宗教

池上彰『高校生からわかるイスラム世界』|今を知るには歴史が必要

池上彰先生のイスラムの授業

本書『高校生からわかるイスラム世界』は、テレビでおなじみの池上彰さんが、イスラム教やイスラムの歴史、イスラム世界にまつわる現在の国際問題までを解説するものです。「高校生からわかる」とあるように、10代の人向けで、社会科の教科書だけでは扱いきれていない話や「世界史」「現代社会」などと教科別ではなく、「イスラム世界」というテーマで話題が扱われます。教科を超えて、より広い視点で世界を眺めることができるでしょう。

日本にもイスラム教徒はいますが、あまり身近ではない存在の人も多いのではないでしょうか。あさよるも、キリスト教徒の人は知り合いにもいますが、イスラム教徒の人はいないんで、「知識としては知っているけど……」という存在だったりします。

しかし、世界的には、イスラム教徒の数はどんどん増えていて、近い将来、キリスト教徒の数を上回るそうです。また、アジアの国々でも、ヨーロッパでもイスラム教徒はたくさんいますから、日本が例外的な立地なのかもしれません。

で、池上彰さんといえば「わかりやすい解説」ですよね。もちろん本書『高校生からわかるイスラム世界』でも、やさしく話しかけるような文体で、とてもわかりやすい!

イスラム教は怖い?

本書の冒頭では、高校生の前で講義をする際、池上彰さんが生徒たちにイスラム教のイメージを訪ねた話題から始まります。生徒たちは「怖い」「暗い」「他の宗教より激しい」という答えだったそうです。高校生に限らず、大人たちも同じようなイメージを抱いている人は多いんじゃないでしょうか。

イスラム教について知識が乏しければ「自分の知らない存在」ですから、得体が知れなく「怖い」と感じてもおかしくないでしょう。その上に、ニュースではイスラム世界で起こっている紛争やテロの報道が続いています。そりゃあ「怖い」「暗い」「他の宗教より激しい」と思う人もいるでしょう。

しかし、イスラム教は世界三大宗教であり、ほとんどの圧倒的多数の人は「普通の人」なんだろうなぁと想像します。それは、日本人の中にも悪い奴も時々いますが、まぁ概ねほとんどの人は「普通の人」であるのと同じじゃないでしょうか(「普通の人」というのは「聖人君子なわけでもないけど、極悪人でもない」という感じで)。

まずは「得体の知れない存在」から「知っている存在」に変えることは、自力でできます。その入り口に本書『高校生からわかるイスラム世界』にいいんじゃないでしょうか。

10代へ世界の常識を

本書『高校生からわかるイスラム世界』で扱われる話題は、

  • イスラム教とは。コーランとは
  • ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の関係
  • イスラム教徒の戒律や習慣
  • イスラム「原理主義」とは
  • イスラム教を取り巻く国際問題(中東問題や、ユダヤ世界、エルサレム、湾岸戦争など)
  • イスラム世界のこれから

ざっとこんな感じ。

大人も、ややこしい話はわからないor忘れちゃってる部分があるでしょうから、「高校生からわかる」シリーズですが、本書は大人こそオススメだったりします。というか、「高校生からわかる」ってネーミングいいですね。昔は「サルでもわかる」とか、最近だと「中学生からの」みたいなタイトルの本が多いですが「高校生からわかる」というのは、サルでも中学生にもわからない、難しい話を扱っている感じがしますw

なんで歴史を学ぶのか?

夏休み中帰省していた親戚と「子どもの頃、なんで歴史なんか勉強しないといけないのかと思っていた」という話をしました。「大人になると義務教育で習ったことは知ってないといけないんだとわかった」という話です。

「歴史をなぜ学ぶのか」というのは、「お母さんはなぜ起こっているのか」という話と同じだろうと思います(笑)。お母さんは別に、今日、我が子が生まれて初めて部屋を散らかしっぱなしでゲームをしているから怒っているわけではないでしょう。たぶん、過去にも同じようなできごとが散見されていた結果として、今、怒っているんだろうと想像されます。

「今、なにかできごとが起こる」のは、過去になんらかの理由や原因が複数あって、それらが絡み合い、重なり合い、なにがなんだかわからなくなりながら、「今」がある。その瞬間瞬間はランダムに起こるできごとでしょうが、それらを振り返ると軌跡となっていて、それが「歴史」になっているんじゃないかと思っています。

現在の国際問題について知るには、モーゼやノアの時代の話題が飛び出すというのは、「歴史は必要なんだ」というのをよく表していますね。よく「歴史から学ぶ」という言い回しがありますが、あんまりそれは的確じゃなくって、「今を知るために、過去を知る」という感じじゃないかなぁと思います。

あと、世界の戦争や紛争のニュースは、キリスト教やユダヤ教の問題でもあるのに、イスラム教ばかり「怖い」と思われてしまうのは偏った話だなぁと思いました。

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『人は「死後の世界」をどう考えてきたか』|死んだら地底か来世なのか

『人は「死後の世界」をどう考えてきたか』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。あさよるは「前世」とか「来世」とか思想を持っておらず、その言葉自体をあまり使わないのですが、それでも慣用句のように「前世はよっぽど~」とか「このままじゃ来世は~」なんて言い回しをすることがあります(稀に)。

みなさんにもそれぞれ、ご自身の「世界観」がおありでしょう。それは、幼いころから慣れ親しんだ世界観、死生観もあるでしょうし、生きてきた中でハイブリッドな考えに至った部分もあるでしょう。みんな同じ道をゆく身ですから、多かれ少なかれ共感しながら生きているように思います。

『人は「死後の世界」をどう考えてきたか』は古今東西の人々の死生観をざっくり大まとめに紹介するものです。概要的内容ですが、古代ギリシア、古代エジプトから、キリスト教、仏教、イスラム教の世界三大宗教、そして日本人の死生観まで幅広く取り扱います。

面白く生々しく、そしてやっぱりちょっと怖い「死後の世界」を覗いてみましょう。

ズラリ世界の「死後の世界」

本書『人は「仕事の世界」をどのように考えて来たか』では、世界中の「死後の世界」観を一挙に紹介するものです。扱われているのはザッと「古代ギリシア・ローマの冥界」「古代オリエントの死後と終末」「キリスト教の地獄・煉獄・天国」「インドの輪廻転生」「大乗仏教と東アジアの来世」そして「現代の死後の世界」です。

冒頭では、現代の我々の「死後の世界」観の変化について触れられています。それは、日本人も今や「天国へ行く」という表現を使う人が増えたとう点です。天国というキリスト教的な世界観が普及しているのが見て取れます。

宮沢賢治の「来世」

かつて……宮沢賢治は妹をなくし、ノイローゼになっています。賢治の父は浄土真宗の信者でありましたが、浄土真宗の個人主義的な極楽浄土の世界観よりも、慈善活動を行うキリスト教や日蓮宗の方がリアルに感じていたようです。しかし、妹の死によって、日蓮宗的な来世観が賢治を苦しめます。

賢治が信じていた公式通りの輪廻観によれば、死者はみなバラバラの運命をたどる。身内どうしがまた再開できるといったものではないのだ。(中略)日蓮宗ではみんなが極楽浄土で会えるという立場を取らないから、どうしてもこの、バラバラの死後世界に耐える必要が出てくるのだ。(p.270)

そして、妹が「地獄へ向かったかもしれない」ことを思い、恐怖します。賢治は輪廻転生を信じ、地獄に落ちることを心配していますが、

そうした輪廻神話よりも法華経のパワーの方が優位に立つことを確信し、輪廻をめぐるノイローゼから解放されている。
つまり、賢治にとって、宗教のロジックは呪縛にも解放にもなっているのである。輪廻信仰は呪縛となっている。しかし法華経の信仰は救済となっているのだ。源信が描くような地獄堕ちの恐怖は、阿弥陀の救済によっても法華経の救済によっても無化され得るということらしい。

p.280

宮沢賢治の死や物語にある、「死」のイメージは、ダイレクトに彼のテーマでもあったのですね。あさよるは、ユニークな地獄絵図のなんかを見てると「地獄は愉快そうだなぁ」なんて気楽に考えていましたが、宮沢賢治ともなると突き詰めて考えるものなのですね。

世界の神話はなんとなく似ている

本書では古代ギリシアから日本の死後の世界まで広く紹介されるのですが、神話の世界はどことなくみんなよく似ています。太陽神がおり、地下に黄泉の世界があり、死んだ神様や人は黄泉へ行きます。ギリシア神話では、これを「冥界」と呼びます。

仏教には極楽浄土と地獄がありますが、キリスト教にも天国と煉獄があります。これらの元ネタになったであろうゾロアスター教や、エジプト人、ペルシャ人のオリエントの死後と終末の世界があります。

エジプト人は死後の世界に備えてミイラをせっせとつくっていただけでなく、死んで復活した神が冥界で死者を審判するという神話をもっていた。ゾロアスターの徒は神々も自然も善と悪の二つのカテゴリーに分け、個人の死後の審判と世界週末のときの審判の二重の審判の思想を持っていた。どちらの宗教の神話も、どこかしら聖書の神話に似ているのである。(p.65)

エジプトの神様は、太陽神ラーと、冥王オシリスが有名ですね。死ぬと冥界に行って、オシリスの審判を受けなければならないそうです。エジプトの閻魔様なのです。古代エジプト人にとって大事なのは、オシリスの楽園で永遠の生を受けることでした。

エジプト宗教とゾロアスター教を眺めると

「神の死と復活」「死後の審判」「天国(楽園)と地獄(破壊)」「神と悪魔の対立」「終末・救世主・死者の復活・審判」という、後世の一神教世界の道具立てによく似たものが概ね出揃っていた。(p.82)

エジプト宗教とゾロアスター教がユダヤ教、キリスト教、イスラム教にどう影響を及ぼしたかは不明で、なんともいえないそうですが、世界の死後の世界観は「だいたい似ている」のは分かります。

インドでは、輪廻思想が体系としてまとめられました。

インドといえば輪廻、輪廻といえばインドというぐらい、インド思想と輪廻思想は深く結びついている。全世界に転生の思想はあるが、それを厳格な体系としたのはインド人だたからである。ヒンドゥー教(紀元前二千年紀から)、仏教(前五世紀ごろから)、ジャイナ教(同)、シク教(後十五世紀ごろから)と、インド発の宗教はいくつかあるが、いずれも輪廻思想を世界観の根幹に置いている。(p.169)

輪廻信仰は近代になってから西洋にも広がり始めているそうです。

そのヒンドゥーから派生したのが仏教だとされます。

開祖の釈迦は解脱を目指すにあたって、婆羅門的伝統に距離を置いて独自路線を追求し、快楽でもない、苦行でもない、「中道」を行くという大きな指針を打ち立てた。ヒンドゥー教のヨーガ行者などはむしろ好んで派手な苦行を行う。文教の修業は相対的に穏やかなものだといわれている。(p.188)

世界の代表的な宗教が、絡まりながら流れになっている様子が面白かったです。

『人は「死後の世界」をどう考えてきたか』挿絵イラスト

さて、死後の世界は?

普段の会話の中でも「前世は~」とか「死んだら~」なんて言葉が飛び出します。死や死後の世界は「馴染み深い」とも言えるし、だけど宮沢賢治のように突き詰めて考えている人ばかりではないだろうと想像されます。あさよるは「考えても仕方のないことは考えない」ので、死んだ後のことに興味がありません。

……なーんて言いながら、一人でふと「今回の人生はツイてないな」なんて思うこともあります。また、小学生の甥が「俺はママのお腹を選んで生まれてきた」と話していて、「ほう、今はそんな教育がされているのか」なんて思いました。個人的には、その考え方は「どうなんだろう」とギモン(BADな環境にある子にも「そこを選んで生まれてきた」と言わすのだろうか。んで、反抗期を迎えたとき「パパとママを選んで生まれた」は全員にとっても苦行じゃないのかと/苦笑)。

生きている限り「死」のイメージはつきまといます。初めて「ピンピンコロリ」という文言を読んだときギョッとしましたがw、今や新たに出版される健康指南本は「ピンピンコロリ」を目標にしているものばかりで、何も感じなくなりました。高齢社会、人生100年時代というのは、こうもあっけらかんと死を語る時代なんですね。

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『イチから知りたい! 聖書の本』|美術展のおともにkindle版を!

『カラー版 イチから知りたい! 聖書の本』挿絵イラスト

こんにちは。美術館へ行くのが趣味な あさよるです。西洋絵画の画題として、聖書のシーンが用いられていることが多いのです。美術館でも簡単に解説がなされていますが、それだけで聖書世界が理解できるワケではありません。かといって、聖書を通読するのも……というときのために、数々の聖書の解説書が出版されています。

本書『カラー版 イチから知りたい聖書の本』は全ページカラーで、イラストや地図、図が満載で、聖書の世界の手ほどきには打ってつけの本です。kindle版では199円とリーズナブル(2018年2月現在)。これ、いいよ!

聖書・大ダイジェスト!

本書はオールカラーの聖書のダイジェスト版です。序章で聖書にまつわる、聖書の内容や構成、聖書世界の説明がなされ、あとはひたすら「創世記」から「黙示録」まで突っ走ります。といっても、一つのトピックスが見開き2ページに収められていて、ページ面積の半分くらいはイラストや地図等で、かなり楽しい感じ。

間にコラムや豆知識的なコーナーがあったりとコンパクトだけど網羅的な内容です。

先に上げた、美術展を見に行くときは、kindle版をスマホに入れて、参照しながら観覧できれば便利。

情報量多すぎ!?

ダイジェスト、網羅的、図や地図、イラスト満載というのは、これは本書の良い特性なのですが、反対に言えば「情報量多すぎ!」「めまぐるしすぎる!」「話の展開についけてない!」なんてうれしい悲鳴が上がってしまいますw 例えば出エジプト記は、旧約聖書を代表する一大スペクタクルですが、モーセの出生から死まで8ページで終わるので、「ええっ!?いつの間に話が進んだ!?」ってな感じ。というか、出エジプト記は実際に聖書を読んでみてもあっという間に終わって「ええっ!?」となる。

あと、あくまで「聖書」の内容をダイジェスト的に紹介する解説書であって、キリスト教の思想や興りがメインではありません。なので、キリスト教世界について知りたいのであれば、他の本を当たりましょう。と言っても、やはり聖典の「聖書」は当たっておくべきであって、本書はオススメです。

あのお話の元ネタ、ここです。

『カラー版 イチから知りたい! 聖書の本』挿絵イラスト

出エジプトのみならず、アブラハムとイサクの話、大魚に食べられたヨナの話、ソドムとゴモラの話、十戒、受胎告知などなど、超有名シーンが目白押し。あのお話の元ネタはここにあるのです。

単に「聖書」っていうと多くの日本人にとっては直接的に関係のない話でしょうが、意外と間接的には聖書の物語を受容していたりしています。

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『14歳からのパレスチナ問題』|「宗教紛争でしょ」って納得してない?

こんにちは。地図が好きなあさよるです。世界地図なんて見ていると、行ったことがない場所ばかりですが、聞いたことのある地名がたくさんあります。「パレスチナ」もよく見聞きはするけど、それは一体どこにあるの?なんでニュースになってるの?どんなところなの?旅行した人も少ないだろうし、「知っているけど知らない」代表格なんじゃないでしょうか。

本書『14歳からのパレスチナ問題』は、タイトルに魅かれて手に取りました。なんとなく知った気になっていましたが、実は全然知らなかったパレスチナ問題が、整理されて紹介されています。

写真や地図、注釈も多くてオススメです。

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『コーランを知っていますか』|阿刀田先生とコーランの世界をのぞき見

こんにちは。コーランを知らない あさよるです。

以前、アラビア語の勉強をしようと教科書を用意し、その時にイスラムの文化にも初めて触れました(結局、アラビア語のアルファベットも読めないままなのですが…)。興味はあるものの、長く放置したままですね…(;’∀’)

本書、阿刀田高さんは『コーランを知っていますか』以外にも、同じようなシリーズを執筆なさっています。

などなど。どれもレビューを見ると好評っぽくて読んでみたいのですが、どうやら本書『コーランを知っていますか』に限っては、モヤモヤした感じの読了感。

なぜモヤッとしてしまうかというと、それはコーランの持っている性質に由来しているもののようですね。

阿刀田さんもコーランに戸惑い!?

著者の阿刀田高さんの講演を聞いたことがあります。古事記をテーマにしたシンポジウムで、作家さんだからこその内容でした。学術的な事実を述べるのではなく、古事記の欠けている物語を推理し、捕捉し、お話が展開されてゆくのが面白かったです。

先にも紹介したように、阿刀田高さんは「~を知っていますか」ってシリーズを刊行なさっていて、どれも口コミは悪くないのですが……『コーランを知っていますか』では、阿刀田高さんの戸惑いから話が始まります。

というのも、我々からすれば唐突に話が始まり、その後の内容にどう関係があるのかもわからないまま話が進んでしまうという……。

イスラム教の立ち位置も、ちょっと不思議。

例えば、イスラム教徒は多神教の信者とは結婚できません。日本人とは結婚できないってことですね。

だけど、同じ一神教のキリスト教やユダヤ教徒との婚姻は、教義的にOKなんだそうです。「一つの同じ神様を信じている」って解釈なんです。

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教は三兄弟の宗教だと言われるのも少し納得しました。

コーランやイスラム教を知れるわけではない

『コーランを知っていますか』を読んでも、コーランの内容を知れるわけでも、イスラム教の全貌がつかめるものでもありません。悪しからず。

深く知れる内容ではありませんが、何の接点もない異宗教が、なんだか親しみやすい感じは受けました。それは阿刀田高さんというフィルターを通しているからこその感想でしょう。

コーランって、アラビア語でなけれなばらないと世界史の時間で習いました。神がアラビア語で話したんだから、そのまま書き記された書物でなければならないのです。

そもそも、日本語翻訳されたコーランはコーランではありませんし、日本語訳コーランを読んでさらに阿刀田高さんのフィルターで解釈されたものですがら、全く別物だと考えてもいいかもしれません。

その前提込み込みで『コーランを知っていますか』を読むと、エッセイとしてとても楽しい作品です。

一緒に「ナゾ」の異文化をのぞき見

『コーランを知っていますか』は、阿刀田高さんをガイドに異文化をちょこっとのぞき見するようで楽しく、ワクワクしました。

あさよるの周囲では、熱心な仏教徒やキリスト教徒の人はいますが、イスラム教徒の人はいません。この辺は、お住まいの地域や、職業等のコミュニティによって違うのでしょうが、あさよるには知らない世界でした。

コーランの内容は、生活の細々した取り決めにまで及んでいます。

聖典が社会の規範になっていることがよくわかりました。

社会が違えば常識が違う

あさよるは、イスラム教と縁がなかったと書きましたが、世界規模で見れば関係がないわけはありません。

なんてたって世界三大宗教の一つですし、この語学が苦手なあさよるでさえ「アラビア語の勉強しよっかな……」と思う程度に、イスラム世界が世界に影響をもたらしていることも感じています。

最終章は、阿刀田高さんがが実際にサウジアラビアを訪れた経験が著されています。

そこで出会った人々は、有能な人物少なからずいるのですが、日本人とは行動規範が“違う”人たちです。日本人から見ると不思議に見えます。同じように、向こうから見れば、こっちが不思議なのでしょう。

“違う”文化を認めるというのは、言うのは簡単ですが、実際にどんな状態が異文化を認め合った世界なのだろうなぁと想像してみます。

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『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』|社会、外交、世界を考える

こんにちは。テレビで池上彰さんを見かけると、思わずお話を聞いてしまう あさよるです。

テレビでの池上彰さんしか知らないので、著書も読んでみたいなぁと『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』を手に取りました。

世界の宗教を通じて、信仰を考える

本書、『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』の冒頭、著者・池上彰さんが「宗教」の働きが定義されます。

 私は、宗教を考えることは、よく死ぬことだと思っています。宗教は「死のレッスン」と言った人もいます。つまり、どう死ぬかという予習なのです。
(中略)
死の予習をすることが、よりよく生きることにつながる。それが宗教を考える意味だと、私は思っています。

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』p.66

「宗教を考えることは、よく死ぬこと」「死の予習をすることが、よりよく生きること」とあります。

宗教とは「死」を考えること。それは「生」を考えることでもある、というのです。

ですからタイトル『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』にある「宗教」とは「死がわかれば世界が見える」「生がわかえば世界が見える」という意味に解釈できますね。

じゃあ、ここでいう「世界」っていうのは、「現世」とか「この世」とかいう意味でしょうか。

誰のための本?

なんでタイトルにこだわっているかというと、この本、なかなか難解なんです。

一読すると、タイトルと、冒頭の文言、そしてその後に続く専門家との対談、それぞれがちぐはぐに感じるのです。

というか、あさよる、正直さっぱり意味が分かっておりませんw

タイトルも興味深いし、池上彰さんの冒頭の第一章は面白い。そして、対談の内容も悪くはない。しかし、3つの要素がどう関連しているんだろう??

対談の内容も、池上彰さんが各宗教者から“何かを聞き出そうとしている”感じがするんですが、何を聞き出したのかわかりませんでした><

最終章でも、結論として“何かを言おうとしている”と匂わせている感じがしますが、上手くくみ取れませんでした><

世界三大宗教+神道+科学

と言いつつ、やはり対談が何といっても興味惹かれます。

世界三大宗教である、仏教、キリスト教、イスラム教と、神道に詳しい識者との対談です。

「仏教」「キリスト教」等と一口に言っても、宗派もたくさんありますし、そもそもそれぞれ専門書がいくらでも書けるような内容です。

たった一冊の新書で、これだけ複数の要素を扱っているので、ライトな内容ではあります。

が、これだけディープなら十分じゃない!?と思います。

辞書引きながらとか、ワード検索しながら読まれる方も多いはず。注釈も特にないので、分かっている人にとっては基本的なことなのかな?とも思います。

さらに、宗教家だけでなく、最後に科学者である養老孟司さんが登場するのが、いいなと思いました。

宗教、信仰の話題を身近なものに

本書『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』この一冊を読んで、宗教の世界がわかるようにはなりません。

しかし、我々は「宗教」「信仰」の中にいます。

日本人には「無宗教」だと自称する人が多いですが、本書に登場する宗教家+科学者は、口をそろえて、日本人ほど信仰が深い人はいないと言います。

もう、私たちは信仰を意識しないくらい、息をするのと同じように信仰を持っているんです。

そして、信仰は行動規範となり、社会を形作っています。信仰を考えることが、今の日本の社会を考えることなのかもしれません。

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』は、社会や政治、外交を考える上で、意識しておきたい「宗教」の話を、意識させられる本だと思います。

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『ブッダも笑う仏教のはなし』笑えて興味津々でオモロ!話の伏線スゴッ!

こんにちは。寺院仏閣を見て回るのが好きなあさよるです。

といっても、近場のお寺や神社を回る程度のものですが……建物や小物の意匠を見て回っている感じです。すると「これは何だ?」「何に使うもの?」「なんて書いてるんだろう?」などなど、疑問や不思議に思うことがたくさん。

お寺や神社を見て回っているうちに、仏教や神社に関する本を読んだり、詳しい人の話を聞く機会が増えました。

以前、ラジオで笑い飯の哲夫さんが「仏教に関する本を書いた」というお話をなさっているのを聞き、読んでみたいなぁと思っていました。哲夫さんは、お寺から講演を依頼されることもあるんですって。

仏教のこと、あれ!?身近なのになんにも知らない!?

仏教のことって、知っているようで知らない分野です。

あさよるは子どものころ、祖母が毎日熱心に仏壇に参っているのを見て育ちました。信心深いおばあちゃんで、他の家族が仏壇に参らないからと、代わりに家族全員分のお経をあげてくれていましたw

「お経」っていうのも、何を書いているかもわかりません。やっぱり良いことを書いてあるのでしょうか。

うちは浄土真宗だったハズなのに、おばあちゃんは真言宗のお経を使っていた気がします。この「宗派」っていろいろ聞くけど、何が違うんだろう?

そもそも仏教って釈迦の教えなんだよね?それと、お経って何の関係があるの?

仏教や仏に関することって、身近にあるけれど、ほとんど何も知らない人って多いのではないでしょうか。

我々はシャポシャポのカレーである

『ブッダも笑う仏教のはなし』は、笑い飯の哲夫さんが著者だけあって、最初から最後まで「オモロイ」本です。ユーモアあふれ、興味深い「オモロイ」です。

さらに、すごく構成が緻密で、びっくりしました。さすが漫才のネタを作る人だなぁということなのでしょうが、きちんと前フリが、後々回収されてゆきます。

最初は、「ブッダ」または「仏」または「ガウタマ・シッダールタ」について。出自や出家に至る経緯。そして悟りを開くまでの経緯。

ブッダの弟子たちの紹介と、経典の話などなど、知っているようで知らない話が整理され紹介されます。

あさよるは手塚治虫の『ブッダ』を読んだ程度の知識でしたが、とてもよくわかりました。

さらに話は仏教の教えにも触れられます。『諸行無常』とか『色即是空』『全は個、個は全』など、聞いたことはあるけれども、よくわからない話。

哲夫さんはそれをカレーライスに例えておられて、めっちゃわかりやすい!

カレーライスの中に、あらゆるすべての物がシャポシャポに溶け込んでいます。動物も植物も、無機質な物もです。それを、おたまですくい上げる。それが「私」です。しかし、そのおたまには、穴が開いていて、時間と共にカレーはカレー鍋へ戻ってしまいます。

それが「生」であり「死」である。「輪廻転生」とは違う考えです。

さらに、欲しいものが手に入らなくても、悔しがったり悲しまなくても構わない。なぜなら、みんな同じカレーだからです。欲しくてたまらない物も、自分も同じカレーを別のおたまですくっただけなんですね。

ブッダの悟った「生と死」がわかると、「お葬式」や「墓参り」「仏壇へ参る」意味も違って見えてきます。ブッダは生も死も同じだと言っているのですから、死んだ人へ「形が変わっただけだから大丈夫ですよ~」と話しかけているのです。

知れば知るほどオモシロイ!

緻密な構成に舌を巻く!分かりやすくオモロイ!

『ブッダも笑う仏教のはなし』は、最初から最後まで緻密に話の展開が用意されており、ほんと舌を巻きました。

ユーモアの部分も、不真面目なお笑い要素かと思いきや、後になって話の本筋に合流されて、ゾワッと鳥肌が立つよう!

文章も、とても厳密に言葉が使われ、論理的ですから、じっくり読めばとても読みやすい本です。ですが、飛ばし飛ばし読むと、話が分からなくなるだろうと思われるので、時間のある時に腰を落ち着けて読むととても良い本です。

ブッダという人物、仏教の起こり、宗教行事・習慣など、扱われている内容は幅広い。ですが、かみ砕いた表現で説明し、かつユーモアあふれオモシロイ。すごい!

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