着いて」「ゆっくり話して」と促したり、話を煙に巻くのもいい。

5.周囲を味方につける

攻撃する様子を誰も見ていないとなると、攻撃がエスカレートしてゆく。だからわざと大きな声で「失礼ですね」「ひどいですね」と周囲に聞こえるようにアピールしたり、「○○さんにも報告します」と相手の怖れる人の存在を持ち出しましょう。

6.あえて無防備になる

攻撃されたからといって、自分もそれに応戦してしまうと戦争が泥沼化します。「私はあなたを攻撃しません」とアピールする方法もあります。それは「私は傷ついた」「あなたを嫌いになりたくないから、そんなこと言わないで」と、こちらに戦闘の意思がないことを示して、相手がどう出るか試してみます。

7.筋違いの期待を裏切る

攻撃してくる人は、相手が傷ついたり、不幸になればいいと思っています。だから「そんなこと私は気になりません」と示します。相手の期待を裏切るのです。いやみを言われても笑顔で「へぇ」と涼しい顔でスルーしたり、「今度一緒に出かけない?」なんて大胆な発言も紹介されていました。

攻撃を真に受けなくていい

本書『賢く「言い返す」技術』の良いところは、もし今後他人から攻撃されたとき、それをまともに受け止めて「なんてこと言うんだ!」と怒ったり悩んだり傷ついたりしなくても良いところです。相手の攻撃を本書の8タイプに当てはめてみて、それに合った応戦をすればいいだけ。

「感情」を使わず、「作業」として処理できるようになるんですよね。これはかなり楽になりそうです。

あさよるはとても感情的になりやすいタイプなので(;^ω^)、ものすごくイラつくし、同時にすごく傷ついて、傷つくと反撃もしたくなります。そして、反撃したらしたで後から「あの時ああすれば良かった……」と考えても仕方のないことに悩んだり、とてつもなく疲弊します。

いつまでも平らかな気持ちでいたい……(;^ω^)(;^ω^)

自分はどのタイプだろうか…

本書は他人からの攻撃をかわすため、加害者を8つにタイプ分けされていますが、こうなると「自分はどのタイプなんだろう」という視点も生まれるわけです。うまいことできています(苦笑)。自分のタイプを冷静に判断できないなら、相手から「どう対応されると困るのか」を考えてみても良いでしょう。自分の攻撃を無効化させる武器から逆算して考えるんです。

あさよるの場合は……圧倒的「お子ちゃまタイプ」(苦笑)。「自分が尊重されて当然だ!」と疑いもなく思っているフシがあります。承認欲求ではないんですよね。承認欲求って「認めて欲しい」って欲求ですが、あさよるの場合は「認められて当然だ!」だから、タチが悪いw。

あさよる自身は、他人にマウンティングしたい欲求(序列づけしたい欲求)は感じません。その理由もよく分かりました。お子ちゃまタイプは「自分の欲求は無条件に受け入れてもらって当然」と思っているそうです。「特別扱いが当たり前」と信じ込んでいるから、そもそも自分と比較する他人が見えていない……ワロエナイ!ww

自分で書いていて情けないですな~(;^ω^)(;^ω^)

みなさんも、迷惑な人を8タイプにわけるついでに、ご自身がどのタイプに当てはまるのかを考えてもよろしいかと。苦笑いするしかなくなりますw

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『編集者という病』|過激すぎると「本」でしか読めない

こんにちは。あさよるです。ブログを書くって、自分で文章を書き、自分で編集し、自分でディレクションして、自分で記事を公開することなんですよね。一人編集部なわけです。何年書いてもブログのクオリティが上昇しないのも「全部ひとりでやってるからしゃーないな」ということにしておきましょうw

この「編集する」という作業が、あさよるにとって、よくわかっていないトコロです。そういえば昔、仕事で「編集の勉強をせよ」と言われたこともありましたが、あまり気ノリせず、結局やらず仕舞い。「編集」と呼ばれる仕事をしている人の様子を見ていても、あまり「良い」とは思えず、モヤモヤとしたまま今に至ってしまいました。

そして、先日読んだ編集者の見城徹さん『読書という荒野』がとても印象的で、他の本も読んでみようと手に取ったのが『編集者という病』でした。『読書という荒野』でも、編集という仕事について書かれていましたが、『編集者という病』では、もっとダイレクトにこれまで編集してきた本の話が満載でした。

編集するということ

角川書店を経て幻冬舎を立ち上げ、数々のベストセラーを出してきた編集者・見城徹さんが、ご自身の仕事を振り返る。仕事……といっても、それは私事とか仕事とかそんな話ではなく、全身全霊、すべての時間をかけて本を作る編集者の姿です。それはもう「仕事」の枠をとうに超えていて、「病」であるというタイトルです。

尾崎豊に小説を書かせ、世に送り出し続けたエピソードは、「公私混同」とかそういう話じゃないですね。表現者とは魂を削ってそれを行う。編集者はそれを「本」という形にするため、表現者と向き合う。

あさよるは「編集」って、イマイチなにをする仕事なのかわかっていなかったのですが、その人の持っている「何か」をどう切り取り、どう見せ、どう形にしてゆくのかを決める大事な仕事なんですね。

出版当時話題になった、郷ひろみさんの『ダディ』では、ずっと友人だった郷ひろみさんが、妻から離婚を告げられ苦しんでいるという話を聞き、それを本にするよう持ちかけます。内容がセンセーショナルに扱われましたが、あくまで男女が出会って結婚し、子育てをし、離婚をするという、よくある話を、当事者が心情を吐露するのだと紹介されていました。そのとき、はらわたまで書き出すような、人間の光も影も詳らかに言葉にし、本にする。そのために編集をするのです。

出版はオワコンだから終わらない

よく「出版はオワコンだ」なんて言いますが、本書を読むと改めて「出版はオワコンなんだなぁ」と思うとともに「オワコンだからこそ、出版は終わらないんだろう」とも思います。

雑誌や書籍に書かれている内容は、本の形態に印刷され、綴じられているからこそ成立しています。で、ときどき、雑誌のコラムなんかがそのままWEBマガジンにWEB記事として掲載されたとき、炎上しちゃったりしています。メディアが変われば読者が変わり、文脈も変わるので、本・雑誌ではアリだけどWEBだとNGってのが少なからずあります。

雑誌や書籍のノリの記事がWEBで炎上しているのを見ると「オワコンだなぁ」と思うと同時に、だけど、だからこそ「WEBじゃ書けないこともあるんだなぁ」とも思うので、やっぱ紙の本・雑誌がなくなることもないのでしょう。誰でも無料で読めるWEB記事の良さもあるけど、読者を限定できないが故に、読者を想定しきれず、違う文脈で読まれてしまって、違う解釈をされることもあるでしょう。多くの人にあてはまる話だけをすると、毒にも薬にもならない話しかできないし、難しいところです。

で、本書『編集者という病』に書かれている中身って、結構ヤバいというかw、他人事として読むと「こんな熱い世界があるのかぁ~!!」と燃えるけれども、自分の身近にこんな魂かけて仕事する人がいるとヤだなと思う人も多いんじゃないでしょうか(苦笑)。特に、作家と公私混同を超えて、共依存関係のように、混ざり合い、本を作ってゆく様子なんて、一般社会には受け入れがたい世界観じゃないでしょうか。だけど、ギリギリで表現をし続ける作家の作品を「読みたい」という欲を止めることも難しい。

一般の良識、社会のモラルと、狂気の世界に生きる表現者の作品を受容することのせめぎ合いって、どちらを正しい/間違いと言い切れないから、なんとも言えませんね。これから私たちの社会は、それらをどうジャッジしてゆくのかを迫られているのかもしれません。

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