日本史

『龍の棲む日本』|国土をぐるっと囲む龍が守り、災いを呼ぶ

こんにちは。あさよるです。『龍の棲む日本』は以前からおススメされていた本。あさよるの最近の関心事、漢方とか、鍼灸、ツボとか、風水とか、そのへんのことをゆるっと時間をかけて拾っていたのですが、『龍の棲む日本』も一つ、新しい視点を得たような読書でした。

一冊の本が論文のような構成ですので、かいつまんで説明するのは難しいのですが、Interesting なんです。その熱やテンションが伝われば~!

〈日本図〉を読む

〈国土〉とはそもそも〈大地〉であり、そこで人間は歴史を生み出してきました。国語辞書的には、国の統治が及ぶ領土、土地、ふるさと、仏語と少なくとも4つの意味があるそうです。〈国土〉といえば地図帳の測量された地図であり、科学的に日本地図を完成させたのは伊能忠敬が知られています。

んじゃ、伊能忠敬の地図が作られる以前、日本人はどんな〈国土〉を見ていたの?てのが本書のテーマです。

資料として「大日本国地震之図」と「金沢文庫〈日本図〉」という地図がカラーで掲載されています。興味のある方はググってくだされ~。どっちも面白いし、「大日本国地震之図」は目で見て超カッコいい代物。真ん中に地図らしきものがあり、その周りを龍がグルっと囲み、自分の尻尾を自分で咥えているのです。「金沢文庫〈日本図〉」は地図の半分だけ残されていて、西国の国々の地名が記されておりその周りを何やら細長い鱗のあるものがグルっと這っています。龍の胴体で、きっと失われた東国の地図の報に頭と尻尾があり、パクっと咥えていると想像できます。

龍と国土と天災と蒙古

本書は、日本の国土をグルっと取り囲む龍の図を読み解いてゆくことで、日本が『龍の棲む日本』であることを確認してゆきます。龍とは龍穴を通じて地下で繋がっており、国土を守る一方で、地震や天変地異を引き起こす存在でもあります。

蒙古襲来時「悪風」を吹かせたのは龍の姿になって現れた諏訪大明神だったという。日本の危機を救った龍。龍の棲む「龍穴」は国内にたくさんあり、「龍」のつく地名も多い。

龍という概念が見えるかも

龍とか龍穴、地脈なんて言葉を聞いたことがありますが、『龍の棲む日本』を読んで、「龍」と呼ばれる〈なにか〉の存在がおぼろげながら感じられた気がします。なにか、とてつもなく大きな〈力〉がうごめいている。しかし目には見えない、認識できない、ってところでしょうか。

あさよる的には、一年以上かけて荒俣宏さんの『帝都物語』を読んでいたので、嬉しい内容でした。『帝都物語』は東京の街は平将門の怨念を封印するために設計された街であり、封印を解いて東京を破壊しようとする加藤が、封印を解き龍神を目覚めさせようと画策するスリリングでバトルありのファンタジー。まだ最終巻に到達していませんが、なかなか面白いのでオススメ。

帝都物語 第壱番 (角川文庫)[Kindle版]

帝都物語 第壱番 (角川文庫)[Kindle版]

  • 作者:荒俣 宏
  • 出版社:KADOKAWA / 角川書店
  • 発売日: 2012-10-01

もし、東洋版「マインクラフト」があったら……

『龍の棲む日本』を読んで和製「マインクラフト」を想像してみました。「マインクラフト」とは日本では「マイクラ」と略されて呼ばれるゲームで、世界のあらゆる構成物が立方体のブロックでできており、それらを採掘したり破壊したり燃やしたり組み立てたりして自然を開拓してゆくゲームです。

常々、世界観が西洋的だなぁと思っていたのですが、もし東洋版「マインクラフト」があったら、地面を掘っていたら龍穴が開いていて気脈が通っていたり、なにがのブロックに触れると全く違う場所で水が溢れたり、順番に杭を打っていくと大地が動いたりとか、そんなことが起こるのでしょうかw

オリジナル「マインクラフト」では、どうやら災害が起こらないみたいで、どんな建築をしても大丈夫。宙に浮いていてもOKだったりするので現実味がありませんが、災害の多い場所に住んでいる身からすると「積みあげたものが崩壊しない」という世界観は、異質に思えます。

こんな「もしも」の話を空想するにも『龍の棲む日本』は面白かったです。

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『犬たちの明治維新 ポチの誕生』|犬もハイカラに文明開化をしていた

犬たちの明治維新感想-ポチ

こんにちは。昨日は『イノベーターたちの日本史』という近代日本を牽引したリーダーたちの本を読みました。そこから、明治ってどんな時代だったんだろう?とまたもや書棚を漁っていると、目を引くタイトルが。その名も『犬たちの明治維新』……これは、気になりすぎるでしょう!

あさよるは一応、幕末・明治維新ファンを名乗るときが時たまあるのですが、犬の明治維新を扱っている書物は見たことなかった!本書を読むと、例えば江戸へ向かう坂本龍馬の脇を犬がワンワン吠え続けていたのかなんて考えると、なんかイメージ変わるぅ!

『イノベーターたちの日本史』|近代の日本をイノベーションしたサムライたち

イノベーターたちの日本史

イノベーターたちの日本史

  • 作者:米倉 誠一郎
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 発売日: 2017-04-28

激動の時代の犬たち

『犬たちの明治維新』では、タイトル通り明治維新という時代の転換期に、犬がどのように扱われてきたのかを紹介します。歴史とは人の営みに注目することが多いですが、人と共に生きた犬たちを通して、近世から近代への移り変わりを見てゆきます。

欧米人が見た日本の犬

日本に開国を迫ったペリーは、日本からの献上品の中に犬があり、アメリカに日本の犬を連れ帰ろうとします。残念ながらこの犬たちは旅路の途中で死んでしまったようですが、ペリーの日記にも残されています。日本側の資料では、いつ犬を渡したのか記録が残っておらず、なんで犬がペリーの船に乗り込んだのか分かりませんが、日米の送り物として扱われているんですね。

その後、外国へ渡った犬たちもいます。彼らは先々で愛されたようです。ちなみに日本の犬とは狆(チン)。白黒の小さい犬のチンです。

後に日本に上陸した外国人たちは、日本の犬に悩まされ続けます。犬たちはテリトリーに入ってきた見知らぬ人物を見て吠え続けるのです。犬たちの執拗な追跡から逃れると、また次のテリトリーの犬たちがやってきます。村から離れホッと一息入れようとすると、草陰から野犬たちが……。そして、江戸の街は夕方になると犬たちの遠吠えが響き渡り、外国人たちには異様に映ったようです。また、日本の犬たちは人を怖がらず、石を投げようとしても逃げません。欧米の犬とは違った様子に、犬の習性ではなく人の振る舞いが犬の性格を決めていたようです。

ちなみに、欧米の犬は人の顔をペロペロ舐めますが、日本の犬は舐めなかった。当時の日本人は顔をなめくる犬が珍しかったよう。

里犬たち

現在のような飼い犬は欧米式で、かつては「里犬」「町犬」という犬がいました。里犬・町犬とは、誰が飼っているわけでもないけれども、村の誰かから餌をもらって村に住んでいる犬。村に村人といっしょに生活をしているのです。里犬の仕事は、見知らぬ人が村へ入ってくると吠えること。そして、子どもたちと遊ぶことです。村の一部として犬がいたんですね。日本に上陸した欧米人たちを悩ませたのはこの里犬です。

そして、里犬ではない野犬は、野生の犬で、自分で狩りをして動物の肉を食べています。

明治維新以前の日本の街、村の様子を語るとき、「里犬」「町犬」の存在が重要ですね。村の一部として、人の生活に溶け込んでいた存在です。

飼い犬になった犬たち

明治になると、里犬も野犬もいなくなります。首輪に名前を書いている犬以外はみんな殺処分になったからです。誰かの飼い犬だった犬と、可哀想だからと誰かが名前を付けた里犬以外は、いなくなります。その理由は、狂犬病の対策でもありますが、文明開化で欧米式の生活を明治政府が導入したからです。人々の生活が変わってゆく中で、犬の運命も変わりました。

そしてこのとき犬に名前がつきました。それまでの犬は、アカとかクロとかシロとか、毛の色で呼ばれて区別されていたようですが、個別の名前を付けられたのです。名付けされることで〈村の一部〉だった犬は、〈人の所有物の犬〉となりました。

ポチとはハイカラな名前ナリ

さて、犬の名前といえば「ポチ」です。さてさて、「ポチ」の語源とは?

明治時代、犬の名前といえば「ポチ」か「カメ」だったそうです。「カメ」は、アメリカ人が犬を呼ぶ時「come here!」と呼ぶことから「アメリカの犬はカメと言うのか」ってな具合ですねw

じゃあ「ポチ」は?こちらは諸説あるようで、引用します。

「英語のスポッティ説」「英語のプーチ説」「フランス語のプチ説」「日本語のぶち説」「ぽち袋(祝儀袋)のぽち説」「ポチポチでんなあ、のぽち説」「小さい点を意味するぽち説」「点々を意味するぽち説」といろいろあって、「チェコ語でも犬をポチといいますよ」とか「ポチって猫の名前じゃないの?」とかいう意見もある。それぞれの見解がそれなりに興味深い。
日本語の辞典としては最も詳しい小学館『日本国語大辞典』第一版(一九七五年)はポチの語源についてまったく触れていないが、第二版(二〇〇一年)で次のように書いている。

(イ)英語でspotty(ぶち犬の意)(ロ)米語でpooch(俗語、犬の意)(ハ)フランス語でpetit(小さい意)からと諸説ある。

p.299-300

著者・仁科邦男さんは「patch説」を提唱する。パッチワークのパッチです。

三省堂『和英大事典』(明治二十九年、メール新聞主筆ブリンクリーほか編)でやっとそれらしい「パッチ」が見つかった。これはヘボンの『和英語林集成』以降も、最大の和英辞書で「我邦古今の語を網羅し、これを英訳を下したるもの」と諸言に述べられている。

Buchi ぶち、斑 異なった色の斑点がある(with patches of different colour)。まだら。色を違える。白黒まだら。Buchi neko斑猫。

三省堂『新訳和英辞典』(明治四十二年、井上十吉編)では、さらに簡単明瞭になる。

Buchi (斑) Patches

p.309

著者は、ポチの語源は「ぶち」を意味する英語「パッチ」に間違いないと断言しておられるが、いかがでしょうか。みなさんも一緒に悩んでみませんかw 著者も述べているように、ポチの語源説はどれもそれっぽいのですが、決め手がない。そういう意味では、「パッチ」と「ポチ」は似ている……か?

そう言われて英語音声を聞くと、「ポチ」と聞こえる気もするw

「ポチ」というのは非常に和風な響きかと思いましたが、語源に英語やフランス語、チェコ語説まであって、ハイカラな名前だったんだなぁと感心しました。

今の犬とは違う犬たち

犬たちの明治維新感想-ポチ

明治維新の頃の犬たちの様子を知ると、現在身近にいるペットの犬とは全然違うことに驚きます。人をペロペロ舐めるというのも欧米からもたらされた犬の習慣(?)だということですし、なにやら犬の素振りが違います。日本の里犬たちはペットではなく、街や村の中の構成要因として生きていた印象でした。人の生活を彩るもの、愛玩要素はなくって、人と協力して、その土地に溶け込んでいるような。子どもたちと遊ぶのが仕事だというのも、すごい。犬が子育ての一端を担っているなんて。

そして、アカやクロやシロやクマや、いわゆる雑種の犬って、昔よくいましたが、今もう見かけないですよね?彼らはどこへ行ったんだろう。紹介したように、明治になって飼い犬以外がみんな殺処分になり、日本の犬は激減し、生き残ったのはごく一部。その生き残りの犬たちも、いなくなっているんだろうか。

日本人の生活が欧米化したことで、犬の性格、性質、働きまで変貌してゆく様子は、まさに人と共に生きるパートナーなんだなぁと感じます。

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『イノベーターたちの日本史』|近代の日本をイノベーションしたサムライたち

こんにちは。幕末~近代史が好きな あさよるです。本書『イノベーターたちの日本史』はたまたま日本史・近代史の棚で見つけまして、次の瞬間手に取っていました。当初あさよるの予想では、戦後の本田宗一郎や松下幸之助やの伝記なのかと思って読み始めたのですが、内容が全く違って、面白い!近代の日本を動かした人々でありながら、あまり知られていないであろう人物が次々と紹介されています。昔も今も、スゴい人がいるもんだ!

日本史のイノベーターたち

本書『イノベーターたちの日本史』は、日本の近代に活躍したイノベーターたちを紹介します。本書で触れられるのは高島秋帆、大隈重信、笠井順八、三野村利左衛門、岩崎弥太郎、益田孝、高峰譲吉、大河内正敏など。知っている名前の方も、初めてお目にかかる方もいます。なかなか日本史の教科書には登場しない面々も、とんでもなく凄い人!

日本にも歴史の中にイノベーターはたくさんいるし、リーダシップを持った人もたくさんいました。「日本人はイノベーションを起こせない」「日本人にはリーダシップがない」というのは誤りであることがわかります。同時に、アヘン戦争の頃から新興財閥が成立するまでの激動の時代に生きたイノベーターたちの話が扱われており、激動のどうなるのかわからない時代だからこそ、優秀な人たちが群がり出てきたのかなぁとも思います。

アヘン戦争から新興財閥の成立まで

知られていない歴史的人物たち

先にも触れましたが、本書に登場する人たちはアヘン戦争から新興財閥成立の頃までのイノベーターたち。

高島秋帆は幕末の砲術家で、開国後、海防の重要性を説きました。膨大な西洋知識や物品を各藩に転売、コピーを販売するなどで利益を上げ、その利益でさらに新しい武器や洋書を輸入し、事業を拡大させた、企業家的な側面を持った人物です。大隈重信は貧しい士族階級に生まれ、蘭学・英学を学びます。ついに大隈は新政府の中枢に抜擢され、キリスト教をめぐる外交折衝を処理したことで、外務官僚へと姿を変え、更に外交から財政問題に着手しました。笠井順八は、小野田セメントという日本で初めての民間セメント企業を山口県に設立しました。当時のベンチャーだったセメント製造企業のリスク分散のため、株式会社形態を採用しました。デフレに見舞われながらも、小野田セメントは残ります。三井財閥を動かした三野村利左衛門、益田孝、三菱を創設した岩崎弥太郎、世界的科学者、起業家である高峰譲吉、大河内正敏は華族出身で理研の所長に就任し、理研の財政基盤の確立しようと、自由な研究ができる環境づくりをする。

登場する人々は近代のすばらしいイノベーターでありながら、あまり名前の知られていない人物が多く、多くの人にとって興味深い内容ではないでしょうか。

感想のようなもの

あさよるは、自称「幕末・明治維新ファン」だと名乗ることがあるのですが(たまにね)、存じ上げない方々が多く不勉強を恥じ入りました。あさよるが知っていたのは、岩崎弥太郎、益田孝、大隈重信くらいかな?

本書は偉大なイノベーターたちの経歴や仕事を丁寧に追ってゆき、日本が近代化されてゆく様子は、読んでいて非常にワクワクする。こんな大きな転換期に生まれた人たちもいたんだなぁなんて。同様に、現在とは社会が違いますから、同じことはなかなか起こらないのかなぁと、平穏であることを喜びつつ、非凡な存在に少しだけ憧れてみたり。

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『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』|地味すぎ!長すぎ!日本の大混乱!

こんにちは。とある歴史同好会に所属していた あさよるです。その同好会はかつて活発に活動していたそうですが、あさよるが入会した頃には、会員の高齢化により座学ばかりの会になっていました。講師を招き、延々と推古天皇の時代から南北朝時代くらいまでの歴史を、各時代の天皇を見ながら講義を聞きます。で、南北朝時代が終わると、また推古朝へ戻り、グルグルとひたすら同じ講義を聞き続けるものでした。

これが、面白い。不真面目な会員であるあさよるは、一回聞いてもサッパリわかりません。それを何度も何度も同じ話を聞くことで、少しずつ「あ、その話前にも聞いたなぁ」「その人知ってる」と、記憶に残っている自分に気づくのです……すぐ忘れるけどねてへぺろ(・ω<)

で、少し前から『応仁の乱』が話題なのをご存知でしょうか。あさよるはTwitterでよく話題に上っているのを見ましたし、リアル書店で平済みしているのをみて「……マジか」と驚きました。応仁の乱……さっぱりわからなくないですか?なんで売れるの?歴史クラスタ以外の人まで話題にしてるお!

これ、マジメなやつや!

早速『応仁の乱』を数ページめくり、あさよるは悟った。「これは……マジメなやつやないかー!」てっきり、なんか面白おかしくユーモアたっぷりにややこしい時代を語る切り口の本かと思い込んでいました。だって、なんか〈地味すぎる大乱がなぜかブーム!〉みたいな広告を見たぞ!そういうノリかとオモタ。

しかし、マジメな本ですが、読みやすい文体で、どなたでも読める本じゃないかと思います。

応仁の乱、もちろんご存知ですよね?え?あさよるは……名前は知ってますけど……(;’∀’)>「京都の人が〈前の戦争〉というと応仁の乱のことやから( ー`дー´)キリッ」というネタはたま聞きます。うん。それ以上の知識が全くない応仁の乱!

たぶん、多くの方があさよると同じような感じじゃないかと思います。

人間関係がややこしいし、やたら長引くし、なにより地味だし、年頃の青少年たちがワクワクする感じではないのは確かっすな。

応仁の乱が不人気の理由……

応仁の乱は応仁元年(一四六七)から文明九年(一四七七)まで一一年にわたって繰り広げられた大乱である。室町幕府の八代将軍足利義政には息子がいなかったので、弟の義視を後継者としたが、その直後に義政の妻である日野富子が男児(のちの義尚)を出産したため、富子は我が子を将軍にしようと画策、折しも幕府の実権を握ろうとして争っていた細川勝元と山名宗全の両雄がこの将軍家の御家騒動に介入したために応仁の乱が勃発した……というのが一般的な説明である。しかし、この通説に対しては批判も多く提出されており、応仁の乱の原因として他の要素も指摘されている。
応仁の乱勃発当初は京都のみが戦場であったが、やがて戦乱は地方に波及し。全国各地で合戦が行われた。これだけ大規模で長期にわたる戦乱なのに、大名たちが何のために戦ったのか見えてこないというのは不思議である。劇的で華々しいところがまるでなく、ただただ不条理。これが応仁の乱の難解さ、ひいては不人気につながっているんだろう。

p.ⅱ

応仁の乱が、知名度のわりに中身が知られていない理由。それは〈ただただ不条理〉であること。

なぜ争いが始まったの?

どうして大名たちは戦ったの?

なんでそんなに長引いたの?

ローカルないさかいが、どうして全国に広がったの?

一つ一つの要素が見えてくると、面白そうな話にも思えます。難解であることが〈応仁の乱〉の不人気であるならば、スッキリ分かっちゃえば人気になるの?

答えはNO。だって、これ、むっちゃややこしいんだもん^^

一回読んでも……わかりまへん┐(´д`)┌

最初にも書きました。こういう話は、一回読んだり聞いたくらいじゃサッパリわからないんですよ。何度も何度も繰り返し触れることで、少しずつ慣れてくる。

だってね、一族あげてモメてるとさぁ、みんな名前がよく似てんじゃん~。モメてる場所もさ、ローカルすぎてどこかわからんわ!っていう。あさよるは関西人ですから、少しは位置関係が想像できるんですが、それでもローカルやわ!

戦争の理由も、ハッキリとしない。

どうも、最初は政治的なイザコザで争いが始まったんだけど、誰もこれが大戦になるとは思っていない(予想に反してたった半日で終わっちゃった関ヶ原の戦いとは逆ですな)。すぐ終わるだろうと思ってたのに、終われなくなっちゃった。予想外の長期戦になったから、作戦なんて考えてなかっただろうし、気づけば全国に戦の火が燃え広がり、大名たちも辟易。

応仁の乱が終わった後も、大名たちは京都から国元へ帰っちゃったり、みんなお疲れちゃんです。そして、都に集中していた力が分散し、各地の武将たちが頭角を表し始める。その後の戦国の混乱が始まろうとしているのであった……。

戦国時代を知るには、応仁の乱を抑えておくべきだ!とうのはよくわかりました。しかし……確かに応仁の乱が人気ないのも、わかった(;’∀’) ローカルなわりになぜかスケールがでかくなるし、明確な理由があるというよりは個人的なすれ違いや、タイミングが悪くて泥沼戦争になっちゃった感じね。

うーん。どう解釈すればいいのだろうか。

謎いベストセラー!読んどくべし!

と言いつつ、話題作『応仁の乱』面白かったです。

まず、チンプンカンプンなあさよるでも分かるくらい、読みやすい平易な文体で書かれていたこと。そしてマジメな本なのですが、筆が軽やかで楽し気な雰囲気がどことなく漂っているのも気に入りました。著者の方は、ノリノリで書いたのかな~?なんて思います。

話題本というのは、いろんな意味で読んでおいても損はないと思っておりまして、本書も人におススメしたい本でした。「戦国時代を知るには応仁の乱を」とか「現在日本について語るなら、応仁の乱は押さえとかなきゃ~」みたいなねw

あさよるが、自分に全く知識を持っていないジャンルや内容の本を読むときは、とりあえず分からなくても最後までページをめくって視線で文字列を一通り追います。本の構成やよく登場するワードだけ把握して、二回目以降もひたすら、書いてあることが分かるまでページをめくって文字列を追い続けます。よくわからなくても、何度か読んでるとおぼろげながら「何か」が分かり始める。合間に、他の本を当たったり、調べてみたりね。

本書『応仁の乱』も、数年かけてじっくり読む(`・ω・́)ゝ

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【2016年のまとめ】 今年人気だった記事ベスト20!その1

2016年もお世話になりました。

本年、いったい何記事アップロードしたのか数えていないのですが(;’∀’)、「平日の毎朝更新」するという目標は達成できました。

インフルエンザになったり、夏バテで倒れたり、締め切った部屋で蚊取り線香を焚いて寝てたら、毒が回ってもがき苦しんだり、いろいろありましたが、途切れずにやってこれました。

「本を読む」というインプットだけでなく、アウトプットも同時にしたいなぁと始めたブログでしたが、今年は前年に比べるととてもたくさんの方にも閲覧してもらえたようです。

今日は、2016年よく読まれたページのベスト20をまとめました!2日間にわけて、20冊をご紹介いたします^^

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『京大芸人式日本史』ロザン菅ちゃんと歴史のポイント押さえよう

こんにちは。実は歴史が大の苦手なあさよるです。

なぜ「実は」とつけたかと言いますと、なぜだかよく、今風に言う「歴女」だと間違われます。

中高の教科でもボーっと話を聞いているだけなら歴史は面白くも感じますが、なにせテスト対策がとても苦手でした……。

京大芸人・ロザン宇治原……を真似る

『京大芸人式日本史』はこんな本。

ある日、新聞に載っていたセンター入試問題を解いてみたロザン菅ちゃん。学生時代、得意だと思っていた日本史の科目すら残念な結果に……。

早速、高学歴芸人の相方・ロザン宇治原に日本史の勉強の仕方を尋ねたところ、「歴史は物語のように理解すればいい」とアドバイスをもらった。

さっそく素直な菅ちゃんは、宇治原に物語のように日本史を語ってもらうことにした。さらに、菅ちゃんがタイムマシーンで昔々の世界へゆく物語をリクエストする菅ちゃん。

物語の中の菅ちゃんが、実際に日本史の中の歴史的人物に会いに行き、話を聞きながら歴史を理解できるようなできないような、話が続きます。

歴史好きさんはすでにやっている?

歴史が好きな人って、歴史を物語のように捉え、理解しているんじゃないのかなぁと思います。

ですから、すでに歴史の授業が得意だった人には珍しくない勉強法やも!?

さらに、『京大芸人式日本史』の内容って、あまりに駆け足ですので(一気に縄文時代から近代まで突っ走ります)、一度日本史を学んだ生徒じゃないとしんどいかもしれません。

歴史苦手なパパ・ママが先に読んでおいて、子どもに聞かせるor一度日本史を学んだ生徒向けです。

(関西の方なら、ロザン菅ちゃんもお馴染みで楽しく読めるでしょう^^)

これで勉強はできるようになるの!?

ここまでの話なら、よくある歴史ファンの駄弁りで結構な気がしますが、「京大芸人式」がポイントです。

教科書に出てくる、「覚えておくべき」キーワードが上手いこと網羅されています。

「口分田」とか「租庸調」とかさ、習いました。が、例えば戦国武将オタクや幕末ファンの集まりでは、これらのワードは登場しないように思います。

大人になってからの歴史ファンって、それぞれ専門に分かれてゆきますから、ザックリと広い範囲をいっぺんに俯瞰できるのは、学校で習う「日本史」の面白いところ。

もちろん、これ一冊でテスト対策になるような内容でもありませんが、習ったことを総括するには、まぁまぁいいんじゃないかしら。

京大スゲーの子どもたちへ

ズバリ『京大芸人式日本史』を読んでほしいのは子どもたち。と言っても、日本史を一巡している中学生といったところでしょうか。

著者の漫才師のロザン・菅広文さんをよくご存じの方なら楽しく読めるでしょう~。

あさよるは関西人なので、菅ちゃんはいつもテレビで見ていますし、親しみを持ってこの『京大芸人式日本史』を読めました^^

で、なにより菅ちゃんの相方、京大卒のクイズ王・宇治原による「覚えておくべきポイント」がまとまっているのも、なんかオモシロイ。冗談なのか、ガチなのかなんともビミョーで、くだらなさがオモシロイ本でした。

真面目な内容を求めている方には不向きですw あさよるはこのノリ、好きですw

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『幕末維新を動かした8人の外国人』|ペリー、プチャーチン、ハリス、グラバー……

こんにちは。常に“にわか歴女”の あさよるです。

今は毎週NHK大河ドラマ『真田丸』を見ているので、戦国時代好きのような顔しています。ですが、戦国武将とかほとんど知らないというw

その時々で気になるもの、好きなものが変わるので、常に“にわか”なんですよね(苦笑)。

幕末維新を、外国から動かした人たち

『幕末維新を動かした8人の外国人』は、タイトルそのままですね。

日本の歴史の中で、大きな働きをした外国人、ペリー、プチャーチン、ハリス、オールコック、ロッシュ、パークス、サトウ、グラバー。

名前はそれぞれ教科書に載っているレベルの有名人でありながら、彼らがどんな人物だったか知られていません。ペリーなんて日本人みんなが知っている人物なのに、彼がどんな人物で、なぜ日本へやってきたのか知りませんよね。

ちなみに、ペリーは捕鯨のため、日本を交通を開こうとやってきました。船の修理や遭難した時用や、そして貿易をするためです。交通の要所として港を開くよう徳川幕府に迫ったことが、明治維新を加速させました。

ペリーが日本の港を開くと、他の国々も日本と通商条約を結びにやってきます。鎖国政策はいつまでも続けていられません。

日本人からすると、次々やってきて勝手にズンズン入ってくる外国人のような感じがしますが、歴史の中の外国人だって、もちろん人生があるんです。

幕末・明治維新好きな方はご一読を~

本書『幕末維新を動かした8人の外国人』は、8人それぞれ1章ずつに分けて紹介されており、短編集な感じで読みやすい。

また、文章も平易で、物語のようにも読めなくもない構成です。学術書のように正確な記述というよりは、著者の気持ちや考えが色濃く出ているように感じました。と言っても、とくに偏った感じもしませんでした(あさよる的には)。

あさよるは、愛読しているマンガ『風雲児たち』で読んだことあるエピソードがたくさんあって嬉しかったですw

幕末や明治維新好きで、これから勉強していきたいなぁって方にオススメです。

たぶん、ディープな幕末ファンの方にとっては既にご存知な内容かも!?というか、すでに読んでおられるかも……。

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【今週のまとめ】2016年2月29日~3月4日

今週紹介した書籍等のまとめです。

『仕事も人間関係もうまくいく 「気遣い」のキホン』三上 ナナエ

元・CAが説く「気遣い」の極意。言われてみると「その通り」「当たり前」なことばかりだけれども、はたして自分はどれだけできているやら……。

「当たり前」をデキる人が優秀?『仕事も人間関係もうまくいく 「気遣い」のキホン』

『日本史 不肖の息子』森下賢一

歴史的有名人……の息子のお話。天才たちも「愚息」に悩まされたのか、はたまた天才のもとに生まれてしまった凡人の苦悩だろうか。歴史を語る切り口として、面白いなぁと思った。

天才の苦悩?凡人の不幸?歴史的人物の息子たちを扱う『日本史 不肖の息子』

『最小の時間と労力で最大の成果を出す 「仕組み」仕事術』泉正人

本書が出版されたのが2008年。それ以降に技術的な進歩もあり、本書で紹介されるノウハウの多くは、スマホアプリで代用できる。中でも、Evernote とWorkflowy は強い味方だ。だけども、そもそもの業務の管理の仕方や、時間の概念など、根本的な部分は今読んでも役に立つ。

平均点を上昇させる「仕組み」を作ろう!『最小の時間と労力で最大の成果を出す 「仕組み」仕事術』

『反論が苦手な人の議論トレーニング』吉岡友治

議論することはケンカではない。きちんと反証を繰り返し、論を積み上げてゆくことは双方にとって実りがある。なんとなく「空気を読」んでしまう人。NOと言えない人。反論の仕方を知れば、今より有意義な時間を持てるだろう。

「人それぞれ」は無関心?『反論が苦手な人の議論トレーニング』

『星野源雑談集1』星野源

星野源!好感度しかない!雑談集は、もっと踏み込んだ内容も欲しかったけども、雑談だからね!続編に期待!

『星野源雑談集1』を読みました(*´Д`*)

天才の苦悩?凡人の不幸?歴史的人物の息子たちを扱う『日本史 不肖の息子』

森下賢一『日本史 不肖の息子』書影

2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』。人気劇作家・三谷幸喜が手がけているとあって、注目している方も多いですよね。三谷脚本の大河ドラマと言えば、2004年の『新選組!』を思い出します。こちらも10年以上経った現在も人気作ですから、今回の『真田丸』にも期待が集まります。

大河ドラマ『真田丸』では、主人公・真田幸村を中心に、幸村の父・真田昌幸、兄・真田信之ら「真田家」の面々の画策が見ものです。この真田親子、三人共に有名人です。現在の「真田幸村」のイメージは、後の時代の創作が多く、もはや元々どんな人物だったかもわかりません。幸村の伝説というよりも、父と兄、弟の、この三人のイメージが合わさって「真田幸村」というキャラクターを生み出しました。私も講談で幸村の話を聞いたことがあります。みんなに愛された真田幸村は、尾ヒレ腹ヒレが無数についたスーパースターです。

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『古代国家はいつ成立したか』を読んだよ

領土・国民・主権が、国家の三要素です。
それぞれ国家の根幹ですから、問題を抱えている事柄でもあります。

「家族」は最小の社会の単位です。
最小の「家族」が集まり「地域」を作り、それらが集まって「都市」そして「国家」を形成します。
ですから、家族について考えることと、国家について考えることは、深く関連していると考えられます。
実際に、家族の介護問題や、子育て、就業の問題などは、現在の日本の国が抱えている問題でもあります。

国家の形を考えるときに、私たちの文化の持っている「家族の形」を掘り下げてゆくのも、良いかもしれません。

私の属している日本社会はどのようなものなのか。それは国際社会を考えることにも繋がりますし、自分という個人を考えることでもあります。

「都市とは何か」定義により古代国家誕生の時期が変わる

古代国家の成立を考えるとき、まずは「都市とは何か」を定義しないといけません。
今日読んだ『古代国家はいつ成立したか』では、著者は3つの「都市」の条件を挙げています。

  1. 首都の政治センター機能、宗教センター機能、経済センター機能を持っている
  2. 王や役人、神官や僧侶、手工業者、商人など農民意外の人がたくさん住んでいる
  3. 人口が増え自給自足ができなくなり、必要な物資を外部に依存する

これは研究者によって見解が別れるので、条件が変われば、日本に都市が登場した時代も変わります。
ですので、都市国家の登場が、3世紀~8世紀ごろと解釈に幅があります。

今年2016年は、「大化の改新」に注目して勉強しようかなぁと、個人的に考えています。
特に明確な目的もないので、あくまで趣味の活動です。
そのために、大化の改新前後の時代にも目を配るよう心がけています。

古墳の形や数、造られた場所のナゾ

古墳の形のバリエーションが気になりました。
大化の改新(乙巳の変)で滅ぼされた蘇我氏や、その縁者たちは、「方墳(ほうふん)」という四角い古墳を作ったようです。
有名な石舞台古墳も、方墳に盛った土が崩れ、中の石室が外に顕になったものです。蘇我馬子が埋葬されたと言われていますから、やはり蘇我氏。

「河内政権論」をご存知でしょうか。3~4世紀にかけて、奈良に大きな古墳が作られていたのに、5世紀になり急に、大阪の河内に巨大な古墳群が出現します。現在の大阪府堺市周辺の百舌鳥古墳群です。中でも大仙古墳(あるいは仁徳天皇陵)は、国内最大の古墳であり、世界最大級の人口建造物でもあります。

しかし、それだけ巨大な古墳を作るにしては、なぜ奈良ではなく大阪に作られたのでしょうか。理由は諸説あり、「河内政権論」の論争が続いています。
都は奈良にあり古墳が大阪に造られたのか、大阪で別の王が現れそちらに主権が移ったなどなど、考えられている理由はさまざまです。

歴史の中に見えるもの

私たちの持っている歴史・日本史は私たちのルーツであるとともに、国家にとっても重大なものです。
主権や今に繋がる国家がいつ誕生したのかによっては、現在の領土の範囲に問題が生じるでしょう。
また、私たちの社会の最小単位「家族」を考える助けになるでしょうし、それは現在の社会問題を考えることにもなるでしょう。

古代国家はいつ成立したか

  • 著者:都出比呂志
  • 発行所:株式会社 岩波書店
  • 2011年8月19日

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『世界古地図コレクション』を読んだよ

自分の世界観や生死観を作っているであおろう地図や球体の地面のイメージをコピックで描いたイラスト

自分の世界観や生死観を作っているであおろう地図や球体の地面のイメージをコピックで描いたイラスト

地図を見るのは楽しいですね。
自分の行ったことのある場所や、いつも歩いている道を地図でたどり直すのも楽しいひと時です。
以前は、学校の教科書として購入した地図帳を大切に持っていましたが、今や Google Map で検索すれば、地図だけでなく地形図やストリートビューまで見れちゃうんだから、すごいですね。

「地図」と呼ばれるものにもいろいろあって

少し前に流行った「偏愛マップ」や「マインドマップ」もマップという言葉が使われています。
確かに、他人の書いた「偏愛マップ」や「マインドマップ」を見せてもらうのも楽しかったですし、自分でも書いてみたい!と思わせる魅力がありました。

私たちは、大きすぎるものだったり、目に見えないものを扱うとき、目に見えるものに落とし込んで考えるのが好きなのかもしれません。
普段歩いている道や、以前に行った旅行先は、地球規模で考えなければなりませんから、手に取れるサイズの地図帳や、Google Map で扱うことで、頭のなかで整理しやすいのでしょうか。
偏愛マップやマインドマップも、目に見えないものを紙に書き出すことで、扱いやすくなるのでしょうか。

自分が認識している「地図」が重要?

『世界古地図コレクション』を読みました。
これまでに作られた世界地図が、カラーでたくさんまとめられています。
先程も書きましたが、地球は大きすぎて、私たちは地図がなければ自分がどこにいるのか分からず、迷子になってしまいます。

しかも、我々は「地球が丸い」ことを当然知っていますが、それが知られていない時代は、どんな世界だったのでしょうか。
生死観や、人生観、宗教観にも大きな変化があるのではないかと思います。

地図の描かれ方や変遷を知ることで、その時代時代に生きた人々の考え方や、見えていた世界を知れるきっかけになるかもしれません。

 

[図説]世界古地図コレクション
三好 唯義/編
河出書房新社
(1999)