片田珠美

『一億総ガキ社会』|諦めないで、お客様

諦められない大人たち

『一億総ガキ社会』は、モンスターペアレントやモンスターペイシェント(患者)、引きこもりや「草食系」なんかの話を、心理学的なアプローチを交えつつ、社会問題を語ります。これらの社会的な「現象」は、元をたどれば同じ心理状態から発していると言います。それは「挫折ができない」ことです。

我が子を特別扱いするよう学校や教諭に求める親は、自分の子どもが「特別ではないこと」を受け入れられません。それを受け入れることは「自分が特別ではないこと」を認めるのと同意だからです。我が子の問題をなにもかも学校のせいにする親も、「自分の子育てに問題があった」ことを受け入れられません。

「草食系」という言葉が使われ始めて久しいですが、恋に消極的だと、恋に破れるリスクを回避できます。

学業や仕事で問題にぶち当たったとき、その責任を他者や社会に求める人もいます。「新型うつ」の傾向として、本人が何かを「挫折した」ものの、それをなかなか認められず、現実と理想のギャップに苦しんでいる場合があるそうです。その挫折は、左遷されたり、仕事が上手くいかなかったり、自分の頑張りを周囲が思うように認めてくれなかったり、問題は様々です。

諦めて大人になってゆく

「大人になる」とは、挫折を知り、諦めることが増えてゆくことです。反対に、子どもは無限の可能性と、全能感を持っています。若者は夢を追いかけて、努力をするものだし、何も始める前から諦めてしまうのもおかしな話です。

だけど、全員の夢が100%叶うわけではなく、多くの人たちは一つ一つと壁にぶつかり、諦め、身の丈を知り、自分のできること、できないことを受け入れてゆく過程に大人になってゆくと言えるのではないでしょうか。

ということは、「諦められない」現代人は、ずっと子どものままということ。子どものように諦めないことを推奨されているのに、現実には諦めざる現状に直面し、そのギャップが社会現象として浮上しているというお話。

「諦めないで」の苦しみ

「諦められない」理由は、「自分らしく」生きることが推奨されている時代だからでもあるし、また消費社会はお客様に対して「諦めないで」と発し続けます。

「諦めないで、英会話を始めましょう」「諦めないで、美容にサプリを飲みましょう」。自己実現のために仕事終わりに買い物や外食にお金を使い、帰宅後も自分磨きに時間を費やし、「自分へのごほうび」や、「自分の楽しみ」が必要です。時間もお金もいくらあっても足りません。サービスを提供する側は、そうやって消費を促しています。

「選択」と「決定」し続けること

自分らしく自由に生きてゆくとは、自分で「選択」し続け、「決定」し続け、その結果の「責任」を負い続けることです。自由に生きる、自分らしく生きることは、自分の責任のもと選択・決定をし続けることが大きな負荷となる人もたくさんいます。

自由に生きられる世界は、素晴らしい世界です。今の日本社会は、ほぼ人類の夢を叶えた世界なのかもしれません。自由に自分の生き方を選ぶことができ、医療が行き届き長寿になって、死はなるべく遠ざけられ、すごい世界に生きています。

先日、ジブリ映画の『かぐや姫の物語』の小説版を読みまして、かぐや姫が月の世界で罪を犯し、地球に落とされる理由を知りました。(以下、軽くネタバレ?します) 月の世界は悲しみのない幸福な世界です。だけど、かぐや姫は地上の人々が活き活きと生きる姿を見て「何か」を思うのです。その「何か」が彼女の犯した罪です。月の世界は悲しみがない……つまり死もなく飢えもない幸福の世界です。それは同時に、生もなくお腹が空かず、喜びのない世界でもあります。その幸福な世界で生きるかぐや姫が、地上の喜びを持って生きる人々…つまり悲しみを持って生きる人々を見て「何か」を思ったのですね。

かぐや姫の物語 (角川文庫)

幸せになるとは、退屈に生きることなんでしょう。あさよるも、自分の大切な人は絶対に、一瞬でも長く平たんで穏やかな気持ちでいることを願っています。波風はなるべくなく、いつまでも平穏でいて欲しいんです。それは「ずっと退屈でいて欲しい」という願いなのかも。

だけど実際には、理想と現実の間にはギャップがあり、「諦める」という手は封じられている以上、他人のせいにするか、他の何かに依存して気を紛らすしかなくなってしまいます。

「運がいい」「運が悪い」

ふと、『一億総ガキ社会』を読んでいると、現在のわたしたちは「運がいい/悪い」ということを、どのように受け止めているんだろうと感じました。

確かに、自由に生きるとは自己責任を負って生きる生き方なんだけども、どんな結果が待っているかは運要素も大きく関わっています。

『一億総ガキ社会』では、司法試験を何度も受験している男性が、想いを寄せていた女性が他の医者と結婚してしまい、その現実を受け入れられず「彼女はもうすぐ離婚して自分のところにやってくる。それまでに司法試験に合格しないと」と考えている話が登場します。これは恋が破れた場合の話です。だけど、恋が実ることもありますよね。自由に自分らしく生きる世界では、実った恋も自己責任(自分の成果)ということになるんでしょうか。

こと恋路に関しては、縁のものだし、タイミングもあるし、パートナーとして一緒にいられる期間が長いのか短いのかもあるし、それらは複合的に要素が入り組んでいて、大雑把に言うと「運」だと思うんですw

良いことも悪いことも、意図せずともそうなることが多々あります。「運」としか言えない、神頼みするしかないこともたくさんあります。それらをどう処理してるんだろう。たぶん「諦める」ことを認めるとき、「運」を受け入れることなのかな、なんて思いました。

「有難い」の反対は「当たり前」という話がありますが、恋が実るかどうかが自己責任の世界では、「恋が実って当たり前」という解釈になるのかな。

ちなみに あさよるも、初めて「カオス」という存在に触れたとき、理解の範疇を超えていて、ものすごく動揺しました。実際にカオスの実験も目にしましたが、心のどこにそれを持っていけばよいのか分からず、長い間そのまま棚上げしていました。やっと最近になって、なんとなく「カオス」ってこういうことなのかと扱えるような心持になってきました。

カオスから見た時間の矢―時間を逆にたどる自然現象はなぜ見られないか (ブルーバックス)

こう解釈できる

『一億総ガキ社会』も、具体的な解決策が出ないまま終わってしまいます。それは著者自身も現代を生きる人であり、子どもっぽく諦められない性質だと吐露されています。しかし、「自分はこういう状態にある」と認識できるだけでも、少し状況は変わります。実際に精神科医の著者のもとに訪れる患者さんは、自分の状況を理解するだけで、少しずつ好転してゆくそうです。

何もわからない状態は不安で、不安がかき立てられると自分を守るため攻撃的にもなってしまいます。何も解決していなくても、「知る」という行為だけで、「わからないという不安」は減るでしょう。

「諦められない」「失敗できない」現状はさながら、赤ちゃんが転びそうになれば大人が助けてやって、一度も転んだことのないまま子どもが育ってゆくような感じ。実際には、見るのは辛いですが、赤ちゃんは何度も転んで転んで、転んで起き上がる練習をしないといけません。ただ転べばいいってもんじゃなく、本書では

一)他人のせいにばなりしない
二)敗因を分析する
三)自分で起き上がる

p.247

と三つの練習が紹介されています。

あさよるにとって、本書で知れた一番の収穫は「あなたらしく」「諦めないで」というメッセージは「儲かる」ということ。そんな言葉で語りかけてくる人がいたら、その真意を探ってみるのは有効かも(苦笑)。

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『賢く「言い返す」技術』|感情OFF、作業として攻撃をかわす

こんんちは。お子ちゃまタイプな あさよるです。今日読んだ『賢く「言い返す」技術』は、他人を攻撃する人のタイプを8つにわけ、それぞれのタイプ別対処法が指南される本です。その中の「お子ちゃまタイプ」がおまおれ状態で冷や汗をかきました(;’∀’)

本書では「攻撃的な人のタイプ」「攻撃されたときの対処法」が紹介されています。ここでは大まかな概要を述べるだけですが、本書では具体的なケーススタディを挙げ紹介されています。職場、家族、友人関係別の場合がまとめられています。

人から攻撃されたとき、同じように反撃しても争いが泥沼化するだけです。だけど、だからと言って「我慢していればいい」わけでもありません。攻撃する人……つまり加害者には毅然とした対応や、自分が傷つかないよう、心を守る対策が必要です。

また、攻撃する人の特徴を自分に当てはめてみたら、自分が他人に対してやっちゃいがちな言動を知れます。これは本書の〈裏テーマ〉ではないかと勝手に解釈しましたw 自分がトラブルの種を撒いていることもあるでしょうから、自分が他人を攻撃しているポイントを自覚するだけでも、何か多少は変わるのかも。

嫌な人の避け方

『賢く「言い返す」技術』では、人から嫌なことを言われたときの切り抜け方が紹介されています。ほとんどはその場でスパッと相手の負の感情を切り離す「言い返し」です。一言だけで、距離を置ける魔法のワード集です。

攻撃的な人の8タイプ

『賢く「言い返す」技術』では、攻撃的なことを言う人を8つのタイプに分けられています。

攻撃的な人は理由もなく人を攻撃するのではなく「攻撃を受けている側よりも、ずっと弱い面を持った人たち」だと紹介されています。恐怖や不安を抱き、弱い面があるからこそ、攻撃せずにはいられない。だから、彼らを対処するなら、その「弱い面」を良く知って上手いことあしらえばいいのです。

「我慢してればいつか解決する」と考えず適切な対処が求められています。

1.王様タイプ

他人を支配し、思い通りにさせたい人。高圧的で王様のように振舞いたいタイプ。

やたら上から目線で物を言うヤツ。そういうヤツこそ、自分のポジションに自信がなくて吠えているそう。本当にその立場で周囲から信頼されている人は、わざわざ上から目線発言をする必要はないのです。

役職が上がったばかりの役員とか、上司によくいるタイプ。本心では「人からみくびられてしまうのでは」と怯え、自分のポジションが脅かされていると感じ、その恐怖を打ち消すために他人を支配しようとします。

2.裸の王様タイプ

自分を認めて欲しい! 裸の王様タイプは自分の自慢話を延々としたり、自己中な言動をする「自己愛」や「承認欲求」が強いタイプ。自分の優位性を誇示したい!

例として、新しく来た管理職の人が「前任者よりも自分の方が優れていると知らしめたい」という欲求から、これまでのやり方を踏襲せず、自分のやり方を下に押し付けようとする例が紹介されています。

だけど、本当にすごい人は自他ともに実力が既に認められています。「認められたい」と思っている時点で、その程度の人だということ。だからこそ「自分を認めて欲しい」をアピールをやめられません。その自信のなさを、周囲の人はわかっているけれども、本人だけが気づいていない……「裸のぷ王様」状態です。

3.羨望タイプ

うらやましい!負けたくない! 嫉妬心からじわじわと他人を攻撃するタイプ。「マウンティング女子」もこのタイプ。他人と比べることで自分の優位性・立ち位置を確認したい欲求がある人は多いのです。序列をつけ、自分より下の人を作りたい、そして自分より上位の人が羨ましい。

「羨望というのは、他人の幸福が我慢できない怒りだ」とラ・ロスフコーの名言が引用されています。

4.お子ちゃまタイプ

思い通りにならなきゃイヤ! わがままで、自分の欲求が受け入れられて当然だと思っている幼稚な人。「自分は特別扱いが当たり前」と思っているから、周囲からの注意や助言も聞き入れられず、逆に「あいつが悪い/自分は悪くない」と攻撃し始めます。

5.悲劇のヒロインタイプ

私はかわいそうな人なの、大事にしてよ。弱い私なら、人を攻撃してもいいでしょ? 「弱い人」を被害者だと思い込む傾向が世間にはあって、そこにつけ込むのが悲劇のヒロインタイプ。か弱そうすることで人から守られ、気に入らない相手には攻撃し放題。

少し何か指摘しただけで泣き出して、まるで注意した人が悪いように演出します。「周囲の同情を集めることに快感を覚えている」とのことで、彼らの策に乗らないのが得策です。

厄介なのは、自分が「被害者ヅラ」をしているのをいいことに、「か弱い自分は他人を攻撃しても良い」と思っているところです。

6.置き換えタイプ

誰かに八つ当たりしたい! 日頃から溜め込んだうっぷんを、別の場所で無関係な人相手にぶちまけるタイプ。生きにくい時代ですから、ストレスが溜まるのはわかりますが、だからと言って他人でうっぷん晴らしをしてよいわけではありません。

駅員やコンビニ店員、お客様窓口などがターゲットにされやすい。大したクレームでもないのに、何時間にも渡ってキレ続ける人というのが実在するそうです。

7.トラウマタイプ

自分と同じ恐怖を人に与えたい。過去に自分がされたことを、自分よりも弱い人に同じことをして、過去のトラウマを乗り越えようとするタイプ。虐待を受けた人が、自分よりも弱い人に同じ虐待を繰り返してしまうことを、精神分析の世界では「攻撃社との同一化」と呼ぶそうです。

いじめっ子はいじめられっ子だったりするのと同じ。気の毒ではあるけれども、だからと言って他人を攻撃していい理由にはならなりません。

8.サディストタイプ

傷つけるのが快感なのがサディスティックタイプ。傷ついたり恐怖、苦しむ顔を見るのが気持ちいんだそう。猟奇的な事件のような極端な行動に出ずとも、怒りで物に当たるのもこのタイプだそう。怒って机を叩いたり、物に当たる姿を相手に見せつけ、動揺している様子を見てスカッとする。

対応策・7つの武器

以上のような8タイプの攻撃的な人への対応7つが紹介されています。どんな攻撃にも対応の仕方があるそうです。あさよるは、人から攻撃されたときいちいち動揺せず、「ここにある指示通りに対応すればいい」と思うだけでも、ちょっと心配が減った気がします。

1.相手の裏の心理を見抜く

皮肉やいやみや自慢話は、こちらへの恐怖、嫉妬、優位に立ちたい心理があります。だから「あなたの真意はわかってるわ」という態度をとればいい。

必殺「オウム返し」! 「バカ」と言われたら「バカってどういう意味ですか?」と聞き返す。

必殺「さすがですね!」 他人を支配したい仕切りたがり屋なんかは、過剰に褒めちぎってやろう。つまり、からかってやるのだ。

必殺「先回り」! 自慢話が鬱陶しい人には、相手よりも先に「○○だったんですよね!」と先にオチを言ってしまおう。「もうその話は何度も聞いた」と意思表示になる。

必殺「おっしゃる通り。それで何?」! 面倒くさい説教を垂れてくる人には、早々に「おしゃる通り!」と相手に賛同した顔をして、すかさず「それで何ですか?」と聞き返そう。相手はひがんで説教垂れてるだけだから「だから何?」と聞かれると言葉がない。

2.別の話をする

カチンとくる侮辱の一言、挑発的な言葉、不毛な悪口……こうしたイヤな会話から逃れる最善の方法は、まともに取り合うのではなく、「別の話題」に誘導してしまうこと。

しても仕方のない話は切り上げてしまいましょう。

脈絡もなく「そういえば今日のニュースで」「そういえば、あの映画…」とネガティブな会話をこっちのタイミングで終わらせましょう。相手の負の感情に乗る必要はないのです。

3.矛先をそらす

「置き換えタイプ」「トラウマタイプ」からの理不尽な攻撃、「羨望タイプ」「悲劇のヒロインタイプ」のくだらない悪口やグチは、「そんなこと私に言われても困る」とスパッと言っちゃいます。盾をつくるのです。目上の人の場合は「その洋服素敵ですね」なんて、褒めておけば相手は悪い気はしない。

4.一段上に立つ

他人を攻撃する人は不幸な人なので、「かわいそうな人だ」と一段上から冷静に見下ろすのも手。自分の方が高い位置にいるので、正面からぶつかることはない。激昂している相手へは「落ち着いて」「ゆっくり話して」と促したり、話を煙に巻くのもいい。

5.周囲を味方につける

攻撃する様子を誰も見ていないとなると、攻撃がエスカレートしてゆく。だからわざと大きな声で「失礼ですね」「ひどいですね」と周囲に聞こえるようにアピールしたり、「○○さんにも報告します」と相手の怖れる人の存在を持ち出しましょう。

6.あえて無防備になる

攻撃されたからといって、自分もそれに応戦してしまうと戦争が泥沼化します。「私はあなたを攻撃しません」とアピールする方法もあります。それは「私は傷ついた」「あなたを嫌いになりたくないから、そんなこと言わないで」と、こちらに戦闘の意思がないことを示して、相手がどう出るか試してみます。

7.筋違いの期待を裏切る

攻撃してくる人は、相手が傷ついたり、不幸になればいいと思っています。だから「そんなこと私は気になりません」と示します。相手の期待を裏切るのです。いやみを言われても笑顔で「へぇ」と涼しい顔でスルーしたり、「今度一緒に出かけない?」なんて大胆な発言も紹介されていました。

攻撃を真に受けなくていい

本書『賢く「言い返す」技術』の良いところは、もし今後他人から攻撃されたとき、それをまともに受け止めて「なんてこと言うんだ!」と怒ったり悩んだり傷ついたりしなくても良いところです。相手の攻撃を本書の8タイプに当てはめてみて、それに合った応戦をすればいいだけ。

「感情」を使わず、「作業」として処理できるようになるんですよね。これはかなり楽になりそうです。

あさよるはとても感情的になりやすいタイプなので(;^ω^)、ものすごくイラつくし、同時にすごく傷ついて、傷つくと反撃もしたくなります。そして、反撃したらしたで後から「あの時ああすれば良かった……」と考えても仕方のないことに悩んだり、とてつもなく疲弊します。

いつまでも平らかな気持ちでいたい……(;^ω^)(;^ω^)

自分はどのタイプだろうか…

本書は他人からの攻撃をかわすため、加害者を8つにタイプ分けされていますが、こうなると「自分はどのタイプなんだろう」という視点も生まれるわけです。うまいことできています(苦笑)。自分のタイプを冷静に判断できないなら、相手から「どう対応されると困るのか」を考えてみても良いでしょう。自分の攻撃を無効化させる武器から逆算して考えるんです。

あさよるの場合は……圧倒的「お子ちゃまタイプ」(苦笑)。「自分が尊重されて当然だ!」と疑いもなく思っているフシがあります。承認欲求ではないんですよね。承認欲求って「認めて欲しい」って欲求ですが、あさよるの場合は「認められて当然だ!」だから、タチが悪いw。

あさよる自身は、他人にマウンティングしたい欲求(序列づけしたい欲求)は感じません。その理由もよく分かりました。お子ちゃまタイプは「自分の欲求は無条件に受け入れてもらって当然」と思っているそうです。「特別扱いが当たり前」と信じ込んでいるから、そもそも自分と比較する他人が見えていない……ワロエナイ!ww

自分で書いていて情けないですな~(;^ω^)(;^ω^)

みなさんも、迷惑な人を8タイプにわけるついでに、ご自身がどのタイプに当てはまるのかを考えてもよろしいかと。苦笑いするしかなくなりますw

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『自己愛モンスター』|SNSが刺激し膨らむ欲求

こんにちは。年末年始に積読解消を狙っていた あさよるです。無論、積読の山が減ったようには見えませんが……。本書『自己愛モンスター』も、休み中に読もうと取っておいたものです。ヘビーな内容を扱いますが、文体は淡々としているので、ダメージは少なかったです。想像するとヘコんでしまうのですが……;

自他を破滅させる理由とは

『自己愛モンスター』では、「自己愛」の肥大によって起こった事件や話題を挙げながら話が進んでゆきます。秋葉原通り魔事件、ネオ麦茶、オウム真理教、スマイリーキクチ中傷被害事件、尼崎連続変死事件、三鷹ストーカー殺人事件、コンビニ店員土下座強要事件、パソコン遠隔操作事件、クレーマー、ヘイトスピーチ等々、凶悪犯罪から迷惑行為、そして「不倫バッシングを執拗に繰り返していた本人が不倫していた」というエピソードから、アルコール中毒や依存症まで、幅広く扱われます。

これらの事件や行為の裏には、自己愛と、突き詰めれば「認められたい」という本音が隠れています。

「世界一のスケート選手になりたい」「年収1億円になりたい」といった目標を立てても、実現できる人はまれだ。
もし欲望を実現できなかったとき、人はどのように対処するのだろうか。そういう場合の対処法は「防衛機制」と呼ばれており、大きく分けて3つある。
(1)他の面で欲望を埋め合わせたり、補ったりする。
(2)もっともらしい理由を付けたり、補ったりする。
(3)他人やモノを攻撃して欲求不満を解消する。

p.36

たとえば「100万円ほしい」とき(1)は代償機制と呼ばれ「100万円は得られなかったけど家族がいるから幸せ」というヤツ。(2)は逃避機制と呼ばれ「欲しいものがないから100万円はムダ」と考える。(3)は攻撃機制と呼ばれ、100円持ってる人を「守銭奴め!」「詐欺師め!」と悪口を言います。うん、どれもある。見たことある。

本書ではさらに、相手を攻撃する人と、相手に依存する人にわけて解説されています。

 私たちは皆、自己確認を求めている。自分には存在意義があること。そして自分が必要とされている証拠を求めているのだ。
特定の相手によって自己確認欲求を満たすことができれば、それに越したことはない。(中略)
一方、家族と疎遠で友人関係にも恵まれず、社会的な承認も得られていない場合は、他の誰かに認められようとする。場合によって承認欲求を満たそうとすることもあるだろう。

p.42-43

特定の人に認められたいの代表はストーカーで、有名人に対して犯罪行為に及ぶのもこれ。不特定をターゲットにするのは無差殺人事件やSTAP細胞事件、またSNSでの犯罪自慢もこの部類に入るとか。

凶悪犯罪から、身近でもそういう人いるなぁという話まで。

SNSで卑屈になる気持ち

SNSの普及は、私たちが「不平等である」という事実を拡大して見せつけます。ある人は優雅な生活を送り、家族を持ち、順風満帆な人がいて、一方で不遇な自分がいる……。子どもは「自分は特別だ」と思っていて、成長とともに挫折し、諦めることを知ってゆきます。しかし、挫折を知らずに生きてきた人が、ある時大きな挫折を味わったとき、自分の無力さを受け入れられず社会への復讐へシフトしてしまうことがあります。また、「平等であるべき」と教えられて育つのに、「不平等である」と怒り、ネット上のヘイトスピーチや誹謗中傷を繰り返す人もいます。

また、SNSは「不平等さ」を実感させられるのと同時に、「なりすまし」「偽りの自分」を作ることも簡単です。リアル世界では「嘘をつく」ということには「バレるかもしれない」という恐怖がつきまといますが、ネットではその精神的ハードルが下がります。

「誰もが平等」という理想と、「不平等だ」という不満があって、SNSという場はそれを増大させ、社会的弱者や設定した仮想敵に対し、八つ当たりのヘイトスピーチや誹謗中傷を繰り返えさせてしまう。

ネットがなければ、“そんな気持ち”にならなかったかもしれないのね……。

「自分が悪い」と認めたくない

他人事のように「自己愛モンスター」のカラクリを紹介してきましたが、バリバリ自分にも当てはまっていて動揺している自分がいますよ(;´Д`)

例えば「自分が勉強ができないのは学校が悪い」「先生の教え方が悪い」「日本の教育は間違ってる」なんてセリフがありますが、まぁ「じゃあクラスメイト全員勉強できないの?」という話であって、あ、ハイ。あさよるがサボったからなんですよ……。「収入が増えないのは国が悪い」「老害のせいで若年層が報われない」なんてね。まあ、確かに社会の中で生きている限り、環境要因も多いに働きますが、それと「私が努力しない理由」はまた別ってなもんで。……がんばりまふ。

幸福こそ最大の復讐

自己愛に呑まれ「自己愛モンスター」になって復讐をしないならば、最高の復讐とは「自分が幸せになること」です。「幸福こそ最大の復讐」とはスペインのことわざなんだそう。先日読んだ『正しい恨みの晴らし方』でもこの言葉が引用されていて印象に残りました。

凶悪犯罪にはさすがに共感できないものの、例えばスマイリーキクチさんを誹謗中傷し続けた人たちは、正義感に突き動かされており、自分の行為が悪いことだと認識していないようです。あるいは反省するふりをして釈放されて、そのままネットに他の人への誹謗中傷を書き込んだ人もいたそうです。彼らに同情はしないとしても、ただ「自分の心の中にもその衝動は住んでいるかもしれない」と感じ、なんとも嫌な気持ちです。芸人さんは、どうやら他の有名人に比べ見くびられて「楽して稼いでる」「誰でもできる」と思われている節があるそうです。だからこそ、嫉妬ややっかみの対象になりやすい。ズバ抜けてスゴイ人は比較の対象にならないけど、自分と同等か自分以下の人物と自分とは比べてしまう。

陰謀論にとりつかれている人や、有名人を口汚く罵る人は昔からいます。だけど、ネットが普及してなかったら、気軽に書き込める媒体がなければ、彼らも犯罪者にはならなかったのかもなぁと思うと、なんとも言えない気持ちになります。

インターネットが普及した世界では、自己愛を制御できる成熟した人物のみが求められているのかも。人間レベル爆上げだなぁ~。

関連本

『他人を攻撃せずにはいられない人』/片田珠美

『正しい恨みの晴らし方』/中野信子,澤田匡人

『平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学』/M・スコット・ペック

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』/アービンジャー・インスティチュート

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『人の2倍ほめる本』|「ほめる」もコミュニケーション

こんにちは。人にほめられるのが苦手な あさよるです。

ほめてもらえるだけ嬉しいことなのでしょうか、素直に喜べないのが本音です。

「そんなんじゃないのに……」「私のこと、そんな風に思ってるんだ……」とネガティブに捉えてしまうのです(;´∀`)

一度、ほめる側の心理も知ってみたいなぁと、『人の2倍ほめる本』を手に取りました。

「ほめ方」のバリエーションがすごい

『人の2倍ほめる本』、タイトル通り人のほめ方がこれでもか!と紹介されています。

それは、「○○さんっていい人ですね」なんて普通の文言から、コンプレックスにあえて触れてからの~ほめ方とか、レベル高い!w

しかも、仕事でもプライベートでも、どんなシチュエーション、どんな相手にも使えるような、汎用性のあるものなんですよね。

バリエーションについては、下にある目次情報を参照していただけるとわかりやすいかと。

「ほめる」はコミュニケーションなんだ!

『人の2倍ほめる本』を読んで、「ほめる」ってコミュニケーションの一種何だなぁと実感しました。

「あなたを信じています」「あなたに好感を持ってます」「応援しています」などなど、ポジティブな感情を相手に持っていることを示す方法。

それが、ほめること。

しかも、サラッとスマートに好意や期待を伝える手段としての「ほめ」。めっちゃかっこいい!

もちろん逆に、媚びへつらったり、おべっちゃらを並べるのはダサいですよ。それは「ほめる」ではないのだなぁと思いました。

あくまで、本心を伝えるバリエーションの中に「ほめる」がある。心にもないことを言うのは「ほめる」じゃない(^^♪

「ほめられ下手」さんも参考に^^

あさよる、ほめるのが下手なタイプですが、ほめられるのも苦手です(;´∀`)

自分が絶対的に自信満々のことを褒められると「でしょ^^」と言えるのですが、そうでないことを褒められるとオドオドしてしまったり、反対にイラッとしてしまいます。

……はい、自分勝手です(-_-;)(-_-;)

あさよるには「ほめる」はコミュニケーションであるという視点が全く抜け落ちていました。自分の欲求ばっかりでした……。

『人の2倍ほめる本』を通じて、人をほめる側の考えや心理に触れ、「ほめる」という手段を通じて、何をなそうとしているのかを知りました。

「ほめる」と「ほめられる」は双方向なものなんです。

あさよるは、一方的な「ほめられたい」しかなかったので、「ほめる」も「ほめられる」も苦手なんだなぁと感じました。

読んでて気持ちがいい(^^♪

それにしても『人の2倍ほめる本』は、読んでいても非常に気持ちのいい本です。

あさよるが最近、気持ちが重くなる本を続けて読んでいたせいもありますw(※)

人を「ほめる」のも「ほめられる」のもポジティブなコミュニケーションだし、それを見ているだけでも、さわやか。

本の中の、例を見てるだけでいい気持ちになれるとは、「ほめる」パワーすごい。

(※) 最近読んで気が重くなった本w (興味深い本ですよ)

『他人を攻撃せずにはいられない人』|支配欲と全能感の共依存

『平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学』

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『他人を攻撃せずにはいられない人』|支配欲と全能感の共依存

『他人を攻撃せずにはいられない人』なんともインパクトのあるタイトルです。“他人を攻撃せずにはいられない人”は、自分の失敗や落ち度さえも、他人に責任転嫁し、攻撃のネタにする。なにを言っても理屈にもならない理屈で、相手を責め、相手の自尊心や自信をそいでゆきます。

“他人を攻撃せずにはいられない人”のターゲットにされると、以下のようなことが起こります。

1 急に気力がなくなることがある
2 しばしば、罪悪感にさいなまれたり、不信感が募ったりする
3 突然、もうダメだと自信をなくすことがある
4 ときどき、エネルギーがなくなったように感じる
5 反論や反撃をしても、ムダだと思う
6 あの人は、何かにつけて私をけなすので、落ち込む
7 あの人の感情を動かしたり、考えを変えさせたりすることはできないと思う
8 あの人のやっていることは、言っていることと随分違うように感じる
9 あの人の言うことには、曖昧さがあり、どう受け止めたらいいのか困惑する
10 あの人がいると、心身の不調を感じることが多い
(中略)
その場合、一人で悩んでいないで、他の誰かに相談して、助言や助けを求めたほうがいい。自分自身が渦中にいると見えにくいことでも、外から第三者として観察している人にははっきり見えることがあるからである。

『他人を攻撃せずにはいられない人』p.61-62

さらに、職場に“他人を攻撃せずにはいられない人”がいると、職場の雰囲気が悪くなります。揉め事や不和が増え、病気や事故が増加します。沈滞ムードが蔓延し、全員が疲弊してしまいます。

こんな状況では、どんどん売り上げや成績も落ちてゆきます。すると、“他人を攻撃せずにはいられない人”はその責任を更に他人に擦り付けます。「お前が悪い」「お前が無能だから」と、更に煽り立てるのです。するとますます雰囲気が悪くなり……と、負の連鎖が始まります。

待ちかまえるのは、破滅

“他人を攻撃せずにはいられない人”は、あることないこと難癖をつけて、人を糾弾し、委縮させ、思いのままに他人を動かそうとします。嫌がらせを繰り返し、脅し、人を意のままに動かす「全能感」を感じています。他者を「支配」したい。それは破滅的な欲求です。そんなこと繰り返していれば、人望を失い、優秀な人から去ってゆきます。待ちかまえているのは「破滅」。

しかし、「破滅」へ突き進もうとも、“他人を攻撃せずにはいられない”。その心理ってなんだ?

やられる側の「全能感」

“他人を攻撃せずにはいられない人”は、攻撃対象が決まっています。

ターゲットになる人は、おとなしく、「他者の欲求」を満たそうとする人です。人を満足させたい、人から評価されたい、認められたいとの願望につけ込まれるのです。

「他者の欲望」を満たそうとする傾向が強いのは、一体どんな人か?(中略)
1 愛情欲求が強く、相手を喜ばせたい、気に入られたいという願望が強い
2 承認欲求が強く、常に周囲から認められたいと望んでいる
3 依存欲求が強く、自立への不安を抱えている
4 不和や葛藤への恐怖が強く、対決や直面をできるだけ避けようとする
5 自分に自信がなく、なかなか断れない
6 いつも他人に合わせてしまうので、自分の意見を言うのは苦手である
7 自分が決め手責任を負うようなことになるよりも、他の誰かに決めてほしい

『他人を攻撃せずにはいられない人』p.161-162

自己の欲求を満たそうと“他人を攻撃せずにはいられない人”と、“他者の欲求を満たしたい被害者”が出会ったとき、攻撃はエスカレートし、破滅するまで止まりません。「自己の欲求を満たしたい人」 × 「他者の欲求を満たしたい人」の間で、ギブアンドテイクが成り立ってしまう悲惨な状態です。

「他者の欲求を満たしたい人」は、〈自分の影響力〉を過信しています。本当は、人を変えられるような大きな力を誰も持っていません。たとえ自分が我慢しようと、誠心誠意接しようと、“他人を攻撃せずにはいられない人”の人間性を変えることなんてできないのです。

なのに、不可能な幻想を持っている人がいる。彼らはが“他人を攻撃せずにはいられない人”にとって“良い鴨”になってしまいます。

もちろん、「他者の欲求を満たしたい欲求」は誰でも持っていて、持っていて当然のものです。大切なのは程度の問題。ですから尚更、見極めるのがややこしい。

起こっているのは「共依存」と同じ?

人を攻撃することで自己の欲求を満たす人。他者の欲求を満たすことで承認欲求が満たされる人。二人が出会ってしまうと、「共依存」のような関係に陥ってしまいます。お互いにとって、自分の欲求を満たすために必要な相手になってしまうのです。

本書内でも、例として家庭内のDVや虐待に触れられていました。アルコール中毒から抜け出せない人は、多くの場合、酒代を提供する出資者がいるそうです。親や配偶者が、言われるがままにお金を出してしまうことで、ますます依存症から抜け出せない、負の連鎖が起こってしまいます。

“他人を攻撃せずにはいられない人”も、ターゲットがそれを許すことで加速してしまいます。負の連鎖を断ち切ることが必要です。

他人を攻撃せずにいられない人に出会ったら

“他人を攻撃せずにはいられない人”からターゲットにされてしまったら、とにかく逃げる!これしかない!

「話せばわかる」「我慢すればいい」「いつか認めてくれる」なんて、幻想でしかありません。誰も、他人の人間性を変えてしまえるような影響力なんて持っていないのです。逃げましょう。

しかし、「逃げる」という行為に後ろめたさを感じる人もいるかもしれません。それは“他人を攻撃せずにはいられない人”は、ターゲットの罪悪感を煽るのが上手いからです。「あなたが逆らうから、夫婦仲が上手くいかないんだ」「お前の作った資料が悪いから失敗したんだ」。どんなことも他人のせいで、「お前が悪い」と責任転嫁をすします。

だけど、そんなの難癖!きっぱりと毅然とした態度を取って構いません。

付け込ませない対策を!

“他人を攻撃せずにはいられない人”、いますよね。そういう人。自分がその攻撃対象にさてはたまりません。その対処法を知るために、まずは“他人を攻撃せずにはいられない人”の特徴と、そして彼らのターゲットになる人の思考を観察する必要があります。

そして、どうやら、彼らのあいだにはなんとも歪なギブアンドテイクが成り立ってしまうという、悲劇が起こっているようです。しかも、その“芽”は誰もが持っています。「承認欲求」はみんなが持っているものですし、あるべきものです。

人の弱みに巧みに付け込む。“他人を攻撃せずにはいられない人”について、知っておくだけでも今後の対処法の幅が広がるように思います。

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