落語に『寝床』という噺があります。
素人浄瑠璃を語るのが好きな旦那が、店の番頭や長屋の住民を集めては自分の浄瑠璃を聞かすのですが、下手な浄瑠璃を聞かされる方がたまったもんじゃない。みんなアレコレと理由をつけて欠席をします。旦那は、もう金も貸さん、長屋も貸さん!と立腹。それを聞いて皆、観念して浄瑠璃の会に集まってくるのですが……。
浄瑠璃が物語の肝として使われている噺として、三浦しをん『あやつられ文楽鑑賞』でもこの「寝床」が取り上げられていました。
三浦しをんさんは古今亭志ん生と三遊亭圓生のCDを聞かれたそうです。他にも、文楽、浄瑠璃を扱った落語として、「胴乱の幸助」「軒づけ」を、こちらは桂枝雀の落語を聞かれたそうです。
三浦しをんさんは東京の方で、東京の落語の方が聞きやすかったらしいのですが、私は関西人ですので反対に、上方落語は聞きやすいのですが、東京の落語は言葉を聞き取りにくく、慣れるまで時間がかかります。
文楽の「船場ことば」の壁
言葉の違いは、文楽を楽しむための大きなネックなのではないかと考えていましたが、本書内では文楽のことば、については特に触れられていませんでした。現在、文楽の公演には字幕も出ていますし、あまり気にならないのかもしれません。
文楽は「船場ことば」という、昔の大阪の芸人さんが喋った言葉で語られます。極々た限られた人が使っていた方言ですので、今はもう、船場ことばをネイティブで話せる人はいない、と言っても良いでしょう。
「船場ことば」のネイティブと言われる竹本住大夫さんも、2014年、ついに現役を引退なされてしまいました。とても残念です。
住さんは著書でも、ことばについても言及されています。
太夫さんたちの台本である「床本(ゆかほん)」は船場ことばで書かれていますから、台本のアクセントやニュアンスをそのままに読み解ける人がいなくなるということなのでしょうか。
文楽、浄瑠璃、義太夫の違い
「文楽」というものは、大阪のものです。すでにこの記事でも「文楽」「浄瑠璃」という言葉が入り乱れており、更に「義太夫」という言葉もあります。
「浄瑠璃」は、三味線の伴奏に合わせて節を付けて語る、「語りもの」の形態です。浄瑠璃の語りにあわせて人形でストーリーを見せるものが「人形浄瑠璃」です。
「文楽」とは、元々は大阪にあった「文楽座」という人形浄瑠璃専門の劇場の名前でした。そこから、大阪の人形浄瑠璃を「文楽」と呼ぶようになったようです。
義太夫は、その「文楽」の中の一つの語りの形態、とでも言えばよいでしょうか。
文楽が2009年に世界遺産に指定され話題になりましたが、「人形浄瑠璃」は日本中で残っています。人形浄瑠璃を上演するための小屋がある地域もあるそうです。どうせ世界遺産にするなら、せっかくだから「文楽」ではなく「人形浄瑠璃」を指定してくれれば良かったのになぁなんて思います。
素人浄瑠璃は、素人カラオケ感覚?
冒頭で紹介した「寝床」のように、下手な浄瑠璃を語る「素人浄瑠璃」なんて言葉があるくらいですから、昔の人にとって、浄瑠璃を語ることは娯楽の一つでした。
“昔の人”と言っても、そんなに昔の話ではありません。桂米朝さんは、戦後しばらくは、街中の家々で浄瑠璃を語る声が聞こえていたと話しています。
浄瑠璃が大人気なのに比べ、戦前戦後の大阪では落語は全然人気がなかった回想もしておられます。
ほんの50年、60年前なのに、今とは芸事の事情は全く違うようです。
素人が浄瑠璃を語ることは、今でいうとカラオケに行くような感覚だったんじゃないかなぁと思います。それにしても、みんな、浄瑠璃のために見台や道具を用意し、お師匠さんにお稽古をつけてもらうのですから、今の私達よりずっとハイカラな遊びをしていたんですね。
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あやつられ文楽鑑賞
- 著者:三浦しをん
- 発行所:株式会社双葉社
- 2011年9月18日
目次情報
- まえがき
- 一章 鶴澤燕二郎さんに聞く
- 二章 桐竹勘十郎さんに聞く
- 三章 京都南座に行く
- 四章 楽屋での過ごしかた
- 五章 開演前にお邪魔する
- 六章 『仮名手本忠臣蔵』を見る
- 七章 歌舞伎を見る
- 八章 落語を聞く
- 九章 睡魔との戦い「いい脳はが出てますよ」
- 十章 『桂川連理柵』を見る
- 十一章 内子座に行く
- 十二章 『女殺油地獄』を見る
- 十三章 『浄瑠璃素人講釈』を読む
- 十四章 豊竹咲大夫さんに聞く
- 十五章 襲名披露公演に行く
- あとがき
- 文庫あとがき
- 解説 内山美樹子
著者略歴
三浦 しをん(みうら・しをん)
1976年東京生まれ。2000年『格闘する者に○』でデビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞。他の小説に『風が強く吹いている』『神去なあなあ日常』『仏果を得ず』など、エッセイ集に『悶絶スパイラル』『ビロウな話で恐縮です日記』などがある。
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