とても難しい「動かない」お稽古
能楽師の方たちは「動かない」ということをお稽古で身につけてます。能を「静」の世界だと言われる所以かもしれません。能は演目によっては、出演者は30分とか1時間と長い時間、舞台に出ずっぱりで、その殆どの時間をじっと微動だにせずに静止しています。「動かない」ことで、反対に一挙手一投足の動き一つ一つが際立ちます。客席の私たちでさえ、その緊張感をピリピリを肌で感じ、独特の格調高い雰囲気を作っています。
「動かない」というのは、とても難しいことです。体中こわばらせたり、体に力を入れながら、長時間じっとしていることは不可能です。
能楽師の先生に極意を尋ねたことがあるのですが、返答は意外なものでした。
「どこにも力を入れていません。全身脱力しています。だから何時間でも同じ姿勢でいられますよ」
さらに、力んでしまって上手く動けない私に、
「そんなに力いっぱいすると疲れてしまいますよ。体中の力を抜いて、楽になりましょう」
そうアドバイスくださいました。
Hikki による“宇多田ヒカルの「歌唱法」”
発声練習を繰続けています。弓場 徹『歌上手になる奇跡のボイストレーニングBOOK』を参考に、付属のボーカルトレーニングのCDに合わせて声を出しています。始めた頃に比べると、高い音から低い音まで、滑らかに声が出るようになったのですが、なかなかそこから前へ進めずにいました。声量がないというか、声の厚みや、響きが出せないのです。
宇多田ヒカルさんがブログで、自身の発声法について言及している記事があります。
カラダの力全部抜いて、頭のテッペンから口、のど、肺、食道、胃袋、おなか、足のつまさき、までが全部つながってて、一つの楽器みたいに歌うかな。集中することと、力を入れてふんばっちゃうのはぜんぜん違うことだと思う。
だから、歌うのってぜんぜんつかれない。いっくら歌ったって声あれないし、しゃべったり笑ったりした時のほうがノドすんごいつかれるー!
― Message From Hikki Back Number (BOTH) | Hikki’s WEBSITE
「体に力が入っていない」というのが不思議でたまりませんでした。宇多田ヒカルさんが歌唱している映像を見ると、背筋をピンと伸ばして、背伸びするように立っています。
丹田って、どこだ!?どこにあるのかわからないけれども……
能楽師の先生にお稽古の中で、姿勢については「丹田」を意識するように教わりました。
丹田とは……と、ウンチクを垂れたいところではありますが、これが、丹田とは何なのか、未だによくわかりません。丹田は下腹部にあって、東洋医学の世界では「気」は丹田から発せられるそうなのです。
日本の伝統芸能では「丹田」というものは重要です。丹田を意識して立ったり座ったり、声を出したりするのです。
能は檜舞台です。そこに、座布団も敷かずに直に正座をします。お稽古は畳の上でしたが、座布団ナシで30分と正座をするのが大変でした。更に、普通の正座ではなく、おしりを足の上にベタッと乗せず、腰を浮かすように伸び上がった姿勢が、基本の構えのポーズです。これを私がしようとすると、前かがみに膝に負担がかかり、足は正座で痺れが切れて痛い上、膝も真っ赤になりました。
先生は姿勢の指導のヒントとして、丹田を意識するよう助言を下さり、更に、
「丹田に力が入っていると、丹田以外は力を抜いても座っていられます。体は力を抜いてユルユルですが、ちょっとやそっとじゃ倒れません。試しに、僕の肩を突いてみてください」
と言われた通り、私は正座した先生の体をグッと後ろへ押すのですが、確かに私の方が押し返されるような感覚でした。
禅にも丹田は大切。丹田と呼吸法と発声法
「丹田」を使うのは芸能だけではありません。座禅を行う際も、やはり「丹田」を使った姿勢が大切です。
枡野俊明『禅が教えてくれる 美しい人をつくる「所作」の基本』では更に、姿勢は呼吸にも大きく関わっていると紹介されていました。
座禅を長く続けていると、姿勢も良くなりますが、呼吸も上手になるというのです。
呼吸を整えることはリラックス効果もあり、焦りやイライラも抑えられますし、スポーツや勝負事にも重要な要素です。
僧は毎朝お経を上げます。お経はお腹から声を出しますから、発生には呼吸も大切です。本書では美しい朝の過ごし方として「一日一回、腹から声を出す」ことを薦められていました。毎朝声を出すことで、呼吸も意識できますし、その日のコンディションもチェックできます。
呼吸のポイントは、息を最後まで吐ききることです。鼻からスーッとお腹の中の空気を吐き切ることで、自然と新しい空気が入ってきます。
さて、この「息を吐ききる」というポイントを読んだ時、宇多田ヒカルの歌唱について思い至りました。というのも、私は以前からHikkiこと宇多田ヒカルさんが好きで、よくDVDや動画を見ていました。自分が発声練習を始めてからは、Hikkiの発声にも注意が向くようになりました。声質や切ないビブラートについてよく指摘されているのは知っていましたが、声の最後、息を吐き切るように歌うんだなぁと気付きました。
更に、Hikkiの言う、体の力を抜いて歌う、だから歌っても疲れない、という言葉と能楽師の先生が言う、丹田に力を入れて全身脱力しているから疲れない、という言葉が、同じことを言っているのではないかと思い至りました。歌う時も「丹田」が重要ということでしょう。
宇多田ヒカルはニューヨーク生まれの帰国子女という触れ込みでしたが、日本の伝統芸能で重んじられる「丹田」を使っているというのは、面白くも感じますね。
更に、美人には姿勢のよさが大切で、姿勢のよさは所作の美しさを呼ぶとも本書で紹介されていました。丹田は身のこなしを左右するようですから、納得できます。美しい人から学ぶことは、多岐にわたるようです。
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Information
禅が教えてくれる 美しい人をつくる「所作」の基本
- 著者:枡野俊明
- 発行所:幻冬舎
- 2013年6月10日
目次情報
- はじめに
- 第一章 なぜ、ワンランク上の人は、“立っているだけ”で違うのか?
- 第二章 基本姿勢と呼吸を整える
- 第三章 所作を整える――“自分自身と向き合う”編
- 第四章 所作を整える――“人や社会と向き合う”編
- 第五章 禅の心、日本の美しい心をもっと深く知り、所作を整える
- おわりに
著者略歴
枡野 俊明(ますの・しゅんみょう)
曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学環境デザイン学科教授、ブリティッシュ・コロンビア大学特別教授。玉川大学農学部卒業後、大本山總持寺で修行。禅の庭の創作活動によって、国内外から高い評価を得る。芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章を受章。2006年「ニューズウィーク」誌日本版にて、「世界が尊敬する日本人100人」に選出される。庭園デザイナーとして主な作品に、カナダ大使館、セルリアンタワー東急ホテル日本庭園など。著書に『禅、シンプル生活のすすめ』『禅-シンプル発想術』『人間関係がシンプルになる禅のすすめ』『禅の庭』ほか多数。常に、老若男女に向かって、日本の美しさについて説いている。
―枡野俊明『禅が教えてくれる 美しい人をつくる「所作」の基本』(2013、幻冬舎)カバー
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