こんにちは。あさよるです。さて、西洋音楽史の歴史を扱う本を読んでいて、今わたしたちが「音楽」と呼んで親しんでいる形式は、意外にもとてもとても新しいことを知り驚いたのでした。そこで、もうちょい音楽について知りたいなーとリサーチしていたところ『創られた「日本の心」神話』を見つけました。本書は日本人の心のふるさとである「演歌」が、一つのジャンルとして定着したのは90年代であるという、衝撃的な内容のものです。
もちろん、演歌が人々に愛され、歌い継がれてきた系譜はもっと前から存在しますが、今の要は「演歌」という確固たるジャンルとして群を成し、また演歌を歌う歌手は、正統派で実力派揃いの演歌歌手である、という共通認識が登場したのは最近である、ということ。往年の演歌歌手の方々も、昔は流行歌を歌う、当時人気の歌手だったのです。
また、演歌について明らかにするために、本書では明治以降の日本の大衆芸能を幅広く取り扱います。とても情報量も多く、読み応えのある本です。
「日本の心」と「J-POP」
本書『創られた「日本の心」神話』は―「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史―と副題があり、今われわれが「演歌」というものがいつごろ登場したのかを探りながら、近代日本の大衆音楽史を紐解いてゆく内容です。「え、演歌って昔からの伝統的なモノじゃないの?」と思う方こそ、どうぞ本書をお手に取ってみてください。演歌は戦後、しかも結構つい最近に創られた、新しいジャンルだというのです。だけど、「なんとなく伝統的な」「なんとなく日本人の心を打つ」感じはどこから来るのでしょうか。
まず「演歌」という言葉は、明治期に「演説の歌」という意味で用いられていました。歌に言論を乗せていたのです。しかし、この「演歌」と、今わたしたちが「演歌」と呼んでいるものは、全くの連続がなされているわけではありません。むしろ、戦後のある時期に「演歌」という言葉が思い出され、新しい意味付けがなされたと考えた方が分かり良いでしょう。
明治時代、文明開化し、西洋の音楽が日本にも輸入され、西洋音楽の音階やリズムを日本人は身につけようとします。西洋のクラシック的なものが高尚で良いものと考えられ、日本の世俗的なものは低く考えられました。戦後アメリカ音楽が流行しますが、大衆にとって「正当な音楽」「高尚な音楽」はインテリのエリート的音楽と感じられるようになり、それに対してアウトロー的な歌が登場します。股旅物やヤクザものの、エリート的ではない=大衆的な歌として、現在「演歌」と呼ばれるものが流行します。しかしこの頃はまだ「演歌」とは呼ばれず、当時の流行歌です。
その後、テレビの時代がやってきて、テレビ主導のヒット曲の数々が登場します。それらは、テレビ番組でこぞって宣伝されて「売れた」ものもあれば、「あえてテレビ番組には出演しない」ことで〈芸術性〉を演出しながらも、テレビCMのタイアップで「売れた」ものもあります。テレビ番組に出演するのも、番組には出演しないけどCMタイアップをつけるのも、いずれも「テレビを使って売れた」ことでは同じです。
(あさよるは「昔テレビCMで売れた曲」というと『君のひとみは10000ボルト』を思い浮かべました。資生堂の化粧品のCMを見たことがあります)
テレビが流行を作る時代になると、後に「演歌」と呼ばれる歌は「古臭い」ものとなりながら、ナツメロとして残ります。ここで「どこか懐かしい」「昔からある」「伝統的な」というイメージが付与されます。そして、若手歌手(当時の)が、ナツメロをカバーすることで、ある種の権威付けとなってゆきます。本書では、森進一が当時のナツメロ集であり大ヒットした『影を慕いて』に寄せられた解説では、森進一が(後の)演歌的なメロディを歌うのは奇妙だであるという、今となれば奇妙な文が寄せられています。
こうして演歌は「伝統的な感じ」と「正統な感じ」を帯びてゆくのです。
そして、1990年代「J-POP」という言葉が用いられるようになったとき、「J-POP以外の歌」が「演歌・歌謡曲」と呼ばれ、ジャンルとなりました。現在われわれが慣れ親しみ、日本の伝統と正統性を感じる「演歌」は意外にも、一つのジャンルとして歩み出したのはつい最近なのですね。
近代大衆文化を一挙におさらい
以上が演歌が演歌になるまでの経緯をものすごくテキトーに書き並べたものなので、ぜひ興味のある方は本書をご参照ください。というのも、本書は「演歌」をテーマにしていますが、演歌について掘り下げるために、明治以降の近代日本の大衆音楽全般を一挙に扱っているのです。それらは「大衆の」ものであって、いわゆる「伝統手な」「高尚な」日本の文化ではなく、時代時代でオゲレツでアングラだった大衆文化が扱われているのです。
また、「昔の歌」というと、レコードとして普及し残っている曲が紹介されることがほとんどです(あさよるは深夜にラジオで昔の聞くのを好んでいた時期がありました)。しかし、レコードが普及する以前のものは残りにくいうえに、「大衆文化」はなかなか記録に残っていないものです。これだけ幅広く固有名詞や出典が挙げられているのは圧倒でした。情報量が多すぎ~。
軍歌童謡から、ピンクレディーに藤圭子に、北島三郎、美空ひばりに椎名林檎や小島麻由美、そして最後には半田健人まで飛び出す幅広すぎる一冊です。ブログ記事では紹介しきれるはずがないので、ぜひお手にどうぞ。
個人的には、あさよるの出身である大阪で親しまれている「河内音頭」について知りたいなあと文献を探していたのですが、見つからない。大学の先生にも相談してみたりしていたのですが、本書を読んで見つからないワケがわかりました。つまり、「そんなもの存在しない」ということなのね。本書では日本の近代の大衆文化について扱われていますが、「大衆文化」が今やっと研究対象になり始めているというのが現状っぽい。……ということは、河内音頭も自分で調べなければならないということ!?(;’∀’)>
「日本ローカル」は前時代?
さて、本書を読むとよくわかるのが、いかに近代日本人は「西洋クラシック」こそが本流とし続けてきたのかということです。現代でさえも、日本の文化を指し示すとき、西洋的な尺度を用いて語ってしまいます。西洋音楽を正解としつつ、だけど日本の俗な節回しも忘れられないようです。エリート的な西洋音楽と、「庶民の歌」という対比がイデオロギーとして解釈されているのも、現代の「反知性主義」や「ヤンキー文化」を連想させ、グルグルと考えが止まりません。
また地方から人が街へ集まり、都市化されてゆくなかで、都会と田舎という対比も生まれ、またそれらが混ざり合います。しかし、それらでさえも、現代のグローバリゼーションの前では「近代日本」という〈局地的〉な現象とも思えます。
あさよるは個人的に、2016年下半期に起こった世界的ブーム、ピコ太郎の「PPAP」を日本のテレビがきちんと扱えなかったことが、とてもとても腹立たしかったことを思い出しました。それはピコ太郎の扱いがぞんざいであったことも多少ありますが……余談として、あさよるはブロガーですから、ピコ太郎さんはマジ尊敬していて、いつもは「ピコ太郎先生」と呼ぶ程度にはリスペクトしていて、YouTubeライブの新曲発表を見ていて感動して目頭が熱くなるという、自分でもよくわからない感じになっていたりするw……ゲフゲフ。えっと、なもんで、テレビがピコ太郎先生をぞんざいに扱うことも多少気に入らなかったのですが、それ以上に「テレビはネット発のブームを扱えないんだ」という現実をまざまざと見せつけられてショックだったんだろうと、今になって思います。
あさよるも、なんだかんだと言いながら1980年代生まれのテレビっ子世代です。テレビは見なくなってしばらく経ちますが、それでも「テレビはスゴイもの」だった。いえ、テレビはスゴイものであってほしかった。なのに、もはやテレビはブームを作れないどころか、「世界のムーブメントすらろくに扱うことができない」という事実がショッキングでした。
「テレビはオワコン」だと思っていましたが、本当は「テレビの時代はもう過ぎていた」のかもしれません。
なにが言いたいかというと、もう次の時代が始まっちゃってるんじゃないの?ということです。「PPAP」はもう、これまでの尺度じゃ測れない。もうすでに、わたしたちは新しい次の世界から、「前時代」としての明治大正昭和そして平成の「J-POP」を俯瞰し始めているのではないか? 少なくとも本書『創られた「日本の心」神話』では、すでに平成初期は「歴史」になっています。
YouTubeはスゴイ!
本書『創られた「日本の心」神話』を読み解くにあたって、必要不可欠なのはYouTubeです。YouTubeはスゴイ。マジですごい。もしYouTubeがなかったら、本書で取り上げられている曲や演芸を実際に見聞きするためには、古書店を探しまくったり、演芸場に通い詰めたり、人づてで資料を持っている人を頭を下げて探し回るしかないんじゃないかと思います。しかし、世にはマニア・愛好家というスゴイ人がおりまして、彼らがネット上に情報を公開しているのです。ネット、YouTubeあってこそ過去に存在した歌・演芸に触れるチャンスがあるのです。
本書『創られた「日本の心」神話』があまりに面白かったので、同じ著者の『踊る昭和歌謡』もさっそく読みました。こちらでは、「踊らない音楽」が高尚で「踊る音楽」は低いものだと考えられていたことを踏まえ、庶民に愛される踊る音楽の変遷が紹介されます。ゴールデンボンバーや気志團まで。
こっちもおすすめです。
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創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史
目次情報
はじめに――美空ひばりは「演歌」歌手なのか?
第一部 レコード歌謡の歴史と明治・大正期の「演歌」
第一章 近代日本大衆音楽史を三つに分ける
まずは「レコード歌謡以前/以降」という区分/第一期 レコード会社専属制度の時代/流行歌と歌謡曲/専属制度と「ティン・パン・アレー方式」の違い/ヒット曲と映画の結びつき/第二期 フリーランス職業作家の時代/GSブーム/GSは「日本のロックのルーツ」か?/ポストGS期――テレビの影響力の増大/ニューミュージックとイメージソング/第三期 「J-POP」以降/「テレビに馴染む歌謡」から「若者のカラオケに馴染む歌謡」へ/誰が「演歌」と名づけたのか?
第二章 明治・大正期の「演歌」
二つの「演歌」/添田啞蟬坊、添田知道親子に依存する語り/旅する《ラッパ節》/強まる歌詞と旋律の結びつき/船頭小唄/カチューシャの唄
第二部 「演歌」には、様々な要素が流れ込んでいる
第三章 「演歌」イコール「日本調」ではない
芸者歌手/股旅物/「声楽家もどき/くずれ」としてのレコード歌手/昭和三〇年代の「日本調」/田舎調/船村徹と高野公男/古賀政男と船村徹/都会調/低音の魅力/作曲家・吉田正と「吉村学校」/最も遅れて入ってきた浪曲調――畠山みどりのインパクト/都はるみの唸り節/必須になった「長い下積み」の物語
第四章 昭和三〇年代の「長し」と「艶歌」
「日本調ザ・ピーナッツ」こまどり姉妹/「ギターを持った渡り鳥」小林旭/アキラの「民謡調」/「世界の長し」アイ・ジョージ/「長し」とアウトロー/北島三郎/何でも歌う流行歌手/美空ひばり/《真っ赤な太陽》の違和感の理由
第五章 「作者不詳と競作」のヒット――一九六〇年代前半の「艶歌」
《北上夜曲》《北帰行》のヒット/バタヤンと《島育ち》/《お座敷小唄》のブーム/《まつのき小唄》《アリューシャン小唄》《ひなげし小唄》/アウトローの「長し歌」――《網走番外地》《東京流れ者》《夢は夜ひらく》/園まり《夢は夜ひらく》と「無国籍歌謡」/《カスバの女》と「韓国メロディー」/専属制度からの逸脱としての「作者不詳の競作曲」
第六章 ご当地ソング、盛り場歌謡、ナツメロ
《柳ヶ瀬ブルース》と「ご当地ソング」/有線放送というメディア/地方盛り場の「小都会化」/青江三奈と森進一、そして川内康範/レコード会社専属性からの脱却/浜口庫之助の広範な仕事/「ナツメロ」という新ジャンル/専属制度の危機
第七章 昭和四〇年代前後の「艶歌」「演歌」の用法
「演歌」と「艶歌」の区別/「演歌師」の犯罪報道から歌謡スタイルへ/不景気には「演歌」が流行る?/一九六五年の「艶歌ブーム」/「演歌ブーム」の顛末
第三部 「演歌」の誕生
第八章 対抗文化としてのレコード歌謡
進歩的知識人によるレコード歌謡非難/革新勢力の「俗悪文化」への敵意/「日本子供を守る会」による《横須賀タマラン節》追放運動/思想の科学『夢とおもかげ』の「流行歌」論/「進歩的」音楽実践の諸相/左翼音楽エリート・いずみたく/三木鶏郎と放送音楽/「洋風」イコール「健全で家庭的」/反―進歩派的レコード歌謡論の萌芽/六〇年代安保闘争と《アカシアの雨がやむとき》/寺山修司と森秀人の《アカシアの雨》論/竹内労『美空ひばり』/社会主義リアリズム的美空ひばり/「植民地的エリート」批判のトリック
第九章 五木寛之による「艶歌」の観念化
「演歌」の発明者・五木寛之/小説「艶歌」のドラマツルギー/「艶歌の竜」と馬渕玄三/五木寛之における「艶歌的人物像」/「こぶし」「唸り」「奴隷の韻律」/「演歌」が「艶歌」に転じた/「艶歌」のカテゴリー化/小説「艶歌」以後/新左翼論壇の「艶歌」論
第一〇章 藤圭子と「エンカ」の受肉
「演歌の星」藤圭子/五木寛之の小説のような歌手/五木寛之による藤圭子評/新左翼アイドル/藤圭子と「フォーク」/藤圭子と「アイドル」/虚構の「素顔」と戯れる
第一一章 「エンカ」という新語
一九七〇年版『現代用語の基礎知識』/一九七一年の「新しい演歌への第一歩」/『平凡パンチ』と「演歌」/川内康範「演歌は日本人の歌だ」/「エンカ」と「軍歌」/「流行現象」としての「演歌」/ザ・ピーナッツにおける「演歌」と「ニューロック」の邂逅/「演歌」と「日本」をつなぐロジック/演歌・任侠映画・劇画
第四部 「演歌」から「昭和歌謡」へ
第一二章 一九七〇年代以降の「演歌」
ぴんからと殿キン/五木ひろしと八代亜紀/「演歌」の健全化/演歌の勧告ルーツ説/「カラオケで歌われる歌」としての「演歌」/「演歌」と「みなさまのNHK」の結合/カラオケによる歌詞と曲調の均質化/カラオケの「脱演歌化」
第一三章 「演歌」から「昭和歌謡」へ
「演歌」は歴史的役割を終えたか?/「J-POP以外すべて」としての「演歌・歌謡曲」/「サブカル趣味」としての「昭和歌謡」/「失われた」文化としての「歌謡曲」/二一世紀流行現象としての「昭和歌謡」/「昭和歌謡」の氾濫
終章 「昭和歌謡の死」(と再生)
阿久悠の死/半田健人/どこへゆく「演歌」
参考文献
輪島裕介(わじま・ゆうすけ)
一九七四年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科(美学芸術学)博士課程単位取得退学。日本芸術振興会特別研究員を経て、現在国立音楽大学、明治大学他非常勤講師。専攻はポピュラー音楽研究・民族音楽学・大衆文化史。共著に『クラシック音楽の政治学』(青弓社)、『事典 世界音楽の本』(岩波書店)、『拡散する音楽文化をどうとらえるか』(勁草書房)。論文に「『はっぴいえんど神話』の構造」(『ユリイカ』青土社、二〇〇四年九月号)、「音楽のグローバリゼーションと『ローカル』なエージェンシー」(東京大学学術機関リポジトリからアクセス可)ほか。
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