片田珠美『自己愛モンスター』|SNSが刺激し膨らむ欲求

こんにちは。年末年始に積読解消を狙っていた あさよるです。無論、積読の山が減ったようには見えませんが……。本書『自己愛モンスター』も、休み中に読もうと取っておいたものです。ヘビーな内容を扱いますが、文体は淡々としているので、ダメージは少なかったです。想像するとヘコんでしまうのですが……;

自他を破滅させる理由とは

『自己愛モンスター』では、「自己愛」の肥大によって起こった事件や話題を挙げながら話が進んでゆきます。秋葉原通り魔事件、ネオ麦茶、オウム真理教、スマイリーキクチ中傷被害事件、尼崎連続変死事件、三鷹ストーカー殺人事件、コンビニ店員土下座強要事件、パソコン遠隔操作事件、クレーマー、ヘイトスピーチ等々、凶悪犯罪から迷惑行為、そして「不倫バッシングを執拗に繰り返していた本人が不倫していた」というエピソードから、アルコール中毒や依存症まで、幅広く扱われます。

これらの事件や行為の裏には、自己愛と、突き詰めれば「認められたい」という本音が隠れています。

「世界一のスケート選手になりたい」「年収1億円になりたい」といった目標を立てても、実現できる人はまれだ。
もし欲望を実現できなかったとき、人はどのように対処するのだろうか。そういう場合の対処法は「防衛機制」と呼ばれており、大きく分けて3つある。
(1)他の面で欲望を埋め合わせたり、補ったりする。
(2)もっともらしい理由を付けたり、補ったりする。
(3)他人やモノを攻撃して欲求不満を解消する。

p.36

たとえば「100万円ほしい」とき(1)は代償機制と呼ばれ「100万円は得られなかったけど家族がいるから幸せ」というヤツ。(2)は逃避機制と呼ばれ「欲しいものがないから100万円はムダ」と考える。(3)は攻撃機制と呼ばれ、100円持ってる人を「守銭奴め!」「詐欺師め!」と悪口を言います。うん、どれもある。見たことある。

本書ではさらに、相手を攻撃する人と、相手に依存する人にわけて解説されています。

 私たちは皆、自己確認を求めている。自分には存在意義があること。そして自分が必要とされている証拠を求めているのだ。
特定の相手によって自己確認欲求を満たすことができれば、それに越したことはない。(中略)
一方、家族と疎遠で友人関係にも恵まれず、社会的な承認も得られていない場合は、他の誰かに認められようとする。場合によって承認欲求を満たそうとすることもあるだろう。

p.42-43

特定の人に認められたいの代表はストーカーで、有名人に対して犯罪行為に及ぶのもこれ。不特定をターゲットにするのは無差殺人事件やSTAP細胞事件、またSNSでの犯罪自慢もこの部類に入るとか。

凶悪犯罪から、身近でもそういう人いるなぁという話まで。

SNSで卑屈になる気持ち

SNSの普及は、私たちが「不平等である」という事実を拡大して見せつけます。ある人は優雅な生活を送り、家族を持ち、順風満帆な人がいて、一方で不遇な自分がいる……。子どもは「自分は特別だ」と思っていて、成長とともに挫折し、諦めることを知ってゆきます。しかし、挫折を知らずに生きてきた人が、ある時大きな挫折を味わったとき、自分の無力さを受け入れられず社会への復讐へシフトしてしまうことがあります。また、「平等であるべき」と教えられて育つのに、「不平等である」と怒り、ネット上のヘイトスピーチや誹謗中傷を繰り返す人もいます。

また、SNSは「不平等さ」を実感させられるのと同時に、「なりすまし」「偽りの自分」を作ることも簡単です。リアル世界では「嘘をつく」ということには「バレるかもしれない」という恐怖がつきまといますが、ネットではその精神的ハードルが下がります。

「誰もが平等」という理想と、「不平等だ」という不満があって、SNSという場はそれを増大させ、社会的弱者や設定した仮想敵に対し、八つ当たりのヘイトスピーチや誹謗中傷を繰り返えさせてしまう。

ネットがなければ、“そんな気持ち”にならなかったかもしれないのね……。

「自分が悪い」と認めたくない

他人事のように「自己愛モンスター」のカラクリを紹介してきましたが、バリバリ自分にも当てはまっていて動揺している自分がいますよ(;´Д`)

例えば「自分が勉強ができないのは学校が悪い」「先生の教え方が悪い」「日本の教育は間違ってる」なんてセリフがありますが、まぁ「じゃあクラスメイト全員勉強できないの?」という話であって、あ、ハイ。あさよるがサボったからなんですよ……。「収入が増えないのは国が悪い」「老害のせいで若年層が報われない」なんてね。まあ、確かに社会の中で生きている限り、環境要因も多いに働きますが、それと「私が努力しない理由」はまた別ってなもんで。……がんばりまふ。

幸福こそ最大の復讐

自己愛に呑まれ「自己愛モンスター」になって復讐をしないならば、最高の復讐とは「自分が幸せになること」です。「幸福こそ最大の復讐」とはスペインのことわざなんだそう。先日読んだ『正しい恨みの晴らし方』でもこの言葉が引用されていて印象に残りました。

凶悪犯罪にはさすがに共感できないものの、例えばスマイリーキクチさんを誹謗中傷し続けた人たちは、正義感に突き動かされており、自分の行為が悪いことだと認識していないようです。あるいは反省するふりをして釈放されて、そのままネットに他の人への誹謗中傷を書き込んだ人もいたそうです。彼らに同情はしないとしても、ただ「自分の心の中にもその衝動は住んでいるかもしれない」と感じ、なんとも嫌な気持ちです。芸人さんは、どうやら他の有名人に比べ見くびられて「楽して稼いでる」「誰でもできる」と思われている節があるそうです。だからこそ、嫉妬ややっかみの対象になりやすい。ズバ抜けてスゴイ人は比較の対象にならないけど、自分と同等か自分以下の人物と自分とは比べてしまう。

陰謀論にとりつかれている人や、有名人を口汚く罵る人は昔からいます。だけど、ネットが普及してなかったら、気軽に書き込める媒体がなければ、彼らも犯罪者にはならなかったのかもなぁと思うと、なんとも言えない気持ちになります。

インターネットが普及した世界では、自己愛を制御できる成熟した人物のみが求められているのかも。人間レベル爆上げだなぁ~。

関連本

自己愛モンスター

目次情報

はじめに

第1章 自己愛がつくりだす果てしない欲望

誰の中にも欲望がある/欲望は「欠乏感」から生まれる/「過去の自分」との比較で感じる欠乏感/「他人」との比較で感じる欠乏感/満たされない欲望がモンスターを生む

第2章 時代を社会が自己愛を暴走させる

「誰もが平等」という幻想/嘘をつきやすいSNS/SNSで燃えたぎる羨望/「快感原則」と「現実原則」/欲望と向き合う3つの方法/事件を分類する2つの軸/攻撃する人と依存する人/特定の相手が不特定多数か

第3章 他人を攻撃する自己愛モンスター

【ケース1】尼崎連続変死事件/異常に高い「人心掌握力」/「傍観者」の存在が犯罪を助長する/「攻撃の連鎖」が悲劇を生む/他人を支配するという快感/【ケース2】三鷹ストーカー殺人事件/怒りが行動の原動力に/ストーカーは「抑鬱」に耐えられない/妄想と現実の取り違え/独占欲が引き起こすリベンジポルノ/【ケース3】ヘイトスピーチ/社会への恨みが正義に転化する/不倫を叩くコメンテーターの「否認」と「投影」/自らのやましさを否定するため他人を攻撃

第4章 正義を振りかざす自己愛モンスター

【ケース4】スマイリーキクチ中傷被害事件/羨望の対象になりやすいお笑い芸人/正義のヒーローになる快感/自分が見たいように現実を見る/【ケース5】コンビニ土下座強要事件/弱者が弱者をいじめる構図/江戸の敵を長崎で討つ/相手を支配するという快感/【ケース6】秋葉原無差別殺傷事件/相手を支配するという快感/理想の自分と現実とのギャップ/派遣契約打ち切りが引き金/男性は対象喪失に弱い/社会全体への復讐願望

第5章 特別な存在になりたい自己愛モンスター

【ケース7】電話3万回クレーマー事件/「利得」以外に求めていたもの/孤独を紛らわせるためのクレーム/高齢になっても「枯れない」人たち/なぜ我慢できない高齢者が増えたのか/プレプトマニアに陥る高齢者/【ケース8】東海大病院放火事件/医療機関に依存する人たち/モンスターペイシェントが増える事情/患者と医療機関の「共依存」/「イネイブラー」になる医療スタッフ/【ケース9】オウム真理教事件/なぜ高学歴者がオウムに集まったのか/欲望を肥大化させた教祖と信者の関係

第6章 世間に認められたい自己愛モンスター

【ケース10】パソコン遠隔操作事件/警察より優秀な自分を誇示したい/社会に潜む風習願望を代行/オタクたちのヒーローに/【ケース11】西鉄バスジャック事件/17歳の犯罪が相次いだ2000年/高い自己評価と現実とのギャップ/強制入院が犯行の引き金に/過去の殺人犯への羨望/攻撃と承認、2つの欲求/【ケース12】STAP細胞騒動/自分を大きく見せたい空想虚言症/「身の程を知る」機会が減っている/不作為の嘘と作り話/女性は嘘を見抜く力が高い/理想と現実のギャップをどう埋めるか

第7章 自己愛モンスターにならないために

モンスター化する危険性は誰にもある/欲求不満がたまりやすい現実社会/自己責任の重みが「他責」を生む/「あきらめる」ことは必ずしもマイナスではない/SNS依存からの脱却/客観的なまなざしが自己愛に歯止めをかける/怒りの原因、体調の変化を見逃さない/復讐願望を乗り越える最善の方法

おわりに
参考文献

片田 珠美(かただ・たまみ)

精神科医。京都大学非常勤講師。広島県生まれ。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析的視点から研究。著書に、『無差別殺人の精神分析』(新潮選書)、『他人を攻撃せずにはいられない人』『プライドが高くて迷惑な人』『自分を責めずにはいられない人』(以上、PHP新書)、『自分のついた嘘を真実だと思い込む人』(朝日新書)、『嫉妬をとめられない人』(小学館新書)、『孤独病』(集英社新書)、『やめたくてもやめられない人』(PHP文庫)など多数。

コメント

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