『性の人類学 サルとヒトの接点を求めて』を読んだよ

風の谷のナウシカのイメージのメーヴェと巨神兵と虫(蟲)をコピックで描いたイラスト 読書記録

虫愛ずる姫が見る世界

平安時代後期に成立した『堤中納言物語』には、短編の物語が収められています。中でも有名な物語は『虫愛ずる姫君』のお話でしょう。
虫愛ずる姫君は、年頃になっても髪も整えず化粧もせず、虫を夢中になって育てています。姫の世話役の女性たちは怖がるのですが、毛虫が蛹になり蝶になる面白さを説きます。下男たちには、虫に由来するアダ名をつけています。風変わりだ、世間体が悪いと人に言われても、自然の中に存在する秩序や法則に魅了されているようです。虫愛ずる姫君の噂を聞いて、怖いもの知らずの美男子が姫の姿を見ようとやって来て彼女へ和歌を送ります。彼女も漢詩で返事をします。二人の関係がどうなるのか、という所でお話は終わってしまいます。短いお話です。

自然の心理を探求している虫愛ずる姫君は、『風の谷のナウシカ』の主人公ナウシカを連想させます。アニメ映画版とマンガ版では内容が異なっており、ナウシカのキャラクターもまた物語に沿って、両者で違ってゆきます。
ナウシカも虫愛ずる姫君同様、自然の真理や秩序に魅了されているお姫様ですが、虫愛ずる姫君は貴族の箱入り娘なのに対し、ナウシカはフィールドワークも活発に行い,、より研究者のように見えます。

アニメ映画版のナウシカは、一国の国王として怒り狂った王蟲の群れに身を投じ、国を守ります。
一方、マンガ版のナウシカは、腐海や文明の謎を追い求めてゆく内、人類の歴史の真実にたどり着きます。また、マンガ版のナウシカは怒りや母性のようなものを持ち、文明世界の破壊者となってゆきます。
腐海は混沌、文明は秩序ではなく、大自然こそが秩序です。虫愛ずる姫君も、毛虫が蝶になる自然に魅了されていました。

虫愛ずる姫君もナウシカもどちらも女性です。性というものもまた、曖昧でありながらも超自然的な存在です。にも関わらず、虫愛ずる姫君はあまり女性的な振る舞いには興味が無いようで、周りの人を困らせています。男性からのアプローチにも興味がなさそうです。
マンガ版ナウシカも、物語が進むにつれ、母性的な存在になってゆくのですが、なんだか女性性は失われてゆくようでした。それは、男性・女性という区分ではなく、人として、あるいはもっと抽象的に、生物として、自然の一部としての存在になってゆくのかもしれません。

研究者・探求者であるナウシカが女性であることは、とても重要なことなのかもしれません。
『性の人類学-サルとヒトの接点を求めて』によると、動物の生態研究に際し、研究者が男性か女性かによって、見えているものが違うそうなのです。例として、サルの繁殖行動について研究していると、男性はオスザルが交尾をした時点で繁殖成功と考えますが、女性研究者は交尾をし妊娠・出産を迎えて繁殖成功とします。あるいは、生まれた子が早死せず、大人になって次の子孫を残せる状態になって成功とします。この差だけでも、サルの群れの研究の結果、見えてくるものが大きく異なります。
特に、これまでの研究の場は、男性が多く、男性的な考えがまかり通っていましたから、女性やフェミニズム視点が加わることで、これまでとは違った視点や切り口が加わっているそうです。
特に生物学の世界では、様々な種のオスとメスの生態は、人間の男性と女性の立場や考えが反映されて解釈されていそうです。また、動物のオス・メスの振る舞いが、私たち人類の性差に大きな影響を与えるのも、興味深いです。

女性であるナウシカは、腐海でなにを見たのでしょうか。この物語の面白さ、あるいはややこしさは、作者が男性であることも考慮すべきことでしょう。
自然という秩序をを追い求めてゆくと、文明という混沌へ行きつく捻じれもまた、『風の谷のナウシカ』の世界を難解にし、深みをもたらしているでしょう。

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Information

性の人類学―サルとヒトの接点を求めて (SEKAISHISO SEMINAR)

  • 編者:高畑 由起夫
  • 発行所:世界思想社
  • 1994年5月10日

目次情報

  • 「性」をいかに語るべきか――少し長い序論(高畑由紀夫)
  • 第一部 雄の「性」
    • 第Ⅰ章 雄の「性」――あるいは性選択理論再考(D・スプレイク)
    • 第Ⅱ章 ニホンザルの父子判定が教えてくれるもの(井上美穂)
  • 第二部 雌の「性」
    • 第Ⅲ章 「性」と時間――交尾季、月経、発情をめぐるいくつかの話題(高畑由紀夫)
    • 第Ⅳ章 雌の「性」――子づくりと子育てのはざま(高畑由紀夫)
  • 第三部 ヒトの「性」
    • 第Ⅴ章 失われた発情、途切れることのない「性」、そして隠された排卵(高畑由紀夫)
    • 第Ⅵ章 チャムスの民族生殖理論と性――欺かれる女たち(河合香吏)
    • 第Ⅶ章 狩猟採集民の母性と父性――サンの場合(菅原和孝)
  • 第四部 生物学とフェミニズム
    • 第Ⅷ章 生物学とフェミニズムの交錯――霊長類研究を中心に(宮藤浩子)
  • あとがき
  • 引用文献

著者略歴

高畑由紀夫(たかはた・ゆきお)
1953年生まれ
京都大学大学院理学研究科博士課程修了
現在 鳴門教育大学学校教育学部助教授
専攻 自然人類学,霊長類学
著書 『ニホンザルの生態と観察』(ニューサイエンス社,1985)ほか

David S. Sprague(デイブッド・スプレイグ)
1958年生まれ
Yale University 人類学部博士課程修了 Ph. D.
現在 京都大学アフリカ地域研究センター特別研究員
専攻 自然人類学,霊長類学
著書 『サルの文化誌』(共著,平凡社,1991)

井上美穂(いのうえ・みほ)
1964年生まれ
京都大学大学院理学研究科博士課程修了
現在 社団法人畜産技術協会付属動物遺伝研究所研究員
専攻 霊長類学
論文 Male mating behavior and paternity discrimination by DNA fingerprinting in a Japanese macaque group(共著, Folia Primatologica 56, 1991)ほか

河合香吏(かわい・かおり)
1961年生まれ
京都大学大学院理学研究科博士課程修了
現在 日本学術振興会特別研究員
専攻 人類学
著書 『ヒトの自然史』(共著,平凡社,1991)

菅原和孝(すがわら・かずよし)
1949年生まれ
京都大学大学院理学研究科博士課程修了
現在 京都大学総合人間学部助教授
専攻 文化人類学,社会人類学
著書 『身体の人類学――カラハリ狩猟採集民グウィの日常行動』(河出書房新社,1993)ほか

宮藤浩子(くどう・ひろこ)
1956年生まれ
京都大学大学院理学研究科博士課程修了
現在 神奈川県立歴史博物館主任研究員
専攻 霊長類学,動物生態学
著書 『ニホンザルメスの社会的発達と社会関係』(共著,東海大学出版会,1986)ほか

――高畑由紀夫 編『性の人類学』(世界思想社、1994)p.271-272

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