エレファントカシマシ

『東京の空』|ロッキングオンジャパン連載・日本語ロックのふるさと

こんにちは。先日、エレファントカシマシの宮本さんのエッセイ本『明日に向かって歩け!』を当ブログで紹介しました。図書館で予約をしていた『東京の空』も届いたので、折角なのでレビューを。前回は結構熱くなってしまったので、今回は淡々といきますw

『明日に向かって歩け!』|エレカシ宮本・あなたはどんな人なの?

音楽誌で連載されたエレカシ宮本エッセイ

本書『東京の空』は、音楽誌「ブリッジ」1999年8月号~2002年4号、「ロッキング・オン・ジャパン」2002年5月号~2003年4月号に連載されていたものです。ハードカバーで、コレクションし甲斐があるし、書籍を購入する習慣がない人でも、読みやすい作りじゃないかと思います。

増刷もされているようですが(あさよるの手元にあるのは第二版)、現在は入手困難なようでAmazonでも値上がりしていますね。現在は12,648円でした。

『明日に向かって歩け!』よりも文字数がコンパクトで、軽く読める内容です(『明日に向かって歩け!』は文字数が多かった)。カルチャー誌で見かける、「とりとめもない連載」とか「毒にも薬にもならない」「誰でも読める」そんなコラムってありますよね。そんは風体に、上手に変装しているようなエッセイ集。……こんな言い方すると変な感じですが、あさよるは先に『明日に向かって歩け!』を読了いたしましたから、あの濃度とエネルギーの文章を書ける人が、紙面に合わせて書き分けているとしか思えない。というか、そうなんでしょう。

コレクションじゃないなら、図書館で

書籍の値段が高騰していることについて。これから本書が読んでみたい方への一例を。

ファンの方で、エレファントカシマシのアイテムを「収集したい」という方は、ファンアイテムとして持っておいてもいいのかなぁと思います。

しかし、収集することが目的でないのなら、図書館で蔵書検索してみてください。お近くの図書館に置いてなくても、周辺の図書館から取り寄せてもらえるかもしれません(各図書館のサービスによる)。お近くの図書館に問い合わせてみて下さい。

便利なのは「カーリル」というサイトです。以下のリンクをご覧ください。

お住まいの都道府県とキーワードを入力します。今回の場合は「東京の空」「宮本浩次」です。↓こんな感じ。

これで検索をかけると各都道府県のどこに『東京の空』があるかわかります。

エレカシ宮本エッセイを図書館で探す

ちなみに、あさよるが在住している大阪府では、大阪市、大東市、豊中市の3つの図書館で計3冊蔵書されているようです。

ファンなら持っておきたいアイテムなのでしょうが、あさよる的には正直、価格が高騰しすぎているんじゃないかなぁと思います。読みたい方は図書館もあたってみて下さい。なんなら、国会図書館で連載誌面を閲覧しても。

というか、ファンの方ならみなさん既に一度は目を通しておられて、その上でのコレクター価格なのかしら。

宮本浩次うまいなぁw

「そうそう、ミュージシャンのエッセイってこれこれっ!」

それにしても、想像以上に『明日に向かって歩け!』にアテられていたのかもしれないなぁ~(苦笑)。先にどっぷり濃ゆい方を読んでしまったようで、ちょっと二冊目のエッセイ読むのにビビっている自分がいましたw しかし、読んでみるとアラふしぎ!なんかむっちゃ普通の音楽誌のミュージシャンの連載ジャマイカ!

ああそっか、著者の宮本さん、連載誌に合わせてかき分けてらっしゃるのか……うまいなぁ。語られている自身のエピソードを語るというスタイルは『明日に向かって歩け!』も『東京の空』でも共通なんですが、毒々しさが全く違う。というか、別人が書いてるのか??と疑いたくなるのですが、これも宮本さんが書いてるの??

エピソードも、面白くてぶっ飛びエピソードではあるものの、極端に良識や社会ルールを逸脱したものは書かれない。あたり前だけどw この辺のバランス感覚もうまいなぁ。メディアに出演なさっているのを見ていても「分かってる人だなぁ」という確信が強くなりましたw やっぱ長く活躍なさってる人ってきちんとなさってるんだなぁと、よくわからん感慨に浸るw

『ジャパン』読者よありがとう。いずれまた会おう

という締めくくりで雑誌連載は終了する。「いずれまた会おう」と仰っているのだから、あさよるも再び紙面や書籍で宮本さんに会えるだろうと楽しみに思っておきましょう。

てか、今度ライブ行くから!

昔、あさよるも音楽誌を熟読していた頃があったのに、この連載は読んでいなかったなぁ。勿体ないことをした。

内容も、音楽誌での連載とあってか、『明日に向かって歩け!』よりは音楽の、日本語ロックの話に触れられていてうれしい。これを読みたかった。

しかし、やっぱり宮本浩次は多くを語らない。彼のエピソードは知れたけど、彼の人となりのようなものは、やっぱりつかみどころがない。飄々と東京の空の下、風に吹かれているような。いいなぁ。

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『明日に向かって歩け!』|エレカシ宮本・あなたはどんな人なの?

こんにちは。軽くエレファントカシマシにハマっている あさよるです。今年(2017年)に発売されたベスト盤を聞いて盛り上がった勢いのまま、ライブのチケットまで取ってしまいましたよ(〃▽〃)> 楽しみでゴザル

そして、メンバーの宮本浩次さんのエッセイがあると知り、これは読んでみたいと入手いたしました。

といっても、2017年6月現在絶版になっているようで、価格が高騰しております。今、Amazonを見ると一冊19,500円でした。ひえっ~!ということで、あさよるは図書館で本を借りました。

エレカシ宮本浩次のエッセイ

2000~2001年に〈週刊プレイボーイ〉にて連載

本書はエレファントカシマシの宮本浩次さんが2000年~2001年にかけて雑誌「週刊プレイボーイ」にて連載していたエッセイ集です。

どういう経緯で週プレ連載が始まったのか、また、紙面ではどのように掲載されていたのか分からないんですが(と、ググると雑誌に見開きで連載されてたっぽい?)。章立てされているわけでもないので、どこからどこまでがひとまとまりなのか分からないまま読了してしまいました。

で、なんで週プレで連載なの?と不思議に思ったのですが(音楽誌とかじゃなく)、「週刊プレイボーイ」のwikiを見ますと、週刊プレイボーイの六カ条なるものがあるそうで…

『プレイボーイの名は、カッコいい魅力ある青年のイメージです。』
『プレイボーイは、青年の週刊誌です。』
『プレイボーイは、読者に楽しみを売る週刊誌です。』
『プレイボーイには、人生の知恵があります。』
『プレイボーイには、読者のみなさまの暮らしに直結した実用性に徹します。』
『国際感覚の雑誌、10月28日創刊です』

週刊プレイボーイ – Wikipedia

これを見ると、確かに「カッコいい魅力ある青年」とか「人生の知恵」とか、当時のエレカシや、宮本さんのイメージにあっているような気もする。ちなみに、連載時、宮本さんは35歳だ。「カッコいいお兄さんの連載」って感じだろうか(想像)。

ネットがなかった時代の情報源・娯楽

今の感覚で『明日に向かって歩け!』を読むと、やたら時事ネタで政治ネタが多用され、「新聞は毎日読んでいる」と言う宮本さんに、社会派な印象を持ってしまう。しかし、落ち着いて考えてみると、連載当時はまだインターネットは今のように普及しておらず、携帯電話(ガラケー)だって、持ってない人もいた頃です。情報源と言ったら、紙に印刷されたものしかなかった。時代が変われば変わるもので「毎日新聞を読む」というだけで、珍しく思えてしまう現代……。

自動車免許を取って、楽しくて自動車を運転しまくった話もあるが、これも今の感覚で「30代男性がポルシェを乗り回す」と言うのと、感覚が違う気がする。当時、どんな娯楽があったんだろうか。あと、NHKの中国語講座を見て勉強したって話があるが、ネットが普及した今の感覚とは違っているかも。

今よりもずっと、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌は、とても貴重な情報源だった(あさよるは、ネットがなかった時代どうやって自分が生きていたのかもう思い出せないから、定かではない)。

今新たに読む人や、特に若いファンの方たちなんかは、時代背景を頭に入れて読まないと、わかりにくいかもしれない。

時事ネタの間にチラ見する素顔

内容は、その時々の時事ネタ政治ネタに始まり、あれこれととりとめもないことが書き連ねてゆく感じ。読んでいてなんとなく、世紀の変わり目の我々はのんびりとしているような気がした。その後21世紀に起こる出来事や事件、災害を知っている未来の我々からするとね。

ネットリテラシー高いなぁオイ

実は、単行本一冊まるまる使っても、宮本浩次という人は素顔をほとんど見せてくれない。掴みどこがなくって、素顔を見てやろうと目を凝らすと逃げられてしまう。いや、宮本さんがどんな方なのか知らないから、実のところはわからないけれど。

彼のことが知りたかったのに結局、彼がどんな人なのかはわからなくって、ああもう。見たいものが見せてもらえない。だから、もっと見たくなる。エンターテイナーだなぁ。

彼は、本が好きだ文学が好きだと言うが、本書では読書についてほとんど触れられない。ちなみに、あさよるは宮本さんがラジオのインタビューを受けているのを結構たくさん聞いたつもりなのだけれども、やっぱり彼はほとんど何も教えてくれない。

本書内では、政治の話題をたくさん扱うくせに、むちゃくちゃ上手に話を逸らす。いや「逸らす」っていうと嫌な感じがしてしまうけれども、ちゃんと「大人の」「良識ある」語り口なのです。言うべきことは言うが、余計な尻尾は掴ませない。

要は「書いていいことと悪いこと」をよく分かってらして、「ああこの人はTwitterやっても炎上しないんだな」って確信した(基準それ?w)。これは編集者が優秀だという説も拭えないが、他のインタビューを聞いていても宮本さんは「言っていいことと悪いこと」を絶対に踏み越えない。

ということは……

とても常識的で分別があって、だけども破天荒で子どもみたいな顔を持って……って!ギャップかっ!魅力的すぎるやろ!パーフェクトかっ!

普通の30代の男の子

で、で、で。ここまで書いて、それでも時折チラッと等身大の宮本さんの、横顔や後姿くらいが見えた(気がする)とき、もう、もう。もう!夢中ですよね~。ですね~。すいません、ニワカの癖にウダウダと書いておりますm(__)m

でね、やっぱ30代の男の子って、こんな感じなんだろうなぁ。憧れの車に乗ったり、ヨーロッパに建築見に旅出ったり、本人にとっては大事なコレクションを集めたり。

時折、恋の話や、両親の話、故郷の話、昔の話、今の話、仕事の話。とりとめもなく、つかむ間もなく過ぎ去っていく日々は、ボーっとしているとあっという間になくなってしまう。その〈時間〉〈人生〉〈老い〉を意識し始めるのもまた、その年頃なのでしょう。

世紀の変わり目、時代の変わり目、人生の変わり目の、30代の一人の男性の読み物として、リアル。

言文一致かよっ!

リアルな感じがドキドキしちゃう原因は、言文一致と言いますか、まるで本人が喋っているかのような文章がヤバイ。というか、あまりにも引っ掛かりがないのでスルスルと読み流しちゃいそうだけれども、「喋っているかのように書く」ってすごくないか?

聞き書きなのかな?と疑いたくなるが、原稿用紙に宮本さんが執筆されたものらしい。

ちなみに、あさよるはこんな風にブログを書いているけれども、もちろん喋り言葉はこんなんじゃない。あさよるはこんな人じゃないのだ。誰だって、書き言葉と話し言葉って違うものだと思っていたが、すごい。臨場感。

熱血文系サブカルエッセイ

『明日に向かって歩け!』は初っ端から妙なテンション。原付でいうところの、常に2速くらいで走り続けているようだ。ああ、ぜひもう一段ギアチェンジしたい。させてくれ!……と思う感じなのだ(変な喩え)。

で、宮本さんがテレビやラジオ等のメディアで、どちらかというと「面白おかしく」あるいは「おっかなびっくり」な扱いをされているのを見るにつけ「落語か!」と思っていた。落語の登場人物のようだし、あの声も喋り方もぴったりじゃないか。と、爆笑問題の太田さんが宮本さんに「落語をやって欲しい」と仰っていて、おお!と嬉しかった。そして、宮本さんは意外にも、落語は聞かない様子で、それが逆にますます落語の登場人物っぽかった。

こ、このテンション……

しかし!『明日に向かって歩け!』を読んで、この妙なソワソワ感がある作品を連想させた。それは!『燃えよペン』である!ちなみに、このブログを書くにあたり今さっき『燃えよペン』を読み返したところなので、あさよるのテンションもおかしい。

『燃えよペン』とは、マンガ家・炎尾燃が、ただマンガを描く熱血マンガである。続編に『吠えよペン』があり、さらに近年ドラマ化された『アオイホノオ』も同シリーズである。

これ以上『燃えよペン』について説明し始めるとこの記事の終わりが見えなくなるので今回は自粛しておくが、ぜひ一度は読んで欲しい一冊です、はい。

そうか、『明日に向かって歩け!』は熱血文系エッセイだったのか!ついでに言うと、サブカル的要素も見逃せない。宮本浩次は多くを語らない。宮本さん自身がなんらかの理屈があっての言動だろうが、多くを語らない故に、若き読者らのサブカル魂に火をつけてしまいかねない。熱い!熱いぞ!

だからというわけではないが、宮本さんは『巨人の星』を愛読しており、周りの人にも読ませて布教活動までしていると書かれている。熱血スポ根マンガを読んだ世代の文系オタは、熱血文系オタクになるのは当然ではないか

……と思ったが、はてさて、宮本さんが「オタク」と称されているのはあまり見た/聞いたことがない(気がする)。あさよるの友人に大のエレカシファンがいたが「ミヤジの凄さ」を語ることはあっても、「ミヤジのオタク性」の話は聞いたことなかった。だからニワカファンにとりましては、本書はとても意外な内容だった。ファンの人たちの間ではどんな語り方をされているんだろう。

週プレ読者の青年よ!

当時の「週刊プレイボーイ」の読者層がどんなだったか あさよるは知らないが、青年向け誌でこの連載は、なかなか熱いものだったんじゃなかろうかと思う。

だって、連載の最中、著者はコルビュジェの建築を見ようとヨーロッパ旅行に出かけるのだ。これは取材なのだろうか?と気になりつつ、コルビュジェ建築の前でたたずむ宮本さんの姿はどことなくほほえましい。ル・コルビュジェは「モデュロール」という、人の体の規格を考えた人だ。その規格をもとに建物や家具を考える。

「〈規格化されない才能〉持つ宮本浩次がぁ!何、コルビュジェ建築って!嫌味かぁ!」と、凡人あさよるは僻んでさえもしてしまいそうだ。ああ、なんか、いろいろ考え始めると止まらないじゃないか。

……当ブログでもコルビュジェ扱っております。あさよるも好きなんです。コルビュジェのソファーに座っている宮本さん、羨ましいです。

『もっと知りたいル・コルビュジエ』を読んだよ

2000年当時って、まだ「オタク文化」が今ほど市民権を得ていなかった時代だ。宮本さんの趣味や嗜好って、当時はまだ珍しかったんじゃなかろうか。だから、この連載って、読む人が読めば刺激的だったろうと思う。少なくとも、当時高校生だったあさよるがもし週プレを読んでいたら、絶対に毎号スクラップして集めていただろう。

追記:『東京の空』も読みました

続編として、宮本浩次さんの『東京の空』も読みました。こちらは音楽誌で連載されていたものだそうで、雰囲気がまるっきり違っていて驚いた!

合わせてどうぞ・

『東京の空』|ロッキングオンジャパン連載・日本語ロックのふるさと

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『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』|人間100年の時代、求められるものは?

こんにちは。YouTubeで音楽を聞き始めて、抜け出せない あさよるです。エレファントカシマシの『RAINBOW』って曲が超カッコよくてですねぇ。

エレカシのCDずっと聞いているのですが、今年はエレカシデビュー30周年で、日本全国回るライブも始まるようでして……あさよるも一回行きたいなぁと狙っています。

エレカシのメンバーはもう50歳と言うことで、いやぁ、あさよるも歳を取るはずだなぁなんて思いつつ、みなさんとても50歳には見えなくって、若々しくてかっこいいっす。

「年齢に見えない」ってのは特別な人だけではなく、街中のおっちゃんおばちゃんたちも若い人が多いですよね。とても「お年寄り」とは呼べないような風貌の方もたくさんいますし、みなさんオシャレだし、なにより気持ちがめっちゃ若い。もう三十代半ばに差し掛かろうかという あさよるでさえ「若者」な気になってしまうという不思議。

「いつまでも若くいたい」という願いだけでなく、「若くいなければ」という空気感が、「年老いてゆく自分」を受け入れられずに

『「若作りうつ」社会』|いつまでも「愛され」「モテ」でいたい

話は戻って、さっきのエレファントカシマシの『RAINBOW』は、光陰矢の如し。過ぎ去る時間は早く、気づけば足元が崩れ落ちそうな切迫感や、どうしようもなさにドキドキしてしまった。あさよるも以前、そんな世界で生きていた気がするけれども、すっかりのんびりダラーンと毎日を生きている・・・(・ω・`)

「人間100年」の時代を見すえて

前置きが長いですが、今回読んだ『LIFE SHIFT』は人生100年の時代が到来しようとしている今、考えておくべき事柄です。

「人間五十年」と「敦盛」を織田信長は愛したとかどうとか言いますが、敦盛の倍も生きることが、ポピュラーな時代になる?たしかに、団塊の世代はもう70代に差し掛かり、年齢的には「老人」かと思いきや、彼らはまだ自分たちを「老人」とは考えていないと言います。100まで生きると考えると、確かにまだ先は長い。

『LIFE SHIFT』では、人生100年の時代を見据え、ケーススタディを交えながら新しい時代の人生を考えます。

生き方、働き方、家族の形

寿命が伸びると、時間が増えます。時間が増えると、その分の生活費が必要になります。生活費を工面するためには、働かないといけません。

これまでの人生は、「教育→仕事→引退」と3つのステージしかありませんでしたが、今後は人生のステージが多様化が予想されます。単純に「仕事」のステージを長くなるでしょうし、また「教育」も卒業すれば終わりではなく、キャリアアップが重要にもなるでしょう。

また、大いなる時間をどうすごすのか。趣味の時間や、余暇の時間が増えると……何がこるのでしょうか。

そして、家族の形。一生同じパートナーと結婚生活を続ける人は今よりも少なくなるのかもしれません。30歳で結婚しても、100歳まで生きたら70年も連れ添うことになりますからね……途中で婚姻関係を破棄するカップルも増えるんじゃないのかなぁ。

人生が長くなると、子育ての様子も変わるのかもしれません。夫婦の形が変わるのですから、パートナーとの結びつきよりも、血縁の繋がりが強くなるのかも。この辺は『LIFE SHIFT』はアメリカの本ですから、そもそも日本の「家族」とは違うのではないか?と想像します。

モデルのいない最初の世代

我々は生まれ年が10年ごとに、2年ずつ寿命が伸びていると言います。あさよるよりも、10歳年下の人は2歳、20歳年下の人は4歳、30歳年下の人は6歳、長く生きられる可能性が高い。

これまで、100歳まで生きる人は稀でした。ですから、とてもめでたいものとして祝われてきました。しかし、生まれた人の半数が100年以上生きる時代が来れば、100歳は当たり前の時代になります。現在はまだ100歳の人は珍しいですね。しかし、80代90代で健康で活発な人はたくさんいますから、今後1世紀以上生きる人は増えるでしょう。

問題があるとすれば、今の私たちは「100歳の人がたくさんいる社会」を知らないことです。何が起こるのか。どんな価値観や思想の元、我々は生きるのでしょうか。

たぶん「寿命が延びている」というのは事実でしょう。それにより、これまでの人生のモデル、社会のモデルが通用しなくなっています。「高齢化社会」に伴う問題がまさにそうですね。

本来、多くの人が長生きできるのはヒジョーにヒジョーに喜ぶべきもので、人類登場以来の悲願で有り続けたことでしょう。その喜ぶべき事柄をきちんと喜びのままに成就できる用意、できていますか?

求められるモノも変わってゆく

人生100年時代は、求められるモノやサービスも変化するでしょう。今まで以上に求められる業種もあるでしょうし、全く新しいビジネスモデルも登場するでしょう。なんてたって「今までとは違う社会」がやって来ようとしているのです。

一体、自分は何歳まで生きるのか?そのためになにをすべきなのか?

そして、長寿の社会で、どんな仕事をすべきだろうか?何が求められているんだろうか?

ぼんやり考える材料に『LIFE SHIFT』はなりました。結構分厚目の本なんですよ。けども、読みやすい内容でした。

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