角川Oneテーマ21

『里山資本主義』|「自分でなんとかできる」が〈安心〉を生む

こんにちは。最近「田舎住まいもいいなぁ」と思い始めたあさよるです。元々、田舎で育ったのですが、いや、だからこそ「都会で暮らしたいっ!」って憧れや焦りがあったんですよね。

都市部に住んでいれば問題も不安もないわけじゃないし、それは田舎でも同じですから、どこも同じゃないのか?と思い始める所存。

『里山資本主義』はSNSで紹介している方がいらして、タイトルが気になって手に取ってみました。ちなみに↑の書影は「スタジオジブリ 近藤勝也氏 描き下ろしイラスト」と帯に書いてありますが、あさよるが手にしたものは残念ながら、普通の表紙でした(;’∀’)

「自力でなんとかなる」を増やす

『里山資本主義』は、見捨てられた田舎〈里山〉を利用するこで、現在の社会問題のいくつかの対策になるのではないか?という提案です。

例えばエネルギー問題。林業で生まれる廃棄される端材を燃やし、電力発電に充てている企業が紹介されます。発電した電気は自分たちで使用し、余った分は売ってしまう。経費削減と共にプラスにもなるという、一石二鳥。

別に、廃材を燃やせば原発に取って代わるエネルギーが手に入るだなんて言いませんが、停電しても「なんとかなる」。この安心を自分で生み出すことができる。

あるいは、食糧問題。都市部で生活していると、食料品はお金で手に入れています。ということは、お金が無くなったら食べ物がなくなります。田舎での生活は、ある程度自分で食料を自給することもできるし、田舎あるあるとして「誰かが何かをくれる」という物々交換が起こります。仮に現金がなくなっても、しばらくは食いつなげそうです。

生きるためにお金が必要です。その事実は変わらないでしょう。

我々はお金によって、エネルギーを買い、食糧を買っています。それは、〈自分の命を他人から買っている〉ことなのかもしれません。

そして、「金さえあれば生きていける」と思っていたのに、そうではなかった。お金を払えても、停電してしまえば仕事にならない。仕事がなくなればお金もなくなり、命もなくなります。

言い知れぬ〈不安〉は、自分の命を他人が握っており〈お金の問題ではない〉と気づいてしまったとこから始まったのかもしれません。不安から、手元に現金を残そうと経済活動は縮小し、ますますお金がなくなってゆくという負のスパイラル……。

『里山資本主義』では、少しだけでも自分の〈命〉を、自分で何とかできるようにしようと呼びかけます。それが〈安心〉を呼び、安心が経済を刺激するでしょう。

「どこでもやってける」生き方

『里山資本主義』で紹介されている事例は、「こんなところに仕事なんてない」「都会でないと儲からない」「都市部から遠いとお客さんが来ない」という思われていた場所で、実際に成功しているビジネスモデルが取材されています。

これを読んで感じたのは「どこでもやれるんだ」ということ。むしろ「こんなところになにもない」と思われている地域は、ただ見過ごされているだけなのかもしれません。

節約・倹約ブームで安価なものが持てはやされる一方で、手の込んだもの特別なものへお金を使いたいニーズもあります。自然志向や〈隠れ家的〉なお店を求めて県外へ車を走らせる人もいます。

「田舎でなにやってもダメだ」と思い込みから、我々は大きなチャンスを逃しているのではないだろうか?とハッとしました。

〈里山〉という資産が見過ごされている?

〈都市〉が人工物であるように〈里山〉も人が長い年月をかけて作り上げた人工物です。都市がそうであるように、里山も人が放置すれば朽ちてしまうでしょう。このまま捨ててしまうの?そこに〈資源〉がまだ眠っているんじゃないの?そう語りかけられているようです。

使いようによってはいかようにもなりそうなものを再確認させられる内容でした。

あさよるも、身近な人たちの様子を見ていても、やっぱり都市部や街中での子育ては大変そうです。子どもが思いっきり走り回れる場所がないので、習い事をハシゴさせて運動できる場を確保しているようです。これは……お金がないお家では、体を動かすことも十分にできないってこと?

土地も高く、狭いところにたくさんの人が住むことで、問題やトラブルも発生します。

「田舎はダメ」と自分に呪いをかけずに、「田舎もアリ」と選択肢として持っておくのは、今後の生き方に大きな影響がありそうです。「なんとかなる」を手に入れる。

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『三色ボールペン情報活用術』|読書しながらアウトプット

こんにちは。メモ魔なあさよるです。メモを忘れないためのメモとかします。うっかりさんとも言いますw

このブログも、読書の記録の備忘録的な感じでやっております。一種のメモですね。

ところで、当あさよるネットにて、齋藤孝さんの著書を数冊紹介し、その中で三色ボールペンを使った読書法にも触れてきました。が、その三色ボールペンの本はまだ紹介していなかったので、触れておきます。

あさよるも、かなり以前に一度読んで、しばらく三色ボールペン使ってました。久々に読んで新しい発見もありました。

あくまで「情報活用術」

『三色ボールペン情報活用術』は、タイトルのそのまんま。「情報活用術」を紹介する本なんです。

三色ボールペンを使った「読書法」として扱われていることが多い気がします。あさよるも、記憶の中で三色ボールペン読書術として記憶していましたw

赤・青・緑の三色ボールペンを使ってマークすることにより、情報の整理と活用をいっぺんにしてしまおうというものです。三色の使い分けは以下。

  • 赤:客観的に見て、最も需要な箇所
  • 青:客観的に見て、まあ重要な箇所
  • 緑:主観的に見て、自分がおもしろいと感じたり、興味を抱いたりした箇所

単純です。しかし、これをやり遂げるには腹をくくる必要があります。そう!ボールペンは一度線を引いてしまうと消えないのである!消えないから、「えいっ」と覚悟を決めて線を引くのだ!

この集中力と、積極的な姿勢が情報収集の質を上げてるのです。

(今便利な消えるボールペンもあるけどね…)

やっぱ紙媒体が便利

本書『三色ボールペン情報活用術』を読んでつくづく思ったのは、まだまだ紙は使いやすいなぁということ。

あさよるは一時期、Evernoteに入れ込んで「今後はすべてのメモを電子化しよう!」と張り切っていましたが、やっぱり紙とペンが便利だなぁとw

手元でササッと手早く操作するなら、紙が便利。しかし、長期保存や情報の検索にはデジタルデータが便利。今後は両方のいいとこ取りをしてくのかなぁと、そっち方面の準備をしています。

とまぁ、三色ボールペンを使った情報活用術も、紙とペンの便利なところを存分に発揮しています。シンプルだからこそ分かりやすいというのもいい。

デジタルデータや電子書籍も三色で管理できる?と一瞬思いましたが、なんかそれは違う気がしますw 活字にて情報の触れ方も、紙の本と電書では違うのですね。

三色で線を引くこと=アウトプット?

赤・青・緑で線を引き分けることで、本や情報に触れる深さが変わります。

多分それは、ただ単に「読む」という受け身な状態から、「線を引く」という積極的な態勢に変わるからではないかと思います。

これまで情報の羅列だった文章に「自分が手を加える」という一手間を加えることで、一方的なインプットからアウトプットへと変貌しているのでは?

線を引く。たったそれだけのことなのに、インプットからアウトプットへと変わるなんて、面白い!そして、すごい!

自分だけの一冊を作る

赤・青・緑の内、すんごく重要な働きをするのは「緑」で線を引いた部分。

赤と青は、あくまで本や文章の情報を、客観的に精査した結果です。しかし、緑は違う。

緑は、自分が興味を持ち、好奇心が掻き立てられ、面白い!と感じた部分です。自分の興味の欠片を、緑のボールペンで浮き上がらせることができるんです!

自分が興味を持った分野については、誰もが積極的に情報を収集し始めます。反対に、興味のないことは、いくら重大な情報でも消極的ですよね。

消極的な情報を集めるよりも、すごい!面白い!と積極的に情報に向き合える欠片をたくさん集めましょう。それは、一つ二つだと力はないかもしれませんが、たくさんの緑の線を引いている内に、どんどん情報との向き合い方が変わってくるのです。

『三色ボールペン情報活用術』は、“本を汚して読む派”の読書術です。そして、読書だけにはとどまらず、資料や文書を読む時全般に使える「情報活用術」です。

著者の齋藤孝さんによれば、三色の使い分けに慣れてくると、人の話を聞いていても三色に分けて聞けるようになるそうです。「本当かなぁ?」と思いますね(・∀・) 確かめるためにも、チャレンジしてみたいです。

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