語学・辞事典・年鑑

『編集者という病』|過激すぎると「本」でしか読めない

こんにちは。あさよるです。ブログを書くって、自分で文章を書き、自分で編集し、自分でディレクションして、自分で記事を公開することなんですよね。一人編集部なわけです。何年書いてもブログのクオリティが上昇しないのも「全部ひとりでやってるからしゃーないな」ということにしておきましょうw

この「編集する」という作業が、あさよるにとって、よくわかっていないトコロです。そういえば昔、仕事で「編集の勉強をせよ」と言われたこともありましたが、あまり気ノリせず、結局やらず仕舞い。「編集」と呼ばれる仕事をしている人の様子を見ていても、あまり「良い」とは思えず、モヤモヤとしたまま今に至ってしまいました。

そして、先日読んだ編集者の見城徹さん『読書という荒野』がとても印象的で、他の本も読んでみようと手に取ったのが『編集者という病』でした。『読書という荒野』でも、編集という仕事について書かれていましたが、『編集者という病』では、もっとダイレクトにこれまで編集してきた本の話が満載でした。

編集するということ

角川書店を経て幻冬舎を立ち上げ、数々のベストセラーを出してきた編集者・見城徹さんが、ご自身の仕事を振り返る。仕事……といっても、それは私事とか仕事とかそんな話ではなく、全身全霊、すべての時間をかけて本を作る編集者の姿です。それはもう「仕事」の枠をとうに超えていて、「病」であるというタイトルです。

尾崎豊に小説を書かせ、世に送り出し続けたエピソードは、「公私混同」とかそういう話じゃないですね。表現者とは魂を削ってそれを行う。編集者はそれを「本」という形にするため、表現者と向き合う。

あさよるは「編集」って、イマイチなにをする仕事なのかわかっていなかったのですが、その人の持っている「何か」をどう切り取り、どう見せ、どう形にしてゆくのかを決める大事な仕事なんですね。

出版当時話題になった、郷ひろみさんの『ダディ』では、ずっと友人だった郷ひろみさんが、妻から離婚を告げられ苦しんでいるという話を聞き、それを本にするよう持ちかけます。内容がセンセーショナルに扱われましたが、あくまで男女が出会って結婚し、子育てをし、離婚をするという、よくある話を、当事者が心情を吐露するのだと紹介されていました。そのとき、はらわたまで書き出すような、人間の光も影も詳らかに言葉にし、本にする。そのために編集をするのです。

出版はオワコンだから終わらない

よく「出版はオワコンだ」なんて言いますが、本書を読むと改めて「出版はオワコンなんだなぁ」と思うとともに「オワコンだからこそ、出版は終わらないんだろう」とも思います。

雑誌や書籍に書かれている内容は、本の形態に印刷され、綴じられているからこそ成立しています。で、ときどき、雑誌のコラムなんかがそのままWEBマガジンにWEB記事として掲載されたとき、炎上しちゃったりしています。メディアが変われば読者が変わり、文脈も変わるので、本・雑誌ではアリだけどWEBだとNGってのが少なからずあります。

雑誌や書籍のノリの記事がWEBで炎上しているのを見ると「オワコンだなぁ」と思うと同時に、だけど、だからこそ「WEBじゃ書けないこともあるんだなぁ」とも思うので、やっぱ紙の本・雑誌がなくなることもないのでしょう。誰でも無料で読めるWEB記事の良さもあるけど、読者を限定できないが故に、読者を想定しきれず、違う文脈で読まれてしまって、違う解釈をされることもあるでしょう。多くの人にあてはまる話だけをすると、毒にも薬にもならない話しかできないし、難しいところです。

で、本書『編集者という病』に書かれている中身って、結構ヤバいというかw、他人事として読むと「こんな熱い世界があるのかぁ~!!」と燃えるけれども、自分の身近にこんな魂かけて仕事する人がいるとヤだなと思う人も多いんじゃないでしょうか(苦笑)。特に、作家と公私混同を超えて、共依存関係のように、混ざり合い、本を作ってゆく様子なんて、一般社会には受け入れがたい世界観じゃないでしょうか。だけど、ギリギリで表現をし続ける作家の作品を「読みたい」という欲を止めることも難しい。

一般の良識、社会のモラルと、狂気の世界に生きる表現者の作品を受容することのせめぎ合いって、どちらを正しい/間違いと言い切れないから、なんとも言えませんね。これから私たちの社会は、それらをどうジャッジしてゆくのかを迫られているのかもしれません。

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『読書という荒野』|いくら読んでも満たされない読書欲

こんにちは。読書の秋がはかどっていない あさよるです。バテバテだった真夏よりは読書に時間をさけるようになってるんですが、なんだか日々が慌ただしくて本が読めていません>< 食欲の秋だったり、スポーツの秋だったりと、忙しいですからね。夏の間延期していたことがどっと押し寄せてきた感じです。

さて、今日読んだのは見城徹さんの『読書という荒野』です。見城さんは幻冬舎の社長で、数々のヒット作をつくった編集者でもあられます。

この「荒野」という響き、先日図書で『オオカミと野生のイヌ』という写真集を読みまして、荒野で一匹オオカミがジロリとこちらを見ているようなイメージが湧きました(図書館ではもっぱら動植物の写真集や図鑑を見るのが好きです)。

オオカミと野生のイヌ

実際にはオオカミは家族で生活するそうで、「一匹狼」とは親離れしてまだパートナーと出会う前の若い個体だけだそうで……って、オオカミの説明はいいやw

『読書という荒野』の表紙も、見城さんがジロリとこっちを見ておられて、最初は「これは一体なんの本なんだ」とドギマギとしてしまいましたw

無我夢中に読書する

『読書という荒野』は、幻冬舎の社長・見城徹さんが本を読みまくり、編集する理由の一端に触れることができます。

見城徹さんは子どもの頃からいじめに遭い、劣等感にさいなまれていた頃から、高校に入り一転リーダー的存在になり、その後進学のため上京し、そして編集者として〈暴れまわる〉様子が綴られています。

子ども時代のいじめの経験は読んでいても胸が痛いのですが、「死んでもいい」と決心し、いじめっ子に対峙したことで運命が変わり始める様子は、大人になった あさよるにも思うところがありました。そこまで人を追い詰めちゃダメだし、そして追い詰められた人はなんとしても生き延びます。その経験が、編集者としてのスキルに繋がっておられるんですね。

高校生になって、いじめがなくなって反対に自分の言葉で自分の考えを述べられる生徒になってゆく様子も、あさよるもこうありたいと思いました。体面を気にしたり、その場の雰囲気に呑まれるのではなく、自分で考えて自分の言葉で表明する。これも編集という言葉を扱う職業に繋がっています。

そして、編集者としてのご経験は、その高揚感と熱狂が羨ましすぎると感じました。この感じ、あさよるは赤塚不二夫さんのエッセイなんかを思い出す……トキワ壮の思い出のような。とんでもなく高揚した時間を一瞬でも過ごした人の話って、いつも羨ましく思います。あさよるにはそんな時間がなかったなぁ。

赤塚不二夫120% (小学館文庫)

編集者は「言葉」で作家にアプローチし、本を作りますから、言葉はとても大切なものです。そこに説得力や力を持たせるためには、嘘を言ったり口先だけの話をしていてはいけません。「編集者」というのも、これも一つの生き方なのだなぁと知りました。

思い出、思い入れのある本がある

あさよるにはちょっぴり劣等感がありまして……それは「人生を変えた一冊」的な、思い出の本、思い入れのある本が特にないということです。もちろん、その時々にハマったり大好きだった本はありますが、あくまでマイブーム的な感じで、「今の自分を作った本」みたいなね、そんな存在がないのです。

だから実は、読書体験や、自分の特別な本について語る人というのは、憧れの存在です。

『読書という荒野』にもそういう特別な本、特別な読書体験が語られていて、しかもただ読者としてではなく著者・作者と同じ時間を過ごしながら本を作っているんですね。羨ましい&憧れのW!

見城さんは小中学校ではいじめられて、読書がある種の居場所としても機能していたよう。これもあさよるにはない経験だったり……あさよるは一体、今まで何を読んできたんだろうかと頭が痛くなってきます(;’∀’)

みなさんも、特別な本、思い入れのある本、読書が逃げ場だったり居場所だったり、ただの情報源、物語に触れる以上の働きを感じられたことがありますか?

全然足りない、満たされない読書を

心を落ち着かせるために本を読むという人もいるそうです。あさよるは逆で、本を読むと興奮するし、刺激を求めて読書がやめられません。『読書という荒野』を読んでいると、同じく「興奮」「刺激」を追い求めていると感じました。だからこそ「羨ましい」「憧れる」とも思いました。

「読書という荒野」という言葉もいいですね。豊潤で実りの多い感じよりも、「荒野」でむさぼるように読む方が、読書っぽい。そう、いくら読んでも読んでも満たされない。まだまだ欲しい、全然足りない。だから荒野の中で孤独にただ我を忘れて本を読みまくる。読書ってそんなイメージです。

『読書という荒野』の表紙の、乱雑に本を積み重ねた感じとか、わかるわかる~って感じじゃないでしょうか。もちろん、読書する人って年間千冊単位で読むそうですし、あさよるも全然足元に及ばないんですけどね(;’∀’)

本を読む高揚感、興奮、読んでも読んでも満たされない、もっともっと欲しい気分が溢れ出ている本だったし、読んでいるだけで自分の読書欲が刺激されまくる本でした。

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『BOOK BAR』|本の中に友人を見つけることもある

こんにちは。あさよるです。みなさん「BOOK BAR」ってラジオ番組をご存知でしょうか。あさよるは今回、ラジオ番組が書籍化された『BOOK BAR』を手に取って知りました。毎週1時間、本を紹介する番組らしくって、ぜひ あさよるも聞きたい番組です。

で、本書『BOOK BAR』も想像以上に楽しく読める本でした。著者の杏さんと小倉眞一郎さんのお二人とも、ほんとに好きな本を紹介しあっていることが伝わって、本を読むってやっぱ楽しいことだよなぁと感じました。あさよるは乱読するタイプですが、本書で紹介されている本もジャンルも様々で、絶対一冊は気になる本が見つかるんじゃないかと思います。

杏ちゃん! 仲間やないか!(゚∀゚)人(゚∀゚)ナカーマ

『BOOK BAR』は杏さんと大倉眞一郎が本を紹介しあうラジオ番組が書籍にまとめられたもの。番組では1000冊にも及ぶ本が紹介されたそうですが、その中から厳選された本が紹介されています。

で、杏ちゃん! あなた! おまおれか! と叫ばずにはいられない。だって、一冊目に紹介されているのが池波正太郎の『幕末新選組』なんだもの! 杏さんは新選組が大好きで、新選組小説ならすべて揃っているという。ちなみに好きな新選組隊士は原田左之助らしいです。

んで、杏さんのWikipediaのページを見ますと、「趣味・特技・嗜好」はもう、「お前は俺か」と。自分のプロフィールかと思ったよ(その項目以外は何もかも違う)。「歴女」って言葉が流行語大賞に選ばれたとき、杏さんが受賞されたそうで、杏さんのそんな側面を知りませんでした。

吉村昭『大黒屋光太夫』を挙げちゃうところとかね。あさよるもこの本好きだった~。

「読書感」も共感!

途中、短いコラムが挟まれているんですが、そこで語られる読書感も自分に近く共感しました。

杏さんは「趣味は読書」という表現に違和感があり、「読書好き」くらいがちょうどいいと書かれていました。あさよるもこれは同じで、「読書って習慣のもんでしょ」と思っているから、「自分の趣味は読書だ」という言い回しが自分には当てはまってない気がしていました。だから「趣味が読書」な人と交流を持っても、なんだか申し訳ないような気持ちになってソワソワとしていたのです。

また、小倉さんは「活字中毒」について。『「私って活字中毒な人じゃないですか~」と寄ってこられると蹴飛ばしたくならない?』と本音を吐露しておきながらw、だけど活字の中毒症状について書かれています。確かに自分で自分を「活字中毒」なんて思わないし、そう称することにも違和感がありますが、だけど「活字中毒」としか言えない禁断症状が出てくるのも事実。「読む本がない」という手持無沙汰は慣れませんね。「活字中毒」とは認めなくないものの、どうしようもなく活字中毒である。

コラムは4つしか収録されていないのですが、共感しまくりでした。

読みたい本ザクザク

杏さんの歴女っぷり、とくに新選組好きに興奮してしまっていますが、『BOOK BAR』ではさまざまなジャンルの本が紹介されています。次読みたい本もいくつも見つかります。

「BOOKS BAR」ラジオ番組なのですが、この番組はあさよるの住む大阪でも聞けるんでしょうか……毎週、杏さんと小倉さんそれぞれが1冊ずつ本を紹介する形式になっているようで、すごい。あさよるもぜひ聞きたい番組です。

以下、自分メモ…φ(..)

番組DETA:毎週 土曜 22:00~22:54

あさよるが読みたいと思った本

  • 池波正太郎『幕末新選組』
  • ポール・デイヴィス『幸運な宇宙』
  • ヴィカス・スワラップ『ぼくと1ルピーの神様』
  • 半藤一利『幕末史』
  • ポール・オースター『幻影の書』
  • 野村みち『ある明治女性の世界一周日記』
  • ジェームス・ガーニー『ダイノトピア』
  • ダニエル・L・エレヴィット『ピダパン』
  • アレン・ネルソン『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」』
  • 高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』
  • 野々村馨『食う 寝る 坐る』
  • 高橋団吉『新幹線を走らせた男』
  • 栗原康『村に火をつけ、白痴になれ』

ついでに、あさよるも読んだことある本は

  • 池波正太郎『幕末新選組』
  • 森絵都『カラフル』
  • 半藤一利『幕末史』
  • 森薫『乙嫁語り』
  • 吉村昭『大黒屋光太夫』
  • 西岡常一『木に学べ』
  • 三島由紀夫『葉隠入門』

あたり。読みたい本をかぶってるのは、「また読みたい」ってことでw 昔に読んだ本は忘れちゃうので、ときどき同じ本を読み返したいですね。

本好きにあえて嬉しい!

今回『BOOK BAR』を読んで、すごく共感できたし、本を読む面白さが伝わって「ああ、仲間がいるんだなぁ」ととても嬉しい気持ちになりました。とくに杏さんは、あさよると同年代の方で、同じような情報に触れて、同じような趣味を持ってるんだなあと思うと、特別な気持ちになりました。

失礼ながら、あさよるはこれまで杏さんのことをあまり知らなかったので、本を通じて友だちができたような心強い気分です(「タイムスクープハンター」は見てましたよ!)。「新選組好き」という点では、多分あさよるより杏さんのほうが詳しいだろうから、ぜひ杏さんの案内で新選組本を読みたいなぁ。

あさよるはいわゆる「乱読」するタイプで、小説をたくさん読まれる方とはジャンルが違っているし、かといって実用書ばかり読むわけでもないし、好きな本を好きなときに好きなだけ読んでるだけなので、目的もなければ方向性もありません(苦笑)。だからあまり「同じような本の読み方をしてるな」って人に出会う機会が少なかったのですが、この「BOOK BAR」の企画はあさよるの読書傾向に近い気がしました。

本って単に情報をもたらすものや、感動を呼び起こすものだけでなく、本の中に友人を見つけることもできるのです。今回、なんだか新しい友人と出会ったようで、とても心強い気持ちになれました(`・ω・´)b

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『おとなの小論文教室。』|ふわふわした感覚を、自分の「考え」に

こんにちは。あさよるです。ブログを書くようになって、毎日「文章を読む」「文を書く」とインプットとアウトプットをする習慣が生まれました。自分としては、ブログの書きはじめよりは楽に記事を書けるようになったと思います。だけどそれにしても、特別に文章を書く訓練を受けたわけじゃないし、跡から読み返すと「何を言ってんだか」と我ながら要点を得ないことも多々あります(;’∀’)

だから文章の書き方指南本はいつも気になる存在です。今日手に取ったのは山田ズーニーさんの『おとなの小論文教室。』。ほぼ日で連載されていたコラムから抜粋し、加筆修正なされた書籍版です。なんとも、ほわっとした語り口で、だけどガーンと核心を突くような指摘がなされていて、ゆったりと読書を楽しみつつ、刺激的な内容でした。

自分の言葉を使うこと

本書『おとなの小論文教室。』は、ほぼ日刊イトイ新聞で連載されていたコラムがまとめられたものです。

著者の山田ズーニーさんは、進研ゼミの高校生の小論文の添削を長年なさっていた方で、その指導方法が評価されていた方だそうです。高校生の小論文の場合、そもそも「何を書くのかわからない」から始まる人もいますから、指導する方も辛抱強く、あの手この手のフォローが必要だったんじゃないかと思います。本書『おとなの小論文教室。』では、進研ゼミでのご経験を活かしつつ、大人向けに、文章を書くこと、思いを伝えることがどういうことかを、言葉を尽くして紹介されています。

文章を書く時、「誰目線で書かれているかわからない文」を書く人が多いそうで、自分のことをまるで他人事のように書いたり、他人から聞いた話を自分の意見かのように文にしてしまう人も多くいるそうです。それは大人も同じで、自分と物事との関係性を正しく捉えられる人とそうでない人で、感覚的な断絶があるのではないかとも触れられていました。つまり、外界との関係性が理解できている人と、ふわふわしている人がいるということですね。

また、文章を書くというのは「何を書くのか」というテーマ探しでもあります。そこには必ず自分の考えや主張、主観が混ざるものですから、結局のところ「自分は何を考えているのか」を考えることでもあります。著者の山田ズーニーさんも、自分は何を書くのか考えて考えて考えて、何も書けなくなったというご経験がつづられていました。文章の達人のような人でも「書けない」なんてことが起こるんですね。あさよるなんかだと「ああ、自分が書けないのも当たり前だな」なんてホッとしたような気もしました。

テクニック集ではない

本書『おとなの小論文教室。』は、文章を書くために小手先のテクニックの紹介はされていません。あくまでも、文章を書くとはどういうことか、自分の考えを文章にするとはどういうことか、私は何を考えるのか、私は何者なのか、と、内省する内容です。

また、論理的な文章を書くためには、文章を読み解き、書いてみて、それを客観的に評価し、また読んで、書いて……とこの繰り返ししかありません。10代でも読解力と文章力の高い人もおれば、大人になっても経験値が低ければ上手には書けません。

そう、文章って「経験値なんだ」ってのは、本書を読んで大きな発見でした。生まれながらに文章の上手い人や、才能のあるなしで決まっているのではないのです。そう思うと、自分もきちんと訓練すれば、それなりに文章の読み書きができるようになるのかと思いました。苦手意識を持つだけ損なことなのかもしれません。

以前に読んだ、『AI vs. 教科書の読めない子どもたち』でも印象的だった、冤罪で裁判になってしまった人へインタビューすると、みなさんとても論理的にお話をなさるというお話。元々、筋道立てて話ができた人が冤罪事件に巻き込まれたというよりは、冤罪で犯人にされてしまった故に、論理で無実を証明するしかなかったから、論理性を意味につけざるを得なかったのではないかとの推測でした。論理的思考とは、後天的に誰でも訓練によって身につくものであることがわかります。

文章を書くのも同じで、自分の主張を明確にして、それを人に伝えることこそが、小論文の一番核にあるものなんですね。

自分の考え・意志を誰もが知ってるわけじゃない

本書を読んで知ったことは、すべての人が自分の考えや意志を持っているとは限らないということでした。いや、なんらかの「言葉にならない感覚」は持っているんだけれども、それを表現する発露がない限り、モヤモヤっとしたまま何じゃないかと思います。

それを言葉にする訓練なのですが、訓練の最初は「一人称不在で誰の考えなのかもわからない文」や「他人から言われたことのそのまま書いてしまう文」になってしまいます。これでは、自分の感覚ではなく、人の言葉で語っていることになります。そこからさらに訓練をつんで、文章力が上がっていくようです。

人は漠然とした「何か」を、言葉にして発することでそれが自分の考えとして初めて認識します。だから言葉ってすごく重要で、自分で自分で導くものですから、慎重に選ばないといけません。この『おとなの小論文教室。』って、そのモヤモヤと形にならない「何か」を取り出して、「見える化」する作業を支援するものなんだろうと思います。

そしてそれを「誰に見せるのか」といえば、ほかならぬ自分自身にでしょう。自分の考えを取り出し、形にし、それを扱える状態にすることでより自分の考えが明確になり、またそれが先鋭化し……とどんどん考えが深まってゆくんだと思います。そのための『おとなの小論文教室。』。良い本でした(`・ω・´)b

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『なくなりそうな世界のことば』|言葉のカケラが詰まった絵本

こんにちは。あさよるです。今日手に取った『なくなりそうな世界のことば』はラジオで紹介がなされていて気になっていました。難しい本かと思いきや絵本のような美しい本で、見ているだけでうっとりしてしまいます。

世界の中の小さな言葉の中に、その土地、その風土らしいカケラが詰まっているようです。本書は、見開き2ページに、イラストと、簡単な解説からなる、ポカポカお昼休みに一ページずつ味わって読めるような構成です。

言葉には文化がつまってる

本書『なくなりそうな世界のことば』は、世界のグローバル化の中で消えゆく言語を扱ったものです。

今、世界で最も多く話されているのは中国語普通話で9億人、英語は世界第3位で3億7000万人だそうです。これから言語を習得しようとするなら、どうせならより多くの人が使う言葉を勉強したいと思いますよね。すると、より多くの人とコミュニケーションが可能になるのですから。

一方で、そのような合理的な取捨選択によって「小さな」ことばが消えていっているそうです。本書『なくなりそうな世界のことば』で扱われる言語は1番多い「アヤクチョ・ケチュニア語」で90万人。一番少ない言語は「アイヌ語」で話者数は5人。一番最後に紹介される「大アンダマン混成語」は、最後の話者世代が21世紀に入ってから亡くなり、0になりました。

一度失われた言葉は二度と帰ってきません。

また、その「言葉」は、その文化、気候や風土に根ざしており、他の言語にうまく訳せないニュアンスのものもあります。グローバル化の中で、われわれは小さな、だけど大切なものを失っていることも自覚したうえで、今の時代を生きるべきなのかもしれません。

美しいイラストとことば

本書『なくなりそうな世界のことば』は、なんといっても西淑さんの美しいイラストが目印です。ひとつの単語と、その単語の説明は簡単になされるのみ。ことばが持っているニュアンスを理解するには、言語による説明のみならず、目で見てわかるイラストも力を発揮しています。

『なくなりそうな世界の言葉』イメージ画像

『なくなりそうな世界のことば』イメージ画像

なくなりそうな世界のことば | 吉岡 乾, 西 淑 |本 | 通販 | Amazon

絵本のようにパラパラとページをめくって、気になるページで手を止めて、世界のどこかの地域に思いをはせてみるのも楽しい読書です。言語の名前すらも聞いたことがなかったり、多くの地域は日本で生きるわれわれとは遠く隔たった場所だったりします。だけど、その土地に根差した言葉を一つ知ると、少しだけ近くなった気がします。

「小さな旅」というには小さすぎる旅だけれど、ページをめくるだけでどこか遠いところへ思いをはせられる読書の作用がつまったステキな本でした。

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『頭がよくなる必殺! 読書術』|スゴイ勇者になるために!

こんにちは。寒さに身も心もかじかむ あさよるです。こんな日は毛布にくるまって読書に限る。ということで、『頭がよくなる必殺!読書術』という、よくある自己啓発本っぽいタイトルですが、子ども向けの「読書論」を解く本を読みました。

子ども向けですが、内容自体は大人への読書指南と変わりません。文体が小学生向けになっているだけです。さすが教育学者の斎藤孝先生だけある。よくできた良い本でした。

ということで、以下ザックリと本書の内容をまとめました。

読書は錬金術だ!

読書とは錬金術なのだ。錬金術とは、その辺の石ころを金塊に変えてしまうヤツである。そう、その辺の石ころ人間が、本を読むと黄金人間になっちゃうってワケだ。カッコいいだろう?

ここで問題!

〔問題〕本を読むと、どんな「いいこと」があるでしょうか?
みんな答えを読む前に、考えてみてください!
〔答え〕知らなかったことを知ることができる。知らない人の気持ちを感じ取ることができる。行ったことのない場所を想像することができる。その本を書いた人と一対一で会話している気持ちになれる。ひとりでも楽しい時間を過ごすことができる。友だちとの話題ができる……。

p.8-9

本を読むのはいいこと尽くめ。いいことしかないのかもしれない。損はないしコスパも最高だし、だから本を読もう!

まずは本を読むコツ!

  • 読書術その1 まずは十冊、読んでみようよ

本を読む技術を身にをつけましょう。スラスラ読める人は本を十冊以上読んでいます。

  • 読書術その2 大切なのはスピードだ!

内容は簡単なのでいいから、どんどん読もう。おすすめは『ズッコケ三人組』『三毛猫ホームズ』『かいぞくポケット』『はれときどきぶた』。読み切ったときの「読破感」を味わおう!

  • 読書術その3 自分だけの本棚を持とう!

読書好きは自慢の本棚を持っている。自分の本棚を用意して、読破した本をチラチラ見よう。そのたびに気持ちよくなるよ。

  • 読書術その4 新しい本をどうやってゲットするか

ズバリ「親に買ってもらう」! ソシャゲ課金させてくれないパパママも、本なら買ってくれるぞ。

  • 読書術その5 “チラ読み”で本を選ぼう

パパママとお出かけするときは、必ず本屋に寄ってもらう。本屋さんは何も買わなくても収穫がある。本屋さんで本を眺めているだけで本に詳しくなれるのだ! 「与えられる」のではなく「選ぶ」力が身につくぞ。

  • 読書術その6 “芋づる式”で本と出合おう!

本を読んだら、その本を書いた人を調べよう。同じ人の本を続けて読むと読みやすいぞ! ある本が面白かったら、同じジャンルの本をどんどん読んでもいい。作者やジャンルを芋づる式で読もう!

黄金人間になろう!

  • 錬金術その1 想像力をつけろ!

紙に文字が書いてあるだけなのに、本を読むと頭の中に映像が浮かんでくる。これが想像力だ! 動物は本を読んでも感動しない。本を読んで想像して、感動するのは人間だけだ。想像力がある人は、人の気持ちも想像できる。ジコチューにならずに済む、「人間らしい」力なんだ。

  • 錬金術その2 映画監督になりながら本を読む

他人が作った映画を見てハマってるだけじゃダメ。自分も頭の中で映画監督になれるんだ。本を読んでいるだけで映像が見えてくる。

  • 錬金術その3 読書で人生を十倍楽しもう

自分はこの世にたった一人しかいないけど、本を読むとほかのたくさんの人生が待ち受けている! 本を読むだけで人生が十倍にも二十倍にもなるのだ! これはかなりコスパよし。トクしかしない。

  • 錬金術その4 使える言葉を増やせ!

本を読む量は、言葉遣いでわかる! 本を読んで言葉をたくさん知ると、とっても気持ちがラクになる。自分の気持ちをうまく言葉にして伝えることができるからだ。会話の中に熟語や四文字熟語を取り入れると、かなり時短にもなるし、ちょっとカッコいいよね。

本を読むと頭がよくなる!

本を読むと、「文脈」がわかるようになる。

文脈について説明しよう。脈というのは“つながり”です。山脈という言葉を聞いたことがあるでしょう? 山と山のつながりを山脈といいます。同じように文と文のつながりを文脈といいます。
「前にこう言ったから、いま、この話をしている」
というのが文脈です。
そして、この文脈をキャッチして、わかる力が“文脈力”。その力のある人は、文脈力のある人。そして、じつは“頭がいい”というのは、文脈力があるということなんです。

p.67

文脈がわかるようになると、人の言葉を誤解することが少なくなります。文脈について説明するのはカンタンですが、大人でも文脈がわからない人はたくさんいます。本の場合はわからなくなったらページを読み返せばいいでトレーニングにぴったり。ガンバレ!

読書感想文対策も!

  • 必勝法その1 読んだら人に話す!

本を読んだら「聞いて!」といろんなひとに話そう。

  • 必勝法その2 “らくがき読書術”を使おう!

本を読むとき、本に色ペンで線を引きながら読もう! 斎藤孝先生は、絶対に大事なところは赤まあまあ大事なのは青おもしろいところは緑にしています。で、読書感想文で大事なのは、緑のおもしろいところ!読書後、緑のところを集めれば読書感想文ができたも同然なのです。 ※ただし、くれぐれも自分の本にしかしちゃだめだぞ!

  • 必勝法その3 本の文章を写そう!(引用)

一冊の長い本の中から、面白い部分を切り取れる力が大切だ! 本をちゃんと読んだって証拠にもなるしね。引用はプロもやっていいんだよ。

 最初は、自分がなにか気になるなと思うところ、ここではなにか一言、言ってみたいなと思うところを引用するのがいいでしょう。そうすると、
「~~(引用部分)~~とありますが、ぼくは……と思います」
というふうに文章を書くことができる。

p.96-67

以上、引用の仕方を引用してみた(^^♪

  • 必勝法その4 “名場面ベスト3”を見つけだせ!

自分で名場面だと思ったところベスト3を選んで、どうしてそこが名場面だと思ったのかを口に出して言ってみる。よかった理由があるはずだ! それを「キーワード」といいます。

  • 必勝法その5 “かど折り読書術”を使おう!

あとからキーワードを探しやすいように、本のページの角を折って印をつけておこう! 絶対引用するところはデッカク赤ペンかなんかで囲っておこう。だから本は買って読むのがおすすめだ!

  • 読書感想文の書き方 まとめ

大人になっても役立つ読書感想文の書き方がまとめられているのですが、これは本書を読む人のお楽しみってことにしておきます。先に挙げた必勝法1~5をまとめてあるだけなのですが、コンパクトにまとまっていて役立つでしょう~。

子ども向けを侮るなかれ!

本書『頭がよくなる必殺!読書術』の読了後の感想は……「ふつうにええ本やなあ」。子ども向けの内容ですが、書かれていることは大人にも当てはまります。日ごろから読書習慣がある人だって、読書がどんな風に人の成長に関わっているのか、簡単に説明するのは難しいはずです。また、文脈を扱う力も、意識しないと身につかないでしょう。

そして、秀逸なのは読書感想文必勝法です。めっちゃコンパクトで簡単に書かれているだけなんですが、これなら感想文を軽いノリで書きこなせそうです。あさよるネットでもこれまで、読書感想文の書き方の本を紹介していますが、どれも「読書感想文という特別なもの」という感じでしたが、本書ではブログ記事を書くようなノリです。

あさよるも読書ブログなどを運営していますので、斎藤孝先生のいう「読書感想文必勝法」は知らずに実践している部分が多かったです。

子ども向けだけれども、それだけに率直でマジメなことを、軽いノリで書いてある良書でした。

読書感想文の書き方の本

『ドラえもんの国語おもしろ攻略 読書感想文が書ける』/藤子 F不二雄

『すらすら作文が書ける』/方倉陽二

『読むことは生きること―読書感想文の書き方 中学生向き』/依田逸夫

『読書かんそう文のかき方 中学年向き』/依田逸夫

備忘録的個人メモ…φ(‘ω’)ノ

以下、『頭がよくなる必殺!読書術』に収録されていた斎藤孝先生のおすすめ本。みなさんは何冊読んだことがあるだろうか。

まずは、このあたりから読んでみよう

  • 『こくごであそぼ』/齋藤孝
  • 「大どろぼうホッチェンプロッツ」シリーズ/プロイスラー
  • 『きまぐれロボット』/星新一
  • 『フランダースの犬』/ウィーダ
  • 『あばれはっちゃく』/山中恒
  • 「イソップ」の童話/イソップ

一気に読めるものシリーズもの

  • 「はれときどきぶた」シリーズ/矢玉四郎
  • 「かいぞくポケット」シリーズ/寺村輝夫
  • 「クレヨン王国」シリーズ/福永令三
  • 「ムーミン」シリーズ/トーベ・ヤンソン
  • 「大草原の小さな家」シリーズ/ローラ・インガルス・ワイルダー

冒険もの・探偵もの

  • 「ドリトル先生」シリーズ/ヒュー・ロフティング
  • シュール・ヴェルヌのSF(『海底2万マイル』『十五少年漂流記』ほか)
  • 「ゲド戦記」シリーズ/アーシュラ・K.ル=グウィン
  • 『タイムマシン』/H.G.ウェルズ
  • 「シャーロック・ホームズ」シリーズ/コナン・ドイル
  • 「怪盗ルパン」シリーズ/モーリス・ルブラン
  • 「怪人二十面相」シリーズ/江戸川乱歩

日本の名作・世界の名作

  • 『坊ちゃん』/夏目漱石
  • 『走れメロス』/太宰治
  • 芥川龍之介の短編集(『蜘蛛の糸』『羅生門』『杜子春』など)
  • 宮沢賢治の童話(『セロひきのゴーシュ』『雨ニモ負ケズ』『銀河鉄道の夜』など)
  • 『わらしべ長者――日本民話選』/木下順二
  • 「ギルガメッシュ王」三部作/ルドミラ・ゼーマン
  • 『三銃士』『モンテ・クリスト伯(巌窟王)』/アレクサンドル・デュマ
  • 『レ・ミゼラブル(ああ無常)』/ビクトル・ユーゴ―

ファンタジーもの

  • 『星の王子さま』/サン=テグジュペリ
  • 『モモ』『はてしない物語』/ミヒャエル・エンデ
  • 『ピーターパン』/J.M.バリ

女の子のための必読図書

  • 「赤毛のアン」シリーズ/ルーシー・モード。モンゴメリー
  • 『秘密の花園』/フランシス・ホジソン・バーネット
  • 『アルプスの少女ハイジ』/ヨハンナ・スピリ
  • 『若草物語』/ルイザ・メイ・オルコット
  • 『あしながおじさん』/ジーン・ウェブスター

その他、ぜひ読んでほしいもの

  • 『いしぶみ――広島二中一年全滅の記録』/広島テレビ放送

関連本

『読書力』/齋藤孝

『ちっちゃな科学』/かこさとし,福岡伸一

『王様の勉強法』/荒俣宏,中谷彰宏

『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?』/おおたとしまさ

『キミが勉強する理由』/藤原和博

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『会話もメールも 英語は3語で伝わります』|英語っぽい表現で考える!

こんにちは。英語ができない あさよるです。学校の勉強はあまり苦労しなかったタイプなんですが、英語、これだけは違う。苦手で苦手で……語学が苦手で、国語も嫌いなんですが……。しかし、英語がわからないというのが普通に生活で不便です。こうやってブログ書いたり、ネット使うのも英語がわからないと困りもん。

毎日〈明日することリスト〉に〈英語学習〉と書く日々はやめて、ホントに勉強を再開したい今日この頃でした。『会話もメールも英語は3語で伝わります』は話題になってるっぽかったので、手を伸ばしてみました。

「伝わる」ための英語

まず本書『会話もメールも英語は3語で伝わります』の性格から。本書の著者の中山裕木子さんは工業系、技術系の日英翻訳をされている方で、特許明細書の翻訳をされていました。そこから、工学・技術系の人に英語を指導するために、3語で伝える英文法に行きついたそうです。

「理由と根拠」を大事にしながら、自分自身で英語表現を選択し、「どちらの表現がコミュニケーションをより円滑に進めるか」「どちらの表現が少しでも誤りが起こりにくいか」といったことに焦点を当てる授業を組み立て始めました。

冠詞から構文の選択まで、ノンネイティブとして、自分で根拠と理由づけを持って英語表現を選択する。そんな授業です。その指針としたのは、テクニカルライティングの各種ルール(各種スタイルガイドと呼ばれる欧米での英語のルールや、テクニカルライティングの洋書に記されたルール)です。(中略)

そのようなテクニカルライティングの手法から、最も重要なエッセンスを抜き出したのが、本書で取りあげた「3語の英語」です。

p.226.227

元々専門的な分野から出発し、それを一般化できないかと作られたのが本書です。

また、英語でのコミュニケーションは「相手もnot英語母語話者」である場合を想定すべきです。「ネイティブなら分かってくれる」のではなく、お互いに英語カタコト同士で伝わることが大事ですから、3語の英語は有効かもしれません。

英語らしい表現を覚える

3語で伝えるとは、ややこしい文法を作るのはやめて「SVO」で表現しちゃおうと。それだけなんですが、日本語の文章をそのまま英語のSVOに並べようとすると、やたら文章が長くなったり、いろいろ無理が出てきます。文章が長くなると間違えるリスクも増しますから、なるべく文章は短くしたい。

こんな例文が

「私は京都大学の学生です。言語学専攻です」
ありがちな表現:
I am a student at Kyoto university. My major is linguistics.

(中略)

「3語の英語」で同じ内容を組み立て直してみましょう。
↓↓↓
I study linguistics
at Kyoto university

p.30-31

「英語を勉強する」っていうよりも、言い方を学ぶというのでしょうか。本書でも、小中高の長期にわたる英語学習を経て、更に「3語の英語」で実用していくうちに、伝わる英語を使えるようになるという、かなり長期スパンでの英語学習法です。本書をパッと読んで英語力がどうかなるわけじゃなく、ジワジワっと効いてくる系ですね。

日本人の英語のクセ、すなわちbe動詞を使いたがるとか、漢字の熟語を英語にしようとして難解になるとか、やたら文章を長くしてしまうとか、主語が分かりにくいとか、クセを抜いて、英語っぽい思考を身につけようという内容。

苦手意識が高い人にいいかも

あさよる自身が語学が超苦手なので、得意な人が本書をどう読むのかは知りません(^◇^;)> ただ、英語苦手マンにとっては「3語だけで文章を作れ」というのは、取りつく島ができたような気分です。そう「どっから勉強していいのか分からない」から脱せる気がするのです。

「まずは文法?発音?」なんて悩んでる時間がもったいないので「SVOの3つでいい」と割り切っちゃえば、次はそこに盛り込む中身を勉強すればいいんだ!とスッキリしました。

また、notネイティブ同士の会話が想定されているのも、「使えそう」なところです。というのも、あさよるは街中で人に話しかけられるタイプなので、外国人にもめっちゃ声を掛けられます。道を聞かれたり、電車の乗り換えを聞かれたりね。最近、大阪のなんばや心斎橋は「外国人の方が多いんじゃないか?」って感じですからね~。「お互いに英語がわからん」状況でのコミュニケーションは難易度高いっす!

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『世界を変えた10冊の本』|世界の読むべき本をわかりやすく解説

こんにちは。読書本には目がない あさよるです。「読書本」って変な言葉ですが、本を読むための本って感じでしょうか。本書『世界を変えた10冊の本』もそのタイトル通り、10冊の世界を変えた本を池上彰さんが紹介するもの。どの本も世界的超有名本で、一度は目を通しておきたいものばかりです。

世界を変えた10冊ラインナップ

本書で紹介される10冊の本は以下。

  • 『アンネの日記』
  • 『聖書』
  • 『コーラン』
  • 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
  • 『資本論』
  • 『イスラーム原理主義の「道しるべ」』
  • 『沈黙の春』
  • 『種の起源』
  • 『雇用、利子および貨幣の一般理論』
  • 『資本主義と自由』

読んだことはなくってもタイトルくらいは知っている本ズラリ。ここではザッと簡単に紹介しておきます。

書影は『世界を変えた10冊』の出典として挙げられているものです。

『アンネの日記』

第二次世界大戦時、ユダヤ人として収容され亡くなったアンネ・フランクが書き残した日記。アラブ諸国を除く国際社会がイスラエルの味方をするのは『アンネの日記』があるからだ、と紹介されています。なるほど、彼女が生き生きと〈普通の少女〉であればあるほど、彼女の運命は信じがたく、ユダヤ人弾圧がいかに惨たらしいものであったのかと感じます。「世界を変えた本」のトップバッターに相応しいものです。

『聖書』

世界で最も読まれた書物『聖書』。

 中東に生まれたキリスト教が、やがてヨーロッパ世界に広がり、宣教師たちによってアフリカや南米にも拡大。ヨーロッパでの迫害から逃れたキリスト教徒は、アメリカに「神の国」を建設しようとしました。
一方、ヨーロッパのキリスト教徒たちは、「十字軍」によって中東遠征を繰り返し、イスラム教徒との対立を深めました。それは、キリスト教文明とイスラム文明の対立として、いまにつながってくる歴史です。

p.41-42

聖書の物語は今も多く引用されますし、今の世界を動かしています。

『コーラン』

ユダヤ教の経典『律法』をキリスト教徒は『旧約聖書』と呼び、新たに『新約聖書』を加え聖書にしました。さらにイスラム教はここに『コーラン』を加え経典にしました。イスラム教徒にとって『コーラン』が最も重要とされます。

日本ではイスラム教徒は少ないですし、文化や慣習がふしぎに見えるかもしれません。イスラムの行動規範や考え方等、池上彰さんが分かりやすく説明してくださるのは有難い。

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

16世紀の宗教改革により、ローマ・カトリックからプロテスタントが生まれます。カトリックとプロテスタントでは経済活動において大きな違いがありました。

カトリックの教会の支配は穏やかで形式的なものだったが、プロテスタント支配は、「家庭内の私的な生活から職業的な公的な生のすべての領域にいたるまで、考えられるかぎりでもっとも広い範囲にわたって信徒の生活のすべてを規制するものであり、限りなく厄介で真剣な規律をともなうものだった」と指摘します。つまり、このプロテスタント支配によって、子どもたちは高度な教育を受けて社会の上層を目指すようにしつけられているのではないか、というわけです。

p.101

プロテスタント支配によって、資本主義の精神が登場するのです。19世紀半ばまで労働者は生活できるだけの収入があれば、それ以上働こうとしませんでした。それに対し、仕事のために人間は存在し、働くことは生きるために不可欠であるとの考えが「資本主義の精神」です。

現代のわたしたちはこの考えの上にいるんですね。

『資本論』

マルクスはかつて、資本主義がなぜ非人間的な経済体制になるかを説きました。マルクスの理論は、ロシア革命を引き起こし、やがて社会主義体制を採用する諸国が増大しました。マルクスの『資本論』は世界を変えたのです。
ところが、東西冷戦が終わり、ソ連の崩壊に代表されるように社会主義体制の限界が明らかになって以降、マルクスの主張はすっかり見捨てられてました。それが、リーマン・ショックをきっかけに、まるで預言者のように復活する。皮肉は話です。

p.123-124

労働量は藤堂の時間で測り、貨幣が資本になる。現在の我々が当たり前思っている体制も、新しい考え方なのですね。

『イスラーム原理主義の「道しるべ」』

『道標』は“オサマ・ビンラディンの教科書になった”ことから、世界を動かした10冊に選ばれています。

 イスラムこそが、健全な発展と進歩に欠かせない価値観を保有している。その理想が失われてしまったために、世界は墜落している。いまこそイスラムの理想に帰り、イスラムの原初を思い起こすことが必要だと主張します。(中略)

現代はイスラムの理想が失われてしまったのに、イスラム教徒たちは、自分たちの世界を「イスラームの世界」などと思いこんでいる。これを正さなければならない、というのです。となれば、イスラム世界の腐敗した体制を打倒することは「神の道」であり、正義の戦いである。つまり「ジハード」(聖戦)なのだ、ということになります。(中略)

世界中が無明社会だというのです。
無明社会は暗黒社会ですから、真のイスラム教徒は、無明社会をイスラム社会をイスラム社会にしなければならないのです。ここから、無明社会に対するジハードが必要だという理論が導き出されます。この対象として、日本も例外ではありません。(中略)

日本の私たちの信仰は、「邪神を祭るために、手のこんだ礼拝儀礼の体系を創案した」ものだというのです。彼が日本のことをどれだけ詳しく知っていたのか疑問ですが、彼によれば、日本もジハードの対象になってしまいます。

p.155.156.160

『道しるべ』に日本のことが書いてあるのは知りませんでした。日本はジハードの対象にならない保証はないということでしょうか。

『沈黙の春』

アメリカのペンシルバニア州に生まれたカーソンは、連邦政府の商務省漁業局で働きながらアメリカの雑誌「ニューヨーカー」に『沈黙の春』を連載し、単行本として出版されベストセラーになりました。

環境汚染という言葉がなかった時代、農薬により野鳥たちが死んでしまった例や、食物連鎖による毒物の蓄積メカニズムを広く世に知らしめたのが彼女だったのです。

現在では当たり前の環境問題も、当時はなにも知られていなかったところから、社会に浸透していったんですね。

『種の起源』

ガラパゴス諸島に上陸した経験から、生命の多様性への疑問を追求し1859年『種の起源』が世に登場します。当時は売れ行き上々だったそう。

彼の書は、「地球上の生き物は神が創造した」と信じるキリスト教徒からは批判を浴びましたが、多くの学者から支持され、その後の遺伝学、生物学の飛躍的な発展の基礎を築きました。

p.192

生物は神が創造したものか否か。現代でも議論になる事柄です。

『雇用、利子および貨幣の一般理論』

 景気が悪くなったら政府が公共事業などで支出を増やして経済を活性化させる。金利を下げて、企業の投資を活発化させる。
これらは、景気対策としての常識になっています。中学校の社会科で習う話です。しかし、かつては常識どころか、「とんでもない話」と考えられていたこともあります。それを世の中の常識にしてしまった本。それが、今回取り上げるジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子および貨幣の一般理論』という書物です。

p.213

1929年の世界恐慌の政府の対応を時代遅れだとし、ケインズは批判しました。本書では現代の日本社会が直面している問題を、ケインズがどう説いているのかが紹介されています。

『資本主義と自由』

フリードリヒマンは、自らの主張を一般に理解してもらうためのショック療法を用意しました。当時のアメリカで政府が行っていた事業のうち、「政府がやる理由はない」と考えた事業一四項目を列挙しているのです。(中略)

1 農産物の買い取り保証価格制度。
2 輸入関税または輸出制限。
3 農作物の作付け制限など。
4 家賃統制。物価・賃金統制。
5 最低賃金制度や価格上限統制。
6 銀行に対する詳細な規制など。
7 ラジオとテレビに対する規制。
8 現行の社会保障制度。
9 事業や職業に関する免許制度。
10 公営住宅、住宅建設の補助金。
11 平時の徴兵制。
12 国立公園。
13 営利目的の郵便事業の禁止。
14 公営の有料道路。

p.248-249

じっくり見て見ると「やめるとヤバイんじゃない?」と思う項目もありますが、彼よると大丈夫。というか逆に、国が制限をかけていることで貧しい人が苦しんだり、社会に不利益があると説いています。

未読本に色めき立ち、既読本に興味津々

池上彰さんが選ぶ「世界を変えた10冊の本」はいかがでしょう。あさよるは、タイトルは知っていても「読んだことない」とか「通読したことない」ものばっかりです。現代でも絶版になっていないどころか、流通している本ばかり。現在では電子書籍や、Kindle Unlimitedでも読めるっぽいのでありがたいです。読む本リストに加えておきますφ(..)メモメモ

「世界を変えた本」の中でも、現代のわたしたちの生活や常識そのものを作った本ばかりが紹介されていますから、興味がないわけがないラインナップです。

あさよる正直、この本「面白くなさそうだなぁ~」と思ってたのですが、嬉しい誤算で結構楽しく読めました。まだ読んだことない本は「読んでみよう」と色めきだち、既に読んだ本は「池上彰さんはどう紹介するんだろう」とwktk。

この手の本は他の人が紹介してもいいかもしれないけれども、内容的には「知っていて損ないぜ」って感じで、お馴染み池上彰さんの著者だし、人におすすめしやすい本だと思います。

あさよるネットで紹介した池上彰さんの本

『学び続ける力』/池上彰

『学び続ける力』を読んだよ

『伝える力』/池上彰

『伝える力』|子どもへニュースを伝える力

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』/池上彰

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』|社会、外交、世界を考える

『あした選挙へ行くまえに』/池上彰

『あした選挙へ行くまえに』|なにを投票するの?

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『つながる図書館』|日本の〈新しい図書館〉模索中

こんにちは。図書館で育った……と言っても過言ではない あさよるです。幼い頃は毎日のように図書館へ通っていて、小学校に入学して「図書室を使っていい」と知ってから毎日休み時間のたびに図書室に通い詰めていました。10代の頃は「人と口を利きたくない」との中二的理由で本を読んでいましたw

先日、あさよるネットでも紹介した『未来をつくる図書館』を読んで、ニューヨークの図書館の在り方に心底驚きました。あさよるの図書館の利用法ってあくまで、図書館の一部なんだと知ったのです。

『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―』|すごすぎる図書館!

図書館は就職支援や起業支援もしていると『未来をつくる図書館』では紹介されていました。で、あさよるも地元の図書館をチェックしたところ、スペースは小さいですが就職支援、起業支援の情報があったー! ニューヨークの図書館ほどではないですが、地元の図書館も本の無料貸し出し以外の業務もしているようです。

そして今日読んだのは『つながる図書館』。これは日本の公共の図書館の取り組みを紹介したものです。日本でも図書館のありかたは大きく変化しているようで、全国で模索が続いている様子がわかりました。

全国の図書館の取り組み実例

本書『つながる図書館』は、実際に全国の図書館がどのような取り組みをしているのか、どのような立場に置かれているのかが紹介されています。図書館って自分が利用できる自分の街の図書館しか知らない方も多いはず。他の図書館の様子を知れるのは新鮮です。

ここでは『つながる図書館』で紹介されている実例の一部をちょろっと紹介します。

まず、最初に「武蔵野プレイス」という武蔵野市の図書館。こちら、写真で見てもめっちゃオシャレ。コンセプトは「市民の居場所」だそうで、広場や公園のようにカフェがあり、無線LANが使えて、ざわめきの中に図書スペースがあり、ギャラリースペースではコンサートが開かれることも。シーンと静まり返っていない雰囲気だから、子どもたちが多少ガヤガヤしても気になりません。ビジネスマンも子ども連れもみんなが一緒にいられる場なんです。それとは別に二十歳以上立ち入り禁止の、子どもたちだけのスペースがあって、ダンスやバンドの演奏ができるスタジオがあるというから羨ましい。「子どもたちの居場所」です。

鳥取市にある鳥取県立図書館では、入り口にたくさんのチラシが並んでおり、カウンターでは質問し辛い法律の悩みの回答などが、前もって置かれているんです。弁護士に相談すれば数万かかるところを、図書館であらかじめ問題の整理ができます。また、定期的に操業・融資の相談会や、中小企業判定士による相談や、特許相談会など実施されています。鳥取県立図書館ではビジネス支援として、農家や学校の先生や公務員を支えたり、若者の就職支援も力を入れています。そのために司書は専門の知識や人脈を持っていることが前提です。

課題解決型図書館へ

図書館の変化はが起こったのは、図書館の予算はどんどん削減される中、1999年「図書館館長は司書の資格を持っていなくてもよい」と法律が変更がなされ、次は図書館職員が「司書資格をもつ専門家でなくてもいい」と変更されるのでは?という現場の危機感が後押ししているそうです。

従来の貸出のみの業務は機械でもできますから、「司書でなければできないサービス」が模索され始めたのです。司書は専門知識を有しており、その図書館の蔵書にも精通している専門家です。図書館になくてはならない存在です。

神奈川県立図書館では、市立図書館と県立図書館という似た施設が二つもあるのは税金の無駄だとコストカットされた図書館です。横浜市にある県立図書館では貸出と閲覧の廃止。川崎市の県立図書館は廃館とされた。これは、横浜市民にとって市民図書館と県立図書館が並んであるので「二重行政」に見えてしまう。しかし、他の地域の住人からすれば、県立図書館は必要ではないのか?都市部とそれ以外での格差が広がってしまわないか? 非常時に果たす図書館の機能を考えると、簡単に「コストカット」してよいものだろうか。

従来の「利用者が欲しい本を探して借りる」という図書館のかたちから、新たな「課題を解決する」という専門家だからできるサービスへ移行しようとしている一方で、存続が問われ閉館になる図書館もあります。

賛否両論!武雄市図書館

武雄市図書館の話題はご存知の方も多いかも。TSUTAYAを運営するCCCが武雄市図書館の管理をしており、貸出カードは「Tポイントカード」で一日に一回利用すると3ポイントが貯まります。ここで、利用履歴の個人情報が守られないのではないかと懸念されています。図書館には「図書館の自由に関する宣言」というものがあり、「図書館は利用者の秘密を守る」としています。個人のプライバシーや匿名性が守られなければならないものなのです。

ざっと、本書で触れられていた武雄市図書館をめぐる賛否を上げます。

いいところ

  • Tポイントがたまる
  • おしゃれな知的空間で、デートに来る人も多い
  • 「まちづくり」としての図書館である
  • 小さな温泉街である武雄市の「集客」になっている
  • 夜間まで開いている
  • 20代、30代の若い世代の利用者が増えた
  • 司書によるコレクション構築や資料の活用

懸念事項

  • 貸出履歴がTポイント管理者に提供される可能性
  • 嘱託の館長と、嘱託の司書が最長5年契約で働く(市の直営時代と同じ)
  • 図書館に併設した歴史資料館が常設でなくなった
  • 他にもTSUTAYA図書館ができれば「珍しさ」がなくなってしまう

まず、Tカードを利用することで、利用者にとってポイントが貯まるのは嬉しいですが、個人情報がどこまで守られているのか気になります。

武雄市図書館は市の集客施設として働いているのは良いことに思えますが、他の市町村もTSUTAYA図書館を導入すれば希少性がなくなります。それでもなお「まちづくり」の中心となれるのでしょうか。

デジタル図書館

「青空文庫」は著作権が切れた作品をネットで無料公開しているデジタル図書館です。ご利用になられた方も多いはず。公的なものではなく、ボランティアが手作業で作っています。

国立国会図書館もデジタル化に取り組んでいます。これまで東京近郊に住んでいないとなかなか国立国会図書館の資料に当たるのが難しかったのですが、デジタルアーカイブが世界を変えたと言ってもいいんじゃなかろうか。また、他の図書館でも同様の取り組みがなされています。

また、図書館横断検索「カーリル」の取り組みもあります。「カーリル」ではネットで図書館の蔵書を検索できるサービスですが、図書館内から検索される機会が増えたことで「カーリルタッチ」が開発されました。図書館の棚の前でスマホをかざすと「カーリルタッチ」が起動し国立国会図書館のデータベースにアクセスできるもので、実験的に導入されているそうです。

図書館がコミュニティをつくる

まだまだ図書館の実例が紹介されているのですが、全部拾えなくて残念です。あさよるが「いいな」と思ったのは、小さな図書館の取り組みでした。例えば既存の図書館以外に町中に本を置いてもらったり、あるいは小さな図書館を街中に設置しボランティアが代わる代わる管理しながら運営するもの。単に図書館機能を外に持ち出しただけでなく、それを管理するための地域のつながりが生まれているそうです。「なんとなく顔見知り」のコミュニティができることで、住人と街の接点になっているのは良さそう。

以前、あさよるネットで『図書館「超」活用術』を紹介したとき、「自治体によって図書館サービス違うから」と書いたのですが、ますます今後多様化していくのかもしれません。神奈川県のような例もあれば、あさよるが棲んでいる大阪府下の図書館はサービスがいい方なのだなぁとしみじみ。

『図書館「超」活用術』|書店、ネット、そして図書館。情報と「場」を使いこなそう

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『一瞬で心をつかむ できる人の文章術』|自分でしっかり考えよう

こんにちは。文章力が欲しい あさよるです。毎日ブログ書いてたら少しはマシになってそうなものですが……どうでしょう。あとね、当ブログでは本の感想を書いていますが、ほら、やっぱ、自分でも物語とか創作もしたいな~なんて思うんですよ。だけど、どうやって書いていいのかわからない!

本書『一瞬で心をつかむできる人の文章術』は、これまで読んできた文章術の本とは趣の違うものでした。本書を読めば小説が書けるとか、企画書が書けるものではありませんが、「文章を書くとはどういうことなのか」を考えさせられる読書となりました。言語コミュニケーションを操る「ヒト」である限り、言葉や文章を磨くってのは使命なのかも。

文章力が必要な理由、文章が書けない理由

本書『一瞬で心をつかむできる文章術』では、半分以上のページ数を割いて「文章力はなぜ必要か」「文章力がないとどうなるか」「なぜ文章が書けないか」など、作文にまつわる話を実例を挙げて数々紹介されています。例の中には自分に当てはまるものや、身に覚えのあることもあるでしょう。

文章力が必要な理由

「なぜ文章力が必要か?」を考えるとき、反対に「文章力がないとどうなるか」を考えてみてもよいでしょう。本書ではは以下の〈文章力がない人の8つの弱点〉が挙げられています。

  • 何を言っているのか話がよくわからない
  • 考え方に柔軟性がなく思い込みも強い
  • なぜか言葉が出てこない
  • どうしてもよいアイデアが浮かばない
  • 多角的に見る力や疑問を持つ力が弱い
  • 自分を客観的に見るのが苦手
  • 会議の司会進行がうまくできない
  • 企画書がうまく書けない

具体的な事例は本書で詳しく紹介されているのでそちらを見ていただくとして、全体を見ると文章力がない人の共通点が浮かび上がってきます。

それは、自分で考え反芻し、何らかのアウトプットするまでの過程が苦手であることです。「こうしなさい」と指示されると返事をするのですが、指示の意図が理解できません。自分で考える過程を経ないので、思い込みのまま行動したり、また他人からの受け売りの言葉を自分の意志だと勘違いしてしまいます。偏った思想に染まりやすい特徴もあります。自分で考えないから、考えを表明することができないのです。

先ほどの〈文章力がない人の8つの弱点〉の裏を返すと、〈文章力がある人の8つの特徴〉になりますね。

  • 話が筋が通っていてわかりやすい
  • 考え方に柔軟性があり、思い込みが少ない
  • 言葉で表現できる
  • よいアイデアが浮かびやすい
  • 多角的に見る力があり、疑問に思う力がある
  • 自分を客観的に見られる
  • 会議の司会進行ができる
  • 企画書がうまく書ける

文章力がある状態とは、ただ単に作文が上手いだけの状態ではありません。相手に伝わるように話す。そのための客観性を持っています。自分自身も視野が広く、柔軟に他の意見を聞き入れ、思い込みが少ないのです。人の言いなりになるのではなく、自分で考え、時に常識を疑ったり、アドバイスも適切かどうか熟考します。人前で話すことも上手で、仕事もよくできます。

一瞬「大げさな!」と思いますが……確かに「文章力がある」状態って、これくらいのこと当たり前にできる状態なのかもしれません。それはつまり「論理的に考える能力」「インプットする能力」「推測する能力」なんかが必要だからかもしれません。

文章が書けない理由

文章を書きたいのに書けない理由は、「論理的に考える能力」「インプットする能力」「推測する能力」が足りていないと考えると、ぐぬぬ。言葉がありません。「本書でも文章が上手く書けない」という人とのエピソードを交えて紹介されています。

多くの人は「何が問題なのか」を分かっておらず、アドバイスされてもスルー。根本的に解決する気がないように見えてしまいます。それは「どのような状態が問題解決なのか」を突き詰めて考える力がないことで、何をしたいのか本人が分かっていないような状況です。

論理的でなく、客観性を欠き、思い込みの中から抜け出せない。その状態では「文章が書けない」のも当然ということですね。「文章が書けないから問題解決できない」ではなく、「問題解決もできない状態じゃあ文章も書けるわけないよね」と言ったところでしょうか。

なにを言いたいの?

本書では文章を書くためのテクニックよりも、文章を書くために前もって必要な資質の話に多くのページを割いています。たとえ文章が上手くても「何を書くか」「何を書きたいのか」がなければ、何も書けません。文章を書くために必要なのは「なにを言いたいの?」ということです。そのためには、自分の頭で考えなければなりません。やはり先ほどの考える力に戻ってきてしまうのです。

しかし……ここで著者は、国語教育の功罪では?といった指摘がなされています。読書感想文作文で苦い思いをした人も多いでしょう。また自分の意見を言わさない風潮も関係あるのかもしれませんね。ライターになるためのスクールにお金を出して通った経験者の話も紹介されています。どうやら看板に偽りありの不親切なスクールもあるようですね。

こんなことが積もり積もって、文章が苦手な人を生み出しているのかもしれません。

テクニックよりも大事なこと

肝心の文章を書けるようになるテクニックも紹介されています。しかもたった10日間で効果が出るトレーニングメニューが組まれているのです。書いてある通りにやってみればOK。基本的なことから、それをブラッシュアップしてゆくようなレッスンも楽しそう。だけど、ページ数は少な目です。

あくまでも大事なのはテクニックではなくて「なぜ文章が書けないのか」と、人の意見を聞き入れながら、従来の文章術を疑い、客観的に多角的に考える力を身につけてゆくことこそが、本書で繰り返し説明される〈文章術〉です。

文章術をレクチャーする本ってたくさん読んできましたが、ここまでテクニックよりも「なぜ文章力が必要か」に重点を置いている本ってはじめてかも。

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『東京のきつねが大阪でたぬきにばける 誤解されやすい方言小辞典』

『東京のきつねが大阪でたぬきにばける 誤解されやすい方言小辞典』イラスト

こんにちは。完全にタイトルで手に取りました。〈東京のきつねが大阪でたぬきにばける〉これで、なにやらう〈うどん〉の話をしているのだろうと勘違いしていました。うっかり者の あさよるですw

本書のタイトルは『誤解されやすい方言小事典』。めっちゃ大きく「方言」と書いてあるのに、完全にご当地グルメの本かと思っていましたw いやはや、しかし結果的に、なかなか面白い本でした。

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『オノマトペの謎――ピカチュウからモフモフまで』|オノマトペなくして語れない

こんにちは。オノマトペで会話するのが好きな あさよるです。自分でその場にふさわしかろうオノマトペを組み合わせて作るのも楽しいですね。今回『オノマトペの謎』なる書籍を読書メーターで見つけまして、気になって取り寄せました。

オノマトペとは、

実際のおとを真似て言葉とした語。「さらさら」「ざあざあ」「わんわん」など。擬声語。広義には擬態語も含む。オノマトペア。オノマトペ。

p.4

みなさんも会話の中で使っておられますよね?日本語はオノマトペが多い言語だそうです。オノマトペなくして会話が成り立たないと言っても過言ではないっ!

なくてはならないオノマトペ

  • 「クスクス」と「スクスク」はなぜ違う?

「シクシク」と「クスクス」はs、k、uの組み合わせであり、同じ音を使っていますが、意味が全く違います。クスクスは笑っているようで、スクスクは伸びやかに成長している様子です。何が違うのでしょうか?細かに例を挙げながら、音の印象が語られます。

二つ目の音「ク【ス】クス」と「ス【ク】スク」のsとkの印象の差が、オノマトペの印象を変えているようです。二つ目の音というのが、意外でした。

  • オノマトペは変化する

オノマトペは時代とともに変化することがあります。「キンキン」というオノマトペは「キンキン高い声」と少々不快なニュアンスで多く使われていました。しかし、「キンキンに冷えている」と冷たい様子の表現に使われます。オノマトペも言葉と同様に、時代によって変わってゆきます。

  • オノマトペの方言

オノマトペにも方言があります。牛を「ベコ」と呼ぶ地域に印をつけると、見事に地域ごとに分布しているのが分かります。スズメの鳴き声が「チュン」「チュー」などのチュ類と「チチ」「チュッチュ」などのチ類、「ツーツー」「ツンツン」のツ類などあるそうです。これらは周圏的分布をしているようです。

  • 日本語はオノマトペ大国?

たまに「日本語はオノマトペが世界一発達した言語である」といった発言を見聞きすることがありますが、事実ではありません。オノマトペはどの言語にもありますし、特にアジア圏の言語では多いようです。理由として、アニミズム信仰が関係しているのではないか?との考えもあるそうです。

日本語は身体感覚と感情を表すオノマトペが多く、反面、味・匂い・色に関するオノマトペはありません。言語によってオノマトペに偏りがあるんですね。

  • 外国語のオノマトペを習得する

外国語を勉強するとき、オノマトペに手こずるようです。日本語を習う外国人もオノマトペが難関だそうですが、面白い特徴があります。全く日本語を知らない人に日本語のオノマトペを聞かせると、音の印象から何のオノマトペなのか当てられることがありますが、日本語を習った人では正解率が下がります。音の印象ではなく、知っている言葉の中から似ているワードを探してしまうのではないかと紹介されていました。もちろん、日本語以外のオノマトペで同じことが起こります。

また、ある言語から言語に翻訳をする際、オノマトペをどのように訳すかによって、雰囲気が変わります。その言語のオノマトペを理解するって大事なんですね。

  • オノマトペを使った教育

赤ちゃんに話しかけるとき、オノマトペを多用します。子ども向けの絵本もオノマトペが多く使われています。

言語を習得前の赤ちゃんも、音の印象を持っているようで、トゲトゲしたオノマトペと、丸っこいオノマトペを理解しているようです。人間の言語の習得とオノマトペの関係も興味深いですね。

オノマトペを交えながら、親は子に言語を教えてゆきます。言葉とオノマトペの両方を使って私たちは言葉を身につけるのです。

  • 「モフモフ」は新しいオノマトペだった

最終章は「モフモフ」というオノマトペについて。ネットで検索すると、モフモフが溢れています。モフモフで画像検索すると幸せになれます。モフモフとは近年よく使われるようになった言葉で、ウサギやネコの毛がフカフカしている様子を言います。どうやらパンの触感や特徴をを表すオノマトペとして使われ始めたようで、動物に使われるようになったのは2003~2004年ごろ、2ちゃんねるで使われるようになったそう。

〈オノマトペが表す印象を数量化するシステム〉なるものがあるらしく、「フワフワ」と「モコモコ」の数値の違いが現れていました。フワフワよりモコモコの方が弾力があって温かい感じらしいです。だいたいあってるw

新しいオノマトペが生れる様子を見てゆくのも面白いですね。

オノマトペへの8つの視点

本書『オノマトペの謎』は序章から8章まであり、8人の執筆者によって書かれています。それぞれオノマトペに関する話題を扱いながら、さらに専門分野に分かれて解説がなされます。お一人に付き1章分ですから、あくまで入口の部分しか触れられていないのだろうと思いますが、8つの視点から「オノマトペ」について知れて、入門編にはぴったりでしょう。

平易な文章で誰でも読めるもので、多くの人に馴染みのあるテーマです。どなたが読んでも興味深く面白いものでしょう~。

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『人生論としての読書論』|生きるための知識、仕事のための知識、そして教養

ちょっと読み応えのある本がいいなぁと、『人生論としての読書論』を手に取りました。

本書『人生論としての読書論』は、10代の若者に向けられた内容です。そして10代の若者たちに向き合う教職員に向けられています。あるいは、将来教職に就きたい若者向けです。

「なーんだ、自分向けじゃないんだ」と思われた方もちょっと待って!確かに本書は若い人へ向けた本ではあるのですが、「本を読む」というのは誰にも共通する習慣です。よく、「読書は大事だ」と説かれますが、大人にとってなぜ読書は大事なんでしょうか?

どんな本を読めば「読書」になるのでしょうか。また、どうすれば本を読む習慣が身に付くのでしょうか。

どうして本を読むのか

読書習慣の話というのは巷でよく囁かれます。読書量と年収の関係とか、子育てと親の読書とか、本当なのかどうなのか分かりませんが、「読書が大切だ」と感じている人は多いでしょう。本書『人生論としての読書論』では、「なぜ読書が必要なのか」という理由を以下のように説明しています。

 書物というものは、これを客観的に言ったら、結局この無限に複雑多彩な現実界の反映であり、随って書物を読むということは、そうした無限に複雑な現実界の反映であり、随って書物を読むということは、そうした無限に複雑な現実界の一端について知るということである。
(中略)
われわれとしては人生はが、この現実の世界において行われ、徹頭徹尾それから離れられない以上、われわれとしては出来るだけ広くかつ深く、この現実の世界について知らねばなるまいが、しかし一人の人間で直接に知りうる範囲は、きわめて狭小と言わねばならぬ。
(中略)読書とはまた他の人々の経験を通じて、現実界の諸相を知ることであり、さらにはその意を極言すれば、読書とは幾多のすぐれた人々を使って、この無限に複雑な現実界の諸相を探知しようとする努力だともいえるであろう。

p.15-16

自分ひとりの人生の長さは、この世のすべてを知るにはあまりに短い。だから、自分だけの体験だけではなく、優れた人々の知識も使ってしまおう。そのために、読書をする、というのです。

ここでいう読書は、娯楽としての読書や、暇つぶしの読書を指しません。あさよるも読書っていうと時間つぶしに読んでいる感がそこはかとなくあるので、知識を深めるための「読書」ってできているのだろうか……と心配に……(;’∀’)>

さらに〈個人〉がすべき「読書」に言及すると、

1.一度しかない人生をどう生きるのか、人生論や宗教関係の読書
2.職業に必要な専門的な読書
3.1と2を中心に据え、できるだけ多くのことを知る、教養としての読書。

この3つの要素を目的とします。どう生きるのかは、自分のこと。どう働くのかは社会との関わり。この二つを中心に、教養をどこまでも広く求める。これが、個人が目指すべき「読書」であると紹介されます。

教師は読書をし、本を出版する

さらに、本書『人生論としての読書論』では、教師と、将来教師になりたい生徒に向けてのメッセージも込められています。それは「人に教える」ということを職業としていること、そして、教える相手が未来のある子どもや若者であることが理由です。

中でも全科目を担当する小学教諭に向けられています。

 教師としての資格は、挙げたら際限がないほどであろうが、おそらくそれは
(一)自分がつねに人生の講義の探究者であること
(二)次にはそれをつねに書物を通して探究しつつあること
(三)そして最後には、かくして与えられた人生の生き方を、幼い子らの心の中へ蒔いてやらずにはいられないほどに幼い声明を愛することだと言ってよいであろう。
しかるに教育界の現状をかえりみる時、このような第一及び第二の資格においてかけている人の、いかに少なからぬことであろうか。

p.48

本を読むことは教養を深めることだと言いましたが、そのために必要な知識を授ける教員が、教養が少なくてはいけないというのです。未来ある若者に、可能性という種を植え付けるために、「読書」は欠かせない習慣です。なのに、「読書」を指南すべき教師が読書をしなくていいわけがないというワケ。

そして、教師は生涯に数冊の本を出版せよとも述べられています。自分の教職の経験をまとめたものや、教育に関する考えをまとめるのです。これは「本を出版する」こと自体が目的なのではなく、「文章にまとめる」もっといえば「論文を書く」に近いニュアンスなのかな?と感じました。

今、教職に就く人はとても忙しいと聞きますが、確かに「経験を発表する」ことで、教育の場で何が起こっているのか外部に知らせられるのかもしれません。

どうやって本を読むのか

「本の読み方」も細かく紹介されているのが楽しいです。

まず、読書習慣がない人にとって、慣れるまで「読書」は結構ツライんですよね。あさよるも一時期読書する時間がなくて、再び読書習慣を取り戻すまでかなり大変でした(;’∀’) 「二度とあんなツライ思いをしたくない」って思いから、常に軽く読書し続けるようにしています。

で、『人生論としての読書論』では、最初は数ページずつ目標を立てて読もうと呼びかけられています。ポイントは「○分間読む」と時間で区切らないこと。時間で区切ると、本によってはほとんどページが進まないこともあります。時間がかかっても構わないので、目標のページ数を読む方が、集中力を身につけるに良さそうです。

多読か精読かという論争(?)もありますね。まぁ、多読派、精読派って、放っておいてもそうなるもので、「性分」と言いますか。本書では「天性の」と書かれていました。専門分野については丁寧に精読し、それ以外の分野は多読で知識の幅を増やす、と、使い分けできるのが望ましいようです。はい(;´∀`)

小さくても書斎を持つ

また「本をどこで読むか?」という問題があります。

それはズバリ「自宅に書斎を持ちなさい!」どーん!

と言っても、こじんまりとしたスペースでいいんです。そりゃあ欲を言えば広いスペースの壁一面にズラッと本棚が並び……とイメージがありますが、実際の住宅事情ではなかなか思うようにいかないでしょう。四畳半でも、三畳でも、広さはどんだけでもいいんです。

だけど「ここは書斎」「ここは本を読むところ」って物理的スペースを用意することが、質の高い読書に必要みたい。

あさよるも、一つの机の上で食べたり化粧したり遊んだりゲームしたり、いろんな使い方をするので、「本を読むためのスペース」があってもいいのかも!?と思いました。ちなみに、今の「本を読むスペース」はJR線の座席ですw

頭でっかちの読書をしない

読書の弊害は、知識ばっかり頭に入って、行動を伴わない状態に陥ること。すなわり、頭でっかちで身体感覚が伴わない状態。読書は感動を持ってなされるべきだともありました。「感動」というのもある意味で身体感覚です。

また、読書をすべき理由の中で、社会との関わり、社会の中での「仕事」のためというのが、中心に据えられていました。自分が得た知識は、自分だけのものにしていてはいけない。それは、自分の仕事としてアウトプットしなければならない事柄です。それは、本書を読むと、それぞれに与えられた〈使命〉のように感じました。

自分の頭の中にある知識は、誰かから教わったものです。あさよるもまた、誰かに知識を受け渡すことができるのでしょうか。

『人生論としての読書論』では、読書とは知識の蓄積を受け取ることであり、集合知を次の世代に引き継ぐことに、とてもとても重きを置いているように感じました。それが、とても誠実で真っすぐな気がしました。

本書内ではもっと細かく、読書の仕方や、働くことと読書、読書と実践など、詳しく書かれています。誰にも当てはまる内容だと思います。

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『本は10冊同時に読め!』|欲張り読書家になる!

こんにちは。次に読む本に気をもむ あさよるです。読書って、読む本を調達してくるのが大変なんですよね。電書の登場は画期的ですが、それでも「どうせなら面白い本を読みたい」との思いから、悩みます。

読書指南系の本を読んだり、著者紹介を見ていると、ちょこちょこと「HONZ」の名前が挙がっていました。あさよるは「HONZ」ってなんだ?というところから始まって、代表の成毛眞さんの本を読んでみようと思いました。成毛眞さんの読書に関する著書『本は10冊同時に読め!』を手に取りました。

「速読」「多読」で「超並列」読書術

成毛眞さんの推奨する読書は、超並列読書。あちこちに本を配置して置き、同時進行で複数冊の本を読むのです。その数10冊!

多読を目的とするので、少し読んで面白くない本はサクッと切ってOK。真面目に最後のページまで読まなくても構いません。

そして、多忙な現代人は細切れの時間を使って本を読む力が求められるでしょう。テレビを見ながら、CMの間だけ読むとか、ほんの数秒の隙間も無駄にしません。だから、あちこち手の届くところに本を配置しておくんです。

読書時間を確保しようとすると、自ずと時間の使い方も変わってきます。他人に自分の時間をムダに使われてはなりませんし、自分も時間への価値を高めてゆかねばなりません。そして「面白いことないかなぁ」とアンテナが立ち始めるんです。

また、必要な情報・資料を読むだけでは足りません。自分の業務とは関係なさそうな分野の本も多読します。“教養”を高めるんですね。

要は「10冊同時に本を読む」という行為がきかっけとなり、時間の概念、他人との関わり、情報への感度等、ドミノ倒し的に変化が訪れるのではないか?と思いました。

読書習慣、学習習慣がある人はやっている?

成毛眞さんの推奨する読書術って、突飛なものなのか?と考えると、そうでもない。既に読書習慣を持っている人の中には、同時に複数冊の本を読む人や、自分の行動範囲のあちこちに本を配置してある人もいるでしょう。

また、日頃から学習習慣がついている人は、やっぱ“時間が貴重”であることを痛感しているんじゃないでしょうか。じゃあ、やっぱ同時に本や資料を読み込むって、あり得るんじゃないかなぁと思います。

並行読書術、やっている人は既にやっている……特に、仕事で必要な資料読みをしている時って、自然とこんな読み方になっちゃいますよね。そうそう、〈趣味の〉〈遊びの〉読書から、〈使命感〉や〈責任感〉を伴う読書って言えばいいのかなぁ?

独り善がりな、自分のための読書から、社会へ還元する読書。だから副題が〈本を読まない人はサルである!〉なのかなぁと考えました。人は社会性を持っている生き物です。〈人間らしさ〉である社会性のための読書が必要ってことなのかな?

教養、スキルアップのための読書術

読書って、目的がとてもたくさんありますよね。

中には、本を読む行為自体が目的な人もいれば、本を〈味わう〉とか〈愛でる〉とか、そんな表現をする人もいます。自己実現としての読書や、安らぎのための読書もあります。

本書『本は10冊同時に読め!』では〈教養〉を深め〈学習〉をし、思考力や判断力を養ってゆく読書です。それを続けていると、ゆくゆくは考え方が変わり、価値観が変わると、職業が変わったり、収入が変わる人もいるでしょう。自らに大きな変化をもたらす読書術。だから〈同時に10冊〉とハイスピードで行うんですね。だって、人生は有限だから。

読書の目的って、いっぱいあってもいいと思うんです。〈味わう〉読書をしながら、我武者羅に〈教養〉を深めながら、一心不乱に〈学習〉し、業務に必要な資料を読みまくってもいいじゃないか!と。本って、ありとあらゆる分野の本が書店で溢れかえっています。「自分はこれしか読まない」と決めてしまうのはもったいないなぁと思います。

本は読めば読むほどオモシロイ!

あさよる、これは断言できる。本は読めば読むほど面白い!

10代の頃、知らないこと分からないことだらけだった頃、読書は発見の連続でしかありませんでした。大人になるというのは、こうやって何でもわかる、どんな質問にも答えられることなのだと思っていました。

全然違います!w 大人になっても、年齢を重ねても、読書はやっぱり発見の連続だし、知らないこと分からないことだらけです。むしろ、子どもの頃よりより複雑/単純な事象を認識したり、抽象/具象を扱えるようになったり、ミクロ/マクロの視点とか、物の味方が広がって、理解の度合いが違ってくるのかな?

学習を目的とした読書習慣って、必要でもあるし、なにより面白い。複数の目的を読書に担わすと、多読、速読、並行読みにならざるを得ないのかなぁと思いました。

あさよるも、1日1冊読めばいい方なので、もっと読みたい本があるのに読めずにいます。そっか、同時に読んじゃえばいいんだ。

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『だから、新書を読みなさい』|ググらない!広く浅く情報源

新書を読む大人に憧れていた あさよるです。

書店の新書コーナーって、いつも静かで落ち着いていて大人のイメージだったんですよねw

ググらず新書を読め!

『だから、新書を読みなさい』の表紙はマンガのようになっています。

企画書を作るためネット検索で情報収集をするも、良い情報にたどり着けない人。世間の波をつかむために、ベストセラーを手に取る人。

だけど、ネット情報って、同じワードで検索すれば同じような記事がヒットします。「自分だけの」「オリジナル」の切り口や情報に出会うのは意外と難しい。

「売れているから」という理由でヒット本を読むのは、結局は周りに流されているだけなのですが、「自分が情報を掴んだ」「自分の考えだ」と勘違いしちゃうことがあります。

そこで、著者・奥野宣之さんは新書をおススメするのです。

企画書のネタ探しは、ググらずに新書を読む。

ベストセラーを追っかけるのも構いませんが、目まぐるしく入れ替わっていく話題作ではなく、細く長く読まれる新書にも目を向けてみましょう。

この本は新書じゃないの?w

どーでもいいツッコミなんですが、この『だから、新書を読みなさい』は新書じゃないんですよね。まぁ、『だから、新書を読みなさい』なんてタイトルの新書があったら、ただの宣伝ですからねw

あさよるは個人的にこの『だから、新書を読みなさい』と同じ、ハードカバーじゃない単行本が読みやすくて好きです。

新書って、レーベルごとにシリーズで刊行されているものですから、本書のような、本の読み方シリーズは新書っぽくないのかな?

広く浅くザッピング読書

『だから、新書を読みなさい』で推奨されている読書は、広く浅く情報収集としての読書です。

Google検索で情報を集めたり、新聞を何誌も購読して情報を集めるのはやめて、まずは入門書としての新書を読みこなしましょう。

一冊の新書をじっくりと読むのではなく、3冊一緒に読み進め、どんどん貪欲に情報収集です。

新書の著者は、学者、研究者も多く、その分野の最新の知識のエッセンスが、誰でもわかるように平易に紹介されています。

本を読むだけで人とは違うんです

Google検索は、同じワードで検索すれば同じような記事がヒットしてしまいます。

新聞を読んでも、結局みんな同じ紙面を読んでいます。テレビも同様です。

他人とは違うアイデアを得るためには、日ごろから人とは違う情報収集が必要です。そのために手っ取り早いのは「読書」なんですね。

新書も全国で販売されるシリーズですから、みんな同じ情報に触れているように思いますが、それでも新聞やテレビにくらべると、ずっと読者数は少ない。

しかも「どの本を読むか」という組み合わせは限りがありません。オリジナルなんですね~。

『だから、新書を読みなさい』の著者はベストセラー『情報は1冊のノートにまとめなさい』であり、情報を探し収集し、それをノートにメモし、保存し運用するまでの一連を「読書」と仰っているのも特徴的。

「読んで終わり」じゃないんです。

そして、読書って、「本を探してくる」というステップが意外と大変(苦笑)。本をチョイスするとき「新書を読む」と絞っておけば、膨大な書店の棚の中から、新書に絞って探すことができます。

実践されている方も多いと思いますが、個性的で面白い読書法だなぁと思いました。

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