『私とは何か――「個人」から「分人」へ』を読んだよ

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たくさんの顔を持つ自分をたくさんの色を持つ多色ボールペンに例えてみたら色とりどりで嬉しい気持ちになったイメージをコピックで描いたイラスト

たくさんの顔を持つ自分をたくさんの色を持つ多色ボールペンに例えてみたら色とりどりで嬉しい気持ちになったイメージをコピックで描いたイラスト

私はずっと、対人関係で「裏表があってはいけない」「人によって態度を変えてはいけない」「誰に対しても同じように振る舞わないといけない」と思っていて、それが正しいことであると信じていました。

ですが、今は少し考えが違います。
相手の人によって、気が合う人もいれば、合わない人もいます。
一緒にいるだけで嬉しい気持ちになれる人もいれば、イライラしてしまったり、喧嘩になってしまう人もいます。
それは、悪いことではなく、私にも相手にも、それぞれ違う個性を持った人間なんだから、上手くいくこともあれば、上手くいかない時もあって当然です。

そう思い始めてから、気が合わない人と無理に一緒にいようとしたり、人と上手くいかなくても仕方ないと思えるようになりました。

たくさんの顔の「分人」を持つ私

平野啓一郎さんの『私とは何か――「個人」から「分人」へ』を読みました。
著者は、唯一無二の「個人」なんて存在せず、対人との関係により様々な顔があり、それを「分人」と呼んでいます。
「八方美人」とか「仮面をかぶる」などの言い方をしてしまうとネガティブな印象が強いので、「分人」という新しい呼び方を提唱されています。

人との関係の数だけ「分人」が存在し、その分人の集まりが自分です。
だから、人との関係の数だけ違った顔の自分があって当然だし、その顔ごとに考え方や気分まで変化があって然るべきなのです。

色とりどりの多色ボールペンでいい

この「分人」の考えを読んで、多色ボールペンをイメージしました。
私はずっと、黒なら黒、赤なら赤の、一色ボールペンたらねばならぬと強迫観念めいた考えを持っていました。
しかし、「分人」の考えでは、赤や青、緑、黄色……と、分人ごとにたくさんの色を持っていて当たり前です。
たくさんの色が一本のボールペンに搭載されている。
これが、一人の人の中にたくさんの分人が存在しているイメージと重なりました。

色とりどりのボールペンを持ってもいいんだと思うと、気分が変わりました。

私とは何か――「個人」から「分人」へ 平野 啓一郎
講談社
(2012)

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