姿勢

『おしゃれはほどほどでいい』|イタイ美魔女にならない方法

野宮真貴『おしゃれはほどほどでいい』挿絵イラスト

こんにちは。おしゃれ初心者の あさよるです。最近は、白かブルーのシャツにジーンズという、シンプルな服装で落ち着いています……。もっとこう、好きなテイストで遊んだりしたいんですけど、難しいなあ。ということで、あさよるがコッソリと憧れている野宮真貴さんのおしゃれ本を手に取りました。

60年代風のレトロテイストな野宮真貴さんのおしゃれの世界観、かなり好きです。憧れなんですっ!

野宮真貴さんの「おしゃれ本」

本書『おしゃれはほどほどでいい』はミュージシャンの野宮真貴さんの「おしゃれ」の本です。野宮真貴さんと言えば、ピチカート・ファイヴのヴォーカルで、60年代風のファッションがトレードマーク。音楽も野宮真貴さんのファッションも超おしゃれっす(`・ω・´)b

あさよるもレトロテイストのお洋服が好きなので、野宮さんの世界観、スキ。なんと驚いたことに、今調べると、あさよるの親世代の方なんですね。全然年齢不詳すぎてわからんっ!

本書『おしゃれはほどほどでいい』を読むと、今も昔も変わらずおしゃれを思いっきり楽しんでいる野宮さんの姿があり、年齢を重ねることさえも楽しんでおられて、これが年齢不詳の理由なのだろうなあと思うのだった。若作りしたり、流行に流されずに、自分のスタイルがあって、年齢の変化さえもおしゃれのエッセンスになっているような。

前作が『赤い口紅があればいい』というタイトルだったらしく(あさよる未読です)、あれもこれもと欲張りなおしゃれの時代は終わって、そぎ落とされた自分のお気に入りアイテムだけを、きちんと持ってるって、むちゃおしゃれじゃね? ね? やだ憧れる。

大人世代でもおしゃれする!

本書の中で、野宮真貴さんもご自身の体の変化を感じてらっしゃいます。例えば顔の瞼や頬がたるんできたり、シルエットが変化したり、誰もが直面する問題です。だからって、おしゃれを諦めず、むしろそれを楽しんでいるようでもあるのが魅力です。老眼でメガネが必要になったとき、チャーミングにメガネを取り出す女優さんに出会って、それがきっかけでオシャレなメガネをプロデュースされたそうです。

また、便利で心強いアイテムも使います。眉ティントとか、アイテープとか、若い世代が愛用しているメイクアイテムもポンポン飛び出して楽しい! 眉ティントは、眉が薄くなってきた大人世代にも強い味方です。顔の印象の多くは眉といってもいいくらい、重要なパーツです。眉作りは入念に! 瞼が下がってきたなら、アイテープも役立ちます。二重瞼を作るテープですが、目じりに使うとたるんだ瞼もスッキリと。歳をとったからメイクも控えめに……じゃ全然ないのが嬉しい。チークも、高めの位置にガッツリ入れてもOK。顔色がパッと華やいで見えますし、頬の位置も高く見えます。また「赤い口紅」が様になる女性ってのは、ステキです。派手な色だと怖気ずに、自分に似合う色を探しましょう。

若い頃のおしゃれはゴテゴテとあれこもこれも全部盛りでもよかったし、お化粧もなんでもよかった。だけど、大人のおしゃれでは、シンプルだけど効果的なカラーを使うの、すごい楽しそう!

野宮真貴『おしゃれはほどほどでいい』挿絵イラスト

アイテム遣いがステキ!

お洋服のコーディネートも、シンプルでおしゃれなものを。巻末にはコーディネート例やメイク法などが少しだけ収録されています。願わくばもっとビジュアル資料があると嬉しい。そしてなにより、野宮真貴さんのお写真がもっと欲しい……(1枚だけデス)。

コサージュやブローチも、「ちょいダサい!?」と思っていましたが、上手に使えばワンポイントになってとてもカワイイですね。無地のトップスにポチッと一つ付けたいなあ。スカーフはここ数年じわじわと人気が続いています。上手にコーディネートに取り入れたいっす。カチューシャなんて、ピチカートファイヴの野宮さんのイメージだなあ。などと、読んでいるだけでワクワクするこの感じ。

「手に年齢が表れる」と言いますが、ならば「おしゃれな手袋をすればいい」と。なるほど! 目じりが下がってくるから、アイラインは太くキリッと描きましょう。年齢とともに、おしゃれの幅が広がってゆくようです。

「ほどほど」を続ける

本書『おしゃれはほどほどでいい』は、すでに自分のスタイルがあって、若いころからおしゃれを楽しみ続けてきた女性向けの内容です。これからおしゃれを始めようとする人には、全然「ほどほど」ではないと思われます(`・ω・´)>

また、野宮さんより年下世代も、こんなカッコいい年齢の重ね方をしている先輩がいるのは心強いものです。

野宮さんは本書内で「赤い口紅」が特別な存在として何度も紹介なさっていました。実は あさよるも、ここ数年、真っ赤な口紅を塗れるようになろうと模索しておりました。確か5年ほど前、デパートの化粧品カウンターで真っ赤な口紅を塗ってもらったときは、似合わなさ過ぎてゲラゲラ笑うしかありませんでしたww しかし、5年かけて少しずつ髪形や服装を変えて、今はかなり濃い色のリップも平気で使える感じになりつつあります。赤い口紅も、服装とメイク次第ではOK! 野宮さんも書いてらっしゃいましたが、大事なのは「靴」! これに気づくまでが長かったw

また、同じ「赤」といっても、似合う赤、似合わない赤があります。自分に似合う赤を見つけることと、赤い口紅が似合う服装、髪形、化粧、そして靴を用意すれば、誰でも赤は塗れる。塗りたいならね。

そう、おしゃれってあくまで個人の趣味だから、自分の好きなようにすればいい。着たい服を着て、自分らしい振る舞いができるのが、一番居心地が良いでしょう。



関連本

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『足もとのおしゃれとケア ~靴えらび・足の悩み・手入れのいろは』を読んだよ

足もとのおしゃれ、靴

足もとのおしゃれ、靴

「片足を突っ込む」「足を洗う」「足で稼ぐ」など、足を使った諺はたくさんあります。
「足掛け○年」という表現もあり、自分の意志のある行動を「足」に見ているのかもしれません。

値踏みされることを指す「足元を見る」という諺は、なんだか面白い表現です。昔、駕籠かきは客の足元を見て料金を請求しました。足が泥で汚れている人は、ここまでたくさん歩いて疲れているだろうから、少々高い料金でも籠に乗るだろう。反対に、足元がまだ汚れていない人は、あまり疲れていないから、高いと籠を使わないだろう。と、値踏みされるのです。「足元を見る」とは、実際に足元を見られていたんですね。
現代でも、やはりそのままの意味でも、足元を人に見られているものです。靴を見れば、その人がどんな人なのか、今日はどんな予定なのか予想ができます。ビシッとオシャレに決めていても足元が子供っぽかったり、見るからにサイズの合っていない靴だったりすると、どんな印象になるでしょうか。

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『禅が教えてくれる 美しい人をつくる「所作」の基本』を読んだよ

とても難しい「動かない」お稽古

能楽師の方たちは「動かない」ということをお稽古で身につけてます。能を「静」の世界だと言われる所以かもしれません。能は演目によっては、出演者は30分とか1時間と長い時間、舞台に出ずっぱりで、その殆どの時間をじっと微動だにせずに静止しています。「動かない」ことで、反対に一挙手一投足の動き一つ一つが際立ちます。客席の私たちでさえ、その緊張感をピリピリを肌で感じ、独特の格調高い雰囲気を作っています。

「動かない」というのは、とても難しいことです。体中こわばらせたり、体に力を入れながら、長時間もじっとしていることは不可能です。能楽師の先生に極意を尋ねたことがあるのですが、返答は意外なものでした。
「どこにも力を入れていません。全身脱力しています。だから何時間でも同じ姿勢でいられますよ」
さらに、力んでしまって上手く動けない私に、
「そんなに力いっぱいすると疲れてしまいますよ。体中の力を抜いて、楽になりましょう」
とアドバイスくださいました。

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『カラダが変わる! 姿勢の科学』を読んだよ

ゴジラ立ち、ティラノサウルス、ネコののびの姿をコピックで描いたイラスト

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ゴジラ立ち、ティラノサウルス、ネコののびの姿をコピックで描いたイラスト

以前、ネコを飼っていました。日がな一日、家の中で寝ているネコを、日がな一日、ひたすら観察していました。
私達にとって一番身近な生き物はヒトですが、ヒトをあまりジロジロと観察するわけにはいきません。ペットに買っているヒト以外の動物の方が、観察対象にしやすいようです。

うちにいたネコは気性が荒く、いつもよそのネコに喧嘩をしかけます。そのためなのか、肉体は常に鍛え上げられ、爪も磨き上げられていました。それはしなやかで、野生を感じさせました。
ネコがネコらしく振る舞い、鍛え上げられ磨き上げられた肉体は、荒々しく、美しいのです。

かつて恐竜は「ゴジラ立ち」だった

かつて恐竜図鑑には、のっそりと二本足で立ち上がったティラノサウルスのイラストが載っていました。長い尻尾は地面に垂れ、背中をヒトのように真っ直ぐに伸ばしガニ股で立ち上がっています。まるで怪獣のゴジラのような姿です。

昭和47年発行の『学研の図鑑 大むかしの動物』では、図鑑の冒頭で恐竜と怪獣の違いについて触れられています。ご存知のように、恐竜はかつて地球上にいた生物ですが、ゴジラはフィクションの存在です。
『ザ・ロスト・ワールド』や1980年公開『ドラえもん のび太の恐竜』でも、同じような「ゴジラ立ち」をする恐竜たちが登場します。かつては、このスタイルが恐竜の姿でした。

現在の恐竜の姿は大きく変化しています。ティラノサウルスは大きな頭を下げ、前傾姿勢気味に、長い尾をぴんと真っ直ぐに伸ばし歩きます。映画『ジュラシック・パーク』に登場した恐竜たちがそうです。

もうゴジラのように立ち上がっている恐竜のイラストや映像を見かけません。どうしてでしょうか。

巨大な生物ほどモデルウォークをする?

恐竜の姿は化石となって地中から発見されますが、骨の形の化石のみを集めても、その生物の生きていた頃の様子は分かりません。恐竜の姿が大きく変化したのは、例えば足跡の化石の発見です。
恐竜の足跡は世界中で発見されており、まるで一本の線の上をモデルウォークするかのように、真っ直ぐに二本の足で美しく歩いています。先のゴジラのような体つきではそのような歩行はできません。

『カラダが変わる! 姿勢の科学』によると、体の大きな生物ほど、足並みが美しく揃っているようです。
大きくて重たい体では、歩行をすると足を着地させるたび体に大きな負荷がかかります。体への負担を減らすため、足並みを揃え美しく歩くのです。

ゾウは、あの大きな体からは意外なほど、歩幅は小さく(と言っても私たちよりも大きい)、美しい足跡を残します。
ティラノサウルスはゾウよりも巨大です。
歩幅を均等に、一本の線の上を歩くかのように真っ直ぐに美しく歩行していたことは当然でしょう。

では、我々ヒトの歩行はどうでしょうか。

私たちヒトは巨大な頭を持っている

私たち人間は、ティラノサウルスやゾウよりも小さく軽量です。本来ならば、巨大な生き物ほど歩行や姿勢に気をつけなくても良いのかもしれません。

しかし、私たちはいつの頃からか二本の足で立ち上がり、直立し、歩き始めました。背中を伸ばし、首の上に頭を据え付けたことで頭蓋骨が大きく発達しても支えられるようになりました。二足歩行することで、二本の腕は自由になり、物を掴み、道具として用い、それらを改良し、手を加え、手で作業することが、脳を刺激し、更に脳を発達させました。
代償に、私たちは大きな頭を背骨のてっぺんに乗せていることで、首や腰、足に大きな負担を抱えるようになりました。ヒトにとって、肩こりや腰痛は常に悩みの種ですね。

私たちの体は巨大ではありませんが、ユニークな骨格を手に入れました。利点もありますが、ユニークさ故に骨格に負担もかかります。
負担を軽減するためには、巨体のティラノサウルスやゾウと同じように、私たちも歩行には注意が必要でしょう。

また、骨格を筋肉でグッっと支え上げることで関節や骨への負担を和らげられます。
ネコが自らの肉体を鍛え上げるように、我々もまた、肉体を鍛え上げる必要があります。

ヒトがヒトらしく、二本の足で歩き、自らの肉体を鍛え上げる姿は、荒々しく美しいのでしょう。

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『「体幹」ランニング』を読んだよ

マラソンのランニングのイメージをコピックで描いたイラスト

マラソンのランニングのイメージをコピックで描いたイラスト

もう10年以上前のことですが、うっかり足を滑らし、右太ももの怪我をしてしまいました。
骨折や外側の裂傷はなかったのですが、内出血で足が腫れ、しばらく毎朝病院へ通い、注射針で血を抜いてもらっていました。

あれから10年経ち傷跡など残っていませんが、怪我した箇所は触っても感覚がなく、冬場の寒さは古傷に堪えます。

歩く悪さの原因って…怪我のせいかな?

本当に一瞬のうっかりミスの怪我だったのですが、結構大きな怪我だったのかもしれません。
右の太もものの1/4~1/3、筋断裂しているようです。
あれ、これって大怪我じゃないの?と最近になって気付きました。

おかしいなぁと思ってたんですよね。
どんなに気をつけているつもりでも、右足がスポーンと飛んでいってしまうようで、特に疲れた時なんかは、とっても歩きにくく感じていました。

怪我の功名!?これまでスルーしてた分野に興味津々

右足の怪我が、歩き悪さの原因なのかどうかは、まだハッキリとは分かりません。
それ以外にも、姿勢の悪さや体力のなさ、そもそも歩くフォームの悪さなど、要因は複数あるでしょうから、一つずつ潰してゆくしかありません。

これまで、人間の肉体に関することや、スポーツや運動について、一切興味もなくスルーしていました。
しかし「歩き難い」という自覚が芽生えてから、「どうしたもんかなぁ」と頭をもたげ始め、スポーツやトレーニング関連の書籍に手が伸びる機会が増えました。

体幹を鍛え、重力や反発を利用してランニング

『「体幹」ランニング』を読みました。

「体幹ランニング」とは、足やお腹、背中、おしりなど大きな筋肉を鍛えることで体幹をしっかりさせ、更に、重心を前に倒すことで、楽にランニングをするそうです。
地面に着地する衝撃を利用し次の足を前に出し、体が前に倒れる力を利用して前へ前へ進みます。

少ない力でランニングが可能だそうで、同じように歩行も楽になればいいなぁと思いました。

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『ジョハリの窓―人間関係がよくなる心の法則』を読んだよ

コミュニケーションに必要な自分の姿を知るイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

コミュニケーションに必要な自分の姿を知るイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

「自分のことは自分が一番良く分かっている」と言う人がいます。
私も時々そう言います。

ですが、自分のことは自分が一番分かっていないのかもしれません。
自分の姿を、自分は主観でしか見れません。
それは、精神的なことではなく、物理的にも私達は自分の姿が他人からどう見えているのか分かりません。

自分の姿の客観視はできるのか

写真で撮ればいいじゃないかと言っても、そういうものでもないでしょう。
例えば、写真に写っているAという人物と、目の前にいるAという人物を、同一人物だとは認識できても、情報量も全く違いますし、生きて動いている人と、写真とは違うように思います。
自分自身の姿も同じではないかと思うのです。

鏡で見ればいいじゃないかと思うのですが、鏡では、自分の目で鏡を覗き込める範囲しか見れません。
ですが、私は他人を、その人の目の位置から見たことがありません。
あくまでも、他者は一歩引いた位置から観察していると考えていいのではないでしょうか。

唯一無地の私を知らない私

これは、とても恐ろしいことではないのだろうかと、たまに思うのです。
私だけが私を知らない。

私にとって「私」という人物は唯一無二のかけがえのない存在です。
私の居ない私の世界はあり得ません。
その私が、私のことが分からないだなんて。

4つの「ジョハリの窓」

「ジョハリの窓」という対人コミュニケーションのモデルがあります。
アメリカの心理学者ジョセフとハリーが提案したもので、二人の名前をくっつけて「ジョハリ」だそうです。

自己には4つの側面があります。
・自分も他人も知っている自分: 開放の窓
・自分は知っているが他人には知られていない自分: 秘密の窓
・自分は知らないが、他人は知っている自分: 盲点の窓
・自分も他人も知らない自分: 未知の窓

どの窓が大きく開いているかにより、自己や他者とのコミュニケーションが変わるのです。

特に、開放の窓が大きくなるほど、他人から自分のことが理解されやすくなり、円滑なコミュニケーションが期待できるかもしれませんね。

「秘密の窓」が大きいのかな?

私は、自分を振り返ってみると、もしかしたら「秘密の窓」が大きいのかなぁと思いました。
自分では、なにかを秘密にしたり、隠しているつもりはないのですが、「触れられたくない」「見せたくない」「知られたくない」と思っていることがあるように思います。

自分の考えや気持ちがこんがらがってしまうことも多々ありますが、こうしてカテゴリ別に分けてみたり、図解できることで、少し整理をしやすくなるかもしれませんね。

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『顔グセの法則』を読んだよ

目と眉の距離が近いと美人に見えるイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

目と眉の距離が近いと美人に見えるイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

突然ですが、以前から「目と眉を近づける練習」をしています。

世の美男美女と呼ばれる人々……モデルさんや俳優、女優さんの写真や動画を見ては、
「なんで女優さんはこんなに目と眉の間隔が近いんだろう?」
と羨望の眼差しを向けていました。

「それに比べ私は……目と眉が離れていて超間抜けヅラ!」
テレビの画面から目を離し、生まれ持った自分の顔を鏡で見ては落胆し、自分の運命を呪うばかりでした。

ですが、ある時から「もしかしたら練習すると目と眉の間隔って縮まるのかも?」と思い始めました。
これはやってみなければ分かりません。
半信半疑ですが練習を開始したのです。

表情豊かに動く眉……どうなってんの!?

それとは別に、私はここ10年位の間、眉を動かす練習をしていました。
「アメリカ人はたくさんの人種が集まっているから、意思疎通を取るために表情やジェスチャーを特に大げさにするんです」と昔、誰かに聞いたのです。
なるほど、そう言われて映画を見ていると、確かにアメリカ映画の俳優さんの眉はオーバーリアクション!
それ以来、洋画を見る時は俳優さんのクルクルと変わる眉の演技に夢中になりました。

特に、眉を左右別々に動かす表情に注目していました。
私の眉は、自分の意志では精々、眉間にしわを寄せたり、おでこを上にひっぱって、眉の位置を少し変えるくらいです。
映画俳優が特別に表情が豊かなだけでなく、これまで出会ったアメリカからの留学生の友人たちも、みんな表情豊かで、眉がよく動いていました。
日系やアジア系のアメリカ人もそうです。

表情が乏しいのは表情筋を使ってないから?

「日本人だから表情が乏しい」のでしょうが、生まれ持った要因ではなく、成長の過程で表情筋を豊かに使うか使わないかの差があるようです。
ならば、今からでも練習すれば、眉を自由自在に動かせるようになるんじゃないか?と思い、練習を始めました。

しかしこれがなかなか上手くいかない。
まず、どの部分の筋肉を動かせばよいのか分かりません。
筋肉は意識しながら使うことが大切らしいですが、自分の顔の筋肉を意識するのがとても難しいです。

どうやら眉を動かすには、おでこのや耳の周りや、こめかみあたりの筋肉を意識する必要があるんじゃないか?と考えています。

口角を上げる練習も苦戦続き……

そう言えば、下がりがちな口角を改善すべく、思いっきり口角を上げる練習もしていましたが、これも苦戦していました。

口角を上げるんて簡単なことのように思いますが、それまで使っていた筋肉で口を動かすには限度がありました。
それまでは、口を横に引っ張る筋肉で一生懸命表情を作ろうとしていました。
今、ニコッと笑うときは、頬の上、目尻あたりの筋肉と、顎のあたりの筋肉が意識できるようになりました。

まだまだ上手に口角を上げられないのですが、少しだけ前進した気がして自信が持てました。

そして…目と眉の間隔だって縮まるんじゃないの!?

そしていよいよ冒頭の「目と眉の間隔」問題です。

目と眉の間隔が狭いことが、美男美女の条件ではないかと仮定するなら、私だって目と眉の間隔が狭まれば、美男美女へ一歩近づくはず!
少しの希望を見出し、藁をも掴む思いで練習を開始したのでした。

しかしながら、これも苦戦に継ぐ苦戦!
目と眉を近づけようとすると、眉間にシワがよったり、目に力を入れてしまいます。
美人への道のりは遥か遠い……。

筋トレで顔が変わる?

重田みゆき先生がテレビでお話されているのを見る機会がありました。
そこでは、良い笑顔や表情を作るための顔のストレッチを紹介しておられました。
とても真っ当で納得できる理論をお話されており、重田先生の著書『一瞬の出会いでチャンスをつかんでいる人の顔グセの法則』を早速読みました。

表情や姿勢、発声を変えることで、就職を決めたり、彼氏ができたりと、重田先生自身やクライアントさんの成功体験がたくさん紹介されており、励みになる内容でした。

そして、テレビでも紹介されていた顔のストレッチも「顔トレ」と称され手順がイラスト付きで載っています。
この通りにやってみると、確かにこれまでとは違う表情が作れるようになりました。

表情が変わると、まるで別人に生まれ変わっちゃえるかも?

表情のバリエーションが増えれば、それだけコミュニケーションの幅も広がるでしょう。
他人からの評価も変わるでしょうから、自分自身も自信を持てたり、これまでと気持ちも変わりそうです。
自分に自身が持てるようになれば、自分の発言や行動も変わるでしょう。

「顔トレ」で顔も変わり、評価が変わり、気持ちも変わり、言動も変わる!
とても良いスパイラルが訪れるんじゃないかと思います。

私はこれまで、闇雲に眉を動かす練習や、口角を上げる練習、目と眉の間隔を近づける練習をしてきました。
だけど、この本を読んで、表情を変えようとしてきたことは、間違ってなかったんだと思えました。
しかし、闇雲すぎて成果が上がっていなかったので、今後はちゃんと、筋肉の付き方についても勉強しながら、筋トレを続けようと思います。

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『歌上手になる奇跡のボイストレーニングBOOK』を読んだよ

カセットテープをコピックマーカーを使って描いた手描きイラスト

「自分で自分の姿は見えない」という話題を先日ブログに書きました。
自分だけに見えない自分の姿を、オシャレに着飾るのはどういうことなのだろうと考えました。

他にも、自分では自分の様子が分からないものがあります。
それは「声」。

たまに、録音した自分の声を聞いて愕然とする……なんてこと、ありませんか?
自分の“体の中で反響した音”が自分では聞こえているため、自分が聞いている声と、録音した声が違うそうです。

カセットテープをコピックマーカーを使って描いた手描きイラスト

自分の声にいつまで経っても慣れない(;´д`)トホホ…

私は自分の声や喋り方があまり好きではありません。
気の利いたことも言えないし、後になって「なんであんなこと言ってしまったんだろう…」と落ち込むこともしばしばです。
喋ること自体に苦手意識があるのかもしれません。
自意識過剰なのは分かっているつもりなんですが、気になるものは気になっちゃいます。

自分では、複数の声色を使い分け、抑揚や声のトーンも臨機応変に切り替えている……つもりです。
ですが、録音された自分の声を聞くと、最初から最後までひたすら一本調子。
しかも、なんだかフニャフニャと力の入ってない喋り方で、子供っぽく不快に思います。

こんな不快な声を、周りの人たちはずっと聞いてくれてるのか……と感謝するやら申し訳ないやら……。

声が嫌いと言いながら、なにもしてこなかった

声質はもうどうにもならないと諦めるとして、フニャフニャ喋るのは改善したい!
以前からそう思い続けて入るのですが、具体的になにをすればよいのか分かりませんでした。
「この人いいな」って人の話し方をマネて喋ってみることもありましたが、なんだか「作りすぎ」な気がしてやめてしまいました。
ここでも自意識過剰なのかもしれませんね(^_^;)

ボーカルレッスンというのも、過去に何度か受けたことがあるんです。
先生が姿勢や息の使い方を指導してくださると、びっくりするような大きな声が出るようになって驚きます。
ですが、歌手になりたいわけでもないし、日常会話の発声のために、月ン万も支払いつづけるのはなぁ……と継続してのレッスンに至らず現在に至りました。
今、喋り方の改善に関して書き出してみると、「やらない理由」ばかり挙げています。
これまで、気になってると言いながら、特になにもやってこなかったんですね。

声が変われば人生が変わる!?

「奇跡のボイストレーニングBOOK」という本の中で「声をよくすれば、人生がかわる」という項がありました。

 人前での表現力がつき、コミュニケーション能力が格段に向上し、はっきりと自分の考えを伝えられるようになります。大勢の人の前でしゃべったり、討論したり、演説をするのにも非常に有利です。
また、気持ちや考え方が前向きになり、楽しく過ごせる友人が増え、ハツラツとした活力と自信にあふれた人生が送れるでしょう。
(弓場徹/2004/歌上手になる奇跡のボイストレーニングBOOK p.79)

この本の中では、喉の歌うときに使う筋肉を鍛えることが、ボーカルトレーニングになると書かれています。
喉の筋トレですね。
筋トレすると自信がつき、人前でも物怖じしなくなり、人生が変わると言われれば、そんな気がします。

また本の中では、正しい姿勢で、まっすぐと口を開け、顔や肩、下など、力が入り過ぎないように注意しています。
歌を歌うというのは、体全身の姿勢や力の具合の調整が必要なようです。

全身を使って歌声をよくするのですから、声のみならず、振る舞いや態度が変わるのも頷けます。

「やらない言い訳」から足を洗う時…

「自分の声が好きじゃないなぁ」という自分への不満からこの本を手にとっただけだったのですが、声を良くすることは、人生を変えることだと言われてしまうと、これまで通り「やらない言い訳」をしているわけにはいけません。

とりあえず、本に付属されているCDに合わせて「アー」「ウー」と練習を始めました。
かなり集中していないと、途中で声の出し方がわからなくなってしまうので、集中力の訓練にもなりそうです。

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