佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙の話』を読んだよ

佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙の話』書影 40 自然科学

「夕波千鳥(ゆうなみちどり)」

「夕波千鳥(ゆうなみちどり)」という言葉があります。この言葉の意味を知ったとき、これは面白い言葉だなぁと関心しました。
昔の人が作った和歌がたくさん集められた「万葉集」の中に、この言葉が使われた歌があります。

近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古へ思ほゆ

―万葉集 巻三 二二六番

「近江の海」とは琵琶湖のことです。琵琶湖の辺りに「大津宮」という宮が置かれていましたが、宮がなくなってしまいました。この歌は、大津宮があった頃のことを思い出し、寂しい気持ちになっている歌です。

ここで使われている「夕波千鳥」は、夕方、琵琶湖の水面の波があり、千鳥という鳥がいるという、そのままの意味です。
夕、波、千鳥。その風景が目に浮かぶ言葉ですよね。そして、とても面白い言葉なのです。
さて、「夕波千鳥」の風景を思い浮かべてみてください。どのよな風景が見えますか?

夕方、波、千鳥。それぞれ当たり前のものだけど……

夕方、雲一つない空ですか?それとも雲間から見える夕日でしょうか。その夕日は、山の向うに沈みますか?それとも海に沈みますか?
波はさざなみですか?それとも大きな波でしょうか。
千鳥は1羽ですか?たくさんですか?空を飛んでいますか?波に浮かんでいますか?

夕も、波も、千鳥も、どこにでもある、ありふれたものです。私たちはそれぞれのことをよく知っています。
しかし「夕波千鳥」を思い浮かべるとき、十人いたら十人違う風景を思い浮かべます。
私の場合、琵琶湖の上を一羽の、羽ばたく千鳥を、空から見ている風景を思い浮かべました。安藤広重の「深川洲崎十万坪」の浮世絵みたいなアングルです。

そう、夕方も、波も、千鳥も、ありふれたもので、よく知っているものなのに、一体どのようなものなのか人それぞれ思い浮かべることが違うので、形のない、とりとめもないことなのです。
そんな不思議で面白い事柄を、万葉人たちはとても美しい言葉で表現しています。

ありふれたものこそ、よくわからない

ありふれているはずの「夕波千鳥」が形のないとりとめもない存在なのは、私たちがそれらをよく知っているからでしょう。
ありふれているからこそ、みんながそれぞれ見知っている。自分の生まれた街、暮らしている場所で、見て知っているからこそ、イメージがバラけているのです。

ありふれたものほど、案外よくわからない。身近なことほど掴みどころがない、というのはよくあることです。
身近で起こっている物理現象が、身近すぎるが故になかなか気づけないものなのです。万有引力の法則は、今では誰もが知っているあたり前の事柄です。万有引力があって当然の価値観で私たちは生きています。
しかし、最初にそれに気付くまでに、長い長い歴史があるのです。佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙の話』では、宇宙について、私たちの今いる世界についての、人間の試行錯誤と発見の歴史が紹介されています。
それを通して、宇宙について知ってゆきます。

「当たり前」のことを、未来の人はどう思う?

現在の私たちにとって、宇宙について考える「科学」は、「信仰」や「宗教」とは相反するものであるようなイメージかもしれません。しかし、科学や物理学も、その時代その時代の宗教観、世界観にとっても影響され、根ざしています。
「科学」と「宗教」は決して対立するものではなく、反対にお互いに影響しあっているものです。
現在の私たちもまた、現在の宗教観の元、世界について考えているのでしょう。しかし、自分の持っている世界観は客観視することがとても難しい。
100年後の人たちが、私たちを見たらどう思うか。1000年後の人たちが、私たちの考え方や信じているものを知ったら、どう思おうのか、全く想像できません。

同じように、100年前の人たちも、1000年前の人たちも、それぞれの時代で信じられている世界を信じていました。
過去のことを知ることで、未来のことを予想するならば、今、私たちが「当たり前」「常識」「決まっている」と信じていることも、案外、未来の人たちから見ると、間違っているのかもしれません。
宇宙についての研究や考え方を知ることで、今私たちが信じている宇宙が「正解」ではないだとうと予想します。

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眠れなくなる宇宙の話

  • 著者:佐藤勝彦
  • 発行所:株式会社 宝島社
  • 2008年7月7日

目次情報

  • はじめに
  • 第一夜 ひとはなぜ宇宙を想うのか
  • 第二夜 神の手による宇宙の創造
  • 第三夜 合理的な宇宙感の誕生
  • 第四夜 天動説から地動説への大転換
  • 第五夜 広大な銀河宇宙の世界へ
  • 第六夜 ビッグバン宇宙論の登場
  • 第七夜 新たな謎と革命的宇宙モデル

著者紹介

佐藤 勝彦(さとう・かつひこ)

1945年、香川県生まれ。京都大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。現在、東京大学大学院理学系研究科教授。理学博士。専攻は宇宙論・宇宙物理学。「インフレーション理論」をアメリカのグースと独立に提唱、国際天文学連合宇宙論委員会委員長、日本物理学会会長、ビッグバン宇宙国際研究センター長を務めるなど、その功績は世界的に広く知られる。1989年に井上学術賞、1990年に仁科記念賞受章。2002年に紫綬褒章受章。著訳書に『岩波基礎物理シリーズ9 相対性理論』(岩波書店)、『ホーキング、未来を語る』(訳、アーティストハウス)、『宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった』、『「相対性理論」を楽しむ本』(監修)、『「量子論」を楽しむ本』(監修)(以上、PHP文庫)など多数。

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