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『知識ゼロからの脱収納の断捨離術』|収納しない片づけ

『知識ゼロからの脱収納の断捨離術』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。ブログを始めてから、片づけの本を読むようになり、劇的に部屋の中が片づこうとしています。しかし、なにかスッキリしない! 結構、持ち物は絞り込まれているし、掃除もしやすくなったし、QOLも向上しているのですが、「充実した生活」にはまだ及んでいない気がします。

もうちょい、片づけと向き合ってみようと、やましたひでこさんの『知識ゼロからの脱収納の断捨離術』を手に取りました。著者のやましたひでこさんは片づけの「断捨離」という言葉を世に広めた方です。ヨガの考えから着想を得たそうで、「物を捨てる」というネガティブなイメージだった片づけを、「断捨離」という新しい概念に書き換えた方です。

「収納」ではなく「断捨離」

本書『知識ゼロからの脱収納の断捨離入門』は、「断捨離」という思想を広めた やましたひでこさんの著作です。断捨離とは言わずもがなですが、

モノを絞り込んで、空間とのバランスをはかる。
モノを絞り込んで、自分の時間とエネルギーとの調整をはかる。

これが、断捨離の片づけです。
モノを絞り込むということは、選択・決断の連続です。そう、選択・決断なくしては、モノは減ってはいきません。
入り口での【断】。何を取り込み、何を取り込まないかを選択・決断します。
出口での【捨】。何を残し、何を取り除いていくのかを選択・決断します。今、目の前にあるモノの山は、自分の選択・決断の結果であり証拠です。

p.18

断捨離の「断」は新たに入ってくるものの精査、「捨」は何を手元に残し何を手放すかの精査、そして「離」は執着から離れることです。

わたしたしは意識的にも無意識的にも〈何か〉に執着しています。それは過去の思い出だったり、自分のコンプレックスだったりします。「断捨離」とは、今の自分を客観視し、人生の主役の座を「モノ」から「自分」に取り返すことです。もし、家の中がモノに占領され、モノのために生活をしているのなら、自分の人生がモノに乗っ取られていると考えられます。そのモノを補完するために家賃を払い、管理をし、労力を割いているのですから。

「断捨離」は、単にモノを捨てて減らすことではなく、自分に必要なモノを選び取ることです。しかも「断」も「捨」も二重に〈選ぶ・決断〉することです。

スキマは埋めるものでなく、作るもの

「片づけ術」では、ホームセンターや100円均一ショップで収納グッズを買ってきて、家の中の隙間という隙間を有効活用することだと考えていた人は多いはず。あさよるも以前は、デッドスペースを最大限に有効活用する〈収納術〉こそが賢い片づけだと思っていました。

しかし「断捨離」は考えがまるで別です。隙間を埋めるどころか、むしろ隙間を生み出すのが「断捨離」です。家の中にギッシリモノが詰まって、クローゼットの奥、引き出しの中、目の届かないところまでモノで埋め尽くされていても、それらを頭の中で管理できる人はそうそういません。溢れかえる物モノを管理するために、知らず知らずに結構膨大な労力を使っているのです。

断捨離では、手元に置くモノを決断して選び取るので、モノは最小限。部屋の中にも、クローゼットも引き出しの中にもスキマが生まれます。ゆったりとモノを管理できるので、頭の中もスッキリするのです。「モノを飾る」ということまでできるようになると、生活が豊かになってゆく気がしますね。

「捨てられない理由」を捨ててゆく

片づけ・断捨離をするとき、「捨てる」という行為自体への罪悪感や拒絶を感じる人も多いでしょう。本書『知識ゼロからの脱収納の断捨離入門』でも、「捨てる」ことへのメンタルブロックを解くことにほとんどのページが割かれています。

片づけ・断捨離を阻む感情は「もったいない」という気持ちではないでしょうか。モノを大事し「もったいない」と思う気持ちは大切なことです。しかし一番大切なのは、「本当にモノを大切にしているか」ということです。押し入れの奥にしまい込んで、存在を忘れ去っているモノを「大切にしている」と言えるでしょうか。もう二度と着ない服をタンスに詰め込むことも、埃まみれでドロドロになったものを収納していることも、「モノを大切に扱っている」とは言い難いでしょう。

「もったいない」は、片づけを投げ出す自分への言い訳にもなってしまいます。

断捨離では、自分の手元に置いておくべきモノを厳選して選び取ります。すると、自分の持ち物は「お気に入り」や「とっておき」ばかりになってゆきます。最小限のモノになれば、頭の中でどこになにがあるのかも把握できるようになるでしょう。すべてのモノへ配慮が行き届き、とっておきのモノを大切に使いましょう。それが「もったいない」という気落ちの表現の仕方なんです。

コンプレックスに執着してるのかも

また、捨てられないモノの中には、自分の見栄やコンプレックスのせいで手放せないこともあります。本書では、高価な買い物をしようとしたとき友人に「そんな高いものを買うの?」と言われ、「高価なものはお前には似合わない」と言われたような気がして、ムキになって購入してしまったという例が紹介されていました。もちろん、その人はそんなコンプレックスを忘れていて、なんとなく「捨てられない」と思っていました。よくよく自分と向き合ってゆくうちに、「他人からバカにされた」というエピソードに執着していたことに思い至ったそうです。

高価な持ち物を買う時、時にそれを「自分が欲しいから」ではなく「他人から良く見られたい自分」を優先して購入してしまうことがあります。そんなモノを手放すときは、「他人から良く見られたい自分」を捨ててしまうようで気後れしてしまうようです。

断捨離とは、他人の評価に価値基準を置くのではなく、自分基準でモノを選び、決断することです。

片づけは〈思想〉なのだ

以前、やましたひでこさんの『新・片づけ術「断捨離」』を読んだときも感じたのは、自分の生活の場や職場を片づけることって、これは一つの思想なのだなあということです。

もちろん、散らかった部屋で生きるのも、モノをギッシリ収納して生活するのも、その人の生き方です。「断捨離」もそういう〈生き方〉なんですよね。「もったいない」といってモノを捨てないのも生き方だし、自分の身の回りを整理して小ざっぱりを生きるのも生き方です。

これは断捨離に限らず、ときめきの魔法の片づけも、ミニマリストの生き方も、みんな「自分はどう生きるか」という思想のもとになされているのではないかと思います。あるいは「自分はどう生きたいか」という、未来をデザインすることなのかもしれません。

片づけは、単に身の回りの世話を自分ですることだけではなく、なにやらそれ以上の〈意味〉があるようですね。

未来の自分にふさわしい生活を

『知識ゼロからの脱収納の断捨離術』挿絵イラスト

断捨離の「断」は新しく入ってくるモノを〈選び・決断〉すること。「捨」は今あるモノを〈選び・決断〉することと紹介しました。この「断」と「捨」の二つの要素が断捨離のポイントです。

まず新たに入ってくるものを精査する「断」によって、自分が「これから必要なモノ」を選び、決断することになります。それは自ずと「これからどう生きるか」を真っ向から考えることになります。

既にあるものを取捨選択する「捨」では、「過去に必要だったもの」と「これから必要なモノ」を選別します。過去の自分には必要だった、だけど今の自分、未来の自分には不要なモノは「離」へ進みます。収着で手元に置いておくのではなく、きっちりケジメをつけて手放します。

断捨離をすると否応なしにも、「これからの生活」を想像せずにはいられません。見回してみると、過去の自分に必要だったモノが溢れているなら、いったん整理して、これからの自分のために装備を改め直したいと思いました。

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『東大教授が教える独学勉強法』|学び直さなきゃヤバイ!

『東大教授が教える独学勉強法』挿絵イラスト

こんにちは。英語の勉強を再開した あさよるです。二日目でもう停滞してるんですけどね……。あさよるは語学がとても苦手で、苦痛でしかないのですが、それにしてもやはり言葉がわからないのは不便です。勉強しなきゃなあと気がかりな状況が続くくらいなら、勉強した方が楽かもしれません(と自分に言い聞かせている)。

今日読んだのは柳川範之さんの『独学勉強法』です。以前、同著者の『独学という道もある』を読み、とてもよい本だったので、同じテーマの本を探しました。結果、独学しようとしている あさよるにとって励ましと、ちょっとだけパワーが出るものでした。勉強って「時間がない」「難しい」「才能がない」とかそいういうんじゃなくって、ただただ「やる」か「やらない」かなんだなあと、苦笑い。

今、「生涯学習」や「リメディアル教育」に国も乗り出しています。いつまでも学ぶ意欲があることは良いことに思えますが、今後「学び続ける人」と「10代で勉強をやめる人」の間で格差が広がってゆくのかもしれません。独学は「物好きがする」ことではなく、結構「やらなきゃヤバイ」案件なのかもしれません。

変化が大きな時代は〈独学〉が必要

本書『東大教授が教える独学勉強法』は、大きな変化が続く時代だからこそ、常に学び続けなければならない現代人に向けて書かれた書物です。「勉強」は子どもだけがするものではありませんし、変化に対応するためあらゆる人たちが「独学」をしなければ、変化についていけない。切実です。

著者の柳川範之さんは、ご両親の仕事の都合で、シンガポールやブラジルで子ども時代を過ごしました。高校へは進学せず、独学で大検を取り、慶応義塾大学の通信課程へ進学、卒業します。その後、東京大学大学院へ進み、現在は東京大学経済学部の教授という〈風変わりな〉経歴をお持ちです。ご自身の独学の苦労や工夫を紹介しながら、「独学」の可能性を紹介されています。

もしこれまで思うように進学や勉強ができなかったなら「これから独学できる」というのは励みですし、なにより誰もが学び続けなければ、あっという間に変化に呑まれてしまうでしょう。

自分で疑って、考える

独学に限らず、勉強とは「自分の頭で考える」ことが重要です。日本の学校では小中高と、事前に答えの用意された問題が与えられ、「正解」を見つけるのが勉強でした。しかし、それはかなり特殊な例で、研究現場でも、仕事でも、答えなんか存在しない問いを立てたり、正解がないものごとに取り組み続けることがほとんどです。

東大の講義でも、教授の授業に学生たちは素直に聞き、疑問も異論もなくそのまま「納得」しちゃう人が多いそうです。そこで、柳川範之さんも、授業の中で学生に質問させたり、質問に答えさせる訓練をしているそう。読書をするとき、著者の話をそのまま信じるのではなく「疑いながら読む」ことや、「著者とケンカしながら読む」など、ただ丸暗記する勉強ではない独学が提唱されています。

また、「予め答えの用意された問題」を解くことに慣れ切っているため、課題本を一冊事前に読ませ「この本のおかしいところ、疑問に思うところを指摘せよ」と問題を出すと、後になって「正解を教えてください」と聞きに来る学生もいるそうです。「回答がある」ことに慣れていると「答えがない問題」が気持ち悪いんですね。

独学は、自分で問いを立て、自分で答えを探さないといけません。

神経質にならずマイペースで

さて、独学にあたって、一気に肩の力が抜けたのは「神経質にならなくていい」という助言でした。本を読んでも、「2、3割理解できたらいいや」と思えばいいし、根を詰め過ぎないのがコツだそうです。なので、完璧主義の人ほど独学は難しいのかも。反対に、テキトーにとりあえずやっちゃえる人の方が独学に向いています。これは、以前に紹介した『高速回転仕事術』でも紹介されていたことですね。細部まで完璧に理解することよりも、「まずは大雑把に全体を把握するため、とりあえず最後までやってみる(読んでみる)」ことが大切です。

また、「独学」でも、カルチャーセンターや、大学の講義などに参加して理解を深めることも推奨されています。今、「生涯学習」や「リメディアル教育」に国も乗り出していますし、独学しやすい環境は整いつつあると考えられますね。

「ノートづくり」をさせられるのも、小中高の学校での授業の特徴です。しかし、独学では先生からの「ノート点」を獲得する必要はないので、ノートも不要です。もちろん、アイデアをメモしたりノートは使いますが、「きれいにノートをとることで勉強した気になる」罠には気をつけましょう。

独学はいつでもできる!

先に読んだ柳川範之さんの『独学という道もある』では、10代20代の若い世代へ向けて「もし道を外れても、別の道を行けばいい」というメッセージが込められているように感じました。もちろん、それ以上の世代にも当てはめて読めなくはありませんが、今回紹介した『独学勉強法』の方が、より多くの人に当てはまるものだと感じました。

なんといっても、とんでもない速さで価値や考えがどんどん変化してゆく時代です。年齢に関係なく「勉強」し続けないとヤバイ。そして、あさよるは世代的に中学高校を卒業してそろそろ20年になります。さすがに「過去に学んだことを忘れている」という事態が頻発しています。あさよるは個人的に、これまでに勉強したことは定期的に復習をした方がいいと思っています。せっかく勉強したんだから、忘却してしまうのはもったいない。一から新しく勉強をするよりも、復習する方がずっと簡単です。これは「一般常識の点検」といったところでしょうか。

それと同時に、今の自分の課題に集中して「独学」する力が必要なのだろうなあと思います。独学の良いとことは、いつでもできるし、テストもないし、先生の顔色を伺う必要もないし、のびのびマイペースにやれることだろうと思います。「嫌々勉強する」青年時代を卒業して、自分にふさわしい課題を自分に用意できるといいですね。

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『人間は9タイプ』|みんなの長所・弱みがわかったら

こんにちは。あさよるです。人と仲良くやるのは苦手なので、こうやって毎日ブログをコソコソと交信するのは楽しくやってるのが性に合っており、一人楽しんでいます。だけど、違う人から見れば、「群れから外れて孤独にブログを更新している」と解釈されて「かわいそうに」と憐れまれてるのかもしれません(苦笑)。現に、「みんなと仲良くしたいのにできない人」「本当は目立ちたいのに目立てない人」と解釈され、苦心した経験があります(;’∀’)

今回手に取った『人間は9タイプ』では、人とのすれ違いや、人間関係のコジれの原因になってそうな項目が見つかる読書でした。たぶん自分の価値観や、自分の好き嫌いを他人にも当てはめて考えちゃうせいで齟齬が出て、そこからどんどん関係性が綻んでゆくのかなあなんて。

9タイプの取扱説明書

本書『人間は9タイプ』の著者は「ビリギャル」がヒットした坪井信貴さんです。坪井さんは「坪井塾」という塾を主催されており、起業家としての顔も持っておられます。

学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話[文庫特別版] (角川文庫)

今回紹介する「人間は9タイプ」は仕事編。仕事での得意不得意や、人間関係をスムーズにするコツが紹介されています。企業家サイド本ですね。同じタイトルの子育て編もあります。

人間は9タイプ 子どもとあなたの伸ばし方説明書

こちらは塾の先生として、子どもたちと関わるからこその本ですね。

まずは〈9タイプ診断テスト〉でタイプ分け

本書は人間を「完璧主義者」「献身家」「達成者」「芸術家」「研究者」「堅実家」「楽天家」「統率者」「調停者」の9つのタイプ分けをし、各タイプごとの特徴、向き不向き、好きな仕事、接し方などが紹介されています。ということで、とにもかくにもまずは「タイプ分け」をしないと始まりません。本書の巻頭に診断テストが添付されているのですが、ネットで簡単にテストができるので、そっちをオススメします。

子育て編とあわせた特設サイトはこちら↓。

自分自身がテストを受けるのはもちろんですが、周りの人にも診断を受けてもらいましょう。診断を受けるのを嫌がる人は、とりあえず「芸術家タイプ」にしておくように書かれていました。

人間関係を円滑に

本書『人間は9タイプ』では、自分のタイプを判明することで自分自身の特性に気づくだけでなく、周りの人との関係性を円滑にするために使われます。「完璧主義者」「献身家」「達成者」「芸術家」「研究者」「堅実家」「楽天家」「統率者」「調停者」の各タイプを、以下の13項目を見てゆきます。

  • プラス面と弱点
  • これをすごく嫌う!
  • 向かない・したがらない行動
  • リーダーになったら……
  • 部下になったら……
  • このタイプの上司から信頼されるためには……
  • このタイプの部下から信頼されるためには……
  • このタイプの会社の仲間(同性)と親密になる法
  • このタイプの会社の仲間(異性)と親密になる法
  • このタイプの取引先から信頼を得るには……
  • このタイプと仕事をする際に気をつけると良い点
  • “自分の取扱説明書”
  • 恋愛体質になる自分の変え方

職場の特定のタイプさんとの付き合い方や、取引先とのやりとり、そして自分自身の取扱説明書と大きく3つの要素に分かれています。

あさよるの場合……

ちなみに診断の結果、あさよるは「研究者タイプ」でした。

研究者タイプは合理的に仕事を進め、データ分析する能力などが高い。冷静で、他人の失敗を責めません。一方で、進行中の作業を他人の都合で中断させられるのを嫌います。自分の趣味をバカにされるのも嫌です。他のメンバーと歩調を合わせて動くのを面倒がり、「みんな」の前で上手くやれません。研究者タイプがリーダーになったら、感情や情緒よりもデータをもとにして合理的に動きます。部下に仕事を任せることができます。

研究者が部下なると、得意なことに集中し、不得意なことをは諦めが早いです。チームプレーが苦手。研究者タイプの部下から信頼されるには、彼の「強み」を活かしましょう。チームではなく個人で働ける仕事を割り振り、説明は論理的に行いましょう。一つの仕事に専念できる環境を提供しましょう。

研究者タイプの上司に信頼されるには、ホウレンソウは一度にまとめて行う。電話よりメールやメモを使う。スピーチをお願いしない。大げさにほめず、たまに信頼していることを伝えましょう。

研究者タイプと親密になるには、同性の場合、パーソナルスペースに入るには時間をかけて、プライベートな詮索はしません。相手が異性の場合は、距離を置かれていても他の人と同じように接し、相手が面倒くさそうにしていても、週に1、2度程度は仲間として行動するように伝えましょう。

研究者タイプの取引先から信頼を得るには、適度な距離を取り、話しは完結に。下世話な話はしない。

研究者タイプと仕事をするときは、得意な分野を認めて、認めていることをさりげなく伝えます。仕事を指示するときは、いくつかの選択肢を与えておくと勝手にやります。研究者タイプの部下はおべっかを使わないので、上司の自尊心を傷つけてくることがあります。研究者タイプは本人の興味さえ向けば、勝手にどんどんやってくれて楽です。「感情に左右されて動けない」という面倒なことも起こりません。人間関係のトラブルは大概、感情のぶつかり合いですが、研究者タイプではそのような衝突が起こりません。

研究者タイプの自分の取扱説明書としては、「みんなですること」よりも「一人で好きなことをする」方が喜びを感じます。ストレスになるのは「対人関係」。一度にたくさんの人と付き合ったり、カリキュラムがみっちり詰まっているとしんどくなるので、きちんと「ノー」と伝えましょう。職場では自分のスケジュールや「作業中」であることを周囲に知らせておく工夫を。孤立しがちの研究者タイプは、上司に「統率者タイプ」を持つと案外うまくいったりします。ズケズケと要求をしてきて、押しの強い上司や先輩は意外と「ハマる」でしょう。

研究者タイプは恋愛にあまり興味がありません。ですから、研究者タイプは自分の人生のスケジュールを逆算して考え、行動してゆくのが良いでしょう。定年の頃に5歳の孫がいる、そのためには自分が何歳の時、子どもを持つんだろう、という具合に。将来設計を逆算して「かなり前倒しに考えなくちゃ」と気づくと、アクションが早いのも研究者タイプの特徴です。

自分の長所・弱みを知る

あさよるの場合「研究者タイプ」の特徴を見ますに、肯定的に書いてくださっていますが、自分の弱点も見えてきます。「感情を優先しない」というのは、ポジティブに働くこともあるでしょうが、人間関係の中では欠点になる方が多いのではないかと思います(;’∀’)> また、一つのことに集中できる、得意なことにはのめり込めるというのも、逆に言えば、仕事が増えるとダメ、不得手なことができないわけですから、一長一短ですね。人間関係でも、本人は周囲と集団行動が嫌いで距離を置いていても、周りの人からすれば面倒くさい仲間になってしまうでしょうw

本書では各タイプを概ねポジティブな表現で書いてらっしゃいますが、逆に考えればそこが短所にもなるので、自分を客観視するには必要な目線でしょう。

人生は楽しいものだ!

本書は人間を9タイプにタイプわけをしますが、メッセージはみんなに共通しています。それは、人生は楽しく、ワクワクするものだ、ということ。

みなさんはこれまで、人生の先輩たちに「人生は甘くない」「社会に出ると苦しいことばかりだ」なんて脅されたことありませんか? その人にとって、社会は厳しく苦しいものだったのでしょう。だけど、世界にはいろんな生き方をしている人がたくさんいます。今の自分の生き方のみが存在するわけではありません。

著者の坪田さんが学習塾での経験で、「東大に行こうかな」と嘯く我が子に「東大なんか行けるわけないじゃないの」とツッコむ親御さんがいらっしゃるそうです。そこで坪井さんは「お母様は東大のご出身なんですか、東大の試験問題を解いたことがありますか」とマジレスをなさるそうです。そう、親も、やってもないのに「できない」と決めつけており、「親の自分ができないいから、この子もできないに決まっている」と思い込んでいます。

しかし、きちんと対策をして、その子に会った勉強法を指導すると、成績は伸びます。現に件の生徒さんは東大へ進学し、お母様も「あの子が東大に行けると思ってた」とスッカリご自身の言葉を忘れておられるほどだとか。

9タイプで向き不向きを知る

誰だって、自分に不向きなことを無理やりやらされていたら苦しいし、嫌だし、長続きもできないでしょう。本書『人気は9タイプ』では、自分の特性を知って、そして自分にぴったり合ったやり方を探す方が良いと言われているようです。また、人生の悩みのほとんどは「人間関係」の問題でしょう。周囲の人のタイプのことを知って、摩擦が減らされたら、ずいぶん生きやすくなりますよね。

自分の向き不向き、周りの人の性格を知れるだけでも、人生の「楽しい」「面白い」度数はグンと上がるでしょう~。

「できない」「どうせ無理」はナシ!

本書『人間は9タイプ』を読むと、人間には得意不得意、好き嫌いがあるだけであって最初っから「ムリ!」「できない!」ってのは考えなくてもいいんだと思いました。苦手なことや嫌いなことは、他の人に任せてもいいしね。一方で、得意なことは自分から引き受けるのも大事かもしれません。

あさよるは診断の結果「研究者タイプ」でしたが、一部納得しつつ、一部は「当てはまらないかも」と思いましたw 特に「感情よりも論理を優先する」というのは、あさよるとは程遠い気が……(苦笑)。あさよるは気性が激しく、いつも感情的にならないように細心の注意を払っていますが、それでも感情に任せて行動してしまいます。時間が経って、冷静になれば落ち着て判断できるんですけどね……ということで、なるべく決断は「先延ばし」にして、心を落ち着かせる時間が必要です。

しかし、頭の中では感情よりも理屈を優先してしまうのは、納得。そのせいで自分自信嫌な思いをすることもあるので、長所でもあり短所でもあるといった感じです。

得意なこと、傾向に特化せよ

学習塾の指導のお話で、試験対策は試験の出題傾向を知り、それに特化した勉強をせよと指南されていました。漫然と学校で習うすべての範囲を勉強するのではなく、目標設定して、それを達成するための戦略を立てるのです。あとは、各生徒のタイプを見極め、モチベーションを上げ、結果が出るように導くのが先生の役割です。

生まれながらの性質ではなく、戦略とモチベーションで得られる結果が変わるというのは、大人にとっても胸にとどめておくべき事柄でしょう。

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『西洋美術史入門』|旅支度するように美術鑑賞の用意をしよう

『西洋美術史入門』挿絵イラスト

こんにちは。旅行しない あさよるです。旅行の計画を立てている内にお腹いっぱいになっちゃって「もういいや~」とお流れになるのが定番。その代わりの楽しみとして、フラッと近場の美術展で満足しています。

はじめて美術館へ行ったとき、確か兵庫県立美術館のゴッホ展へ行ったのですが、なにがなんだかわからず驚愕しました。絵って、パッと見てスゴイ、圧倒される~って感動の連続だと思ってたのですが、想像と違ったんです。今思えば、予想以上に「情報量」が多くて驚いたんだと思います。ただ「パッと一目見て感動して終わり」ではなく、絵の一枚一枚に説明があって、またゴッホの作品以外にも書簡や文字の資料も展示されていました。

「どうやら美術を鑑賞するには、なにやら事前知識が必要だぞ……」と、思い知った一日でした。知識って言っても、詳しい人に案内してもらったり、数をこなしているうちにちょっとずつ身につくでしょうが、やはり大人の遊びとしては、ガッツリやりたいじゃないですか! ということで、あさよるの中で「美術鑑賞のための下準備」は、折に触れて少しずつ進行中です。

絵はメディアだった

現在の日本で生まれ育った人は、小学校中学校と義務教育を受けていますから、文字の読み書きができて当然の社会で生きています。しかし、それは歴史の中で見ると異常な状態で、昔は文字が読めない人が大半でした。現在では書物に書き記せば他の人に情報が伝えられますが、文字が読めない人に情報を伝えるために用いられたのが「絵」でした。

教会の壁に絵が描いてあって、その絵の「絵解き」をして人々に信仰に基づく振る舞いを教えていたのです。昔の画家たちは、自分の好きな絵を描いていたわけではなく、教会や上流階級の貴族たちから「注文」されて絵を描いていました。ですから、発注者から受け取り拒否される絵画もありました。

現代の感覚だと「好きな絵を描く」「趣味で絵を描く」と考えてしまいがちですが、画家たちが思い思いに好きな絵を描くようになったのはとっても最近のお話です。多くの絵画は発注者の要望が反映されています。ですから、「なんでこの絵を注文したのか」という理由を知らなければ、今の感覚で絵画を見ても「何が書いてあるのかサッパリわからん」「何がいいのかわからない」ということになってしまいます。そこで、絵画について「学ぶ」必要が生じるのです。

絵を買う人には、欲しい理由がある

絵画を発注者がいて、受注して絵を描くのが画家だと紹介しました。その時代その時代で、描かれた絵、流行った画題には、発注者のニーズが反映されています。

例えば、ペストが流行した時代、まだウイルスが人から人へ感染していると分からず、特効薬もなかった時代です。人々は神からの罰だと解釈して当然です。そこで、聖セバスティアヌスの図像がたくさん描かれました。聖セバスティアヌス(聖セバスチャン)とは、キリスト教迫害により、殉教した人です。柱に括り付けられ、数々の矢を射られて死刑になりました。この「矢」がペストと重なります。ペストという罰を受けても、聖セバスティアヌスのように信仰を貫き続けなければ天国へ行けないと、当時の人々は考えたんですね。

絵を発注する人々は、自分が善行を重ねていることを神にアピールするために、絵画を発注しました。西洋では慈善活動や、社会的弱者を救済する文化があります。有名なミレーの「落穂拾い」では、貧しい人々が、収穫後の畑に落ちた地面に落ちた穂を拾っている様子が描かれます。

「神様へのアピール」って面白いですね。多くの日本人にとって、ただ知識もなく西洋絵画を見ていても「その発想はなかった」って感じじゃないでしょうか。

流行りを知ると社会背景が見える

先ほどのペストの例のように、その時代ごとに流行した画題があります。どんな絵が流行ったかを見てゆくことは、その時代の社会背景を読み取っていくことです。多くの人が文字を読めなかった時代、「絵」には今以上に「意味」が込められていました。西洋美術に触れることは、西洋の歴史に触れることなんですね。

ということは、「絵を見る」ためには勉強しなくちゃいけないなあと、新たな好奇心がうずきます( ´∀`)b

絵には「見方」があるのだ

『西洋美術史入門』挿絵イラスト

本書『西洋美術史入門』で大きな学びがあるならば、「絵画には見方がある」ということでしょう。もしかしたら、アート鑑賞を「自由に」「感じたままに」するものだと考えていた人にとっては、ビックリかもしれません。あさよるも以前は「自分がどう感じるかこそが大事だ」と思い込んでいました。

しかしこの「自由に」というのは、実はとても不自由だったりします。それは、旅行のツアーで「自由時間」という名の放置時間を、持て余してしまうのと同じです。いくら観光地だからって、右も左も分からない所に放り出されても、途方に暮れるばかり。結局、その辺をプラっと歩き回って、あとはカフェや休憩所で時間を潰すのがオチ。「自由に」というのは聞こえは良いですが、不案内な場所・事柄の場合は逆に「不自由」な結果になります。

残念ながら日本の学校教育では、西洋美術について学びはしますが「鑑賞の仕方」までは時間が割かれていません。だから美術作品を「自由に」鑑賞せよとなると、どうしていいかわからないのかも。また、一部の美術・芸術ファン以外は、美術館も博物館も馴染みのない施設かもしれません。

美術鑑賞は、旅行のように、ワクワクと事前リサーチして、よりディープに浸りましょう。楽しみのための勉強っていいね。

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『宇宙用語図鑑』|恒星、惑星、衛星、矮星……図鑑を熟読!

『宇宙用語図鑑』挿絵イラスト

こんにちは。月蝕見ましたか? 意外と天体ショーの話題に乗り切れない あさよるです。昔から星や宇宙のことが好きで、天体ショーもチェックしていましたが、SNSの普及でみんながショーの話題で持ちきりになると、「ふーん、興味ないし」とアマノジャクなことを申しております。強がりです。

さて、『宇宙用語図鑑』という分厚い本を見つけました。タイトルもなんだかお堅い感じ。中身も難しい宇宙や物理の話を扱っているのですが……これがまた、むちゃライトに楽しく上手いことまとめられていて、とても面白い本でした。「図鑑を熟読」しましょう。

分厚いけどカンタン!

本書『宇宙用語図鑑』は、その名の通り〈宇宙〉に関係する用語が紹介される辞書のような本なのですが、イラスト満載で簡単にわかりやすく〈図解〉されている〈図鑑〉なのです。文章少な目、目で見てビジュアルで理解する楽しい内容です。

サンプルがAmazonで紹介されていました↓。

『宇宙用語図鑑』挿絵サンプル

宇宙用語図鑑 | 二間瀬敏史, 中村俊宏, 徳丸ゆう |本 | 通販 | Amazon

ね、文字すくな目でイラスト多め。例えば、〈宇宙〉に興味のあるお子さんがいたら、本書はとても役立つでしょう。お子さんはどんどん新しい知識を仕入れてきて、いろんな用語を発するはずです。そんなとき、本書『宇宙用語図鑑』を取り出して、索引から引けばよいのです。

あさよるも天体や宇宙が好きな子どもでしたから、一人で勝手に読みかじって「宇宙のはなし」を大人に話したもんですが、聞かされる方はそんな話興味ないってなもんでね。そのとき、『宇宙用語図鑑』があれば、もうちょっと建設的な話になったかもしれません。

時折ニュースやSNSでも天体ショーが話題になります。月蝕だとか流星群だとか。

宇宙・天体・物理学用語、わかる?

『宇宙用語図鑑』の1章はこんな節からはじまります。

  • 「恒星」
  • 「惑星」
  • 「衛星」
  • 「矮星」
  • 「巨星」
  • 「超新星」
  • 「中性子星」

さて、これらの〈星〉の意味の違いわかりますか?

  • 「恒星」→自ら光を放っている星
  • 「惑星」→恒星の周りを周る星、温度が低く光らない
  • 「衛星」→惑星の周りを周る星
  • 「矮星」→「小さい星」という意味。赤色矮星、褐色矮星、白色矮星など種類がある
  • 「巨星」→直径が太陽の10倍~100倍もある巨大で明るい星
  • 「超新星」→重い星の最後に大爆発を起こすこと
  • 「中性子星」→小さくて重い高密度の星

こんな感じで、見たこと聞いたことはあるけど、意味は……なんだったっけ~?というド忘れにも効きます。

子どもゴコロを取り戻すべく「図鑑を熟読」しましょう。

『宇宙用語図鑑』挿絵イラスト

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『死ぬほど読書』|読書はしないといけないの?

こんにちは。いつの間にか読書ブログをはじめていた あさよるです。当初はもっと雑多な話題を扱おうと思ってたのですが、すっかり本の話題のみにw ということで、やはり「本」や「読書」を扱う本が気になります。読書ブログが読書本の感想を書くという、ややこしい入れ子構造でございます。

本書『死ぬまで読書』の著者は元伊藤忠商事社長の丹羽宇一郎さんが、朝日新聞の投書に寄せられた読書に関する大学生の声に答えます。

なんのために本を読むの?

本書はこんな問いから始まります。

「読書はしないといけないの?」

これは、2017年3月8日の朝日新聞に掲載された大学生の投書です。大学生の読書時間が減っているという話題を受けて、読書が教養や新しい価値観に触れるなどの有用性を認めながらも、「だからと言って本を読まないのは良くないと言えるのかどうか」と問いかけけています。曰く、投稿者は読書習慣がなかったけれども大学受験で苦労したくらいで、大学生になってからは一般教養として書籍を読んでいるが、「糧になる」とは感じないそうです。それよりも、バイトや大学の勉強の方が大事だし、読書は趣味の範囲だろうと考えています。

本書『死ぬほど読書』は、この大学生の問へのアンサーです。なぜ本を読むのでしょうか。序章である「はじめに」にて、本を読む意味が端的に示されています。

 人は自由という価値観を求めて、長い間、闘ってきました。努力し、工夫し、発明して進歩してきた果てに、いまの自由な社会はあります。
それは人類史上、かつてないほど自由度の高い環境といっていいかもしれません。
しかし、「何でもあり」の世界は一見自由なようですが、自分の軸がなければ、じつはとても不自由です。それは前へ進むための羅針盤や地図がないのと同じだからです。それらがなければ、限られた狭いなかでしか動けません。
では、自分の軸を持つにはどうすればいいか?
それには本当の「知」を鍛えるしかありません。読書はそんな力を、この上もなくもたらしてくれるはずです。
すなわち、読書はあなたをまがいものではない、真に自由な世界へと導いてくれるものなのです。

p.7

本書でも、不要だと思うなら読まなくていいんじゃないと言いながらも、読書の楽しみや面白さを知ってしまうとやめられないと、読書がもたらす効用について広がってゆくのです。

読書好きなら語りたくなる!

この「読書はしないといけないの?」という問いに、みなさんはなんと答えますか? まずなにから話始めましょうか。本書では、まずは情報が溢れかえった現在、情報の取捨選択を自らがしなければなりません。事実として玉石混淆の中から、自分が必要な情報を探し出す能力が求められています。そのために兎に角も必要なのは「知識」であり、それを手っ取り早く身に着けられるのは「読書」です。

先の朝日新聞投稿欄の大学生は、自身の学業や将来の職業に必要な知識だけを身に着けようとしているんです。しかし、実際には毎日届くメールや、ヒットしたキュレーションサイトの記事や、SNSで飛び交う情報に私たちは晒されていて、怒涛の情報を一気に処理し続けねばなりません。「職業に必要な知識だけ」では足りないのです。

また、読書論は死生観にまで及びます。どう生きて、いずれ訪れる死とどう向き合うのか。必ず訪れるその瞬間を考えるとき、先人たちが残した記録に触れることができるのです。

読書好きなら語りたくなる!

本書『死ぬほど読書』では、読書の有用性をとことん説きまくる戦法で、読書の必要を主張します。さて、みなさんならどんな切り口で「読書はしないといけないの?」という質問に答えますか?

「読まなくてもいいよ」というのも答えの一つです。読書が必要だと感じた時があれば、その時に本を読めばいいのです。あるいは、「好奇心を満たすため」の欲望渦巻く読書の世界を紹介したい人もいるでしょう。いいや、もっと内省的で自分よがりな読書があってもいいはずです。逆に、表現のための読書もあるだろうし、見栄やカッコつけの読書だって悪くはありません。

読書好きが集まると、読書談義になることがありますが、あれ、盛り上がるんですよね。メンバーによっては終始お互いに納得しまくりなこともあれば、自分と違う読書論を展開する人に感嘆したり、ヒートアップしちゃったりと、なかなか楽しい。本書もそんな、読書好きの心をくすぐる内容です。

読書家へ読書家のメッセージ

本書『死ぬほど読書』は、既に読書習慣があり、まとまった冊数を常に読んでいる人に向けて、読書家が読書論を展開する内容です。残念ながら、冒頭の「読書はしないといけないの?」と考えている人には届かない類の本であると思います。さらに、内輪で盛り上がるだでなく、読書の良さを知っている人は、やはり読書習慣の必要性を広めるべきなのでしょうか。

本書は単に、読書習慣のある人が、そうでない人へのマウンティングのための道具になってはいけません。冒頭の大学生の意見に耳を傾け考える必要があります。なぜなら、「考える」ための道具としての読書でもあるのですから。

てっきり読み始めは、軽く「イマドキのワカモノ」をディスりつつ「やっぱり昔ながらの読書よね~」なんて話になるのかと思いきや、結構「読書の効果」を考えさせられます。そして、「はたして自分は読書の効果を得ているのだろうか?」と不安にさえなりました。

関連本

『読書力』/齋藤孝

『王様の勉強法』/荒俣宏,中谷彰宏

『ちっちゃな科学』/かこさとし,福岡伸一

『読書をお金に換える技術』/千田琢哉

『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?』

『キミが勉強する理由』/藤原和博

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『気が遠くなる未来の宇宙のはなし』|眠るまでに落ち着てね

こんにちは。宇宙の話が好きな あさよるです。子どもの頃は天体や宇宙を扱った本ばかり読んでいたのだ。本書『気が遠くなる未来の宇宙のはなし』は『眠れなくなる宇宙のはなし』の3作目。初代『眠れなくなる宇宙のはなし』は学生時代に何度も読みふけっていたことを思い出します。ワクワク!

どこから来たのか、何者か、どこへ行くのか

本書は、話題になった『眠れなくなる宇宙のはなし』『ますます眠れなくなる宇宙のはなし』に次ぐシリーズ3作目で、宇宙の未来の話題が取り扱われます。ゴーギャンの名画のタイトル「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」と同じく、3作を通じ「我々はどこから来たのか」「我々は何者なのか」「我々はどこへ行くのか」を扱ったことになります。

宇宙の話をするとき、そのスケールに気が遠くなります。「はじめに」でオリオン座の赤い一等星「ベテルギウス」がもうすぐ爆発するというニュースを見聞きなさったことはありますか? ベテルギウスが超新星爆発を起こすと、満月の100倍もの明るさを放ち、夜空を照らすと考えられています。それが「もうすぐ」見れるとは楽しみですね。っと、ここでいう「もうすぐ」とは「100万年以内」と考えられているそうです。……絶句!

あさよるも奈良時代の歴史に軽くハマってたときは、室町時代、戦国時代は新しい時代に感じたし、幕末や明治なんて昨日のことのように感じていましたが、いやぁ宇宙のスケールはすごすぎて、気が遠くなるw なんか、命とか死とか、自分の存在とか、あまりに取るに足りな過ぎて考えるのが失せるというかw

宇宙の話をしよう

宇宙の話って、すぐに「宇宙の始まり/終わり」の話に到達します。それは自らの個としての死を超えた、なんかもうデカすぎて考えられないほどの、超絶どうにもできない、神様すらも意味をなさないような世界です。

そういえば『ムーミン谷の彗星』では、夜空の彗星が地球に落ちると噂されムーミン谷の仲間たちは怯えています。そこでムーミンたちが山の上の天文台へ話して聞きに行くと、天文学者たちは巨大彗星を観察し狂喜乱舞します。巨大彗星が間近で観測できるのです。あさよるは子どものころから、この天文学者たちに心底憧れていましたw 自分の身の上や命なんか忘れて、没頭していたいと思ったのです。

宇宙の話をするって、「生き方」「生き様」の話なんじゃないかと思うんですよね~。」「ベテルギウスが爆発しようと何も私は変わらないぜ」ってカッコいいじゃまいか。宇宙の最後をイメージしながら、お風呂に入ると半身浴が捗りそうじゃないか。

とりあえずもちつけww

何千年何万年の月日とともに、空の恒星たちが移動して星座の模様が変わってしまう。太陽さえも磁場を変え、月はどんどん遠く離れてゆく。地表の大陸も移動し続け、世界地図の形も様変わりしてします。わたしたちの天の川銀河とアンドロメダ銀河が衝突するとき、我々の子孫はそれを目撃するのでしょうか。

すべてを飲み込むブラックホールはいずれどうなってしまうのか、この宇宙はこのまま膨張し続けるのか収縮を始めるのだろうか。なんか、別にこの人生に関係ない話だし、なんの腹の足しにもならないハズなのに、ものすごく人間らしく生きるために必要な好奇心のような気がしてしまう。

巨大すぎる宇宙に絶望と興奮を感じたまま、お布団には入れないので、ここで心落ちつくラインナップを紹介しておわりますw

まず、前田京子さんの『お風呂の愉しみ』は、お風呂への並々ならぬオタク的没頭を楽しめる名著です。お風呂アイテムや、お風呂の時間を、自分が自分流にコーディネートするのです。

続いて『すごいストレッチ』。こちらは説明不要。イラスト通りにストレッチすると体がホカホカ気持ち良い。

最後に、笑い飯哲夫による有難いブッダのお話を。

関連本

『眠れなくなる宇宙の話』/佐藤勝彦

『面白くて眠れなくなる植物学』/稲垣栄洋

『面白くて眠れなくなる数学プレミアム』/桜井進

『宇宙はなぜ「暗い」のか?』/津村耕司

『ホーキング、宇宙と人間を語る』/スティーヴン・ホーキング

『宇宙は何でできているのか』/村山斉

『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』/青木薫

『宇宙のダークエネルギー』/土居守,松原隆彦

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『宇宙はなぜ「暗い」のか?』|星が無限にあるなら夜空は明るいはず

こんにちは。ぼんやり空を見上げて子ども時代を過ごした あさよるです。さすがにもう大人なので、仕事するときはカーテンを閉めて、対策していますw

なんとなく手に取って積んでいた『宇宙はなぜ「暗い」のか?』は、あさよるの長年の疑問が晴れるもので、読了後なかなか興奮冷めやらずにいます。中学生でも読める内容で、易しい文体と丁寧な説明の良書ですよ~。

「夜空はなぜ暗いのか」だと?

本書はこんなふうに始まります。

あなたは「なぜ夜は暗いのか」ということを考えたことがあるでしょうか? 夜が暗いなんてあまりに当たり前すぎて、疑問に思ったことさえない人が多いのではないかと思います。けれども、「夜が暗い」ということは実はとても不思議なことで、ただ単に「夜は太陽が沈んでいるから」という説明だけでは不十分なのです。なぜなら、もし宇宙に無数の星が存在すれば、その星からの光で夜空は明るくなってしまうと考えられます。これを「オルバースのパラドックス」と言って、昔から天文学者を悩ませてきた問題です。

p.3

さて、夜空を見て「なぜ夜は暗いんだろう!」と疑問を抱いたことのある方はいますか? どう結論しましたか? あるいは、こんな質問を子どもにされたら、どう答えるでしょうか。

夜空に輝く星たちは無数にあり、空に隙間なく星があるならば、夜空に暗い部分があるのはおかしいのです。

本書は素朴なギモンだけど、人類が何千年とかかって手に入れた知識を使ってしか答えられない、なかなか悩ましい問いなようです。

夜が暗い理由を予想する

地球にいると、宇宙が見えにくい?

私たちは地球の地面の上で生きています。さらに地表には空気が満たされていて、この空気が光を拡散したり、吸収されてします。青空が青く見えるのは、青い光が空気中で拡散され、いろんな角度から目に入ってくるからです。また、空気が太陽の光を吸収したり、地球の磁場により太陽風から守られています。

地表に届く光は限られているんですね。だから、宇宙空間から見る太陽や宇宙は見え方が変わります。

宇宙の塵が邪魔してる?

宇宙空間には「宇宙塵」が散らばっているそうです。この宇宙塵が光を遮って、宇宙が暗く見えているのでしょうか。これを検証するため、宇宙望遠鏡や、赤外線で宇宙を観測できる人工衛星が打ち上げられました。

すると、宇宙塵が密集している部分は、恒星の光で宇宙塵が温められ、赤外線で明るくなっています。あれ? 赤外線も光ですから、宇宙塵が集まる場所は光が多いってこと?

ブラックホールが光を吸い込む?

これは本命、ブラックホールが光を吸い込んでる説。だがしかし、ブラックホールに物質が吸い込まれるとき光を放つこともあり、必ずしもブラックホール=闇ではないそうです。ブラックホールもX線を放ったり、重力波が観測されたことが近年話題になりました。

それに、ブラックホールの数はそんなに多くないんだそうです。宇宙を闇にするほどの力はないってことか。

ビッグバンと星の寿命

では、どの仮説も宇宙が暗い理由になりえないとすれば、どうして宇宙は暗いの?

星には寿命がある

まず、星には寿命があります。恒星の寿命は短く、光を放っている恒星は全体の10兆分の1くらいだそうです。びっくり。そりゃ暗いわ。例えるならば、ディズニーランドを3本のローソクで灯した明るさなんだそうです。

宇宙は動いている

宇宙は膨張していますから、どんどん空間と空間の距離が広がっていきます。星と星の間の距離も、広がっていくのでいつまで経っても星で埋めつくされません。

宇宙には始まりがある

宇宙が暗い理由は、「宇宙には始まりがある」という前提が大切です。「ビッグバン」が起こって宇宙が始まったという考えは今では一般的ですが、これはここ数十年の常識です。つい最近まで「宇宙は無から始まった」という話は突拍子もなく理解しがたい話でした。

宇宙にはビッグバンで始まったとすると、宇宙が暗い理由も考えらえます。ビッグバンが起こったのは138億年前。そこからどんどん宇宙が膨張しています。ということは、宇宙には果てがあり、138億年分しか膨らんでいません。それ以上遠くには宇宙がないので、暗いのです。

好奇心と知識欲をシゲキする良書

本書『宇宙はなぜ「暗い」のか?』は中学生くらいなら十分に読みこなせる内容です。宇宙が暗い理由をただ羅列するのではなく、いくつかの仮説が間違いである説明や、ときには周辺の話題に触れたりと、知識欲や好奇心が刺激される構成です。

平易で親しみやすい文体と、丁寧な解説が良いですね~。中学生の頃のあさよるもこの本、好きだと思うw 30代のあさよるも、「天の川見てみたいな」「登山したいな」となかなかワクワクしました(^^♪

〈あさよる〉のヒミツがわかってヨカッタ

「なぜ夜は暗いのか」を考えるためには、ビッグバン宇宙論を待たなければならなかったとは驚きですね。今、あさよるがすんなりと理解できるのも「宇宙には始まりがある」「宇宙は膨張している」という常識があってこそなんだから。

あさよるも実は、幼い頃から「〈暗い〉とは何か」と不思議でした。聖書の創世記の冒頭、神が天と地を創造し「光あれ」と光を創ります。そして光と闇を分け、それぞれを昼と夜とします。神様は世界を創るとき「光と闇」「昼と夜」を創るんです。ってことは、神様が「夜」を創る前は、夜がなかったのか!? と、不思議で不思議で。

ちなみに当ブログ名の「あさよるネット」というのも、なんかそんな感じの意味があります(後付け感)。

関連本

『ホーキング、宇宙と人間を語る』/スティーヴン・ホーキング,レナード・ムロディナウ

宇宙法則のグランドデザイン!『ホーキング、宇宙と人間を語る』

『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』/村山斉

『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』を読んだよ

『眠れなくなる宇宙の話』/佐藤勝彦

『眠れなくなる宇宙の話』を読んだよ

『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』/青木薫

『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』を読んだよ

『宇宙のダークエネルギー 「未知なる力」の謎を解く』/土居守,松原隆彦

『宇宙のダークエネルギー 「未知なる力」の謎を解く』を読んだよ

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『最後の秘境 東京藝大』|読者も〈創作〉したくなる

こんにちは。とある美術系の短大へ進学しデザインの勉強をしながら順調に留年し、満期で退学。その後、フラフラしながらブログを書いている あさよるです。今回読んだ『最後の秘境東京藝大』風に言えば「行方不明」になっている人間です(・ω<)

さて、本書『最後の秘境東京藝大』は、音楽、美術、工芸系出身の人にとって、読んでるだけでムクムクとやる気が湧いてきて、本を放り出しちゃうような、創作意欲が刺激される内容。その辺の自己啓発本よりも「そうだ、こうしたかったんだ」と、いつかの創作意欲的な何かが刺激される内容です。

上野の森の音校と美校

著者・二宮敦人さんは小説家で、奥様が現役の東京藝大の学生であり、奥様を通して藝大生の摩訶不思議な生態に触れ、このようなノンフィクションの執筆が始まったらしい。ちなみに奥様は彫刻科らしい。

東京藝大は国立大学で唯一の芸術系大学で、大ざっぱに音楽と美術系の専攻にわかれ、それぞれが「音校」「美校」と呼び分けられている、らしい。音校と美校は学生の雰囲気もパッと見て違うよう。

彼らの性格も違う。音校では教授は師匠であり、ステージに立つ彼らは日ごろから身のこなしや身だしなみにも気を配る。楽器の奏者であるにはお金もかかるようで、仕送りの金額もデカい。また、ケガをしてはいけない等の配慮から、家事をしないなど、徹底しなければならない。

一方、美校では、授業が始まっても教授も学生も全員遅刻だったり、見た目もかなり個性的。教授だって、とても国立大学の教授陣には見えないような、汗にまみれたニオイ漂っていたりもする。そんで、いわゆる座学は20単位ほどで、あとは創作。ほぼ放置。著者の奥様も、ほとんど出席せずに自宅で創作活動をしているようだ。だから「やりたいことが見つけられない人」はここは向かない。

生き残る者はわずか

東京藝大は、超難関校だ。東京大学よりも倍率が高い! 何年も浪人するのが当たり前で、藝大に入学してくる時点で「選ばれた人」なのだ。しかし、その藝大でも、卒業後ほとんどは行方不明らしい。プロとして生き残のはごくわずかで、数十年に何人の天才を生み出すためのカリキュラムだとも言える。

国立大学だとはいえ、なかなかシビア。そんな中、美校のデザイン科だけはビジネスライクで儲かることしかしないというキャラが際立っている。

音校の競争もすさまじく「受験で肩を壊す」というスポ根マンガか!という話や、やはり日本中の音楽大学で学生が育っていて、ライバル関係にあるらしい。ヨーロッパへ留学する人は、言語やアジア人であることも壁になりえるそうだ。そんな中、飄々と口笛奏者をめざす人や、考古学の研究で音楽を学んでいる人など、斜め上な人も登場する。とりあえず、全員天才にしか思えないんだが。

みんな真面目だ!

音校の人たちは、ただただひたむきで「スポ根」顔負け。インタビューに答えている人たちは、みんな謙虚であり、自分のやってることに手ごたえがある様子で、読んでいて清々しい。

で、美校の人たちは、クソ真面目に不真面目なことを掘り下げていて、頭が下がる。アイデアが脳裏を過っても、実際にやっちゃうのは、やっぱスゴイ。普通はさ、酒の肴にキャッキャ騒いで終わりでしょ。美校の、実習がほぼ放置状態というのも、これで成立しているのは各自真面目に創作をしているからに他ならない。「学生を放置ししとけば勝手に研究してくる」なんてこと、ある?

自分の進路を考えずにおれなかった

あさよるはかつて広告デザインを勉強したのですが、「これから」のことをぼんやり考えてしまった。そもそも美大は親のすすめで、デザインも「喰いっぱぐれがない」という消極的な理由で選んだ。本音を言うと、工芸系へ進みたかった。

これからの自分の進路、「創作」をしてもいいのかもな。

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『教室内(スクール)カースト』|誰が階級を作っているの?

こんにちは。友だちの少ない あさよるです。中高生のことから人と「ツルむ」「群れる」のが苦手で、プイッと一人で図書室で本を読んでいました。そう、あさよるは人と喋りたくないばっかりに本を読んでるヤツだったのです。ネガティブ~。

先日、東洋経済オンラインで、『「意識高い系」社員につけるクスリはない』という記事を読みました。

この記事の中で、「意識高い系」の定義として「スクールカースト」という言葉が登場します。意識高い系はスクールカーストは被支配階級で、土地を持っていないと定義されています。だからこそ、都会へ出てワンチャン狙いたいということらしい。

そこから派生して、ダイヤモンド・オンラインの記事も読みました。ここでは、スクールカーストと学力、コミュ力、容姿、職業と、10代の頃の教室内での地位と絡めて話されています。

あさよるは「スクールカースト」という言葉を知ったのはここ5年程でしょうか。あさよるが10代の頃は「1軍」「2軍」とか「メジャー」「マイナー」なんて言葉が使われていたように思います。……しかしながら、あさよるはそういうの疎い子どもだったので、自分の教室内のポジションとかよく分かっていなかったんですけどね(;’∀’)

スクールカーストとは

本書『教室内(スクール)カースト』では「スクールカースト」という言葉の出典から始まります。

この言葉が最初に紙面に載ることになったのは、2007年に出版された教育評論家の森口朗(あきら)さんの『いじめの構造』(新潮社・2007年)という本の中です。(中略)
森口さんは、「スクールカースト」の定義を以下のように設定しています。

スクールカーストとは、クラス内のステイタスを表わす言葉として、近年若者たちの間で定着しつつある言葉です。従来と異なるのは、ステイタスの決定要因が、人気やモテるか否かという点であることです。上位から「一軍・二軍・三軍」「A・B・C」などと呼ばれます。(41~42頁)

p.28-29

『いじめの構造』が出版された頃にはすでに「スクールカースト」という言葉が存在し、意味付けもなされていました。では、いつ「スクールカースト」という言葉が登場したのでしょうか。

朝日新聞社発行の雑誌『AERA』にて「スクールカースト」の言葉を生み出したという人物が、自身の体験と共にネット上に「スクールカースト」のワードを登録したと語っています。

 マサオさんは2年ほど前、インターネット上に言葉を登録し、説明文を編集できるサイトに、実体験を基にこう書き殴った。

「主に中学・高校で発生する人気のヒエラルキー(階層性)。俗に『1軍、2軍、3軍』『イケメン、フツメン、キモメン(オタク)』『A、B、C』などと呼ばれるグループにクラスが分断され、グループ間交流がほとんど行われなくなる現象」

こうして、「スクールカースト」という言葉ができた。

(森慶一「学校カーストが『キモメン』を生む――分断される教室の子どもたち」『AERA』2007年11月19日号)

p.32-33

このマサオさんはシステムエンジニアの当時29歳で、10代の頃「イジられキャラ」でピエロを演じていたが、イジりがエスカレートし、「いじめられキャラ」に変わり、高2で退学をしました。そして「スクールカースト」という言葉を登録した、と証言しています。

スクールカーストが生まれる背景

日本の学校で起こる「いじめ」の特徴は、「教室の中」で起こることだそうです。本書でも、他のクラスに友だちがいて、昼休みなどに教室外で集まっている人たちに対し「生きてる意味あるのかな」なんて感想もあって、スクールカーストが「教室の中」の限定された空間で起こることが顕著です。本書のタイトルも『教室内カースト』と書いて「スクールカースト」と読ませています。

ちなみに、あさよるも友だちを作らず一匹狼でフラフラしてるのが好きですが、周りの人から「生きている意味あるの」なんて思われてたんでしょうか……(;’∀’)

いじめとスクールカーストのカンケイ

いじめで暴行や恐喝等が起こった場合、速やかに警察を介入させるべきだと考える人がいます(あさよるもそう思います)。しかし、いじめは「シカトされる」「クスクス笑われる」といった「実被害はない」けれども「やられる当人は死ぬほどつらい」状況に置かれることも多く、解決が難しいのです。

「いじめ」を作るのは「被害者」と「加害者」、そしてそれを見てはやし立てる「観衆」と見て見ぬふりをする「傍観者」、それらが四層に重なり「いじめ」が成立するというのです。(中略)
そして「いじめ」が起こらないとすれば、「傍観者」層が「仲裁者」層に変わったときなのだといいます。

p.52

いじめは少数の加害者によるものではなく、観衆と傍観者がいて「いじめ」になるというのです。

教室内では、スクールカースト上位者は自分の意見を発言しますが、下位の人は意見を言いません。ですから「いじめ」回避のための「仲裁者」になり得るのは、カースト上位者のみということでしょうか。

スクールカーストは悪なのか?

本書を読んでいると不思議なことがあります。インタビューやアンケートに答えている生徒や学生、教師らは「スクールカーストはなくなった方が良い」とは考えていないようなのです。

スクールカースト下位者は、カーストは「あって当然」と半ば諦めているように感じます。教師は、諦めモードのカースト下位者を投げやりで、やる気のない人のように感じています。スクールカースト上位にいたことを自認する生徒たちは、それなりに「特別」だったことを感じているようです。

また、教室内自治を行うにあたって、教員側から見ればスクールカーストはあった方がやりやすいもののようです。スクールカースト上位者は良くも悪くも目立つ人で、彼らの様子を見て雰囲気を察知しています。カースト下位者は顔も名前もわからないこともあるそうです。

また、クラスを代表したり、作文のコンクールに応募する際など、責任のある役割はスクールカースト上位者に任せます。それはスクールカースト下位者には、責任ある仕事を任せられないと考えているからです。

どうやら、概ねスクールカーストは「あって当然」「しかたがない」と諦めもありつつ、存在が認められているようです。

カースト上位はイージーモードか

本書で興味深いのは、高校生でカースト上位になってしまった人の証言です。クラスでの取り決めで発言したり、先生のネタにツッコんだり、カースト下位者にネタを振ったりしないといけない。カースト上位者の権利も多いけど、その〈権利を使わなければならない〉「義務」が大変だった。彼女は結局高校を中退してしまいました。

また、カースト上位者は下位者に好かれているワケではない。みんな内心ウザくても、それを表に出していないだけだと言います。ということは、カースト上位者って、「みんなの共通の敵」というか「みんなの共通の嫌われ者」だとも言えます。カースト上位者はクラスの結束を作るとみなが証言しているのですが、結束の内情は複雑です。

誰がカーストを作ってるんだ?

本書『教室内カースト(スクールカースト)』はたくさんのデータや出典が挙げられているので、ここから他の史料にあたることもできます。あくまで客観的資料の羅列につとめておられるようで、〈収まりのいい結論〉を求めている人には消化不良かもしれません。

スクールカーストがなくならないのは、学校の教室という限定された環境、構造がそうさせているようです。では、その閉ざされた特殊な空間で、誰がスクールカーストを作っているのでしょうか。教師はスクールカーストを利用しているようですが、教師がカーストを作っているなんてことがあるのでしょうか。

カースト上位者が、多数の下位者たちを抑圧している……とも言い切れない感じ。確かにスクールカースト上位者たちは自分の意志をハッキリ言って、ムードメーカー的存在ですが、それだけです。カースト下位者は、カースト上位者の物言いや染めた髪やピアスを見て「コワイ」「めんどくさそう」と倦厭しているようです。

「いじめ」は、スクールカースト下位の中の「いじられキャラ」が「いじめられキャラ」に変わることがあると紹介されていました。また、いじめ回避には「仲裁者」が必要です。本書を読む限り、仲裁者になり得るのはスクールカースト上位者しかいないように思えます(自分の意見を発現できるのは上位者だけ)。

〈構造が「スクールカースト」と「いじめ」を作っている〉と言ってしまえれば簡単ですが、スクールカースト下位者が、見た目が派手な生徒や、意見を言える生徒を〈遠ざける〉ことで、分離が始まっているようにも読めました。なんともややこしくて難しい話ですので、ぜひご一読ください……m(__)m

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『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』|どんな顔していいかわからないの

こんにちは。混乱状態のあさよるです。何に混乱しているかって『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』を読んだせいですよ。本書は、ただのアホなネタ本のハズなんですよ。しかも出オチの。なのに、なんかこの本「スゴイ…」「見てしまったかもしれない」「アートかもしれない」と脳裏をよぎり、そのたび「違う」と打ち消すことでさらに混乱してゆく……これ、すごいかもしれない。

そう、それはキャンベルのスープ缶のように……w

『ぼくの哲学』|世界で一番おいしいのはマクドナルド

ぼくの哲学

ぼくの哲学

  • 作者:アンディ ウォーホル
  • 出版社:新潮社
  • 発売日: 1998-08-01

たぶん、想像したのであってる

本書『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』のタイトルを読んで「こんな感じかな?」と想像したのなら、たぶんだいたいあってるw 太宰にはじまり、村上春樹が焼きそばの作り方を書いたら、ドストエフスキーが、志賀直哉が、シェイクスピアが、グリム兄弟が書いたら……と延々続く。ただそれだけの本だw

初っ端から星野源が登場し、「アレッ」と思うと、小沢健二、尾崎豊、エレカシ宮本と続くだけではなく、ロッキンオンが焼きそばの作り方を書いたら、ポパイが、暮らしの手帖が書いたらと続く。文豪やないやんw

のみならず、ヒカキンとか、イケダハヤトとか、自己啓発本とか、利用者の声とか、文豪でもないし作家でもないし、明らかにネタ切れてるやんけー!ともう、目次を見ているだけで笑けてくるw

これはゲージュツかテツガクなのか?

で、読み始めるとですね、ニヤニヤが止まらない程度に「読書家なら一度は考えたころがありそうなネタ」であります。なのですが、読んでいる内にだんだんとなんだか胸がいっぱいになってくる。ちょっと待って……これどこまで続くの。無茶すんなよ……求人広告ってなによ……。

★誰でもできる簡単なお仕事です!★

1.カップ焼きそばの蓋を点線まで開ける
2.中に入っているかやくとソースを取り出す
3.沸騰したお湯を入れ、五分間待つ
4.湯切りをし、ソースをかけたら完成!

慣れたら簡単な作業なので、未経験でも問題ありません♪

◎自宅作業可
◎服装自由
◎髪型自由

最後まで作れた方には完成のお祝いとしてマヨネーズをプレゼント◎

p.112

こういうときどんな顔すればいいかわからないの……。

ページをめくるたびに混乱が大きくなり、ついにこのページにたどり着いてしまうのです。

もしカップ焼きそばの作り方を
ただそのまんま本に載せたら

p.176

・・・。こういうときどんなka…(以下略

ペヤング ソースやきそば
まるか食品

Big!

[調理方法]
①フタを(A)から(B)の線まではがし、ソース、かやく、ふりかけ・スパイスを取り出します。②かやくめんの上にあけ、熱湯を内側の線まで注ぎ、フタをします。3分後、(C)の湯切り口を矢印の方向にゆっくりはがします。④カップの「☆」の部分2ヶ所をしっかり持ち、ゆっくり傾けながら湯切り口よりお湯をすてます。⑤フタをすべてはがし、ソースをよく混ぜ合わせ、ふりかけ・スパイスをかけてお召し上がりください。
お湯の目安量 480ml

p.176

おわかりいただけるだろうか。ただ、〈文豪がカップ焼きそばの作り方を書いたら〉というネタ本を読んでいただけなのだ。しかしだ、唐突に、カップ焼きそばの作り方が始まるではないか。え、自分で何言ってるのかわかんない。

混乱の極みのまま読み進めると、ペヤング、UFO、一平ちゃん、俺の塩、etc…と続く。「サッポロ一番 オタフクソース焼きそば」って食べたことないなぁ。「ニュータッチ 仙台牛タン風味塩焼きそば」は存在すら知らなかった。って!最後!最後!

エーワン 焼きそば ミックスフード味 カップ(ベトナム)

(ベトナム)って!ww もう焼きそばのネタも切れとるやないか!

心と時間に余裕のある時に読みましょうw

本書、オススメか否かと聞かれると「時と場合による~」と答えます。もしあなたが子育て中なら、本書を読むより子どもと遊んでるほうがずっといいかもしれませんw きっと、洗濯物を畳む方がより有用な活動でしょうw

しかしまぁ、今すぐやるべき仕事もなくて、心にゆとりがあって、読む本がないなぁというこきは、この本をドウゾ!お気に召すかわわかりませんが、あさよるは好きですw大好きです。

ちなみに、紙の書籍で買うと、裏表紙が「もし手塚治虫が太宰治を描いたら…を田中圭一が描いたら」の絵で、全裸のおねいさんがポロリしてるイラストなので、ブックカバーつけてもらうのをオススメしますw

最後に。めっちゃカップ焼きそば食べたい。

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『図解でわかる! マーケティング』|売り手目線から〈買う〉側へ

こんにちは。あさよるです。先日当ブログでブランディングの本を紹介しました。久々に読み返して面白かったので、次はマーケティングの本を手に取りました。

『ブランドらしさのつくり方―五感ブランディングの実践』|体感をともなう体験を

ブランドらしさのつくり方[Kindle版]

ブランドらしさのつくり方[Kindle版]

  • 作者:博報堂ブランドデザイン
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2016-06-20

マーケティングってなんだ?

マーケティングの歴史はまだ浅く、半世紀しか経っていません。ですから、マーケティングの法則等、玉石混交なのが現状です。まだ決定版は出ておらず、これから大きな変化が起こるかもしれないと事前に認識しておきましょう。新しい分野だからこそ、経営者やリーダー、マネージャーに求められる素質になっています。

 マーケティングは、セールス、PRの領域をすべて含み、さらに企業活動のすべての領域に当たる上位概念です。
考え方は「お客さまを起点とする」のが特徴で、商品・サービスをお客様に届けるためのすべてを考えるのがマーケティングの領域に当たります。シンプルに「売れる仕組み」と呼ばれることもあります。

p.16

お客様に商品やサービスを「売り場」というのは売り手の感覚ですから、お客様の立場に立って「買い場」と呼称を変えた会社もあるそうです。このちょっとした違いが、マーケティングの考え方です。

 では、実際にマーケティングとは何をすればいいのでしょうか? マーケティング・プロセスの全体像は下記のような流れになります。

①現状のビジネスを整理する
②マーケティングの課題抽出
③リサーチ&市場分析
④商品開発
⑤ブランド構築&マーケティング戦略
⑥発信力(オウンドメディア)
⑦実践計画へ落とし込み

この流れで、会社にとって全体最適になるマーケティングを導入し、定着させることが理想です。

p.24

このように7つのステップを一章ごとに、短く簡単に紹介されています。

イラスト&図解でわかりやすい

本書は一節ごと、見開き2ページにまとめられ、1ページは平易な文章と、もう1ページはイラストや図解と、コンパクトながらも充実しています。

実際に、身近なブランドや商品の例も挙げられているから、読んでて「納得」する場面が多く、マーケティングなんて興味ないなぁという方も、一回読んでみてほしいなぁと思います。読書としても面白いんです。

手元に置いて、辞書のように!

これからマーケティングについて知りたい方や、学生の方にもおすすめです。どんな業界でも必要な知識ですし、まだ歴史の浅い「マーケティング」であると知り“なう”な分野であることに興奮しました。

本書はとても簡単に内容がまとめられていて、マーケティングについて何も知らない あさよるには非常にありがたい本でした。なんとなく取っ付きにくい、利益重視で人間味の内容な分野なのかと勝手に思っていたのですが、意外にも「あくまでお客様目線」という考え方は意外でした。

一章、一節は短く区切られているので、手元に置いておいて、必要な部分だけ拾い読みするのに向いていると思います。今のところ(2017年10月現在)電子書籍化はされていないのがちょっぴり残念。

また、同じ著者の他シリーズもあるようなので、そっちも読みたいです。

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『ブランドらしさのつくり方―五感ブランディングの実践』|体感をともなう体験を

こんにちは。あさよるです。今日読んだ『ブランドらしさのつくりかた』は、あさよるの愛読書で、過去に何度も読み返しているものだったりします。学生時代に教科書として指定されていた本で、当時も繰り返し読んでいました。ブランディングを手を動かしながら考える時、パラパラと読み返します。

図解もたくさんあり、実際にブランディングがなされる過程も細かく紹介されており、読んで楽しい内容でもあります。kindle版も出ているようなので、おすすめです。

五感をともなうデザイン

「人のぬくもり」という言葉があります。例えば「初音ミクの歌は機械的で人のぬくもりがない」とか一昔前だと「ワープロ出力の文書は人のぬくもりがない」だとか。マジレスすると「ボカロを調教してんのは人間だぞ」とか「その文章を書いたのは人間だし、ワープロを作ってるのも人間だ」なんて言いたくなることもあります。

しかし、「人のぬくもり」と言いたくなる状況とはなんだろうと考えると、それは「人の身体をともなう活動がイメージできる/できない」に由来するのではないか。もっと抽象度を上げると美しい/美しいくないなのかもしれません。すなわち、それを「使う人」への配慮や心地よさが設計されているかが「人のぬくもり」なのではないでしょうか。

本書ではコカ・コーラの瓶からロゴマークを消し去っても、それがコカ・コーラと分かると言います。例えその瓶を割ってしまっても、そのガラスのかけらだけでもコカ・コーラの瓶だと判別できます。それは、あの瓶が「コカ・コーラをが飲みやすい」ようにデザインされており、他のコーラや飲料とは一線を画しているようです。あの瓶のフォルムは、見るからに「触感」をイメージさせ、コーラの炭酸が喉を流れていく感覚をイメージさせます。

シャンプーのCMの多くは視覚と触覚、臭覚に訴えかけるものが多いので、泡立ちの気持ちよさを想起させる「音」、すなわち〈聴覚〉を刺激する音を使うことで他のシャンプーとの差別化を測ることができます。人気のカフェやレストランも、五感をうまく使っています。調度品や、絨毯の感触、BGM、香りと五感に訴えかけるのです。

特に嗅覚を用いるデザインは今後もっと広がってゆくでしょう。コンビニが良い例です。コンビニって中に入るとフワッとおでんのにおいがして、「コンビニらしい」と感じます。近年ではコーヒーのにおいもコンビニのにおいになりつつあるのかもしれません。

五感の情報だけで、わたしたちは連想し、イメージします。「バタン」という音だけで「車のドアが閉まった」とわかるんです。記号として五感を使っているのかもしれません。

ブランドとは何か

そもそも「ブランド」とは、牛に押した焼き印の「焦げ(Burned)」という言葉が起源です。「ブランド」の概念は最初、牛、酒、石けんなどに使われていました。高級品やアパレルの世界で「ブランド」という言葉が使われるようになったのは最近だそう。さらに近年では商店街や公共施設・サービス、人間もブランド化されています。

ブランドとは「高級品」だけでなく、人が価値を見いだすものすべてです。

ブランドはよく、脳の中の構造にたとえられる。個人のいろいろな経験が、脳の中で複雑に絡み合って、ある連想のネットワークを構成する。たとえば、「花火」という記憶は、単独で終わるものではなく、夏、夜、きれい、ワクワク、混雑といった他の記憶と絡み合って脳に蓄積されている。この脳内の「記憶の集合体」がブランドなのである。この「記憶の集合体」が大きくてかつほかにない独自のものであればあるほど、そのブランドは強いということができる。

p.40

「京都」がブランドになるのは、「京都」の漢字二文字を見て、多くの人が様々なイメージを連想するからです。

また、ブランドは顧客だけのものではありません。

魅力的なブランドとは、顧客にとっては、「このブランドなら買ってみたい、使ってみたい」と思わせる対象だけではなく、従業員にとっては「このブランドなら誇りを持って働きたい」と思わせる対象であり、株主にとっては、「このブランドなら投資してみたい」と思わせる対象であるべきものである。

(中略)

一言でいえばブランドとはすべての関係者にとっての「記憶の総体」である。

p.42

「ブランド」の記憶

みなさんもブランドにまつわる記憶やイメージがありますか?

あさよるは以前、無印良品で働いていました。入社前からMUJI製品が素敵だと思っていましたが、働き始めるともっとMUJIが好きになりました。こんなに会社から大事に扱われたのが初めてだったからです。スタッフ仲間もみんな明るくて爽やかで、みんなMUJIの大ファンでした。お客様も丁寧できちんとした方が多く、働きやすい職場でした。退職後の今もMUJIは特別なブランドに思えます。そう「特別」なんです。

昔デザイン生だった頃、授業で「資生堂」の広告が紹介され、資料として資生堂が発刊していた『花椿』を熟読しはじめました。憧れのブランドでした。大人になって資生堂のカウンターで化粧品を買うとき、学生時代の瑞々しさや高揚感や若い苛立ちや、あの頃のことを思い出します。また町の資生堂のお店では、お店の人と恋の話をしたり、年配の女性が華やかにお化粧をしている姿に「ええ女やなぁ」とシビレタ。あさよるもあんな女になれるだろうか。背中が曲がって髪が薄くなっても「あの口紅を塗りたい」と思いました。

ブランドのイメージ。ただ製品のクオリティだけでなく、思い入れやイメージや記憶が絡み合って「他とは違う」「特別」になっています。

五感をともなうブランディング

五感に訴えるデザインと、ブランドとは何かを押さえたところで、本書の本題「五感ブランディング」に移ります。

先ほど紹介したシャンプーのCMでは聴覚を欠いているブランドが多かった。だから泡立ちの気持ちよさを想起させる〈音〉が考案されました。あるアジアの航空会社では、乗客に配るおしぼりにアジアを連想させる香りをほのかにつけました。これが好評で、他の航空会社との差別化が成功しました。風鈴の〈音〉を聞くと涼しい感じがするのも、五感を使った好例。

また、キーボードで文字を入力するとき、我々はキーボードを叩きつけています。この感覚が重要で「入力した!」って実感を抱かせています。コンピュータが普及した今、ブラックボックスに囲まれて生きてる我々は指先の「入力した感覚」がとても重要です。

五感を使ったブランディングを見ていくと、まだまだ五感ブランディングは弱いブランドが多いと気づくかもしれません。ウェブサイトのイメージと、お店のエントランスの雰囲気と、店内の様子がチグハグで変な感じなお店とかいっぱいありますよね。

あさよるの雑談ですが、床がペタペタしている系の飲食店はなんとなく避けてしまいます。また、プッチンプリンの蓋の裏についているプリンはご馳走ではありますが、出先では避けてしまいます。だから「プッチンプリンは家で食べるもの」と感じるので、家庭的なイメージがあります。結構、われわれはちょっとした感覚で商品やサービスのイメージを持っていて、それがブランドと合致しているかどうかが大切なのです。

新宿駅の五感ブランディング

本書では実例として、新宿駅の五感ブランディングをしてゆく様子が細かく紹介されます。新宿駅の利用者にアンケートを取り、新宿駅の五感に関わるイメージを暴いてゆきます。そして、新しい新宿駅の五感ブランディングをしてゆくのです。

用いられるのは従来の視覚に頼ったイメージボードだけでなく、手で触れる素材も盛り込まれます。さらに「新宿駅の香り」を新たに作りました。本書の書籍版では、実際に新宿の香りがついた付録がありました(今はないかも)。

視覚に頼りすぎているデザイン

五感ブランディングに触れると、自分がいかに視覚的なイメージ過多なのか気づきました。とくにブログは視覚しか情報がないのが残念ですね。「音楽をつけようか」と一瞬血迷いましたが、本書でバッサリと「トップページで音楽が流れ続けるサイトうざい(意訳)」と書かれていて思いとどまったw

ブログでにおいや触覚、味覚に訴えかけられる方法ってないのかな? 背景をモコモコな素材に変えるとか? においはもっと難しいですね。冒頭に「焼き鳥」とか「カルビ」とか書く? うーん。

話は変わって、あさよるは音楽CDはiPodに入れて、新たに買う分は iTunesで購入するようにしています。増えてしゃーないからね……。んで、昨日久々に音楽CD現物を買いまして「あの封を切る時のウキウキ」を久々に体感しました。「私まだこんな気持ちになれるんだ!」という喜びw iTunesには「あの封を切る時のウキウキ」はないし「タワレコのシャカシャカの黄色い袋ぶら下げて歩く感じ」もないな。

代わりに「お気に入りのiPod touch第四世代を剥き身のまま使い込んでいい感じ」を楽しんでおります。(写り込んでいるのはフナイのエアコン)

博報堂『ブランドらしさのつくりかた』イメージ - iPod touch 第四世代

iPod touchは触覚と聴覚と視覚が刺激されるものね。メタリックな感じが金属のにおいのイメージも想起させるかも。大量生産される工業製品なのに「人のぬくもり」を感じさせるしね。

ちなみに、iPod touch 第5世代も愛用していますが、こちらは第4世代より使いやすいけど、トキメキが少ない。

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『龍の棲む日本』|国土をぐるっと囲む龍が守り、災いを呼ぶ

こんにちは。あさよるです。『龍の棲む日本』は以前からおススメされていた本。あさよるの最近の関心事、漢方とか、鍼灸、ツボとか、風水とか、そのへんのことをゆるっと時間をかけて拾っていたのですが、『龍の棲む日本』も一つ、新しい視点を得たような読書でした。

一冊の本が論文のような構成ですので、かいつまんで説明するのは難しいのですが、Interesting なんです。その熱やテンションが伝われば~!

〈日本図〉を読む

〈国土〉とはそもそも〈大地〉であり、そこで人間は歴史を生み出してきました。国語辞書的には、国の統治が及ぶ領土、土地、ふるさと、仏語と少なくとも4つの意味があるそうです。〈国土〉といえば地図帳の測量された地図であり、科学的に日本地図を完成させたのは伊能忠敬が知られています。

んじゃ、伊能忠敬の地図が作られる以前、日本人はどんな〈国土〉を見ていたの?てのが本書のテーマです。

資料として「大日本国地震之図」と「金沢文庫〈日本図〉」という地図がカラーで掲載されています。興味のある方はググってくだされ~。どっちも面白いし、「大日本国地震之図」は目で見て超カッコいい代物。真ん中に地図らしきものがあり、その周りを龍がグルっと囲み、自分の尻尾を自分で咥えているのです。「金沢文庫〈日本図〉」は地図の半分だけ残されていて、西国の国々の地名が記されておりその周りを何やら細長い鱗のあるものがグルっと這っています。龍の胴体で、きっと失われた東国の地図の報に頭と尻尾があり、パクっと咥えていると想像できます。

龍と国土と天災と蒙古

本書は、日本の国土をグルっと取り囲む龍の図を読み解いてゆくことで、日本が『龍の棲む日本』であることを確認してゆきます。龍とは龍穴を通じて地下で繋がっており、国土を守る一方で、地震や天変地異を引き起こす存在でもあります。

蒙古襲来時「悪風」を吹かせたのは龍の姿になって現れた諏訪大明神だったという。日本の危機を救った龍。龍の棲む「龍穴」は国内にたくさんあり、「龍」のつく地名も多い。

龍という概念が見えるかも

龍とか龍穴、地脈なんて言葉を聞いたことがありますが、『龍の棲む日本』を読んで、「龍」と呼ばれる〈なにか〉の存在がおぼろげながら感じられた気がします。なにか、とてつもなく大きな〈力〉がうごめいている。しかし目には見えない、認識できない、ってところでしょうか。

あさよる的には、一年以上かけて荒俣宏さんの『帝都物語』を読んでいたので、嬉しい内容でした。『帝都物語』は東京の街は平将門の怨念を封印するために設計された街であり、封印を解いて東京を破壊しようとする加藤が、封印を解き龍神を目覚めさせようと画策するスリリングでバトルありのファンタジー。まだ最終巻に到達していませんが、なかなか面白いのでオススメ。

帝都物語 第壱番 (角川文庫)[Kindle版]

帝都物語 第壱番 (角川文庫)[Kindle版]

  • 作者:荒俣 宏
  • 出版社:KADOKAWA / 角川書店
  • 発売日: 2012-10-01

もし、東洋版「マインクラフト」があったら……

『龍の棲む日本』を読んで和製「マインクラフト」を想像してみました。「マインクラフト」とは日本では「マイクラ」と略されて呼ばれるゲームで、世界のあらゆる構成物が立方体のブロックでできており、それらを採掘したり破壊したり燃やしたり組み立てたりして自然を開拓してゆくゲームです。

常々、世界観が西洋的だなぁと思っていたのですが、もし東洋版「マインクラフト」があったら、地面を掘っていたら龍穴が開いていて気脈が通っていたり、なにがのブロックに触れると全く違う場所で水が溢れたり、順番に杭を打っていくと大地が動いたりとか、そんなことが起こるのでしょうかw

オリジナル「マインクラフト」では、どうやら災害が起こらないみたいで、どんな建築をしても大丈夫。宙に浮いていてもOKだったりするので現実味がありませんが、災害の多い場所に住んでいる身からすると「積みあげたものが崩壊しない」という世界観は、異質に思えます。

こんな「もしも」の話を空想するにも『龍の棲む日本』は面白かったです。

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『イラストで学ぶスタディスキル図鑑:自ら学習する力をつける』|勉強のやり方には種類がある!

『スタディスキル図鑑』イラスト

こんにちは。やる気が枯渇している あさよるです。夏の入り口くらいからずーっとローテンションのままで、なんか体がギコチナい感じ。やる気を出したくて、自己啓発系の本や、勉強・学習系の本に手が伸びます。

本書『スタディスキル図鑑』は図書館で手にし、パラパラッと見るにカラフルでギュッギュっと中身が詰まっていそうで気になりました。結果、やる気を出すためにも一役買う本だったのです。自分の学習方法も振り返り、もう少し計画的に取り組んだ方が、自分のヤル気にも繋がるのかも。

〈勉強のやり方〉大図鑑

本書『イラストで学ぶスタディスキル図鑑』は勉強・学習の取り組み方が図鑑のように個別に紹介されています。と言っても、1項目につき2ページ以上にわたってカラフルなイラスト付きで紹介されているので、かなりボリューミー!

やらされる勉強ではなく、自習をしたり能動的に勉強を始めるとき、本書は学習の役に立つでしょう~^^

学習方法にも種類がある!

本書は全8章に分けられています。

  • どのように学ぶのか

まず第一章目は、学習にまつわる脳の使い方や効率的な学習方法。学習支援を受ける方法など、自分の意識や考え方を知ります。

  • 準備と目標設定

この章では、勉強部屋や学習スペースの確保、学習環境の整備、時間管理に触れ、学習に前向きな気持ちで取り組むにはどうすればよいかを考えます。

p.12

  • 情報を集めて利用する

情報を集めて評価する方法、ノートのとり方、クリティカル・シンキング、議論の組み立て方、学習状況のチェック、疑問の明確化といったテーマを取り上げます。

p.12

  • ネットで学ぶ

IT機器やソフトウエア、ストレージの活用法を検証します。さらにネット上の情報からノートをとる方法や、オンラインの学習コースを紹介するとともに、盗用を避ける方法を教えます。

p.12

  • 試験勉強のテクニック

試験勉強の計画、アクティブ・ラーニングの活用戦略、そしてマインドマップや記憶術など記憶のためのテクニックを紹介します。セルフアセスメント(自己評価)にも触れます。

p.12

  • 試験本番でのテクニック

記述、口述などさまざまな形式の試験に、どのように対処すればよいか学びます。回答の練り方や試験当日に役立つちょっとしたヒントも紹介します。

p.12

  • ストレスに対処する

リラクゼーションのテクニックをはじめとする、ストレスへの対処方法の概要を紹介します。学習とそれ以外の活動に、バランスよく取り組むにはどうすればよいかも考えます。

p.12

  • 参考資料

最終章は参考資料と称し、各章のまとめと、各章の資料がまとめられています。図解やチャート、表もまとめられており、読了後はこの参考資料の章が活躍しそうです。

勉強方法にも種類がある

本書を読んでよくわかるのが、学習にも種類があり、段階があり、必要な時に必要な学習をすることが、成果を上げるコツである、ということ。

自分の目的をハッキリと自覚したり、休息を上手にとることも必要ですし、なんと言っても枯れぬ〈好奇心〉を持ち続けることも理想です。その状態をどうやって生み出すか? 感覚的なものではなく、意外と自分自身の生活の管理だったりするのかもしれません。

本書は中学生くらいなら読みこなすことも可能でしょう。勉強のやり方には種類があるんだぞ、自分でそれを選ぶんだぞって意識を持つって大事ですね。

ネットを使った学習に対応!

本書はネットを使った学習も網羅されているのも嬉しいところです。現にネットで情報収集し、学習効率を上げている方はいざしらず、多くの方にとってはまだまだ「新しいツール」でもあるのかなと思います。お子さんの学習の参考にしたい親世代の方も、一読あれ。

もちろん、各世代自分の学習にも役立ちます。データの管理やセキュリティ対策、パクリにならない適切な引用、MOOC等のオンライン学習などなど。

試験やレポート提出が待っているなら

本書は、学習習慣が身についているのに結果が出ないとか、これから何か資格試験や知識を入れないといけないなど、切羽詰まった状況の方も、まずは〈勉強の仕方〉を俯瞰しておいてソンはないでしょう。そういう意味では、10代の若い人だけでなく、どの世代の人でも汎用的に使える本です。

どの世代にも当てはまるというのは、逆に言うと「どの世代がど真ん中なのかワカラン~」というのが正直なところ。たぶん、お子さんの学習を支援している保護者が読む感じなのかしら。中学生でも読めると思いますが、雰囲気的に大人向けのように思います。親御さんが子供のために本書を読んでいるうちに、親御さんの好奇心が刺激されて学びに繋がっていくような、そんな狙いもある気がする……。

ともあれ、本書は結構、パラパラ見てるだけでもモチベーション上がる系の、目にも楽しく網羅的なので、「頑張ろう」って気になるだけでもイェーイ!v( ̄Д ̄)v

『スタディスキル図鑑』イラスト

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