歴史

『飛鳥の考古学』を読んだよ

明日香村にある猿石をコピックマーカーで描いたイラスト

奈良県高市郡明日香村の飛鳥地域を何度か歩いて回ったことがあります。
ただフラリと自転車で見て回ったこともありますし、カメラ片手にルートをしっかりと決めて一通りの有名な史跡を撮影して周ったこともあります。

飛鳥は、数えきれないくらいの史跡が興味を引きます。
ですが、飛鳥の魅力はそれだけではありません。
絵に描いたような「里山」の風景。
田んぼが広がり、山が連なり、川が流れ、道端には目に眩しいくらいの鮮やかな草や花が咲いています。

私もぐるり田んぼに囲まれた田舎で育ちましたが、野の草がこんなにも鮮やかで、山や野原を彩ることを知りませんでした。
そこを、ひらひらと蝶が舞い、鳥が鳴き、風が吹き抜けます。

なんだか懐かしいような気分になりました。

『飛鳥の考古学』を読んだよ

飛鳥の地を堪能するにはやはり、史跡を追って散策するのが一番でしょう。
『飛鳥の考古学』では飛鳥の古墳、謎の巨石、宮跡、お寺など紹介されています。

鬼の雪隠、鬼の俎(まないた)という巨石があります。
雪隠とはトイレのこと、俎はそのまま、料理で使うまな板です。
巨大な石が、バラバラの場所にあるのですが、もともとは一つの史跡で、古墳の内部の棺桶と蓋だったと言われています。
長い年月の中で、古墳の周りにある土がなくなり、石室が露出し、さらに崩れてバラバラになってしまったのです。

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『美女の歴史』を読んだよ

女性的だと感じる化粧品のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

美しさを保つ方向性として、健康で体を鍛え引き締まった身体を手に入れる方法と、化粧を塗りたくり着飾ったり、衣装により体のシルエットを隠したりする方法があります。
それは現在の美容感覚だけでなく、古代から続く質の少し違う「美」だそうです。

時代や地域によって、鍛えあげられた肉体が持て囃さていることもあれば、過剰なほど日焼けを嫌ったり、化粧や装飾を身につけることもあったそうです。
現在の日本では健康志向の人も多いですよね。

やっぱりスリムな女性が魅力的?

『美女の歴史』では西洋での美女の変遷を紹介されているのですが……。
どうやら古代から、スリムな女性が魅力的とされることがほとんどだったようです。

時代によっては「ぽっちゃり体型」が良かった時代も少しはあるようですが、かなりの短い間。
スリムを通り越して、病的なほどやせ細ったり、青白くやせ細った女性を良しとする時代すらあったとか。

むしろ、現在が一番、ガッチリやムチムチが許容されていているのかもしれません。
ファッションやメイクにしたって、こうでなければならないって縛りは緩いですからね。

やはり、どの時代もスリムな女性が魅力的なのでしょうか。

ダイエットへの決意……?

鍛えあげて磨き上げた肉体でもなければ、塗りたくって着飾ってアラを隠せるテクニックもない私……。
やはりここは、減量しつつ身体を引き締めてゆく必要を突きつけられた気がします。

美女への道のりははるか遠いです……。

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『人類史のなかの定住革命』を読んだよ

コンパクトな家財道具をどこへでも持って移動できるイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

最近の私はずっと、部屋の片づけに取り組んでいます。
ノリノリで物を処分し掃除をしているときもあれば、前へ進めなくて悩んでしまうこともあります。

すでにかなりたくさんの物を手放し、ほんの半年前とは全く違う空間で日々を過ごしています。
物を手放すと、肩の荷まで下りたようで、気持ちの負担もとても減りました。
すでに、新たに手に取る物は、選び方の基準にも変化が起こっているように思います。

これまでは「高いか安いか」「得か損か」でしか物を選べませんでした。
今は「こんなのが身近にあったらいいなぁ」「これからこんな生活をしよう」とワクワクしながら選べるようになりました。

人間はもともとミニマリスト?

『人類史の中の定住革命』を読みました。
類人猿の中からヒトがどのように枝分かれし、今日の繁栄に至る過程で起こった「定住革命」について書かれています。

類人猿は一箇所に定住せず、群れで移動をしながら生きているそうです。
人類も同じように、次から次へと引っ越し続けていたんですね。

定住しないので、いつも食べ物のある場所へ移動します。
排泄物の処理も必要なく、その場所が汚れればよそへ移ります。
仲間が死んだり、病人が出ても、どんどん住み家を移してゆくことで衛生状態も確保できます。
自然災害が起こっても、移動すればいいのです。

現在でも定住せず、移動しながら生活をしている部族があるらしいのですが、彼らの家財道具はとてもコンパクトで、5分もあればすべての荷物を抱え、村ごと引っ越してしまえるそうなんです。
超ミニマリストですね。

片づけの悩みは人類が定住し始めたから?

ヒトは定住することにより、他の類人猿たちと違う道を歩み始めました。
定住に社会は大きく膨らみ、文明が生まれ、現在のヒトの活動範囲は地球の隅から隅まで広がりました。
しかし、もともとは移動しながら生きている種族です。
定住生活に慣れるまで、かなりの時間がかかったようで、現在でも定住することによるリスクや不便も抱えています。

そして、私がこんなにも持ち物に悩まされる原因も、定住生活によるものではないかと考えました。
定住せず、住み家を次々と変えてゆく生活では、常に警戒心や注意深さが必要です。
しかし、一箇所に定住をし、村を作り、社会が形成されると、外敵から身を守るコストがうんと減るので、警戒心や注意深さも軽減されます。
外敵から身を守ろうとする本能は、「好奇心」や「探究心」に変わりヒトが人間らしく変化してきたというのです。

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『百舌鳥古墳群をあるく』を読んだよ

JR阪和線に乗った思い出のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

大阪・天王寺駅から和歌山へ伸びるJR阪和線へ乗ると、10分もすると大阪市を抜け、堺市に差し掛かります。
車窓に映るのは、びっしりとひしめく住宅街と、その間にポコポコとこんもり緑色の古墳が見えます。

JR阪和線の路線は、有名な大仙古墳(仁徳天皇陵)の真横を通過するため、電車から間近に古墳が見えます。
しかし、古墳が大きすぎて、山にしか見えません。
古墳の全景は地上からはなかなか把握できません。

手軽な方法では、堺市役所の展望ロビーから大仙古墳を上から楽しめるようです。
参考リンク:特集 堺を巡る |堺観光ガイド

私のショッパイ「古墳の思い出」

ある時、「いい人を紹介してあげる」と友人が異性を紹介してくれました。
「絶対に気が合うと思う!」と大推薦で、その理由が「その人ね、古墳が好きなんだって!絶対気が合うよ!」ということでした。

長年の友人だったのですが、私のことを「古墳好き」あるいは「古墳好きと気が合う」だと思っていたとは驚きました。
確かに、古墳は嫌いではありません。
ですが、取り立てて好きなわけでも、特別に古墳の研究をしているわけでもないのでとても困りました。
古墳らしき森を見るたび、そのことを思い出します。

私が古墳に興味があると思われていた要因があるとすれば、かつての私の通学路にあるのではないかと思います。
たまたま通学に使っていた路線が、複数の古墳群を突っ切るコースを走っていました。
毎日毎日、満員の電車内から外を眺めていると、ポコポコと大小の古墳が見えます。
駅に置いてあるパンフレットや、地図を見ながら「あれは古墳なんだなぁ」とぼんやりと日々眺めていました。

まさかこんな経験から「いい人を紹介してあげる」に繋がるとは思いもしませんでした。
ちなみに、紹介してもらった相手の方とは残念ながら気が合うことはなく、よくわからないモヤモヤが残るエピソードになってしまいました。

『百舌鳥古墳群をあるく』を読んだよ

百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)とは、大阪府堺市にある44基にも及ぶ古墳群のことです。
かつて100基以上あったそうですが、高度成長期に伴い宅地開発されなくなってしまったそうです。

本書では現存する古墳を中心に、写真や図を交えながら古墳の情報や、現在の状態が紹介されています。
大仙古墳やミサンザイ古墳など、聞いたことのある古墳もありますが、ほとんどは今回初めて知った古墳たちでした。

JRの車窓から見える古墳たちも名前を知れば、今後は少し見え方が変わってくるかもしれません。
ついでに、私の「古墳の思い出」も、上塗りされればいいのになぁと思います。

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『説き語り日本書史』を読んだよ

書を書くのに必要な筆と硯、墨のイラストをコピックで描いたイメージ

私はこれまで、何度かお習字を習おうと、書道の先生の元へお願いに上がったことがあります。

一回目は、中学3年生の頃。
近所の書道の先生のところへ、しばらくの間通っていました。
硬筆と万年筆のペン習字を習っていたのですが、高校進学と共に時間が合わなくなり通えなくなりました。

二回目は二十代半ばの頃。
引っ越した先の近くの習字教室へ見学に行ったのですが、元気な子どもたちがたくさんいて、とてもフリーダムな雰囲気でした。
静かな時間帯を狙っての出席や、自宅で練習して添削をしてもらうなど、方法を提示して頂いたのですが、タイミングや諸々の条件が合わず結局断念。

三回目は、書道の先生のもとへ習字を教えて欲しいと頼みに行ったものの、新規で生徒を取っていないと断られてしまいました。

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