心理学

『人は見た目が9割』|言葉は7%しか伝わらない

こんにちは。あさよるです。長年ヘアカラーをしていたんですが、数年前にカラーをやめて黒い髪にしたところ、しばらくやたらと人に絡まれる機会が増えて困っていた。明るい色に染めていた頃はそんなことなかったのに、「髪色が変わると世界が変わるのか」となかなかショックだった。

それから時間が経ち、着る服や持ち物も一通り新しく入れ替わったら、また元のように知らない人に絡まれることはなくなった。明るい髪色から黒髪への切り替え途中、服装と髪形がちぐはぐだった頃に起こっていた現象ではないかと思っている。以前と変わったのは、小まめに美容室へ行くことと、襟のある服か、ハリのある服を着るようにしたことか。

「見た目で判断されるのね」と実感した経験だった。

人を見た目で判断するんがいいのか悪いのかわからないけど、パッと一目見た印象は確かにある。話しかけやすそうな人や、木難しそうな人。「第一印象を悪く持たれた」なぁと伝わってくることもある。いいのか悪いのかわからないけど、見た目が人間関係を左右しているのは、みんなが実感していることだろう。

言語7%、非言語93%

「人は見た目が9割と言いますし」と、よく引用されていたり、そういう言い回しが使われれているのを見聞きする。その元ネタ(?)になった新書『人は見た目が9割』は、読んでみると、想像していた内容と違っていた。

『人は見た目が9割』の著者は演劇の演出家で、演技でその役柄をそれらしく見せる「人の見た目」について精通している。本書でも、演劇で使われる「その人らしさ」のつくり方をもとに、「見た目」によって印象が変わり、台詞の意味が変わってくる様子が伝わる。

わたしたちは日々、人々とコミュニケーションを取り続けているが、「言葉」が伝える情報量はたった7パーセントしかない。残りの93パーセントは言葉以外の、非言語コミュニケーションによって情報が伝わっている。

本書では、顔の特徴(髭など)、アクション、仕草、目を見て話すこと、色やにおい、間・タイミング、距離感、マナー・行儀作法、顔色などなど、それらを「見た目」としてまとめられている。確かに、「見た目」が9割あると言われると納得できる。

役柄の説得力を増す「見た目」

『人は見た目が9割』って、もっとビジネス書や自己啓発本っぽくて、辛辣なことを書いてあるのかと思っていたのに、全然想像と中身が違った。芝居を長くやっているからこそ、人は人をどう見るか、どう見られているかについて研究がなされている。

お芝居はまさに「人の見た目」を最大限に利用しながら、現実には存在しない人物に肉付けし、立体的に作り上げる。そのためのノウハウとしての「非言語コミュニケーション」についての言及は、切り口が面白かった。

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人は見た目が9割

竹内一郎/新潮社/2005年

目次情報

はじめに

第1話 人は見た目で判断する

アクションは口よりも 言葉は七%しか伝えない 信頼できる行動 顔の形と性格の関係 髭はコンプレックスの表れ ソファーの隙間はなぜ気持ちいいか第2話 仕草の法則

自分の席から離れない上司 早口で声が高い人 なぜか百姓は東北弁 似たもの夫婦の心理学 頷き過ぎにご用心 オーバーアクションは薄っぺらい 足を大きく開く男 緊張のサイン サクラは三人以上必要

第3章 女の嘘が見破れない理由

「目を見て話す」のは何秒か 女の嘘はばれにくい 勘が鋭い女性とは 潤んだ瞳に注意 髪型の意図 可愛い女の子になる方法

第4章 マンガの伝達力

マンガの技法に学ぶ 構図のインパクト 内面を背景で表現する 読者に語りかける 絵で音を表現する コマのマジック タチキリ、見せゴマ

第5章 日本人は無口なおしゃべり

国境を越えるノンバーバル行動 二種類のノンバーバル・コミュニケーション 「語らぬ」文化 「わからせぬ」文化 「いたわる」文化 「ひかえる」文化 「修める」文化 「ささやかな」文化 「流れる」文化

第6章 色と匂いに出でにけり

色の力 マンガはなぜモノクロか 色のメッセージ 騒色公害 目立つ色、目立たない色 赤い公衆電話が消えた理由 荷物を軽くする色 色のイメージ 化粧が生む自信 日本のメイクは美を追求しない 匂いの力 匂いのない恋

第7章 良い間、悪い間、抜けてる間

タイミングは伝える 間の伝達力 相手に想像させる 観客は交流したい 「読み聞かせ」のコツ マンガにおける間 沈黙に耐える

第8章 トイレの距離、恋愛の距離

心理的距離は八種類 敵は真正面に座る 男子トイレの法則 リーダーの座席の 遠距離恋愛の法則

第9話 舞台は人生だ

外見は人格さえも変える 没個人になるということ 恐怖の表現する 相性のつくり方 暑いとき、人は興奮する

第10章 行儀作法もメッセージ

マナーというノンバーバル行動 応接室への案内 車の座席

第11章 顔色をうかがおう

表情の研究 笑いの伝えるもの 微笑みの持つ重層構造 男女の顔の違い 加齢の特徴 ポーズが伝える感情

あとがき 主要な参考文献

竹内 一郎(たけうち・いちろう)

一九五六(昭和三十一)年福岡県・久留米市生まれ。横浜国大卒。博士(比較社会学文化、九大)。九州大谷短大助教授などを経て著述業。『戯曲 星に願いを』で、文化庁舞台芸術創作奨励賞佳作、『哲也 雀聖と呼ばれた男』で講談社漫画賞を受賞(筆名/さい ふうめい)。

『シャーデンフロイデ』|ざまあみろ!人の不幸が嬉しい気持ち

こんにちは。えらそうばってる人を見ると、いじわるしたくなる あさよるです。自分のことを大きく見せようとしたり、上から目線な応対をする人を見ると、なんかこっちもトゲトゲした気持ちになっちゃう。ただ、相手の挑発に乗るのは、相手の思うつぼだったりする。本当は、スルーするのが大人の対応なんだろう。

他人の失敗や、他人の不幸を期待してしまう、喜んでしまう気持ちのことを「シャーデンフロイデ」と言うそうだ。今回読んだ本では「他人を引きずり下ろす快感」とも書かれている。

ドキッとする言い回しだけれども、多少なりとも誰もが持っている感情じゃないかと思う。

愛が人の不幸を喜ばす

「シャーデンフロイデ」とは、

誰かが失敗したときに、思わず沸き起こってしまう喜びの感情(p.14)

だそうだ。ネットスラングでいうところの「メシウマ状態」。他人の不幸は蜜の味。えこ贔屓されているあの子の化けの皮を剥がしてやりたい。いつも出しゃばる気にくわないアイツがポカをして穴を開けてしまう様子を見て「いい気味だ」とほほ笑む。

それは誰もが持っている感情で、本書『シャーデンフロイデ』では、脳科学的にその現象を分析してゆく。

シャーデンフロイデには、通称「幸せホルモン」「愛情ホルモン」とも呼ばれている、オキシトシンという脳内物質が関係しているらしい。オキシトシンは、人々が愛し合ったり、仲間を大切にしたい気持ちを起こさせるホルモンだ。男性よりも女性の方がオキシトシンが分泌されやすく、授乳中の母親が我が子を大切にするのにも、オキシトシンは重要な役割を果たす。

「愛情」と言えばポジティブな印象だけど、言い方を変えれば「執着」とも言える。母親は我が子に執着するからこそ、身を削ってでも子育てができる。仲間や恋人は、その人でなければならず、他の人じゃダメなのだ。

だからオキシトシンが分泌されると、子どもや仲間、パートナーを守るために、攻撃的になったり、保守的になるそうだ。素敵な恋人ができたら「その恋人を失わなうんじゃないか」と嫉妬する。あるいは、同僚に非の打ち所がないような素敵な恋人ができたら、あの人はどうやってそんな人と付き合ったのか、なぜわたしじゃなかったのか、と「妬む」。

ちなみに「嫉妬」と「妬み」は心理学的には別のものだそう。「嫉妬」は自分が持っている物を奪いにくるかもしれない人を排除したい感情。「妬み」は自分よりも良い物を持っている人に対して、その差を解消したい感情だ。「妬み」は、相手があまりに格上で足元にも及ばないとき、「憧れ」にも変わる。

シャーデンフロイデは、執着や嫉妬や僻みの発露だけれども、それは愛着や愛情、絆の裏返しだ。必ずしも悪いものではなく、人間社会には必要な存在でもある。

いじわるな自分に無自覚な人は厄介

シャーデンフロイデを感じない人はいないだろう。他人の不幸を楽しむのは品がいいとは言えないけれども、厄介なのはシャーデンフロイデに無自覚で、「自分はそんなものを持っていない」と否定する人じゃないだろうか。たぶん、本人は本当に、自分にはそんな邪悪な心はないと信じ切っているんだろう。だからこそ厄介だ。まだ「他人の不幸は蜜の味」と自覚的で露悪的な人の方が、話が早いだけにマシな気がする。

状況把握できるだけで

「最高の復讐は幸福になること」という言い回しがある。誰かのせいで自分が不幸になって破滅してしまうと、他人を喜ばせてしまうだけだ。自分が幸せになることが、一番人を悔しがらせることだから。それって、まさに「シャーデンフロイデ」。

自分の幸福になるために必要なのは、他人の悪口の輪に参加したり、イヤなヤツのことを思い出してイライラする時間ではないだろう。それは自分の時間=人生を他人に乗っ取られているのと同じだ。自分の時間は、自分の判断と決断によって、自分が采配することが、自分の幸せにつながっている。「させられる」のではなく、自分はどうするのかを考えるところから始まるのかもしれない。

あと、いじわるな気持ちになったとき「オキシトシン仕事してるなぁ」と思ってもいいだろうし、いじわるされたときも「ああ、シャーデンフロイデ」と心の中でツッコむのも、いいかも。よくわからない思いにとらわれるよりは、きちんと今の状況を言葉で認識すれば、理解が変わるだろう。

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中野信子さんの本

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【2018年】上半期のベスト記事!

こんにちは。あさよるです。いよいよ今年の総決算。今年よく読まれた記事を集計しました。上半期と下半期にわけてお送りいたします。

「この記事頑張って書いたもんなぁ」「この本良い本だったもんなぁ」という記事もあれば、意外な記事がよく読まれていたりして、毎年の楽しみでございます。

1.『美肌図鑑』/かずのすけ

2018.05.02 公開

今年一番読まれた記事は、化学者のかずのすけさんの本でした。ちなみに、下半期の1位もかずのすけさんの本だったので、注目の人!

『美肌図鑑』は女性向けの美容本で、なんとなくやっちゃっている美容法が、実は全くの逆効果! という、美容の落とし穴を紹介する本です。毎日、きれいになるために頑張ってるつもりなのに、そのせいで肌荒れやトラブルが起きているのは悲しいお話( ノД`)

ちなみに、かずのすけさんのお話は、ざっくり言うと「余計なことをしない」美容法です。あれこれといろいろ試してみることが、肌を痛める原因になってるんじゃないか。最低限のスキンケアでいいんじゃないかって感じですね。その考え方に共感するなら、かずのすけさんのブログもおすすめです。

2.『マイノートのつくりかた』/Emi

2018.03.02 公開

わたし「ノートづくり」が好きで、ライフログをまとめるためのノート術の本もよくよみます。『マイノートのつくりかた』は、いろんなできごとやメモを、ノートに順番に書いてゆくノート術です。そこへ、写真やショップカード、フライヤーなどもどんどん張り付けてゆくと、目にも楽しいノートができあがります。

『マイノートのつくりかた』では、著者のEmiさんのセンスが光っていて、とってもおしゃれなノートができあがっていてステキ。。

↓以下の記事では、この本を読んで触発されて、わたしもノートを書いてみた写真や、過去のノートたちを紹介する流れになって、個人的に思い入れのある記事になりました。

3.『仕事が速いのにミスしない人は、何をしているのか?』/飯野謙次

2018.01.29 公開

タイトル通りのズバリな内容。仕事が早いのにミスしない人は、どうやって「速さ」と「正確さ」の両方を実現しているのかを紹介する本です。通常、焦るとミスが出るし、丁寧にやると時間がかかります。相反する事柄を同時にやるのは、才能とかセンスではなくて、意外と地道な心掛けだった。

仕事の励みになる本でした。

4.『あなたを天才にするスマートノート』/岡田斗司夫

2018.03.12 公開

「レコーディングダイエット」がヒットした岡田斗司夫さんのノート術。レコダイと同じく、日頃からノートを使い記録を取ることで、思考を深めたり、モチベーションの維持に役立ちます。本書がおもしろいのは、ノートをとる習慣がない人のために、超初心者向けのノート術から、どんどんレベルアップさせてゆく手順が紹介されていること。

わたしも毎日、5行日記を書くようにしている。

5.『論理的思考力を鍛える33の思考実験』/北村良子

2018.03.27 公開

楽しみながら論理的な考え方に触れ、思考することの面白さを知られる本です。つい、わかりやすい回答のある話を望んでしまいがちだけど、実際にこの世にある問題は、解決策がなかったり、割り切れない問題ばかりです。「自分で考える」という習慣を意識して持っておく必要があるでしょう。

とまあ、難しい話はおいといて、本書はパラドックスや、直感的には理解しがたい確率の話など、面白い話題が詰まっています。

6.『「お湯だけ洗い」であなたの肌がよみがえる!』/高橋洋子

2018.02.14 公開

タイトルまんまですね。汗や皮脂、便など有機物は水溶性だから、基本はお湯で流すだけで汚れは落ちますよ~という本。気になる加齢臭対策についても簡潔にまとめられている。なんでも、加齢臭は汗をかいて約12時間くらい経つと、ニオイが立つそうだ。だから、朝ざっとシャワーを浴びるだけでも加齢臭対策になるらしい。

著者は眼科の医師で、患者さんの中に、洗剤で洗いすぎて、乾燥から目の不調を感じ、受診する人が増えていることがきっかけで、本書を出版なさったそうだ。洗いすぎな人が多いのね。

今年読んでよかった本のひとつ。

7.『人生を思い通りに操る 片づけの心理法則』/メンタリストDaiGo

 2018.04.04 公開

片づけ本はいろいろ読んできたけど、「やる気が出た本」は断トツでこれだった。「どうして片づけたいのか?」という初心を思い出させてくれるのだ。

部屋が散らかっているとロクなことがない。ものがすぐに見つからないから、同じものを何度も買い直したり、探し物が増えたり、お金も時間も浪費してしまう。部屋が散らかっているとなんとなく落ち着かず、パフォーマンスも落ちてしまう。

まんねり気味だったから、発破をかけてくれる良い本だった。

8.『大人になって困らない語彙力の鍛えかた』/今野真二

2018.02.15 公開

この本、「14歳の世渡り術」という河出書房のシリーズの本なんですが、結構難しい話題を扱っています。昨今「教養ブーム」らしくて、インスタントに教養を増やせるような体のエンタメが多いですが、この本は真面目な本です。

わたしたちが日常使う言葉には「話し言葉」と「書き言葉」があります。義務教育で習う言葉は、書き言葉に比重が多いので、話し言葉は自分で勉強しておく必要があります。また、それらを頭の中で切り替えながら、使いこなしてゆく訓練も大切です。

現役の生徒さんなら、本書で底上げを。そしてなにより、大人にとっても大事な力です。

9.『デカ目テクニック』/樋口賢介

2018.01.26 公開

『デカ目テクニック』の著者、樋口賢介さんのキャラクターにハマってしまって手に取った本でした。今年はテレビや雑誌にも登場なさっていて、ご活躍です。

「デカ目」といっても、化粧品で目を強調するだけではなく、そもそも体のむくみを取り、目の周りをスッキリさせ、目力を出す本格派。本当に、目そのものを大きくするテクニックなのだ。

樋口先生が登場しておられた雑誌も買って読みました(`・ω・´)b わたし、めっちゃ頭がむくんでるわぁ。

10.『1分間の心理革命。』/メンタリストDaiGo

2018.04.11 公開

たった1分あれば使えるような、すぐに使えるメンタリズムを紹介する本。「1分で自分を変える。」「1分で対人関係を変える。」「1分で仕事&勉強を変える。」「1分で恋愛を変える。」と、ヤバイ。完璧やん。

DaiGoさんの心理学を用いたテクニックは、提唱されてから時間が経って、それなりに信憑性の高いものが多いので、知っていてソンはないと思う。しかも、軽く読める内容になっていて、真面目にも読めるし、エンタメとしても楽しめるから、ちょいちょい読んでます。



『自分の顔が好きですか?』|人から愛される顔になる

『自分の顔が好きですか?』イラスト

こんにちは。あさよるです。「自分の顔が好きですか?」なんて質問されたら、どう答えるでしょうか。「YES」と即答する人って、どれくらいいるんだろう。
自分の顔だからこそ、愛着もあるだろうけれども、もっとここがこうだったら……と「欠点もよくわかってるよ」と言いたい人が多いんじゃないかと思う。

「人の顔」というのは、なにやら奥深いものらしい。『自分の顔が好きですか?』の著者の山口真美さんは、「日本顔学会」の役員をなさっている方だ。って、「顔学会」ってなんだ。「顔」というのは、特別なものらしい。

大事なのは「人当たり」

だけど『自分の顔が好きですか?』を読むと、自分の顔への不満はどうも勘違いというか、お門違いというかなんというか……わたしたちは「自分の顔を正しく見られない」らしい。そもそも、人の顔をじっと見つめていると、最初はちゃんと見えていても、数分もすると顔が歪んで見えてしまうようだ。よく学校の怪談話で、「肖像画が動く」みたいな話も、こういうところからきているのかもしれない。

さらに、自分の顔を見る時はいつも鏡越しだ。当然ながら、鏡で自分の顔を見ると、顔の左右が逆に見える。顔は誰しも微妙に左右差があるから、右と左の顔が入れ替わるだけでも、その人の印象を大きく変えてしまう。

人の顔を見つめていると、顔が歪んで見えてしまう上に、「自分が見ている姿」と「他人が見ている自分」が違っているから、自分の本当の顔を、自分では見られないのだ。

美男美女の苦労

美男美女に生まれた人は羨ましいなぁと思うけれども、彼らには彼らの苦労があるらしい。まず、顔が整っていると第一印象が良いから、「良い人」認定されてしまいがち。だからこそ、少しでも人の期待から外れるところがあるだけで、ギャップが大きく「やっぱり美人は性格が悪い」なんて陰口を言われてしまう。

美人ってだけで目立つだろうし、その界隈での有名人になってしまうと、みんなから一挙一動を観察され、余計に欠点が見つかりやすいのかもしれない。

羨ましい悩みにも思えてしまうが、人にはそれぞれ悩みがあるものなのね。

「愛される人」が良い顔

『自分の顔が好きですか?』イラスト

人の印象は、第一印象で決まると言われている。最初のパッと見たときの印象がその後の印象を作っているとも言えるし、その人の人となりは一瞬で相手に伝わっているとも言える。上っ面で取り繕ってるつもりでも、見透かされているのかもしれない(;^ω^)

人から愛される人、人気者になる人は、優しそうだったり、話しかけやすそうだったり、人と打ち解けやすい雰囲気を持っている。怖そうな人や、イライラしている風な人には、近づきたくないもんね。

美人不美人は生まれ持った才能なのかもしれないけれども、「優しそう」とか「声をかけやすそう」な人を目指すことは、今からでもできるだろう。それはきっと、今一緒にいる人や、これから出会う人たちを大切に、親切にすることかも。そう思うと、「自分の顔は好きですか?」という質問の答えも、少し変わってくる……のかな。

みんなだいたい同じ顔

ペンギンの雛たちがコロニーをつくって、親ペンギンたちがエサを運んでくるのを待っている……という様子を見聞きするたびに、「やっぱりペンギンも顔を見れば親子だとわかるのかなぁ」なんて思っていた。ペンギンなんてみんな同じ顔に見えるけれども、ペンギンからしたら、みんな違った風貌に見えているのかもしれない。昔、うちで猫を飼っていたけれども、たぶん同じような模様の猫が何匹もいても、自分の猫は一目見てわかると思う。「顔を見たらわかる」自信がある。わたしはペンギンは身近にいないから、みんな同じ顔に見えるけれども、飼い猫と同じように、ずっと一緒にいると見分けがつくんだろうか。

と、前置きが長くなくなったけれども、人間の顔も、わたしたちにとっては特別なものだから千差万別に感じているけれども、ペンギンと同じように、だいたいはみんな同じ顔だ。ごくわずかな差を見分けて、人を識別したり、その人の機嫌や気分を読み取っている。

このわずかな差を読み取るのに長けている人もいれば、苦手な人もいる。人の顔の見分けが得意なのは、意外にも赤ちゃんだそうだ。生まれたての赤ちゃんはまだ視力が良くないから、人の顔がわからない。生後10か月くらいの赤ちゃんが一番、人の顔の識別能力が高いそうだ。

「人の顔がわからない」と思っていたけれど……

わたしは常々、「人の顔を覚えるのが苦手」と思っていたけれども、それはどうやら思い過ごしらしい。本書でも、人の顔が覚えられない人のパターンについて触れられているけれども、わたしは「人の顔をちゃんと見ていない」タイプだ。日本人は人と話をするとき、目を見ずに口元を見ている人が多く、目を見る時は相手の感情を読み取ろうとしている時だそう。そういえば、わたしも人の口元に注目してる時間が長いような気がする。

あと、人の顔がわからないという人の中には、「だいたいは覚えているけれども、鮮明に思い出せない」という記憶の精度をより高めたいという、贅沢な悩みを持っている人もいる。わたしはこのタイプだろうと思った。

もちろん、脳の特性で人の顔が認識できない人や、人の顔に注目するのが苦手な人のもいる。いろんなパターンの顔認識について知ると、「人の顔を見る」という、いたって当たり前で、毎日毎日生まれてから繰り返し続けている行為が、実はとても込み入った、複雑な話だったことに気づく。これは面白い。

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『かかわると面倒くさい人』|いるよね、自信がなくて強がる人

こんにちは。あさよるです。人間づきあいというのは難しいものです。自分のワガママを通すのもいけないし、だからといって相手に言われるがままでもいけません。「対等に」てのが理想なんだろうけれども、なかなかそう上手くもいかない。二者間の人間関係も難しいのに、複数人でチームワークをするって、大変なことだ。

こう考えると、本人のいない間にみんなでその人について愚痴って、ハハハと笑ってお開きにするのが、ちょうどいいのかもしれない。ただ、わたしは変に潔癖なところがあって、そういう場に耐えられないんだけど。ということで、わたしもまた、チームにいると「面倒な人」の一人だ。

面倒な人はどこにでもいる

『かかわると面倒な人』は、どこにでもいる面倒な人の特徴が紹介される。本書では面倒な人が10タイプに振り分けられている。

  1. 過敏で傷つきやすい人――約束を断られると「嫌われたんじゃないか」と思ってしまう
  2. 強烈な比較意識をもつ人――勝手にマウンティングされたと思う
  3. 自己中心的で相手の心に関心がない――空気を読まず場を凍らせる
  4. 自己防衛意識が異常に強い――不必要な言い訳や「すみません」が多い
  5. 劣等感を隠しもつヒーロー――自分は正義の味方ぶって自己陶酔してる
  6. 自分の判断力に自信がない――どうでもいい手続きに異様にこだわる、自分で判断できない
  7. 自信がなく、甘えが強い――すねる、恨む、褒めて欲しい、察してほしい
  8. 「謙虚な自分」を売り物にする――「私なんか」と遠慮しつつ、内心は忖度を期待している
  9. 取捨選択ができない――話が長い、何が言いたいのかわからない
  10. 過去の肩書だけが自分の支え――対等に付き合えない、定年後もマウンティングおじさんに

どれも「いるよね~」と目に浮かぶ。

⑧の「〈謙虚な自分〉を売り物にする」人には、イジワルな気分になってしまう。彼らはわざと自分を卑下することを言って、「そんなことないよ~」を期待している。だからあえて「そうなんだ~」と言いたくなってしまう。

一方で、わたしの場合は③の空気を読まない「自己中心的で相手の心に関心がない」や、⑨の「取捨選択ができない」は、あんまり気にならないかも。こういうのは相性というか、自分がスルー出来る人と、ひっかかってしまう人がいるようだ。

相手から見ると自分も面倒な人

わたしは「強烈な比較意識をもつ人」「〈謙虚な自分〉を売り物にする」人や対しては、わざとイジワルな応対をしてしまうようだ(;^ω^) ……ということは、彼らから見ると、わたしは「かかわると面倒くさい人」ということになる。謙遜してるだけなのにマジレスしてくる「空気が読めない人」や「マウンティングしてくる人」ってことだ(;’∀’)

本書では10タイプもの「かかわると面倒くさい人」が登場するから、読者自身もどれかにあてはまるだろう。みんな、自分のことを棚に上げて「あいつは面倒くさいヤツだ」とやってるのだ。

面倒くさい人の性格や考え方を外部から変えるのはとても難しい。「あなたの○○が迷惑だ」と指摘しても、それが図星であればあるほど、相手の心は頑なになるだろう。それよりも、人の面倒くさいところを刺激しないようにそっとしておくのが、お互いに平穏に過ごせるだろう。

自分が自分にできることと言えば、自分の持っている劣等感を隠そうとしたり、強がって見せたり、自分を守ろうと先回りして面倒くさいことにならないように。劣等感は劣等感で、それを受け入れられるよう、気持ちを向けたほうがいみたい。難しいことだけどね。

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『「対人不安」って何だろう?』|誰だって自分のことが気になっている

こんにちは。あさよるです。ブログをもっと充実させようと、本の感想とは別に記事を書きたいなぁと思っておりまして、それに伴ってまずは自分の記録として「ブログと私」みたいなものが書きたいなぁなんて考えていた。わたしは「ブログ」が登場する前からWEBでホームページ作って遊んでたので、元々こういうちまちまとした作業が好きなんですね。一人遊びが好きなのは、集中して遊べるから。人と一緒だと、相手の集中力にあわせないといけないから、イーっとなってしまうw

人と一緒に何かをするのは、なにかと気を使うし、それなりにストレスにもなる。人間はナワバリ意識が強い生きものだなぁなんて思う。どんなに親しい間柄でも、適度な距離感ってのがある。

人間関係に悩むのは、この「適度な距離感」がなんらかの理由で上手く取れないときだろう。距離が近すぎても苦しいし、遠すぎても寂しい。もっと一緒にいたい人が、自分のことを親しく思ってなければこんなに悲しいことはないし、特に親しくもない人が自分を特別だと思っていたりすると、こんなに鬱陶しいものはない。これは難しい話だ。

いくつになっても、人との距離感に悩むんだろう。

人間関係には悩むものだ

10代というのは無駄に悩むものだし、悩むのが本業のようでもある。と、30代になった今なら思う。その当時は、そんな無責任なことを言う大人世代に苛立ったけれども。

だけれども、たぶん悩みの解決策や対処法を教えられたところで、当時の自分はそんなもの受け入れなかっただろう。だって、「諦める」とか「許す」とか「愛す」とか、まさかそんな当たり前で使い古されたような言い回しをされたって、そんなものに納得する10代がいたら、それはそれで嫌なもんじゃないか。

こと人間関係においては、子どもは不自由だ。そもそも自分の意志で決定できない学校社会に放り込まれ、そこには人を傷つけても平気な未熟な人間ばかりが待ち構えている。もちろん、自分もその中の一人で、デリカシーのない言動で自分も人を傷つける。成長過程で「こういうことは言ってはいけないものなんだ」と学んでゆくのだけれども、その過渡期はむちゃくちゃだ。

で、10代は悩む。仲良しの友だちと一緒にいるはずなのに、なぜだかとんでもなく疲れてしまう。楽しいおしゃべりのハズなのに、自分が仲間から浮いてるんじゃないかとか、言動がおかしいんじゃないのかとか、目線が泳いでることを変だと思われてるんじゃないのかとか、あれこれと考えていると苦しくて苦しくて……という渦に呑み込まれてしまう。誰だって、多少なりとも経験することだろう。

『「対人不安」って何だろう?』では、人の目が気になる人の特徴として、「自己モニタリング」機能というものが紹介されている。「自己モニタリング」とは、

他者の反応をみながら自分の言動が適切かどうか判断する能力と、適切な言動をとるために自分の言動を場にふさわしい方向へと調節する能力の二つの側面がある。(p.99-100)

とされており、人の目が過度に気になる人は「相手の反応をみる能力はあるのに、自分の言動を修正する能力が低い」とき「対人不安」になってしまう。つまり、いわゆる「空気」は読めるんだけど、うまく「乗れない」って感じだろうか。若い人が人間関係に悩みがちなのも、自己モニタリング機能が未成熟だからなのかもしれない。

こたえはなくてもいいのだ

『「対人不安」って何だろう?』では、人の目が気になる対人不安の特徴や、なぜそんな気持ちになるのか、どうして人の目が気になるのかと理由は解説されるんだけれども、肝心の解決策は載っていない。いや、正確に言えば、ズバッと解決策は載ってるんだけれども、悩みの渦中にいる人が、こんな答えでは満足できないだろう「解決策」なのだ。

というのはつまり、正論であり、当たり前の答え。「誰だって対人不安を抱えている」。人の目が過度に気になるのは、「自分にしか興味がない」ことであり、人のことを気にしている風でいながら、「他人に無関心な状態」だ。だからお互いに対人不安を抱えているんだから、お互いに「自分にしか興味がない」のであり、それは「他人は自分のことに興味がない」ということだ。だから、あまり気にしすぎても仕方がない。

年齢を重ねると、この説明はとても納得できる。他人は、逆に腹が立つほど、わたしには興味がないものだ。

「誰にも嫌われないようにしよう」と決めた頃

しかし、読者が気に入るような結論になっていないというのは、さすが10代向けの新書だけある。答えを教えるのは簡単だけれども、自分で悩むのも大事なことだ。

もちろん、あまりに対人不安が強すぎて日常に支障をきたすようなら、新書を読むよりも専門家に直接相談すべきだ。

わたしは10代の頃、とくに高校生くらいの頃は、「人に好かれたいと思うから苦しいんだ」と思い「好かれなくてもいいから、嫌われないようにすればいい」と考えた。当時はそれはすばらしい発想だと思ったし、今ではとても愚かな考えだと思うw 思い出すと恥ずかしい思い出の一つだ。

誰にも嫌われないとは、誰ともかかわらないことだ。まぁ、わたしの性格的にも人とベタベタ一緒にいるのは嫌いだし、なんかダラダラと用もないのに駄弁ったり、そういうの嫌だから、結果的に「ちょうどいい距離感」を取れてしまったから、悩ましいんだけれどもw

まぁ、嫌われないよに程々にやるのはいいけれども、やっぱり「誰にも好かれない」というのは、考えものだ。お互いに気が合って、心置けない間柄になれる人をもうちょっと積極的に探しても良かったんじゃないかと思う。

心が平和な「忙しい」

今は、「忙しい」というのは、なんて平和なもんかと思う。わたしの周囲にいる人たちは、みんな忙しい人たちばかりだ。仕事に打ち込んだり、趣味に励んだり、勉強に打ち込んでいたり、スポーツや音楽をやっていたり、週末休む間もなく、充実した時間を過ごしている人たち。彼らは余計な時間はないので、だいたい連絡も箇条書き程度で済ませたいし、約束も時間通りスタートして、用が済んだら早く解散したい。だって、ほかにもやりたいことが詰まっているから。

類は友を呼ぶというように、自分がそんな風に生きていると、周りもそういう人ばかりになる。というか、そういう人とじゃないと、お互いに一緒にいられない。

あと、わたしが居心地が良い関係性は、顔見知りで、たぶんお互いに存在は認識しあっているけれども、別に言葉も交わさない間柄。わたしは社会人学生もやっているので、たまに試験や授業に出席すると、そういう人に出くわす。「あ、あの人まだ頑張ってるんだな」と思うと、それだけですごく励まされてしまう。別に挨拶も特別しないけど、ものすごく影響を受けている。これが、わたしが見つけた答えの一つ。

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『一億総ガキ社会』|諦めないで、お客様

諦められない大人たち

『一億総ガキ社会』は、モンスターペアレントやモンスターペイシェント(患者)、引きこもりや「草食系」なんかの話を、心理学的なアプローチを交えつつ、社会問題を語ります。これらの社会的な「現象」は、元をたどれば同じ心理状態から発していると言います。それは「挫折ができない」ことです。

我が子を特別扱いするよう学校や教諭に求める親は、自分の子どもが「特別ではないこと」を受け入れられません。それを受け入れることは「自分が特別ではないこと」を認めるのと同意だからです。我が子の問題をなにもかも学校のせいにする親も、「自分の子育てに問題があった」ことを受け入れられません。

「草食系」という言葉が使われ始めて久しいですが、恋に消極的だと、恋に破れるリスクを回避できます。

学業や仕事で問題にぶち当たったとき、その責任を他者や社会に求める人もいます。「新型うつ」の傾向として、本人が何かを「挫折した」ものの、それをなかなか認められず、現実と理想のギャップに苦しんでいる場合があるそうです。その挫折は、左遷されたり、仕事が上手くいかなかったり、自分の頑張りを周囲が思うように認めてくれなかったり、問題は様々です。

諦めて大人になってゆく

「大人になる」とは、挫折を知り、諦めることが増えてゆくことです。反対に、子どもは無限の可能性と、全能感を持っています。若者は夢を追いかけて、努力をするものだし、何も始める前から諦めてしまうのもおかしな話です。

だけど、全員の夢が100%叶うわけではなく、多くの人たちは一つ一つと壁にぶつかり、諦め、身の丈を知り、自分のできること、できないことを受け入れてゆく過程に大人になってゆくと言えるのではないでしょうか。

ということは、「諦められない」現代人は、ずっと子どものままということ。子どものように諦めないことを推奨されているのに、現実には諦めざる現状に直面し、そのギャップが社会現象として浮上しているというお話。

「諦めないで」の苦しみ

「諦められない」理由は、「自分らしく」生きることが推奨されている時代だからでもあるし、また消費社会はお客様に対して「諦めないで」と発し続けます。

「諦めないで、英会話を始めましょう」「諦めないで、美容にサプリを飲みましょう」。自己実現のために仕事終わりに買い物や外食にお金を使い、帰宅後も自分磨きに時間を費やし、「自分へのごほうび」や、「自分の楽しみ」が必要です。時間もお金もいくらあっても足りません。サービスを提供する側は、そうやって消費を促しています。

「選択」と「決定」し続けること

自分らしく自由に生きてゆくとは、自分で「選択」し続け、「決定」し続け、その結果の「責任」を負い続けることです。自由に生きる、自分らしく生きることは、自分の責任のもと選択・決定をし続けることが大きな負荷となる人もたくさんいます。

自由に生きられる世界は、素晴らしい世界です。今の日本社会は、ほぼ人類の夢を叶えた世界なのかもしれません。自由に自分の生き方を選ぶことができ、医療が行き届き長寿になって、死はなるべく遠ざけられ、すごい世界に生きています。

先日、ジブリ映画の『かぐや姫の物語』の小説版を読みまして、かぐや姫が月の世界で罪を犯し、地球に落とされる理由を知りました。(以下、軽くネタバレ?します) 月の世界は悲しみのない幸福な世界です。だけど、かぐや姫は地上の人々が活き活きと生きる姿を見て「何か」を思うのです。その「何か」が彼女の犯した罪です。月の世界は悲しみがない……つまり死もなく飢えもない幸福の世界です。それは同時に、生もなくお腹が空かず、喜びのない世界でもあります。その幸福な世界で生きるかぐや姫が、地上の喜びを持って生きる人々…つまり悲しみを持って生きる人々を見て「何か」を思ったのですね。

かぐや姫の物語 (角川文庫)

幸せになるとは、退屈に生きることなんでしょう。あさよるも、自分の大切な人は絶対に、一瞬でも長く平たんで穏やかな気持ちでいることを願っています。波風はなるべくなく、いつまでも平穏でいて欲しいんです。それは「ずっと退屈でいて欲しい」という願いなのかも。

だけど実際には、理想と現実の間にはギャップがあり、「諦める」という手は封じられている以上、他人のせいにするか、他の何かに依存して気を紛らすしかなくなってしまいます。

「運がいい」「運が悪い」

ふと、『一億総ガキ社会』を読んでいると、現在のわたしたちは「運がいい/悪い」ということを、どのように受け止めているんだろうと感じました。

確かに、自由に生きるとは自己責任を負って生きる生き方なんだけども、どんな結果が待っているかは運要素も大きく関わっています。

『一億総ガキ社会』では、司法試験を何度も受験している男性が、想いを寄せていた女性が他の医者と結婚してしまい、その現実を受け入れられず「彼女はもうすぐ離婚して自分のところにやってくる。それまでに司法試験に合格しないと」と考えている話が登場します。これは恋が破れた場合の話です。だけど、恋が実ることもありますよね。自由に自分らしく生きる世界では、実った恋も自己責任(自分の成果)ということになるんでしょうか。

こと恋路に関しては、縁のものだし、タイミングもあるし、パートナーとして一緒にいられる期間が長いのか短いのかもあるし、それらは複合的に要素が入り組んでいて、大雑把に言うと「運」だと思うんですw

良いことも悪いことも、意図せずともそうなることが多々あります。「運」としか言えない、神頼みするしかないこともたくさんあります。それらをどう処理してるんだろう。たぶん「諦める」ことを認めるとき、「運」を受け入れることなのかな、なんて思いました。

「有難い」の反対は「当たり前」という話がありますが、恋が実るかどうかが自己責任の世界では、「恋が実って当たり前」という解釈になるのかな。

ちなみに あさよるも、初めて「カオス」という存在に触れたとき、理解の範疇を超えていて、ものすごく動揺しました。実際にカオスの実験も目にしましたが、心のどこにそれを持っていけばよいのか分からず、長い間そのまま棚上げしていました。やっと最近になって、なんとなく「カオス」ってこういうことなのかと扱えるような心持になってきました。

カオスから見た時間の矢―時間を逆にたどる自然現象はなぜ見られないか (ブルーバックス)

こう解釈できる

『一億総ガキ社会』も、具体的な解決策が出ないまま終わってしまいます。それは著者自身も現代を生きる人であり、子どもっぽく諦められない性質だと吐露されています。しかし、「自分はこういう状態にある」と認識できるだけでも、少し状況は変わります。実際に精神科医の著者のもとに訪れる患者さんは、自分の状況を理解するだけで、少しずつ好転してゆくそうです。

何もわからない状態は不安で、不安がかき立てられると自分を守るため攻撃的にもなってしまいます。何も解決していなくても、「知る」という行為だけで、「わからないという不安」は減るでしょう。

「諦められない」「失敗できない」現状はさながら、赤ちゃんが転びそうになれば大人が助けてやって、一度も転んだことのないまま子どもが育ってゆくような感じ。実際には、見るのは辛いですが、赤ちゃんは何度も転んで転んで、転んで起き上がる練習をしないといけません。ただ転べばいいってもんじゃなく、本書では

一)他人のせいにばなりしない
二)敗因を分析する
三)自分で起き上がる

p.247

と三つの練習が紹介されています。

あさよるにとって、本書で知れた一番の収穫は「あなたらしく」「諦めないで」というメッセージは「儲かる」ということ。そんな言葉で語りかけてくる人がいたら、その真意を探ってみるのは有効かも(苦笑)。

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『「空気」と「世間」』|世間様が終わり、社会・個人へ

こんにちは。あさよるです。先日読んだ『「生きづらさ」について』にて「空気を読んで自殺する」(自殺志願者たちが「もうすぐ自殺する」と宣言すると、周囲の人が「もうすぐ死ぬんだ」から「まだ死なないんだ」という空気に変わってゆき、空気に後押しされて決行してしまう)という表現がショックすぎて「空気」っていったいなんぞやと思ったのでした。

ちなみに あさよるは空気が読めないタイプです……というか、空気はたぶん誰よりもバッリバリに読めている方だと思うっているんですが、それに従うという気がさらさらないというか……(;’∀’) なもんで、「空気を読む」という重大さがよくわかっていなかったので、本書『「空気」と「世間」』を読みより理解ができたと思います。

「空気」は「世間」の時代からあるもので、今後より「社会」と「個人」への時代へシフトしてゆく中で、存在が変わってゆくのかもしれないと思いました。

「空気」の正体を知る

本書『「空気」と「世間」』では、今やだれもが日常で使うところとなった「空気を読む」という表現の「空気」について扱います。みんな「空気読めよ」という言い回しは使うけれども、誰もその「空気とは何か」を教えてくれません。

たぶん、「空気を読め」という言い回しは、テレビの、特にバラエティー番組で、多くは芸人さんたちが使っている言葉を、視聴者である大衆も使い始めたのでしょう。当然ながら、テレビ番組には全体の進行を仕切るすごい司会者がいて(明石家さんまさんとか、タモリさんとか、ビートたけしさんとか)、司会者が話を進めながら、的確に出演者に発言を求め、それに受け答えして番組は進みます。

もちろんテレビ番組には作家もいるし、編集もされているし、日常の会話とは全く違う非日常であり、テレビタレントさんたちは非日常空間での「空気を読む」能力が求められています。だから、日常の中で「空気を読め」と言っても土台無理な話です。そもそも、さんまさんやタモリさんのような、唯一無二な司会者なんているわけもないですから、だからみんな空気を読んでいても、結局グダグダになってしまう。

で、グダグダの最たるものが、教室内で順番に回ってくるいじめでしょう。別に全員が示し合わせたわけじゃなく、なんとなく空気を読んでいじめのターゲットが移ろってゆきます。そこに司会者はいないので、次は自分かもしれないと、ただただ空気に怯えているだけです。

本書『「空気」と「世間」』では、まずはその「空気とは何か」を知りましょうと呼びかけます。人間は知らないもの・わからないものは幽霊のように恐ろしいものです。だから、まずは知る。そしてできれば、その空気に殺されないよう対策を打てると尚良いでしょう。

「世間様」から「空気」へ

本書『「空気」と「世間」』では、かつて「世間」と呼ばれていたものが戦後だんだんと崩壊し、今やなくなりつつありますが、その「世間」がひょこり顔を出したのが「空気」であると考えます。

日本語には元々「社会」「個人」という言葉はなく、明治時代に外国から輸入した概念です。だから日本人は建前上「社会」という概念を持っていることになっていますが、本音の部分では伝統的な「世間」に属して生きています。表立ってはわれわれは「社会」に生きる「個人」なのですが、意識的には自分は「世間」であり、同じ「世間」で生きている人が仲間です。

だから日本人は、同じ「世間」の人には親切でとても興味を示しますが、「社会」の人には無関心です。よく「電車内で体の不自由な人がいても誰も席を変わらない」という現象が語られますが、別に彼らが悪人ではなく、多くの人は「世間」では良い人なのでしょう。だけど、電車内という「社会」が見えていないのだと言います。

日本で生まれ育った人なら、この感覚、わかるんじゃないかと思います。

しかし「世間」はなくなりつつあります。戦前の富国強兵時代は、産めよ増やせよで兵を増やし、豊かになることが「日本という世間」に参加することでした。しかし敗戦後、兵の数を増やす必要もなくなり、少子化が始まります。だけど、伝統がすぐになくなるわけじゃなく、戦後しばらくは「世間」が会社の終身雇用・年功序列に姿を変えて残りました。同じ会社の仲間が「世間」だったのです。

そして、今やその終身雇用・年功序列もなくなりました。「世間」はなくなる寸前なのです。また、グローバルな時代が始まり、日本以外の価値観や働き方に触れることで、「世間」ではなく「社会」に目を向ける人が増えています。

「世間」に帰りたい人・社会を見る人

「世間」がなくなりそうになると、「世間」があった時代を復活させたいと考える人と、「社会」に目を向ける人が現れ始めます。

ネット右翼と呼ばれる人たちは、保守というよりは「世間原理主義者」と本書では名付けられていました。みなの心には「古き良き日本」という形のないものがあり、そのどこかわからないところへ帰りたいのです。アメリカでも「古き良きアメリカ」への回帰を求める人たちが一定数いて、政治にも影響を及ぼし始めています。

ただ、日本人とアメリカ人の違いは、日本人には神様がいないことです。キリスト教徒たちは一神教の神様と個人が直接つながり、どんなときでも神様と対話して自分の行動を個人が決めます。しかし日本人には対話するような神様がおらず「世間」という神様に従うのです。

なのに「世間」がなくなってしまった。つまり、日本人は神を失ってしまったのです。心もとないのも仕方ありません。アメリカでも教会に行かない若い世代が増えているそうです。アメリカも今後、日本と同じ道をたどるのかもしれません。

「世間」から脱したものの、また別のより強固な「世間」が待っているのです。

孤立は孤独だ

「古き良き日本」という「世間」に帰りたい世間原理主義たちの気持ちもわからなくはありません。自分を保証してくれるものがなく、不安定だからこそ、人々を一つにまとめる(縛り付ける)「世間」があってほしいと願うのです。

本書でも、著者の鴻上尚史さんがイギリス留学時代に言語がわからず孤立して、その期間が長くなると精神的にもまいってしまい、偽善で声をかけてくる白人ですら嬉しかったと語っていました。誰だって孤立をすると孤独になるんです。孤立した人は「世間」というしがらみのあった頃に戻りたいと考える人がいてもおかしくありません。

しかし著者は「世間」ではなく「社会」に目を向けることで、より多くの人とつながれると書いています。世界中探せば一人でも理解者が現れるであろうし、できれば理解者は二人いれば良いとしています。二人いれば、片方が多忙でつかまらなくてももう一人の仲間がいるから心が穏やかでいられます。

「空気」は「変わる〈かも〉しれない」

わたしたちは「世間」という言葉すらあまり使わなくなりました。今どき「世間体が悪い」なんて言う人も減っています。代わりに「空気」が支配し始めました。「世間」と「空気」は同じような意味で使われますが、「世間」は絶対不変なものな感じがします。「世間」の前では理屈も通用せず、理屈がないから抗えないのです。

しかし「空気」は、なんとなく「今はこんな空気だけれども、これから変わるかもしれない」という淡い期待をはらんでいます。ただし、あくまで空気は圧倒的な存在で、個人が太刀打ちできるものではないのは変わりません。だけど「もしかしたら……」という一縷の望みを感じさせる言葉を用いることで、「実はしがらみのない社会へ行きたい」と願っていることもわかります。

ダブルスタンダードでいいじゃないか

本書『「空気」と「世間」』では、現在「世間」と「社会」のどちらかを1か0で選ぼうとしているけれども、どちらでもないダブルスタンダードでもいいんじゃないかとも語られています。

「世間」があった時代には「個人」もなかったんだから、昔の人は平気だったんでしょうが、今の我々は「社会」を知り「個人」という自己を持ってしまっています。一度「社会」と「個人」を知ったうえで、かつてのような「世間」に変えることはできません。

しかし、孤立し、神を失った人にとって「世間」がそれなりの役割を果たすこともわかります。

だから「社会」と「世間」のダブルスタンダードでもいいじゃない。

もし世間で居場所がないならば

本書の最後には、この本が、いじめで居場所を失った中学生へ届くようにと書かれていました。著者はこれまでにも、いじめに遭ったならば逃げなさい、死んではいけないと呼びかけてきたそうです。しかし、家にいても「学校裏サイト」があり、そこには自分の悪口が書かれ、24時間どこに行っても逃げられないと感じる子どもたちがいます。

だけどそれでも逃げろと呼びかけます。

学校・教室という「世間」では居場所がないかもしれないけれども、「社会」に目を向ければ、途端に世界中の人々が目に入るでしょう。「世間(空気)に殺されてはならない」のです。

「したたがない」はしかたがない?

本書にて「しかたがない」という日本語は英訳しにくいという話題が登場します。それに近い「It cannot be helped」という表現がありますが、実際にこの言い回しを使う人は少ないそう。「We have no choice」の「選択の余地がない」がギリギリ近いかと紹介されていますが、「考えられる限りの手を尽くしたけれども他にどうしようもない」とかなり能動的なニュアンスです。

「しかたがない」には受け身で無力感があります。

ベストセラーになったカレル・ヴァン・ウォルフレンの『人間を幸福にしない日本とうシステム』(毎日新聞社)の中の文章が、典型的な欧米人の見方を表していると思います。

「シカタガナイ」というのは、ある政治的主張の表明だ。おそらくほとんどの日本の人はこんなふうに考えたことはないだろう。しかし、この言葉の使われ方には、確かに重大な政治的意味がある。シカタガナイと言うたびに、あなたは、あなたが口にしている変革の試みは何であれすべて失敗に終わる、と言っている。つまりあなたは、変革をもたらそうとする試みはいっさい実を結ばないと考えたほうがいいと、他人に勧めている。「この状況は正しくない、しかし受け入れざるをえない」と思うたびに「シカタガナイ」と言う人は、政治的な無力感を社会に広めていることにある。本当は信じていないのに、信じたふりをしてあるルールに従わねばならない、という時、人はまさにこういう立場に立たされる。

p.44-45

「しかたがない」と口にする時、日本語話者はこんなこと考えてはいないんだろうけれども、西洋人が「しかたがない」を理解するためにはこれだけの説明が必要なのです。

あさよるも多分、元気いっぱいで、のほほ~んと本書を読んでいれば、本書に共感し、「世間を脱し社会に目を向けるべきだ!」と思ったかもしれません。

しかし昨日、台風の暴風雨により早々にテレビのアンテナが落ち、長時間の停電で「しかたがないから本でも読むか」と、寝転がって本書を読んでいました(災害時は体力温存しかできない)。外の様子が気になるし、「ああ、あれはこうしておけばよかった」と後から気づいても、「しかたがない」のです。

最大時の暴風がやや治まった頃(それでもかなりの突風が吹き荒れている)、両親がモメています。「外に出て様子を見る」という父と「余計なことをするな」という母が対立しており、二人とも「しかたがない」と言っています。父は「状況を見ておかないと、もうすぐ日が暮れるからしかたがない」と言い、母は「こんなに風が強いんだから、外に出られなくてしかたがない」と言っています。

あさよるも、アンテナや瓦が落ちて、もし近所の家や車を傷つけたら大変だと考えつつ(「世間」を気にしているのです)、だけど災害だから「しかたない」と思っています。

本書では、「世間」や「空気」に圧倒されなすすべもなく「しかたがない」と受け身にしかなれない日本人に対し「社会に目を向けようよ」と呼びかけていますが、「こう災害に出合うと無力感しかないし、しかたないと思うしかない」よなぁと、共感しきれない自分もいました。

「世間に迷惑がかかったら嫌だなぁ」と思いつつ、実際に声を掛け合い、うちのゴミを黙って処理してくれるのも「世間」なのです。こう災害が多くっちゃ「世間」がないとダメなのかもな、なんて弱気になってしまいました。

それでも「社会」に目を向けるんだろうか

ただ、本書でも災害ボランティアは「社会」であると紹介されていました。災害ボランティアに参加すると、お互いに打ち解ける間もないまま仕事が始まります。

日本でこうも災害が多く、世間では対応しきれない規模の災害が続くなら「世間」は「社会」を受け入れざるをえないでしょう。今も着々と、「世間」と「社会」は変わりつづけているのでしょう。

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メンタリストDaiGo『超時間術』|大丈夫、時間はある!

メンタリストDaiGo『超時間術』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。「あれしてこれして」と考えていたのに、ハッと気がつくと辺りは真っ暗、もう寝る用意しなくちゃ! ということがよくあります。有意義に休みの時間を使いたいのに、時間がたっぷり使える時に限って、時間の無駄遣いをしちゃうんですよね……。

ということで、メンタリストDaiGoさんの『超時間術』は読みたかった。メンタリストDaiGoさんの本は読みやすく、「おおお!がんばろう!」ってなんかヤル気になるので好きです^^ あと、DaiGoさんのYouTube配信も時々見ているので、本で追っかけられるのがいいですね。

時間は、ある!

メンタリストDaiGoさんの『超時間術』は、時間に追われる現代人にとって朗報でしょう。なぜなら「時間がない」のは錯覚で、実はわたしたちには潜在的に使える時間を持っていると知れるから。もし、なにかにチャレンジしたいのに「時間がない」と諦めようとしている人がいるならば、本書を読んでから考えてみても遅くないでしょう。

「多忙な人ほどゆったりとした時間を過ごす」という話は聞いたことがあります。多くの人は朝の出勤前の時間や、食事の時間にも追われています。しかし、目も回るような多忙を極める人ほど、朝にシャワーを浴びたりコーヒーをゆったり飲んだり、家族と食卓を囲んだり、仲間と食事を楽しむ習慣を持っているという話です。むしろ、そうやって気分の切り替えや、人生の優先順位がしっかりとれているからこそ、多忙な業務をこなせるとも言えるでしょう。

逆に、ダラダラと時間を過ごしちゃうほど、気持ちの切り替えもできず、なんとなく慌ただしく窮屈な気持ちのまま時間を過ごしちゃうのかも。

だけど大丈夫! 時間はある。その事実をまずは認識しましょう。現在、わたしたちは1970年代の頃よりも働く時間そのものは減っているそうです。つまり余暇は増えている。だけど、なぜか娯楽や趣味、レジャー等に使う時間も減っているそうで、同じことはアメリカでも起こっているようです。

著名な社会学者であるジョン・ロビンソン博士は、「アメリカ人はどのように時間を使っているのか?」を数十年にわたって記録し続けた結果、面白い傾向を発見しました。いまのアメリカ人の多くは、自分のことを「忙しすぎて時間がない!」と考えているのに、実際に働く時間は想像よりも少なかったのです。
具体的には、こんな数字が出ています。

・多くのアメリカ人は、「自分は週に60~64時間は働いているはずだ」と答えた
・実際に計算した1週間の労働時間は、平均44.2時間だった

なんと大半の回答は、実際の労働時間に対し20時間もの誤差がありました。博士の分析によれば、「自分は他人よりも働いている」と答えた人ほど、さらに誤差が大きくなる傾向があったそうです。

p.23

アメリカの面白い研究ですが、世界的にも同じような傾向があると指摘されています。さらにこう続きます。

言われてみれば、「時間がない!」と思っていたはずなのに、緊急で入ってきた用事ははぜかこなせてしまったという経験は誰にでもあるでしょう。

・急にトイレが壊れて水があふれた!
・転んで指の骨を折った!
・ずっと気になっている人から「会いたい」と連絡がきた!

そんな状況になれば、どんなに忙しかろうが、どうにか時間を作って修理業を呼ぶか、病院に駆け込むか、デートの場所に走り出すはず。やはり、あなたの時間は余っているのです。

p.24

確かに、急用に対応できないほど忙殺されているってことは、かなり少ないですね。優先順位が高ければ、緊急の要件であってもなんとかなっています。

ないのは時間感覚

本書では、まず「自分には時間がある」と認めるところから始まります。「忙しい」と言葉にするのをやめましょう。「忙しい」と発言した瞬間、意識が未来や過去へ向けられ、「今」に集中できなくなってしまいます。

そして、アレもコレもと目移りしている状況では、生産性が失われてしまいます。タスクを増やしやることを増やすと、逆に成果が減ってしまうとは皮肉ですね。「自分はなにをするか」を絞り込むよう書かれていました。

で、どうして私たちは「忙しい」と発言し、タスクを詰め込みすぎてしまうのでしょうか。本書では

大多数の人が「働くほど成果がでる!」といった思い込みをしている(p.47)

と触れられています。落ち着いて考えれば当たり前ですが、長時間働いても集中が続きませんから、効率が落ちてしまいます。それよりも短時間でメリハリをつけて働く方がよいでしょう。本書『超時間術』は「時間がない」と錯覚していた状態から、時間感覚を取り戻し、時間をコントロールできるようになるための指南書です。そしてさらにその先、「時間を捨ててしまう」ことが最終目的だそうで、これは身に着けたいスキルですね。

簡単に、本書で紹介されていた時間感覚の取り戻し方7つを紹介します。

  • ゴールコンフリクトを正す

ゴール(目標)がコンフリクト(衝突)しあった状態を解消します。ゴールコンフリクトが起こると焦ってしまい時間がなくなるので要注意。まずはコンフリクト・リストを作ります。

1.今の目標10個を書き出しす
2.その中から重要な目標5つを選ぶ
3.5つの目標の「障害」を書き出す
4.障害をコンフリクトのパターンに振り分ける

上記の手順で、コンフリクトを振り分けます。コンフリクトには、

・分かってるけどやらないコンフリクト
・思い込みコンフリクト
・無知コンフリクト

以上の3つのパターンがあるそうです。ここまで分けられると対策ができますね。

  • 時間汚染を防げ!

マルチタスクは生産性を下げます。本書では「ある作業からある作業へと注意の切り替えをするたびプレッシャーが増える」と紹介され、時間がない錯覚の原因になっています。これが時間汚染。脳のパニックを抑えるために、タスクの切り替えタイミングを決めておくといいそうです。

1.前もって決めた感覚で、定期的に2つの作業を切り替える(例:ひとつの作業を10分やったら2つ目の作業に移る)
2.自分の意志で自由に2つの作業を切り替える

p.80

気分でタスクを切り替えるよりも、タイマーを使いましょう。メールチェックなんかも、回数と時間を決めておきましょう。

  • 呼吸を変える

呼吸法で「時間が足りない感覚」はやわらぐそうです。「落ちついて深呼吸」はウソじゃなかったのね。

1.1から5まで数えながらゆっくり息を吸う
2.1から6まで数えながらゆっくり息を吐く
3.これを10回くり返す

p.91

深呼吸のスゴさが紹介されています。パニックになりそうなら、なおさら落ち着いて呼吸を整えましょう。

  • リフレーミング

嫌な状況を前向きに解釈し、ネガティブな感情に対応します。

1.時間がなくて焦りを感じたら、「自分はワクワクしているだけだ」と声に出してみる
2.同じセリフを3回くり返して、自分が言ったことを信じこむよう努力する

p.105

「不安になったら『興奮してきた!』と叫んでください」ともありました。身体にとっては、不安も興奮も同じ状況なんだそうです。

  • 親切

自分のために時間を使うより、他人のために時間を割く方が時間を有効に使えるそうです。ちょっと意外な話。心理学では「自己効力感」というそうで、「ヘルパーズハイ」という言い回しも使われていました。

  • スモールゴール

大きすぎる目標を立てるより、小さな目標を立てましょう。1日単位で目標を想像する方が「余裕のある時間感覚」が育つんだって。つい壮大な目標を立てて攻略していく方がスゴそうと思ってしまいますが、違うんですね。

  • 自然

実験で、「幸福な気分になる動画(群衆が楽しそうな表情で旗を振っている様子など)」と「壮大な自然の動画(滝、クジラ、宇宙など)」を見たとき、自然の映像を見たグループの方が時間を長く感じたそうです。自然は、わたしたちを日常からひと時だけ切り離してくれます。それが時間の余裕を生むのです。

まずは1分、自然の動画を見ることから。次いで15分自然の中でボーっとしてみる。ガーデニングもオススメされていました。

「時間がない」と諦めなくていい

メンタリストDaiGo『超時間術』挿絵イラスト

本書『超時間術』を読んでとても励まされたのは、「時間を理由にやりたいことを諦めなくていい」ということでした。みんなそれぞれに困難を抱えているでしょうが、それでも「時間がないから」という理由で諦める必要はないんです。短い時間であっても、思うように進められなくても「取り組み続けることができるんだ」というのは、大きな励みになります。

といっても、あさよるは実際に忙しいときよりも、時間に余裕ができた時の方がダラダラっと時間を過ごしちゃって、「気づけば夜中……」みたいなことの方が多いです(;’∀’)(;’∀’)

本書の中で、気分ではなく、タスクとそれに割り振る時間を決めて、タイマーで計った方がいいとありましたが、その通りだと思います。本当に忙しい時は、タスクと時間を切らなきゃ無理なのでそうしますが、時間に余裕があるとき程それをサボちゃって、結局なにもできていない気持ちになります(;’∀’)

「時間がない」のではなく、「時間を有効に使えていない」と考えた方が、対策が打てるので、結果的にできることが増えると思いました。

いつでもできる!

で、これから人生、どんどん生活環境が変化しても、この「時間を理由に諦めなくてもいい」ってのは励みになるだろうと思いました。あさよる自身はフワフワ地に足が着かずに生きていますが(苦笑)、高齢になってから新しく何かを始める方や、子育てや介護をしながら自分のやるべきことに取り組んでいる方もいます。そんな人の姿って、遠巻きに黙視するだけでも「がんばろう」と思わせてくれます。

この『超時間術』も、そういう気持ちになる本でした。それぞれ置かれた状況は違うでしょうが、自分の目の前のことに取り組みましょう。

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『皮膚は「心」を持っていた!』|好き嫌いも肌で感じてる?

『皮膚は「心」を持っていた!』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。『皮膚は「心」を持ってた!』とタイトルがなんだか非科学的な感じがしますが、読んでみると結構普通でした。理系とか医学系の本は難しいので読むのが大変ですが、誰でも読めるように噛み砕かれた内容です。また、多くの人が共感ができるような話題が扱われています。

本書では皮膚の感覚、触覚という、四六時中感じているけど、あんまり意識することのない器官が取り上げられています。皮膚感覚が無意識にもたらす効果を知ると、自分の感じ方、考え方も変わるかも?

皮膚は露出した「第二の脳」

本書『皮膚は「心」を持っていた』というタイトルはややミスリードを誘うような、煽りタイトルですが、中身はまともです(だと思う)。皮膚は「第二の脳」と呼ばれるくらい、生き物が生きるために重要な器官らしいのです。身体の中で一番大きな器官でもあります。

脳がとても小さい昆虫も、触覚の感覚を使って俊敏に行動します。あるいは脳を持っていない単細胞生物のミドリムシだって、体の表面に触れる外界を察知して動き回っています。皮膚は脳が生まれるよりもずっと前から、生き物が活動するために使われていたんです。

また、皮膚は音を聞いています。音は空気の振動ですが、聴覚では感知できない周波数の空気の振動も、皮膚で感じることができるのです。また、目を閉じていても「色」を感じることもできます。色は光の波長の中の可視光線を「色」と感じているので、皮膚は光の波長の違いを感じるんですね。赤外線は温かく感じるし、紫外線を受けると「日焼け」をするのも、皮膚が「感じている」証拠でしょう。

肌の感覚で快不快を感じている

わたしたちは快/不快を肌感覚で感じていると言います。心地よさなんてまさに「心」で感じているように思いますが、皮膚感覚が重要らしいのです。同じシチュエーションでも、温かなカップを持ってるときと、冷たいグラスを持っているときで、相手への好感度に変化があるそうです。もちろん、手が温かいときは相手への好感度が高く、手が冷たいと相手への好感度が下がります。

心理学では、サルの赤ちゃんを使った実験が有名です。サルの赤ちゃんを母親から引き離し、ワイヤーで作ったミルクをくれるママの人形と、ミルクはくれないけど布でできたママの人形を用意しするろ、子ザルは布の人形に愛着を示すそうです。つまり、「エサをくれる存在」よりも「肌触りがいい存在」の方に愛着を持つということ。人間の子育に当てはめるなら、赤ちゃんは「母乳をくれる母親」ではなく「肌触りがいいもの」や「優しく体に触れてくれる人」に愛着を示すということ。だから、父親や祖父母、保育士など、母親じゃない人だって、赤ちゃんに安心や愛着を感じさせることができるのです。

柔らかいものに触れると心が和らぐのは、大人だって実感があるでしょう。スヌーピーが登場するマンガ『ピーナッツ』に登場するライナスは、いつもお気に入りの毛布を引きずっています。その様子から、触っているだけで心が落ち着くようなアイテムを「ライナスの毛布」と呼ばれています。子ども時代に「ライナスの毛布」があった人は多いだろうし、大人になったって「ライナスの毛布」がある人も実は多いんじゃないかなあと思います。ちなみに あさよるは、洗濯してクタクタになったタオル地が好きです。

また、悪いことをしたとき、悪口を言ったらな口を、悪口を手紙に書いたら手を、洗ったりゆすいで清潔にすると罪悪感が減るそうです。朝、熱いお湯を目覚めのシャワーであびると気分が切り替わって、気合が入ったりもします。

皮膚は「心」を持っているというのは、言い過ぎではなさそうです。

「触れる」を上手に使えたら

心許せる人に身体を触れられると「オキシトシン」というホルモンが分泌されるそうです。オキシトシンは「愛情ホルモン」「幸せホルモン」とも呼ばれ、幸せを感じたり、ストレスが軽減されます。疲れたとき、エステやマッサージに行きたくなるのも、「人に触れられる」という行為そのものが、ストレス軽減につながるからでしょう。また、エステやマッサージでは、施術している人も、施術されている人に同調してオキシトシンが分泌されるそうです。家族や恋人など、近しい人同士でも、身体が触れ合うような習慣があると良いですね。

オキシトシンは女性のほうが分泌されやすいそうですが、オキシトシンは人の縄張り意識を高め、攻撃的にする効果もあります。子どもを産んだ母親は、オキシトシンにより幸せを感じる一方で、子どもを守るために「強くなる」んですね。

なもんで「触れる」というのは、上手に行えばストレス軽減し幸せを感じますし、下手に触れると不快感が増しイライラが募ります。好きな人に触られるのは気持ちいけど、満員電車の中で見ず知らずの他人と体を密着させるのはとても不快です。不快感を紛らすために、目をつむったり、スマホや本に目を落としたり、なるべく気を紛らす工夫をみなさんしています。

日本人はハグをしませんし、握手も滅多にしません。「触れない文化」を持っていると言っていいでしょう。「触れる」というのは上手に使えばコミュニケーションもスムーズになるし、自分自身のストレスも軽減されるなら、積極的に「触れる」関係を作っていきたいなあと思いました。もちろん、「お互いに親密だと思いあっている」間柄限定ですよ。

触れられることで「自分」を確認する

本書では、「触れる」ことは自己を形成するためにも重要だと紹介されていました。子どもの頃、人から「抱きしめらられる」ことで、安心と同時に「自分がここにいる」ことを感じるそうです。自分の存在を感じることは、自分と他人が別の存在であることを知ることでもあります。

本書では、幼少期に抱きしめられた経験が少なかったために、自分と自分以外の境界線が曖昧な人の例が登場します。自分の心に土足で上がり込んでくるような人を許してしまったり、断れずに相手の要求を呑んでしまったり、苦しい思いをした経験が紹介されています。世界と自分との境界線があやふやだから、自分の持ち物が否定されると、自分が否定されたように感じてしまったり、傷つかなくてもいいことで傷ついたり、拒絶してもいい場面で拒絶できなかったり、大人になってからも影を落としています。

人から「抱きしめられる」って経験は、想像以上に重要なものみたいです。もちろん先に紹介したように、「抱きしめる」存在は母親だけでなく、父親や祖父母、保育士など、どんな間柄の人でも同じです。子育てをするなら、母親以外の人にも抱きしめられ、安心できる経験を増やすよう努めると良いみたいです。

触れ合いは〈絆〉も〈束縛〉もつくる

スキンシップは夫婦・恋人同士や親子、仲間内の〈絆〉を深めるものなのですが、〈絆〉はお互いに〈束縛〉しあうものであることも忘れてはなりません。子どもは抱きしめることで安心を感じるのですが、思春期になっても、親が子ども扱いして身体に触れるのは、ご法度です。親離れをしようとし始める時期ですから、子ども扱いはやめましょう。しかし一方で、思春期とはいえど「甘えたい」という気持ちも同時に持っています。子どものように甘えさすのではなく、激励するように肩に触れるなど、スキンシップの方法を変えてゆきましょう。

欧米でも年月とともに、夫婦間のスキンシップは減っていくようです。なるべく同じベッドで寝たり、ソファに並んでくつろいだりと、同じ空間で、お互いに距離を縮めるような工夫を持った方がいいと紹介されています。

人に触れない文化だけど

『皮膚は「心」を持っていた!』挿絵イラスト

日本人はハグや握手をしない、スキンシップの少ない文化を持っています。そういえば あさよるも、人と触れ合うような経験って、電車の中で他人と密着する程度かもなあと考えて、「こりゃヤバイ」と感じました(;’∀’)

また、照れ臭くってスキンシップってなかなか取れなかったりするけども、恥ずかしがらずに「触れる」って大事なんだな。

まだ、肌の感覚って、見過ごしてしまいそうだけれども、自分の精神状態をつくるにも大きな役割を果たし得ていることも知りました。清潔を保つことや、気持ちのいい衣類を身につけること、座りやすい椅子を選んだり、「手ざわり」「肌ざわり」にもっと意識的にこだわってもよさそうです。

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『はじめての嘘の心理学』|嘘を見抜けば誰もが〈正直者〉

『はじめての嘘の心理学』挿絵イラスト

こんにちは。嘘をつくのが下手な あさよるです。より正確にいうと、嘘をついても途中で嘘の設定を守り続けるのが面倒くさくなって、投げ出しちゃうというのが正しいw 嘘はバレるというよりも、「嘘をバラしてしまう」という感じでしょうか。なので、なるべく嘘は言わないように気を付けています。まあ、正直にズケズケモノを言いすぎるのは、嘘つきよりも嫌われる気がしますが(苦笑)。

今回手に取ったのはゆうきゆうさんの『はじめての嘘の心理学』です。ゆうきゆうさんって、ネットでマンガを読んだことがありましたが、本で読むのは初めて。本書ではマンガは すぎやまえみこさんが担当なさっています。

3つの嘘ツキがいる

本書『はじめての嘘の心理学』では、人の「嘘」をテーマに心理学的なアプローチで、人の本音を探る内容です。言葉のみならず、ジェスチャーや姿勢などの非言語の情報も使って、心理学的に「嘘」を見抜いてやろうという試みなのです。嘘をついているとき、外見や仕草に焦りや後ろめたさが表れるそうです。手足の動きや視線、表情、姿勢、話し方をチェックしましょう。

ます「嘘」とは「だますことによって、ある目的を果たそうとする意識的な虚偽(真実ではないこと)の発言」と定義されています。嘘には3つの特徴があります。

1 虚偽の意識がある

虚偽とは「偽り(本当ではないこと)と意識的に真実(本当)のように見せかけること」をいいます。つまり、嘘つきは自分の話していることや書いていることが真実ではないと知っているのです。

2 だまそうとしている

本当ではないこと、事実とは違うこと、間違っていることを相手にしんじこませようとします。つまり、嘘つきは意図的・計画的に相手をだまそうとしている人のことです。

3 嘘の目的が明確である

自分が利益を得たり、悪口や避難から逃れたり、あるいは自分を守るためだったりなど、嘘をつく目的がはっきりしています。ただし、必ずしも自分の利益のためだけではなく、他人やグループ、集団のために嘘をつく場合もあります。

p.3

よって、勘違いや記憶違いなど、本人が真実だと思って言う嘘は、ここでは「嘘」には含まれません。本書では、意図的に「嘘」をつき、自分や自分の属する集団が利益を得るための嘘を見破るためのテクニックが紹介されています。

マンガと解説を、他人事のように笑って読もう

本書は一つの嘘のシチュエーションごと、見開き2ページで構成されています。見開きの3/2の面積はマンガと図解です。このマンガもコミカルで楽しいのが本書の良いところ。「ほうほう、こんな人いるな~」「ああ、この発言聞いたことあるー」と、自分のことを棚に上げて読むと楽しいものです。

反対に、自分の言動に当てはめた途端、冷や汗が……あさよるは、嘘をつき通すのが面倒なので、嘘はつかないように気を付けているのですが、自分でもなんだかよくわらない見栄を張ったり、意味のない嘘を言ってしまうことがあります。何かを「隠したい」という本音が無意識に働いているのでしょうか……。

また同時に、顔色一つ変えずに嘘をつく人や、完全に自分の都合の良いように記憶を改ざんしているとしか思えない人がたまにいますが、本書を読むと想像以上に「ヤバイ人」なのかも……と不安になってきました。嘘をつくと、なんらかの「後ろめたさ」が隠せないのが普通なのに、平然と嘘を吐き通せるって……。

嘘で本音がわかる

本書の面白いところは、「嘘」を扱っているのですが、その嘘が見破ることができれば、人は饒舌に「真実を語っている」ということになります。嘘は「騙されるから嘘」なのであり、騙されさえしなければ、相手は饒舌に真実を語る者のように見えるかも?

また、騙されやすい人も紹介されています。

  • すぐにその気になりやすい(話を真に受けやすい)
  • はっきり断れない
  • 「お得」に弱い
  • おだてられると嬉しい
  • 自分は騙されないと思ってる
  • 権威に弱い、ブランド物に弱い
  • 深く考えるのが苦手
  • お人好し、人を信じてる方が楽だと思ってる
  • 自信がない
  • 不安感が高い

自分が騙されやすい人に当てはまっているなら、自分に言い寄ってくる人は「騙そう」としているのかも? という警戒の仕方もアリでしょうか。

嘘はバレている

『はじめての嘘の心理学』挿絵イラスト

本書『はじめての嘘の心理学』を読んでわかったのは、「嘘はバレる」ということw ご自身に「絶対バレない」という自身がおありなら別ですが、そうでないなら、嘘は必ずバレていると考えておく方が無難そうです。なぜなら、嘘の事例がたくさん挙げられているんですが、どれも「見たことある」し「多分同じ状況なら気づくだろう」と思うものばかりだから。

また、相手を騙して自分の利益を得るための「嘘」には、「見栄」やコンプレックスを隠す嘘も含まれます。思わず見栄を張ったり、虚勢を張っても、やっぱり不自然だし、いつかそのうち相手に伝わっちゃうんじゃないかと思いました。なので、見栄やコンプレックスも、「相手にバレている」と考えておいた方が無難かも。

それを踏まえた上でも、嘘をついたり見栄や虚勢を張っちゃうのが「人情」ってもんですから、相手の嘘も多めに見るようにしようと思います。なぜなら、自分もまた誰かに多めに見てもらってるだろうから。

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