林望『思想する住宅』を読んだよ

林望『思想する住宅』書影 50 技術、工学

理想の夢の家探し

幼少の時分の愛読書の一つが「バーバパパシリーズ」だ。
何度も何度も何度も繰り返し繰り返し隅から隅まで読んだので、今でも時折思い出す。

中でも『バーバパパのいえさがし』という、初期のシリーズが楽しくてたまらない。バーバパパ一家が住処を探し、自分たちで家を立ててゆくが、その建築方法がバーバパパだからこそ。バーバパパたちは自分たちの体の形を思うがままに変形させられる。バーバパパが丸まって部屋の形になり、その周りをプラスチックを流し込み、プラスチックが固まったら、するりとそこから抜け出て完成。
建築過程も目が離せないし、バーバパパたちの不思議な形の家の中、バーバパパの子供たちの部屋の中が、一人一人それぞれの個性がよく出ていて魅力的だ。

そして、このシリーズへ思い入れが特別強い理由はもう一つ。それは、私自身の思考の方法がバーバパパだからだ。と言ってもわけがわからないが、私はいつも考え事をするとき、頭の中にはピンク色の粘土のようなものがあり、それを型にはめたり、形成したりして思考や、記憶をしてゆく。それは幼少期に夢中で読んだバーバパパではないかと思う。バーバパパが直方体になり、レンガのように頭の奥のスペースに積み重ねたとき、晴れて「記憶できた」とする。
とても個人的な思考法の話なのだが……、私にとって『バーバパパのいえさがし』と思考は切っても切れない関係なのだ。

『思想する住宅』とは、まさに私の頭の中のクセをそのまま言葉にしたかのようなタイトルだ。内容は、著者“リンボウ先生”が自宅を建てられるまでの思想のアレコレ。イギリスの住宅や都市計画の考え方を織り交ぜながら、日本の風土にと、日本人の習慣に適した住宅を一から考えなおしてゆく。
住宅とは、莫大な借金を背負って手に入れるというにも関わらず、私たちはそれについて深く考えているだろうか。なんとなくの慣習や、根拠の無い思い込みはないだろうか。人生にそう何回も新築の家を建てる人もレアだろうし、なかなか考えが蓄積されてゆかないのかもしれない。

日本のどこに住居を構えるのかをまず決め、そこに適した住宅を考えるため、その土地の気候を知らなければならない。自動車は必要なのか、電気や水道、インフラは確保されているか、自分たちの暮らしには何が必要なのか。ふり返って考えなければならない。

現在の日本では、「家を建てる」という行為は、日本の環境、四季や気候、自分たちのルーツや習慣、生活に必要なもの、優先スべき事柄など、「自分」あるいは「家族」という人の営みを再考することなのだろう。本書の場合では、イギリスや沖縄の住宅など、気候の異なった地域の住宅を交えて考えることで、それらとの違いや、学ぶべきことが浮き彫りになってくる。

私自身、持ち家信仰はないし、むしろ、よっぽど金銭的に無理のない計画でない限り、新たに大きな借金を背負い国内で土地を買い求めることには反対だ。
しかし……。
住みやすい家を、理想の住居を求めるならば、自ら建てるしかないのかもしれない。

私の場合、水回りは南側にまとめて欲しい。日中、日差しで明るいと掃除がしやすいからなのですが、よくある間取りでは、南の窓にはリビングが配されている。台所やお風呂、トイレは陽の射さない場所へ追いやられ、窓がない場合も多い。私は暗順応が苦手というか、薄暗い場所で掃除をするのがすごく嫌だ。パーッと明るいお日様の下でピカピカに磨き上げたいものである。

中島たい子『建てて、いい?』は、独身女性が一人で家を建て、居場所を自ら作り出す物語だ。
“オヒトリサマ”女性の痛々しさ、どことなく沸き起こる惨めさ、そういう“年頃の”独身女性独特の、いたたまれない空気感。中島たい子さんの作品は数冊読んだが、なんとも言えない「その感じ」が溢れていて、他人ごとではなく気が気じゃない。
しかしちょっぴり、自立した女性として終える物語に励まされたりする。
物語の彼女も、悩み迷った挙句、最後に自分の家を建てる。それは、他人からどんな目でみられようとも、変な存在であろうとも、自分の居場所を自分の力で手に入れた。しかも、自分のために自分が考えた、自分だけの住宅だ。

『思想する住宅』により、著者とともに住宅について改めて考え直した結果、住宅を扱った作品の解釈まで深まった。

思想する住宅

  • 著者:林望
  • 発行所:東洋経済新報社
  • 2011年9月15日

目次情報

  • 序 南を向いた家が良い家という誤解……日本の住宅を根底から疑おう
  • 第一章 家は天下の回り物……家づくりはコンセプトで決まる
  • 第二章 和室はいらない……あらゆる既成概念を捨て去ろう
  • 第三章 家は住宅展示場ではない……建築家に設計を丸投げしてはいけない
  • 第四章 一五〇坪の土地があれば……どこにどのように住むのか
  • 第五章 もっと自然回帰せよ
  • 終章 家の中心は食である……人生の器としての家を考える

著者紹介

林 望(はやし・のぞむ)

作家・書誌学者。
1949年東京都生まれ。東京都立戸山高等学校、慶應義塾大学文学部卒業、同大学大学院博士課程終了。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授を経て、作家活動に専念。専門は日本書誌学、国文学。『イギリスはおいしい』(文藝春愁)で日本エッセイスト・クラブ賞、『林望のイギリス観察辞典』(平凡社)で講談社エッセイ賞、『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』(ケンブリッジ大学出版)で国際交流奨励賞を受賞。
主な著書に『謹訳 源氏物語』(全10巻、祥伝社)、『節約の王道』(日本経済新聞出版社)、『リンボウ先生の書斎のある暮らし』『思い通りの家を造る』(ともに光文社)、『新個人主義のすすめ』(集英社)、『東京坊っちゃん』(小学館)など。その他、能楽、料理、自動車、小説、古典、日本語、住まい、生き方、イギリスなど多岐にわたるジャンルでの著書多数。

コメント

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