ミニマリスト

『スマホ断食』|落ち着け!人とつながりすぎネット時代

『スマホ断食』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。あさよる家には中学生の頃Windows95がやってきて、高校生の頃から24時間ブロードバンドで常時ネット接続されるようになりました。10代の頃、朝まで友だちとチャットしてそのまま合流して遊びに繰り出したりね。ということで、あさよるは「ネット依存症」だと言われたらNOとは言えないでしょう。けど、ピークは越えていて、近場に出かけるときはモバイル端末を一切持っていないことの方が多いです。

スマホの登場によって、文字通り24時間ネットにつながりっぱなし、人とつながりっぱなしになった人も多いでしょう。寝る直前までLINEして、お布団の中でYouTubeを見て、朝一SNSチェックして。今日読んだ『スマホ断食』は、もはや当たり前になった習慣から、たまには脱却してみようとの誘いです。一人の時間、自分の思考に浸って、物思いにふける時間を取り戻しましょう。

「物思いにふける時間」を

本書『スマホ断食』は、スマホやパソコンから離れ〈ネット断ち〉の必要性を説く内容です。著者の藤原智美さんご自身が正月の三が日、パソコン、ケータイ、テレビ、ラジオもシャットアウトし、活字情報のみに触れる時間を作ったことで、「情報漬け」生活から距離を置きます。そこから、情報断ちを月に1回2回と増やしてゆき、とめどもないネット依存状態から脱した経験から始まります。

藤原智美さんは作家ですから、もちろんパソコンもネットも必需品です。しかし、そのパソコンやネットによって集中力が阻害されることにも触れられています。本書も決してスマホやネットを否定しているものではありませんが、「道具に使われている」状態を自覚し、脱出する重要性が紹介されています。

枕元にスマホを置いて眠るわたしたちは、24時間人とつながりっぱなしで「一人の時間」を失ってしまいました。現代の若い人は、スマホと一人部屋のいずれが欲しいか尋ねると、スマホを選ぶそうです。今の大人世代は、かつて「一人の時間」を過ごした経験を思い出してみてください。その時間は、自分の物思いにふけったり、ボーっとしたり、何かに集中したり、自分の思いを吐き出したり、なにかしらかの時間だったはずです。

時々思い出しては「一人の時間」を持つことは、意味がある活動ではないでしょうか。本書では、ネット依存によって起こっている弊害が紹介されています。

人とつながりすぎ時代

スマホを手にしたわたしたちは、24時間ネットにつながっています。スマホを操作する時間はケータイ時代の2倍になっているそうです。そして、その時間の多くはTwitterやFacebookのSNS、LINEなどに費やされます。それらは、単に暇つぶしではなく「向こう側に人がいる」のです。そう、現代は「人とつながりっぱなし時代」なのです。

そして、単に個人と個人がつながっているだけじゃない。情報に翻弄され、なにがなんだかわからなく、自我を失っていると言っても言い過ぎじゃないかも。

祭り・炎上に翻弄される

今やネット発の祭り・炎上がテレビや新聞等メディアをにぎわします。もうマスコミもネットを無視できないし、抑え込むこともできません。

今(2018年5月)アイドルタレントのわいせつ事件から派生して、セクハラ・パワハラの話題でタイムラインは持ちきりです。先月の4月には相撲の土俵の上で倒れた舞鶴市長に救命処置をした女性を、土俵から降りるようアナウンスしたことが炎上していました。その前にはFacebookの個人情報の取り扱いや、なにより今年は冬季オリンピックの年でした。遥か昔の話のようで忘れていた……。

あまりにも目まぐるしくトレンドが移り変わり、その都度なにがあったのかよくわからないまま、なんとなくの雰囲気に自分の気分も動かされています。その炎上や祭りの勢いを誰もコントロールできていませんし、「結局のところなんだったの?」ってことが多すぎます。

例えば「STAP細胞」の話題は、正直、多くの一般人は専門知識なんて持っていないし「結局あれはなんだったのか」分かってないんじゃないでしょうか。STAP細胞の騒動も、件の論文について指摘したのは専門のネットニュースサイトだったそうです。そこから、あれよあれよと一挙に大事件となり、亡くなった方もいましたが、多くの人には「結局あれはなんだったのか」わらかないまま。

また、2020年の東京オリンピックのロゴの盗作疑惑で賑わったこともありました。で、「あれは結局なんだったのか」って感じの人も多いんじゃないでしょうか。芋づる式に他の盗作を指摘する画像もネットで持て囃され、テレビでも放送されていました。

「自分の考え」を持つ時間がない

各話題の良し悪しの話は本題ではありません。ここで重要なのはトレンドに翻弄されることによる弊害です。結局なんなのかよくわからないニュースが多く、理解しないまま次々とトレンドが移ろってゆき、「自分の考え」を持つ時間なんてありません。「本当はなにがあったのか」を知る時間も、考える時間もありませんから、反射的に「快不快」や「好き嫌い」しか持てません。

いじめ自殺があると、いじめた生徒やその家族の名前、担任教諭の名前などが探り出され公開されます。そのとき「同姓同名の別人」がとばっちりでバッシングに遭うこともあります。少し考えれば「別人かも」という可能性が多いにあると分かりますが、もはや「祭り」になっている状態を誰もコントロールできません。

「いいね!」のために行動してしまう

SNSにどっぷり浸っていると、TwitterやFacebookで「いいね」されるための行動をとり始めます。「インスタ映え」はもはや伝統芸のようになり、加工された写真映えするかしないかで消費の動向が変わります。

市民マラソンがブームになってしばらく経ちますが、かつて「孤独」だったマラソンも、今や「SNSに投稿するため」にコスプレランナーも目立ちます。コスプレといえば、ハロウィンもいつの間にか定番のお祭りになっています。

出会った景色や出来事は「いいね」されるか否かで判断し、写真を撮って投稿して終わり。そのため、一瞬一瞬の風景や心模様に焦点を合わし「感じる」「考える」機会が減っているのかもしれません。

ネットネイティブ時代

すでにインターネットが普及したあとに生まれた「ネットネイティブ世代」は社会人になり始めています。彼らに見えている世界は、ネット以前の世代とは全く違うでしょう。そして、ネット以前に生まれた世代ですら、ネットの情報、SNSの人とのつながりにより翻弄され、かつて「ネットがなかった時代」とは全く違う時間を過ごしています。

新しい感覚と、従来の教育

ネットネイティブ世代にレポートを書かせると、平然とコピペでパッチワークされた文章を提出するそうです。それが彼らの「普通」なんですね。「著作権」という概念を持っていないかのようで、ネット上にある情報は無料で勝手に使っていいと考えているようにさえ見えます。

学校教育でもタブレットが導入されたり、黒板の代わりにタッチパネルのスクリーンが導入されている学校もあるそうです。事前に用意されたデータを映し出して授業は進みます。「黒板に注目」という決まり文句もそのうちなくなるのかもしれません。そんな教育では、そもそも「学校」自体が不要になるのかもしれません。実際に「MOOC」と呼ばれる、インターネットを使った教育も世界に普及しています。

一方で、アナログな授業を頑張っている先生もいるようです。小学生に辞書をひかせ、漢字をたくさん覚え、アナログの本で調べることを徹底して教え込んでいるのです。その教育を受けた子どもたちは、中学生になっても机の上にアナログの資料を並べ、自分で調べながら勉強することに抵抗がないようです。

人格がビックデータに集約されて……いいの?

ショッピングしてポイントカードを提示すれば、ポイントがどんどん溜まってラッキー! ……だと思っていますか? 企業はポイントカードで個人と買い物の傾向をひも付けし、よりピンポイントにセールスを行うために情報を集めています。ネットで買い物すればその買い物の傾向から、表示される広告が変わります。

自分という人格ではなく、自分が情報化されているようです。

著者の藤原智美さんは「智美」という名前の男性です。通っているフィットネスクラブで会員カードを提示すると、女性用のロッカーキーを渡されることが二回や三回じゃないそうです。目の前の男性からカードを受け取ったのに、パソコン画面に映される「智美」という名前だけで女性だと判断されているようです。

すでに、生身の肉体や人格よりも、情報・データの方が大きな意味を持つ時代は来ているのかも。

『スマホ断食』挿絵イラスト

みんな、おちつけ!

芸能人の不倫とかLINE流出とかセクハラとかブログ炎上とか、もう、とりあえず落ち着け! 実際に、当事者間で何があったのかなんて到底わたしたちにはわからないんです。芸能人のスキャンダルや下世話な話がオモシロイのはよーくわかりますが、冷静に考えてみると、これってとても恐ろしいことかもしれません。

そりゃ、芸能人のスキャンダルは「見世物見物」かもしれませんが、日々炎上している話題の中には、わたしたちと同じ〈一般人〉も多くいます。別に有名人でもタレント志望でもない人が、あるとき、ある瞬間に「見世物」にされるって、恐ろしくないっすか? 当人に過失もなく、事実とは違う言説が拡散されちゃうこともあります。そして、誤報は一気に拡散されるのに、訂正はあまり拡散されないというジレンマもあります。

まあ、とりあえず落ち着け! ちょっと深呼吸して、スマホとパソコンの電源を落として、まずは「落ち着く時間」を。そして「ゆっくり、自分の頭で考える時間」を。時にはアナログの紙の情報を集める習慣も。『スマホ断食』は、誰もがネット依存症の時代だから、意識的に取り入れてもよい習慣です。

ネットネイティブ世代が知ってること

あさよるの個人的な考えでは、ともあれ「ネットネイティブ世代」の言動は、これからの新しい時代の常識なんだろうと思います。ネット上にある情報をまるで著作権フリーであるかのような振る舞いも、昭和世代の あさよるには理解しがたい一方で、インターネットの世界は今後そんな世界を目指すのかもしれません。

また、教育のあり方が変わり、学校が不要になるんじゃないかというのも、半分はそうだろうと思い、半分はそんなことはないと思います。確かに、学習はインターネットを使って遠隔で可能だし、ニーズもあるし、今後も増えるだろうと思います。しかし「教育」とは、別に読み書きそろばんを教えるだけじゃなく、「○○らしい行動」や「こんなときどうする」といった、思想や立ち振る舞いを教える場でもあります。それが良いのか悪いのかわかりませんが、「学校教育がなくなる」というのは、ホントにあるのかな? と訝しむ。

あさよるも若い頃は、もっと的確にリアルな「今」を感じていましたが、もう年を取ってしまって「常識」が邪魔をして今が見えません。インターネットは、かつてなら接点のなかったような若い人の話を知ることができるのが、最大の利点だろうと思います。

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『それって、必要?』|誰かのために生きるの?ミニマリストの提案

『それって、必要?』挿絵イラスト

こんにちは。片づいたと思うとすぐに散らかってイヤんなってる あさよるです。これ以上モノを減らすとなると、なにか自分の中の〈タガ〉を外さないといけない気がして、メンタルブロックが強いです。だけど、どう考えても今の状況はモノが多い気がする……少なくとも、今のあさよるは、自分の荷物を管理しきれていないのだった。

断捨離なあ~。ときめき……ときめかないけど取っておいてあるもの多いなあ……。いらない、使わないってわかってるのになあ~と、自分の中でモヤモヤが収まらないので、ミニマリスト筆子さんの断捨離・片づけ本『それって、必要?』を手に取りました。

あさよるが感心したのは、「家事こそマニュアルが必要だ」という項目です。確かに。家事はルーチン化されているものも多いからマニュアルにしやすいし、一方で至急・急用も頻発するので管理が面倒くさいんですよね。自分用のマニュアルを作っておけば、頭の中がずいぶんスッキリします。同じように、一日の仕事や食事の段取りも、なんとなく宙ぶらりんなまま進めていることが多い。丁度4月だし、家計簿、つけますか。タスク書き出しましょうか。予定を立てましょうか。

えっと、あさよるは、この記事を抽象的なテーマをピックアップして書きました。が、本書『それって、必要?』ではもう少し具体的に片づけの進め方や、気持ちの持ってゆきかたが紹介されているので安心してください。そう、片づけって、精神的にキツくて「気持ちをどう落ち着かせるか」が大事だったりします。ちゃんとその辺もフォローされている本ですw

ミニマリストは物を持たないことじゃない

本書『それって、必要?』はミニマリストの筆子さんによる、ミニマリストになるための指南です。しかし、もしミニマリストを「何も物を持たない人」だと考えているのなら、筆子さんのミニマリスト像とは異なります。筆子さんの唱えるミニマリストとは、必要なものを自分で見極め、自分の「ちょうどいい」環境を自ら整える活動だと言えるでしょう。

もったいぶった言い方をしてしまいました。簡単に言えば、「自分にとって必要なものを見極める」「他人の基準ではなく、自分基準で選ぶ」「自分に不要なものは手放す」を徹底し、「自分が過ごしやすい環境」「自分が豊かに生きれる環境」を自ら作るのです。

人生の主体を取り戻す!

大切なのは、「基準は自分」ということ。「流行っているから」「テレビで見たから」「みんながやってるから」採用するのではありません。また「あの人が良いって言ってたから」や「本に書いてあった」でもありません。一つ一つ、自分で精査して、自分に必要なものを選び取っていく作業が「ミニマリスト」の生き方なんです。

もちろん、単身世帯なら話は早いですが、家族がいれば、家族の幸福度が自分のそれにも大きく影響します。だから、自分勝手な活動になってもいけません。難しく、とても神経を使う判断もあるでしょう。そうまでして、なんで「ミニマリスト」をやらなきゃならないの? って、それは「人生の主体を取り戻す」ためです。

他人の基準で生きていれば、いつまで経っても満たされません。だって、新しい商品や流行はどんどん生まれ、社会は消費を促すのです。それに、誰かに見栄を張ったり、自慢をするためにモノを集めていても、所詮は「他人のため」の物。ひと時の優越感が味わえるかもしれませんが、自分が豊かになれるわけではありません。

自分基準で、自分が豊かに生きる。そのためのミニマリズムであり、本書『それって、必要?』はそのアシスタントをする本です。

自分で責任を引き受ける

本書のミニマリストになるための手引きはシンプルなんですが、それを実行するためには、自分自身で生活の、人生の責任を自分で負う必要があります。なぜなら、例えば〈ときめきの片付け〉が失敗したなら「片付けの魔法が効かなかった」と言えばよいのです。〈断捨離〉に失敗したなら「本が読みにくい」と言えばよいのです。他人の知恵を借りている限り、失敗すれば他人のせいにしとけばいい。だけど、本書『それって、必要?』では、究極の一言が飛び出します。それは……

誰もがみな同じやり方で家事をする必要はないはず

筆子さんも本書で家計簿をつけたり、家事のマニュアル化など、取り組むべき課題を挙げています。しかし、家計簿をどのようにつけるのか、家事をどうマニュアル化するのかは、その人によって、その家庭によって違っていて当たり前です。だから、試行錯誤しながら作ってゆくしかないんです。

本書では、事細かな具体的なメソッドを手取り足取り教えるものではありません。そうではなく、人生の主体は自分であること、自分で必要なものを選ぶこと。他人を牽制するためにモノを買うのではなく、自分が豊かになるためにモノを選ぶこと。自分がより幸せに、のびのびと生きられるための生活習慣を手に入れることなど、「課題にすべきこと」の項目が挙げられます。

もちろん、筆子さん流の〈やり方〉は紹介されていますが、あくまでそれは筆子さんファミリーでのお話。ちなみに筆子さんはカナダ在住のブロガーの方なので、日本在住の会社員の人とは生活そのものも違うでしょう。

だけど、ありきたりですが「自分らしく」生きるって、職業や住んでいる場所は関係ないですよね。自分の、自分らしい、自分が気持ちいい生き方を、自分で見つけるための行動を「ミニマリスト」と定義されているんです。

『それって、必要?』挿絵イラスト

〈誰か〉のために生きるのか

本書を読んでいてドキッとしたのは、「他人のために持っている物」の数々に思い至ったからです。別に「自慢したい」「マウンティング用」とか意識しているわけではありませんでしたが、「あの人に見せたらどう思うかなあ」「これを持っている私はどんな風に見えるだろう」と〈他人の視点〉から物を選び、買い、保管していたのです。

あさよるも、これまで片づけ・断捨離本を紹介してきましたし、かなり家財道具を見直し、物は少なく減らしました。それでもまだ、「自分の中の他人」が棲んでいて、自分基準ではない物品を所持していることに気づきました。ショック!

もっともっと、自分の欲しい物、自分が気に入ったもの、自分に特別なものを選んで持っていても良いんです。だって、あさよるの持ち物なんて誰も気にしていないから。自分の持ち物を気にしているのって、この世で自分だけなんですよね……w 他人を牽制してマウントを取りたがる人は、たとえ高価なアクセサリーを持っていても、オシャレしていも、何をしていてもイヤミを言うんだから、自分本位に物を選んでいても同じなのだった。何を気にしてたんだろ~。

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『1週間で8割捨てる技術』|最小で最大の幸福を

『1週間で8割捨てる技術』挿絵イラスト

こんにちは。季節の変わり目、部屋を片付けたい あさよるです。あさよるも以前、思い切って断捨離をしまして、45Lのゴミ袋30~40袋以上捨てた経験があります。驚くべきことは、そんなに捨てたのに「以前、なにを持っていたのかわからない」「一体何を捨てたのかわからない」ことです。大事にしまい込んでいて、一緒に引っ越しもした道具なのに……「大事」と思い込んでいたけど、手放してみると「思い出せない」だなんて……ショック!

んで、新しい今の生活にシフトして、必要なものをその都度買い足していく感じです。ちなみに今、春物のワンピースを1着買うのにひどく悩んでいる。

で、また部屋の中のものが増えて、散らかってきたので、そろそろ持ち物の整理をしたいなあと思いながら、面倒くさいので保留中ですw

この春「変わる」なら

本書『1週間で8割捨てる技術』は片付け・断捨離本で、ミニマリストの生き方を紹介するものです。著者の筆子さんは、モノに執着し捨てられず溜め込むタイプだったそうですが、ある時に自分の荷物の量に驚き、考えが変わります。また、海外留学を期に、カバン一つで留学し、モノを持たない暮らしにシフトしました。

本書を読んで励まされるのは、今まさに「変わろう」としている方でしょう。これまでの生活に一旦区切りをつけて、「これから」のために準備を始めるなら、「片付ける」というステップも待ち受けています。「モノを捨てる」のは精神的にも疲れる作業で、なかなか踏ん切りがつかないなら、断捨離や片付け本を手にしみてください。

筆子さんの本が特徴的なのは、まずは片付けに際し「気持ちをどこへ持っていくか」の話が続き、次に具体的に、7日間で7つのステップでモノを片づける段取りを提案されています。1日目・洋服、2日目・バッグ、3日目・食器、4日目・本、5日目・書類、6日目・雑貨、7日目・思い出の品、ってな具合。それぞれに、捨てるのに迷ったり、くじけそうになったときの励ましも添えて。

『1週間で8割捨てる技術』挿絵イラスト

そう「物を捨てる」ってほんと精神的にくるんですよね……。だから途中でメゲそうになっちゃう。それは「モノを大切にする」って呪文にかかっていることもあるけれども、人には「変わりたくない」という力が働いているからです。「ホメオスタシス」ってやつですね。生物は変化を嫌います。だから、「変わろう」とするには多大なエネルギーが必要なのです。「モノを処分する」というのも、エントロピーを減少させるのですから、力が要ります。

人に励まされたり、労われたり、自分に発破をかけながら取り組みましょう。

ミニマリストは、×捨てる、○選ぶ

本書『1週間で8割捨てる技術』で印象的だった箇所です。

ミニマリストの本質は、できるだけモノを捨てて、何もない部屋に住むことではないと私は思っています。
ミニマリストに共通するのは「レス・イズ・モア」のポリシーと自分らしく暮らそうとしていること。部屋を空っぽにすることではないのです。
(中略)
レス・イズ・モアは、自分が本当に必要なものだけを少しだけ持つ暮らし方です。ミニマリストは「最小限のもので最大限に生きよう」としています。
モノが少ないと、時間とスペースが生まれるので、自分の人生にとって大切なことを見つけやすくなります。モノを減らしながら、大事なものだけに意識を向ければ、節約もできるし、ストレスも減り、より健康になり、時間ができて、自分のやりたいことに集中できます。つまり、より幸せな人生を生きることができるのです。

p.190-191

「ミニマリスト」というとなにもないマンションの一室に一組の布団だけ置いてある図を想像してしまいます。しかし、「何もない部屋」がミニマリストの姿なのではなく、「最小限のもので最大限に生きる」という本質にフォーカスすべきです。だから、ミニマリストの部屋にモノが置いてあっても構わない、それが最小で最大の幸せにつながるものであれば。

ミニマリストは「モノを捨てる」のではなく「モノを選ぶ」生き方であることもわかりますね。あれものこれもと何でも家に持って帰るのではなくて、自分でよく考えて、自分の基準で、自分に必要なもの、ふさわしいものを。それが居心地の良い空間なハズ。

また、モノが少ないと単純に、管理が楽になります。これまで煩わしい雑用に時間を割かれていたのなら、モノが減ることで時間的余裕も生まれます。貴重な時間で、なにをしますか?

片付け本って、誰のための本だろう

ふと、この手の断捨離や片付け本って、一体誰のために書かれた本なんだろうと不思議に思いました。

本書を手にって、実際になにか行動する人は、きっと「すでに変わり始めている人」なんじゃないかと思います。参考にこのような本を手に取るのでしょうが、たとえ本を読まなくても「すでに変わり始めている人」は勝手に一人で変化してゆくでしょう。だって、本人がそれを望んでいるんだから。

「変わりたくない人」「片づけたくない人」は、別に変らなくてもいいし、片づけなくても構わないし、「そのままでいい」ハズです。すでに自分の望むように生きているんですから。

とすると、片付け本って、一体誰に語りかけているんでしょうか。

あさよる的には「すでに片づけた」「すでに変わった人」が読んで、自分のしてきた軌跡を確認するためなのかもな、なんて思いました。あるいは「すでに行動してる人」が、時折進行方向があっているのか現在地を確認するような。

いずれにせよ、この手の本を読んでも、行動する人は勝手にするし、行動しない人はそのままなんじゃなないだろうかと、邪推します。片付け・断捨離に関する本のレビューがパッカリと別れるのも、このせいじゃないのかしら( ̄ヘ ̄)フム

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『簡単に暮らせ』|「しない」「いらない」を選んでもいい

こんにちは。年末の忙しさにかまけて、どんどん部屋が散らかってゆく あさよるです。大掃除どころではございません……しゅん><

さて今月、ブロガーの ちゃくま さんの著書『もっと簡単に暮らせ』を読みまして、「生活」全般に関する考え方の切り口を紹介する本で、面白かったんです。なので、一作目の『簡単に暮らせ』も読んでみたく本書を手に取りました。

『簡単に暮らせ』が一冊目で、『もっと簡単に暮らせ』が続編です。続編は実践編で細かな生活の知恵が多かったのですが、一冊目『簡単に暮らせ』は、考え方、思想が中心に感じました。

人生を選べ

『簡単に暮らせ』で提唱されているのは、大ざっぱに言えば「どんな人生を生きるのか、自分で選べ」というメッセージです。本書のタイトルは『簡単に暮らせ』ですが、例えば「ここはもっと複雑にしたい」「これだけは譲れない」という自分の意志があるなら、それを優先すればいいのです。しかし、特に自分の意志がないことは「簡単にすればいい」という提案なのです。

例えば、今や猫も杓子もスマホを持っていますが、別にスマホを持たない生活をしてもいいし、ちゃくまさんのお父様は携帯電話すら持っていなくても、別に不自由なく生活なさっているそうです。なんとなく持っていて、お金も時間も使っているものも、「なくてもいい」のかもしれません。

ちゃくまさんのお父様は財布も持ってないそうで、ポケットにお金やカードを入れておられるようです。が、やはりお父様はなにも不自由していない。「財布を持たなくてはならない」というのも、常識に囚われているだけなのかもしれません。

また、断捨離は生活の質の向上に効果てきめんで、物が減ると掃除や管理の手間も省けます。しかし、ちゃくまさんは断捨離の逆バージョンも提唱しておられます。それは「本」。ちゃくまさんの場合、本は迷ったら即買って読んでしまうんだそうです。本は自分を豊かにするものですし、本の価値は本そのものではなく、本に書かれた「情報」に価値があるのです。情報はどんどん仕入れようってことですね。……一応あさよるネットは読書ブログですので、この話題を拾いましたw

「写真を捨てる」の真意

本書『簡単に暮らせ』では、結婚前の写真を処分してしまった話が登場します。お子さんの写真は、お子さんの物ですから保管していますが、ご主人は写真に興味がないそうで、夫婦の写真を処分なさったんですね。ちゃくまさんも「おすすめしない」と断っておられます。

しかし、この「写真を捨てる」という話から考えさせられることは、「意外と写真って捨てても大丈夫なんだな」ってこと。というのは、思い出の詰まった写真を失うと、なにか大切なものまで失うような感覚がありますが、別にそんなことはない。それこそ、火事や災害で写真を失ったからといって、家族や仲間との関係がどうかなるわけじゃない。「ああ、写真って紙切れなんだな」と気づきました。

なんとなく漠然と「写真は捨ててはいけない」「スマホは必要」「財布は良いものは持たなければ」と思いこんでいるけれども、あくまで「思いこみ」なのかもな。

ややこしいことは、しなくてもいい

ちなみに あさよるは、紙の写真を持っていません。必要な写真はスキャンしてデータで管理することにしました。もともと写真もほとんど撮らないし、自分の顔写真は免許書更新するときに撮るくらいですw でも別に不便してないし、貧しい暮らしをしているわけではありません。

あと、あさよるはスマホを持っていません。今は自宅で仕事をしているので、自宅のWIFIにiPodとネクサスをつないで使用しています。外出時も不便したことは今のところありません。たぶん、また通勤するようになっても、スマホは持たないような気がします。

だから、ちゃくまさんが仰ることもなんとなくわかります。意外と「なくても困らない」物事にたくさんのリソースを使ってることってあるんじゃないかな。例えば、あなたがガシェットマニアで、最新のガシェットを愛でているなら別ですが、そんな人少ないよね。そのガシェット、必要なの?

ややこしいことに頭を使って考えるのも大切ですが、重要でないことなら「別にやめてしまってもいいのよ」という、シンプルなメッセージでした。

関連本

『もっと簡単に暮らせ』/ちゃくま

『もっと簡単に暮らせ』|人生を自分で選ぶコツ

『服を買うなら、捨てなさい』/地曳いく子

『服を買うなら、捨てなさい』|とっておきで、自分スタイル

『人生がときめく片づけの魔法』/近藤麻理恵

  • 記事リンク:『人生がときめく片づけの魔法』を読んだよ

『人生がときめく片づけの魔法』を読んだよ

『新・片づけ術「断捨離」』/やましたひでこ

『新・片づけ術「断捨離」』を読んだよ

『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』/佐々木典士

『ぼくたちに、もうモノは必要ない。 – 断捨離からミニマリストへ』

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『一生リバウンドしない!奇跡の3日片づけ』|この通りやるだけ

エンドレス片づけに精を出している あさよるです。エンドレスで散らかし続けているとも言う……(;’∀’)

片づけね……。当あさよるネットでも、片づけ本は時たま紹介しております。『新・片づけ術「断捨離」』や『人生がときめく片づけの魔法』も読みました。

ちゃんと読了後はそれなりに刺激されて、片づけや掃除がはかどるんです。きちんと満足してたのですが、そろそろ片づけへの勢いが減速してきたので、新たな風を送り込みたく、『奇跡の3日片づけ』を手に取りました。

「一生リバウンドしない!」とあるのも頼もしく、そしてなにより3日で片づくというのが魅力的。

散らかると、追い詰められる……

片づけをしなくっちゃ!って思う時ってどんな時ですか?

あさよるの場合は……モノをなくして出てこないときに、半泣きになりながら片づけしたいと切に思います。あと、ネットでオシャレなインテリアやライフスタイルを紹介する記事を読んで「ああ、こんな部屋で住みたい……」とうっとりしている時です。

来客がきっかけになることもあります。友人や知人、親類の来訪はもう……大パニック事案。突然の来客は絶対に無理!もっと気軽に人が立ち寄る家ってステキだなぁと憧れているくせに、現実はほど遠い……。

なんだかモノがゴチャゴチャと大量にあるのに、いつも何か足りない。いつもボールペンが見当たらなくて、やっと見つけたペンはインク切れ……。

洋服だって、クローゼットに収まらないくらいの量なのに、いつもコーディネートが決まらない……。とっかえひっかえ洋服を手に取るも、いつも同じ服でおでかけ……。

部屋が散らかっていることで、不満、イライラ、焦りでいっぱいになってしまう。

「散らかっている」って事実だけではなく、精神面の悪影響がツライのが本音なのかも……。

3日片づけ、行動あるのみ!

そんな散らかった部屋へのフラストレーションが高まったあさよるは、今回『奇跡の3日片づけ』を取ったのでした。

ちなみに「断捨離」や「ときめく片づけ」も、一冊で十分片づけが進む本なんですよ。しかし長期的な片づけの場合、途中で自分へカツを入れるために、片づけ本を読む感じ。モチベーションアップするんですよねん。

で、「奇跡の3日片づけ」です。まずタイトルがすてき。3日間で終わっちゃう片づけ。3日で生まれ変わっちゃえるんです。

(・∀・)イイネ!!

メソッドはとってもシンプル。シンプルだからこそ3日でベストな状態へ持ってゆけるのです。

そのシンプルなメソッドとは、一言で言うと「モノの定員を決めてしまう」。例えば、バスタオルは◯枚。ボールペンは△本。調味料はこのスペースに修める…などなど、先に数を決めてしまう。

このとき、自分には何が必要なのか事前に見極めが必要ですが、『奇蹟の3日片づけ』では細かに指針が示されていますから、先生の教えに従うのが手っ取り早いでしょう。で、よく言われる「定位置」ですね。モノをどこに置くのかを決めておく。

量が決まり、場所が決まれば、あとはそれに従えばいい。思案するのではなく、行動を起こすことに重点が置かれています。

まず行動に起こしてみる!すると……片づいた家が出現するのです!キレイな部屋で、新しい生活のスタート!

モノもね、減らしてみて、不足があれば買い足せばいいんだし、あまり深刻になっても仕方ないのだなぁと思います。それよりも、新しい生活をスタートしちゃうことの方が先決なのですね。

シンプルで王道な「片づけ」、しませんか?

片づけ本をたくさん読まれている人にとっては、『奇跡の3日片づけ』に書かれていることって見知っていることだろうと思います。それくらい、普遍的で王道な片づけの紹介だからです。

しかし、なにせ「3日片づけ」であり「一生リバウンドしない!」ですからね。この本に書いてあることを、そのまま実行すれば、人生そのものが変わると言っても大げさではないでしょう。「片づけ」や「整理」には、生き方を変えるくらいの力があるだろうと思うからです。

で、きちんと実行できれば、片づけ本も今後不要ってわけです。……もちろん、すべての手順を完全に遂行するのって……ナイと思うんですね(苦笑)。

ですから、今後も「片づけ本」を手にとることもあるんじゃないかと思われますがw、かなりモチベーションアップができる本です。

とりあえず今、早く押入れの中をイジりたくって貯まりません(・∀・)

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