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『ヘンな論文』|論文のテーマ探しは身近にある?

こんにちは。あさよるです。毎日暑くてダルいですから、サクッと軽く読める本がないかと、積読してた『ヘンな論文』に着手しました。ただこの本、軽く読めるちゃあ読めるんですが、内容は面白いのでじっくり読んでしまいましたw 世の中にはヘンな論文を書く人もいれば、ヘンな論文を読むのが好きな人もいて、さらに本にまとめちゃう人もいるんですね~。

身近なネタから論文ができる

本書『ヘンな論文』は、著者が「サンキュータツオ」さんというユニークなお名前なこともあり、てっきりヘンな論文を集めたネタ本なのかと思いきや、結構まじめに面白い本でした。

まず「ヘンな論文」が集められているのですが、どれも着眼点が「面白い論文」で、ものすごく気になる研究が集められています。第二章の“公園の斜面に座る「カップルの観察」”とかすごく気になります。有名な話では、京都の鴨川沿いに座って並ぶカップルが等間隔に並んでいるという話がありますが、あれを真面目に研究してみた論文です。カップルの隣にいる人との距離と時間帯により、抱き合ったり、手をつないだりと、カップルの密着度も変わるそうです。また、海沿いでは横にいる人との距離を気にしますが、斜面居座っているカップルは前後のグループとの距離を気にするそうです。「だからなんだ」という研究な気もしますが「ヒトの習性」として面白いですね。

女子高と共学では、女生徒の服装や行動が変わるという研究も、同じく「ヒトの習性」を垣間見れて興味深いものです。女子高では制服で登校してきてもすぐ体操服に着替えてしまい、髪形はショートカットが多く、化粧もしない人が多く、文化祭では被り物(馬とか大仏とか)が好まれます。しかし男女共学校では、制服を着替えず、髪が長い生徒が多く、化粧に興味がないと言いながらメイクしている生徒が増え、学際でも浴衣姿やメイド服が目立ちます。

元近鉄ファンの生態も、大阪府民の あさよるとしては興味深い。近鉄バファローズが解散し、オリックス・バファローズに吸収され、選手はオリックスと楽天に分配されました。その元近鉄ファンたちにアンケート調査し、生態を探るものです。ちなみに あさよるの周りでは今は楽天を応援してる人が多いですね。

“「コーヒーカップ」の音の科学”では、「コーヒーカップにインスタントコーヒーとお湯を入れて混ぜていると、カップに当たるスプーンの音がだんだん高くなっていく」と教え子から聞いたことで、研究が始まりました。この論文を書いたのは高校の物理教諭です。学術論文は大学の先生でなくても学会に所属していれば書くことができます。この研究では、インスタントコーヒー粉末と一緒にお湯の中に混ざっている空気が抜けていくと音が高くなっていくと結論付けています。しかし、先に同じ研究をし論文を発表している人が世界にいたため、この論文は発表されませんでした。

ネタはこう探す:論文の書き方、コツ

本書『ヘンな論文』は、ヘンな論文を茶化してる本ではなく、むしろ「研究テーマはこんなに身近に溢れてる」と好奇心掻き立てられるものです。おっぱいの揺れ方を真剣に研究していたり、ネコの癒しを研究している人もいる。大学の研究、論文っていうと、ものすごいメカメカしい最新メカに囲まれてビン底メガネをかけた研究者が哲学的なよくわからん話をしていたり、ザ・マッドサイエンティストが緑色の試験官を両手に持っているワケではないのです(なにそのイメージ)。

『ヘンな論文』で紹介される論文たちは、世間話の中でネタに上がるようなテーマばかりです。等間隔に並ぶカップル然り、ネコが宇宙のヒエラルキーの頂点に君臨していること然り、いわずもがなですよね(キッパリ)。で、それを実際に研究し、その結果を論文にまとめている人がいるってだけです。

もし卒論のテーマで悩んでいる人がいれば、本書『ヘンな論文』はオススメです。普段1mmたりとも考えてないようなテーマを掲げる必要はなく、身近なテーマに目を向けてみるきっかけになるでしょう。

大学進学を考えている中高生へ

論文ってなんだ? 大学の先生って何を研究してるんだ? と、これから大学進学を考える中高生にも『ヘンな論文』はなかなかワクワクする読書体験を与えてくれるんじゃないでしょうか。簡単ではありますが、論文とは何か、どうやって論文は書かれるのかも紹介されています。

研究についてこんな説明もなされています。

 美しい夕景を見たとき、それを絵に描く人もいれば、文章に書く人もいるし、歌で感動を表現する人がいる。
しかし、そういう人たちのなかに、その景色の美しさの理由を知りたくて、色素を解析したり構図の配置を計算したり、空気と気温を計る人がいる。それが研究する、ということである。
だから、研究論文は、絵画や作家や歌手と並列の、アウトプットされた「表現」でもある。無粋だという人もいれば、最高にポエジーだという人もいるだろう。美しいものを配置する法則もまた美しい。数学者や物理学者に詩人が多いのはこういうことに由来するのではないかと思う。
研究は未来を予見する表現だ。
p.77-78

世界の心理を研究し、論文にまとめて書いて発表するのか、絵にかいたり音楽に乗せるのか、表現の仕方が違うだけでやってることは同じなんですね。自分も将来論文を書くかもや論文書きたいと思う人にオススメです。

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『カラオケ秘史』|誰も特許を取らなかった!4人のイノベーター

『カラオケ秘史』挿絵イラスト

こんにちは。人見知りで緊張しぃの あさよるです。興味本位で各方面に首を突っ込むのはいいのですが、人前で話すのは苦手だし、話し下手だし、「ああ、こんなことしなきゃよかった」と落ち込んでも後の祭り。引っ込み思案な自分を変えようと、度胸をつけるためボイトレやカラオケ必勝法を勉強したこともありましたw

『歌上手になる奇跡のボイストレーニングBOOK』でしばらく毎日練習して「体の中で声を響かせる」感覚を少しだけ感じ(た気がし)ました。だけど、やっぱ全然ダメですね~。

『カラオケ上達100の裏ワザ』は、カラオケというレジャーをより楽しむ本ですね。あさよるはカラオケにあまり行かないので、上達しようがないと後から気づいたのですが……(苦笑)。

さて、「カラオケ」ってすごく身近にある娯楽で、誰もが一度は行ってマイクを握ったことはあるでしょう。しかし昭和生まれの人はご存知のように、カラオケって今のように普及したのは90年代のことで、結構最近。それ以降、子どもたちが歌を歌うのが上手になったなんて言われてもいるそうです。余暇活動として音楽鑑賞をする人より、カラオケに行く人のほうが多いという調査もあるそうで、面白い話です。

カラオケは、近年の日本人……といわず世界での音楽受容の形を変えてしまったといってもいいでしょう。日本国内でも、ヒット曲が「カラオケで歌える曲」になってから久しいですね。なのに、カラオケについて研究はまだ始まったばかり?

カラオケ発明者列伝

『カラオケ秘史』は、今や世界中に広がり「音楽のあり方を変えてしまった」と言っても過言ではない「カラオケ」についてまとめられたものです。これだけ多くの人に愛され、親しまれているにも関わらず、カラオケは日本の文化の中でも低いもの、あるいは研究対象として扱われてこなかったため、これまでカラオケについてまとめられることもなかったそうです。

本書では、カラオケの発明の父として4名の男性が紹介されます。カラオケの装置をほぼ同時期に作った神戸で流しをやっていた井上大佑さんと、東京で電気組み立て工場を経営していた根岸重一さん。岡山市郊外で「カラオケボックス」を発明した佐藤洋一さん。そしてミシン会社・ブラザーから「配信カラオケ」を構想し形にした安友雄一さんです。さらにMIDIを作った梯郁太郎さん。そして今、カラオケ音源のデータを作っているミュージシャンで耳コピ職人の直井未明さんのお仕事も紹介されています。

カラオケを最初に発明した人……ヒットならず

まず、カラオケ業界では「カラオケを最初に発明した人は、20人はいる」と言われているそうです。それは「カラオケ」という定義がバラバラだからです。「カラオケ」という言葉は放送業界で「空オーケストラテープ」の略で使われていました。スタジオに歌手を呼んで、カラオケに合わせて歌を歌わせるためのものです。この、歌の入っていない「カラオケ」を放送するラジオ番組「歌のない歌謡曲」は今も放送中の人気番組です。

この「歌のない歌謡曲」の音源に合わせて、マイクを使って歌える装置「カラオケ」を作ったのが、根岸重一さん。根岸さんは東京のエンジニアで、日本人で初めて「カラオケ」を作った男です。NHKから借りた音源に合わせてマイクで歌える装置を作り「カラオケ」と名づけリースで貸出を始めましたが、「流し」の人たちから商売の邪魔をするなと苦情が入り、お店から撤収することとなりました。また、歌が抜かれただけの音源に合わせて素人が歌うのは難易度が高く、受け入れられにくかったようです。

同時期、カラオケを考案した人……大ヒット!

同時期、神戸で流しをしていた井上大佑さんは、お客さんの歌に合わせてキーやテンポを自在に変え、お客さんに愛されていました。伴奏だけ録音しておけば自分がいなくてもお客が歌えるため、自分の演奏を再生する装置の製作をを工務店に依頼しました。井上さんの流しでのレパートリーは、お客さんが歌いやすいようキーやテンポが編曲されており、さらにマイクにエコーをかけて気持ちよく歌えるようアレンジされています。これら、キーとテンポの変更、エコーの機能は、今のカラオケにも引き継がれています。この「素人が気持ちよく歌えるアレンジ」が井上さんのカラオケが受け入れられた一つの要因です。

また、東京での根岸さんと同様に、「流し」の仲間からのクレームが入りますが、井上さんご自身が流しであり「こんな作り物の音に負けるのか」と同業者に発破をかけ、難を逃れます。流行歌は大体一曲3分くらいであることを熟知している井上さんは、5分100円と時間制で再生ができるよう工夫もしました。5分だと中途半端な時間ですから、まとまった金額を最初に投入されます。これが大ヒット。のちのカラオケブームへと続きます。

この井上さんと根岸さんはほぼ同時期、同じ着想でカラオケを製作していますが、二人は面識もないそうです。歴史の中で、大発見や発明は同時期に同じようなことを構想する人はいるものですが、カラオケもまさにその通りですね。

カラオケボックスを発明した人

カラオケは飲み屋街で広まり、好景気だった時代の接待文化と相まって大ヒットしました。が、あくまで飲み屋での話。オジサンの間のブームといったところでしょうか。それが大転機を迎えるのが1992年、岡山市の郊外で飲食店を経営していた佐藤洋一さんが「カラオケボックス」という施設を発明します。佐藤さんは元トラック運転手で、岡山市郊外の産業道路に飲食店がないことに目をつけ、トラック運転手向けのうどん屋とカラオケ喫茶をオープンします。

ある日、奥様が入院し、一人で店を切り盛りするため、うどん屋にカラオケ機材を持ち込んだことが、カラオケボックスのアイデアに繋がります。うどん屋にカラオケを設置すると客からうるさいと言われ、カラオケ機材を引越そうとトラックのコンテナに積み込んだところ、「このまま営業すればいいじゃないか」とイノベーションが起こったのです。古いトラックコンテナを下取りし、ドアと窓を開け、断熱材を張り、リビングのような内装を施し、カラオケを設置したところ、これが大ヒットとなりました。先の飲み屋街のカラオケとは違い、主婦層や家族連れ、若者たちもカラオケに長蛇の列を作ったのです。

カラオケボックスは都市の郊外にたくさん作られました。当時好景気で土地の利用を考えていた地主たちにとって、コンテナを置くだけのカラオケは設置も撤去も簡単で、低リスクでハイリターンを期待できる良い投資でした。さらに郊外型カラオケボックスが、都心部へも進出します。都市部ではビルのワンフロアぶち抜きで、少人数から大人数まで対応できるカラオケ店が出現しました。しかし未だに「カラオケ〈ボックス〉」と呼ばれ続けていますから、コンテナの箱の中から始まった名残が残っています。

たった一人の研究者が作り上げた通信カラオケ

カラオケボックスの大ヒットで全国、老若男女にカラオケブームが起こりますが、「通信カラオケ」なくして現代のカラオケ文化を語れません。通信カラオケは、カラオケとは何の関係もないミシン会社のブラザーの研究員だった安友雄一さんが、たった一人で構想から実装まで成し遂げたというから驚きです。安友さんは「好きな研究をしてもいい」との約束で経営悪化を打破するためブラザーに招かれました。安友さんはパソコンソフトを通信で送って販売する「TAKERU」を開発しますが、後発のためシェア拡大は難しいと考えられました。ある時、音大の教授から授業で学生に作らせたたくさんのMIDIのデータを託され、このMIDIのデータをカラオケに転用できるとひらめきました。そして、そのMIDIのカラオケデータをTAKERUで全国のカラオケに通信で送信すれば、新しい曲をすぐにカラオケで歌えるようになります。

通信カラオケの搭乗前はレーザーディスクのカラオケが一般的でした。物理的に大きなレーザーディスクを補完するため場所が必要で、かつ新曲がリリースされても、それがレーザーディスク化され、カラオケ店に入荷されるまでのタイムラグがあります。現在、通信カラオケは新曲のリリースと同時にカラオケレパートリーにも加えられます。

通信カラオケは残念ながら「タイトー」に一足先を越されてしまい、当初はシェアも奪われていました。しかしタイトーのリリースした「X-二〇〇〇」は通信費がバカ高く、またたくさんの人が一斉に曲をリクエストすると曲をダウンロードし再生されるまで数時間かかる欠点がありました。しかし、安友さんが発表した「ジョイサウンド」はTAKERUのシステムに深夜のうちに電話のアナログ回線で接続し、新曲のMIDIデータをダウンロードします。一回の通信費は10円です。カラオケ営業中はすでにダウンロードしたデータを再生するだけなので時間もかかりません。口コミでジョイサウンドが広まり、通信カラオケの普及により、現在のカラオケ文化を形作りました。

世界に広まったワケ・特許を取らなかった

カラオケ文化の功労者4名についてザっと紹介しましたが、カラオケが日本と言わず世界に広まった理由は、4人のうち誰もカラオケの特許を取らなかったことにあります。そのおかげで、後発での多くの企業がカラオケ業界に参入し大きな産業になりました。

カラオケ装置とカラオケボックスを発明した3名は経営者で、商売の筋も良かったのに(カラオケという大ヒットを出している)、それ以上の儲けは考えていなかったよう。ただ多くの人に楽しんでもらえることを考えていたそうです。最後の通信カラオケを一人で作った安友さんは会社員の立場ですから、そもそも特許を取ってもその利益は自分に入らないと考え、それより自由に研究できる環境があればいいと考えておられるようでした。

あさよるのような浅ましい人間からすると、「なんと無欲な!もったいない!!」とポカーンとするのみ。

ちなみに世界的には、元流しの、神戸からカラオケを流行らせた井上大佑さんが「カラオケの発明者」として知られ、アメリカの「タイム」誌にて「アジアを変えた20人」に選ばれ、国内で一躍注目を集めました。どうやら「最初にカラオケを商業的に成功させた人」と世界に紹介されたのが、日本に逆輸入された際「カラオケの発明者」と解釈されたようです。

先に紹介した通り「カラオケ」と一口に言っても、「カラオケとはなにか」という定義によって発明者は変わります。しかし、現在のカラオケの広まりは、それを独り占めせず開かれていたからこそのカラオケ文化なんです。

大衆文化は残りにくいの?

90年代「〈新しい伝統〉としての演歌」が登場した経緯についてまとめられた『創られた「日本の心」神話』にて、大衆文化はメインカルチャーに比べ「低いもの」とみなされ、未だに記録や研究対象になっていないことについて知りました。この「カラオケ」という文化もまた、素人文化であり、大衆文化です。

カラオケ史についても同様で、まとめられた書物はまだ少ないようです。

素人文化悲喜こもごも

『カラオケ秘史』挿絵イラスト

カラオケって、現代版「寝床」ですよね。「寝床」は落語の演目で、人を集めては下手の横好きで「素人浄瑠璃」を語る大棚の旦那と、それにつき合わされる人々の災難がおかしいはなし。カラオケは長くても5分くらいで終わるので、浄瑠璃にくらべれば「ずっとマシ」に思えますがw ただ、延々と一晩中つき合わされたりするとうんざりですねw

あさよるが個人的に面白く感じるのは、「〇〇さん歌上手くてすごい!」とか「〇〇ちゃんの彼氏カラオケ上手くていいね」とか、カラオケで歌を上手に歌えることがその人物の評価軸になっていることです。とくに「〇〇ちゃんの彼、カラオケ上手いからいいね」というのは、よくよく考えるまでもなく、よくわからない話ですw 歌うこと以外に、こういう評価ってなかなかないですよね。「絵がうまい」とか「ダンスがうまい」とか人から評価されるポイントはそれぞれあるでしょうが、「カラオケで歌が上手い」というなんとも言えない〈インスタント感〉が面白く感じます。

大衆文化とは、普及すればするほど、空気のように「そこにあることに気が付かない」存在になって人々の間に溶け込んでゆくのかも。だから研究対処や記録の対象にならないのかもしれません。だけど、誰かが枝葉の話でもこうやって書き残しておくのは大事なことですね。

あさよるの自己紹介も「音楽はあまり聞きません」「カラオケはたまに行きます」ですから、他人事ではありません。

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流行語『睡眠負債』|命を縮める「寝不足」が溜まってゆく……

『睡眠負債』挿絵イラスト

こんにちは。毎夜、暑さで寝苦しくって、寝不足気味な あさよるです。エアコンの温度設定が難しいですね(エアコンつけたまま寝るのが苦手)。生活リズムが崩れそうなので、意識的に運動の時間を固定しようと奮闘はじめました。こういうの、一回生活がズレはじめると元に戻すの大変よね。

特にこの夏、W杯観戦で睡眠不足な人も少なくないでしょう。まだ夏は始まったばかりなのに、すでに気が遠くなりそうに暑いんだけど……。みなさんも体調管理に気を配ってくださいね……ということで『睡眠負債』という本を手に取りました。どうやら「NHKスペシャル」で「睡眠負債」という特集があったらしく、2017年の流行語にも選ばれていたらしい……。ご存知でしたか?

眠りの借金が健康を損なう

タイトルの「睡眠負債」とは英語で「Sleep Dedt」と言い、睡眠研究者の間で注目されている問題だそうです。本書『睡眠負債』はその「Sleep Dedt」を扱ったNHK「Nスペ・睡眠負債」の放送内容からさらに取材を加え書籍化されたものです。2017年の第34回「新語・流行語大賞」でもトップテンに「睡眠負債」がノミネートされています(知らんかった!)。

(ちなみに2017年の新語・流行語大賞は、年間大賞「インスタ映え」「忖度」、トップテン「35億」「Jアラート」「睡眠負債」「ひふみん」「フェイクニュース」「プレミアムフライデー」「魔の2回生」「〇〇ファースト」、選考委員特別賞「9.98」「29連勝」です。「睡眠負債」以外は、知ってる言葉or説明を聞くとわかるけど「睡眠負債」は全く知らなかった)

まあつまり、「注目の言葉」ということみたいですね。

「睡眠負債」とは睡眠の借金。睡眠が足りないまま翌日に持ち越し、それが慢性化している人は少なくないと言います。現代人の病とも言えるようで、大人だけではなく成長期の子どもの睡眠時間も足りていないそう。子どもは大人と違って、8時間、9時間眠らなければならないのに、夜11時を過ぎてもまだ就寝していない子どもも増えてるんですって。

睡眠は生きるために必要な時間です。しかしわたしたちは睡眠を侮りすぎているのかもしれません。この睡眠負債は不可逆で、一度体に負債が定着してしまうと一生残ってしまうそうです。そんな話知らんかった! 知ると怖い話です。

ちなみに睡眠は「負債」を抱えることはあっても、貯金、つまり「寝溜め」はできません。これは他の睡眠の本でも共通して紹介されています。日頃寝不足だからといって、休日に寝溜め(寝坊)すると、逆に生活リズムが崩れてますます睡眠負債を抱えることもあるようです。

睡眠負債を抱えた状態は、注意力が低下し、酒酔い状態と変わりません。その状態で自動車を運転したり、出社しても業務がはかどらず、いいことがありません。それを受けて、企業も社員の睡眠の質の向上に注目し始めているそうです。不規則なシフト制の仕事や、夜勤のある業務では特に、睡眠の取り方に注意を払いたいですね。

現在は、睡眠不足と、認知症やがんの発症の関連性も認識され始めています。

夜更かしの〈おもちゃ〉はいっぱいある!

あさよるは恥ずかしながら、20代の頃慢性的に寝不足でした。「人間は寝ないと死ぬ」ということを知らなかったんですね~。マジで死ぬかと思った。言い訳としては、あさよるの周りの人たちがツワモノばかりで、夜も寝ずに働いて遊んでそれでもパワーが有り余っているような広告マンやデザイナーばかりの中にいたもんで、ついうっかり「自分もみんなと同じように生活しても大丈夫」と思い上がってしまいました。残念ながらあさよるは才能がなかったようで、毎日きっちり夜寝ないと体が持ちません。

で、自分に必要な睡眠時間を測ってみたところ、「7時間睡眠だと少ないかも」と思い至り「睡眠時間8時間を確保する」というプロジェクトを始めてみました。理想は、朝6時には活動が始められるような状態になってたいなぁと。午前中の日光の下がいちばん光が見やすいから、視力を使う作業は午前中に終わらせたいのだ(`・ω・´)> すると、逆算すると夜9時には就寝準備しておきたいのですが、なかなか9時までに業務を終わらせられない日が多くて四苦八苦中です……orz

睡眠負債を抱えてしまう人も、もちろん多忙であったり、勤務時間によって負債を抱えてしまわざるを得ない人も多いのでしょう。夜勤やシフト制で働く人がいないと、今の社会はなりたたないのです。一方で、もう一つの要因として「夜更かしのための誘惑」が多すぎるとも感じました。

夜中、お布団の中でYouTubeを見たり、ソシャゲをして時間が経ってしまうこともあります。SNSをチェックしている間に数時間すぎてしまったり、LINEなんかで友だちとトークして夜更かししてしまうこともあります。むしろ今の環境で「夜更かししない方がおかしい」ような気さえします。あさよるも、睡眠時間を確保したいときは、誰からの連絡も受け付けないようにして、寝ることに集中するようにしています。

SNSやネットニュースなんかも、単に「人とつながる」だけじゃなくて、心がかき乱されて「落ち着かない」「不安になる」「イライラする」なんてことも起こります。自分の心の安定をどうやって確保するのか、情報の取捨選択のみならず、オン/オフや、平穏を乱さないスキルも必要かもしれませんね。

よく寝るためにはお金がかかる

睡眠の質は、起きている間の過ごし方が影響します。また、子どもの睡眠負債は成長にも大きな影響が出るでしょうから、大問題だろうと思います。「大人と同じ時間だけ寝ているから大丈夫」と勘違いしてしまっていることもあるそうです。先にも述べたように、子どもは中学生でも8時間の睡眠が推奨されているそうで、大人よりも長い睡眠が必要です。

あさよるの妹が市街地で子育てをしているのですが、子育て事情を聞いていると「都会で子育てはお金がないと詰むな……」と感じます。妹の息子(あさよる甥)は平日毎日のように習い事をしているそうです。何をしているかというとサッカーや体操やスイミング。つまり、子どもが走り回れる場所がないから、習い事をさせて「全速力で走る」という活動をさせているそうなのです。土日はパパと自動車で公園へ行き、そこでサッカーをするそうです。あさよるは田舎で育ったので、みんな野山や田んぼで転げまわって遊んでいてそれが当たり前だったので、「子どもが走り回れない」となると、とても大変なことが起こっているんじゃないかと感じます。あさよるの育った町も、今は宅地開発が進んで、もう子どもだけで遊ばせるのは難しいかも。山や田畑も減っているし、勝手に遊んでもいい場所がありません。

子どもの「遊ぶ場所」が顕著なので例を挙げましたが、大人もまた、体を思いっきり動かせる場所が制限されているのかもしれません。昔はバーベキューや川遊びや花火ができる場所はたくさんありましたが(それが良かったのか悪かったのかわかりませんが)、今はすっかりなくなってしまいましたね。大人も、体を動かしたり、レジャーや遊びにお金を払い、契約しないと難しくなっているのかも。

気持ちよ~く、バタンキューで寝てしまうような活動のためには、お金がかかるというのは、難しい時代かも。

ログを取るのにハマる

『睡眠負債』挿絵イラスト

本書では、シフト制で夜勤のある人などに向けては、睡眠の記録を取るよう勧めておられました。

あさよるも簡単にですが、起床時間、睡眠時間や食事の時間、運動の時間などのログを取っています。これ、大変な気がするかもしれませんが、慣れるとログ取りが楽しくなってきます。ログを取ったからといって、なにか変わるワケじゃないんですけどね(;’∀’) 改善するためには別の取り組みが必要っぽいです。だけど、「あさよるは睡眠時間8時間は欲しいかも」という気づきも、ログを取るようになって感じるようになりました。一定の効果はあるのかも。

「睡眠負債」は重いです。認知症やがんのリスクが増し、命を縮めます。もし、良い時間を少しでも長く過ごしたいなら、睡眠の取り方、時間の過ごし方に目を向けるべきかもしれません。また、残念ながら睡眠負債は不可逆なものらしく、体の中に負債が溜まってゆくそうです。だから、対策するなら今日からするしかありません。2017年の流行語、今知れてよかったです。

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『究極の選択』|音・感触・言葉にならない感覚を持ち続ける

こんにちは。あさよるです。このブログを始めてから、読書傾向が大きく変わりました。以前から有名人や著名人のエッセイやコラムみたいなのを読むのは嫌いじゃなかったのですが、その「有名人」の幅が広がって、「これまで知らなかった人物のエッセイ、コラム」も手に取るようになりました。

今日読んだ『究極の質問』もそう。著者の桜井章一さんは「雀鬼」とも呼ばれる雀士。といっても、あさよるは麻雀なんて全然知らない分野ですから、桜井章一さんのことも何も知らずに本書『究極の質問』を読み始めたのですが、質問に対し、独特の思考でありながら筋の通った話が展開されてゆく様子が、抽象的で刺激的な読書となりました。

雀鬼へ究極の質問

本書『究極の質問』は、「雀鬼」と異名を持つ雀士・桜井章一さんへ、究極の難問をぶつけまくった記録です。「殺人はなぜ罪か」や「死刑制度は必要か」みたいな質問から、「AIは人の仕事を奪うのか」「極限状態で人の肉を口にするか」「周囲に流されず独自の道を生きるには」のような、多彩な質問がよせられています。

桜井章一さんの回答は独特で、理屈を並べるのではなく、とても感覚的なのが印象的です。といっても、もちろんトンデモや電波な答えをしているわけではありませんよ。回答には理由があって納得できるものですが、その答えを導き出す経緯が独自路線な感じ。

たとえば「道徳」についての質問では、道徳はその社会の思想を広めようとしているとし、それが正しく優れたものであっても人々に押し付けをすると、反発する人も現れる。道徳によって諍いが生まれることもある。日本人には「恥の文化」がまだ残っていることもあり、慎ましく行動する傾向があるが、「ムラ社会」の名残でもある。それは「旅の恥はかき捨て」と言葉があるように、いざムラ的共同体の外に出ると、タガが外れた行動をしてしまうとも言え、はたして「恥の文化」が日本人の「徳」なのかは怪しい、と答えておられます。また、大人は子どもに「人に迷惑をかけるな」としつけるが、迷惑をかけずに生きられる人はいないため「迷惑はかけちゃうけど、お互いにあまち迷惑をかけすぎないように気をつけていこうね」と教えるべきだとも話されています。

そして「道徳」の話は桜井章一さんが主宰する麻雀の会「雀鬼会」のルールへ話が及びます。雀鬼会では「いい麻雀をみんなでつくろう」というルール、一種の道徳があるそうです。その「いい麻雀」とは、勝ち負けじゃなく、

勝ち負けを超えた次元でみなが気持ちのいい麻雀が打てるように(p.73)

と話されています。また、社会の中の「道徳」は先に紹介したように負の側面もありますが(反発する人や、諍いの種になりうる)、雀鬼会のルールは全員が気持ちよくなれるものです。麻雀にある駆け引きや騙しのテクニックを取り去った麻雀だそうです。

桜井章一さんがおっしゃっている「道徳」の説明は、言葉の上では「わかる」ものですが、

経済と政治の要素をことごとく取り去った麻雀(p.74)

というのは、実際にどういう状態なのかイメージしにくいですよね。この話では「道徳」をテーマにとても抽象度の高いお話をなさっている印象です。これは、本書を通じて、具体的な話題を扱いながらも、時折とても抽象的に話が展開したりと、結構刺激できな読書になりました。

ゲームの勝敗じゃなく「音を聞く」

「隻手(せきしゅ)の声」という言葉があります。禅の公案で、両手を叩くと「パン」と音がするが、片手だけならどんな音がするか、というもの。隻手の声を桜井章一さんはどのような解釈をするか? という質問が寄せられていました。

桜井章一さんは、片手であっても掌はそこにある空間、空気を感じ、“気体”の濃度が発する気配を「音」感じると答えておられます。本書ではこの「音」が重要な存在なのです。

 雀鬼会では牌を麻雀卓に捨てるときの音を大切にしている。
牌を打つとき、無駄な思考、無駄な動きが無ければこの「内に響く音」が鳴るが、少しでも無駄な動作が入ればいい音を響かせることはできない。
牌はつかまなければ捨てることはできないが、「つかむ」という感覚があると無駄な動作が入りやすくなる。

p.137

このあと牌の扱い方が続きます。麻雀を勝ち負けのただのゲームとせず、身体感覚を使って、スポーツをしているような感覚……という感じでしょうか。とても繊細な〈何か〉に注目し、言及されているようですが、言葉として頭に入るだけでは到達理解できなさそうです。やはり、なんらかの身体感覚を伴う、感覚的なものがあって、それを掴むためのアドバイスなんだろうと想像します。

さらに、麻雀を、川上から綺麗な水を流すように打つようにと指南されていたり、ただの勝ち負けのゲームとしてじゃなく、なんらかの抽象的な動作や存在について言及しているのだろう部分が、とても興味惹かれました。

言葉にならない感覚を失わない人

わたしたちヒトは、動物として生まれてきて、成長過程で社会的教育を受け、人間になってゆきます。社会性を身につけるのと引き換えに、われわれはたくさんの動物的感覚を失ってゆくそうです。赤ちゃんは誰に教えられなくてもお母さんのおっぱいを飲めますし、勝手に筋トレして首が座り、寝がえりやハイハイ、自力で歩けるようにとなってゆきます。

だけど、社会性というのは、後天的に見につけるもので、勝手に養われてゆくものではないし、本能的な行動欲求を抑えつけ「こんなときどうする」とケーススタディをインストールされるものです。また、時代にあわせて常識や社会規範はかわってゆきますから、適時アップデートも必要です。

さて、桜井章一さんのお話からは、とても感覚的で抽象的な感じを受けました。ある種の「動物としての感覚」を失わずに持ち続けている人なのかもしれないと感じました。麻雀ってそんな感覚を使うゲームなんでしょうか。

ちなみに「あさよるは透視ができます」というと「暑さでどうかしたのか!?」と心配されそうですが、トランプゲームの場合、テーブルや服に反射したカードの色とその面積で「赤か黒か」「色の面積が多いか少ないか」くらいは「見える」ことがあります(条件が揃えばね)。だからゲームをするときは、反射しないよう机や服を準備しないと公正とは言えませんねw 勝負事って、身体能力によって結果が左右するものだと思うから、「雀鬼」と呼ばれる桜井章一さんがなんらかの身体能力が高くても、驚くことではいのかも。

五感の感じ方の偏り(桜井章一さんの場合「音」や「感触」に言及されているのが印象的です)については、「NLP(Neuro-Linguistic Programming)」的な捉え方もできるかもしれませんが、なんだかそれは野暮な気がしました。

あさよるも、何らかの「感覚」を失わずに持っているとするのなら、これ以上それを「社会性」で上書きするよりも、持ち続けたいし、能力を引き出せるように感覚を磨いていたいと思いました。

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『図説 百鬼夜行絵巻をよむ』|魑魅魍魎になる付喪神たち

『図説 百鬼夜行絵巻をよむ』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。いつもブログで紹介する本とは別に、ブログで紹介する気のない本も読んでいますw 斜め読みしかしなかったり、パラパラと内容をザックリ確認するだけで終わる読書もあるからです。今回読んだ『百鬼夜行絵巻をよむ』も、絵巻物のカラー写真が豊富で、絵を楽しむためだけのつもりでしたが、読み始めるとこれがとても面白い。「百鬼夜行絵巻」は日本美術史界ではあまり研究されていないようです。また「付喪神」についてほとんどのページが割かれているのですが、「付喪神」という存在も美術史界ではまだ研究する人は少ないっぽいですね。

あさよるも「百鬼夜行絵巻」を何度か見たことがあります。ちょっとイロモノ的な感じで、「妖怪」や「幽霊画」なんかが集められる展示会、ちょこちょこあるのでチェックしております。

例えば、あさよるが足を運んだ特別展はこんな感じ↓(いずれも会期終了)

「百鬼夜行絵巻」と付喪神

「百鬼夜行絵巻」と一まとめにされている絵巻をよく見ると、描かれているものが全然違っている、という指摘から本書『百鬼夜行絵巻をよむ』は始まります。これまで「百鬼夜行絵巻」は美術的価値は語られてきましたが、「なぜ百鬼夜行絵巻は生まれたのか」「百鬼夜行とは何か」を美術史家たちは語ってこなかったといいます。

現存している百鬼夜行絵巻では「百鬼夜行」と言いながら、付喪神たちの行列が描かれているものと、付喪神は登場せず動植物が描かれるもの。河童や入道など妖怪が描かれているものなど、絵巻が描かれた時代によって「百鬼夜行」の様子が違うのです。

平安時代では「百鬼夜行にもし出くわすと死んでしまう!」というとても恐ろしいものでした。しかし、室町時代に描かれた「百鬼夜行絵巻」では、付喪神が描かれ、しかも彼らはどこかユニークで恐ろしさは感じません。室町時代には、あんなに恐れられていた百鬼夜行が目に見える「物」として描かれています。それはもう、闇の中に潜む魑魅魍魎、怪異としてではなく「どうせ古道具じゃん」という一種、冷めた目線なんですね。

さらに江戸時代になると、「妖怪」が描かれ始め、百鬼夜行のバリエーションが増してゆきます。

これらの「百鬼夜行絵巻」の変遷と、これまでに描かれた「百鬼夜行絵巻」、そして付喪神という存在について解説されるのが本書『百鬼夜行絵巻をよむ』です。

『付喪神記』

あさよるが本書で初めて読んだのが『付喪神記』(現代語訳)でした。

『付喪神記』によると、道具が百年たつと魂を得て、人の心をたぶらかします。だから人々は節分のたびに物を捨てるのです。あるとき、捨てられた道具たちが集まって「これまで道具として働いたのに路上に捨てられて恨めしい。化け物になって仇を取ろう」と相談します。魑魅魍魎や孤老や人の姿になった化け物は、恐ろしい有様となり、都の北西の船岡山の後ろに暮らし始めます。そして、京・白川へ出ては人の肉や、牛馬の肉を食らいました。そして化け物たちは「この国はは神国だから、神を崇め祭礼をすれば子孫繁栄するだろう」と山の中に社を建て、神輿をつくり、真夜中に祭礼行列は一条通を行きます。

そのとき関白が通りかかり、化け物たちの祭礼行列を睨みつけ、関白が身に着けたお守りが燃え上がり化け物たちを退治します。その話を聞いた天皇が、真言密教の僧に祈祷を頼み、護法童子が化け物たちのところへ行き「仏門に入るなら命だけは助けやる」と話をつけました。そののち、化け物たちは剃髪して出家し、みなバラバラに散り、それぞれ修業をつんで、みんな成仏をします。

最後は「道路や屋敷には鬼神がいて、この鬼神が古道具に憑いて悪事をさせたのだろう。道具が自発的に化けることはないだろう。命あるものもなものも「阿字(書物の根源)」を持っているが、どうして古道具だけが鬼神の力で化けるのだろうか。それを深く知りたければ、密教の道へ入るように」とくくられます。

『付喪神記』の前半は古道具たちが付喪神となり京で悪さをする話で、後半は仏門に入り修行をし成仏をするまでお話。読み物として面白いのは前半ですね。そして「百鬼夜行絵巻」で描かれている、付喪神記たちの更新は、物語前半の祭礼行列であることもわかります。

「百鬼夜行絵巻」は当初、この『付喪神記』のストーリーが描かれていましたが、いつからか物語が抜け落ち、絵巻だけが伝承されたのではないかと推測されていました。

付喪神は今もいるのかしら

以下、あさよるの雑談です。

「付喪神」について「日本人は物にも神様が宿ると考えられていたんだ」という話をしますが、あさよる的には「そう考えられていた」という〈思想〉や〈考え〉とするのが現代的な解釈で、昔の人にとって「付喪神は〈いた〉」んじゃないのかなぁなんて思います。で、一体どんな状態に「付喪神」を見出したのかなぁと想像したりします。

あと、本書『百鬼夜行絵巻をよむ』でもたくさんのカラー資料が掲載されているのですが、付喪神とそれ以外の化け物と、なにがどうちがうのでしょうか。鳥獣戯画に出てくるような人のように二本足で歩く動物もいるし、そもそも「妖怪」ってのもなんだっけ? (と、また調べてみます……)

付喪神たちは、夜になると集まり行列を作り、朝になると元のモノの姿に戻ります。「物が勝手に動く」というと、『くるみ割り人形』や『オズの魔法使い』『ピノキオ』もそうですね。『トイストーリー』の世界を、一度は想像したことがある人は少なくないでしょう。おもちゃたちが人知れず動き回っている……恐ろしいような、そうであってほしいような空想です。「物が意志を持って動く」というイメージは日本だけのお話でもないようです。だけど、先に上げたおとぎ話と付喪神はなんかちょっと違う気もします。付喪神は、作り話の中のキャラクターというよりは、ネコやカエルのように、その辺りに実態を持って潜んでいるような感じがします。

「百年経つと人を惑わす」……わかりみ!

『図説 百鬼夜行絵巻をよむ』挿絵イラスト

先に紹介した『付喪神記』では「道具がが百年を経る化けて魂を得、人の心をたぶらかす」と書かれていました。これ、わかる! ……と思いません? 当あさよるネットでは、これまで「片づけ本」を数々紹介してきましたが、片づかない理由は「道具に心をたぶらかされてるんじゃね?」と思い至りましたw

人間の意志によって「物」をどうすることもできなくなって、ただただ人の生活が物に占領され、圧迫され、呑み込まれ「物に支配されてしまう」のはこれ、「物に心をたぶらかされている」!?

『付喪神記』では、だから人々は節分に物をあえて捨ててしまうんだと書かれています。うむ、わかる。それは大事なことかもしれない。今でも年末に大掃除する習慣がありますね。

物を粗末にするのはイカンけれども、だからといって物に支配されてしまうのもこれまた違う。付喪神は我が家にもすでに住んでいるのかもしれない。

百鬼夜行・付喪神といえば!

あさよる的に百鬼夜行、付喪神といえば、夢枕獏さんの『陰陽師』が大好きです。『陰陽師』の主人公・安倍晴明は幼いころ、師匠の賀茂忠行と夜道を行くとき百鬼夜行に出会い、師匠に知らせます。この件がきっかけで、賀茂忠行は清明の才能を見抜き、陰陽道のすべてを教え込みます。

この百鬼夜行の様子がたまらないのは、マンガ版の『陰陽師』の第一巻です。岡野玲子さんによる、菅原道真公と魑魅魍魎、付喪神たちが恐ろしくもキュートなんですよね~。

マンガ版『陰陽師』は夢枕獏さんの原作のコミカライズ版なのですが、巻を追うにつれどんどん岡野玲子ワールドに展開してゆき、後半はまったくのオリジナルの世界観になっています。あさよるは岡野玲子さんの『陰陽師』も好きです(^^♪

んで、あさよるネットも『陰陽師のすべて』という、夢枕獏さんの「陰陽師シリーズ」と、そこから派生したメディアミックス作品、また現代の「陰陽師モノ」「安倍晴明モノ」を総括し紹介するムック本を紹介しました(現在では文庫化、kindle化もされています)。

この『陰陽師のすべて』の中で、夢枕獏さん、荒俣宏さん、岡野玲子さんが鼎談なさっています。現在一つのジャンルとして確立されている「陰陽道」「安倍晴明」のルーツとして、80年代にヒットした荒俣宏さんの『帝都物語』の存在について語らっているのです。

そこで、あさよるも『帝都物語』を読みまして、世界観にどっぷり浸かっておりました。『帝都物語』では、「加藤」と名乗る詰め襟軍服姿の陰陽師がトリッキーな役どころで登場します。バトルがたまらんのですよね~。

と、今回『百鬼夜行絵巻をよむ』を読んで、「そういや椎名林檎の『神様、仏様』のMVも百鬼夜行がモチーフだったなぁ」とYouTubeで再生していると……加藤ぉっ!!ww

(↑1分3秒から再生します)

百鬼夜行=陰陽師=帝都物語=詰め襟・軍服 なんだ!と妙にうれしいw ちなみにこの方、どなたなのでしょう。トランペットの村田陽一さんなのかなぁ~。それにしても林檎ちゃんカッコいいやね。

(↑このジャケット、合成じゃなくって写真なんだって、ゴイスー)

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『やってはいけない食べ方』|今やってる健康・美容法でいいの?

『体を悪くする やってはいけない食べ方』挿絵イラスト

こんにちは。毎晩、日記に「食べすぎ」と書き続けている あさよるです。「夏バテ」してるんだけど、体重は増えてるという(;’∀’)> 『やってはいけない食べ方』は管理栄養士の望月理恵子さんによる、健康や美容の指南書です。しかも、みなさんが「良かれと思って」やっている食生活が、実は逆効果なのよ~! と呼びかけるものです。なんでも「加減」が大事なんですね。

個人的に、栄養学の勉強をおっかなびっくり少しだけやってみたのですが、あまりにも難しすぎてスゴスゴと逃げ出してきた身。栄養士さんってマジすごいと、尊敬の気持ちが高くなりました(`・ω・´)b

健康に気遣っている方なら、ちょろっと目次だけでもご覧くださいm(__)m

ダイエット、健康習慣の失敗

『やってはいけない食べ方』では、健康や美容に気づかっている人が陥りがちな失敗例が数多く登場します。それでなくても、ダイエットや健康法にはブームがあって、その時々みんなが夢中になって消費されるけれども、しばらくすると忘れ去られている……なんてこともよくあります。納豆がいいとか、ココアがいいだとか、青魚がいいだとか。

昨今、流行っているのは「主食抜きダイエット」や「炭水化物抜きダイエット」でしょうか。しかも、中年の男性の間で流行っているとかで、あさよるもランチを外食したとき、中年男性がご飯だけ残しているのを見かけたことがあります。コールドプレスジュースをいただいたこともあります。スムージーは野菜や果物をミキサーで砕いて混ぜ合わせたものですが、コールドプレスジュースは野菜や果物を高い圧力で「絞ったもの」とでも言えばいいのでしょうか。

野菜を積極的に食べるのはいいことかもしれませんが、生野菜ばっかりバリバリ食べているのも考え物です。なぜなら、野菜には灰汁やシュウ酸など、人間の体にとって良いものではない成分も含まれているからです。植物だって、なにも人間に食べられるために生まれてきたわけじゃなく、毒や棘などを持って武装しているのです。

そんな、健康や美容のブームを栄養士の立場でバッサリと正論を主張するのが本書『やってはいけない食べ方』です。別に過激なことを言っているわけでもなく、「それってあんまり意味ないよ」とか「やりすぎはよくない」とか微妙な〈加減〉のお話。

例えば今、グルテンフリーの食品が流行っていますが、本書によると小麦アレルギーやグルテンによる体調不良を起こしやすい人は控えるといいけれども、特に健康面で異常のない人はグルテンフリーでもあんまり意味ないですよ~と紹介されていました。そもそも、第一章一節からしてちょっとショック。それは「朝食は和食より洋食がいい」というものです。理由は「和食はどうしても醤油や味噌を使うと塩分を取りすぎてしまう」から。寝起きの内臓がまだ十分機能していない時間帯に、塩分の多い食事は控え「食パンと卵焼きとレタス。デザートにヨーグルトでも」と紹介されており「なるほど!」と納得。あさよるも朝食に味噌汁を飲んでいましたが、確かに味が濃いかも。

あと個人的に「朝食に果物を食べるとシミができやすい」という話は聞いたことがありましたが、ずっと「ホンマかいな」と疑っていました。しかし、本書でも取り上げられていて、柑橘類を食べるとメラニン細胞を刺激し、メラニンの分泌量を増やす働きがあるそうで、日に当たるとシミや赤み、かゆみをひきおこすことがあるそうです。マジだったのか!

『体を悪くする やってはいけない食べ方』挿絵イラスト

やりすぎ、やらなさすぎはNGってこと?

本書の内容を一つずつ紹介するのはムリなので、目次情報をご覧ください~(この記事の最後に目次情報を掲載しています)。

ここで取り上げられていることの多くは、健康や美容目的に「良かれと思ってやってた」のに、それが裏目に出ちゃってるんじゃない? というお話がほとんどです。例えば、本書では別に糖質制限ダイエットを否定しているわけではありませんが、極端にやりすぎちゃうと別の健康被害や不具合がありますよ、というスタンスです。ダイエットや美容のために食物繊維をたくさん食べることを否定はしませんが、極端に食物繊維過多の食事に偏ると、肌荒れや便秘の原因になる、と紹介されています。

つまり「極端なことをするな」というのが、全編通じて述べられていることじゃないかなぁと感じます。あるいは「〇〇を食べなければいい」とか「△△さえ食べればいい」とか、短絡的に考え行動するんじゃなくて、よく考えて下調べして、食事のコントロールを自分でしましょう、という話なのかもしれません。ああ、マジ正論。「これさえ飲めば」みたいな万能薬みたいなものは幻想なのだなぁ~。

栄養学はむずかしい!

本書を読んでて「献立を考えるのって難しい!」とつくづく感じたのは、こちらを立てればあちらが立たず、みたいな話が多いことです。例えば、果物を食べるのは良い効果もありますが、先に紹介したように食べる時間帯によっては良からぬ効果もあります。また、果物や野菜が、花粉症に反応してアレルギー症状が出ることもあるそうです。ダイエットは、健康管理の面でも必要で、生活習慣病としても必要です。だけど、ダイエットに精を出しすぎると、そのせいで生活習慣病のリスクが増えることもあります。

糖分を控えてたんぱく質を多くとろうと、肉をたくさん食べるようになり、結果的に油分を取りすぎて糖尿病リスクが増すこともあるそう。だけど、油は必ずしも悪者なわけではなく、上手に取ればダイエットの味方になる、という。……ややこしい!

あさよるはもう、こういう栄養学とか生理学とかめっちゃ嫌い&苦手の二重苦なのですよ……(´;ω;`) 栄養士ってマジで賢いよなぁ~とポカーン。

「いい塩梅」ができれば……

本書を超簡単に要約すれば「いい塩梅でやりなさい」ってことなんでしょう。だけど、その「塩梅」がわからないから困ったもんだ。子どもへの「食育」の大切さが叫ばれて久しいですが、親から子、祖父母から孫へ「食育」をするのはとても難しいんじゃないかと思います。だって、あさよるの祖父母は戦前生まれで、人生50年の時代の人たちです。今「人生100年時代」なんて言われるようになりましたが、それは「肉体を二倍も長持ちさせないといけない」ということ。あさよるの両親も、やっぱり50代を過ぎると高血圧やなんやらと健康診断で引っかかって通院をしています。両親が子ども時代に受けた「食育」は、人生50年対応だったのでしょう。そして、その子世代のあさよるは……。

やはり、親から子へ「食育」をするというのはムリがある話じゃないでしょうか。昔、親から教えられたことは、今の食環境や人生観とは合致しません。やっぱ、最新版に自力でアップデートし続けないといけないのかもね……。あ~、難しいなぁ( ノД`)

こういうのこそ、東洋医学の「中庸」ってのが大事なんでしょうね。難しいけど。

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『ネット依存・ゲーム依存がよくわかる本』|スマホ+ゲームはヤバイ

こんにちは。あさよるです。毎日ブログなんて書いてると、ある時に「あなたパソコンに依存してるじゃないのか」とあらぬ疑いをかけられたことから、本書『ネット依存・ゲーム依存がよくわかる本』を手に取った。。結論を先に言えば、本書を読む限りあさよるは依存ではないみたい。業務とブログ更新にパソコンを開くけど、それ以外はといえばYouTubeを見るくらいだし。ゲームはそもそもしないし。テレビもほぼ見ないから、意外とブルースクリーンを眺めている時間は少ないのかもしれない(YouTubeをどれだけ見てるかが問題ですな)。

しかし、あさよるが頑なにゲームをしない理由が「やめられないから」であり、スマホも持ちたくないのは「絶対ハマる」と確信しているからだ。一旦、自分をゲームやネットにいつでもアクセスできる環境に置けば、依存sてしまうのは目に見えているし、自力で抜け出せないとも思っている。だから、本書の内容は他人事じゃない。

スマホゲーム・ネット依存症

『ネット依存・ゲーム依存がよくわかる本』は、ネットやゲーム依存について簡単に誰でも読める内容にまとめられた本だ。この講談社の「健康ライブラリー」シリーズはあさよるもよく読む。精神疾患や、発達障害、不登校やひきこもりなど、治療や支援や知識が必要な人に向けられていて、「誰でも読める」が徹底されている。かといって内容が薄いわけでもないので勉強にもなる。

で、本書のテーマはネット依存、ゲーム依存。心当たりのある方も多いのではなかろうか。ということで、「Internet Gaming Disorder Test」というテストが紹介されている。これはWikipediaの「ゲーム依存症」の項でも「インターネットゲーム障害の基準案」として紹介されている。

他にも本書では「スマホ依存スケール」というのも紹介されている。

スマートフォン依存スケール(短縮版)

① スマホ使用のため、予定していた仕事や勉強ができない
② スマホ使用のため、(クラスで)課題に取りくんだり、仕事や勉強をしているときに、集中できない
③ スマホを使っていると、手首や首のうしろに痛みを感じる
④ スマホがないと我慢できなくなると思う
⑤ スマホを手にしていないと、イライラしたり、怒りっぽくなる
⑥ スマホを使っていないときでも、スマホのことを考えている
⑦ スマホが毎日の生活にひどく悪影響を及ぼしていても、スマホを使い続けると思う
⑧ TwitterやFacebookでほかの人とのやりとりを見逃さないために、スマホをたえずチェックする
⑨ (使う前に)意図していたよりもスマホを長時間使ってしまう
⑩ まわりの人が、自分に対してスマホを使いすぎていると言う

P.8

各項目5段階で評価する。「まったく違う」1点。「違う」2点。「どちらかというと、違う」3点。「どちらかというとその通り」4点。「その通り」5点。「まったくその通り」6点。全部で31点以上になった場合「スマホへの依存の疑いがある」と考える。

また、本書では「ネット依存・ゲーム依存の特徴」はアルコール依存症の特徴から転用されていて、アルコール依存症と同じ「依存症」であり、治療が必要なことがよくわかる。依存症は怖い。自力で何とかできるもんじゃないから、ちゃんと病院にかからないといけない。ちなみに、あさよるが依存症の恐怖を初めて知ったのは、吾妻ひでおの『失踪日記』だった。慢性的なうつとアルコール依存症から自殺をはかるも失敗し、そのまま失踪していた日々を綴ったもの。

あさよるは個人的に、10代のころ酒屋でバイトしてた経験もあり「アル中の人」は見知っていた。朝出勤すると、社員よりも先に店の前で待っているおっちゃんが数人いた。パッと見た感じは、ごく普通のおっちゃん(おじいちゃん)だ。誰もが条件が揃えば中毒になる。今はアルコールよりも刺激の強い娯楽はたくさんあるから、それ以外のものに依存してしまっている人はたくさんいるんだろう。

ある意味、スマホ依存、スマホゲーム依存はアルコール依存症より怖いかもしれない。その理由は、多くのアプリが「無料」で手に入るからだ(もちろんハマると課金をしはじめるかもしれないけれど)。無料だから、どんどんアプリをダウンロードして、ずっとゲームやSNSに没頭し続けてしまう。まだ、アルコールだったらお金を払わないと手に入らないし、なくなると買いに行く手間もある。人に依存してしまう人も、相手がいないと依存できない。だけどスマホでSNSやゲームに依存するのは、コストはかからないし、部屋の中で一人で完結してしまう。かなり怖いぞ!

ところでスマホって必要なの?

スマホのゲームに依存してしまった人の例では、まず「無料ゲームアプリで遊べるのはコスパがいい」と感じ、そしてどんどんハマってゆくと「時間を買っている」との感覚でゲームに課金をし始め、課金額が年数百万円に膨らみ、家族の大問題になった。この「コスパがいい」「時間を有効活用している」との感覚が、なんとも厄介な感だ。ハマってしまえば、自分は賢い選択をしてると錯覚してしまうそうだから。

ところで、多くの人にとって、スマホって絶対必要なのだろうか。職業柄、最新型のスマホをガシガシ使いこなす人もいるだろうが、多くの人にとってスマホって、あくまで「娯楽」の道具じゃないだろうか。もちろん、娯楽のために道具を買いそろえるのは悪いことではないが、あまりにもコストがかさみすぎたり、業務に支障が出るくらい趣味にハマりすぎるのは考えものだろう。

それにしても「スマホ」&「ゲーム」という組み合わせはヤバイ。

『ネット依存・ゲーム依存がよくわかる本』挿絵イラスト

どこでもできる、いつでもできるはヤバい

本書では子どもがスマホやゲームに依存してしまう例が数多く紹介されている。あさよるも子どもの頃からテレビゲームをやってた世代だから、子どもがゲームにのめり込んじゃうのはよくわかる。だけど昔のファミコンは本体をテレビに繋がなきゃいけないという、物理的な制限がかかっていた。しかし、今の一人に一台ゲーム機やスマホが配られている状態で、ゲーム依存、スマホ依存するなという方が無理な話だろうと思う。

なんかもっと根本的に、道具の使い方をよく考えないとヤバいんじゃないかと危機感を持った。繰り返すけれども「依存」というのは恐ろしいもので、一度「依存症」になったら自力でどうにかできることじゃない。「コスパ」や「効率」を考えるなら、そもそも「依存症にならない」ような環境を意識的に整えなきゃヤバいんじゃないだろうか。

突然、強制的にやめさせるのは逆効果

本書『ネット依存・ゲーム依存がよくわかる本』は、すでに依存症になっているor依存傾向にある人や、その家族に向けられたものだ。だから「依存症予防」ではなく「依存症になったらどうすべきか」が趣旨である。

依存症じゃないかと感じたら、まずは専門医にかかること。本書ではネット依存・ゲーム依存が相談できる全国の医療機関も紹介されている。本人はなかなか自分の依存症に気づかないことも多いから、家族が病院に相談することも少なくないらしい。

そして家族は、強制的にスマホやゲームを取り上げたり、遮断してしまうのは逆効果だそうだ。無理やりゲームやネット環境を取り上げると、余計に依存対象に対して執着が増してしまうらしい。にゲームやSNSでオンラインの友人と連絡が取れなくなったり、ポイントやランキングが下がってしまうと、自分のキャリアや人間関係を壊され、否定されたと感じるらしい。うん、わかる。だから、話をしながら段階的にゲームやネットの時間を減らしてゆくよう根気よく対応しなければならない。

ゲーム機でゲームする方が楽しい?

あさよるも、スマホゲームは「ポコパン」と「妖怪ウォッチツムツム」にドハマりして、人間やめる寸前だった。マジで「寝る間を惜しんで」状態で、なかなか人生かけてやり込んだんじゃないだろうか。で、ゲームにハマるのはいいんだけれども、ゲームをするのが苦しくて苦しくてたまらなくなってくるのよね。そりゃ寝てないし、食べる時間も惜しんでるんだから苦しいわ。で、「苦しいのにやめられない」という苦悩。これって立派な依存症じゃね? と今気づく(苦笑)。

で、命がけでプレイしてる割に、達成感がないんだわ、これがw ある時に「こんなに苦しみが続くのはもう嫌だ」と、アプリを削除して一命をとりとめたのであります。

そして「やっぱ無料のゲームより、お金出して買ったソフトのほうが面白いなあ」ということになった。あさよるは今、ゲーム機をDSライトしか持ってないから、DSのゲームをたまに思い出したころにプレイする程度。だけど、任天堂のゲームはやっぱ無料アプリのゲームよりずっとよくできてて面白いように感じる~。

って、そういえば昔、どうぶつの森にハマって、夜中の昆虫採集や釣りが忙しくて眠れない日々もあったなぁ。やっぱゲームは、依存しないようにやるのって難しいなぁ。

家族って大事なんだなぁ

10代の人がネット依存・ゲーム依存になるケースが多いらしいのだけど、30代でも依存症で受診する人が増えているそうで、本書も全年齢対象。

しかし、本書を通じて読んで感じ入ったのは「依存症の治療には家族の存在が大事なんだ」ということだ。本人が依存症に無自覚で、家族が異変を感じ受診をすすめる場合が多いそうだし、段階的に時間をかけて依存状態から脱却してゆくにも、家族の支えがあってこそなのだろう。これは、どんなに親密な人がいても、家族でなければなかなかここまで深く関わることは難しいのではないだろうか。

反対に言えば「孤立してしまう」というのは、誰からの支援も受けられないということでもある。その状態で、依存から抜け出すのはとてもできないのではないか。あさよるも独身だし、独り身でいるって、こんなところにリスクがあったのか……と呆然とした。誰にも何にも依存せず、自立して生きたいけれども、そうはいっても生きてれば上手くいかないこともあるだろうし、困ったなぁ。こうやって、前もって勉強しておく必要性を感じた。

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『モヤモヤするあの人』|読むほど常識がゲシュタルト崩壊

『モヤモヤするあの人』挿絵イラスト

この本めっちゃモヤモヤするー!!/(^o^)\

やばい、読み始める前のモヤモヤのない世界に帰りたいww こんにちは、あさよるです。ああ、そんな大したこと書いてある本ではないハズなのに、なんだかすごくナンセンスでおかしな話が展開されている気もする本に遭遇してしまった~。サクッと簡単に読めるコラム集で、一つ一つの話はそう、そんな大それた話をしてるワケじゃないのに、読了後なんか「生きるとは」みたいな、でっかいことを考えてしまったww

それにしても、あさよるにとっては知らなかった常識をたくさん仕入れることができたので良い読書でした。

これはアリ?ナシ? あの人は一体何?

本書『モヤモヤするあの人』は、巷の「なんとなくモヤモヤする話」を集めた本です。著者の宮崎智之さんは「人間観察」が趣味という。

人間観察は、場所や時間を問わずに行われる。ある時は、カフェの隣の席で怪しげな勧誘をしている若い女性に目がいき、ある時は、バーで女性を口説こうとしている40代後半の小太りなおじさんに目がいく。おじさんは、弁護士事務所に勤務していると名乗っているけど、手相占いと称して女性の手に触ろうとするその行動は、法律的にセーフなのだろうか。
また、駅のホームで固く抱擁しながら海藻のように揺れている謎のカップルにも、ついつい目を奪われてしまう。大人なんだから終電を気にせずホテルにでも行けばいいと思うが、そうもいかないのだろう。もしかしたら不倫なのかもしれない。それにしても、この手のカップルに美男美女を見たことがないのは、なぜだろうか。
ビジネスシーンもモヤモヤの宝庫だ。スーツにリュックで営業先に行くことは失礼にあたるのか。大雪が降っても定時に出社しなければいけないのは、どうしてなのか。SNSで嫌いな上司から友達申請が来た場合、部下はどう対応すればいいのだろうか。

p.4-5

「とるにたらない話題」と称されているんだけれども、ああもう、こうやって指摘されちゃうと気になり始めて仕方ない。「終電間際の駅で〈海藻〉のように揺れているカップル」ってw 確かに彼らは何をやってるんだろう。別れを惜しんでいのだとしたら、二人はそれぞれの自宅に分かれ分かれ帰宅するのは決まっているということなのだろうか。言われてみればホテルでも行けよ、という気もする。

「スーツにリュックはアリか」というのも、言われるとすごく気になる。いるよね、リュック背負ってる人。通勤スタイルとしてはリュックは便利でいいと思うけど、あれでお客様の前に出るにはカジュアルすぎるような気がするなあ。通勤用と、勤務中用のカバンを2つ用意したらいいんじゃないかと思うけど……。

本書は大きく2つの章に分かれている。「これはアリかナシか」という二択と、「あの人は一体何なんだ」という問いである。

世界には我慢できることとできないことがある!

本書『モヤモヤするあの人』で取り上げられる話題をかいつまんで、あさよるの主観を交えて紹介してみる。主観が多めなのでご注意。この「モヤモヤ」は、なんとなく納得できないんだけれども、だけど相手を糾弾するほどのことでもない感じ、と言ってもいいかもしれない。

例えば、大きな災害や事件が起こると「不謹慎厨」が沸く。他人の発するツイートやブログ記事に対して「こんなときに不謹慎な!」と怒り始める人たちだ。まあでも、気持ちはわからなくはない。ショックの大きい出来事に出合うと、とてもヘラヘラする気になれないし、そんなときに浮かれたことをしている人と温度差を感じることもある。だけど、だからと言って「不謹慎だ」と憤るほどのことでもないと感じる。社会を揺るがすような出来事であればあるほど、その他の人は「いつもと同じ通りに生活をする」ことが「平穏」を取り戻すために必要な力だ。大変な時こそ「いつもと同じ通りに生活をする」べきなのかもしれない。

少なくともあさよるは、この二つの間で揺れ動く。「いつも通りに生活をする大切さ」もわかるし、だけど浮かれた話題に対しては気持ちをどこに持って行っていいかわからない。いや、浮かれた話題はまだいいけれど、あさよるが動揺してしまうのは「野次馬」的な言動を見聞きすることだ。わざわざ危険な場所に出向いて写真を撮って、それをインターネット上にアップロードすることになにか意味があるのだろうか。自分のツイートもバズると思ったのだろうか。

「モヤモヤ」はそんな、気持ちをどう持って行っていいのかわからないときに起こるんじゃないかと思う。

食べ物の相性は重大だ

本書で最もショッキングだった「モヤモヤ」は、「焼き鳥を串から外して食べる」という常識があるらしいことだった。しかも、ガブっと齧り付けずに串から外すのではなく、「みんなとシェアするため」に串から外すらしい。つまり、一本の串を複数人で分けて……食べる……だと……? そんなん、自分の食べたい串一本頼んだらええやん。

あさよるの世界軸にはそのような慣習がなかったため、とても戸惑っている。あさよる的には、串から外してバラバラにして冷めてしまった焼き鳥はおいしそうな気がしないんだけれども、どうなんだろう。

こういう、食べ物に関する相性はとても重大だ。あさよるも昔、とことん食べ物の好みが合わない人と一緒にいて、ほんとにとてもとても疲弊してしまった経験がある。「この時間帯にこれ食べるの?」って感覚も違うし、「食べ方」も違っていて、食事中の会話も弾まずただひたすら気まずい時間だった。これはかなり堪える。

焼き鳥の串外し問題も同様に、実はとても根が深い話ではないかと思う。ただもちろん、どちらが正しい/間違っているわけでもないし、他人に強要することでもない。ただ「モヤモヤ」するのみである。

『モヤモヤするあの人』挿絵イラスト

サプライズは良いこと!?

焼き鳥問題と同じくらい衝撃だったのは「サプライズ」に関する話題だ。サプライズって、あれだ、あの、「フラッシュモブ」とかいうやつだ。公園にデートに行くと突然公園にいた人たちが踊り始めて、彼が最後にプロポーズするとか、結婚式で出席者たちが踊り始めたりするやつだ。あんなの喜ぶ人がいるのかと訝しんでいたが、なんと本書によると、

ネットマーケティングが2015年3月に実施した調査によると、「恋人からサプライズされると嬉しい」と思っている男性は94%、女性は96%にのぼっている。(中略)予定調和を崩す意表をついた演出は刺激的で、胸ときめくもの――。世間の大多数が、そう考えているのである。(p.143-144)

男性94%、女性96%って、圧倒的多数じゃまいか! え!? みんなそんな感じだったの!? サプライズ嬉しいの!? あさよるが空気読めてないことに気づいてものすごくショックでしたorz

あさよる的には、言葉によって、これからの話も話し合える人がいいです……。「サプライズ」っていうけど、突拍子もなく告白やプロポーズしてるんじゃなくって、お互いにもう確信している状態で、最後の口頭の約束をしているんだと思うんだけどなぁ……違うのかなぁ(弱気)。

ちなみに、街中の広告用の大型ビジョンに、自分のメッセージを掲載してもらうのは、割と手の届く値段でできるらしい。サービスをまとめておられる方がいらしたので、リンクのせておきます。

イラつく人にイラつく

街中のモヤモヤの代表格は、電車の中でお年寄りに席を譲ってよいものか……という葛藤です。今の人はみんな若いですから、席を譲ると申し出ても断られてしまうどころか、小競り合いになることもあるそうです(反対に、席を譲らないことでモメることもあるそう)。あるいは、電車の中で赤ちゃんが泣き始めて……イラっとしてしまう。

本書では、著者の宮崎智之さんは「赤ちゃんの泣き声に苛立つ」というよりは「赤ちゃんの泣き声に苛立つ人に苛立ってしまう」と書かれていました。あさよるも同じで、別に赤ちゃんの声なんて気にならないんだけど、「イライラする人がいるんじゃないか」「文句を言う人がいたら嫌だなあ」「もし怒る人がいたら、私はどんな行動を取ればいいんだろう……」と、周りの大人たちへの警戒心でピリピリしてしまいます。

「イラつく人にイラつく」状態です。

これにちょっと似ているなぁと思うのは、電車の中で化粧をする女性。電車内で化粧をする行為への是非はともかく、その人がいることで周囲が緊張している感じがツライ……。

まさに「モヤモヤ」ですよね。一旦モメごとが起こったならば、自分はそれに適切に対応するしかないのですが、「モメてないけど、これからモメるかもしれない」という宙ぶらりんの緊張感がモヤモヤします。

化粧ってマナーだったの!?

電車の中で化粧はどうなの? って話題で登場した概念にも驚いた。それは「女性の化粧はマナー」だというもの。え、化粧ってマナーだったの? すっぴんはマナー違反ってこと……? あさよるは「社会人としての最低限の身だしなみ」は男女ともに求められていると思うし、さらに職業によってはより身だしなみに気を遣う職種もあるだろう。しかし、「それ以上に着飾ること」は個人の趣味だと思ってたよ……。ショッキンッ!

非リアとして生きる

「モヤモヤ」は、「リア充」たちに向ける非リアたちの眼差しにも感じます。いや、あさよるも非リアの一人ですから心が痛んだ話。リア充たちはこれでもかとSNSにリア充感満載の投稿をしまくってくる。しかも彼らの投稿が気に障るのは「非リアのために配慮されている」ところだと指摘されていた。つまり「花火大会楽しかった!また来年も行こうね」と写真付きで投稿するんだけれども、「誰と一緒に行ったのか」はボカされている。どうせカップルで行ったんだろうに、非リアに配慮して恋人の存在はぼやかされてるんですってよ! まったく! なんかものすごく言いがかりな気がするw

で、われわれ非リアたちは、「リア充」を心のどこかで見下している、とも紹介されている。センスが悪くて「パーリーピーポーウェーイww」みたいにラベルを張ることで、心を落ち着かせているのかもしれない。

これもまあ、モヤモヤする話ですな。

〇〇ヅラする人々

「彼氏面する男」というのが本書に登場します。別に恋人同士でもないのに、というか、そんなに親しいわけでもないのに、なぜだか彼氏のような振る舞いをする男がいるらしい。服装をチェックしたり、他の男性と話していると「嫉妬する」と告げられるんだって。なぜか女性に対して上から目線なのもポイントだ。

でもこれって、女性版の「彼女面する女」もいるよね。カップルでもないのになんか男性の世話をせっせと焼く人。ああ~、特に親しくもないのに「親友面」する人もいるやねw なんか突然ぶっちゃけ話をしろと迫られたり、「悩みならなんでも聞くから」となにも相談してないのに申し出てくださる人ね。

「意識高い系」だって、別に優秀なわけじゃないのにさも優秀な人間のように振舞ったり、特別な努力をしているわけでもないのに頑張ってる感を出して着たり、忙しいアピールとかね。

おもしろおかしく他人の姿を笑うこともできるけれども、「じゃあ、自分はいったいどうなんだ」って考えると、笑顔が引きつります(苦笑)。あさよるも、ついつい「〇〇ヅラ」してるのかもな~……と、やってるよなぁ~(;’∀’)(;’∀’)(;’∀’)

あさよるもまた、ある時は他人をモヤモヤさせているのだった。

あ~モヤモヤする

『モヤモヤするあの人』はいくら読んでもスッキリしません。わざわざモヤモヤの不快感に突っ込んでいくような本かもしれません。しかし……考えてみると、むしろ現代のわれわれは「スッキリとわかりやすい話」に慣れすぎていて、答えのない問を繰り返すストレスに耐えられなくなっているのではないでしょうか。池上彰さんの解説は確かにわかりやすいし、面白いけれども、やっぱりバラエティー番組として昇華されていて、あくまで「快楽」ですよね。「わかった気になって気持ちいい」んです。だけど、本当の大問題というのは、答えがないから問題であって、30分やそこら、アニメーションや模型を使って解説して答えがスッキリ見つかるわけではありません。

『モヤモヤするあの人』は、なーんにも考えなくなっちゃった頭には、ある意味刺激的です。読めば読むほど「モヤモヤ」が増すんですから。だけど、ものすごーく大きな大問題を扱っているわけじゃなく、あくまで与太話の範疇。仲間内でダベリながらいいネタになるような話ばかりです。

あさよるは、自分の常識とは違う常識をいくつも発見しました。みなさんはどうでしょう~。

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『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』|誰かが喜ぶお金の使い方

『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』挿絵イラスト

こんにちは。お金が貯まらない あさよるです。なのですが『デキな人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』では、貯金思考がお金を遠ざけていると紹介されていて「ああ、じゃあお金が貯まらないのは悪いことじゃなかったのか!」なんて元気になりました(多分そういう意味じゃない)。

お金を自分のために寝かしておくよりも、誰かが喜ぶことに使いましょう、というのが本書の趣旨。そして、それが「投資をする」ということであると紹介されています。

「交換する」から価値がある

本書はまず「お金とは」という話から始まります。お金とは、価値と価値を交換するために存在します。お金のなかった時代は物々交換をしただろうし、物がない時は「あとで渡す」と約束をしたでしょう。その時の信頼の形が「お金」と言えます。

だから、お金は交換するからお金であって、交換しなければ価値がない! ……と言ったら言い過ぎでしょうか。ただ、稼いだお金をただ貯金しているだけでは、交換をしませんから、お金の価値が生まれません。働いても働いても、一所懸命お金を貯めても、「満たされない」理由の一つは、お金の価値のある使い方ができていないからかもしれませんね。

また、ただ「お金が欲しい」と思うのではなく、「お金をどう使いたいのか」を自分で考えないといけません。他人の価値基準で、他人が喜ぶこと、他人が羨むことにお金を使っても、結局自分が満足できないとお金がいくらあっても不満はなくならないでしょうからね。ちなみに著者の柴田博人さんは、子育てをするために仕事をセミリタイアされたそうです。自分のやりたいこと、価値を置いていることのために行動しているいい例ですね。お子さんが大きくなって、つきっきりの子育ては不要になったことで、現職に復帰なさっています。

誰もが、自分にとって価値のあることにお金を使って、自分にとって意味のある時間が過ごせると(・∀・)イイネ!

消費体質から投資志向へ

本書『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』では、「投資」という言葉にページが割かれています。浪費じゃなく、投資をしましょう、という当たり前の話なんですが、あまり誰もやらないことですね。ここでいう「投資」とは何も株を買ったり土地を買うことだけじゃなく、子育てにお金や時間を使ったり、勉強に時間を使うことも投資になりえます。

投資について、とってもわかりやすい表現がなされていました。

 投資とは、「だれかを喜ばせるという活動にリスクをとってお金を投じた結果、リターンを得ること」(p.100)

すごくいい表現ですよね。投資して「リターンがある」状況とは、それをお金を払ってでも欲しいと思う人がいうるということ。そして、なぜお金を払ってでも欲しいかというと、それがその人にとってなにか「イイコト」だからです。反対に、誰も喜ばない物や事は誰もお金を払いません。例えばボロボロの物件は誰も欲しがらないけれども、みんなが住みたがる物件にはお金を出す人がたくさんいます。

投資というのは、あなたの周りにものすごく当たり前にありふれているのです。あなたが賃貸マンションに住んでいるなら、それはだれかがリスクをとって建設してくれたからです。高いお金を出して買わなくてもそこに住めるのは、だれかが貸してくれるからなのです。つまり、不動産投資の一部にあなたも参加しているのです。

そして「どうせ参加するなら提供側になろう」と考えるのは、不動産投資家になることです。どういう場所で、どういうマンションだったら自分が住みやすいだろう、と考えてみれば、それまでと違った世界が見えてきます。

p.101-102

「投資」ってアコギな商売なイメージがありますがw、こうやって「誰かが喜ぶことをする」と「誰かがお金を出してくれる」と考えるととてもシンプルでわかりやすいですね。そして、投資も悪いもんじゃないなあとも思えます。

今自分が便利に使っているものや、気に入ってること、利用してありがたいことは、誰かがリスクをとって準備してくれたことであると考えると、これまでにも増して有難みを感じますねぇ。そんで、自分は誰かのために何か、誰かが喜んでくれることをやってるのかなあ? 特に思い当たらないから、そりゃお金が集まらないわなぁと妙に納得(苦笑)。

『デキない人のお金の使い方×デキる人のお金の使い方』挿絵イラスト

お金を使うのがうまい人

本書を読むと、「お金持ち」というより「お金を使うのがうまい人」と「そうでない人」がいるって感じがしますね。お金の量は限られていても、自分が満たされていればそれで満足だろうし、いくらお金があっても不満を持て余すなら、つらいんでしょうね。

お金の量を目指すだけじゃなく「どう使うか」を考えておくのが大事ですね。あさよるならどうしようかなぁ~と考えると、自立して一人でご飯食べていけるだけあれば十分かなぁ~なんて思ってしまって、それ以上先の欲求に行き当たらない! こりゃお金が集まらないわけだわ……(;´д`)トホホ

そういえば、地元にとっても可愛くて素敵な雑貨屋さんがありまして、ショッピングに行くだけでなくSNSでも在庫や新商品情報をチェックしています。そのお店はまさに「誰かが喜ぶ仕事」をなさっているお店です。もちろん商売だからお金儲けでなさってるんだけども、そこで買い物をする客としても、そのお店が町にあることがとてもありがたいし嬉しいです。流行ってくれたらいいのになぁと思うし、ずっと続けて欲しいなぁと思います。それが、客である あさよる の生活が華やぐことに繋がりますからね。「誰かに喜ばれる」っていい表現ですね。

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『ひと月9000円の快適食生活』|レシピ集なのによだれが……

『ひと月9000円の快適食生活』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。さっそく夏バテ気味で食欲が減退中デス……ということで、いつもと違ったメニューを作ってみようかなあと『ひと月9000円の快適食生活』を読み始めました。この本は以前から読みたくて積ん読してた本です。読んでみると、読んでるだけで目からよだれが出てくるような……(^q^)

どの料理も手順は凝ったものではなく「家庭料理」の範囲だろうと思います。だけど「家で作るの面倒くさそう」なメニューを、簡単に手を抜くところは抜きながら、だけどおいしく調理するコツが紹介されています。ちょっと凝った料理を自分で作れるとホクホクですね(*´ω`*)

あさよるも毎日おんなじ料理を食べてるタイプなので(そしてそれが苦にならないタイプなのですが)、ちょっとレパートリーを増やしてみるのもいいなあなんて。なによりこの本、レシピとしてじゃなく、読み物としても軽快で良すぎる(^q^)

レシピ本……なのにおいしすぎ

本書『ひと月9000円の快適生活』はレシピ本です。そしてタイトルからみるに、お金をかけなくても節約しておいしい食生活のためのノウハウが紹介されているのです。しかも、手間もかからず簡単な、料理のコツのようなレシピが多いのです。

が、どうして、これが読んでいるだけでとんでもなくおいしそうなのです。江戸っ子口調で気風が良い文体も余計においしさを引き立てます。レシピは手の込んだ料理ではなく、家庭料理の範疇にあるものばかり。だけど、ちょっと手の込んだような献立に思えるものですね。それをチャキチャキと簡単に手際よくさばいてゆくよう。

あさよる自身も料理は嫌いじゃないし、テレビの料理番組は好きです。YouTubeでもいつも見ているのは料理チャンネル中心。料理が面白いのは、テキパキと段取りよくこなしてゆくところでしょう。自分でも、段取りよくメニューを揃えられると達成感があります。

その、料理の楽しみを疑似的に読書で体験させてくれるのがこの『ひと月9000円の快適生活』なのです!

「おいしい」は官能的

「おいしい」という感覚は官能的です。なんてったって本能、欲望を満たす行為ですからね。料理はある種の快感を得られるし、また「食べる」という行為も快楽です。今の社会で、毎日の食事の多くは「生きるための活動」ではなく「咀嚼する快楽」のために行っていることの方が多いでしょう。

そして「おいしい」を感じる読書とは……ある意味の官能小説的? 小説じゃないけどね。

ちなみに、あさよるはよく「おいしそうに食べる」と褒められる(?)ことが多く、若いころはこの才能(?)によって生き長らえていました。若者はお金がないのにお腹が減っているものですから、「おいしそうに食べる」ことが気に入られ御馳走していただく機会に恵まれていたのです。あさよる自身と、あさよると同じように「おいしそうに食べる」人を観察していると、おいしそうに食べる人は、「おいしいおいしい」と声に出してよく喋ります。具体的になにがどうおいしいのか、どんなところが気に入ったのか、コレとアレはどう違うかなどなど、とにかく「おいしい」を言葉にする。ある意味の言葉攻めですねw

食い道楽する人は、同じような人が集まるもんで、あさよるの友人知人はみんなよく食べるし、「おいしい」を言葉で表現するのを惜しみません。お酒を飲むときも同じ。ひと口ひと口どうのこうのと感想を述べながら飲むからこれがまた楽しい。

『ひと月9000円の快適食生活』はそういう、食い道楽に通ずるレシピ本。料理好きはおいしいもの好きなんですね。

ジブリ飯みたいなね

アニメなんかの評価で「食べ物がおいしそう」ってのが語られることがありますね。その代表格がジブリ飯じゃないでしょうか。ジブリ作品で描かれる食べ物がたまらなくおいしそうってやつ。ポニョが食べるラーメンとか、ルパンが食べるスパゲッティとか、ドーラが食べる海賊肉とかね。

よしもとばななさんの『キッチン』の主人公は、台所が落ち着く場所で、孤独な時間を台所で過ごします。『キッチン』でも、食べるシーンが印象的です。

「食べる」って動作を、五感が刺激されてよだれが出るような表現ってすごいよね。

夏バテ気味ならこれでOK?

『ひと月9000円の快適食生活』挿絵イラスト

あさよるはここ1カ月くらい夏バテ気味でお腹の調子も思わしくありません。いや、その前から最近、脂っこいものを食べると胃にきて……若い頃よく年長者から「30過ぎるとから揚げを食べられなくなる」と聞かされていましたが、まさか我が身にもそれが降りかかるなんて……。あさよるは絶対いくつになってもからあげを食べられると信じていたのに(遠い目)。飲み会でもとりあえず野菜を注文してしまう自分に驚いていますw

あさよると同様、夏バテで物理的に食べるのが大変なら、本書『ひと月9000円の快適食生活』でひとまずその場をしのぎましょう……w

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『雨はどのような一生を送るのか』|地底と天界には水が満ちていた

こんにちは。あさよるです。あさよるの幼いころの遊び道具は「水」でした。右のコップの水を左のコップに注ぎ、左のコップの水を右のコップに注ぎ、右のコップの水を左のコップへ注ぎ……と延々と同じことを飽きずに朝から晩までやっていました。夢中になっていたのは、水のねちゃ~っと吸いつくような粘度と、あと、水と水が混ざり合う瞬間を見たくて同じことを繰り返していたのを思い出します。今でも、川の水面をボンヤリ眺めていると時間を忘れます。こちらも、川の水が交じり合う瞬間とか、エネルギーがどう伝播してゆくのだろうとか、キラキラと輝く水面の形を記憶しようとしたり、移ろってゆくものから目が離せない感じ。

本書『水はどのような一生を送るのか』では、一番身近でふしぎな「水」の性質について解説するのもので、これまで科学者たちがどのように水の性質を考え、どのような実験が行われてきたのか知るものです。易しい文体で誰でも読める内容ですが、読み応えあって面白かったです(`・ω・´)b

小さな「ハテナ」を解明すること

『雨はどのような一生を送るのか』は「どうして雨は降るの?」「雲はなんで落ちてこないの?」なんてとっても素朴な疑問に答える内容です。しかもただ、知識としてトリビアを羅列するのではなく、雨が降る理由、雲が落ちてこない理由を、科学者たちはどのように考え、どんな実験がなされてきたのかが紹介されます。

例えば、雨はどうして降るのか。雨が降り、地表や海から蒸発した水分が再び空中へ蒸発し、上空で冷やされ雨となって降ってきて……とグルグルと循環しているのは自明の事実。水の循環の図式は誰もが一度は目にします。しかし、昔の人は海の水が蒸発して雨になるとは考えなかったんです。聖書に登場する〈ノアの箱舟〉のお話では、「大いなる深淵が裂け」「天の窓が開かれた」ことによって、地上が水で覆いつくされてしまいます。昔の人は、大地の下と天空の上は水が満ちていると考えていました。地面が裂けて地底の水が流れ込み、さらに天空が開いて水がなだれ込んできたと表現されています。

マジメに遊ばないとヤバイ

本書では、これまで科学者たちが試みた実験が紹介されています。実験器具の図を見ていると、結構単純で、小中学校の実験でやったようなものが多いのです。あさよるはてっきり、学校の実験で、簡易版というか、子どもにもできるよう簡略化されたものなのかと思ってましたが、意外にも簡単な装置を使って実験し、検証されてゆくんだと知りました。雲をつくる実験なんか学校でやった記憶がありますが、あれはそのまんまの実験だったのですね。

また、水が流れる様子や、地面に水が浸み込んでいく様子、海の水が蒸発する様子など、わたしたちは知識がなくてもなんとなく経験で見知っていることがあります。たとえば、海の水はペタペタしていて蒸発しにくいとか、砂利や石が重なった筒の中を水が進むとき、じわじわっと浸透してゆく、など、別に特別実験しなくても、なんとなく経験で知っています。

この「なんとなく経験で知っている」ってのが、とても大事なんですね。知識として、教科書の文言を暗記するのは辛いし難しいしすぐに忘れてしまうでしょう。体験に基づく記憶の方がずっと思い出しやすそうです。

勉強ってのは、机に向かってテキストを読むことじゃなく、野山や川や海で遊びまくる方がずっと効率がいいのかもしれません。遊びってマジメにやらなやなんですね。

『雨はどのような一生を送るのか』挿絵イラスト

世界は変わる

先ほど、昔の人は地底と天界には水が満たされていると考えていたと紹介しました。その世界観は現代では否定されています。だけど、今わたしたちが考えているこの世界の形も、これからの未来、どんどん変わっていくのでしょう。

あさよるは10代のころから化学がむっちゃ苦手で超大嫌いだったのですが、苦手&嫌いを少しでも克服しようと、ずっと避けて通ってきた化学の勉強を少し始めてみました。大嫌いな理由は、なんかとりとめもなく、ただひたすら暗記するしかないのが耐えられなかったのですが、改めて勉強すると、目から鱗と言いますか、「世界の捉え方が変わった!」という経験をしました。しばらくクラクラしておりました。

世界が変わる経験ってやめられないですよね。あさよるが生きている間に、あと何回くらい同じ経験ができるのでしょうか~。

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『ザ・古墳群』|大阪が世界に誇る観光地!なのに謎すぎ!

『ザ・古墳群 百舌鳥と古市 全89基』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。快晴の日、いつも天を見上げては「今日、堺市役所の展望台に上ると見晴らしがいいかも」と思案します。まあ、思うだけで行かないんですけどね。あべのハルカスの展望台も登ったことないので、天気のいい日に行ってみたいけど。

大阪平野というのは意外と狭いですから、ちょっと高い所へ行けばグルリと大阪一望……どころか、関西一望できる感じですね。ええ、意外と地元民はそんな観光しないんですけど。

で、意外と観光しないものベスト3に入るであろうのが、古墳群。大阪には中百舌鳥古墳群と、古市古墳群という世界有数の古墳群があります。が、パッと見はただの丘や山にしか見えないし、わざわざ見に行ったりしないから、実は全然知らない世界だったりします……。

今回紹介する『ザ・古墳群~百舌鳥と古市 全89基』は、ちょい渋サブカル本です。中百舌鳥古墳群・古市古墳群の古墳のまとめ! ただそれだけの本!

中百舌鳥・古市古墳群まとめ!

本書『ザ・古墳群』はその名に恥じぬ、古墳群をただ紹介するだけのなんとも素晴らしいムック本であります。ここで紹介されるのは大阪の中百舌鳥古墳群(堺市)、古市古墳群(藤井寺市、羽曳野市)の古墳たち。ただただ写真を愛でてもいいし、本書片手にサイクリングに繰り出してもいいし、飛行機やヘリコプターから中百舌鳥・古市古墳群を見下ろすこともできるらしい。

ほんと、ただただ古墳の写真と簡単な解説だけのサブカル系ムック本なんですが、なんだかホンワカした雰囲気と、春の柔らかな風が頬を撫でるような感覚はなんなんだろう(つまり真夏には、古墳群巡りをする気合は湧き起らないということでもあります/苦笑)。

マジで、一部飲食店の紹介やお土産ささん情報もあるけれど、マジで古墳の写真と説明だけだかんな! しかし、案内役の先生方のお人柄もとても良いのだ(*´ω`*)

誰得? 俺得ならとりま手元に置とこ

噂では、古墳というのは度々知る人ぞ知るブームを繰り返しているらしい。なんかこの前もSNSで古墳のクッションが紹介されていたぞ。「歴女」ならぬ「古墳ガール」という言葉もあるらしい。「歴女」は「女の子なのに歴史が好きなの?」ってニュアンスと、ゲームやアニメで美化された戦国武将が好きな女性ってイメージで、限定的な使われ方をしていた印象があり、あさよる自身は「歴女」という言葉は使わない。しかし、「古墳ガール」はもうさっぱりわからない。女性だから「女の子なのに古墳が好きなの?」って、たとえ相手が男性であっても「男の子なのに古墳が好きなの?」としか思えないから、「古墳ボーイ」もあっていいんじゃないのだろうか。「モボ」「モガ」みたいに「古墳ボーイ」「古墳ガール」でええんちゃうやろか。

なんか変なところでジェンダー問題を取り上げてしまったが「古墳が好き」というのはそういう、性差なんか超越したところにあるように思えるのであります。

中百舌鳥古墳群・古市古墳群を毎日眺めていた頃

あさよるは別に古墳が特別好きなわけでもないけれど、ときどき古墳を扱う本は読む。それはあさよるの青春時代に理由があるのです。あさよるは学生時代、毎日朝夕、中百舌鳥と古市古墳群を電車の車窓から眺めて通学していたのでした。といっても、通学はじめた頃は自分が世界的な古墳群の中を抜けて登下校しているのを知らなかったのです。電車の窓からポツポツと住宅街の中にこんもり小さな緑の塊があって、それをぼんやり眺めているだけでした。

そしてある日「ああ、あれは古墳なのか」と認識した次の瞬間、気づきが驚愕に変わった。「あれが古墳なら、古墳だらけじゃないか!」。そう、古墳だらけなのである。本書でも、古市古墳群を、「街の中に古墳がある」ではなく「古墳の中に街がある」と紹介されている。それから、地図を持って、電車の車窓を観察する日々が始まるのであった。

地図で古墳の場所を調べていて、もう一つどえらく驚いたことがあった。それが大仙古墳(仁徳天皇陵)だ。大仙古墳のすぐ横をJR阪和線が走っていて、あさよるは毎朝阪和線から大仙古墳を眺めていたのだ。しかし! あまりに巨大すぎて山としか認識していなかった!

昔、遠足で大仙古墳に隣接する大仙公園へ来たことがあったが、「ここが仁徳天皇陵です」って言われても、地上からじゃ全然わからないので、位置関係やスケール感を全く理解していなかったのでした。そう、仁徳天皇陵は、でかすぎて、地上から近寄ってもさっぱりわかりません。

ちなみに、本書でも紹介されていましたが、大仙古墳(仁徳天皇陵)を見に来られた方は、堺市役所の展望台がおすすめです。

『ザ・古墳群 百舌鳥と古市 全89基』挿絵イラスト

オダサクが推し文豪らしい

全然関係ない話すぎるけれども、堺市ゆかりの文豪・織田作之助が、推し文豪になっているらしい。どういうことかというと、『文豪ストレイドッグス』というマンガ作品を原作にアニメ化され、人気らしいんです。なんでも、文豪たちがキャラクター化されていて、戦闘をするらしい……。電車に乗るとオダサク関連の展示の案内とともに、なにやらちょっとワイルドな感じの麗しいイラストが添えられていてずっと気になっていたのです。

「堺市の話題」というと、今のあさよる的には古墳モードよりも、これの方がきになっていたのでここに記載しておく。

大阪の観光地はこっちっしょ!?

大阪で生まれ育った あさよるは、時々、大阪の観光案内を頼まれることがあるのですが、毎回そのオーダーに戸惑ってしまうのです。正直、今の難波や心斎橋、道頓堀の街は、あさよるの知っているミナミの街からガラリと印象が変わっているし、新世界のB級グルメを要望されても、「これが大阪の名物になってるの……?」と、知らないことだらけ。同じように戸惑いを感じている大阪人は少なからずいるのではないでしょうか。

あさよるが思い浮かべる「大阪」という街と、観光に来てくれた方が考えている「大阪」像が大きく食い違っている気がします。この件に関しては当エントリーでは脱線の話題なのであまり言及しませんが、大阪は「水の都」であって川沿いの景色や、高級食材が手ごろな値段でたらふく食べられるのが「大阪の安くてうまいもん」であって、子どものオヤツのようなB級グルメの話ではないのではないかと、思ったり。

と、そんでこの、大阪が世界に誇る古墳群も、ほんとは大阪の大事な観光資源であるはずです。なのに、わたしたちはあまりに無知すぎる。エジプトのピラミッドのように世界的観光地を目指してもいいんじゃないのか?

んで、大阪の中百舌鳥・古市古墳群から生駒山を超えて奈良の古墳群から斑鳩(法隆寺のあるところ)・平城宮史跡と空の上から遊覧できるルートがあれば! とずっと所望しておりましたが、八尾空港から遊覧飛行できるツアーがあるらしい。これ、一回乗ってみたいな。

この飛行ルートは大阪の古墳群を見て回れるものみたいですね。

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『池上彰の世界から見る平成史』|池上さんが解説し続けたニュースたち

『池上彰の世界から見る平成史』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。あさよるは昭和の人なので、「前時代の古い人間だなあ……(遠い目)」なんて思いつつ生きておりましたが、来年、昭和はさらにもう一つ古い時代になってしまいます。この夏は平成最後の夏なんだなあ(遠い目)。思えばあさよるも、平成の荒波に呑まれ続けた半生でしたねえ……。

また、池上彰さんは平成史をテレビでわかりやすく解説し続けてきたとも言えますね。ここ30年の出来事を振り返るとともに、そういえばこのニュース池上さんの説明で聞いたな~なんて思いながら読了いたしました。

長ぁ~い「平成史」

本書『池上彰の世界から見る平成史』というタイトルでもっとも感慨深いのは「平成史」という言葉でしょう。2019年4月30日で平成が終わるということは、そうか、「平成」という時代が歴史になることなんですね。平成の前の時代、昭和は64年もありましたから、昭和と比べると平成は「短い」感じがしますが、今回改めて平成の国内外のニュースや災害の年表を見ると、いやいやとても「平成は短かった」とは言えません。

平成は、戦後高度成長期の絶頂から始まります。平成元年(1989年)12月は日経平均株価が最高値を記録します。そして翌年1990年(平成2年)3月、裁量規制が始まり、その後バブル経済が終わります。世界では第二次大戦後続いた冷戦が終わります。冷戦時代はアメリカとソ連の2チームに世界の国々が分かれ緊張状態が続いていましたが、今となれば冷戦終結によって世界の親分がいなくなったことで、世界中の混沌が始まる時代でもありました。

また、平成は大災害が相次いだ時代でもあります。1990年(平成2年)の雲仙普賢岳噴火、1993年(平成5年)の北海道南西沖地震が起こります。そして1995年(平成7年)の阪神大震災以降、日本国内の地震や火山活動が増え、2000年(平成12年)三宅島噴火、2004年(平成16年)新潟中越地震、2007年(平成19年)能登半島地震、新潟中越沖地震、そして2011年(平成23年)東日本大震災があり、その後も2014年(平成26年)御岳山噴火、2016年(平成28年)熊本地震と、地震・火山活動は続いています。平成は災害の時代でした。

また、世界がテロと対峙する時代でもありました。2001年(平成13年)の9.11テロ以来、世界中でテロが広がっています。日本でも1995年(平成7年)地下鉄サリン事件の無差別テロが起こります。オウム真理教はこの以前にも1994年(平成6年)「松本サリン事件」を起こしています。日本は昭和のころからテロが何度も起こっています。

池上彰さんが解説し続けたニュースたち

本書『池上彰の世界から見る平成史』は、池上彰さんがこれまで解説しされてきた世界のニュースでもあります。池上彰さんが出演されていたNHK「週刊こどもニュース」がスタートしたのは1994年(平成6年)です。池上彰さんが「お父さん」役で、子どもたちに一週間のニュースを教えるという番組でした。あさよるも東欧やイスラム世界について、池上彰さんの「お父さん」のわかりやすい解説を見ていた記憶があります。

平成30年ですから、平成生まれの先頭グループはもうアラサーです。平成の初めのころのニュースやブーム、文化について知らない人もたくさんいます。もうこうやって「平成史」を歴史として書籍で学ぶ世代もいるのです。

『池上彰の世界から見る平成史』挿絵イラスト

「昭和」の本をよく読んだなあ

そういえばあさよるも、古書店なんかで「昭和」を扱う本や雑誌をよく手に取って見ました。多くは平成になってから「昭和という時代」を振り返るもので、戦後から高度経済期へと何冊にもカラーグラビア満載で紹介されている雑誌をよく読んだけど、あれはなんの雑誌だったんだろう(「別冊太陽」かなあ)。家電や万博、新幹線など技術の進歩が紹介されているのが面白かった。

「一区切り」ごとに時代は変わる

昭和はまさに「激動の時代」だったけれども、こうやって「平成史」を一覧してみると平成もなかなかハードな展開だったのだなあ。日本経済・世界経済に翻弄されたり、一気にグローバルな時代が到来し、世界が小さくなった時代でもあります。

どの本に書いてあったのか忘れましたが、10年ごととか、何か区切りのいいところで時代を一まとめにすることで、人は過去を少しずつ俯瞰することができるようになるそうです。そして不思議なもので、その区切りに合わせて世情も変化していくんだそう。西暦なら10年刻み、100年刻みの変化もありますし、日本の元号のように、その国固有の区切りを持っている国もあります。

別にその区切りに合わせて我々は生きているわけではないけれど、のちの時代に振り返ってみると、時代ごとのカラーがあるのかもしれませんね。なるほど、昔の人たちがことあるごとに元号をコロコロと変えていたのも、それなりに理由があったのかもしれません。

これまで時代の波に呑まれるばかりだった時間を、俯瞰できるようになる日が来るのはなんだか不思議。

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