粋の文化

「自分らしさ」ってなんだろう?『てつがくを着てまちを歩こう』

鷲田清一『てつがくを着てまちを歩こう』書影

この地球上に生きとし生ける生命は数あれど、衣装を身にまとって生きているのは人間だけです。「服を着る」というのは、人間の活動の中でも、とりわけ人間らしい、文化的な営みです。

その「服」を、流行りだから、トレンドだからと、ただ「みんなが着ているから着ている」ではいただけません。

本書が出版されたのは2000年。その前の90年代は、DCブランド主義の時代でした。誰でも彼でもシャネルやヴィトンの衣装に身を包み、ブランド物を集めるために人生を賭ける人さえたくさんいました。

ファッションってよく考えると、なんかヘン!

どうして、男性の服は女性も着るのに、なんで女性のスカートやリボンを男性がつけると「ヘン」なのでしょうか。

どうして女性はカラフルで鮮やかな服を好むのに、男性用の持ち物は地味なのでしょうか。

見た目で他人は「◯◯さんらしさ」を決めてきます。周りのイメージと、自分の自覚とがズレていて、苦悩することも多々あります。「らしさ」って、一体何でしょうか。

「自分らしさ」って、何でしょうか。

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『ヤンキー化する日本』を読んだよ

まんとくん

いよいよ2015年もあと1ヶ月となりました。テレビ番組や雑誌など、様々なメディアで今年を総括する話題が飛び交い始めています。私にとって印象深かったのは、オリンピックロゴから始まったスッタモンダでした。私もかつて、デザイン業界に片足を突っ込んでいましたし、思うところが多かったのです。ロゴの盗作疑惑についてはその後の続報がないので何とも言えませんが、あまり多くの人に愛されるシンボルにはなれないまま、幕引きを迎えてしまったのでしょう。
ロゴに関しては、騒動前から「黒いカラーが縁起が悪い」とか端的に「ダサイ」と思われてしまっていたのが、最初の躓きだったのではないでしょうか。

この騒動で思い出したのは、奈良県の平城遷都1300年祭で作られたキャラクター「せんとくん騒動」でした。一流アーティストに依頼し作成されたキャラクターが「可愛くない」との理由で市民団体が却下を求めて署名運動にまで広まりました。当時驚いたのは、市の方針を変えようと働きかけている理由が「可愛くない」ということでした。選考方法に不服だとか、キャラクターの必要性を疑問視するなど、反対するなら切り口はいくらでもあるんじゃないかと思いましたが、実際に「可愛くない」から署名を集めている現場に立ち会った記憶があります。
しかし幸いにも(?)せんとくんは人気キャラクターへ上り詰め、「ゆるキャラ」ブームも相まって、今も奈良県アピールのために奔走しています。ちなみに、対案として市民団体が作った「まんとくん」というキャラクターもとても可愛いので、私はどちらも好きです。

まんとくん
まんとくんhttp://mantokun.net/

可愛い/可愛くないとかダサイ/カッコイイとか、形のないとりとめもない「気持ち」がとても重要で、自分の、あるいは自分たちの気持ちこそ何より大切な価値観が広まっているようです。文脈や歴史、文化的背景などよりもずっと、快か不快かが重要です。斎藤環『ヤンキー化する日本』では、それらを「ヤンキー化」「ヤンキー文化」と呼んでいます。未だ不完全な分類ではありますが、なんとなく感じていた集団心理を上手く表しています。ヤンキーたちは、気持ちを重んじ、絆を、仲間を、家族を大切にします。礼儀や伝統を守るので、変革を望みません。素直な、正直な気持ちを重視するので、反対に知識や理屈を嫌います。「可愛くないからキャラクターを変えろ」というのは、まさにヤンキー的に思えます。

江戸の粋(いき)と上方の粋(すい)という言葉があります。どちらも「粋」と同じ字を使いますが読み方が違い、それぞれの指向が違います。江戸の粋は苦みばしり気風のよさ、上方の粋は甘さのあるカッコよさを「粋」としていました。歌舞伎や文楽など、今に残る江戸時代の文化を比較してみたいところですが、上方歌舞伎はもうなくなってしまうのではないかと見えて残念です。参考に九鬼周造『「いき」の構造』をどうぞ。

「粋」の文化もまた、ヤンキー的です。粋な服装や粋な言動は確かにカッコイイのですが、とても短期的な、その場限りの価値観です。みんなのため、長期的な全体の利益になるような行動を画策することは、粋ではないからです。粋は刹那的で、儚いからこそ粋なのです。ヤンキー文化も同様に、短期的に見れば、仲間思いで家族思いの心の優しい人たちです。
泰平の世が続く限りはそれでも良いのかもしれません。しかし、黒船は必ずやって来ます。

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