コンピュータ・IT

『「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる』|ブログで一攫千金

プロブロガーの立花岳志さんが、ブログを使ったマネタイズ方法を紹介する。ブログから飛び出しセミナーや書籍の出版、マスコミへの出演など、幅広い活動を狙う。これから起業したい人はもちろんだけど、会社員だって、今の状況を飛び出した人なら、誰もがマネできて参考になる考え方が紹介される。

ポイントは本書の冒頭で紹介される。今やSNSのアカウントに日常的に何かを投稿する人はたくさんいて普通だ。だけど、ただ身内向けにInstagramやFacebookに近況報告し「交流」しているだけの人が圧倒的多数だ。大事なのは、情報を「発信」することである。

おいしそうな食事の写真を投稿して「いいね!」集めをしても、それは「交流」。そうじゃなくて、どのお店のなんていうメニューがどんなふうに美味しかったのかと「発信」する。よく似ているけれども、やっていることは全然違う。ローカルな話題だって(むしろローカルだからこそ)、世界中の誰かにとっては有益な情報だったりする。つまり、情報発信というのは、きちんとすれば誰かの役に立つことだったりするかもしれない。自分の承認欲求を満たす「いいね!」集めから、どこかの誰かに役立つ情報を発信するのは、かなり違う話なのだ。

で、情報を発信するには、ブログが向いている。そして、そのブログをより多くの人に見てもらえるようにSNSを利用しましょうというのが、本書の入り口なのでありました。

ででで、わたしもブログをやっているけれども、お金とは縁がないんすよね~。本を出したいとも思わないし、テレビなんか絶対出たくないと思っているから、先の展開が起こらないのだろうか……。

ただ、お金の使い方を変えるのが大事だというのは、よくわかる。「安物買いの銭失い」という言葉もありましてね……。わたしもここ数年でかなり意識的にお金の使い方を変えてみた。といっも、入ってくる収入の量は変わってない。つまり、出ていくお金の額も変化してないのに、安物買いをしないだけで、QOLは爆上がりしている。ここでマジで収入が増えたら、どんなことが起こるんだろうなぁ~。

なんて、遠い目をして考えてみる。

著者によると、ブログはプロフィールページが重要らしいので(共感ポイントらしい)、近々自己紹介をバージョンアップさせてみようと思います(^^)>

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『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』|日本人の読解力がヤバイ!

こんにちは。あさよるです。本書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』は出版当初から話題なっており、ずっと読みたかった本です。本書では、「AIは人間の知能を超えない」としながらも、楽観的な未来を描いていません。むしろ危機感を持って啓蒙されています。

AIが苦手とする文章の読解が、多くの人も同じく苦手で、AIが多くの仕事を担う世界では、一部の人を除いて失職してしまうだろうと危惧されているからです。

その反面、小さな希望として、読解力を大人になってからも伸ばした人の存在にも触れられています。また、論理的に文章を読解できる人は、別に特別な教育を受けなくたって、勝手にネット上で好きな大学の講義を聴講し、勝手にテキストを読んで学べます。それは、今あまり良くない立場にいる人にとっては希望になるのではないでしょうか。

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』は、話題になるだけあって、自分自身を省みて「お、オレの読解力もヤバイじゃんww」と冷や汗が止まりませんでした。他人事ではなく、自分事として読むべき本ですね(;’∀’)

多くの人<AI<一部の人

近年のAIブームから、「AIは人間の仕事を奪う」とか「AIが人間の知能を上回り、制御不能になる」もっといえば「AIによって人間は滅ぼされる」なんていう映画『ターミネーター』さながらの話題まで飛びだします。本書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』では、「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト――通称「東ロボくん」プロジェクトに携わっている新井紀子さんが、AIのホントのところを紹介するものです。

AIは人間の知能を凌駕しない

本書によれば「AIが人類の知能を上回り制御不能になる」ということはないと説明されています。コンピュータがどんなに「知能があるかのように」見えたからと言って、計算機であることには変わらず、計算機に知能は宿らないというものです。

当ブログでも過去にAIについて書かれた本を紹介しましたが、どの本でも「AIの研究は進んでいる」「だけど、みんなが思っているほどの技術はまだ遠い」というようなこととが、ズバリ書かれていたり、やんわり明示されていたりしました。ただ、本書ほど「AIは人間の知能を超えない」と明言されている本は初めてかも。

また「東ロボくん」プロジェクトは、AIを東京大学の入試に合格させることが目標ではなく、「AIにできることとできないこと」を知るためのプロジェクトであったとも紹介されています。そしてたぶん「東ロボくん」はもう少し模試の成績は良くなるかもしれませんが、東大には合格しないだろうと予想されています。

AIは多くの人より既に賢い

「あぁ、じゃあやっぱAIって大したことないんだ」というと、それは違います。「東ロボくん」は東大には届きませんが、すでにMARCHや関関同立の学部には合格点を取っています。すでに偏差値は57.1。別の模試では偏差値61.8を獲得したそうです。まずは東ロボくんの快挙に拍手。

そしてそれはつまり、多くの人は「東ロボくんよりも偏差値が低い」ということでもあります。

AIは、一部の優秀な人間の知能を上回ることはないけれども、多くの人をすでに上回ってしまっているのです。

「AIにできない仕事ができる人」は少ない

「AIが人間の仕事を奪う」と言われる反面、「新しい技術が普及すると、新しい仕事が増え、仕事はなくならない」と考える人もいます。例えば、自動車の登場によってなくなった職業はたくさんあったでしょうが、変わりにバスの運転手や、ガソリンスタントの仕事や、自動車エンジニアの仕事など、自動車にかかわる仕事が生まれました。AIも、AIの普及によって新たな仕事が生まれると予想されているのです。

しかし……本書ではあまり明るい未来を描いていません。まず、いずれ新しい職業が登場するとしても、一時的に人々は失業し、仕事にあぶれる人が大量に生まれてしまいます。それは産業革命のあとにも世界中で起こり、のちに世界恐慌へ突き進みました。

そしてもう一つ。AIの苦手な分野は、将来も人力で仕事がなされるでしょう。しかし、「AIができない仕事」は「多くの人にもできない仕事」であるということです。AIが仕事の大部分を担うのですから、人間にはより専門的だったり、特別な技術や知識が必要な仕事が回ってくることになるからです。どれくらの人が、それらの仕事に対応できるのでしょうか。

そして本書の著者は、子どもたちの読解力の調査結果から、危機感を抱いています。

日本人の読解力がヤバイ

「東ロボくん」は文章の読解が苦手です。AIは所詮は計算機で、文章の意味を理解できないのです。なんとなく日本語っぽい文章を組み立てることはできるし、統計から一番それらしい答えを選ぶこともできる。だけど、言葉の意味を理解しているわけではないので、人間は絶対しないようなあり得ないミスをしたり、人間にとっては簡単な問題が解けません。

そこがAIの弱みなのですが、実は多くの人たちも、文章を読み解けず、論理的思考ができていない実態が、中高生の読解のテストで明らかにされていました。

ちなみに「ゆとり教育だから文章が読めない」という主張ではなく、読解力はどの世代もあまり変わらないとされていました。つまり、中高生の読解力が低いということは、多くの大人たちも同じということです。

(成績にかかわらないテストのため、手を抜いたり、適当に答えているから成績が悪いのではないか、という疑問にも答えておられました。回答を一つ一つ精査し、真面目に答えたと言い切れる答案を集めたそうです。また選択問題なので適当に答えている可能性もありますが、それも含んだうえで統計的に結論してます。多くの中高生や新大学生は真面目にテストに取り組んでくれていたと紹介されています)

ちなみにこんな感じの問題。

次の文を読みなさい。

アミラーゼという酵素はグルコースはつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も最適なものを選択しから一つ選びなさい。

セルロースは(  )と形が違う

①デンプン ②アミラーゼ ③グルコース ④酵素

p.204

この問題は、新聞社の論説委員から完了までが③グルコースを選んで間違いが多発したそうです。

ほかの問題は、この辺の記事を読んでみてください↓

あさよるもザーッと問題を読みましたが、ぽちぽち間違ってて焦った(;’∀’)(;’∀’)

訓練すれば論理的に話せる

読解力を上げる方法はまだよくわかっていないそうです。本書ではちょっぴりショックな調査結果がまとめられていました。

全国2万5000人を対象に実施した読解力調査でわかったことをまとめてみます。

・中学校を卒業する段階で、約3割が(内容理解を伴わない)表層的な読解もできない
・学力中位の高校でも、半数以上が内容理解を要する読解はできない
・進学率100%の進学校でも、内容理解を世する読解問題の正答率は50%である
・読解能力値と進学できる高校の偏差値との相関は極めて高い
・読解能力値は中学生の間は平均的には向上する
・読解能力値は高校では向上していない
・読解能力値と家庭の経済状況には負の相関がある
・通塾の有無と読解能力値は無関係
・読書の好き嫌い、科目の得意不得意、1日のスマートフォンの利用時間や学習時間などの自己申告結果と基礎的読解力には相関はない

p.227-228

あさよるが個人的に意外に感じたのは、

・読解能力値は高校では向上していない
・通塾の有無と読解能力値は無関係
・読書の好き嫌い、科目の得意不得意、1日のスマートフォンの利用時間や学習時間などの自己申告結果と基礎的読解力には相関はない

の3つの項目でした。

まず、中学生の頃は学年とともに読解力も微妙に上がってゆくのですが、高校生になると横ばい。つまり、その人の読解力はもう、中学生の時点で決まってしまっているということ。

また、塾通いと読解力は関係ないというのは、お金を出している親御さんにとってはしんどい結果じゃないでしょうか。

そして、当あさよるネット的には「読書の好き嫌いと読解力は関係ない」というのがショックですねw と言いつつ、読書習慣がある人にもいろんな人がいるのも知っているし、本を読んだからって頭が良くなるわけではないことは自分が一番よく痛感しているので、納得(苦笑)。

しかし、

・中学校を卒業する段階で、約3割が(内容理解を伴わない)表層的な読解もできない
・学力中位の高校でも、半数以上が内容理解を要する読解はできない
・進学率100%の進学校でも、内容理解を世する読解問題の正答率は50%である

という結果は、想像もしてなかったので、かなりショックでした。これ、ヤバくね?

ちなみに「日本人の読解力が下がっている!」と言っても、世界的にはトップレベルです。ただその理由は、日本は移民を受け入れておらず、日本語を母国語としている人が圧倒的多数なため、語学力が高く出るのは当然のこと。今は下駄を履いている状態なことを忘れてはいけません。

読解力を上げることはできるの?

この「読解力」というものが、いったい何なのかは、東ロボくんプロジェクトではまだわかっていないそうです。ただ「精読する」ことにヒントがあるかもしれない、と著者の新井紀子さんご自身の体感として紹介されていました。

また、面白いなぁと感じたのは、冤罪で容疑者となり、のちに無罪になった人たちに取材すると、みなさんとても論理的に受け答えをし、「なんでこんな人が疑われたんだろう」と不思議に感じるそうです。彼らはきっと、元々は普通の人で、しかし裁判で自らの無実を訴えねばならない状況に追い込まれ、論理的に話す能力を身に着けたのではないかと考えられます。

高校生以降は論理的な読解力は横ばいであるという調査結果ですが、それ以降は読解力が伸びないとは限らないようです。大人になってからでも、読解力を伸ばした人はいます。

将来、本当にAIに仕事を奪われる人はいる……というか、すでにもうAIは実装され、人員削減は始まっています。「AIにできない仕事」ってなんだろうと考えつつ、論理的思考力、大事。

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『AIとBIはいかに人間を変えるのか』|人類の新ステージ?

『AIとBIはいかに人間を変えるのか』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。連休中に西洋音楽史の本を読みまして、「音楽」って普遍的で大昔から変わらないものだとばかり感じていましたが、今私たちが馴染んでいる「音楽」は意外と新しいものなんだと知りました。西洋ではかつて音楽は神様の世界のもので、禁欲的。今の私たちにとっては「全然楽しくない」感じです。ポピュラー音楽に至っては、20世紀、第一次大戦が終わってからのもの。もっと言えば、我々が慣れ親しんでいるのは「録音音楽」です。レコードとプレイヤーで楽しむことを「音楽」と呼ぶのは、歴史の中ではかなり特殊な環境です。

西洋音楽史 「クラシック」の黄昏 (中公新書)

今当たり前すぎて疑うこともない価値も、意外と新しいもので、歴史が浅いものってあるんですね。「不変」だと「信じていた」というのは、もう信仰です。「ああ、私は近代を信仰しているのか」と気づき愕然としました(;’∀’)

今回紹介するのは『AIとBIはいかに人間を変えるのか』という、これから訪れる「人類の新しいステージ」を考える内容の本です。現在、先進国は軒並み伸び悩み、成長できずにもがいています。景気対策を打っても国内の格差は広がるばかりで、国の中が貧しくなっています。現状を打破するためには、今の社会の形を根本から変える必要があるのではないか? そこで注目されているのがBI(ベーシックインカム)です。

また、AI・人工知能の技術的な進歩により、人間の働き方の変化が期待されています。また、男女同権により女性の社会進出も進んでいます。後進国だった国々は経済発展しています。インターネット網は地球を包み込み、インフラのない土地にも等しく知識や教育が行き渡っています。世界は変わっています。さて「人類の次のステージ」はどのようなものなのでしょうか。

AI、BIとは

AI・人工知能もBI(ベーシックインカム)も、どちらも近年よく見聞きする言葉です。AIとBIについて触れつつ、このAIとBIが合わさって、もたらされる「未来」を考えます。

AI・人工知能とは

まずAI・人工知能とは。1930年代コンピュータの登場した当時からAIの登場が構想されていました。しかし二度ののAIブームは合ったものの、AIの冬の時代も長く、順風満帆とは言えませんでした。2012年にGoogleが「ネコを判断できるAI」を開発し、一躍有名となりました。その頃から「ディープラーニング」によるAIの進歩が注目され、現在は第三次AIブームといったところでしょうか。

近年、AIが飛躍的に進歩したのは、ビッグデータが扱えるようになったことと、インターネットの普及により膨大な数の写真や映像、データがインターネットにアップロードされるようになったことが影響しています。

今後、AIの進歩により、人間の仕事がAIに取って代わられると話題です。一方で、AIの進歩によって新たに生まれる仕事もあるでしょう。今の子どもたちの半分以上は将来、今は存在していない職業に就くと考えられており、感覚的にもなっとくできます。

コンピュータが人間の仕事の多くを引き受けるなら、人間はより「人間らしい」活動に集中することができます。

BI(ベーシックインカム)とは

BI(ベーシックインカム)は、経済成長が軒並み頭打ちしている先進国の、現状打破策として注目されています。先進国では、かつてのような経済成長が起こらず、経済対策を打っても国内の貧富の差が拡大してしまうジレンマに陥ってます。

BIは「健康で文化的な最低限の生活を営む」ために国民全員に現金で与えられる基礎的(Basic)給付(Income)で、政治学では“生存権所得”とも言われている。このBIは、様々な社会保障制度を一元化できる上に、給付漏れが起こらず、受給者にも理解しやすいシンプルな制度であることが評価されている。

p.104

BI(ベーシックインカム)は実験的に導入される例も登場し、貧しい人たちが前向きに人生設計を考え、豊かに生きようとし始めるなど良い結果があり、期待されています。

BI(ベーシックインカム)の良いところは「シンプル」。本書では、全ての国民に月8万円を現金で給付することが想定されています。すると、年金制度や健康保険、生活保護などの社会保障が一元化され、ムダなコストも削減できます。なにより、ややこしい手続きが不要になることで、役人の数を減らすことができます。

財源として、まず国の社会保障をシンプル化することで浮いたお金を財源に回します。また税率を引き上げ、国の収益を増やします。本書では消費税を18%に引き上げても、毎月8万円ベーシックインカムを受け取る額の方が多く、貧しい世帯にもダメージはないと計算されています。

BI(ベーシックインカム)の導入を阻んでいるのは官僚たちです。ベーシックインカムが導入されると、社会保障に関わる官僚たちの仕事がなくなってしまいますから、「ベーシックインカム的」な制度は遠ざけられています。

より「人間らしい」活動を

AIの到来により、コンピュータが人間の代わりに働く未来では、人間は「より人間らしい」仕事に集中することができます。

またBI(ベーシックインカム)導入後の未来では、「死なないために働く」という労働から解放され、人々は「豊かに生きるために働く」ようになります。今、嫌々やりたくない仕事をしている人も、ベーシックインカムが導入されれば今の仕事にこだわる必要はなくなり、豊かに生きるための人生設計を考え始めるでしょう。それはつまり「より人間らしい」人生を生きようとすることです。

AIとBIの未来は「より人間らしい」世界がやってくると想定されます。これは、かつて農業革命や産業革命によって人類が「進化」したように、AIとBIが人類を「新たなステージ」へと導くものではないか?と考えられます。

『AIとBIはいかに人間を変えるのか』挿絵イラスト

「豊かに生きる」ことができますか?

はてさて、AIとBIの未来は明るい!みたいな感じがしますが、問題は命が保証され、お金も保証されたとき、ハッと気が付くのです。「豊かに生きる」ことってどんなこと? もしAIが面倒な仕事を引き受け、BIで最低限の生活の保障がなされているとして、あなたはどう生きますか?

今、「楽しむ」という言葉が乱用されているように感じます。スポーツ選手も、「試合を楽しみます」ってインタビューで答えていますし、学校の勉強も「楽しんで学ぶことが良いこと」のように語られます。プライベートな時間はまるで「楽しくないと生きている意味がない」くらいの勢いで、ライブやレジャーや、食事やショッピングなどの予定を詰め込んでいる人がたくさんいます。

みんな身づくろいも小奇麗で、清潔感のある爽やかな人ばかりになりましたね。

もしかしてすでに私たちの社会は「死なないように生きる」時代は終わり、「楽しく生きなければならない」という価値が到来しているのではないでしょうか。しかもそれは強迫観念的に執着して。AIとBIによって人類が新しいステージへ進んだなら、私たちは今以上に「豊かに生きる」ことこそが「人間らしさ」であり、「お金の価値ではない豊かさを生きなければならない」時代が到来するとも考えられます。

BIは単に「働かなくていい」「怠け者が増える」政策ではなくて、もしかして「結構キツい」時代が来るのかもしれません。今はほら、連休に海外旅行へ行ったInstagramドーン! 彼氏にプレゼント貰ったドヤァ。ママにバーキン買ってもらったFacebook投稿いいね! なんかをしてるだけで満足できるけど、「新しい時代」はそれじゃ豊かじゃない。「お金の豊かさじゃない豊かさ」をアピールできないといけない。

新しい時代は。「センス」とか「才能」とか「オシャレ」とか「ステキ」とか「可愛い」「美形」とか、そういう価値が重要になるんじゃないのかな? 「ダサイ奴」は生きにくい時代になってしまうのだ。はてさて、「ステキ」に生きられるように、生涯邁進し続けなければならない人生、〈楽勝〉な人と〈ムリゲー〉な人に、パッカリ分かれるんじゃないかしら。

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『スマホ断食』|落ち着け!人とつながりすぎネット時代

『スマホ断食』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。あさよる家には中学生の頃Windows95がやってきて、高校生の頃から24時間ブロードバンドで常時ネット接続されるようになりました。10代の頃、朝まで友だちとチャットしてそのまま合流して遊びに繰り出したりね。ということで、あさよるは「ネット依存症」だと言われたらNOとは言えないでしょう。けど、ピークは越えていて、近場に出かけるときはモバイル端末を一切持っていないことの方が多いです。

スマホの登場によって、文字通り24時間ネットにつながりっぱなし、人とつながりっぱなしになった人も多いでしょう。寝る直前までLINEして、お布団の中でYouTubeを見て、朝一SNSチェックして。今日読んだ『スマホ断食』は、もはや当たり前になった習慣から、たまには脱却してみようとの誘いです。一人の時間、自分の思考に浸って、物思いにふける時間を取り戻しましょう。

「物思いにふける時間」を

本書『スマホ断食』は、スマホやパソコンから離れ〈ネット断ち〉の必要性を説く内容です。著者の藤原智美さんご自身が正月の三が日、パソコン、ケータイ、テレビ、ラジオもシャットアウトし、活字情報のみに触れる時間を作ったことで、「情報漬け」生活から距離を置きます。そこから、情報断ちを月に1回2回と増やしてゆき、とめどもないネット依存状態から脱した経験から始まります。

藤原智美さんは作家ですから、もちろんパソコンもネットも必需品です。しかし、そのパソコンやネットによって集中力が阻害されることにも触れられています。本書も決してスマホやネットを否定しているものではありませんが、「道具に使われている」状態を自覚し、脱出する重要性が紹介されています。

枕元にスマホを置いて眠るわたしたちは、24時間人とつながりっぱなしで「一人の時間」を失ってしまいました。現代の若い人は、スマホと一人部屋のいずれが欲しいか尋ねると、スマホを選ぶそうです。今の大人世代は、かつて「一人の時間」を過ごした経験を思い出してみてください。その時間は、自分の物思いにふけったり、ボーっとしたり、何かに集中したり、自分の思いを吐き出したり、なにかしらかの時間だったはずです。

時々思い出しては「一人の時間」を持つことは、意味がある活動ではないでしょうか。本書では、ネット依存によって起こっている弊害が紹介されています。

人とつながりすぎ時代

スマホを手にしたわたしたちは、24時間ネットにつながっています。スマホを操作する時間はケータイ時代の2倍になっているそうです。そして、その時間の多くはTwitterやFacebookのSNS、LINEなどに費やされます。それらは、単に暇つぶしではなく「向こう側に人がいる」のです。そう、現代は「人とつながりっぱなし時代」なのです。

そして、単に個人と個人がつながっているだけじゃない。情報に翻弄され、なにがなんだかわからなく、自我を失っていると言っても言い過ぎじゃないかも。

祭り・炎上に翻弄される

今やネット発の祭り・炎上がテレビや新聞等メディアをにぎわします。もうマスコミもネットを無視できないし、抑え込むこともできません。

今(2018年5月)アイドルタレントのわいせつ事件から派生して、セクハラ・パワハラの話題でタイムラインは持ちきりです。先月の4月には相撲の土俵の上で倒れた舞鶴市長に救命処置をした女性を、土俵から降りるようアナウンスしたことが炎上していました。その前にはFacebookの個人情報の取り扱いや、なにより今年は冬季オリンピックの年でした。遥か昔の話のようで忘れていた……。

あまりにも目まぐるしくトレンドが移り変わり、その都度なにがあったのかよくわからないまま、なんとなくの雰囲気に自分の気分も動かされています。その炎上や祭りの勢いを誰もコントロールできていませんし、「結局のところなんだったの?」ってことが多すぎます。

例えば「STAP細胞」の話題は、正直、多くの一般人は専門知識なんて持っていないし「結局あれはなんだったのか」分かってないんじゃないでしょうか。STAP細胞の騒動も、件の論文について指摘したのは専門のネットニュースサイトだったそうです。そこから、あれよあれよと一挙に大事件となり、亡くなった方もいましたが、多くの人には「結局あれはなんだったのか」わらかないまま。

また、2020年の東京オリンピックのロゴの盗作疑惑で賑わったこともありました。で、「あれは結局なんだったのか」って感じの人も多いんじゃないでしょうか。芋づる式に他の盗作を指摘する画像もネットで持て囃され、テレビでも放送されていました。

「自分の考え」を持つ時間がない

各話題の良し悪しの話は本題ではありません。ここで重要なのはトレンドに翻弄されることによる弊害です。結局なんなのかよくわからないニュースが多く、理解しないまま次々とトレンドが移ろってゆき、「自分の考え」を持つ時間なんてありません。「本当はなにがあったのか」を知る時間も、考える時間もありませんから、反射的に「快不快」や「好き嫌い」しか持てません。

いじめ自殺があると、いじめた生徒やその家族の名前、担任教諭の名前などが探り出され公開されます。そのとき「同姓同名の別人」がとばっちりでバッシングに遭うこともあります。少し考えれば「別人かも」という可能性が多いにあると分かりますが、もはや「祭り」になっている状態を誰もコントロールできません。

「いいね!」のために行動してしまう

SNSにどっぷり浸っていると、TwitterやFacebookで「いいね」されるための行動をとり始めます。「インスタ映え」はもはや伝統芸のようになり、加工された写真映えするかしないかで消費の動向が変わります。

市民マラソンがブームになってしばらく経ちますが、かつて「孤独」だったマラソンも、今や「SNSに投稿するため」にコスプレランナーも目立ちます。コスプレといえば、ハロウィンもいつの間にか定番のお祭りになっています。

出会った景色や出来事は「いいね」されるか否かで判断し、写真を撮って投稿して終わり。そのため、一瞬一瞬の風景や心模様に焦点を合わし「感じる」「考える」機会が減っているのかもしれません。

ネットネイティブ時代

すでにインターネットが普及したあとに生まれた「ネットネイティブ世代」は社会人になり始めています。彼らに見えている世界は、ネット以前の世代とは全く違うでしょう。そして、ネット以前に生まれた世代ですら、ネットの情報、SNSの人とのつながりにより翻弄され、かつて「ネットがなかった時代」とは全く違う時間を過ごしています。

新しい感覚と、従来の教育

ネットネイティブ世代にレポートを書かせると、平然とコピペでパッチワークされた文章を提出するそうです。それが彼らの「普通」なんですね。「著作権」という概念を持っていないかのようで、ネット上にある情報は無料で勝手に使っていいと考えているようにさえ見えます。

学校教育でもタブレットが導入されたり、黒板の代わりにタッチパネルのスクリーンが導入されている学校もあるそうです。事前に用意されたデータを映し出して授業は進みます。「黒板に注目」という決まり文句もそのうちなくなるのかもしれません。そんな教育では、そもそも「学校」自体が不要になるのかもしれません。実際に「MOOC」と呼ばれる、インターネットを使った教育も世界に普及しています。

一方で、アナログな授業を頑張っている先生もいるようです。小学生に辞書をひかせ、漢字をたくさん覚え、アナログの本で調べることを徹底して教え込んでいるのです。その教育を受けた子どもたちは、中学生になっても机の上にアナログの資料を並べ、自分で調べながら勉強することに抵抗がないようです。

人格がビックデータに集約されて……いいの?

ショッピングしてポイントカードを提示すれば、ポイントがどんどん溜まってラッキー! ……だと思っていますか? 企業はポイントカードで個人と買い物の傾向をひも付けし、よりピンポイントにセールスを行うために情報を集めています。ネットで買い物すればその買い物の傾向から、表示される広告が変わります。

自分という人格ではなく、自分が情報化されているようです。

著者の藤原智美さんは「智美」という名前の男性です。通っているフィットネスクラブで会員カードを提示すると、女性用のロッカーキーを渡されることが二回や三回じゃないそうです。目の前の男性からカードを受け取ったのに、パソコン画面に映される「智美」という名前だけで女性だと判断されているようです。

すでに、生身の肉体や人格よりも、情報・データの方が大きな意味を持つ時代は来ているのかも。

『スマホ断食』挿絵イラスト

みんな、おちつけ!

芸能人の不倫とかLINE流出とかセクハラとかブログ炎上とか、もう、とりあえず落ち着け! 実際に、当事者間で何があったのかなんて到底わたしたちにはわからないんです。芸能人のスキャンダルや下世話な話がオモシロイのはよーくわかりますが、冷静に考えてみると、これってとても恐ろしいことかもしれません。

そりゃ、芸能人のスキャンダルは「見世物見物」かもしれませんが、日々炎上している話題の中には、わたしたちと同じ〈一般人〉も多くいます。別に有名人でもタレント志望でもない人が、あるとき、ある瞬間に「見世物」にされるって、恐ろしくないっすか? 当人に過失もなく、事実とは違う言説が拡散されちゃうこともあります。そして、誤報は一気に拡散されるのに、訂正はあまり拡散されないというジレンマもあります。

まあ、とりあえず落ち着け! ちょっと深呼吸して、スマホとパソコンの電源を落として、まずは「落ち着く時間」を。そして「ゆっくり、自分の頭で考える時間」を。時にはアナログの紙の情報を集める習慣も。『スマホ断食』は、誰もがネット依存症の時代だから、意識的に取り入れてもよい習慣です。

ネットネイティブ世代が知ってること

あさよるの個人的な考えでは、ともあれ「ネットネイティブ世代」の言動は、これからの新しい時代の常識なんだろうと思います。ネット上にある情報をまるで著作権フリーであるかのような振る舞いも、昭和世代の あさよるには理解しがたい一方で、インターネットの世界は今後そんな世界を目指すのかもしれません。

また、教育のあり方が変わり、学校が不要になるんじゃないかというのも、半分はそうだろうと思い、半分はそんなことはないと思います。確かに、学習はインターネットを使って遠隔で可能だし、ニーズもあるし、今後も増えるだろうと思います。しかし「教育」とは、別に読み書きそろばんを教えるだけじゃなく、「○○らしい行動」や「こんなときどうする」といった、思想や立ち振る舞いを教える場でもあります。それが良いのか悪いのかわかりませんが、「学校教育がなくなる」というのは、ホントにあるのかな? と訝しむ。

あさよるも若い頃は、もっと的確にリアルな「今」を感じていましたが、もう年を取ってしまって「常識」が邪魔をして今が見えません。インターネットは、かつてなら接点のなかったような若い人の話を知ることができるのが、最大の利点だろうと思います。

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目次情報

プロローグ いまこそスマホ断食を

まず三日間の情報断食を始めた
個人が消滅した社会がやってくるのか
一匹のアリのように群れの一部になる
スマホ歩きは非人類的
スマホ利用時間はガラケーの二倍
人間の権利としての散歩
個人の時間を失いつつある
この本を読みながらスマホ断食を

第一章 私の思い出はスマホには収まらない

大量消費に背を向ける「シンプルライフ」
スティーブ・ジョブズもミニマリスト?
シンプルライフにならざるをえない理由
暮らしがデジタル情報に還元される
モノを捨ててスマホ中心の生活

第二章 データに分解された私を誰かが見ている

私が消えてデータだけ残る
私が誰かによって保管されている
ポイントカードの落とし穴
私の情報が統合されている
ネット空間で見られつづける私

第三章 ネット社会の匿名性

著作権などいらないという新しい世代
無神経で軽率さがあふれたネット世界
元少年Aという匿名のモンスター
匿名性が大手をふるうネット時代
ネット言葉で公共性は守られる?

第四章 ネットでは「盗み」は知的作業なのか

ネットが書いた「STAP劇場」
ネットは二十一世紀のモンスターメディア
なぜ捏造が蔓延するのか
ネットのデジタル技術がモラルハザードを生む
不正の起源は二〇〇五年にある
デジタルな虚構が現実になる

第五章 自己愛が「祭り化」で加速する

仮装の若者に占拠された
ハロウィーンはコミュニティ喪失から生まれる
ネットが新しい祭りをつくる
仮装は自分を隠す小道具
現実の祭りもネットの素材にすぎない
見られたがりやの人々
ネットの仮想と現実が直結
人づきあいが嫌で祭りに出る?

第六章 「見られたい」という欲求

マラソンは孤独で哲学的なスポーツ
ネットで祭り化した市民マラソン
ネットで祭り化する日々
ただの歩行者が観光の目玉になる
広告トラックも祭り化を促進する
見物人が見物される祭り
盆踊りは仏教行事だった
渋谷スクランブル交差点の祭り化もはかなく終わる?

第七章 ネット動画とのつきあい方

ネット動画だからこそ残酷になる
ネットは世界の距離をなくす
動画が受け手の感情を翻弄する
エスカレートする動画表現
対抗できるのは書き言葉

第八章 ネットが人を委縮させる

肉声より強力なLINEの言葉
SNSは「私」を裸にする
冷めゆくネットユーザーの熱狂
スマホがあなたを覗いている

第九章 紙の本が思考を鍛える

黒板がなくなると学校もなくなる?
教育の効率化はデジタル化ではない
小学二年生で常用漢字をすべて覚える子供たち
ネットが言語能力を奪う?
紙の本が教えてくれる知性への謙虚さ

第十章 スマホから逃れて自分を取り戻す

ネットが集中力を奪う
ネット離脱で文章が噴きだしてくる
ネットに合わせえて思考が変わる
使っているつもりが「使われている」
「私」ではなく「皆」がネットのセオリー

あとがき 「物思いにふける」ということ

藤原 智美(ふじわら・ともみ)

一九五五年、福岡県生まれ。九二年、『運転士』で第一〇七回芥川賞受賞。
ノンフィクション作品にはベストセラー『「家をつくる」ということ』『暴走老人!』のほか、ネット社会の問題点を明らかにした『検索バカ』『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』がある。
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『図解でわかる 14歳から知っておきたいAI』|AI苦節60年…

『図解でわかる 14歳から知っておきたいAI』イメージ画像

こんにちは。あさよるです。近年、「AI」や「ディープラーニング」「人工知能」という言葉をよく見聞きしますが、正直なころ「それ、なに?」と何度も聞き返してしまう あさよるです。あさよるネットでも「AI」「ディープラーニング」「人工知能」を扱った書籍を紹介していますが、実はまだ頭の中で上手く整理されていなかったりする(;’∀’)>

ということで「14歳から」という、好奇心旺盛な中学生の夢が広がるようなAIの話が収録された『14歳から知っておきたいAI』を手に取りました。目次や索引も含めて全96ページの薄い本ですが、内容は濃い。

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図解でわかる 14歳から知っておきたいAI | インフォビジュアル研究所 |本 | 通販 | Amazon

全ページカラーで、図解に多くの紙面が割かれています。本書のカラーの図解は、情報量が多く、読み込む面白さがあります。テキストと図解とを突き合わせて理解を深めましょう。学習の助けになるでしょう~。

あと30年でAIは人間を超える!?

本書『図解でわかる14歳から知っておきたいAI』は、その名の通り中学生以上なら誰でもわかるAIのお話。昔でいう「サルでもわかる」系でしょうか。

AIの歴史はまだ60年ほどのもので、90年代にはAIの冬の時代がありました。そして2000年代に入って「ディープラーニング」というコンピュータの学習方法が確立され、現在注目を集めています。そのAIは、あと30年もすれば人間の頭脳を超えると多くの知識人が予測しています。

さてこれは「もう30年で」なのか「まだ30年で」なのか微妙です。なぜなら、1965年アメリカの大学で科学者たちが「このままコンピュータのプログラム高度化すれば人間の頭脳を持つようなコンピュータが登場する!」と楽観的な予測をしたのですが、なかなか実現しない!

科学者は、人間の頭脳が持つ世界理解という無限の知識量の前に、茫然と立ち尽くすことになります。(p.9)

たとえば人間は、乳児でも「ねこ」を認識し、それが生き物で、どういうものなのか知り、猫についての概念を学んでゆきます。

同じことをコンピュータにさせたとします。「ねこ」という名称は記号化できても、それは実際の猫と関係ありません。コンピュータにネコという生物の概念をもたせるためには、生物としての猫に関するあらゆる属性を記憶させる必要があります。それは、この世界の全ての知識を与えることでもあります。そこには連綿とした知の網の目があり、枠(フレーム)がありません。それに対し、AIは枠名でしか処理できないため、これをAIの「フレーム問題」と呼ぶようになりました。人間なら乳児でも簡単にできることが、コンピュータには果てしなく困難であることを、AI研究者の名にちなんで「モラベックのパラドックス」とも呼び、現在にまで続くAI研究の難問として、いまだ解決していません。

p.8-9

1956年科学者たちの楽観的な空想から始まったAIの開発は、早々から暗礁に乗り上げます。AIの苦節60年の歴史を知り、これからのAIの展望を考えるのが、本書『14歳から知っておきたいAI』のテーマです。

AI苦節60年……冬の時代……

AIの歴史は順風満帆とは程遠いものです。「人間の知能を持たせるには道は長い……」判断され、まず、70年代にはコンピュータが得意な専門分野を伸ばそうと試みられました。それをエキスパートシステムと言います。コンピュータが得意なこと、それは「推論」と「計算」。

1980年代は、このエキスパートシステムの大ブームが起きます。全世界でエキスパートシステムを開発するベンチャー企業が誕生し、何千ものシステムが開発されました。事務計算、販売支援、建設管理、物流、天気予報、工場生産設備などなど、その応用も産業界全体に広がりました。
しかし、ここでも同じ問題が生じました。コンピュータはルール化された情報しか処理できないというAIの二度目のつまずきです。(中略)

人間の思考は、無数の例外の集積ともいえます。厳密なルールの外側に存在する多様な質問に、このシステムは有効な答えを返すことができません。産業界の期待が大きかった分、その失望も大きく、AI研究への反動も深刻なものでした。

p.10-11

コンピュータが産業業界での活躍を大きく期待されていたにも関わらず、人間のニーズに応えるコンピュータが思ったように作られず、失望されていしまいます。その後、1990年代はコンピュータの冬の時代を迎えます。1980年代後半から90年代にかけて、コンピュータ研究の実績をとにかく作ろうと、専門分野に徹して課題研究が始まります。このとき、画像認識、機械翻訳、ロボット工学、音声認識など、技術が進歩します。

パーソナルコンピュータが登場し、CPUの性能向上、低価格化により、個人がコンピュータを所持できるようになりました。1995年インターネットと接続できるWindows95がリリースされ、インターネットの利用者が増えることで、より多くの情報をコンピュータ開発に使えるようになりました。

AIの研究者たちは、それぞれの現場でAIの推論ロジックの高度化を模索していました。彼らを導いたのは、アメリカの計算機科学者ジューディア・パールが提唱した確率論的AI推論ロジックでした。極めて大雑把にいえば、正しい結論に至るために論理的に思考するのではなく、確率的なグループ分けを繰り返し、その分類の課程で正解に最も確率的に近い結論に絞り込んでいこう、というものです。
このAIの推論ロジックは「機械学習」と呼ばれています。

p.12-13

ついに機械学習をするAIの登場します。医療、株式、銀行、音声認識、財務管理など、コンピュータは活躍しています。そして「ディープラーニング」の登場により、AIが再び社会の注目を集めます。人間の脳のネットワークが発見され、脳細胞のニューロンを模したネットワークをコンピュータでつくられました。

ディープラーニングの研究が促進される頃、爆発的にインターネット上にビッグデータが集積されはじめました。ついに2012年GoogleのAIがYouTubeの動画から「ネコ」の認識に成功します。2014年にはGoogleが独自開発した自動運転車が実用段階に入ります。2017年にはFacebookのAI同士が会話を始めました。

日本では静かにロボット革新が起こっていた

一方、日本では70年代から静かに変革が起こっていました。1970年代から、産業用ロボットとともに、人間型のヒューマノイドロボットの開発が進んでいたのです。日本では1980年代には、物作りロボットの最盛期を迎えます。2000年には二足歩行ができるロボットASIMOをHONDAが発表し世界を驚かせました。

それを受け欧米では、人間型の「二足歩行ロボットでは日本に敵わないだろう」と、別の道を模索され始めます。欧米ではソフトウェアの開発に重点が置かれました。こうして、日本の人間型ロボットと欧米のソフトウェアが合わさって、新しい技術の到来が待たれます。

ディープラーニングの研究はアメリカ発でした。これから日本が世界でどんな活躍をするのでしょうか。

鉄腕アトムとターミネーター

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日本では人間の形をしたヒューマノイド型ロボットの研究がなされて。2000年HONDAが二足歩行ができるロボットASIMOを世界に発表します。ASIMOの開発はたった一言「アトムをつくれ」というものだったそうです。1986年に下半身のみの歩行ロボが完成し、1996年にやっと人間の形になります。そして2000年にASIMOが登場し、その後も精度は上がっています。しかし、ASIMOはAIロボットではありません。

日本ではASIMOのモデルにもなった手塚治虫『鉄腕アトム』を筆頭として、ロボットは人類の友だち、仲間として描かれます。藤子・F・不二雄『ドラえもん』もそうですね。しかし、欧米では「ロボットは敵」に描かれることが多かったっそうです。その典型が『ターミネーター』。ターミネーターは、未来の世界でロボットたちが人類をしようと反乱を起こし、過去の歴史改ざんのために送り込まれるのがアーノルド・シュワルツェネッガー演じる「T-800」なのです。ということで、欧米のロボットはメカが剥き出しでおどろおどろしい姿をしてることも多いのです。

日本と欧米の違いは、信仰の違いによってもたらされているのではないかと紹介されています。

アメリカの研究者が、危険な作業を行うロボットが開発なされますが、アメリカでは導入が進みませんでした。が、日本では大歓迎されます。この違いは何でしょうか。

 アメリカの人々が産業用ロボットに拒否感を露わにしたのは、欧米社会の規定にあるキリスト教の影響がありました。神を絶対の善とし、この世の全ては神に創られた被造物であり、人間は神との契約との中でこの地上の主人として、他の生物を管理する役割をもつ。このような世界観をもつ人々にとって、被造物である人間が、命に等しいものをつくことは最大の罪悪です。この世界観は、欧米社会に古くから、人間とロボットが敵対する物語を生み出しました。

p.36

古くはフランケンシュタイン、近年ではターミネーターが欧米のそれでした。人は、この世の主人としてロボットと戦う使命があると考えるのです。

一方で、東洋的な思想では、この宇宙には様々な命があり、それらに優劣はありません。命は等しく尊いので、ロボットも大切にされるのが、東洋的ロボットの描かれ方です。

西洋と東洋の思想の違いが、ロボットの姿かたちや役割まで変えているとは、面白いですね。

未来はこれから作られる

さて、人工知能、AIの技術の展望は明るいのでしょうか。あさよるの感想は「想像よりも難しそうだなあ」というものです。現在、人工知能が持て囃されていますが、流行はその内忘れ去られてしまうでしょう。しかし、一歩一歩着実に技術革新が起こっているのは事実です。

本書は『14歳から知っておきたいAI』とタイトル通り、10代の人が読んで、自分の進むべき道を知るきっかけになる本だと思います。コンピュータの技術は、意外過ぎるくらいに歴史は浅く、冬の時代も長く、実用化されたのは意外と最近。コンピュータがなかった時代、人々がどうやって生きていたのか知ることも、また未来を考えるヒントかもしれません。

以下余談ですが、あさよるが子どものころ、NINTENDOの初代ファミコンのその名も「ロボット」という玩具で遊んでいた記憶があるのですが、これはAIだったの? なんともレトロな風貌だなあw

これ!これ!アマゾンで売られてたwあさよるの初ロボット体験は、この任天堂のロボットでした。

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『YouTubeで食べていく』|有名になって、その先は?

『YouTubeで食べていく』挿絵イラスト

こんにちは。ユーチューバー になりたかった あさよるです。2年程前「ユーチューバー」という職業を知ってマジで憧れていて、大人たちにバカにされ、当時幼稚園児だった甥だけが同じ夢を持った仲間でした。結局、具体的に段取りを考えると「顔出し声出しで毎日更新は肉体的にキツイなあ」「ブログの方が気楽だなあ」と、ブロガーに甘んじておりますw

さて『YouTubeで食べていく』は、ユーチューバーであり、国内初の動画レビューを始めたジェット☆ダイスケさんの著書です。ちなみに あさよる、ジェットさんが好きです(*´ω`*)

YouTubeで食べれるのか

結論を先に言います。タイトルの『YouTubeで食べていく』のは、とても難しそうです。確かに日本でもユーチューバーとして生計を立てている人がいますが、ごくごくわずか。主に、YouTubeのパートナーシップに参加して、動画の再生回数に合わせた報酬が支払われるそうですが、そんなに景気のいい話ではないみたい。

本書は2014年に出版されたものなので、現在までの間にも変化があり、マネタイズはより難しくなっているなんて聞きますわねぇ。

ユーチューバーには本職がある?

本書『YouTubeで食べていく』では、実際にユーチューバーたちにインタビューをされています。

まず、ご存知HIKAKINさんは、10代のころからボイスパーカッションの動画を動画投稿サイトにアップロードして活動しており、上京し会社員をしながらYouTubeに動画投稿をしていました。その後「HikakinTV」というチャンネルにて、商品レビューを始めて、現代の爆発的人気につながりました。

シバターさんは、YouTube上でもヒール役で、炎上狙いの過激な動画で知られています。10代の頃から動画サイトに投稿しており、本職はプロレスラーです。

劇団スカッシュは4人組の劇団で、劇場へお客を呼び込むためYouTubeで動画の投稿を始めましたが、その後、活動の場を劇場からYouTubeに移しました。

それぞれ、職業「ユーチューバー」でありながら本職は別にあり、元々「芸のある」人が、YouTubeに活路を見い出しているようです。もっと言うと、YouTubeがなくても生きていける人が「YouTubeを選んだ」というニュアンスでしょうか。子どもたちが「ユーチューバーを目指す」のとは、ちょっと違うのかも。

『YouTubeで食べていく』の著書、ジェット☆ダイスケさんも、大学で映像を学び、映像関連のお仕事をなさっていた方ですが、YouTube上での活動はカメラの商品レビューが中心です。

本職で評価されるのは難しい?

一方で、YouTubeを使って、本職の評価へつなげるのは難しようです。例えばHIKAKINさんは大人気ですが、彼がボイスパーカッションのミュージシャンとして評価されているかというと、疑問です。プロレスラーのシバターさんは、動画の再生回数が伸びても、なかなかプロレス会場への集客に繋げられないと語っています。劇団スカッシュも劇場への集客ではなく、拠点をYouTubeに移してしまいました。

動画の再生回数を増やすことと、本来の目的とのミスマッチが起こっているようです。

有名になる、その先は?

ジェット☆ダイスケさんは、子どもたちがユーチューバーに憧れることも、冷静な言葉で語っています。子どもたちは安直に「ユーチューバーになりたい」と言うが、「なぜユーチューバーになりたいか」という問いには「有名になりたい」と答えるだけで、「有名になるその先の話」がありません。

まあ、昔の「野球選手になりたい」と同じなのですが、野球選手とユーチューバーの違いは、「YouTubeには動画を投稿できてしまう」ということでしょう。

本書のテーマでいうと、子どもたちがひとかどの人物になったとき、「〈手段として〉動画をインターネット上に投稿する」というのが現実的でしょうか。

YouTubeは永遠……ではない?

『YouTubeで食べていく』では、YouTube以外の動画配信サイトが紹介されています。その中で、2014年出版の本書にて紹介されている「Vine」は2017年にサービス修了してしまいました。そう、ネット上のサービスは移り変わりが目まぐるしい。すでに2000年ごろのネット界隈を懐かしむ「インターネット老人会」という言葉もありまして、20年も経たない間にすっかり世界が様変わりしています。あんなに人気だった、あんなにみんなを虜にした、あんなに特別だったサービスが、影も形もないのはもう慣れっこです。

ということで、本書では具体的に書かれていますが、「いつまでもあると思うなYouTube」というのは、インターネット老人たちは知っている……。

あと、子どもたちの知らないユーチューバーの話でいうと、「HIKAKINさんは〈将来の夢:ユーチューバー〉」ではなかった。別のものを目指して「今はYouTubeを舞台にしている」のだろう。「YouTubeのサービスが終わったらどうするの?」という問いは、インターネット老人ならではの質問だろうかw

『YouTubeで食べていく』挿絵イラスト

関連本

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『トコトンやさしい人工知能の本』|目覚まし前にエアコンつけといて

こんにちは。Google Home が欲しい あさよるです。Amazon Echo のレビューと読み比べていて、 コンセプトの違いがあるっぽくて、あさよるの場合は今のところ Google Home が先に欲しいかな~。

音声入力の人工知能は、今は siri ちゃんに検索やアラームをセットしてもらうくらいですが、これから対応してくれることが増えると楽しいかも。「鍵持った?」とか「お風呂焚いといたよ」「今日仕事じゃないの?」とか気を利かせて欲しいですな。おっちょこちょいの あさよるは待望しております。

と、AIに夢を膨らませていますが、AI(Artificial Intelligence/人工知能)ってなんだ? というワケで『トコトンやささしい 人工知能の本』を手に取りました。この「トコトンやさしい」シリーズお気に入りです(^^♪

人工知能ってなんだ?

人工知能という言葉の定義はなく、その時代やその人によって違った使われ方をしています。概ね「コンピュータが人間のように賢い動作をする」ことを言いますが、時代によって「賢い」の基準も変わっています。昔は数式やパズルを解くだけで「すごい!」ってなもんでしたが、近年では「コンピュータが人の仕事を奪うかも!?」なんて言われてます。近年の人工知能ブームは、コンピュータのアルゴリズムでは難しいと言われていた人間の「直感」や「感覚的」なものが、克服されつつあるからです。

どうしてコンピュータが思考ができるかというと、「論理的思考」は数式で表すことが可能だからです。こんな記述もあります。

電子回路と似ているのが神経の回路です。脳では神経細胞同士が互いに結びついて信号を送り合い、その過程で「かつ」や「または」、「ではない」といった論理的な変換をしていきます。

p.14

機械、ロボットの歴史も簡単に。古代エジプト時代には、空気の熱膨張を利用した「自動ドア」「自動販売機」がありました。18世紀にエンジンの調速機構が登場し、19世紀には複雑な模様を折れる織機が登場します。20世紀にはレーダーによって敵の飛行機の位置が分かるようになりました。20世紀後半にには、コンピュータが計算機から思考する人工知能へと主題が変わりました。ロボットの歴史が古代エジプトから始まるのもビックリですが、人工知能の歴史は超浅いんですね。

1950年代が探索や推論といった人工知能の基本的なコンセプトを提示する時代だったとすれば、60年代は実際的な問題への応用をはじめた時代、さらに70年代はその成果を知識工学として確立させた時代と言えます。

p.20

人工知能の開発は順風満帆ではなく、80年代90年代は冬の時代だったそうです。「人工知能ができないこと」がクローズアップされた時代でもあります。研究が進まなくなったのは「データ不足」。しかし、この問題はインターネットの普及で解決します。インターネット上に無数の画像やデータがあるからです。

2010年代には人工知能ブームが巻き起こります。

 第1の要因は、地道な研究の進展です。冬の時代でも研究は細々と続けられていて、1997年にはチェスで人間チャンピオンに勝つといった成果がありました。デジタルカメラが人の顔を認識できるようになったという進歩も驚異的です。
第2の要因は、インターネットが巨大なデータをもたらしたことです。機械学習を成功させるには、学習の手本となるデータの数が勝負です。SNSでの文章や写真、ネットショッピングの購買履歴、電車の乗車履歴など、多種多様で膨大かつ日常生活にまつわるデータが急に出現したのです。(中略)
第3の要因は、人工知能を必要とする巨大なネット企業の出現です。(中略)直接的な商業的価値を生み出すことが人工知能に期待されるようになりました。

p.24

人工知能の研究は、意外と人間くさい要因で発展しているんですね。人工知能の研究があり、そこにネットの普及、次いでネット巨大企業登場によって、研究が大きく進んだ。現在は商業的な人工知能に突き進んでいます。ここでは、個人情報の取り扱いという倫理的な問題も絡んできます。たとえ匿名であっても、購買傾向や発言の特徴から個人特定も可能ですから、ますますナイーブな問題もはらんでいます。

人工知能のネガティブな言説としては、「人工知能の台頭で人間の仕事が奪われてしまう」というものがありますが、その点は著者の辻井潤一さんは楽観的です。コンピュータができる仕事は人工知能に任せてしまえば、あいた手でより〈人間らしい仕事〉ができます。逆にいうと、現在は煩わしい作業に労力を奪われていますから、そこから解放されるのです。

人工知能について知る!

以上がだいたい第1章の内容です。

第2章は「人工知能を体感してみよう」という章で、人工知能がどのような方法で「思考」をするのかを、図解付きで簡単に解説したものです。人間にとっては子どもできる簡単な判断が、人工知能ではなかなか判別がつかないことも多いようです。例えば、犬と猫の写真を見せて、猫を選ぶということも。

第3章では「人工知能を支える基礎技術」として、人工知能が「思考」をするための「やり方」を紹介したものです。例えば、似ている者同士を分類したり、因果関係の確立ネットワークを組んだり、類似性を見つけ出したり、ネットワークの重要性を見つけ出したり、「傾向」を読んだり。こちらも、人間が思考するときにやっている事柄を、人工知能に当てはめています。

第4章はいよいよ「人工知能はどう応用されているのか?」です。ノイズ交じりのデータから隠れたニーズを見つけ出したり、例えば料理のレシピを読んでなんの料理か判断したり、画像を解析したり、健康管理を人工知能にお願いしたり。

第5章は「ディープラーニングはなにがすごいのか?」で、ディープラーニングの考え方が紹介されます。ディープラーニングは世界をどう変えるのか。もちろん、ディープラーニングの弊害もあるでしょう。このへんは、まだまだこれからの分野っぽいので楽しみです。

大人の事情な人工知能

人工知能の変遷や、現在の人工知能の使われ方を見ると、なんだかものすごく人間くさい。人の営みに寄り添っていると言えばそう。現在の商業的に特化している様子も、その時代その時代のニーズを反映していると思います。

また、人工知能の思考法を見てゆくことは、人間がどのように思考しているのか考えることでもありそうです。電子回路と、脳神経回路のつながり方が、具体的に似ているとは知りませんでした。

また、巷で語られるような「人工知能が人間を凌駕する」というようなターミネーターの世界は、今のところはまだ来てないみたい……? 著者の辻井潤一さんの考える人工知能は、人類を滅ぼす恐ろしいコンピュータ像ではなく、「人類の良き相棒」である人工知能であって、これかの技術の発展が楽しみです。

さて、いつになったら「ガスの元栓閉めた?」「お味噌汁温めといたよ」と、あさよるの世話をしてくれる人工知能が現れるのでしょうか。むしろガスは勝手に切れる仕様になって、味噌汁は人間が作り続けるのかもしれません。

あと、繰り返しの作業は人工知能に任すとして、「人間にしかできない人間らしい仕事」ってなんだろう? 意外とハートフルなほっこり系の話だったりする?

関連本

『人工知能は人間を超えるか』/松尾豊

『コンピュータが小説を書く日 』/佐藤理史

『人は感情によって進化した』/石川幹人

『トコトンやさしい染料・顔料の本』/中澄博行,福井寛

『トコトンやさしい水道管の本』/中澄博行,福井寛

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『コンピュータが小説を書く日 』|ショートショートで星新一賞チャレンジ!

以前、『人工知能は人間を超えるか』という本を読み、人工知能、AIに少しだけ興味がわきました。

昨今、ニュースでもAIの話題はよく見聞きしますし、「コンピューターが人間の仕事を奪う」なんて言って、将来消滅してしまう職業の一覧など、話題になりますよね。

ほんとのところ、どうなのよ!?

『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』

コンピュータは文章が読めない

コンピュータに小説を執筆させ、文芸賞・星新一賞受賞を目指す!名古屋大で人工知能のプロジェクトが始まりました。

まずは、星新一さんのショートショートを分析したり、自分たちで簡単な小説を執筆し、人はどうやって文章を作っているのか分解してゆきます。

意外なことに、コンピュータは小説を書くことよりも、小説を読むことが苦手なようです。「文脈を読む」とか、暗示を読み解くとか、ニュアンスや、人間が経験則で知っていることを理解するのがムズカシイよう。

例えば、気温が何度になったら暑い/寒いのかは、人間にとっては感覚的で説明不要の事柄も、コンピュータにはわかりません。

『コンピュータが小説を書く日』では、小説を書くための四苦八苦にページが割かれており、非常に興味深いのですが、文章を読む、理解するという、我々が何気なくやっている動作を、説明することは困難なのだと知りました。

まだまだ道半ば

名古屋大の佐藤先生のチームは、人工知能が東京大学合格を目指す「東ロボくん」の開発もしています。

人工知能に小説を執筆させる「作家ですのよグループ」と「東ロボグループ」は、どちらもまだまだ道半ば。

まさに今、なうで進行しているプロジェクトですから、『コンピュータが小説を書く日』を読んでいても、臨場感ありでワクワクします。

ただ、巷で語られるような「意思を持つロボット」「人類を凌駕するコンピュータ」みたいなイメージとはまだまだ程遠い様子。

テクノロジーを悪者に語られるときに使われる、コンピューターのテンプレって、フィクションの話なのね……。

文章を紡ぐって、どういうこと?

『コンピュータが小説を書く日』を通じて、普段自分がどうやって文章を紡いでいるんだろう?

どうやって文章を理解しているんだろう?

コンピュータにプログラムするためには、人間が人間らしい活動をどのように行っているのか、知る必要があります。人類が自らを研究対象としているんですね。

完成した小説(本書にも添付されています!)を星新一賞に応募すると、事務局から問い合わせが来ました。

1.最終的に文章を書いたのは、人間か、それともコンピューター(人工知能)か?
2.創作過程において、人工知能が果たした役割は?

どう答えればいいか、私は頭を抱えました。というのも、この質問には、いかようにも答えられるからです。

p.152

小説を出力したのはコンピュータであることは揺るぎない事実です。しかし、そのアルゴリズムを入力したのは人間です。

コンピュータが執筆したとも言えるし、アルゴリズムを人間が作ったとも言えます。

コンピュータープログラムは、無から有を作り出すことはできません。ですから、テキストを出力するためには、

・それをそのまま記憶しておくか、あるいは、
・より小さな部品から合成するか

のいずれの方法しかありません。

p.154

完成した小説を用意し、それをバラして置き換え可能な部品を用意し、文として成立するように条件付けをします。そして、部品をたくさん用意すれば、それらの組み合わせで膨大な物語を作れます。

これだと、コンピュータが小説を「書いた」とも言えるし、「書いていない」とも言えます。

細かな話は本書を読んでいただくとして、実際に文章を生成する様子が体感できるんですよ!

実際にweb上で文章を作成できます。面白いので、ぜひリンク先もご参照ください。

文章作成の様子は、YouTubeでもデモンストレーションが閲覧できます。

これらはたぶん、本書『コンピュータが小説を書く日』を読んでから見ると、胸が熱くなります。

外国語で小説を執筆できるか?

人工知能に小説を書かせるプロジェクト「作家ですのよ」。想像以上に大変なことっぽい。

こうやって、あさよるも毎日つらつらと文章を書いてネットに垂れ流しておりますが、それを「どうやってやっているのか?」を説明できぬ。

いったい、どうやって毎日ブログを書いているんだろう?そして、どうやって本を読んで文脈を理解しているんだろうか?

突然ですが、あさよるは外国語がからっきしダメです。日本語の能力は年々培われてゆきますから、相対的に外国語はますます苦手になってゆきます。

ニュアンスも読み取れないし、文化的背景もわからない。スラングや、暗に語られている含みや思考なんて絶対に読み取れません。

コンピュータは0と1のデジタルの言語を扱っています。彼らにとって、日本語で小説を書くことは、外国語で小説を執筆するのと同じです。

そりゃあ、細かなニュアンスを理解するには時間がかかるよなぁとしみじみ思いました。

(……ふぅ、あさよるも英語勉強しなきゃな)

『コンピュータが小説を書く日』を読んで、人工知能が物語を紡ぐ難しさに触れたのと同時に、なんか「これって、できるんじゃね!?」なんて、胸が高鳴りました。

あさよる、プログラミングやりたいなーと思いつつ、ずっと保留にし続けているのですが、マジでやりたい。楽しいだろうなぁ!ジタバタ。

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『だから、新書を読みなさい』|ググらない!広く浅く情報源

新書を読む大人に憧れていた あさよるです。

書店の新書コーナーって、いつも静かで落ち着いていて大人のイメージだったんですよねw

ググらず新書を読め!

『だから、新書を読みなさい』の表紙はマンガのようになっています。

企画書を作るためネット検索で情報収集をするも、良い情報にたどり着けない人。世間の波をつかむために、ベストセラーを手に取る人。

だけど、ネット情報って、同じワードで検索すれば同じような記事がヒットします。「自分だけの」「オリジナル」の切り口や情報に出会うのは意外と難しい。

「売れているから」という理由でヒット本を読むのは、結局は周りに流されているだけなのですが、「自分が情報を掴んだ」「自分の考えだ」と勘違いしちゃうことがあります。

そこで、著者・奥野宣之さんは新書をおススメするのです。

企画書のネタ探しは、ググらずに新書を読む。

ベストセラーを追っかけるのも構いませんが、目まぐるしく入れ替わっていく話題作ではなく、細く長く読まれる新書にも目を向けてみましょう。

この本は新書じゃないの?w

どーでもいいツッコミなんですが、この『だから、新書を読みなさい』は新書じゃないんですよね。まぁ、『だから、新書を読みなさい』なんてタイトルの新書があったら、ただの宣伝ですからねw

あさよるは個人的にこの『だから、新書を読みなさい』と同じ、ハードカバーじゃない単行本が読みやすくて好きです。

新書って、レーベルごとにシリーズで刊行されているものですから、本書のような、本の読み方シリーズは新書っぽくないのかな?

広く浅くザッピング読書

『だから、新書を読みなさい』で推奨されている読書は、広く浅く情報収集としての読書です。

Google検索で情報を集めたり、新聞を何誌も購読して情報を集めるのはやめて、まずは入門書としての新書を読みこなしましょう。

一冊の新書をじっくりと読むのではなく、3冊一緒に読み進め、どんどん貪欲に情報収集です。

新書の著者は、学者、研究者も多く、その分野の最新の知識のエッセンスが、誰でもわかるように平易に紹介されています。

本を読むだけで人とは違うんです

Google検索は、同じワードで検索すれば同じような記事がヒットしてしまいます。

新聞を読んでも、結局みんな同じ紙面を読んでいます。テレビも同様です。

他人とは違うアイデアを得るためには、日ごろから人とは違う情報収集が必要です。そのために手っ取り早いのは「読書」なんですね。

新書も全国で販売されるシリーズですから、みんな同じ情報に触れているように思いますが、それでも新聞やテレビにくらべると、ずっと読者数は少ない。

しかも「どの本を読むか」という組み合わせは限りがありません。オリジナルなんですね~。

『だから、新書を読みなさい』の著者はベストセラー『情報は1冊のノートにまとめなさい』であり、情報を探し収集し、それをノートにメモし、保存し運用するまでの一連を「読書」と仰っているのも特徴的。

「読んで終わり」じゃないんです。

そして、読書って、「本を探してくる」というステップが意外と大変(苦笑)。本をチョイスするとき「新書を読む」と絞っておけば、膨大な書店の棚の中から、新書に絞って探すことができます。

実践されている方も多いと思いますが、個性的で面白い読書法だなぁと思いました。

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『小学生でもわかる プログラミングの世界』|アプリって?インターネットって?

こんにちは。ブログ歴はなんだかんだで10年以上の あさよるです。

あさよる家にパソコンとインターネットがやってきたのは、1997年ごろだったと思います。ですから、かれこれ20年です。ホームページを作って遊んだり、日記ブログを書いていたのは、今に続いています。

で、あさよるも一応、プログラミングも独学で勉強しようとしていたんですが、ほぼ全て忘れてしまっていますね(;’∀’)

『小学生でもわかるプログラミングの世界』を見つけて、あさよるの若きあの日を思い出しました…。

プログラミングを勉強し始める前に

表紙には「プログラミングを勉強し始める前に知っておきたい基礎知識をわかりやすくQ&Aで図解!」と書いてあります。

プログラミングを学び始める前の、オリエンテーションみたいな感じで読むといいのかな?

小学生の子どもたちに、著者の林 晃さんが先生となって疑問に答えてゆきます。

その小学生たち、将来の夢にプログラマーが候補に挙がっていて、それぞれ勉強もしているようです。

プログラミング言語の種類や、パソコンのしくみ、インターネットの考え方もある程度わかっている。

コンピューターやプログラミングの歴史なんて、大人でも知らないかも!?

そんな、プログラミングがしたい、プログラマーに憧れる子どもたちを対象とした内容です。

小学生向けの基礎知識

プログラミングを学ぶ前に学ぶ本ですから、本書『小学生でもわかるプログラミングの世界』を読んでも、プログラミングができるようにはなりません。

あしからず!

表紙には「プログラミングってそういうことか……」と書かれれています。

「アプリ」ってなに?「言語」ってなに?音楽ってどうやって保存されるの?

素朴な疑問ですが、的確に答えられる大人は限られています……。

プログラミングや、コンピューター、ネットワークに興味を持った子どもたちを、サポートする大人にとっても役立つ一冊になるでしょう。

プログラマーってどんな仕事?

プログラマーに憧れる子どもたちが、プログラミングの先生に教えを乞う内容です。

プログラマーってどんな仕事?どんな勉強すればプログラマーになれるの?

子ども向けの職業案内の側面が大きいですね。

無料アプリでどうやって収益化するの?とか大事な話ですよね。アプリ政策は子どもでもできますから、ますます好奇心かき立てる話でしょう。

図書館なんかで出会いたい

本書『小学生でもわかるプログラミングの世界』は、学校や地域の図書館で、小学生の子ども自身が見つけて手に取って欲しい本だなぁと思いました。

プログラムってなんだろう?プログラマーってどんな仕事?と、自分の興味を満たす一歩になるんじゃないかと思うからです。

プログラミングに興味を持つ子どもに、親が一緒に読むという状況は考えにくい?プログラミング知識のある親御さんでしたら、直接お教えできるでしょうし、知識のない方なら、この本では不十分かなぁと。

読者の「小学生」と言っても、高学年くらいで、自分の力で必用な知識を得られる力のある人向けかな?と感じました。

もちろん、大人が読んでも面白いですよ。

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