中公新書

『目からウロコの自然観察』|自由研究のテーマはここにある

こんにちは。散歩が日課の あさよるです。こんなに連日猛暑日が続いているのに、昼下がりに散歩に出るという、自分でもビックリな習慣です。どんどん植物が青々と茂り、葛の葉が土手一面を埋め尽くし、人の背丈よりも高く雑草が延びてゆく様子から目が離せません。「夏が来たんだ!」と毎日興奮してしまいます。季節のかわり目は、体が重く憂鬱なことが多いのですが、こと「夏」に関しては、梅雨明けからある日突然「夏」がやってきて、あっという間に去ってゆくから、毎日の変化を見届けるのに忙しいのです。

ということで、あさよるも「観察グセ」がありまして、『目からウロコの自然観察』なんて本を見つけると読まざるを得ないのでありました。

(関係ない話ですが、今はYouTubeライブで活火山や河川などの定点観測もできるので、インドアでも観察がはかどります。気象情報もほぼリアルタイムで見れるしね。すげー)

夏休みの宿題のお手本に!

『目からウロコの自然観察』は、身近な自然を観察した記録です。季節ごとの生きものがカラー写真付きでまとめられています。

観察場所は主に関東、JR山手線の駅の中に住んでいる生きものまで観察されています。つまり「都会だから自然がない」のではなく、都会には都会に住んでいる生きものがいるんですね。むしろ、生きものの観察は継続的に続けたいですから、駅や街中にいる生きものの方が、毎日観察しやすくて良いかもしれません。

植物も、特別な植物ではなく、よく街中に生えている蔦や雑草が取り上げられており、とても親近感を覚えました。

植物・昆虫・鳥…すぐそばの生きものたち

山手線の駅に住んでいる(いた)生きもののの例は、ツバメです。昔、駅に自動改札がなかった国鉄時代には、山手線の各駅にツバメが巣を作っていたそうです。JRになってから、建物もツルツルと巣が作りにくい建材になり、また都会でカラスが増えたことで、山手線のツバメの姿はいつのまにかなくなってしまったそう。本書では今も駒込駅に巣をつくるツバメが紹介されていました。駅の中に巣をつくるツバメは減っていますが、今でも交番や公共施設に巣をつくるツバメはいます。人間がヘビやカラスがこないよう網を張ってツバメを守っている写真も掲載されていました。

郊外でおなじみの植物もたくさん紹介されています。個人的に、すごく親しみがあるのが「くっつきむし」です。ズボンやスカートにくっついて取れないアレです。チカラシバという植物の種子は、先がとがっていて、皮膚に刺さる厄介者として紹介されていました。散歩中の犬にとって天敵だそう。気を付けましょう。

あさよるが最近、見てみたいのはカタクリの花。カタクリの花は早春ですから、今は季節ではありません。また、早朝に咲く花らしく、朝寝坊をする あさよるはなかなかお目にかかれない花でもあります。

朝に咲く花と言えば、ツユクサも、かわいくて好きな花ですが、大人になってからとんと目にしてない花です。子どもの頃の あさよるは早起きさんだったんだなぁ~。

ハトも社会性を持ってるんだなぁ

アオバトの生態も面白かったのです。アオバトは普通、山の中に住んでいてなかなか姿を現さない鳥らしいのですが、神奈川県の大磯に、アオバトの群れが海水を飲みに飛来するそうです。遮るものが何もない海でアオバトが観察できるのは珍しいらしい。あさよるも見てみたいです。ちなみに、ナトリウム不足で海水を飲みに来るらしいのです。

個人的にこのアオバトの話がいちばん興味深く思いました。アオバトたちが「ナトリウム不足になったら海水を飲めばいい」という知恵を共有していて、ハトの群れが親から子へと、世代交代しながらも知恵を引き継いでるんだなぁと、妙に感心してしまいました。

今夏(2018年)、映画『ジュラシック・ワールド/炎の王国』が公開中ですが(あさよるも来週あたり見に行きたい)、の原作小説の2作目『ロストワールド/ジュラシックパーク2』では、野生化した恐竜たちが登場するのですが、彼らは研究室から産まれたため〈親〉を持っていません。だから、恐竜たちの行動は衝動的で攻撃的。群れのルールや、群れの間で共有されている情報がないのです。そして、仲間同士で悪戯に殺し合いをしてしまったりします。きっと、本当に恐竜が生きていた時代、恐竜の子どもたちは親や群れの仲間から、自分たち〈らしい〉生き方を学んだはずです。物語中では、人工的に創られた恐竜たちの遺伝情報は復元されたとしても、秩序やルールが復元できないから、恐竜の生態はわからないままです。

んで、このハトの生態を読んで、「まさに、アオバトも群れが子どもたちに情報を伝え、ルールを持って生きてるんだなぁ」と妙に納得してしまいました<(_ _)>

(あと、アオバトが「アオー」と鳴くというのも個人的にツボった)

生涯自由研究

今「生涯学習」が叫ばれていますが、本書は「生涯自由研究」だなぁと思います。すごくすてきですばらしい。著者の唐沢孝一さんさんは高校の生物の教師を経て、たくさんの著書も出版なさっています。本書内でも、定年してやっとじっくり自然観察できたと書かれていました。きっと、子どもの頃から同じように、鳥や植物や虫や動物を観察なさってたんじゃないかなぁと想像できますね。

あさよるも子ども時代はボーっとした子どもで、授業中に雲の形を眺めたり、鳥の声を聴いたり、植物や虫の観察に熱中していました。成人するころまで虫取りをしていたので、さぞ変な娘さんだったのかもしれません(;’∀’)>

あさよるも、本当は植物や虫の観察をして生きられたら幸せだなぁと、思い出さされました。

関連記事

続きを読む

『ゾウの時間 ネズミの時間』|車輪を持つ生きものがいないのはなぜ?

こんにちは。生物の話が好きな あさよるです。今日読んだのは『ゾウの時間ネズミの時間』。Amazonランキングでタイトルを見つけて、めっちゃ気になっていました。種類は違えどみな〈生きもの〉。生き物ですから形が違っても棲み処が違っても、同じような性質を持っているのに驚きでした。

生物のフシギな話

本書『ゾウの時間ネズミの時間』はタイトルのゾウとネズミの時間の話題から始まって、生物に関する科学的なコラム集と言ったところ。空いた時間にページをめくると次の瞬間、知的好奇心がかきたてられる読書です。

「ゾウの時間ネズミの時間」とは、みなさんもゾウもネズミも一生のうち心臓の鼓動する回数が大体同じという話を聞いたことがある方は多いかも。

体が大きい動物は長生きをしますが、小さな動物は寿命が短い。小さな動物はすぐに死んでしまいますが、体が小さいから隠れやすい。そしてどんどん繁殖するから進化も起こりやすい。大きな動物は体が大きいから外敵に襲われないが、進化の袋小路に入った状態だそう。

面白いのは、天敵のいない島では、ゾウは体が小さくなり、ネズミは体が大きくなる。これは、ゾウは体を大きくしなくても生き延びれるから無理をせず小柄になってゆく。一方ネズミも隠れなくていいから体が大きいものが生き残ってゆく。結果、巨体な動物はおらず、小さな動物もいなくなる。これを、島国である日本人に当てはめているのも面白い。日本は島国なので、飛びぬけた天才もいないけれども、市井の人たちもそこそこ頭がいい。大きいものもいないが、小さいものもいないってこと。

移動コストについての章が あさよる的に面白かった。どうして車輪を持つ生物はいないのか? 車輪は移動効率が良いけれども、インフラ整備があってこそ。タイヤはガタガタの道や段差、穴があったらお手上げなのです。車輪は移動コストが断トツ低いのですが、そのためのインフラ整備が莫大だそう。

こんな感じで、様々な生物が登場します。哺乳類だけでなく、昆虫や植物や魚や。

ヒトも生物であると実感!

本書『ゾウの時間ネズミの時間』を読んでいると、他の人間も他の動物と同じように移動コストや、一つの細胞に必要なエネルギーや、運動効率の上にいるんだと実感。ヒトは地上の動物の中では大きい方で、体が大きいとその体を支えるだけでヘトヘトに疲れてしまいます。水の中をクルクルと泳ぎ回るイルカが羨ましい!

歩いたり走ったり生きているのも、実は生物学的に理由があるのね。面白かった。

続きを読む

『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』|地味すぎ!長すぎ!日本の大混乱!

こんにちは。とある歴史同好会に所属していた あさよるです。その同好会はかつて活発に活動していたそうですが、あさよるが入会した頃には、会員の高齢化により座学ばかりの会になっていました。講師を招き、延々と推古天皇の時代から南北朝時代くらいまでの歴史を、各時代の天皇を見ながら講義を聞きます。で、南北朝時代が終わると、また推古朝へ戻り、グルグルとひたすら同じ講義を聞き続けるものでした。

これが、面白い。不真面目な会員であるあさよるは、一回聞いてもサッパリわかりません。それを何度も何度も同じ話を聞くことで、少しずつ「あ、その話前にも聞いたなぁ」「その人知ってる」と、記憶に残っている自分に気づくのです……すぐ忘れるけどねてへぺろ(・ω<)

で、少し前から『応仁の乱』が話題なのをご存知でしょうか。あさよるはTwitterでよく話題に上っているのを見ましたし、リアル書店で平済みしているのをみて「……マジか」と驚きました。応仁の乱……さっぱりわからなくないですか?なんで売れるの?歴史クラスタ以外の人まで話題にしてるお!

これ、マジメなやつや!

早速『応仁の乱』を数ページめくり、あさよるは悟った。「これは……マジメなやつやないかー!」てっきり、なんか面白おかしくユーモアたっぷりにややこしい時代を語る切り口の本かと思い込んでいました。だって、なんか〈地味すぎる大乱がなぜかブーム!〉みたいな広告を見たぞ!そういうノリかとオモタ。

しかし、マジメな本ですが、読みやすい文体で、どなたでも読める本じゃないかと思います。

応仁の乱、もちろんご存知ですよね?え?あさよるは……名前は知ってますけど……(;’∀’)>「京都の人が〈前の戦争〉というと応仁の乱のことやから( ー`дー´)キリッ」というネタはたま聞きます。うん。それ以上の知識が全くない応仁の乱!

たぶん、多くの方があさよると同じような感じじゃないかと思います。

人間関係がややこしいし、やたら長引くし、なにより地味だし、年頃の青少年たちがワクワクする感じではないのは確かっすな。

応仁の乱が不人気の理由……

応仁の乱は応仁元年(一四六七)から文明九年(一四七七)まで一一年にわたって繰り広げられた大乱である。室町幕府の八代将軍足利義政には息子がいなかったので、弟の義視を後継者としたが、その直後に義政の妻である日野富子が男児(のちの義尚)を出産したため、富子は我が子を将軍にしようと画策、折しも幕府の実権を握ろうとして争っていた細川勝元と山名宗全の両雄がこの将軍家の御家騒動に介入したために応仁の乱が勃発した……というのが一般的な説明である。しかし、この通説に対しては批判も多く提出されており、応仁の乱の原因として他の要素も指摘されている。
応仁の乱勃発当初は京都のみが戦場であったが、やがて戦乱は地方に波及し。全国各地で合戦が行われた。これだけ大規模で長期にわたる戦乱なのに、大名たちが何のために戦ったのか見えてこないというのは不思議である。劇的で華々しいところがまるでなく、ただただ不条理。これが応仁の乱の難解さ、ひいては不人気につながっているんだろう。

p.ⅱ

応仁の乱が、知名度のわりに中身が知られていない理由。それは〈ただただ不条理〉であること。

なぜ争いが始まったの?

どうして大名たちは戦ったの?

なんでそんなに長引いたの?

ローカルないさかいが、どうして全国に広がったの?

一つ一つの要素が見えてくると、面白そうな話にも思えます。難解であることが〈応仁の乱〉の不人気であるならば、スッキリ分かっちゃえば人気になるの?

答えはNO。だって、これ、むっちゃややこしいんだもん^^

一回読んでも……わかりまへん┐(´д`)┌

最初にも書きました。こういう話は、一回読んだり聞いたくらいじゃサッパリわからないんですよ。何度も何度も繰り返し触れることで、少しずつ慣れてくる。

だってね、一族あげてモメてるとさぁ、みんな名前がよく似てんじゃん~。モメてる場所もさ、ローカルすぎてどこかわからんわ!っていう。あさよるは関西人ですから、少しは位置関係が想像できるんですが、それでもローカルやわ!

戦争の理由も、ハッキリとしない。

どうも、最初は政治的なイザコザで争いが始まったんだけど、誰もこれが大戦になるとは思っていない(予想に反してたった半日で終わっちゃった関ヶ原の戦いとは逆ですな)。すぐ終わるだろうと思ってたのに、終われなくなっちゃった。予想外の長期戦になったから、作戦なんて考えてなかっただろうし、気づけば全国に戦の火が燃え広がり、大名たちも辟易。

応仁の乱が終わった後も、大名たちは京都から国元へ帰っちゃったり、みんなお疲れちゃんです。そして、都に集中していた力が分散し、各地の武将たちが頭角を表し始める。その後の戦国の混乱が始まろうとしているのであった……。

戦国時代を知るには、応仁の乱を抑えておくべきだ!とうのはよくわかりました。しかし……確かに応仁の乱が人気ないのも、わかった(;’∀’) ローカルなわりになぜかスケールがでかくなるし、明確な理由があるというよりは個人的なすれ違いや、タイミングが悪くて泥沼戦争になっちゃった感じね。

うーん。どう解釈すればいいのだろうか。

謎いベストセラー!読んどくべし!

と言いつつ、話題作『応仁の乱』面白かったです。

まず、チンプンカンプンなあさよるでも分かるくらい、読みやすい平易な文体で書かれていたこと。そしてマジメな本なのですが、筆が軽やかで楽し気な雰囲気がどことなく漂っているのも気に入りました。著者の方は、ノリノリで書いたのかな~?なんて思います。

話題本というのは、いろんな意味で読んでおいても損はないと思っておりまして、本書も人におススメしたい本でした。「戦国時代を知るには応仁の乱を」とか「現在日本について語るなら、応仁の乱は押さえとかなきゃ~」みたいなねw

あさよるが、自分に全く知識を持っていないジャンルや内容の本を読むときは、とりあえず分からなくても最後までページをめくって視線で文字列を一通り追います。本の構成やよく登場するワードだけ把握して、二回目以降もひたすら、書いてあることが分かるまでページをめくって文字列を追い続けます。よくわからなくても、何度か読んでるとおぼろげながら「何か」が分かり始める。合間に、他の本を当たったり、調べてみたりね。

本書『応仁の乱』も、数年かけてじっくり読む(`・ω・́)ゝ

続きを読む