この地球上に生きとし生ける生命は数あれど、衣装を身にまとって生きているのは人間だけです。「服を着る」というのは、人間の活動の中でも、とりわけ人間らしい、文化的な営みです。
その「服」を、流行りだから、トレンドだからと、ただ「みんなが着ているから着ている」ではいただけません。
本書が出版されたのは2000年。その前の90年代は、DCブランド主義の時代でした。誰でも彼でもシャネルやヴィトンの衣装に身を包み、ブランド物を集めるために人生を賭ける人さえたくさんいました。
ファッションってよく考えると、なんかヘン!
どうして、男性の服は女性も着るのに、なんで女性のスカートやリボンを男性がつけると「ヘン」なのでしょうか。
どうして女性はカラフルで鮮やかな服を好むのに、男性用の持ち物は地味なのでしょうか。
見た目で他人は「◯◯さんらしさ」を決めてきます。周りのイメージと、自分の自覚とがズレていて、苦悩することも多々あります。「らしさ」って、一体何でしょうか。
「自分らしさ」って、何でしょうか。
モードとファッション
フランス語のモード(Mode)は、英語ではファッション(Fashion)で、どちらも「流行」という意味です。流行の中でも、被服の流行ほどめまぐるしいジャンルはないので、被服の流行を指して「ファッション」と使われることが多いですね。「モード」は、パリコレを始め、コレクションで発表された最新のものを言います。
モードは身体を象徴化する
モードは、人間の身体的特徴を切り取ります。身体を切り刻み象徴化してゆきます。
19世紀に起こったモードの波は、今日の大衆の意識や概念すらも変えてゆきました。
本来、人間の身体は男女で違いますが、差は大きくありません。しかし、モードがその男女の性差を切り刻み、女性はより女性らしく、男性はより男性らしく象徴化されたのです。
現在の、女性らしいファッション、男性らしいファッションは、19世紀以降に起こった変化です。その間にも「洋服」が世界中に広まりましたから、この強調された性差のファッションも、世界へ広まったのです。
男性らしさ・女性らしさが象徴化されたファッション
男女の性の差別化は、さらに、「見る側と見られる側」という役割を生み出しました。女性はきらびやかに着飾る一方、男性からは色が抜き取られました。女性はカラフルな色やレースや装飾が好きで、男性はシンプルなものが好きというのは、19世紀以降に登場した価値観です。
たとえば、中世のヨーロッパ貴族の衣装は、男女ともレースや刺繍がふんだんに施され同じように豪華です。日本の中世もまた、武将たちはド派手な鎧に身を包みます。
ファッションは、社会の常識や概念すらもつくり上げるのです。
ファッションの持つ意味
服は不思議なもので、自分の一部のような感覚があります。無理やり服を着せられると悲しい気持ちになり、屈辱的でさえあります。まるで自分の皮膚のように感じられるのです。
服の上からでも、好きな人に触れられれば嬉しく、嫌な人に服を触れられると嫌な気持ちになります。
ファッションの持つ哲学
一方、ファッションは身にまとうことで、世界の仲間に入り、社会に参加ができる制服のような働いをしています。みんなと同じものが欲しい!みんなと同じ服が期待!と思うのです。しかし反対に、自分だけのものが欲しい!人とは違うカッコがしたい!と、真逆の気持ちを抱えているものです。ファッションにより、別の世界へゆける、「変身」の役割を果たしているのです。
「変身」と被服や化粧が大きく関わることは、宗教神事でも見受けられます。特別な面・マスクを着用したり、独特の化粧を施したり、特別な衣装を待とうのです。お寺のお坊さんは質素な身なりに草履を、神社の神主さんは清潔感あるカラーの水干を着ています。宗教とファッションも、大きく関係しあっているのです。
まさにファッションは「哲学」ですね。
社会の中での、自分らしさって?
「ファッションってよくわからない」「流行をチェックしないと」「自分が気に入った服を着ればいいんでしょ」
そんな風にファッションを捉えている方は多いでしょう。ですが、「服を着る」という行為そのものが、どこまでも人間的で文化的な営みでしかない以上、そこに何らかの「文脈」や「考え方」「哲学」が存在します。
その哲学を共有しあうことで、仲間だと受け入れられたり、コミュニケーションが成り立つのです。「おしゃれを楽しむ」ってこういうことなんですね。
自分らしさの証明のために
と、難しく考え込むよりも、ファッションで大切なのは自分が着たいものを着るのではなく、それを見る人への気配りをすることだと著者は言います。
「自分らしさ」は肩肘張って演出するものでありません。他の誰かから「あなたを認める」「あなたの側にいたい」と言ってもらえることこそ、自分が自分である証明になるでしょう。
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てつがくを着てまちを歩こう
- 著者:鷲田清一
- 発行所:株式会社同朋舎
- 2000年4月15日
目次情報
Ⅰ モードのてつがく
1 ファッションの基本
ファッション/流行/ドレスアップ、ドレスダウン/贅沢/ブランド/センス/らしさ/旬/メイク/触りごこち
2 ファッション・アラカルト
音楽とファッション/スポーツとファッション/食とファッション/建築とファッション/インテリアとファッション/家具とファッション/テレビとファッション/自然とファッション/宗教とファッション/性とファッション/加齢とファッション/民俗とファッション/犯罪とファッション/戦争とファッション
Ⅱ てつがくを着てまちに出よう
1 からだという宇宙
プロクセミクス/際/インターフェイス/大股歩き/ボディ・デザイン/からだのどこを飾るか/身体の象徴的切断/身体の夢/人間はみんな「フェチ」/ハイヒール/ひとの視線を押し返す/「中身」とのバランス
2 スキン感覚
スケルトン・ブーム/透明ラップの包み/「なま」感覚/ファッションは魂の皮膚/核になる皮膚感覚/貧しくなる皮膚感覚/洗濯する/まとわりつく視線/第二の皮膚/布が魅せる皮膚感覚/超極細繊維/浮遊感覚/新触感/摩擦する皮膚の感受性/変貌する下着/視覚の触覚化/アウター化するランジェリー/ルーズで大人を演出?
3 メイクと「おもて」
土色リップ/ピアッシング/細い眉/ヘアメイク/素顔の喪失/他人の視線にじぶん映す/なぜ髭を剃るのか/お面という装置/顔は花、衣服は花瓶/淋しい電車内メイク/模倣の皮肉/美の勝ち組と負け組/怖いほど遠い「じぶん」
4 おさまりよく、おさまりわるく
制服は気楽だが…/ひとをつくり上げる制服/リクルート・スーツ/都市のゲリラ/卒業式/スーツの季節/グレー/「日常」を離れた「ふつう」/リアルな服/反抗を不能にする服/夏のオフィス・ウエア/キャミソールは拒絶的?/「ふつう」でない高さ/世代では語れない文化/濡れ落ち葉の悲しみ
5 モードのロジック
「コスチューム」の語源/鋏と針と/地位の象徴的逆転/モードの時間/最先端への不信/衣替えもモードの共犯/古着/「らしさ」くつがえすコスプレ/見えにくいトレンド/モードの皮肉/ファッションの逆説/代替感覚/ストリート・ファッション/ストリート系から学ぶ/ジーンズ/悪趣味の挑発/反抗するファッション/オートクチュール/画一性のなかでじぶん競う/ファッションの感受性/惰性の原型/ステレオタイプ/バーゲンセール/まぼろしで編む現実/ブラウン管の中と外
6 スタイルについて
スタイル/からだに根づくスタイル/スタイルのないスタイル/「いき」の構造/シック/あいまいさの誘惑/スカートの謎/統一感はむしろ退屈/ミスマッチの心地よさ/YOHJIとISSEY/メンズ・モード/ダンディズム/黒/日常化した色の過剰/衣服の方言/関西派手/洋服はすでに「和服」/きものテイスト/ひとは衣に救われる/語りかけてくる服/内向し始めた服/じぶんを脱ぐための服/ホスピタリティ/人間サーモスタット/他者へのまなざし/「ケータイ」もおしゃれに/浴衣
あとがき
著者紹介
鷲田 清一(わしだ・きよかず)
1949年京都生まれ。1977年京都大学大学院文学研究科博士課程修了。哲学・倫理学専攻。現在大阪大学文学部教授。フィッサールとメルロ=ポンティの現象学をベースに身体、人称、規範、所有などを論じる。その一方でわかりやすく、しなやかなモード批評を通して、現代を切り取っていく手法に定評がある。衣服をまとう人間とそれをとりまく生活すべてを研究する新しい学問としてのファッション学のリード役でもある。本書はその著者が街のファッションを好奇心溢れる視線で哲学するもの。最近の著書に『普通だれも教えてくれない』(潮出版社、98年)、『悲鳴をあげる身体』(PHP新書、98年)、『ひとはなぜ服を着るのか』(日本放送協会、98年)、『「聴く」ことの力』(TBSブリタニカ、99年)、『五界彷徨一夢のもつれ2』(北宋社、99年)、『皮膚へ』(新潮社、99年)などがある。
コメント
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