倫理学・道徳

『究極の選択』|音・感触・言葉にならない感覚を持ち続ける

こんにちは。あさよるです。このブログを始めてから、読書傾向が大きく変わりました。以前から有名人や著名人のエッセイやコラムみたいなのを読むのは嫌いじゃなかったのですが、その「有名人」の幅が広がって、「これまで知らなかった人物のエッセイ、コラム」も手に取るようになりました。

今日読んだ『究極の質問』もそう。著者の桜井章一さんは「雀鬼」とも呼ばれる雀士。といっても、あさよるは麻雀なんて全然知らない分野ですから、桜井章一さんのことも何も知らずに本書『究極の質問』を読み始めたのですが、質問に対し、独特の思考でありながら筋の通った話が展開されてゆく様子が、抽象的で刺激的な読書となりました。

雀鬼へ究極の質問

本書『究極の質問』は、「雀鬼」と異名を持つ雀士・桜井章一さんへ、究極の難問をぶつけまくった記録です。「殺人はなぜ罪か」や「死刑制度は必要か」みたいな質問から、「AIは人の仕事を奪うのか」「極限状態で人の肉を口にするか」「周囲に流されず独自の道を生きるには」のような、多彩な質問がよせられています。

桜井章一さんの回答は独特で、理屈を並べるのではなく、とても感覚的なのが印象的です。といっても、もちろんトンデモや電波な答えをしているわけではありませんよ。回答には理由があって納得できるものですが、その答えを導き出す経緯が独自路線な感じ。

たとえば「道徳」についての質問では、道徳はその社会の思想を広めようとしているとし、それが正しく優れたものであっても人々に押し付けをすると、反発する人も現れる。道徳によって諍いが生まれることもある。日本人には「恥の文化」がまだ残っていることもあり、慎ましく行動する傾向があるが、「ムラ社会」の名残でもある。それは「旅の恥はかき捨て」と言葉があるように、いざムラ的共同体の外に出ると、タガが外れた行動をしてしまうとも言え、はたして「恥の文化」が日本人の「徳」なのかは怪しい、と答えておられます。また、大人は子どもに「人に迷惑をかけるな」としつけるが、迷惑をかけずに生きられる人はいないため「迷惑はかけちゃうけど、お互いにあまち迷惑をかけすぎないように気をつけていこうね」と教えるべきだとも話されています。

そして「道徳」の話は桜井章一さんが主宰する麻雀の会「雀鬼会」のルールへ話が及びます。雀鬼会では「いい麻雀をみんなでつくろう」というルール、一種の道徳があるそうです。その「いい麻雀」とは、勝ち負けじゃなく、

勝ち負けを超えた次元でみなが気持ちのいい麻雀が打てるように(p.73)

と話されています。また、社会の中の「道徳」は先に紹介したように負の側面もありますが(反発する人や、諍いの種になりうる)、雀鬼会のルールは全員が気持ちよくなれるものです。麻雀にある駆け引きや騙しのテクニックを取り去った麻雀だそうです。

桜井章一さんがおっしゃっている「道徳」の説明は、言葉の上では「わかる」ものですが、

経済と政治の要素をことごとく取り去った麻雀(p.74)

というのは、実際にどういう状態なのかイメージしにくいですよね。この話では「道徳」をテーマにとても抽象度の高いお話をなさっている印象です。これは、本書を通じて、具体的な話題を扱いながらも、時折とても抽象的に話が展開したりと、結構刺激できな読書になりました。

ゲームの勝敗じゃなく「音を聞く」

「隻手(せきしゅ)の声」という言葉があります。禅の公案で、両手を叩くと「パン」と音がするが、片手だけならどんな音がするか、というもの。隻手の声を桜井章一さんはどのような解釈をするか? という質問が寄せられていました。

桜井章一さんは、片手であっても掌はそこにある空間、空気を感じ、“気体”の濃度が発する気配を「音」感じると答えておられます。本書ではこの「音」が重要な存在なのです。

 雀鬼会では牌を麻雀卓に捨てるときの音を大切にしている。
牌を打つとき、無駄な思考、無駄な動きが無ければこの「内に響く音」が鳴るが、少しでも無駄な動作が入ればいい音を響かせることはできない。
牌はつかまなければ捨てることはできないが、「つかむ」という感覚があると無駄な動作が入りやすくなる。

p.137

このあと牌の扱い方が続きます。麻雀を勝ち負けのただのゲームとせず、身体感覚を使って、スポーツをしているような感覚……という感じでしょうか。とても繊細な〈何か〉に注目し、言及されているようですが、言葉として頭に入るだけでは到達理解できなさそうです。やはり、なんらかの身体感覚を伴う、感覚的なものがあって、それを掴むためのアドバイスなんだろうと想像します。

さらに、麻雀を、川上から綺麗な水を流すように打つようにと指南されていたり、ただの勝ち負けのゲームとしてじゃなく、なんらかの抽象的な動作や存在について言及しているのだろう部分が、とても興味惹かれました。

言葉にならない感覚を失わない人

わたしたちヒトは、動物として生まれてきて、成長過程で社会的教育を受け、人間になってゆきます。社会性を身につけるのと引き換えに、われわれはたくさんの動物的感覚を失ってゆくそうです。赤ちゃんは誰に教えられなくてもお母さんのおっぱいを飲めますし、勝手に筋トレして首が座り、寝がえりやハイハイ、自力で歩けるようにとなってゆきます。

だけど、社会性というのは、後天的に見につけるもので、勝手に養われてゆくものではないし、本能的な行動欲求を抑えつけ「こんなときどうする」とケーススタディをインストールされるものです。また、時代にあわせて常識や社会規範はかわってゆきますから、適時アップデートも必要です。

さて、桜井章一さんのお話からは、とても感覚的で抽象的な感じを受けました。ある種の「動物としての感覚」を失わずに持ち続けている人なのかもしれないと感じました。麻雀ってそんな感覚を使うゲームなんでしょうか。

ちなみに「あさよるは透視ができます」というと「暑さでどうかしたのか!?」と心配されそうですが、トランプゲームの場合、テーブルや服に反射したカードの色とその面積で「赤か黒か」「色の面積が多いか少ないか」くらいは「見える」ことがあります(条件が揃えばね)。だからゲームをするときは、反射しないよう机や服を準備しないと公正とは言えませんねw 勝負事って、身体能力によって結果が左右するものだと思うから、「雀鬼」と呼ばれる桜井章一さんがなんらかの身体能力が高くても、驚くことではいのかも。

五感の感じ方の偏り(桜井章一さんの場合「音」や「感触」に言及されているのが印象的です)については、「NLP(Neuro-Linguistic Programming)」的な捉え方もできるかもしれませんが、なんだかそれは野暮な気がしました。

あさよるも、何らかの「感覚」を失わずに持っているとするのなら、これ以上それを「社会性」で上書きするよりも、持ち続けたいし、能力を引き出せるように感覚を磨いていたいと思いました。

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『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』|誰かが喜ぶお金の使い方

『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』挿絵イラスト

こんにちは。お金が貯まらない あさよるです。なのですが『デキな人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』では、貯金思考がお金を遠ざけていると紹介されていて「ああ、じゃあお金が貯まらないのは悪いことじゃなかったのか!」なんて元気になりました(多分そういう意味じゃない)。

お金を自分のために寝かしておくよりも、誰かが喜ぶことに使いましょう、というのが本書の趣旨。そして、それが「投資をする」ということであると紹介されています。

「交換する」から価値がある

本書はまず「お金とは」という話から始まります。お金とは、価値と価値を交換するために存在します。お金のなかった時代は物々交換をしただろうし、物がない時は「あとで渡す」と約束をしたでしょう。その時の信頼の形が「お金」と言えます。

だから、お金は交換するからお金であって、交換しなければ価値がない! ……と言ったら言い過ぎでしょうか。ただ、稼いだお金をただ貯金しているだけでは、交換をしませんから、お金の価値が生まれません。働いても働いても、一所懸命お金を貯めても、「満たされない」理由の一つは、お金の価値のある使い方ができていないからかもしれませんね。

また、ただ「お金が欲しい」と思うのではなく、「お金をどう使いたいのか」を自分で考えないといけません。他人の価値基準で、他人が喜ぶこと、他人が羨むことにお金を使っても、結局自分が満足できないとお金がいくらあっても不満はなくならないでしょうからね。ちなみに著者の柴田博人さんは、子育てをするために仕事をセミリタイアされたそうです。自分のやりたいこと、価値を置いていることのために行動しているいい例ですね。お子さんが大きくなって、つきっきりの子育ては不要になったことで、現職に復帰なさっています。

誰もが、自分にとって価値のあることにお金を使って、自分にとって意味のある時間が過ごせると(・∀・)イイネ!

消費体質から投資志向へ

本書『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』では、「投資」という言葉にページが割かれています。浪費じゃなく、投資をしましょう、という当たり前の話なんですが、あまり誰もやらないことですね。ここでいう「投資」とは何も株を買ったり土地を買うことだけじゃなく、子育てにお金や時間を使ったり、勉強に時間を使うことも投資になりえます。

投資について、とってもわかりやすい表現がなされていました。

 投資とは、「だれかを喜ばせるという活動にリスクをとってお金を投じた結果、リターンを得ること」(p.100)

すごくいい表現ですよね。投資して「リターンがある」状況とは、それをお金を払ってでも欲しいと思う人がいうるということ。そして、なぜお金を払ってでも欲しいかというと、それがその人にとってなにか「イイコト」だからです。反対に、誰も喜ばない物や事は誰もお金を払いません。例えばボロボロの物件は誰も欲しがらないけれども、みんなが住みたがる物件にはお金を出す人がたくさんいます。

投資というのは、あなたの周りにものすごく当たり前にありふれているのです。あなたが賃貸マンションに住んでいるなら、それはだれかがリスクをとって建設してくれたからです。高いお金を出して買わなくてもそこに住めるのは、だれかが貸してくれるからなのです。つまり、不動産投資の一部にあなたも参加しているのです。

そして「どうせ参加するなら提供側になろう」と考えるのは、不動産投資家になることです。どういう場所で、どういうマンションだったら自分が住みやすいだろう、と考えてみれば、それまでと違った世界が見えてきます。

p.101-102

「投資」ってアコギな商売なイメージがありますがw、こうやって「誰かが喜ぶことをする」と「誰かがお金を出してくれる」と考えるととてもシンプルでわかりやすいですね。そして、投資も悪いもんじゃないなあとも思えます。

今自分が便利に使っているものや、気に入ってること、利用してありがたいことは、誰かがリスクをとって準備してくれたことであると考えると、これまでにも増して有難みを感じますねぇ。そんで、自分は誰かのために何か、誰かが喜んでくれることをやってるのかなあ? 特に思い当たらないから、そりゃお金が集まらないわなぁと妙に納得(苦笑)。

『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』挿絵イラスト

お金を使うのがうまい人

本書を読むと、「お金持ち」というより「お金を使うのがうまい人」と「そうでない人」がいるって感じがしますね。お金の量は限られていても、自分が満たされていればそれで満足だろうし、いくらお金があっても不満を持て余すなら、つらいんでしょうね。

お金の量を目指すだけじゃなく「どう使うか」を考えておくのが大事ですね。あさよるならどうしようかなぁ~と考えると、自立して一人でご飯食べていけるだけあれば十分かなぁ~なんて思ってしまって、それ以上先の欲求に行き当たらない! こりゃお金が集まらないわけだわ……(;´д`)トホホ

そういえば、地元にとっても可愛くて素敵な雑貨屋さんがありまして、ショッピングに行くだけでなくSNSでも在庫や新商品情報をチェックしています。そのお店はまさに「誰かが喜ぶ仕事」をなさっているお店です。もちろん商売だからお金儲けでなさってるんだけども、そこで買い物をする客としても、そのお店が町にあることがとてもありがたいし嬉しいです。流行ってくれたらいいのになぁと思うし、ずっと続けて欲しいなぁと思います。それが、客である あさよる の生活が華やぐことに繋がりますからね。「誰かに喜ばれる」っていい表現ですね。

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『あなたの勉強法はどこがいけないのか?』|知ったかより自習を

こんにちは。あさよるです。毎日本を読んではブログに書いても、読む本はなくならないし、自分が賢くなった気もしないので、人類の知識の貯蔵はすごいなあと思うし(日本語で書かれている本の量と分野の幅広さもすごい)、自分の浅はかさもすごいなあと思います(;’∀’)>

今回手に取ったのは『あなたの勉強法はどこがいけないのか?』。タイトルはドキッとせざるを得ません。

覚えることと、覚えないこと

『あなたの勉強法はどこがいけないのか?』では、中高生を対象に、勉強の心得、勉強との向き合い方について指南されます。

印象的なのは、勉強には「暗記しなくてもいいこと」と「覚えた方がいいこと」があるということ。暗記しなくても、頭で考えると筋道が見えてくるのは数学の公式です。本書では面積の求め方が例に挙げられていました。形が複雑な図形も、視点を変えると単純な計算で答えが求められる場合が多いのです。「考えることで大まかな筋道が見える」「およその答えがわかる」という感じでしょうか。数学は、暗記の量は少なく抑えることができます。

反対に、覚えた方がいい「暗記」の鉄則。脈略もない組み合わせの言葉を記憶するのは至難の業です。なので、暗記するものは「なるべく多くの情報を一緒に覚える」と、記憶に残りやすいのです。例を挙げると、

① 太った男が  錠を買った
② 力の強い男が  ペンキのハケを買った
③ 眠い男が  水差しを持っていた

p.50-51

上記の文は、要素は少なく単純ですが、脈絡がないので覚えるのは面倒です。しかし、情報量が増えると、一気に記憶に残りやすくなります。

①肥った男が買った錠は、冷蔵庫にかけるためです。つい冷蔵庫を開けて食べてしまうので、食べ物を出すのにわざと手間のかかるように、錠を買ったのです。
②力が強い男は、ウエイトトレーニングに使うバーベルにペンキを塗り、その後始末でハケを洗っていたのです。
③眠い男は、眠気覚ましにコーヒーを飲もうと考えました。そして、コーヒーメーカーに水を入れようとして、水差しを持っていたのです。

p.52

こうやって文にすると、情報量は多くなり暗記量は増えているハズなのに、記憶しやすいんです。「この人はなぜこうしているのか」と状況を想像することにより、人と行為が結びついてすんなりと頭に入ってきます。思い起こすのも簡単です。暗記勝負になるとつい「覚えることは少ない方がいい」と考えてしまいがちですが、反対に覚える情報を増やす方が簡単です。歴史の年号を語呂合わせで覚えるよりも、「なぜどんな流れでそうなったのか」と他の情報と合わせて覚えるほうが思い出すのも簡単です。

さらに忘れてはならないのは、総合的な知識です。先ほどの例だと、③の「眠い男は、眠気覚ましにコーヒーを飲もうとした」という文は、「コーヒーは眠気覚ましになる」という知識があって初めて理解できることです。知識は総合的に、他の分野を行ったり来たりしながら、教養を深めてゆくことが、勉強を効率的にするのです。

「わからない」に注目する

本書後半は、本当はよくわからないのに、なんとなくわかった気になっている落とし穴に注目します。たとえば「蜘蛛は昆虫ですか?」と質問すると、学生たちは「蜘蛛は昆虫ではなく虫だ」と答ますし、昆虫の定義を言います。しかし定義を知識として知らなくても、昆虫の体の仕組みを知っていると、昆虫と虫の違いがわかるんだそうです。これも「教養」があれば、定義の暗記がなくとも、答えが導き出される例です。

こういう「わかったつもり」はたくさんあります。例として三好達治の詩「こんこんこな雪ふる朝に」が紹介されています。この詩は、特に難しい言葉も使われていないので「わかる」んです。が、改めてその情景について質問されると、パッとイメージが広がります。つまり、サラッと読んで「わかったつもり」でいても、鮮明にイメージしないと詩に描かれている様子を理解したとは言い難いですよね。

「わかったつもり」は厄介です。もしかしたら「わからない」「苦手だ」「嫌い」よりもたちが悪いかもしれません。『あなたの勉強法はどこがいけないのか?』ではこの「わかったつもり」をあぶり出すよう指南されております(;’∀’)>

大人は「分かったつもり」か「知ったかぶり」

はてさて、本書『あなたの勉強法はどこがいけないのか?』を読むと、大人になるというのは「わかったつもり」ばかり増えて、さらに「知ったかぶり」も増えることなんだなあと痛感します。これは仕方がない側面も大きいと思うし、一概になにもかもが悪いとは思いません。自分の知らない話題が展開されていても、自分だけが「わかりません」と発言して全体の流れを妨げてしまうことを遠慮することもありますし……。しかし、一人の人間としては「知ったかぶりはなるべくしたくないなあ」と思うし、そして「ああ、また知ったかぶりをしてしまった」とヘコむこともあります。

昔、甥が幼稚園へ上がる前の頃、電車が好きで、路面電車を見に行きました。あさよるが「あの電車は道路の上を、自動車と一緒に走るんやで。信号が赤になったら車と一緒に止まるねん」と教えると、「コイツなんかアホなこと言うてる~!でっ、電車が信号で止まるワケないや~ん!ぷぷぷ~!」みたいな、まさにプケラ状態で、ホントにこんな感じで → m9(^Д ^) 指さして心の底から嘲笑うようにバカにされたんですよね~。だけど、いざ路面電車が動き出し、本当に道路の上を走り、本当に赤信号で停止している様子を見て大フィーバー! さっきまでの嘲笑いモードから一変、「見て!見て!電車がぁああ!」みたな大興奮でキャーキャー叫び声を上げていました。私は「だから言うたやん」と思いつつ、「この手のひら返しはマネできんな」と、子どものパワーに圧倒されました。

こんな風に自分の発言が全く否定されるような現実に直面したとき、大人はどうしてもなかなか発言を撤回できません。それは頑迷とも言えるし、「発言の一貫性を失ってしまう戸惑い」もあると思います。だけど、子どもはそんなの全く気にせず、盛大に、さっきと全然違うことをしまう。この子どもパワーは大人になると羨ましい限りです。

知ったかぶりはやめられなくとも……

あさよるは、「知ったかぶり」「前言撤回できない」のは大人の性だと思うので、それ自体は仕方ないと思うし、他人のそんな振る舞いもなるべく寛容でありたいです(なかなか難しいですが……)。

その代わりに、人前では偉そうに知ったかぶりしちゃったなら、その後プチ反省して、後々コッソリと自習する習慣は持っていたいと思っています。自戒しつつ、自習できればいいかななんて思います。大人になると、どんどん誰も何も教えてくれなくなるし、自分からも「教えて」って言いづらくなってゆくし、せめて「後から勉強しよう」って習慣だけは死守したい……。

もちろん、「知りません、教えてください」って素直に言える人を見ると「偉い人だなあ」と尊敬しかないし、「それに引き換えわたしは……」とヘコむばかり。(;´д`)トホホ

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『注文をまちがえる料理店』|認知症介護とテレビマンが出会ったら

『注文をまちがえる料理店』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。『注文をまちがえる料理店』というタイトルを見たときから本書がずっと気になっていました。どうやら、注文をまちがえてしまう……認知症の人の支援施設がレストランをやっているらしい……というあやふやな情報だけで本書を手に取りました。

まず、「注文をまちがえる料理店」を実際にオープンした感想を、スタッフやお客さんが寄せています。認知症の患者さんたちは、料理店のことは忘れてしまっているらしいけれども、「働いてお金を稼いだ」という経験を嬉しがって、一人でお買い物に繰り出す人の話にとても感動しました。また、ピアノの先生だった奥様が認知症を患い、介護をしているご主人と二人でコンサートを開催した話も胸がいっぱいになりました。間違えながらも、最後まで演奏しきった様子に、多くの方も感動されたそうです。

著者であり「注文をまちがえる料理店」の仕掛け人の小国士朗さんはテレビ局で務めておられる方で、協賛やスポンサーを募り、企画を実現してゆく人の大切さも知りました。

認知症だけど働けるレストラン

「注文をまちがえる料理店」は、2017年6月3日、4日の2日間限定で都内にオープンしたレストランです。認知症患者がスタッフとして働き、接客をして料理を出します。だから、メニューを間違えることもあるし、間違った料理が出されることもありますが、それも「ご愛嬌」というコンセプトで、試験的に実施なされました。

本書『注文をまちがえる料理店』は、注文をまちがえる料理店がプレオープンに至った経緯と、オープンに関わったスタッフやお客の感想からなっています。

著者の小国士朗さんはテレビ局のディレクターの方です。テレビ番組の取材で、認知症患者のグループホームを取材した際、昼食をごちそうになった時、献立はハンバーグだと聞いていたのに餃子が出てきたときの〈違和感〉から話が始まります。最初は予定と違うメニューに戸惑ったけれども、「別に餃子でもいいじゃん」と思い至った経験からスタートします。思えば、別に違ったメニューが出てきても誰も何も困らないんです。

小国さんご自身が病気をし、働き方に変化があったことをきっかけに、「注文をまちがえる料理店」の構想を実現に至りました。実際にお店として出店するためには、いくつか問題があります。まず、グループホームの患者さんたちが、無理せず働けること。そして、お金を取って料理を提供する以上、おいしい料理であること。また、間違ったメニューでも食べてもらえるように、アレルギー食品にも気を遣います。食品会社の協力で実現しました。

本書の中盤は、注文をまちがえる料理店に関わった人たちの感想が寄せられています。もう注文をまちがえる料理店で働いたことも忘れちゃっている人も多いみたいですが、「働いて稼いだお金」で、買い物に繰り出す様子が紹介されていたりして、胸がいっぱいになりました。

そういえば「別に間違ってもいいじゃん」

『注文をまちがえる料理店』挿絵イラスト

本書『注文をまちがえる料理店』を読んで大きな気づきは「別にメニュー間違ってもいいじゃん」ってことでしょう。むしろ、我々は普段、なんでこんなにピリピリと神経質になってるんだろう? と疑問にさえ思いました。別にそれは相手が認知症患者じゃなくても、誰でも間違うことはあるし「そういうこともあるよね」ってだけの話なのかもしれません。

しかし、あさよるが以前コンビニのバイトを始めたとき、一番最初に教えられたのは「お腹が空いているときみんなイライラしているから、食べ物を間違えないように」というものでした。普段は温和な人も、お腹が空いてコンビニにお弁当を買いに来たのに、そこで不手際があるとブチギレられる、というもの。うん、わかるw 難しいですね。冷静に考えると「そんなに怒ることじゃない」と思うのに、いざ自分がお腹が減って食事を摂ろうとしたとき、それが阻害されると、めっちゃ腹が立つと思います(苦笑)。

その点、「注文をまちがえる料理店」は最初からコンセプトが提示されているから、そんなトラブルは少ないでしょう。だけど、忘れちゃいけないのは、認知症患者の方も「間違えるのはツライ」ということです。間違えちゃうんだけど、間違うのは誰だってツライ。

大勢を「巻き込める人」が介護の現場に来たら……

介護の現場に、テレビ局が持っている繋がりが入ってきたとき、実現したのが「注文をまちがえる料理店」です。本書のキモは、たくさんの人や企業を「巻き込める力のある人」が現場にやってきたことで、「注文をまちがえる料理店」というアイデアが実際に形になったことです。外国のマスコミでも取り上げられ、大変話題にもなりました。

著者の小国士朗さんはご自身のミッションを「テレビ局の持っている価値をしゃぶりつくして、社会に還元する」としているそうです。テレビだからすごいのではなく、テレビ局はいろんな分野の企業や人と繋がりを持っていて、その繋がりこそ必要なんですね。

企画を立てて人を動かす人が必要

アイデアやヤル気があっても、大勢を巻き込めないと大きなアクションを起こせません。介護の現場には、介護のエキスパートが配置されているのはもちろんですが、企画を立て、協力者・協賛者を募り、人やお金、知識や技術を提供してもらえる人が必要です。それは介護に求められるスキルとは、また違ったスキルを持った人でしょう。

あさよるも昔、ちょこっとイベント企画の仕事をやってたのですが、当時は自分のやっていることがよくわかっていませんでした。今回、『注文をまちがえる料理店』を読んで、自分がすべきだったのは、このようなマッチングだったんだなあと、今頃知りました。

おもしろいアイデアが浮かんだら、それだけじゃ足りない。必要な人と人を結びつける役割の人の重要さを『注文をまちがえる料理店』で知りました。

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『老いる勇気』|「嫌われる勇気」・さいごまで他者貢献できる

『老いる勇気』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。『嫌われる勇気』を読んで「アドラー心理学」というものを知って以来、アドラー心理学の考え方が気に入って自分にも当てはめるようにしています。アドラー心理学では、過去や未来ではなく〈今、この瞬間〉にのみ光を当てます。もし仮に、過去にとても悲しいことがあったとしても、過去を引きずるのをやめ、〈今、この瞬間〉に注目することで、今「幸せ」を感じることができるのです。

もし過去に上手くいかなかったことや、つらい経験、悲しい経験があっても大丈夫。今、わたしたちは幸せになれる。そのメッセージは前向きでいいなあと思いました。

ということで、今回、『嫌われる勇気』の著者・岸見一郎さんの新刊『老いる勇気』が出版されたので、早速手に取ってみた次第(^^♪

歳をとった分だけ賢くなった

本書『老いる勇気』は、ベストセラー『嫌われる勇気』の著者・岸見一郎さんによる著作です。岸見一郎さんは哲学者であり、心理学の研究もなさっています。『嫌われる勇気』のヒットにより、アドラー心理学が注目されました。『老いる勇気』は、哲学や心理学的なアプローチと、岸見一郎さんご自身のご経験を交えながら「老い」という、全ての人が直面する「問題」を真正面から扱っています。

岸見一郎さんさんは1956年生まれの方で現在(2018年)62歳になられます。お母様を亡くされ、認知症のお父様を介護中の50歳の時、ご自身も心筋梗塞で倒れられたご経験が紹介されていました。とても大変な経験ですが、そこで学んだり、感じたりなさったことがとても大切だったのがわかります。お母様は、病床で意識がもうろうとする中でも、「ドイツ語を学びたい」「『カラマーゾフの兄弟』を読んで欲しい」と最期まで意欲をなくされなかったそうです。お父様は認知症でしたが、岸見さんが心筋梗塞で倒れてからしばらく、しっかりと息子を支えようとしてくださったそうです。どんなにギリギリの状態でも、その瞬間その瞬間を力強く生きることができるのです。

また、年齢を重ねるということは、一人の人間としてより成熟してゆくことです。若い頃は他人の目を気にしたり、他人からの評価にばかり気を取られてしまいがちです。しかし、大人になるとは「価値を自分で決める」ようになることです。他人と自分を比べて生きるのか、自分で自分の人生を決めて生きるのか、それ自体を自分で決めているのです。

年齢を重ねることはネガティブに表現されることが多いですが、長生きするとは「生きた分だけ賢くなる」ことです。若いころ、右も左も分からずがむしゃらにやるしかなかったことも、歳を取れば知識が増え、より本質をとらえながら着手することができます。本書では例として、楽器の演奏が挙げられていました。若い頃の方が楽器の覚えは良かったかもしれないけれど、歳をとった今の方がよりたくさんの音楽を聴いているし、知識も増えているし、今の方がずっとそれを深く探究できます。

もう一度10代からやり直したい?

「若い頃に戻りたい」と思いますか? 若い肉体を手に入れ、これまでの記憶を失い、今と同じ知識・技術を身につけるためには、もう一度過去の努力を繰り返さなければなりません。今持っているスキルを、再び努力で身につけるのを考えると、うんざりする人も多いのではないでしょうか。

確かに、若い身体を持っている人が羨ましく思うことはたくさんあります。だけど、歳を取ったからこそ持っている物にも注目しましょう。「あれができなくなった、これもできなくなった」と〈ひき算〉で考えるのではなく、「これができるようになった、あれをより深く知ることができた」と〈足し算〉で人生を考えることが「老いる勇気」を生み出します。

「助けてもらう」という他者貢献

本書では「他人から助けてもらうことも他者貢献である」という考えが示されています。自分が病気や怪我で何もできなくなって周りの人に世話をされることは、周りの人にとっては「自分を必要とする人がいる」という状況が新たに生まれることだと紹介されているのです。

わたしたちは、誰からも必要とされずに生きるのもまた、とても苦しいものです。もし自分にできないことが増えてしまっても、それでも生きていることで誰かを支えているのかもしれません。また、誰かが何もできなくなってしまっても、それでも「生きている」だけで誰かを支えているのです。

そういう風に考えられると「生きている価値」を考える必要すらなくなる気がします。みんなが誰かを必ず支えているのですから。

「だからできない」からできない

本書で紹介されるエピソードで印象的なのは、著者のお母様が病床で「ドイツ語を勉強したい」と話していたことです。もう自分の命が長くない状況でも「あれがしたい」と思えるんだなあと知ると、なにやらパワーが沸くようです。岸見一郎さんご自身も、入院中にたくさん本を読みたいだけ読んだり、退院後マラソンにチャレンジしていいかと医師に願い出たところ、意外にも「OK」が出て、拍子抜けしている様子も印象的です。

わたしたちはあらかじめ「きっとこんなことできないだろう」を、予定を立てるよりも先に「できない」と自分で自分に規制をかけているのかもしれません。「できない」と思うから本当に「できなくなってしまう」と考えるといいのかも。

さいごまで何をしましょうか

『老いる勇気』挿絵イラスト

本書『老いる勇気』は、意外と若い人の方が、安心できたり、来るべき未来を考える役に立つのではないでしょうか。特に病気や怪我もしたことがなく、まだ介護や老いが遠いところにある人ほど、「発見」があるでしょう。それは「他者貢献」という視点が顕著だと思います。

もし、自分が元気いっぱいでなにも欠けていない状態ならば、もしそれを失った時、何か、自分の持っている「価値」まで失ってしまうような気がするのではいでしょうか。少なくとも、あさよるは若いころそんな感覚がありました。挫折したり、健康を損ねて、誰かに迷惑をかけて生きることに、意味がないように感じていました。だけど、生きていると怪我もするし、病気もするし、誰かに世話になりながら生きるのが当たり前です。若いころの感覚は完全に思い上がりだったなあと思います。

そして、今は「自分はさいごまで何をし続けるのだろうか」と考えることがふとあります。いつその時が来るのか知らないけれども、誰かに助けてもらいながら、それでもさいごまで何かをしていたいなあ。

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『速読勉強法』|参考書を自分専用カスタムで時短!何度も読もう

『速読勉強法』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。先週読んだ『高速回転仕事術』が良い内容だったので、続けて同じ著者の『速読勉強術』を手に取りました。

また、先週読んだ『独学勉強法』も良書で、素直に「勉強しよう」とパワーが出る本だったので、勉強術の本であることも、決め手でした。

「速読」って憧れるけど、ホントにテレビで紹介されるような速読ってできるの?と疑問でしたが、本書の著者も速読には入れ込んでいたことがあるそうです。その結果、導き出された「速読勉強術」をどうぞ。

すばやく、何度もやる!

本書『速読勉強術』は、資格試験やスキルアップのための「勉強」を効率よく高速で目標達成するための指南書です。「速読」と銘打たれているように、資料を速読するのですが、「特殊技能としての速読法」とは違った説明がなされています。

著者の宇都出雅巳さんも巷に良くある「速読術」にハマって、お金も使って勉強したそうです。しかし、速読よりももっと単純なことが本書で紹介されています。それは「初めて読む本よりも、2回目読む本の方が早く読める」ことです。初見の本よりも、何度も何度も繰り返し読んだ本の方が、内容がわかっているだけに、すごいスピードで読めるのです。それが「速読勉強術」のポイントです。

資格取得のため勉強するときは、参考書にガシガシ書き込みをして、本を「自分オリジナルテキスト」に作り替えていきます。完全に頭に入っている箇所は、もう読む必要がありませんから、大きく「×」をしましょう。また、問題集を解くときは、回答を切り離して、時短します。とことんまで本を自分にとって「読みやすく」「使いやすく」カスタマイズしていくことが大切です。そうやって作り込んだテキストなら、パッと見るだけで速読できて当然ですよね。

『速読勉強法』挿絵イラスト

目的を達成しよう。資格取得? スキルアップ?

『速読勉強術』で紹介される勉強法は、しっかりと勉強する「目的」が自分の中にある人に向いたものです。ある人は資格試験かもしれませんし、別の人はスキルアップかもしれません。また自分のライフワークに取り組む人もいます。

どんな勉強法でも、大事なのは「目的を達成すること」です。本書でもそこに重点が置かれています。たとえば、資格取得のための勉強なら、目標は「試験に合格すること」です。なにも満点を取る必要はありません。合格点が70点なら、70点取れる勉強をすれば良いのです。それを真面目にパーフェクトを目指すことで、もたついてしまう必要はないのです。

目標を明確に据え、そのために惜しまず何度も何度もスピーディーに繰り返し勉強しましょう。

「1回で成功させたい」って〈手抜き〉予備軍?

本書『速読勉強術』を読んでは「何回も何回も読み倒す」「テキスト・参考書に書き込みしまくる」ことでスピードアップが図られています。ここで、はたと気づきました。もしかして「テキストを汚さないように勉強する」って、自分への恰好の「怠け」の言い訳になっているかもしれない。テキストを汚さないよう、ノートに問題を移しとっている時間、自分は「勉強してる感」を感じているかもしれない……(;’∀’)

また、同著者の『高速回転仕事術』でも、とりあえず最後までやってみて、それから何度も繰り返し取り組んで精度を上げてゆくやり方が紹介されていました。これって反対に言えば、「最初の一回で成功させようとするから手が止まってしまう」とも言えます。

「質にこだわる」「細部まで気を配る」のは素晴らしいことです。しかし、それは一歩違えば自分への最高の言い訳にになってしまうんだとも思いました。すなわち「量よりも質」と嘯いて、サボってしまうかも。

「たった1回で成功させたい」と、できるものならそうしたいですが、実際にはそう上手くいきません。むしろ「量よりも質で勝負」と言いながら、これ幸いと手抜きしてることの方が多かったナと反省しました。

「がんばってますアピール」も一つの目的

本書『速読勉強術』は、高速で勉強をしながら、短期間で結果を出すためのメソッドです。たぶんここに書かれていることは本当で、著者の言う通りに勉強すれば、誰だって成果に繋がるだろうと感じました。

しかし、「人の心」はそう単純でもありません。ときには「がんばってるアピール」を他人にしたいこともありますし、自分自身を「私はがんばってる」と騙しとおしたいこともあるでしょう。そういう時には、本書は全く不親切です。なにも言い訳させてくれないのですから!

きれいにノートを作って悦に浸りたい時間も人にはあります。周囲に意識高い系をアピりたいこともあります。それが人情ってもんでしょ。そういうときは、本書を読むフリだけをして、実行しないように気をつけましょう。

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『東大教授が教える独学勉強法』|学び直さなきゃヤバイ!

『東大教授が教える独学勉強法』挿絵イラスト

こんにちは。英語の勉強を再開した あさよるです。二日目でもう停滞してるんですけどね……。あさよるは語学がとても苦手で、苦痛でしかないのですが、それにしてもやはり言葉がわからないのは不便です。勉強しなきゃなあと気がかりな状況が続くくらいなら、勉強した方が楽かもしれません(と自分に言い聞かせている)。

今日読んだのは柳川範之さんの『独学勉強法』です。以前、同著者の『独学という道もある』を読み、とてもよい本だったので、同じテーマの本を探しました。結果、独学しようとしている あさよるにとって励ましと、ちょっとだけパワーが出るものでした。勉強って「時間がない」「難しい」「才能がない」とかそいういうんじゃなくって、ただただ「やる」か「やらない」かなんだなあと、苦笑い。

今、「生涯学習」や「リメディアル教育」に国も乗り出しています。いつまでも学ぶ意欲があることは良いことに思えますが、今後「学び続ける人」と「10代で勉強をやめる人」の間で格差が広がってゆくのかもしれません。独学は「物好きがする」ことではなく、結構「やらなきゃヤバイ」案件なのかもしれません。

変化が大きな時代は〈独学〉が必要

本書『東大教授が教える独学勉強法』は、大きな変化が続く時代だからこそ、常に学び続けなければならない現代人に向けて書かれた書物です。「勉強」は子どもだけがするものではありませんし、変化に対応するためあらゆる人たちが「独学」をしなければ、変化についていけない。切実です。

著者の柳川範之さんは、ご両親の仕事の都合で、シンガポールやブラジルで子ども時代を過ごしました。高校へは進学せず、独学で大検を取り、慶応義塾大学の通信課程へ進学、卒業します。その後、東京大学大学院へ進み、現在は東京大学経済学部の教授という〈風変わりな〉経歴をお持ちです。ご自身の独学の苦労や工夫を紹介しながら、「独学」の可能性を紹介されています。

もしこれまで思うように進学や勉強ができなかったなら「これから独学できる」というのは励みですし、なにより誰もが学び続けなければ、あっという間に変化に呑まれてしまうでしょう。

自分で疑って、考える

独学に限らず、勉強とは「自分の頭で考える」ことが重要です。日本の学校では小中高と、事前に答えの用意された問題が与えられ、「正解」を見つけるのが勉強でした。しかし、それはかなり特殊な例で、研究現場でも、仕事でも、答えなんか存在しない問いを立てたり、正解がないものごとに取り組み続けることがほとんどです。

東大の講義でも、教授の授業に学生たちは素直に聞き、疑問も異論もなくそのまま「納得」しちゃう人が多いそうです。そこで、柳川範之さんも、授業の中で学生に質問させたり、質問に答えさせる訓練をしているそう。読書をするとき、著者の話をそのまま信じるのではなく「疑いながら読む」ことや、「著者とケンカしながら読む」など、ただ丸暗記する勉強ではない独学が提唱されています。

また、「予め答えの用意された問題」を解くことに慣れ切っているため、課題本を一冊事前に読ませ「この本のおかしいところ、疑問に思うところを指摘せよ」と問題を出すと、後になって「正解を教えてください」と聞きに来る学生もいるそうです。「回答がある」ことに慣れていると「答えがない問題」が気持ち悪いんですね。

独学は、自分で問いを立て、自分で答えを探さないといけません。

神経質にならずマイペースで

さて、独学にあたって、一気に肩の力が抜けたのは「神経質にならなくていい」という助言でした。本を読んでも、「2、3割理解できたらいいや」と思えばいいし、根を詰め過ぎないのがコツだそうです。なので、完璧主義の人ほど独学は難しいのかも。反対に、テキトーにとりあえずやっちゃえる人の方が独学に向いています。これは、以前に紹介した『高速回転仕事術』でも紹介されていたことですね。細部まで完璧に理解することよりも、「まずは大雑把に全体を把握するため、とりあえず最後までやってみる(読んでみる)」ことが大切です。

また、「独学」でも、カルチャーセンターや、大学の講義などに参加して理解を深めることも推奨されています。今、「生涯学習」や「リメディアル教育」に国も乗り出していますし、独学しやすい環境は整いつつあると考えられますね。

「ノートづくり」をさせられるのも、小中高の学校での授業の特徴です。しかし、独学では先生からの「ノート点」を獲得する必要はないので、ノートも不要です。もちろん、アイデアをメモしたりノートは使いますが、「きれいにノートをとることで勉強した気になる」罠には気をつけましょう。

独学はいつでもできる!

先に読んだ柳川範之さんの『独学という道もある』では、10代20代の若い世代へ向けて「もし道を外れても、別の道を行けばいい」というメッセージが込められているように感じました。もちろん、それ以上の世代にも当てはめて読めなくはありませんが、今回紹介した『独学勉強法』の方が、より多くの人に当てはまるものだと感じました。

なんといっても、とんでもない速さで価値や考えがどんどん変化してゆく時代です。年齢に関係なく「勉強」し続けないとヤバイ。そして、あさよるは世代的に中学高校を卒業してそろそろ20年になります。さすがに「過去に学んだことを忘れている」という事態が頻発しています。あさよるは個人的に、これまでに勉強したことは定期的に復習をした方がいいと思っています。せっかく勉強したんだから、忘却してしまうのはもったいない。一から新しく勉強をするよりも、復習する方がずっと簡単です。これは「一般常識の点検」といったところでしょうか。

それと同時に、今の自分の課題に集中して「独学」する力が必要なのだろうなあと思います。独学の良いとことは、いつでもできるし、テストもないし、先生の顔色を伺う必要もないし、のびのびマイペースにやれることだろうと思います。「嫌々勉強する」青年時代を卒業して、自分にふさわしい課題を自分に用意できるといいですね。

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『AIとBIはいかに人間を変えるのか』|人類の新ステージ?

『AIとBIはいかに人間を変えるのか』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。連休中に西洋音楽史の本を読みまして、「音楽」って普遍的で大昔から変わらないものだとばかり感じていましたが、今私たちが馴染んでいる「音楽」は意外と新しいものなんだと知りました。西洋ではかつて音楽は神様の世界のもので、禁欲的。今の私たちにとっては「全然楽しくない」感じです。ポピュラー音楽に至っては、20世紀、第一次大戦が終わってからのもの。もっと言えば、我々が慣れ親しんでいるのは「録音音楽」です。レコードとプレイヤーで楽しむことを「音楽」と呼ぶのは、歴史の中ではかなり特殊な環境です。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)

今当たり前すぎて疑うこともない価値も、意外と新しいもので、歴史が浅いものってあるんですね。「不変」だと「信じていた」というのは、もう信仰です。「ああ、私は近代を信仰しているのか」と気づき愕然としました(;’∀’)

今回紹介するのは『AIとBIはいかに人間を変えるのか』という、これから訪れる「人類の新しいステージ」を考える内容の本です。現在、先進国は軒並み伸び悩み、成長できずにもがいています。景気対策を打っても国内の格差は広がるばかりで、国の中が貧しくなっています。現状を打破するためには、今の社会の形を根本から変える必要があるのではないか? そこで注目されているのがBI(ベーシックインカム)です。

また、AI・人工知能の技術的な進歩により、人間の働き方の変化が期待されています。また、男女同権により女性の社会進出も進んでいます。後進国だった国々は経済発展しています。インターネット網は地球を包み込み、インフラのない土地にも等しく知識や教育が行き渡っています。世界は変わっています。さて「人類の次のステージ」はどのようなものなのでしょうか。

AI、BIとは

AI・人工知能もBI(ベーシックインカム)も、どちらも近年よく見聞きする言葉です。AIとBIについて触れつつ、このAIとBIが合わさって、もたらされる「未来」を考えます。

AI・人工知能とは

まずAI・人工知能とは。1930年代コンピュータの登場した当時からAIの登場が構想されていました。しかし二度ののAIブームは合ったものの、AIの冬の時代も長く、順風満帆とは言えませんでした。2012年にGoogleが「ネコを判断できるAI」を開発し、一躍有名となりました。その頃から「ディープラーニング」によるAIの進歩が注目され、現在は第三次AIブームといったところでしょうか。

近年、AIが飛躍的に進歩したのは、ビッグデータが扱えるようになったことと、インターネットの普及により膨大な数の写真や映像、データがインターネットにアップロードされるようになったことが影響しています。

今後、AIの進歩により、人間の仕事がAIに取って代わられると話題です。一方で、AIの進歩によって新たに生まれる仕事もあるでしょう。今の子どもたちの半分以上は将来、今は存在していない職業に就くと考えられており、感覚的にもなっとくできます。

コンピュータが人間の仕事の多くを引き受けるなら、人間はより「人間らしい」活動に集中することができます。

BI(ベーシックインカム)とは

BI(ベーシックインカム)は、経済成長が軒並み頭打ちしている先進国の、現状打破策として注目されています。先進国では、かつてのような経済成長が起こらず、経済対策を打っても国内の貧富の差が拡大してしまうジレンマに陥ってます。

BIは「健康で文化的な最低限の生活を営む」ために国民全員に現金で与えられる基礎的(Basic)給付(Income)で、政治学では“生存権所得”とも言われている。このBIは、様々な社会保障制度を一元化できる上に、給付漏れが起こらず、受給者にも理解しやすいシンプルな制度であることが評価されている。

p.104

BI(ベーシックインカム)は実験的に導入される例も登場し、貧しい人たちが前向きに人生設計を考え、豊かに生きようとし始めるなど良い結果があり、期待されています。

BI(ベーシックインカム)の良いところは「シンプル」。本書では、全ての国民に月8万円を現金で給付することが想定されています。すると、年金制度や健康保険、生活保護などの社会保障が一元化され、ムダなコストも削減できます。なにより、ややこしい手続きが不要になることで、役人の数を減らすことができます。

財源として、まず国の社会保障をシンプル化することで浮いたお金を財源に回します。また税率を引き上げ、国の収益を増やします。本書では消費税を18%に引き上げても、毎月8万円ベーシックインカムを受け取る額の方が多く、貧しい世帯にもダメージはないと計算されています。

BI(ベーシックインカム)の導入を阻んでいるのは官僚たちです。ベーシックインカムが導入されると、社会保障に関わる官僚たちの仕事がなくなってしまいますから、「ベーシックインカム的」な制度は遠ざけられています。

より「人間らしい」活動を

AIの到来により、コンピュータが人間の代わりに働く未来では、人間は「より人間らしい」仕事に集中することができます。

またBI(ベーシックインカム)導入後の未来では、「死なないために働く」という労働から解放され、人々は「豊かに生きるために働く」ようになります。今、嫌々やりたくない仕事をしている人も、ベーシックインカムが導入されれば今の仕事にこだわる必要はなくなり、豊かに生きるための人生設計を考え始めるでしょう。それはつまり「より人間らしい」人生を生きようとすることです。

AIとBIの未来は「より人間らしい」世界がやってくると想定されます。これは、かつて農業革命や産業革命によって人類が「進化」したように、AIとBIが人類を「新たなステージ」へと導くものではないか?と考えられます。

『AIとBIはいかに人間を変えるのか』挿絵イラスト

「豊かに生きる」ことができますか?

はてさて、AIとBIの未来は明るい!みたいな感じがしますが、問題は命が保証され、お金も保証されたとき、ハッと気が付くのです。「豊かに生きる」ことってどんなこと? もしAIが面倒な仕事を引き受け、BIで最低限の生活の保障がなされているとして、あなたはどう生きますか?

今、「楽しむ」という言葉が乱用されているように感じます。スポーツ選手も、「試合を楽しみます」ってインタビューで答えていますし、学校の勉強も「楽しんで学ぶことが良いこと」のように語られます。プライベートな時間はまるで「楽しくないと生きている意味がない」くらいの勢いで、ライブやレジャーや、食事やショッピングなどの予定を詰め込んでいる人がたくさんいます。

みんな身づくろいも小奇麗で、清潔感のある爽やかな人ばかりになりましたね。

もしかしてすでに私たちの社会は「死なないように生きる」時代は終わり、「楽しく生きなければならない」という価値が到来しているのではないでしょうか。しかもそれは強迫観念的に執着して。AIとBIによって人類が新しいステージへ進んだなら、私たちは今以上に「豊かに生きる」ことこそが「人間らしさ」であり、「お金の価値ではない豊かさを生きなければならない」時代が到来するとも考えられます。

BIは単に「働かなくていい」「怠け者が増える」政策ではなくて、もしかして「結構キツい」時代が来るのかもしれません。今はほら、連休に海外旅行へ行ったInstagramドーン! 彼氏にプレゼント貰ったドヤァ。ママにバーキン買ってもらったFacebook投稿いいね! なんかをしてるだけで満足できるけど、「新しい時代」はそれじゃ豊かじゃない。「お金の豊かさじゃない豊かさ」をアピールできないといけない。

新しい時代は。「センス」とか「才能」とか「オシャレ」とか「ステキ」とか「可愛い」「美形」とか、そういう価値が重要になるんじゃないのかな? 「ダサイ奴」は生きにくい時代になってしまうのだ。はてさて、「ステキ」に生きられるように、生涯邁進し続けなければならない人生、〈楽勝〉な人と〈ムリゲー〉な人に、パッカリ分かれるんじゃないかしら。

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『仕掛学』|思わずやってしまう「良い仕掛け」をつくる

こんにちは。あさよるです。学生時代デザインを学んでいたんですが、社会人になってから新たに工学や生理学を学んだとき、これってデザインに必要な知識だったんだなあと気づきました。感覚的に仕事をするんじゃなく、意味があって、理由があって、言葉や図解で説明できることで、より頭の中がクリアになった気がします。

今日手に取った『仕掛学』は、デザインをやってる人ならよく見知っているデザインの成功例がたくさん紹介されています。しかし、本書はデザインからの視点ではなく、工学からのアプローチで「良い仕掛け」を紐解いてゆきます。

「仕掛学」とは

本書『仕掛学』では、「思わずしてしまう仕掛け」が多数集められ紹介されています。また、仕掛の分類がなされ、新たな仕掛けをつくる助けとなります。

「仕掛け」とはどのようなものなのか、例を挙げるとよくわります。例えば、

  • 男性用トイレに「的」をつけることで、汚れが防止される仕掛け
  • 子どものお片づけを促す仕掛けとしては、おもちゃ箱の上にバスケットゴールを設置して、ゴールにおもちゃを投げ入れると勝手に片づいてゆく仕掛け
  • エスカレーターより階段を使うように促す仕掛けでは、階段をピアノの鍵盤に見立て、白と黒の段を作り、踏むと音が鳴ります
  • ゴミ箱にゴミを入れると「ヒュー」っと物が落ちてゆく音が聞こえ、数秒後「ドーン」と地面へ落ちる仕掛け。「世界一深いゴミ箱」で動画検索してみてください。わざわざ周りのゴミを拾ってまで捨てに来る人がいたそうです

少しのアイデアを加えることで、人の行動を変えて、違う結果を引き出すデザインが「仕掛学」として紹介されているのです。

本書では「仕掛け」を3つの要素で定義しています。

本書では、問題解決につながる行動を誘うきっかけとなるもののうち、以下の3つの要件からなる「FAD要件」(それぞれの要件の英語の頭文字をつなげたもの)を全て満たすものを「仕掛け」と定義する。

・公平性(Fairness):誰も不利益を被らない。
・誘引性(Attractiveness):行動が誘われる。
・目的の二重性(Duality of purpose):仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が異なる。

p.36-37

良い仕掛けと悪い仕掛けがあります。

「良い仕掛け」と「悪い仕掛け」の区別は簡単である。仕掛ける側と仕掛けられる側の双方の目的を知ったときに「素晴らしい、こりゃ一本取られた」と笑顔になるのが良い仕掛けであり、「だまされた、もう二度と引っかからないぞ」と不快にさせるのが悪い仕掛けである。

p.35

仕掛学では、良い仕掛けを目指します。ただし、良し悪しの境目は曖昧です。例えば商品の陳列を工夫して物を売る努力はどのお店でもなされていますが、消費者を騙して不利益を与えているわけではないし、不愉快にも感じません。

「仕掛け」の反応の強弱と、飽き

また、その仕掛けに対して、人の反応の強弱があります。それを使う人にって「得られる利便の大小」と「行動を変えるための手間・負担の大小」の兼ね合いで、仕掛けによって得られる結果が変わりません。

先の例ですと、トイレに的を作るのは、使う人の利便性は低いですが、行動する手間も小さい。階段をピアノにするアイデアは、使う人の負担の利便は小さく、負担もエレベーターを使うより大きい。

また、人々はそのうち仕掛けに飽きてしまいます。

「仕掛けもどき」に注意

地面に足跡を書くことで、人の行動を導く仕掛けはよく用いられます。しかし本書では、足跡の失敗例が紹介されていました。それは免許の更新で訪れた免許センターにて、足跡の位置で立って待つように指示されているのですが、みんなその足跡を踏みません。なぜなら、その足跡が紙に手書きされたもので、なとなく踏みつけるのに抵抗があったのかもしれません。

一見すると効果のある仕掛けのようでいて、仕掛けとして機能をしていない「仕掛けもどき」もあるので注意が必要です。

人工知能の研究から始まった

本書で「仕掛学」として取り上げられる事例は、デザインの勉強をした人なら馴染み深い例でしょう。本書の著者の松村真宏さんは人工知能の研究者であり、工学の視点から「仕掛け」が考察されています。

デザインの視点と「仕掛学」との違いは、「良い仕掛け」「悪い仕掛け」と、「良いデザイン」「悪いデザイン」の違いを見ればわかりやすいかもしれません。「良い/悪い仕掛け」は利用する人にとって利便があるか否かで分けられます。一方で「良い/悪いデザイン」はデザインをした人が狙った通りに人を行動させられるかが問われます。似ているようで、本質的に少し違います。

なぜ人工知能の研究から「仕掛け」へ?

著者は人工知能の研究から、日常空間にあふれている仕掛を集めているうちに「仕掛学」が生まれたと紹介されています。コンピュータはどんなに高性能でも、今、目の前にある事象をデータ化できない限り、扱うことができません。人間はデータがなくても鳥のさえずりや道端の花に気づきます。

必要なのはデータでもコンピュータでもなく、生活空間の魅力を魅力に気づかせる「仕掛け」である。

仕掛けは見えているのに見えていない、聞こえているのに聞いていない生活空間の魅力に気づかせるための仕組みである。仕掛けによって計算機で扱える世界の外、つまり日常の生活空間を研究対象にできるようになる。

p.11

コンピュータは目の前の事象を扱えませんが、人間は目の前の事象に「仕掛け」によって気づく仕組みを持っています。工学の視点から世界を観察し、人間の認知と行動を促す例を集めているうちに、その「仕掛け」が応用可能だと気付いたと経緯をまとめておられます。この経緯もデザインとは異なっています。

デザイン・人間工学を知りたい人に

本書『仕掛学』では「仕掛け」が分類され、それぞれの特徴について記述されていて、デザイン出身の あさよるにとっては興味深いものです。デザイナーとして仕事をしている方にも工学出身もいるし、あさよるも個人的に工学や人間工学についての本を読んだり勉強すると、「そのデザインのどこが優れているのか」と考えるとっかかりになって良いのです。

感覚的にデザインをしている人にとっても、こうやって良いデザインを分類して、それぞれを系統だてて考えることで、すでにあるデザインを認識しやすくなるし、また新しいデザインを考えるときの助けになるでしょう。

また、「良い仕掛け」「悪い仕掛け」の定義も面白いと思いました。人工知能の研究から始まっていますから、「物を売る」とか「指示を間違えない」ことではなく、使用する人にって「利便があるか」が重要なんですね。

軽く面白く読める内容で、「仕掛学」の研究テーマに触れられます。

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つまらない人に一直線?『40代を後悔しない50のリスト』

こんにちは。そろそろ30代半ばに差し掛かる あさよるです。30代って、家族がいたり子育て中だったり独身だったり、立ち場がみんなそれぞれ違う年代だなあなんて思っていたのですが、本書『40代を後悔しない50のリスト』によると、20代30代よりも、40代こそが、その後の自分を決定する変化の年代だと言います。

本書『40代を後悔しない50のリスト』は、これから40代を迎える30代後半から、40代にかけての人たち向けの本と言えます。多くの先輩たちが「40代でああしとけばよかったなあ」という後悔から学びましょう。

先輩に聞いた「後悔してること」

本書『40代を後悔しない50のリスト』は、著者の大塚寿さんが営業先の企業の経営者や管理職の人との雑談のなかで「成功のお手本」を聞き出そうと、1万人以上の人から教えを乞うた経験が元になっています。最初の動機は「成功談」を聞くことですが、それ以上に「失敗談」が面白いことに気づき、また年配経営者の多くが「40代を後悔している」ことを発見しました。

40代の10年間をどう過ごすかによって、その後の人生の「分かれ道」になっているというのです。この10年間に「つまらない人」になってしまっているそう。

40代で「つまらない人」化する理由

多くの人にとって、40代は転機が訪れる頃です。子育てが一段落して妻が再就職をして夫婦関係や、子育てが新たなステージに移行します。未婚の場合は、出産の限界年齢を意識をします。出世の限界を感じるのもこのころです。また「親の介護」という問題も見えてきます。地方出身者ほど切実です。

40代は社会の中の稼ぎ頭で、自分の裁量で決められることが増え、一番脂の乗った時期でもあります。

 二〇代や三〇代はいい意味で成長過程なので、いくらでもやり直しが利きますし、まわりもそうしたトライアル・アンド・エラーを期待しています。
しかし四〇代は、関わる世界、守るべき世界が広がり、すでに積み上がった歴史や実績の上での局面となるので、そのときの対応次第で、仕事でも家庭でも、その後の人生を大きく左右する決断を迫られていることになるのです。判断すべきことが、二〇代や三〇代より広範囲にわたってるともいえるでしょう。

p.16

ライフステージの変化と、責任が大きくなることが合わさって、「守り」に入ってしまい「つまらない人」化してしまう人が多いのが40代だそうです。

人生のイニシアチブをとる

本書『40代を後悔しない50のリスト』では、人生の先輩の失敗談から、40代でやるべき50の事柄がリストアップされています。それらは「何より大切にしたいこと」「プレイングマネージャーとして本当に必要なこと」「忙しいだけで終わらせない時間の使い方」「人付き合い」「学ぶこと」「会社や社会と向き合い続けること」と5つの5に分けて紹介されます。

どの項目にも共通しているのは「人生のイニチアチブは自分で取る」ということでしょう。

例えば飲み会ひとつ取っても、意外にも「飲み会を断ればよかった」と後悔している人が大勢いるそうです。能動的に参加する/しないと自分で決める必要があります。

家族との時間をもっと持てばよかったと後悔している人も大勢います。時間を有効に使えず、週末はダラダラと過ごしたことを後悔しているそうです。40代は変化の時期だからこそタイムマネジメントに気を配るべきなのかもしれません。

「人付き合い」は人間の永遠のテーマでしょうが、40代は立場がより複雑になります。「上司として」もっと良い対応をすればよかったというものや、年下との関係を良好にしたかったと後悔する人がいます。また「会社」「仕事」という枠だけでなく、地域社会とのつながりを持てばよかったと考えている人も大勢います。

金銭的な問題では「副業」を持っておけばよかったというのが切実です。本書では「月7万円くらいの収入」があれば……と紹介されています。

また変化の多い時期だけに「学ぶこと」も増えるのが四〇代ですが、同時に働き盛りで多忙でもあります。「介護のことを学んでおけばよかった」や「教養を深めておけば」「もっと本が読みたかった」と後悔する人が多いようです。

若い世代も、将来の計画に

あさよるは今30代半ばですので、本書『40代を後悔しない50のリスト』に書かれていることは、まさに今から用意をすべき内容です。著者の大塚寿さんも多くの方にインタビューをした経験によって、40代になる直前で意識を大きく変えるようになったそうです。

20代30代は「まだ若い」こともあり、人生はいかようにもできる年齢なのかもしれません。そして40代は、腰を落ち着けて、自分の人生を自分で動かしていく頃合いなのかも。子育て世帯では、自分のことだけでなく、夫婦と子どものことも考え、さらに親の介護も頭を過る頃……これは多忙ですね。

社会の中の稼ぎ頭でもある世代なので、大きな働きができる世代でもあります。今30代の人に、来るべき近未来のための読書としてオススメです。

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『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』|才能がなくても大丈夫

こんにちは。あさよるです。ゴールデンウイークはいかがお過ごしでしたか? あさよるは、家財道具をフリマアプリ「メルカリ」に出品してみて、梱包作業に追われていました。これは「いらないもの」が突然「商品」になって面白いですね。

ゴールデンウイーク明けまして、5月は予定が詰まっているので「えいやっ」と元気が出るような本を読もうと『GRIT』を手に取りました。こちら、以前に同じ『GRIT』と同じタイトルの赤い本をブログで紹介したことがありますが、違う内容です。この「GRIT」という言葉は、他の本でも使われていることがあり、意味を再確認できました。また、あさよるのような凡庸な人間にとって「GRIT」の考え方はとても励まされるものでした。

「GRIT」とは

本書『GRIT』とは英語の「Guts」「Resilience」「Initiative」「Tenacity」の頭文字をとった言葉です。ぴったり合う日本語がないのですが、

Guts[度胸]

「Guts」は日本語で「度胸」。「困難に挑み、逆境にもたじろがない勇気」(p.21)と紹介されています。

度胸とは、みずからを危険にさらし、たとえ勝利が目の前に見えなくても、必ず勝つという意思を表明することだ。(p.21-22)

「大胆不敵」になるために必要な力です。

Resilience[復元力]

「Resilience」は日本語で「復元力」と当てられています。

高いレベルのグリットの持ち主は、失敗や障害や逆境にめげることなく意欲と集中力を維持できる。(中略)チャンスがある限り、世界の果てまでそれを追いかける原動力になる。(p.22-23)

世界的な成功者も、学校を落第したり、仕事をクビになったり、挫折を経験していることがあります。だけど、「立ち直った」のです。

Initiative[自発性]

「Initiative」は「自発性」と訳されます。

自発性とはまさしく、グリットを動かし、前へ進めるものだ。リーダーは率先してものごとに取り組む能力で評価されることが多い。(p.23)

自発性はなにも、企業や戦場だけに見受けられるとは限りません。本書では、サバンナに住む少年が、家族で飼っている牛をライオンに襲われた経験から、その悲劇をどう防げばよいのか考えます。あるとき、ライオンが揺らめく懐中電灯を恐れていることに気づき、ライトをつけたフェンスを作りました。ここからわかる教訓は

「敵に勝る知恵を使えば、相手より体が小さくても足が遅くても大丈夫」(p.23)

ということです。

Tenacity[執念]

最後の「Tenacity」は「執念」と訳されます。

執念とは、どんあことがあっても目標に集中し続ける能力だ。これはたぶんグリットにかかわる性質のなかで最も見分けがつきやすい。(中略)執念(粘り強さ)に必要なのは勤勉と決意である。(p.24)

GRITを身につけるべきワケ

「GRIT」の力について、後天的に学ぶ必要があります。それは、人は「潜在的な資質を褒められると、そのことに執着する」傾向があるからです。そして「努力によって身につけたスキルを褒められても、執着が少ない」そうです。それは裏を返せば、「努力によって身につけたスキルは諦めやすい」とも言えます。

本来的に我々は「GRIT」の力を持っていないということです。だから後天的に学ばねばならないし、また子どもたち、若い人たちに教えていかなくてはならりません。

本書ではたくさんの「GRIT」によって成功を掴んだ経験が紹介されているのですが、みな逆境の中、身近な人に「諦めないこと」や「働き続けること」を教えられ、それを愚直に守り続けた人ばかりです。または、負けん気やハッタリで大成功をおさめる人もいます。しかし彼らは、根拠のない自信家ではなく、「なんとかなる」と思えるまで努力をし続けていた人々であることも注目すべきです。

「GRIT」を身につけるのは、今すぐからも始められます。もし「どうせ」「自分なんて」と思っているなら、「度胸」「復元力」「自発性」「執念」を意識し始めましょう。

凡人だから励まされる・粘り強く続けるコト

本書『GRIT』は、特に何の素質もない凡人だからこそ、とても励まされるものです。天才でなくても「やり抜く力」によって、何者かになれるかもしれないんだから。

グリットが素晴らしいのは、自分でコントロールできるという点だ。育ったコミュニティ、通ったハイスクール、両親の貯金や資産、社内政治、経済状況などと違い、もっと一生懸命働き、もっと賢く、熱心に、長くがんばるという行為は自分で制御できる。人一倍才能豊かでなくても、頭の切れる人間でなくても、私たちの誰もがグリットを身につけることができるのだ。
潜在能力を発揮するのに必要な「度胸」「復元力」「自発性」「執念」を利用できれば、じつにたくさんの人が世界的な音楽家、ベストセラー作家、プロスポーツ選手になる可能性を秘めている。あなたもそうかもしれない。

p.25

もし、自分に才能もセンスもなく、環境も整っていたとしても、大きな挫折をしても、大丈夫。きっと今まさに道半ばの人ほど、GRITに励まされるし、GRITの重要性を身を持って知っているのでしょう。

「やり抜く」ことは誰でもできる

あさよるも、そろそろ三十代仲間で辺りを見回すと「やり抜く力」を持っている人しかいなくなっていることに気づきます。十代の頃、羨ましい才能を持っている人や、センスの良い人、環境に恵まれている人、それら全てを持ち合わせている人がたくさんいました。しかし、その多くの人たちは、道半ばで諦めてしまったり、店じまいをしてしまいました。

年齢を重ねても何かに邁進している人って、「才能」や「環境」は関係なくただ「継続している」だけの人だったりします。もちろん、才能があって且つ継続し続けている人もいます。でも、意外と若い頃は平凡で目立たなかったのに、いつまでも同じことを続けていて「ひとかど」の人物になっている人もたくさんいます。

本書『GRIT』は平凡で、特に秀でたこともなく、センスもなく、目立たない「その他大勢」を鼓舞します。また挫折を味わったり、今環境的に恵まれていなくても「大丈夫」。「ここから抜け出せる」と信じられると、とても未来が楽しみに思えます。

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『内定力』|就活ゲームのクリア条件は「言葉で信頼させること」

『内定力』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。ネットで就活の話題を見かけるので「そういえば就活っでどんなだったかなあ」と、ズバリ『内定力』というドストライクなタイトルの本を見つけ、手に取りました。あさよるは就活してたのは、かれこれ10年前……?

就活しんどい……就活が憂うつ……ならば、『内定力』を読みましょう。本書『内定力』は、よくある就活本ではなく、就活をゲームのように捉え、ゲーム攻略ならぬ「就活攻略」を呼び掛けています。就活のクリア条件をわかってますか? 学生時代の経験や、挫折について質問されるとき、企業側は本当はなにを知りたいのでしょうか。

サクっと軽く読めて、気持ちまで軽くなる就活攻略本です。超マジメモードな本が並ぶ中、ちょっと茶化しつつ就活ゲーム攻略法を紹介してくれるのも、気分がいくらか楽ですね。さて、あなたはどのキャラですか?

会社がほしいのは「信頼」

まず、就活ゲームのクリア条件はなんでしょうか。それはズバリ「自分を信用させること」です。しかも「言葉」を使って。

企業が欲しいのは、即戦力でも優秀な人材でもありません。なぜなら、学生は即戦力にはならないことは分かっていますし、優秀かどうかは、どう育てるかなのですから。だから、企業が知りたいのは「この人は信用に足る人物かどうか」ということです。簡単に言えば、約束した日に、約束した時間、約束通りに来てくれる人を探しています。

「だから、ま、気楽にやりましょ」というのが本書のメッセージ。あなたが面接でアピールすべきは「私を信頼しても大丈夫ですよ!」という一点のみ。そして、相手を信頼させるための作戦が、就活ゲーム攻略法なのです。

学生の「信頼度」なんてほとんど一緒

「コネ」もある種の信頼です。企業側も「あの人の推薦なら……」「あの人の後輩なら……」と、少しでも信頼につながりそうなポイントを探しているんです。

企業側は少しでも信頼が欲しいので「偏差値」という尺度を担保にしようとします。ですが、「学歴フィルタ」はあまり意味がないとも言います。なぜなら「たとえ東大生であっても、学生の信頼レベルは大して変わらない」からだそうです。学生の立場にとっては、偏差値や学歴は大きな差に思えますが、社会人にとっては学生は学生。有名大学出身だからって、信頼レベルは低いのです。

出身大学の偏差値は、信頼ポイントの加算要素にはなりますが、あまり大きなポイントではないということですね。

あなたは何キャラ? キャラ別就活の闘い方

就活ゲーム攻略法ですから、自分自身もゲームのキャラクターに当てはめて、自分の武器や必殺技、特技やレベルアップ法を知っておきましょう。

キャラは8つ。勇者、旅芸人、戦士、武闘家、魔法使い、発明家、僧侶、吟遊詩人に分かれています。自分はどのタイプなのか見つけましょう。そして、自分に最適な闘い方を知るのです。

勇者

「勇者」は人のために頑張ります。人に喜んでほしいし、人に褒められたいのです。エネルギーの源が他者にあるのが特徴です。勇者は最前線でも戦えるし、後方支援もできます。チーム全体を見まわし、仲間への気づかいができるのです。

勇者が呪いにかかると、周りの目をきにしてガチガチの「ザ・就活性」っぽくなってしまいます。他人の目に振り回されないように気をつけましょう。

みんな勇者に憧れています。カッコいい勇者を目指しましょう。

旅芸人

「旅芸人」はみんなが楽しんでくれるなら、体を張って空気を変えるのも厭いません。人を楽しませたい! みんなで楽しみたい! 誰かに振り向いてほしい! それが旅芸人の原動力。だから、多少嫌なことでも相手が喜ぶならやっちゃいます。だけど、実は心は繊細だったりするんですよ。誰よりも敏感に周りの雰囲気を察知しているのです。

旅芸人はその場の雰囲気を読む達人。どんな状況でもどうにかしちゃうのが強みです。

呪いにかかると、誰よりも自信喪失し、いちばん苦労するのが旅芸人。みんなを楽しませたいってだけなのに、自己アピールせよと言われると悩んじゃうんですね。就活でも、焦って喋って的外れな受け答えをしちゃいがち。だけど、他のキャラの能力を引き立たせられるのは旅芸人だけ。それを忘れないで。

戦士

「戦士」はいつも勝利を目指します。勝ちたい相手や、達成したい目標があると燃えちゃいます。また、負けた悔しさで強くなる。日ごろから勝ち負けに敏感で、いつも地道な訓練をやめません。「弱い自分」すら超えるべき壁なのです。

戦士のフィールドは最前線とは限りません。「勝てる場所にいる」それが戦士なのです。負けるかもしれないことはしないのです。

戦士の呪いは、自分の納得度や志向よりも、「絶対内定が取れる企業」や「企業の知名度」で動いちゃうところ。落とし穴にはまらないように。

新人の頃は、生意気なヤツだと思われますが、デキる社会人になれるのも戦士です。

武闘家

「武闘家」はフットワーク軽く、誰より早く敵に一撃! まず攻める! 兄貴分気質なのも特徴です。武闘家の活躍フィールドは最前線。誰よりも一歩先に居たい、好き勝ってやりたいと願っています。だから、いつも成功するとは限らないのも特徴です。

呪いにかかりにくいのが武闘家の特徴です。自分視点になりすぎずに、情熱と冷静さを併せ持つイノベーターを目指しましょう。

魔法使い

「魔法使い」は地道にコツコツと魔法の修得を欠かしません。最前線で戦わないけど、一人での作業が得意です。魔法使いは正確さや規律を重視します。目立った活躍をするタイプではないけど、パーティに必ず必要なキャラです。冷静にデータを集め、地道にチームを守りましょう。派手じゃないけど、緻密な計算が得意な魔法使いは、感情的にならず「正しい答え」を導き出します。

魔法使いが呪いにかかると、真面目過ぎちゃうところがアダになります。キャラでもない言動をしちゃうことも。

最初のうちはルールにうるさい頑固者と思われがちですが、社会の中で必ず必要な人材であることをお忘れなく!

発明家

「発明家」は大きな武器も使えず、魔法も使えません。代わりに探求心とアイデアを持っています。敵の弱点を探したり、戦術を見つけます。敵のサンプルを集め、パターン分析・発明を得意とします。

発明家は神出鬼没です。最前線も気になるし、後方支援も気になるし、そして敵地も気になってスパイとして潜り込んだり……。

発明家は呪いにかかりにくいのですが、データ収集しすぎて頭でっかちになりすぎないように。

僧侶

「僧侶」は信じる道を進み、修行の中にあります。そして魔法の力でチームに調和をもたらします。「~こうすべき」が口癖になりがちです。自分の「ありたい姿」「こうあるべき」という信念を追い求め、チームに影響を与えます。

僧侶は後方支援が得意ですが、必要であれば最前線でリーダーの役割もできます。

僧侶が呪いにかかると「本当にしたいことはなんだろう」と悩みはじめ、精神的に追い詰められる人も少なくありません。僧侶は悩みやすいのです。

完璧を求めるあまり「できないこと」にばかり注目しちゃう僧侶は、「自分らしさ」で世界を変えるスーパー僧侶を目指しましょう。松下幸之助もイチローもマザーテレサも僧侶だそうです。

吟遊詩人

「吟遊詩人」は風の吹くまま気の向くまま。独自路線を突き進みます。一人で妄想が好きで、常識やルールなんて気になりません。何時間でも語れる趣味を持っていたりします。社会のルールに縛られたくない吟遊詩人は、アーティスト。豊かな感性で生きましょう。

吟遊詩人はそもそも就活に意識が向いていない可能性があります。レベルが低いままでは「不思議ちゃん」に見られちゃうから、レベルアップしてカリスマを目指しましょう。

「求める人物像」はいないのだ

それぞれ自分のキャラを決めたら、あとはレベルアップ。くれぐれも「伝説の勇者」になんてなろうとしなくていいんです。伝説の勇者とは企業の「求める人物像」です。求める人物像なんて、そんな人いないんです。だから、エントリーシートに伝説の勇者であることを自己PRしなくてもいい。それよりも、自分のキャラと、その武器や必殺技で戦いましょう。

ぼうけんの書を作れ!

キャラが決まり、就活ゲームが始まったなら、必要なのは「ぼうけんの書」です。ぼうけんの書は、毎日ノートに手書きします。就活ゲームは「相手を信用させると攻略」ですから、自分を信用しても良いと伝えるための〈言葉〉の引き出しを増やします。「マジやばい」「マジぱない」では、マジやばいのです。まずは、感情をノートに書くことから。

ぼうけんの書は、毎日書く、手書きする、短く書く、なんでも書く。この4つ。手書きをするのは、図やグラフ、イラストを直感的に書けるからです。最初から上手にたくさんは書けません。ちょっとずつ慣らしてゆきましょう。

『内定力』挿絵イラスト

就活はしんど……くない?

本書『内定力』で紹介される「就活ゲーム攻略法」は、ゲームに例えられるとすごく面白いし、そしてすんなり頭に入ってきます。

例えば、ゲームの世界よろしく、暇さえあれば「酒場」へ繰り出しましょうと紹介されているのです。それは、酒場のおっさんたちとコミュニケーションと取って「オッサン慣れ」しておけ、というお達しです。すごく面白いアドバイスですが、同時にとても納得します。多くの大学生は、社会の中のおっさんと、接点が少ない人が多いのではないでしょうか。しかし、就活とは、ゆく先々でおっさんと出会い、おっさんと会話することでもあります。社会人として、みんなより一歩先にデビューしましょう。

また、知らない諸先輩方と出会い、その場で可愛がられ「お酒をおごられる能力」で、見事内定をゲットする人もいるそうです。コミュ力ですね。

学生は、まだ社会人ではありませんから、大人と同じような能力は求められていません。それよりも企業側は「信頼に足る人物か」ということがすごく気になっているというのは、説明を聞くとなるほど納得ですよね。本書『内定力』では、就活をゲームにたとえ、レベル上げや武器の使い方など、面白おかしく紹介されています。「就活しんどい」と思い詰める前に、息抜きだと思って、軽いノリで読んでみるのがオススメです。

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『これはしない、あれはする』|「人生に夢中」なら大丈夫

こんにちは。執念深いあさよるです。過去の、相手はもう忘れてるような出来事を思い出してイライラします。「相手はもう忘れているだろう」という事実がまた、腹が立つのよ! ……と、自分でも「無駄な時間だなあ」と思うのですが、性分なのか、なかなか気持ちが治まらないのでした。

本書『これはしない、あれはする』は、あさよるのような、感情に支配され冷静でいられない人にとっては、耳に痛い本かもしれません。「わたしだって、こういう風に生きたいのよ」と憧れを持つかもしれません。「大らか」とも違う、「ゆるし」や「諦め」とも違う。「夢中」という言葉が相応しいだろうと思います。

目の前の〈仕事〉に夢中になることが、唯一の現実逃避であり、そして唯一の復讐です。それは「自分の人生に夢中になること」だから。

自分の時間に集中する心得

本書『これはしない、あれはする』は、著者の小林照子さんがエッセイを通じて生き方、考え方を紹介する本です。小林照子さんは美容家でメイクアップアーティストです。戦前生まれの方で、化粧品メーカーのコーセーで勤務ののち、メイクアカデミーや美容も学べる通信制高校を開校なさり、今も現役で活躍中です。

本書では小林照子さんが、ご自身の経験から「これはしない」「あれはする」と心に決めてこられた事柄が紹介されるものです。一貫しているのは「時間を他人に奪われない」ということです。「これはしない」では理不尽で腹立たしい出来事があっても、それに執着せず、他人を恨まない。それは何をかもを「許す」とか「諦める」と言うよりも「他人のことを考えて時間を浪費しない」という感じです。

小林照子さんは幼少期、ご両親を早くに亡くされ、生涯で5人の親や養父母を持ちました。大変な境遇の中、感情に呑まれて生きる道もあっただろうけれど、その都度「自分がすべきこと」を真っすぐと見据えて、自力で道を切り開いてこられた方です。また、千載一遇の「チャンス」をガッシリと掴んで、大きく人生を変えることも、躊躇いません。

自分に与えられた時間を、最大限自分のために使う。そのためには、他人を恨んだり、自分の境遇を嘆いている時間もありません。とてもパワフルで、力強いカッコいい女性像が描かれています。

こんなパワフルな女性は多くない!?

本書の著者・小林照子さんが、仕事に生きるとてもカッコいい方なんです。不遇な境遇の中、チャンスをしっかりと掴み取り、学び、働き、自力で道を切り開いてゆきます。こんなパワフルな女性に憧れたり、こんな風に生きたいと望む方も多いでしょう。一方で、こんな風に強く一途に生きれる人も少ないだろうなあという本音もアリ。

不遇なままの人もいるし、チャンスを逃す人もいる。ひたむきな努力が必要なのはわかっているけれども、目の前のラクや手抜きを選んでしまう人がいても、誰がそれを責められるでしょうか。小林照子さんって、すごく特別な人なのカモ……。

子ども時代の経験から、現在では教育事業をなさっていて、美容専門学校だけでなく、美容が学べる通信制高校を開校され、すごい人だなあと思うばかりです。

苦難があっても大丈夫

本書『これはしない、あれはする』は2章からなっていて、一章目が「しないこと」、二章目が「すること」です。第一章「しないこと」の多くは、人間関係の中で、自分を尊大に見せたり偽ったり、嫉妬や執着しないなど、「自分の時間を最大限に活かすために、いらないこと」から解放されることで、自分の人生を自分で生きる方法が示されます。第二章「すること」では、「自分の人生をより豊かにする」アイテムや、価値観、習慣などが紹介されます。

第一章「しないこと」は多くの方が当てはまる考え方が詰まっています。境遇はみな違いますが、人間関係に悩んだり、上手くいかないこと、他人に裏切られたり利用されたり、腹立たしいことも起こります。しかし小林照子さんは、いちいちそれを悩んだり、相手を恨んだりしません。そんなことしている時間がないからです。「自分の人生に夢中になる」とは、どんな仕打ちを受けても、それをいちいち気に病む時間がないことなんだなあとわかります。

第二章「すること」は、年齢を重ねた方に多くあてはまる内容です。それは、若い人の考えや道具を柔軟に取り入れ、時に叱り、非があるときは謝り、謙虚に生きる心得が書かれています。また、いつまでも現役でい続けるために、いつまでも未来を見据え、設計図を描き続けるのです。若い世代は、自分がどんな風に年齢を重ねていくのかを考える助けになるでしょう。

いいことも悪いことも起こります。だけど、人生に夢中になっている人にとっては、何があっても取るに足りないことなのかもしれません。

説教くさくないエッセイ^^

本書『これはしない、あれはする』の あさよるの素直な感想は「説教くさくない年寄りのエッセイだなあ(^^)」というものでしたw 小林照子さんの生い立ちは、読んでいて言葉がないほど苦難の連続で「こんな人生を生きる人がいるのか」と気持ちが重くなるほどでした。しかし、本書はカラッと明るく、苦しい経験よりも〈今〉に注目している著者の姿が印象的です。

会社員時代は「そんなイケ好んヤツがおるんか」という先輩や上司が登場して、あさよるは立腹しっぱなしなんですが、小林照子さんは華麗にスルーなんですよね。それよりも、今目の前の仕事に没頭しづつける姿に脱帽。

あさよるの印象に残ったのは「容姿の欠点にふれない」という話。長年、美容を仕事をしている方だから言葉が重い。例えば「こうすると目が大きく見えるよ」というアドバイスは、「あなたは目が小さいよ」という指摘になりうる。言った人も、言われた人も、その時はそれが〈トゲ〉だと気付かないでしょう。しかし、小さな言葉のトゲがチクチクと、コンプレックスを作ってゆくのです。「顔より性格よね」と、相手を褒めたつもりが、相手のコンプレックスを作ることもある。容姿については「触れない」のは基本で、触れる場合は言葉をよく選ぶ必要があります。

歳をとっても、「欲張りに生きてもいい」というのが、本書のメッセージでもあります。著者の小林照子さんがまさにそう生きています。何歳になっても、やりたいことをしてもいい。年齢で区切る必要はない、という言葉は、多くの人を励ますでしょう。

「反撃しない」という話も、気に入りました。小林照子さんが美容部員時代、ベージュの口紅を塗って出勤すると「小林さんは双子だったんですね。今日はお姉さんがご来社ですか」と声をかける上司がいたそうです。要するに「老けて見える」と言っているのです。ちょっと傷つくけど、言い返すほどのことでもない。それを、気にしないようにしたという話です。あさよるは、読んでるだけでイラついて堪らんのですが、確かのもっと穏やかでないと時間がもったいない……。

自分の人生に夢中に生きるとは、なかなか難しいものです。

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メンタリストDaiGo『1分間の心理革命。』|洗脳もモノは使いよう?

こんにちは。あさよるです。メンタリストDaiGoさんのYouTubeライブを時々視聴するので、続けてDaiGoさんの本を手に取ってみました。ニコ生放送をなさってるそうですが、あさよるはめっきりニコ動にログインしなくなってしまっております(;’∀’)

メンタリストDaiGoさんは、メンタリズムという人間の心理学や、行動のクセを利用したライフハックをたくさん発信なさっておられます。読書家の方で、ライブ配信でも、背景に膨大な蔵書が収蔵された書庫を背景にお話されていて、良いですなあ~。あさよるもあんな書庫のような部屋が欲しいです(*´ω`*)

人生相談にメンタリストDaiGoさんの一問一答

本書『1分間の心理革命。』は、メンタリストDaiGoさんが相談者からの話を受ける人生相談形式の内容です。1つの質問につき、1分で読める程度の短い回答が用意されています。といっても、“たった1分=内容が薄い”わけではなくて、全く同じ状況でも、解釈が変えると見えるものが変わるような、面白い回答です。

本書は全4章で、「【第1章】1分で自分を変える。」「【第2章】1分で対人関係を変える。」「【第3章】1分で仕事&勉強を変える。」「【第4章】1分で恋愛を変える。」と、今ある現状から、別の状態へ「変わりたい」と望んでいる人の質問が集められています。

「変わりたい」あなたへ

本書『1分間の心理革命。』は「革命」とあるように、天と地がひっくり返るような、視点の入れ替えがたった1分で読める程度……ページにして4ページほどでなされています。「変わりたい」と望む人は、目から鱗が落ちたなら、あとは行動したい。だからサクっと1分で読めるのも嬉しいところ。

自分を変えるには

第一章は、自分を変えたいという悩みに答えます。「夢中になっていたSNSがだんだんストレスになってきた」という相談には、「いっそ○○がない生活」をしてみようという提案が。意外と、電話の電源を切っても、時計を見ない日があっても、全然大丈夫だったりする……というか、ここでは、生活にメリハリがつくことで生産性が上がったというDaiGoさんの体験談を添えて。それにしても、本書では

若者がSNSに費やす時間は1日に5、6時間ともいわれているそうですが、いくらでも新しい事に挑戦できる青春時代の、膨大な時間をSNSに費やすなんて本当に本当にもったいない!(p.12-13)

とあって、確かに1日5、6時間ってとんでもなく膨大な時間に唖然としました。た、確かに あさよるも、若い頃はそれくらいSNSやTwitterやってた時代もあるかも……。この時間を自分の意志の下有効に使うだけでも、簡単に「変われる」と思う……(;’∀’)

アガリ症の克服には、失敗しても恥ずかしくないと思えるくらい恥ずかしいことを自分でやろう!という逆転の発想w あさよるもアガリ症の気があるので、度胸試しで、顔から火が出るような恥ずかしいことを、やってみると良い!?

ダイエットの話題。痩せるためには「○月×日までにどの水着で誰と海へ行く」等、具体的に予定を先に決めてしまうと、否が応でも間に合わせなければならないので有効。あえて理想の体型のサイズの洋服を用意して、それを着れるようになることを目標にしても良い。

アンチエイジングや「神頼み」したくなるような恐怖との対峙方法などが解説されます。

対人関係を変えたい

第2章は対人との関係を「変えたい」お悩み。本音が顔に出やすい人は、それを隠す方法はあるの? という問いには、一瞬でも顔に出てしまうのは人間の特性であると説明し、「本音とは別リアクションをさっと出せるように訓練する」という提案がなされています。ナルホド。

メールが素っ気なさすぎると注意された人には、人の心をつかむ「人たらし」になる訓練としてメール術を究めるように指導なされています。ほら、いるじゃん、メールやLINEの返信が遅いのなんのって文句を言って、ますます返事がウザくなる言動をする人。あれの逆バージョンです。思わずもっと返事をしたくなるような、相手の懐にスッと入り込む「人たらし」になれるテクを、メールで得とくしましょう。

芸能人と友達になりたい相談者には、「芸能人と出会ってもファンだとか、サインや写真をねだらないように」と注意がw そうした瞬間から「芸能人とファン」という関係性になってしまい、願望である「友達」にはなれません。それの応用編として、「サービスを提供する人とお客様」という関係性を上手に作ることで、仕事を呼ぶこともできます。

美人の親友に嫉妬して、合コンに呼ばない自分の小ささがイヤになるという悩みには、「嫉妬心は自分と同じかやや上の相手にしか湧かない」と前置きしてから、「美人」以外の物差しを持てば、引け目もなくなると紹介されます。この相談者さんの場合は、合コンの幹事をする方らしく、人を集めて場をセッティングする能力に自信を持つよう励まされています。あと、もし超完璧な人がいたとしても、その人は人間関係では浮いてしまう存在。凸凹があるからこそ、みんなと上手くやれるのです。

仕事や勉強の仕方を変えたい

第3章は、仕事や勉強の成果を上げたい人へ。TODOリストを作っている人は多いでしょうが、TODOリストは「忙しいからできなくても仕方がない」とネガティブな言い訳に使ってしまうこともあります。まずはTODOの項目の数を減らしましょう。「やらない」と決めて、やめてしまうことも必要です。

毎週金曜に飲みに誘われる上司がウザいという人には、ウザ上司を自分の思いのままに動かして、チャンスにしようという、メンタリストらしい提案が。飲み会の翌日はお礼のメールを出すのですが、その内容は事実3割、願望7割という非常に自分の都合の良いものにしておくこと。上司も酔っていたなら、テキトーに事実をねつ造してもいいし、シラフだったなら「私はこう受け取りました」と無理くり事実をねじ曲げる(笑)。人間とは不思議なもので実際とは異なる記憶であっても、相手に誘導されると、それに合わせた記憶を作ってしまうのです。

多い日には1日に30冊もの本を読むというDaiGoさんへの、読書法の質問も。DaiGoさんによると

①同ジャンルの本を5~6冊読む
②7~11%必要情報を獲得する

p.125

とまとめられています。また、感情的に読書をすると記憶に残りやすく、絵を描いてみたり、著者に話しかけるように読むことも記憶には有効だそうです。

恋愛を変えたい

最後は恋愛についての質問。まず、ずっと気になる友人に告白したいという人には、告白は晴れた日にすべきと提案されます。なんでも、

まず基本的に、告白は晴れた日にするべきです。雨の日よりも、晴れの日の方が人間は説得されやすいという研究結果があります。これは、仕事の営業も同じで、雨の日は闇雲に動かず、晴れの日に向けた準備に充てるのが賢明です。逆に、晴れの日にお客さんに会わずデスクワークをするのはもったいない!

それから告白は、夜や、暗い場所で行うのがベター。心理学的に有名な暗闇効果の力を借りましょう。アメリカの心理学者ケネス・J・カーゲンが、明るい部屋と暗い部屋、それぞれに、恋愛関係にない男女ペアを入れて実験したところ、明るい部屋では2人が次第に離れていったのに対し、暗い部屋では、なんと寄り添い始めました

p.136-137

決戦は晴れた日の夜ということですな。まとめとしては、

①晴れた日に②暗い場所で③右耳に④紫をつけて⑤デートは2回セット(p.139)

だそうです。

で、デートはベタに夜景がきれいな場所が良いそう。その理由は9つもあって、かなり効果的。ざっくり言うと、①視覚が制限されると聴覚がよく働き口説き言葉が届きやすい。②暗がりで薄明かりをジーっと見ていると人は暗示にかかりやすい。③暗闇では瞳孔が開くが、恋をしても瞳孔が開く。人の脳は、恋したから瞳孔が開いているのか、暗いから開いているのか判断できない。④オレンジ色の光が多い夜景は、心を感情的にする。⑤夜景が見える高いところは“吊り橋効果”発動。⑥海辺の夜景スポットを狙え!嗅覚にも訴えかけるのだ。⑦行き先を伏せて夜景スポットへ連れ出すことで、どこに行くのか不安になった後に、美しい景色を見ることになり感動する。⑧恋愛映画のラブシーンでは肘をつつくなど、軽くボディータッチを。⑨明るく会話していたのに、夜景を前に寡黙になって、ギャップ萌え! ということで「夜景デート」ベタ中のベタですが、ベタになるだけ間違いないということですね。

夫婦円満のコツや、浮気防止、カマかけテクも紹介されます。

困難からチャンスへ変える

本書は、人のお悩みにDaiGoさんがメンタリストとしての回答を提示するものです。どのQ&Aにも共通しているのは、ネガティブで憂鬱な話題を、視点を変えることでポジティブで絶好のチャンスに変えてしまうということです。先に紹介した例の中では、毎週飲みに誘ってくるウザい上司を、自分の都合の良いようにコントロールしてしまおうという提案はまさに(笑)。だけど、そういう「話の持って生き方」が上手い人って居ますよね。ちゃっかり、自分の都合を相手に飲ませたり、自分の居心地のいい関係性を上手に作る人がいます。そういうテクを使ってたのか……。

また、恋愛編も面白い……。DaiGoさんの恋愛本は以前に読んでブログでも紹介したんですが、なかなか納得してしまうんですよね~。夜景はテッパンであることや、欲しいプレゼントをもらう方法とか、プレゼンとをより効果的に渡す方法とかね。実践的なんですよ。ちょっとした工夫と配慮だけで、同じ行為でも人の感じ方は変わるのだ。

あさよる的、メンタリストDaiGoさんの面白いところ

あさよるが考えるに、メンタリストDaiGoさんの話の面白いところは「真新しいことを言わない」というところだと思っています。すでに広く知れ渡っていて、それなりに裏付けもある話を展開していくからこそ、手堅く人の心を動かせるんじゃないかしら。

同じような主旨の本は『夢をかなえるゾウ』でしょう。これは、ゾウの頭をした商売繁盛の神様「ガネーシャ」が、ビジネス書に絶対書いてあるような「常識」を主人公に聞かせて、その通りに行動させ成功へ導く物語です。ガネーシャは神様ですが、DaiGoさんは「メンタリスト」と名乗ることで、話に注目させておられます。

天才や超人でなくても、知識の量と実践で、人の心って上手に動かせるというのは、多くの人にとって励みになるんじゃないだろうかと思います。

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メンタリストDaiGoさんの本

自分を変える本

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大槻ケンヂ『サブカルで食う』|文化系オタク趣味でお金を稼ぐ

『サブカルで食う』挿絵イラスト

こんにちは。サブカルになれなかった あさよるです。10代の頃、サブカル的な存在に憧れていて、日々邁進していたのですが、結果、なんかサブカルとは違った感じのオタクになってしまいました……。「日本語の〈オタク〉というより英語の〈ナード〉だよね」と定評です。 ん?ディスされてんのか!?

友人の中にも〈サブカル〉な人と〈アングラ〉な人がいますが、正直なにが違うのか分からなかった。本書『サブカルで食うの』著者は大槻ケンヂさんで、本書内でサブカルとは、アングラに笑いの要素を加えたものだと定義されていて「なるほど~」と納得しました。なのでアングラ趣味よりも、サブカルのほうが一般受けしやすいと。言われてみれば、アングラなお芝居に誘われたり同人誌を受けとるとき、妙に裏取引をしてる的な感じだった理由がわかりました。

本書は〈サブカル〉の話なので、映画『モテキ』的なノリでOKだそうです。文化系オタク必読です。

「サブカルで生きれたらいいのになあ」…と思う君へ

本書『サブカルで食う』は、「社会適応性も低いし、体力もないし、なんかサブカルなことをして生きていけたらいいのになあ。例えばオーケンのように……」と思う人へ向けて書かれた本です。著者の大槻ケンヂさんは、そんなサブカル周辺で生きたい人のことを、「サブルなくん」「サブルなちゃん」と名づけています。

大槻ケンヂさんもかつて「サブルなくん」でした。本書は一つのケーススタディとして、大槻ケンヂさんがサブルるなくんから、「サブカルで食う」に至った経緯をまとめたものです。

「サブカル」とは

まず「サブカル」とは。本書では、

ややこしい歴史的なことは一切無視して、最近、映画『モテキ』のヒットなどによって注目されている「サブカル」ってアレのことだと思っていただけたら。
「サブカルチャー」じゃなくって、もっと軽い「サブカル」ですね。一応本業らしきものは持っているけど、どう考えてもそれ一本で食っていけるとは思われていないって感じ。
たまにテレビやラジオや雑誌で名前を見たり、そういえば新宿ロフトプラスワンでイベントとかもやっているけど、結局、何をやってるんだかよく分からない。でも、就職しないで好きなことをやって楽しそうに生きている人たち……それが世の中の人がボンヤリとした「サブカル」のイメージじゃないでしょうか。

p.11-12

「これがサブカル」という定義があるわけじゃなく、なんかフワッとした、文化系の趣味が高じて仕事になっているような人のイメージですかね。本職はどうなってんのかわからんけど、ロフトプラスワンでイベントをたまにしているような……ああ、なんかリアルw

サブカルの人たちは「○○になりたい」という夢や目標があるわけじゃなく、何かに打ち込んで△△一筋!ってワケでもない。スポコン的な世界観じゃないのです。ふわっとしたものだから、アレコレといろんな変化球を打ってみる。大槻ケンヂさんの場合はロックバンドがそれで、デビューに至ったけれども「ロックをやるぞ!」と意気込んでそうなったわけではないらしい。

「何かをしたい」「何かができる」人は、そっちに向かって進んでゆきます。しかし、サブカルな人は「何かができない」ことに着眼していて、できないからこそ、変化球を繰り出すことになり、それがヒットすることもあるのだ。

サブカル=アングラ+笑い

本書ではさらに、「サブカル」をアングラ+笑いだと指摘しています。

僕がアングラな世界にどっぷりだった80年代、アングラって本当に気持ち悪いものとして捉えられていました。(中略)その後、「自主制作盤」のことを「インディーズ」と呼んでちょっとオシャレにしたように、「アングラ」だとみんなが引いてしまうので、誰かが「サブカル」と言い換えて敷居を低くしたんだろうなとも思うんですよ。そして、アングラがサブカルに変化していく過程でさらに「笑い」が付け加えられ、より多くの人にとって取っつきやすい軽いものとなったわけです。
「サブカル」というのは「アングラ」に笑いの要素を加えた結果、軽い印象になり、間口が広がったものだと考えることもできるかと思います。

p.15

近年では「サブカル」を自称する人も多いですね。どれくらいの人たちがアングラやサブカルチャーを踏まえているのかわかりませんが「サブカル」という言葉がある一定の知れ渡っていて、その存在も周知されているのは事実でしょう。

オーケンの場合

本書は元サブルなくんだった大槻ケンヂさんが、現在のようにサブカルで食うまでになるまでの経緯を紹介するものです。一つのケーススタディとしましょう。

大槻ケンヂさんの子ども時代は身体が弱く気が弱く、ある日「お前、明日からいじめるぞ」と宣言され、強迫神経症になってしまったエピソードから始まります。教師からも「腐った魚の目をしている」「お前の人生はいつもビリだ!」なんてヒドイことを言われたそうで、お、おう……。

そして当時、インターネットもSNSもない時代です。マイナーな趣味を持つ人たちは、仲間探しにあの手この手を使います。その一つが「机SNS」。机に落書きをしておいて、同志を探すのです。落書きが縁で親しくなった友人とマンガを描いて同人誌を作ろうかと相談しますが、なんか地味だし、友人宅限定のロックバンドを始めました。バンドの名前は「ドテチンズ」。するとオシャレなコピーバンドをやってる同級生から、公民館でのライブの前座を頼まれ初舞台を踏みます。

その後、「ドテチンズ」のメンバーが進学先の大学の先輩に自分たちの音楽を聴いてもらうと、気に入ってもらえ新宿JAMでライブをすることになります。

あの頃、何かを表現したいと思っている少年少女が出会う場所というのはライブハウスしかなかった。だからみんな仲間とつながるため、友達を作るためにはとりあえずライブハウスに通っていたんです。今、SNSでやっていることを、僕らはリアルでやる必要があった。それはとてもいい経験値の上げ方だったと思います。パソコンがなくて僕らは得をした。

p.27

「自分学校」で自習する

ライブハウスでは刺激的な経験をするけれども、学校生活ではパッとしないし、いじめられないよう透明人間のように過ごしていると、精神的に追い詰められて、火炎瓶まで自作してしまいます。

スクールカースト制度からドロップアウトすると、サブルなくんは学校の外にもうひとつの学校を作ろうとするんですよね。言うなれば「自分学校」です。学校の授業についていけない分、そこで自らに何かの宿題を課すわけです。
「俺は数学ができないけれど映画は山ほど観ている」「物理とかも分からないけど、本はこれだけ読んだ」そういった自分に対する宿題。これが彼にとってはちっぽけなプライドになるんです。

p.28-29

映画を見るというのも、「とにかくたくさん見なければならない」と自分に課し、まるで修行のように見まくったそう。もちろん、本も乱読するし、少女マンガまでチェックします。

「プロのお客さん」になるな

本書ではサブカルで食べてゆくために、大槻ケンヂさんはどうやってサブカル力(?)を上げてきたのか、またデビューの経緯や、ブレイク後の仕事や契約の話など、これまでの経験を語っています。

その中で重要だろうと思しきは「プロのお客さんにはなるな」という忠告です。

「プロのお客さん」とは、

サブカルな人になりたいと思って自分学校で一生懸命に自習している人が陥りがちなんですけど、色々な本や映画、ライブ、お笑い、演劇を見ているうちに、それを受容することばかりに心地よさを感じてしまって、観る側のプロみたいになってしまうことってよくあるんです。
だからといって、批評、評論の目を養うわけでもなく、それこそツイッターとかに「今日はそこそこよかったなう」とかつぶやくだけで満足してしまう。それでいてチケットの取り方だけは異常に詳しい……みたいな。そういうのを「プロのお客さん」というんです。

p.36

ドキッ……なんか胸が痛いんですけど……。ただサービスを受容して「ああ気持ちよかった」ってだけじゃただのお客さんです。サブカルな人になるのなら、

色んなライブを観ました、色んな映画を観ました、でも「じゃあその結果、君はどうしたの?」と聞かれると「え? いっぱい観たんですけど……何か?」で終わっちゃう。もちろん、そういう生き方もあると思いますけど、自分も表現活動をこれからしていこうというサブルなくん、サブルなちゃんは、プロのお客さんになっちゃいけませんよ。

p.36-37

ライブや映画鑑賞の結果「〈君は〉どうしたの?」という問いが、サブカルなんですかね。一般の評価とか歴史的位置づけとか、同時代に及ぼした影響とか、そんな話ではなく「君はどうしたの?」と、評価が内に向いています。また、サブカルになりたい人って、ゆくゆくは表現活動をしたいと考えているんですね。そのための肥しとしてのゲージュツ鑑賞なのだ。観賞することが目的になってしまっては、本末転倒なのです。

『サブカルで食う』挿絵イラストIMAXシアターの追加料金で椅子の背もたれの音響が使えるやつ、椅子がめっちゃ揺れる

あとは〈運〉だけなのだ

本書『サブカルで食う』は大槻ケンヂさんの自伝的構成なのです。大槻ケンヂさんはサブカルな仲間とつながるためバンドを始め、ライブハウスのステージに立つようになる頃、ちょうどインディーズブームが起こり、バンドブームに乗って、デビューに至ったと、なにやらそれはまるで「運が良かった」という話になっていますw

あさよるの感想は「大槻ケンヂさんは罪作りな人だなあw」というモノでした。サブカルな活動をしこしことしていて、たまたま「運が良かった」から「サブカルで食う」ことができているという話は、「身も蓋もない」とも言えるし「夢がある」とも感じる人がいるでしょう。あさよるは前者ですw

忘れちゃだめなのは、大槻ケンヂさんはただ映画見たり本読んでただけじゃないんだからね。仲間とバンドをやったり、ステージに立ってたんだからね、と一応書いておこう。

〈サブルなくん〉の言うことがわかった

あさよるの周りにも、サブカルな人になりたい〈サブルなくん〉〈サブルなちゃん〉がいましたw 本書『サブカルで食う』を読みながら、彼らの顔が浮かびます。そして、彼らの言動の意味が少しわかった気がします。それは「ぬるい趣味の延長で食べていけたら」「自分の知識やセンスが認められたら」と言いながら、特に何かに打ち込んでいる様子もないところ。

そうか〈運〉が巡ってくるのを待っているのね。毎日ブログを書いてると、誰かが自分を見初めてくれて、なんかトークライブとかに招待されて、なんとなくギャラや執筆料をそこそこもらって、贅沢しないけどセンスのいい友達が増えて、楽しくやれたらいいなあってことなのか。

みんなバンドやらないのもわかった

大槻ケンヂさんは仲間とバンドをすることで、より多くの仲間をつながりを持とうとしました。しかし、現在はインターネットもSNSもありますから、バンドをする必要はなくなったんですね。今の若い世代はバンドをやらなくてヤバイという話をアチコチで聞きますが、「居場所づくりとしての」「仲間とつながるための」音楽バンドは、やる必要性がなくなってしまった。そのせいでゴソッとバンド人口が減ってしまったのでしょうか。音楽一筋に打ち込む人は、時代や仲間は関係なく打ち込んでいるでしょうし。

今、YouTubeに動画投稿する10代や学生さんたちは、「仲間との思い出作り」や「仲間との活動として」動画を公開していると聞いたことがあります。だから儲けや費用対効果は度外視で動画を作ってるんですね。現在の「サブカル」の発表の場は、YouTubeがステージになっているのでしょうか。

そんなこと言ってる あさよる自身も、10代の頃バンドもやらずにWEBサイトを作って、日々ブログを更新していましたw あさよるにとって、サイトやブログはサブカルな発表の場だったのかもしれません。そして、今もね。

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