今、なに感じてる?
触覚を知ると、自分の存在まで見えてくる!?
偶然、面白い本に出会った!
必要な本を探して、図書館の棚を物色中『触楽入門』に出会いました。
表紙には特色インクが使われており、目を引きました。『触楽入門』というタイトルを見て、最初は「音楽の本なのかな?」と思いました。
中をみると、図も多く、本文の明朝体のフォントも印象的で、軽い気持ちで読み始めました。
『触楽入門』で「触覚」に触れる!感覚のフシギ!
ここで扱われるのは「触覚」について。
触覚とはもちろん五感の中の一つです。が、今日、その触覚は後ろに追いやられています。
室内は空調管理され、道路はきちんと舗装され、転んだり怪我をしたり、汚れたりしなくなりました。皮膚の感覚を使う機会が減ってしまったのですね。
一方、スマホやタブレットのタッチパネルは、人の触感を利用した機能が搭載されているようです。
「触」れることをもっと「楽」しむ
ちなみに「触楽」とは
この本で私たちは、「触れる」という行為をもう一度捉えなおすことを提案したいと思っています。『触楽入門』という本のタイトルは、「触」れることをもっと「楽」しむ風土を醸成したい、という願いをこめて名づけました。
テクタイル 仲谷正史・筧康明・三原総一郎・南澤孝太『触楽入門』p.11
触覚って結構アイマイ?
触覚って、どんな役割をしているのでしょうか。
では一度、触感のなくなってしまった世界を想像してみましょう。……と言っても、触感を失った状態を想像することは不可能です。
生まれたての赤ちゃんは、まず初めに触感に反応し始めます。ママに触れられたり、お乳を口に含んだり、自分の体を触ったりしながら、空間を把握し始めます。
聴覚の反応もありますが、音のする方へ視線を動かすなどの反応は、少し後です。
生まれたばかりの頃から「触感」と共にあるので、触感のない状態を想像できないのですね。
「触感」はここにいる実感?
自らの体が確かに存在していることを、触感によって感じる働きもあるようです。
オリバー・サックス博士は著書『左足をとりもどすまで』で、事故により足の感覚を失った体験を綴ります。左足を怪我しただけでなく、左足の存在を失ったような感覚にみまわれるというのです。
触感こそ、自らがこの世に存在している実感なのかもしれません。
触覚は凸と凹がわからない?
指先の感覚って、すごく精密なのだと思っていたのですが、どうもそうではないようです。
なんと、指の触感だけでは、凹と凸がわからない!?
本書『触楽入門』の裏表紙には仕掛けがあります。白い紙に、蛍光オレンジでしましまが印刷してあります。
(↑『触楽入門』の裏表紙。オレンジ部分が凸だけど、矢印の方向に指でなぞると凹に感じる)
もちろん、印刷部分はインクの分厚さだけ凸になっています。しかし、そこを指でなでてみると……印刷部分が凹んでいるようにしか感じれないのです。
どうやら指の触感は、「なにかある!」というのは分かりますが、凸と凹の区別はないようなのです。更に、縦方向と横方向の振動も未分化です。
五感はそれぞれ補い合っている
触覚はこんなにアヤフヤで大丈夫なの?と不安になってしまいそうですが、五感はそれぞれに補い合って、感覚を司っています。
指先で凸と凹の区別がつかなくても、視覚でそれを見ることで、凸と凹を判断しているのです。
視覚が触覚を補うと……
実感として、病院で注射されるときの感覚が顕著ですよね。
あさよるは、あえて注射される瞬間を凝視するよう心がけています(修行)。
先日、採血されることがありまして、細い針が肌に刺さり、管から試験管へ血液が注がれている様子を見ていると気持ち悪くなってしまい、目を背けてしまいました。特に、肌に固くて細い針が刺さっている接合部分を見ていると、吐き気がするようでした(T_T)
しかし!ボーッと外の景色や他の患者さんの様子を眺めていると、(あんまり)痛くない!
「気分のモンだなぁ」と思っていたのですが、どうやら「触感」の仕業であるようです。刺激を視覚で確認することで、「針が刺さっている!これは痛い!」とアタマは認識するのです。
注射されるときは、見ないほうが吉!
「触れる」ことには意味がある?
「触れる」という行為には、なんだか特別な意味があるようです。
本当は触っていないのに、触っているよう感じたり、触れることで「自分が介在した」という感覚が起こります。
安室奈美恵『Golden Touch』
『触楽入門』で、安室奈美恵さんの『Golden Touch』のミュージックビデオが紹介されていました。YouTubeで公開されていたので、さっそく見てみました。
映像の中心に指を添えることで、まるで映像で起こる事柄に、自分が関与している感じがします。おもしろいですね。
あさよるは、金魚に指がつつかれる場面で、ヌルっとした水槽の水や、金魚の感触が微かにあって、少しだけ気持ちわるい感じがしました(笑)
指を置く
さらに、佐藤雅彦さんと齋藤達也さんの著書『指を置く』も紹介されていました。
この『指を置く』はあさよるも以前、読みました。そのデザイン性に驚き、とてもショックな本でした。
内容は、ありふれた「本」にシンプルな線や図形が書かれているだけ。なのに、「読者が指定の場所へ指を添える」。たったこれだけの仕掛けで、見えるもの、感じるものがガラリと変わってしまうのです。
ぜひ、書店で探してみてください。
「気持ち」も触感で認識している?
気持ちと、触感も大きな関係があるようです。
同じ会話を聞いても、事前に暖かい飲み物を飲んだか、冷たい飲み物を飲んだのかで、感じ方が変わります。
ザラザラのヤスリを触りながらの会話。フワフワのお気に入りの触感を感じながら会話。
触っているものが違うと、気持ちも変わるのです。
冷たい手だと信頼されない?
握手したときの、手の温度によっても、その人の信頼感が大きく変わります。
温かな手の人の方が信頼感を感じ、冷たい手の人へは信頼が薄くなるのです。
日本人は幸か不幸か握手やハグなど、肌に触れる機会が少ないですから、手の温度まで気を使うことはないかもしれません。が、それゆえに、人と接触したときのインパクトが大きいと言えます。
肌表面の温度まで気配りが求められているのかもしれませんね……。
「ライナスの毛布」を用意してもいい
「ライナスの毛布」という言葉があります。
ライナスは、人気キャラクター「スヌーピー」が登場するのマンガ『ピーナッツ』に登場する男の子です。いつも水色の毛布を片手に持っています。ライナスは優秀な男の子なのですが、毛布がなくなると不安になってしまいます。
触感は、特に子供にとって重要な感覚でライナスのような「こだわり」を持っている人は少なくありません。
ふわふわのテディベア。そして人肌
大人になっても、触感から「安心」を得られます。ふかふか、フワフワのぬいぐるみは、大人にとっても安心感を感じるのです。
高いストレスに晒されたり、不安に苛まれたときは、安心できる触感を抱きしめて、不安を軽減できます。
ちなみに、最も心地よい素材は、「人の肌」なんだそう。不安な時ほど、誰かに触れてもらうことが、安心の近道なんですね。
言語や文化を越える「触感」
触感と、それを表現するオノマトペは、言語や文化を超えても共通部分が多いそうです。
音に丸みを感じたり、トゲトゲした感じがしたり、形や素材と、それをあらわす音は、ある程度人類共通しているんですね。
文化の違う人と一緒に研究、作業をするときは、まず共通のオノマトペを規定すると、細かなニュアンスまで共有しやすくなるそうです。
「暖かな気持ち」「やわらかい表情」はレトリックじゃないのかも?
同じように、「物腰の柔らかい」とか「ピリピリした表情」など、触感を使ったレトリック表現がありますよね。
これ、あえて他の感覚を表す言葉を用いて、他の言葉を表すというテクニックなのですが、案外、視覚情報や聴覚情報に、人は本当に触感を感じているのかもしれません。
五感はそれぞれ独立した感覚ではなく、それぞれに関連し合い補いあった感覚なのかもしれないなぁと、『触楽入門』を読み思いました。
感覚を切り離すことができないうえ、とても主観的なことなので、研究対象になりにくいのです。
マイクとスピーカーだけの、シンプルな装置が…!
触感の特性を活用したアイデアがとても面白かったです。
糸電話の要領で、片方の紙コップにマイクを、もう片方の紙コップにはスピーカーを取り付けます。
マイクを設置した紙コップに炭酸ジュースを注ぐと、その振動をマイクがキャッチします。その振動を、もう片方の紙コップのスピーカーから出力すると……。
スピーカーをつけた紙コップに、まるで炭酸ジュースが注がれている感覚があるそうです。
間にアンプを使い、周波数を調節する必要がありますが、シンプルなこの装置、作ってみたい!
フシギが詰まった『触楽入門』超オススメ!
とってもおもしろい本でした。オススメ!
自分の「触覚」への認識が大きく変わりました。いいえ、「感覚」自体の認識が変わったと言っても構いません。
感覚は、それぞれが全く独立したものではなく、それぞれは密接に関係し合い、補いあって「自分」という感覚を作っているのだと強く感じました。
「触覚」はどうやら、自分の存在確認に必要な感覚でもあるようなのです。心理状態や、体調、お酒に寄ったときの感じも、「触覚」として認識さてれているのです。
すごく面白くてワクワクする、良い本でした^^
関連記事
触楽入門 はじめて世界に触れるときのように
- 朝日出版社
- 2016/1/15
目次情報
はじめに――触楽への招待状
触感に気づく/触覚は人の心や思考を左右する/「触れる」を知ってみませんか/触感の世界が忘れられている/テクノロジーを使って触感を取り戻す/触楽をはじめよう
1 触れるってどういうこと?
1-1|もしも触感がなくなってしまったらどうなるか、想像してみよう
1-2|赤ちゃんの五感のなかで、最初に使われるのはどの感覚だろう?
1-3|普通の紙からいろいろな触感を引き出してみよう
1-4|触覚コンタクトレンズを使い、より繊細な触感を手に入れてみよう
1-5|目をつぶって握手をしよう。自分は握っている? 握られている?
1-6|あったかい手と冷たい手、人に信頼してもらうにはどちらがい?2 私たちは世界の外の世界をどのように知る?――科学からみた触感
触感を科学する/触覚センサはいろいろある
2-1|麻酔をした指で卵をつかんでみよう
2-2|手のひらに文字をかいてあてっこしよう。次に、背中でもやってみよう
2-3|髪の毛にさわてみよう。数ミクロンのちがいがわかるかな?
2-4|触覚センサのしくみをうまく使って、感度を高めてみよう
2-5|触り間違いはあるか? ないか?
2-6|タテヨコの区別がつかない、指先の錯覚を試してみよう
2-7|人差し指を薬指で冷たいコインに触れると中指まで冷たく感じる
2-8|これまでに存在しないモノをつくってみよう
2-10|色えんぴつを並べるように、触感を分類してみよう3 なにかを感じているとき、いったいなにが起きている?
――共通感覚としての触感五感の境界はある?
3-1|目隠しをして、いろいろなモノに触れてみよう
3-2|虫眼鏡で拡大しながら触ってみよう
3-3|目で見ることで絵画に「触れて」みよう
3-4|鳥肌が立つような魅惑的な音を聴いてみよう
3-5|触感に耳を澄ませながら、歩いてみよう
3-6|あたらしいオノマトペをつくってみよう
3-7|目の見えない人が描いた触感の絵ってどんなもの?
3-8|心が「ざらざら」するとき、実際に触感を、感じている?4 触感は世界と「わたし」をつなげている
4-1|絵の上に指を置くと因果性が生まれる?
4-2|年をとると、触感を感じ取る力は落ちる?
4-3|街を散歩しながら、触感の地図をつくってみよう
4-4|周辺視野を指でたどり身体感覚を拡張してみよう
4-5|自分で自分をくすぐれないのはなぜだろう?
4-6|ゴム製の手の上に感覚を感じてみよう
4-7|落ち込んだときは、やわらかくて、あたたかい、テディベアに触れてみよう
4-8|心を落ち着かせる触感のお守りをつくってみよう
4-9|身体をぎゅっと抱きしめてみよう5 実在感をつくり出す――テクタイル・ツールキットの発明
テクタイル・ツールキット/触感のプロトタイピング/簡易型のツールキット
5-1|触感を記録して、再生するにはどうしたらいい?
5-2|テクタイル・ツールキットを使って、ビー玉の触感を伝送する
5-3|いつも以上にシュワシュワする炭酸をつくってみた
5-4|アスリートの身体感覚を体験する方法を考えた
5-5|線香花火を使わずに、線香花火の触感を再現する
5-6|心臓に「さわって」みた
5-7|ダンスする身体を触感通信で加えてみよう
5-8|子供といっしょに絵本に触感を加えてみよう
5-9|皮膚を使って、「見る」/「聴く」が可能になってきた終章 触楽の未来
触感アートと技術の未来/触感を探す旅へ/触れることで理解する/子供にとってのデザイン/触れることで生き延びる
謝辞
註と参考文献
付録 触感年表
テクタイル
仲谷 正史(なかたに・まさし)
1979年、島根県生まれ。2008年、東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。同年、民間企業において触感評価技術の開発に従事。2012年8月より、共同研究先であるColumbia University Medical CenterにてPostdoctoral Research Fellow。Fishbone Tactile Illusionを心理学・工学の観点から評価した研究を発展させ、メルケル細胞の生理学研究に従事。現在はJST-ACCELプロジェクト「触原色に立脚した身体性メディア技術の基盤構築と応用展開」の特任研究員として参画。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科にて特任准教授(非常勤)。教務・学務の傍ら、2007年に立ち上げたテクタイルの活動を通じ、触感デザイン普及にも携わる。
筧 康明(かけひ・やすあき)
1979年、京都府生まれ。2007年、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。2008年から慶應義塾大学環境情報学部で研究グループを立ち上げ、現在同大学准教授。2015年3月からは、マサチューセッツ工科大学メディアラボ訪問准教授。素材特性とデジタル技術を掛け合わせた五感を刺激するインタラクティブメディアの開発、およびメディアアート表現の開拓を行う。これまでにSIGGRAPHやArs Electronicaなど国内外の学会、展覧会で研究。作品を発表し、平成26年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞など受賞も多数。
三原 総一郎(みはら・そういちろう)
1980年、東京生まれ。2006年情報科学芸術大学院大学卒業。アーティスト。音、泡、放射線、虹、微生物、苔など多彩なメディアを用いて、世界に対して開かれたシステムを芸術として提示している。2011年より、テクノロジーと社会の関係性を考察するために空白をテーマにしたプロジェクトを国内外で展開中。山口情報芸術センター在職時に未来の芸術への可能性として触覚に注目しテクタイルに参加。他、音楽家の大友良英、美術家の毛利悠子、電子楽器製作者の斉田一樹らと作品を共同制作するなど、他分野とのコラボレーションにも取り組んでいる。mhrs.jp
南澤 孝太(みなみざわ・こうた)
1983年、東京生まれ。2010年、東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻博士課程修了。博士(情報理工学)。2010年4月より慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)で視覚メディア・身体性メディアの研究グループを立ち上げ、現在KMD准教授。JST CREST さわれる情報環境プロジェクト、JST ACCEL 身体性メディアプロジェクトを通じて、触覚を活用し身体的経験を伝えるインタラクティブシステムの研究開発を行い、SIGGRAPH Emerging Technologies 等における研究発表、テクタイルの活動を通じた触感コンテンツ技術の普及展開、産学連携による触覚メディアの社会実装を推進している。
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