特別展

特別展「生誕110年 東山魁夷展」@京都国立近代美術館

「東山魁夷」展@京都国立近代美術館

「東山魁夷」展@京都国立近代美術館

ずっと行きたかった東山魁夷展に無理くり都合をつけて行ってきた。

このあと2件美術館をハシゴしたのですが、この東山魁夷展で呆然としてしまい、あとはボーっとして心ここにあらずでした(;’∀’)

思ってたのと全然違った

東山魁夷は画集なんかで見たことはあったけれども、実物の絵を見るのは初めて。画集で見たイメージでは「静寂の」とか「幻想的な」なんて思ってたけど、全然違ってた。画集で見て知っていた絵が何点もあったけれども、同じ作品であることに気づくまで時間がかかった。だって、印刷された絵と、実物の絵はまったく印象が違うんだもの。

本展を見終わる頃はもう心がボーっとしていて、このあと他の美術展も2つハシゴしたんだけど、心ここにあらずだった。

本展は「第1章 国民的風景画家」「第2章 北欧を描く」「第3章 古都を描く・京都」「第4章 古都を描く・ドイツ、オーストリア」「第5章 唐招提寺御影堂障壁画」「第6章 心を写す風景画」と6つの章に分かれている。

国民的風景画家

最初の「第1章 国民的風景画家」では、みんなが見て知っている有名な絵がズラリ並んでいる。「画集で見た絵だと気づかなかった」って絵もここで多数紹介されていた。具体的には「秋翳」なんて、再入場でジロジロ見ていてやっと気が付いた。「あ、あの絵だ」と。まず、思っていたより大きかったことと、画面がキラキラと発光しているようで、そんなニュアンスは画集ではわからなかった。

北欧を描くに恐怖する

一番驚いたのは「第2章 北欧を描く」だった。先にも書いたように、東山魁夷には「優しい」とか「静寂」とかそんな印象で、もっと言えば「癒し系」なのかとさえ思っていた。が、違った。全く違った。「第2章 北欧を描く」では、北欧の山々を描いたものが多いんだけれども、それは「静かな山」なんかじゃない。轟々と空が唸り、地響きが爆音で轟いている自然だった。そして、動物は描かれていないのに、なにかとんでもない「気配」だけがある。姿は見えないけれども、いたるところに何モノかが潜んでいる。息遣いだけ肌で痛いほど感じてしまう。ジュラシックパークの島に閉じ込められてなんとか一晩を明かした朝、きっとこんな気持ちになるんだろう。絶望だ。「白夜光」なんか夢に見てしまいそう。悪夢だ。

古都を描く・京都、ドイツ、オーストリア

「第2章 北欧を描く」に恐怖して震え上がっているところに、次の「第3章 古都を描く・京都」はキョトンとしてしまうほど、素朴な世界だった。京都の風景の建物や道具なんかがモチーフになっている。「北欧を描く」と同様に、人や動物は描かれていないんだけど、すぐそばに誰かがいることはわかる。人の気配がある。そして、その気配は恐ろしいものではなく、むしろ愛嬌を感じるような。同じ人物が同じような時期にこんなに違う絵を描くのかと驚いた。

次の「第4章 古都を描く・ドイツ、オーストリア」も同じだ。建物が描かれていて人の姿はないけれども、そこに暮らす人の活気やざわめきがある。誰かがそこにいて安心する。

唐招提寺御影堂障壁画

「第5章  唐招提寺御影堂障壁画」は圧倒的で、それ以外にない。名人であることは言うまでもない。唐招提寺御影堂障壁画「山雲」と「濤声」をほぼ独り占め空間で見られたのが、とても自分が特別なように思えた。朝一だとまだ人がまばらだったから。「山雲」はきっと、高所恐怖症の人は見られない絵だろう。足元がヒューっとなって、突風が吹いている。冷たい風が肌にぶつかってくる。「濤声」は描かれた砂浜から沖までを目線を動かして見てゆくと、波が打ち寄せ、風が抜けるのがわかる。水中ではエネルギーが渦を巻いて伝わり、深い海の底まで引きずり込まれるようでゾッとする。海が好きな人にはたまらない絵かもしれないけれども、個人的に私は海が怖いので、これはこれで冷や汗が出る。海というのは、いつも想像以上に馬鹿デカくて笑ってしまうが、その笑うしかない巨大さが襖絵に収まっているのが不思議でたまらなかった。「山雲」も「濤声」も、川の流れを観察することに没頭してしまったり、空気が蠢いている様子にくぎ付けになったり、自然のエネルギーから目が離せなくなるのと同じように、ただジッと息を飲んで見入ってしまう。また、写真のように一瞬を切り取ったものでもない。写真はあくまでその一瞬を写しているだけだけども、「山雲」も「濤声」もどちらも、一瞬たりとも静止することなく動き続ける自然が描いてあった。

心を写す風景画

最終章の「第6章 心を写す風景画」に辿り着くことには、もうヘトヘトに疲れ切ってる。そこへの「心を写す風景画」だ。説明書きによれば、東山魁夷は体力が衰えた晩年は、自然を観察することができなくなっていたが、それまでに観察し、描き続けた記憶から、世界中どこの風景でもない風景画を描いたとあった。あの東山魁夷の白い馬が描かれるのもこの時期の作品だ。もう、他の作品に存在していた動植物の気配や自然の蠢きから解放され、「あちらの世界」の風景に見える。

そのほかのあれこれ

あさよるは開場9:30の10分ほど前に会場に到着し、オープンと同時に入場しました。並んでいる人もいましたが、オープン直後はゆったり鑑賞できました。開場から約1時間後に再入場した頃には平日の午前中にしてはなかなかの混雑でした。

あさよるは美術展のグッズを買うことはほぼないんですが、今回はカレンダーを買ってしまいましたw カレンダーが欲しかったというよりは、12ヵ月分の絵が欲しかったのだった。

京都会場の会期はもうすぐ終わりですが、10月下旬から東京会場へ巡回します。ぜひ予定が合えば見に行ってほしと思います。

特別展「生誕110年 東山魁夷」展

のち、10月24日(水)~12月3日(月)まで東京会場(国立新美術館)へ巡回

京都国立近代美術館

「ディズニー・アート展 いのちを吹き込む魔法」

「ディズニーアート展」2017/11/16

「ディズニーアート展」2017/11/16

去る2017年11月16日(水)、大阪市立美術館にて開催中の「ディズニーアート展」へ行きました

「ディズニーだし、混んでるよね!?」と開館時間9時30分へ会場へ到着!なのですが、予想外にお客さんが少なくてホッとしました。平日の午前中だから? 他のお客さんは学生くらいの人が多かった。

展示内容は、『蒸気船ウィリー』や『プレーン・クレイジー』から始まり、『白雪姫』『ファンタジア』『眠れる森の美女』『美女と野獣』『アナと雪の女王』と、列挙するとキリがありませんが、ディズニーの初期アニメ作品から現在に至る映画作品のイメージ画や原画、スケッチや設定シートが公開されています。

ディズニー映画はなんといっても映像と音楽です。そういや『蒸気船ウィリー』でもミッキーが口笛吹いたり演奏してますね。本展でも、資料の羅列だけでなく映像や、音楽資料も充実していて思わず見入ってしまいます。

やっぱり足が止まるのはメアリー・ブレアやアイヴァンド・アールの作画。見惚れてしまうし、見入ってしまう。あんぐり口を開いて。

そして『リトル・マーメイド』以降の作品群はアニメーションはもちろんのことですが、音楽で胸がいっぱいになってしまって、冷静に鑑賞できないw さらにデジタルの時代へと、ディズニーの表現はどんどん変貌しながら、しかし変わらないディズニーアニメであり続けるんですね。

あと、たった一人の天才や職人に頼ったものではなくって、ディズニー社内で技術やノウハウを蓄積して、それが引き出しとなっているっぽいところ。きちんと過去作の上に新しい作品がある感じが、すげぇ。

「ディズニーアート展」2017/11/16

ディズニーのアートワークの展示は過去に数度目にしたことがあって、もっと内容が充実していたものもあったので、正直「今回はまあまあかな」なんて思ってたんですが、外に出て時計を見ると2時間以上もボケーっと展示を眺めていたようです(^q^)

いやだって、やっぱディズニー好きじゃん。大好きじゃん!

あと、当然ながら、たぶんアニメ作品を見ておいたほうがより楽しめると思います。事前に確認してちょ。

大阪での展示は来年1月21まででまだ期間があるので、ぜひに~。これ、ディズニー好きカップルならデートにもアリだと思う。

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『イメージを読む―美術史入門』を読んだよ

ゴッホの絵を見るために美術館へ行った思い出のイメージをコピックマーカーを使って描いたイラスト

高校生の頃、初めて一人で隣の県にある美術館へ行きました。

隣の県と言えど、当時はそんなに遠くまで一人で出かけたことは初めてでした。
自分の意志で、どこかへ出かけるのも初めてだったかもしれません。

初体験は大冒険

当時の私にとっては大冒険です。
JRを乗り継ぎ乗り継ぎ、事前に調べたメモを握りしめ、不安とワクワクの入り混じった気持ちでした。
高校生にしては幼かったのかもしれませんね。

なぜ美術館へ行こうと思い立ったのかは、今や覚えていません。
たまたまポスターなのか、CMだったのか、特別展の宣伝を見て「行かねばらならい」と思い立ったのでしょう。

ゴッホの絵を見るために美術館へ行った思い出のイメージをコピックマーカーを使って描いたイラスト

特別展の目玉はゴッホのヒマワリの絵でした。
当時の私は、なにせ世間が狭い。
「この機会を逃してしまうと、ゴッホの絵を見るためにヨーロッパまで行かないといけない!」
「ヨーロッパへ行くことに比べれば、美術館までの電車代はガマンしないと!」
当時の私はお金を持っておらず、電車代ですら大金でした。

筆跡まで見える!

美術館へ行くのも初めてですが、他人の描いた絵をしげしげと鑑賞するのも初めての経験でした。
額装され、展示された作品に触れた最初の経験です。

油絵は、間近で見ると筆の跡が生々しく残っています。
作者が描いた筆跡に感動し、「この絵をどうやって描いたのか」と気になりました。

美術館に手紙!?

ゴッホの有名な作品が多数展示されていました。
驚いたのは、絵画だけでなく、ゴッホとゴッホの弟がやりとりした手紙が展示されていたことです。
美術館って絵を飾るところだと思っていたのに、不思議でした。

『イメージに読む-美術史入門』では、初心者に向けて全4回の美術史の講義する体で書かれた内容でした。
美術史は、作品が描かれた時代それぞれの思想や常識、科学、社会情勢などが絡みあう複合的な知識で読み解いてゆくものだと解説がありました。

切り口が増えることは、視野が広がること

高校生の頃の私は、絵画そのものの迫力に驚き、感動しました。
あれから時間が過ぎ、今の私が同じ絵を見ても、また思うことは異なるのでしょう。

生きた年月だけ、経験も知っていることも増えただろうし、考え方もうんと変わりました。
高校生の頃よりは、いろんな切り口から一つの絵を鑑賞できるようになったかもしれません。

それは、これからもっと様々な経験をして、もっと違ったものの見方が増えるだろうと期待が持てます。

何も知らず、少し足を伸ばして美術館へ行くことすら大冒険だった高校生の私。
あの頃よりも、今のほうがずっとのびのびと、広い世界で生きている気がします。
同じように、これからの自分が更に大きな世界で生きれるように、絵画や美術を通じても、新しい考え方を学ぼうと思いました。

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