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『気が遠くなる未来の宇宙のはなし』|眠るまでに落ち着てね

こんにちは。宇宙の話が好きな あさよるです。子どもの頃は天体や宇宙を扱った本ばかり読んでいたのだ。本書『気が遠くなる未来の宇宙のはなし』は『眠れなくなる宇宙のはなし』の3作目。初代『眠れなくなる宇宙のはなし』は学生時代に何度も読みふけっていたことを思い出します。ワクワク!

どこから来たのか、何者か、どこへ行くのか

本書は、話題になった『眠れなくなる宇宙のはなし』『ますます眠れなくなる宇宙のはなし』に次ぐシリーズ3作目で、宇宙の未来の話題が取り扱われます。ゴーギャンの名画のタイトル「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」と同じく、3作を通じ「我々はどこから来たのか」「我々は何者なのか」「我々はどこへ行くのか」を扱ったことになります。

宇宙の話をするとき、そのスケールに気が遠くなります。「はじめに」でオリオン座の赤い一等星「ベテルギウス」がもうすぐ爆発するというニュースを見聞きなさったことはありますか? ベテルギウスが超新星爆発を起こすと、満月の100倍もの明るさを放ち、夜空を照らすと考えられています。それが「もうすぐ」見れるとは楽しみですね。っと、ここでいう「もうすぐ」とは「100万年以内」と考えられているそうです。……絶句!

あさよるも奈良時代の歴史に軽くハマってたときは、室町時代、戦国時代は新しい時代に感じたし、幕末や明治なんて昨日のことのように感じていましたが、いやぁ宇宙のスケールはすごすぎて、気が遠くなるw なんか、命とか死とか、自分の存在とか、あまりに取るに足りな過ぎて考えるのが失せるというかw

宇宙の話をしよう

宇宙の話って、すぐに「宇宙の始まり/終わり」の話に到達します。それは自らの個としての死を超えた、なんかもうデカすぎて考えられないほどの、超絶どうにもできない、神様すらも意味をなさないような世界です。

そういえば『ムーミン谷の彗星』では、夜空の彗星が地球に落ちると噂されムーミン谷の仲間たちは怯えています。そこでムーミンたちが山の上の天文台へ話して聞きに行くと、天文学者たちは巨大彗星を観察し狂喜乱舞します。巨大彗星が間近で観測できるのです。あさよるは子どものころから、この天文学者たちに心底憧れていましたw 自分の身の上や命なんか忘れて、没頭していたいと思ったのです。

宇宙の話をするって、「生き方」「生き様」の話なんじゃないかと思うんですよね~。」「ベテルギウスが爆発しようと何も私は変わらないぜ」ってカッコいいじゃまいか。宇宙の最後をイメージしながら、お風呂に入ると半身浴が捗りそうじゃないか。

とりあえずもちつけww

何千年何万年の月日とともに、空の恒星たちが移動して星座の模様が変わってしまう。太陽さえも磁場を変え、月はどんどん遠く離れてゆく。地表の大陸も移動し続け、世界地図の形も様変わりしてします。わたしたちの天の川銀河とアンドロメダ銀河が衝突するとき、我々の子孫はそれを目撃するのでしょうか。

すべてを飲み込むブラックホールはいずれどうなってしまうのか、この宇宙はこのまま膨張し続けるのか収縮を始めるのだろうか。なんか、別にこの人生に関係ない話だし、なんの腹の足しにもならないハズなのに、ものすごく人間らしく生きるために必要な好奇心のような気がしてしまう。

巨大すぎる宇宙に絶望と興奮を感じたまま、お布団には入れないので、ここで心落ちつくラインナップを紹介しておわりますw

まず、前田京子さんの『お風呂の愉しみ』は、お風呂への並々ならぬオタク的没頭を楽しめる名著です。お風呂アイテムや、お風呂の時間を、自分が自分流にコーディネートするのです。

続いて『すごいストレッチ』。こちらは説明不要。イラスト通りにストレッチすると体がホカホカ気持ち良い。

最後に、笑い飯哲夫による有難いブッダのお話を。

関連本

『眠れなくなる宇宙の話』/佐藤勝彦

『面白くて眠れなくなる植物学』/稲垣栄洋

『面白くて眠れなくなる数学プレミアム』/桜井進

『宇宙はなぜ「暗い」のか?』/津村耕司

『ホーキング、宇宙と人間を語る』/スティーヴン・ホーキング

『宇宙は何でできているのか』/村山斉

『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』/青木薫

『宇宙のダークエネルギー』/土居守,松原隆彦

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『宇宙はなぜ「暗い」のか?』|星が無限にあるなら夜空は明るいはず

こんにちは。ぼんやり空を見上げて子ども時代を過ごした あさよるです。さすがにもう大人なので、仕事するときはカーテンを閉めて、対策していますw

なんとなく手に取って積んでいた『宇宙はなぜ「暗い」のか?』は、あさよるの長年の疑問が晴れるもので、読了後なかなか興奮冷めやらずにいます。中学生でも読める内容で、易しい文体と丁寧な説明の良書ですよ~。

「夜空はなぜ暗いのか」だと?

本書はこんなふうに始まります。

あなたは「なぜ夜は暗いのか」ということを考えたことがあるでしょうか? 夜が暗いなんてあまりに当たり前すぎて、疑問に思ったことさえない人が多いのではないかと思います。けれども、「夜が暗い」ということは実はとても不思議なことで、ただ単に「夜は太陽が沈んでいるから」という説明だけでは不十分なのです。なぜなら、もし宇宙に無数の星が存在すれば、その星からの光で夜空は明るくなってしまうと考えられます。これを「オルバースのパラドックス」と言って、昔から天文学者を悩ませてきた問題です。

p.3

さて、夜空を見て「なぜ夜は暗いんだろう!」と疑問を抱いたことのある方はいますか? どう結論しましたか? あるいは、こんな質問を子どもにされたら、どう答えるでしょうか。

夜空に輝く星たちは無数にあり、空に隙間なく星があるならば、夜空に暗い部分があるのはおかしいのです。

本書は素朴なギモンだけど、人類が何千年とかかって手に入れた知識を使ってしか答えられない、なかなか悩ましい問いなようです。

夜が暗い理由を予想する

地球にいると、宇宙が見えにくい?

私たちは地球の地面の上で生きています。さらに地表には空気が満たされていて、この空気が光を拡散したり、吸収されてします。青空が青く見えるのは、青い光が空気中で拡散され、いろんな角度から目に入ってくるからです。また、空気が太陽の光を吸収したり、地球の磁場により太陽風から守られています。

地表に届く光は限られているんですね。だから、宇宙空間から見る太陽や宇宙は見え方が変わります。

宇宙の塵が邪魔してる?

宇宙空間には「宇宙塵」が散らばっているそうです。この宇宙塵が光を遮って、宇宙が暗く見えているのでしょうか。これを検証するため、宇宙望遠鏡や、赤外線で宇宙を観測できる人工衛星が打ち上げられました。

すると、宇宙塵が密集している部分は、恒星の光で宇宙塵が温められ、赤外線で明るくなっています。あれ? 赤外線も光ですから、宇宙塵が集まる場所は光が多いってこと?

ブラックホールが光を吸い込む?

これは本命、ブラックホールが光を吸い込んでる説。だがしかし、ブラックホールに物質が吸い込まれるとき光を放つこともあり、必ずしもブラックホール=闇ではないそうです。ブラックホールもX線を放ったり、重力波が観測されたことが近年話題になりました。

それに、ブラックホールの数はそんなに多くないんだそうです。宇宙を闇にするほどの力はないってことか。

ビッグバンと星の寿命

では、どの仮説も宇宙が暗い理由になりえないとすれば、どうして宇宙は暗いの?

星には寿命がある

まず、星には寿命があります。恒星の寿命は短く、光を放っている恒星は全体の10兆分の1くらいだそうです。びっくり。そりゃ暗いわ。例えるならば、ディズニーランドを3本のローソクで灯した明るさなんだそうです。

宇宙は動いている

宇宙は膨張していますから、どんどん空間と空間の距離が広がっていきます。星と星の間の距離も、広がっていくのでいつまで経っても星で埋めつくされません。

宇宙には始まりがある

宇宙が暗い理由は、「宇宙には始まりがある」という前提が大切です。「ビッグバン」が起こって宇宙が始まったという考えは今では一般的ですが、これはここ数十年の常識です。つい最近まで「宇宙は無から始まった」という話は突拍子もなく理解しがたい話でした。

宇宙にはビッグバンで始まったとすると、宇宙が暗い理由も考えらえます。ビッグバンが起こったのは138億年前。そこからどんどん宇宙が膨張しています。ということは、宇宙には果てがあり、138億年分しか膨らんでいません。それ以上遠くには宇宙がないので、暗いのです。

好奇心と知識欲をシゲキする良書

本書『宇宙はなぜ「暗い」のか?』は中学生くらいなら十分に読みこなせる内容です。宇宙が暗い理由をただ羅列するのではなく、いくつかの仮説が間違いである説明や、ときには周辺の話題に触れたりと、知識欲や好奇心が刺激される構成です。

平易で親しみやすい文体と、丁寧な解説が良いですね~。中学生の頃のあさよるもこの本、好きだと思うw 30代のあさよるも、「天の川見てみたいな」「登山したいな」となかなかワクワクしました(^^♪

〈あさよる〉のヒミツがわかってヨカッタ

「なぜ夜は暗いのか」を考えるためには、ビッグバン宇宙論を待たなければならなかったとは驚きですね。今、あさよるがすんなりと理解できるのも「宇宙には始まりがある」「宇宙は膨張している」という常識があってこそなんだから。

あさよるも実は、幼い頃から「〈暗い〉とは何か」と不思議でした。聖書の創世記の冒頭、神が天と地を創造し「光あれ」と光を創ります。そして光と闇を分け、それぞれを昼と夜とします。神様は世界を創るとき「光と闇」「昼と夜」を創るんです。ってことは、神様が「夜」を創る前は、夜がなかったのか!? と、不思議で不思議で。

ちなみに当ブログ名の「あさよるネット」というのも、なんかそんな感じの意味があります(後付け感)。

関連本

『ホーキング、宇宙と人間を語る』/スティーヴン・ホーキング,レナード・ムロディナウ

宇宙法則のグランドデザイン!『ホーキング、宇宙と人間を語る』

『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』/村山斉

『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』を読んだよ

『眠れなくなる宇宙の話』/佐藤勝彦

『眠れなくなる宇宙の話』を読んだよ

『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』/青木薫

『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』を読んだよ

『宇宙のダークエネルギー 「未知なる力」の謎を解く』/土居守,松原隆彦

『宇宙のダークエネルギー 「未知なる力」の謎を解く』を読んだよ

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『最後の秘境 東京藝大』|読者も〈創作〉したくなる

こんにちは。とある美術系の短大へ進学しデザインの勉強をしながら順調に留年し、満期で退学。その後、フラフラしながらブログを書いている あさよるです。今回読んだ『最後の秘境東京藝大』風に言えば「行方不明」になっている人間です(・ω<)

さて、本書『最後の秘境東京藝大』は、音楽、美術、工芸系出身の人にとって、読んでるだけでムクムクとやる気が湧いてきて、本を放り出しちゃうような、創作意欲が刺激される内容。その辺の自己啓発本よりも「そうだ、こうしたかったんだ」と、いつかの創作意欲的な何かが刺激される内容です。

上野の森の音校と美校

著者・二宮敦人さんは小説家で、奥様が現役の東京藝大の学生であり、奥様を通して藝大生の摩訶不思議な生態に触れ、このようなノンフィクションの執筆が始まったらしい。ちなみに奥様は彫刻科らしい。

東京藝大は国立大学で唯一の芸術系大学で、大ざっぱに音楽と美術系の専攻にわかれ、それぞれが「音校」「美校」と呼び分けられている、らしい。音校と美校は学生の雰囲気もパッと見て違うよう。

彼らの性格も違う。音校では教授は師匠であり、ステージに立つ彼らは日ごろから身のこなしや身だしなみにも気を配る。楽器の奏者であるにはお金もかかるようで、仕送りの金額もデカい。また、ケガをしてはいけない等の配慮から、家事をしないなど、徹底しなければならない。

一方、美校では、授業が始まっても教授も学生も全員遅刻だったり、見た目もかなり個性的。教授だって、とても国立大学の教授陣には見えないような、汗にまみれたニオイ漂っていたりもする。そんで、いわゆる座学は20単位ほどで、あとは創作。ほぼ放置。著者の奥様も、ほとんど出席せずに自宅で創作活動をしているようだ。だから「やりたいことが見つけられない人」はここは向かない。

生き残る者はわずか

東京藝大は、超難関校だ。東京大学よりも倍率が高い! 何年も浪人するのが当たり前で、藝大に入学してくる時点で「選ばれた人」なのだ。しかし、その藝大でも、卒業後ほとんどは行方不明らしい。プロとして生き残のはごくわずかで、数十年に何人の天才を生み出すためのカリキュラムだとも言える。

国立大学だとはいえ、なかなかシビア。そんな中、美校のデザイン科だけはビジネスライクで儲かることしかしないというキャラが際立っている。

音校の競争もすさまじく「受験で肩を壊す」というスポ根マンガか!という話や、やはり日本中の音楽大学で学生が育っていて、ライバル関係にあるらしい。ヨーロッパへ留学する人は、言語やアジア人であることも壁になりえるそうだ。そんな中、飄々と口笛奏者をめざす人や、考古学の研究で音楽を学んでいる人など、斜め上な人も登場する。とりあえず、全員天才にしか思えないんだが。

みんな真面目だ!

音校の人たちは、ただただひたむきで「スポ根」顔負け。インタビューに答えている人たちは、みんな謙虚であり、自分のやってることに手ごたえがある様子で、読んでいて清々しい。

で、美校の人たちは、クソ真面目に不真面目なことを掘り下げていて、頭が下がる。アイデアが脳裏を過っても、実際にやっちゃうのは、やっぱスゴイ。普通はさ、酒の肴にキャッキャ騒いで終わりでしょ。美校の、実習がほぼ放置状態というのも、これで成立しているのは各自真面目に創作をしているからに他ならない。「学生を放置ししとけば勝手に研究してくる」なんてこと、ある?

自分の進路を考えずにおれなかった

あさよるはかつて広告デザインを勉強したのですが、「これから」のことをぼんやり考えてしまった。そもそも美大は親のすすめで、デザインも「喰いっぱぐれがない」という消極的な理由で選んだ。本音を言うと、工芸系へ進みたかった。

これからの自分の進路、「創作」をしてもいいのかもな。

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『教室内(スクール)カースト』|誰が階級を作っているの?

こんにちは。友だちの少ない あさよるです。中高生のことから人と「ツルむ」「群れる」のが苦手で、プイッと一人で図書室で本を読んでいました。そう、あさよるは人と喋りたくないばっかりに本を読んでるヤツだったのです。ネガティブ~。

先日、東洋経済オンラインで、『「意識高い系」社員につけるクスリはない』という記事を読みました。

この記事の中で、「意識高い系」の定義として「スクールカースト」という言葉が登場します。意識高い系はスクールカーストは被支配階級で、土地を持っていないと定義されています。だからこそ、都会へ出てワンチャン狙いたいということらしい。

そこから派生して、ダイヤモンド・オンラインの記事も読みました。ここでは、スクールカーストと学力、コミュ力、容姿、職業と、10代の頃の教室内での地位と絡めて話されています。

あさよるは「スクールカースト」という言葉を知ったのはここ5年程でしょうか。あさよるが10代の頃は「1軍」「2軍」とか「メジャー」「マイナー」なんて言葉が使われていたように思います。……しかしながら、あさよるはそういうの疎い子どもだったので、自分の教室内のポジションとかよく分かっていなかったんですけどね(;’∀’)

スクールカーストとは

本書『教室内(スクール)カースト』では「スクールカースト」という言葉の出典から始まります。

この言葉が最初に紙面に載ることになったのは、2007年に出版された教育評論家の森口朗(あきら)さんの『いじめの構造』(新潮社・2007年)という本の中です。(中略)
森口さんは、「スクールカースト」の定義を以下のように設定しています。

スクールカーストとは、クラス内のステイタスを表わす言葉として、近年若者たちの間で定着しつつある言葉です。従来と異なるのは、ステイタスの決定要因が、人気やモテるか否かという点であることです。上位から「一軍・二軍・三軍」「A・B・C」などと呼ばれます。(41~42頁)

p.28-29

『いじめの構造』が出版された頃にはすでに「スクールカースト」という言葉が存在し、意味付けもなされていました。では、いつ「スクールカースト」という言葉が登場したのでしょうか。

朝日新聞社発行の雑誌『AERA』にて「スクールカースト」の言葉を生み出したという人物が、自身の体験と共にネット上に「スクールカースト」のワードを登録したと語っています。

 マサオさんは2年ほど前、インターネット上に言葉を登録し、説明文を編集できるサイトに、実体験を基にこう書き殴った。

「主に中学・高校で発生する人気のヒエラルキー(階層性)。俗に『1軍、2軍、3軍』『イケメン、フツメン、キモメン(オタク)』『A、B、C』などと呼ばれるグループにクラスが分断され、グループ間交流がほとんど行われなくなる現象」

こうして、「スクールカースト」という言葉ができた。

(森慶一「学校カーストが『キモメン』を生む――分断される教室の子どもたち」『AERA』2007年11月19日号)

p.32-33

このマサオさんはシステムエンジニアの当時29歳で、10代の頃「イジられキャラ」でピエロを演じていたが、イジりがエスカレートし、「いじめられキャラ」に変わり、高2で退学をしました。そして「スクールカースト」という言葉を登録した、と証言しています。

スクールカーストが生まれる背景

日本の学校で起こる「いじめ」の特徴は、「教室の中」で起こることだそうです。本書でも、他のクラスに友だちがいて、昼休みなどに教室外で集まっている人たちに対し「生きてる意味あるのかな」なんて感想もあって、スクールカーストが「教室の中」の限定された空間で起こることが顕著です。本書のタイトルも『教室内カースト』と書いて「スクールカースト」と読ませています。

ちなみに、あさよるも友だちを作らず一匹狼でフラフラしてるのが好きですが、周りの人から「生きている意味あるの」なんて思われてたんでしょうか……(;’∀’)

いじめとスクールカーストのカンケイ

いじめで暴行や恐喝等が起こった場合、速やかに警察を介入させるべきだと考える人がいます(あさよるもそう思います)。しかし、いじめは「シカトされる」「クスクス笑われる」といった「実被害はない」けれども「やられる当人は死ぬほどつらい」状況に置かれることも多く、解決が難しいのです。

「いじめ」を作るのは「被害者」と「加害者」、そしてそれを見てはやし立てる「観衆」と見て見ぬふりをする「傍観者」、それらが四層に重なり「いじめ」が成立するというのです。(中略)
そして「いじめ」が起こらないとすれば、「傍観者」層が「仲裁者」層に変わったときなのだといいます。

p.52

いじめは少数の加害者によるものではなく、観衆と傍観者がいて「いじめ」になるというのです。

教室内では、スクールカースト上位者は自分の意見を発言しますが、下位の人は意見を言いません。ですから「いじめ」回避のための「仲裁者」になり得るのは、カースト上位者のみということでしょうか。

スクールカーストは悪なのか?

本書を読んでいると不思議なことがあります。インタビューやアンケートに答えている生徒や学生、教師らは「スクールカーストはなくなった方が良い」とは考えていないようなのです。

スクールカースト下位者は、カーストは「あって当然」と半ば諦めているように感じます。教師は、諦めモードのカースト下位者を投げやりで、やる気のない人のように感じています。スクールカースト上位にいたことを自認する生徒たちは、それなりに「特別」だったことを感じているようです。

また、教室内自治を行うにあたって、教員側から見ればスクールカーストはあった方がやりやすいもののようです。スクールカースト上位者は良くも悪くも目立つ人で、彼らの様子を見て雰囲気を察知しています。カースト下位者は顔も名前もわからないこともあるそうです。

また、クラスを代表したり、作文のコンクールに応募する際など、責任のある役割はスクールカースト上位者に任せます。それはスクールカースト下位者には、責任ある仕事を任せられないと考えているからです。

どうやら、概ねスクールカーストは「あって当然」「しかたがない」と諦めもありつつ、存在が認められているようです。

カースト上位はイージーモードか

本書で興味深いのは、高校生でカースト上位になってしまった人の証言です。クラスでの取り決めで発言したり、先生のネタにツッコんだり、カースト下位者にネタを振ったりしないといけない。カースト上位者の権利も多いけど、その〈権利を使わなければならない〉「義務」が大変だった。彼女は結局高校を中退してしまいました。

また、カースト上位者は下位者に好かれているワケではない。みんな内心ウザくても、それを表に出していないだけだと言います。ということは、カースト上位者って、「みんなの共通の敵」というか「みんなの共通の嫌われ者」だとも言えます。カースト上位者はクラスの結束を作るとみなが証言しているのですが、結束の内情は複雑です。

誰がカーストを作ってるんだ?

本書『教室内カースト(スクールカースト)』はたくさんのデータや出典が挙げられているので、ここから他の史料にあたることもできます。あくまで客観的資料の羅列につとめておられるようで、〈収まりのいい結論〉を求めている人には消化不良かもしれません。

スクールカーストがなくならないのは、学校の教室という限定された環境、構造がそうさせているようです。では、その閉ざされた特殊な空間で、誰がスクールカーストを作っているのでしょうか。教師はスクールカーストを利用しているようですが、教師がカーストを作っているなんてことがあるのでしょうか。

カースト上位者が、多数の下位者たちを抑圧している……とも言い切れない感じ。確かにスクールカースト上位者たちは自分の意志をハッキリ言って、ムードメーカー的存在ですが、それだけです。カースト下位者は、カースト上位者の物言いや染めた髪やピアスを見て「コワイ」「めんどくさそう」と倦厭しているようです。

「いじめ」は、スクールカースト下位の中の「いじられキャラ」が「いじめられキャラ」に変わることがあると紹介されていました。また、いじめ回避には「仲裁者」が必要です。本書を読む限り、仲裁者になり得るのはスクールカースト上位者しかいないように思えます(自分の意見を発現できるのは上位者だけ)。

〈構造が「スクールカースト」と「いじめ」を作っている〉と言ってしまえれば簡単ですが、スクールカースト下位者が、見た目が派手な生徒や、意見を言える生徒を〈遠ざける〉ことで、分離が始まっているようにも読めました。なんともややこしくて難しい話ですので、ぜひご一読ください……m(__)m

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『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』|どんな顔していいかわからないの

こんにちは。混乱状態のあさよるです。何に混乱しているかって『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』を読んだせいですよ。本書は、ただのアホなネタ本のハズなんですよ。しかも出オチの。なのに、なんかこの本「スゴイ…」「見てしまったかもしれない」「アートかもしれない」と脳裏をよぎり、そのたび「違う」と打ち消すことでさらに混乱してゆく……これ、すごいかもしれない。

そう、それはキャンベルのスープ缶のように……w

『ぼくの哲学』|世界で一番おいしいのはマクドナルド

ぼくの哲学

ぼくの哲学

  • 作者:アンディ ウォーホル
  • 出版社:新潮社
  • 発売日: 1998-08-01

たぶん、想像したのであってる

本書『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』のタイトルを読んで「こんな感じかな?」と想像したのなら、たぶんだいたいあってるw 太宰にはじまり、村上春樹が焼きそばの作り方を書いたら、ドストエフスキーが、志賀直哉が、シェイクスピアが、グリム兄弟が書いたら……と延々続く。ただそれだけの本だw

初っ端から星野源が登場し、「アレッ」と思うと、小沢健二、尾崎豊、エレカシ宮本と続くだけではなく、ロッキンオンが焼きそばの作り方を書いたら、ポパイが、暮らしの手帖が書いたらと続く。文豪やないやんw

のみならず、ヒカキンとか、イケダハヤトとか、自己啓発本とか、利用者の声とか、文豪でもないし作家でもないし、明らかにネタ切れてるやんけー!ともう、目次を見ているだけで笑けてくるw

これはゲージュツかテツガクなのか?

で、読み始めるとですね、ニヤニヤが止まらない程度に「読書家なら一度は考えたころがありそうなネタ」であります。なのですが、読んでいる内にだんだんとなんだか胸がいっぱいになってくる。ちょっと待って……これどこまで続くの。無茶すんなよ……求人広告ってなによ……。

★誰でもできる簡単なお仕事です!★

1.カップ焼きそばの蓋を点線まで開ける
2.中に入っているかやくとソースを取り出す
3.沸騰したお湯を入れ、五分間待つ
4.湯切りをし、ソースをかけたら完成!

慣れたら簡単な作業なので、未経験でも問題ありません♪

◎自宅作業可
◎服装自由
◎髪型自由

最後まで作れた方には完成のお祝いとしてマヨネーズをプレゼント◎

p.112

こういうときどんな顔すればいいかわからないの……。

ページをめくるたびに混乱が大きくなり、ついにこのページにたどり着いてしまうのです。

もしカップ焼きそばの作り方を
ただそのまんま本に載せたら

p.176

・・・。こういうときどんなka…(以下略

ペヤング ソースやきそば
まるか食品

Big!

[調理方法]
①フタを(A)から(B)の線まではがし、ソース、かやく、ふりかけ・スパイスを取り出します。②かやくめんの上にあけ、熱湯を内側の線まで注ぎ、フタをします。3分後、(C)の湯切り口を矢印の方向にゆっくりはがします。④カップの「☆」の部分2ヶ所をしっかり持ち、ゆっくり傾けながら湯切り口よりお湯をすてます。⑤フタをすべてはがし、ソースをよく混ぜ合わせ、ふりかけ・スパイスをかけてお召し上がりください。
お湯の目安量 480ml

p.176

おわかりいただけるだろうか。ただ、〈文豪がカップ焼きそばの作り方を書いたら〉というネタ本を読んでいただけなのだ。しかしだ、唐突に、カップ焼きそばの作り方が始まるではないか。え、自分で何言ってるのかわかんない。

混乱の極みのまま読み進めると、ペヤング、UFO、一平ちゃん、俺の塩、etc…と続く。「サッポロ一番 オタフクソース焼きそば」って食べたことないなぁ。「ニュータッチ 仙台牛タン風味塩焼きそば」は存在すら知らなかった。って!最後!最後!

エーワン 焼きそば ミックスフード味 カップ(ベトナム)

(ベトナム)って!ww もう焼きそばのネタも切れとるやないか!

心と時間に余裕のある時に読みましょうw

本書、オススメか否かと聞かれると「時と場合による~」と答えます。もしあなたが子育て中なら、本書を読むより子どもと遊んでるほうがずっといいかもしれませんw きっと、洗濯物を畳む方がより有用な活動でしょうw

しかしまぁ、今すぐやるべき仕事もなくて、心にゆとりがあって、読む本がないなぁというこきは、この本をドウゾ!お気に召すかわわかりませんが、あさよるは好きですw大好きです。

ちなみに、紙の書籍で買うと、裏表紙が「もし手塚治虫が太宰治を描いたら…を田中圭一が描いたら」の絵で、全裸のおねいさんがポロリしてるイラストなので、ブックカバーつけてもらうのをオススメしますw

最後に。めっちゃカップ焼きそば食べたい。

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『図解でわかる! マーケティング』|売り手目線から〈買う〉側へ

こんにちは。あさよるです。先日当ブログでブランディングの本を紹介しました。久々に読み返して面白かったので、次はマーケティングの本を手に取りました。

『ブランドらしさのつくり方―五感ブランディングの実践』|体感をともなう体験を

ブランドらしさのつくり方[Kindle版]

ブランドらしさのつくり方[Kindle版]

  • 作者:博報堂ブランドデザイン
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2016-06-20

マーケティングってなんだ?

マーケティングの歴史はまだ浅く、半世紀しか経っていません。ですから、マーケティングの法則等、玉石混交なのが現状です。まだ決定版は出ておらず、これから大きな変化が起こるかもしれないと事前に認識しておきましょう。新しい分野だからこそ、経営者やリーダー、マネージャーに求められる素質になっています。

 マーケティングは、セールス、PRの領域をすべて含み、さらに企業活動のすべての領域に当たる上位概念です。
考え方は「お客さまを起点とする」のが特徴で、商品・サービスをお客様に届けるためのすべてを考えるのがマーケティングの領域に当たります。シンプルに「売れる仕組み」と呼ばれることもあります。

p.16

お客様に商品やサービスを「売り場」というのは売り手の感覚ですから、お客様の立場に立って「買い場」と呼称を変えた会社もあるそうです。このちょっとした違いが、マーケティングの考え方です。

 では、実際にマーケティングとは何をすればいいのでしょうか? マーケティング・プロセスの全体像は下記のような流れになります。

①現状のビジネスを整理する
②マーケティングの課題抽出
③リサーチ&市場分析
④商品開発
⑤ブランド構築&マーケティング戦略
⑥発信力(オウンドメディア)
⑦実践計画へ落とし込み

この流れで、会社にとって全体最適になるマーケティングを導入し、定着させることが理想です。

p.24

このように7つのステップを一章ごとに、短く簡単に紹介されています。

イラスト&図解でわかりやすい

本書は一節ごと、見開き2ページにまとめられ、1ページは平易な文章と、もう1ページはイラストや図解と、コンパクトながらも充実しています。

実際に、身近なブランドや商品の例も挙げられているから、読んでて「納得」する場面が多く、マーケティングなんて興味ないなぁという方も、一回読んでみてほしいなぁと思います。読書としても面白いんです。

手元に置いて、辞書のように!

これからマーケティングについて知りたい方や、学生の方にもおすすめです。どんな業界でも必要な知識ですし、まだ歴史の浅い「マーケティング」であると知り“なう”な分野であることに興奮しました。

本書はとても簡単に内容がまとめられていて、マーケティングについて何も知らない あさよるには非常にありがたい本でした。なんとなく取っ付きにくい、利益重視で人間味の内容な分野なのかと勝手に思っていたのですが、意外にも「あくまでお客様目線」という考え方は意外でした。

一章、一節は短く区切られているので、手元に置いておいて、必要な部分だけ拾い読みするのに向いていると思います。今のところ(2017年10月現在)電子書籍化はされていないのがちょっぴり残念。

また、同じ著者の他シリーズもあるようなので、そっちも読みたいです。

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『ブランドらしさのつくり方―五感ブランディングの実践』|体感をともなう体験を

こんにちは。あさよるです。今日読んだ『ブランドらしさのつくりかた』は、あさよるの愛読書で、過去に何度も読み返しているものだったりします。学生時代に教科書として指定されていた本で、当時も繰り返し読んでいました。ブランディングを手を動かしながら考える時、パラパラと読み返します。

図解もたくさんあり、実際にブランディングがなされる過程も細かく紹介されており、読んで楽しい内容でもあります。kindle版も出ているようなので、おすすめです。

五感をともなうデザイン

「人のぬくもり」という言葉があります。例えば「初音ミクの歌は機械的で人のぬくもりがない」とか一昔前だと「ワープロ出力の文書は人のぬくもりがない」だとか。マジレスすると「ボカロを調教してんのは人間だぞ」とか「その文章を書いたのは人間だし、ワープロを作ってるのも人間だ」なんて言いたくなることもあります。

しかし、「人のぬくもり」と言いたくなる状況とはなんだろうと考えると、それは「人の身体をともなう活動がイメージできる/できない」に由来するのではないか。もっと抽象度を上げると美しい/美しいくないなのかもしれません。すなわち、それを「使う人」への配慮や心地よさが設計されているかが「人のぬくもり」なのではないでしょうか。

本書ではコカ・コーラの瓶からロゴマークを消し去っても、それがコカ・コーラと分かると言います。例えその瓶を割ってしまっても、そのガラスのかけらだけでもコカ・コーラの瓶だと判別できます。それは、あの瓶が「コカ・コーラをが飲みやすい」ようにデザインされており、他のコーラや飲料とは一線を画しているようです。あの瓶のフォルムは、見るからに「触感」をイメージさせ、コーラの炭酸が喉を流れていく感覚をイメージさせます。

シャンプーのCMの多くは視覚と触覚、臭覚に訴えかけるものが多いので、泡立ちの気持ちよさを想起させる「音」、すなわち〈聴覚〉を刺激する音を使うことで他のシャンプーとの差別化を測ることができます。人気のカフェやレストランも、五感をうまく使っています。調度品や、絨毯の感触、BGM、香りと五感に訴えかけるのです。

特に嗅覚を用いるデザインは今後もっと広がってゆくでしょう。コンビニが良い例です。コンビニって中に入るとフワッとおでんのにおいがして、「コンビニらしい」と感じます。近年ではコーヒーのにおいもコンビニのにおいになりつつあるのかもしれません。

五感の情報だけで、わたしたちは連想し、イメージします。「バタン」という音だけで「車のドアが閉まった」とわかるんです。記号として五感を使っているのかもしれません。

ブランドとは何か

そもそも「ブランド」とは、牛に押した焼き印の「焦げ(Burned)」という言葉が起源です。「ブランド」の概念は最初、牛、酒、石けんなどに使われていました。高級品やアパレルの世界で「ブランド」という言葉が使われるようになったのは最近だそう。さらに近年では商店街や公共施設・サービス、人間もブランド化されています。

ブランドとは「高級品」だけでなく、人が価値を見いだすものすべてです。

ブランドはよく、脳の中の構造にたとえられる。個人のいろいろな経験が、脳の中で複雑に絡み合って、ある連想のネットワークを構成する。たとえば、「花火」という記憶は、単独で終わるものではなく、夏、夜、きれい、ワクワク、混雑といった他の記憶と絡み合って脳に蓄積されている。この脳内の「記憶の集合体」がブランドなのである。この「記憶の集合体」が大きくてかつほかにない独自のものであればあるほど、そのブランドは強いということができる。

p.40

「京都」がブランドになるのは、「京都」の漢字二文字を見て、多くの人が様々なイメージを連想するからです。

また、ブランドは顧客だけのものではありません。

魅力的なブランドとは、顧客にとっては、「このブランドなら買ってみたい、使ってみたい」と思わせる対象だけではなく、従業員にとっては「このブランドなら誇りを持って働きたい」と思わせる対象であり、株主にとっては、「このブランドなら投資してみたい」と思わせる対象であるべきものである。

(中略)

一言でいえばブランドとはすべての関係者にとっての「記憶の総体」である。

p.42

「ブランド」の記憶

みなさんもブランドにまつわる記憶やイメージがありますか?

あさよるは以前、無印良品で働いていました。入社前からMUJI製品が素敵だと思っていましたが、働き始めるともっとMUJIが好きになりました。こんなに会社から大事に扱われたのが初めてだったからです。スタッフ仲間もみんな明るくて爽やかで、みんなMUJIの大ファンでした。お客様も丁寧できちんとした方が多く、働きやすい職場でした。退職後の今もMUJIは特別なブランドに思えます。そう「特別」なんです。

昔デザイン生だった頃、授業で「資生堂」の広告が紹介され、資料として資生堂が発刊していた『花椿』を熟読しはじめました。憧れのブランドでした。大人になって資生堂のカウンターで化粧品を買うとき、学生時代の瑞々しさや高揚感や若い苛立ちや、あの頃のことを思い出します。また町の資生堂のお店では、お店の人と恋の話をしたり、年配の女性が華やかにお化粧をしている姿に「ええ女やなぁ」とシビレタ。あさよるもあんな女になれるだろうか。背中が曲がって髪が薄くなっても「あの口紅を塗りたい」と思いました。

ブランドのイメージ。ただ製品のクオリティだけでなく、思い入れやイメージや記憶が絡み合って「他とは違う」「特別」になっています。

五感をともなうブランディング

五感に訴えるデザインと、ブランドとは何かを押さえたところで、本書の本題「五感ブランディング」に移ります。

先ほど紹介したシャンプーのCMでは聴覚を欠いているブランドが多かった。だから泡立ちの気持ちよさを想起させる〈音〉が考案されました。あるアジアの航空会社では、乗客に配るおしぼりにアジアを連想させる香りをほのかにつけました。これが好評で、他の航空会社との差別化が成功しました。風鈴の〈音〉を聞くと涼しい感じがするのも、五感を使った好例。

また、キーボードで文字を入力するとき、我々はキーボードを叩きつけています。この感覚が重要で「入力した!」って実感を抱かせています。コンピュータが普及した今、ブラックボックスに囲まれて生きてる我々は指先の「入力した感覚」がとても重要です。

五感を使ったブランディングを見ていくと、まだまだ五感ブランディングは弱いブランドが多いと気づくかもしれません。ウェブサイトのイメージと、お店のエントランスの雰囲気と、店内の様子がチグハグで変な感じなお店とかいっぱいありますよね。

あさよるの雑談ですが、床がペタペタしている系の飲食店はなんとなく避けてしまいます。また、プッチンプリンの蓋の裏についているプリンはご馳走ではありますが、出先では避けてしまいます。だから「プッチンプリンは家で食べるもの」と感じるので、家庭的なイメージがあります。結構、われわれはちょっとした感覚で商品やサービスのイメージを持っていて、それがブランドと合致しているかどうかが大切なのです。

新宿駅の五感ブランディング

本書では実例として、新宿駅の五感ブランディングをしてゆく様子が細かく紹介されます。新宿駅の利用者にアンケートを取り、新宿駅の五感に関わるイメージを暴いてゆきます。そして、新しい新宿駅の五感ブランディングをしてゆくのです。

用いられるのは従来の視覚に頼ったイメージボードだけでなく、手で触れる素材も盛り込まれます。さらに「新宿駅の香り」を新たに作りました。本書の書籍版では、実際に新宿の香りがついた付録がありました(今はないかも)。

視覚に頼りすぎているデザイン

五感ブランディングに触れると、自分がいかに視覚的なイメージ過多なのか気づきました。とくにブログは視覚しか情報がないのが残念ですね。「音楽をつけようか」と一瞬血迷いましたが、本書でバッサリと「トップページで音楽が流れ続けるサイトうざい(意訳)」と書かれていて思いとどまったw

ブログでにおいや触覚、味覚に訴えかけられる方法ってないのかな? 背景をモコモコな素材に変えるとか? においはもっと難しいですね。冒頭に「焼き鳥」とか「カルビ」とか書く? うーん。

話は変わって、あさよるは音楽CDはiPodに入れて、新たに買う分は iTunesで購入するようにしています。増えてしゃーないからね……。んで、昨日久々に音楽CD現物を買いまして「あの封を切る時のウキウキ」を久々に体感しました。「私まだこんな気持ちになれるんだ!」という喜びw iTunesには「あの封を切る時のウキウキ」はないし「タワレコのシャカシャカの黄色い袋ぶら下げて歩く感じ」もないな。

代わりに「お気に入りのiPod touch第四世代を剥き身のまま使い込んでいい感じ」を楽しんでおります。(写り込んでいるのはフナイのエアコン)

博報堂『ブランドらしさのつくりかた』イメージ - iPod touch 第四世代

iPod touchは触覚と聴覚と視覚が刺激されるものね。メタリックな感じが金属のにおいのイメージも想起させるかも。大量生産される工業製品なのに「人のぬくもり」を感じさせるしね。

ちなみに、iPod touch 第5世代も愛用していますが、こちらは第4世代より使いやすいけど、トキメキが少ない。

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『龍の棲む日本』|国土をぐるっと囲む龍が守り、災いを呼ぶ

こんにちは。あさよるです。『龍の棲む日本』は以前からおススメされていた本。あさよるの最近の関心事、漢方とか、鍼灸、ツボとか、風水とか、そのへんのことをゆるっと時間をかけて拾っていたのですが、『龍の棲む日本』も一つ、新しい視点を得たような読書でした。

一冊の本が論文のような構成ですので、かいつまんで説明するのは難しいのですが、Interesting なんです。その熱やテンションが伝われば~!

〈日本図〉を読む

〈国土〉とはそもそも〈大地〉であり、そこで人間は歴史を生み出してきました。国語辞書的には、国の統治が及ぶ領土、土地、ふるさと、仏語と少なくとも4つの意味があるそうです。〈国土〉といえば地図帳の測量された地図であり、科学的に日本地図を完成させたのは伊能忠敬が知られています。

んじゃ、伊能忠敬の地図が作られる以前、日本人はどんな〈国土〉を見ていたの?てのが本書のテーマです。

資料として「大日本国地震之図」と「金沢文庫〈日本図〉」という地図がカラーで掲載されています。興味のある方はググってくだされ~。どっちも面白いし、「大日本国地震之図」は目で見て超カッコいい代物。真ん中に地図らしきものがあり、その周りを龍がグルっと囲み、自分の尻尾を自分で咥えているのです。「金沢文庫〈日本図〉」は地図の半分だけ残されていて、西国の国々の地名が記されておりその周りを何やら細長い鱗のあるものがグルっと這っています。龍の胴体で、きっと失われた東国の地図の報に頭と尻尾があり、パクっと咥えていると想像できます。

龍と国土と天災と蒙古

本書は、日本の国土をグルっと取り囲む龍の図を読み解いてゆくことで、日本が『龍の棲む日本』であることを確認してゆきます。龍とは龍穴を通じて地下で繋がっており、国土を守る一方で、地震や天変地異を引き起こす存在でもあります。

蒙古襲来時「悪風」を吹かせたのは龍の姿になって現れた諏訪大明神だったという。日本の危機を救った龍。龍の棲む「龍穴」は国内にたくさんあり、「龍」のつく地名も多い。

龍という概念が見えるかも

龍とか龍穴、地脈なんて言葉を聞いたことがありますが、『龍の棲む日本』を読んで、「龍」と呼ばれる〈なにか〉の存在がおぼろげながら感じられた気がします。なにか、とてつもなく大きな〈力〉がうごめいている。しかし目には見えない、認識できない、ってところでしょうか。

あさよる的には、一年以上かけて荒俣宏さんの『帝都物語』を読んでいたので、嬉しい内容でした。『帝都物語』は東京の街は平将門の怨念を封印するために設計された街であり、封印を解いて東京を破壊しようとする加藤が、封印を解き龍神を目覚めさせようと画策するスリリングでバトルありのファンタジー。まだ最終巻に到達していませんが、なかなか面白いのでオススメ。

帝都物語 第壱番 (角川文庫)[Kindle版]

帝都物語 第壱番 (角川文庫)[Kindle版]

  • 作者:荒俣 宏
  • 出版社:KADOKAWA / 角川書店
  • 発売日: 2012-10-01

もし、東洋版「マインクラフト」があったら……

『龍の棲む日本』を読んで和製「マインクラフト」を想像してみました。「マインクラフト」とは日本では「マイクラ」と略されて呼ばれるゲームで、世界のあらゆる構成物が立方体のブロックでできており、それらを採掘したり破壊したり燃やしたり組み立てたりして自然を開拓してゆくゲームです。

常々、世界観が西洋的だなぁと思っていたのですが、もし東洋版「マインクラフト」があったら、地面を掘っていたら龍穴が開いていて気脈が通っていたり、なにがのブロックに触れると全く違う場所で水が溢れたり、順番に杭を打っていくと大地が動いたりとか、そんなことが起こるのでしょうかw

オリジナル「マインクラフト」では、どうやら災害が起こらないみたいで、どんな建築をしても大丈夫。宙に浮いていてもOKだったりするので現実味がありませんが、災害の多い場所に住んでいる身からすると「積みあげたものが崩壊しない」という世界観は、異質に思えます。

こんな「もしも」の話を空想するにも『龍の棲む日本』は面白かったです。

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『イラストで学ぶスタディスキル図鑑:自ら学習する力をつける』|勉強のやり方には種類がある!

『スタディスキル図鑑』イラスト

こんにちは。やる気が枯渇している あさよるです。夏の入り口くらいからずーっとローテンションのままで、なんか体がギコチナい感じ。やる気を出したくて、自己啓発系の本や、勉強・学習系の本に手が伸びます。

本書『スタディスキル図鑑』は図書館で手にし、パラパラッと見るにカラフルでギュッギュっと中身が詰まっていそうで気になりました。結果、やる気を出すためにも一役買う本だったのです。自分の学習方法も振り返り、もう少し計画的に取り組んだ方が、自分のヤル気にも繋がるのかも。

〈勉強のやり方〉大図鑑

本書『イラストで学ぶスタディスキル図鑑』は勉強・学習の取り組み方が図鑑のように個別に紹介されています。と言っても、1項目につき2ページ以上にわたってカラフルなイラスト付きで紹介されているので、かなりボリューミー!

やらされる勉強ではなく、自習をしたり能動的に勉強を始めるとき、本書は学習の役に立つでしょう~^^

学習方法にも種類がある!

本書は全8章に分けられています。

  • どのように学ぶのか

まず第一章目は、学習にまつわる脳の使い方や効率的な学習方法。学習支援を受ける方法など、自分の意識や考え方を知ります。

  • 準備と目標設定

この章では、勉強部屋や学習スペースの確保、学習環境の整備、時間管理に触れ、学習に前向きな気持ちで取り組むにはどうすればよいかを考えます。

p.12

  • 情報を集めて利用する

情報を集めて評価する方法、ノートのとり方、クリティカル・シンキング、議論の組み立て方、学習状況のチェック、疑問の明確化といったテーマを取り上げます。

p.12

  • ネットで学ぶ

IT機器やソフトウエア、ストレージの活用法を検証します。さらにネット上の情報からノートをとる方法や、オンラインの学習コースを紹介するとともに、盗用を避ける方法を教えます。

p.12

  • 試験勉強のテクニック

試験勉強の計画、アクティブ・ラーニングの活用戦略、そしてマインドマップや記憶術など記憶のためのテクニックを紹介します。セルフアセスメント(自己評価)にも触れます。

p.12

  • 試験本番でのテクニック

記述、口述などさまざまな形式の試験に、どのように対処すればよいか学びます。回答の練り方や試験当日に役立つちょっとしたヒントも紹介します。

p.12

  • ストレスに対処する

リラクゼーションのテクニックをはじめとする、ストレスへの対処方法の概要を紹介します。学習とそれ以外の活動に、バランスよく取り組むにはどうすればよいかも考えます。

p.12

  • 参考資料

最終章は参考資料と称し、各章のまとめと、各章の資料がまとめられています。図解やチャート、表もまとめられており、読了後はこの参考資料の章が活躍しそうです。

勉強方法にも種類がある

本書を読んでよくわかるのが、学習にも種類があり、段階があり、必要な時に必要な学習をすることが、成果を上げるコツである、ということ。

自分の目的をハッキリと自覚したり、休息を上手にとることも必要ですし、なんと言っても枯れぬ〈好奇心〉を持ち続けることも理想です。その状態をどうやって生み出すか? 感覚的なものではなく、意外と自分自身の生活の管理だったりするのかもしれません。

本書は中学生くらいなら読みこなすことも可能でしょう。勉強のやり方には種類があるんだぞ、自分でそれを選ぶんだぞって意識を持つって大事ですね。

ネットを使った学習に対応!

本書はネットを使った学習も網羅されているのも嬉しいところです。現にネットで情報収集し、学習効率を上げている方はいざしらず、多くの方にとってはまだまだ「新しいツール」でもあるのかなと思います。お子さんの学習の参考にしたい親世代の方も、一読あれ。

もちろん、各世代自分の学習にも役立ちます。データの管理やセキュリティ対策、パクリにならない適切な引用、MOOC等のオンライン学習などなど。

試験やレポート提出が待っているなら

本書は、学習習慣が身についているのに結果が出ないとか、これから何か資格試験や知識を入れないといけないなど、切羽詰まった状況の方も、まずは〈勉強の仕方〉を俯瞰しておいてソンはないでしょう。そういう意味では、10代の若い人だけでなく、どの世代の人でも汎用的に使える本です。

どの世代にも当てはまるというのは、逆に言うと「どの世代がど真ん中なのかワカラン~」というのが正直なところ。たぶん、お子さんの学習を支援している保護者が読む感じなのかしら。中学生でも読めると思いますが、雰囲気的に大人向けのように思います。親御さんが子供のために本書を読んでいるうちに、親御さんの好奇心が刺激されて学びに繋がっていくような、そんな狙いもある気がする……。

ともあれ、本書は結構、パラパラ見てるだけでもモチベーション上がる系の、目にも楽しく網羅的なので、「頑張ろう」って気になるだけでもイェーイ!v( ̄Д ̄)v

『スタディスキル図鑑』イラスト

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『犬たちの明治維新 ポチの誕生』|犬もハイカラに文明開化をしていた

犬たちの明治維新感想-ポチ

こんにちは。昨日は『イノベーターたちの日本史』という近代日本を牽引したリーダーたちの本を読みました。そこから、明治ってどんな時代だったんだろう?とまたもや書棚を漁っていると、目を引くタイトルが。その名も『犬たちの明治維新』……これは、気になりすぎるでしょう!

あさよるは一応、幕末・明治維新ファンを名乗るときが時たまあるのですが、犬の明治維新を扱っている書物は見たことなかった!本書を読むと、例えば江戸へ向かう坂本龍馬の脇を犬がワンワン吠え続けていたのかなんて考えると、なんかイメージ変わるぅ!

『イノベーターたちの日本史』|近代の日本をイノベーションしたサムライたち

イノベーターたちの日本史

イノベーターたちの日本史

  • 作者:米倉 誠一郎
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 発売日: 2017-04-28

激動の時代の犬たち

『犬たちの明治維新』では、タイトル通り明治維新という時代の転換期に、犬がどのように扱われてきたのかを紹介します。歴史とは人の営みに注目することが多いですが、人と共に生きた犬たちを通して、近世から近代への移り変わりを見てゆきます。

欧米人が見た日本の犬

日本に開国を迫ったペリーは、日本からの献上品の中に犬があり、アメリカに日本の犬を連れ帰ろうとします。残念ながらこの犬たちは旅路の途中で死んでしまったようですが、ペリーの日記にも残されています。日本側の資料では、いつ犬を渡したのか記録が残っておらず、なんで犬がペリーの船に乗り込んだのか分かりませんが、日米の送り物として扱われているんですね。

その後、外国へ渡った犬たちもいます。彼らは先々で愛されたようです。ちなみに日本の犬とは狆(チン)。白黒の小さい犬のチンです。

後に日本に上陸した外国人たちは、日本の犬に悩まされ続けます。犬たちはテリトリーに入ってきた見知らぬ人物を見て吠え続けるのです。犬たちの執拗な追跡から逃れると、また次のテリトリーの犬たちがやってきます。村から離れホッと一息入れようとすると、草陰から野犬たちが……。そして、江戸の街は夕方になると犬たちの遠吠えが響き渡り、外国人たちには異様に映ったようです。また、日本の犬たちは人を怖がらず、石を投げようとしても逃げません。欧米の犬とは違った様子に、犬の習性ではなく人の振る舞いが犬の性格を決めていたようです。

ちなみに、欧米の犬は人の顔をペロペロ舐めますが、日本の犬は舐めなかった。当時の日本人は顔をなめくる犬が珍しかったよう。

里犬たち

現在のような飼い犬は欧米式で、かつては「里犬」「町犬」という犬がいました。里犬・町犬とは、誰が飼っているわけでもないけれども、村の誰かから餌をもらって村に住んでいる犬。村に村人といっしょに生活をしているのです。里犬の仕事は、見知らぬ人が村へ入ってくると吠えること。そして、子どもたちと遊ぶことです。村の一部として犬がいたんですね。日本に上陸した欧米人たちを悩ませたのはこの里犬です。

そして、里犬ではない野犬は、野生の犬で、自分で狩りをして動物の肉を食べています。

明治維新以前の日本の街、村の様子を語るとき、「里犬」「町犬」の存在が重要ですね。村の一部として、人の生活に溶け込んでいた存在です。

飼い犬になった犬たち

明治になると、里犬も野犬もいなくなります。首輪に名前を書いている犬以外はみんな殺処分になったからです。誰かの飼い犬だった犬と、可哀想だからと誰かが名前を付けた里犬以外は、いなくなります。その理由は、狂犬病の対策でもありますが、文明開化で欧米式の生活を明治政府が導入したからです。人々の生活が変わってゆく中で、犬の運命も変わりました。

そしてこのとき犬に名前がつきました。それまでの犬は、アカとかクロとかシロとか、毛の色で呼ばれて区別されていたようですが、個別の名前を付けられたのです。名付けされることで〈村の一部〉だった犬は、〈人の所有物の犬〉となりました。

ポチとはハイカラな名前ナリ

さて、犬の名前といえば「ポチ」です。さてさて、「ポチ」の語源とは?

明治時代、犬の名前といえば「ポチ」か「カメ」だったそうです。「カメ」は、アメリカ人が犬を呼ぶ時「come here!」と呼ぶことから「アメリカの犬はカメと言うのか」ってな具合ですねw

じゃあ「ポチ」は?こちらは諸説あるようで、引用します。

「英語のスポッティ説」「英語のプーチ説」「フランス語のプチ説」「日本語のぶち説」「ぽち袋(祝儀袋)のぽち説」「ポチポチでんなあ、のぽち説」「小さい点を意味するぽち説」「点々を意味するぽち説」といろいろあって、「チェコ語でも犬をポチといいますよ」とか「ポチって猫の名前じゃないの?」とかいう意見もある。それぞれの見解がそれなりに興味深い。
日本語の辞典としては最も詳しい小学館『日本国語大辞典』第一版(一九七五年)はポチの語源についてまったく触れていないが、第二版(二〇〇一年)で次のように書いている。

(イ)英語でspotty(ぶち犬の意)(ロ)米語でpooch(俗語、犬の意)(ハ)フランス語でpetit(小さい意)からと諸説ある。

p.299-300

著者・仁科邦男さんは「patch説」を提唱する。パッチワークのパッチです。

三省堂『和英大事典』(明治二十九年、メール新聞主筆ブリンクリーほか編)でやっとそれらしい「パッチ」が見つかった。これはヘボンの『和英語林集成』以降も、最大の和英辞書で「我邦古今の語を網羅し、これを英訳を下したるもの」と諸言に述べられている。

Buchi ぶち、斑 異なった色の斑点がある(with patches of different colour)。まだら。色を違える。白黒まだら。Buchi neko斑猫。

三省堂『新訳和英辞典』(明治四十二年、井上十吉編)では、さらに簡単明瞭になる。

Buchi (斑) Patches

p.309

著者は、ポチの語源は「ぶち」を意味する英語「パッチ」に間違いないと断言しておられるが、いかがでしょうか。みなさんも一緒に悩んでみませんかw 著者も述べているように、ポチの語源説はどれもそれっぽいのですが、決め手がない。そういう意味では、「パッチ」と「ポチ」は似ている……か?

そう言われて英語音声を聞くと、「ポチ」と聞こえる気もするw

「ポチ」というのは非常に和風な響きかと思いましたが、語源に英語やフランス語、チェコ語説まであって、ハイカラな名前だったんだなぁと感心しました。

今の犬とは違う犬たち

犬たちの明治維新感想-ポチ

明治維新の頃の犬たちの様子を知ると、現在身近にいるペットの犬とは全然違うことに驚きます。人をペロペロ舐めるというのも欧米からもたらされた犬の習慣(?)だということですし、なにやら犬の素振りが違います。日本の里犬たちはペットではなく、街や村の中の構成要因として生きていた印象でした。人の生活を彩るもの、愛玩要素はなくって、人と協力して、その土地に溶け込んでいるような。子どもたちと遊ぶのが仕事だというのも、すごい。犬が子育ての一端を担っているなんて。

そして、アカやクロやシロやクマや、いわゆる雑種の犬って、昔よくいましたが、今もう見かけないですよね?彼らはどこへ行ったんだろう。紹介したように、明治になって飼い犬以外がみんな殺処分になり、日本の犬は激減し、生き残ったのはごく一部。その生き残りの犬たちも、いなくなっているんだろうか。

日本人の生活が欧米化したことで、犬の性格、性質、働きまで変貌してゆく様子は、まさに人と共に生きるパートナーなんだなぁと感じます。

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『イノベーターたちの日本史』|近代の日本をイノベーションしたサムライたち

こんにちは。幕末~近代史が好きな あさよるです。本書『イノベーターたちの日本史』はたまたま日本史・近代史の棚で見つけまして、次の瞬間手に取っていました。当初あさよるの予想では、戦後の本田宗一郎や松下幸之助やの伝記なのかと思って読み始めたのですが、内容が全く違って、面白い!近代の日本を動かした人々でありながら、あまり知られていないであろう人物が次々と紹介されています。昔も今も、スゴい人がいるもんだ!

日本史のイノベーターたち

本書『イノベーターたちの日本史』は、日本の近代に活躍したイノベーターたちを紹介します。本書で触れられるのは高島秋帆、大隈重信、笠井順八、三野村利左衛門、岩崎弥太郎、益田孝、高峰譲吉、大河内正敏など。知っている名前の方も、初めてお目にかかる方もいます。なかなか日本史の教科書には登場しない面々も、とんでもなく凄い人!

日本にも歴史の中にイノベーターはたくさんいるし、リーダシップを持った人もたくさんいました。「日本人はイノベーションを起こせない」「日本人にはリーダシップがない」というのは誤りであることがわかります。同時に、アヘン戦争の頃から新興財閥が成立するまでの激動の時代に生きたイノベーターたちの話が扱われており、激動のどうなるのかわからない時代だからこそ、優秀な人たちが群がり出てきたのかなぁとも思います。

アヘン戦争から新興財閥の成立まで

知られていない歴史的人物たち

先にも触れましたが、本書に登場する人たちはアヘン戦争から新興財閥成立の頃までのイノベーターたち。

高島秋帆は幕末の砲術家で、開国後、海防の重要性を説きました。膨大な西洋知識や物品を各藩に転売、コピーを販売するなどで利益を上げ、その利益でさらに新しい武器や洋書を輸入し、事業を拡大させた、企業家的な側面を持った人物です。大隈重信は貧しい士族階級に生まれ、蘭学・英学を学びます。ついに大隈は新政府の中枢に抜擢され、キリスト教をめぐる外交折衝を処理したことで、外務官僚へと姿を変え、更に外交から財政問題に着手しました。笠井順八は、小野田セメントという日本で初めての民間セメント企業を山口県に設立しました。当時のベンチャーだったセメント製造企業のリスク分散のため、株式会社形態を採用しました。デフレに見舞われながらも、小野田セメントは残ります。三井財閥を動かした三野村利左衛門、益田孝、三菱を創設した岩崎弥太郎、世界的科学者、起業家である高峰譲吉、大河内正敏は華族出身で理研の所長に就任し、理研の財政基盤の確立しようと、自由な研究ができる環境づくりをする。

登場する人々は近代のすばらしいイノベーターでありながら、あまり名前の知られていない人物が多く、多くの人にとって興味深い内容ではないでしょうか。

感想のようなもの

あさよるは、自称「幕末・明治維新ファン」だと名乗ることがあるのですが(たまにね)、存じ上げない方々が多く不勉強を恥じ入りました。あさよるが知っていたのは、岩崎弥太郎、益田孝、大隈重信くらいかな?

本書は偉大なイノベーターたちの経歴や仕事を丁寧に追ってゆき、日本が近代化されてゆく様子は、読んでいて非常にワクワクする。こんな大きな転換期に生まれた人たちもいたんだなぁなんて。同様に、現在とは社会が違いますから、同じことはなかなか起こらないのかなぁと、平穏であることを喜びつつ、非凡な存在に少しだけ憧れてみたり。

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『通信制高校のすべて』|20人に1人は通信制!多様な教育を知ってますか?

こんにちは。試験勉強にうんざりしている あさよるです。今回は無理かもしれない……。あさよるは高卒です。一度大学を退学して、現在も大学生です。大学生なので試験に憂鬱なのですが……。

あさよるが高校を卒業したのは、もう15年以上前の話でして、今の10代の人ってどんな感じなのかサッパリ知りません。「若い人の世代がわからないってヤバくない!?」と内心焦っていて、たまたま『通信制高校のすべて』という、高校について書かれている本を見つけ、読んでみようと手に取りました。

高校生の20人にひとりは通信制高校性

本書『通信制高校のすべて』の帯には「高校生の20人にひとりは通信高校生」とあります。この数の多さに驚きました。そして、こんなにたくさんの人が通信制高校を卒業するのに、社会の中であまり通信制高校が認知されていない気もしました。かつて高校といえば、全日制と定時制が代表でした。しかし、定時制高校進学者が減り、現在では通信制高校で学ぶ人が増えています。

通信制高校の特徴は、入学者数より、卒業者数の方が上回ることです。途中で、なんらかの理由で全日制高校から通信制へ転校してくる人が多いのです。なんらかの理由とは、経済的困難や、いじめ、勉強についていけなくなったり、高校へ通う気力がなくなったり、理由はさまざまです。

通信制高校は、全日制高校へ通えない人の受け皿としての役割もあります。不登校や、いじめ等の理由で全日制高校へ進めない人もいますし、高校を留年したり、中退した人が再度学ぶ場にもなっています。また、フリースクールや、病院と提携していたり、日本語学校で日本語での学習を指導しながら高校卒業を目指す学校等、「通信制高校」はバリエーションが多用です。もちろん、進学校もあり、有名大学へ入学する生徒もいます。

通信制高校に毎日登校したり、週一回登校する人や、その人に合わせた学び方ができるのが、全日制高校と違います。

通信制高校ってなんだ?

通信制高校について「サポート校」「サテライト」という言葉をご存知でしょうか?あさよるは聞いたことがあったけれども、どういう意味なのか知りませんでした。

明確に区分されているものかと思っていましたが、実際にはゆるやかな区分のようです。通信制高校の多様なニーズに対応するためには、あまりガチガチに制度で決められるよりも、こっちの方がよさそうです。

サポート校って?

サポート校とは、通信制高校に在籍する生徒に対して、三年間での卒業及びその後の進路実現を達成させるため、校舎・施設への日々の「登校」を伴いながら、学習支援及び卒業後の進路支援を行う教育施設のことです。サポート校には設置許可に関する法的基準がないため、設置水準は各校舎によって異なります。フリースクールやフリースペース、学習塾に併設されるケースもあり、その設置形態は多様化しています。

サポート校の概念が難しかったのですが(;’∀’)、高校の単位認定や卒業を証明する学校(通信制高校)と、学業を支援(登校支援、学習支援、進路支援)するための施設があり、後者が「サポート校」と呼ばれています。サポート校には法的な決まりがないので、さまざまな施設がサポート校をしています。芸能活動を目指したり、美容系の勉強ができたり、イラストやトリマーの専門的な勉強ができたり、留学を支援したりと、いろんなサポート校があるようです。

生徒たちは、サポート校に出席しますから、帰属意識はサポート校に生まれるようです。

サテライト施設って?

「サテライト施設」という言葉もあります。こちらは、「協力校」「技能教育施設」「サポート校」「学習センター」等の総称のようです。

協力校は、本校に出席できない生徒が、スクーリングや試験を受けに行く施設のこと。都道府県が認定した技能教育施設で学ぶと、そこで学んだ専門科目の単位が認められます。サポート校は高校卒業するまでの学業や生活の支援をする塾のようなところ。学習センターという呼称が多くの人に馴染みがあるでしょう。通信制高校が各地に設置した施設で、レポート作成等を支援する施設が「学習センター」と呼ばれることが多いです。

「教育」とはなんだ

通信制高校のしくみや歴史に触れると、社会が考える「教育」とはなんだろうと疑問に思います。例えば、昔は先生と生徒が対面で教えないと、先生の姿勢が伝わらないと考えられていて、通信で学ぶことは無理だとされていた時代もあるようです。現在はインターネットが普及し、社会の形が様変わりしています。「対面じゃないと伝わらない」という考えは、どんどん薄まっているのかなぁと思いました。

一方で、通信制高校は「卒業が大変だ」「孤独だから大変だ」などなど、「入学は誰でもできるが卒業は難しい」というイメージがつきまといます。あさよるも、そういうイメージで考えていました。しかし、通信制高校を卒業する生徒は高校生の20人にひとりもいて、しかも多様で個々人のニーズに応える学校なのだと知ると、かなりイメージが変わりました。また、一度社会人になってから高校卒業を目指すにも、多様性は良い事だと感じました。

画一化した教育だけでなく、一人一人に必要な学習ができるというのは、新しい時代の教育なのかなぁと思います。

通信制高校にも、もちろん今後の課題もあります。まず、本書『通信制高校のすべて』では、ある通信制高校の不正事件が何度も取り上げられていました。元々、多くの人が通信制高校について知らないところへ、不正事件が起こってはネガティブな印象を持たれてしまいます。

実際に、通信制高校やサポート校など、多様であるが故に、教育の質にはムラがある印象でした。

独学と、通信教育

また、学習の多様性があるのは良い事だし、どんな立場の人でも高等教育を受けられる可能性があるのは素晴らしいことです。ただ、あさよるは「こんなにたくさん学校がある中で、どうやって自分の学校を選べばいいの!?」なんて思いました(苦笑)。生徒によっては、勉強ができる人もいるだろうし、得意なことがある人もいるだろうし、上手いことフィットする学校を、どうやってマッチングするんだろう?

一方で、やっぱ誰でも高等学校の教育が受けられるってすごい!勉強って、独学でもできるじゃないかと言う人もいますが、やはり「教育を受ける」ってすごく効率がいいし、独学だとニュアンスがつかめないこともあります。あさよるは自分が高校を卒業しちゃったら、現在の高校事情なんて全然知りませんでしたから、知らないことが多かったです。

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『ネットで学ぶ世界の大学 MOOC入門』|大学レベルの講義が無料で受けられる

こんにちは。ピリピリしているあさよるです。あさよるは実は大学生もやっているのですが、そう、この時期ナーバスになるんです。そう、試験です。盛大に夏バテにバテている今夏。ムリな気がする。というかムリ……_( _ヽ´ω`)_

そういう事情もあり、現実逃避で「ああ!別のこと勉強したいのに~!」とイライラするという、よくわからんスパイラルにハマっています。

さて、どの勉強をしようかと、インターネットを使ったオープンエデュケーション「MOOC」に手を出そうとしはじめました。「その前に試験勉強しろよ」と自分でツッコんでおく。

いつでも、どこでも、誰でも、勉強できる!

まず、MOOCとは。

 MOOC(ムーク)とはMassive(ly) Open Online Course の略で、日本語に略すと「大規模公開オンライン講座」となります。誰でも受けることができるオンライン講座のことで、数万人を超える人が同時に学ぶことも可能です。
(中略)
MOOCの誕生の背景に、インターネット上で教材や教育環境をオープンにする活動「オープンエデュケーション」があります。オープンエデュケーションとは、教育をあらゆる人たちに対して「オープン」にする活動のことです。社会に広くオープンエデュケーションが普及することで、教育を受けるための様々な障壁が取り払われて、より多くの人々が教育の機会を持つようになることが期待されています。

p.14

インターネット上にて、世界規模で開かれた教育の機会を提供しています。多くは無料で提供され、大学レベルの教育が受けられます。大学に入学しなくても大学が今どんなことを教えているか知ることができます。

年齢制限も特にないようで、社会人はもちろん、中高生だって、小学生だって、参加することができます。

日本では教育の機会が比較的ありますが、国によってはそうではありません。MOOCは、誰もが望むならレベルの高い授業を世界中で受けられる機会を提供することは、とてもすごい取り組みだと思います。

多くは英語で授業がなされていますから、語学力があるほど壁は少ないと言えます。が、日本の大学も多数参加しており、日本版のMOOCも存在します。

JMOOCの受講案内ページではこのような説明があります。

gacco、OpenLearning, Japan、OUJ MOOC、FisdomはJMOOC公認の配信プラットフォームです。
JMOOCは複数の講座配信プラットフォームをまとめるポータルサイトの役割を果たしています。

JMOOC JMOOC受講案内

それぞれ日本の企業や大学がプラットホームを作っており、JMOOCがそれをまとめるポータルサイトになっている……という説明で合っているでしょうか……(;’∀’)>

MOOCでは、ただ授業を登録して、授業を動画で見て終わりではなく、途中で課題を提出したりテストを受ける必要があります。一方通行な授業ではないんですね。

実際に「続ける」方法は別の話……

さて、MOOCのすごいところを紹介しましたが、どうやらこれを「続ける」というのがなかなか難しいようです。最後まで続けるために、課題が出されることで能動的に取り組むよう準備されていますが、多忙な日々の中課題をこなすのも大変です。

実際に「学んだ」先輩日本人の話

本書『MOOC入門』では、実際にMOOCを利用し、必要な知識を得た人たちが紹介されています。みなさん英語で履修し語学に苦労した話や、忙しい日々の中取り組んだと語っておられます。

大変な中やり抜いた人の話を聞くと、「自分もやればできるのかも?」とちょっと勇気が出ますね。

また、失業中にMOOCで学び再就職に繋がった方や、現職のスキルアップ目的で利用する人が多いそうです。

「まず始めちゃう」のがいいかも!?

MOOCで提供される授業のジャンルは多数。プログラミングやWEB系の授業が、ネットを使った教育形態と合致して多い印象ですが、医療・薬学・数学・統計・ビジネス・人文・芸術・工学と、ほんとに様々。大学と変わりませんね。

また、ネットを使った教育目的のサービスは複数あります。有名どころだとこのあたりでしょうか(あさよるも三つとも利用経験あり)。

インターネットを使って教育が受けられる。その多くは無料や安価である場合も多く、学習意欲の高い人にとって今の社会はとっても恵まれた状態ではないでしょうか。

あさよるも、10代の頃経済的に進学が難しかったこともあり、若い世代に教育のチャンスが増えることはとても大事なことだと思います。そして、大人になったあさよるにとっても、勉強はやっぱ大事でして……。人間は生きている間ずっと学び続けるものでしょうが、独学や通学以外の選択肢って、すごいよね。しみじみ。

しかし、一人で学び続けることの大変さもあったりします。あさよるもドットインストールでWEBの授業受けてたのに、長いこと止まってるな~。

本書『MOOC入門』読了後、何かが始まるようなワクワクした気持ちでいっぱいでした。なんかやろう!

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『ドラえもんの国語おもしろ攻略 読書感想文が書ける』|これで名人!

読書感想文、これって得意な人いるの??あさよるも毎日読書感想ブログを書いているくせに、幼い頃から苦手だった読書感想文。いや、今だって「どうやって書くのか」と聞かれると困ります。ブログはあくまでほら、趣味で書きたいように書いてるだけだし…(;´・ω・)>

『ドラえもんの国語面白攻略 読書感想文が書ける』は小学生向けの読書感想文の指南書です。ページの半分くらいはマンガで構成されていて、読み物として楽しい!

のび太くんと一緒に読書感想文を書こう!

どうしよう!読書感想文を書かないと!

コンクールに出す読書感想文を宿題に出されたのび太くん。いつものようにドラえもんに泣きついて虎の巻を手に入れるも、タイムリミットはすぐそこ!そこへ家へ訪ねてきた〈のび朗おじさん〉に、感想文の書き方を相談します。のび朗おじさんは「自由に書くように」と教えてくれました。

それでも宿題が難航しているのび太くんに、物語の中のシャーロックホームズと直接話ができるひみつ道具を貸し出すドラえもん。ホームズから感想文を書く三つの柱を教わりました。さらに、マンガ家のフニャコフニャ夫先生に、人の心をつかむ方法を伝授されました。次はのび太くんが桃太郎に扮し、物語の世界に入り込み、実際にキャラクターに聞き込みをしてみたり、未来の道具で出木杉君にのび太くんの分の読書感想文を書いてもらおうと画策します。最後はやっぱり作戦失敗ですが、出木杉くんが読書感想文のコツをレクチャーしてくれました。そして最後は、タイムマシンで夏目漱石に会いに行こう!

ドラえもんの未来の道具を駆使し、あの手この手で〈読書感想文〉にアプローチします。それは〈本の読みかた〉〈考えかた〉〈自分の気持ちを発見する方法〉を手に入れる物語なのです。

物語のマンガ半分、感想文の書き方半分

本の構成は、マンガと文章が交互に挟まれています。ストーリ部分はマンガ、先生たちが教えてくれる〈読書感想文の書きかた〉についてはテキストです。イラストも散りばめられていて、楽しい雰囲気。マンガもお馴染みのキャラクターたちが登場しますから、とっつきやすいものです。のび太くんは粘り強くがんばり屋さんで、ジャイアンたちもそれを褒めてくれます。そして最後はのび太くんも読書感想文のコンクールで見事優勝!ハッピーエンドが待っています。

一辺倒な〈書き方〉だけじゃない

読書感想文の書き方を紹介する本て、いくつかタイプがありますよね。本書は、読書感想文へのアプローチの方法を多数紹介するものです。あの手この手と「読書感想文の書き方は一つじゃないんだよ」と子どもたちに語りかけるようです。それは冒頭で「読書感想文は自由に書くものだ」と宣言したのですから、「だけど自分勝手に書いていいわけじゃない」「人に伝わるように」「あなたの切り口で」と、じっくりと語りかけているのです。

読書感想文の切り口について、かなりたくさん紹介されています。ですから、もしかしたら選択肢が多すぎて混乱する子どもさんもいるかもしれません。適度に大人がサポートしながら使いこなしてゆくと良いと思います。

読書感想文はこう書く!

まず本を選ぶ。どうやって?好きなものでいいよ。だけど……本を読むのが大っきらいだったら、どうすればいい?それは、読んでみて、面白くなかったら途中でやめちゃっていい。「本は最後まで読まなないといけない」って思わなくていいんだ。最後まで自分の気に入ったものが見つかるまで、いろいろ読んでみよう。

正しい感想文の書き方が知りたい!という人は、まず「正しい読書感想文」って考え方をやめましょう。千差万別、みんな違った感想文を書いていいんです。良い子ぶったこと書かなくてもいいし、感動しなかったならその通り書けばいい。批判したり、これは違うって思ったならそう書けばいい。

どうしても書くことが見つからない!って人へのアドバイスもありました。

1 もう一度、本を読み直す。
2 目をつむって考える。
3 気分てんかんをする。
4 登場人物について考える。
5 とにかく何か書きだす。

p.40

それでもどう書いていいかわからない!ってときのコツを、「術」として楽しく教えます。

絶体絶命のピンチ! どうしても書くことが見つからない!

①「いいとこさがし」の術
②「へんなとこさがし」の術
③「なるほどさがし」の術
④「面白いとこさがし」の術
⑤「気になるとこさがし」の術
⑥「にたとこさがし」の術
⑦「きにいらないとこさがし」の術

p.41

そして、本を読んでも感動できないって人へのメッセージは、あさよるも支持します。

本を読んでも感動できないという人は
「こんな話で感動するほど、ぼくは単純じゃない」って書いたらいいんだよ。

p.42

感想文を書くときは、三つの柱を意識しましょう。

1 どんな本だった?
2 何について書かれていた?
3 読んでどう思った?

これを、順番に書くだけで、基本は読書感想文が完成します。大人も覚えておきたいコツですね。

理論や作戦、術を駆使せよ!

本書『読書感想文が書ける』の面白いところは、文章を書くテクニックを「○○理論」とか「△△作戦」「※※の術」と子どもでも楽しめる、親しみやすい名前で紹介されていること。これは、読書感想文が行き詰っちゃたときや、前回とは違った方法で書きたいなってときに使えます。使いこなせるようになれば、本のテイストに合わせてテクニックも変えていけると絶対楽しいですね。

組み立て理論

1 本との出会いを書く。具体的なエピソードを入れる。
2 ざっと読んだ感想をひとことで印象的に書く。
3 本のテーマについて書く。
4 そのテーマだと思った理由を書く。
5 大づかみしたストーリーや大切だと思うことを、文中から引き出して書く。
6 ストーリーや大切だと思うことについての、きみの意見を書く。
7 「もしも」の文を書く。
8 「もしも」の文の理由、きみの意見のモトを書く。
9 「だから」の文で、意見をまとめる。
10 感じたことをつけ加えて書く。
11 最後のまとめを書く。

p.79-80

こちら、フニャコフニャ夫先生から教わったもの。この構成のまま、中身を当てはめれば一つ読書感想文が完成しますね。本書ではもっとスラスラ感想文を書くための作戦も紹介されています。日頃から使えそうです。

読書感想文が難しいのは、書き出し。どんな風に感想文が始まるといいだろう?これは個人の美意識が働く部分でもあろうから、ぜひ吟味されたし。しかし、書き出しパターンを羅列されているのは役立つ~(当ブログでも参考にさせていただきますw)。

書き出しが決まれば、感想文もキマる!

1 「出会いがから入る」の術
2 「もしも」の術
3 「場面ぬき書き」の術
4 「体験から入る」の術
5 「感想ワード」の術
6 「お手紙」の術
7 「きっと・たぶん」の術
8 「やはり」の術
9 「セリフぬきし」の術
10 「ヤマ場から入る」の術
11 「反省から入る」の術
12 「ほらね!」の術
13 「コピーライター」の術
14 「べたぼめ」の術
15 「なりきり」の術
16 「まわりからせめる」の術
17 「基本にちゅうじつ」の術
18 「だれかの意見と対決」の術
19 「正直にぼやく」の術

p.104-109

書き出しはよくても、テーマが不明瞭だと読んでいる方もツライ。ぜがひでも何かしらかの「言いたいこと」や「考えたいこと」を設定しておきたい。そのためのテーマの見つけ方。子どもがここまでやれば大したものじゃないっすか?あさよるは「テーマ」なんて概念も持ってなかった子ども時代だった気がする……。

忘れちゃいけない、大事なテーマ探し。

1 「主人公のセリフに注目」の術
2 「主語に注目」の術
3 「本の説明に注目」の術
4 「キーワードをさがせ」の術
5 「登場人物に注目」の術
6 「結末に注目」の術
7 「なぜ? どうして? で押しとおす」の術
8 「マイテーマがあればOK」の術
9 「作者の気持ちを感じよう」の術
10 「感動がテーマだ」の術
11 「要約力でせまれ」の術

p.110-114

他にもたくさん、読書感想文の必殺技が紹介されています!これだけ種類を使いこなせれば……手練の読書感想文名人になること間違いなし!

  • 意見おし出し方程
  • 感想が中心方式
  • 問題発見方程式
  • 自分にこだわる方程式
  • 反対意見方程式
  • 「な・た・も・だ」作戦
  • 「5つの感想」作戦

そして、読書感想文の考え方も、まずは大人が知っておきたいなと思います。

  • 材料は多いほどいい
  • ストーリーを変えてみよう!
  • テーマはとちゅうでかわっていい
  • 書き手の立場で読む
  • 場面を読む
  • 批判しよう
  • 本は「置きかえられたもの」と考えよう。
  • 感想文は意見力だ!

いつかはオリジナルを

そしてそして、やっぱりいつかは〈自分のオリジナルの方程式〉を見つけましょう。その時に気配りする点は以下3つ。

1 相手に意味がきちんと伝わること。
2 書くべき要素(三つの柱)をちゃんと入れること。
3 読み手を納得させられること。

ここまで気配りと熟考をし、文章を書けるなら、人生素晴らしくね!?と羨ましくなりました。文章力って、大人になってももう悲しいくらい必要です……。SNSやLINEも文章だしね……。

健闘を祈る!

ブログで紹介した読書感想文の書き方に関する本

『読むことは生きること―読書感想文の書き方 中学生向き』を読んだよ

『読書かんそう文のかき方 中学年向き』を読んだよ

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『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』|地味すぎ!長すぎ!日本の大混乱!

こんにちは。とある歴史同好会に所属していた あさよるです。その同好会はかつて活発に活動していたそうですが、あさよるが入会した頃には、会員の高齢化により座学ばかりの会になっていました。講師を招き、延々と推古天皇の時代から南北朝時代くらいまでの歴史を、各時代の天皇を見ながら講義を聞きます。で、南北朝時代が終わると、また推古朝へ戻り、グルグルとひたすら同じ講義を聞き続けるものでした。

これが、面白い。不真面目な会員であるあさよるは、一回聞いてもサッパリわかりません。それを何度も何度も同じ話を聞くことで、少しずつ「あ、その話前にも聞いたなぁ」「その人知ってる」と、記憶に残っている自分に気づくのです……すぐ忘れるけどねてへぺろ(・ω<)

で、少し前から『応仁の乱』が話題なのをご存知でしょうか。あさよるはTwitterでよく話題に上っているのを見ましたし、リアル書店で平済みしているのをみて「……マジか」と驚きました。応仁の乱……さっぱりわからなくないですか?なんで売れるの?歴史クラスタ以外の人まで話題にしてるお!

これ、マジメなやつや!

早速『応仁の乱』を数ページめくり、あさよるは悟った。「これは……マジメなやつやないかー!」てっきり、なんか面白おかしくユーモアたっぷりにややこしい時代を語る切り口の本かと思い込んでいました。だって、なんか〈地味すぎる大乱がなぜかブーム!〉みたいな広告を見たぞ!そういうノリかとオモタ。

しかし、マジメな本ですが、読みやすい文体で、どなたでも読める本じゃないかと思います。

応仁の乱、もちろんご存知ですよね?え?あさよるは……名前は知ってますけど……(;’∀’)>「京都の人が〈前の戦争〉というと応仁の乱のことやから( ー`дー´)キリッ」というネタはたま聞きます。うん。それ以上の知識が全くない応仁の乱!

たぶん、多くの方があさよると同じような感じじゃないかと思います。

人間関係がややこしいし、やたら長引くし、なにより地味だし、年頃の青少年たちがワクワクする感じではないのは確かっすな。

応仁の乱が不人気の理由……

応仁の乱は応仁元年(一四六七)から文明九年(一四七七)まで一一年にわたって繰り広げられた大乱である。室町幕府の八代将軍足利義政には息子がいなかったので、弟の義視を後継者としたが、その直後に義政の妻である日野富子が男児(のちの義尚)を出産したため、富子は我が子を将軍にしようと画策、折しも幕府の実権を握ろうとして争っていた細川勝元と山名宗全の両雄がこの将軍家の御家騒動に介入したために応仁の乱が勃発した……というのが一般的な説明である。しかし、この通説に対しては批判も多く提出されており、応仁の乱の原因として他の要素も指摘されている。
応仁の乱勃発当初は京都のみが戦場であったが、やがて戦乱は地方に波及し。全国各地で合戦が行われた。これだけ大規模で長期にわたる戦乱なのに、大名たちが何のために戦ったのか見えてこないというのは不思議である。劇的で華々しいところがまるでなく、ただただ不条理。これが応仁の乱の難解さ、ひいては不人気につながっているんだろう。

p.ⅱ

応仁の乱が、知名度のわりに中身が知られていない理由。それは〈ただただ不条理〉であること。

なぜ争いが始まったの?

どうして大名たちは戦ったの?

なんでそんなに長引いたの?

ローカルないさかいが、どうして全国に広がったの?

一つ一つの要素が見えてくると、面白そうな話にも思えます。難解であることが〈応仁の乱〉の不人気であるならば、スッキリ分かっちゃえば人気になるの?

答えはNO。だって、これ、むっちゃややこしいんだもん^^

一回読んでも……わかりまへん┐(´д`)┌

最初にも書きました。こういう話は、一回読んだり聞いたくらいじゃサッパリわからないんですよ。何度も何度も繰り返し触れることで、少しずつ慣れてくる。

だってね、一族あげてモメてるとさぁ、みんな名前がよく似てんじゃん~。モメてる場所もさ、ローカルすぎてどこかわからんわ!っていう。あさよるは関西人ですから、少しは位置関係が想像できるんですが、それでもローカルやわ!

戦争の理由も、ハッキリとしない。

どうも、最初は政治的なイザコザで争いが始まったんだけど、誰もこれが大戦になるとは思っていない(予想に反してたった半日で終わっちゃった関ヶ原の戦いとは逆ですな)。すぐ終わるだろうと思ってたのに、終われなくなっちゃった。予想外の長期戦になったから、作戦なんて考えてなかっただろうし、気づけば全国に戦の火が燃え広がり、大名たちも辟易。

応仁の乱が終わった後も、大名たちは京都から国元へ帰っちゃったり、みんなお疲れちゃんです。そして、都に集中していた力が分散し、各地の武将たちが頭角を表し始める。その後の戦国の混乱が始まろうとしているのであった……。

戦国時代を知るには、応仁の乱を抑えておくべきだ!とうのはよくわかりました。しかし……確かに応仁の乱が人気ないのも、わかった(;’∀’) ローカルなわりになぜかスケールがでかくなるし、明確な理由があるというよりは個人的なすれ違いや、タイミングが悪くて泥沼戦争になっちゃった感じね。

うーん。どう解釈すればいいのだろうか。

謎いベストセラー!読んどくべし!

と言いつつ、話題作『応仁の乱』面白かったです。

まず、チンプンカンプンなあさよるでも分かるくらい、読みやすい平易な文体で書かれていたこと。そしてマジメな本なのですが、筆が軽やかで楽し気な雰囲気がどことなく漂っているのも気に入りました。著者の方は、ノリノリで書いたのかな~?なんて思います。

話題本というのは、いろんな意味で読んでおいても損はないと思っておりまして、本書も人におススメしたい本でした。「戦国時代を知るには応仁の乱を」とか「現在日本について語るなら、応仁の乱は押さえとかなきゃ~」みたいなねw

あさよるが、自分に全く知識を持っていないジャンルや内容の本を読むときは、とりあえず分からなくても最後までページをめくって視線で文字列を一通り追います。本の構成やよく登場するワードだけ把握して、二回目以降もひたすら、書いてあることが分かるまでページをめくって文字列を追い続けます。よくわからなくても、何度か読んでるとおぼろげながら「何か」が分かり始める。合間に、他の本を当たったり、調べてみたりね。

本書『応仁の乱』も、数年かけてじっくり読む(`・ω・́)ゝ

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