堀江貴文『逆転の仕事論』|「成功者はと自分は同じ」は安心?

こんにちは。あさよるです。堀江貴文さんの本を読んだ。ホリエモンといえば、堀江さんが逮捕されたころだったか、裁判中だったかに、堀江さんの本を数冊読んだことがあった。そのとき、「堀江さんみたいな特別な人だからそう言えるんだ」「普通の人はそんなこととできない」と反発した記憶がある。確かあの時読んだのは、『君がオヤジになる前に』だったかな。当時わたしも学生だったから世間知らずだったし、なんだかよくわからない無力感でいっぱいだった。というか、まだ子ども時代の全能感みたいのを持っていながら、だけど社会はそれを受け入れないギャップに苛立ち続けていた頃だったかもしれない。

だから、堀江さんのいう「行動せよ」という言葉に、素直にノレなかった。「行動したくてもできない人だっているんだ」と怒りながら、今思えば、その実は「なにも行動してなかった」というのが正確なように思う。言われたくないことを言われたから、「そりゃそうだな」と思えるまで少し時間がかかった。

君がオヤジになる前に

それ以来、堀江さんん本はときどき読んでいる。最近は、書いてあることが素直に読めるようになった。以前は、もっと穿った読み方をしていたように思う。というか、書いていないことを勝手に読み取っていた気がする。それはヤバイ。今日、久々に堀江さんの本を読んで、自分の心境ん変化にも驚いた。

成功者に共通点があるならば…

社会の中で成功した人が「自分とは違う」と思って安心する人と、「自分と同じだ」と思って安心する人がいるんじゃないかと思う。それは「どうせやってもムダだろう」と諦めを肯定したい人と、「いつか上手くいくかもしれない」という期待を肯定したい人の違いかも。

そもそも、どういう状態を「成功例」とするのか、その定義によっても話が違ってくる。使い切れないほどのお金が預金口座に入ってることなのか、大アタリもないけれども大ハズレもない堅実な道を選ぶのか。生きてられたそれだけでいいのか、好きな人と一緒に入れたら幸せなのか。などなど、バリエーションはくらでもある。

ただ、どんな道を選ぶにしても、自分の意志で選択して決断し続けて生きることには変わらない。目先のことだけ考えるなら、他人に意思決定を任せることは責任逃れになりうるのかもしれないけれども、何十年と遠い未来まで自分の身の振り方を保証してくれるものはない。だからやっぱり、自分で決断し続けるしかないよね、という。そのための感度とか、反射神経みたいなものを、鈍らせずに維持し続ける心がけも必要だ。

んで『逆転の仕事論』は、自分で決断し続けた人の中で、今のところ成功している人の記録だ。著者の堀江貴文さんと親交のある方の聞き書きが中心だ。「今のところ成功している人」というのは、別にいじわるな言い方をしてるんじゃない。ここで取り上げられている人たちの経歴はてんでバラバラなんだけれども、共通点があるとすれば「失敗もしている」ということと「みんな普通の人だった」ということくらいじゃないかな。

それって「わたしと同じ」なのね。

自分のやりたいようにやるなら

この本に登場する人、武田双雲さん、佐渡島庸平さん、増田セバスチャンさん、ロンブー田村淳さん、HIKAKINさん、小田吉男さん、小橋賢児さん、岡田斗司夫さんの8人は「自分でやりたいようにやっている人」だ。だから「成功する」ということはきっと、やりたいようにやっている最中、それが社会的に認められたり、お金がもうかったり、多くの人が「ステキね」なんて思う状態のときに、使われる言葉なんだろう。

今は成功していてもこれから失敗するかもしれないし、今失敗してもこれから成功するかもしれないし、それはその時々で変化し続けるものなんだろうと思う。

そして『逆転の仕事論』で取り上げられている8人の方々は、それに自覚的で、失敗の体験も、成功の体験も、どちらの経験も語っている。ひきこもり経験をした人もおれば、一つのことに熱中するあまりそれ以外で大ミスばかり繰り返す人もいるし、社会の中で生きることに違和感を持っている人もいる。みんな何かしら「上手くいかない」ことを自覚しているのが印象的。

「やりにくい」に注目したら

で、「自分でやりたいようにやっている人」って、反対に言えば「みんなと同じことをしない」あるいは「みんなと同じことができない」とも言える。みんなと同じ道を行けないから、消極的に自分の道を行かざるを得なかった。不遇の時代があって、その中で「自分のワクワクすること」をやっているうちに、芽が出て成功につながった。

社会の中で「居心地が悪いなぁ」「うまくいかないなぁ」と感じるなら、その部分が自分が社会と折り合いのついていない部分……言い方を変えると、それが個性や特性なんだろう。

もし、自分が大アタリを狙うならば、型にはまり切らない部分を特化させてゆくことなんじゃないだろうか。それは、大失敗の可能性もある。ひょっとすると、それを実行すると法に触れてしまう人もいるんだろう。『逆転の仕事術』で紹介されている8名は、そういう意味で、失敗はしても法に触れるようなものではなかった「運」を持っていた人だ。

逆に言えば「運がいい」というのは、その程度のことなのかもしれない。

成功術はみんなちがう

『逆転の仕事術』でもうひとつ印象的なのが、成功を収めるまでのサクセスストーリーが8人が8人とも違っていることだ。諦めずに粘り強く頑張ったから成功につながった人もいれば、見切りをつけて新たなチャレンジが成功した人もいるし、そもそも人と同じことをする気がない人もおれば、社会になじめず引きこもりを経験した人もいる。

共通していることは、「失敗もしている」ことを「自分のやりたいようにやった」ということくらい。

成功者が、自分の成功までの軌跡を語る本は数多あるけれど、成功への「道筋」そのものをマネしてもしかたがない。それよりも「失敗もする」ということと、「それでもやり切った」ことに注目すべきなのかも。

どうせやるなら、どうするか

手堅く行くのも悪くないけれども、ただ何十年もの先まで誰も保証してくれるわけではないから、やっぱり自分で選択と決断はし続けなくちゃならない。それは、自分の道を行くのも同じ。

社会との折り合いのつかなさをいなしながら行くのか、かわりに自分のやりたいことをやりながら行くのか、それだけの違いと言えばそうなのかも。

ただ、成功者たちとわたしは、そんなに大きくは変わらないみたい。「成功者は特別じゃない」ということは、自分にとって良い話なんだろうか、それとも嫌な話なんだろうか。

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『リバウンドしないでさらに5キロ痩せました』|リアルな憧れを実現してく!

こんにちは。あさよるです。なんかいろいろと停滞気味で、スッキリしない日が続きます……。寒いしね><

ちょっと自分の生活習慣を見直そうと、それ系の本を手に取って見てるんですが、中で面白かったのが、わたなべぽんさんのマンガ『リバウンドしないでさらに5キロ痩せました』でした。これはわたなべぽんさんのダイエット本の続編で、前作があるんですが、続編の方が思うところが多かったので、こっちを取り上げてみます。

わたなべぽんさんのダイエットは、「スリム美人」さんを観察し、徹底的に真似をしてみるダイエット。前作では、95kgからの激ヤセの記録なんですが、続編の本書は、ぽっちゃり体型から5kg減量するという、かなりリアルなダイエット期です。だけど、単に体重を減らす話じゃなくって、考え方や生き方にまで話が広がっていく様子が面白いと思いました(`・ω・´)b

なぜ食べてしまうのか

まず、本書『リバウンドしないでさらに5キロ痩せました』は、著者のわたなべぽんさんのダイエットマンガの2冊目です。1冊目では、身長165cm、体重95kgから、一年で30kgのダイエットに成功した記録がマンガにまとめられています。トイレの便座を体重で割ってしまうというショックな出来事から一念発起し、スリムな人の生活習慣を観察して、それを真似るダイエットが始まります。一冊目も面白いので読んでみてください。

スリム美人の生活習慣を真似したら 1年間で30キロ痩せました (メディアファクトリーのコミックエッセイ)

ただ、一年で30kgの減量は激しすぎるんじゃないかなぁと思っていて、命にかかわるような状況じゃない限り、もっと緩やかでもいいんじゃないかなぁとも思います。

で、今作は、劇的な減量気が終わり、停滞期がしばらくつづき、65kgから5kg減量に成功したエッセイマンガです。最初の激減よりも、これくらいの体重の減量の方が大変なのは、あさよるも痛いほどわかるw

スリムな人のスリム習慣

わたなべぽんさんのダイエットの面白くて参考になるところは「スリムな人の生活を真似る」というところです。スリムな人は食生活や運動習慣だけじゃなく、どうやら精神的にも安定していたり、イライラしたときの発散方法も違うみたいです。

これ、あさよるも経験したことがあります。友人と喫茶店に行ったとき、ケーキセットがお得で美味しそうで「これ一択でしょ」と思っていたのに、友人は「あ~、コーヒーだけでいいわぁ」と。その発想はなかった。それ以来「お腹が空いてなかったら無理に食べなくていいんだ」と学びました(;^ω^)

わたなべぽんさんの観察によると、スリム美人さんは、気分転換に運動や掃除をしてるんですね。休みの日もダラダラと時間を過ごさず、朝から家のことをパパっとやって、充実した週末を過ごしている、と。そのために、夜遅くまで飲み歩いたりせず、前夜もサクッと家に帰る。

そして、健康的な生活をしていると気持ちも前向きになるのか、スリムな人は「自分に自信がある」とも分析されています。ということは、わたなべぽんさんはご自身に自信がなかったそうで、やりたいことがあってもそれにチャレンジできなかったそうです。今作で5kgの減量に成功したことで、ジャズや、ひとりで海外旅行なんかを自分へのご褒美と設定されています。あと、歯の治療や脱毛も始めておられて、意識がかなり変わっておられるよう。

どんな人になりたいか

わたなべぽんさんはマンガ家ということもあり、ダイエットして「どうなりたいのか」をイラスト化されているのも、強みなんじゃないかと感じました。たんに数値の話じゃなくって、「どんな人が理想なのか」をよく考えて、それを見える化するのです。

ダイエットとか美容系の本でも、理想像を具体的に挙げるよう指示されているものは多いですが、意味を理解しないままでした。『リバウンドしないで5キロ痩せました』で、やっと「イメージの大切さ」を知るw イラストが苦手な方は、雑誌の切り抜きなどでと紹介されていましたが、苦手なりにも紙にペンで書き出してみるのがいいんじゃないかと思います。人に見せるわけでなし、上手に描けなくてもいいんです。棒人間でいいから、細々と書き込むのが良いんじゃなかろうか。

アクセサリーとか、服装とか、雰囲気とか、「わたしはムリ!」と思うんじゃなくって、理想像をつくって、そこに近づくんですね。

あさよるの場合、見た目だけじゃなく、「人前に出ても堂々としていたい」とか「ゆっくり落ち着いて人の話を聞けるように」とか、そういう要素も欲しいですね。

意外と顔も体も変化する?

以前ブログでも紹介した八藤浩志さんの『見た目が若いは、武器になる。』を読んで以来、出かける前に真顔で写メを撮るようになりました。キメ顔ではなく、真顔で記録として自分の姿を残しておくのです。

人の顔や体は左右非対称ですが、毎日真顔で写真を撮っていると、表情のクセが気になって、少しずつ左右対称に近づくよう意識し始めます。また、お化粧も、パーツを盛ることよりも、左右差をなくす方向へ意志が向くようになりました。

この八藤浩志さん『見た目が若いは、武器になる。』でも「自分の理想像」を具体的に挙げるよう指南されていて、八藤さんご自身はB’zの稲葉浩志さんを理想とされていました。お写真見るとわかりますね。

あさよるは、まだ自分の理想ってのが見えなくて手探りなんですが、ちょっとずつ服装とかアクセサリーとか「こういうのが似合う人がいいなぁ」と方向性は見えつつある。トラディショナルな服装をパリッと着て、5cmくらいのヒールをカッコよく履きたい。

重田みゆきさんの『顔グセの法則』も役立ちました。

顔の表面は表情筋の集まりですから、筋肉を鍛えれば顔が変わるんじゃないかと、日々鏡を覗き込んでトレーニングしてきました。机の左右に鏡を設置して、いろんな表情をつくるのだ。で、これも劇的に変わった! 口角が上がるようになったのと、鼻筋が通った。目の開きも全然違います。

顔グセを治すトレーニングはネット記事でも読めるので、こちらもどうぞ。

何が言いたいかというと、身体の形って、意外と変わるもんなんだな、ということ。よく、骨格は変えられないって言うけれども、結構思っているよりは変化するなあというのが、実際にやってみた印象です。「顔グセ」の本を読んだのは2015年なので、3年間表情筋を動かす練習してるのね。

身近な美人をお手本に

今回読んだわたなべぽんさんの『リバウンドしないでさらに5キロやせました』は、「こんな風になりたい」ってイメージに近づくための経過をマンガ化したもので、ダイエットというよりは、自分のイメージコンサルをやってる感じ?

イメージをより具体的にするために、テレビや雑誌のモデルさんや女優さんではなく、身近な「スリム美人」をお手本にするのも、参考になるところだと思います。どんな人を美人とするかは各人の美意識にもよるんじゃないかと思いますが、アンケートを取って、自分に自信をもっていて、堂々と立ち振る舞える人をお手本となさってるところもいいですね~。

あと、ダイエットの本なんだけど、「お金の使い方」や「時間の使い方」が大きく変化してゆく過程が記録されているのも本書のいいところだと思います。

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セザンヌのフェイスパウダーをアナスイのケースに詰め替えてみた

セザンヌのフェイスパウダーをアナスイのケースに詰め替えてみた

セザンヌの化粧品にちょっとハマっていて、ベースから全部セザンヌな日もあるくらい。最近特に気に入っているのが、セザンヌの「UVシルクフェイスパウダー」で、一応おしろいとして売られているんだけど、ファンデーション変わりにしている。シミだけ数か所コンシーラーで消して、UVシルクパウダーで軽く押さえて終わり。

もともとファンデーションはガッツリ均一に、厚く塗るのが好きだったけど、ここ一年くらい、パッと見、素肌に見えるくらい薄く塗りたい欲が出てきて、いろいろ試している。

「UVシルクパウダー」のセミマット仕上がりがなかなかだったので、同じくセザンヌの「UVクリアパウダー」も使ってみたかった(厳密にはP1.ラベンダーを持ってたが、色味が肌に全然合わず使えずにいた。質感は好きだった)。

だけど、問題が。「UVシルク~」はパッケージがかわいいのに、「UVクリア~」のパッケージが思いっきりダサイ。あり得ない。この「ダサイ」という一点のみで買うのを躊躇っていた。

セザンヌUVシルクフェイスパウダーとUVクリアフェイスパウダー

▲写真左がUVシルクパウダー・かわいい。右がUVクリアパウダー・鬼ダサイ

が、いいサイトを見つけた。各化粧品メーカーのファンデーションのサイズの互換性をまとめ。

ななしさんありがとう。

これを見ると、セザンヌの丸型のパウダーは直径53mmの丸型のアルビオン系に分類されていた。

○アルビオン系(直径53mm/深5mm)
アナスイ
アルビオン
イグニス
エレガンス
ソニアリキエル
ポール&ジョー
ミスエレガンス

同型一覧

以上の直径53mmの丸型のファンデーションケースが、セザンヌのUVクリア&UVシルクフェイスパウダーと同じ大きさだそう。

ということで、アナスイのファンデーションケースにハメてみた。ぴったり。

セザンヌのフェイスパウダーをアナスイのケースに詰め替えてみた

セザンヌのフェイスパウダーをアナスイのケースに詰め替えてみた

▲ケース裏の穴を爪楊枝で押し込むとはずれる。べたべたの粘着剤注意​

セザンヌの場合、個体差があるということで、確かに手持ちのセザンヌのパウダー3つをセットしてみると、少し隙間の空き方に差がある。だけど、ハメる分には問題なかった。

ややビンボくさいなぁと思いつつ、気になってたことが解決してよかった。ポール&ジョーのケースも互換性があるようなので、新しく欲しいな。

『医師が教える幸せな人がやめている36の習慣』|やっぱり「当たり前」が一番大事

こんにちは。気分が落ち込みがちな あさよるです。今の時期、気づいたら外が暗くって「ああ、なにもしないまま一日が終わってしまう」と思いがちです。朝も、なかなか体を起こせなくて困っています。布団と体が一体化しているんですね(;’∀’)

生活習慣を見直さなきゃ、このままズルズルッと冬を迎えるのは嫌だなぁと、真面目な内容で、モチベーションが上がるような本を探していました。『幸せな人がやめている36の習慣』は精神科医の先生による本で、内容はまじめて、奇をてらったような突飛なものでもなく、誰にでも当てはまるものです。襟を正します…。

精神科医が考える「幸福」とは

『幸せな人がやめている36の習慣』は、精神科医が教える「幸福になる習慣」です。医学的なデータや、患者さんと接した経験がまとめられています。なもんで、ここに書かれている内容は「いたってまっとう」、別の言い方をすれば「いたって普通」とも言えます。

不健康な生活は、肉体への負担だけではなく、精神的にも自分自身の負担になります。暴飲暴食、夜更かし、SNSがやめられない。承認欲求を満たしたい。買い物でストレス発散したい。どれも、その一瞬は快感があるのかもしれないけれども、次の瞬間にはドッと疲れやうしろめたさ、後悔が押し寄せてくるものです。賢明ではありません。

極端なことはせず、真面目にコツコツと健康習慣を続けることが、結局のところ精神的にも満足を生み、幸福につながるというお話。

「言われなくてもわかってるよ!」とお思いの方も、「だけどそれ、ホントにできてるの?」ってのが本書の問いかけでしょう。もちろん、日ごろから健やかな生活習慣を維持してらっしゃる方は、本書『幸せな人がやめている36の習慣』は不要。あさよるなんかが読むと「ああああ~」ともういたたまれない。

表情、気分は伝染する

わたしたちは感覚的に、何かうれしいとか悲しいとか感情があって、その感情から涙が出たり微笑んだりしていると感じていますが、医学的にはどうやら逆らしいのですね。肉体の反応が先にあって、涙が出るから悲しい、微笑んでいるから嬉しいと感じているらしい。で、脳にとっては話の前後関係なんかも関係なくって、「微笑むための筋肉が動いている」「心拍数が上がって涙が出ている!」と、体の情報から判断するらしい。だから、嘘でも笑顔を作れば脳は笑顔だと認識するし、本心でなくても嫌な顔をしていると、気分までそうなっちゃうってこと。

本書とは関係ない話ですが、人間には「ミラーニューロン」という脳細胞があって、対面する相手がある表情をすると、それを見ている自分も、同じ表情を作っているかのように脳細胞が刺激されるそうです。なもんで、YouTubeなんかでも、美人の動画をなるべく見ようとw 怒ったりスネた顔をしている人よりも、ニコやかに話す人の動画の方が、自分にとっていいですよね。

で、表情から感情まで変わるのであれば、相手の表情がミラーニューロンによって自分にも伝わり、その表情から自分の感情が揺さぶられているってこと。

これはリアル人間関係でも、一緒にいてしんどい人――つまり笑顔になれない人よりも、一緒にいて同じ表情を作りたいと思える人と一緒にいたいと思うようになりました。感情が豊かなのは良いことだと思うけれども、ずっと険しい顔しっぱなしとか、背中を丸めてヒソヒソをしなきゃいけない話ばかりなのは、もういいかな~。

「コントロールする」とは大げさだけど

幸福を感じやすい人は、自分で自分の感情や時間をコントロールできる幅が大きい人みたいです。もちろん、なにからなにまで自分の思いのままには生きれませんから、あくまで「コントロールできる要素が〈多い〉」ということです。

「コントロール」というものなんだか大げさですが、「旅行の計画を立てる」とか「腹八分目にする」とか、そういうこと。

「勝手気まま」にやるためには、スケジュール管理が大事です。なぜなら、予定を立てないと結局なにもできないから。「自由な人」と「行き当たりばったりな人」は違うってことですね(;^ω^)

よく寝て、腹八分目に食べて、よく歩いて、ネットは程々に。

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「桂川連理柵」「女殺油地獄」

2018年11月13日(火)のこと。

思い立って文楽を見に行く。幕見で入るのは初めて。

当初「女殺油地獄」だけ見るつもりだったのに、チケットを買ったのがちょうど「桂川連理柵」が始まる直前で、勢いで「こっちもチケットください」と中へ入ってしまった(図書館で勉強するつもりだったのに…)。

「桂川連理柵」は落語の「どうらんの幸助」に出てくる話だと、知人から竹本住太夫さんのCDをいただいて聞いたことがあった。今回、生で聞けて良かった。娘さんの着物がめっちゃかわいい。これは前の方の席でじっくり人形を見たかった。

その後、近くの喫茶店で2時間ばかし勉強をする。冷たいシフォンケーキが美味しい。

第二部の最後の演目は、17:11集合。

「女殺油地獄」は、近松のストーリーは読んだことがあったけども、人形浄瑠璃で見るのは初めて。勘当され金に窮したドラ息子が、親からもらった金だけでは足りないと向かいの油屋の奥さんに、金を貸してほしいと頼み込むが断られ、最後は刀でめった刺しにし、箪笥から金を奪って逃げてゆく。話の筋だけだとどうしようもないけれども、事の経緯はなんともつらい。人殺しが悪いんだけれども、登場人物それぞれに事情があり、親子や夫婦を想う気持ちが破滅を呼ぶ。みんながそれぞれを想い合っているんだけれども、その想いによって誰も幸せにならない。

たまたま隣の席にいらした女性と話をして、歌舞伎や文楽のことを教わった。

教わった話では、江戸時代の武家社会では、主従の縁が三世の縁、夫婦の縁が二世の縁、親子の縁が一世の縁だったそう。「一世の縁」とは今生限りの縁で、主従は生まれ変わっても三回の縁があるということ。だけどこれは武家の話であって、町人の街だった上方では、武家社会を皮肉って、親子の縁や夫婦の縁を強調する話がたくさんあるそうだ。そういわれると、「女殺油地獄」も、侍も登場するが、話の中心は親子の話であり、そこへ夫婦の事情がからんで話が展開する(「一世」「二世」でいいのかな。「一生」「二生」?)。

※今日聞いた話なので資料はあたってない

そういえば、ブログ始めた頃から(約3年前…)夢枕獏さんの『陰陽師』の記事を書こうと用意していて、安倍晴明が登場する物語をいくつかあたっておりまして、今月の「蘆屋道満大内鑑」も見ておきたいなぁ。

ちなみに今日(11/13)の幕見席は「蘆屋道満大内鑑」も「女殺油地獄」も完売していたそう。今度「蘆屋道満大内鑑」を見たいから、ちょっと早めに行って並んだ方がいいかも。

幕見席に初めて通されたけど、すごくいい席だった。客席の後ろ二列の両端が幕見席なんだけど、一段高い位置にあるからすごく見やすい。人形と太夫さんの両方が一度に見れるし、気に入った。

『スッキリゆったり暮らす』|自分の居心地は自分でつくる

こんにちは。毎日部屋を片付けても片づけても散らかってしまう あさよるです。それを結構悩んでいたんですが、「つまり生きるとはそういうことか…」となにか納得しようとしていますw

自分の「理想の生活」を思い浮かべると、毎日お花が生けてあって、ドリップしたコーヒーを飲んで、カーテンも小まめに洗って、絨毯は敷かずに拭き掃除しやすい部屋で、スピーカーの上に埃の溜まっていない空間で生きたい……。ヘンなとこマメなので、コーヒーはドリップして淹れるんですけどね。

機嫌よく生きること

『スッキリ落ち着いた暮らし68のヒント』は、気持ちよく生活するための心得やコツが68紹介されています。掃除や洗濯など、多忙な人にとってはうんざりしてしまう家事……とくに子育て中の方なんかは大変ですね。どうせ家の仕事をするのなら、イヤイヤ受動的に「やらされる」よりも、能動的に自分の意思で「やる」方がいい。しかも、物があふれかえって、物に支配されて生活するよりも、自分が物を選別して、自分主体で生きる方がいい、という、至極まっとうな考えを、あたらめて提示してくれる本です。

わかってます……わかってるけれども、そうそう上手くいかないから悩むんですよね……(;^ω^)

ということで、第1章はモチベーションの話から始まります。そもそも「なんで部屋を片付けたいのか」「なんで持ち物をスッキリさせたいか」のかを考えると、一にも二にも「自分が居心地良くしたいから」以外に理由はないんじゃないかと思います。仮に家事を外注するにしても、家事自体は人に頼めても、やっぱり家の中の「居心地」は自分でつくるしかないんじゃないかと思います。たぶんね。

この「居心地のよさ」は一人ひとり違うし、その世帯によっても落としどころが違うだろうから、だから「ミニマリスト」とか「断捨離」とか「ときめき」とかいろんな言葉が使われるし、言葉が独り歩きして尾ひれはひれがついて人待ってくんじゃなかろうか。それぞれ、提唱している元ネタ本を読むと、「なるほど」と納得できるんだけど、言葉が独り歩きして別の意味として理解されている節があります。

自分のために居心地をよくする

思えば、なんでわたしたちは家事を煩わしい、嫌なことだと思ってるんでしょうかね。だって、自分の住まいを維持することって、それって生きることそのもののようにも思えます。本書では、片づけのヤル気の源を「美しさ」としています。美しい空間で、素敵な時間を過ごすために住まいを手入れし、身支度を整えるんだと考えると、今まで以上に「これって大事なことじゃね?」と思えてきます。

『スッキリ落ち着いた暮らし』では、片づいてなくても「花を一輪飾りましょう」という話があって、これも納得。あさよるはそういう繊細な心を持っていないのですが……母が花を生ける人で、いつも家に花がありました。別に花屋で買ってきた花ばかりではなく、その辺の雑草も生けてくれていました。雑草の方が、季節感もあってよかったりするんですよね。そういう習慣、新たに身に着けたいなぁ。

邪魔なものほど衝動的に欲しくなる

あさよるも今、部屋の片づけにとても悩んでおりまして……もう不要なものは一通り手放してしまったし、新たに手に入れるものも厳選したものしか入ってこない状況は整いつつあります。なのに、めっちゃ部屋が散らかる! で、そろそろ「その時」が来たんじゃないかと。その時とは、そう、「収納用品を買い足す時」です。

片づけの本によく出てくる話題なんですが、片づけ・断捨離を始めると、最初に大量に出てくるのが「収納用品」なんだそうです。突っ張り棒とか、なんかの仕切りとか、ひっかける網とか、100均のカゴとか、ああいう系です。これはみなさんも共感なされるんじゃないかと思います。「収納用品が一番邪魔だ」という、身も蓋もない話です(;^ω^)

で、片づけを進めてゆくと、ちょっとひと段落するたびに欲しくなるんです。新たな収納用品がw そこで欲望のままにカラーボックスやポリプロピレンケースを買うと元の木阿弥。我慢、ひたすら我慢!

ででで、今までカラーボックスの誘惑に負けずやってきたんですが、ついにもしかして「収納用品」を買い足す時が来ちゃった??? まだ半信半疑なんですが……。買い足すなら、必要なものもわかっています。散らかるのは机の上限定なので、机の上に出してくるものを収納できれば良いのではないかと考えています。んで、今考えているのは、机のこういうキャビネット的なやつ↓

オフィスコム オフィスワゴン サイドワゴン 3段オールロック 幅395×奥行510×高さ600mm シリンダー錠 ホワイト

ただ、まだ大きさや形は最適解を見いだせていないので、どうしようかなぁ。なにか代用品を作って、テストしてみたいんだけどなぁ。

そんで、こうやって一つ一つ丁寧に精査して、物を選んでいる時間は嫌いではない。テキトーにババッとやっちゃうと一瞬のストレス解消になるかもしれないけど、邪魔なものに圧迫されて生きるのはもう嫌だし、そして「捨てる」という行為もめっちゃしんどい。できればもうしたくない。

ボーっとしてるとエントロピー増大の方向へ動いてしまいますから、時々エネルギーを使ってそれをもとの状態に戻す活動はしなきゃいけないのですね。で、どうせやるなら積極的に、自分の居心地がより良くなる方向にもってきたい。

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『一流の気くばり力』|尊敬しあえる人間関係の中で仕事をする

『できる人は必ず持っている一流の気くばり力』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。若いころは素直で真面目でニコッとしてるだけで済んでいましたが、年齢を家朝寝ると人から求められるものも変わるし、より高い能力を持っていて当然になってくるから大変です。「今までのままじゃいかんのだ」と思っているのですが、具体的に何をしていいのかわからない最中なのです。今回は『一流の気くばり力』という本を手に取ってみました。

あさよるは若い頃は引きが強いというか、なんかよくわかならい自信があったんですが、最近はめっきり弱気になっています(苦笑)。自信がないから、できることもできなくなっている気がして、こりゃヤバイなぁとも思っています。

『入り中の気くばり力』では、コミュニケーションを通じて人に認められ、信頼され、尊重されるために必要な力が紹介されています。どれも一朝一夕で見につくことではありませんが、「大人というのはこいういうことか……(゚A゚;)ゴクリ」と息をのんでおります。

気くばり力は、尊重される力

『一流の気くばり力』では仕事でも私生活でも役立つコミュニケーション術を指南する内容です。自分の意思を上手く伝えられなかったり、なにかと誤解されがちな人にぴったりです。一流の気くばり力とは、「相手から尊重される力」でもあります。人間関係の中で、自分という人が存在感を持ち、人格ある人間として尊重されるための方法です。

本書で語られる「気くばり力」は、独りよがりで自己満足な「気くばり」ではなく、相手に自分の好意や配慮が伝わり、双方向なコミュニケーションとしての気くばりです。コツコツとひたむきな心掛けや、地味な仕事に取り組んでいる様子だって、見ている人は見ているもので、意外と目立たないことまで気が利いていることが他人から評価されたりします。

気くばりって相手をもてなすためにするものですから、伝わってこそなんですよね。どんなに心の中で「我慢してやってるのに」「気を利かせてやったのに」と思っていても、相手が「大事にされてるな」「配慮してくれたんだな」と伝わっていないと、コミュニケーションとして成立しません。

本書では気くばりの要素を5つに分けて紹介されています。

「俯瞰する」
「共感する」
「論理を通す」
「サービス精神を持つ」
「尊重する」

p.7

俯瞰する

「俯瞰する」とは、一歩先のことまで考えて行動することです。「報連相」をするときに「○○さんに連絡しました」とあったことだけ伝えても、相手は「で?」って話です。もう一歩踏みこんで、実際にあったことプラス、どんな感じだったのか、これからどうするのかをあわせて伝えます。相手はそれが聞きたいんですから。報連相の要素として①現状、②見通し、③対処と3要素が大事です。俯瞰とは、一段高い位置から見下ろして、相手の聞きたいこと・知りたいことを把握して、それを伝えることです。

共感する

『できる人は必ず持っている一流の気くばり力』挿絵イラスト

「共感する」とは、相手の主張を「受け止めましたよ」と伝えることで安心させ、信頼してもらえる力です。「礼儀正しい人」「気が利く人」「マメな人」と思われることも、共感して信頼してもらえるからこそです。人を良く観察し、相手の気持ちを汲み取る能力とでも言いましょうか。物腰の柔らかさや、話しやすさなんかも重要です。タイミングってのも大事です。ミスして落ち込んでいる人を励ましたり、次の提案をする時も、言葉やタイミングに配慮すべきです。

論理を通す

「論理を通す」とは感情に流されず冷静に物事に対応できる力です。仕事では、相手にわかりやすく説明する力や、冷静に周囲を俯瞰できると、安心して仕事を任してもらえ、信頼されます。感情にふりまわされないのは、すごい能力ですね。

サービス精神を持つ

「サービス精神を持つ」とは、その人がいるだけで場が華やぐムードメーカー的な人。誰からも好かれ、可愛がれ、どんな人とでも打ち解けられます。営業先、取引先でも気に入られる人は強いですね。話し上手で、誰に対しても(目上の人にも後輩にも)積極的に声を掛けられる人。

尊重する

「尊重する」とは、協調性が高く、相手の意思を尊重する人です。といっても、くれぐれも「我慢して合わせてやる」のではなく、自然と相手を尊重して、我慢強く聞く力があります。「あなたを大切に思っていますよ」という意思を相手に伝える力がある人。また謙虚な人です。

総合して「気くばり力」=尊重される人

これら5つの「俯瞰する」「共感する」「論理を通す」「サービス精神を持つ」「尊重する」の力の総合力が「気くばり力」です。気くばりができる人は、周囲の人から信頼され、可愛がられ、一目置かれ、結果的に「自分自身が尊重される」力とも言えますね。

気くばりの自身が持てる

正直「言うのは簡単やけどな」って感じですけどねw 本当に「気くばり」ができる人がいたら、その人は優秀で誰からも評価されていて当然だと思います。それがなかなかできないから困ったもんでして(;^ω^)

ただこうして、要素を抜き出して言語化してもらえると、多少は意識できるようになるのかもしれません。また「これは苦手だけど、これはできるかも」と得意と苦手もあるでしょう。

あさよるの場合はどうだろう……人から可愛がられることは多かったから「サービス精神を持つ」は多少あるのかもしれません。だけど「論理を通す」「尊重する」は全くないw

こう気くばりの要素で語られると、自分にも当てはめやすいから、反省もできるし、自信を持てる部分もあって良いですね。

一人よがりな気くばりは……

本書『一流の気くばり力』を読むと、独りよがりで自己満足な気配りはないということもわかります。「気が引けて言いたいことを言えないこと」や、「ただ我慢すること」は気くばりではありません。むしろそれって、逆に相手に気を使わせるタイプっすね……。

窮屈そうにしていたり、取ってつけたような行儀やマナーも、パッと見て相手に伝わると思うし、結局「普段からの心がけ」ということになるんでしょうか。ベタですけど。

あさよるはなぜか、「家でも股を閉じて座らねば」「一人で貧乏ゆすりしないように気を付けよう」と思いましたw いや、たぶんいつもの行動って、人前でも自分が思ってる以上にやっちゃってるんだろうなぁと。言葉遣いと金。ネットやLINEなんかで言葉遣い悪いと、ポロっと素が出てしまってるかもしれない……。気を付けよう><

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『すごい筋肉貯金』|今から体力つけないとヤバみがすごい

こんにちは。あさよるです。今週、久々に大阪の文楽劇場に文楽を見に行きました。感想はまたどこかに書きたいなぁと思うのですが、文楽ってね、とにかく長い。午前からの部と午後からの部にわかれてるんだけど、どちらも約4時間あるんですよ。間にお弁当休憩まで挟む。んで、その間ずーっと席にじっと座ってるのが大変なんですよね。客さんはパッと見た感じシニア層が大半なのですが、体力すごいなと感心ばかり。

あさよるは途中ムズムズとしてしまって、中座したい衝動と戦わねばならない…。

何をするにも体力ですよ。余暇を楽しむのも体力勝負ですから、体力はいくらあっても余ることはないのではないかと。そして、あさよるも30代半ばになりまして、少し……いや、結構、体力の心配をするようになっております。なのに、今回読んだ『すごい筋肉貯金』を読むと、女性が体力的にガクっとくるのが閉経後だそうで、今既にガクっと来てるのに、今後どうなるのかと戦々恐々としてしまいました(;^ω^)

100歳まで生きる体を用意する

『すごい筋肉貯金』は、長寿の時代、100歳まで自分の足で歩ける体を作るよう呼び掛けるシニア向けの本です。「人生100年時代」なんて言われていますから、大事に身体を使わないといけません。

運動も無暗にやれば良いってもんでもなく、関節は使うほど減ってゆく消耗品です。効率よく筋力をつけ、筋肉で関節の負担も減らします。また、筋力が上がると骨も強くなるそうなので、足腰が弱る前に筋トレしておきたいですね。

シニア向けということで、誰でも家で簡単にできる筋トレ法と、自分でできる体力測定の方法が紹介されています。また、食事も大事な要素です。ダイエットもやればいいものじゃなくて、健康的で確実なやり方を知る必要があります。

本書はあくまで、A5サイズの軽めの読みものなので、深く突っ込んだ内容ではなく、入門書的な感じです。これまで元気にやってこられた方が、年齢を気にし始めた頃に読むといいと思います。

長寿はいつまで…

「人生100年時代」と言われるように、長寿が当たり前の社会ですから、肉体も大事に100年もつように使わないといけません。スポーツジムもシニア層にも人気だそうで、街中でも仕事を続けられたり、生涯学習に勤しんでおられたり、お元気な人が多いですね。

……って、「老い」の話題をまだ他人事のように考えている世代も、真面目に体力づくり考えないとヤバイと思うんですよ。あさよるの30代は、子ども時代から体力低下が叫ばれていた世代です。実際に、自分の体力もだし、同年代の話を聞いていても「あれ、頭の中の30代よりも体力がないぞ」と感じます。友人が年下の、20代の男性と結婚したそうですが、「ええ、20代でその体力ってヤバくないか?」と心配になるようなエピソード多数。

やっぱ、ファミコン世代はダメなのかなぁ~。今の子どもたちも、外に遊ぶ場所もないそうで、みんなが集まるとゲームして遊ぶそうです。あさよるも、小学生の甥がうちにくると、うるさいし相手するのも面倒なので、ゲーム化YouTubeを見せて大人しくさせるんですが、すると何時間でもじっと黙って液晶画面をのぞいてるんですよね。その姿を見てるとなんか虐待しているような気分になってきて、用もないのに「買い物に行こうか」とか結局連れて出ることに……。

小学生が「肩がこる」「目が疲れる」と言って、寝る前に「あずきのチカラ」を目に乗せている姿を始めてみたとき、とてもとてもショッキングでした。

桐灰 あずきのチカラ 目もと用

だけど、あさよるも小学生の頃にはどっぷりファミコン漬けでしたから、似たり寄ったりです。ゲームボーイのあの画面を見続ける方が肩がこりそうだし……。

わたしたちって長生きできるのかな(;^ω^)

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『一億総ガキ社会』|諦めないで、お客様

諦められない大人たち

『一億総ガキ社会』は、モンスターペアレントやモンスターペイシェント(患者)、引きこもりや「草食系」なんかの話を、心理学的なアプローチを交えつつ、社会問題を語ります。これらの社会的な「現象」は、元をたどれば同じ心理状態から発していると言います。それは「挫折ができない」ことです。

我が子を特別扱いするよう学校や教諭に求める親は、自分の子どもが「特別ではないこと」を受け入れられません。それを受け入れることは「自分が特別ではないこと」を認めるのと同意だからです。我が子の問題をなにもかも学校のせいにする親も、「自分の子育てに問題があった」ことを受け入れられません。

「草食系」という言葉が使われ始めて久しいですが、恋に消極的だと、恋に破れるリスクを回避できます。

学業や仕事で問題にぶち当たったとき、その責任を他者や社会に求める人もいます。「新型うつ」の傾向として、本人が何かを「挫折した」ものの、それをなかなか認められず、現実と理想のギャップに苦しんでいる場合があるそうです。その挫折は、左遷されたり、仕事が上手くいかなかったり、自分の頑張りを周囲が思うように認めてくれなかったり、問題は様々です。

諦めて大人になってゆく

「大人になる」とは、挫折を知り、諦めることが増えてゆくことです。反対に、子どもは無限の可能性と、全能感を持っています。若者は夢を追いかけて、努力をするものだし、何も始める前から諦めてしまうのもおかしな話です。

だけど、全員の夢が100%叶うわけではなく、多くの人たちは一つ一つと壁にぶつかり、諦め、身の丈を知り、自分のできること、できないことを受け入れてゆく過程に大人になってゆくと言えるのではないでしょうか。

ということは、「諦められない」現代人は、ずっと子どものままということ。子どものように諦めないことを推奨されているのに、現実には諦めざる現状に直面し、そのギャップが社会現象として浮上しているというお話。

「諦めないで」の苦しみ

「諦められない」理由は、「自分らしく」生きることが推奨されている時代だからでもあるし、また消費社会はお客様に対して「諦めないで」と発し続けます。

「諦めないで、英会話を始めましょう」「諦めないで、美容にサプリを飲みましょう」。自己実現のために仕事終わりに買い物や外食にお金を使い、帰宅後も自分磨きに時間を費やし、「自分へのごほうび」や、「自分の楽しみ」が必要です。時間もお金もいくらあっても足りません。サービスを提供する側は、そうやって消費を促しています。

「選択」と「決定」し続けること

自分らしく自由に生きてゆくとは、自分で「選択」し続け、「決定」し続け、その結果の「責任」を負い続けることです。自由に生きる、自分らしく生きることは、自分の責任のもと選択・決定をし続けることが大きな負荷となる人もたくさんいます。

自由に生きられる世界は、素晴らしい世界です。今の日本社会は、ほぼ人類の夢を叶えた世界なのかもしれません。自由に自分の生き方を選ぶことができ、医療が行き届き長寿になって、死はなるべく遠ざけられ、すごい世界に生きています。

先日、ジブリ映画の『かぐや姫の物語』の小説版を読みまして、かぐや姫が月の世界で罪を犯し、地球に落とされる理由を知りました。(以下、軽くネタバレ?します) 月の世界は悲しみのない幸福な世界です。だけど、かぐや姫は地上の人々が活き活きと生きる姿を見て「何か」を思うのです。その「何か」が彼女の犯した罪です。月の世界は悲しみがない……つまり死もなく飢えもない幸福の世界です。それは同時に、生もなくお腹が空かず、喜びのない世界でもあります。その幸福な世界で生きるかぐや姫が、地上の喜びを持って生きる人々…つまり悲しみを持って生きる人々を見て「何か」を思ったのですね。

かぐや姫の物語 (角川文庫)

幸せになるとは、退屈に生きることなんでしょう。あさよるも、自分の大切な人は絶対に、一瞬でも長く平たんで穏やかな気持ちでいることを願っています。波風はなるべくなく、いつまでも平穏でいて欲しいんです。それは「ずっと退屈でいて欲しい」という願いなのかも。

だけど実際には、理想と現実の間にはギャップがあり、「諦める」という手は封じられている以上、他人のせいにするか、他の何かに依存して気を紛らすしかなくなってしまいます。

「運がいい」「運が悪い」

ふと、『一億総ガキ社会』を読んでいると、現在のわたしたちは「運がいい/悪い」ということを、どのように受け止めているんだろうと感じました。

確かに、自由に生きるとは自己責任を負って生きる生き方なんだけども、どんな結果が待っているかは運要素も大きく関わっています。

『一億総ガキ社会』では、司法試験を何度も受験している男性が、想いを寄せていた女性が他の医者と結婚してしまい、その現実を受け入れられず「彼女はもうすぐ離婚して自分のところにやってくる。それまでに司法試験に合格しないと」と考えている話が登場します。これは恋が破れた場合の話です。だけど、恋が実ることもありますよね。自由に自分らしく生きる世界では、実った恋も自己責任(自分の成果)ということになるんでしょうか。

こと恋路に関しては、縁のものだし、タイミングもあるし、パートナーとして一緒にいられる期間が長いのか短いのかもあるし、それらは複合的に要素が入り組んでいて、大雑把に言うと「運」だと思うんですw

良いことも悪いことも、意図せずともそうなることが多々あります。「運」としか言えない、神頼みするしかないこともたくさんあります。それらをどう処理してるんだろう。たぶん「諦める」ことを認めるとき、「運」を受け入れることなのかな、なんて思いました。

「有難い」の反対は「当たり前」という話がありますが、恋が実るかどうかが自己責任の世界では、「恋が実って当たり前」という解釈になるのかな。

ちなみに あさよるも、初めて「カオス」という存在に触れたとき、理解の範疇を超えていて、ものすごく動揺しました。実際にカオスの実験も目にしましたが、心のどこにそれを持っていけばよいのか分からず、長い間そのまま棚上げしていました。やっと最近になって、なんとなく「カオス」ってこういうことなのかと扱えるような心持になってきました。

カオスから見た時間の矢―時間を逆にたどる自然現象はなぜ見られないか (ブルーバックス)

こう解釈できる

『一億総ガキ社会』も、具体的な解決策が出ないまま終わってしまいます。それは著者自身も現代を生きる人であり、子どもっぽく諦められない性質だと吐露されています。しかし、「自分はこういう状態にある」と認識できるだけでも、少し状況は変わります。実際に精神科医の著者のもとに訪れる患者さんは、自分の状況を理解するだけで、少しずつ好転してゆくそうです。

何もわからない状態は不安で、不安がかき立てられると自分を守るため攻撃的にもなってしまいます。何も解決していなくても、「知る」という行為だけで、「わからないという不安」は減るでしょう。

「諦められない」「失敗できない」現状はさながら、赤ちゃんが転びそうになれば大人が助けてやって、一度も転んだことのないまま子どもが育ってゆくような感じ。実際には、見るのは辛いですが、赤ちゃんは何度も転んで転んで、転んで起き上がる練習をしないといけません。ただ転べばいいってもんじゃなく、本書では

一)他人のせいにばなりしない
二)敗因を分析する
三)自分で起き上がる

p.247

と三つの練習が紹介されています。

あさよるにとって、本書で知れた一番の収穫は「あなたらしく」「諦めないで」というメッセージは「儲かる」ということ。そんな言葉で語りかけてくる人がいたら、その真意を探ってみるのは有効かも(苦笑)。

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『フリーランス、40歳の壁』|仕事が激減!健康、マンネリ、やっかみ…

こんにちは。あさよるです。年齢と共にぶち当たる壁ってどんどん変化してゆきます。あさよるの10代は苦しかったけれどもイケイケどんどんで怖いものなしでしたが、20代が迷ったり悩んだりもがいていたと思います。当時は無我夢中なのでそんな風に思いませんでしたが、今振り返るとそう思います。

今は30代真っただ中なので、今を客観視できませんが、のほほんとのんびりやってるつもりです。そして来るべき40代。どうやら40代って、社会的に試される年代っぽいですね。若い頃は一発逆転を狙ったり、自分の生き方を「選ぶ」時期ですが、40代はある方向を向いて進み続ける時期……といったところでしょうか。楽しみでもあり、おっかなびっくりでもあります。

今回読んだ『フリーランス、40代の壁』は、10代20代と、自分の得意分野で生計を立てていた人が40代でぶつかる問題を扱っています。特に、クリエイティブ系の人が直面する壁とは。

クリエイティブ系フリーランスの生き方

『フリーランス、40歳の壁』は、〈著述作家業を中心とした「表現業者」〉が自由業者として仕事をする時、40代ごろにぶつかる「壁」について書かれています。これから作家やライター業などでフリーランスを目指している人、転職を考えている人におすすめです。

本書によれば40歳を境にして仕事が減ってしまう人が多いそうです。健康面・体力的な問題、仕事の発注者が年下になってゆく問題(目上に発注しにくい)、仕事のマンネリ化、周囲からのやっかみから仕事が上手くいかないと感じることもあるようです。

著者の竹熊健太郎さんは40歳を境に仕事が減り始めた理由を〈①「マンガ評論家」の仕事に嫌気が差して、断り続けたこと〉〈②依頼元(出版社)の担当編集者が、年下になっていたこと〉と二つの理由を挙げてらっしゃいます。②は、若い編集者からすると年上の作家・ライターに仕事を頼みにくいようです。そのせいで、なんとなく仕事が回ってきにくくなる。①の理由は自分の都合ですが、自由業の良さは自分で仕事を選べることだけど、それを実行しすぎると仕事が減ってしまうというジレンマですね。

また竹熊さんはご自身が発達障害と診断されたことに触れつつ、自由業者の中にも発達障害を持っている人が少なからず含まれていると指摘されています。会社員として勤めることが難しく、自分の得意を活かして自由業者になっている場合です。竹熊さんは40代に仕事が減ったことをきっかけに大学の非常勤講師を始めるのですが、困ったことに大学に「就職」したものの、雇用された働き方があわず、適応障害を発症してしまったそうです。

健康面でも竹熊さんの場合は脳梗塞で倒れ、幸い後遺症もなかったのですが、40代は年齢と共に体力的な不安を感じ始める頃かもしれません。

また社会そのものも変化しています。出版界隈の仕事も、インターネットの普及、ブログやSNS、電子書籍の登場と、かつての業界や業務とは違っています。竹熊さんも、ご自身のブログを立ち上げたり、SNSで炎上したり、オンラインコミックが読める「電脳マヴォ」を運営なさっています。

「40代は若者」と「先生」の間、どちらでもない年代だから、他の世代からやりにくい年代なのかな、なんて思いました。自由業者がこの魔の40代を突破するには、それ以前からの人脈に助けられることも多いそうで、お互い様ですから、仲間は多い方がいいですね。

変化の世代

本書『フリーランス、40の壁』では、プロとして専業で食べている人が直面する「40代の壁」が主題ですが、各世代ごとに「壁」はあるでしょう。本書では、50代、60代の話題も登場します。

10代には10代の悩ましい悩みがあることは自明のことで、20代の挫折もあれば、30代の葛藤もあります。本書では、著述執筆系の、作家業、ライター業で生計を立ててこられた人向けですから、ある意味で「若い頃に成功した」人の話ってことでもあります。そんな道を進んでも、それなりに「壁」があるってことでしょうか。

たぶん、会社員を続けておられる方でも40代の「壁」ってあるんじゃないかと思います。「ローン組むなら」とか健康面のことだったり、家族のことだったり、それまでとは違う変化に直面するのかもしれませんね。あさよるも、これまで若さに物を言わせてなんとかなっていたものが、30代も半ばになるとこれまで通りにいかなくなっている気が……(;^ω^)

社会の変化に乗り遅れないように

今は変化の速い時代ですから、20代の頃に身に着けた知識やスキルもいつまで通用するのかわかりません。本書で紹介される方たちは時代の変化に対応しながら、新しいメディアへと仕事の幅を広げてらっしゃいます。

だけど実際には、そういう人ばかりでもないんでしょう。インターネットの普及で仕事がなくなった人や、時代の雰囲気、空気感が読めなくなる人もいるでしょうから、本書で取り上げられている人たちは特別な人かもしれません。

竹熊さんも、大学教授という仕事を通じて、現在の大学の実情を目の当たりにされておられるし、仕事を通じて若い世代と接点を持つのは大事なことかもしれませんね。特に表現者にとって、その時代の感覚を敏感に感じ取れるかって大事なことじゃないかと思うので、若い人の声をどうやって聞くのかって、真面目に考えてもいいのかも。

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『受かる勉強33のルール』|「やればできる!」は強い!

こんにちは。あさよるです。つい「頭の良い人はいいよね」「自分は才能ないからね」なんて思うだけではなく、口に出しちゃうことも少なくありません。その心理は「どうせやってもムダだよね」と自分を納得させたいのかも。「そんなに熱くなるタイプじゃないのよ」なんて斜に構えてなんかみたりして。

それと真逆のことを言うのが『受かる勉強33のルール』です。耳が痛い人もいるだろうし、「だから頑張ろう」と励まされる人もいるでしょう。こと勉強……とくにペーパーテストで測れる事柄に関しては、時間さえたっぷりかければ、誰だってある一定の水準に達せられます。大事なのは「やればできる」ということ。

やればできる!

本書によれば、親の学歴や年収に子どもの学力が比例するそうですが、それは学力が遺伝しているのではなく、〈教育環境〉や〈生活習慣〉が親から子へ伝播しているそう。確かに遺伝するといわれる要素もあるそうですが、例えば遺伝的に音楽の才能があったとしても、本人がその才能を使う分野へ「進みたいかどうか」はまた別の話。数学の才能があっても、うまいことそれにぴったりハマる職業に就けるかどうかもわかりません。

そもそも、誰も親の言う通りの人生を歩まないし、子どもは子どもの別の人生を自分で選びます。また、兄弟の場合も、長子は下の弟や妹の手本となろうとする傾向があり、弟や妹たちは、兄や姉とは違う道へ進もうとする傾向があるそうです。同じ環境で育っても、違う選択をするのです。

だから、生まれ持った才能について云々してもしかたがない。生まれ持った遺伝的要素と、育った環境的要素は、半々くらいで働いているそうです。それは「自分の半分は遺伝で決定されてしまっている」こともでもありますが、同時に「自分の半分の要素は環境でつくられたものだ」ということであり、それは「これからの環境を変えていける」ことでもあります。

また、生まれながらの才能……つまり本能的な〈動物としての〉何か素質を持っていたとしても、わたしたちは社会の中で生きていますから、社会の中でその素質がどのような芽を出すのか/出さないのかはまた別の話。

ワンチャン狙うなら勉強しかない?

『受かる勉強33のルール』の著者の山田浩司さんは、貧しい子ども時代を過ごされたそうで、働きながら高校を卒業し、大学進学するなら国立大にしか行けない。その状況から脱したい一心で勉強に取り組んでこられたそうです。

今と昔と社会も変わっていて、今の中学や高校で評価されるのは難しいそうですが(テストの点数がいいだけでは評価してもらえないそう)、それでも「もし、人生にワンチャンスあるなら、勉強に」という賭けはまだ有効……であって欲しいと思っています。

社会人になってから、資格試験にチャレンジする方もいらっしゃるでしょう。そのときも「やればできる」と思えないと、なにも始まりません。本書『受かる勉強33のルール』は、大丈夫、やればできると、励ましを送り続ける内容です。

勉強のコツ

本書『受かる勉強33のルール』は、読むだけでモチベーションが上がるような話がたくさん収録されています。今、目的があって勉強に取り組んでる人は、「よし、がんばろう」と励まされるのではないでしょうか。

勉強のテクニックとして33のコツが収録されています。これはどなたにでも当てはまるような、「勉強全般」に当てはまるものです。だから中高生の学校の勉強にも、大人の資格取得の勉強にも当てはまります。

「学習ツール選び」編では、テキストは薄く、カラーの紙の本を選びます。あさよるは白黒の本の方が読みやすくて好きなのですが、記憶に残りやすさはカラーの方がいいそうです。線を引くなら赤、自作ノートは紙とペンで。

「環境整理・生活習慣」編では、無音よりも適度な雑音がある方が集中力は高まるそう(あまりうるさいのもダメ。図書館よりカフェの方がいい)。ただし、難易度の高い勉強をする時は無音がいい。勉強する時間帯は、朝がいいか夜がいいのかは、その人によって違うそう。

「メンタル強化」編では、試験合格を周囲に宣言し、目標達成したらどんな〈いいこと〉があるのかイメージします。間違えることをおそれず、「間違いから学ぶ」発想を持ちましょう。そして、大丈夫、自分はできる、と信じます。

「インプット」編では、効率の良いインプットの方法を。ついやっちゃいがちな一夜漬けは、やっぱり非効率。日頃からの積み重ねを。同じ問題ばかり解いていると脳が飽きてくるので、いくつかのブロックにわけて、それらを順番に回しながらやるのがよいそう。テキストに書き込みをする時は、書き込むことで「やった気分」になっていないかご注意を。

「問題演習」編では、自分で要約したり、自分でテストを作ってみるのも有効だと説かれています。

とにかく努力! やれば必ずできる!

『受かる勉強33のルール』では、33番目のルールが「とにかく努力! やれば必ずできる!」と締められています。

あさよるの周囲でも、仕事で資格を取らないといけなくて悩んでいる友人がいました。本人曰く「勉強ができない」とそうで、文字をみるだけで吐きそうとこぼしていました。一緒に試験を受ける人たちは、有名大学を卒業している人ばかりで、勉強を一緒にしていても、友人だけが理解が遅く、バカにされていたそうです。しかし受験を終え、ふたを開けてみるとみんな唖然。友人一人が合格し、他は全員不合格だったそう。友人は「仕事で勉強させてもらって、試験を受けさせてもらうんだから、一発で合格しないといけない」と、一発合格を目指してました。だけど、他の人たちは「何回か受けていずれ通ればいい」と考えていたようなのです。本書によれば、こういうことはよくあるそうです。

あさよるは、友人が「やればできる」のを知っていたから、「一発で合格した」と聞いても驚きませんでした。だって、それだけの量、勉強してたもん。そして、「やっぱり、やればできるんだなぁ」としみじみ思ったし、そして「自分はやらないからできないんだなぁ」と苦笑いw

あさよるも、面倒くさがって一時棚上げにしていることがあります。「一時」が長引きすぎて、やってたことすら忘れてた。

「ちょっとしんどいかも」と挫けそうなとき、モチベーションを上げるために『受かる勉強33のルール』をおすすめします(`・ω・´)b

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『主婦力ゼロからのやってみた家事』|やりやすい暮らし方

こんにちは。あさよるです。毛布にくるまって眠るのが気持ちよすぎて、朝ギリギリまで起きたくなくて困っていますw 朝食もそこそこになると、食器を洗う時間もないし、布団も寝間着もクチャクチャのまま放置になるし、やはり朝の時間は余裕を持ったスケジュールじゃなきゃいかんなぁと思いつつ……やっぱり毛布の中にいますw

オシャレな暮らしぶりも憧れますが、性分的には家事はテキパキと終わらせるのが向いてるようです(;^ω^)

ホントにやりやすい家事をつくる!

『主婦力ゼロからのやってみた家事』では3兄弟を育てるマルサイさん流の料理、整理・収納、掃除、洗濯、育児を紹介するのもです。といっても、インスタ映えするような、見栄えだけいい家事ではなく、三人の男の子の子育て対応している、現実的な家事。片づけや掃除もポイントを押さえ、子どもたちも家事に動員し、対応なさっています。

マルサイさんは家事が苦手だったと回想されており、第一子妊娠中に「これはいかん」と本や雑誌で紹介されている方法も数々試されたそうですが、上手くいかなかったようです。流行の収納や掃除法なんかも、あくまで「流行り」であって、実際にン十年とやり続けることが可能か?となるとまた別の話。

好きな家事、苦手な家事

マルサイさんは料理はお好きで、洗濯が苦手だと書かれていました。あさよるも、料理は好きですが洗濯が超苦手なので、めっちゃ共感しました。得意不得意、好き嫌いは人によって違うでしょうから、だから家事のやり方も人によって全然違ってるんだと思います。

洗濯は苦手とのことで、洗濯機も買い替え、洗った服は子どもたちに各自畳むようしつけてらっしゃるのも、ママの負担は減るし、子どもにとっても服の管理の習慣づけもできるし、とても良いことだと思いました。

料理

マルサイさんはお料理は好きと書かれていて、実際にお料理の献立は、簡単だけど気の利いたメニューです。最近は「一汁一菜」が話題になりましたが、実際にやってみると3人の子どもたちはそれじゃ物足りないそうで、結局おかずの品目は増やすことに。メインとなるおかずはドカッと豪華でボリュームもあるもので、それ以外のおかずは火を使わず、切ったり和えたり、ちぎったり、混ぜるだけの簡単なもの。だけど、見た目はとても豪華に見えます。

何気に大きなポイントだと思ったのは、食器選び。2ページだけ食器を紹介するページがあるんですが、センスがいい! 簡単な料理、ちょこっとしたつけあわせでも、センスのいい食器に乗せればそれだけで目にも美味しいです。食事はただ栄養摂取するだけではなく、心の充実にも大きく関わることですから、「豊かさ」を感じられる食卓ですごいなぁと思いました。

今は夫婦で家事分担は当たり前ですが、ことキッチンに関しては主となる管理者を一人決めて、その人にとっての「使いやすさ」を追求した方が効率がいいのかな、なんて思いました。マルサイ家の場合は、マルサイさんの身体に合わせて物が配置されており、マルサイさんにとっての使いやすさが優先されています。なにせ3兄弟の食事を毎日用意するんですから、これくらいの機動性が必要なんでしょう。

インスタ映えなインテリアってなんなん?

本書の面白いのは、お家を紹介する系のインスタやYouTube動画にありがちな、無印良品の白い箱にスッキリ収納したり、テプラで細かくラベリングしたり、箱の中に箱を入れて細かく細かく物を分けるような収納を、一通り試しておられて、「これはできない!」と諦めてゆく過程。マルサイさんだけじゃなく、ある一定数の方の「本音」なんじゃないかと思いますw

あんな完璧な家事を目指す方は、アスリートのような感覚なのではないかと思っています。尊敬するし、憧れもしますが、あさよるも「生活としての家事」の志向しかないので、参考にはなりにくいです(;’∀’) だけど、やっぱりステキなので目の保養に見ています(^^)>

そういう意味では、マルサイさんは「生活としての家事」をなさってる方です。でも、衛生面や栄養面などポイントはしっかり押さえてらっしゃるし、さらに家族の精神的な充実感も踏まえたうえで、家事の方向性を考えてらっしゃるし、「レベル高いな」ってのが本音!

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