『交雑する人類』|サピエンスの歴史…ルーツは「混ざり合い」

2018年、遺伝学者のデイヴィッド・ライクさんが、地球上の人類の交雑の歴史を太古の昔から紐解いてゆく。現在、グローバリゼーションの時代が到来し、人々はワールドワイドに行き交うようになったけれども、人々の大移動はなにも最近始まったものじゃないらしい。人は文明が興るはるか昔から、二本の脚で移動し、ときに舟を操り、大規模に移動しまくっていたのだ。人はどうやら、移動したがる生き物みたい。

これまでの人類の文化的な視点だけではなく、「遺伝学」という科学の側面から人類の歴史を見てゆくことで、これまでの通説を裏付けたり、あるいはまったく違った歴史が見えてくる。

移動しまくる人類

「交雑する」というのはとても重要で、人は、移動し、拡散し、そして先々の土地に対応し、そしてそれらの人々が交雑し続け、文明をつくり、今日に至っている。面白いのは、ネアンデルタール人やデニソワ人と呼ばれる、ホモサピエンスとは違う仲間たちの痕跡だ。かつて、他の仲間たちとも交雑しながら、寒さ耐性を手に入れたり、わたしたちは環境に適応する力を手に入れてきた。

「交雑する」という科学的事実の前では、人種や民族といったカテゴリーも、生物学的なものではなさそうだ。例えばインドの例では、「インド人」という民族があるというよりは、小さな集団が集まった一つの国という方が、実態に近いらしい。遺伝学的な視点は、人種や民族への差別をなくし、また病気の対策にもなると著者は考えている。しかし、西洋科学への不信感から研究に協力的ではない人々や、差別を助長すると判断され、研究が進まない例も紹介される。アメリカでは、ネイティブアメリカンの遺伝学的な研究は一筋縄ではいかないようだ。

わたしはアジア人だから、アジアでの研究が気になるところ。だけれども、アジアでは人が爆発的に増え、交雑がたくさん起こったところでもあるから、今後の研究の結果に期待! ということらしい。つまり、まだ研究は始まったばかりなのだ。遺伝学的な研究が進んでいるのはヨーロッパらしい。アフリカ大陸からユーラシア大陸へ移動してきた人類が、ヨーロッパ組とアジア組の二手に別れた。ヨーロッパ組はすぐに行き止まりに突き当たり、そこで交雑が起こったから、研究も進んでいる。まだまだあたらしい分野であろうことがわかる。

分厚い本だけれども、好奇心掻き立てられる本だ。10代の人にも、ちょっと背伸びして読んでもらいたいと思う。

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交雑する人類 古代DNAが解き明かす新サピエンス史

目次情報

第1部 人類の遠い過去の歴史

第1週 ゲノムが解き明かすわたしたちの過去

人類の多様性はどのようにして生まれたか/遺伝子スイッチという誤り/10万人のアダムとイヴ/ゲノムの中の大勢の先祖が語る物語/全ゲノム解析が単純な説目に終わりをもたらした/答えはゲノムの中にある

第2章 ネアンデルタール人との遭遇

ネアンデルタール人と現生人類/ネアンデルタール人DNA/ネアンデルタール人と非アフリカ人との密接な関係/証拠を否定しようと試みる/中東での交配/かろうじて交配可能だった2つのグループ/テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼ

第3章 古代DNAが水門を開く

東方からもたらされた驚くべき骨/ゲノムから推測さえた姿/交配の原則/ウォレス線を突破する/アウストラロ-デニソワ人に出会う/古代の出会いがもたらしたメリット/超旧人類/人類の進化のゆりかご、ユーラシア/今のところ最も古いDNA

第2部 祖先のたどった道

第4章 ゴースト集団

古代北ユーラシア人の発見/ゴーストが見つかる/中東のゴースト/初期ヨーロッパ人のゴースト/現代西ユーラシア人の遺伝的構成

第5章 現代ヨーロッパの形成

奇妙なサルデーニャ/水平線上の雲/東からの潮流/中央ヨーロッパにやって来たステップ集団/ブリテン島が屈した経緯/インド=ヨーロッパ語の起源

第6章 インドをつくった衝突

インダス文明の没落/衝突の地/小アンダマン島の孤立した人々/東西の交じり合い/DNAと権力の性的な優位性/ハラッパーのたそがれに起こった集団の交じり合い/古代から続くカースト制度/インド人の遺伝学と歴史と健康/2つの亜大陸の物語――インドとヨーロッパのよく似た歴史

第7章 アメリカ先住民の祖先を探して

創世神話/西洋科学への不信/骨を巡る争い/「最初のアメリカ人」の遺伝学的証拠/ゲノム学によるグリーンバーグの名誉回復/集団Y/「最初のアメリカ人」のその後

第8章 ゲノムから見た東アジア人の起源

南方ルート説の欠陥/現代東アジア人の始まり/揚子江と黄河流域のゴースト集団/東アジア周縁地域での大規模な交雑

第9章 アフリカを人類の歴史に復帰させる

人類のふるさと、アフリカへの新たな視点/現生人類を形づくった太古の交雑/アフリカの過去にベールをかけた農業の拡散/アフリカの狩猟採集民の過去を再現する/アフリカ人の物語を理解するためにすべきこと

第3部 破壊的なゲノム

第10章 ゲノムに現れた不平等

大規模な交雑/建国の父たち/ゲノムに残る不平等のしるし/手段の交じり合いにおける性的バイアス/不平等に関する遺伝学的研究の未来

第11章 ゲノムと人種とアイデンティティ

生物学的な違いに対する恐怖/系統という用語/現実にある生物学的な差異/ゲノム革命の看破力/アイデンティティの新しい基盤

第12章 古代DNAの将来

考古学における第二の科学革命/人類の古代DNA世界地図/古代DNAで明らかになる人類の生態/古代DNA革命という未開拓の分野/古代の骨に敬意を払う

訳者あとがき

〈巻末〉

原注
図注釈

デイヴィッド・ライク [David Reich]

ハーヴァード大学医学大学院遺伝学教授。ヒト古代DNA分析における世界的パイオニア。2015年、「ネイチャー」誌で全科学分野における最も重要な10人のひとりに選ばれる(古代DNAデータ解析を産業規模の研究に発展させた功績により)。マックス・ブランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボのもとで、ネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムプロジェクトの中心的役割を担った後に、古代DNAの全ゲノム研究に特化したアメリカで初の研究室をハーヴァード大学で開設、人類の交雑を専門に研究し、歴史の中で人種交雑が中心的役割を担ってきた様々なケースを発見してきた。アメリカ科学振興協会ニューカム・クリーブランド賞、および革新的な研究に送られるダン・デイヴィッド賞(賞金約1億円)をペーボと共に受賞している(ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの交雑の発見により)。マサチューセッツ工科大学とハーヴァード大学の合同研究所であるブロート研究所アソシエイト、および、ハワード・ヒューズ医学研究所研究員。本書が初の著書となる。

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