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『50歳、おしゃれ元年。』|〈あの頃〉をたなおろし〈今〉を選ぶ

こんにちは。オシャレ勉強中の あさよる です。当ブログでもオシャレに関する書籍を多数紹介してきました。あさよるもオシャレを実践しようと、まずはダイエット中です。そこからかいっ!……だって、今のままじゃ素敵なお洋服に袖が通らないもの……(;´д`)トホホ

いつでも〈「今」の自分〉を

本書『50歳、おしゃれ元年。』は、50代女性のファッションについて、ファッションスタイリストの地曳いく子さんが指南するものです。年齢と共に似合うものは変化してゆくのに、いつまでも昔似合ったもの、昔流行ったものを持っていませんか? 本書では地曳いく子さんご自身の反省や発見を織り交ぜて、「今」の自分に似合うものを選び取る大切さが説かれています。

オシャレの落とし穴として、意外とオシャレに敏感だった「オシャレ上級者」さんの方が、年齢を重ねると失敗しやすいんだそう。それは、なまじこれまで「オシャレのセオリー」を勉強しているから、いつまでも〈あの頃〉の自分に似合う服を選んでしまうそうです。

人間誰しも変化し続けるもので、今はもう〈あの頃〉じゃない。〈今〉の自分に似合う服、〈今〉のトレンドを取り入れないと。年を取るって憂鬱に思えることですが、「〈今〉のオシャレをする」って、前向きなメッセージです。だから今が「おしゃれ元年。」なのです。

スタメンを選びぬく力

本書『50歳、おしゃれ元年。』は50代以上の女性が読者に想定されています。きっと、これまでに買い集めた洋服やバッグ、靴、アクセサリーがぎっしりとクロゼーットに収納されているでしょう。中には、「これは一生ものだから」と高価なお買い物をしたこともあるでしょう。バブル期を経験なさった方は、今では考えられない買い物の仕方をされていたのかも。

しかし、地曳いく子さんはそのクローゼットの中身に警鐘を鳴らします。その洋服たちは、「〈あの頃〉の自分」「〈あの頃〉のトレンド」に合わせたものではないのか? 「一生もの」と買ったものは、本当に一生使うのか? 一つずつ見直そうというわけです。

「50代の自分」なんて想像できなかった20代、30代の自分が買った持ち物を使い続けるよりも、「〈今〉の自分」に似合うものを選び直しましょうよ、という提案。

そして、クローゼットは小さく、持ち物はコンパクトにしていこうとも呼びかけられています。自分の持ち物は、自分が死ねばみんな不要になる物です。選び抜いた〈スタメン〉だけを手もとに置いて、良いもの、似合うもの、使うものに囲まれて生きる。

「オシャレ」って「どう生きるか」

あさよるがオシャレに関する本を読み始めて驚いたのは、意外にも服装のコーディネートの写真や、服の選び方について書かれている分量は多くないことです。それよりも「どう生きるのか」「なにを選ぶのか」「どう振る舞うのか」などの、精神的な、人生観のようなものにページが割かれていたことです。

本書『50歳、おしゃれ元年。』も、確かにコーディネートのコツやアイテムの選び方も紹介されているのですが、やはり「生き方」や「選択」の話にページが割かれています。「オシャレな人」ってのは「自分はどう生きるのか」を自分の意志で選択している人なのかもしれません。

その一例として、地曳いく子さんのご友人Bさんのお宅の片づけを手伝ったエピソードが紹介されていました。

 知人Bの場合は一軒家を処分し、50代後半からワンルームマンションで暮らしています。生活用品のすべてのものが厳選され、カップ&ソーサーは2セット、食器類も2個ずつ。来客があっても、それで十分こと足りるのだそうです。
クロゼットも余裕があり、何でもすぐに探し出せます。病気をして生活スタイルが変わってからも、もう必要としなくなったものはすぐに人に譲ったりしていました。

(中略)

それにしても、ものを片付けるには、大変な体力と気力が必要。
今なら、私たちにはその両方があります。これから素敵な60代、70代を迎えるためにも、クロゼットのクロゼットのリセットをするなら、今がベストなタイミングなのです。

p.85-86

あさよるはこれを読んで「カッコいい!」と胸が高鳴りました。それは、Bさんがご自身にとって〈今〉必要な生活を選んでいることと、〈これから〉を見据えていると感じたからです。荷物が少なくコンパクトであることは「行動しやすい」ことでもあります。年齢問わず「変化する」ことはワクワクする一方で、恐怖を感じることでもあります。それでも「〈これから〉の自分」の受け入れる準備ができてるって、すごく前向きだ。

関連本

『着かた、生きかた』/地曳いく子

地曳いく子さんの著書。

『着かた、生きかた』|自分らしい服…ってなに?

『服を買うなら、捨てなさい』/地曳いく子

地曳いく子さんの著書。

『服を買うなら、捨てなさい』|とっておきで、自分スタイル

『洋服で得する人、損する人』/霜鳥まき子

洋服選びは、靴からカバンから。クロゼットから。

『洋服で得する人、損する人』|人は靴を、カバンを、クローゼットを見ている

『毎朝、服に迷わない』/山本あきこ

鉄板アイテムを紹介。

『毎朝、服に迷わない』|オシャレ初心者に!最強の21着で着回し!

『大人おしゃれのルール』/高橋みどり

40代女性のおしゃれ本。

『大人おしゃれのルール』高橋 みどり|痛々しい”若作り”はNO!

『35歳からの美肌カウンセリング』/佐伯チズ

30代女性は、自分のスタイルの確立せよ。

『35歳からの美肌カウンセリング』|アラフォー、どう向かえる?

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『くっすん大黒』|声に出して読みたい小説でした

こんにちは。あさよるです。いやさっきね町田康の『くっすん大国』を読んだんですよ。これ、町田康の処女小説らしいし、芥川賞候補作にもなった作品で、代表作の一つで間違いないでしょう。あさよるは町田康を読むのが初めてで、ってか町田康ってミュージシャンだったんだと、それを知らなくてびっくりした。町田康初心者ですわ。

そんで、町田康初心者は処女作を読むに限るだろうて『くっすん大黒』を選んだのでしたが、なんじゃこれ。まず出だしの1行目から「読みにくっ」と声に出しそうになったのでした。声に出してないけれど。しかし「これもなにかの縁だろう」と1ページは読もうと頑張ったのでした。そして、「これって声に出して読むといいんじゃないか」と思いつき、朗々と朗読会が始まったのでした。

「声に出して読みたいなんとか」とかいうのが昔流行ったけれども、まさにこの『くっすん大黒』は声に出して読みたい、いや、声に出して読むべき小説ではないだろうか。

『くっすん大黒』のあらすじのようなもの

はてさて『くっすん大黒』にあらすじなんてものがあるのか謎いけれども、一応紹介してみましょう。

三年前、ふと働くのが嫌になって仕事を辞め、毎日酒を飲んでぶらぶらしていたら妻が家を出て行った。誰もいない部屋に転がる不愉快きわまりない金属の大黒、今日こそ捨ててこます

くっすん大黒 (文春文庫) | 町田 康 |本 | 通販 | Amazon

「働くのは嫌だな」「遊んで暮らしたいな」と思い立ち仕事を辞めて、酒を飲んでぶらぶらと暮らしていたら、酒の飲みすぎで紅顔の美少年が、まるで大黒様のようになってしまった。前夜、金目の物を全部持って出て行った妻の行動も合点がいった。こんな面白い顔を見て暮らすのはいやだもの。しかし、それにしても金がない。イライラしていると五寸ばかりの大黒様が目に入った。この大黒はバランスがわるくまったく自律せずに、すぐに後ろへ倒れてしまう。

この大黒を捨ててしまおうと思ったが、ゴミの分別に悩み、不法投棄を思い立つ。しかし、大黒をもってウロついている様子を警察に見つかり職務質問を受け、いやんなって友人の菊池に連絡する。さっそく菊池のもとへいくと、菊池がアルバイトの話を持ってきた。しかし、そのバイト先でキョーレツなオバハンたちに絡まれ、命からがら逃げだす二人。

しかし金がない。むかし映画に出演した縁で作家の軌跡を追うビデオのリポーター役に抜擢されるのだ。

と、話がどんどん二転三転してゆくのがバカバカしく可笑しい。

落語みたいな話やね

主人公の楠木と菊池は、まるで落語に出てくる喜六と清八のようで、二人の阿呆なかけあいが楽しいのですよ。落語っぽいなと思うのは、小さなおかしな話を積みあげてなにやらどんどんおかしくなっていくところとか、「その話のつなげ方無理ないか?」と突っ込みたくなる設定とか、二人の珍道紀になってるところとか。んで、なんといっても落語的〈サゲ〉とかね。サゲというのは、落語の噺のオチのこと。あ、あと、声に出したいってところもか。

よくわからない、が……

初めて町田康を読んだのですが、これは大変だ。なんて言っていいのか分からない。「面白かったか?」という問いはには「〈はい〉であり〈いいえ〉です」。そして、「また読みたいか」と聞かれても「〈はい〉であり〈いいえ〉です」としか言えないし、「他人に薦めたいか」という問いかけも「〈はい〉であり〈いいえ〉です」としか答えられない。こまった。

困ったけれども、ものすごくなんか、気になって仕方がない。町田康の他の小説ってどうなの?どうなってんの?他のも読んでみたほうがいいの?いいよね?と自問自答している。いや、きっと、絶対、近々彼の他作品も手に取ってしまうだろう。そして声に出して読んでしまうんだろう。

そもそも、秋も深まろうかという夕暮れの暗がりの中、ザンバラ頭で腹から声を出してハキハキと『くっすん大黒』を音読してるババアがこの世に存在していたという事実はなかなかのホラーである。それこそ、物語の中に出てくるどうかしているオバハンども級の気味悪さである。ああ怖。

・・・。

余談。かの松岡正剛氏の千夜千冊でも『くっすん大黒』が紹介されている。というか、725話って、最初の千夜に入ってる。

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『ブレない生き方―自分に軸を通す』|社会性と自分のスタイルを持つ

こんにちは。ブレブレに生きている あさよるです。コロコロと違ったことに熱中してたりするので、いつ出会ったかによって あさよるの印象がえらく違っているような気がします……それくらいブレブレ!

だから「ブレない生き方」って言葉は耳に痛い反面、すごく憧れる生き方でもあります。それ、知りたいです!

著者は齋藤孝さん。以前、あさよるネットでも紹介した『読書力』を読んで、齋藤孝さんが若い人、学生との向き合う気持ちや、そこに込められているメッセージを知って、もっと読んでみたいと思いました。

『読書力』|社会人力とは?教養とは?

読書力 (岩波新書)

読書力 (岩波新書)

  • 作者:齋藤 孝
  • 出版社:岩波書店
  • 発売日: 2002-09-20

〈ブレない生き方〉ってどんな生き方

本書『ブレない生き方』は、12人の偉人たちの生き方を知り、ブレない自分のスタイルを築くためのヒントとできる一冊です。〈ブレない〉とはどういう状態か、それはなぜ大切なのかは、冒頭の「まえがき」で以下のように説明されています。

二〇代は、世間に通用する自分の技を磨く時期だ。世間や社会に出ないで、修業期間として、深く自分の世界に「沈潜」するのもいい。「てんでなってない!」と厳しく言われ、反発を覚えながら「自己修正回路」を作っていくのも、二〇代から三〇代にやっておきたい作業だ。(中略)
三〇代は、社会と自分を上手にすり合わせて自分の仕事のスタイルを確立する時期だ。社会性の足りない二〇代はまだ許容されるが、社会性のない三〇代に世間は冷たい。社会の暗黙のルールを自己内ルールとして身に付ける必要がある。
他者の暗黙のリクエストを感知するアンテナを張り巡らし、柔軟に対応していく。この力を「社会的コミュニケーション力」と呼びたい。これは、友達と楽しく話すコミュニケーション力とは異質なものだ。と言うより、全くレベルの違う高度な力だ。
この感知力なしで「ブレていない」という状態は、孤立しているか、ズレているだけのことだ。

p.4-5

二〇代は修業期間として、それぞれ深く潜ったり、自分流でやってみて叱られてもいい。そうして社会性と「社会的コミュニケーション力」を身につけていく期間です。三〇代は自分と社会とをすり合わせて自分のスタイルを築く時期です。このとき、社会性のない三〇代は冷遇されます。ただのズレた人になってしまうのです。

〈ブレない〉とは、「高い社会性と自分のスタイルを確立した状態」を言います。

すごい人のすごい生き方

あなたがブレずに生きるのヒントになるかもしれない12人の日本史の偉人たちが登場します。

  • 伊達政宗

伊達政宗は豊臣秀吉に怒られてあわや切腹か?という絶体絶命に追い込まれます。しかし、政宗は大胆なハッタリやパフォーマンスで一命を取り留めます。秀吉を前に、政宗の知略や肝の坐った対応に、秀吉にも評価されたのでした。

  • 葛飾北斎

北斎は熱心に他の流派からも学ぼうとしたあまり、師匠から破門されてしました。そこで北斎は誰により練習を重ね、単独で絵師として生きようと決めたのです。浮世絵とは畑違いの琳派に習ったりと、トップクラスの技術を身につけようとしました。逆境をチャンスにした北斎の絵は、現代にも残っています。

  • 北里柴三郎

北里柴三郎はペスト菌を発見し「日本の細菌学の父」と呼ばれる偉人です。北里はコツコツと地味な実験に実直に取り組み続け、与えれたミッションをこなし、上司から信頼を勝ち得ていました。また人をリスペクトする北里に、福沢諭吉も動かされ彼を援助します。北里の真面目で誠実な態度が、彼の道を切り開いたのです。

  • 西郷隆盛

みなさんご存知の西郷隆盛は、不遇な時期が長く左遷に継ぐ左遷で、島流しにも会います。普通はそこでおしまいなのに、西郷は歴史の表舞台へ出てくるのです。彼は「肚」で判断します。また、彼は情にあつく、「情」や「肚」という、現代人がないがしろにしがちな要素を持った人物でした。

  • 菊池寛

菊池寛は生活を営むため、職業として作家を選んだような人でした。経営者のようにマーケット感覚を持ち合わせ、世間の需要に敏感でした。またイエスとノーをはっきり言う人で、そのために自分の基準を持った、まさにブレない生き方をした人です。

  • 千葉周作

北辰一刀流を江戸に開いた千葉周作は、剣術や武の教えをシステム化し、合理化しました。無暗に練習すればよいものではなく、理を重んじ、カリキュラムを作りました。情報の整理、公開により剣術が近代化を迎えます。

  • 藤田嗣治

鳴かず飛ばずだった画家・藤田嗣治は、パリへ渡り成功します。パリでは奇抜な服装で身を包み、自身の宣伝にしました。また時間を守り、自分自身を律しました。世界の中でアイデンティティを築いた藤田の生きかたです。

  • 平賀源内

平賀源内は次々と転職しあらゆることに手を出した人です。しかもどれも「そこそこ」。しかし、彼は成功しました。一芸に秀でる人もいますが、源内はどれも「そこそこ」だったからこそ、人々に愛されたのでしょう。

  • 南方熊楠

破天荒で型破りの南方熊楠はうまく肩書きがつけられない人物です。女性に縁遠く、お金はなく、学歴も低い。こう言うと世間的には失敗な人生に思えますが、南方熊楠は博物学者であり知識人でした。沈潜しないと手に入らない世界があるのです。

  • 森鷗外

鷗外は一族の期待、家長としての期待、エリートである期待、政府の期待、作家としての期待と、背負いきれないくらいの期待を背負っていました。そこで彼は周囲を攻撃し、敵もたくさん作りました。反論を小説にしました。自分は自分で、世間とのズレと、抗うのではなく受け入れることで、鷗外はブレない生き方をしたのです。

  • 高橋是清

高橋是清は36歳で経営に失敗し破産しますが、その後彼は工事現場の事務員から日銀総裁になり、総理大臣になりました。是清は、現在の仕事に不平不満を言っていると、自分自身が疲弊してしまうと言います。そして、チャンスに備えて準備をしておく。とてもシンプルな教訓です。

  • 豊臣秀吉

著者は秀吉の「グランド・デザイン力」、大きな枠組みそう想像する力を評価しています。刀狩り、バテレン追放令、太閤検地は、その後の江戸時代をつくる大きな基礎となりました。費用対効果を考え、闘いマニア的な作戦をや、「戦わずして勝つ」やり方を採用し、数字や理論をプランに盛り込みました。スケールアップに欠かさない要素です。

伝記を読まなかった人のために

さて本書『ブレない生き方』で紹介される12人の偉人たちの成功体験は、子どもの頃に伝記で読んだことある方も多いでしょう。本書はたぶん、伝記に触れる機会の少なかった20代や学生向けの書物だろうと思います。

伝記というのは、過去の著名な人物の半生のうち現代の我々の価値観で〈善し〉とすることのみをを綴った物語です。だから伝記を読むと「現代の倫理観・価値観」と「模範的な物語」がよくわかります。……と書くと穿りすぎ?w でもそうだよねw

で、これって、先に紹介した、「ブレない生き方」の重要要素〈社会的コミュニケーション力〉を作るものです。

あさよるは個人的に、偉人伝って子どもの内にどんどん読んでおいた方がいいと思っています。んで、大人になるまでの間に「こいつクズじゃんかwww」「マジ鬼畜ェ……」とか適度に裏切られたり真実を知ってほくそ笑む、というステップを踏んでおくことで、作り話に騙されにくい大人になるw

まぁ、なにより面白いし、世代を超えて共有する物語って大事じゃないかな。

ここで挙げられる12人の偉人たちも、知っている人にとっては超有名人だけど、知らない人にとっては知らない人物でしょう~。本書は伝記というほどのボリュームでもないし、いくつかのエピソードだけつまみ食いするような内容です。教養、一般常識手的な感じで読んでおくとよいやも。

自分は誰タイプ?

本書は読了後、自分はどのタイプか考えてみるのも発見があるかも。

あさよるは、読了後改めて考えると南方熊楠タイプに憧れるし、そっちへ行こうとしているかもしれません。世間的には評価されないし、お金もない道w 次点で平賀源内だけど、彼のように人気者になれないし、なりたくないかもな~。カッコいいと思ったのは北里柴三郎ですな。で、「ないわ~」と思ったのは、森鷗外w

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『犬たちの明治維新 ポチの誕生』|犬もハイカラに文明開化をしていた

犬たちの明治維新感想-ポチ

こんにちは。昨日は『イノベーターたちの日本史』という近代日本を牽引したリーダーたちの本を読みました。そこから、明治ってどんな時代だったんだろう?とまたもや書棚を漁っていると、目を引くタイトルが。その名も『犬たちの明治維新』……これは、気になりすぎるでしょう!

あさよるは一応、幕末・明治維新ファンを名乗るときが時たまあるのですが、犬の明治維新を扱っている書物は見たことなかった!本書を読むと、例えば江戸へ向かう坂本龍馬の脇を犬がワンワン吠え続けていたのかなんて考えると、なんかイメージ変わるぅ!

『イノベーターたちの日本史』|近代の日本をイノベーションしたサムライたち

イノベーターたちの日本史

イノベーターたちの日本史

  • 作者:米倉 誠一郎
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 発売日: 2017-04-28

激動の時代の犬たち

『犬たちの明治維新』では、タイトル通り明治維新という時代の転換期に、犬がどのように扱われてきたのかを紹介します。歴史とは人の営みに注目することが多いですが、人と共に生きた犬たちを通して、近世から近代への移り変わりを見てゆきます。

欧米人が見た日本の犬

日本に開国を迫ったペリーは、日本からの献上品の中に犬があり、アメリカに日本の犬を連れ帰ろうとします。残念ながらこの犬たちは旅路の途中で死んでしまったようですが、ペリーの日記にも残されています。日本側の資料では、いつ犬を渡したのか記録が残っておらず、なんで犬がペリーの船に乗り込んだのか分かりませんが、日米の送り物として扱われているんですね。

その後、外国へ渡った犬たちもいます。彼らは先々で愛されたようです。ちなみに日本の犬とは狆(チン)。白黒の小さい犬のチンです。

後に日本に上陸した外国人たちは、日本の犬に悩まされ続けます。犬たちはテリトリーに入ってきた見知らぬ人物を見て吠え続けるのです。犬たちの執拗な追跡から逃れると、また次のテリトリーの犬たちがやってきます。村から離れホッと一息入れようとすると、草陰から野犬たちが……。そして、江戸の街は夕方になると犬たちの遠吠えが響き渡り、外国人たちには異様に映ったようです。また、日本の犬たちは人を怖がらず、石を投げようとしても逃げません。欧米の犬とは違った様子に、犬の習性ではなく人の振る舞いが犬の性格を決めていたようです。

ちなみに、欧米の犬は人の顔をペロペロ舐めますが、日本の犬は舐めなかった。当時の日本人は顔をなめくる犬が珍しかったよう。

里犬たち

現在のような飼い犬は欧米式で、かつては「里犬」「町犬」という犬がいました。里犬・町犬とは、誰が飼っているわけでもないけれども、村の誰かから餌をもらって村に住んでいる犬。村に村人といっしょに生活をしているのです。里犬の仕事は、見知らぬ人が村へ入ってくると吠えること。そして、子どもたちと遊ぶことです。村の一部として犬がいたんですね。日本に上陸した欧米人たちを悩ませたのはこの里犬です。

そして、里犬ではない野犬は、野生の犬で、自分で狩りをして動物の肉を食べています。

明治維新以前の日本の街、村の様子を語るとき、「里犬」「町犬」の存在が重要ですね。村の一部として、人の生活に溶け込んでいた存在です。

飼い犬になった犬たち

明治になると、里犬も野犬もいなくなります。首輪に名前を書いている犬以外はみんな殺処分になったからです。誰かの飼い犬だった犬と、可哀想だからと誰かが名前を付けた里犬以外は、いなくなります。その理由は、狂犬病の対策でもありますが、文明開化で欧米式の生活を明治政府が導入したからです。人々の生活が変わってゆく中で、犬の運命も変わりました。

そしてこのとき犬に名前がつきました。それまでの犬は、アカとかクロとかシロとか、毛の色で呼ばれて区別されていたようですが、個別の名前を付けられたのです。名付けされることで〈村の一部〉だった犬は、〈人の所有物の犬〉となりました。

ポチとはハイカラな名前ナリ

さて、犬の名前といえば「ポチ」です。さてさて、「ポチ」の語源とは?

明治時代、犬の名前といえば「ポチ」か「カメ」だったそうです。「カメ」は、アメリカ人が犬を呼ぶ時「come here!」と呼ぶことから「アメリカの犬はカメと言うのか」ってな具合ですねw

じゃあ「ポチ」は?こちらは諸説あるようで、引用します。

「英語のスポッティ説」「英語のプーチ説」「フランス語のプチ説」「日本語のぶち説」「ぽち袋(祝儀袋)のぽち説」「ポチポチでんなあ、のぽち説」「小さい点を意味するぽち説」「点々を意味するぽち説」といろいろあって、「チェコ語でも犬をポチといいますよ」とか「ポチって猫の名前じゃないの?」とかいう意見もある。それぞれの見解がそれなりに興味深い。
日本語の辞典としては最も詳しい小学館『日本国語大辞典』第一版(一九七五年)はポチの語源についてまったく触れていないが、第二版(二〇〇一年)で次のように書いている。

(イ)英語でspotty(ぶち犬の意)(ロ)米語でpooch(俗語、犬の意)(ハ)フランス語でpetit(小さい意)からと諸説ある。

p.299-300

著者・仁科邦男さんは「patch説」を提唱する。パッチワークのパッチです。

三省堂『和英大事典』(明治二十九年、メール新聞主筆ブリンクリーほか編)でやっとそれらしい「パッチ」が見つかった。これはヘボンの『和英語林集成』以降も、最大の和英辞書で「我邦古今の語を網羅し、これを英訳を下したるもの」と諸言に述べられている。

Buchi ぶち、斑 異なった色の斑点がある(with patches of different colour)。まだら。色を違える。白黒まだら。Buchi neko斑猫。

三省堂『新訳和英辞典』(明治四十二年、井上十吉編)では、さらに簡単明瞭になる。

Buchi (斑) Patches

p.309

著者は、ポチの語源は「ぶち」を意味する英語「パッチ」に間違いないと断言しておられるが、いかがでしょうか。みなさんも一緒に悩んでみませんかw 著者も述べているように、ポチの語源説はどれもそれっぽいのですが、決め手がない。そういう意味では、「パッチ」と「ポチ」は似ている……か?

そう言われて英語音声を聞くと、「ポチ」と聞こえる気もするw

「ポチ」というのは非常に和風な響きかと思いましたが、語源に英語やフランス語、チェコ語説まであって、ハイカラな名前だったんだなぁと感心しました。

今の犬とは違う犬たち

犬たちの明治維新感想-ポチ

明治維新の頃の犬たちの様子を知ると、現在身近にいるペットの犬とは全然違うことに驚きます。人をペロペロ舐めるというのも欧米からもたらされた犬の習慣(?)だということですし、なにやら犬の素振りが違います。日本の里犬たちはペットではなく、街や村の中の構成要因として生きていた印象でした。人の生活を彩るもの、愛玩要素はなくって、人と協力して、その土地に溶け込んでいるような。子どもたちと遊ぶのが仕事だというのも、すごい。犬が子育ての一端を担っているなんて。

そして、アカやクロやシロやクマや、いわゆる雑種の犬って、昔よくいましたが、今もう見かけないですよね?彼らはどこへ行ったんだろう。紹介したように、明治になって飼い犬以外がみんな殺処分になり、日本の犬は激減し、生き残ったのはごく一部。その生き残りの犬たちも、いなくなっているんだろうか。

日本人の生活が欧米化したことで、犬の性格、性質、働きまで変貌してゆく様子は、まさに人と共に生きるパートナーなんだなぁと感じます。

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『アレの名前大百科』|知ってるけど知らないアレ、なんだっけ?

こんにちは。雑学好きだった あさよるです。過去形です。若いころ、役にも立たない雑学収集を日課としていたのですが、大人になるずつ役立つ知識の方が必要になってしまって、なかなか雑多な知識に触れられません。あと、なんか記憶力もここ数年急激に落ちている気がするんだが……。

ということで、ゆるっと雑学本でもどうぞ。暑いし、気楽に読めるけれども、なかなか手ごわい雑学クイズです。

いつも使う「アレ」の名前

アレ!アレアレ!毎日使ってるアレの名前集。

一つ目は、食パンの袋の口を止めてるプラスチックの水色の四角いアレ。二つ目は、みかんの房に付いてる白い筋状のアレ。三つめは、視力検査で使うCの形したアレ。

さて、みなさんよく知っている、よく使っているアレ。アレの名前、ご存知?

パンの袋のアレは「クロージャー」と言って、特許をクイック。ロック社が独占しており、世界のアレは同じ社のもの。みかんのアレは「アルベド」って言うんだって。視力検査のアレは「ランドルド環」と言います。へぇ~知らんかった。こんな感じで、生卵の白いドロッとしたアレとか、歯医者で歯を削られるアレ、バッグの長さを調節するアレとか、良く知っているけれども名前をしらないアレやアレが106登場します。あなたはいくつ知っている!?

雑学本……マジで知らないとこだらけ

ただの雑学本と言われればそうなのですが、クイズ形式になっているので夢中になって呼んじゃいました。監修者であるみうらじゅんさんも、正解率は26/106。得意分野がそれぞれ違いますから、正解率と雑学度は比例しないでしょうが、なかなか楽しい。読了後、絶対に他人の「アレの名前知ってる?」と言いたくてたまらないでしょう。

それにしても、なんでこんな身近なものの名前も知らずに生きてこれたの!?と不思議に思うくらい、めっちゃよく知ってるアレのオンパレードです。

アレにもコレにも名前がある世界

さて、本書『アレの名前大百科』を読んで、つくづく「あらゆるものに名前があるのだ」と実感。工業製品の場合は当たり前ですが商品名があり、それを作ってる会社があります。部品の一つ一つにも名前があって、体の部位にも名前があります。

「名前がある」って、なんだかすごいなぁと感心した次第でありました。みうらじゅんさんの回答も苦し紛れのものや、ネタに走っているものに交じって、たまにツボな回答があっておかしいw でもね、マジで分からんし想像もつかないのよ!

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『小説 君の名は。』|アニメ映画を見たら、小説も

2016年大大大ヒットした『君の名は。』みなさんご覧になられましたか?ついに今週、2017年7月26日DVD&Blu-rayがリリースされて、ご自宅で鑑賞された方も多いはず。ええ、あさよるも……え~、あさよるも……実は、あさよるは映画も見に行かずじまいでした(;’∀’)チーン

で、DVD発売も知らなくって、SNSでみなさん話題しているのを見て知りました。折角なので『小説 君の名は』を取り出した次第です。映画見てない人間が言うのもなんですが、これ、映画『君の名は。』ファンの方は小説読んでも良いかと思われます。「映画見てないくせに言うなよ」と言われるとその通りなのですが、「読んでみて!」と言いたくなるくらい、すごく良かった!

ちなみに あさよるは特典ディスクがついてるのが欲しい……なぜならば、新海誠監督の絵コンテのビデオが全編収録されているそうで、めっちゃ見たい!今週、オープニングの絵コンテが期間限定でYouTubeにアップされていて、すでに何度も何度も繰り返し見ておりました。すごい!

新海誠さんの『小説 秒速5センチメートル』がよかった

そもそも、なんで『小説 君の名は。』を所持していたかというと、同じく新海誠さんの著書『小説 秒速5センチメートル』が良かったからです。この作品はあさよるネットでも紹介しました。映画『秒速5センチメートル』では語られなかった主人公の気持ちが描かれていて、共感というか、納得というか、「彼もいろいろあったんだなぁ」分かり、自分の気持ちの持って行き先が分かった感じでした。

『小説 秒速5センチメートル』|小説で映画を補完^^

映画だと、あの美しい世界と、どこか陰鬱で孤独な描写。そして鳥肌のラスト。完成され閉じられた世界だからこそ、視聴者である〈わたし〉がどこへ心を持って行って良いのか戸惑いを感じたのかもしれません。それが小説では、主人公に共感や〈わたし〉を重ね得るスペースが用意されていたと言いますか。「小説読んで良かったなぁ」としみじみ思ったのでした。

んじゃ、今話題の『君の名は。』も読むべ!と、積んでありました。

『小説 君の名は。』はこんな話

『君の名は。』のストーリーはもうご存知の方が多いでしょうが、一応ネタバレしない程度に紹介します。まず、Amazonの商品紹介にはこうあります。

山深い田舎町に暮らす女子高校生・三葉は、自分が男の子になる夢を見る。見慣れない部屋、見知らぬ友人、目の前に広がるのは東京の街並み。一方、東京で暮らす男子高校生・瀧も、山奥の町で自分が女子高校生になる夢を見る。やがて二人は夢の中で入れ替わっていることに気づくが―。出会うことのない二人の出逢いから、運命の歯車が動き出す。長編アニメーション『君の名は。』の、新海誠監督みずから執筆した原作小説。

小説 君の名は。 (角川文庫) | 新海 誠 |本 | 通販 | Amazon

高校生の三葉と瀧がある日、お互いの魂が入れ替わってしまう。それは時々、夢を見るように起こる。見知らぬ場所の見知らぬ異性に入れ替わる二人は、戸惑いつつお互いの日々を過ごし、次第に二人はメッセージを残し合い、情報を共有するようになってゆく。しかし、ある日を境に、二人の入れ替わりが終わってしまう。瀧は、入れ替わっていた三葉を探しに、記憶を頼りに旅に出る。そこで、思ってみない事実に出会ってしまう。それが、三葉と入れ替わらなくなった理由であることも悟る。

現在と過去が錯綜し、大宇宙を股にかけて、二人の結びつきを軸に物語が急激に動き始める様子は壮大!

小説版は3種類ある

あさよるが今回読んだのは、角川文庫から出ている『小説 君の名は。』です。新海誠監督自ら書かれたもので、たぶんこれがスタンダード版でしょう。

これ↓

角川文庫以外に、2種類の『君の名は。』の小説があります。

『君の名は。 Another Side:Earthbound』 (角川スニーカー文庫)

スニーカー文庫から出版されているものは、アナザーサイド物語で、サブキャラたちのお話みたいですね。

これはぜひ読みたい!三葉のお父さんとお母さんの間にも何かあったようだし、おばあさんの思わせぶりなセリフも気になるし、テッシーのスーパーマンっぷりとかも気になっておりまして、触れられているといいなぁ~。

『君の名は。』 (角川つばさ文庫)

つばさ文庫は、子ども向けのもの。小学生の高学年くらい以上の人が対象ですね。物語は同じようなので、映画を見た子どもたちにプレゼント用にいいかもね。

感想のようなもの

ネタバレしないように、ということですので、フワッとしか紹介しておりませんがw、あさよるの感想を簡単にまとめました。

〈運命の人〉に出会うためには

まだ出会ったこともない二人。だけど二人はすでに想い合い、体の隅々の、その感覚まで知っています。だって、二人が入れ替わった記憶は忘れてしまっていても、入れ替わっている間の時間、互いの身体で生きていたのですから。

出会う前から想い合い赤い糸で結ばれた〈運命の人〉。それを実現するためには、これだけのエピソードを経ないとならぬのか!太陽系を股にかけた、千二百年の時を超えたスケールです。

『君の名は。』は、現在過去未来の時間を超え、離れ離れの距離を越え、そして地球よりももっと大きな力が作用しながら、三葉と瀧、二人の若者は出会うのです。壮大すぎ!

ハッピーエンド

映画『秒速5センチメートル』のレビューとか見ていると、「鬱エンド」なんて呼ばれていたり、バッドエンドであることに触れられていることが多い気がします。主人公の彼が、どんな気持ちで踏切を渡り切ったのかの解釈によりけりだろうけれども、「え~ここまで焦らしてそれ~」みたいな感じではあるw

そして、『秒速5センチメートル』がバッドエンドだったなら、『君の名は。』はみんなが望んだハッピーエンドでしょう。

新海誠監督の過去作も見たいね

前から、新海誠監督の他の作品も見たいなぁと思いつつ、まだ見てない。今回、このブログ記事を書くにあたり、『ほしのこえ』をぜひ見たい!と思いました。この作品は、新海誠監督がほぼ一人で制作した作品らしく、絶対見たい。

CMを見てずっと気になってるのは『星を追う子ども』。先に鑑賞した友人は「星を追えよ」と感想を漏らしていて、余計に気になって見たくなっている作品w

で、前作である『言の葉の庭』ですね。『君の名は。』を語る上で、前作くらいは見ておいて、盛り込みたいところ(映画すら見てないのにエントリーしてるけどねw)。

というか、『君の名は。』が見たいわ!

と、過去作見るのもいいけど、まず『君の名は。』を見たいっすw

小説版読了後の勢いでTSUTAYAへ走ろうかと思ったけど暑いし(苦笑)、配信ってめちゃ便利だなぁとしみじみ。

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『乱読のセレンディピティ』|乱読で予想外の好奇心にであう!

こんにちは。なるだけいろんな本を読もうと心がけている あさよるです。だけど、〈乱読〉って言うほどバラエティに富んでいるわけでもないんですよね……たまに、「おんなじような本ばっかり読んでるなぁ」と自分で思います。

これからの読書をどうしようかと、読書術の本をチョイス!著者は『思考の整理学』の外山滋比古さんです。

『思考の整理学』を読んだよ

どんな本も読みこなす「力」

本書『乱読のセレンディピティ』は、タイトル通り〈乱読〉をテーマにしています。本の読み方で、「多読派」「精読派」なんてのがありますが、今回は「多読」のお話ですね。しかも、ただ本を読むだけじゃなく、さまざまなジャンルを〈乱読〉するのです。

どうやって読むか?それは、手あたり次第。もちろん、いつも良い本に出会うわけじゃないし、ハズレを引く日もあるでしょうw どんな本が良い本か?それを、自分で判断できるのが良い読者であると、紹介されています。自分で本の善し悪しを判断するためにも、乱読は必要なのかもしれません。乱読に必要な判断力を養うための乱読でもあるということ。

また、乱読をすると必然的に苦手なジャンル、知らない分野の本も読むことになるでしょう。よく知っている分野の本ならサササッと読めますが、知らない内容の本を読むのは時間もかかります。集中力が必要です。読書の「力」がつくのが、乱読の特徴なんですね。

「読んじゃダメ」も好奇心になる

書物をドサドサ与えられれば、読書家になるか。乱読家になるかといえば、そうとは限りません。例えば、子どもの頃、大人から「○○は見ちゃダメ」「××は取り上げます」と言われたら……いいえ、ダメと言われれば言われるほど見たくなっちゃうものです。読書生活にネガティブに働きそうな要因も、プラスに変えてゆきましょう。

読むべし、読まれるべからず

第4章の〈読むべし、読まれるべからず〉は、章のタイトルからして少し耳が痛い。

読書を神聖視する人がいる、例えば、昔は本や雑誌の上を跨いではならないと教えられた。なんとなく、本は神聖なもの、本はえらいものだと思っている。だから、本を読まないといけない、本を読まないのは恥ずかしいことだと思い込む。読書信仰を持つのは知的エリートだと思い込む。

しかし。本書は投げかける。読書はそれほどありがたいことではない。どれくらいのご利益があるのかもわからない。そして、本を闇雲に読んでいると、頭の近視が起こる。

 わけもわからず、むやみに本ばかり読んでいると、心眼は疲れ、ものをはっきり見きわめることが難しくなる。読書メタボリック症候群型近視になってしまう。頭の近視は、目の近視ほど不便ではないから、なかなかこれを治療しようとしない。
知識を身につけるには本を読むに限る。もっとも手軽で、労少なくして、効果は小さくない。読書は勉強のもっとも有力な方法になる。真面目な人は正直だから、読めば読むほど優秀な人間になれるように勘違いする。実際、博学多識にはなることができる。それと裏腹に、頭の中が空虚になるということを教えてくれるものがない。
頭が知識でいっぱいになれば、頭ははたらこうにも、はたらくどころではない。そのうちに、ものが見えない頭の近視がはじまる。
少しくらいの近視なら、頭の眼鏡で対応できる。頭の眼鏡は、もちろん、本で得た知識である。知識があれば、考えたりする面倒がない。それで読書は知識から信仰を生み、それが読書を支える。

p.50-51

本を読むのは手軽で、効果の大きな行為です。効率的なんですね。だからと言って、本ばっかり読んでいると、物を正しく見れなくなってゆく。あくまで、本で得た知識は他人からの借りものであることを忘れてはなりません。頭の働きは、自分で考えないといけない。ここを混同してはならないのです。

そしていずれ、本で読んだ知識か、自分で考えた思考か、どちらを選ぶのか二者択一を迫られるときがきます。その時、借り物の知識を選んでしまうのが、知識信仰だというワケです。

この第4章、最初から最後まで耳が痛いのです……。

どうして乱読するの?

乱読の良い所は、苦手な分野、知らないジャンルの本も読むからです。あらかじめ知識のある本は、ザーッと読み流すことができます。しかし、知らない分はの本は、単語にひっかかって、なかなか読むことができません。

知らない分野を読むには、能力が必要です。この読み方が身に付けば科学や哲学、宗教など、難しい本も読める力が身に付きます。読みやすい本ばかり読んでいると、いつまで経っても好きなジャンルしか読めない。文系だから、理系だからと読む本を選ぶ必要もない。

すると、知識の幅が広がってゆく。

思いがげないことに出会う

 セレンディピティ(serendipity) 思いがけないことを発見する能力。

p.82

専門的な読書は、専門以外の知識に出会うことは少なくなってゆきます。乱読家は、知らない知識にいつも触れていて、分からないことも多い。すると、あるとき化学反応のように、セレンディピティがやってくるのです。

知識を貯めこんでゆく読書から、乱読へ読み方を変えると、いつかセレンディピティによって全く違う考えと出会うのです。そして、この思ってもみない出会いは、新たな好奇心をかき立てます。

読書が知識の蓄積のためではなく、好奇心が新たな好奇心を生み出すものになるように。本の読み方や意識、少し変えてみようと思いました。

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『アヘン王国潜入記』|のどかな山間のアヘン栽培日記

こんにちは。人が読んでいる本が読みたくなる あさよるです。『アヘン王国潜入記』も誰かが読んでいるのを見つけて、読みたい本リストに入っていたのでした。だって、タイトルが『アヘン王国潜入記』ですよ!?で、表紙がコレですよ!?ケシのお花畑で武装した男性が笑顔で並んでるんですよ!?

と、インパクトしかなかったので、読みたかったのです。

本エントリーでは、ミャンマーを「ビルマ」と表記しています。本書『アヘン王国潜入記』が「ビルマ」表記ですので、それに倣いました。

世界の大麻薬生産地域に潜入

本書『アヘン王国潜入記』はノンフィクション作家の著者・高野秀行さんが、実際にビルマ(ミャンマー)のワ州と呼ばれる地域にあるムイレ村という閉ざされた村へ潜入し、村人と共にアヘンを育て収穫するまでの半年以上に渡る記録です。

まず、ビルマの一角がアヘン王国なのかという理由から。引用します。

 ゴールデン・トライアングル、もしくはその和訳「黄金の三角地帯」という名称は誰しも一度は耳にしたことがあると思う。インドシナのタイ、ラオス、ビルマの三国が境を接するあたりに広がる、いわゆる《麻薬地帯》である。麻薬といってもいろいろあるが、ここは麻薬の王たるアヘンもしくはアヘンを精製して商品化された非合法モルヒネやヘロインの世界最大の生産地である。世界のアヘン系麻薬の六〇~七〇パーセントはこの国境地帯から流出しているというもっぱらの評判であった。
しかし、タイとラオスはもともと生産量が少なったうえ、政府の規制でアヘンの生産は一九八〇年代に入ってから激減している。(中略)
ところが、ビルマでは諸々の事情からアヘンの生産量は落ちるどころか九〇年代になってからも増加する一方で、今ではゴールデン・トライアングルの全生産量の九割以上をビルマが担っているという。(中略)
といっても、アヘンはビルマのどこででも獲れるというわけではない。生産地は漠然とタイ、ラオスと国境を接するシャン州と考えられているが、その六〇~七〇パーセントがワ州で産出されていることはほとんど知られていない。つまり、全世界の四割前後のアヘンをこの小さな土地が生み出していることになる。

p.16-17

ゴールデン・トライアングルを地図で見ますと、中国、ラオス、タイ、ビルマ(ミャンマー)にまたがる地域。アヘンの育つ気候や土地にこの辺りが適していることと、自治区であるワ州はビルマ政府の支配を受けていないことなど、国際的“裏”の仕事がしやすい要因なのでしょう。

近代から隔絶された村で

その中のムイレ村に潜伏するという、どんなに退廃した恐ろしい土地なんだろうと想像していましたが、本書『アヘン王国潜入記』を読むと、牧歌的でのどかな土地で驚くばかり。そこで暮らす人々ものんびりと朗らかに生きているのが印象的。しかし、そんな平和そうな小さな村の中にも拘わらず、戦争の影が生々しく潜んでいる。徴兵されている人もいるし、戦争で夫を亡くした未亡人も多い。

村人たちの多くは農業に従事しています。もちろん、アヘン栽培です。他の作物は作られていないようで、村の食事は貧しいもののよう。農業といっても、日本の超効率化された農業のようなものではなく、原始的農業を想起させるようなもの。開墾した土地にアヘンの種をまき、あとは雑草を抜くだけ。親類や知り合い同士で畑を手伝いながらも、当番やスケジュールもなく、その日その日予定が変わってゆく。著者は積極的に毎日雑草取りに参加していたら、アヘンの収穫時に少しアヘンを分けてもらえることになりました。

村人たちの間では喧嘩やモメ事も少なく、万一喧嘩が起こっても次の日には仲直りする。

資金源はアヘンなのだけど、収穫の半分以上は政府に差し出さないといけないし、兵も取られるし、かなり税は重い。

そして、このムイレ村はとても不思議な村なのだ。ムイレ村は電気もなく、近代から隔絶された村だ。他の村との交わりもなく、婚姻も村内で行われる極めて「閉じた」村である。このムイレ村での日々を読んでいると、世界がこの谷あいしかないような錯覚に陥るが、実は山一つ越えれば電気もあるしラジオも衛星放送も見れて、世界情勢がリアルタイムで入って来る。車で三日も走ればセブンイレブンがあるという。決して、近代文明から遠く離れているわけでなく、すぐ隣にあるのだ。どうやらムイレ村はじめこのあたりの地域は、首狩りをしていたようで、未だにその名残があるよう。

教育とは、医療とは、労働とは

ムイレ村では一切の近代的医療がない。衛生観念もなく、我々の感覚でいうと「不潔」な環境だ。だから、病気になったらサヨウナラだ。現に、本書中でも元気だった若い男性がある日コロッと死んでしまう場面がある。非常に恐ろしい。

「教育」というものもなく、子どもたちは字も読めない。著者・高野秀行さんの世話役のアイ・スンさんが、滞在中だけ村で学校を始め、アルファベットを子どもたちに教える。すると、それまでみんな平等で同じだった子どもたちの中で、優秀な子と落ちこぼれが生まれる。そして、貧富の差が浮き彫りになる。教育とは子どもを画一化することであり、するとその中で優劣、貧富の差が現れる。

労働も同じで、村人たちは特に取り決めもなく畑仕事をやっている。だから、働いている様子を見ても優劣の差はない。

近代化されていない村を見ることで、近代のシステムを垣間見るようで興味深い。

だんだん常識が入れ替わってゆく

ムイレ村はアヘンと共にある。アヘンを育て、収穫することが目的で潜伏した著者は、ついにアヘンを手に入れる。

しかし、その頃には著者自身もアヘン中毒になっておりw、村を足早に立ち去る。タイのチェンマイに戻ってから、収穫物のアヘンを自慢するとひどく怒られ、その場で処分してもらうことになる。そう、ワ州にいたころはアヘンがある生活が当たり前だったが、そこから一歩外へ出ると「あってはならないもの」なのです。

ムイレ村へ潜入時も常識が全く違う村で驚くことばかりだったが、半年経ちそこから外へ出てくると、次は世界の常識にクラクラする。

冒険記・探検記ってオモシロイ

本書は探検記になるんだろうと思うけれども、これは面白い。世界のどこかにこんな世界があるんだ!

また、著者の目線も楽しい。出来事を綴っているだけなんだけれども、ユーモアで溢れている。

一方で、子どもたちへの教育事情や医療事情などもしっかりを描かれている。

あさよるは時折、衛生観念の無さや、教育がないということに腹立たしさも感じた。すぐそばでは近代の文明があるのに、それに触れられない彼らは長生きができないだろう。実際に、本書に登場する人達は年寄りがいない。

それも含めて、知らない世界を覗き見た興奮は面白かった。高野秀行さんの他の本も読みたい。

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『「これ」だけ意識すればきれいになる。』|無謀なダイエットより「自律神経美人」

こんにちは。自律神経が整わないあさよるです。そうか、これが「五月病」なのかもしれない……( ノД`)

小林弘幸さんの著書で、以前に自律神経を整える大切さを学んだハズなのに……ずっと寝不足だし、食欲も整わず、夜中にから揚げ食べてしまったし(それはいつもでは…)。

『「これ」だけ意識すればきれいになる』。きれいになりたい!という願望とともに、サブタイトルの「自律神経美人」という言葉に魅かれて本書を手に取りました。

〈美人な状態〉をつくる

あさよるはこの本、好きだ!

なぜかというと、「美人」を顔のパーツの配置や体のシルエットの話ではなく、「心身ともに健康であること」としているところです。

アンチエイジングがトレンドで、健康志向の社会といっても、未だにダイエットと言う名の不健康な活動をしている人もたくさんいます。それを良しとしないのが「自律神経美人」なんですね。しかも、肉体的な健康だけでなくって、精神的にも穏やかで、怒らず、笑顔でいられる時間が多いことを目指しています。

めっちゃマジメな本じゃん!

しかも、誰も教えてくれそうで教えてくれない。みんな知っているようで、よくわからない話。自律神経を整えよう。腸を整えよう。腸内環境が美人をつくる!その辺は、以前、この辺の本で学んだ↓

『脳はバカ、腸はかしこい』|脳はすぐに勘違い、間違っちゃう?

小林先生の本、これでいいんじゃね?(女性限定)

本書の著者・小林弘幸さんの著書をいくつか読んできまして、当あさよるネットでも紹介してきました。どの本も言っていることは同じです。医学的な体の健康のことを言っているのですから、同じに決まっているのですが(;´∀`)

女性限定ですが、この『「これ」だけ意識すればきれになる。』を読めば、小林先生のお話の大まかが実践できるんじゃないかな?ふわっとした目的よりも「きれいになる」「美人」ってキーワードから、体調を整えるのは、取り入れやすいだろうし。

更年期のむかえ方とか、指南する本はたくさんありますが、「意識しすぎなくていい」って言葉は、響きました。変に構えてしまうよりも、いつも笑顔で、健康な状態を維持することに意識を向ける。

人の〈意志〉の力って大きくって、しかも自律神経ってのは、INとOUTを入れ替えても効果があるみたい。すなわち、悲しいから→泣くと、泣くと→悲しいもなりたつ。嬉しいから→笑うも、笑うと→嬉しくなると、心と体は同じ一つのものですから、さかさまにも作用しちゃう。だから、笑顔でいよう。前向きでいよう。穏やかでいようって話です。これは、小林先生の他の著書で触れました。このあたり↓

『自律神経を整える 「あきらめる」健康法』|あきらめる=逃げだって思ってません?

無謀なダイエットより、確実な美容を

あさよるも若い頃、かなり無謀なダイエットを繰り返しておりまして、体がボロボロになってしまいました……お恥ずかしい限りです。それでも10代20代の頃は〈若さ〉というすごいものを持っていましたから、なんとなくなんとかなっていましたが……やっぱ年齢と共に、しんどい!単純に自分の体がしんどいw

食べ過ぎで胃が気持ち悪いし、すぐにお腹の壊すし、お肉の付き方が変わって、自分のシルエットが変わってゆく感じ。ヤバいぞ?と鈍感なあさよるも感じます。

ここでまた、無謀なことはできません。もう若い頃のように「なんとか」はならないだろうし、それよりも確実な美容を実践したいです……。

その一歩が、腸の調子を整えること。意外に思いました。しかし、確かに食べもので自分は作られていますから、食品を分解し吸収する腸が不健康ではいけません。

そして、穏やかでいること。笑顔でいること。これ、精神論みたいに思えますが、医学的な根拠もあるんですね。これは今すぐできることであり、なかなかできないことでもあります。いずれにせよ、迅速に取り組むべし。

五月病で体調最悪なあさよるですが、『「これ」だけ意識すればきれいになる。』を読みながら、「ちょっとずつ元気になろう」と思いました。

ちなみに、〈「これ」だけ〉とありますが、結構多いですw目次を見てみて下さいw

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『スタンフォードの自分を変える教室』|自分の本能の声を聞こう

こんにちは。体調不良のままゴールデンウイークが終わってしまった あさよるです。朝方の寒さでお腹を壊してしまって、スッキリしないままの連休でした(;’∀’) もっと自制して、良いコンディションのまま維持できるようになりたいなぁと。

そこで、『スタンフォードの自分を変える教室』ですよ。口コミでもいい感じですし、自分の生活習慣が変わるやも?と期待して手に取りました。

思っているほど、人の「意志」は働かない

『スタンフォードの自分を変える授業』の著者、ケリー・マクゴニガルさんは心理学者で、心理学や精神科学、医学の研究を下敷きに、本書が作られました。

誰でも納得できるようなたとえ話を用いながら、専門的な話が簡単に説明されています。

「自分を変える教室」を最後まで読んでわかったのは、「自分で思っているほど人の〈意志〉は、強くない」ってコト。自分で「ダイエットしなきゃ」「勉強しなきゃ」「やめなきゃ」と思っても、その通りに動けません。それは、人に元々備わっている〈本能〉の働きが関係しています。

ヒトも動物であり、捕食者から逃れ、狩りをし、飢えをしのいで生き延びてきました。飽食の時代とか、誰もが長生きできる時代なんて、ほんの最近局地的に起こっている現象であって、ヒトは飢えながら敵から逃げて生き延びるためのプログラムが備わっています。そのプログラムがどんなものなのか理解しないと、意志と本能がズレてしまうと、思わぬ結果を招いてしまうのです。

思っているほど「意志」は強くないって前提に立つことで、自分の意志力を最大限に利用できるんだって思います。

人の意志・本能の特性を知れば対処ができる

例えば、疲れていたり寝不足な状態では判断力が鈍り、意志力も下がります。体調管理が意志を変え、行動を変えるってことです。

また、同じことでも「いつやるのか」が大事だったりします。朝の貴重な時間帯、メールチェックに追われるのか、自分の時間に使うのか、自分の意志で割り振ることができます。

また、「甘い物が食べたい」という欲求を上手に使うこともできます。脳が活動するためには糖分が必要ですから、我々は日夜、血糖値を上げるために活動していると言っても過言ではない!? 脳に糖分を適度に補給してやると、意志力もアップします。恐ろしいのは、脳は消費する糖の量を調節してしまうことです。血糖値が低い状態が続くと、脳は糖を使う分量を減らし、勝手に省エネモードになってしまいます。すると、意志力も弱まってしまうのです。「体の仕組みを知る」ってのも、必要なのですね。

シロクマのことは考えないでください

人間の意志の不思議。

シロクマなんて、ふだんは学生たちの頭の片隅にもありませんでした。なにしろセックスと試験のことで頭はいっぱい、話題といえばコーラの新商品は期待はずれでがっかり、なんてことばかり。なのに、そんな彼らがシロクマの虜になってしまったのです。それもこれも、こんな指示を受けたばかりに――「これからの5分間、シロクマのことを考えないようにしてください」。

p.304

「シロクマのことを考えないようにしてください」と指示をされると、シロクマのことが頭から離れなくなってしまう……よくわかる話です。

例えば、子どもに「ジュースこぼしちゃダメよ」と注意すると、ガシャーンとこぼしてしまうのも、この力? ちなみに、「こぼしちゃダメ」と思えば思うほど、あさよるは大人なのにこぼしてしまいますw

意識してしまうと、そのことで頭がいっぱいになってしまう。例えば「太っちゃダメ」と考えると、やってはいけないイメージで頭の中がいっぱいになってしまう。ゲームしちゃダメって思うと、ゲームのイメージが湧いてしまう。悩ましい話です。

また、他人の意志力が「伝染する」というのも面白いです。

不健康な生活習慣の人と一緒に過ごすと、生活習慣が伝染ってしまう……わかる気がします。人は、他人の行動を見ると、知らず知らず真似をしてしまいます。

他人の行動をまねしてしまうということは、誰かがスナック菓子やお酒やクレジットカードに手を伸ばすのを見たら、いつのまにか自分もまねしてしまい、意志力を失ってしまうかもしれないということです。

p.278

これも、経験として「わかる」と思います。スリムな人と一緒にいると、知らずに自分もヘルシーな食べ物を選んでいたりとか、マジメな人と一緒に仕事をすると、自分もピリッと襟を正される感じ。

これも、自分の〈意志〉とは違う、他人からの影響です。

「知る」ことで、変わる

自分の〈意志〉というものは、絶対的ではなく、本能や他人からの影響が大きく働きます。それを悪しきものとするよりも、上手に利用する方が、良さそうです。

「自分を変える教室」は、「自分を知る教室」なのかもしれません。また、大学の講義で扱われているものですから、普遍的で多くの人に当てはまる〈特徴〉です。ヒトの持っている習性と言ってもいいかもしれませんね。

本書は、多くの人に当てはまるように抽象的な話なので、自分に当てはめながら読むとより分かりやすいかも。アメリカの本と言うことで、たとえ話がアメリカンなのも楽しかったですw

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『働く男』|音楽家、俳優、文筆家の働く男時代を総まとめ

こんにちは。星野源さんのMVで心惹かれ、『星野源雑談集1』を読みお祭り騒ぎだったあさよるです。

『星野源雑談集1』を読みました(*´Д`*)

↑の記事は「好き」としか言ってなくてなんのこっちゃな記事ですが(苦笑)、なんだろうなぁ。著名人との対談集で、たぶん、インタビューアーとして裏方に徹しているものではない。星野源さんの〈人柄〉がなければ成立しない対談をしている。それを〈雑談〉と称してらっしゃるのでしょう。

「星野源」というフィルターを通してこそ成り立つ読み物ですから、これは星野源さんの〈作品〉なのだろうなぁと納得したのです。こんな対談集を読んだことないかもしれない。

文筆家として、ミュージシャンとして、俳優として

シンガーソングライター、俳優、文筆家としての顔を持つ星野源さん。『働く男』は、その多彩さを1冊で堪能できる内容でした。

それは目次を見ても一目瞭然、〈書く男〉〈歌う男〉〈演じる男〉と、コラムニストとして、シンガーソングライターとして、役者として、3つの星野源さんを堪能できるんですよ。

より多くのページが割かれている〈書く男〉は、雑誌「ポパイ」で連載された映画コラムが収録されています。コラムの導入部として星野源さんの経験、体験、考えなどが散りばめられています。これは嬉しい。

〈歌う男〉では、星野源さんがこれまで(この本が作られた時点)に作曲した曲の紹介で、ライナーノーツですね。SAKE ROCK時代のアルバムもたくさん紹介されていまして、これも読んでソンなし。

〈演じる男〉では、時系列順に舞台、ドラマ、映画、ナレーション等の出演作品のリストに、星野源さんが手書きで註をつけるという、しげしげと凝視して悦に浸る。

自ら〈つかみ取る〉

あさよるね、驚いたんですよ。星野源さん、尊敬しかない。そして、この人は〈こわい〉人なんだなぁとも思いました。

それは、チャンスを自分の行動でつかみ取っている、その姿にです。

雑誌でのコラムも、自ら編集者に頼み込んで、連載にこぎつけたとあります。星野源さんが所属するバンド「SAKE ROCK」も自分でメンバーを集め、自分でプロデュースしたそうです。ソロ活動も、自費制作の後、自分でレコード会社に頼んで、なんとかシングルをリリースしたと振り返っておられます。音楽活動の振り返りを読んでいると、最初は〈手作り〉でやってきたのがわかります。

唯一、役者業が順調な感じなのかなぁと思いつつ、しかし「順風満帆」という感じでもない。

どの分野も、力づくで扉をこじ開け、バタバタともがきながら前へ前へ進んできた、とんでもないパワーが裏にあるんじゃないかと気づきました。そこに、〈こわさ〉を感じるってわけです。この人、ただモンじゃないぞ!?

そう、例えば、プロのライターはもっとうまいこと記事を作るだろう。もっと上手いシンガーや、メロディーを量産する作曲家もいるでしょう。演技が上手い役者もたくさんいる。

でも、彼らは〈星野源〉じゃない。一つ一つの要素をみれば、星野源さんよりも上回る人はいるでしょうが、全ての要素を複合的に持ち合わせている人って、どれくらいいるの!?っていう。

あさよるは星野さんを「才能が有り余る人」というイメージを持ってましたが、この『働く男』を読んでイメージががらっと変わった。〈与えられた〉才能に胡坐をかく人ではなく、自らの意思と努力で力いっぱい進み続ける人なんだな。それは、もう、尊敬と畏れしかありません。

同年代なんだけど……( ノД`)

さて、星野源さんに尊敬の念しか抱かなくなったあさよるですが、星野さんと同年代なんです。が、接点が全くなくて驚いた。

〈俺を支える55の○○〉なる、星野源さんの幼少期から現在(2012年)までに影響を受けたもの、好きなものを集めたコーナーがあります。

55のものを見ていると……わからないものばっかなんですけど……(;´Д`)(;´Д`)

え、同年代って、なんかカブるもんじゃないの?わからないというか、知らないものがほとんどで、「名前は知ってる」「見たことある」ものも、深くは知らないという……。えー、あさよると星野さんって、なんにも接点ないじゃん!世間話できないじゃん!ショック!

星野源1.0なのね

『働く男』は、「働きたくない。」との一文から始まります。

 昔は違った。
働き続けることが自分のアイデンティティだった。働いていないと不安になり、仕事場で出会う人とのコミュニケーションでしか相手に興味がわかず、仕事での達成感のみが生きる希望だった。何をするにも仕事のことを考え、アイデアが思いつくと機嫌が良くなり、難航しているときは常にイライラしていた。少なくとも、今回文庫化されたこの本の書籍版を執筆していた頃、そして校了日までは。
入稿後、倒れた。
入院してから発売された『働く男』の初版の帯にはこう書かれている。

どれだけ忙しくても、働いていたい。
ハードすぎて過労死しようが、僕には関係ありません。

p.4

なんとも皮肉とも言える帯の付いたエッセイ本なんだろう。たぶん、「過労死しても関係ない」というのは、本音だったんじゃないかと思う。

けれど、実際に倒れてみると、仕事は全てストップで、周りのスタッフの人が謝って回らないといけない。多くの迷惑を人にかけ、たくさん助けられたと振り返っています。

その経験から「倒れてはいけない」。そのためには、優先順位を変えなければならない。自分の肉体を守らないといけない。

 過酷な入院生活で、私は大人になった。仕事が中心の生活ではなく、己が中心の生活に変わった。「仕事がないといきていけない」ではなく、「仕事って楽しい」「でもなるべくサボって遊んでいたい」という性格に変わった。私は、「働く男」から、「働きたくない男」になった。

p.5

『働く男』は、ひとりの人間が変化する、その瞬間に立ち会えるエッセイです。「現実は小説よりも奇なり」と言いまして、作り話よりも、実際に人が変化してゆく様子ほどショッキングで興味惹かれるものはないのではないでしょうか。

「働く男」だった星野源さんも、「働きたくない男」になった星野源さんも、いずれも同一人物で、矛盾もしない。たぶん、同時に存在して、重きを置く順番が多少入れ替わっただけでしょう。

その〈変化〉が、こうして作品として残されるというのは、表現者だからこそだなぁと思います。もしかしたら、多くの人は変化に気づきもしないのかもしれません。それを、きちんと形にすることで、どんどん新たなものを生み出してゆく。すごいなぁ。

以下個人的メモ….φ(..)

映画のコラムと、作曲した曲の紹介。そして星野源さんが出演した舞台やドラマ、映画等が載っていたので、ここにまとめておく。

ひざの上の映画館

映画コラムにて取り上げられていた映画作品たち

作った曲を振り返ろう!

星野源さんが作った曲に自らコメント

主な出演作、その裏では

星野源さんが出演した舞台、映画、ドラマ、テレビ番組

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『トットチャンネル』|初代テレビの個性派女優・黒柳徹子の自伝

こんにちは。『トットてれび』見ました!

『トットてれび』は2016年4月~6月にNHKで放送されたテレビドラマです。〈トットちゃん〉こと黒柳徹子さんのエッセイを実写ドラマ化したもので、黒柳徹子さん役を満島ひかりさんが演じ、その熱演っぷりが話題になりました。

満島ひかりさんに黒柳徹子さんが憑依しているようで、「スゴイ」を通り越してむしろ「コワイ」域。他の役者さんも好演されており、音楽やダンスも織り込まれてとても楽しいドラマでした。

で、ドラマの話も語りたいところですが、ドラマの原作である黒柳徹子さんの『トットチャンネル』も読みました。

もしかしたら『窓ぎわのトットちゃん』を読んだことがある方も、その続編である『トットチャンネル』も是非ご一読を。

事実は小説よりもドラマチック

〈トットちゃん〉は黒柳徹子さんの愛称です。黒柳さんが幼い頃、周りの人から「テツコちゃん」と呼ばれるのを「トットちゃん」と聞き間違えて、自分のことを「トットちゃん」と呼んでいたのが、はじまりです。

本書『トットチャンネル』の主人公は〈トットちゃん〉。黒柳徹子さんの自伝でありながら〈トットちゃん〉というキャラクターが奔放に伸び伸びと振る舞っているようで、エッセイなのに物語を読んでいるようです。

そしてまた『トットチャンネル』で描かれる黒柳さんの経験も、この上なくドラマチックなのよね~!

テレビに入社する!

音楽大学の声楽家に通っていたトットちゃんは、ある日NHKの求人広告を見つけます。

「NHKでは、テレビジョンの放送を始めるにあたり、専属の俳優を募集します。プロの俳優である必要はありません。一年間、最高の先生をつけて養成し、採用者はNHKの専属にします。なお、採用は若干名……」

p.12

ウエイトレスや事務員募集の求人広告にNHKの求人があるのが面白いです。日本にテレビジョン…今のテレビ放送が始まろうとしていた時代です。テレビなんて見たことがない、それがどんなものなのか知らなかった時代の人にとって、テレビ局を志望するって、どんな感じだったのかな?

NHKの入社試験は、履歴書提出からトットちゃんはダメダメ。「ああ、落ちた」「これで最後」「もう終わった」と試験を一つ受ける度に落ち込むトットちゃんなのですが、そのダメダメさ=なにもない、無垢な状態が評価され、高倍率を潜り抜け採用されます。

しかし、テレビ放送が始まったばかりのテレビ局内はドッタバタ!テレビ番組の制作も、今では考えられないようなグダグダさだったようです(笑)。黒柳さん、今は「徹子の部屋」では〈芸人殺し〉と称されていますが、黒柳さんが潜り抜けてきたハプニングを知ると、あの堂々たる振る舞いが納得できました(笑)。

NHKにエントリーしてから、試験の様子、採用後の教育、テレビ放送開始直後の番組制作の様子など、細かく描かれており、とっても貴重なお話を知れました。歴史のなかのお話ですね。

小さな東京、すぐそこのお茶の間

『トットチャンネル』を読んでいて感じたのは大都会・東京のマス・メディアのお話ではなく、小さな東京という街の、生まれたばかりの小さな放送局、そんな感じ。

黒柳さんご自身が東京生まれ東京育ちの方だからなのかもしれません。当時の東京の街は今より規模が小さかったのかもしれません。

トットちゃんはとても、テレビジョンという国を挙げたプロジェクトに挑むような意気込みでもないし、飄々とフラフラと、時代の波に動かされながら、そして力強く波に乗って流れてゆきます。

ああ、とっても素敵。

小さな東京の街と、まるで、すぐそばにいるようなテレビ。遠く離れた異世界のお話ではなく、きちんと世間と地続きの世界なのです。

やっぱこの時代……憧れちゃう

『トットチャンネル』は昭和二十八年から始まります。戦後のこの時期を回想するエッセイは、新しい波が到来し、活気に満ち、どうしても「羨ましい」と思ってしまいます。

大橋鎭子さんのエッセイ『「暮しの手帖」とわたし』を読んだときもそうでした。物のない時代、何もない中から新しいことを始める力強さと共に、得も言え割れぬ羨ましさが……そして、それを含めて「憧れて」しまう自分もいます。

とと姉ちゃん・大橋鎮子さんのエッセイ『「暮しの手帖」とわたし』

黒柳徹子さんも大橋鎭子さんも、新しい時代の新しい仕事をした女性でしょう。あさよるは、今の時代をどう生きるのかなぁ~なんて。

更に、黒柳徹子さんの軽やかでキュートで知的な文体が、余計に高揚感やワクワクや戸惑いやいろんな気持ちがない交ぜになった空気を感じさせます。

トットちゃん、売れっ子テレビ役者になって連日引っ張りダコ。ついに過労で倒れ、ドクターストップが言い渡されたところで本書は終わります。続きの話、読みたいっ。

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『本は10冊同時に読め!』|欲張り読書家になる!

こんにちは。次に読む本に気をもむ あさよるです。読書って、読む本を調達してくるのが大変なんですよね。電書の登場は画期的ですが、それでも「どうせなら面白い本を読みたい」との思いから、悩みます。

読書指南系の本を読んだり、著者紹介を見ていると、ちょこちょこと「HONZ」の名前が挙がっていました。あさよるは「HONZ」ってなんだ?というところから始まって、代表の成毛眞さんの本を読んでみようと思いました。成毛眞さんの読書に関する著書『本は10冊同時に読め!』を手に取りました。

「速読」「多読」で「超並列」読書術

成毛眞さんの推奨する読書は、超並列読書。あちこちに本を配置して置き、同時進行で複数冊の本を読むのです。その数10冊!

多読を目的とするので、少し読んで面白くない本はサクッと切ってOK。真面目に最後のページまで読まなくても構いません。

そして、多忙な現代人は細切れの時間を使って本を読む力が求められるでしょう。テレビを見ながら、CMの間だけ読むとか、ほんの数秒の隙間も無駄にしません。だから、あちこち手の届くところに本を配置しておくんです。

読書時間を確保しようとすると、自ずと時間の使い方も変わってきます。他人に自分の時間をムダに使われてはなりませんし、自分も時間への価値を高めてゆかねばなりません。そして「面白いことないかなぁ」とアンテナが立ち始めるんです。

また、必要な情報・資料を読むだけでは足りません。自分の業務とは関係なさそうな分野の本も多読します。“教養”を高めるんですね。

要は「10冊同時に本を読む」という行為がきかっけとなり、時間の概念、他人との関わり、情報への感度等、ドミノ倒し的に変化が訪れるのではないか?と思いました。

読書習慣、学習習慣がある人はやっている?

成毛眞さんの推奨する読書術って、突飛なものなのか?と考えると、そうでもない。既に読書習慣を持っている人の中には、同時に複数冊の本を読む人や、自分の行動範囲のあちこちに本を配置してある人もいるでしょう。

また、日頃から学習習慣がついている人は、やっぱ“時間が貴重”であることを痛感しているんじゃないでしょうか。じゃあ、やっぱ同時に本や資料を読み込むって、あり得るんじゃないかなぁと思います。

並行読書術、やっている人は既にやっている……特に、仕事で必要な資料読みをしている時って、自然とこんな読み方になっちゃいますよね。そうそう、〈趣味の〉〈遊びの〉読書から、〈使命感〉や〈責任感〉を伴う読書って言えばいいのかなぁ?

独り善がりな、自分のための読書から、社会へ還元する読書。だから副題が〈本を読まない人はサルである!〉なのかなぁと考えました。人は社会性を持っている生き物です。〈人間らしさ〉である社会性のための読書が必要ってことなのかな?

教養、スキルアップのための読書術

読書って、目的がとてもたくさんありますよね。

中には、本を読む行為自体が目的な人もいれば、本を〈味わう〉とか〈愛でる〉とか、そんな表現をする人もいます。自己実現としての読書や、安らぎのための読書もあります。

本書『本は10冊同時に読め!』では〈教養〉を深め〈学習〉をし、思考力や判断力を養ってゆく読書です。それを続けていると、ゆくゆくは考え方が変わり、価値観が変わると、職業が変わったり、収入が変わる人もいるでしょう。自らに大きな変化をもたらす読書術。だから〈同時に10冊〉とハイスピードで行うんですね。だって、人生は有限だから。

読書の目的って、いっぱいあってもいいと思うんです。〈味わう〉読書をしながら、我武者羅に〈教養〉を深めながら、一心不乱に〈学習〉し、業務に必要な資料を読みまくってもいいじゃないか!と。本って、ありとあらゆる分野の本が書店で溢れかえっています。「自分はこれしか読まない」と決めてしまうのはもったいないなぁと思います。

本は読めば読むほどオモシロイ!

あさよる、これは断言できる。本は読めば読むほど面白い!

10代の頃、知らないこと分からないことだらけだった頃、読書は発見の連続でしかありませんでした。大人になるというのは、こうやって何でもわかる、どんな質問にも答えられることなのだと思っていました。

全然違います!w 大人になっても、年齢を重ねても、読書はやっぱり発見の連続だし、知らないこと分からないことだらけです。むしろ、子どもの頃よりより複雑/単純な事象を認識したり、抽象/具象を扱えるようになったり、ミクロ/マクロの視点とか、物の味方が広がって、理解の度合いが違ってくるのかな?

学習を目的とした読書習慣って、必要でもあるし、なにより面白い。複数の目的を読書に担わすと、多読、速読、並行読みにならざるを得ないのかなぁと思いました。

あさよるも、1日1冊読めばいい方なので、もっと読みたい本があるのに読めずにいます。そっか、同時に読んじゃえばいいんだ。

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『超高速!参勤交代』|ドタバタハラハラエンタメ歴史小説!

こんにちは。深田恭子ちゃんにメロメロのあさよるです。

ディーンフジオカさんと共演してた『ダメな私に恋してください』をちょこっとだけ見てて、ディーンフジオカに惚れ惚れするはずが、深キョンちゃんにメロメロだったんですよ(すごくどうでもいい話っすなw)。

映画『超高速!参勤交代』でも、あまりに可愛いすぎる女の子が出てくるから、「誰!?」っと色めきだっていたら、深田恭子ちゃんだと!?

あさよるより ちょい年上のお姉さんのハズでしたが、絶対見えない!!

すごくどうでもいい導入ですがw、映画『超高速!参勤交代』は、ひたすらに深田恭子ちゃんが可愛い映画だったのですよ。

映画もまぁまぁ面白かったので、ちょいと小説版も読んでみようか!と。

ちなみに、原作“小説版”と映画の“ノベライズ版”があるようです。あさよるが読んだのは原作版です。

土橋章宏さんによる脚本・小説→映画化の順みたいですね。

↓こっちが映画のノベライズ版

ドタバタ、そしてチャンバラ!

あらすじ

ときは享保20年(1735)初夏、改革の嵐吹き荒ぶ8代将軍吉宗の時代。わずか1万5000石の磐城湯長谷藩に隠し金山の嫌疑がかかり、幕府老中から「5日以内に参勤せねば、藩を取り潰す」と難題をふっかけられた。若殿様以下7名は東国一の忍びの力を借りつつ、陸前浜街道、水戸街道、さらには山野を踏み越え江戸城本丸へ急ぐ。軽量化のため竹光しか持たない一行を阻む公儀御庭番と百人番所の精鋭。湯長谷藩の運命や如何!?

超高速! 参勤交代 (講談社文庫) | 土橋章宏 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

貧乏の弱小藩の殿様と家来たちが一致団結、野宿をしつつ、野を駆け山を駆け江戸を目指す!途中、江戸参勤を阻止すべく、幕府方から放たれた忍びも待ち伏せる。

話の筋はほんと、これだけなんです。

主な登場人物は、

  • 湯長谷藩の殿様・内藤政醇(まさあつ)
  • 政醇に雇われた忍者・雲隠段蔵
  • 道中、政醇が出合う飯盛り女・お咲
  • 幕府の老中。ヤなヤツ。人民をいたぶって遊ぶ松平信祝(のぶとき)

たぶん、この4人を覚えておけば大丈夫!(そうか?)

生き方を選べない3人

政醇、段蔵、お咲の三人は、過去に辛い経験を背負っている。そんな意味で似たもの同士だった彼らは、多くを語らずとも互いに信頼し、繋がってゆく。

んで、彼らの過去がやけに重い(苦笑)。政醇は乳母からひどい折檻を受けて育ち閉所恐怖症。明るく振る舞う様子が逆につらい。段蔵は仕事が上手くいかずアル中で妻と子に手を上げ離縁。今はアルコール断ちをしているが、その描写がつらい。お咲は口減らしで売られ、気が強く虐待を日常的に受けているよう。

……エンタメの中に潜んでいるから余計に、設定がつらい。

彼らは、物語を通じ、自らの置かれた立場や経験をどう受け入れ、どう乗り越えるんだろうか。あまり言うとネタバレになっちゃうけど、結果、三者三様の向き合い方をする。

政醇、段蔵、お咲は、身分も立場も性別も違い、だからこそそれぞれの運命に抗えない。

身分の高い貧乏藩の殿様として振る舞わねばならないし、段蔵は忍びとして任務を遂行するしかない。飯盛り女のお咲に、できることなんてほとんどない。

おお、これが「身分制」なのか……描かれているのは教科書で習った「参勤交代」だけではない。

やっぱチャンバラ、忍者vs忍者っしょ!

と言いつつ、やっぱり時代物で見たい(読みたい)のは、刀を振り回るチャンバラシーンでしょ!

政醇は居合の達人で、強いんだぜ!

そして雲隠段蔵が、江戸城の大勢のお庭番相手に大バトルは超カッコいい!段蔵は登場時、得体が知れずモヤモヤした感じなんだけど、話が進むごとに段蔵の過去が明かされ、そして段蔵は更に強くなってゆく~!

映画版も、大チャンバラシーンがあるんだけど、唐突感があって若干呆気にとられながら見ていました(苦笑)。小説の方がスムーズに話が進んでいく感じ。

映画→小説の順がいい、かな?

あさよるは先に映画を見て、後から小説を読みました。

もし人に薦めるなら、同様に映画→小説の順をお薦めします。

理由は、映画の内容は欠けているからです。端折ってあるせいで唐突に物語が展開したり、「今の何?」「その設定何!?」と疑問が多かった。

小説版を読むと「なぜそうなったのか」「なぜその設定が必要だったのか」わかります。(なんで江戸の街でバトルしてるの?とか、政醇とお咲の過去重いわ!とかw)

ですから小説を読んでから→映画を見ると、なんかイメージ映像みたいになるんじゃないかなぁ?と思います。

映画は映画で楽しい作品なので、存分に楽しんでから小説をじっくり味わう作戦が(・∀・)イイネ!!

“歴史小説”ってとっつきにくいなぁって人へ

「歴史小説」って、なんか難しそう、とっつきにくそうなイメージがある方は『超高速!参勤交代』を読めば、そんなイメージぶっ飛びます。

あさよるは学生時代、歴史小説にハマってそればっかり読んでいた口なのですがw、全然堅苦しくないし、難しくないし、ひたすら超カッコいい話ばっかりで、歴史の登場人物たちにお熱でした(苦笑)。

気楽な感じで、エンタメとして楽しんでも乙なものです。

その意味で『超高速!参勤交代』は終始ドタバタと慌ただしくコミカルで、だけどキメるとこはびしっとキメる。素晴らしくエンタメしてる作品でした。

勧善懲悪モノの要素もあり、スカーッとする読了感。どうぞ~

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『35歳からの美肌カウンセリング』|アラフォー、どう向かえる?

こんにちは。佐伯チズさんファンのあさよるです。

チズさんの美容法って、単に上っ面の美しさだけではなく、身だしなみや姿勢、洗練されたスタイルにまで及びます。

そして、自分自身の意識や考え方までひっくるめて、「美しさ」なんですよね。

うん、素敵!

スタイルのある女性に

『35歳からの美肌カウンセリング』はでは、佐伯チズさんの美肌メゾットを伝えるのはもちろんですが、もっと抽象度を上げて「美しさ」を手に入れるための考え方が提示されています。

それは、一人の女性としての「スタイル」の確立です。

イライラと人に当たり散らしらしたり、自信がなく僻んでいては台無しです。

胸を張って“シャン”と立ち振舞いできることが、大人の女性の「美しさ」の基本でしょう。

「肌」や「メイク」だけにとらわれない

若い頃のお化粧って、若いってだけで可愛らしく、それだけで価値のあるものでした。どんな個性的なメイクをしても、あるいはテキトーな手抜きメイクをしても、“それなりに”様になっていました。

しかし、年齢を重ねるに連れ、それが効かなくなってきます。

素肌の美しさは、自力で維持し続け、生み出さねばなりません。

上辺だけの「肌」ではなく、食べ物や生活習慣から見直し、根本的な体づくりが要求されるのも、この年代からですね。

スキンケア法が知りたいなら別の本を

佐伯チズさんといえば佐伯チズ式の美肌法ですが、本書『35歳からの美肌カウンセリング』では、多くは触れられていません。

メイクの方法もイラスト付きで紹介されてはいるのですが、こちらもボリュームは少なめ。

もし、佐伯チズ式美容法をお知りになりたいなら、別の本をあたってください。

あさよるも以前紹介した『美肌革命』は読みやすく分かりやすくオススメです。

『美肌革命 お金をかけずにきれいになる』

「持ち物」にまで意識を向ける

本書『35歳からの美肌カウンセリング』で感銘を受けたのは、自分の身だしなみや持ち物にまでスタイルを貫き、配慮をする姿勢です。

例えば、佐伯チズさんはコンシーラーを使わずに、素顔でいようと語りかけます。みんな、素顔でも外に歩けるような肌に憧れています。……歩いちゃおうよってわけですね。

口紅は先にサッと塗り、リップペンシルを使って上唇はシャープに下唇は丸みを持たせて書く。最後はグロスで仕上げるとあり、あさよるも早速リップペンシルを買ってきましたv

さらに「大人の女」の7つ道具が紹介されており、これがカッコいい。

  • エルメスのスカーフ
  • テラコッタの練りチーク
  • ゲランの香水「オーデ フルール セドラ」
  • アクアスキュータムのトレンチコート
  • 7センチのハイヒール
  • クリスチャン・ディオールの口紅「631番(フィギュ)」
  • 本真珠のネックレス

やばい。こんな女性が目の前にいたら、うっとりと見入ってしまうに違いない。でもきっと、その女性は他人の視線もよそ吹く風で颯爽と通り過ぎて行ってしまうだろう!

めっちゃ素敵!こんな女性になりたいっ!とりあえず、トレンチコートを買ってきました(ノーブランドの安物ですがw)

ディオールの口紅は欠番になってるのかな?でも「私はのこの色」って定番があるってカッコいいよね。

どんな女性になるのかな

あさよるは、これから35歳を迎えようとする女性です。

ちょっと前まで「アラサー女子」なんていってキャピキャピしていて、「歳を取る」「オバサンになる」ってのが嫌だったし、自分はそうならないって思っていました。

が、今はちょっと気持ちが違う。上手に年を重ねて、小奇麗なオバサンになれたら万々歳だなぁと思うようになりました。

先日読んだ『「若作りうつ」社会』を読み、ますまず「上手に年を取る」ことを切望するようになりました。

『「若作りうつ」社会』|いつまでも「愛され」「モテ」でいたい

自立した女性像

佐伯チズさんの語る“30代後半の女性像”も、年齢相応の女性としての立ち振る舞い身だしなみです。あさよるの理想とするイメージに近いものです。

「どんな風に年を取るの?」

みんな「若返り志向」が強い時代で、どうやって上手に年齢を重ね、凛と居続ければいいんだろう。

一つの回答が、こんなところに眠っていました。

地に足ついて、一人で凛とたたずむ女性像。佐伯チズさんこそ、素敵に年齢を重ねている女性です。憧れる~。

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