『太宰治論』を読んだよ

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猿山で語らう2匹のサル

猿山で語らう2匹のサル

今年(2015年)もあと1ヶ月ちょっとでおしまいです。来年の予定もどんどん入り始め、年末の感じがやってきています。
この時期になると悩むのが年賀状。例年は、お世話になっている方にメールで新年の挨拶を送って済ませていました。来年はハガキの年賀状を用意しようかと考えています。こうしてブログで毎日イラストを書いていますし、自作のデザインの年賀状でご挨拶できればいいなぁと思い始めたからです。

来年、2016年、平成28年は、申年です。サルをモチーフにした年賀状デザインを考えたいところですが、気の利いたデザインはなかなか思い浮かびません。
頭の片隅で「サル…サル…」と思案しているせいもあって、最近はサルや類人猿について書かれた本を手に取っています。更に、人間のことを「二足歩行したサル」とか「◯◯のサル」と表現することもありますから、人間について、人類学の本も引っ張り出しています。

文学でサルをモチーフにしたものはないのかなぁと思い、真っ先に思い浮かんだのは太宰治『猿ヶ島』でした。太宰には高校生の頃に出会い、いくつかの長編小説を読みましたが、のめり込まないまま青春時代を終えてしまったのが残念に思っています。もっと早くに出会いたかったと思う作家です。

『猿ヶ島』は短編で、現在では青空文庫やKindle版でも無料で読むことができます。短いお話なので、ぜひご一読ください。

物語の最後、二匹のサルが逃げ出します。太宰に傾倒していた友人から、「この二匹は太宰と井伏鱒二なんだよ」と教わり、ずっとそう思って読んでいました。しかし今ネットで検索しても、特にそのような解釈が書かれた記事はヒットしないので、友人のボーイズラブ的な妄想だったのでしょうか。

井伏鱒二は明治31年(1898年)生まれの作家で、平成5年(1993年)に亡くなりました。『山椒魚』や『黒い雨』など代表作も多数あります。
井伏は人との付き合いも上手かったのに対し、弟子である太宰は他人との付き合いは苦手で、何かと正反対の師弟だったようです。太宰は井伏を慕い、井伏は自殺未遂や問題を繰り返す太宰を可愛がり親切にしました。
対象的な性質を持つ、師匠と弟子という属性の二人ですから、いろんな想像が膨らむのでしょう。

太宰は何度も自殺未遂を繰り返し、ついに東京・三鷹の玉川上水にて愛人と入水自殺をします。その時の遺書には「井伏さんは悪い人です」と書かれていたと言います。

奥野健男『太宰論』でも太宰と井伏のすれ違いが書かれていました。昭和初期に太宰は井伏のもとへ弟子入りします。太宰は高校生の頃から何度も自殺未遂を起こしており、井伏から精神科へ入院を促され、その後、井伏の勧めで結婚をし、東京の郊外で平凡な生活を過ごします。太宰は入院を勧めた人たちを「恩人」だと言っていましたが、『人間失格』ではそれらは本当は不本意で、人に裏切られたと書かれています。信頼していた師・井伏に裏切られたからこその「井伏さんは悪い人です」なのでしょうか。

更に時代は太平洋戦争へ突入してゆきます。太宰も空襲に遭い、平凡な生活はかき乱されます。戦時中の混乱の中、太宰は円熟期を迎えます。『走れメロス』や『お伽話』が執筆されました。井伏は平穏で平凡な生活を太宰に提供しましたが、太宰にとっては非常時の混乱や緊迫が作品を生む環境だったのかもしれません。

猿ヶ島の二匹のサルも、片方はここを逃げ出そうと言いますが、もう片方は「怖くないのか」と言いその場に留まりたそうで、二匹の性格の違いが表れています。物語では結局、二匹は逃げ出します。
現実では、性質の違う者同士は、そう上手くいかないのかもしれません。

Information

太宰治論

  • 著者:奥野 健男
  • 発行所:新潮社
  • 1984年6月15日発行

目次情報

  • はじめに
  • 人間像と思想の成立
  • 生涯と作品
  • 太宰文学の位置とその周辺
  • 太宰治再説
  • 津軽幻想紀行
  • 年譜
  • あとがき
  • 新潮文庫版あとがき
  • 解説 磯田 光一

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