一般文庫

『自分の仕事をつくる』|誰にもできない仕事をする

こんにちは。あさよるです。「仕事」について考えることが増えて、自分の仕事の仕方も変えてかなきゃなぁと思っていたところから、『自分の仕事をつくる』とズバリ今の自分にドストライクなタイトルの本を見つけてしまって手に取りました。

本書では、いわゆる「クリエーター系」「ものづくり系」の仕事をしている人達へのインタビューで構成されています。あさよる自身も元々、制作系の出身だったので、改めて「自分はどんな仕事がしたいんだろう」「自分はどんな仕事に向いてるんだろう」と考えるきっかけになりました。

ただ、取り上げられている職業が結構偏っているので、参考になる人とならない人の差は大きい本でもあるんじゃないかと思います。制作系で、他にはない差別化ができている仕事をしている人……というか、他とは違う仕事をつくった人たちへの取材記録ですね。

いい仕事をする

本書『自分の仕事をする』では、自分の働き方や職場づくりをしている人々へのインタビューで構成されています。「ものづくり」を仕事としている方へのインタビューがメインです。仕事への「こだわり」と言ってしまうと、なんだか安っぽい感じがしてしまいます。「どんな仕事をするか」は個人のこだわりではなくて、社会の中で「自分は何をするか」を考えている仕事の話なんだろうと思います。

デザイナーたちは、カッコいい商品をつくるだけが仕事ではなくて、働く人たちが気持ちの良い環境だったり、「つくる」という根源的な活動を具現化していたりと、切り取られる側面も様々です。

インタビューに答えるすべての人たちは、自分の仕事が特別である理由を言語化できていて、それを真っすぐに紹介されているのが印象的でした。自分の仕事をここまで率直に言えるって、かなり限られた環境や特別な立場の人なんだろうなぁと思って読んでいると、きちんと文庫版あとがきで「これはキレイゴトじゃないか」との手紙が届いた話題にも触れられていました。送り主は美大を卒業してグラフィックデザイナーとして働いた後、今はイラストレーターやライターの仕事をしているという方からです。いわゆる「クリエーター系」「ものづくり系」の仕事をしている人から見ても「特別すぎる」環境に見えたということなのでしょう。

(むしろ自分がクリエーター系だからこそ、「自分とは違う」と思うのかもしれないけど)

本書に登場する人物たちは、他の人の仕事とは違う、差別化に成功した成功例ばかりです。だから、偏っているのは当然で、そこに「成功していない人」を当てはめてもどうしようもありません。だから、ちゃんと成功例として、読むべきじゃないかと思います。そして、他の人にはできない仕事に成功した人は、意外なまでにも愚直な積み重ねでしかないんだなという、なんとも、けんもほろろと言いますか(;’∀’) 自分のやっている方向性は間違ってないと励まされつつ、「これを続けるしかない」とわかります。

これから仕事を「つくる」人へ

本書『自分の仕事をつくる』は、これから仕事を始める学生や、新しく独立したり、働き方を変えようとしている人におすすめです。仕事を「つくる」って感覚を持てる時期って、結構限られていると思うので、本書の内容がズバッと刺さる人はかなり稀なタイミングなんじゃないかと思います。

ただ、あさよるの場合、あさよる自身も美大生時代、グラフィックデザイナーの仕事に憧れていたころがあったので、本書を読むとその学生時代の気持ちを思い出しました。「そうそう、こんなカッコイイ仕事がしたいと思ってたんだった!」と初心を思い出す読書でした。せっかくブログ毎日書いてるんだし、これも「仕事をつくる」にしちゃえばいいのかなぁ。

しかし、誰しも今後「仕事を変える」タイミングはあるだろうし、来るべきその時のために本書は読んでおいてもいいだろうし、できれば頭の片隅に、仕事を自分で作って、選んだ仕事をしている人がいるんだってのは、覚えておいても良いでしょう。あさよるは、励まされる本でした。

関連記事

続きを読む

『新選組血風録』|新選組短編15編

こんにちは。あさよるです。先日は司馬遼太郎『燃えよ剣』を読んだので、次は『新選組血風録』しかないでしょってことで。

「あさよるの愛読書は『燃えよ剣』だった」と言っていましたが、今読み返すとむしろ『新選組血風録』のイメージの方が鮮烈だったんだと気づきました。学生時代にもドはまりしましたが、それ以降も自分なりに実際に幕末史跡を歩いたり、資料を読んだり、他の作品に触れたりしていて、過去に何度も繰り返し読んだ本のはずなのに、初めて読む新鮮さを再体験できました。

これが読書のすごいところですよね。ボロボロになるまで読んでも、また自分が他の本を読んでレベルアップして帰ってくると、あんなに読み込んだ本を初心で読めるんです。

新選組短編15編

司馬遼太郎『新選組血風録』は新選組の短編集。『燃えよ剣』では登場しなかった人物や、触れられなかったエピソードがたくさんあって、今回読み返してみると『新選組血風録』の方が入りにはいいのかも。

『燃えよ剣』では喧嘩士の土方歳三が乱世に紛れて暴れまわり、また恋のお話がたまらず、子どものような一面がたまらんかったのですが、『新選組血風録』の土方の方が悪者っぽい雰囲気もあり、これはこれで良いですな (*゜∀゜)=3

ちなみに読んでいると、黒鉄ヒロシさんの『新選組』キャラで再生される^^

関西人としては、ぜひ本書を読んだら実際に京大阪の街を歩いてみて欲しいなぁと思います。というのも、京都大阪って狭いんですよね。目と鼻の先で敵と味方に分かれ、また味方同士で内ゲバしてるんです。物騒な時代ですなぁ。

以下、結構どうでもい あさよるの感想にもならない独り言。

油小路の決闘

分派した伊東甲子太郎一派を粛正する話。「甲子太郎」という名前は、伊東が新選組に参加したのが甲子の年だったかららしい。甲子は十干の一番最初だからキリがいいし、改名したくなる気持ちもわかる(?)。ちなみに、兵庫県の「甲子園球場」も、オープンが甲子の年だったから。つまり、伊東が新選組に参加した60年後に甲子園球場ができたのだ。そう思うと、幕末ってめちゃくちゃ近いよね。

ちなみのちなみに、その60年後に生まれたのが あさよるです(甲子生まれ)w 歴史の勘定するときに、十干は便利で、キリのいい年や、自分にとって覚えやすい年号を使うとより面白い。

って、めっちゃどうでもいい話だな。

伊東一派が粛清されたという油小路に行ったことがあるんですが、西本願寺(当時の新選組屯所)の目の前なんですよね。「ちょっとコンビニ行ってくる」みたいな距離感。近所の人たちは嫌だっただろうなぁと思うw

そんで、今こう司馬遼太郎の『燃えよ剣』『新選組血風録』を読み返してみると、伊東甲子太郎はそれなりに強くてカッコよく描かれていることに気づいた。もっとイヤなヤツに描写されているイメージだったなあ。

池田屋異聞

『燃えよ剣』を読んで「あれ、池田屋のページこれだけ?!」と驚いていましたが、こっちの記憶とごっちゃになっていたモヨウ。確かさらに『竜馬がゆく』の方がページが割かれていたと思うから、自分の記憶を信用ならん。

山崎丞が活躍する話で、彼は執念深く、用心深く、お仕事キッチリなのが好きだ。

前髪の惣三郎

新選組小説を読むなら映画やドラマもみたいなぁと思っていて、今すごく見たいのが『御法度』。この「前髪の惣三郎」が原作で、松田龍平くんのデビュー作ね。山崎丞役のトミーズ雅さんが「いかんいかん」って言ってるのしか覚えてなかったけれど、読みながら思い出してきたw

沖田総司が武田真治くんで、すごく良かったんだなぁ~

沖田総司の恋

沖田が医者の娘を遠目で見るため、清水寺へ出かけるところを土方につかまり、二人で清水の茶屋へ行くことに。沖田は自分の病と、気になる娘の存在を隠していて、土方は気づいているんだかいないんだかで、かみ合わない二人。

清水寺の茶屋というと思い出すのは「はてなの茶碗」で、この話も深刻な沖田にもかかわらず、なんとなくユーモラスな話に思えてしまう。「はてなの茶碗」はわらしべ長者みたいな話で、それは新選組の話のようでもあるからおかしい。

四斤三砲

この前、伏見の御香宮神社へ行きまして「おお!ここが!かの!」と喜んでいました。「四斤三砲」では砲術頭だった阿部十郎が、よくわからん新参者に立場を奪われ、そこから伊東一派ともに新選組を脱退し、その後薩摩の砲兵隊に参加。伏見の戦いでは新選組と敵味方になる。それが清々しいお話。彼は維新後まで生き延びる人だし。

で、その「よくわからん新参者」も面白い。大林兵庫と名のり、長倉新八の師匠筋だと言い、土方、近藤らもそれを信じてしまう。んで、長倉も、誰だかわからんクセに「知り合いだ」「師匠の弟だ」と言われるままに、なんとなくそんな気がしてしまうという、登場人物がみんなおもしろい。

菊一文字

刀を研ぎに出した沖田が、かわりに名刀、菊一文字を借り受ける。その帰りに賊に狙われるが、借りたものだし、あまりに神秘的な刀でもあり、逃げて帰ってきてしまう。しかしその後、同じ賊に沖田の配下が殺されたことから、菊一文字で斬ることにする。

『新選組血風録』では沖田はいつも飄々とみんなから愛され、かわいらしい存在として描かれているが、最後の最後は剣豪の姿で終わっていてよきよき(*´ω`*)

シリーズで読んでいこうか^^

本作は短編が映画化されていたり、他の作品の元ネタ的なものも散見されて、他作品も触れたくなるところですね。

あさよるも張り切って、NHK大河ドラマ『新選組!』のDVDを借りにTSUTAYAへ行ったのですが、なぜか『真田丸』をレンタルしてきましたw 『新選組!』はまた来月辺りに……。それまでに、ちょっくら書籍を当たって、記憶のバージョンアップしておきたいっす(`・ω・´)b

あさよるネット、たぶん読書傾向には偏りがあって、シリーズ化を意図はしていませんが結果的に同じよなジャンルの本を立て続けに読んでいることがあります。新選組シリーズ(幕末シリーズ)のページ作ろうかな~。

関連記事

続きを読む

『燃えよ剣』|もっと読みたい!

こんにちは。あさよるです。先日、こんなネット記事を見かけました。

内容を簡単にまとめると、とあるTwitterユーザーの蔵から曾祖母様の日記が見つかって、大学のゼミの先生に見せたところ、曾祖母様自作の新選組の土方歳三と沖田総司のBL小説と、土方と自分の夢小説だったというもの。どうやら曾祖母様は新選組屯所のお隣にお住まいだったそう。

……これはエモい! 「エモい」って言葉を最近覚えたばかりで使いどころがわかってなかったが、「これが〈エモい〉なのか!」とヘンな盛り上がり方をしております。ソースがTwitterなので信憑性がわかりませんが、ええ話ですなぁ~。「このおばあさん、今年の盆は帰ってこれないね」「いや、毎年コミケ行ってんじゃね?」なんて(サーセンm(__)m)。

そして、この話題に触発されて、あさよるもかつての愛読書『燃えよ剣』を久々に読み返すのでありました。

創作欲をかき立てる小説

『燃えよ剣』は、土方歳三が主人公の司馬遼太郎の小説です。司馬先生の代表作の一つと言っていいでしょう(よね?)。生来の喧嘩師だった土方が、時代の巡りあわせで今日へ上京し、帯刀を許されチャンバラに明け暮れる前半。後半は、時代は変わり、戊辰戦争勃発で鳥羽伏見の戦いで敗戦し、江戸へ帰り、東北、そして函館戦争で最期を遂げるまでのお話です。

お話の中で、印象的なのは宿敵とのバトルと、その途中出会った女性「お雪」との恋。この恋が、これが激熱なんですよね~。お雪さんはええ女だし、土方がまた超キュートすぎて、司馬遼太郎小説に出てくるヒーローたちは、キュンキュンするんですが、『燃えよ剣』の土方は格別だ。

で、この『燃えよ剣』の面白がりポイントは、『燃えよ剣』から派生して小説やマンガ、ドラマなど創作物がたくさん作られているところでしょう。これからシリーズ的に、新選組モノ、幕末モノ書籍を読んでまとめるのも面白いかもなぁなんて、ワクワクしております(^^)v (何を隠そう、あさよるも、どっぷり『燃えよ剣』きかっけで幕末モノにハマってた時期があって、その頃に作りかけてた案もあるので、掘り返していきたいですm(__)m)

足りない!から読みたい!

出典を忘れてしまったので偉そうなことが書けないのですが、先日「ネットで評価の高い映画は、次の映画が見たくなる作品だ」という記事がありまして、そこから派生して「きっと、みんなが愛してしまう作品というのは、それだけでは不完全だったり、なにか足りない要素があって、それを補いたくて他の作品を欲してしまうものではないか」という仮説を立てました。

そして『燃えよ剣』もまさにそういう作品じゃないかと思うんですよね。まず、なんと言っても「短い」! 今回久々に読み返して「あれ?こんなに短い小説だったっけ?」と驚きました。もっと読みたい。もっとこの世界に浸ってたいし、もっとキャラクターの心情を知りたい。だけど、物語は淡々と進んでいき、たった上下2巻で終わってしまう。圧倒的に「足りない」し、「もっと追いかけたい」んですよね。これが、「他の作品を読みたい」原動力なんだろうと思います。また、『燃えよ剣』から派生している作品がたくさんあるのも納得できます。

あともう一つ驚いたのは、思ってたよりも司馬先生の「以下余談ながら」が少なかったことですね(笑)。説明がとても少ない。もっと説明書きが長いと思っていました。むしろすごく淡泊。池田屋事件なんかも、ト書きくらいな感じで、要点だけ書かれている感じだった。これも記憶の中と実際が違っていたなぁ。これももっと他の資料に当たって掘り下げたくなる理由かもな、と。

以下、あさよるの好きな新選組作品の話

個人的に好きなのは、みなもと太郎さんの『冗談新選組』。これは『燃えよ剣』のパロディマンガですね(どちらかというとドラマ版のパロディっぽい)。終始ドタバタが、『風雲児たち』にも引き継がれていて、よろし。

(↑『冗談新選組』kindle unlimited版アリ-2018/08/17現在)

あと、今パッと思いつくのが、映画版『壬生義士伝』の佐藤浩市の着流し姿ががエロくて……///。佐藤浩市さんは斎藤一役で、沖田総司が堺雅人さんなのが個人的にたまらんという。映画版『壬生義士伝』は配役がツボったな。小説版ももちろん読みましたが、小説も好きなんだけど、吉村貫一郎の最期が苦しいんですよね( ノД;)

(↑Amazonプライムで見られます)

数を上げるとキリがなさそうなので、今後、ブログで書いてきたいなぁと思います。

あ、新選組、幕末モノのドはまりしてた頃にテレビ放送していたのが、野村萬斎さんのNHKドラマ『鞍馬天狗』で、鞍馬天狗の宿敵の新選組が「どんだけ隊士がおんねんww」とツッコみつつ、バッサバッサと鞍馬天狗が新選組隊士を倒しまくる、ザ・悪役新選組で、これはこれですごく好きでした。これ、TSUTAYAであるかなぁ~。また見たいな。

この『鞍馬天狗』は、司馬遼太郎の『燃えよ剣』路線じゃないけど(なにせ「鞍馬天狗」ですからね)。

あさよるは、10年以上前にも読書記録をつけるブログを書いていまして、その頃のログを見ると新選組、幕末モノばかりなので、過去の書き散らしを有効活用してきたいです。

関連記事

続きを読む

『ヘンな論文』|論文のテーマ探しは身近にある?

こんにちは。あさよるです。毎日暑くてダルいですから、サクッと軽く読める本がないかと、積読してた『ヘンな論文』に着手しました。ただこの本、軽く読めるちゃあ読めるんですが、内容は面白いのでじっくり読んでしまいましたw 世の中にはヘンな論文を書く人もいれば、ヘンな論文を読むのが好きな人もいて、さらに本にまとめちゃう人もいるんですね~。

身近なネタから論文ができる

本書『ヘンな論文』は、著者が「サンキュータツオ」さんというユニークなお名前なこともあり、てっきりヘンな論文を集めたネタ本なのかと思いきや、結構まじめに面白い本でした。

まず「ヘンな論文」が集められているのですが、どれも着眼点が「面白い論文」で、ものすごく気になる研究が集められています。第二章の“公園の斜面に座る「カップルの観察」”とかすごく気になります。有名な話では、京都の鴨川沿いに座って並ぶカップルが等間隔に並んでいるという話がありますが、あれを真面目に研究してみた論文です。カップルの隣にいる人との距離と時間帯により、抱き合ったり、手をつないだりと、カップルの密着度も変わるそうです。また、海沿いでは横にいる人との距離を気にしますが、斜面居座っているカップルは前後のグループとの距離を気にするそうです。「だからなんだ」という研究な気もしますが「ヒトの習性」として面白いですね。

女子高と共学では、女生徒の服装や行動が変わるという研究も、同じく「ヒトの習性」を垣間見れて興味深いものです。女子高では制服で登校してきてもすぐ体操服に着替えてしまい、髪形はショートカットが多く、化粧もしない人が多く、文化祭では被り物(馬とか大仏とか)が好まれます。しかし男女共学校では、制服を着替えず、髪が長い生徒が多く、化粧に興味がないと言いながらメイクしている生徒が増え、学際でも浴衣姿やメイド服が目立ちます。

元近鉄ファンの生態も、大阪府民の あさよるとしては興味深い。近鉄バファローズが解散し、オリックス・バファローズに吸収され、選手はオリックスと楽天に分配されました。その元近鉄ファンたちにアンケート調査し、生態を探るものです。ちなみに あさよるの周りでは今は楽天を応援してる人が多いですね。

“「コーヒーカップ」の音の科学”では、「コーヒーカップにインスタントコーヒーとお湯を入れて混ぜていると、カップに当たるスプーンの音がだんだん高くなっていく」と教え子から聞いたことで、研究が始まりました。この論文を書いたのは高校の物理教諭です。学術論文は大学の先生でなくても学会に所属していれば書くことができます。この研究では、インスタントコーヒー粉末と一緒にお湯の中に混ざっている空気が抜けていくと音が高くなっていくと結論付けています。しかし、先に同じ研究をし論文を発表している人が世界にいたため、この論文は発表されませんでした。

ネタはこう探す:論文の書き方、コツ

本書『ヘンな論文』は、ヘンな論文を茶化してる本ではなく、むしろ「研究テーマはこんなに身近に溢れてる」と好奇心掻き立てられるものです。おっぱいの揺れ方を真剣に研究していたり、ネコの癒しを研究している人もいる。大学の研究、論文っていうと、ものすごいメカメカしい最新メカに囲まれてビン底メガネをかけた研究者が哲学的なよくわからん話をしていたり、ザ・マッドサイエンティストが緑色の試験官を両手に持っているワケではないのです(なにそのイメージ)。

『ヘンな論文』で紹介される論文たちは、世間話の中でネタに上がるようなテーマばかりです。等間隔に並ぶカップル然り、ネコが宇宙のヒエラルキーの頂点に君臨していること然り、いわずもがなですよね(キッパリ)。で、それを実際に研究し、その結果を論文にまとめている人がいるってだけです。

もし卒論のテーマで悩んでいる人がいれば、本書『ヘンな論文』はオススメです。普段1mmたりとも考えてないようなテーマを掲げる必要はなく、身近なテーマに目を向けてみるきっかけになるでしょう。

大学進学を考えている中高生へ

論文ってなんだ? 大学の先生って何を研究してるんだ? と、これから大学進学を考える中高生にも『ヘンな論文』はなかなかワクワクする読書体験を与えてくれるんじゃないでしょうか。簡単ではありますが、論文とは何か、どうやって論文は書かれるのかも紹介されています。

研究についてこんな説明もなされています。

 美しい夕景を見たとき、それを絵に描く人もいれば、文章に書く人もいるし、歌で感動を表現する人がいる。
しかし、そういう人たちのなかに、その景色の美しさの理由を知りたくて、色素を解析したり構図の配置を計算したり、空気と気温を計る人がいる。それが研究する、ということである。
だから、研究論文は、絵画や作家や歌手と並列の、アウトプットされた「表現」でもある。無粋だという人もいれば、最高にポエジーだという人もいるだろう。美しいものを配置する法則もまた美しい。数学者や物理学者に詩人が多いのはこういうことに由来するのではないかと思う。
研究は未来を予見する表現だ。
p.77-78

世界の心理を研究し、論文にまとめて書いて発表するのか、絵にかいたり音楽に乗せるのか、表現の仕方が違うだけでやってることは同じなんですね。自分も将来論文を書くかもや論文書きたいと思う人にオススメです。

関連記事

続きを読む

『モヤモヤするあの人』|読むほど常識がゲシュタルト崩壊

『モヤモヤするあの人』挿絵イラスト

この本めっちゃモヤモヤするー!!/(^o^)\

やばい、読み始める前のモヤモヤのない世界に帰りたいww こんにちは、あさよるです。ああ、そんな大したこと書いてある本ではないハズなのに、なんだかすごくナンセンスでおかしな話が展開されている気もする本に遭遇してしまった~。サクッと簡単に読めるコラム集で、一つ一つの話はそう、そんな大それた話をしてるワケじゃないのに、読了後なんか「生きるとは」みたいな、でっかいことを考えてしまったww

それにしても、あさよるにとっては知らなかった常識をたくさん仕入れることができたので良い読書でした。

追記(2017/07/24)

著者の宮崎智之さんからメッセージいただきました(^^♪

これはアリ?ナシ? あの人は一体何?

本書『モヤモヤするあの人』は、巷の「なんとなくモヤモヤする話」を集めた本です。著者の宮崎智之さんは「人間観察」が趣味という。

人間観察は、場所や時間を問わずに行われる。ある時は、カフェの隣の席で怪しげな勧誘をしている若い女性に目がいき、ある時は、バーで女性を口説こうとしている40代後半の小太りなおじさんに目がいく。おじさんは、弁護士事務所に勤務していると名乗っているけど、手相占いと称して女性の手に触ろうとするその行動は、法律的にセーフなのだろうか。
また、駅のホームで固く抱擁しながら海藻のように揺れている謎のカップルにも、ついつい目を奪われてしまう。大人なんだから終電を気にせずホテルにでも行けばいいと思うが、そうもいかないのだろう。もしかしたら不倫なのかもしれない。それにしても、この手のカップルに美男美女を見たことがないのは、なぜだろうか。
ビジネスシーンもモヤモヤの宝庫だ。スーツにリュックで営業先に行くことは失礼にあたるのか。大雪が降っても定時に出社しなければいけないのは、どうしてなのか。SNSで嫌いな上司から友達申請が来た場合、部下はどう対応すればいいのだろうか。

p.4-5

「とるにたらない話題」と称されているんだけれども、ああもう、こうやって指摘されちゃうと気になり始めて仕方ない。「終電間際の駅で〈海藻〉のように揺れているカップル」ってw 確かに彼らは何をやってるんだろう。別れを惜しんでいのだとしたら、二人はそれぞれの自宅に分かれ分かれ帰宅するのは決まっているということなのだろうか。言われてみればホテルでも行けよ、という気もする。

「スーツにリュックはアリか」というのも、言われるとすごく気になる。いるよね、リュック背負ってる人。通勤スタイルとしてはリュックは便利でいいと思うけど、あれでお客様の前に出るにはカジュアルすぎるような気がするなあ。通勤用と、勤務中用のカバンを2つ用意したらいいんじゃないかと思うけど……。

本書は大きく2つの章に分かれている。「これはアリかナシか」という二択と、「あの人は一体何なんだ」という問いである。

世界には我慢できることとできないことがある!

本書『モヤモヤするあの人』で取り上げられる話題をかいつまんで、あさよるの主観を交えて紹介してみる。主観が多めなのでご注意。この「モヤモヤ」は、なんとなく納得できないんだけれども、だけど相手を糾弾するほどのことでもない感じ、と言ってもいいかもしれない。

例えば、大きな災害や事件が起こると「不謹慎厨」が沸く。他人の発するツイートやブログ記事に対して「こんなときに不謹慎な!」と怒り始める人たちだ。まあでも、気持ちはわからなくはない。ショックの大きい出来事に出合うと、とてもヘラヘラする気になれないし、そんなときに浮かれたことをしている人と温度差を感じることもある。だけど、だからと言って「不謹慎だ」と憤るほどのことでもないと感じる。社会を揺るがすような出来事であればあるほど、その他の人は「いつもと同じ通りに生活をする」ことが「平穏」を取り戻すために必要な力だ。大変な時こそ「いつもと同じ通りに生活をする」べきなのかもしれない。

少なくともあさよるは、この二つの間で揺れ動く。「いつも通りに生活をする大切さ」もわかるし、だけど浮かれた話題に対しては気持ちをどこに持って行っていいかわからない。いや、浮かれた話題はまだいいけれど、あさよるが動揺してしまうのは「野次馬」的な言動を見聞きすることだ。わざわざ危険な場所に出向いて写真を撮って、それをインターネット上にアップロードすることになにか意味があるのだろうか。自分のツイートもバズると思ったのだろうか。

「モヤモヤ」はそんな、気持ちをどう持って行っていいのかわからないときに起こるんじゃないかと思う。

食べ物の相性は重大だ

本書で最もショッキングだった「モヤモヤ」は、「焼き鳥を串から外して食べる」という常識があるらしいことだった。しかも、ガブっと齧り付けずに串から外すのではなく、「みんなとシェアするため」に串から外すらしい。つまり、一本の串を複数人で分けて……食べる……だと……? そんなん、自分の食べたい串一本頼んだらええやん。

あさよるの世界軸にはそのような慣習がなかったため、とても戸惑っている。あさよる的には、串から外してバラバラにして冷めてしまった焼き鳥はおいしそうな気がしないんだけれども、どうなんだろう。

こういう、食べ物に関する相性はとても重大だ。あさよるも昔、とことん食べ物の好みが合わない人と一緒にいて、ほんとにとてもとても疲弊してしまった経験がある。「この時間帯にこれ食べるの?」って感覚も違うし、「食べ方」も違っていて、食事中の会話も弾まずただひたすら気まずい時間だった。これはかなり堪える。

焼き鳥の串外し問題も同様に、実はとても根が深い話ではないかと思う。ただもちろん、どちらが正しい/間違っているわけでもないし、他人に強要することでもない。ただ「モヤモヤ」するのみである。

『モヤモヤするあの人』挿絵イラスト

サプライズは良いこと!?

焼き鳥問題と同じくらい衝撃だったのは「サプライズ」に関する話題だ。サプライズって、あれだ、あの、「フラッシュモブ」とかいうやつだ。公園にデートに行くと突然公園にいた人たちが踊り始めて、彼が最後にプロポーズするとか、結婚式で出席者たちが踊り始めたりするやつだ。あんなの喜ぶ人がいるのかと訝しんでいたが、なんと本書によると、

ネットマーケティングが2015年3月に実施した調査によると、「恋人からサプライズされると嬉しい」と思っている男性は94%、女性は96%にのぼっている。(中略)予定調和を崩す意表をついた演出は刺激的で、胸ときめくもの――。世間の大多数が、そう考えているのである。(p.143-144)

男性94%、女性96%って、圧倒的多数じゃまいか! え!? みんなそんな感じだったの!? サプライズ嬉しいの!? あさよるが空気読めてないことに気づいてものすごくショックでしたorz

あさよる的には、言葉によって、これからの話も話し合える人がいいです……。「サプライズ」っていうけど、突拍子もなく告白やプロポーズしてるんじゃなくって、お互いにもう確信している状態で、最後の口頭の約束をしているんだと思うんだけどなぁ……違うのかなぁ(弱気)。

ちなみに、街中の広告用の大型ビジョンに、自分のメッセージを掲載してもらうのは、割と手の届く値段でできるらしい。サービスをまとめておられる方がいらしたので、リンクのせておきます。

イラつく人にイラつく

街中のモヤモヤの代表格は、電車の中でお年寄りに席を譲ってよいものか……という葛藤です。今の人はみんな若いですから、席を譲ると申し出ても断られてしまうどころか、小競り合いになることもあるそうです(反対に、席を譲らないことでモメることもあるそう)。あるいは、電車の中で赤ちゃんが泣き始めて……イラっとしてしまう。

本書では、著者の宮崎智之さんは「赤ちゃんの泣き声に苛立つ」というよりは「赤ちゃんの泣き声に苛立つ人に苛立ってしまう」と書かれていました。あさよるも同じで、別に赤ちゃんの声なんて気にならないんだけど、「イライラする人がいるんじゃないか」「文句を言う人がいたら嫌だなあ」「もし怒る人がいたら、私はどんな行動を取ればいいんだろう……」と、周りの大人たちへの警戒心でピリピリしてしまいます。

「イラつく人にイラつく」状態です。

これにちょっと似ているなぁと思うのは、電車の中で化粧をする女性。電車内で化粧をする行為への是非はともかく、その人がいることで周囲が緊張している感じがツライ……。

まさに「モヤモヤ」ですよね。一旦モメごとが起こったならば、自分はそれに適切に対応するしかないのですが、「モメてないけど、これからモメるかもしれない」という宙ぶらりんの緊張感がモヤモヤします。

化粧ってマナーだったの!?

電車の中で化粧はどうなの? って話題で登場した概念にも驚いた。それは「女性の化粧はマナー」だというもの。え、化粧ってマナーだったの? すっぴんはマナー違反ってこと……? あさよるは「社会人としての最低限の身だしなみ」は男女ともに求められていると思うし、さらに職業によってはより身だしなみに気を遣う職種もあるだろう。しかし、「それ以上に着飾ること」は個人の趣味だと思ってたよ……。ショッキンッ!

非リアとして生きる

「モヤモヤ」は、「リア充」たちに向ける非リアたちの眼差しにも感じます。いや、あさよるも非リアの一人ですから心が痛んだ話。リア充たちはこれでもかとSNSにリア充感満載の投稿をしまくってくる。しかも彼らの投稿が気に障るのは「非リアのために配慮されている」ところだと指摘されていた。つまり「花火大会楽しかった!また来年も行こうね」と写真付きで投稿するんだけれども、「誰と一緒に行ったのか」はボカされている。どうせカップルで行ったんだろうに、非リアに配慮して恋人の存在はぼやかされてるんですってよ! まったく! なんかものすごく言いがかりな気がするw

で、われわれ非リアたちは、「リア充」を心のどこかで見下している、とも紹介されている。センスが悪くて「パーリーピーポーウェーイww」みたいにラベルを張ることで、心を落ち着かせているのかもしれない。

これもまあ、モヤモヤする話ですな。

〇〇ヅラする人々

「彼氏面する男」というのが本書に登場します。別に恋人同士でもないのに、というか、そんなに親しいわけでもないのに、なぜだか彼氏のような振る舞いをする男がいるらしい。服装をチェックしたり、他の男性と話していると「嫉妬する」と告げられるんだって。なぜか女性に対して上から目線なのもポイントだ。

でもこれって、女性版の「彼女面する女」もいるよね。カップルでもないのになんか男性の世話をせっせと焼く人。ああ~、特に親しくもないのに「親友面」する人もいるやねw なんか突然ぶっちゃけ話をしろと迫られたり、「悩みならなんでも聞くから」となにも相談してないのに申し出てくださる人ね。

「意識高い系」だって、別に優秀なわけじゃないのにさも優秀な人間のように振舞ったり、特別な努力をしているわけでもないのに頑張ってる感を出して着たり、忙しいアピールとかね。

おもしろおかしく他人の姿を笑うこともできるけれども、「じゃあ、自分はいったいどうなんだ」って考えると、笑顔が引きつります(苦笑)。あさよるも、ついつい「〇〇ヅラ」してるのかもな~……と、やってるよなぁ~(;’∀’)(;’∀’)(;’∀’)

あさよるもまた、ある時は他人をモヤモヤさせているのだった。

あ~モヤモヤする

『モヤモヤするあの人』はいくら読んでもスッキリしません。わざわざモヤモヤの不快感に突っ込んでいくような本かもしれません。しかし……考えてみると、むしろ現代のわれわれは「スッキリとわかりやすい話」に慣れすぎていて、答えのない問を繰り返すストレスに耐えられなくなっているのではないでしょうか。池上彰さんの解説は確かにわかりやすいし、面白いけれども、やっぱりバラエティー番組として昇華されていて、あくまで「快楽」ですよね。「わかった気になって気持ちいい」んです。だけど、本当の大問題というのは、答えがないから問題であって、30分やそこら、アニメーションや模型を使って解説して答えがスッキリ見つかるわけではありません。

『モヤモヤするあの人』は、なーんにも考えなくなっちゃった頭には、ある意味刺激的です。読めば読むほど「モヤモヤ」が増すんですから。だけど、ものすごーく大きな大問題を扱っているわけじゃなく、あくまで与太話の範疇。仲間内でダベリながらいいネタになるような話ばかりです。

あさよるは、自分の常識とは違う常識をいくつも発見しました。みなさんはどうでしょう~。

関連記事

続きを読む

『速読勉強法』|参考書を自分専用カスタムで時短!何度も読もう

『速読勉強法』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。先週読んだ『高速回転仕事術』が良い内容だったので、続けて同じ著者の『速読勉強術』を手に取りました。

また、先週読んだ『独学勉強法』も良書で、素直に「勉強しよう」とパワーが出る本だったので、勉強術の本であることも、決め手でした。

「速読」って憧れるけど、ホントにテレビで紹介されるような速読ってできるの?と疑問でしたが、本書の著者も速読には入れ込んでいたことがあるそうです。その結果、導き出された「速読勉強術」をどうぞ。

すばやく、何度もやる!

本書『速読勉強術』は、資格試験やスキルアップのための「勉強」を効率よく高速で目標達成するための指南書です。「速読」と銘打たれているように、資料を速読するのですが、「特殊技能としての速読法」とは違った説明がなされています。

著者の宇都出雅巳さんも巷に良くある「速読術」にハマって、お金も使って勉強したそうです。しかし、速読よりももっと単純なことが本書で紹介されています。それは「初めて読む本よりも、2回目読む本の方が早く読める」ことです。初見の本よりも、何度も何度も繰り返し読んだ本の方が、内容がわかっているだけに、すごいスピードで読めるのです。それが「速読勉強術」のポイントです。

資格取得のため勉強するときは、参考書にガシガシ書き込みをして、本を「自分オリジナルテキスト」に作り替えていきます。完全に頭に入っている箇所は、もう読む必要がありませんから、大きく「×」をしましょう。また、問題集を解くときは、回答を切り離して、時短します。とことんまで本を自分にとって「読みやすく」「使いやすく」カスタマイズしていくことが大切です。そうやって作り込んだテキストなら、パッと見るだけで速読できて当然ですよね。

『速読勉強法』挿絵イラスト

目的を達成しよう。資格取得? スキルアップ?

『速読勉強術』で紹介される勉強法は、しっかりと勉強する「目的」が自分の中にある人に向いたものです。ある人は資格試験かもしれませんし、別の人はスキルアップかもしれません。また自分のライフワークに取り組む人もいます。

どんな勉強法でも、大事なのは「目的を達成すること」です。本書でもそこに重点が置かれています。たとえば、資格取得のための勉強なら、目標は「試験に合格すること」です。なにも満点を取る必要はありません。合格点が70点なら、70点取れる勉強をすれば良いのです。それを真面目にパーフェクトを目指すことで、もたついてしまう必要はないのです。

目標を明確に据え、そのために惜しまず何度も何度もスピーディーに繰り返し勉強しましょう。

「1回で成功させたい」って〈手抜き〉予備軍?

本書『速読勉強術』を読んでは「何回も何回も読み倒す」「テキスト・参考書に書き込みしまくる」ことでスピードアップが図られています。ここで、はたと気づきました。もしかして「テキストを汚さないように勉強する」って、自分への恰好の「怠け」の言い訳になっているかもしれない。テキストを汚さないよう、ノートに問題を移しとっている時間、自分は「勉強してる感」を感じているかもしれない……(;’∀’)

また、同著者の『高速回転仕事術』でも、とりあえず最後までやってみて、それから何度も繰り返し取り組んで精度を上げてゆくやり方が紹介されていました。これって反対に言えば、「最初の一回で成功させようとするから手が止まってしまう」とも言えます。

「質にこだわる」「細部まで気を配る」のは素晴らしいことです。しかし、それは一歩違えば自分への最高の言い訳にになってしまうんだとも思いました。すなわち「量よりも質」と嘯いて、サボってしまうかも。

「たった1回で成功させたい」と、できるものならそうしたいですが、実際にはそう上手くいきません。むしろ「量よりも質で勝負」と言いながら、これ幸いと手抜きしてることの方が多かったナと反省しました。

「がんばってますアピール」も一つの目的

本書『速読勉強術』は、高速で勉強をしながら、短期間で結果を出すためのメソッドです。たぶんここに書かれていることは本当で、著者の言う通りに勉強すれば、誰だって成果に繋がるだろうと感じました。

しかし、「人の心」はそう単純でもありません。ときには「がんばってるアピール」を他人にしたいこともありますし、自分自身を「私はがんばってる」と騙しとおしたいこともあるでしょう。そういう時には、本書は全く不親切です。なにも言い訳させてくれないのですから!

きれいにノートを作って悦に浸りたい時間も人にはあります。周囲に意識高い系をアピりたいこともあります。それが人情ってもんでしょ。そういうときは、本書を読むフリだけをして、実行しないように気をつけましょう。

関連記事

宇都出雅巳さんの本

勉強法の本

速読・読書術の本

続きを読む

『世にも奇妙な人体実験の歴史 』|命知らずな科学者列伝

『世にも奇妙な人体実験の歴史 』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。あさよるのイタイケな幼少期時代、子どもらしく虫やカエルで遊んでいました。「実験」もよくしました。それは重力や水の表面張力についてよく知ることになりましたし、まあ、子どもの遊びって残酷ですよね。

本書『世にも奇妙な人体実験の歴史』は、子どもの頃の好奇心を持ったまま科学者となり、実験を続けているマッドサイエンティストたちの記録です。命知らずの医者や、人を人とも感じていない当時の価値観が交錯する、なんともふしぎな世界を醸す一冊でした。

マッドサイエンティストの世界へ

本書『世にも奇妙な人体実験の歴史』は、人類の歴史の中の果敢なマッドサイエンティストたちのエピソード集です。「果敢」と書きましたが、うーん、ほかにどんな言葉で紹介すれば良いのやら。今となっては常識の知識であっても、かつては原因不明の病気や症状であったのです。謎を解き明かすため、あくまで科学的探究心を心に灯して研究に邁進する姿は、まさに多くの人が思い浮かべる「科学者」の姿であろうと思われます。

しかし……本書で紹介される科学者たちは、確かに世紀の大発見をした偉人たちなのですが、向こう見ずで乱暴な人体実験を繰り返す……なんと言っていいんだろう。「実験、雑っ!」というのが、感想でしたww

科学者とは……以下ry

印象に残ている話をいくつかあげます。

まず、心臓にカテーテルを通す手術をした外科医フォルスマン。彼は人体実験の検体として、自分の体で実験を始めます。自分で自分のオペって『ブラックジャック』の世界観をリアルにやってるんですよ。しかもその実験、犬の心臓にカテーテルを通したときは失敗して犬は死んでしまいました。助手に「危険はない」とウソをついて、自分の血管からカテーテルを挿入し、レントゲンで確認しながら心臓にカテーテルを通しました。「どんな心臓しとんねん」というのがこの話の主題です。

麻酔の発明は、人類の歴史の中で大きな飛躍になりました。麻酔がなかった時代、外科医は力が強く、早業で身体を切り落とせる職人でなければなりませんでした。患者の気を失わせるために、酒を飲ませたり、桶を頭にかぶせトンカチで殴り気絶させました。毒ニンジンのエキスを使った麻酔を試したところ、患者は二度と目を覚ましませんでした。そんな中やっと「笑気麻酔」が発見されます。しかし、麻酔の適量がわからず、麻酔が効かなかったり、効きすぎて死んでしまうこともあります。また、麻酔の研究する科学者たちは必ず自らでも人体実験をし、みな中毒になりました。医療の姿を変えた「麻酔」の発明は、地道で苦難の道があったのでした。

人体実験に必要な「検体」集めに奔走する科学者の姿も印象的です。かつて医学生たちは座学しか学ばず、現場で生まれて初めて「人の体を切る」というなんとも無謀なことをしていました。学生には実際に人間の体で慣れておかないといけないと「死体」集めの奔走が始まるのです。検体集めはエスカレートし、墓暴きや、殺人まで起こりました。

現代の医療は、いかに「人道的」であるか染み入ります。医師たちが我々の体をモノのように扱おうとも、歴史の中のどの瞬間よりも最も今が「人道的」である……そう思うようにします(苦笑)。

また、人体実験の実験台に、貧しい人や孤児、死刑囚など、人を人として扱わない話てんこ盛りなので、気分の良い話ではありません。あしからず。

今に生まれてよかった……

『世にも奇妙な人体実験の歴史』を読むと、しみじみと「21世紀に生まれてよかった!」と思いますね。特に、麻酔のある時代で良かった。歯医者さんが麻酔使ってくれて良かった良かった。また、歴史の中で「医師」の地位は低いというか、人々から尊敬されない職業なのはなぜだろうと感じていましたが、かつて「迷信」や「デタラメ」「おまじない」のインチキ医者もたくさんいて、民衆が翻弄されていたそうです。そりゃ、みんな医者が嫌いになるわね。それでなくても「病」を扱っていて、できればお世話になりたくない存在なのに。

あさよるは小学生のころキュリー夫人の伝記をよく読みまして、人々が放射線物質に〈魅せられる〉のが印象的で、危険だとわかっていても、研究をやめられません。キュリー夫人も若くして亡くなります。そして、その研究室のあった場所はいまも放射線量が高く、危険なエリアのままです。

本書『世にも奇妙な人体実験の歴史』に登場する科学者たちは、なにかに魅せられ、自分の命を忘れて研究に没頭してしまう、向こう見ずでクレイジーな人々です。少なくとも、あさよるとは全く違うタイプの人だわ。くわばらくわばら。

『世にも奇妙な人体実験の歴史 』挿絵イラスト

関連記事

続きを読む

『正しいウォーキングの始め方』|その歩き方は効いてないかも?

『正しいウォーキングの始め方』挿絵イラスト

こんにちは。運動不足な あさよるです。ちょうど今の季節、どんな服装をしていいのか分からず、外出がとても億劫だ~。半袖じゃ肌寒い。しかし上着を着ると厚い。

特に運動もしてないので「なるべく歩こう」と心がているんですが、この歩き方であっているのか。そして、そもそも歩いてるけど、これってなんか効き目があるのか(なにもしないよりは良いだろうとは思うけど)。

いつものウォーキングは効いてないかも

本書『ウォーキングの始め方』では、正しいウォーキングの知識やが紹介されているのですが、そこで示唆されるのは「いつものウォーキングは効いてないかも?」ということです。

犬の散歩や、通勤時一駅分歩いてみたり、歩く習慣を心掛けている方もいらっしゃるでしょう。しかし、ウォーキングってのは、結構マジメにやると息が上がるような運動みたいですね。最終目標は最大心拍数の70%だそうで、前傾姿勢のフォームでウォーキングをするのですが、それより「ジョギングする方が楽だ」と感じる人もいるそうです。

だから、悪いフォームでダラダラと歩いてもウォーキングの効果は得られません。ウォーキング、ガッチリやるとまあまあの運動強度なのですな。

デスクワーク中心の人はウォーキングを

基本は、いつもの自分の姿勢から活動量を一つ増やすことを目標にしましょう。寝たきりの人は、まずは「立つ」ことを目標に。デスクワークが中心の人は「歩く」を目標にしましょう。ですので、よく歩く仕事をしている方は「走る」を目指しましょう。

突然、強いトレーニングを強いてもできないし、続きません。本書は「ウォーキング」の本ですから、デスクワークが多い人にオススメですね。

目標8千歩。距離を意識しよう

ウォーキングは毎日しても構いません。また、アスファルト舗装された道は足に悪いと地道を選ぶ方もいらっしゃるそうですが、土の上だったら足に負担がかからないわけでもないそうです。

目標は8000歩。また、歩数や歩いた時間だけじゃなく、「歩いた距離」も意識しましょう。だいたい、自分の身長の半分の歩幅が目標らしいです。

細切れでもOK。

ウォーキングは10分とか短い時間を細切れにやってもいいそうです。細切れの時間なら一日の中で捻出できそうです。ただ、短い時間で負荷が少ない運動は達成感が得られないので、少しずつレベルアップしてゆきましょう。

目標は、毎日30分を10週以上続けること。

続けられるなら時間帯はいつでも構いません。前傾フォームで、心拍数を計りながらウォーキングをするので、ランニングを始めるのと同じですね。後々ランニングへシフトできるように、距離を意識して歩いておくと良いでしょう。

歩いてきました(^^)>

糖尿病予防や、ダイエットにも効くウォーキング。前傾姿勢で正しいフォームで歩くと、体幹に力が入り、下腹ぽっこり体形予防にもなるそうです。いいこと尽くめなので、本書を読みながらムクムクと「歩きたい」欲求が高まり、用もないのにウォーキングしてきましたw

途中、TSUTAYAへ寄り道してCDレンタルしたり。ジョギングを始めるように、ウエアやシューズもこだわった方がよさそうですね。また、心拍数や歩いた距離など、記録する準備をしましょう。これまで歩くように心掛けていましたが、記録も取ってないし、ほんと「なんとなく」しかやってなかったので、もっと意識的にしてみます。

『正しいウォーキングの始め方』挿絵イラストアップルウォッチが欲しいですな

関連記事

ウォーキング・歩き方・姿勢の本

ランニングの本

ダイエットの本

トレーニング・ストレッチの本

靴選びの本

続きを読む

大槻ケンヂ『サブカルで食う』|文化系オタク趣味でお金を稼ぐ

『サブカルで食う』挿絵イラスト

こんにちは。サブカルになれなかった あさよるです。10代の頃、サブカル的な存在に憧れていて、日々邁進していたのですが、結果、なんかサブカルとは違った感じのオタクになってしまいました……。「日本語の〈オタク〉というより英語の〈ナード〉だよね」と定評です。 ん?ディスされてんのか!?

友人の中にも〈サブカル〉な人と〈アングラ〉な人がいますが、正直なにが違うのか分からなかった。本書『サブカルで食うの』著者は大槻ケンヂさんで、本書内でサブカルとは、アングラに笑いの要素を加えたものだと定義されていて「なるほど~」と納得しました。なのでアングラ趣味よりも、サブカルのほうが一般受けしやすいと。言われてみれば、アングラなお芝居に誘われたり同人誌を受けとるとき、妙に裏取引をしてる的な感じだった理由がわかりました。

本書は〈サブカル〉の話なので、映画『モテキ』的なノリでOKだそうです。文化系オタク必読です。

「サブカルで生きれたらいいのになあ」…と思う君へ

本書『サブカルで食う』は、「社会適応性も低いし、体力もないし、なんかサブカルなことをして生きていけたらいいのになあ。例えばオーケンのように……」と思う人へ向けて書かれた本です。著者の大槻ケンヂさんは、そんなサブカル周辺で生きたい人のことを、「サブルなくん」「サブルなちゃん」と名づけています。

大槻ケンヂさんもかつて「サブルなくん」でした。本書は一つのケーススタディとして、大槻ケンヂさんがサブルるなくんから、「サブカルで食う」に至った経緯をまとめたものです。

「サブカル」とは

まず「サブカル」とは。本書では、

ややこしい歴史的なことは一切無視して、最近、映画『モテキ』のヒットなどによって注目されている「サブカル」ってアレのことだと思っていただけたら。
「サブカルチャー」じゃなくって、もっと軽い「サブカル」ですね。一応本業らしきものは持っているけど、どう考えてもそれ一本で食っていけるとは思われていないって感じ。
たまにテレビやラジオや雑誌で名前を見たり、そういえば新宿ロフトプラスワンでイベントとかもやっているけど、結局、何をやってるんだかよく分からない。でも、就職しないで好きなことをやって楽しそうに生きている人たち……それが世の中の人がボンヤリとした「サブカル」のイメージじゃないでしょうか。

p.11-12

「これがサブカル」という定義があるわけじゃなく、なんかフワッとした、文化系の趣味が高じて仕事になっているような人のイメージですかね。本職はどうなってんのかわからんけど、ロフトプラスワンでイベントをたまにしているような……ああ、なんかリアルw

サブカルの人たちは「○○になりたい」という夢や目標があるわけじゃなく、何かに打ち込んで△△一筋!ってワケでもない。スポコン的な世界観じゃないのです。ふわっとしたものだから、アレコレといろんな変化球を打ってみる。大槻ケンヂさんの場合はロックバンドがそれで、デビューに至ったけれども「ロックをやるぞ!」と意気込んでそうなったわけではないらしい。

「何かをしたい」「何かができる」人は、そっちに向かって進んでゆきます。しかし、サブカルな人は「何かができない」ことに着眼していて、できないからこそ、変化球を繰り出すことになり、それがヒットすることもあるのだ。

サブカル=アングラ+笑い

本書ではさらに、「サブカル」をアングラ+笑いだと指摘しています。

僕がアングラな世界にどっぷりだった80年代、アングラって本当に気持ち悪いものとして捉えられていました。(中略)その後、「自主制作盤」のことを「インディーズ」と呼んでちょっとオシャレにしたように、「アングラ」だとみんなが引いてしまうので、誰かが「サブカル」と言い換えて敷居を低くしたんだろうなとも思うんですよ。そして、アングラがサブカルに変化していく過程でさらに「笑い」が付け加えられ、より多くの人にとって取っつきやすい軽いものとなったわけです。
「サブカル」というのは「アングラ」に笑いの要素を加えた結果、軽い印象になり、間口が広がったものだと考えることもできるかと思います。

p.15

近年では「サブカル」を自称する人も多いですね。どれくらいの人たちがアングラやサブカルチャーを踏まえているのかわかりませんが「サブカル」という言葉がある一定の知れ渡っていて、その存在も周知されているのは事実でしょう。

オーケンの場合

本書は元サブルなくんだった大槻ケンヂさんが、現在のようにサブカルで食うまでになるまでの経緯を紹介するものです。一つのケーススタディとしましょう。

大槻ケンヂさんの子ども時代は身体が弱く気が弱く、ある日「お前、明日からいじめるぞ」と宣言され、強迫神経症になってしまったエピソードから始まります。教師からも「腐った魚の目をしている」「お前の人生はいつもビリだ!」なんてヒドイことを言われたそうで、お、おう……。

そして当時、インターネットもSNSもない時代です。マイナーな趣味を持つ人たちは、仲間探しにあの手この手を使います。その一つが「机SNS」。机に落書きをしておいて、同志を探すのです。落書きが縁で親しくなった友人とマンガを描いて同人誌を作ろうかと相談しますが、なんか地味だし、友人宅限定のロックバンドを始めました。バンドの名前は「ドテチンズ」。するとオシャレなコピーバンドをやってる同級生から、公民館でのライブの前座を頼まれ初舞台を踏みます。

その後、「ドテチンズ」のメンバーが進学先の大学の先輩に自分たちの音楽を聴いてもらうと、気に入ってもらえ新宿JAMでライブをすることになります。

あの頃、何かを表現したいと思っている少年少女が出会う場所というのはライブハウスしかなかった。だからみんな仲間とつながるため、友達を作るためにはとりあえずライブハウスに通っていたんです。今、SNSでやっていることを、僕らはリアルでやる必要があった。それはとてもいい経験値の上げ方だったと思います。パソコンがなくて僕らは得をした。

p.27

「自分学校」で自習する

ライブハウスでは刺激的な経験をするけれども、学校生活ではパッとしないし、いじめられないよう透明人間のように過ごしていると、精神的に追い詰められて、火炎瓶まで自作してしまいます。

スクールカースト制度からドロップアウトすると、サブルなくんは学校の外にもうひとつの学校を作ろうとするんですよね。言うなれば「自分学校」です。学校の授業についていけない分、そこで自らに何かの宿題を課すわけです。
「俺は数学ができないけれど映画は山ほど観ている」「物理とかも分からないけど、本はこれだけ読んだ」そういった自分に対する宿題。これが彼にとってはちっぽけなプライドになるんです。

p.28-29

映画を見るというのも、「とにかくたくさん見なければならない」と自分に課し、まるで修行のように見まくったそう。もちろん、本も乱読するし、少女マンガまでチェックします。

「プロのお客さん」になるな

本書ではサブカルで食べてゆくために、大槻ケンヂさんはどうやってサブカル力(?)を上げてきたのか、またデビューの経緯や、ブレイク後の仕事や契約の話など、これまでの経験を語っています。

その中で重要だろうと思しきは「プロのお客さんにはなるな」という忠告です。

「プロのお客さん」とは、

サブカルな人になりたいと思って自分学校で一生懸命に自習している人が陥りがちなんですけど、色々な本や映画、ライブ、お笑い、演劇を見ているうちに、それを受容することばかりに心地よさを感じてしまって、観る側のプロみたいになってしまうことってよくあるんです。
だからといって、批評、評論の目を養うわけでもなく、それこそツイッターとかに「今日はそこそこよかったなう」とかつぶやくだけで満足してしまう。それでいてチケットの取り方だけは異常に詳しい……みたいな。そういうのを「プロのお客さん」というんです。

p.36

ドキッ……なんか胸が痛いんですけど……。ただサービスを受容して「ああ気持ちよかった」ってだけじゃただのお客さんです。サブカルな人になるのなら、

色んなライブを観ました、色んな映画を観ました、でも「じゃあその結果、君はどうしたの?」と聞かれると「え? いっぱい観たんですけど……何か?」で終わっちゃう。もちろん、そういう生き方もあると思いますけど、自分も表現活動をこれからしていこうというサブルなくん、サブルなちゃんは、プロのお客さんになっちゃいけませんよ。

p.36-37

ライブや映画鑑賞の結果「〈君は〉どうしたの?」という問いが、サブカルなんですかね。一般の評価とか歴史的位置づけとか、同時代に及ぼした影響とか、そんな話ではなく「君はどうしたの?」と、評価が内に向いています。また、サブカルになりたい人って、ゆくゆくは表現活動をしたいと考えているんですね。そのための肥しとしてのゲージュツ鑑賞なのだ。観賞することが目的になってしまっては、本末転倒なのです。

『サブカルで食う』挿絵イラストIMAXシアターの追加料金で椅子の背もたれの音響が使えるやつ、椅子がめっちゃ揺れる

あとは〈運〉だけなのだ

本書『サブカルで食う』は大槻ケンヂさんの自伝的構成なのです。大槻ケンヂさんはサブカルな仲間とつながるためバンドを始め、ライブハウスのステージに立つようになる頃、ちょうどインディーズブームが起こり、バンドブームに乗って、デビューに至ったと、なにやらそれはまるで「運が良かった」という話になっていますw

あさよるの感想は「大槻ケンヂさんは罪作りな人だなあw」というモノでした。サブカルな活動をしこしことしていて、たまたま「運が良かった」から「サブカルで食う」ことができているという話は、「身も蓋もない」とも言えるし「夢がある」とも感じる人がいるでしょう。あさよるは前者ですw

忘れちゃだめなのは、大槻ケンヂさんはただ映画見たり本読んでただけじゃないんだからね。仲間とバンドをやったり、ステージに立ってたんだからね、と一応書いておこう。

〈サブルなくん〉の言うことがわかった

あさよるの周りにも、サブカルな人になりたい〈サブルなくん〉〈サブルなちゃん〉がいましたw 本書『サブカルで食う』を読みながら、彼らの顔が浮かびます。そして、彼らの言動の意味が少しわかった気がします。それは「ぬるい趣味の延長で食べていけたら」「自分の知識やセンスが認められたら」と言いながら、特に何かに打ち込んでいる様子もないところ。

そうか〈運〉が巡ってくるのを待っているのね。毎日ブログを書いてると、誰かが自分を見初めてくれて、なんかトークライブとかに招待されて、なんとなくギャラや執筆料をそこそこもらって、贅沢しないけどセンスのいい友達が増えて、楽しくやれたらいいなあってことなのか。

みんなバンドやらないのもわかった

大槻ケンヂさんは仲間とバンドをすることで、より多くの仲間をつながりを持とうとしました。しかし、現在はインターネットもSNSもありますから、バンドをする必要はなくなったんですね。今の若い世代はバンドをやらなくてヤバイという話をアチコチで聞きますが、「居場所づくりとしての」「仲間とつながるための」音楽バンドは、やる必要性がなくなってしまった。そのせいでゴソッとバンド人口が減ってしまったのでしょうか。音楽一筋に打ち込む人は、時代や仲間は関係なく打ち込んでいるでしょうし。

今、YouTubeに動画投稿する10代や学生さんたちは、「仲間との思い出作り」や「仲間との活動として」動画を公開していると聞いたことがあります。だから儲けや費用対効果は度外視で動画を作ってるんですね。現在の「サブカル」の発表の場は、YouTubeがステージになっているのでしょうか。

そんなこと言ってる あさよる自身も、10代の頃バンドもやらずにWEBサイトを作って、日々ブログを更新していましたw あさよるにとって、サイトやブログはサブカルな発表の場だったのかもしれません。そして、今もね。

関連記事

続きを読む

『佐伯チズ メソッド 艶つやメイク』|素材から艶やかに

こんにちは。過去の自分の記事を見返して、冬の乾燥対策を今さら始めた あさよるです。記事と本を読み返したのは『今さら聞けないスキンケアの正解』でして、本の中に「美容液を使うべし」と書いてあって、めっちゃ久しぶりに美容液を買ってきました。で、やっぱ使うと肌がピーンと張った感じがして気持ちいいですよね。調子に乗って体にも塗っておいたw

ちなみに、新しく買ってきたのは「ちふれ化粧品」の「美白美容液 VC」です。肌断食と言いますか、長らくほぼスキンケアをしてなかったので、すごく久々で気持ちいいですw 安いし、詰め替え用もあるので、体にも使ってみようかしら……。

「艶」をつくる!

『佐伯チズメソッド 艶つやメイク』は、その名の通り「つや」を作るメイク法です。といっても、ペタペタと塗りたくるメイクじゃないのです。むしろ、汚れはしっかりと取り払い、筋肉をほぐし、むくみを取って、肉体そのものの「つや」を作るメソッドなのです。

佐伯チズさんには『頼るな化粧品!』という著書があります。これは、「化粧品は使うな」という意味ではなく、自分に都合の悪いトラブルを化粧品を塗ることで解消しようとすることへの警告です。体調管理や手入れを怠ってはいけないのです。『艶つやメイク』でも、シミが気になるからレーザーを当てようかというお客様に対して、きちんと対処すればシミは薄くなると説いています。

また、自分のコンプレックスも受け入れられるように、自分を変えていく大切さも。例えば、本書が最初に出版されたのは2005年で、当時は髪を明るいカラーに染め、目の周りを真っ黒に塗りたくるメイクが流行っていました。ブロンドの髪はステキですし、外国人のようなスッと細くて高い鼻や、大きな目も憧れます。だけど、自分の持っている姿かたちも同じように大事で、ステキだと思えるようになりましょう。「謙虚」なのか、日本人は自分の容姿を悪く思っている人が多いんだそうです。自信のなさや劣等感は見た目にも表れますから、どんどんネガティブに働いてしまいます。

自分に自信を持つためにも、自分をぞんざいに扱わずに、手間暇をかけてみるのも良いですね。脳科学者の中野信子さんの著書『科学がつきとめた「運のいい人」』でも、運のいい人や世界で活躍する人は、自分を大事に扱うと紹介されていました。

普段は素材を見せるメイクで

佐伯チズさんが推奨するメイクは、ナチュラルメイク。もちろん、特別な日は華やかに着飾ればよいのですが、普段の日常メイクは抑え目に。で、佐伯チズさんは、日焼け止めと乳液、ファンデーションを混ぜて使う時短アイデアを提唱なさっているのですが、これって今でいう「BBクリーム」ですよね。

また、化粧品を塗るときも、顔のマッサージと同時にすれば時短になります。

佐伯チズさんは自分の身だしなみに手を抜かない、その代わりに時短できるものは同時進行で、ながらの美容を提唱しておられます。特に、朝の身支度は時間との勝負ですが、佐伯チズさんはスキンケア、マッサージからメイクまですべての工程を20分で終えるというからビックリ!

メイクオフに時間をかける

かなりのページを割かれているのは、メイクオフや洗顔について。雑誌やメディアでは、メイクをする、化粧品を塗ることはたくさん紹介されていますが、メイクオフについては情報が少ないですよね。

現在では「洗いすぎは良くない」「こすってはダメ」とのコスメの宣伝文句が多いのですが、本書が出版されたころは「ダブル洗顔」「汚れを残さない」というのが主流で、ゴシゴシと洗剤で「洗いすぎ」な人が多かったそう。今は反対に、「洗えていない」ことが多いと聞きますし、「洗いすぎはダメ」も「ダブル洗顔」も化粧品の売り文句なのですが、それに振り回されるのもいただけません。またオイルクレンジングもNGらしいのです。

例えばメイクに30分時間をかけたなら、クレンジングもそれと同じかそれ以上の時間をかけて。

メイクやメイクオフの手順は、巻頭にカラー写真で収録されています。

ていねいに、しっかり、きちんと

本書の巻頭には、佐伯チズさんのオススメのコスメやアイテムが収録されています。見ているだけで心トキメク一覧なのですが、その中で「ハッ」と身につまされたものを。

それは「エチケット7」という名前で、持ち歩きする用品がまとめられていました。

  1. お気に入りのハンカチ
  2. 綿棒や爪切りを入れた容器
  3. ハンドクリーム
  4. 食後に噛むガム
  5. お手拭き
  6. ソーイングセット
  7. 保冷剤をタオルハンカチで包んだもの

はてさて「持ってて当然」と思われる方と「レベル高ぇな」と思う人といらっしゃると思います。あさよるは……ハンカチと、時々ハンドクリームを持ってるくらいですね……(;’∀’)>  こういう、ハプニングのときにサッと涼しい顔で対応できるのって素敵だと思います。絆創膏とソーイングセットくらい持っておきたいと思いました。

佐伯チズさんの美容のお話って、自分を丁寧に扱って、しっかりと最後まで、クレンジングをして、マッサージをして、体を休ませて……ということを仰っています。自分にコンプレックスがあるのなら、化粧品や整形手術の技術に頼るのではなく、マッサージをしたり手をかけて、いたわって「変えてゆく」ってこともできます。顔や体って、時間をかければどんどん形が変わってゆくんですね~。

チズさんのお話は、単に上辺のメイクや造作の話だけでなく、考え方や自分との向き合いかた、自分を大切に扱うことなんかに重点が置かれていて、いつも背筋がピッと伸びる気持ちです。

関連記事

佐伯チズさんの本

美容や健康に関する本

続きを読む

『重曹、シンプル生活のすすめ』|寒い日は掃除の本を読んで

こんにちは。落ち込んだ時は掃除の本を読みたい あさよるです。今日は落ち込んだ……というよりも、寒い日が続いてテンション上がらないので、気合を入れるためのドーピングですw 手に取ったのは『重曹、シンプル生活のすすめ』です。これは図書館で見つけて「ジャケ借り」しましたw ガラスのボトルがドンドンドンッと並んでいるの、イケてる~!

あさよるは、ガラスの容器に、粉や液体を混ぜてなにかを作る系の動作に憧れているのかもしれません(^^♪

最小限の掃除道具で

本書『重曹、シンプル生活のすすめ』はこんな魅力的なお話しから始まります。

 重曹でお掃除ができるとはじめて知ったとき、「こんなもので本当にお掃除ができるのかしら」と私は半信半疑でした。でも、面倒なお掃除が少しでも楽になればもうけものだわ。そんな軽い気持ちでレシピを試してみて、私の生活は“一変”しました。
だって、“たったそれだけ”の材料で、キッチンもリビングも、それどころかトイレやバスルームまで“ピカピカ”になってしまったのですから!

(中略)

こうして重曹や酢を使ううちに、場所別に何本もそろえていた洗剤のボトルは、徐々に我が家から姿を消していきました。色も形も大きさもバラバラの洗剤に占拠されていた、かつての棚やシンクが、白と透明のボトルで統一されるようになり、見た目も使いやすさもグンとアップ。

p.6-7

『重曹、シンプル生活のすすめ』で語られるライフハックって、肩ひじ張った感じじゃなくて、掃除用品は少ない道具で使いまわしが効くのがいいわねって、便利さに比重が乗っかっています。自己表現やマウンティングとしてのシンプルライフではなくて、「シンプルな方が便利だ」と効率重視なのが気持ちいいのです。

だから、巻末ではこんな一文があります。

 お掃除はほうきでしなければとか、絶対に重曹でなければと決めてしまうのが、私はどうも苦手です。いろいろなやり方や道具の中から、やりやすいもの、気分よくできるものを集めればいいというのが正直なところ。人が100人いれば、お掃除の仕方も100通り、絶対の正解はないと思うのです。
ですから、多くの方が、私がここに書いたことをいろいろにアレンジして、自分流を楽しんでいただけたらと思います。

p.185-186

「これが正解」を示しているわけではなく、「こんなやり方があるよ」「こんな代用ができるよ」と情報をシェアする本なんですね。ですから、中には重曹やクエン酸等ではなかなか落ちない汚れについても紹介されています。時間をかけて落としていくのもよし、それ専用の市販の洗剤を便利に使ってもよし。自分で組み合わせましょう。

今ある道具でシンプル生活

あさよるが惹かれたのは、表紙にもある掃除道具をビンに詰めてある「見た目」です。用意したいのは、まず重曹(炭酸水素ナトリウム、重炭酸ナトリウム、ベーキングパウダー等)はふりかけ容器や空き瓶に。クエン酸はボトルやスプレー容器に入れて。お酢でも代用できます。固形石鹸、熱湯、炭酸水も掃除用品として用意しましょう。

アイテムも、ボロ布、歯ブラシ、たわし、ズックブラシ、レールブラシ、スポンジ、トイレブラシ、雑巾モップ、ほうき、羽ばたき、スクイージー、バスブラシとまあ、既に家にあったり、100均やホームセンターですぐ買えるものばかり。要するに、めっちゃ手軽だということだ。

んで、スペシャルアイテムとしてスチームクリーナーも登場。これは欲しくなる。

ということで、スチームクリーナー以外はどこの家にでもある道具で掃除をするという、すごくシンプルなライフハックなのです。これで、無限増殖してゆく洗剤たちと手切れとなるならば嬉しい限り。なにせマジで洗剤とそのストックはどんどん増えて管理できず、また同じの買っちゃうからね。

意識高い系を目指すならw

掃除道具が少なくて済むってのは、単身世帯や二人家族なら便利かも。逆に手間がかかる掃除もありますが、そこだけ市販の専門の洗剤使っても良いのではなかろうか。

また、ほうきやブラシや、重曹やクエン酸を入れるビンなど、ちょっと見た目がカッコいいものを選べば、そのまま飾っておけるんじゃないかと思うんですよ。掃除用品って普段見えないように収納しとくと、出し入れが面倒で滞っちゃうのでw

なんかこれだけで「意識高い系」な気になれる気がするw

関連本

『シンプルスキンケア』/前田京子

『お風呂の愉しみ』/前田京子

『はっか油の愉しみ』/前田京子

『簡単に暮らせ』/ちゃくま

続きを読む

『未来のだるまちゃんへ』|目を見開いて、理解して、面白がって

かこさとし『未来のだるまちゃんへ』挿絵イラスト

こんにちは。かこさとしさんブームな あさよる です。きっかけは、「あさよる」の本を見つけたからでした。豆の家族の一日を追っかけるドキュメンタリー絵本です。

さらに『あさよる、なつふゆ、ちきゅううはまわる』という本も見つけて、図書館で資料請求してみました。こちらももちろん かこさとしさんの本です。

で、この本、読んだことあるかもしれない……!というか、図書館に寄贈したの、自分じゃね?というw 「あさよる」って自分で考えた名前だと思ってたんですが、まさか元ネタがあった疑惑……。

かこさとしさんと福岡伸一さんの『ちっちゃな科学』もおもしろかったのです。子どもの好奇心や興味を、大人になってもずっと絶やさないかこさんも素敵です。

だるまちゃんだった

本書『未来のだるまちゃんへ』では、絵本『だるまちゃんとてんぐちゃん』の作者、かこさとしさんの半生と、そして子どもたちへの眼差しが記されています。

『だるまちゃんとてんぐちゃん』とは、1967年に出版された名作絵本です。〈だるまちゃん〉と〈てんぐちゃん〉は仲良しで二人で遊んでいますが〈だるまちゃん〉は〈てんぐちゃん〉のステキな出で立ちが羨ましくなり、お父さんの〈だるまどん〉に帽子や扇子や履物を強請ります。〈だるまどん〉は〈だるまちゃん〉のために道具を用意してくれるのですが、なんだか違う……という、すれ違いがおかしい絵本です。

大人が読んでも面白く、まただるまちゃんが愛おしくてたまらないのですが、どうやら〈だるまちゃん〉のモデルはかこさとしさんご自身の体験にあるそうです。かこさんのお父様は、欲しがってもないのにアレコレと子どもに与えたがる方だったそうで、欲しくもないものを「欲しい」と言い、買い与えられる自分に歯がゆさを感じていらしたそうです。それが〈だるまどん〉の姿であり、欲しくないものを用意されて困っている〈だるまちゃん〉なんですね。もちろん、お父様にも十分に目をかけられない息子への気持ちからなのですが、すれ違いなんですね。

かこさとし『未来のだるまちゃんへ』挿絵イラスト

みんな、だるまちゃん?

〈だるまちゃん〉のもう一つの特徴は、なんでもよく「観察する目」と「好奇心」です。〈てんぐちゃん〉の衣装をよく観察していて、同じものが欲しいと思います。羨ましがっているというよりは「ステキ!」「いいな!」「ほしい!」って素直に自分の興味に従っています。

で、誰もが子ども時代、だるまちゃんだったんじゃない?ってことですね。

『未来のだるまちゃんへ』の中では、かこさんの子ども時代の思い出が語られています。かこさんは福井県で生まれ子ども時代を過ごしました。満州事変のあと、鯖江から兵隊さんたちが大陸へ出兵するのを、学校をあげて見送りへ行きました。そのとき、子ども心に「出征というのは、こんなに寂しいものなのか」と感じたそうです。周りは大人も子どもも「万歳」と声を上げ、旗を振っているのに、兵隊たちは誰も笑っていない。

当時小学一年生だったかこさんだけでなく、多くの子どもたちはその雰囲気を感じ取ったようで、いつも戦争ごっこして遊んでいる子らも、帰り道も黙ったまま。何も知らない子どもだからこそ、その場の「空気」を誰よりも率直に感じたのかもしれません。

「子どもだから何もわからない」のではなく、「こどもだからこそ、理屈じゃなく感覚でわかる」ってこともあるのかも。子どもを侮ってはいけないし、馬鹿にしてはいけない。彼らは「わかっている」んだと思いました。

次のだるまちゃんへ

かこさんはセツルメント活動を通じて、子どもたちを大人の目線で観察し、また絵本作家として活動を開始します。当初は会社員との二足の草わらじで、作家であることも隠していたそうです。家庭では父となりましたが、実の子との一緒に過ごす時間は少なかったと告白されています。家庭よりも、自分の運動や活動に没頭していたというのは、ちょっと意外な横顔でした。かこさんご自身が、夢中にのめりこむ〈だるまちゃん〉だったのです。

子どもたちの関わりの中で、大人の〈だるまちゃん〉の、未来の〈だるまちゃん〉へのメッセージです。

 生きるというのは、本当は、喜びです。
生きていくというのは、本当はとても、うんと面白いこと、楽しいことです。

(中略)

僕は、子どもたちには生きることをうんと喜んでいてほしい。
この世界に対して目を見開いて、それをきちんと理解して面白がっていてほしい。
そうして、自分たちの生きていく場所がよりよいものになるように、うんと力をつけてそれをまた次の世代の子どもたちに、よりよいかたちで手渡してほしい。

p.251-252

「目を見開いて、それをきちんと理解して面白がっていてほしい」というのが、かこさんらしいと思います。世界には悪いことも嫌なことも考えたくないこともいっぱいあるけど、目を見開いて、理解して、そのうえで面白がってほしい。「面白がる」ってのがレベル高いし、ポイントですね。

だるまちゃんだったあさよるは

あさよるも、かつては〈だるまちゃん〉でした。いいや、ホントは今も〈だるまちゃん〉でありたい。けれども、どうだろう、興味や好奇心は尽きていないだろうか。

あさよるも、子どもの頃は何もわかっていなかったけども、なんとなく社会の雰囲気は感じていました。90年代に子ども時代を過ごしたので、将来貧しい社会がやってくることは悟っていたし、9.11テロに大人たちが落ち込んでいる理由がわからなかった。「起こるべくして起こった」としか思わなかった。原子力発電にムリがあるのは理科の本に書いてある。

なのに今なにが起こっているのか、自分の知識が邪魔してまっすぐ目に入りません。子どもの話はバカバカしく聞くに耐えないと感じてしまう。ほんとは、新しい人が古い人に教えてくれているのに。

『未来のだるまちゃんへ』を読んで、結構ヘコみました。〈だるまちゃん〉の話に耳を傾ける〈だるまどん〉はえらい大人だなあ。

関連本

『花森安治の青春』/馬場マコト

『ミライの授業』/瀧本哲史

『本を読む人だけが手にするもの』/藤原和博

続きを読む

『50歳、おしゃれ元年。』|〈あの頃〉をたなおろし〈今〉を選ぶ

こんにちは。オシャレ勉強中の あさよる です。当ブログでもオシャレに関する書籍を多数紹介してきました。あさよるもオシャレを実践しようと、まずはダイエット中です。そこからかいっ!……だって、今のままじゃ素敵なお洋服に袖が通らないもの……(;´д`)トホホ

いつでも〈「今」の自分〉を

本書『50歳、おしゃれ元年。』は、50代女性のファッションについて、ファッションスタイリストの地曳いく子さんが指南するものです。年齢と共に似合うものは変化してゆくのに、いつまでも昔似合ったもの、昔流行ったものを持っていませんか? 本書では地曳いく子さんご自身の反省や発見を織り交ぜて、「今」の自分に似合うものを選び取る大切さが説かれています。

オシャレの落とし穴として、意外とオシャレに敏感だった「オシャレ上級者」さんの方が、年齢を重ねると失敗しやすいんだそう。それは、なまじこれまで「オシャレのセオリー」を勉強しているから、いつまでも〈あの頃〉の自分に似合う服を選んでしまうそうです。

人間誰しも変化し続けるもので、今はもう〈あの頃〉じゃない。〈今〉の自分に似合う服、〈今〉のトレンドを取り入れないと。年を取るって憂鬱に思えることですが、「〈今〉のオシャレをする」って、前向きなメッセージです。だから今が「おしゃれ元年。」なのです。

スタメンを選びぬく力

本書『50歳、おしゃれ元年。』は50代以上の女性が読者に想定されています。きっと、これまでに買い集めた洋服やバッグ、靴、アクセサリーがぎっしりとクロゼーットに収納されているでしょう。中には、「これは一生ものだから」と高価なお買い物をしたこともあるでしょう。バブル期を経験なさった方は、今では考えられない買い物の仕方をされていたのかも。

しかし、地曳いく子さんはそのクローゼットの中身に警鐘を鳴らします。その洋服たちは、「〈あの頃〉の自分」「〈あの頃〉のトレンド」に合わせたものではないのか? 「一生もの」と買ったものは、本当に一生使うのか? 一つずつ見直そうというわけです。

「50代の自分」なんて想像できなかった20代、30代の自分が買った持ち物を使い続けるよりも、「〈今〉の自分」に似合うものを選び直しましょうよ、という提案。

そして、クローゼットは小さく、持ち物はコンパクトにしていこうとも呼びかけられています。自分の持ち物は、自分が死ねばみんな不要になる物です。選び抜いた〈スタメン〉だけを手もとに置いて、良いもの、似合うもの、使うものに囲まれて生きる。

「オシャレ」って「どう生きるか」

あさよるがオシャレに関する本を読み始めて驚いたのは、意外にも服装のコーディネートの写真や、服の選び方について書かれている分量は多くないことです。それよりも「どう生きるのか」「なにを選ぶのか」「どう振る舞うのか」などの、精神的な、人生観のようなものにページが割かれていたことです。

本書『50歳、おしゃれ元年。』も、確かにコーディネートのコツやアイテムの選び方も紹介されているのですが、やはり「生き方」や「選択」の話にページが割かれています。「オシャレな人」ってのは「自分はどう生きるのか」を自分の意志で選択している人なのかもしれません。

その一例として、地曳いく子さんのご友人Bさんのお宅の片づけを手伝ったエピソードが紹介されていました。

 知人Bの場合は一軒家を処分し、50代後半からワンルームマンションで暮らしています。生活用品のすべてのものが厳選され、カップ&ソーサーは2セット、食器類も2個ずつ。来客があっても、それで十分こと足りるのだそうです。
クロゼットも余裕があり、何でもすぐに探し出せます。病気をして生活スタイルが変わってからも、もう必要としなくなったものはすぐに人に譲ったりしていました。

(中略)

それにしても、ものを片付けるには、大変な体力と気力が必要。
今なら、私たちにはその両方があります。これから素敵な60代、70代を迎えるためにも、クロゼットのクロゼットのリセットをするなら、今がベストなタイミングなのです。

p.85-86

あさよるはこれを読んで「カッコいい!」と胸が高鳴りました。それは、Bさんがご自身にとって〈今〉必要な生活を選んでいることと、〈これから〉を見据えていると感じたからです。荷物が少なくコンパクトであることは「行動しやすい」ことでもあります。年齢問わず「変化する」ことはワクワクする一方で、恐怖を感じることでもあります。それでも「〈これから〉の自分」の受け入れる準備ができてるって、すごく前向きだ。

関連本

『着かた、生きかた』/地曳いく子

地曳いく子さんの著書。

『着かた、生きかた』|自分らしい服…ってなに?

『服を買うなら、捨てなさい』/地曳いく子

地曳いく子さんの著書。

『服を買うなら、捨てなさい』|とっておきで、自分スタイル

『洋服で得する人、損する人』/霜鳥まき子

洋服選びは、靴からカバンから。クロゼットから。

『洋服で得する人、損する人』|人は靴を、カバンを、クローゼットを見ている

『毎朝、服に迷わない』/山本あきこ

鉄板アイテムを紹介。

『毎朝、服に迷わない』|オシャレ初心者に!最強の21着で着回し!

『大人おしゃれのルール』/高橋みどり

40代女性のおしゃれ本。

『大人おしゃれのルール』高橋 みどり|痛々しい”若作り”はNO!

『35歳からの美肌カウンセリング』/佐伯チズ

30代女性は、自分のスタイルの確立せよ。

『35歳からの美肌カウンセリング』|アラフォー、どう向かえる?

続きを読む

『くっすん大黒』|声に出して読みたい小説でした

こんにちは。あさよるです。いやさっきね町田康の『くっすん大国』を読んだんですよ。これ、町田康の処女小説らしいし、芥川賞候補作にもなった作品で、代表作の一つで間違いないでしょう。あさよるは町田康を読むのが初めてで、ってか町田康ってミュージシャンだったんだと、それを知らなくてびっくりした。町田康初心者ですわ。

そんで、町田康初心者は処女作を読むに限るだろうて『くっすん大黒』を選んだのでしたが、なんじゃこれ。まず出だしの1行目から「読みにくっ」と声に出しそうになったのでした。声に出してないけれど。しかし「これもなにかの縁だろう」と1ページは読もうと頑張ったのでした。そして、「これって声に出して読むといいんじゃないか」と思いつき、朗々と朗読会が始まったのでした。

「声に出して読みたいなんとか」とかいうのが昔流行ったけれども、まさにこの『くっすん大黒』は声に出して読みたい、いや、声に出して読むべき小説ではないだろうか。

『くっすん大黒』のあらすじのようなもの

はてさて『くっすん大黒』にあらすじなんてものがあるのか謎いけれども、一応紹介してみましょう。

三年前、ふと働くのが嫌になって仕事を辞め、毎日酒を飲んでぶらぶらしていたら妻が家を出て行った。誰もいない部屋に転がる不愉快きわまりない金属の大黒、今日こそ捨ててこます

くっすん大黒 (文春文庫) | 町田 康 |本 | 通販 | Amazon

「働くのは嫌だな」「遊んで暮らしたいな」と思い立ち仕事を辞めて、酒を飲んでぶらぶらと暮らしていたら、酒の飲みすぎで紅顔の美少年が、まるで大黒様のようになってしまった。前夜、金目の物を全部持って出て行った妻の行動も合点がいった。こんな面白い顔を見て暮らすのはいやだもの。しかし、それにしても金がない。イライラしていると五寸ばかりの大黒様が目に入った。この大黒はバランスがわるくまったく自律せずに、すぐに後ろへ倒れてしまう。

この大黒を捨ててしまおうと思ったが、ゴミの分別に悩み、不法投棄を思い立つ。しかし、大黒をもってウロついている様子を警察に見つかり職務質問を受け、いやんなって友人の菊池に連絡する。さっそく菊池のもとへいくと、菊池がアルバイトの話を持ってきた。しかし、そのバイト先でキョーレツなオバハンたちに絡まれ、命からがら逃げだす二人。

しかし金がない。むかし映画に出演した縁で作家の軌跡を追うビデオのリポーター役に抜擢されるのだ。

と、話がどんどん二転三転してゆくのがバカバカしく可笑しい。

落語みたいな話やね

主人公の楠木と菊池は、まるで落語に出てくる喜六と清八のようで、二人の阿呆なかけあいが楽しいのですよ。落語っぽいなと思うのは、小さなおかしな話を積みあげてなにやらどんどんおかしくなっていくところとか、「その話のつなげ方無理ないか?」と突っ込みたくなる設定とか、二人の珍道紀になってるところとか。んで、なんといっても落語的〈サゲ〉とかね。サゲというのは、落語の噺のオチのこと。あ、あと、声に出したいってところもか。

よくわからない、が……

初めて町田康を読んだのですが、これは大変だ。なんて言っていいのか分からない。「面白かったか?」という問いはには「〈はい〉であり〈いいえ〉です」。そして、「また読みたいか」と聞かれても「〈はい〉であり〈いいえ〉です」としか言えないし、「他人に薦めたいか」という問いかけも「〈はい〉であり〈いいえ〉です」としか答えられない。こまった。

困ったけれども、ものすごくなんか、気になって仕方がない。町田康の他の小説ってどうなの?どうなってんの?他のも読んでみたほうがいいの?いいよね?と自問自答している。いや、きっと、絶対、近々彼の他作品も手に取ってしまうだろう。そして声に出して読んでしまうんだろう。

そもそも、秋も深まろうかという夕暮れの暗がりの中、ザンバラ頭で腹から声を出してハキハキと『くっすん大黒』を音読してるババアがこの世に存在していたという事実はなかなかのホラーである。それこそ、物語の中に出てくるどうかしているオバハンども級の気味悪さである。ああ怖。

・・・。

余談。かの松岡正剛氏の千夜千冊でも『くっすん大黒』が紹介されている。というか、725話って、最初の千夜に入ってる。

続きを読む

『ブレない生き方―自分に軸を通す』|社会性と自分のスタイルを持つ

こんにちは。ブレブレに生きている あさよるです。コロコロと違ったことに熱中してたりするので、いつ出会ったかによって あさよるの印象がえらく違っているような気がします……それくらいブレブレ!

だから「ブレない生き方」って言葉は耳に痛い反面、すごく憧れる生き方でもあります。それ、知りたいです!

著者は齋藤孝さん。以前、あさよるネットでも紹介した『読書力』を読んで、齋藤孝さんが若い人、学生との向き合う気持ちや、そこに込められているメッセージを知って、もっと読んでみたいと思いました。

『読書力』|社会人力とは?教養とは?

読書力 (岩波新書)

読書力 (岩波新書)

  • 作者:齋藤 孝
  • 出版社:岩波書店
  • 発売日: 2002-09-20

〈ブレない生き方〉ってどんな生き方

本書『ブレない生き方』は、12人の偉人たちの生き方を知り、ブレない自分のスタイルを築くためのヒントとできる一冊です。〈ブレない〉とはどういう状態か、それはなぜ大切なのかは、冒頭の「まえがき」で以下のように説明されています。

二〇代は、世間に通用する自分の技を磨く時期だ。世間や社会に出ないで、修業期間として、深く自分の世界に「沈潜」するのもいい。「てんでなってない!」と厳しく言われ、反発を覚えながら「自己修正回路」を作っていくのも、二〇代から三〇代にやっておきたい作業だ。(中略)
三〇代は、社会と自分を上手にすり合わせて自分の仕事のスタイルを確立する時期だ。社会性の足りない二〇代はまだ許容されるが、社会性のない三〇代に世間は冷たい。社会の暗黙のルールを自己内ルールとして身に付ける必要がある。
他者の暗黙のリクエストを感知するアンテナを張り巡らし、柔軟に対応していく。この力を「社会的コミュニケーション力」と呼びたい。これは、友達と楽しく話すコミュニケーション力とは異質なものだ。と言うより、全くレベルの違う高度な力だ。
この感知力なしで「ブレていない」という状態は、孤立しているか、ズレているだけのことだ。

p.4-5

二〇代は修業期間として、それぞれ深く潜ったり、自分流でやってみて叱られてもいい。そうして社会性と「社会的コミュニケーション力」を身につけていく期間です。三〇代は自分と社会とをすり合わせて自分のスタイルを築く時期です。このとき、社会性のない三〇代は冷遇されます。ただのズレた人になってしまうのです。

〈ブレない〉とは、「高い社会性と自分のスタイルを確立した状態」を言います。

すごい人のすごい生き方

あなたがブレずに生きるのヒントになるかもしれない12人の日本史の偉人たちが登場します。

  • 伊達政宗

伊達政宗は豊臣秀吉に怒られてあわや切腹か?という絶体絶命に追い込まれます。しかし、政宗は大胆なハッタリやパフォーマンスで一命を取り留めます。秀吉を前に、政宗の知略や肝の坐った対応に、秀吉にも評価されたのでした。

  • 葛飾北斎

北斎は熱心に他の流派からも学ぼうとしたあまり、師匠から破門されてしました。そこで北斎は誰により練習を重ね、単独で絵師として生きようと決めたのです。浮世絵とは畑違いの琳派に習ったりと、トップクラスの技術を身につけようとしました。逆境をチャンスにした北斎の絵は、現代にも残っています。

  • 北里柴三郎

北里柴三郎はペスト菌を発見し「日本の細菌学の父」と呼ばれる偉人です。北里はコツコツと地味な実験に実直に取り組み続け、与えれたミッションをこなし、上司から信頼を勝ち得ていました。また人をリスペクトする北里に、福沢諭吉も動かされ彼を援助します。北里の真面目で誠実な態度が、彼の道を切り開いたのです。

  • 西郷隆盛

みなさんご存知の西郷隆盛は、不遇な時期が長く左遷に継ぐ左遷で、島流しにも会います。普通はそこでおしまいなのに、西郷は歴史の表舞台へ出てくるのです。彼は「肚」で判断します。また、彼は情にあつく、「情」や「肚」という、現代人がないがしろにしがちな要素を持った人物でした。

  • 菊池寛

菊池寛は生活を営むため、職業として作家を選んだような人でした。経営者のようにマーケット感覚を持ち合わせ、世間の需要に敏感でした。またイエスとノーをはっきり言う人で、そのために自分の基準を持った、まさにブレない生き方をした人です。

  • 千葉周作

北辰一刀流を江戸に開いた千葉周作は、剣術や武の教えをシステム化し、合理化しました。無暗に練習すればよいものではなく、理を重んじ、カリキュラムを作りました。情報の整理、公開により剣術が近代化を迎えます。

  • 藤田嗣治

鳴かず飛ばずだった画家・藤田嗣治は、パリへ渡り成功します。パリでは奇抜な服装で身を包み、自身の宣伝にしました。また時間を守り、自分自身を律しました。世界の中でアイデンティティを築いた藤田の生きかたです。

  • 平賀源内

平賀源内は次々と転職しあらゆることに手を出した人です。しかもどれも「そこそこ」。しかし、彼は成功しました。一芸に秀でる人もいますが、源内はどれも「そこそこ」だったからこそ、人々に愛されたのでしょう。

  • 南方熊楠

破天荒で型破りの南方熊楠はうまく肩書きがつけられない人物です。女性に縁遠く、お金はなく、学歴も低い。こう言うと世間的には失敗な人生に思えますが、南方熊楠は博物学者であり知識人でした。沈潜しないと手に入らない世界があるのです。

  • 森鷗外

鷗外は一族の期待、家長としての期待、エリートである期待、政府の期待、作家としての期待と、背負いきれないくらいの期待を背負っていました。そこで彼は周囲を攻撃し、敵もたくさん作りました。反論を小説にしました。自分は自分で、世間とのズレと、抗うのではなく受け入れることで、鷗外はブレない生き方をしたのです。

  • 高橋是清

高橋是清は36歳で経営に失敗し破産しますが、その後彼は工事現場の事務員から日銀総裁になり、総理大臣になりました。是清は、現在の仕事に不平不満を言っていると、自分自身が疲弊してしまうと言います。そして、チャンスに備えて準備をしておく。とてもシンプルな教訓です。

  • 豊臣秀吉

著者は秀吉の「グランド・デザイン力」、大きな枠組みそう想像する力を評価しています。刀狩り、バテレン追放令、太閤検地は、その後の江戸時代をつくる大きな基礎となりました。費用対効果を考え、闘いマニア的な作戦をや、「戦わずして勝つ」やり方を採用し、数字や理論をプランに盛り込みました。スケールアップに欠かさない要素です。

伝記を読まなかった人のために

さて本書『ブレない生き方』で紹介される12人の偉人たちの成功体験は、子どもの頃に伝記で読んだことある方も多いでしょう。本書はたぶん、伝記に触れる機会の少なかった20代や学生向けの書物だろうと思います。

伝記というのは、過去の著名な人物の半生のうち現代の我々の価値観で〈善し〉とすることのみをを綴った物語です。だから伝記を読むと「現代の倫理観・価値観」と「模範的な物語」がよくわかります。……と書くと穿りすぎ?w でもそうだよねw

で、これって、先に紹介した、「ブレない生き方」の重要要素〈社会的コミュニケーション力〉を作るものです。

あさよるは個人的に、偉人伝って子どもの内にどんどん読んでおいた方がいいと思っています。んで、大人になるまでの間に「こいつクズじゃんかwww」「マジ鬼畜ェ……」とか適度に裏切られたり真実を知ってほくそ笑む、というステップを踏んでおくことで、作り話に騙されにくい大人になるw

まぁ、なにより面白いし、世代を超えて共有する物語って大事じゃないかな。

ここで挙げられる12人の偉人たちも、知っている人にとっては超有名人だけど、知らない人にとっては知らない人物でしょう~。本書は伝記というほどのボリュームでもないし、いくつかのエピソードだけつまみ食いするような内容です。教養、一般常識手的な感じで読んでおくとよいやも。

自分は誰タイプ?

本書は読了後、自分はどのタイプか考えてみるのも発見があるかも。

あさよるは、読了後改めて考えると南方熊楠タイプに憧れるし、そっちへ行こうとしているかもしれません。世間的には評価されないし、お金もない道w 次点で平賀源内だけど、彼のように人気者になれないし、なりたくないかもな~。カッコいいと思ったのは北里柴三郎ですな。で、「ないわ~」と思ったのは、森鷗外w

続きを読む