文化人類学

『精霊の守り人』|守り人シリーズ第一作。謎、バトル、ファンタジー

こんにちは。今年は小説をしっかり読みたい あさよるです。

10代~20代半ばくらいまで、物語しか読まない人だったのですが、読まなくなっちゃうと、流行や話題の本にも疎くなってしまいました。

テレビで、綾瀬はるかちゃん主演のドラマ『精霊の守り人』の宣伝をよく見ていて、なんかカッコいい雰囲気に惹かれていました。

児童文学が原作だと知り、さっそく読み始めたのでありました。

あらすじ

老練な女用心棒バルサは、新ヨゴ皇国の二ノ妃から皇子チャグムを託される。精霊の卵を宿した息子を疎み、父帝が差し向けてくる刺客や、異界の魔物から幼いチャグムを守るため、バルサは身体を張って戦い続ける。建国神話の秘密、先住民の伝承など文化人類学者らしい緻密な世界構築が評判を呼び、数多くの受賞歴を誇るロングセラーがついに文庫化。痛快で新しい冒険シリーズが今始まる。

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「精霊の卵」を体内に宿された皇子チャグムは、皇帝が自らの威厳を守るため、幼い命を狙われます。

短槍使いのバルサは、チャグムの母の命令でを、チャグムを命がけで逃がします。

精霊の卵とはなんなのか?

一国の建国神話や、地域の伝承を集めていくうちに、卵の正体、そしてチャグムの運命が暗示されてゆきます。

児童小説なの?

『精霊の守り人』は、1996年に発表された児童小説です。

…といっても、これ、子ども向けなの?とびっくりしてしまいました。

著者の上橋菜穂子さんは文化人類学者でもあられます。そのせいなのか物語中の民話や伝承、そして物語世界に生きる人々の風俗も、なんだか本当にそんな世界が存在するようです。

そして、「謎」。

チャグムが持つ不思議な力は、物語冒頭から示されますが、些細なものです。しかし、お話が進むごとに、その描写に意味があることに気づきます。

チャグムの体内にあるという「卵」。その卵を抱えて守っているチャグムこそ「精霊の守り人」です。

その精霊とは、どうやら水の精らしいのですが……。水の精を狙うモノや、皇帝からの刺客が入り乱れ!

バトル要素、謎解き要素、魅力的なファンタジー世界、力強いキャラクターたち!

入り組んだスト―リーに、えええ!?これが児童文学なの!?大人でも十分面白いんですけど!

オモロー!

運命に翻弄され、運命と生きる人びと

あさよるが、『精霊の守り人』っていいなぁと感じたのは、登場人物たちが、それぞれの運命のなかできちんと地に足をつけて生きていることです。

皇子の身分から一転、逃亡生活が始まったチャグム。

幼いころに父を亡くし、短槍術を使い用心棒をしているバルサ。

物語の主役である二人も、抗えない運命に翻弄されながらも、それでもしっかりと立っている。

運命に逆らうでもなく、運命を受け入れるでもない。

荒波の中で、しっかり生きる人びとの描かれ方が、すごくいいなぁと思いました。

シリーズ全10作なんだって

NHKのドラマにつられて読み始めたのですが、すごく面白い本に出会ってしまったー!

あさよるはこの『精霊の守り人』を全然知りませんで、「守り人シリーズ」なるものがあるようです。

本書『精霊の守り人』一冊でも完結しているのですが、この語、バルサとチャグムの物語は続くそうです。

ちなみに、バルサが主人公の作品は「守り人」、チャグムが主人公の作品は「旅人」です(と、wikiにあったw)。それら併せて「守り人シリーズ」と呼ばれ、全10作。

プラス、短編集が2作。

読みたいっ!!ヽ(=´▽`=)ノ

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池上彰『学び続ける力』を読んだよ

池上彰『学び続ける力』書影

読書、あるいは勉強というものは、実は役に立たない事のほうが多いです。現に私たちは小学校を6年、中学校に3年間も義務教育を受けているのに、社会生活で実際に使う知識はわずかです。その後、高校へ進学する人が殆どで、さらに大学や専門学校へ進む人たちもいます。
はたして、学んだことのどれだけが「役に立っている」のでしょうか。

最近、内堀基光『「ひと学」への招待―人類の文化と自然』という本を読んでいました。「ひと」に関する物事を紹介する内容なのですが、一口に「ひと」と言っても様々な切り口が有ります。動物としてのヒト、社会の中の人、感情を持つ人、言葉を操る人、など「人間に関することすべて」ですから、内容もそれはそれは幅広い。
それでも、語り尽くせない「ひと」の一面を知れる、良書でした(が、内容が濃すぎて大変だった)。

そしてこの本は、読んでも多分「役に立つ」本ではないでしょう。別に、人類学のことなんて知らなくても生きてゆけますし、これを読んだからってお給料が増えるわけでもありません。時間の無駄だと言われてしまえば、その通りだと思います。

しかし、私はこの本を読んで良かったと思っています。
「私って一体なんだろう」と抱え続ける問いへ、考える指針のようなものがチラリと見えた気がしました。そして、私が持っている「一人ぼっちで寂しい」という気持ちも、少しだけ「置き場」を見いだせた気がしました。
だけど、あくまでも、問いの答えが載っているわけでもないし、寂しさがなくなったわけではありません。ですので、即効性もなければ、一生そのままでしょう。

池上彰『学び続ける力』の中で、こう書かれていました。

本を読むということは、言ってみれば、ザルで水を汲むのに似ているということだな、と自分なりに解釈しました。
読んだそのときは、なるほどと感心するけれども、すぐに水(知識)はザルの目の隙間からこぼれてしまいます。つまり、忘れてしまうのです。でも、大量に本を読んでいれば、ザルでも大量に水を汲んでいれば、少しは水がたまります。読書の役割とはそういうものかもしれないと思いました。

―池上彰『学び続ける力』(講談社,2013)p.149

悲しいかな私たちはどんな知識や経験もどんどん忘れてゆきます。少なくとも私は、常に頭を動かし続けないとあっと言う間に何もかも忘れてしまいます。忘れないように必死にノートにメモを取っているのですが、すべてを書き写すことは決してできず、みるみる身体から消えてなくなってゆきます。

それがとても悔しくて、とても残念でたまりませんでしたが、池上さんの仰るように「ザルで水を汲んでいるのだ」と思えば「じゃあ仕方ないよなぁ」と思えます。そして必死の形相でザルで水を汲んでいる姿を想像すると、とても滑稽です。なんだか愛すべき人情じゃないかと思いました。これからもどんどん、ザルで水を汲むのみです。

最初に、勉強の殆どは役に立たないと書きましたが、私は違う意味では、勉強の全ては役に立つとも考えています。相反することのようですが、「役に立つ」とはどういうことか。「役に立たない」とは何かによって変わるのです。
今日勉強しても、明日の仕事を早く終わらせたり、来月の給料をアップさせるなど、短期的な役には立たないことがほとんどでしょう。しかし、長期的に「豊かに生きる」とか「人を喜ばせる」とか「幸せを感じる」とか、人生をかけた、一生の仕事には、何かしらかの影響があるように考えています。
まさに、何十年もザルで水を汲みつづけたら、そこそこの量になるのではないでしょうか。

そんな一見ムダな、今すぐに役に立たないけれども、あったらいいものを「教養」と呼ぶのでしょう。なので、「教養のある人」というのは、余計なことばっかりしている人です。余計なことばかりするから、大変非効率な人物でしょう。
しかし「余計な」「非効率な」「役に立たない」ことって、とても楽しい。
ゲームをしたり、絵を書いたり、歌ったり、部屋に花を飾ったり、どれも無駄なことです。だけども、それこそ人間らしい「ひと」の営みではないでしょうか。

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