『モンテーニュ―初代エッセイストの問いかけ』を読んだよ

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モンテーニュから始まった試み・エッセイが今や誰もがエッセイストになったイメージをコピックで描いたイラスト

モンテーニュから始まった試み・エッセイが今や誰もがエッセイストになったイメージをコピックで描いたイラスト

「無名の人」という存在が気になります。
現在生きているほとんどの人々も、後の時代の人から見ると「無名の人々」でしょう。
もちろん、私もその中の一人です。

ですが、私は知っています。
私は今、生きているし、私と同じ時間を他の大勢の人々も生きています。
その事実は変わりません。

「有名」と「無名」の差は、偶然?

「無名」か「有名」かの違いは、記録に残るかどうかではないかと思います。
現在の世界を動かしているような立場の人は記録に残りやすいだけで、未来永劫に有名人だとは限りません。
同じように、現在無名だからって、将来的にも無名かどうかもわかりません。
ひょんなことで後世になにか、自分が生きた痕跡が残ることもあるのかもしれません。

今や誰もがエッセイスト?

『モンテーニュ―初代エッセイストの問いかけ』を読みました。
モンテーニュはご存知、「随筆」「エッセイ」というジャンルの先駆けです。
自分の体験や経験を自分の言葉で綴るスタイルは、現在ではポピュラーなものですし、エッセイを綴るように、ブログやSNSを更新している人も多いのではないでしょうか。

モンテーニュは裕福な家に生まれ、裁判官を経てボルドー市長も努めており、「無名の人」とは呼びにくいかもしれません。
ですが、それでも、自分の考えたことや経験を書き残すということが、西洋では画期的だったようです。

あくまで「西洋では」という話で、東洋ではその限りではなかったようで、日本でも、『徒然草』や『更級日記』などの、今で言う「エッセイ」のような文献が残っていますね。

このブログも、私にとっては「エッセイ」に当たるのかもしれません。
そう思うと、今や誰もがエッセイストなんですね。

モンテーニュ―初代エッセイストの問いかけ
荒木 昭太郎
中央公論新社
(2000)

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