エッセイ

『スピッツ』|分厚い!「ヒバリのこころ」から「フェイクファー」まで

こんにちは。あさよるです。2017年10月3日~8日まで大阪市にあるギャラリーPINEBROOKLYNにて開催されていた「SPITZEXPO2017」へ行こうと、予習をしておりました。「SPITZEXPO2017」は、スピッツのCDジャケットに使用された小物や原稿などが展示されているデザイン展で、「あるプロダクトのアイデアスケッチから原稿、小物なんかが一斉に展示されている」って、ありそうでなさそうな展示で面白かったです。

で、予習で読んだのはロッキン・オンから1998年に出版された単行本『スピッツ』です。CDサイズの可愛らしい装丁ですが、分厚くて読みごたえがあります。雑誌「ロッキング・オン・ジャパン」でのインタビュー集です。

同時に、スピッツのサポートミュージシャンをなさっているクジヒロコさんの本も読みました↓。ブログで未紹介ですが、楽器の選び方や、楽器の運搬の話など、あさよるの知らない話ばかりで面白かったです。

C階段で行こう!

ちなみに、SPITZEXPO2017へ行きたかったのは、今度発売になる『スピッツのデザイン』というデザイン本が気になっていて(デザイン本は高いのです><)、SPITZEXPO2017は『スピッツのデザイン』と内容が一部共通しているっぽかったので、出かけてみたのでした(ホントに共通なのかは未読なのでわかりません><)。

ネット情報よりこっちのがいいね、やっぱ(‘Д’)

スピッツの情報をネット検索すると、ファンの方のブログが多数ヒットしまして、つらつらと見ていると「スピッツの曲のテーマはセックスと死だ」「それがすごい」という言説をよく目にしました。確かに〈セックスと死〉って普遍的なテーマだけれども「一体この話の出典はどこなんだろう」と気になっていました。

ちなみに、あさよるの朧気ながらの記憶で、1990年代後半の音楽誌でスピッツのインタビュー形式の1~2ページほどの短い記事が載っていて、「テーマは性と死だ」というようなことを読んだ記憶があります。だけどほら、ああいう記事って誰かが勝手に書いてたりするし、そもそも出典の雑誌はもう廃棄してしまったので確認が取れません。

で、その辺の話を「ロッキング・オン・ジャパン」のインタビューでしっかりとお話されていました。要約すると、「死ぬのが怖い」という青年時代の経験と、夢中になれるものの対象としての恋・セックスだという話。あと、やはり〈普遍性〉も意識されているようですね。例えばヒット曲になった『ロビンソン』が未だに色あせない理由は、普遍的で古くならないテーマと言葉が選ばれているのも理由の一つでしょう。意図的にテーマが選ばれてるんだなぁと、当然ちゃあ当然なのかもしれませんが、出典に当たれてよかった。

もう一つ、スピッツの4人のキャラクターが見えてきて楽しい。4人ともパリピ系ではなかったみたいで共通しているようです。が、非リアの青春を送った田村さんと、実はちゃっかりリア充してる草野さんと、繊細な三輪さんと、マイペースな感じの崎山さんとと、一人ずつの話を読むと個性が違っています。特に田村さんと草野さんのキャラの違いが良いですねw

順風満帆なのに反骨というアマノジャクw

本書『スピッツ』は、スピッツのデビュー時から『ロビンソン』『チェリー』とヒット曲を連発し、アルバム『フェイクファー』発表までのロッキング・オン・ジャパンでのインタビューです。1991年にデビューし、大ヒット曲が登場した1995年まで、苦節の物語……というわけでもなさそうなのが、本書の面白い所。そう、スピッツはデビュー時からロッキング・オン・ジャパンに取材されてインタビューされて、その後もずっと特集され続けてるし、ジワジワっと知名度も上がっているようだし、新譜を出し続けライブツアーもしてるし、ミュージシャンとしてはまずまずな感じじゃないっすか。で、ヒット曲の登場によって、より多くの人に知られたってところ?

でもインタビューでは、草野さんはあくまで「スピッツは陰キャラ」だと繰り返しておっしゃっています。正直今となっては「いやいや、さすがにスピッツはマイナーじゃないでしょう」と言いたいw でも、つねに反骨、アンチ大勢でいるってのは、あくまでスピッツはロックバンドなんだなあと。

分厚い。

この本、分厚い。ひたすら厚い。あさよるは一応毎日更新の読書ブログなんてやってますし、読むのは早い方だろうと自負してたんですよ、内心。それでもやたら時間がかかり、全部読むのに約2週間……いや、正確には赤地に白抜き文字のページは目が痛くて、途中で諦めました。肝心の「SPITZEXPO」までに間に合わなかったし(;’∀’)

ファンの方のブログでは、「草野さんは歌詞についてあんまり深く解説なさらない」と紹介されていたんですが、こうやってインタビューを単行本でまとめて読むと、結構踏み込んで歌詞の世界についても言及されていますね。リアルではない別の世界を歌っていたり、パラレルワールドがたくさんあるという話も面白い。曲の雰囲気が変わったのは彼女が変わったからだとか、リアルな話も面白いですね。

神格化されるロックスターじゃなくって、ざっくばらんに〈普通の人〉な語り口も新鮮でした。草野さんは、天才ミュージシャンって感じじゃなくって、話だけだとすごく普通のお兄ちゃん的ですね。もっとオタクっぽい感じをイメージしてたんだが……(‘◇’)ゞ

スピッツの本は、2007年に出版された『旅の途中』という本もあります。インタビューではなく、聞き書きっぽい感じの構成です。デビュー時から今へ繋がるスピッツの変化や変わらないものを探るには、本書『スピッツ』の方が最適ですね。

旅の途中

旅の途中

  • 作者:スピッツ
  • 出版社:幻冬舎
  • 発売日: 2007-11-30

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『本が好き』|あなたならどの本を語る?

こんにちは。やっぱ〈本〉に関する話題が好きな あさよるです。日頃は〈本好き〉と名乗るほどじゃないと思っているんですけれども、やっぱ本の話題に食いついちゃうのは、本好きの証拠でしょうか。

本書、タイトルが『本が好き』。もう、これは読んじゃいますよね。内容も、安野光雄さんの本にまつわるエッセイです。

「本が好き」な人の本にまつわるお話

本書『本が好き』は、本が好きな本にまつわるあれやこれやのお話。みなさんも、本好きな方ならそれぞれ本への思いってありますよね。そして、その思いを語るってことも、あるんじゃないかと思います。本書でも、安野光雄さんが、各章ごとに本を取り上げて、その本に〈まつわる〉お話が始まります。安野光雄さんのイラストも添えられているのもポイント。

本好きの本語りって、その本について語るパターンと、その本から派生した話を語るパターンとありますよね。本書は完全に後者です。あさよるも、本の内容について深く語るものよりも、本にまつわる〈その人〉の話が展開していく方がドラマチックだし、素敵だなーと思います。

(ちなみに、当あさよるネットは、本の内容について語るという方に特化してしまっているので、もっと他方の要素も盛り込みたいなぁと思いつつ……。中の人の好み敵には、自分語りの方が好き。だけど実際に自分で書くと本語りになってしまうという……)

話があちらへこちらへが楽しい

本語りで楽しいのは、その人ならではの「自分語り」が繰り広げられるところです。本書では、安野光雄さんの原風景や、見聞きしてこられたのであろう事柄が展開され、これが面白い。

安野光雄さんは1926年生まれで。現在(2017年)御年90歳を超えておられます。世代の違う方の話って、真新しく知らないことばかりです。あらよるはこの手の、人生の先輩方の思い出話を読むのが好きでして、あさよるの知らない時代の話が聞けるのが楽しいです。例えば、戦時中の話題が登場しますが、戦時下での庶民たちの様子って現代の我々とそう変わりません。その時代の人たちがどう暮らしていたのかしると、自分の生活のルーツや元ネタがあるような気がして楽しくもあります。

次々登場する著名人とのエピソードや、落語の話や、あさよる的には楽しい読書でした。本好きさんも共感したり、あるいは「自分だったらこのエピソードを」って考えるのも面白いですね。あとあと、やはり挿絵が素敵!

ゆったり時間をかけて、少しずつ読み進めていくと、きっと良い読書になろうかと思われます(^^)/

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『東京の空』|ロッキングオンジャパン連載・日本語ロックのふるさと

こんにちは。先日、エレファントカシマシの宮本さんのエッセイ本『明日に向かって歩け!』を当ブログで紹介しました。図書館で予約をしていた『東京の空』も届いたので、折角なのでレビューを。前回は結構熱くなってしまったので、今回は淡々といきますw

『明日に向かって歩け!』|エレカシ宮本・あなたはどんな人なの?

音楽誌で連載されたエレカシ宮本エッセイ

本書『東京の空』は、音楽誌「ブリッジ」1999年8月号~2002年4号、「ロッキング・オン・ジャパン」2002年5月号~2003年4月号に連載されていたものです。ハードカバーで、コレクションし甲斐があるし、書籍を購入する習慣がない人でも、読みやすい作りじゃないかと思います。

増刷もされているようですが(あさよるの手元にあるのは第二版)、現在は入手困難なようでAmazonでも値上がりしていますね。現在は12,648円でした。

『明日に向かって歩け!』よりも文字数がコンパクトで、軽く読める内容です(『明日に向かって歩け!』は文字数が多かった)。カルチャー誌で見かける、「とりとめもない連載」とか「毒にも薬にもならない」「誰でも読める」そんなコラムってありますよね。そんは風体に、上手に変装しているようなエッセイ集。……こんな言い方すると変な感じですが、あさよるは先に『明日に向かって歩け!』を読了いたしましたから、あの濃度とエネルギーの文章を書ける人が、紙面に合わせて書き分けているとしか思えない。というか、そうなんでしょう。

コレクションじゃないなら、図書館で

書籍の値段が高騰していることについて。これから本書が読んでみたい方への一例を。

ファンの方で、エレファントカシマシのアイテムを「収集したい」という方は、ファンアイテムとして持っておいてもいいのかなぁと思います。

しかし、収集することが目的でないのなら、図書館で蔵書検索してみてください。お近くの図書館に置いてなくても、周辺の図書館から取り寄せてもらえるかもしれません(各図書館のサービスによる)。お近くの図書館に問い合わせてみて下さい。

便利なのは「カーリル」というサイトです。以下のリンクをご覧ください。

お住まいの都道府県とキーワードを入力します。今回の場合は「東京の空」「宮本浩次」です。↓こんな感じ。

これで検索をかけると各都道府県のどこに『東京の空』があるかわかります。

エレカシ宮本エッセイを図書館で探す

ちなみに、あさよるが在住している大阪府では、大阪市、大東市、豊中市の3つの図書館で計3冊蔵書されているようです。

ファンなら持っておきたいアイテムなのでしょうが、あさよる的には正直、価格が高騰しすぎているんじゃないかなぁと思います。読みたい方は図書館もあたってみて下さい。なんなら、国会図書館で連載誌面を閲覧しても。

というか、ファンの方ならみなさん既に一度は目を通しておられて、その上でのコレクター価格なのかしら。

宮本浩次うまいなぁw

「そうそう、ミュージシャンのエッセイってこれこれっ!」

それにしても、想像以上に『明日に向かって歩け!』にアテられていたのかもしれないなぁ~(苦笑)。先にどっぷり濃ゆい方を読んでしまったようで、ちょっと二冊目のエッセイ読むのにビビっている自分がいましたw しかし、読んでみるとアラふしぎ!なんかむっちゃ普通の音楽誌のミュージシャンの連載ジャマイカ!

ああそっか、著者の宮本さん、連載誌に合わせてかき分けてらっしゃるのか……うまいなぁ。語られている自身のエピソードを語るというスタイルは『明日に向かって歩け!』も『東京の空』でも共通なんですが、毒々しさが全く違う。というか、別人が書いてるのか??と疑いたくなるのですが、これも宮本さんが書いてるの??

エピソードも、面白くてぶっ飛びエピソードではあるものの、極端に良識や社会ルールを逸脱したものは書かれない。あたり前だけどw この辺のバランス感覚もうまいなぁ。メディアに出演なさっているのを見ていても「分かってる人だなぁ」という確信が強くなりましたw やっぱ長く活躍なさってる人ってきちんとなさってるんだなぁと、よくわからん感慨に浸るw

『ジャパン』読者よありがとう。いずれまた会おう

という締めくくりで雑誌連載は終了する。「いずれまた会おう」と仰っているのだから、あさよるも再び紙面や書籍で宮本さんに会えるだろうと楽しみに思っておきましょう。

てか、今度ライブ行くから!

昔、あさよるも音楽誌を熟読していた頃があったのに、この連載は読んでいなかったなぁ。勿体ないことをした。

内容も、音楽誌での連載とあってか、『明日に向かって歩け!』よりは音楽の、日本語ロックの話に触れられていてうれしい。これを読みたかった。

しかし、やっぱり宮本浩次は多くを語らない。彼のエピソードは知れたけど、彼の人となりのようなものは、やっぱりつかみどころがない。飄々と東京の空の下、風に吹かれているような。いいなぁ。

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『明日に向かって歩け!』|エレカシ宮本・あなたはどんな人なの?

こんにちは。軽くエレファントカシマシにハマっている あさよるです。今年(2017年)に発売されたベスト盤を聞いて盛り上がった勢いのまま、ライブのチケットまで取ってしまいましたよ(〃▽〃)> 楽しみでゴザル

そして、メンバーの宮本浩次さんのエッセイがあると知り、これは読んでみたいと入手いたしました。

といっても、2017年6月現在絶版になっているようで、価格が高騰しております。今、Amazonを見ると一冊19,500円でした。ひえっ~!ということで、あさよるは図書館で本を借りました。

エレカシ宮本浩次のエッセイ

2000~2001年に〈週刊プレイボーイ〉にて連載

本書はエレファントカシマシの宮本浩次さんが2000年~2001年にかけて雑誌「週刊プレイボーイ」にて連載していたエッセイ集です。

どういう経緯で週プレ連載が始まったのか、また、紙面ではどのように掲載されていたのか分からないんですが(と、ググると雑誌に見開きで連載されてたっぽい?)。章立てされているわけでもないので、どこからどこまでがひとまとまりなのか分からないまま読了してしまいました。

で、なんで週プレで連載なの?と不思議に思ったのですが(音楽誌とかじゃなく)、「週刊プレイボーイ」のwikiを見ますと、週刊プレイボーイの六カ条なるものがあるそうで…

『プレイボーイの名は、カッコいい魅力ある青年のイメージです。』
『プレイボーイは、青年の週刊誌です。』
『プレイボーイは、読者に楽しみを売る週刊誌です。』
『プレイボーイには、人生の知恵があります。』
『プレイボーイには、読者のみなさまの暮らしに直結した実用性に徹します。』
『国際感覚の雑誌、10月28日創刊です』

週刊プレイボーイ – Wikipedia

これを見ると、確かに「カッコいい魅力ある青年」とか「人生の知恵」とか、当時のエレカシや、宮本さんのイメージにあっているような気もする。ちなみに、連載時、宮本さんは35歳だ。「カッコいいお兄さんの連載」って感じだろうか(想像)。

ネットがなかった時代の情報源・娯楽

今の感覚で『明日に向かって歩け!』を読むと、やたら時事ネタで政治ネタが多用され、「新聞は毎日読んでいる」と言う宮本さんに、社会派な印象を持ってしまう。しかし、落ち着いて考えてみると、連載当時はまだインターネットは今のように普及しておらず、携帯電話(ガラケー)だって、持ってない人もいた頃です。情報源と言ったら、紙に印刷されたものしかなかった。時代が変われば変わるもので「毎日新聞を読む」というだけで、珍しく思えてしまう現代……。

自動車免許を取って、楽しくて自動車を運転しまくった話もあるが、これも今の感覚で「30代男性がポルシェを乗り回す」と言うのと、感覚が違う気がする。当時、どんな娯楽があったんだろうか。あと、NHKの中国語講座を見て勉強したって話があるが、ネットが普及した今の感覚とは違っているかも。

今よりもずっと、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌は、とても貴重な情報源だった(あさよるは、ネットがなかった時代どうやって自分が生きていたのかもう思い出せないから、定かではない)。

今新たに読む人や、特に若いファンの方たちなんかは、時代背景を頭に入れて読まないと、わかりにくいかもしれない。

時事ネタの間にチラ見する素顔

内容は、その時々の時事ネタ政治ネタに始まり、あれこれととりとめもないことが書き連ねてゆく感じ。読んでいてなんとなく、世紀の変わり目の我々はのんびりとしているような気がした。その後21世紀に起こる出来事や事件、災害を知っている未来の我々からするとね。

ネットリテラシー高いなぁオイ

実は、単行本一冊まるまる使っても、宮本浩次という人は素顔をほとんど見せてくれない。掴みどこがなくって、素顔を見てやろうと目を凝らすと逃げられてしまう。いや、宮本さんがどんな方なのか知らないから、実のところはわからないけれど。

彼のことが知りたかったのに結局、彼がどんな人なのかはわからなくって、ああもう。見たいものが見せてもらえない。だから、もっと見たくなる。エンターテイナーだなぁ。

彼は、本が好きだ文学が好きだと言うが、本書では読書についてほとんど触れられない。ちなみに、あさよるは宮本さんがラジオのインタビューを受けているのを結構たくさん聞いたつもりなのだけれども、やっぱり彼はほとんど何も教えてくれない。

本書内では、政治の話題をたくさん扱うくせに、むちゃくちゃ上手に話を逸らす。いや「逸らす」っていうと嫌な感じがしてしまうけれども、ちゃんと「大人の」「良識ある」語り口なのです。言うべきことは言うが、余計な尻尾は掴ませない。

要は「書いていいことと悪いこと」をよく分かってらして、「ああこの人はTwitterやっても炎上しないんだな」って確信した(基準それ?w)。これは編集者が優秀だという説も拭えないが、他のインタビューを聞いていても宮本さんは「言っていいことと悪いこと」を絶対に踏み越えない。

ということは……

とても常識的で分別があって、だけども破天荒で子どもみたいな顔を持って……って!ギャップかっ!魅力的すぎるやろ!パーフェクトかっ!

普通の30代の男の子

で、で、で。ここまで書いて、それでも時折チラッと等身大の宮本さんの、横顔や後姿くらいが見えた(気がする)とき、もう、もう。もう!夢中ですよね~。ですね~。すいません、ニワカの癖にウダウダと書いておりますm(__)m

でね、やっぱ30代の男の子って、こんな感じなんだろうなぁ。憧れの車に乗ったり、ヨーロッパに建築見に旅出ったり、本人にとっては大事なコレクションを集めたり。

時折、恋の話や、両親の話、故郷の話、昔の話、今の話、仕事の話。とりとめもなく、つかむ間もなく過ぎ去っていく日々は、ボーっとしているとあっという間になくなってしまう。その〈時間〉〈人生〉〈老い〉を意識し始めるのもまた、その年頃なのでしょう。

世紀の変わり目、時代の変わり目、人生の変わり目の、30代の一人の男性の読み物として、リアル。

言文一致かよっ!

リアルな感じがドキドキしちゃう原因は、言文一致と言いますか、まるで本人が喋っているかのような文章がヤバイ。というか、あまりにも引っ掛かりがないのでスルスルと読み流しちゃいそうだけれども、「喋っているかのように書く」ってすごくないか?

聞き書きなのかな?と疑いたくなるが、原稿用紙に宮本さんが執筆されたものらしい。

ちなみに、あさよるはこんな風にブログを書いているけれども、もちろん喋り言葉はこんなんじゃない。あさよるはこんな人じゃないのだ。誰だって、書き言葉と話し言葉って違うものだと思っていたが、すごい。臨場感。

熱血文系サブカルエッセイ

『明日に向かって歩け!』は初っ端から妙なテンション。原付でいうところの、常に2速くらいで走り続けているようだ。ああ、ぜひもう一段ギアチェンジしたい。させてくれ!……と思う感じなのだ(変な喩え)。

で、宮本さんがテレビやラジオ等のメディアで、どちらかというと「面白おかしく」あるいは「おっかなびっくり」な扱いをされているのを見るにつけ「落語か!」と思っていた。落語の登場人物のようだし、あの声も喋り方もぴったりじゃないか。と、爆笑問題の太田さんが宮本さんに「落語をやって欲しい」と仰っていて、おお!と嬉しかった。そして、宮本さんは意外にも、落語は聞かない様子で、それが逆にますます落語の登場人物っぽかった。

こ、このテンション……

しかし!『明日に向かって歩け!』を読んで、この妙なソワソワ感がある作品を連想させた。それは!『燃えよペン』である!ちなみに、このブログを書くにあたり今さっき『燃えよペン』を読み返したところなので、あさよるのテンションもおかしい。

『燃えよペン』とは、マンガ家・炎尾燃が、ただマンガを描く熱血マンガである。続編に『吠えよペン』があり、さらに近年ドラマ化された『アオイホノオ』も同シリーズである。

これ以上『燃えよペン』について説明し始めるとこの記事の終わりが見えなくなるので今回は自粛しておくが、ぜひ一度は読んで欲しい一冊です、はい。

そうか、『明日に向かって歩け!』は熱血文系エッセイだったのか!ついでに言うと、サブカル的要素も見逃せない。宮本浩次は多くを語らない。宮本さん自身がなんらかの理屈があっての言動だろうが、多くを語らない故に、若き読者らのサブカル魂に火をつけてしまいかねない。熱い!熱いぞ!

だからというわけではないが、宮本さんは『巨人の星』を愛読しており、周りの人にも読ませて布教活動までしていると書かれている。熱血スポ根マンガを読んだ世代の文系オタは、熱血文系オタクになるのは当然ではないか

……と思ったが、はてさて、宮本さんが「オタク」と称されているのはあまり見た/聞いたことがない(気がする)。あさよるの友人に大のエレカシファンがいたが「ミヤジの凄さ」を語ることはあっても、「ミヤジのオタク性」の話は聞いたことなかった。だからニワカファンにとりましては、本書はとても意外な内容だった。ファンの人たちの間ではどんな語り方をされているんだろう。

週プレ読者の青年よ!

当時の「週刊プレイボーイ」の読者層がどんなだったか あさよるは知らないが、青年向け誌でこの連載は、なかなか熱いものだったんじゃなかろうかと思う。

だって、連載の最中、著者はコルビュジェの建築を見ようとヨーロッパ旅行に出かけるのだ。これは取材なのだろうか?と気になりつつ、コルビュジェ建築の前でたたずむ宮本さんの姿はどことなくほほえましい。ル・コルビュジェは「モデュロール」という、人の体の規格を考えた人だ。その規格をもとに建物や家具を考える。

「〈規格化されない才能〉持つ宮本浩次がぁ!何、コルビュジェ建築って!嫌味かぁ!」と、凡人あさよるは僻んでさえもしてしまいそうだ。ああ、なんか、いろいろ考え始めると止まらないじゃないか。

……当ブログでもコルビュジェ扱っております。あさよるも好きなんです。コルビュジェのソファーに座っている宮本さん、羨ましいです。

『もっと知りたいル・コルビュジエ』を読んだよ

2000年当時って、まだ「オタク文化」が今ほど市民権を得ていなかった時代だ。宮本さんの趣味や嗜好って、当時はまだ珍しかったんじゃなかろうか。だから、この連載って、読む人が読めば刺激的だったろうと思う。少なくとも、当時高校生だったあさよるがもし週プレを読んでいたら、絶対に毎号スクラップして集めていただろう。

追記:『東京の空』も読みました

続編として、宮本浩次さんの『東京の空』も読みました。こちらは音楽誌で連載されていたものだそうで、雰囲気がまるっきり違っていて驚いた!

合わせてどうぞ・

『東京の空』|ロッキングオンジャパン連載・日本語ロックのふるさと

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『働く男』|音楽家、俳優、文筆家の働く男時代を総まとめ

こんにちは。星野源さんのMVで心惹かれ、『星野源雑談集1』を読みお祭り騒ぎだったあさよるです。

『星野源雑談集1』を読みました(*´Д`*)

↑の記事は「好き」としか言ってなくてなんのこっちゃな記事ですが(苦笑)、なんだろうなぁ。著名人との対談集で、たぶん、インタビューアーとして裏方に徹しているものではない。星野源さんの〈人柄〉がなければ成立しない対談をしている。それを〈雑談〉と称してらっしゃるのでしょう。

「星野源」というフィルターを通してこそ成り立つ読み物ですから、これは星野源さんの〈作品〉なのだろうなぁと納得したのです。こんな対談集を読んだことないかもしれない。

文筆家として、ミュージシャンとして、俳優として

シンガーソングライター、俳優、文筆家としての顔を持つ星野源さん。『働く男』は、その多彩さを1冊で堪能できる内容でした。

それは目次を見ても一目瞭然、〈書く男〉〈歌う男〉〈演じる男〉と、コラムニストとして、シンガーソングライターとして、役者として、3つの星野源さんを堪能できるんですよ。

より多くのページが割かれている〈書く男〉は、雑誌「ポパイ」で連載された映画コラムが収録されています。コラムの導入部として星野源さんの経験、体験、考えなどが散りばめられています。これは嬉しい。

〈歌う男〉では、星野源さんがこれまで(この本が作られた時点)に作曲した曲の紹介で、ライナーノーツですね。SAKE ROCK時代のアルバムもたくさん紹介されていまして、これも読んでソンなし。

〈演じる男〉では、時系列順に舞台、ドラマ、映画、ナレーション等の出演作品のリストに、星野源さんが手書きで註をつけるという、しげしげと凝視して悦に浸る。

自ら〈つかみ取る〉

あさよるね、驚いたんですよ。星野源さん、尊敬しかない。そして、この人は〈こわい〉人なんだなぁとも思いました。

それは、チャンスを自分の行動でつかみ取っている、その姿にです。

雑誌でのコラムも、自ら編集者に頼み込んで、連載にこぎつけたとあります。星野源さんが所属するバンド「SAKE ROCK」も自分でメンバーを集め、自分でプロデュースしたそうです。ソロ活動も、自費制作の後、自分でレコード会社に頼んで、なんとかシングルをリリースしたと振り返っておられます。音楽活動の振り返りを読んでいると、最初は〈手作り〉でやってきたのがわかります。

唯一、役者業が順調な感じなのかなぁと思いつつ、しかし「順風満帆」という感じでもない。

どの分野も、力づくで扉をこじ開け、バタバタともがきながら前へ前へ進んできた、とんでもないパワーが裏にあるんじゃないかと気づきました。そこに、〈こわさ〉を感じるってわけです。この人、ただモンじゃないぞ!?

そう、例えば、プロのライターはもっとうまいこと記事を作るだろう。もっと上手いシンガーや、メロディーを量産する作曲家もいるでしょう。演技が上手い役者もたくさんいる。

でも、彼らは〈星野源〉じゃない。一つ一つの要素をみれば、星野源さんよりも上回る人はいるでしょうが、全ての要素を複合的に持ち合わせている人って、どれくらいいるの!?っていう。

あさよるは星野さんを「才能が有り余る人」というイメージを持ってましたが、この『働く男』を読んでイメージががらっと変わった。〈与えられた〉才能に胡坐をかく人ではなく、自らの意思と努力で力いっぱい進み続ける人なんだな。それは、もう、尊敬と畏れしかありません。

同年代なんだけど……( ノД`)

さて、星野源さんに尊敬の念しか抱かなくなったあさよるですが、星野さんと同年代なんです。が、接点が全くなくて驚いた。

〈俺を支える55の○○〉なる、星野源さんの幼少期から現在(2012年)までに影響を受けたもの、好きなものを集めたコーナーがあります。

55のものを見ていると……わからないものばっかなんですけど……(;´Д`)(;´Д`)

え、同年代って、なんかカブるもんじゃないの?わからないというか、知らないものがほとんどで、「名前は知ってる」「見たことある」ものも、深くは知らないという……。えー、あさよると星野さんって、なんにも接点ないじゃん!世間話できないじゃん!ショック!

星野源1.0なのね

『働く男』は、「働きたくない。」との一文から始まります。

 昔は違った。
働き続けることが自分のアイデンティティだった。働いていないと不安になり、仕事場で出会う人とのコミュニケーションでしか相手に興味がわかず、仕事での達成感のみが生きる希望だった。何をするにも仕事のことを考え、アイデアが思いつくと機嫌が良くなり、難航しているときは常にイライラしていた。少なくとも、今回文庫化されたこの本の書籍版を執筆していた頃、そして校了日までは。
入稿後、倒れた。
入院してから発売された『働く男』の初版の帯にはこう書かれている。

どれだけ忙しくても、働いていたい。
ハードすぎて過労死しようが、僕には関係ありません。

p.4

なんとも皮肉とも言える帯の付いたエッセイ本なんだろう。たぶん、「過労死しても関係ない」というのは、本音だったんじゃないかと思う。

けれど、実際に倒れてみると、仕事は全てストップで、周りのスタッフの人が謝って回らないといけない。多くの迷惑を人にかけ、たくさん助けられたと振り返っています。

その経験から「倒れてはいけない」。そのためには、優先順位を変えなければならない。自分の肉体を守らないといけない。

 過酷な入院生活で、私は大人になった。仕事が中心の生活ではなく、己が中心の生活に変わった。「仕事がないといきていけない」ではなく、「仕事って楽しい」「でもなるべくサボって遊んでいたい」という性格に変わった。私は、「働く男」から、「働きたくない男」になった。

p.5

『働く男』は、ひとりの人間が変化する、その瞬間に立ち会えるエッセイです。「現実は小説よりも奇なり」と言いまして、作り話よりも、実際に人が変化してゆく様子ほどショッキングで興味惹かれるものはないのではないでしょうか。

「働く男」だった星野源さんも、「働きたくない男」になった星野源さんも、いずれも同一人物で、矛盾もしない。たぶん、同時に存在して、重きを置く順番が多少入れ替わっただけでしょう。

その〈変化〉が、こうして作品として残されるというのは、表現者だからこそだなぁと思います。もしかしたら、多くの人は変化に気づきもしないのかもしれません。それを、きちんと形にすることで、どんどん新たなものを生み出してゆく。すごいなぁ。

以下個人的メモ….φ(..)

映画のコラムと、作曲した曲の紹介。そして星野源さんが出演した舞台やドラマ、映画等が載っていたので、ここにまとめておく。

ひざの上の映画館

映画コラムにて取り上げられていた映画作品たち

作った曲を振り返ろう!

星野源さんが作った曲に自らコメント

主な出演作、その裏では

星野源さんが出演した舞台、映画、ドラマ、テレビ番組

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『九十歳。何がめでたい』|九十代女子のリアル

こんにちは。話題の本が気になる あさよるです。佐藤愛子さんの『九十歳。何がめでたい』がランキング上位に入ってるのは知っていました。先日、散歩中、道のわきで本書を読みふけっている方がいて、「そ、そんなに熱い本なのか!!」と驚き、さっそく あさよるも読み始めるのでした。影響されやすいです(;´∀`)>

老いも、ネタに昇華するエネルギー

「卒寿? ナニがめでてぇ!」

啖呵で幕を開ける本書。一番最初の話は〈こみ上げる憤怒の孤独〉。いやいや、佐藤先生……キレッキレじゃないっすか~!ブラックや~。笑えん~ww

御年九十歳になられた作家・佐藤愛子さんのエッセイ(現在2017年3月は93歳)で、原稿用紙に手書きで書きあげあられたそうです。

利発でエネルギッシュなお人柄がバンバン伝わってきますが、そこここに隠れている「老い」を丁寧に描写している様子は、気づくとドキッとします。単に、老いを笑い飛ばしているだけでない、ジメッとした感じや、人間の直面する現実がにじみ出ているような……。

ネタも、新聞の悩み相談を度々拾っておられる感じとか、なんか、活動範囲や日々の習慣が透けて見えるような……そういうのドキッとします。

「私の夢はね、ポックリ死ぬこと」
と友人はいった。
ポックリ死が夢?
なるほどね、といってから、けれど、と私はいった。
「あんたは高血圧の薬とか血をサラサラにする薬とかコレステロールを下げる薬とか、いっぱい飲んでるけど、それとポックリ死とは矛盾するんじゃないの?」
すると憤然として彼女はいった。
「あんた、悪い癖よ。いつもそうやってわたしの夢を潰す……」
彼女にとってポックリ死はあくまで「夢」なのだった。そうか、そうだった。「夢」なのだ。彼女は十代の頃、アメリカの映画スター、クラーク・ゲーブルと熱い接吻を交わすのが「夢」だった。ポックリ死はいうならば「クラーク・ゲーブルとのキスなのだ。」現実には掴めないことをわかっていての「夢」である。
「ごめん」と私は素直に謝った。私たちの「夢」はとうとうここまで来てしまったのだ、と思いつつ。

p.27-28

ごめんなさい。こういうとき、どんな顔をすればいいのか分からないの(#^^#)

これ、ユーモアの部分なんですよ。でもね、「老い」を取り出してホラと見せつけられたようです。平易な文章で、これっぽちの文章で、リアルすぎるよ佐藤先生。

そして2017年、高齢社会の日本にとって、これが「共感」なのだろうかと思うと、別の意味でも背中が寒い。

相容れない、世代と世代

一方で、老人の愚痴として、若年層への批判や、進化しすぎるモバイル機器へもおよぶ。

あさよるも一応まだ若者世代(のつもり)ですので、若年世代の置かれている状況や言い分を度外視して、年寄りがの都合の話ばかりなのは、辟易してしまいます。同じような感想を持たれる方も多いようです。

が、これって「お互い様」なんですよね。著者が若い人に理解を示さないように、若者世代も90代の高齢者に耳を貸していない。みんなお互いに忙しいし、大変だし、わけがわからないし、お互いに「どうせわかりっこない」といがみ合っている構図なのかもなぁと気づきました。

世代間格差って、相容れないのかな。

往く道なのか

佐藤愛子さんもお若い頃はブイブイ言わしてらしただろうが、歳とともに文明の利器とも疎遠になってゆくのかしら。年寄りの戯言だと一蹴することも可能でしょうが「年寄り笑うな行く道だ」ってね。

救いなのは、愛子さんがとにかくパワフルで、愚痴は言っても弱音を吐かないところ。体に不自由は現れても、それをネタにエッセイを書きあげる底力。軽快な語り口とユーモア。弱気にならず、「いちいちうるせえ!」と周りを蹴散らすパワー、これ、長く生きるのに必要なのだね。

本書と直接関係ないけど、「老後」のためには「豊かな語彙力」は不可欠っすなぁ。

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『本へのとびら――岩波少年文庫を語る』|宮崎駿のレビューとエッセイ

こんにちは。児童文学が気になる あさよるです。

子ども時代にあまり物語を読まなかったので、大人になってから気になっているんですよね。

最近では、『魔女の宅急便』と『精霊の守り人』が良すぎた。

『新装版 魔女の宅急便』(全6巻)|児童小説をあなどるなかれ!

『精霊の守り人』|守り人シリーズ第一作。謎、バトル、ファンタジー

宮崎駿の岩波文庫レビュー50

本書『本へのとびら――岩波少年文庫を語る』では、前半は宮崎駿さんによる岩波少年文庫から50冊の本の紹介。

そして後半は、宮崎駿さんによる、少年文庫、児童文学に関するエッセイです。

どちらもそれぞれ面白い。

読書の参考にもなりますし、また宮崎アニメの世界を知るにも、彼がどんな作品を読んできたのかという記録は知っておくと、監督の作品世界をよく知れるかも。

軽快なレビューと陰鬱なエッセイ

岩波少年文庫の紹介は、全ページカラーで宮崎駿さんのひと言紹介で、なかなか軽快。

たった一言で、「ああ、この物語読んでみたい」「そうそう!わかる!」と好奇心かき立てられ、時に共感し、とても楽しい。

また、ヨーロッパの児童文学は挿絵も凝っていて、素晴らしい造形が紹介されており、確かに。子ども心に、本の挿絵が大好きで何度も何度も読んだ本があります。

宮崎駿さんのイメージの引き出しとして、本の挿絵があるんですね。

軽快な50冊レビューと打って変わって、後半の児童文学についてのエッセイや、やや重苦しい雰囲気。

それは、子ども時代の独特の陰鬱さにも感じますし、また、宮崎駿さんがアニメ作品の制作にあたる思いにも重なっている様子です。

そもそも、児童文学って、大人から子どもへの思いが存分に詰まったものです。こんな経験をしてほしいとか、こんなものに触れてほしい、こんな考えを持ってほしい。

現在、大人が未来を生きる子どもたちを思う時、重たい気持ちになってしまうのは……いつの時代もそうなのかなぁと思いつつ。

ものがたりと、現実の話

やっぱり、後半のエッセイ部分は読み応えあるなぁと思いました。

宮崎駿さんがアニメの仕事をはじめて、資料室にあった児童文学を片っ端から読んだ話や、今でも新しい作品の構想に児童文学が設定されていること。

この『本へのとびら』で紹介される岩波少年文庫にもジブリ作品の原作もたくさん含まれております。

むふふ、読みたいなぁ。

大人が触れておきたい児童文学

本書『本へのとびら』は、読者は大人でしょうから、大人へ向けて少年文庫を紹介するものです。

「子どもの頃にこんな物語を読んでいれば~」と今さら嘆いても仕方ありませんから、今さらかもしれませんが「いっちょ読んでみよっかな~」と思います。

こういうのって「教養」ってヤツ!?

ジブリアニメだけでなく、世界中の作品に影響を与えているような名作中の名作もそろっています。

岩波少年文庫、ええやん^^

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『笑ってお料理』を読んだよ

料理に必要な鍋と、カツオと昆布のだしのイメージをコピックに描いたイラスト

料理に必要な鍋と、カツオと昆布のだしのイメージをコピックに描いたイラスト

毎日、自分の食事を用意するのが好きです。
お料理というほど凝ったことはしませんが、テキパキと一気に物を作るのは、適度に集中もできて、気分転換にぴったりです。

と言っても、私の「料理」は、材料をザクザクと適当に切って、炒めたり煮たりからめたりして、味付けもポン酢だけでおしまいです。
ポン酢は、お醤油と出汁が合わさっているので、少量からめるだけで何でも美味しく感じます
ただ、気をつけないと味が濃くなりすぎてしまって困ります。

味が濃いと美味しいですが、口の中がその味でいっぱいになってしまって、他の味がわからないし、その次の食事も濃口じゃないと気が済まなくなってしまいます。
薄味で、材料の味をたっぷり味わえる食事ができたらいいのになぁと思います。

図書館には料理や食に関する本がいっぱい

料理や食に関する本を読んでみようと、図書館で関連の書籍を探してみました。
図書館には料理のレシピや、食、食育に関する本もたくさんあるのですね。
これまでスルーしていた分野なので、驚きました。
それと同時に、自分はどのような分野の書籍を探しているのか分からず、結局どの本も手に取ることができませんでした。

少しずつ、時間をかけて開拓してゆきたい分野を見つけました。

料理愛好家の平野レミさん

私はいつもNHK「きょうの料理」を見るのが好きで、番組でも登場が楽しみな平野レミさんの本を手に取りました。
まず、レミさんはご自身のことを「料理研究家」ではなく「料理愛好家」だと名乗っておられます。
理由として、専門的に料理を学んでおらず、「研究科」とはおこがましく感じると書いておられました。

平野レミさんは確かに、料理の専門的な勉強はされていないのかもしれませんが、「楽しく料理をすること」や「美味しく食事すること」の研究は、生涯かけてされ続けている人じゃないかと思いました。

一日三回「楽しく」「美味しく」過ごせたら……

家族のために作る食事や、お客様をもてなす食事も、「楽しく」「美味しく」が優先されていて、そのために、時には時短や手抜きを編み出して、「みんなと囲む食卓」や「一緒に美味しいと言い合える」環境づくりをされているのではないでしょうか。

私は一人で食事を摂ることが多く「孤食」が基本なのですが、それでも「楽しく」「美味しく」は実現できるんじゃないかな。
一日に朝昼晩と、三回も訪れるイベントなのだから、充実した食卓を用意するのも良さそうですね。

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『モンテーニュ―初代エッセイストの問いかけ』を読んだよ

モンテーニュから始まった試み・エッセイが今や誰もがエッセイストになったイメージをコピックで描いたイラスト

モンテーニュから始まった試み・エッセイが今や誰もがエッセイストになったイメージをコピックで描いたイラスト

「無名の人」という存在が気になります。
現在生きているほとんどの人々も、後の時代の人から見ると「無名の人々」でしょう。
もちろん、私もその中の一人です。

ですが、私は知っています。
私は今、生きているし、私と同じ時間を他の大勢の人々も生きています。
その事実は変わりません。

「有名」と「無名」の差は、偶然?

「無名」か「有名」かの違いは、記録に残るかどうかではないかと思います。
現在の世界を動かしているような立場の人は記録に残りやすいだけで、未来永劫に有名人だとは限りません。
同じように、現在無名だからって、将来的にも無名かどうかもわかりません。
ひょんなことで後世になにか、自分が生きた痕跡が残ることもあるのかもしれません。

今や誰もがエッセイスト?

『モンテーニュ―初代エッセイストの問いかけ』を読みました。
モンテーニュはご存知、「随筆」「エッセイ」というジャンルの先駆けです。
自分の体験や経験を自分の言葉で綴るスタイルは、現在ではポピュラーなものですし、エッセイを綴るように、ブログやSNSを更新している人も多いのではないでしょうか。

モンテーニュは裕福な家に生まれ、裁判官を経てボルドー市長も努めており、「無名の人」とは呼びにくいかもしれません。
ですが、それでも、自分の考えたことや経験を書き残すということが、西洋では画期的だったようです。

あくまで「西洋では」という話で、東洋ではその限りではなかったようで、日本でも、『徒然草』や『更級日記』などの、今で言う「エッセイ」のような文献が残っていますね。

このブログも、私にとっては「エッセイ」に当たるのかもしれません。
そう思うと、今や誰もがエッセイストなんですね。

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