読書術

『三色ボールペン情報活用術』|読書しながらアウトプット

こんにちは。メモ魔なあさよるです。メモを忘れないためのメモとかします。うっかりさんとも言いますw

このブログも、読書の記録の備忘録的な感じでやっております。一種のメモですね。

ところで、当あさよるネットにて、齋藤孝さんの著書を数冊紹介し、その中で三色ボールペンを使った読書法にも触れてきました。が、その三色ボールペンの本はまだ紹介していなかったので、触れておきます。

あさよるも、かなり以前に一度読んで、しばらく三色ボールペン使ってました。久々に読んで新しい発見もありました。

あくまで「情報活用術」

『三色ボールペン情報活用術』は、タイトルのそのまんま。「情報活用術」を紹介する本なんです。

三色ボールペンを使った「読書法」として扱われていることが多い気がします。あさよるも、記憶の中で三色ボールペン読書術として記憶していましたw

赤・青・緑の三色ボールペンを使ってマークすることにより、情報の整理と活用をいっぺんにしてしまおうというものです。三色の使い分けは以下。

  • 赤:客観的に見て、最も需要な箇所
  • 青:客観的に見て、まあ重要な箇所
  • 緑:主観的に見て、自分がおもしろいと感じたり、興味を抱いたりした箇所

単純です。しかし、これをやり遂げるには腹をくくる必要があります。そう!ボールペンは一度線を引いてしまうと消えないのである!消えないから、「えいっ」と覚悟を決めて線を引くのだ!

この集中力と、積極的な姿勢が情報収集の質を上げてるのです。

(今便利な消えるボールペンもあるけどね…)

やっぱ紙媒体が便利

本書『三色ボールペン情報活用術』を読んでつくづく思ったのは、まだまだ紙は使いやすいなぁということ。

あさよるは一時期、Evernoteに入れ込んで「今後はすべてのメモを電子化しよう!」と張り切っていましたが、やっぱり紙とペンが便利だなぁとw

手元でササッと手早く操作するなら、紙が便利。しかし、長期保存や情報の検索にはデジタルデータが便利。今後は両方のいいとこ取りをしてくのかなぁと、そっち方面の準備をしています。

とまぁ、三色ボールペンを使った情報活用術も、紙とペンの便利なところを存分に発揮しています。シンプルだからこそ分かりやすいというのもいい。

デジタルデータや電子書籍も三色で管理できる?と一瞬思いましたが、なんかそれは違う気がしますw 活字にて情報の触れ方も、紙の本と電書では違うのですね。

三色で線を引くこと=アウトプット?

赤・青・緑で線を引き分けることで、本や情報に触れる深さが変わります。

多分それは、ただ単に「読む」という受け身な状態から、「線を引く」という積極的な態勢に変わるからではないかと思います。

これまで情報の羅列だった文章に「自分が手を加える」という一手間を加えることで、一方的なインプットからアウトプットへと変貌しているのでは?

線を引く。たったそれだけのことなのに、インプットからアウトプットへと変わるなんて、面白い!そして、すごい!

自分だけの一冊を作る

赤・青・緑の内、すんごく重要な働きをするのは「緑」で線を引いた部分。

赤と青は、あくまで本や文章の情報を、客観的に精査した結果です。しかし、緑は違う。

緑は、自分が興味を持ち、好奇心が掻き立てられ、面白い!と感じた部分です。自分の興味の欠片を、緑のボールペンで浮き上がらせることができるんです!

自分が興味を持った分野については、誰もが積極的に情報を収集し始めます。反対に、興味のないことは、いくら重大な情報でも消極的ですよね。

消極的な情報を集めるよりも、すごい!面白い!と積極的に情報に向き合える欠片をたくさん集めましょう。それは、一つ二つだと力はないかもしれませんが、たくさんの緑の線を引いている内に、どんどん情報との向き合い方が変わってくるのです。

『三色ボールペン情報活用術』は、“本を汚して読む派”の読書術です。そして、読書だけにはとどまらず、資料や文書を読む時全般に使える「情報活用術」です。

著者の齋藤孝さんによれば、三色の使い分けに慣れてくると、人の話を聞いていても三色に分けて聞けるようになるそうです。「本当かなぁ?」と思いますね(・∀・) 確かめるためにも、チャレンジしてみたいです。

関連記事

続きを読む

速読は誰でもできる!『齋藤孝の速読塾 これで頭がグングンよくなる!』

こんにちは。夏バテから体力が戻らず、読書もはかどらない あさよるです。本を読むのも体力が必要なんですね……(^_^;)>

だから余計に、ササッとスピードアップして本を読んでしまいたい!

図書館でたまたま、齋藤孝先生の速読本を見つけたので手に取りました。速読本って数冊読みましたけど、まだどういうことなのかわかってなかったんですよね(-_-;)

結論から言うと、ズルできる速読の近道はないみたい……。

(・∀・;)デスヨネー

速読は誰でもできる!

最初に宣言します。「速読には正攻法しかないみたい」ということは、反対に言えばステップさえ踏めば「誰でも速読ができる」!

あさよるはその希望を『齋藤孝の速読塾』に見出しました。

まず、速読をする目的意識を持つ。斎藤先生は理解力を深め、知識の幅を広げるために速読を勧められています。まずはひたすら冊数を読みこなすんです。

目的は「知識の幅」を増やすこと。その手段として「速読」をする。

目的を達成するためには、まずアウトプットの大切さが説かれています。読んだ本の内容を人に話す。読書ノートをつけるのも一つの手ですね。

「著者と対談するなら何を質問するだろう」「自分が主人公だったら」自分の主観ではなく、多数の視点を意識する。

そして、齋藤孝先生といえば、ですね^^ 三色ボールペンを使った読書法も推奨されています。

音読するように読む、あるいは実際に超速で音読しちゃうとか。これは『声に出して読みたい日本語』を連想させます。

齋藤孝先生のメソッドが「速読」をキーワードに集結しているのも、読んでいて楽しかったです。知識や考え方って、どんな分野にも関連しているのですね。

「速読」vs「精読」!?

「速読」の話題に切っても切れないのは「速読派」vs「精読派」のバトルではないでしょうか。

……正直「どっちでもええやん」と思うのですが(^_^;)

あさよるは過去に複数のSNS等でこのバトルを見聞きしてきました。「どっちでもいい派」は議論に参加しないので、余計に「速読派」vs「精読派」のバトルが加熱します。

関係ないですが、「電書派」vs「紙の本」バトルや、蔵書を「保存派」vs「処分派」の戦いとかありますよね。

あさよるの経験談を交えつつ

あさよるも、「どっちでもええやん」と言いながら、長らく精読をしていました。一文字一文字きっちり読んで、しかも何度も繰り返し同じ箇所を読み返します。

その読書法が悪いとも思いません。あくまで、自分の本を読む目的によるんじゃないかなぁと思います。

ただ、あさよるの経験ですが、学生時分に気に入って何度も読んだ小説よりも、レポートを書くために何十回と繰り返し斜め読みした文学作品の方が、今となれば強く印象に残ってます。

何度も読むこと、そしてアウトプット

速読で何度も読んだ本のほうが印象に残っているのは、「速読」という手法に由来しているのではありません。

それは、何度も何度も繰り返し読み込んだことと、「レポートを提出する」というアウトプットをしたからだと思います。

反対に、お気に入りだった本は、繰り返し読みはしましたが、「読み込んだか」と聞かれるとわかりません。なぜかと言うと、アウトプットが前提ではなかったからでしょう。

やっぱり「どっちでもええやん」

精読しようが速読しようが、手法よりも目的が大事です。

一文字一文字味わって読む読書も有意義であることはもちろん承知です。

そして何度も繰り返し読むために、たくさんの知識を得るために、有限の時間の中一冊でも多く書を読みたいこともあります。

よって、やっぱり「どっちでもええやん」ですw ただし、「目的による」ですね。

知識が増えると、読書スピードも上がる

前置きが長くなりました。『齋藤孝の速読塾』は、これから本をたくさん読みたい!という人の向けの指南書です。

たぶん、普段から多読・濫読をしておられる方は、「速読」の能力がないとやってられないんじゃないかと思います。いつも違うジャンルの本を読んでいるんだから、ひたすら「本を選ぶ」ということをしないといけないのでは?と想像します。

そのためには、書店や図書館でもザッザッと内容を読んでみないと選べません。

そして『齋藤孝の速読塾』では、勇気を持って「飛ばし読み」をしようと誘われます。二割くらい読めればいいじゃないか。

ただね、ここで忘れちゃいけないのは、二割で足りなかったら、また読めばいいのです。ここが速読の強いところですね。早く読めるから、何度も読める。

このとき、キーワードや、著者の言いたいことを抜き出します。アウトプットが大切ですから、紙に書き出してまとめましょう。このステップが一番大切に感じました。

知ってる話は読むのが早い

知識量も必要です。知識を広めるための読書に知識が必要って矛盾しているようですが、していません。

本を読む→知識が増える→本を読む→知識が更に増える→本を読む→知識が更に更に増える

これを繰り返してゆくと、知識が増えてゆくづつ、読むスピードも上がってゆきます。

なぜか?

知識が増えれば、本の内容を推測できる。あるいは、論の展開に予想がつくようになる。先がどうなるか分かっていると、読むのが早いものです。

「ジャンプ紙面で読んでたマンガは、単行本で読むとき早い」の法則ですな!

速読するために速読する

速読ができるようになるには、まずはたくさんの本を読み、たくさんの知識を身につけることが大切だと学びました。そのためには、速読しないとたくさん読めない!Σ(・∀・;)

人間、「必要に迫られる」というのも、動機として大事です。

まずは、「たくさん本が読みたいなぁ」「あれもこれも知りたいなぁ」と好奇心を最大にして、「そのために速読する」という目的を持ち続けたいなぁと思いました。

「なぜ?」「どうして?」を動機に本を読むって、好奇心しかなかった子どもの頃のようです。あの頃の読書、し続けたいなぁ^^

関連記事

続きを読む

「本なんか読んでも腹の足しにもならない」へのアンサー|『読書をお金に換える技術』

こんにちは。週末は図書館へ足を運び、ご満悦の あさよるです。

図書館、書店、古本屋……場所によって並んでいる本の雰囲気も違いますし、自分の本の選び方も変わるような気がします。シチュエーションが変われば気分も変わるのかな?

そんな、読書へのこだわりがあるのやらないのやら…の、あさよるですが、他人の「本の読み方」の本が好きだったりします。今日読んだのは千田琢哉さんの『読書をお金に換える技術』。タイトルがズバリ気になりますねw

本なんて読んでどうするの?

本を読んでいると、「なんのために本を読んでいるの?」と質問されることがあります。あさよるは読書にさほど目的がないので、その場その場で適当に答えてしまいます(;’∀’)> 本音を言うと、「暇つぶし」とか「ブログのネタに」とか、あんまり面白くない話になってしまいますw

これはとても稀ですが「本なんか読まなくてもいい」という人にもたまに出会います。その方は「困ったことがあれば、それから、それを解決するための本を読めばいい」と仰っていました。「問題を解決するために」というのも、本を読む強力な理由ですね。

「暇つぶし」も読書が得意とすることです。また「問題解決のため」も、本が持っている重要な役割ですね。

はてさて、みなさんはなんのために本を読みますか?答えは一つではないでしょう。たくさんの側面を持っているはずです。

「儲かる読書」いいじゃない!

本書『読書をお金に換える技術』は、タイトルだけで見ても、一体何の本なのかわかりませんでした。しかし、ページを開いて納得。

「本を読むと、収入が上がるぞ!」「本を読むと儲かるぞ!」ってプレゼン本ですね。誰に?って、普段本を読まない人向けです。

あるいは、読書週間がある人の中にも、“閉じた読書”をしているしている人にも良いやも。“閉じた読書”とは、自己完結した、「本を読む」ことが目的で目的達成する読書です。あさよるの本の読み方もこれに近い…。

これまでただ「本を読む」という行為で完結していたものの、その向こう側を考えてみる。しかもこの本では「お金に換える」ことを目的としています。将来、出世して肩書が変わったときのために読書をする。経営者の視点を読書によって身につける。

今の自分とは違う視点から物を見れる、これも、本が持っている力です。

マンガ、自己啓発本……バカにしなくてイイ!

お金に換わる読書って、なにも難しい本を読むことではありません。

外国の名著を原書で読んだりしなくていい。翻訳されてていいし、コンパクト版でいい。マンガで書かれたエッセンシャル版でも十分です。「難しいから読まない」よりも、マンガで読んだ方がずっといい。

物語だってたくさん読みましょう。「どうせ作り話じゃん」って思わなくてもいい。マンガだって、名作はたくさんありますから、どんどん読んでおきましょう。

自分とは別の人物が、一喜一憂を知ることで、自分の現実世界での問題への取り組み方が変わるでしょう。また、たとえ話や慣用句のように使われることもしばしばあります。ボキャブラリーが増えることでコミュニケーションの幅も広がります。

さらに、読書を積み重ねることで、アイデアもぽんぽん飛び出すようになるかもしれません。アイデアが湧きやすい状態を作るための準備も紹介されます。

そう、この『読書をお金に換える技術』は、読書を啓蒙する多読のススメ。乱読の指南書なんです。

読まず嫌いは横へ置いといて、とにかく一冊、目の前の本を読んでみましょう^^

「オレの読書」を語りたくなる^^

読書を啓蒙する本にありがちですが、この手の本を読んでいると、自分の「読書論」みたいなのを語りたくなっちゃうんですよね。

「○○歳までにこれは読んでおくべき」とか「△△と※※あたりは押さえておきたいよね~」とか、言いたくないですか?w

中でも『読書をお金に換える技術』は、収入アップをキーワードに読書を推進する面白い切り口。だけど、スキルアップや、能力の向上は本が持っている重要な要素です。収入にだって影響していて当然ですね。

「本なんか読んでも腹の足しにならない」へのアンサー。みなさんだったら、なにを語るでしょうか。

関連記事

続きを読む

『乱読のセレンディピティ』|乱読で予想外の好奇心にであう!

こんにちは。なるだけいろんな本を読もうと心がけている あさよるです。だけど、〈乱読〉って言うほどバラエティに富んでいるわけでもないんですよね……たまに、「おんなじような本ばっかり読んでるなぁ」と自分で思います。

これからの読書をどうしようかと、読書術の本をチョイス!著者は『思考の整理学』の外山滋比古さんです。

『思考の整理学』を読んだよ

どんな本も読みこなす「力」

本書『乱読のセレンディピティ』は、タイトル通り〈乱読〉をテーマにしています。本の読み方で、「多読派」「精読派」なんてのがありますが、今回は「多読」のお話ですね。しかも、ただ本を読むだけじゃなく、さまざまなジャンルを〈乱読〉するのです。

どうやって読むか?それは、手あたり次第。もちろん、いつも良い本に出会うわけじゃないし、ハズレを引く日もあるでしょうw どんな本が良い本か?それを、自分で判断できるのが良い読者であると、紹介されています。自分で本の善し悪しを判断するためにも、乱読は必要なのかもしれません。乱読に必要な判断力を養うための乱読でもあるということ。

また、乱読をすると必然的に苦手なジャンル、知らない分野の本も読むことになるでしょう。よく知っている分野の本ならサササッと読めますが、知らない内容の本を読むのは時間もかかります。集中力が必要です。読書の「力」がつくのが、乱読の特徴なんですね。

「読んじゃダメ」も好奇心になる

書物をドサドサ与えられれば、読書家になるか。乱読家になるかといえば、そうとは限りません。例えば、子どもの頃、大人から「○○は見ちゃダメ」「××は取り上げます」と言われたら……いいえ、ダメと言われれば言われるほど見たくなっちゃうものです。読書生活にネガティブに働きそうな要因も、プラスに変えてゆきましょう。

読むべし、読まれるべからず

第4章の〈読むべし、読まれるべからず〉は、章のタイトルからして少し耳が痛い。

読書を神聖視する人がいる、例えば、昔は本や雑誌の上を跨いではならないと教えられた。なんとなく、本は神聖なもの、本はえらいものだと思っている。だから、本を読まないといけない、本を読まないのは恥ずかしいことだと思い込む。読書信仰を持つのは知的エリートだと思い込む。

しかし。本書は投げかける。読書はそれほどありがたいことではない。どれくらいのご利益があるのかもわからない。そして、本を闇雲に読んでいると、頭の近視が起こる。

 わけもわからず、むやみに本ばかり読んでいると、心眼は疲れ、ものをはっきり見きわめることが難しくなる。読書メタボリック症候群型近視になってしまう。頭の近視は、目の近視ほど不便ではないから、なかなかこれを治療しようとしない。
知識を身につけるには本を読むに限る。もっとも手軽で、労少なくして、効果は小さくない。読書は勉強のもっとも有力な方法になる。真面目な人は正直だから、読めば読むほど優秀な人間になれるように勘違いする。実際、博学多識にはなることができる。それと裏腹に、頭の中が空虚になるということを教えてくれるものがない。
頭が知識でいっぱいになれば、頭ははたらこうにも、はたらくどころではない。そのうちに、ものが見えない頭の近視がはじまる。
少しくらいの近視なら、頭の眼鏡で対応できる。頭の眼鏡は、もちろん、本で得た知識である。知識があれば、考えたりする面倒がない。それで読書は知識から信仰を生み、それが読書を支える。

p.50-51

本を読むのは手軽で、効果の大きな行為です。効率的なんですね。だからと言って、本ばっかり読んでいると、物を正しく見れなくなってゆく。あくまで、本で得た知識は他人からの借りものであることを忘れてはなりません。頭の働きは、自分で考えないといけない。ここを混同してはならないのです。

そしていずれ、本で読んだ知識か、自分で考えた思考か、どちらを選ぶのか二者択一を迫られるときがきます。その時、借り物の知識を選んでしまうのが、知識信仰だというワケです。

この第4章、最初から最後まで耳が痛いのです……。

どうして乱読するの?

乱読の良い所は、苦手な分野、知らないジャンルの本も読むからです。あらかじめ知識のある本は、ザーッと読み流すことができます。しかし、知らない分はの本は、単語にひっかかって、なかなか読むことができません。

知らない分野を読むには、能力が必要です。この読み方が身に付けば科学や哲学、宗教など、難しい本も読める力が身に付きます。読みやすい本ばかり読んでいると、いつまで経っても好きなジャンルしか読めない。文系だから、理系だからと読む本を選ぶ必要もない。

すると、知識の幅が広がってゆく。

思いがげないことに出会う

 セレンディピティ(serendipity) 思いがけないことを発見する能力。

p.82

専門的な読書は、専門以外の知識に出会うことは少なくなってゆきます。乱読家は、知らない知識にいつも触れていて、分からないことも多い。すると、あるとき化学反応のように、セレンディピティがやってくるのです。

知識を貯めこんでゆく読書から、乱読へ読み方を変えると、いつかセレンディピティによって全く違う考えと出会うのです。そして、この思ってもみない出会いは、新たな好奇心をかき立てます。

読書が知識の蓄積のためではなく、好奇心が新たな好奇心を生み出すものになるように。本の読み方や意識、少し変えてみようと思いました。

続きを読む

『読書力』|社会人力とは?教養とは?

こんにちは。本を読んでは感想をブログに書くようになってから、「読書術」とか「読書論」なんかが気になっている あさよるです。あさよるはボケーっと本を読んでいるだけなので、「なぜ読むのか」「どうして読むのか」なんて考えたことがなかったのに、この手の本を読むと背筋が伸びる思いです。

なんで読書しなくちゃいけないの?

本書『読書力』が素朴なギモン「なんで読書しないといけないの?」という問いに応える内容から始まります。著者の斎藤孝さんは、大学で講師をしている経験から、学生たちへ読書の習慣づけに取り組んでおられるそうです。そのとき、「なんで読書するの?」「読書を押し付けないでほしい」と思う学生もいるようで、彼らへのメッセージにもなっています。

読書好きさんの中にも、他人に対しても「絶対読書すべき!」って考えてらっしゃる方もおれば、反対に「別に読まなくてもいいよ」とか「どっちでもいいんじゃない?」と思ってる方もいるでしょう。実は、あさよるは 後者です……(;’∀’) 好きなら読めばいいけど、辛いなら読まなくてもいいじゃんって思ってました。しかし、本書『読書力』では、「読むべきだ」と強く主張します。それには理由があります。

ここでは、読書は自己形成の糧であり、コミュニケーションの基礎だからだと挙げられています。

文庫百冊・新書五十冊

本書『読書力』では、4年間で文庫100冊、新書50冊を読むことを目標にしています。巻末には読んでおきたい書籍のリストも掲載されていますから、この本からどんどん他の本へ読書が広がっていくよう構成されています。

「4年間で」というのは、学生へ向けてのメッセージだからでしょう。学生生活の間に、文庫100冊、新書50冊を読む習慣をつけましょう。

要約が話せるでOK!

「書を読む」といっても、どの程度読むと「読んだ」なの?というギモンもありますね。本書では一冊本を読んでみて、本の内容を要約して人に伝えられる程度でOKと紹介されています。

4年間で文庫と新書合わせて150冊を要約できる力。確かに、社会人になってからも必要な力になるでしょう。

若者へ向けての「読書論」

先ほども紹介しましたが、本書は若者、その中でも学生に向けての「読書論」「読書術」を説明するものです。著者・斎藤孝さんの教育者としての視点が色濃く出ているんではないかと思います。

本書を読まれる方も、ご自身が学生だったり、教育に関する職に就いてらっしゃる方、また子育て中の方は、当事者として読まれるでしょう。

反対に、それらに該当しない方にとっては、対象から外れてしまうので分かりにくいかもしれません。あさよるも、想定される読者から外れていますので、「確かに、20代の頃の自分に声をかけるなら」と仮定しながら読みました。

〈教養〉ってこんなこと?

本書で紹介される「読書力」を読んでいると、教養ってこういう力を言うのかも?と思いました。それは集中力と瀬極性。それを鍛えるための鍛錬としての読書という考え方に触れたからです。

本を読むって、楽しいときもあれば、しんどいときもあります。知らない知識に触れ続けて、どっと知識がなだれ込んでくる時って、結構つらい!体力的にね。その体力、集中力を養う方法の一つが読書です。そして、じっくりと腰を据えて耐えながら、手ごわい一冊を読み込んでいく鍛錬を積んだ者に与えられるもの。それが読書力であり、教養なのかもな~と感じたのです。

文庫百選

本書の巻末に「文庫百選」なる斎藤孝さんが選んだ100冊のタイトルが紹介されていました。おおっ!これ、あさよるも順番に読んでみよう!と、さっそくメモしておきます…φ(..)あさよるは20冊も読んでないかな~(;’∀’)

1 まずは気楽に本に慣れてみる

1 北杜夫『どくとるマンボウ青春期』
2 町田康『くっすん大黒』
3 椎名誠『哀愁の町に霧が降るのだ』

2 この関係性は、ほれぼれする

1 山本周五郎『さぶ』
2 スタインベック『ハツカネズミと人間』
3 スティーヴン・キング『スタンド・バイ・ミー』
4 幸田文『父・こんなこと』
5 サローヤン『パパ・ユーア クレイジー』
6 大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』
7 下村湖人『論語物語』
8 ドルトン・トランボ『ジョニーは戦場へ行った』

3 味のある人の話を聞く

1 宮本常一『忘れられた日本人』
2 宇野千代『生きて行く私』
3 白洲正子『白洲正子自伝』
4 野口晴哉『整体入門』
5 エッカーマン『ゲーテとの対話』
6 小林秀雄『考えるヒント』
7 福沢諭吉『福翁自伝』

4 道を極める熱い心

1 吉川英治『宮本武蔵』
2 志村ふくみ『色を奏でる』
3 ロマン・ロラン『ベートーヴェンの生涯』
4 棟方志功『板極道』
5 『ゴッホの手紙』
6 司馬遼太郎『世に棲む日日』
7 『宮沢賢治詩集』
8 栗田勇『道元の読み方』

5 ういういしい青春・向上心があるのは美しきことかな

1 藤原正彦『若き数学者のアメリカ』
2 アラン・シリトー『長距離走者の孤独』
3 浮谷東次郎『俺様の宝石さ』
4 藤沢周平『蝉しぐれ』
5 トーマス・マン『魔の山』
6 井上靖『天平の甍』
7 ヘッセ『デミアン』

6 つい声に出して読みたくなる歯ごたえのある名文

1 中島敦『山月記/李陵』
2 幸田露伴『五重塔』
3 樋口一葉『にごりえ/たけくらべ』
4 泉鏡花『高野聖/眉かくしの霊』
5 『歎異抄』
6 ニーチェ『ツァラトゥストラ』
7 川端康成『山の音』

7 厳しい現実と向き合う強さ

1 辺見庸『もの食う人びと』
2 島崎藤村『破戒』
3 井伏鱒二『黒い雨』
4 石牟礼道子『苦海浄土』
5 ジョージ・オーウェル『1984年』
6 梁石日『タクシー狂躁曲』
7 大岡昇平『野火』

8 死を前にして信じるものとは

1 三浦綾子『塩狩峠』
2 深沢七郎『楢山節考』
3 柳田邦男『犠牲(サクリファイス)』
4 遠藤周作『沈黙』
5 プラトン『ソクラテスの弁明/クリトン』

9 不思議な話

1 安部公房『砂の女』
2 芥川竜之介『地獄変/邪宗門/好色/藪の中』
3 夏目漱石『夢十夜』
4 蒲松齢『聊斎志異』
5 ソポクレス『オイディプス王・アンティゴネ』

10 学識があるのも楽しいもの

1 和辻哲郎『風土』
2 ルース・ベネディクト『菊と刀』
3 大野晋『日本語の年輪』
4 柳田國男『明治大正史 世相篇』
5 コンラート・ローレンツ『ソロモンの指環』
6 『ジンメル・コレクション』
7 山崎正和『不機嫌の時代』

11 強烈な個性に出会って器量を大きくする

1 シェイクスピア『マクベス』
2 坂口安吾『坂口安吾全集4「風と光と二十の私と」ほか』
3 パール・バック『大地』
4 シュテファン・ツワイク『ジョゼフ・フーシェ』
5 ゲーテ『ファウスト』
6 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
7 アゴタ・クリストフ『悪童日記』
8 塩野七生『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』

12 生き方の美学・スタイル

1 向田邦子『父の詫び状』
2 リチャード・バック『かもめのジョナサン』
3 藤原新也『インド放浪』
4 村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』
5 マックス・ヴェーバー『職業としての政治』
6 九鬼周造『「いき」の構造』
7 石原吉郎『望郷と海』
8 サン・テグジュペリ『人間の土地』
9 須賀敦子『ヴェネツィアの宿』
10 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』

13 はかないものには心が惹きつけられる

1 中勘助『銀の匙』
2 デュマ・フィス『椿姫』
3 チェーホフ『かもめ・ワーニャ伯父さん』
4 太宰治『斜陽』
5 ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
6 トルストイ『アンナ・カレーニナ』

14 こんな私でも泣けました

1 高史明『生きることの意味・ある少年のおいたち』
2 宮本輝『泥の河・螢川・道頓堀川』
3 灰谷健次郎『太陽の子』
4 藤原てい『流れる星は生きている』
5 井村和清『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』
6 竹内敏晴『ことばが劈かれるとき』
7 林尹夫『わがいのち月明に燃ゆ』

続きを読む