文化

「自分らしさ」ってなんだろう?『てつがくを着てまちを歩こう』

鷲田清一『てつがくを着てまちを歩こう』書影

この地球上に生きとし生ける生命は数あれど、衣装を身にまとって生きているのは人間だけです。「服を着る」というのは、人間の活動の中でも、とりわけ人間らしい、文化的な営みです。

その「服」を、流行りだから、トレンドだからと、ただ「みんなが着ているから着ている」ではいただけません。

本書が出版されたのは2000年。その前の90年代は、DCブランド主義の時代でした。誰でも彼でもシャネルやヴィトンの衣装に身を包み、ブランド物を集めるために人生を賭ける人さえたくさんいました。

ファッションってよく考えると、なんかヘン!

どうして、男性の服は女性も着るのに、なんで女性のスカートやリボンを男性がつけると「ヘン」なのでしょうか。

どうして女性はカラフルで鮮やかな服を好むのに、男性用の持ち物は地味なのでしょうか。

見た目で他人は「◯◯さんらしさ」を決めてきます。周りのイメージと、自分の自覚とがズレていて、苦悩することも多々あります。「らしさ」って、一体何でしょうか。

「自分らしさ」って、何でしょうか。

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『考古学の挑戦――地中に問いかける歴史学』を読んだよ

どんぐりのイラスト

どんぐりのイラスト

小学校へ入学してから学校で受ける授業の多くは、興味深く楽しく先生の話を聞いていました。

椅子に座っているだけで、次から次へと私の知らない、未知の情報を提供してくれるのです。
こんなに楽で良いことはないなぁと思っていました。
しかも、日本では小学校と中学校は義務教育で、誰でも教育を受けられるのですからすごい話です。

大人になると、なかなかそのような、座っているだけで他者が手取り足取り情報を提供してくれることはありません。
人に尋ねたり、足を運んだり、自分で判断をし、自分でアクションを起こし、自分で手がかりを得ていかなければなりません。

なんだか消極的?な「本を読む」理由

私は本を読むのが好きです。
好きな理由の一つは「読んでいるだけで知識が得れるから」です。
とりあえず、どんな書物でもページをめくり、端から書いてあることを読んでゆけば、何かしらの情報は得られます。
我ながら受動的で消極的な理由だなぁと思いますが、これが私が本を読む理由の大部分を占めています。

「自分に必要な情報だけを得る」とか「これは私には不要な知識だな」とか、判断なんてできません。
いつ何時、どこでどう何が必要になるかなんて分かりませんからね。

あくまで「今の自分にとって必要か、不要か」しか分かりません。
それに、同じことを同じようにしていても、何を学ぶかは自分次第です。

『考古学の挑戦』を読んだよ

『考古学の挑戦』は、一章ごとにテーマを分けて、6名の先生方が入れ替わり立ち代り考古学についてレクチャーをしてくれます。
岩波ジュニア新書なので、興味津々の小学生や中学生の好奇心を掻き立てるでしょう。
それぞれはサラッと誰もが読めるような柔らかいないように咀嚼されていますが、どれも専門的で長い年月を要して研究されてきたことでしょう。

そんな中身の濃い内容に、ページをめくるだけでアクセスできるのは、はやり読書の楽しみであり、すごさだと思います。
しかし、同じ内容の本を読んで、何を得るのかは自分次第です。

ちなみに私は、樫の木だけでなく、トチやブナなどの食用の木の実全般を「どんぐり」と呼ばれていたことを知りました。
そういえば、幼いころどんぐり拾いに精を出していましたが、形や大きさ色艶など、全然違う「どんぐり」を集めては、「なぜこんなにも見た目が違うのか」と不思議でした。
なんてことはない、複数の植物の木の実を総称して「どんぐり」と呼んでいただけなんですね。

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『ソクラテスの最後の晩餐―古代ギリシャ細見』を読んだよ

アテナイの学堂のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

アテナイの学堂のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

古代ギリシアについて書かれた本などを読んでいると、素朴で、野蛮で、どこかコミカルで、なぜだか爽やかな風が吹き抜けているようなイメージを感じます。
大らかで、やたらと美味しそうな食材をかきこみ、ワインを豪快に飲み、小難しい顔をして、議論を交わしているようなイメージ……。
このイメージは一体、どこで仕入れてきたものなのでしょうか。

壁画 『アテナイの学堂』に釘付け!

ルネサンス期の巨匠ラファエロが描いた『アテナイの学堂』というフラスコ画があります。
有名な壁画なので、本やテレビで見たことがある方も多いかと思います。
私も、本物は見たことがないのですが、この絵がとても好きです。

左右対称の構図でどっしりと構えており、当時最新の技法だった「一点透視法」でどこまでも奥行きがあるかのように描かれています。
アーチ状の天井のある建物内のようですが、明るく、とても開放的な空間です。
実際にアーチ状の建物の壁に描かれた絵画でなので、だまし絵のように見えるのかもしれません。

そこへ、たくさんの人々が描きこまれています。
描かれているのは古代ギリシア時代の哲学者たちです。

 アカデミックの一端に触れる!?

私はこれを見たび「すごくアカデミックな感じー!」と思い心奪われます。
私の「アカデミック」なイメージは『アテナイの学堂』なわけです。

そして、自分がアカデミックな学問に触れたとき、まるで自分も『アテナイの学堂』と地続きの場所にいるような気がします。
それは、絵の中に描かれているソクラテスやプラトン、アリストテレスなど、超絶歴史的有名が生きた世界の延長の、同じ地球の隅っこで自分も生きているんだなぁと、実感できるような気がします。

 日常で使う言葉にも、古代ギリシアの面影が

「アカデミック」「アカデミー」という言葉も、古代ギリシアの偉人プラトンに由来しています。
アテネの郊外「アカデミア」という土地にプラトンが学園を創立したことが由来です。

『ソクラテス最後の晩餐』ではプラトンの学園「アカデミア」での、学園生活や、婚姻、子育て、教育、徴兵、など古代ギリシア時代の風俗やお祭り、文化がたくさん紹介されていました。
途中、解説文から物語のような文体を交えながら、優しく噛み砕かれた内容でした。
普段あまり意識をせずに使っている言葉の中にも、古代ギリシアに由来する言葉や、諺などがあるようです。
古代ギリシアの文化は、ユーラシア大陸の端っこの列島までも、想像以上に大きな影響を及ぼしているのかもしれません。

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『美女の歴史』を読んだよ

女性的だと感じる化粧品のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

女性的だと感じる化粧品のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

美しさを保つ方向性として、健康で体を鍛え引き締まった身体を手に入れる方法と、化粧を塗りたくり着飾ったり、衣装により体のシルエットを隠したりする方法があります。
それは現在の美容感覚だけでなく、古代から続く質の少し違う「美」だそうです。

時代や地域によって、鍛えあげられた肉体が持て囃さていることもあれば、過剰なほど日焼けを嫌ったり、化粧や装飾を身につけることもあったそうです。
現在の日本では健康志向の人も多いですよね。

やっぱりスリムな女性が魅力的?

『美女の歴史』では西洋での美女の変遷を紹介されているのですが……。
どうやら古代から、スリムな女性が魅力的とされることがほとんどだったようです。

時代によっては「ぽっちゃり体型」が良かった時代も少しはあるようですが、かなりの短い間。
スリムを通り越して、病的なほどやせ細ったり、青白くやせ細った女性を良しとする時代すらあったとか。

むしろ、現在が一番、ガッチリやムチムチが許容されていているのかもしれません。
ファッションやメイクにしたって、こうでなければならないって縛りは緩いですからね。

やはり、どの時代もスリムな女性が魅力的なのでしょうか。

ダイエットへの決意……?

鍛えあげて磨き上げた肉体でもなければ、塗りたくって着飾ってアラを隠せるテクニックもない私……。
やはりここは、減量しつつ身体を引き締めてゆく必要を突きつけられた気がします。

美女への道のりははるか遠いです……。

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