ノンフィクション

『最後の秘境 東京藝大』|読者も〈創作〉したくなる

こんにちは。とある美術系の短大へ進学しデザインの勉強をしながら順調に留年し、満期で退学。その後、フラフラしながらブログを書いている あさよるです。今回読んだ『最後の秘境東京藝大』風に言えば「行方不明」になっている人間です(・ω<)

さて、本書『最後の秘境東京藝大』は、音楽、美術、工芸系出身の人にとって、読んでるだけでムクムクとやる気が湧いてきて、本を放り出しちゃうような、創作意欲が刺激される内容。その辺の自己啓発本よりも「そうだ、こうしたかったんだ」と、いつかの創作意欲的な何かが刺激される内容です。

上野の森の音校と美校

著者・二宮敦人さんは小説家で、奥様が現役の東京藝大の学生であり、奥様を通して藝大生の摩訶不思議な生態に触れ、このようなノンフィクションの執筆が始まったらしい。ちなみに奥様は彫刻科らしい。

東京藝大は国立大学で唯一の芸術系大学で、大ざっぱに音楽と美術系の専攻にわかれ、それぞれが「音校」「美校」と呼び分けられている、らしい。音校と美校は学生の雰囲気もパッと見て違うよう。

彼らの性格も違う。音校では教授は師匠であり、ステージに立つ彼らは日ごろから身のこなしや身だしなみにも気を配る。楽器の奏者であるにはお金もかかるようで、仕送りの金額もデカい。また、ケガをしてはいけない等の配慮から、家事をしないなど、徹底しなければならない。

一方、美校では、授業が始まっても教授も学生も全員遅刻だったり、見た目もかなり個性的。教授だって、とても国立大学の教授陣には見えないような、汗にまみれたニオイ漂っていたりもする。そんで、いわゆる座学は20単位ほどで、あとは創作。ほぼ放置。著者の奥様も、ほとんど出席せずに自宅で創作活動をしているようだ。だから「やりたいことが見つけられない人」はここは向かない。

生き残る者はわずか

東京藝大は、超難関校だ。東京大学よりも倍率が高い! 何年も浪人するのが当たり前で、藝大に入学してくる時点で「選ばれた人」なのだ。しかし、その藝大でも、卒業後ほとんどは行方不明らしい。プロとして生き残のはごくわずかで、数十年に何人の天才を生み出すためのカリキュラムだとも言える。

国立大学だとはいえ、なかなかシビア。そんな中、美校のデザイン科だけはビジネスライクで儲かることしかしないというキャラが際立っている。

音校の競争もすさまじく「受験で肩を壊す」というスポ根マンガか!という話や、やはり日本中の音楽大学で学生が育っていて、ライバル関係にあるらしい。ヨーロッパへ留学する人は、言語やアジア人であることも壁になりえるそうだ。そんな中、飄々と口笛奏者をめざす人や、考古学の研究で音楽を学んでいる人など、斜め上な人も登場する。とりあえず、全員天才にしか思えないんだが。

みんな真面目だ!

音校の人たちは、ただただひたむきで「スポ根」顔負け。インタビューに答えている人たちは、みんな謙虚であり、自分のやってることに手ごたえがある様子で、読んでいて清々しい。

で、美校の人たちは、クソ真面目に不真面目なことを掘り下げていて、頭が下がる。アイデアが脳裏を過っても、実際にやっちゃうのは、やっぱスゴイ。普通はさ、酒の肴にキャッキャ騒いで終わりでしょ。美校の、実習がほぼ放置状態というのも、これで成立しているのは各自真面目に創作をしているからに他ならない。「学生を放置ししとけば勝手に研究してくる」なんてこと、ある?

自分の進路を考えずにおれなかった

あさよるはかつて広告デザインを勉強したのですが、「これから」のことをぼんやり考えてしまった。そもそも美大は親のすすめで、デザインも「喰いっぱぐれがない」という消極的な理由で選んだ。本音を言うと、工芸系へ進みたかった。

これからの自分の進路、「創作」をしてもいいのかもな。

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『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』|研究者はやめられない

『鳥類学者だからって、鶏が好きだと思うなよ。』 メジロのイラスト - クリップスタジオ(クリスタ)

こんにちは。鳥が好きな あさよるです。自分でも鳥が好きだと知らなかったのですが、気が付くと鳥をモチーフにした絵本を数冊作っていました。気づかんかった~。鳥の、モリモリっとした羽根の付け根の筋肉とか、背中が超タイプ♥ 博物館なんかで鳥の標本見るのも好きだなぁ~(*´ω`*)

↓このイラストは、お絵かきソフトの「CLIP STUDIO(通称・クリスタ)」のお試し版で描いてみたヤツ。やはり真っ先に鳥を描いておる……ちなみにこれはメジロです。

『鳥類学者だからって、鶏が好きだと思うなよ。』 メジロのイラスト - クリップスタジオ(クリスタ)

研究は命がけ

あなたは「命をかける」ような仕事をしたことがあるだろうか。多くの人は、さすがに命まではかけないだろう。しかし、鳥類学者は違う。鳥類学者は命がけの職業なのだ。小笠原諸島では天敵がおらず、無人島では人もいないから怖いものはない。安心して夜間観察ができると思いきや、耳の穴に蛾がホールインワン!今にも鼓膜を引きちぎり、脳内を蛾がはい回る恐怖に怯えた経験なんて、なかなかない。研究は命がけなのだ。

あさよるは以下の一文を読んで戦慄した。

外来生物は調査器具の様々な場所に潜んでいる。ウェストポーチの隅、靴の裏、マジックテープの隙間、フィールドワークを常をする研究者の道具は、外来種の宝庫でもある。

p.56

外来生物がウェストポーチや靴の裏、マジックテープの隙間に潜んでいる!?これって、つまり、我々普通の生活をしていても、カバンの隅やマジックテープの隙間や靴の裏に生物が潜んでいるというということではないか? ちなみに、あさよるネットでも紹介した『ゴキブリ取扱説明書』でも書かれていた。部屋に出没する虫は、自分が持ち込んでいるってことかい……・゚・(ノД\lll)・゚・

まんじゅう怖い的な?

『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』というタイトルは「まんじゅう怖い」的な意味だと思いきや、読んでいると「鳥好き」と言ってもペットを可愛がったり、愛でることが好きというよりは、やはり学者、研究対象としての鳥なのですな。また、「研究する」ってこと自体が、とんでもなく楽しそうだ!

こんなに学者、研究者が楽しそうだと知っていれば、あさよるも学者になったのに! もっと勉強したのに! という、ぜひ子育て中の親御さんや、子どもと関わる仕事をしている人、あと、中学生くらいの生徒たちも読むと夢が広がると思うぞ。

まじめな内容なんですよ

ちょっと面白おかしく紹介してしまいましたが、いたって真面目な内容なんですよ。「鳥類学者」という日本に1200人しかいない希少種の生態を紹介しつつ、どんなふうに「研究」がなされているのか、研究者がなにを気をつけているのかなど、一般人には未知の「鳥類学者」という存在に迫ります。そこで、先にも書いたように「研究者」になりたかった!と思うのです。

あさよるも、植物学の先生の授業を履修した時、先生が尋常じゃなく傷だらけでズタズタなのが服の上から見て取れて、「ど、どんな冒険をしてきたんだ!」と一瞬で虜になりました。あさよるには“そういう未来”は来なかったな~。

関連本

『ゴキブリ取扱説明書』/青木皐

『本当に困っている人のためのゴキブリ取扱説明書』を読んだよ

『バッタを倒しにアフリカへ』/前野ウルド浩太郎

『バッタを倒しにアフリカへ』|人類のため、バッタに食べられたい

『わたしのクマ研究』/小池伸介

『わたしのクマ研究』|クマ研究でドングリを数える

『アヘン王国潜入記』/高野秀行

『アヘン王国潜入記』|のどかな山間のアヘン栽培日記

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『能 650年続いた仕掛けとは』|変わり続けること

こんにちは。能が好きな あさよるです。実は、好きなんです。以前ね、能のお囃子の小鼓のお稽古に通っていました。「いよ~ぅ、ポン!」ってヤツです。引っ越しや転職や体調不良等々と重なってそれっきりになってるんですが、チャンスがあれば復帰したいデス。あ、でも、能の舞をやってみたいなぁと心密かに狙っています。能は見てるのも面白いんですが、むちゃくちゃ「自分もやりたい!」と燃えるんですよね~。

ちなみに、あさよるが初めて見た能は、関西の大学生がやっているもので、小鼓を女性がやってて「女性でもできるんだ!」と嬉しくなって飛びつきました。彼女がまた、カッコよかったんだ~。

「能」ってなんだ?入門書

本書『能 650年続いた仕掛けとは』は能をこれから知りたい人向けの入門書。10代の若い人が読んでもわかる内容です。

ところで「能」ってどんなイメージですか?もしかしたらイメージ自体がないかもしれないし、なんかオタフクみたいな仮面を想像するかもしれません。学校から能の舞台を見たことがある人もいるかもしれません。あさよるも何回か、中高生の鑑賞会の中、ポツーンと大人が混じって見たことがありますw

なんとなく「能ってこんな感じ?」ってのが頭の中にある人にとって、本書『能 650年続いた仕掛けとは』を読めば程よく能のイメージが一新されるんじゃないかと思います。「格式ばった」「厳格な」ものではなく、やさしい文体で本書が書かれているせいかもしれないし、能を鑑賞するだけじゃなく、「やりたくなる」ように用意されているからかも。

能と「サル」

能の歴史は奈良時代、大陸から輸入された「猿楽」が発祥だと習いました。本書ではさらに、古事記に登場する、天岩戸の前で舞ったアメノウズメノミコトの伝説が登場します。

 アマノウズメノミコトは天岩戸のほかに、猿田彦と結婚したことから、猿女(祭祀の際に舞う女性)の先祖となりました。猿女は、芸能の神様ですし、猿田彦も芸能の神様であるという人もいます。

p.30

大陸から「猿楽」が渡ってくる以前から、芸能を伝える「猿」系の人たちがいたのではないか?という推測です。さらに面白いのは、能が発展したのは豊臣秀吉の時代。秀吉もまた「猿」と呼ばれる人物であるということ。歴史的事実はわかりませんが、面白いつながりですね。

能の650年生き残り戦略

伝統芸能というと「頑迷」で「意固地」に同じことをし続けている芸能だと感じている人は、本書『能 650年続いた仕掛けとは』でアッサリと裏切られるでしょう。能の歴史を見ていると、スルスルと時代に合わせその姿を変えながら、現在につながっていることがよくわかるからです。

そもそも、現在に続く能を発明した世阿弥はイノベーターですね。舞台の装置そのものを作り替え、能を継承するために世襲制を採用します。テキスト『風姿花伝』も著されました。

戦国時代、武将たちに能は愛されます。中でも豊臣秀吉は能に入れ込んでいたらしく、朝鮮出兵の際は即席能舞台まで用意されたとか。秀吉は新しい能の演目をたくさん作らせ、自分も能を舞いました。家康も能を楽しみ、江戸時代に入ってからは大名家の教養として推奨されました。徳川綱吉は能狂いで、その頃から能の趣がガラリと変わります。それまでの能よりも2倍くらいゆっくりと演じられるようになったのです。時代が下ると、江戸時代の市井の人々も能に親しんでいたそうです。

そして明治時代が始まります。能を支えていた幕府や武家がなくなり、能は存亡の危機に。その後、野外にあった能楽堂(能を演じる舞台)を屋内に移した能舞台へ変わります。能は夏目漱石や正岡子規、泉鏡花など文学者に愛されました。

現代もマンガに描かれたり、『ガラスの仮面』の「紅天女」が能で上演されたりと、メディアミックされています。

あさよる的には、「能舞エヴァンゲリオン」を見たかったすな。意外にも(?)、新作がたくさん作られているんですね。能と一緒に上演される狂言でも新作がたくさんありますね。

「能」をやりたくなったら

本書内では、プレイヤーとリスナーの分断について触れられています。ロックバンドを聞いてノリノリになる人は大けれど、「聞く」と「演奏する」の間に大きな溝がある……。これは能の世界でも起こっていて、「能を鑑賞する人」と「能をやる人」が分断されてしまっている。

これは普通じゃないんです。昔の人は、自分でやってた。落語で「寝床」という話があります。客を集めて、みんんなの前で下手な浄瑠璃を聞かせて迷惑がられる話です。浄瑠璃も、戦後すぐの頃までは習っている人が多かったと聞いたことがあります。

本書の素晴らしいところは、読んでいる内に「能を習うなら」というガイドが始まっているところでしょう。鑑賞される能だけじゃ不十分で、みんながやりたい能でなければ、伝統も続かないのかもしれません(余談ですが、今若い世代はバンドやらないそうですね。あさよる含め)。

ちゃんと先生や教室の探し方や、お稽古の通い方が指南されていて(・∀・)イイネ!!

能の鑑賞のための手解きはよくありますが、習い方は初めて読んだかもw

変わり続ける伝統

本書を読んで、伝統芸能って、さすが何百年も生き残ってきただけあるんだな!と、なんだか清々しい気持ちになります。

例えば、ブログやサイトを何十年と続けている人は、サーバー移転やサービス修了や、ブログやSNSの導入など、たくさんの変化があったでしょう。データ飛ばしちゃったり、掲示板が炎上したり、晒されたこともあるでしょう。中の人だって、転職したり家族が増えたり引っ越したり病気になったりいろいろあったでしょう。長年同じサイトやってる人を見つけると「歴史アリやなぁ」としみじみ感じ入ります。それでも、未だに更新し続けている人って、変化や新しいトレンドを常に取り入れ続けた人なんですよね。しみじみ。あさよるもこのドメイン育ててこう……(なんのこっちゃ)。

とまぁ、何ごとも「長く続ける」って常に変化し続けることです。それを優に650年続けてきた能は、川の中をたゆたうハンカチのように、その一瞬一瞬変化し続けたのかもしれません。能の先祖を辿ると、もっと古いみたいだしなぁ。

変化するってエネルギーも勇気も必要で、恐ろしいものだけれども、変化しないと手に入らないものもあるのね。

関連本

『狂言でござる』/南原清隆

『狂言でござる』を読んだよ

『あやつられ文楽鑑賞』/三浦しをん

『あやつられ文楽鑑賞』を読んだよ

『先生、イノベーションって何ですか?』/伊丹敬之

『先生、イノベーションって何ですか?』|以前の世界が思い出せない

『ブランドらしさのつくり方―五感ブランディングの実践』/博報堂ブランドデザイン

『ブランドらしさのつくり方―五感ブランディングの実践』|体感をともなう体験を

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『世界を変えた10冊の本』|世界の読むべき本をわかりやすく解説

こんにちは。読書本には目がない あさよるです。「読書本」って変な言葉ですが、本を読むための本って感じでしょうか。本書『世界を変えた10冊の本』もそのタイトル通り、10冊の世界を変えた本を池上彰さんが紹介するもの。どの本も世界的超有名本で、一度は目を通しておきたいものばかりです。

世界を変えた10冊ラインナップ

本書で紹介される10冊の本は以下。

  • 『アンネの日記』
  • 『聖書』
  • 『コーラン』
  • 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
  • 『資本論』
  • 『イスラーム原理主義の「道しるべ」』
  • 『沈黙の春』
  • 『種の起源』
  • 『雇用、利子および貨幣の一般理論』
  • 『資本主義と自由』

読んだことはなくってもタイトルくらいは知っている本ズラリ。ここではザッと簡単に紹介しておきます。

書影は『世界を変えた10冊』の出典として挙げられているものです。

『アンネの日記』

第二次世界大戦時、ユダヤ人として収容され亡くなったアンネ・フランクが書き残した日記。アラブ諸国を除く国際社会がイスラエルの味方をするのは『アンネの日記』があるからだ、と紹介されています。なるほど、彼女が生き生きと〈普通の少女〉であればあるほど、彼女の運命は信じがたく、ユダヤ人弾圧がいかに惨たらしいものであったのかと感じます。「世界を変えた本」のトップバッターに相応しいものです。

『聖書』

世界で最も読まれた書物『聖書』。

 中東に生まれたキリスト教が、やがてヨーロッパ世界に広がり、宣教師たちによってアフリカや南米にも拡大。ヨーロッパでの迫害から逃れたキリスト教徒は、アメリカに「神の国」を建設しようとしました。
一方、ヨーロッパのキリスト教徒たちは、「十字軍」によって中東遠征を繰り返し、イスラム教徒との対立を深めました。それは、キリスト教文明とイスラム文明の対立として、いまにつながってくる歴史です。

p.41-42

聖書の物語は今も多く引用されますし、今の世界を動かしています。

『コーラン』

ユダヤ教の経典『律法』をキリスト教徒は『旧約聖書』と呼び、新たに『新約聖書』を加え聖書にしました。さらにイスラム教はここに『コーラン』を加え経典にしました。イスラム教徒にとって『コーラン』が最も重要とされます。

日本ではイスラム教徒は少ないですし、文化や慣習がふしぎに見えるかもしれません。イスラムの行動規範や考え方等、池上彰さんが分かりやすく説明してくださるのは有難い。

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

16世紀の宗教改革により、ローマ・カトリックからプロテスタントが生まれます。カトリックとプロテスタントでは経済活動において大きな違いがありました。

カトリックの教会の支配は穏やかで形式的なものだったが、プロテスタント支配は、「家庭内の私的な生活から職業的な公的な生のすべての領域にいたるまで、考えられるかぎりでもっとも広い範囲にわたって信徒の生活のすべてを規制するものであり、限りなく厄介で真剣な規律をともなうものだった」と指摘します。つまり、このプロテスタント支配によって、子どもたちは高度な教育を受けて社会の上層を目指すようにしつけられているのではないか、というわけです。

p.101

プロテスタント支配によって、資本主義の精神が登場するのです。19世紀半ばまで労働者は生活できるだけの収入があれば、それ以上働こうとしませんでした。それに対し、仕事のために人間は存在し、働くことは生きるために不可欠であるとの考えが「資本主義の精神」です。

現代のわたしたちはこの考えの上にいるんですね。

『資本論』

マルクスはかつて、資本主義がなぜ非人間的な経済体制になるかを説きました。マルクスの理論は、ロシア革命を引き起こし、やがて社会主義体制を採用する諸国が増大しました。マルクスの『資本論』は世界を変えたのです。
ところが、東西冷戦が終わり、ソ連の崩壊に代表されるように社会主義体制の限界が明らかになって以降、マルクスの主張はすっかり見捨てられてました。それが、リーマン・ショックをきっかけに、まるで預言者のように復活する。皮肉は話です。

p.123-124

労働量は藤堂の時間で測り、貨幣が資本になる。現在の我々が当たり前思っている体制も、新しい考え方なのですね。

『イスラーム原理主義の「道しるべ」』

『道標』は“オサマ・ビンラディンの教科書になった”ことから、世界を動かした10冊に選ばれています。

 イスラムこそが、健全な発展と進歩に欠かせない価値観を保有している。その理想が失われてしまったために、世界は墜落している。いまこそイスラムの理想に帰り、イスラムの原初を思い起こすことが必要だと主張します。(中略)

現代はイスラムの理想が失われてしまったのに、イスラム教徒たちは、自分たちの世界を「イスラームの世界」などと思いこんでいる。これを正さなければならない、というのです。となれば、イスラム世界の腐敗した体制を打倒することは「神の道」であり、正義の戦いである。つまり「ジハード」(聖戦)なのだ、ということになります。(中略)

世界中が無明社会だというのです。
無明社会は暗黒社会ですから、真のイスラム教徒は、無明社会をイスラム社会をイスラム社会にしなければならないのです。ここから、無明社会に対するジハードが必要だという理論が導き出されます。この対象として、日本も例外ではありません。(中略)

日本の私たちの信仰は、「邪神を祭るために、手のこんだ礼拝儀礼の体系を創案した」ものだというのです。彼が日本のことをどれだけ詳しく知っていたのか疑問ですが、彼によれば、日本もジハードの対象になってしまいます。

p.155.156.160

『道しるべ』に日本のことが書いてあるのは知りませんでした。日本はジハードの対象にならない保証はないということでしょうか。

『沈黙の春』

アメリカのペンシルバニア州に生まれたカーソンは、連邦政府の商務省漁業局で働きながらアメリカの雑誌「ニューヨーカー」に『沈黙の春』を連載し、単行本として出版されベストセラーになりました。

環境汚染という言葉がなかった時代、農薬により野鳥たちが死んでしまった例や、食物連鎖による毒物の蓄積メカニズムを広く世に知らしめたのが彼女だったのです。

現在では当たり前の環境問題も、当時はなにも知られていなかったところから、社会に浸透していったんですね。

『種の起源』

ガラパゴス諸島に上陸した経験から、生命の多様性への疑問を追求し1859年『種の起源』が世に登場します。当時は売れ行き上々だったそう。

彼の書は、「地球上の生き物は神が創造した」と信じるキリスト教徒からは批判を浴びましたが、多くの学者から支持され、その後の遺伝学、生物学の飛躍的な発展の基礎を築きました。

p.192

生物は神が創造したものか否か。現代でも議論になる事柄です。

『雇用、利子および貨幣の一般理論』

 景気が悪くなったら政府が公共事業などで支出を増やして経済を活性化させる。金利を下げて、企業の投資を活発化させる。
これらは、景気対策としての常識になっています。中学校の社会科で習う話です。しかし、かつては常識どころか、「とんでもない話」と考えられていたこともあります。それを世の中の常識にしてしまった本。それが、今回取り上げるジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子および貨幣の一般理論』という書物です。

p.213

1929年の世界恐慌の政府の対応を時代遅れだとし、ケインズは批判しました。本書では現代の日本社会が直面している問題を、ケインズがどう説いているのかが紹介されています。

『資本主義と自由』

フリードリヒマンは、自らの主張を一般に理解してもらうためのショック療法を用意しました。当時のアメリカで政府が行っていた事業のうち、「政府がやる理由はない」と考えた事業一四項目を列挙しているのです。(中略)

1 農産物の買い取り保証価格制度。
2 輸入関税または輸出制限。
3 農作物の作付け制限など。
4 家賃統制。物価・賃金統制。
5 最低賃金制度や価格上限統制。
6 銀行に対する詳細な規制など。
7 ラジオとテレビに対する規制。
8 現行の社会保障制度。
9 事業や職業に関する免許制度。
10 公営住宅、住宅建設の補助金。
11 平時の徴兵制。
12 国立公園。
13 営利目的の郵便事業の禁止。
14 公営の有料道路。

p.248-249

じっくり見て見ると「やめるとヤバイんじゃない?」と思う項目もありますが、彼よると大丈夫。というか逆に、国が制限をかけていることで貧しい人が苦しんだり、社会に不利益があると説いています。

未読本に色めき立ち、既読本に興味津々

池上彰さんが選ぶ「世界を変えた10冊の本」はいかがでしょう。あさよるは、タイトルは知っていても「読んだことない」とか「通読したことない」ものばっかりです。現代でも絶版になっていないどころか、流通している本ばかり。現在では電子書籍や、Kindle Unlimitedでも読めるっぽいのでありがたいです。読む本リストに加えておきますφ(..)メモメモ

「世界を変えた本」の中でも、現代のわたしたちの生活や常識そのものを作った本ばかりが紹介されていますから、興味がないわけがないラインナップです。

あさよる正直、この本「面白くなさそうだなぁ~」と思ってたのですが、嬉しい誤算で結構楽しく読めました。まだ読んだことない本は「読んでみよう」と色めきだち、既に読んだ本は「池上彰さんはどう紹介するんだろう」とwktk。

この手の本は他の人が紹介してもいいかもしれないけれども、内容的には「知っていて損ないぜ」って感じで、お馴染み池上彰さんの著者だし、人におすすめしやすい本だと思います。

あさよるネットで紹介した池上彰さんの本

『学び続ける力』/池上彰

『学び続ける力』を読んだよ

『伝える力』/池上彰

『伝える力』|子どもへニュースを伝える力

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』/池上彰

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』|社会、外交、世界を考える

『あした選挙へ行くまえに』/池上彰

『あした選挙へ行くまえに』|なにを投票するの?

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『チーズはどこへ消えた?』|冒険を楽しめ!パッと読んで燃える!

こんにちは。チーズを食べたいあさよるです。まさかそんな理由でこの本を選ぶなんて……というのは、結構ホントです。本書『チーズはどこへ消えた?』は1998年にアメリカで出版され大ベストセラーに。日本では2000年に訳書が出版されこちらもベストセラーになりました。あさよるも出版当時、本書を読まされた記憶がありますw

その時はイマイチ何が言いたいのか分からず、どう読んでいいのかさえピンとこず、持て余してしまったのを覚えています。今読むと、コンパクトでサクッと一気に読み切ることができ、メラメラッと力が湧いてくるよくできた本だなぁなんて思いました。ちょっと気分転換したいとき、パーッと発散したいときなんかにどうぞ。

小人とネズミの迷路でのお話

あらすじ

『チーズはどこへ消えた?』はこんなお話です。

ある日のシカゴに、かつてのクラスメイトが集まりました。それぞれ違った進路を歩んでいますが、それぞれが思いがけない変化に直面し、どう対処しようかと案じていました。中の一人が言います。

「ちょっと面白い物語を聞いて、すべてが変わったんだ」(p.14)

それは、ネズミのスニッフとカリーと、小人のヘムとホーの物語でした。

2匹と2人の物語

2匹と2人は迷路の中に住んでいます。迷路のところどころには様々なチーズが隠されています。彼らはチーズを見つけるべく、迷路内を散策し、チーズルームにたどり着きました。しかし、しばらくするとチーズを食べつくしてしまいます。ネズミたちは再び迷路へ飛び出しました。しかし小人たちは、チーズはどこへ消えた?と話し合い、しばらくそのまま待ち続けます。ある日、小人のホーは意を決してチーズルームから出てゆきました。ヘムを説得しましたが、彼はチーズルームに残ると言って聞きません。

ホーは迷路の中で少しのチーズのかけらを手に入れ、ヘムにチーズを見せ再度説得を試みますが「ここにあった“古いチーズ”が食べたい」と言って応じません。仕方なくホーは一人迷路を歩き回り、ついにこれまでに見たことのないチーズルームを発見します。

変化を拒み切り捨てらる運命

場面は元のシカゴのクラスメイトたちの談話に戻ります。彼らは立場はそれぞれ違っていても、変化に直面していました。変化を拒み、取り残され切り捨てられる人たちを見てきました。変化を嫌い、みんなの足を引っ張る人もいます。自らの経験を話し合うことで、新しいチーズを追い求めるビジョンを共有し合ったようです。

「チーズ」とは、「迷路」とは

本書で語られる「チーズ」や「迷路」とは、どんな意味合いがあるのでしょうか。

「チーズ」とは、私たちが人生で求めるもの、つまり、仕事、家族、財産、健康、精神安定……等々の象徴。

「迷路」とは、チーズを追い求める場所、つまり、会社、地域社会、家族……等々の象徴です。

この一見シンプルな物語には、状況の急激な変化にいかに対応すべきかを説く、深い内容がこめられているのです。

カバー

我々は「チーズ」すなわち仕事、家族、財産、健康、精神安定等々を追い求めています。それを実現するために会社、地域社会、家族等々という名前の「迷路」をさ迷っているのです。

かつて仕事があっても、そのうちなくなってしまうかもしれない。そのとき「チーズ(仕事)はどこへいった?」と、状況を把握せず行動を恐れて立ち止まっていてはいけないのです。家族も、健康も、精神安定も、そのうちなくなってしまうかもしれない。その時、行動しなくては。いえいえ、すでに「いつかなくなる」と分かっているのです。事前に行動し始めなければ。

変化しないといけない

一人、迷路に踏み出した小人のヘムは、恐怖と不安のチーズを探している内に、どんどんと考えが変わってゆきます。最初、チーズが返ってくるかもしれない、チーズがないのはおかしいと同じ部屋に居座り続けました。しかし、チーズもないのに行動しないのは安全ではなく、早く行動した方がいいと気づきます。そしてその考えを壁に書きつけました。

変化は起きる
チーズはつねにもっていかれ、消える

変化を予期せよ
チーズが消えることに備えよ

変化を察知せよ
つねにチーズの匂いをかいでいれば、古くなったのに気がつく

変化にすばやく適応せよ
古いチーズを早くあきらめればそれだけ早く新しいチーズを楽しむことができる

変わろう
チーズと一緒に前進しよう

変化を楽しもう!
冒険を十分に味わい、新しいチーズの味を楽しもう

進んですばやく変わり再びそれを楽しもう
チーズはつねにもっていかれる

p.68

〈変化する〉ことは恐ろしく忌々しい事柄だったのに、いつの間にか〈変化するから冒険ができる〉と、変化への考えがガラリと変わっています。そっか、変わってゆくってワクワクすることでした。いつの間にか、変わってしまうことが煩わしく、恐ろしく、避けるべき事だと思っていたのでしょうか。

今ある「チーズ」……すなわち仕事、家族、財産、健康、精神安定などなどは、いつかなくなってしまうものです。常にチーズを得続けるべく、冒険し続けないといけません。

なんか久々に読んで、以前よりかは著者が「何を言いたいのか」が分かった気がしますw これも変化ですかね。

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『ネットの高校、はじめました。 新設校「N高」の教育革命』|新しい学校!

こんにちは。やっと、やっとかぁ~。と落胆する あさよるです。何がって、自宅でネットで勉強するのが当たり前の時代って、やっときたのかーと。『ネットの高校はじめました。』を読んで、生まれるのが早すぎたのねと涙涙。あさよるは学校ダルくて嫌で嫌でたまらなく、授業なんか家でテレビ画面でいいじゃーん、と思い続けた小中高間でした。どうせ一方通行な授業なんだから、録画でいいじゃんとw ネットを使ったN高は、家でいても〈双方向〉な高校生活を送れるようで、読んでるだけでwktkが止まらない~!

通信制高校の選択肢が増えていることについては、『通信制高校のすべて』という本で知りました。こちらも併せてご覧ください。

『通信制高校のすべて』|20人に1人は通信制!多様な教育を知ってますか?

新しい学校「N高」ってなに?

2016年開校したN高はドワンゴとKADOKAWAが開設した通信制高校です。本校は沖縄県伊計島にあり、広域で生徒を募集しています。N高の入学式の様子は、ニュースでも報道され見知った方も多いでしょう。ドワンゴが作ったということで、ニコ生よろしく入学式の様子を各地で生徒がコメ飛ばしながら見ている様子や、遠足はドラクエの世界を散策するなど、従来の高校のイメージとはかけ離れた様子が報道されました。

授業もネットを通じて受けられ、進学に特化したコースや、留学を視野に入れた英会話のコースや、プログラミングを学ぶクラスや、バンタンと提携して職業別のスキルを身につけることもできます。

生徒は、不登校や中学校生活にうまく溶け込めなかった人もいますが、成績優良で学校生活が退屈だったためN高に進学する人。ヤンキーっぽい人もいればオタクもいて、多種多様な人が集まっているようです。また、なんらかの障害があって、なかなか中学で成績が上がらなかった人も、N高の学習方法で成績が向上することもあるそう。紙に鉛筆で書くのが苦手だった人は、タイプして入力だと成績が上がった人や、病気で登校するのが難しかった生徒が通信だからこそ活発に高校生活を送っている様子が紹介されていました。

高校は義務教育ではないからして

進学高校を中退し、子育てしながらN高に通う方もいます。本書で紹介されていた女性は、元々ニコニコヘビーユーザーだったそうで、ニコニコが高校を作ると知り入学したんだとか。高等学校というのは義務教育ではないので、年齢関係なく開かれています。N高のようにすべてネットで単位を取れるのは助かります(年に数日出席するのかな?)。

また、N高は〈進学〉〈職業訓練〉の二本柱です。ただ必要な単位を集めて卒業ではなく、自分でN高で何をするか選べるというのも、良い所。小学校中学校の「させられる」「やってくれる」勉強の仕方ではないんですね。卒業に必要な単位を修めるのはもちろんで、通学時間が削減できるんだから、余った時間で何をしようか!? ワクワクしますね。

ああ、高校卒業してなきゃ……

N高は高校なので、当たり前ですが高校を卒業した人は入学できません。本書『ネットの高校はじめました。』を読んでいると、なんども「あ~!あさよるも入学したいー!」とめっちゃ思うのに、とっても残念だ! ちょっと心のどっかで「高校卒業しなきゃよかったな」なんて思っている自分もいてびっくりびっくり。

あさよるも、ずっと学校ダルかったし「いつになったら家で学校の授業受けられるんだ」とプンスカ怒っておった。2016年!やっとネットで学べる高校が登場したのが2016年!やっと!やっと!

ちなみに 今は、大学の授業を自宅で視聴している。時代が変わったのだ。やっと。

まだN高は始まったばかりで、N高がどんな学校だったのかは時間が経たないとわからないでしょう。本書『ネットの高校、はじめました』N高設立へ向けての熱意や理念や、設立して「良かったところ」が紹介されています。あさよるは正直、当初は「アリだと思うけど……自分は入学したいかなぁ~」と訝しんでおったのですが、本書を読むと「アリだな」と思うどころか、「普通の(新しい)学校だな」と納得。()内が大事なところ。

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『「死」と向き合う「おくりびと」たち』|葬儀にまつわる死者のこと遺族のこと

こんにちは。実は「おくりびと」の仕事に就きたいと微かに考えていた あさよるです。映画『おくりびと』の影響で「おくりびと」志望の人が増えたそうです。結局全然違うことしていますが、未だに気になるようで『「死」と向き合う「おくりびと」たち』も、目にしてすぐ「読みたい」と思いました。

あさよるが想像している「おくりびと」も紹介されていますが、全く知らない仕事も紹介されており、最新の葬儀にまつわるあれこれを知るにも良い本です。また、自分の来し方行く末を考えずにはいられない本でもあり、何重にも意味のある本でした。

様々な「おくりびと」の仕事

映画『おくりびと』がヒットしたことで、葬儀に係る仕事が注目されるようになったそうです。もちろん、映画になるずっと前からある業界ですが、あまり表に出ない職業でしたが、映画の影響でこの業界を志望する人もいるそうです。

本書で紹介される葬儀に係る仕事は多種多様です。みなさんも知っている職業から、知らない職業もあると思います。

  • エンバーマー

まず、エンバーマーという、遺体を修復し生前の状態に近づける仕事。アメリカではメジャーな方法らしく、日本では資格も必要でまだ多くはない。遺体の損傷部や病巣を取り除き、血管に薬品を送り込み遺体の防腐をするそうです。従来の納棺士よりも、より遺体の修復が可能だそう。エンバーマーへのインタビューと共に、エンバーマー養成の学校へも取材がなされています。

  • 納棺士

次いで納棺士は、従来の「葬儀屋」と呼ばれる「おくりびと」の仕事です。映画のように華麗に遺体をきれいにすることもあれば、淡々とやることもあるそう。遺体をきれいにし、髪を整え化粧をし、死に装束に着替えさせます。「湯かん」を扱う業者も紹介され、単に遺体の状態を整えるだけでなく、宗教的な作法も含まれているように思いました。

  • 葬祭ディレクター

そして葬儀を取り仕切る葬祭ディレクター。近年では葬儀の形も様々で、簡略化したり、家族葬にしたりと、選択肢が増えています。遺族にとって必要な葬儀の形を提案します。

  • 遺品整理人

遺品整理人は、亡くなった人の荷物を片づける仕事。特に孤独死した世帯の整理は壮絶。都会であるほどすぐ側に人がいるのに、誰も通報せずに放置されることも多く、また大家と遺族が揉めることもあるそう。遺品整理人が近所や大家の間に入る様子も紹介されていました。若い人の孤独死は餓死が多いというのも、ゾッとした。

  • 火葬場職員

火葬場職員が、遺体を火葬する様子は、とても繊細な仕事をしてくれてるんだなぁと感心しました。少しでもきれいに骨の形が残るように手動で調整します。

  • お墓ディレクター

お墓ディレクターという職業もあるそうで、条件に合う墓地を選んだり、墓の引っ越し等、相談してくれます。

  • グリーフサポートバディ

グリーフとは悲しみ、苦悩という意味で、強い悲しみの中にいる遺族をサポートする仕事です。普段は気丈に振る舞っていたり、家族の前では涙を見せない人のなかにも、深い悲しみを抱いている人がいます。日本ではまだなじみのない仕事ですが、必要な役割です。

職業としての「おくりびと」

本書『「死」と向き合う「おくりびと」たち』では、おくりびとたちへのインタビューもなされているのですが、どの方も謙虚で、淡々と業務を語り、そしてご自身の職業の意義をきちんと理解してらっしゃる様子が印象的です。「死」を扱う仕事だけに、あまり普段は表立って話題にならない職業ですが、必ずなくてはならない職業です。

表舞台には立たないけれども、とてもカッコいい職業でもあります。本書では、最新の技術や伝統的な作法を踏まえつつ、遺族や亡くなった人を想い、最上のサービスを尽くしている様子が、まじプロフェショナルで超カッコいい。

実は……とここから自分語りですが、あさよるも昔、火葬場の職員募集の求人を見て応募しようと履歴書を書いていたところ、母に「あんたは向いてない」と止められました。向いてない理由は一つ「真面目な顔ができないから」という。父も同じ理由で祖母に止められたそうですw

飼い猫が死んだときも、火葬場でスーツ着て真面目に応対してくれる職員がカッコよかったのだ~。という、個人的に〈すごい職業〉の一つだった「おくりびと」の仕事が、こうやって書物で知るとなおさら「すごいなぁ」と憧憬。

弔いとは、やっぱり死者のためにあるのかも……

よく、葬儀は生きている人のためにやるもんだなんて言いますが、本書を読むと「やっぱり葬儀って死んだ人のためなのかもな」と感じました。おくりびとたちはみんな、もちろん遺族への思いやりもあるものの、やはり亡くなった人へ心づくしのもてなしをしているように思えました。

おくりびとたちが死者に対し大切に特別に接するからこそ、遺族たちも心の持っていきようが生まれているような。納棺士が、死に装束や湯かんをする仕事は、宗教色もあり、儀式としての弔いなんだなぁと感じ入る。

孤独死した人の部屋の片づけは、肉親でもできない仕事を引き受け、整理をしながら大事な書類やお金、遺言など残されていないかも探すそうで、「その人がどう生きたか」をまざまざと見る仕事です。ご近所や大家や遺族のゴタゴタにも見舞われるそうだから、いろんな意味での〈人間模様〉に直面します。

「おくりびと」のプロフェショナルな仕事ぶりを通じて、人の生き死にを見て、自分の〈この身〉の行く末も少し気になります。

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『ヒルビリー・エレジー』|チャンスの掴み方を忘れてしまった人々

こんにちは。おすすめ本はなるべく読むあさよるです。本書『ヒルビリー・エレジー』もトランプ大統領の話題と一緒にゲット! アメリカでは今なにが起こっているのか?どんな人がトランプ氏を支持したの? と、考えの手助けに。著者自身が、ケンタッキー州の廃れた元工業地帯で生まれ育ち、秩序崩壊している環境での経験を詳しく綴っています。「格差」とは、どういうことなのか考えるにも、ぜひ。

取り残された白人の労働者階級

本書『ヒルビリー・エレジー』の〈ヒルビリー〉とは、「田舎者」を馬鹿にしたようなニュアンスの言葉だそうです。エレジーは「哀歌」。「田舎者の哀歌」。現在アメリカの田舎に取り残された白人たちは、かつてない格差と貧困に陥っており、著者J.D.ヴァンスさんもヒルビリーの白人家庭に生まれました。

本書が注目されているのは、そう、2016年にドナルド・トランプ大統領の出現によってです。Amazonの商品説明ではこのような紹介がなされていました。

◎アメリカ人が、もうひとつのアメリカを知るためにこぞって読んでいる一冊
◎トランプ支持者、分断されたアメリカの現状を理解するのに、最適の書。
◎タイム誌「トランプの勝利を理解するための6冊」の1冊に選定。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち | J.D.ヴァンス, 関根 光宏, 山田 文 |本 | 通販 | Amazon

アメリカでも、アメリカ国内で何が起こっているのか知りたい人がいるってこと?

トランプ大統領就任時、日本でもメディアで取りざたされましたが、アメリカ国内の格差が広がり、トランプ大統領は田舎の労働者階級に支持されたと見聞きされました。かつて工業地帯として栄えた田舎町。今は廃れて、貧しい人々が暮らします。ここで取り上げられているのは「アメリカの反映から取り残された白人たち」。ヒルビリーの白人たちは、富裕層の白人や、黒人、黄色人種たちよりも、未来に希望を描けない状況に陥っています。

アメリカンドリームがなくなったアメリカ

本書では「アメリカンドリーム」はアメリカよりも、現在はヨーロッパにあると語られています。

ヒルビリーで生まれた著者・J.D.ヴァンスさんは、父親違いの兄弟がたくさんおり、母親は職に就いても長く続かず、彼氏に依存しトラブルばかり繰り返します。ことあるごとに母親から虐待を受け、命からがら祖父母に頼って生きています。頼もしいお祖母さんではありますが、彼女も揉め事を“力”によって解決し、法秩序から逸脱しています。親子や恋人に依存し、薬物に依存し、お金は目先のものに使い切り、困ったことが起ると自分以外のモノのせいだと考え、悪びれず不正を働きます。労働時間は短いにも関わらず「自分たちは働き者だ」と信じています。これは著者の特別な経験ではなく、ヒルビリーの平均的な「普通」の家族の形。

こうやって要素だけ抜き出してみると、秩序が崩壊しているのがわかります。ヒルビリーの閉ざされた世界に生まれ育つと、自分の知っている世界が全てだと思い、ヒルビリーの価値観のみが行動規範になります。ヒルビリーの世界では、勉強をし良い成績を修めることよりも、男らしく喧嘩で勝てるほうがずっと価値があります。

ヒルビリーにもチャンスは平等にあるはずなのに、「チャンスに手を伸ばす」という観念が抜け落ちているようです。アメリカンドリームも今でも用意されているのかもしれませんが、そもそも「望まない」人にチャンスはありません。アメリカは「ドリーム」を失ったのでしょうか。

貧困の中にいると、貧困の思考しかできない

貧困から抜け出したいなら、勉強をして大学へ進む道があります。しかし、子どもたちを大学へ進学させることが何を意味するのかイメージできない。実際には、大学に通う方が学費が安上がりなのに、地元のカレッジに通う方がいいと思い込んでしまう。子どもたちに初めからチャンスがありません。

家族が不正を働いても、それをみんなで隠蔽することが正解であり思いやりであると考えてしまう。そもそもの問題を取り除こうという発想がなく、恋人や薬物に依存してしまっても、周りはその場しのぎの対応をするばかりです。それが「普通」の環境ですから、良い状態が想像できなくなる。

教育の機会が奪われていますから、子どもたちも偏った世界観の中で育ってゆきます。著者も、考えが錯綜し、偏った思想に囚われたり、母からの虐待を容認することが愛情だと感じてしまう。お母さんだって、もっと適切な対応があったのかもしれないけれども、どんどん泥沼化してるし、それがヒルビリーの「普通」。

貧しいから欲しいものが買えなくて、給料日にドッと買い物をしてしまう。でも、本当はお金を使うのを控えて、貯蓄に回せば新しい生活が手に入るかもしれないのに。大きな画面のテレビや、iPadを買うよりも、もっと必要なものがあるんじゃないの? そんな発想がなくなってしまい、「貧しいのに贅沢な買い物ばかりしてしまう」という悪循環から抜け出せないのです。

〈なう〉を理解する一助に

「アメリカンドリームはなくなった」と紹介しましたが、それでもまだドリームは少なからずアメリカにあります。著者ご自身も、海兵隊に入隊したことから境遇が変化し、オハイオ州立大学を優秀な成績で卒業し、名門イェール大学に進み、現在はシリコンバレーで起業しエリートです。「手を伸ばせばチャンスが巡ってくる」環境が消滅したわけではないのです。

大事なのは「手を伸ばす」「求める」ということ。ヒルビリーの白人たちは「チャンスに手を伸ばすことを忘れてしまった」のかもしれません。そして、なんとなくスカッとする毒舌を吐いてくれるドナルド・トランプ氏は支持されたのです。「オバマが悪い」「イスラム教徒が悪い!」「メキシコに壁を作らせろ!」と〈自分以外の誰かが悪い〉と言ってくれると気持ちいいですからね。

んで、これって日本でも同じことが起こりつつあるのかもなぁとも感じました。格差が広がり、チャンスが巡ってこない人たちがいます。いや、たぶん、日本だって優秀な人には機会が与えられていますが「手を伸ばすことを忘れている」に陥ってないかなぁ?と。これは自分の思考や行動を省みて。

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『真夜中のディズニーで考えた働く幸せ』|情熱をカタチにするってコト

こんにちは。子どもの頃なりたかった職業は「ケーキ屋さん」のあさよるです。理由は……なんとなく。〈将来の夢〉が明確にある人がずっと羨ましい人生でした。今でも「楽しいことしたい」と、ゆるく夢見ています。

さて、今回は〈仕事〉と〈熱意〉を考える本に出会いました。働くってなんだろう?ってこと。そして、熱意を持って取り組むパワー。

14歳の世渡り術。働く熱意!

本書『真夜中のディズニーで考えた働く幸せ』は、河出書房新社の〈14歳の世渡り術〉というシリーズの中の一冊です。中学生~大人までが読者の対象です。本書は、東京ディズニーランドオープン当時からランド内の〈そうじ〉係をしていた著者・鎌田洋さんの経験が綴られています。

鎌田洋さんは会社員をしていましたが、東京ディズニーランド建設の計画を知り求人募集に応募します。鎌田さんはアメリカのディズニーランドへ行った経験から、どうしてもここで働きたいと思っていましたが、残念ながら不採用。会社まで辞めて何度もエントリーしますが、なかなか採用されませんでした。ディズニー本社へ直談判の手紙を書き、アメリカのディズニーランドまで出向きスタッフと話をしますが、なかなか採用の通知が届かない。別の仕事をしながら何度も何度も応募して、やっと採用になりました。

やっと東京ディズニーランドのスタッフになれましたが、配属されたのは〈カストーディアル〉という、パーク内のそうじ係。みなさんもディズニーのそうじスタッフをご存知でしょうから、「かっこいい!」「すてき!」って思うかもしれませんが、東京ディズニーランドの建設当初は〈カストーディアル〉がどんなに重要な役割なのか多くの人は知らなかったでしょう。鎌田洋さんも本場のディズニーランドでカストーディアルの仕事を見て感動していたのに、いざ自分が配属されたとき「内心がっかりした」と告白しておられます。しかも、鎌田さんは深夜、ゲストのいない時間のそうじが任されました。

何度も何度も不採用になり、諦めずにやっと手に入れた仕事なのに、ちょっと不本意な配属。そんな中でも、働くこと、熱意を持ち続けること、諦めないこと。そのパワーがどんどん自分の境遇を変えてゆく様子を、ご自身の体験と共に紹介されています。

マネできるところ

〈14歳の世渡り術〉ということで、本書を読んで誰もが真似できる、取り入れられるところをピックアップしてみます

  • ディズニーランド予定地を見に行った

鎌田さんは東京ディズニーランド建設のニュースを聞き、とりあえず予定地とされている場所へ赴いていました。建設前ですからもちろん、ディズニーランドの気配もなかったようですが、「どこにあるの?」「どんなところ?」「どんな風になるの?」って、実際に行ってみる!

将来働くかもしれないところや、進学するかもしれない学校など、実際に行って見てみる。夢の中のフワフワしたお話がグッとリアルに、現実と地続きなことがわかります。

  • アメリカのディズニー社へ手紙を書いた

ダメ元でディズニー本社へ、自分の熱意を伝える手紙を書きます。結果的に返事はもらえなかったし、直接的には手紙は役立ちませんでした。しかし、巡り巡って手紙を書いた熱意が、自分を後押しします。どうやら、手紙はちゃんと届いて読まれていたようで、鎌田さんの名前は把握されていたようですし、どうやら日本の東京ディズニーランドの面接でも、手紙の一件はみんな知っていたようです。じわじわっと効くアプローチもあるんですね。

  • 落ち着いて作戦を考える

東京ディズニーランドで働きたいと、前職を辞めてしまった鎌田さん。しかし残念ながら不採用。生活しないといけませんから、とりあえず他の会社で働き始めます。ここで、働きながら、落ち着いて「これからの戦略」を考える。突っ走り続けるだけだとすぐ息切れしてしまいますから、冷静さも大事。

  • 「前の仕事」が後押しする

著者の鎌田洋さんは、当時の仕事を辞めて東京ディズニーランドで働きたいと思った時、奥様もすんなりOKして、そのあと幾度も不採用の通知が来ても「やめなさい」「諦めなさい」とは仰らなかったそうです。それは、鎌田さんが以前の仕事も真面目に働き、サボったりせず優秀な成績を上げていた〈実績〉が大きいんじゃないのかなぁと思いました。働き者で優秀な人だと分かっているから、奥様も反対なさらなかったのではないか?ということです。全然違う世界に飛び込むときも、これまでの自分がやってきたことが後押しをします。

  • プロの世界は、スゴイ

念願の東京ディズニーランドで働き始めますが、配属されたのは掃除係。当時の掃除って、キツイ、キタナイ、危険の3Kの仕事でした。しかし、そこでディズニー社が持ってる掃除のノウハウに出会います。掃除って、ただ汚れを取るだけじゃなくって、人の心までキレイにするものです。人の行動を把握し、ゲストが夢の世界に浸れるように配慮します。まさにプロフェッショナルの仕事です。

働く人は、みんな物語を持っている!?

鎌田洋さん『真夜中のディズニーで考えた働く幸せ』では、「オープン当時の東京ディズニーランドのキャストとして働いた!」というスペシャルな体験を手に入れるまでの困難と、そこで学んだことが紹介されています。すごく特別で、すごく〈普通じゃない人〉の体験ですね。

〈14歳の世渡り術〉ということで、働くことや、チャンスを自分で手に入れる方法、諦めず何度もチャレンジし続ける、情熱も実を結ぶ実例です。そして、執念の先にゲットした仕事なのに、不本意に思っちゃったり、それでも諦めずに真摯に取り組めば、与えられた仕事の大切さが分かってくる。

こんな経験、もちろん著者の特別な経験なのですが、働く大人たちは多かれ少なかれ同じような経験を持っているのではないでしょうか。夢を持って行動したり、時に夢に破れたり、諦めたり道を変更したりしながら、それでも〈今〉に至る道筋を誰でも持っていて、ドラマチックじゃないかもしれないけど、他にない経験を持っています。

思春期頃、大人の自分を考えるとき、スペシャルな人の体験に触れるのも刺激的です。しかし意外と、身近な人の物語も、面白いかもしれません。

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『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』|鬱の抜け方、付き合い方

こんにちは。暑さにヘバッている あさよるです。この暑さまだ1カ月以上続くの?と考えるたび嫌になります。普通に生きていても過酷な季節は生きるのがつらい。ということで、サクッと軽く読める本を探し『うつヌケ』を手に取りました。こちら、マンガです。が、内容は全然軽くないけどね!

以前、田中圭一さんがご自身のうつの経験をお話になっており、「うつヌケ」の連載を始めたというお話をなさっているのを聞きました。書籍化されたということで、気になっていました。

闘病から日常へ戻るまでの体験記

本書『うつヌケ』はマンガ家の田中圭一さんご自身のうつ病を患ってから平常を取り戻すまでの経緯が最初に紹介され、田中圭一さんの周囲のうつ経験者たちにインタビューをしてゆく形式で進みます。登場する方々は〈うつヌケ〉した方ばかりで、うつになってゆく過程と、うつの最中の苦しみ、そして、うつヌケした瞬間の感覚が語られます。

医学的な本ではく、それぞれが主観的に体験を語っているのが特徴です。本書で取り扱われる経験談は似通っている部分もあり、うつ発症~うつヌケまでの過程は、状況が異なっていてもいくつかに分類できそうです。家族が居たり、単身で両親と確執があったり、反対に助けてくれる家族や仲間がいたりと、状況は違っていても、経過が似ている人がいるように見えます。

また、本書の面白いのは、医師に〈うつ〉と診断された人でなく、「うつだったかもしれない」ステルスうつヌケの人にもインタビューしていたり、精神科医の話を聞いたり、ボリュームに対して多様な事例を紹介されています。

順風満帆な人も、うつになるんだ

本書を読んでいて思うのは、「こんな人もうつだったんだ」という感想。もちろん、うつは誰でもなると分かってはいるけれども、意外というか、外側から見ていても分からないものですね。そもそも田中圭一さんご自身がユーモアたっぷりなヤリ手の方だと思っていたので、うつで苦しんだ経験を聞いて驚きました。大槻ケンヂさんも、テレビでお見掛けする様子から、うつ経験があると知りませんでした。

そして、挫折したり上手くいかないことがあってうつが始まると思っていましたが、順風満帆で、仕事に打ち込んで家族がいて、満たされているように見える人の中にも、うつという怪物が忍び寄っているかもしれないのね。その描写がやけにリアルというか、〈うつ〉を可愛らしいモコモコみたいに表現されているんですが、これが怖い。

誰もが、冷静に客観視ができなくなる

うつヌケの経験を読んでいると、本来であれば優秀で的確な判断ができたであろう方が、適切な決断ができなくなってしまう恐ろしさを感じます。たぶん、他人事として客観的に冷静に見れば「休め」「やめろ」と指示するはずの場面でも、いざ自分が渦中に放り込まれると、主観しかできないし、なかなか状況が呑み込めないのでしょう。だからこそ、「誰でもなる」し「他人事じゃない」んだなぁと。

本書『うつヌケ』に登場する方たちは、お話を読む分に「働きすぎ」な方が多い印象です。イヤイヤ働いているのではなく、能動的に好きで就いた職業の方も多いです。うつ=心が弱いとか、精神的に我慢できない状況がうつを生むとは限らないのが分かります。

マンガでサクッと読める

本書『うつヌケ』は田中圭一さんのマンガで書かれてます。一章ずつは短くて、少しの時間でも読み進められるでしょう。「うつ」って言葉は誰もが知っていて、うつに誰もがなるかもしれない可能性があることは、広く知られるようになっていると思います。しかし、リアルに「自分がうつかも」「自分がうつになるかも」と想定している人はどれくらいでしょうか。また、遠い世界の話のように聞いているかもしれません。「誰もがうつになる」「どうやってうつになるか」「うつになるとどうなるか」「うつから抜け出ることはできるのか」という、素朴なところを実体験で紹介されています。あくまで治療は専門医にかかることを薦めているところや、容態は変化し軽くなってゆく過程が紹介されているのは、良いなあと思いました。

で、本編とは関係ないのですが、気になったトコ。田中圭一氏は手○風な自画像はいつものこと、聞き役の“うつとは無縁のアシスタント・カネコ”が藤○F風なのは他意があるのだろうかw

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『乱読のセレンディピティ』|乱読で予想外の好奇心にであう!

こんにちは。なるだけいろんな本を読もうと心がけている あさよるです。だけど、〈乱読〉って言うほどバラエティに富んでいるわけでもないんですよね……たまに、「おんなじような本ばっかり読んでるなぁ」と自分で思います。

これからの読書をどうしようかと、読書術の本をチョイス!著者は『思考の整理学』の外山滋比古さんです。

『思考の整理学』を読んだよ

どんな本も読みこなす「力」

本書『乱読のセレンディピティ』は、タイトル通り〈乱読〉をテーマにしています。本の読み方で、「多読派」「精読派」なんてのがありますが、今回は「多読」のお話ですね。しかも、ただ本を読むだけじゃなく、さまざまなジャンルを〈乱読〉するのです。

どうやって読むか?それは、手あたり次第。もちろん、いつも良い本に出会うわけじゃないし、ハズレを引く日もあるでしょうw どんな本が良い本か?それを、自分で判断できるのが良い読者であると、紹介されています。自分で本の善し悪しを判断するためにも、乱読は必要なのかもしれません。乱読に必要な判断力を養うための乱読でもあるということ。

また、乱読をすると必然的に苦手なジャンル、知らない分野の本も読むことになるでしょう。よく知っている分野の本ならサササッと読めますが、知らない内容の本を読むのは時間もかかります。集中力が必要です。読書の「力」がつくのが、乱読の特徴なんですね。

「読んじゃダメ」も好奇心になる

書物をドサドサ与えられれば、読書家になるか。乱読家になるかといえば、そうとは限りません。例えば、子どもの頃、大人から「○○は見ちゃダメ」「××は取り上げます」と言われたら……いいえ、ダメと言われれば言われるほど見たくなっちゃうものです。読書生活にネガティブに働きそうな要因も、プラスに変えてゆきましょう。

読むべし、読まれるべからず

第4章の〈読むべし、読まれるべからず〉は、章のタイトルからして少し耳が痛い。

読書を神聖視する人がいる、例えば、昔は本や雑誌の上を跨いではならないと教えられた。なんとなく、本は神聖なもの、本はえらいものだと思っている。だから、本を読まないといけない、本を読まないのは恥ずかしいことだと思い込む。読書信仰を持つのは知的エリートだと思い込む。

しかし。本書は投げかける。読書はそれほどありがたいことではない。どれくらいのご利益があるのかもわからない。そして、本を闇雲に読んでいると、頭の近視が起こる。

 わけもわからず、むやみに本ばかり読んでいると、心眼は疲れ、ものをはっきり見きわめることが難しくなる。読書メタボリック症候群型近視になってしまう。頭の近視は、目の近視ほど不便ではないから、なかなかこれを治療しようとしない。
知識を身につけるには本を読むに限る。もっとも手軽で、労少なくして、効果は小さくない。読書は勉強のもっとも有力な方法になる。真面目な人は正直だから、読めば読むほど優秀な人間になれるように勘違いする。実際、博学多識にはなることができる。それと裏腹に、頭の中が空虚になるということを教えてくれるものがない。
頭が知識でいっぱいになれば、頭ははたらこうにも、はたらくどころではない。そのうちに、ものが見えない頭の近視がはじまる。
少しくらいの近視なら、頭の眼鏡で対応できる。頭の眼鏡は、もちろん、本で得た知識である。知識があれば、考えたりする面倒がない。それで読書は知識から信仰を生み、それが読書を支える。

p.50-51

本を読むのは手軽で、効果の大きな行為です。効率的なんですね。だからと言って、本ばっかり読んでいると、物を正しく見れなくなってゆく。あくまで、本で得た知識は他人からの借りものであることを忘れてはなりません。頭の働きは、自分で考えないといけない。ここを混同してはならないのです。

そしていずれ、本で読んだ知識か、自分で考えた思考か、どちらを選ぶのか二者択一を迫られるときがきます。その時、借り物の知識を選んでしまうのが、知識信仰だというワケです。

この第4章、最初から最後まで耳が痛いのです……。

どうして乱読するの?

乱読の良い所は、苦手な分野、知らないジャンルの本も読むからです。あらかじめ知識のある本は、ザーッと読み流すことができます。しかし、知らない分はの本は、単語にひっかかって、なかなか読むことができません。

知らない分野を読むには、能力が必要です。この読み方が身に付けば科学や哲学、宗教など、難しい本も読める力が身に付きます。読みやすい本ばかり読んでいると、いつまで経っても好きなジャンルしか読めない。文系だから、理系だからと読む本を選ぶ必要もない。

すると、知識の幅が広がってゆく。

思いがげないことに出会う

 セレンディピティ(serendipity) 思いがけないことを発見する能力。

p.82

専門的な読書は、専門以外の知識に出会うことは少なくなってゆきます。乱読家は、知らない知識にいつも触れていて、分からないことも多い。すると、あるとき化学反応のように、セレンディピティがやってくるのです。

知識を貯めこんでゆく読書から、乱読へ読み方を変えると、いつかセレンディピティによって全く違う考えと出会うのです。そして、この思ってもみない出会いは、新たな好奇心をかき立てます。

読書が知識の蓄積のためではなく、好奇心が新たな好奇心を生み出すものになるように。本の読み方や意識、少し変えてみようと思いました。

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『「やりがいのある仕事」という幻想』|お金のために働くでOK??

こんにちは。夏バテがひどいあさよるです。去年も夏はぐったりしてたんですが、こんなだったっけ……いつも徒歩で移動する距離を電車に乗ってしまうという(-_-;)

と、この暑い中、就活頑張ってらっしゃる学生さんたち、お疲れ様です。今回は、就活生の方も目を通してもらえると良さげな本をチョイスしました。といっても、そんじょそこらのビジネス書や、働き方を説く本とは違います。なんたってタイトルが『「やりがいのある仕事」という幻想』w

先に言っておきます、あたり前で露骨に本音の話をしているのですが、こんなこと教えてくれる本もなかなかなかろうかと思います。決して「優しい」感じではありませんが元大学助教の森博嗣さんの「親切」で「真摯」な内容が良いと思いました。

誰も言わないホントの話

本書『「やりがいのある仕事」という幻想』というタイトルからしてもう、アケスケで内容を物語っていて秀逸です。すなわち、「やりがいのある仕事」というのは幻想であるという話なのです。

なにより、本書が書かれた経緯からして、アケスケです。編集者から若者の就活や就活自殺をうけ“人生の目標”について森博嗣先生に書いてほしいと依頼を受けた。それに応えた。しかし、著者自身が大学の教官から作家になり、会社員の経験はない。多くの人とは違った経歴の持ち主である。それにしても、そもそも人それぞれ違っているし、職業もいろいろだ。そう思案しつつも、助教授として学生たちと接していたことと、やはり多くの人が幸せになるように願っている。そんな経緯で、本書は執筆された。

もう、本書はこの「まえがき」だけでも全てを言っている。人それぞれ違っているし、人は働くために生きているわけでもない。そして、職業に貴賤もない。「やりがいのある仕事」とは幻想なのである。

〈やりがい〉〈好き〉〈楽しい〉と〈お金を稼ぐ〉こと

本書を読んで改めて考えると「やりがいのある仕事」というのは変な話なんですね。もちろん、今の仕事にやりがいがある人もいるでしょう。「やりがいがある」ことが悪いと言っているわけではありません。不思議なのは「仕事にやりがいを感じなければならない」という強迫観念めいた考え方なのでしょう。もしかしたら今、「自分は仕事にやりがいを感じている」と思っている人も「そう思わなければならない」と思い込んでいるのかもしれません。

〈やりがい〉という言葉も、気になります。例えば「好きな仕事がしたい」とか「楽しい仕事がしたい」なんて言うと「仕事はそんな甘い物じゃない!」と言われてしまいそうですが、「やりがいのある仕事をしたい」或いは「仕事にやりがいを見出したい」と言うと、なんか収まりがいい。しかし、別に好きなことでお金を稼いでもいいし、仕事は楽しい方がいい。もっと言えば、「仕事しなくていいならしたくない」「お金があるなら働かない」って、なんか「言っちゃいけないこと」みたいな雰囲気。不思議ですね。

森博嗣さんは、「やりがいのある仕事」を否定するわけじゃないけど、仕事をお金を稼ぐ手段としてもいいじゃないとおっしゃいます。そして、その仕事に上も下もない。職業に貴賤はない。みんな口ではそう言います。だけどなんとなく「カッコいい職業」「みんなの憧れ」があるのって、これも不思議な話。

「羨ましがられたい」「スゴイって言われたい」「認められたい」

職業に貴賤はないと言いながら、なんとなく良い職業とそうでない職業がある気がする。多くの方は、内心「カッコいい職業」「憧れの職業」「羨ましい職業」なんてあるんじゃないでしょうか。そして「それに比べ自分の仕事は」あるいは「あの人の仕事は」と何かと比べている気がしませんでしょうか。

結局のところ、他人が羨ましがるような仕事がしたいとか、みんなが憧れる職業に就きたいとかって願望がどこかにある。そして、上手いこと他者が羨ましがる仕事に就けなくても、「自分はこの仕事にやりがいがある」と言いたい。本当は、やりがいなんてなくても構わないのに、「やりがいがあるんだ」「好きなんだ」って言い切りたい。だって、「やりがいのある仕事」に就いている人もまた、羨ましい対象だから。

他人の評価を踏襲して生きることに重きを置くと、「結婚しないといけない」「子どもを持たなきゃいけない」という考えにも繋がっていく。要するに「幸せな結婚をする人は羨ましい」「子どもに囲まれて生きるのは憧れられる」。もちろん、自分の意志でそれを望む人を反対しているわけではない。ただ、なんとなく「みんながそういうから」と、トレンドに乗り遅れないよう取り組んでいる人もいるのでしょう。

自分の〈やること〉をやる

長々と書きましたが、『「やりがいのある仕事」という幻想』で述べられている考えは、みんなの憧れや羨望に乗っかる必要はないこと。別に「お金が欲しくて働いている」でもいいじゃん。それよりも、自分の価値観ややるべきことに取り組むべきだ。すなわち、働いてお金を儲けて、自分のすべきことをやる。で、好きなことややりたいことって、既にやってるでしょ?

自分の考えるというのは、仕事だけでなく、結婚や家族も同じ。もちろん、結婚制度を否定しているわけじゃない。だけど、なんとなく焦って「やらなきゃ」「決めなきゃ」と思わなくてもいいじゃん。子どもも同じですね。もし、「子どもができると羨ましがられる」「憧れられるママになりたい」と、周りの人から「認められる」ための活動は、やめてもいいんじゃない?という提案ですね。

他人から「認められるため」の就活ではなく、自分が「生きるため」の就活をしよう。本書『「やりがいのある仕事」という幻想』では、包み隠さない本音を暴くのですが、森先生は親切だなぁとも思いました。誰も言わない誰も教えてくれないことを、わざわざ文字にして提示してくれるんですから。

就活で絶好調な方はそのままがんばるとして、ちょっと「どうなるのかな」「このままでいいのかな」と感じている学生さんは、ちょろっと立ち読みでもしてみてください。「なんじゃこりゃ」と本を元に戻してもいいし、少しだけ、みんな分かってるけど口にしない本音を知りたくなったら、どうぞ。

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『うんこがへんないきもの』|生きることは食べること。食べることは…

こんにちは。子どもの心が忘れられないあさよるです。

当あさよるネットでも、ちょくちょく動物や植物の本を紹介している気がします。子どもの頃から動植物や、宇宙や自然の本を読んでいました。

あと、まぁね~なんて言ったらいいんでしょうか。トイレの話、好きよねw

『うんこがへんないきもの』。見つけちゃったら、読むよねw

へんないきものがいるもんだ

『うんこがへんないきもの』は、糞を上手に利用しつくす生きものや、糞を巡る変な習性を持っている生きものが紹介されています。

名前もそのままのフンコロガシの話は熱かった。彼らは砂漠で糞を見つけると、丸く加工しコロコロと転がし運び去ります。動物の糞が砂漠での貴重な食料なのです。卵も、丸く固めた糞の中に産み付けます。生まれた幼虫は糞の中で育ち、サナギになり、成虫になると、雨に濡れて柔らかくなった糞から出てきて、再び糞を探すのです。

熱い!壮大!

一番最初に紹介される「ハイラックス」という哺乳類は、あさよるは知りませんでした。ハイラックスの群れは岩山に住んでいて、崖っぷちで糞をします。人間で想像すると、背筋がソワッとします。

洞窟の中のコウモリの糞に群がる動物たちの〈地獄〉の話は背筋が凍ります。どんなものなのかはここでは自粛します(苦笑)。が、家の軒にコウモリが巣を作って、虫が湧くという話を聞いたことがありますから、あのコウモリがン百万匹もいるとなると……(以下自粛)

誰が読む本?

『うんこがへんないきもの』は、扱われている内容は、是が非でも子どもに読んでほしいものなのですが、本の構成自体は大人向けです。しかも、こういう動物や生物の本を日ごろから読んでいる人向けというのではないように思います。

生物や動物を専門に学んでいるわけではないけど、面白いとっかかりを探している人向け?

特別、専門的な内容でもなく、面白おかしく楽しめる本ですね。

ネタ本的に楽しむべし

先に述べた通り、専門的な内容ではないので、楽しく読むのに適しています。

あまり深いことは考えず、「ほー」とか「へー」とか、ニヤニヤしながら読むのがお勧めかな。

“我々生物”が生きるということは「食べる」ことであり、「排泄」することです。生物の営みは面白い!という真理は、変わらないと思いました。

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『逆転のメソッド 箱根駅伝もビジネスも一緒です』|成功までメゲない!腐らない!

2015年の箱根駅伝、あさよるも中継をたまたま(ほぼ)全編見ておりました。一切のスポーツ観戦はあまりしないタイプですが、伝説の回を偶然にもリアルタイムで目撃しちゃった!という、貴重な経験をしました。あの時の盛り上がりは今でも思い出しますから、よくわからん人が見ても「すごい」レースだったのでしょう。

一躍スポットライトが向けられた青学陸上部の監督・原晋さんが注目されました。あさよるも原晋さんの言葉を聞いてみたいなぁと、『逆転のメソッド』を手に取りました。

多くの人が励まされる「逆転のメソッド」

箱根駅伝優勝を導いた青山学院大学陸上競技部監督・原晋さんのエッセイは、多くの読者が励まされるのではないかと思います。

原監督は、幼い頃に大きな怪我をした時に強く「走りたい」と感じ、その後はずっと陸上を続け、大学の陸上部から中国電力に入社し陸上競技部に所属します。ここまでは順風満帆に見えますが、足の捻挫をきっかけに陸上部を退部し、営業部へ配属されます。ここで「挫折」に思えますが、新しい仕事に地道に取り組んだことが、後の成功へ繋がるのです。

地道に一つ一つ目の前の仕事に取り組んでいたら、青学陸上部監督の話が手元に回ってきた。それまでメゲずに、腐らずに仕事をし続けてきたからこそのチャンスです。

営業の仕事は正直不本意だったでしょうが、その頃に身に着けた知識や考え方が、陸上部の監督に活きたというのです。陸上部の雰囲気は、ともすれば閉鎖的で古臭いそうですが、風通しのよい、精神論ではなく結果を引き出す環境を整備したことも紹介されていました。

これは、もし今、不本意な立場にあったとしても、今身に着けた知識や経験は将来役立つのかもしれないんだなぁと思いました。地道に真面目に仕事に取り組み続けたからこその結果です。

サクッと読める

本書『逆転のメソッド』は新書で軽く読めちゃうのもいいなぁと思います。語り口も軽やかで、説教臭くもなくサクッと読めます。

ですから、今スポーツをやっている子どもたちも読めるところがポイントじゃないかと思います^^ そういう意味で「誰でも読める」ってイイネ!と感じた次第です。

成功体験は気持ちいい!

やっぱなんといっても『逆転のメソッド』は著者の成功体験が記されているってのが気持ちいい。前職を退職し、背水の陣での陸上部監督への転職。さらに、成績が出ないと解任になるところを首の皮一枚でつながり、そして、2015年の箱根駅伝優勝への物語。

超ドラマチック!

成功体験ってね、ひょっとすると自慢話に聞こえたり、説教臭くなったりすると思うんですよ。でも、嫌な感じ一切なく、最後まで読めました。むしろ清々しい!

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『これからの「正義」の話をしよう』|ヒーロー?犯罪者?法の裁きは「正義」?

NHKの「ハーバード白熱教室」が話題になったのは2010年のことだそう。当時、あちこちで話題になっていたのを覚えています。……あさよるはちょこっとしか見ていなかったので、7年遅れでやっと本を読みました(苦笑)。

マイケル・サンデルさんはハーバード大学の政治哲学の教授です。サンデル教授の「Justice」という科目があまりに人気すぎて、ハーバード大は初めて講義の一般公開に踏み切ったそう。テレビで放送されたのはその模様だそうですね。

社会のリーダーはどんな決断をするか

講義を受けるハーバード大学の学生たちは、未来の社会のリーダー候補たちです。リーダーたちは「決断」を迫られます。決断を誤れば、たくさんの人の命が失われたり、生活を失ってしまいます。

『これからの「正義」の話をしよう』では、さまざまなケーススタディを見ながら、どんな決断をすべきなのか。個人がどうしようもない事態の中で、下した決断が法秩序に反していた場合、それを裁くことははたして「正義」なのだろうか?

有名な列車事故のたとえ話を見てみましょう。あなたは線路を見下ろす橋の上にいます。

 線路上を路面電車が走ってくる。前方には作業員が五人いる。(中略)ブレーキはきかない。路面電車はまさに五人をはねる寸前だ。大惨事を防ぐ手立ては見つからない――そのとき、隣にとても太った男がいるのに気がつく。あなたはその男を橋から突き落とし、疾走してくる路面電車の行く手を阻むことができる。その男は死ぬだろう。だが、五人の作業員は助かる(あなたは自分で飛び降りることも考えるが、小柄すぎて電車を止められないことがわかっている)。

P.32

一人の人間を犠牲にすることで、より多くの命を救える。究極のシーンです。この例えの悩ましいのは、一人の人物を〈自分が突き落とす〉ということ。自分が人を〈殺す〉のです。しかし、それで多くの人が救われる。

このような選択を、民衆のリーダーは迫られます。大統領や総理代大臣、官僚や行政の長は「決断」しないといけない場面があります。日本は災害が多いですから、リーダーの判断によって多くの人が助かったり、逆に被害が拡大します。一人の犠牲で、多数の人が救われるなら、それを選択するシーンが実際に起こっているのでしょう。

そして「正義」の話。仮に、太った男を橋の上から突き落とし、一人を犠牲にして五人を救った人物は、殺人罪に問われるのでしょうか?五人の命を救った彼を殺人犯にする社会は、良い社会なの?それが「正義」?

難しい…わかんない…(;´Д`)

未来のリーダーたちを相手に「正義」の授業をしているのです。サンデル教授は「見て見ぬふり」という選択はさせてくれません(-_-;) 必ず何らかの決断をせねばならない。

『これからの「正義」の話』ではほんとたくさんのケースが集められているのですが、サンデル先生は〈答え〉を与えてもくれません。〈これからの〈正義〉の話〉なのですから、「答えはまだない」のかもしれません。

また、アメリカ社会と日本社会でも違いがあるでしょうし、なにより、あさよるは重大な決断をする立場にはないw

あさよるが読むと、どうしても〈個人〉のケーススタディに読めてしまうのが難しさに拍車をかけました。サンデル先生の意向も組めなくって、苦しい読書となりました。

ヤイヤイ言いながら読むのが面白いかも

あさよるのような凡人が『これからの「正義」の話をしよう』を読むならば、他人とヤイヤイと話しながら読むと面白いのかなぁと。

「思考実験しようぜ」とか「ギロンしようぜ」とかってノリはあまり好きじゃないのですがw、たくさんのケーススタディを見ながら、あーだこーだ言うにはぴったり。

あるいは、「自分が大統領だったら」「次期総理大臣になったら」という仮定のもとに話すとなお面白いかも。

なにせ、一人で読んでて、うまく吞み込めずモゴモゴと苦しい感じでした。一人で読んでると行き詰っちゃうぜ。

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