『木に学べ―法隆寺・薬師寺の美』を読んだよ

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鉋、鋸、ノミをコピックで描いたイラスト

鉋、鋸、ノミをコピックで描いたイラスト

大阪市にある四天王寺は、奈良県・飛鳥寺と並んで、日本で最古の寺とされており、今なお多くの信仰を集めています。

四天王寺のあるあたりは「夕陽ヶ丘」という地名でも呼ばれます。陸奥宗光の父・陸奥宗広が、家人藤原家隆の歌にちなみ「夕日岡」と命名しました。
その名の通り、夕陽ヶ丘は大阪の市街地よりも一段高い高台で、今では高層ビルやマンションで分かりにくくなってしまっていますが、かつては、夕方には大阪湾に沈む夕日が美しく見えました。司馬遼太郎『燃えよ剣』でも、主人公の土方歳三が鳥羽伏見の戦い直前に、恋人と夕陽ヶ丘で共に時間を過ごし、夕日について二人で語らいます。

更に古くは、この夕陽ヶ丘のや四天王寺のある高台部分のみが陸地で、現在の大阪の市街地、梅田や心斎橋、難波などがある土地は海だったと言われています。四天王寺は、周りを海に囲まれた半島部分に建立された寺院で、奈良の都から大阪方面へ山を越えると、海の上にぽっかりと四天王寺が見え、更にその向こうに夕日が沈んでいったのでしょう。想像するだけでも幻想的です。
夕日は、浄土思想と繋がっています。西の方角に極楽浄土があるとされ、西へ沈む太陽は復活や生まれ変わりなどを連想させます。

四天王寺はこれまで幾度も焼失しており、建立時の建物は残っていません。現在の建物は、第二次世界大戦時の大阪大空襲により焼失し、戦後に再建されたものです。
鉄筋コンクリート建築にも関わらず、飛鳥時代の様式をデザインとして取り入れており、ちぐはぐな印象もありながらも、独特の雰囲気で面白く思いました。

あさよるさん(@asayorunet)が投稿した写真


柱はエンタシスの形に加工されています。エンタシスとは、真ん中がふっくらと丸みのある形状の柱で、古代ギリシアのパルテノン神殿にも採用されている構造で有名です。はるばるとシルクロードを超え、日本でも古い大きな木造建築でちらほら目にします。力学的にも理にかなった構造です。世界最古の木造建築を有する法隆寺でも、門や回廊の柱など、至る所でエンタシスの柱が配されており、それらに習って四天王寺でも鉄筋コンクリートでエンタシスを再現されています。
梁には「人」という字の形の支えが入っていたりと、飛鳥時代の様式を真似ています。他の場所では、構造をデザインとしてペイントしているように見える箇所もありました。

私はこれらを面白いと感じたのですが、法隆寺の宮大工で薬師寺再建の棟梁もされた西岡常一さんは『木に学べ』にて、鉄筋コンクリート寺院に苦言を呈しておられます。と言うもの、鉄筋コンクリート製の建築は日本の高温多湿の気候では傷みやすく長持ちをしません。法隆寺の金堂や五重塔は約1400年もの時を超え、現在も存在しているのですから、鉄筋コンクリートよりも木造建築の方が長持ちするというのは本当でしょう。

しかし、なかなか木造で新たに大きな寺院が建てられない理由があるようです。同書でも建築材料の不足が指摘されており、薬師寺再建の折も、日本国内ではもう樹齢の古いヒノキがないため、台湾へ買い付けに出向いたと言います。樹齢が古いヒノキの方が新しいものよりも長持ちするそうで、例えば、樹齢が100年なら100年、樹齢が1000年なら1000年持つと聞いたことがあります。更に、質の良い鉄も手に入らないようで、ノコギリやカンナ、釘も、現在のものは質が悪く、古い建築物を解体し出てくる古い釘を再利用することもあるそうです。技術的には現在のほうが進歩していても良いようなものを、コストカットや手順の短縮により、古材のほうが質が良いとは皮肉に聞こえます。
古い様式を再現しようとすると、材料がない。更に技術者もいない。となると、やはり鉄筋コンクリートにて建築するしかないジレンマを抱えているのかもしれません。

四天王寺は長い歴史の中で宗派も本尊も変わっていますし(弥勒信仰が聖徳太子信仰と融合していった?)、建物は何度も消失し、なにも残っていません。そこにあるのは信仰だけです。信仰だけが悠久の時の中、変わらず人々に宿り続けているのでしょう。大阪の雑多な街中の一角のスペースで、今日も大勢の人が足を運ぶ祈りの力を目の当たりにし、驚きました。

Information

木に学べ―法隆寺・薬師寺の美

  • 著者:西岡常一
  • 発行所:株式会社小学館
  • 2003年2月1日

目次情報

  • 第一章 千三百年のヒノキ
  • 第二章 道具を遣う心
  • 第三章 法隆寺の木
  • 第四章 薬師寺再建
  • 第五章 宮大工の生活
  • 第六章 棟梁の言い分
  • 第七章 宮大工の心構えと口伝
  • あとがき
  • 解説 (塩野米松)
  • 西岡常一氏略年表

著者略歴

西岡常一(にしおか・つねかず)

一九〇八年、奈良県生まれ。祖父を大工見習い、棟梁としての心得、口伝を伝授され、法隆寺金堂、法輪寺三重塔、薬師寺金堂や西塔などの復元を果たした最後の宮大工棟梁。文化財保存技術者、文化功労者。九五年四月、死去。享年八十六。

―西岡常一『木に学べ』(小学館、2003)カバー

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