『幕末不戦派軍記』を読んだよ

古文書や古い資料のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

古文書や古い資料のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

面白い歴史小説は事実とフィクションの塩梅が絶妙

歴史小説の面白さに、歴史的事実の中にフィクションの出来事やキャラクターが溶け込み、どこまでが事実でどこまでがフィクションなのか分からない世界観を味わう楽しみがあると思います。

小説だけでなく、毎年のNHKの大河ドラマや、歴史を題材にしたマンガ作品も同じだと思います。

歴史小説はあくまで「小説」ですから、事実とは違うのですが、物語が歴史の世界を知るきっかけになれば、二重に楽しいですよね。

『幕末不戦派軍記』を読んだよ

弥次郎、喜多八、筒なし、関兵衛という徳川方の武具奉行四人組のお話です。
中西関次郎という人が書き残した『慶応元乙丑五月御進発御供中西氏ヨリ差下シ候道中并在京在阪中日記』という日記をモデルに、四人のキャラクターが生まれたそうです。

幕末、武具奉行の四人が大阪へ出張へ来て豪遊している内に鳥羽伏見の戦いが始まり、江戸へ逃げ帰ります。
上野戦争直前、武器を売って一儲けしようとしている内に、うっかり上野彰義隊に混じったまま上野戦争が始まってしまったり、北海道へ行き箱館戦争に巻き込まれます。

小説の所々に、先の資料から抜き出した箇所があるため、現実とフィクションが入り混じった面白い本でした。

著者の野口武彦さんの本を読んだのは初めてでしたが、他にもたくさんの著書があるようなので、続けて読んでみます。

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『運慶と鎌倉仏像―霊験仏をめぐる旅』を読んだよ

地図のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

地図のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

歴史的史跡を訪問したり、歴史関連の本や資料を手に取ることが好きです。
しかし、なかなか人前で「歴史好きです」と名乗ることができません。

その理由はとても単純で、「歴史に詳しくないから」です。
「歴史が苦手です」と言ってもいいかもしれません。

歴史系の本を読むのは好きなのに、歴史が苦手…相反することのように思えるかもしれませんが、どちらにも当てはまっているのが私です。

歴史苦手の原因は地理にアリ?

なぜそんなことが起こるかというと、私が地理が苦手だからではないかと思います。
中学高校の授業でも地理は苦手で、今でも苦手意識が先に立ちます。

一応、日本の都道府県くらいは覚えては居ますが、県庁所在地はややあやふや。
大きな市や、有名な市町村でも、名前は聞いたことがあっても、どこにあるのか知らないことが多いのです。

恥ずかしながら私は長年、鎌倉市は九州にあるものだと思いこんでいました。
なぜだか分かりませんが、鎌倉幕府は九州に置かれたものだと思い込んでいたせいです。
この間違いに気付いたのは、二十歳前後になってからでした。

世間知らずが招くチンプンカンな土地勘?

私は旅行経験が少なく、あまり遠くへ足を運ぶこともなかったため、国内旅行事情もほとんどわかりません。
この、世間知らず的世界観が、地理の苦手意識を生んでいるのかな?と考えています。

なぜなら、自分で行ったことのある場所なら、どんな場所か自分の目で見て知っているので、本に書いてある情報とともに、かつての経験と相まって記憶されてゆきます。
私にとっては、ヴィジュアルの情報が重要なのでしょうか。
「見たことがある」か「見たことがない」かが、記憶や思考で大きな差を生んでいる気がします。

未だに鎌倉は未知の地

鎌倉に関するとんでもない勘違いも、自分が行ったことのない土地だったり、縁もゆかりもなにも持っていなかった理由もあったのかもしれません。
知識を増やすということは、特定の物事を知るだけでなく、それに関連する事項に一つでも多く「縁もゆかり」も作ってゆくことかもしれませんね。

鎌倉はアクセスもしやすい場所ですし、気候のいい時期に一度は訪れて見たく思います。
自分に縁が生まれれば、これまで以上に今後の歴史理解や、学習も有意義になるでしょう。

『運慶と鎌倉大仏』を読んだよ

『運慶と鎌倉仏像』では、有名な仏師・運慶作と言われる像を中心に、鎌倉時代に作られた像が紹介されています。

運慶といえば、私は奈良県・東大寺の金剛力士像を思い出します。
とてもダイナミックで、荒々しく力強い印象です。

この本で取り上げられている像たちも、鎌倉仏像のイメージである立体的にデフォルメされ、表情豊かな姿で、パラパラと見ているだけで眼福です。

お寺に安置されている像は、薄暗く厳かな雰囲気の中に静かにあるので、隅々まで見ることは難しいでしょう。
博物館や美術館で展示されているものは、細部まで見れるので、また違った印象です。

更に、写真に撮られたものは、肉眼では捉えられないような細かな造作まで発見できるので、肉眼では確認できなかった発見があります。

それぞれに特徴が違うので、様々な角度から鑑賞できると嬉しいですね。

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『もっと知りたいマグリット 生涯と作品』を読んだよ

『存在と時間』を授業で習った思い出のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

『存在と時間』を授業で習った思い出のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

2015年3月25日から6月29日まで東京・六本木にある国立新美術館にて「マグリット展」が開催され、とても話題となりました。
現在は京都市立美術館にて、7月11日から10月12日のまでの間、開催中です。

私も期間中に一度は足を運びたいと思いつつ、新美には行きそびれてしまい、京都へは行けたらいいなぁと思います。

マグリットとハイデガーとドイツ語の思い出

マグリットといえば、思い出すことが一つあります。
それは、大学生の頃、私は一般教養で哲学を履修しました。
なんとなく面白そうだと思っただけで、シラバスもろくに読み込まずに履修してしまいました。

その哲学の授業では毎時間、一枚の絵画を取り上げ、ハイデガー『存在と時間』を参照しながら、先生が作ってくださったドイツ語で書かれた資料を読みながら進むものでした。
日本語で書かれた『存在と時間』を読みこなすだけで四苦八苦な上に、びっしりとA4用紙に並んだドイツ語……。
もちろん、私はドイツ語を理解できません。

無用のノートと役立つ複写

これはえらいことだと、必至でひたすら先生の話を書き留めるだけで精一杯でした。
結局、単位認定のレポートを提出できず、単位を貰えなかったのですが……。
一所懸命に書いたノートは、同じ授業を取っていた学生数人のお役に立てたので良かったのかな?と思うようにしています。

授業の最後には、その日取り上げた絵画についての簡単なレポートをその場で書いて提出する必要がありました。
私はこれがなかなか得意で、何度か先生に褒められ、単位こそ落としてしまいましたがその後の学習の励みになりました。

まだ見ぬ「赤いモデル」

その、授業で取り上げられた絵画の中に、マグリットの有名な「赤いモデル」がありました。
人間の足の形をした靴の絵です。
確か、靴は足であるが足は靴ではないとかそういうことをレポートに書いた気がします。

マグリットの絵画は、2009年兵庫県立美術館で開催されていた「だまし絵展」ではじめて実物を見ました。
昨年、2014年の「だまし絵展Ⅱ」では、例の「赤いモデル」も展示されていたらしく、足を運ばなかったことが悔やまれます。

後々になって「見とけばよかった」と後悔しないように、現在開催中の京都市立美術館へは、足を伸ばしてみようかと思います。

『もっと知りたいマグリット』を読んだよ

本書ではフルカラーでマグリット作品が紹介されています。
パラパラと年代別のマグリット作品を眺めていて、思い出にふけってしまいました。

自分の思い出の中に、このような様々な作品が宿っているのだなぁと気付きました。

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『ジョハリの窓―人間関係がよくなる心の法則』を読んだよ

コミュニケーションに必要な自分の姿を知るイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

コミュニケーションに必要な自分の姿を知るイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

「自分のことは自分が一番良く分かっている」と言う人がいます。
私も時々そう言います。

ですが、自分のことは自分が一番分かっていないのかもしれません。
自分の姿を、自分は主観でしか見れません。
それは、精神的なことではなく、物理的にも私達は自分の姿が他人からどう見えているのか分かりません。

自分の姿の客観視はできるのか

写真で撮ればいいじゃないかと言っても、そういうものでもないでしょう。
例えば、写真に写っているAという人物と、目の前にいるAという人物を、同一人物だとは認識できても、情報量も全く違いますし、生きて動いている人と、写真とは違うように思います。
自分自身の姿も同じではないかと思うのです。

鏡で見ればいいじゃないかと思うのですが、鏡では、自分の目で鏡を覗き込める範囲しか見れません。
ですが、私は他人を、その人の目の位置から見たことがありません。
あくまでも、他者は一歩引いた位置から観察していると考えていいのではないでしょうか。

唯一無地の私を知らない私

これは、とても恐ろしいことではないのだろうかと、たまに思うのです。
私だけが私を知らない。

私にとって「私」という人物は唯一無二のかけがえのない存在です。
私の居ない私の世界はあり得ません。
その私が、私のことが分からないだなんて。

4つの「ジョハリの窓」

「ジョハリの窓」という対人コミュニケーションのモデルがあります。
アメリカの心理学者ジョセフとハリーが提案したもので、二人の名前をくっつけて「ジョハリ」だそうです。

自己には4つの側面があります。
・自分も他人も知っている自分: 開放の窓
・自分は知っているが他人には知られていない自分: 秘密の窓
・自分は知らないが、他人は知っている自分: 盲点の窓
・自分も他人も知らない自分: 未知の窓

どの窓が大きく開いているかにより、自己や他者とのコミュニケーションが変わるのです。

特に、開放の窓が大きくなるほど、他人から自分のことが理解されやすくなり、円滑なコミュニケーションが期待できるかもしれませんね。

「秘密の窓」が大きいのかな?

私は、自分を振り返ってみると、もしかしたら「秘密の窓」が大きいのかなぁと思いました。
自分では、なにかを秘密にしたり、隠しているつもりはないのですが、「触れられたくない」「見せたくない」「知られたくない」と思っていることがあるように思います。

自分の考えや気持ちがこんがらがってしまうことも多々ありますが、こうしてカテゴリ別に分けてみたり、図解できることで、少し整理をしやすくなるかもしれませんね。

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『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』を読んだよ

天文台の望遠鏡で土星を観測した思い出のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

天文台の望遠鏡で土星を観測した思い出のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

 

天文台にて大きな望遠鏡で土星を見せてもらったことがあります。
くっきりと土星の輪までよく見え、イメージしていた通りの土星の姿でした。
本の中でしか見たことのなかった世界が、本当にあるんだと発見でした。

そして、夜空を見上げながら思います。
一体、自分とは何なのだろうと。

「人間理論」ってなんだろう?

「人間原理」という言葉があります。

私はこのような宗教的思想に染まった考えが嫌いです。
真実から目をそらし、見たいものだけを見て安心している、思考停止状態を好む人が陥る考えだと思っていました。

しかし今回『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』を読み、これまでの自分の考え方は、少し考えなおさねばならないのではないか?と思いました。

それは、宗教的世界観や、非科学的なものを信じるということではありません。

保守的で新しい考えを受け入れない考え方に嫌悪を抱いていた自分自身も、自分の理解できない考えを頭ごなしに否定しているだけだと思い至ったのです。

今すぐに、私の思想が180度変わってしまうような変化はないでしょうが、これから少しづつ、考え方の枠が大きくなればいいなぁと思います。

ここにいるのは何?

世界はなぜ存在しているんだろう。
私は誰なんだろう。
なんで私は居るんだろう。

そんなことを考え続けているのは、望遠鏡を覗いた幼い頃から変わりません。
イメージはどんどん重なり、言葉にできない感覚はどんどん増えます。

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『美女の歴史』を読んだよ

女性的だと感じる化粧品のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

女性的だと感じる化粧品のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

美しさを保つ方向性として、健康で体を鍛え引き締まった身体を手に入れる方法と、化粧を塗りたくり着飾ったり、衣装により体のシルエットを隠したりする方法があります。
それは現在の美容感覚だけでなく、古代から続く質の少し違う「美」だそうです。

時代や地域によって、鍛えあげられた肉体が持て囃さていることもあれば、過剰なほど日焼けを嫌ったり、化粧や装飾を身につけることもあったそうです。
現在の日本では健康志向の人も多いですよね。

やっぱりスリムな女性が魅力的?

『美女の歴史』では西洋での美女の変遷を紹介されているのですが……。
どうやら古代から、スリムな女性が魅力的とされることがほとんどだったようです。

時代によっては「ぽっちゃり体型」が良かった時代も少しはあるようですが、かなりの短い間。
スリムを通り越して、病的なほどやせ細ったり、青白くやせ細った女性を良しとする時代すらあったとか。

むしろ、現在が一番、ガッチリやムチムチが許容されていているのかもしれません。
ファッションやメイクにしたって、こうでなければならないって縛りは緩いですからね。

やはり、どの時代もスリムな女性が魅力的なのでしょうか。

ダイエットへの決意……?

鍛えあげて磨き上げた肉体でもなければ、塗りたくって着飾ってアラを隠せるテクニックもない私……。
やはりここは、減量しつつ身体を引き締めてゆく必要を突きつけられた気がします。

美女への道のりははるか遠いです……。

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『物理屋になりたかったんだよ』を読んだよ

幼いころプールで水遊びをした思い出のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

幼いころプールで水遊びをした思い出のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

幼いころ夢中になっていた遊び道具は「水」でした。
お風呂やプールに入るたび、コップや器に入れた水を、器から器へ移し替える作業に没頭していました。

ネバネバと絡みつく水から目が離せませんでした。
水が混ざる瞬間や、水が流れてゆく形を見ようと凝視するのですが、変化の瞬間を捉えることができません。
そんなことを、小学校に上がるくらいまで続けていたように思います。

今思えば、これは幼かった私のささやかな実験だったのかもしれません。
来る日も来る日も、“目に見えないもの”が見たくて堪りませんでした。

目には見えないエネルギー

目に見えないものと言えばニュートリノ!……とつなげるとちょっぴり強引でしょうか。

ニュートリノという物質を知ったのは、中学生の頃だったか……。
図書館でたまたま手に取った本が、一冊丸々使って当時知られていたニュートリノについての本でした。

ニュートリノとは、質量が限りなくゼロに近い物質で、どんな物質をも突き抜けてしまいます。
今この瞬間も、空から降り注いだニュートリノは私達の体を貫き、地球を貫いています。

カラダの隙間?

とても不思議な感覚です。

私の身体は、意志の宿った「一つの塊」に感じています。
なのにその私の身体をどんどん「貫通」している存在があるとは……。
まるで私の身体は実はスカスカで、隙間が空いているようです。

自分の身体は、かっちりと形のあるものだと思っていましたが、もしかしたらフワフワを実態の曖昧なものなのかもしれない……そう思うと、面白いような、怖いような気がします。

見学会へ行きたいな

スーパーカミオカンデは岐阜県飛騨市神岡町は神岡鉱山内に設置された実験施設で、巨大な水槽の中に水を溜め、壁も床も天井にも観測機器を設置してあります。
実験施設というと、味気ない無味無臭なイメージがあるかもしれませんが、写真で見ると、静寂を湛えたなんとも美しい姿です。

スーパーカミオカンデの見学会が定期的に催されているので、一度参加してみたいです。
元は鉱山だった施設ですから、鉱山の見学も兼ねられるようで興味があります。

参考リンク:ツアーの流れ・スケジュール – GEO SPACE ADVENTURE 2015 | GSA-HIDA.jp

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『宇宙のダークエネルギー 「未知なる力」の謎を解く』を読んだよ

宇宙やダークエネルギーのイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

宇宙やダークエネルギーのイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

「ダークエネルギー」「ダークマター」と聞くと、なんだか謎に包まれたカッコいい言葉に聞こえます。
「暗黒エネルギー」「暗黒物質」とも呼ばれます。
ますます怪しい響きです。

実際には怪しい言葉ではないのですが「なんだかワクワクする」ネーミングって、興味の入り口になりますね。

「科学」ってまだまだ万能じゃない

私たち人間は「科学」という武器を味方につけ生きています。
それは、万能な武器だと錯覚しているかもしれません。

それは、少し「科学」の世界を覗いてみれば、錯覚だと気付きます。
簡単な入門書にだって、まだまだ未知の存在に満ちあふれていることが書かれています。
私たちはとても不確かな世界に生きているんですね。

『宇宙のダークエネルギー』を読んだよ

本書の本題でもある「ダークエネルギー」もそう。
エネルギーや質量が計算と全然合わないので、全然わからない謎のエネルギーがあるんじゃないか?とされているんですって。

まだまだこれから研究が進む分野だろうから、理解を深めたいですね。

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『日本茶の基本』を読んだよ

日本茶やハーブティーを淹れるさまざまな急須のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

日本茶やハーブティーを淹れるさまざまな急須のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

私はいつも、なぜだかセカセカと気ばかりが焦っています。
そんなに急くような時間に追われる生活をしているわけでもないのに関わらずです。

ゆったりとコーヒーを一杯味わったり、お茶とお菓子で一服……なんて生活に憧れながら、今日もマグカップに注いだ緑茶をガバガバを飲み干します。
何事にもおいてそうで、落ち着いて食事もできないし、お風呂に入っても入浴のルーチンが済めばそそくさと上がってしまいます。

優雅さのかけらありませんね。

そのくせ、お茶は急須から、コーヒーはドリップして、美味しく淹れて飲みたいのだから困ります。
気ばかり焦りながらお湯が沸くのを待つのは大変です。

同じ茶葉から作られるお茶の数に驚き!

今回『日本茶の基本』という本を手に取りました。
フルカラーで、目にも鮮やかな緑色のお茶の写真を眺めているだけで惚れ惚れとします。

緑茶、紅茶、烏龍茶は、作り方が違うだけで同じ茶葉だということは知っていました。
しかし、緑茶とほうじ茶、前茶、番茶、抹茶など、普段飲み慣れたお茶たちも、同じ種類の茶葉からできているとは知りませんでした。
同じ種類の植物なのに、こんなにも育て方や製法が編み出されているということは、それだけ人はお茶を愛し、あの手この手で魅力を引き出そうとした証拠でしょう。
先人たちのお陰で、私は今日も美味しい緑茶が飲めるのです。

お茶にはお菓子でしょ!

お茶を語る上で、切っても切れない存在はお茶菓子ではないでしょうか。
日本茶には和菓子と決まったわけではありません。
日本茶とケーキだって、ワッフルだって、スフレだって合うんですよね!

私はお家では、コーヒーよりお茶を飲む機会が多いので、どんなお菓子でも日本茶で頂くことが多いです。
なんでもかんでもマグカップではなく、素敵なお茶セットを用意できるともっとトキメクだろうと思います。

急須とゾウが繋がっている?

ここまでの話の流れとは関係ありませんが、急須の口の部分。
キュッとくびれていて、先には切り込みが入っています。
これは、象の鼻を模したものだとのレポートを読んだことがあります。

急須って、世界中であるんだなぁと思いました。

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『軽くて深い 井上陽水の言葉』を読んだよ

井上陽水の歌の思い出を詰めあわせたイメージをコピックマーカーを使って描いたイラスト

井上陽水の歌の思い出を詰めあわせたイメージをコピックマーカーを使って描いたイラスト

井上陽水さんの『心もよう』が好きです。

私は歌を覚えるのが苦手なのですが、『心もよう』は覚えやすく、複雑なメロディーではないのだろうと思いました。
しかし、だからこそなのかもしれませんが、とても歌うのが難しく感じます。

一人でカラオケボックスへ行くことがたまにあるのですが、気持よく自己陶酔したいのに、この『心もよう』はクセモノです。
メロディーは覚えているし、歌っているつもりなのに、「何か」違うんです。
なんだか、自分の声がペラペラで、何がダメなのかはわからないけれど、何もかもが「足りていない」ことだけ強烈に実感してしまい、ちょっぴりヘコんでしまいます。

『心もよう』はいい歌と同時に、やっぱり井上陽水さんのあの声で歌わなきゃダメなんだなぁと思い至るのです……。

飄々と、軽やかな陽水語録

『軽くて深い井上陽水の言葉』を読みました。
これまでの陽水さんがインタビューやコンサートでの発言などをピックアップし、飄々と、時に人を喰ったような、軽やかで且つ深みのある陽水さんの発言や、振る舞いを、著者の齋藤孝さんがピックアップし、紹介されています。

私たちは、アーティストの作った作品から、たくさんの気付きやインスピレーションも貰いますが、一人の人として、その生き方や考え方からも、たくさんのことを学べるのですね。
これは、相手がアーティストだけに留まらず、あらゆる立場の人の中にも「いいな!」って思えるような一面を持っている人がいるのではないでしょうか。
さすが陽水さんは、それを表現するのが上手いのではないかと思います。

音楽に伴う記憶は忘れられない

そういえば、幼稚園生の頃だったか、お遊戯発表会にて『夢の中へ』に合わせてみんなでダンスをした記憶がうっすらとあります。
幼稚園での発表会とは別に、別の小学校のグラウンドで、複数の幼稚園と合同でも踊りました。
私は、いつもと違うシチュエーションが苦手なので、発表会や遠足、移動教室も苦手です。

別の小学校を借りての発表会も、ワケもら分からず、知らない場所へ連れてゆかれ、知らない小学生と手を繋がされ、急に人前に連れ出されてとても驚いた記憶があります。
未だに『夢の中へ』を聞くと、あの時のドギマギした気持ちを思い出します。

音楽に染み込んだ記憶って、とても色濃いんですね。

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『顔グセの法則』を読んだよ

目と眉の距離が近いと美人に見えるイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

目と眉の距離が近いと美人に見えるイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

突然ですが、以前から「目と眉を近づける練習」をしています。

世の美男美女と呼ばれる人々……モデルさんや俳優、女優さんの写真や動画を見ては、
「なんで女優さんはこんなに目と眉の間隔が近いんだろう?」
と羨望の眼差しを向けていました。

「それに比べ私は……目と眉が離れていて超間抜けヅラ!」
テレビの画面から目を離し、生まれ持った自分の顔を鏡で見ては落胆し、自分の運命を呪うばかりでした。

ですが、ある時から「もしかしたら練習すると目と眉の間隔って縮まるのかも?」と思い始めました。
これはやってみなければ分かりません。
半信半疑ですが練習を開始したのです。

表情豊かに動く眉……どうなってんの!?

それとは別に、私はここ10年位の間、眉を動かす練習をしていました。
「アメリカ人はたくさんの人種が集まっているから、意思疎通を取るために表情やジェスチャーを特に大げさにするんです」と昔、誰かに聞いたのです。
なるほど、そう言われて映画を見ていると、確かにアメリカ映画の俳優さんの眉はオーバーリアクション!
それ以来、洋画を見る時は俳優さんのクルクルと変わる眉の演技に夢中になりました。

特に、眉を左右別々に動かす表情に注目していました。
私の眉は、自分の意志では精々、眉間にしわを寄せたり、おでこを上にひっぱって、眉の位置を少し変えるくらいです。
映画俳優が特別に表情が豊かなだけでなく、これまで出会ったアメリカからの留学生の友人たちも、みんな表情豊かで、眉がよく動いていました。
日系やアジア系のアメリカ人もそうです。

表情が乏しいのは表情筋を使ってないから?

「日本人だから表情が乏しい」のでしょうが、生まれ持った要因ではなく、成長の過程で表情筋を豊かに使うか使わないかの差があるようです。
ならば、今からでも練習すれば、眉を自由自在に動かせるようになるんじゃないか?と思い、練習を始めました。

しかしこれがなかなか上手くいかない。
まず、どの部分の筋肉を動かせばよいのか分かりません。
筋肉は意識しながら使うことが大切らしいですが、自分の顔の筋肉を意識するのがとても難しいです。

どうやら眉を動かすには、おでこのや耳の周りや、こめかみあたりの筋肉を意識する必要があるんじゃないか?と考えています。

口角を上げる練習も苦戦続き……

そう言えば、下がりがちな口角を改善すべく、思いっきり口角を上げる練習もしていましたが、これも苦戦していました。

口角を上げるんて簡単なことのように思いますが、それまで使っていた筋肉で口を動かすには限度がありました。
それまでは、口を横に引っ張る筋肉で一生懸命表情を作ろうとしていました。
今、ニコッと笑うときは、頬の上、目尻あたりの筋肉と、顎のあたりの筋肉が意識できるようになりました。

まだまだ上手に口角を上げられないのですが、少しだけ前進した気がして自信が持てました。

そして…目と眉の間隔だって縮まるんじゃないの!?

そしていよいよ冒頭の「目と眉の間隔」問題です。

目と眉の間隔が狭いことが、美男美女の条件ではないかと仮定するなら、私だって目と眉の間隔が狭まれば、美男美女へ一歩近づくはず!
少しの希望を見出し、藁をも掴む思いで練習を開始したのでした。

しかしながら、これも苦戦に継ぐ苦戦!
目と眉を近づけようとすると、眉間にシワがよったり、目に力を入れてしまいます。
美人への道のりは遥か遠い……。

筋トレで顔が変わる?

重田みゆき先生がテレビでお話されているのを見る機会がありました。
そこでは、良い笑顔や表情を作るための顔のストレッチを紹介しておられました。
とても真っ当で納得できる理論をお話されており、重田先生の著書『一瞬の出会いでチャンスをつかんでいる人の顔グセの法則』を早速読みました。

表情や姿勢、発声を変えることで、就職を決めたり、彼氏ができたりと、重田先生自身やクライアントさんの成功体験がたくさん紹介されており、励みになる内容でした。

そして、テレビでも紹介されていた顔のストレッチも「顔トレ」と称され手順がイラスト付きで載っています。
この通りにやってみると、確かにこれまでとは違う表情が作れるようになりました。

表情が変わると、まるで別人に生まれ変わっちゃえるかも?

表情のバリエーションが増えれば、それだけコミュニケーションの幅も広がるでしょう。
他人からの評価も変わるでしょうから、自分自身も自信を持てたり、これまでと気持ちも変わりそうです。
自分に自身が持てるようになれば、自分の発言や行動も変わるでしょう。

「顔トレ」で顔も変わり、評価が変わり、気持ちも変わり、言動も変わる!
とても良いスパイラルが訪れるんじゃないかと思います。

私はこれまで、闇雲に眉を動かす練習や、口角を上げる練習、目と眉の間隔を近づける練習をしてきました。
だけど、この本を読んで、表情を変えようとしてきたことは、間違ってなかったんだと思えました。
しかし、闇雲すぎて成果が上がっていなかったので、今後はちゃんと、筋肉の付き方についても勉強しながら、筋トレを続けようと思います。

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『振袖&袴の大正ロマン着物帖』を読んだよ

アンティーク着物の古着をイメージしたレトロでポップな模様をコピックマーカーで描いたイラスト

アンティーク着物の古着をイメージしたレトロでポップな模様をコピックマーカーで描いたイラスト

私は落語が好きで、足繁く落語会へ通っていました。
当時は「落語ブーム」なんて言って、あちこちで新たな落語会が催され始めていました。
特に若手の落語家さんの仕事が増えたらしく、着替える間もなく着物姿のまま地下鉄を乗継ぎ、街中を走り回っておられました。

落語家さんは着物姿で落語をしますが、袴を履かず着流し姿のまま舞台に上がられる方が多いです。
日曜日の夕方にテレビ放送されている「笑点」でも、落語家さんたちは着流し姿で座布団に座り大喜利をしていますね。

異性の和装姿にドギマギ

女性なら、一年に一度は浴衣を着るって人も多いだろうと思います。
成人式では振り袖が定番だし、結婚式や披露宴にお呼ばれしたときも着物は選択肢に入りますよね。
さらに、ちょっと「よそ行き」のおしゃれ着として、お出かけ時に着物を着る人も増えているように思います。

それに比べると男性の着物・和服姿は、あまり目にすることが少ないように感じます。
和服姿って、女性より男性の方がレアなんですよね。

非日常感が肝?異性の着物姿にドキッ…

それが落語会へ行くと、落語家さんはもちろん着物姿。
さらに、お客さんの中でも、オシャレに着物を着こなす男性がチラホラいらっしゃいます。
一体どんな素性の方なのかと気になりますが、着物で出かける先があるっていいなぁと思いました。

洋服姿では気にならなかったのに、和装になった途端、異性の艶っぽさを発見してしまってドキッとすることもありました。
やはり着物が日本人の体にはぴったり合うのでしょうか。
それとも着物という「非日常」に時めいているのでしょうか。

着物への憧れと現実…

私自身も、浴衣や着物を着れるようになりたいと長いこと憧れ続けています。
しかし物心ついて以来、記憶にあるのは、幼いころ夏に浴衣を数度着せてもらったことと、卒業式と親戚の結婚式に振り袖を着たことくらい。

しかも、なんだか夏の浴衣も式典の振り袖も、「コスプレ」みたいに着てしまいました。
私が憧れるのはそうじゃない。
ちょっとしたお出かけの「よそ行き」のように、普段使い出来るようになりたかったのです。

なかなか実行できない理由は二つ。
・自分で着れない
・どこで着物を手に入れていいか分からない

コスプレでも着てみるべき?

それこそ、コスプレのようにとりあえず着てみたら、自ずとアンテナ感度もよくなって、情報も集まってくると思いはするのですが、段々年齢を重ねるにつれ「失敗できない……」と思いつめるようになりました……。
「若気の至り」で済むような年齢の内に、着たいものの袖を通しておけばよかったと思います。

実は、ロリータ衣装も着たいと望みながら「ダイエット成功したら……」「今はお金がないから……」と先延ばしにしている内に今に至ってしまいました。
未だに街で時折見かける、フリフリのとっても可愛いお洋服を着た女性を見かけると、憧れと羨ましさと、自分は実現できなかった悔しさと……フクザツな気持ちが心のなかをかき乱します……。

『振り袖&袴の大正ロマン着物帖』を読んだよ

『振り袖&袴の大正ロマン着物帖』では、アンティークの振り袖の着こなし術が紹介されていました。
私はもう、振り袖を着る機会はないだろうと思いますが、見ているだけで眼福。
巻末には、全国のアンティーク着物を扱った店舗リストがあったので、メモを取りました。

今はネットショッピングもできますが、私には着物について知識がないので、やはり最初は店舗に実際に足を伸ばすべきでしょう。
近いうちに、夢の着物ライフを実現したいものです。

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『人生がときめく片づけの魔法2』を読んだよ

片付けで洋服を畳むと嵩が減って綺麗になったイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

片付けで洋服を畳むと嵩が減って綺麗になったイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

みなさん家事の中で、好きな家事、嫌いな家事ってありますか?

私は洗濯にまつわる家事が嫌いで苦手です。
特に、衣類をキチンと畳んで棚や引き出しに戻す動作が嫌で嫌でたまりません。

洗濯物を畳まなくても良いように、シワにならない素材の衣類を選び、乾いた衣類をそのまま衣装ケースにポーイと放り込めば済むようにしていました。
洗濯にまつわる憂うつさは少しは軽減できたのですが、シワにならない素材の服しか持てないので、自分のファッションに制限がかかってしまいます。

それでも、これまでは何も気に止めていなかったのですが、段々と、年齢に応じた服装をすべきではないかと考えるようになり、TPOに合わせたいくつかの洋服は常備しておくべきじゃないかと思うようになりました。
場合によっては、シワになる素材のものも持つべきかもしれません。
これまでにないファッションにチャレンジできるのは楽しみな半面、洗濯物を畳むことを考えると憂うつです。

「畳むのが嫌」なのは難しく考えすぎてたせい?

なぜ衣類を畳むのがそんなに嫌なのか。
地味で面倒くさい作業が億劫なのもありますが、考えてみるとそもそも私は衣類の「畳み方」を知りません。
見知っている畳み方と言えば、アパレルショップで棚に並んだ洋服の畳み方です。

私は、家でもお店と同じように衣類を畳まなければならないと思い込んでいて、嫌になっていたのかもしれません。
ですが今更、服の畳み方を他人に聞けないし、どうせシワにならない洋服しか持っていないので、やはりポーイと衣装ケースに洋服を放り込む毎日でした。

こんまり流・衣類のたたみ方を実践してみた

先日、こんまり先生こと近藤麻理恵先生の『人生がときめく片づけの魔法』を読み、とても良い本だったので、次は続編の『人生がときめく片づけの魔法2』を手に取りました。
前作は、片付けの考え方やモチベーションの持ち方に比重が置かれていましたが、続編はそれの補足的な存在。
洗面所の片づけ方、キッチンの片づけ方、料理器具の片付け方等々と、より具体的で実践的な内容です。

そこで、衣類の畳み方が詳しくページを裂き、イラスト付きで紹介されていました。
それは、まさに私がずっと悩み続けていた答えだったのです!

私はずっと、衣類の形は全て違っているので、何をどう畳めば良いのか分からなかったのです。
Tシャツや長袖シャツは畳めても、フードの付いたパーカーの扱いが分かりませんでした。
素材感もまちまちですし、ギャザーがたっぷり寄ったスカートや、個性的なフォルムのポンチョなど、衣類は例外ばかりです。

『人生がときめく片づけの魔法2』では、全ての衣類は、最終的に全て同じ長方形に畳むよう指南されていました。
こんまり先生がテレビでも紹介されていた、衣類を立てて収納した時、単独でも自立するように畳むようにも書かれていました。

さっそく、自分が所持している全ての衣類をベッドにぶちまけ、イラストと同じように見よう見真似で畳みました。
すると!なんと!これまでの1/3くらいの分量になりました。
びっくり!

衣装ケースの引き出しが2/3空いたので、他の物が収納できます。
普段あまり使わない画材を収納してみようかなぁと考えています。

「知らない・分からない」が「嫌い・苦手」の原因だった

本を読みながら衣類を畳むのは全然嫌にも感じず、どんどん持ち物がコンパクトになってゆくのが面白かったです。
もちろん、これを日々継続しないと意味がないので、いつまで続くのかわからないのですが、最初の関門をクリアできた気分です。

そう実感しながらこんまり先生の本を読むと、物の選び方や配置の仕方のガイドラインを描いてくれているので、書いてある通りに実践すれば、これまでのように片づけに迷ったり悩んだりと、心労を減らせそうです。

何事も、一から全て自分で、手探りで道を模索するのは途方もなく大変です。
ですから私達は、先人たちの言葉に耳を傾けたり、本を読み学習します。

読書をすることで、身の回りが片づき、すっきりと気持ちのよい部屋で生活できると良いだろうなぁと思います。

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『狂言でござる』を読んだよ

狂言「棒縛」のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

狂言「棒縛」のイメージをコピックマーカーで描いたイラスト

月に2,3回くらいのペースで図書館を利用します。
館内をフラリと一周。
普段、自分が興味がなくてスルーしがちな分野の本棚の間も歩きます。
地元の図書館はあまり大きくもないので、まんべんなく棚を見て回るには丁度よいです。

今はネットで図書館の蔵書を検索できるので、出かける前に「この本を借りよう!」と事前に目星をつけ、メモに控えてから出かけます。
ですが、館内をフラリと見て回っている間に、出会う本もたくさんあります。

未チェックの本とも出会える楽しみ

いつものように館内をフラリと見て回る内、“芸能”の棚でたまたま見つけた『狂言でござる』を読みました。
著者はウッチャンナンチャンの南原清隆さん。
「お笑い芸人の南原さんが狂言?」と気になって手に取ったのです。

狂言は御存知の通り、古くから日本に伝わる古典芸能です。
「能狂言」と呼ばれるように、お能とセットで上演され、狂言はコミカルでユーモラスな内容です。
このユーモラスな「お笑い」要素が、南原さんを惹きつけたようです。

なんとなく難しそうな古典芸能…

なんとなく古典芸能って「取っ付きにくい」「難しそう」なイメージがありますよね。
もしかしたら、学校の芸術鑑賞会とかで見たことある人もいるかもしれませんが、それも「勉強」って感じで良いイメージじゃないかもしれません。

そんな古典芸能である狂言に南原さんが出会い、新作狂言を上演するためにお稽古に取り組み、その中での気付きや発見をたくさん紹介されていました。
狂言の紹介本としても、著者が人気タレントのナンチャンですし、親しみがあってとても良い本だと思いました。

お笑いの計算されたセオリー

しかしそれ以上に、現在のお笑いやコントで芸人さん達がやっているテクニックやセオリーを少しだけ知れました。
漫才やコントには「ボケ」と「ツッコミ」の役が居ますが、「ツッコミ」はネタを見ている客の代表だということ。
ボケが変なことを言うと、客が内心思っていることを、ツッコミが代弁することで、笑いが起こるようです。

私が思っている以上に、お笑い芸人というのは、計算づくで「笑い」を生み出しているようです。
南原さんも、笑いを追求する内、疑問に思ったことを解決するために、様々なジャンルの達人たちに相談をしている内に、日本の芸能「狂言」へ行き着いたそうです。

真面目に取り組むべき「仕事」

更に、『狂言でござる』を読んで、南原さんの「真面目さ」に触れ、襟を正される思いでした。
南原さんは元々は俳優やダンサー志望でしたが、相方の内村さんと出会ったことで芸人としてデビューします。

しかし、南原さんは今でもダンサーとしてのレッスンや研究もされているようで、何事にも真面目に取り組む結果が、現在の人気に繋がっているのかなぁと思いました。

私も、何事にも真面目に向き合わないとなぁと思い至ったのです。
「仕事」を真面目にするのは当たり前かもしれませんが、「仕事」ってお金を稼げる仕事もあれば、お金以外の糧になる仕事もあるのかもしれません。
だけど、自分が「豊か」になるためには、どちらも必要なのかも。

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『飛鳥の考古学』を読んだよ

明日香村にある猿石をコピックマーカーで描いたイラスト

奈良県高市郡明日香村の飛鳥地域を何度か歩いて回ったことがあります。
ただフラリと自転車で見て回ったこともありますし、カメラ片手にルートをしっかりと決めて一通りの有名な史跡を撮影して周ったこともあります。

明日香村にある猿石をコピックマーカーで描いたイラスト

飛鳥は、数えきれないくらいの史跡が興味を引きます。
ですが、飛鳥の魅力はそれだけではありません。
絵に描いたような「里山」の風景。
田んぼが広がり、山が連なり、川が流れ、道端には目に眩しいくらいの鮮やかな草や花が咲いています。

私もぐるり田んぼに囲まれた田舎で育ちましたが、野の草がこんなにも鮮やかで、山や野原を彩ることを知りませんでした。
そこを、ひらひらと蝶が舞い、鳥が鳴き、風が吹き抜けます。

なんだか懐かしいような気分になりました。

『飛鳥の考古学』を読んだよ

飛鳥の地を堪能するにはやはり、史跡を追って散策するのが一番でしょう。
『飛鳥の考古学』では飛鳥の古墳、謎の巨石、宮跡、お寺など紹介されています。

鬼の雪隠、鬼の俎(まないた)という巨石があります。
雪隠とはトイレのこと、俎はそのまま、料理で使うまな板です。
巨大な石が、バラバラの場所にあるのですが、もともとは一つの史跡で、古墳の内部の棺桶と蓋だったと言われています。
長い年月の中で、古墳の周りにある土がなくなり、石室が露出し、さらに崩れてバラバラになってしまったのです。

作っては壊し作っては壊し

鬼の雪隠、鬼の俎と共に他にも巨石が転がっていたそうですが、畑を耕す邪魔なので、切り刻んで他の場所へ持って行ってしまったそうです。
歴史的史跡が破壊されてしまったことは残念なことでしょうが、人の営みが延々と続いているんだと実感できるエピソードで面白いと思いました。

遠い昔、古墳を築いた人たちがいました。
その後も、同じ地に人々は暮らし続け、田畑を作り、地域に根づいて生きてゆく中で、過去の人たちが築いたものも壊しては新たな営みがなされてゆきます。
一つの地に人が暮らし続けるのは、作っては壊し、また作っては壊しと何百年も何千年も続けてきたことなんですね。

また、晴れ間を見つけて飛鳥の地を歩きたいです。

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