歴史

『失敗だらけの人類史』|原罪…思い込み、ウッカリの歴史

『失敗だらけの人類史』挿絵イラスト

こんにちは。ケアレスミスが多い あさよるです。あさよるは神経質で心配性なんですが、それは心配をして神経をすり減らすだけの、信じられないような失敗をするから油断ならないのです(苦笑)。しかしこれは、人間は過ちを犯す生き物であって、あさよるが悪いわけではありません。仕様です(と思いたい)。

ということで、人類最初の人・アダムもまた、イブに誘惑され神との約束を破ります。我々は最初の人間から、過ちばかり犯しているのです……『失敗だらけの人類史』は、そんな哀愁すら漂う人類の失敗の歴史をまとめたものです。イブはサタンにそそのかされ知恵の実を口にし、そしてアダムにも分け与えました。その子孫である人類も同様に失敗続きの人類史。英雄たちのたった一つの失敗が歴史を大きく動かすのです。

タイトルとこの装丁、そしてコンセプトを知ると手に取らずにはいられないような心惹かれる『失敗だらけの人類史』は、数貸すの大失敗に、しみじみと感じ入るばかり。

歴史を動かした大失敗

本書『失敗だらけの人類史』は、英雄たちが下した「失敗」によって歴史が変わった出来事を紹介したものです。本書はこんな序章から始まります。

人類の歴史は「失敗の歴史」ともいえる。しかもその失敗の多くは、優秀で善意に満ちた人々が、肝心なときに大事な判断を誤ったために引き起こされている。少なからぬ人々が二者択一の選択問題を間違えてしまったのだが、これらの判断の多くは、そのときには一番良い考えに思えたものばかりである。
一方、とてつもなく愚かな判断が下されたことがあるのも事実であり、本書には、人類が犯した愚の骨頂ともいうべき失敗の数々が取り上げられている。それらは罪のないうっかりミスなどではすまされない。たくさんの人命や人々の暮らしを損なったり、国や王朝を滅ぼすような高い代償を払う結果をもたらした、実に愚かなヘマである。後世に負の影響を及ぼした致命的な誤算である。

(中略)

人類の愚かな過ちを追体験することを厭わない読者諸賢におかれては、サンタヤーナ歴史再現協会(Santayana historical Reenactment Society)に興味を持たれるかもしれない。この教会の会員たちは歴史に名高い愚行の数々を実際に再現してみせる活動にいそしんでいるが、それは、協会がその名を関する人物、ジョージ・サンタヤーナの名言に注目して欲しいからだ。サンタヤーナ曰く――「過去を学ばないものは、必ずや同じ過ちを繰り返す」

p.6-7

本書の歴史的失敗は、その歴史的人物たちがその判断を怠った瞬間、失敗に気づいていないどころかそれが最適解だと信じていたり、あるいはどうしようもないウッカリミスで起こります。舵取りを誤りエジプト最後のファラオになってしまったクレオパトラ。氷に閉ざされた土地を「グリーンランド」と名づけ移民を募ったバイキング。侵略者を神と間違え、歓迎して招き入れてしまい、文明を滅亡させてしまった皇帝。モスクワ撤退を決めていたのに、気が変わって敗戦してしまったナポレオン。ラスプーチンを狂信してしまったレクサンドラ皇后はロマノフ朝を終焉させてしまいます。チャーチルが引いた国境線は今日の中東問題の火種です。

どの失敗も「その時はそれが良い判断だと信じていた」あるいは「うっかり」のいわゆる「魔が差した」ような過ちもあります。これらの失敗だらけの人類史の、種をまいたのは、そう、アダムとイブの過ち。

アダムとイブが禁断の果実を口にする

すべてはここから始まった。ということで、第一章は「アダムとイブ、禁断の木の実を口にする」から始まります。彼らの過ちは、その後の人類が犯す過ちをすでにはらんでいます。

人類はなぜ失敗ばかり犯すのか? その動機は本書の中で追々明らかになるが、その多くが、この2人の中にすでに現れている。すなわち、嫉妬、暴食、色欲、知識欲、そして、言いつけに背いても何とかなるだろうという強い思い込みである。

p.8

ちなみに、聖書のアダムとイブが禁断の実を口にするエピソードは、女性憎悪的であると本書では指摘しています。だって、人類の堕落をもたらしたのはイブであるとするからです。神は最初の人・アダムを作ります。そしてアダムの体からイブを作りました。二人は夫婦になりますが、イブが神の言いつけに背き、そしてアダムを誘惑するのです。

イブをそそのかした犯人はサタン・悪魔です。キリスト教もイスラム教もユダヤ教も「サタン」という絶対的悪を生み出したことによって、その後に起こるできごとは「すべてサタンのせい」にできるようになりました。

神に背き、楽園であるエデンの園から追い出された二人の家庭は円満ではありませんでした。息子のカインが、弟のアベルを殺害し、人類初の殺人が起こってしまうのです。

本書『失敗だらけの人類史』は、アダムとイブによる「原罪」が、その後そのように人類に降りかかるのかを紹介するものなのです。

『失敗だらけの人類史』挿絵イラスト

世界史つまみぐい

本書『失敗だらけの人類史』は、世界史が苦手な人でも大丈夫。一章一章は独立していて「失敗を犯した人物」「失敗の結果どうなったか」「それはどのような失敗だったか」と三要素を表にまとめられており、妙に分かりやすい構成になっております。

『失敗だらけの人類史 英雄たちの残念な決断』ビジュアルイメージ画像

失敗だらけの人類史 英雄たちの残念な決断 (ビジュアル讀本) | ステファン・ウェイア, ナショナル ジオグラフィック, 定木大介, 吉田旬子 |本 | 通販 | Amazon

また、ビジュアル資料もたくさん収録されており、パラパラと見ているだけで楽しい内容です。

他人の失敗談ですから「アラお気の毒」と思いつつも「あ~こういうことあるなあ~」と妙に歴史的人物に共感しちゃったり、「これはやっちゃいそう」と反省することも。

結末を知っているから、わかること

ちなみに あさよるは、メキシコにあったメシカ族(アステカ帝国の後裔)の皇帝が、南アメリカへ侵略しに来たスペイン人を「神」だと勘違いして歓迎してしまうエピソードは、「あ~、これは確認不足なんだけど、勘違いするのもわかるな~」としみじみと。トルテカ地方では「ケツァルコアトル」という神がいて、いつの日か地上に君臨するときは「口ヒゲと白い肌」で現れると予言されていたのでした。そして、口ヒゲと白い肌のスペイン人たちがやってきた。これはもう、この予言がなされた時点で起こるべくして起こった失敗に思えます。

また、クレオパトラの失敗は、歴史の結末を知ってる私たちだから冷静に見れますが、渦中にいた彼らは、なにがどう転ぶかわからないギリギリの外交をしていたのでしょう。結果的に、彼女は恋に生き、二つの王朝を終わらせました。

一番最後の章は、2004年に起こったスマトラ沖地震の津波被害について。インド洋では100年くらいの周期で地震による津波被害があることを知っていながら、大きな準備をしていなかった各国の政府を批判します。しかも皮肉なことに、なんの対策もない地域では潮目や動物たちの異常に気づき非難した人が多かった一方で、津浪対策が行われていた地域ほど被害が大きかったのです。つまり、不十分な対策によって、逃げられるはずだった人々が災害に巻き込まれたのです。ウィーンにある包括的核実験禁止条約の事務局では、インド洋で地震が起こったを察知していましたが、クリスマス休暇中で誰もいませんでした。米軍基地は地震の情報を持っていましたが、誰に連絡すればよいのかわかりませんでした。

これらは、歴史の結果を我々は知っているから、あまりにもお粗末な失敗に眉をひそめてしまいます。しかし、その渦中にいた人々は、事態を飲み込めないまま行動していたでしょう。失敗を肯定しているのではなく、今現在の我々も「失敗と気づかずにやっている行動があるのでは?」と翻って考えるのがよさそうです。未来の人から見れば、愚かな失敗を今まさに犯しているのかも。

次に読みたいのは、コレ↓

本書『失敗だらけの人類史』と一緒に読みたくて気になっているのがこれ↓。

『世界をまどわせた地図 伝説と誤解が生んだ冒険の物語』

読書メーターでフォローしてる方が読んでらして、ずっと気になっている本です。『失敗だらけの人類史』と併せて読みたいとチェックしておりました♪ 期待!

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『西洋美術史入門』|旅支度するように美術鑑賞の用意をしよう

『西洋美術史入門』挿絵イラスト

こんにちは。旅行しない あさよるです。旅行の計画を立てている内にお腹いっぱいになっちゃって「もういいや~」とお流れになるのが定番。その代わりの楽しみとして、フラッと近場の美術展で満足しています。

はじめて美術館へ行ったとき、確か兵庫県立美術館のゴッホ展へ行ったのですが、なにがなんだかわからず驚愕しました。絵って、パッと見てスゴイ、圧倒される~って感動の連続だと思ってたのですが、想像と違ったんです。今思えば、予想以上に「情報量」が多くて驚いたんだと思います。ただ「パッと一目見て感動して終わり」ではなく、絵の一枚一枚に説明があって、またゴッホの作品以外にも書簡や文字の資料も展示されていました。

「どうやら美術を鑑賞するには、なにやら事前知識が必要だぞ……」と、思い知った一日でした。知識って言っても、詳しい人に案内してもらったり、数をこなしているうちにちょっとずつ身につくでしょうが、やはり大人の遊びとしては、ガッツリやりたいじゃないですか! ということで、あさよるの中で「美術鑑賞のための下準備」は、折に触れて少しずつ進行中です。

絵はメディアだった

現在の日本で生まれ育った人は、小学校中学校と義務教育を受けていますから、文字の読み書きができて当然の社会で生きています。しかし、それは歴史の中で見ると異常な状態で、昔は文字が読めない人が大半でした。現在では書物に書き記せば他の人に情報が伝えられますが、文字が読めない人に情報を伝えるために用いられたのが「絵」でした。

教会の壁に絵が描いてあって、その絵の「絵解き」をして人々に信仰に基づく振る舞いを教えていたのです。昔の画家たちは、自分の好きな絵を描いていたわけではなく、教会や上流階級の貴族たちから「注文」されて絵を描いていました。ですから、発注者から受け取り拒否される絵画もありました。

現代の感覚だと「好きな絵を描く」「趣味で絵を描く」と考えてしまいがちですが、画家たちが思い思いに好きな絵を描くようになったのはとっても最近のお話です。多くの絵画は発注者の要望が反映されています。ですから、「なんでこの絵を注文したのか」という理由を知らなければ、今の感覚で絵画を見ても「何が書いてあるのかサッパリわからん」「何がいいのかわからない」ということになってしまいます。そこで、絵画について「学ぶ」必要が生じるのです。

絵を買う人には、欲しい理由がある

絵画を発注者がいて、受注して絵を描くのが画家だと紹介しました。その時代その時代で、描かれた絵、流行った画題には、発注者のニーズが反映されています。

例えば、ペストが流行した時代、まだウイルスが人から人へ感染していると分からず、特効薬もなかった時代です。人々は神からの罰だと解釈して当然です。そこで、聖セバスティアヌスの図像がたくさん描かれました。聖セバスティアヌス(聖セバスチャン)とは、キリスト教迫害により、殉教した人です。柱に括り付けられ、数々の矢を射られて死刑になりました。この「矢」がペストと重なります。ペストという罰を受けても、聖セバスティアヌスのように信仰を貫き続けなければ天国へ行けないと、当時の人々は考えたんですね。

絵を発注する人々は、自分が善行を重ねていることを神にアピールするために、絵画を発注しました。西洋では慈善活動や、社会的弱者を救済する文化があります。有名なミレーの「落穂拾い」では、貧しい人々が、収穫後の畑に落ちた地面に落ちた穂を拾っている様子が描かれます。

「神様へのアピール」って面白いですね。多くの日本人にとって、ただ知識もなく西洋絵画を見ていても「その発想はなかった」って感じじゃないでしょうか。

流行りを知ると社会背景が見える

先ほどのペストの例のように、その時代ごとに流行した画題があります。どんな絵が流行ったかを見てゆくことは、その時代の社会背景を読み取っていくことです。多くの人が文字を読めなかった時代、「絵」には今以上に「意味」が込められていました。西洋美術に触れることは、西洋の歴史に触れることなんですね。

ということは、「絵を見る」ためには勉強しなくちゃいけないなあと、新たな好奇心がうずきます( ´∀`)b

絵には「見方」があるのだ

『西洋美術史入門』挿絵イラスト

本書『西洋美術史入門』で大きな学びがあるならば、「絵画には見方がある」ということでしょう。もしかしたら、アート鑑賞を「自由に」「感じたままに」するものだと考えていた人にとっては、ビックリかもしれません。あさよるも以前は「自分がどう感じるかこそが大事だ」と思い込んでいました。

しかしこの「自由に」というのは、実はとても不自由だったりします。それは、旅行のツアーで「自由時間」という名の放置時間を、持て余してしまうのと同じです。いくら観光地だからって、右も左も分からない所に放り出されても、途方に暮れるばかり。結局、その辺をプラっと歩き回って、あとはカフェや休憩所で時間を潰すのがオチ。「自由に」というのは聞こえは良いですが、不案内な場所・事柄の場合は逆に「不自由」な結果になります。

残念ながら日本の学校教育では、西洋美術について学びはしますが「鑑賞の仕方」までは時間が割かれていません。だから美術作品を「自由に」鑑賞せよとなると、どうしていいかわからないのかも。また、一部の美術・芸術ファン以外は、美術館も博物館も馴染みのない施設かもしれません。

美術鑑賞は、旅行のように、ワクワクと事前リサーチして、よりディープに浸りましょう。楽しみのための勉強っていいね。

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『世界を変えた10冊の本』|世界の読むべき本をわかりやすく解説

こんにちは。読書本には目がない あさよるです。「読書本」って変な言葉ですが、本を読むための本って感じでしょうか。本書『世界を変えた10冊の本』もそのタイトル通り、10冊の世界を変えた本を池上彰さんが紹介するもの。どの本も世界的超有名本で、一度は目を通しておきたいものばかりです。

世界を変えた10冊ラインナップ

本書で紹介される10冊の本は以下。

  • 『アンネの日記』
  • 『聖書』
  • 『コーラン』
  • 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
  • 『資本論』
  • 『イスラーム原理主義の「道しるべ」』
  • 『沈黙の春』
  • 『種の起源』
  • 『雇用、利子および貨幣の一般理論』
  • 『資本主義と自由』

読んだことはなくってもタイトルくらいは知っている本ズラリ。ここではザッと簡単に紹介しておきます。

書影は『世界を変えた10冊』の出典として挙げられているものです。

『アンネの日記』

第二次世界大戦時、ユダヤ人として収容され亡くなったアンネ・フランクが書き残した日記。アラブ諸国を除く国際社会がイスラエルの味方をするのは『アンネの日記』があるからだ、と紹介されています。なるほど、彼女が生き生きと〈普通の少女〉であればあるほど、彼女の運命は信じがたく、ユダヤ人弾圧がいかに惨たらしいものであったのかと感じます。「世界を変えた本」のトップバッターに相応しいものです。

『聖書』

世界で最も読まれた書物『聖書』。

 中東に生まれたキリスト教が、やがてヨーロッパ世界に広がり、宣教師たちによってアフリカや南米にも拡大。ヨーロッパでの迫害から逃れたキリスト教徒は、アメリカに「神の国」を建設しようとしました。
一方、ヨーロッパのキリスト教徒たちは、「十字軍」によって中東遠征を繰り返し、イスラム教徒との対立を深めました。それは、キリスト教文明とイスラム文明の対立として、いまにつながってくる歴史です。

p.41-42

聖書の物語は今も多く引用されますし、今の世界を動かしています。

『コーラン』

ユダヤ教の経典『律法』をキリスト教徒は『旧約聖書』と呼び、新たに『新約聖書』を加え聖書にしました。さらにイスラム教はここに『コーラン』を加え経典にしました。イスラム教徒にとって『コーラン』が最も重要とされます。

日本ではイスラム教徒は少ないですし、文化や慣習がふしぎに見えるかもしれません。イスラムの行動規範や考え方等、池上彰さんが分かりやすく説明してくださるのは有難い。

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

16世紀の宗教改革により、ローマ・カトリックからプロテスタントが生まれます。カトリックとプロテスタントでは経済活動において大きな違いがありました。

カトリックの教会の支配は穏やかで形式的なものだったが、プロテスタント支配は、「家庭内の私的な生活から職業的な公的な生のすべての領域にいたるまで、考えられるかぎりでもっとも広い範囲にわたって信徒の生活のすべてを規制するものであり、限りなく厄介で真剣な規律をともなうものだった」と指摘します。つまり、このプロテスタント支配によって、子どもたちは高度な教育を受けて社会の上層を目指すようにしつけられているのではないか、というわけです。

p.101

プロテスタント支配によって、資本主義の精神が登場するのです。19世紀半ばまで労働者は生活できるだけの収入があれば、それ以上働こうとしませんでした。それに対し、仕事のために人間は存在し、働くことは生きるために不可欠であるとの考えが「資本主義の精神」です。

現代のわたしたちはこの考えの上にいるんですね。

『資本論』

マルクスはかつて、資本主義がなぜ非人間的な経済体制になるかを説きました。マルクスの理論は、ロシア革命を引き起こし、やがて社会主義体制を採用する諸国が増大しました。マルクスの『資本論』は世界を変えたのです。
ところが、東西冷戦が終わり、ソ連の崩壊に代表されるように社会主義体制の限界が明らかになって以降、マルクスの主張はすっかり見捨てられてました。それが、リーマン・ショックをきっかけに、まるで預言者のように復活する。皮肉は話です。

p.123-124

労働量は藤堂の時間で測り、貨幣が資本になる。現在の我々が当たり前思っている体制も、新しい考え方なのですね。

『イスラーム原理主義の「道しるべ」』

『道標』は“オサマ・ビンラディンの教科書になった”ことから、世界を動かした10冊に選ばれています。

 イスラムこそが、健全な発展と進歩に欠かせない価値観を保有している。その理想が失われてしまったために、世界は墜落している。いまこそイスラムの理想に帰り、イスラムの原初を思い起こすことが必要だと主張します。(中略)

現代はイスラムの理想が失われてしまったのに、イスラム教徒たちは、自分たちの世界を「イスラームの世界」などと思いこんでいる。これを正さなければならない、というのです。となれば、イスラム世界の腐敗した体制を打倒することは「神の道」であり、正義の戦いである。つまり「ジハード」(聖戦)なのだ、ということになります。(中略)

世界中が無明社会だというのです。
無明社会は暗黒社会ですから、真のイスラム教徒は、無明社会をイスラム社会をイスラム社会にしなければならないのです。ここから、無明社会に対するジハードが必要だという理論が導き出されます。この対象として、日本も例外ではありません。(中略)

日本の私たちの信仰は、「邪神を祭るために、手のこんだ礼拝儀礼の体系を創案した」ものだというのです。彼が日本のことをどれだけ詳しく知っていたのか疑問ですが、彼によれば、日本もジハードの対象になってしまいます。

p.155.156.160

『道しるべ』に日本のことが書いてあるのは知りませんでした。日本はジハードの対象にならない保証はないということでしょうか。

『沈黙の春』

アメリカのペンシルバニア州に生まれたカーソンは、連邦政府の商務省漁業局で働きながらアメリカの雑誌「ニューヨーカー」に『沈黙の春』を連載し、単行本として出版されベストセラーになりました。

環境汚染という言葉がなかった時代、農薬により野鳥たちが死んでしまった例や、食物連鎖による毒物の蓄積メカニズムを広く世に知らしめたのが彼女だったのです。

現在では当たり前の環境問題も、当時はなにも知られていなかったところから、社会に浸透していったんですね。

『種の起源』

ガラパゴス諸島に上陸した経験から、生命の多様性への疑問を追求し1859年『種の起源』が世に登場します。当時は売れ行き上々だったそう。

彼の書は、「地球上の生き物は神が創造した」と信じるキリスト教徒からは批判を浴びましたが、多くの学者から支持され、その後の遺伝学、生物学の飛躍的な発展の基礎を築きました。

p.192

生物は神が創造したものか否か。現代でも議論になる事柄です。

『雇用、利子および貨幣の一般理論』

 景気が悪くなったら政府が公共事業などで支出を増やして経済を活性化させる。金利を下げて、企業の投資を活発化させる。
これらは、景気対策としての常識になっています。中学校の社会科で習う話です。しかし、かつては常識どころか、「とんでもない話」と考えられていたこともあります。それを世の中の常識にしてしまった本。それが、今回取り上げるジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子および貨幣の一般理論』という書物です。

p.213

1929年の世界恐慌の政府の対応を時代遅れだとし、ケインズは批判しました。本書では現代の日本社会が直面している問題を、ケインズがどう説いているのかが紹介されています。

『資本主義と自由』

フリードリヒマンは、自らの主張を一般に理解してもらうためのショック療法を用意しました。当時のアメリカで政府が行っていた事業のうち、「政府がやる理由はない」と考えた事業一四項目を列挙しているのです。(中略)

1 農産物の買い取り保証価格制度。
2 輸入関税または輸出制限。
3 農作物の作付け制限など。
4 家賃統制。物価・賃金統制。
5 最低賃金制度や価格上限統制。
6 銀行に対する詳細な規制など。
7 ラジオとテレビに対する規制。
8 現行の社会保障制度。
9 事業や職業に関する免許制度。
10 公営住宅、住宅建設の補助金。
11 平時の徴兵制。
12 国立公園。
13 営利目的の郵便事業の禁止。
14 公営の有料道路。

p.248-249

じっくり見て見ると「やめるとヤバイんじゃない?」と思う項目もありますが、彼よると大丈夫。というか逆に、国が制限をかけていることで貧しい人が苦しんだり、社会に不利益があると説いています。

未読本に色めき立ち、既読本に興味津々

池上彰さんが選ぶ「世界を変えた10冊の本」はいかがでしょう。あさよるは、タイトルは知っていても「読んだことない」とか「通読したことない」ものばっかりです。現代でも絶版になっていないどころか、流通している本ばかり。現在では電子書籍や、Kindle Unlimitedでも読めるっぽいのでありがたいです。読む本リストに加えておきますφ(..)メモメモ

「世界を変えた本」の中でも、現代のわたしたちの生活や常識そのものを作った本ばかりが紹介されていますから、興味がないわけがないラインナップです。

あさよる正直、この本「面白くなさそうだなぁ~」と思ってたのですが、嬉しい誤算で結構楽しく読めました。まだ読んだことない本は「読んでみよう」と色めきだち、既に読んだ本は「池上彰さんはどう紹介するんだろう」とwktk。

この手の本は他の人が紹介してもいいかもしれないけれども、内容的には「知っていて損ないぜ」って感じで、お馴染み池上彰さんの著者だし、人におすすめしやすい本だと思います。

あさよるネットで紹介した池上彰さんの本

『学び続ける力』/池上彰

『学び続ける力』を読んだよ

『伝える力』/池上彰

『伝える力』|子どもへニュースを伝える力

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』/池上彰

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』|社会、外交、世界を考える

『あした選挙へ行くまえに』/池上彰

『あした選挙へ行くまえに』|なにを投票するの?

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『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』|地味すぎ!長すぎ!日本の大混乱!

こんにちは。とある歴史同好会に所属していた あさよるです。その同好会はかつて活発に活動していたそうですが、あさよるが入会した頃には、会員の高齢化により座学ばかりの会になっていました。講師を招き、延々と推古天皇の時代から南北朝時代くらいまでの歴史を、各時代の天皇を見ながら講義を聞きます。で、南北朝時代が終わると、また推古朝へ戻り、グルグルとひたすら同じ講義を聞き続けるものでした。

これが、面白い。不真面目な会員であるあさよるは、一回聞いてもサッパリわかりません。それを何度も何度も同じ話を聞くことで、少しずつ「あ、その話前にも聞いたなぁ」「その人知ってる」と、記憶に残っている自分に気づくのです……すぐ忘れるけどねてへぺろ(・ω<)

で、少し前から『応仁の乱』が話題なのをご存知でしょうか。あさよるはTwitterでよく話題に上っているのを見ましたし、リアル書店で平済みしているのをみて「……マジか」と驚きました。応仁の乱……さっぱりわからなくないですか?なんで売れるの?歴史クラスタ以外の人まで話題にしてるお!

これ、マジメなやつや!

早速『応仁の乱』を数ページめくり、あさよるは悟った。「これは……マジメなやつやないかー!」てっきり、なんか面白おかしくユーモアたっぷりにややこしい時代を語る切り口の本かと思い込んでいました。だって、なんか〈地味すぎる大乱がなぜかブーム!〉みたいな広告を見たぞ!そういうノリかとオモタ。

しかし、マジメな本ですが、読みやすい文体で、どなたでも読める本じゃないかと思います。

応仁の乱、もちろんご存知ですよね?え?あさよるは……名前は知ってますけど……(;’∀’)>「京都の人が〈前の戦争〉というと応仁の乱のことやから( ー`дー´)キリッ」というネタはたま聞きます。うん。それ以上の知識が全くない応仁の乱!

たぶん、多くの方があさよると同じような感じじゃないかと思います。

人間関係がややこしいし、やたら長引くし、なにより地味だし、年頃の青少年たちがワクワクする感じではないのは確かっすな。

応仁の乱が不人気の理由……

応仁の乱は応仁元年(一四六七)から文明九年(一四七七)まで一一年にわたって繰り広げられた大乱である。室町幕府の八代将軍足利義政には息子がいなかったので、弟の義視を後継者としたが、その直後に義政の妻である日野富子が男児(のちの義尚)を出産したため、富子は我が子を将軍にしようと画策、折しも幕府の実権を握ろうとして争っていた細川勝元と山名宗全の両雄がこの将軍家の御家騒動に介入したために応仁の乱が勃発した……というのが一般的な説明である。しかし、この通説に対しては批判も多く提出されており、応仁の乱の原因として他の要素も指摘されている。
応仁の乱勃発当初は京都のみが戦場であったが、やがて戦乱は地方に波及し。全国各地で合戦が行われた。これだけ大規模で長期にわたる戦乱なのに、大名たちが何のために戦ったのか見えてこないというのは不思議である。劇的で華々しいところがまるでなく、ただただ不条理。これが応仁の乱の難解さ、ひいては不人気につながっているんだろう。

p.ⅱ

応仁の乱が、知名度のわりに中身が知られていない理由。それは〈ただただ不条理〉であること。

なぜ争いが始まったの?

どうして大名たちは戦ったの?

なんでそんなに長引いたの?

ローカルないさかいが、どうして全国に広がったの?

一つ一つの要素が見えてくると、面白そうな話にも思えます。難解であることが〈応仁の乱〉の不人気であるならば、スッキリ分かっちゃえば人気になるの?

答えはNO。だって、これ、むっちゃややこしいんだもん^^

一回読んでも……わかりまへん┐(´д`)┌

最初にも書きました。こういう話は、一回読んだり聞いたくらいじゃサッパリわからないんですよ。何度も何度も繰り返し触れることで、少しずつ慣れてくる。

だってね、一族あげてモメてるとさぁ、みんな名前がよく似てんじゃん~。モメてる場所もさ、ローカルすぎてどこかわからんわ!っていう。あさよるは関西人ですから、少しは位置関係が想像できるんですが、それでもローカルやわ!

戦争の理由も、ハッキリとしない。

どうも、最初は政治的なイザコザで争いが始まったんだけど、誰もこれが大戦になるとは思っていない(予想に反してたった半日で終わっちゃった関ヶ原の戦いとは逆ですな)。すぐ終わるだろうと思ってたのに、終われなくなっちゃった。予想外の長期戦になったから、作戦なんて考えてなかっただろうし、気づけば全国に戦の火が燃え広がり、大名たちも辟易。

応仁の乱が終わった後も、大名たちは京都から国元へ帰っちゃったり、みんなお疲れちゃんです。そして、都に集中していた力が分散し、各地の武将たちが頭角を表し始める。その後の戦国の混乱が始まろうとしているのであった……。

戦国時代を知るには、応仁の乱を抑えておくべきだ!とうのはよくわかりました。しかし……確かに応仁の乱が人気ないのも、わかった(;’∀’) ローカルなわりになぜかスケールがでかくなるし、明確な理由があるというよりは個人的なすれ違いや、タイミングが悪くて泥沼戦争になっちゃった感じね。

うーん。どう解釈すればいいのだろうか。

謎いベストセラー!読んどくべし!

と言いつつ、話題作『応仁の乱』面白かったです。

まず、チンプンカンプンなあさよるでも分かるくらい、読みやすい平易な文体で書かれていたこと。そしてマジメな本なのですが、筆が軽やかで楽し気な雰囲気がどことなく漂っているのも気に入りました。著者の方は、ノリノリで書いたのかな~?なんて思います。

話題本というのは、いろんな意味で読んでおいても損はないと思っておりまして、本書も人におススメしたい本でした。「戦国時代を知るには応仁の乱を」とか「現在日本について語るなら、応仁の乱は押さえとかなきゃ~」みたいなねw

あさよるが、自分に全く知識を持っていないジャンルや内容の本を読むときは、とりあえず分からなくても最後までページをめくって視線で文字列を一通り追います。本の構成やよく登場するワードだけ把握して、二回目以降もひたすら、書いてあることが分かるまでページをめくって文字列を追い続けます。よくわからなくても、何度か読んでるとおぼろげながら「何か」が分かり始める。合間に、他の本を当たったり、調べてみたりね。

本書『応仁の乱』も、数年かけてじっくり読む(`・ω・́)ゝ

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『哲学用語図鑑』|ド忘れ&知ったかぶりから卒業!

こんにちは。先日『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』を読んで、自分の無知さを知ったあさよるです。

( ゚д゚)ハッ! これが無知の知……。

東洋人なのに東洋哲学をなんにも知らないんだな……と謎のショックを受けました。そして次に手に取ったのは『哲学用語図鑑』。帯には「21世紀を生き抜くための必修科目」とまで書いてあります。

そうなのか……哲学って、「ビジネスにも交渉にも役立つ」のか……。

哲学用語が飛び交いまくり!(;’∀’)

「哲学」ってなんだかよくわからなくても、意外と哲学ちっくなキーワードは普段の会話で飛び交っています。「フロイト的には~」とか「アドラー先生はねぇ」とかね。

なんとなく「そっすねww」とかヘラッと笑って相づちを打っているけれども、実は内心大焦り。「あれ……それなんだっけ???(;’∀’)(;’∀’)(;’∀’)」

わかってるんですよ、知ってるんです。前に本で調べたのに……wikiで読んだことあるのに……ただ“思い出せない”だけなんです!

これ、あるあるじゃないですか?

かわいいイラストがやたら分かりやすい

『哲学用語図鑑』はその名の通り、(西洋)哲学の用語図鑑。

哲学者簡単なプロフィールと、哲学用語の説明が、ほのぼのかわいいイラストで紹介されます。そう、この『哲学用語図鑑』は、文字よりイラストの面積の方が多い!

昆虫図鑑や植物図鑑を眺めるように、哲学を俯瞰する図鑑。(・∀・)イイネ!!

まさに昆虫図鑑よろしく、索引も充実していることと、イラストがユーモアたっぷりに、その哲学者や哲学用語の特徴や性質が一目瞭然なんです。

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出典:哲学用語図鑑 | 田中正人, 斎藤哲也 |本 | 通販 | Amazon

ね、かわいいでしょ!そして、特徴やポイントがパット見てわかる。なんとなくキャラクターたちの服装や出で立ちも時代に合わせて変わってゆくのが面白いんです。

「図鑑」ですからね、種類がパッと見分けられて、その特徴がザッとつかめる。これは良いなぁ(・∀・)

知ったかぶりからの卒業

『哲学用語図鑑』。A5版で厚さ2.5cmくらい。

表紙も中身も全体的に白が基調の、古代ギリシアの大理石彫刻のようなデザイン。表紙は何気にローマン体で哲学者の名前もズラリと並び、雰囲気出てますw

そう、なんかこの『哲学用語図鑑』、装丁もオシャレなんです。そこも気に入りました。そこそこボリュームがあって値段もそこそこ(1,800円+税)なので、デザインがオシャレってのも大事な事実v

常に携帯するにはちょっと重い&大きいので、据え置き用として。気になったときサッと手に取れる場所に配置して起きたい。

文章量は少なめですから、一から哲学について知りたい方は他の書籍を。『哲学用語図鑑』は、知ってるけど思い出せない時、大まかな流れを掴みたい時なんかに、役立ちます。

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宇宙法則のグランドデザイン!『ホーキング、宇宙と人間を語る』

スティーヴン・ホーキング、レナード ムロディナウ『ホーキング、宇宙と人間を語る』書影

2010年に発表された『The Grand Design』の日本語訳版です。

人類は太古の昔から、「なぜこの世界はあるのか」「なぜ私たちはいるのか」と問い続けてきました。そこから、科学が生まれ、哲学が生まれ、信仰が生まれ、芸術が生まれました。

ホーキング博士は、宇宙には巨大な設計図があると言います。それが「グランドデザイン」です。

その設計図を解き明かすことこそが、人類が抱き続ける「なぜ」「どうして?」に終止符が打たれるでしょう。

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【今週のまとめ】2016年2月29日~3月4日

今週紹介した書籍等のまとめです。

『仕事も人間関係もうまくいく 「気遣い」のキホン』三上 ナナエ

元・CAが説く「気遣い」の極意。言われてみると「その通り」「当たり前」なことばかりだけれども、はたして自分はどれだけできているやら……。

「当たり前」をデキる人が優秀?『仕事も人間関係もうまくいく 「気遣い」のキホン』

『日本史 不肖の息子』森下賢一

歴史的有名人……の息子のお話。天才たちも「愚息」に悩まされたのか、はたまた天才のもとに生まれてしまった凡人の苦悩だろうか。歴史を語る切り口として、面白いなぁと思った。

天才の苦悩?凡人の不幸?歴史的人物の息子たちを扱う『日本史 不肖の息子』

『最小の時間と労力で最大の成果を出す 「仕組み」仕事術』泉正人

本書が出版されたのが2008年。それ以降に技術的な進歩もあり、本書で紹介されるノウハウの多くは、スマホアプリで代用できる。中でも、Evernote とWorkflowy は強い味方だ。だけども、そもそもの業務の管理の仕方や、時間の概念など、根本的な部分は今読んでも役に立つ。

平均点を上昇させる「仕組み」を作ろう!『最小の時間と労力で最大の成果を出す 「仕組み」仕事術』

『反論が苦手な人の議論トレーニング』吉岡友治

議論することはケンカではない。きちんと反証を繰り返し、論を積み上げてゆくことは双方にとって実りがある。なんとなく「空気を読」んでしまう人。NOと言えない人。反論の仕方を知れば、今より有意義な時間を持てるだろう。

「人それぞれ」は無関心?『反論が苦手な人の議論トレーニング』

『星野源雑談集1』星野源

星野源!好感度しかない!雑談集は、もっと踏み込んだ内容も欲しかったけども、雑談だからね!続編に期待!

『星野源雑談集1』を読みました(*´Д`*)

天才の苦悩?凡人の不幸?歴史的人物の息子たちを扱う『日本史 不肖の息子』

森下賢一『日本史 不肖の息子』書影

2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』。人気劇作家・三谷幸喜が手がけているとあって、注目している方も多いですよね。三谷脚本の大河ドラマと言えば、2004年の『新選組!』を思い出します。こちらも10年以上経った現在も人気作ですから、今回の『真田丸』にも期待が集まります。

大河ドラマ『真田丸』では、主人公・真田幸村を中心に、幸村の父・真田昌幸、兄・真田信之ら「真田家」の面々の画策が見ものです。この真田親子、三人共に有名人です。現在の「真田幸村」のイメージは、後の時代の創作が多く、もはや元々どんな人物だったかもわかりません。幸村の伝説というよりも、父と兄、弟の、この三人のイメージが合わさって「真田幸村」というキャラクターを生み出しました。私も講談で幸村の話を聞いたことがあります。みんなに愛された真田幸村は、尾ヒレ腹ヒレが無数についたスーパースターです。

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『古代国家はいつ成立したか』を読んだよ

領土・国民・主権が、国家の三要素です。
それぞれ国家の根幹ですから、問題を抱えている事柄でもあります。

「家族」は最小の社会の単位です。
最小の「家族」が集まり「地域」を作り、それらが集まって「都市」そして「国家」を形成します。
ですから、家族について考えることと、国家について考えることは、深く関連していると考えられます。
実際に、家族の介護問題や、子育て、就業の問題などは、現在の日本の国が抱えている問題でもあります。

国家の形を考えるときに、私たちの文化の持っている「家族の形」を掘り下げてゆくのも、良いかもしれません。

私の属している日本社会はどのようなものなのか。それは国際社会を考えることにも繋がりますし、自分という個人を考えることでもあります。

「都市とは何か」定義により古代国家誕生の時期が変わる

古代国家の成立を考えるとき、まずは「都市とは何か」を定義しないといけません。
今日読んだ『古代国家はいつ成立したか』では、著者は3つの「都市」の条件を挙げています。

  1. 首都の政治センター機能、宗教センター機能、経済センター機能を持っている
  2. 王や役人、神官や僧侶、手工業者、商人など農民意外の人がたくさん住んでいる
  3. 人口が増え自給自足ができなくなり、必要な物資を外部に依存する

これは研究者によって見解が別れるので、条件が変われば、日本に都市が登場した時代も変わります。
ですので、都市国家の登場が、3世紀~8世紀ごろと解釈に幅があります。

今年2016年は、「大化の改新」に注目して勉強しようかなぁと、個人的に考えています。
特に明確な目的もないので、あくまで趣味の活動です。
そのために、大化の改新前後の時代にも目を配るよう心がけています。

古墳の形や数、造られた場所のナゾ

古墳の形のバリエーションが気になりました。
大化の改新(乙巳の変)で滅ぼされた蘇我氏や、その縁者たちは、「方墳(ほうふん)」という四角い古墳を作ったようです。
有名な石舞台古墳も、方墳に盛った土が崩れ、中の石室が外に顕になったものです。蘇我馬子が埋葬されたと言われていますから、やはり蘇我氏。

「河内政権論」をご存知でしょうか。3~4世紀にかけて、奈良に大きな古墳が作られていたのに、5世紀になり急に、大阪の河内に巨大な古墳群が出現します。現在の大阪府堺市周辺の百舌鳥古墳群です。中でも大仙古墳(あるいは仁徳天皇陵)は、国内最大の古墳であり、世界最大級の人口建造物でもあります。

しかし、それだけ巨大な古墳を作るにしては、なぜ奈良ではなく大阪に作られたのでしょうか。理由は諸説あり、「河内政権論」の論争が続いています。
都は奈良にあり古墳が大阪に造られたのか、大阪で別の王が現れそちらに主権が移ったなどなど、考えられている理由はさまざまです。

歴史の中に見えるもの

私たちの持っている歴史・日本史は私たちのルーツであるとともに、国家にとっても重大なものです。
主権や今に繋がる国家がいつ誕生したのかによっては、現在の領土の範囲に問題が生じるでしょう。
また、私たちの社会の最小単位「家族」を考える助けになるでしょうし、それは現在の社会問題を考えることにもなるでしょう。

古代国家はいつ成立したか

  • 著者:都出比呂志
  • 発行所:株式会社 岩波書店
  • 2011年8月19日

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『水洗トイレは古代にもあった―トイレ考古学入門』を読んだよ

黒崎直『水洗トイレは古代にもあった―トイレ考古学入門』書影

トイレに関する話を、子供たちは大好きです。排泄の何が面白いというのかと不思議ですが、自分たちもかつてそうだったのです。トイレの話題でツボに入ってゲラゲラ笑い転げなくなることは、子供から大人になることなのかもしれません。

排泄は生きることと直結しています。食べることと排泄は一つの行為のはじめと終わりです。
「食べる」ことは、生き物の命を奪い罪や穢れをも連想させることであると同時に、生きる歓びを文字通り噛みしめることでもあります。
それに対し、「排泄する」ことは、「笑い」と繋がっているのは、なかなか面白い気がします。
なにか、人間の感情の出処というか、そういうものなのかもしれません。

ありふれたものから忘れてしまう。トイレは記録に残りにくい

トイレへは朝昼晩と私たちは足繁く通います。あまりにもありふれた風景です。
ありふれたものは、意外と記憶に残りにくかったりします。デパートで買い物をしたことは覚えているけれども、途中立ち寄ったトイレの設えを覚えていないこともあります。

初めて行ったレストランについてや、テーマパークでおみやげを買ったことなど、「特別な出来事」は、日記に書いたり写真に撮ったり、私たちは記録に残します。

しかしトイレは、その性質上、写真を撮るのもなんだか憚れるし、できれば、さっさと用を足して、次のことで頭がいっぱいになる場所ですから、あんまり詳細に観察もしませんし、事細かに覚えてもいません。

昔の人達も、トイレについて書き残してくれなかった

それは昔の人達も同じで、トイレに関することは、あまり多く残っていないのです。どんな形をして、どんな場所にあって、どうやって用を足したのかも、謎が多い。
トイレは、食事をするのと同じだけ大切で、生きるためにかけがえのない場所なのに、です。

そして現在も、遺跡の発掘調査でも、「トイレ」跡には注意を払ってこなかったようです。『水洗トイレは古代にもあった』では、トイレ発掘の経緯と、その難しさが紹介されています。
発掘中「トイレの遺跡」は話題にはなっても、後回しにされがちだったそうです。それは、忘れていたとか怠けていたとかではなく、「これはトイレだ」と断定することがとても難しいそうなのです。

トイレはもちろん、そこで人間が用を足す場所なのです。が、おまるに用を足して、ゴミ捨て場に中身を捨てることもありえます。またトイレのことを「厠(かわや)」と言うくらいですから、「川屋」水の流れる川に囲いをつけたり、板を渡してトイレにすることもあります。
その場合は、その用水路がトイレであった証拠を掴まないといけません。

ウンチを真面目に調べるなんて、やっぱり面白い

「トイレっぽいなぁ」とは分かっても、「ここはトイレだ!」と言い切ることが大変なのですね。

トイレの遺跡の「中身」を調べると、当時の人達の食べていたものが分かります。
寄生虫の卵を調べると、生物をよく食べていたそうです。生魚や生野菜が大好きとは、今の私たちと変わりませんね。親近感が湧きました。
だけど、もし、自分の「トイレの後」のものが、何千年も残ってしまって、未来の人に調べられたら、それはとても恥ずかしいですし、そんなものを真剣に発掘調査している未来の人が面白いですね。

水洗トイレは古代にもあった―トイレ考古学入門

  • 著者:黒崎直
  • 発行所:株式会社 吉川弘文館
  • 2009年12月10日

目次情報

  • プロローグ トイレ遺構とは?
    発掘調査とトイレ遺構/発掘現場でトイレを見つける/トイレの考古学/トイレ以降のイメージ
  • Ⅰ トイレの考古学
    • 1 トイレ遺構の発見
      福井県一乗谷朝倉氏遺構の金隠し/石積施設がトイレだ/東北地方の籌木出土遺構/福岡市鴻臚館跡のトイレ/奈良県藤原京跡のトイレ遺構/トイレ遺構の意味
    • 2 トイレ考古学のはじまり
      土壌の分析/ウォーター・フローテーション法/昆虫/種実/魚骨/花粉と寄生虫卵の抽出/寄生虫卵/科学的なトイレ考古学の確立
    • 3 発掘された藤原京・平城京のトイレ遺構
      藤原京跡右京七条一坊のトイレ/トイレの構造/トイレから見つかったもの/誰が使ったトイレなのか?/トイレ考古学における新たな見解/平城京跡左京二条二坊五坪のトイレ/藤原京跡右京九条四坊のトイレ/次々と発見されるトイレ
    • 4 長岡京・平安京のトイレ遺構
      長岡京跡のトイレ/長岡京跡の水洗トイレ/平安京跡の水洗トイレ/水洗式トイレへの規制
    • 5 藤原宮・平城宮のトイレ事情
      藤原宮跡の水洗(厠)式トイレ/溝を跨ぐ共同トイレ/平城宮跡の水洗(厠)式トイレ
  • Ⅱ 古代のトイレ――宮都のトイレ事情
    • 1 トイレ遺構への批判について
      トイレ遺構の再検討/水洗(厠)式トイレ説批判について/水洗(樋殿)式トイレ説批判について/土坑式トイレ批判について/トイレ遺構研究の課題
    • 2 文献資料に見える古代のトイレと便器
      古代の史料からトイレを探す/天皇のトイレ/貴族のトイレ/寺院のトイレ/虎子・彫木・樋/古代におけるトイレ・便器の名称/樋洗童と侍/史料見える土坑式トイレ
    • 3 平安京のウンチはイヌが食う――絵画資料が語る古代・中世のトイレ
      『餓鬼草紙』の一場面/『慕帰絵詞』のトイレ/ウンチを食べる犬/自分のウンチが犬に食われる?!
    • 4 移動式トイレを求めて
      移動式トイレの姿は?/「小便」と墨書きされた土器/平瓶は溲瓶か?/白色物質はギブサイト/秋田城遺跡の白色物質の鑑定
  • Ⅲ トイレ風土記――日本各地のトイレ事情
    • 1 日本列島、西のトイレ・北のトイレ
      鴻臚館跡のトイレは深度日本一/もう一組あった鴻臚館跡のトイレ/秋田城跡のトイレは清潔度日本一/特別構造のトイレが作られた意味
    • 2 奥州平泉のトイレ遺構
      平泉と柳之御所遺跡/籌木の発見/籌木土坑とウリ種土坑/柳之御所遺跡の遺構/再び籌木土坑とウリ種土坑について
    • 3 鎌倉武家屋敷郡のトイレ遺構
    • 鎌倉におけるトイレ遺構の発見/政所跡のトイレ遺構/米町遺構のトイレ遺構/水洗式トイレ遺構の発見/トイレ遺構の特徴
    • 4 戦国武将たちのトイレ遺構
      一乗谷朝倉氏遺構跡のトイレ遺構を科学する/堺環濠都市遺跡のトイレ遺構/広島県吉川元春館跡のトイレ遺構/鑑賞するトイレ―肥前名古屋城跡のトイレ遺構
  • Ⅳ トイレ遺構あれこれ
    • 1 最古のトイレ遺構を求めて
      貝塚の糞石/弥生時代の環濠集落/古墳時代の黙想樋はトイレか?/黙想樋は水洗式の便器/黙想樋は出産に関わる施設
    • 2 トイレ遺構の諸問題
      トイレ変遷の諸段階/韓国のトイレ遺構/平城宮大嘗宮の厠跡/寄生虫の生活史/生食好きの日本人/食物残渣/ベニバナは駆虫剤か?/漢方薬の処方/トイレの配置と遮蔽施設/人糞肥料の使用/寄生虫卵と籌木/上水道か、下水道か?
  • エピローグ トイレ考古学のめざすもの
    古代の環境とトイレ遺構/古代宮都の排水システム/トイレ考古学の現在と未来
  • あとがき
  • 図表一覧

著者紹介

黒崎 直(くろさき・ただし)

一九四六年、京都市に生まれる
一九六八年、立命館大学文学部史学科卒業
奈良文化財研究所勤務を経て、
現在富山大学人文学部教授
〔主要編著書〕
『古代の農具』(『日本の美術』三五七、至文堂、一九九六年)
『古都発掘』(『岩波新書』、共著、岩波書店、一九九六年)
『トイレ遺構の総合的研究』(編著、奈良国立文化財研究所、一九九八年)
『大和山田寺跡』(共著、吉川弘文館、二〇〇二年)
『飛鳥の宮と寺』(『日本史リブレット』七一、山川出版社、二〇〇七年)

『考古学の挑戦――地中に問いかける歴史学』を読んだよ

どんぐりのイラスト

どんぐりのイラスト

小学校へ入学してから学校で受ける授業の多くは、興味深く楽しく先生の話を聞いていました。

椅子に座っているだけで、次から次へと私の知らない、未知の情報を提供してくれるのです。
こんなに楽で良いことはないなぁと思っていました。
しかも、日本では小学校と中学校は義務教育で、誰でも教育を受けられるのですからすごい話です。

大人になると、なかなかそのような、座っているだけで他者が手取り足取り情報を提供してくれることはありません。
人に尋ねたり、足を運んだり、自分で判断をし、自分でアクションを起こし、自分で手がかりを得ていかなければなりません。

なんだか消極的?な「本を読む」理由

私は本を読むのが好きです。
好きな理由の一つは「読んでいるだけで知識が得れるから」です。
とりあえず、どんな書物でもページをめくり、端から書いてあることを読んでゆけば、何かしらの情報は得られます。
我ながら受動的で消極的な理由だなぁと思いますが、これが私が本を読む理由の大部分を占めています。

「自分に必要な情報だけを得る」とか「これは私には不要な知識だな」とか、判断なんてできません。
いつ何時、どこでどう何が必要になるかなんて分かりませんからね。

あくまで「今の自分にとって必要か、不要か」しか分かりません。
それに、同じことを同じようにしていても、何を学ぶかは自分次第です。

『考古学の挑戦』を読んだよ

『考古学の挑戦』は、一章ごとにテーマを分けて、6名の先生方が入れ替わり立ち代り考古学についてレクチャーをしてくれます。
岩波ジュニア新書なので、興味津々の小学生や中学生の好奇心を掻き立てるでしょう。
それぞれはサラッと誰もが読めるような柔らかいないように咀嚼されていますが、どれも専門的で長い年月を要して研究されてきたことでしょう。

そんな中身の濃い内容に、ページをめくるだけでアクセスできるのは、はやり読書の楽しみであり、すごさだと思います。
しかし、同じ内容の本を読んで、何を得るのかは自分次第です。

ちなみに私は、樫の木だけでなく、トチやブナなどの食用の木の実全般を「どんぐり」と呼ばれていたことを知りました。
そういえば、幼いころどんぐり拾いに精を出していましたが、形や大きさ色艶など、全然違う「どんぐり」を集めては、「なぜこんなにも見た目が違うのか」と不思議でした。
なんてことはない、複数の植物の木の実を総称して「どんぐり」と呼んでいただけなんですね。

 

考古学の挑戦――地中に問いかける歴史学
阿部 芳郎
岩波書店
(2010)

『ソクラテスの最後の晩餐―古代ギリシャ細見』を読んだよ

アテナイの学堂のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

アテナイの学堂のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

古代ギリシアについて書かれた本などを読んでいると、素朴で、野蛮で、どこかコミカルで、なぜだか爽やかな風が吹き抜けているようなイメージを感じます。
大らかで、やたらと美味しそうな食材をかきこみ、ワインを豪快に飲み、小難しい顔をして、議論を交わしているようなイメージ……。
このイメージは一体、どこで仕入れてきたものなのでしょうか。

壁画 『アテナイの学堂』に釘付け!

ルネサンス期の巨匠ラファエロが描いた『アテナイの学堂』というフラスコ画があります。
有名な壁画なので、本やテレビで見たことがある方も多いかと思います。
私も、本物は見たことがないのですが、この絵がとても好きです。

左右対称の構図でどっしりと構えており、当時最新の技法だった「一点透視法」でどこまでも奥行きがあるかのように描かれています。
アーチ状の天井のある建物内のようですが、明るく、とても開放的な空間です。
実際にアーチ状の建物の壁に描かれた絵画でなので、だまし絵のように見えるのかもしれません。

そこへ、たくさんの人々が描きこまれています。
描かれているのは古代ギリシア時代の哲学者たちです。

 アカデミックの一端に触れる!?

私はこれを見たび「すごくアカデミックな感じー!」と思い心奪われます。
私の「アカデミック」なイメージは『アテナイの学堂』なわけです。

そして、自分がアカデミックな学問に触れたとき、まるで自分も『アテナイの学堂』と地続きの場所にいるような気がします。
それは、絵の中に描かれているソクラテスやプラトン、アリストテレスなど、超絶歴史的有名が生きた世界の延長の、同じ地球の隅っこで自分も生きているんだなぁと、実感できるような気がします。

 日常で使う言葉にも、古代ギリシアの面影が

「アカデミック」「アカデミー」という言葉も、古代ギリシアの偉人プラトンに由来しています。
アテネの郊外「アカデミア」という土地にプラトンが学園を創立したことが由来です。

『ソクラテス最後の晩餐』ではプラトンの学園「アカデミア」での、学園生活や、婚姻、子育て、教育、徴兵、など古代ギリシア時代の風俗やお祭り、文化がたくさん紹介されていました。
途中、解説文から物語のような文体を交えながら、優しく噛み砕かれた内容でした。
普段あまり意識をせずに使っている言葉の中にも、古代ギリシアに由来する言葉や、諺などがあるようです。
古代ギリシアの文化は、ユーラシア大陸の端っこの列島までも、想像以上に大きな影響を及ぼしているのかもしれません。

 

ソクラテスの最後の晩餐―古代ギリシャ細見
塚田 孝雄
筑摩書房
(2002)

『偽善のすすめ』を読んだよ

明治以降大量に輸入された外来語を日本語に翻訳した偉人達のイメージをコピックで描いたイラスト

明治以降大量に輸入された外来語を日本語に翻訳した偉人達のイメージをコピックで描いたイラスト

『偽善のすすめ』では中学生の豪太くんと亜美ちゃんが、謎のイタリア人パオロと「偽善」について話し合います。
例えば「偽善者」と言えば、強欲で見栄っ張りで、下心のある腹黒い人物をイメージします。しかし一方「やらない善よりやる偽善」と、考えてみるとなんだかよくわからない言い回しを使って、偽善を肯定しようともします。

「偽善」の良し悪しを語るには、まずは「偽善」とはなんなのか、定義を考えねばなりません。
しかし、「偽善」という言葉が明治以降の日本に登場して以来、時代時代で意味が変わっているようなのです。

ある時は極悪の象徴「偽善」。ある時は行為を持って「偽善」が使われていました。
言葉にも山あり谷ありの歴史があるのですね。

言葉の歴史って大切?

最近登場した言葉もたくさんある

ある物事について考えるとき、その言葉の歴史をまずは振り返ってみても良いかもしれません。
「自由」や「愛」「社会」「都市」といった、今では当たり前に使われる言葉も、明治以降、外国から文化や学問、思想がどっと流入されたときに、生まれた新しい言葉です。「偽善」もどうやらこの仲間みたいですね。

当然ですが、西洋からこれらの概念が流入してくる以前には、日本語にそれにあたる言葉はありませんでした。
概念や考え方自体が日本人は持っていなかったということです。

理屈よりも気持ちが大事?

しかし、言葉の意味や定義など、理屈ばかりに凝り固まってしまうのはいかがなものでしょうか。
大切なのは「気持ち」で、その時その時の気持ちをしっかりと表現することが大切です。

いちいち言葉について考えこんでしまっていては、なにも表現できません。
心のままにのびのびと話すことも大切です。

言葉はなぜ必要なんだろう?

「愛」は「かなし」?「love」?

例えば、「愛」という字は、日本でも古くから使われていました。
「かなし」という日本語があてられ、「可愛い」とか「愛しい」の意味です。
どちらの言葉にも「愛」が使われていますね。

この「愛」の漢字に英語の「love」という意味がくっついたのが明治以降のお話。
ですので、日本語の「愛」という言葉について考えるときは、日本の古来からの言葉「かなし」という意味と、英語で言うところの「love」という意味と、二つを分けて考えなければなりません。
ごちゃごちゃにしてしまうと意味がわからなくなってしまい、「かなし」についても「love」についても、どちらの言葉も味わえなくなってしまいます。

言葉は思想や価値観に大きな影響を及ぼすものだと思います。
その言葉の意味を見極め使いこなすためには、言葉の歴史や出現した時期や理由も踏まえておきたいです。

気持ちは大事。大事だから、丁寧に伝えたい

「気持ち」はとても大切で、理屈とは別に湧き起こる感情や考えを抑えこむ必要はありません。
そこで大切になのは「気持ち」そのものではなく、気持ちを「伝える」ことではないでしょうか。
気持ちを誰かに伝え共感したり、同情しあえることで、代え難いものになります。
そして、他者と気持ちを分かち合うときに必要な物が「言葉」です。
その言葉の意味を勘違いしていたり、曖昧な定義のまま使っていると、相手とすれ違いや行き違いを生む元になってしまいます。
他者と気持ちや考えを分かち合うためにこそ、言葉についても造詣を深める必要がありそうです。

 

偽善のすすめ: 10代からの倫理学講座
パオロ・マッツァリーノ
河出書房新社
(2014)

『神さまがくれた漢字たち』を読んだよ

朝夜ネットにちなんだ「日」と「月」という象形文字の画像

朝夜ネットにちなんだ「日」と「月」という象形文字の画像

漢字や熟語、言葉の成り立ちについてしたり顔で説明されることがあります。
例えば「“学ぶ”とは元々“真似ぶ”が語源だから~」という話も、聞き飽きるほど様々な人から聞きました。
ありがたい先輩から後輩へのアドバイスなのでしょうが、私はこの手の「語源」「由来」の話があまり好きではありません。
だって、それが本当なのか、一般的にそう言われているだけなのか分からないんですから、「眉唾じゃないのかなぁ」と思ってしまいます。

先の例ですと、普通に「まずは人の真似をしてみることから始めなさい」と言うだけで良い気がします。

神様と対話するために生まれた「漢字」

『神様がくれた漢字たち』を読みました。
漢字が生まれた伝説では「蒼頡(そうけつ)」という、目が4つもある人物が鳥や獣の足跡の法則性を見出し、漢字を生んだとされているそうです。
そのとき「天は粟を降らし、鬼は鳴き叫んだ」と、『淮南子(えなんじ)』という漢の時代に編纂された政治、祭事、逸話、故事などあらゆる分野について記された書物にあります。
蒼頡が漢字を生み出したとき、天変地異が起こるような、とても大変で重大な出来事だったとされているんですね。
もちろんそれは伝説の話でしょう。

漢字は「甲骨文字」として、亀の甲羅や動物の骨、時には人間の骨に彫られ、王が収穫や天候などを神様に尋ねたり、願いを告げたりするために使われました。
文字を書いた甲羅を焼き、ヒビの入り方で神様は返事をします。
占いの一種です。
そうやって、人が神様とやりとりするために使われた神聖で特別なものとして、漢字は生まれたんですね。

漢字が生まれた頃と、現在使われる漢字や言葉は違う

漢字の成り立ちについて語るなら、その漢字が生まれた頃までずっと遡る必要があります。
イラストのような「象形文字」で書かれた古い漢字と、現在私達が使っている漢字では、同じ文字でも意味がすっかり変わってしまったものもたくさんあります。

中国で生まれた漢字が日本に渡ってきてから、日本国内でも独自の発展をし続けてきました。
明治以降、近代に入ってからも、日本での漢字や文字の表記について議論され続けてきました。
常用漢字が定められ、現在かなづかいに改められ、更に現在の私たちはワープロソフトによって書かれる明朝体やゴシック体の文字たちに慣れ親しんでいます。

漢字の生まれたはるか昔から、長い時間の中、文字や言葉たちは形を変え、意味を変え、現在に連なっています。
今、自分が普段使っている漢字や単語の形や要素を引き合いに出して、言葉の語源や文字のルーツを語ることは難しいように感じます。
「なんとなくいい話風」「なんとなく尤もらしい雰囲気」にまとめられたお説教には、いつも警戒してしまいます。

 

※今日のイラストは、「朝夜ネット」にちなんで「日」と「月」「夕」の象形文字を書きました。
「朝」の字の書き方は分からなかったので、代わりに「日」を書きました。真ん中の横線が太陽を、その周りの囲いは太陽のエネルギーのようなものを表すのでしょうか。
二文字目は「月」または「夕」です。この二文字は現在では全く違う意味の文字ですが、元は同じように使われていたそうです。「夕」すなわち「夜」の意味で「月」が使われることもあれば、年月を表すときに「夕」が使われていることもあるそうです。

 

神さまがくれた漢字たち
山本 史也(著)、白川 静(監修)
イースト・プレス
(2011)