社会・政治

『花森安治の青春』|「暮しの手帖」と戦争

2016年4月に始まったNHK『朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」』も終わってしまいました。あさよるも張り切って、ドラマ開始時に主人公のモデルになった大橋鎭子さんの随筆を読んだりしました。

ドラマは終わってしまいましたが、次に手にとったのは『花森安治の青春』。花森を主人公とした物語仕立てで、間に著者の馬場マコトさんのルポが挟まる構成です。

花森安治は思想家であり、広告マンであり、ジャーナリストやグラフィックデザイナー、編集者の顔を持ちます。

花森安治は10代の頃フェミニズムと出会います。母を思い、フェミニストとして生きようと思います。旧制高校時代には、校友会雑誌の編集を一人で手がけ、東京帝国大学へ進学後も、東京帝国大学新聞部に所属しました。

「ペンは剣よりも強し」を信じた花森青年も、大学卒業後召集され、中国とロシアの国境近くに出兵します。が、肺病のため帰国。帰国後は大政翼賛会の宣伝部に所属しました。

「贅沢は敵だ」「進め 一億火の玉だ!」「欲しがりません勝つまでは」など、あの有名な標語の採用に、花森安治も関わったそうです。敗戦後、大橋鎭子と出会い、「暮しの手帖」を創刊します。

ペンが剣になる「戦争」

雑誌「暮しの手帖」は戦後、皆が“暮らし”を大切にしなかったから戦争が始まったのだとし、暮らしを見つめ直すことがコンセプトです。ですので、反体制の思想のある雑誌です。

ですが、花森安治さんの半生を知り、とても意外というかなんというか……読み始めには大きな戸惑いも感じました。

「ペンは剣よりも強し」を地で行くはずの優秀な青年が、こうもあっけなく体制に呑みこまれ、戦地で銃を構え、人を撃つ。病気により本土へ帰ってきてからも、先輩に誘われ翼賛会で活躍をする。ペンが持っている大きな力を、戦争を躍動し、国を鼓舞する力に使うのです。

戦争というのは、一人の力では抗えない大きな蠢きなのだろうか。花森安治ほどの人でも、「流れ」から離れることはできないのか……ゾッとする読書体験でした。

大橋鎭子さんと出会い、『暮しの手帖』の創刊に際してのエネルギッシュさや、戦後の花森安治さんの活躍が爽快であればあるほど、戦時中の彼の様子が浮き彫りになるようでした。

広告とは、デザインが持っている力とは

『花森安治の青春』を、あさよるは文庫版で読みました。まぁまぁぶ厚めな文庫です。

どんなボリュームもある内容かとビビっていましたがw、思いの外読みやすい文体で、物語っぽく時系列に話が進んでゆくので、一気に読み切りました。

しかし先に上げたように、ショッキングというか、胸にズシンと重いものが残る読書でした。広告とは、編集とは、デザインとは何だろうと、答えのない問が降り掛かってきたようです。

広告やデザイン関連の仕事をしている人、目指している人は、花森安治の思想、生き方に触れてみることをすすめたい。あさよるも広告・デザイン系出身で、他人事と思えない内容だったからです。

サクッと読める上に、読み応えもある内容で、よい読書でした( ´∀`)bグッ!

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『持たない暮らし』|自分スタイルで、とっておきに囲まれて

こんにちは。部屋が片づかない あさよるです。一か所を片付けていると別の場所が散らかって、そっちを片付けているとまた違う場所が収集つかなくなって……と片づけが終わらないループから抜け出せません>< 一応、週末を迎える前には一通り部屋を片付けるんですが、まだまだ物が多くて、管理しきれていない感じ。だけど、だからと言ってこれ以上なにを減らしてよいのかもわからない……。根本的に、自分の生き方(と言うと大げさだけど)から考え直す頃合いなのかなぁなんて思いつつ、悩んでおります。

こんなときは、一人でうんうん悩んでいても仕方がないので、気合を入れるために片づけ本を読むに限ります。読むだけでテンションが上がって「もうちょっと粘ってみよう」と思えます(^^)v

今回手に取ったのは金子由紀子さんの『持たない暮らし』。憧れのシンプルライフについて言及されているのでありました。

すっきりと身軽に生きる

本書『持たない暮らし』の著者・金子由紀子さんはシンプルライフについての著書を多数出版されています。あさよるネットでも以前『お金に頼らずかしこく生きる 買わない習慣』を紹介しました。

金子由紀子さんのお話は、不要なものを手放し、新たに購入・もらってくるものを厳選し、コンパクトに暮らす方法です。質素に生きることなのですが、「貧しい」のではなく、良い物は良い値段を出して手に入れます。

余計な出費を押えれば、浮いた分のお金で、質の高い物を選ぶこともできます。厳選した高品質なもの、良い物を持てると、豊かな感じがしますね。

あさよるも、こまこまと小さな出費をしなようにして(100均に行かないようにしているw)、鞄とか靴とか、長く使えそうなものを選んで、手入れしながら使い続けられたらいいなぁなんて思っています(別な高価じゃなくても、良い物を探したい欲求)。

また、将来ゴミになるものを「もらわない」という習慣も大切です。これは片づけの本によく書かれていますが、人間の脳はなにか決断をするのを先延ばしにしようとするクセがあります。変化を好まないのです。だから「捨てる」という決断をするには、意外なほどに意志の力が必要です。片づけが精神的にも疲弊してしまう理由ですね。だからなるべく、捨てるものを買わない・もらなわいことで、決断する回数を減らして、その分のリソースは別の場所で使いましょう。

物をため込まない秘訣として、「もらわない」「買わない」「ストックしない」「捨てる」「代用する」「借りる」「なしで済ます」と7つの鉄則が紹介されています。といっても決して「買ってはいけない」「ストックをしてはいけない」と言ってるわけではありません。自分(たち)に必要なものを見きわめて、欲しい物は買うべきだし、必要なストックならばします。

誰かにとって不要なものでも、自分にとっては掛け替えのない物もあるし、その逆もあります。だから、すべての人にあてはまる物の選別方法はありません。自分で自分基準を持つことが大事ですね。

油断してると物は増える

シンプルライフを自然にできればいいけれども、かなり気を付けていないと物はどんどん増えるばかりです。特にたくさん買い物するわけでもないし、物をもらわないように気を付けているのですが、それでも物は増える!(;’∀’)

念入りに、手元に残すもの、手放すものを厳選し続けないとヤバイですね。

日ごろから物を厳選していると、入手する際にも「これは不要だな」と判断しやすいし、物が厳選されていると物の管理がしやすいので「これは持っているからいらない」と思えます。際限なく物が増え続ける状態って、自分が何を持っているのかわからなくて、欲しい時に欲しい物が見つからないから、また新たに買って……と悪循環にハマっちゃいますよね~しみじみ┐(´д`)┌

シンプルライフって、唱え続けないとヤバイ。

最近読んだ中では『ドイツ式 暮らしがシンプルになる習慣』なんて憧れ度が高かったなぁ。

自分のスタイルが必要だ

物が無限に増えてしまう理由って、自分の生き方がブレブレだからじゃないのかなぁと、あさよる自身は思っています(;’∀’) もし「自分はこう生きる」と自分で明確に分かっていれば、余計なものは増えないし、そして「自分に必要なもの」が分かっていれば、それにスペースを使うのは惜しくありません。苦しいのは「別に要らなくて大切でもない物に居住空間を占拠されている状態」なんじゃないでしょうか。

「私はこうよ!」って宣言できれば、身軽に生きられるのかもなぁなんて憧れます。

洋服なんてその最たるものですよね。トレンドを追うのも楽しいですが、まずはベースに自分のスタイルがあって、そこに「今っぽさ」を足してゆくのが楽しいんじゃないのかと思います。ベーシックなアイテムは「自分の定番」として揃えていれば、クローゼットに詰め込んだ服の山の前で「着るべき服がない」と悩むこともなくなります。ああ、憧れる……!

片づけテンション上げに

あさよるは片づいた部屋を維持できないので、ときどきどうしようもなく荒れ果てた部屋の前で途方に暮れ、そして諦めて片づけに取り掛かることを繰り返しています。毎日片づけていればそんなことにならないのにねぇ(;’∀’)

そして、たまに「この部屋のシステムはダメだ!」と一念発起し、根本的な模様替えや持ち物の見直しを図ります。先にも述べたように、「決断する」のはめっちゃ疲れます。だからテンション上げて発破をかけながらしなきゃ続かないんですよね~。その時に、本書『持たない暮らし』のようなシンプルライフや片づけ本が役立ちます。読むとしばらくテンション上がるんです。

だから、片づけ本のお気に入り本と、新たな片づけ本探しに余念がありませんw

みなさんも、片づけに疲れたら、金子由紀子さんのシンプルライフの考えに触れて元気を出してみてくださいね。

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『ユニクロ潜入一年』|ブラックバイトへカリスマ社長の招待状

こんにちは。突然春めいて着る服がない あさよるです。ブログではいつも着る服がないと書いている気がします。ないんです。みんな大好きユニクロですが、あさよるの行動範囲にユニクロ店舗がなくて、実はあまり利用する機会が少ないんです。アクセスしやすいのは超大型店で、あまりにも売り場面積が広すぎて、店の前でうんざりして帰ってきてしまうんですよね。「店員さんも大変だなあ」と思っていましたが「やっぱり店員は大変だった」と本書『ユニクロ潜入一年』を読んで知りました。

本書『ユニクロ潜入一年』は著者の横田増生さんが、実際にユニクロ店舗の面接を受け、アルバイトとして働いた1年間の記録です。ユニクロの過酷な業務内容と共に、著者が接客業に喜びを見い出している様子や、真面目に業務をこなす様子など記録されているルポルタージュです。

ユニクロ帝国の光と影・柳井正社長からの招待

本書は、2011年3月に著者の横田増生さんが出版した『ユニクロ帝国の光と影』が発端となって始まります。ユニクロの国内店舗と中国の委託工場での労働環境について言及したことが、同社の「名誉棄損」に当たると、ユニクロが出版元の文藝春秋宛に通告書が送られてきたのです。横田増生さんは何度もユニクロに取材を申し込み、柳井正社長との対談もやっと一度だけかないましたが、それ以外は広報への取材もかないませんでした。にもかかわらず、取材もせずに誤った記事を掲載しているというのが、ユニクロ側の言い分でした。

結果的に2014年、最高裁がユニクロ側の上告を却下し、文藝春秋側が裁判に勝ちました。「事実誤認はあったか」という著者の問いに、ユニクロの広報部長は「それはなかった」と答えました。事実誤認はなかったのに、訴えられた。結果、文春側が勝ったが、今後ユニクロについて言及する記事を書けば「面倒くさいことになる」と知らしめるには十分だったでしょう。

さらに著者は、ファーストリテイリング社の中間決算会見に締め出しを食らっっており、裁判に勝ったのにそれでも出席しないで欲しいと連絡がなされます。理由は、

「柳井から、横田さんの決算会見への参加をお断りするようにと伝言をあずかっています」p.6

というもの。

相手がその気ならばと、横田増生さんは、合法的に名前を変え、実際にユニクロ店舗でアルバイトとして1年間務めた記録と、そして中国やカンボジアでの委託業者への取材をまとめたものが、本書『ユニクロ潜入一年』です。

ユニクロで一年働いてみた

ユニクロ店舗でアルバイトを始めた経緯は、ほかにない柳井正社長直々に「招待」があったからです。2015年3月号の雑誌「プレジデント」にて、柳井正社長のインタビューを記事を読んだことから始まります。

 世間ではユニクロに対してブラック企業だとの批判があるという質問に対して、柳井社長は、「我々は『ブック企業』ではないと思っています(中略)」『限りなくホワイトに近いグレー企業』ではないでしょうか」と答えたのち、「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。会社見学をしてもらって、あるいは社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」と語っているのを見つけた。
この箇所を読んだとき感じたのは、「この言葉は、私への招待状なのか」というものだった。つまり、私にユニクロに潜入取材してみろという、柳井社長からのお誘いなのだろうか、と思った。

p.46

横田増生さんは一旦、奥様と離婚し、奥様の姓で再婚し、合法的に姓を変え、ユニクロ店舗のアルバイトに応募します。日本ではこのような記者が企業内部に潜入取材すること珍しいですが、海外ではよくあるそうです。また、香港の人権NGO団体のSACOM(サコム)が、ユニクロ下請け工場の潜入レポートを行い、違法な長期労働を指摘しました。彼らの働きも、横田増生さんを刺激したと言います。

ということで、ユニクロのイオンモール幕張新都心店、ららぽーと豊洲店、ビックロ新宿東口店の3店舗で実際に足かけ1年強アルバイトが始まります。まず心配なのは年齢です。1965年生まれの横田さんはユニクロ潜入時の2015年には50歳です。この年齢でアパレルのアルバイトに採用されるのか?と気になりますが、3店舗とも即採用で即勤務が始まりました。ユニクロ店舗では深刻な人材不足に陥っているようです。

人材不足が顕著なのは、アルバイトの中にかなり多くの外国人が採用されていることからもわかります。当初は、外国人のお客様へ対応するためのスタッフかと思われましたが、実際にユニクロに訪れるお客様のうち、外国人は1割にも満たないそうで、外国人スタッフの数が多すぎます。ユニクロ店舗は常に人手不足でてんてこ舞いな上に、日本語が堪能ではないスタッフが多数いることで余計に業務が増えています。それでも、なんの改善もなされておらず、慢性的な人手不足であることがわかります。また、横田さんは英語が堪能で、外国人客の接客に当たることが多かったそうです。ユニクロではかつて、社内では英語が公用語だと発表されていましたが、いつの間にか雲散霧消してしまっており、正社員も英語を使えない人が多いそうです。外国人客が増えているのに英語を話せるスタッフが不足しており、かつ、社内では外国人を雇用しコミュニケーションが取れていないという、「やりにくい」感じがよく伝わってきます。

ユニクロ店内の労働環境は、その店舗と、店長の手腕によってかなり違っている雰囲気です。最初に働き始めたイオンモール幕張新都心店では、店長も人格者で、働きやすそうです。しかし、最後にバイトをしていたビックロ新宿東口店は、雇用状態も店内もむちゃくちゃで、ユニクロバイト経験アリの横田さんも疲弊しきっています。

また、ユニクロのカリスマ柳井正社長のワンマンぶりに、末端のアルバイトまでが振り回されている様子が伝わります。バックヤードには「部長会議ニュース」が貼り出され、従業員の全員が目を通します。そこでは柳井社長の言葉が掲載されており、コロコロと話が変わったり、一貫性のない指示が出されているのですが、「誰もツッコめない」、まさに「ユニクロ帝国」なのです。

中国・カンボジアからのレポート

本書は、ユニクロでのアルバイト勤務の間に、中国やカンボジアのユニクロ委託業者の労働環境の取材もなされています。先に紹介した香港の人権NGO団体SACOMは、工場の問題点を4つにまとめています。

一・違法な長期労働と安すぎる基本給
二・漏電による死亡などのリスクがある危険な労働環境
三・労働者に対する厳しい管理方法と違法な罰金システム
四・労働組合がなく、労働社の意見が反映されない職場
こうした労働環境の劣悪な工場を、欧米では“sweatshop(搾取工場)”と呼ぶ。

p.179

もし火災が起これば逃げられない環境にいることを自覚し、恐怖を感じながら働いている労働者や、ストライキに工場が応じず警察が強制的に労働者を排除した問題にも触れられています。ミスがあると罰が与えられたり、過労で倒れ病院へ担ぎ込まれた男性には1日だけ休暇が与えられ、それ以降はまったくの無給になった話や、シフト交代はなく、朝から夕方まで休憩なしで低賃金で働き続けるなど、労働環境が語られます。

体当たりの取材記

ユニクロに足かけ1年間実際にアルバイトとして勤務をし、その間に外国の委託工場の取材を試みた記録である本書。あさよるの感想としてはまず、「イオンモール幕張新都心店ならバイトしたいなあ」というものだった。ユニクロの劣悪な労働環境について暴く内容ではあるけれども、同時に柳井正社長がカリスマ経営者であることもよくわかる構成です。ただ、社長がカリスマであるがゆえに、巨大に成長した会社の末端が見えなくなっており、柳井社長自身が、ユニクロ店舗スタッフがどんな環境で働いているのか、本当に見えなくなっているのではないでしょうか。

そこで本書の結びでも、著者・横田増生さんは柳井社長に対し「素性を隠し、ユニクロ店舗でバイトをしてみる」経験を勧めておられます。

あんなに大きな会社なのに、新人バイトまで社長の会議での発言を知っているというのは「すげーな」というのが本音でした。あさよるもこれまでアルバイト経験をいくつかしましたが、正直社長の名前も知らなかったり、役員の会議の内容も、これからの展望も、バイト風情が知ることはありませんでした。感覚的には、地方の中小企業の社長のまま、日本を代表するようなアパレル企業に成長したのかなぁと感じる。

あと、ユニクロの製品を買わない「不買運動」をしている人が あさよるの周囲にもいます。彼らが言う「外国での劣悪な工場労働」の実態の一部に触れると、確かに「ユニクロの服あんまり欲しくなくなったなあ」と思います。幸か不幸か、あさよるの行動圏内に手ごろなユニクロ店舗がないので(巨大店しかなく商品を探すのが大変)、あまりユニクロで買い物しないのですが、これから志向が変わるかも。

働き方の本

横田増生さんの本

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『0円で生きる』|わたしが格差社会の中で、今やること

『『0円で生きる: 小さくても豊かな経済の作り方』』挿絵イラスト

こんにちは。あさよるです。デジカメを買おうとお金を貯めてたのですが、ヘヤカツの効果で「エアコンを買い替えよう」という英断をし、またお金がなくなってしまいました。今のところカメラを使うことがないので、また貯めよう。

今回手に取った『0円で生きる』のは、あさよるのような金欠な人に節約のコツを教える本だと思って手に取ったのですが、もっとマジメで、且つ、もっと面白い本でした。「お金がない」という直面する目先の問題を取り上げるのではなく、格差の広がる社会の中で「私たち個人はどのような活動をすればよいのか」という具体的な行動を示すものです。本書はとても実践的ですし、社会問題について机上の空論を述べる物ではありません。今すぐ、誰もが始められる「世界を変えるための活動」を促す本です。

お金がなくても機嫌よく生きる

本書『0円で生きる』はタイトルの通り、「お金を使う」以外のやり方で、豊かになるための手段を紹介するものです。本書は「お金を稼ぐ」ことに反対しているわけではありませんが「それ以外のやり方」があってもいいし、むしろ我々は昔からあげたりもらったり、貸したり借りたりして生きてきました。お金だけが絶対的な価値になった時代は、とても特殊な時代だったのかもしれません。

そして、現在若い世代を中心に、一人に一つ物を所有することに価値を見出さない人たちが増えています。アメリカでは「ミレニアム世代」と呼ばれ、社会問題になっているようです。自動車メーカーは、一家に一台、一人に一台自動車が売れるほうが儲かります。村に一台しかなかった電話が、一家に一台、部屋に一台、一人に一台と普及していくことが、国内需要を増やす時代がありました。

しかし、今では自動車メーカーまでもカーシェアリングを推奨しているし、時代はすでに変わり始めています。かつては、中古品はダサくて新品に憧れました。しかし今、古着や古本、リサイクルショップやフリーマーケットで買い物をすることに抵抗がない人がたくさんいます。

本書『0円で生きる』では、あげる・もらう、貸す・借りるのみならず、お金をかけずに、お金以外の価値によって活動をしている人や団体、サービスを紹介します。

本書では無料でできる様々なことを紹介している。貰ったり、共有したり、ゴミを拾ったり、行政サービスを利用したり、自然界から採ってきたり、無料でできることは、よく見てみれば身のまわりに溢れかえっている。(中略)

ここに書いてあるのはあくまでも、贈与や共有にもとづいた無料の生活圏を社会のなかに広げるための方法だ。実際には企業がくれる無料サービスを狙ったほうが、手に入るものは多いかもしれない。けれどもこの本には、その代わりに大きな夢がある。
そんな社会になれば、例えば貯金がない人、稼ぐのが苦手な人でも、別の形で貸しを作っておけば、困った時にお金がなくても、借りのある人が助けてくれるだろう。お返しがお金ではなく、何か得意な作業でもいいのなら、お金のない人も欲しい物を手に入れることができる。

p.3-5

本書はあくまで、無料の生活圏に注目するための案内です。実際に「お得情報」をお探しの方は、もっと広い目で探した方が良いでしょう。

お金の価値が絶対的に強い世界では、お金のない人は貧しく不幸せに生きることになります。すなわち、高年収の職業に就けるか否かが、幸不幸を分けてしまっていることになります。社会の中で一番お金を稼ぎ、お金をたくさん持って、大きな力を持ているのは、企業です。企業は政府に献金し、政府は法人税を下げたりします。そして我々は、大企業に雇ってもらい、終身雇用されたいと望んでいます。格差社会が広がった今日の日本では、昭和期よりも「終身雇用」を望む人が増えています。

お金があれば幸せ、お金がなければ不幸せ。大企業の正社員になれたら幸せ、なれなかったら不幸せ。そして格差の広がる現代日本では、お金がなく、大企業の正社員になれない人が増えています。とても息苦しいですね。

お金がない人が多いという貧困の問題への対策としては、二つの方向がある。ひとつには、賃金を上げさせ行政の支援を増やし、もっとお金が貰える社会にする方向だ。もちろんこれは必要だ。けれども、同時に社会のお金への依存度を下げることもまた大事なのだ。そして本書が取る立場は後者だ。

p.6-7

前置きが長くなりました。格差社会が広がり、お金による幸福を得られない人が増えています。その対策として、まずは、国や行政は支援を増やしお金を貰える社会にすること。これは、国や行政という大きな視点での対策。そして本書『0円で生きる』では、お金の依存度を減らし幸福度を増す、個人や小さなグループが取り組める、小さな目線の対策です。「今、自分はどうするのか」とう具体的な行動の参考になるでしょう。

お金以外のやり方

さて本書『0円で生きる』は、具体的にお金を使わずに活動している人や団体を取材したり、著者の鶴見済さんご自身が体験してみたりと、昔からある方法を試したり、実際に運営されているサービスが紹介されています。

もらう・あげる

まず、お金を使わないやり方は、人に無料でもらう、人に無料であげる方法。一番ありふれている方法です。お祝いやお見舞い、門出にプレゼントを渡すコミュニケーションも存在します。

SNSで自分のいらないものや、欲しいものを日ごろから知らせておいたり、カンパを集める人もいます。不用品を出品するサイトを使って、自分の不用品を他人にあげたり、人からもらうこともできます。これはやや面倒くさいのですが「使える物を捨てるより、誰かにあげたい」という心理と相まって、なかなかよいサービスのようです。

要らないものを放出する「0円ショップ」というのも、実際に存在しています。みんなが不用品を持ち寄って出品します。欲しいものがある人は、持ち帰ります。店舗のテナント料はカンパで賄っているそうです。同じものをあげたりもらったりして、大勢で物を貸し借りしているイメージです。路上や、空きスペースで開催されていることもあります。

カンパの集め方も、従来の募金方式や、グッズを販売して購入代金を資金に充てるだけでなく、クラウドファンディングも盛んになっています。クラウドファンディングの内容も、社会的なものだけでなく、個人的な要望にもお金が集まっています。

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「貸し借り」は太古の昔からある活動です。物々交換するためには、お互いの欲しい物と持っている物が合致しないと成立しません。ですから、大昔の人は「物々交換」という奇跡ではなく、「貸し借り」という現実的なやり取りをしていたのではないかと本書では考察されていました。

身近な貸し借りは、自宅で持ち寄りパーティー。部屋や食べ物をみんなでシェアしていると言えます。旅行やDIYに使う道具など、滅多に使わないものを貸し借りする人たちもいますし、それらをレンタルできるサービスもあります。

他人の家から家へ移り住む、いわゆる「居候生活」をする人もいます。ワールドワイドに、世界中の家から家へ宿泊させてもらう人もいます。彼らは、異国の話を話して聞かせることで、宿の提供者を持てなすことができます。

著者の鶴見済さんも、実際に6週間スイスの青年を自宅に泊めてみた経験を綴られています。最初は心配でしたが、意外と生活には支障はありませんでした。あまり細かにスケジュールを聞きだしたりせず、放っておくのがお互いに居心地がよさそうです。一方で、会話の中で、何気ない「場を和ますような言葉」を英語で話せなくて、気まずい思いもしたそうです。英語は流暢であることに越したことはなさそうですね。

空き部屋や空きスペースに泊めてもらう〈カウチサーフィン〉を利用した経験もありました。カウチ、使ってない椅子を使わせてあげるという人と、泊まりたい人をマッチングするサービスです。ベトナムでカウチサーフィンを利用して、カフェの営業外の時間、カフェの椅子で宿泊させてもらったそうです。一緒になったドイツ人の人と、語らい快適に睡眠。翌朝は、カフェの開店の手伝いをして宿を後にしたそうです。

〈airbnb〉(エアービーアンドビー)は、空き部屋を有料で貸し出せるサービスです。しかし、ホテルの空き室を一般の住宅として偽装して登録されていたり、安宿よりも高額だったり、本書のテーマとは外れた実情もあるようです。同じく、車の相乗りをマッチングする〈Uber〉(ウーバー)も、実情が現行のタクシーと大差ないと紹介されています。

「ヒッチハイク」も空席のシェアと言えます。長距離運転主も、話し相手を求めていることもあるそうで、居眠りせずに話しをすると、お互いに良いみたいです。また、日本はヒッチハイクしやすい国らしく、実際にやったことある方もいらっしゃるかも?

ゴミを拾う

0円で物を手に入れるのに適しているのは、ゴミを拾うこと。自治体によっては、業者による廃棄物の収集を禁止しているところもありますが、個人がゴミを拾う分には気にしなくてよさそうです。しかし、ゴミを拾う「マナー」については、しっかりと本書で念を押されています。マナーとして配慮すべきは

・広げたゴミ袋は必ず元に戻す
・敷地内のゴミや、回収車に入れられたゴミは取らない
・店員に気づかれないようにする。気づかれるならやめる
・野宿者が待っているところはやめる
・深夜は音も気をつける
・各家が、家の前にゴミを出す戸別収集している地域では、ゴミを拾わない

あくまで、匿名のゴミを、匿名で拾うことが前提のようです。

食品については、お店によっては拾う人のために、食べ物をきれいに分けられていたり、わざとゴミ捨て場の鍵を開けたままの場所もあるようです。気づいていないけれども、意外と「ゴミを拾う」「ゴミをあげる」という文化は根付いているのかもしれません。

また、富の再分配という点でも、ゴミを拾うというのは役割を果たしています。本来なら社会が支援すべき対象を、ゴミを提供することで賄っているとも考えられます。

『『0円で生きる: 小さくても豊かな経済の作り方』』挿絵イラスト

元手0円から稼ぐ

元手0円から、お金を稼ぐ方法も考えましょう。まず、フリーマーケットに出品してみるのが一番簡単です。フリマ会場によって〈売れ線〉があるようで、事前にリサーチしておきましょう。公共の場を使ったフリーマーケットは、なかなか審査が面倒で主宰するのは大変そうです。個人が自治体が主催する「○○市」「××祭り」「△△マルシェ」なんかに出品してみましょう。

食品を売るケータリングは、仕込みの時間も必要ですので、利益を上げるのは難しそうですが、食べ物を通じて人と知り合う仕事は、遣り甲斐も大きいそう。

日本では、路上で物を売る屋台の取り締まりが厳しいのですが、「移動屋台」はOKです。駅前で『ビッグイシュー』を立って販売しているのも、そのためです。軽トラは初期費用が必要ですが、自転車やリヤカーならかなり手ごろです。

カフェや飲食店の閉店時間を貸してもらったり、複数に人で店を持ちまわる「日替わり店長」をやっているお店もあります。自宅がある人は、家をお店にすることもできます。物を売ってもいいし、いらないもの市をすることもできます。但し、飲食店をする場合は、規制があるので準備が必要です。

助け合う・ボランティア

本書では〈二人以上でやることはすべて「助け合い」〉だと紹介されています。だから、二人で肩を叩いて、マッサージをしあうのも「助け合い」です。こう言われると「助け合い」や「ボランティア」がグッと身近な言葉に感じます。

料理をみんなで持ち寄るのも助け合いです。一人で食事を用意するより、コストを抑えてたくさんの品目が食べられます。「共同購入」も助け合いです。安くまとめ買いして、みんなで分けます。

〈WWOOF〉(ウーフ)というサービスは、農場で手伝いをする代わりに、宿泊と食事が無料になるサービスです。国内にも、受け入れ先があるようです。「手伝い」というのは、昔からありふれた助け合いです。誰もが経験したこともあるでしょう。

行政からもらう・公共サービス

行政サービスを利用することもできます。多くの人が日常的に利用できる富の再分配は、まずは「図書館」。図書館は居場所としても機能し、コミュニティスペースとしても活用できます。公民館もホールや会議室を使えます。音楽のライブをする人もいます。スポーツ施設でスッキリ発散しても良いでしょう。

公園や霊園でくつろぐこともできます。国公立のキャンパスを公園のように使うこともできます(私大はその大学による)。お弁当持ってってもいいですね。大学の図書館利用もできます。

生活保護も私たちの権利です。職業訓練を受けることもできます。

自然界からもらう

自然にあるものを貰ってくることもできます。そういえば、先週ツクシをせっせと採っている人を眺めていて「春だなあ」とこっちまで堪能していました。もう今週には立派なスギナになっていました。

食べ物になる植物を育てている人は多いかも。薬味系は便利だし良いですね。うちはネギとミョウガが生えます。ハーブや、サラダにできるお野菜もどうそ。プランターでプチ家庭菜園くらいは、なさっている人もいるでしょう。

野山や川や海で採集できるものもあります。野草であるタンポポやハコベ、ヨモギなど。銀杏や桑、梅の実も街中でも落ちています。あさよるは大阪に住んでいるので、秋になると誰かれなしに銀杏をもらえますw

注意として、毒のあるものもあるから、慎重に!

また、自然は鑑賞するだけでも豊かさを感じられます。植物や鳥や魚を鑑賞してみましょう。

※デメリット・危険もある

本書で紹介される「0円で生きる」やり方を紹介しました。かなりいろんな方法が紹介されているのがわかります。お金の価値や仕事を否定しているわけでもなく、今の生活でも「豊かさ」は見い出せるし、幸せになれるんじゃないかという提案なのです。

しかし、これら紹介した事柄にも、それぞれデメリットもあります。宿泊先を紹介するサービスでは、レイプ事件も起こっており、手放しに安全とは言えません。事前にきっちり下調べすれば、あまり神経質になりすぎなくて良いとは紹介されていますが、安全のための確認は必要です。ヒッチハイクなんかも同様ですね。

また、助け合いは素晴らしいことですが、歴史の中では「ムラ社会」にて、約束を守らなかった人を半ばイジメる「村八分」もあったのも事実ですし、人と人とが関われば、煩わしい手間や人間関係が生まれます。

本書では、ネガティブな事柄も、実にフラットに紹介されています。

「ムラ社会」を超えた社会を

本書『0円で生きる』で目指される社会は、過去の「ムラ社会」的なものに戻ることではありません。むしろ、「ムラ社会」を超えて、新しい社会を構築すべきです。

村の中の助け合いの中で、義務を果たさないと人に制裁として「村八分」があったのは知られていて、明治以降、人権の立場から批判を浴びています。同様に、他の土地から引っ越してきた人を、村のメンバーとして認める「村入り」にも厳しい条件がありました。条件が果たせる人しか村の仲間になれないのです。現在では、あえて村入りせず「よそ者」で居続ける人も増えています。

現在の私たちにとって、助け合い、相互援助と聞くと、全時代の風習を連想し、ネガティブに捉えてしまいます。

助け合いといういささか古い習慣に人々を向かわせたいなら、そのいい面を伸ばすと同時に、厄介な面を是正していくことが不可欠だ。個と集団全体をいずれも尊重する、あらたな人間関係を模索するべきだろう。
現在の助け合いには、ボランティア活動のように一方的・慈善的な「テツダイ型」で、一時的、個人的なものが多い。ここには自らが助けてもらう権利はない代わりに、助ける義務も長期にわたる人間関係もない。これが全時代のマイナス面を踏まえた、新たな助け合いの形なのだろう。

p.159

「テツダイ」とは、返礼を期待せず一方的に支援することです。冠婚葬祭の手伝いや、災害時の支援としての手伝いもありました。「助け合い」は相互に、持ちつ持たれつの関係なので、義務を果たさない人がいると破綻してしまう関係性です。だから村八分をして阻止していました。しかし「テツダイ」はそもそも一方的なものなので、「一時的」「個人的」なものです。「テツダイ型」が新しい助け合いの形だとしています。

少ないお金でも充実して生きられる

本書『0円で生きる』で紹介する、お金以外のやり方で豊かに生きる〈やり方〉は、共感する人もいれば、「えー」と思う人もいるのでしょうか。あさよるの場合、共感……というか、あさよる自身も実践していることもあるし、お金以外の豊かさを持っている友人知人も身近にいるので、「何を今さら」という感じもあるかな。

そもそも あさよるは、お小遣いがなくてもまあ、プラっと図書館にでも行けばOKですし、窓越しにボーっと日がな一日外の景色を眺めているだけでも充実できるタイプの省エネ人間なので、今もお金はないけど充実はしています。また物欲も多い方ではないと思うし、「旅行へ行きたい」願望もないので、死なない程度にお金があれば良い人ですね(*’ω’*)>

氷河期世代以下の世代は「お金がないのが前提」で生きている人も少なくないでしょう。それぞれ、お金以外の価値を見出して、それぞれ豊かに生きている人もたくさんいるんだろうと思います。一方で、昔かたぎなお金や物質のみ豊かさを感じる人にとっては、とても生きにくい時代です。

「コミュ障」にはお金主義社会はハードモード

いわゆる自称「コミュ障」の、人間関係を構築するのが苦手な人は「ムラ社会的なコミュニティでは生きづらい」という話がありますが、あさよるは個人的には逆だと思っています。ムラ社会的な、ローカルな横のつながりが強いコミュニティでは、コミュ障であっても、与えられた役割さえ果たせば生きられます。

しかし、お金によって繋がっている社会では、孤立すれば終わりです。多くの仕事はチーム戦で、会社の中でみんなで集まって仕事をしています。だから、コミュニケーション能力の高い人はどんな職場でも求められ、たとえ特定の能力が高くてもコミュニケーション能力が低ければ、社会的に辛い立場に置かれる人が多いでしょう。

コミュ障ほど、実は助け合いの社会が必要じゃないのかなあと思っています。それは村八分のある社会よりも、「テツダイ」型の社会の方が、風通しも良いし、自分の能力で手伝うこともできます。

みんながそれぞれ持っている「優秀と言えるほど飛びぬけてるワケじゃないけど、得意なことや、苦にならないこと」を、積極的に使えたら「テツダイ」になり得るのかなあなんて思いました。とりあえず、あさよるは洗濯物を干したり畳んだりするのが大嫌いなので、誰かに手伝ってもらえるだけで人生が楽になるに違いない。代わりに、あさよるがなんかするから。

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『失敗だらけの人類史』|原罪…思い込み、ウッカリの歴史

『失敗だらけの人類史』挿絵イラスト

こんにちは。ケアレスミスが多い あさよるです。あさよるは神経質で心配性なんですが、それは心配をして神経をすり減らすだけの、信じられないような失敗をするから油断ならないのです(苦笑)。しかしこれは、人間は過ちを犯す生き物であって、あさよるが悪いわけではありません。仕様です(と思いたい)。

ということで、人類最初の人・アダムもまた、イブに誘惑され神との約束を破ります。我々は最初の人間から、過ちばかり犯しているのです……『失敗だらけの人類史』は、そんな哀愁すら漂う人類の失敗の歴史をまとめたものです。イブはサタンにそそのかされ知恵の実を口にし、そしてアダムにも分け与えました。その子孫である人類も同様に失敗続きの人類史。英雄たちのたった一つの失敗が歴史を大きく動かすのです。

タイトルとこの装丁、そしてコンセプトを知ると手に取らずにはいられないような心惹かれる『失敗だらけの人類史』は、数貸すの大失敗に、しみじみと感じ入るばかり。

歴史を動かした大失敗

本書『失敗だらけの人類史』は、英雄たちが下した「失敗」によって歴史が変わった出来事を紹介したものです。本書はこんな序章から始まります。

人類の歴史は「失敗の歴史」ともいえる。しかもその失敗の多くは、優秀で善意に満ちた人々が、肝心なときに大事な判断を誤ったために引き起こされている。少なからぬ人々が二者択一の選択問題を間違えてしまったのだが、これらの判断の多くは、そのときには一番良い考えに思えたものばかりである。
一方、とてつもなく愚かな判断が下されたことがあるのも事実であり、本書には、人類が犯した愚の骨頂ともいうべき失敗の数々が取り上げられている。それらは罪のないうっかりミスなどではすまされない。たくさんの人命や人々の暮らしを損なったり、国や王朝を滅ぼすような高い代償を払う結果をもたらした、実に愚かなヘマである。後世に負の影響を及ぼした致命的な誤算である。

(中略)

人類の愚かな過ちを追体験することを厭わない読者諸賢におかれては、サンタヤーナ歴史再現協会(Santayana historical Reenactment Society)に興味を持たれるかもしれない。この教会の会員たちは歴史に名高い愚行の数々を実際に再現してみせる活動にいそしんでいるが、それは、協会がその名を関する人物、ジョージ・サンタヤーナの名言に注目して欲しいからだ。サンタヤーナ曰く――「過去を学ばないものは、必ずや同じ過ちを繰り返す」

p.6-7

本書の歴史的失敗は、その歴史的人物たちがその判断を怠った瞬間、失敗に気づいていないどころかそれが最適解だと信じていたり、あるいはどうしようもないウッカリミスで起こります。舵取りを誤りエジプト最後のファラオになってしまったクレオパトラ。氷に閉ざされた土地を「グリーンランド」と名づけ移民を募ったバイキング。侵略者を神と間違え、歓迎して招き入れてしまい、文明を滅亡させてしまった皇帝。モスクワ撤退を決めていたのに、気が変わって敗戦してしまったナポレオン。ラスプーチンを狂信してしまったレクサンドラ皇后はロマノフ朝を終焉させてしまいます。チャーチルが引いた国境線は今日の中東問題の火種です。

どの失敗も「その時はそれが良い判断だと信じていた」あるいは「うっかり」のいわゆる「魔が差した」ような過ちもあります。これらの失敗だらけの人類史の、種をまいたのは、そう、アダムとイブの過ち。

アダムとイブが禁断の果実を口にする

すべてはここから始まった。ということで、第一章は「アダムとイブ、禁断の木の実を口にする」から始まります。彼らの過ちは、その後の人類が犯す過ちをすでにはらんでいます。

人類はなぜ失敗ばかり犯すのか? その動機は本書の中で追々明らかになるが、その多くが、この2人の中にすでに現れている。すなわち、嫉妬、暴食、色欲、知識欲、そして、言いつけに背いても何とかなるだろうという強い思い込みである。

p.8

ちなみに、聖書のアダムとイブが禁断の実を口にするエピソードは、女性憎悪的であると本書では指摘しています。だって、人類の堕落をもたらしたのはイブであるとするからです。神は最初の人・アダムを作ります。そしてアダムの体からイブを作りました。二人は夫婦になりますが、イブが神の言いつけに背き、そしてアダムを誘惑するのです。

イブをそそのかした犯人はサタン・悪魔です。キリスト教もイスラム教もユダヤ教も「サタン」という絶対的悪を生み出したことによって、その後に起こるできごとは「すべてサタンのせい」にできるようになりました。

神に背き、楽園であるエデンの園から追い出された二人の家庭は円満ではありませんでした。息子のカインが、弟のアベルを殺害し、人類初の殺人が起こってしまうのです。

本書『失敗だらけの人類史』は、アダムとイブによる「原罪」が、その後そのように人類に降りかかるのかを紹介するものなのです。

『失敗だらけの人類史』挿絵イラスト

世界史つまみぐい

本書『失敗だらけの人類史』は、世界史が苦手な人でも大丈夫。一章一章は独立していて「失敗を犯した人物」「失敗の結果どうなったか」「それはどのような失敗だったか」と三要素を表にまとめられており、妙に分かりやすい構成になっております。

『失敗だらけの人類史 英雄たちの残念な決断』ビジュアルイメージ画像

失敗だらけの人類史 英雄たちの残念な決断 (ビジュアル讀本) | ステファン・ウェイア, ナショナル ジオグラフィック, 定木大介, 吉田旬子 |本 | 通販 | Amazon

また、ビジュアル資料もたくさん収録されており、パラパラと見ているだけで楽しい内容です。

他人の失敗談ですから「アラお気の毒」と思いつつも「あ~こういうことあるなあ~」と妙に歴史的人物に共感しちゃったり、「これはやっちゃいそう」と反省することも。

結末を知っているから、わかること

ちなみに あさよるは、メキシコにあったメシカ族(アステカ帝国の後裔)の皇帝が、南アメリカへ侵略しに来たスペイン人を「神」だと勘違いして歓迎してしまうエピソードは、「あ~、これは確認不足なんだけど、勘違いするのもわかるな~」としみじみと。トルテカ地方では「ケツァルコアトル」という神がいて、いつの日か地上に君臨するときは「口ヒゲと白い肌」で現れると予言されていたのでした。そして、口ヒゲと白い肌のスペイン人たちがやってきた。これはもう、この予言がなされた時点で起こるべくして起こった失敗に思えます。

また、クレオパトラの失敗は、歴史の結末を知ってる私たちだから冷静に見れますが、渦中にいた彼らは、なにがどう転ぶかわからないギリギリの外交をしていたのでしょう。結果的に、彼女は恋に生き、二つの王朝を終わらせました。

一番最後の章は、2004年に起こったスマトラ沖地震の津波被害について。インド洋では100年くらいの周期で地震による津波被害があることを知っていながら、大きな準備をしていなかった各国の政府を批判します。しかも皮肉なことに、なんの対策もない地域では潮目や動物たちの異常に気づき非難した人が多かった一方で、津浪対策が行われていた地域ほど被害が大きかったのです。つまり、不十分な対策によって、逃げられるはずだった人々が災害に巻き込まれたのです。ウィーンにある包括的核実験禁止条約の事務局では、インド洋で地震が起こったを察知していましたが、クリスマス休暇中で誰もいませんでした。米軍基地は地震の情報を持っていましたが、誰に連絡すればよいのかわかりませんでした。

これらは、歴史の結果を我々は知っているから、あまりにもお粗末な失敗に眉をひそめてしまいます。しかし、その渦中にいた人々は、事態を飲み込めないまま行動していたでしょう。失敗を肯定しているのではなく、今現在の我々も「失敗と気づかずにやっている行動があるのでは?」と翻って考えるのがよさそうです。未来の人から見れば、愚かな失敗を今まさに犯しているのかも。

次に読みたいのは、コレ↓

本書『失敗だらけの人類史』と一緒に読みたくて気になっているのがこれ↓。

世界をまどわせた地図 伝説と誤解が生んだ冒険の物語

読書メーターでフォローしてる方が読んでらして、ずっと気になっている本です。『失敗だらけの人類史』と併せて読みたいとチェックしておりました♪ 期待!

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